第3章 介護事故の法制度的位相
第1節 はじめに ―― 問題の所在と本章の構成
第2節 介護事故の法的紛争としての独自性と法的評価の困難性 第3節 介護事故の法制度的位相
第4節 安全性と価格 第5節 注意義務の構造再考 第6節 まとめに代えて
第1節 はじめに ―― 問題の所在と本章の構成
本章では、介護事故の発生にかかわる法関係および制度関係について、いいかえれば 介護事故の法制度的位相について検討する。
前章で見たように「介護にかかる事故」のなかには、積極的な介護行為に直接起因す るものではなく、むしろ転倒や誤嚥のように、日常生活場面で起こるものが多く含まれ ている。第4章以下で見る介護事故の裁判例においても、職員が目を離した隙に生じた 転倒のような日常生活場面での事故が多い。
「介護にかかる事故」全体としては、積極的な介護行為に直接起因する事故も多いは ずである。すなわち転倒に関しても、歩行介助に際して誘導の仕方や身体の支え方が不 適切であったために事故を招いた場合や、誤嚥に関しても、食事介助に際して口に運ぶ 食べ物の量や内容・タイミング等が不適切であったために事故を招いた場合などである1。
しかし裁判例では、そのような積極的な介護行為によってではなく、むしろ歩行介助 を「しなかった」間に転倒が生じたケースや、食事介助を「しなかった」間に誤嚥が生 じたケースが中心的に問題となっている。
これらはいいかえれば事業者側の不作為が問題となったケースということができる。
もちろん前述した積極的な介護行為に直接起因する事故についても、そのときに適切な 介護行為を「しなかった」という意味では、不作為が問題となったということも可能で ある。しかし裁判例で中心的に問題となっているのは、特定の適切な行為を行うべきと
ころ、そうではない「特定の不適切な行為を行ったこと」の責任を問われているのでは なく、「何もしなかったこと」の責任を問われているケースである。
もっとも「何もしなかった」といっても、それを不適切な見守り方を「していた」と 表現することも不可能ではない。とくに「見守り」という用語は、介護という概念の外 延の難しさを顕著にあらわすものでもある。ただ、両者にはこれは言葉遣いの問題だけ ではなく、実質的な違いがあるものと考えられる。
すなわち特定の行為の不適切さが問われている場合は、特定の適切な行為を行うべき であることとの対比で法的責任が追及されるのに対して、不作為の責任が追及される場 合には、一方では「特定の適切な行為を行うべきだった」という形で責任が追及される 場合があるが、他方では、必ずしも行うべき適切な行為を特定せずに「何もしなかった こと自体」を責任追及の論拠とする場合もあり得る。いいかえれば「何らかの方法で」
事故を防げたのではないか、という形での法的評価の可能性である。もちろん不適切な 行為の責任を問うときでも、適切な行為が複数ある場合はあり得るが、第6章でもみる とおり、必ずしも適切な行為を特定せずに、不作為それ自体を責任追及されることが多 い点が、介護事故の裁判例におけるひとつの特徴といえる。
医療の領域での典型的な過誤としては、誤診や手術ミスなど、積極的な行為に伴うも のが多い。たとえばガンと診断すべきところを、胃潰瘍と診断したという場合や、手術 に際して過度な出血を招いたというような場合であり、そのことにより患者の利益が直 接害されるに至ったというものである。ただし近年では後述するように医療の領域でも、
「適切な医療を受ける権利」を侵害されたとの理由で慰謝料が認められるケースが目立 っているが、これは適切な特定の医療行為をすべきところ、それをしなかったという意 味で、不作為の責任が問われているものといえる。また医療事故のなかでも転落などの いわゆる病院管理事例は、現象自体としては介護事故と共通するものである。
いずれにせよ、少なくとも介護事故の裁判例で中心的に問題になるのが、日常的な生 活場面での事故だとすれば、見方によってはたまたま介護施設内や送迎中に事故が発生 したため、それらが介護事故と呼ばれるに過ぎないともいえる。転倒にせよ、誤嚥にせ よ、たとえば自宅で高齢者が通常の生活を送るうえでも発生し得る事態である。統計的 には、自宅での不慮の事故の発生数も少なくない2。
そうすると高齢者の同種の事故は、事故の現象自体に着目して、家庭内だろうと施設 内だろうと同じように扱う方向で考えていけばよいのだろうか。本論文で検討対象とす
る法的紛争としての介護事故は、転倒・誤嚥などの現象としては同じであっても、家庭 内で発生した不慮の事故などとは異なる法関係・制度関係の中で発生する事象である。
したがってまず、介護事故の発生にかかる法関係や制度関係を列挙するとともに、これ らの存在が、それぞれ介護事故の法的評価に影響するかどうか、影響させるべきかどう かを検討していく必要がある。
すなわち介護事故にかかる法政策や保険政策を検討するに当たっては、まずその前提 として介護事故の発生にかかわる法関係や制度関係について、いいかえれば介護事故の 法制度的な位相について見ておく必要があろう。
以上のように考えると、本章で行うべきことは、まず介護事故をめぐる法的紛争の独 自性を整理した上で、介護事故が発生する背景にある法関係・制度関係を把握すること であり、そのような法関係・制度関係を前提として改めて検討した場合の、介護サービ スを提供する事業者側の注意義務のあり方を考察することである。
そこで本章では、まず第2節で法的紛争としての介護事故の独自性と、これに起因す る法的評価に際しての困難性について述べ、第3節ではその困難性を解きほぐすため、
介護事故の法制度的な位相を、「契約の先行」、「保険によるカバー」、「社会保険との関係」
の3つに分節して分析する。そして第4節では安全性と価格の関係についての考察を経 たのち、第5節では介護サービスの提供において求められる注意義務について、「介護サ ービス提供者の一定の専門性に根ざした責任」と「介護サービスの場の提供に伴う責任」
の2つに分けて検討する。
なお介護事故の概念規定については第4章で扱うが、本章では介護事故の典型例とし て、主として施設内での事故を念頭において検討する。
第2節 介護事故の法的紛争としての独自性と法的評価の困難性
介護事故に際して、事業者側に法的責任があるかどうかを考える場合、債務不履行か 不法行為か等の法的構成にかかわらず、実質的な判断枠組みとしては、求められる注意 義務を尽くしていたかどうかが問題となる。さらにその具体的な要件は、予見可能性・
結果回避義務・因果関係・損害などに分かれる。
しかしこのとき介護事故は、法的紛争として大きな独自性を有しており、そのことが、
法的評価に際しての困難性をもたらしている。すでに介護事故の裁判例においては、第 5章以下で述べるように限界的な判断をせまられている。個々の判例との関係も含め、
要素は錯綜するが、ここでは本章の趣旨に即して法的評価に困難をもたらす介護事故の 独自性にかかる要因を、介護事故という事象を構成する「介護関係」、「サービスの利用 者」、「サービスの提供者」という3つの要素に即した形で3点に整理して提示する3。ち なみにこれらは、とりわけ医療過誤と比較した場合の介護事故の特性とも関係しつつ、
抽出されてくるものである。
① 介護関係をめぐって ―― 不作為による事故
第一に、介護事故の法的紛争としての独自性として、その介護関係における「不作為」
が問題となる点について述べる。
前節で述べたとおり、介護事故の裁判例をみると、典型的には「目を離した隙の転倒」
など、介護従事者の不作為に伴う事故が多い。失踪や脱出・転落事例もこれに類似して いる。介護従事者の積極的な作為に伴う過失により直接引き起こされた事故として争わ れた事例は、少なくとも本論文での概念規定により収集されたこれまでの介護事故の裁 判例のなかには見当たらない。
積極的な作為により事故が引き起こされた場合には、法的な評価はその行為に集中さ れる。しかし不作為に伴う事故の場合、法的な評価の対象がひとつに特定されないこと が多い。たとえば「ある介護職員がもう少し注意していれば」、あるいは「別の介護職員 がもう少し注意していれば」、また「施設や設備がもう少し安全なものであれば」、さら には「本人がもう少し注意していれば」というような形で、いわば複数の不作為が競合
して事故に結びついており、事故の要因や主体が1つに絞りきれないことが多い。この 点は、誤診や手術ミスなどの積極的な作為の不適切さが問題とされる典型的な医療事故 との違いともいえる4。
このような介護事故における独自性は、介護事故裁判において、事業者側の注意義務 違反を判断する際に困難をもたらす。すなわち裁判例では何らかの糸口を見つけて、「あ あすればよかったのに、それをしなかった」という形で不作為による法的責任を理由付 けられるかどうかが問われるが、一定の状況のもとでどこまで事業者側に作為義務を求 めるかは、明確な線引きは困難である。たとえば「誰も見ていない廊下での転倒」につ いてすら、いろいろ予防策はある5。ただ事業者側に対して、事前の責務を限りなく拡張 すれば、まったく予測不能な事故以外は防ぎうるということにもなりかねない。
また事実認定についても、事業者側が「どのくらいの時間、利用者から目を離してい たか」というような、事後的には検証しづらい点が判断の分かれ目となることが少なく ない6。事前のアセスメントにより得られた情報についても、どこまで法的評価に反映さ せるかは見解が分かれ得る。
いいかえればこの第一の点は、介護という行為ないしはサービスに対する見方が一定 していない点が反映したものといえる。介護という行為ないしはサービスに対しては、
身体介助に代表されるような、積極的な定型化された作為に限局してとらえる見方から、
もう少し幅広くとらえる見方、さらに抽象的な「見守り」等まで含めたトータルな人間 的なケアとしてとらえる見方まで、さまざまなとらえ方があり得る7。このような介護に 対する見方の違いによって、介護事故に対する法的評価にも大きな差が生じ得るのであ る8。
② 利用者像をめぐって ―― 安全性確保と自立支援の要請
第二に、介護事故の法的紛争としての独自性として、利用者側に対する安全性確保と 自立支援の要請との相克が問題となる点について述べる。
介護サービスの提供においては、そこで求められる理念が錯綜しており、必ずしも安 全性の確保を最優先にはできないことが少なくない。典型的には、自由な移動の機会、
通常の食事、在宅などに代表されるような「人間らしい生活」を重視すると、一般的に 事故のリスクが高まるという点が指摘できる。もちろん介護サービスにおいては、安全
性と人間らしさの双方の価値を追及すべきであるが、安全性を最優先すれば、典型的に は処遇に拘束や施錠、また流動食や経管栄養等を取り入れざるを得ないというように、
両者が矛盾しうる局面があることも否定できない9。またこのような安全性と自立支援と のディレンマだけではなく、他にも介護サービスに求められる理念は少なくなく、たと えば本人の意向、家族の意向などに加えて、効率性の観点も無視できない10。
このような利用者側に起因する独自性も、介護事故裁判において、事業者側の注意義 務違反を判断する際に困難をもたらす。実際の裁判例においては、このような理念の錯 綜は意識されており、場合によってはそれらの調和が志向されているように見える。た とえば裁判例にあらわれる多くの転倒事案では、判決は事業者側に利用者に対する常時 監視義務を求めることはできないとしている11。しかし個別のケースにおいて、事業者 側に対する法的評価を「過失あり」か「過失なし」かの択一的な形で行うと、上記の錯 綜する何らかの価値をその事案のなかでは結果的に否定することになりかねない。
また事実認定においても、日々状態が流動的である利用者の事故当日の様子が問題と なったり、誤嚥事案において「こんにゃく」の刻み方が利用者に適合していたかどうか が問題となったように、やはり事後的には検証しづらい点が判断の分かれ目となること がある12。
いいかえればこの第二の点は、介護サービスの利用者像をどう評価するかが一定しな い点が反映したものといえる。つまり介護サービスの利用者は、保護すべき客体である のか、あるいは主体性を有する一般市民ないしはそれに近い存在であるのか、あるいは それらの連続的な段階のどこに位置づけるかという問題である。もし利用者の主体性を 尊重するなら、事故が発生した場合にも、その発生への利用者の寄与にかかる法的責任 が問われ得ることになるし、逆に利用者の要保護性を重視するなら、自立支援の理念の 実現等は相対的には劣後せざるを得ない。このような利用者側に対する評価・位置づけ の違いによって、介護事故に対する法的評価にも大きな差が生じ得るのである13。
なお医療においても、近時はインフォームドコンセントや自己決定権についての議論 を通じて、患者は単に受身の存在ではなく、その主体性を尊重すべきであることが強調 される傾向が強くなっている。またそこでは治癒にかかるリスクと安全性の確保とが矛 盾するという面も共通している。しかし医療では、人間らしい生活自体ないしは尊厳の 確保自体が目的とはなりづらいこと、また患者はそもそも通常の生活場面では過ごせな くなったために医療の場に来ているのであり、治癒しないと重大な事態を招くことなど
は、介護との大きな違いであろう。いいかえれば医療においても安全性の確保の要請は 重要であるが、債務の本旨のなかでの安全性の位置づけは、相対的には小さくならざる を得ない点が、介護と比較した場合の特徴といえる。
③ 事業者側をめぐって ―― 介護従事者の一定の専門性と職務の制約要因
第三に、介護事故の法的紛争としての独自性として、事業者側の一定の専門性と業務 遂行への制約要因について述べる。
介護事業者や介護従事者は、業務として介護サービスを提供するものだが、その際、
個々の介護従事者に求める専門性、高度な注意義務の水準如何は裁判例でしばしば問題 となる。典型的には誤嚥への処置で、吸引などの医療に近い処置への対応のあり方が問 題となるが、そもそも介護行為についての専門性の度合いは明確ではない。介護行為自 体は業務独占ではなく、いわば「誰でもできること」であるため、介護事業者であれば、
たとえば家庭内での介護行為と比べて、注意義務がどの程度高くなるかは明らかではな く、このいわば一定の専門性の評価は定まったものがないといえる14。
また事実認定に際しても、転倒事案で問題となったように15、たとえばポータブルト イレの清掃を事業者側に頼んだら、快く応じてくれたかどうかというような、当該施設 での職務習慣が争点となるなど、きわめて具体的な事業者側の態様が判断の分かれ目と なることがある。
あるいはたとえば歩行介助に際しての誘導の仕方や身体の支え方、食事介助の際の口 に運ぶ食事の量や内容・タイミングなどは、基本的な介護技術として介護従事者に当然 求められるものであろうが、より具体的な場面での対応の適切さや、事故が起きる予兆 への「気づきの有無」等になると、事故に際して評価は分かれ得る。
このような事業者側の「一定の専門性」に起因する介護事故の独自性も、介護事故裁 判において、事業者側の注意義務違反を判断する際に困難をもたらす。
いいかえればこの第三の点は、サービスを提供する事業者側の評価、位置づけが一定 しない点が反映したものといえる。つまりサービス提供者(事業者)を、「素人」ないし 家族のような存在から、医者のような専門家としての存在まで、その連続的な段階の中 のどこに位置づけるかという問題である16。このような事業者側に対する評価や位置づ けの違いによっても、介護事故の法的評価に大きな差が生じ得るのである。本章の冒頭
でも触れたように、同じような事象は家庭などの生活場面でも起こるため、事故が「介 護の場において」ないしは「介護従事者が近くにいる際に」発生したという事実を、ど の程度、介護事故の法的評価に反映させるかは見解が分かれ得る。
あわせて個々の介護従事者ではなく、介護事業者全体としては、具体的な介護サービ スを提供するというよりは、全体として高齢者の生活の場所を提供し、衣食住を中心と した生活のサポートを行いながら、その場所全体を管理するという側面がある。そこで は個々の介護従事者についても、独立した職務遂行というよりは、むしろ国によって定 められた施設運営基準等に従いながら、限られた人員・体制のなかで高齢者の生活の場 の管理に当たるという色彩がある。
このときに、政省令等によるもろもろの事業者規制が、事故に際して法的責任のあり 方にどう影響するかも問題となる17。とくに人員配置の少なさや、厳しい業務負荷が事 故の発生の背景にあったとみられる場合、事業者側の法的責任をどう評価するかは難し い問題となる。裁判例では、「人員が少ないことに伴う多忙さは理由とならない」という 趣旨を述べたものがいくつかある一方、コストを勘案すれば無制限に人員配置はできな いという趣旨を述べたものもある18。また施設における設備の整備度合い等の工作物的 な要因も、事故の発生に関係することがある。このような職務遂行の制約要因を、介護 事故の法的評価にどの程度、反映させるかもやはり見解が分かれ得るところであろう。
この点は、高度な職業人、典型的な専門家として扱われる医療職あるいは病院とは対 照的だといえる。医療過誤においては、高い注意義務が医療職に求められることにつき 異論はなく、また当該医師個人の専門性、診療科の違いなどが問題となることはあって も、人員配置や業務の多忙さ、設備面での要因等が、その法的責任の評価に直接影響す るものとして論じられることも通常はないといってよい。
④ 小括
これらの介護関係、その利用者側、またその事業者側それぞれに起因する介護事故の 法的紛争としての独自性は、個々の具体的な事例で、サービスを提供する事業者側の注 意義務違反を判断する際の困難性をもたらしている。
ただ、これらから示唆されるのは以下の点である。すなわち介護事故の中には、明ら かに事業者側に法的責任があるケースはあり得るものの、その周辺に、法的責任を認め
るべきかどうかが微妙なケースが存在し、それらが裁判となると司法に対して困難な法 的判断を求めることとなる。とくにそれらの事案について、事業者側の法的責任を「過 失あり」か「過失なし」かで択一的に判断することは、司法の負担だけでなく、事業者 側にも多大な影響と、場合によっては混乱をもたらす19。
もちろんあらゆる領域で、法的責任の有無については限界的なケースがあり、介護事 故についても同様であるに過ぎない。ただ介護事故については、上記に挙げてきた法的 紛争としての独自性が多くの限界的なケースを生み出しており、さらにいえば介護事故 全体を、法的評価が難しい領域としている。
これらの領域に対する法的判断を行うためには、個々の事案を、その当事者を取り巻 く法的関係や制度的要素から切り離して独立的に評価するのではなく、逆にそれらの法 制度的位相を正面から踏まえて評価することが必要だと考えられる。介護事故という事 象を構成する介護関係や利用者像、また事業者像について、複数の見方が並び立つとし ても、それらの背景にある法関係や制度関係を分析的に把握することで、それらの複数 の見方を整合的な形で位置づけることが可能だと考えられるためである。そこで以下で は介護事故を取り巻く具体的な法制度的位相について、順次みていくこととする。
第3節 介護事故の法制度的位相
前節の介護事故の法的紛争としての独自性と、これに伴う法的評価の困難性を受けて、
本節では典型的には施設内で発生する介護事故をめぐる諸々の法制度論的要因をとりあ げて、それらが介護事故に対する法的評価のあり方に及ぼす影響について検討する。
(1) 契約の先行
① 契約の先行 ―― そのとらえ方・位置づけ
第一に、介護事故が発生する場合、介護サービスを提供する事業者と介護サービスの 利用者の間には、介護サービスを提供する契約が先行的に存在する点について述べる。
本論文では、介護サービスの提供プロセスで発生した事故を研究対象としているが、
介護サービスは、介護保険制度のもとでは、施設サービス・在宅サービスいずれについ ても契約により提供される形に再構成された。すなわち介護事故が起こる場合、当事者 間には介護サービスを提供する契約が先行的に存在している20。いいかえれば介護事故 は、すでに契約関係が形成されている中で発生する事故なのであり、まったく見知らぬ 同士で発生する自動車事故などとは大きく異なる。
ただこの点に重きを置くかどうかは、考え方が分かれ得るところである。すなわち事 故はあくまで事故であり、いいかえれば法的には不法行為の問題であり、それがたまた ま契約関係のある当事者間で発生したに過ぎないという見方もあり得る。少なくとも事 前に先行して締結される介護サービスを提供する契約は、介護事故を中心的に想定した ものではないからである21 。
しかしここでは、以下の点を指摘しておきたい。すなわち介護事故においては注意義 務を果たしていたかどうかという過失の有無が法的責任の判断基準となるが、その注意 義務の内容は、契約で定められた債務内容と無関係ではありえない。たとえ契約文言の 上でこれらが明記されていないとしても、少なくとも契約当事者はそれぞれどんな相手 方かを認識した上で契約を締結しているのであり、まったく見知らぬ同士で発生する事 故とは異なる法関係のもとで発生した事故といえる。
さらにいえばこのように契約関係が先行する以上、法解釈論としては見解が分かれる としても、少なくとも今後の政策的選択肢として、契約プロセスにおいて事故が生じた 場合の対応を想定して、事前に契約のレベルでの制度的対応を行っておくことは可能で ある22。この点が交通事故のように、事前にはだれが加害者や被害者なのかが確定しな い、偶発的な事故とは異なる点である。
② 法的責任論への影響・対峙関係 ―― 介護サービスを提供する契約の性格ないしは 債務の本旨
このように介護事故が発生する当事者間には契約関係が先行しているが、この点が介 護事故の法的責任のあり方に与える影響は、単純ではない。
介護事故に先行する介護サービスを提供する契約については、これがどの典型契約類 型に当てはまるかが議論されることがあり、そこではおおむね準委任契約と考えられて いる23。すなわち専門的な事実行為の遂行が介護サービスを提供する契約の債務の本旨 と考えられているわけであり、福祉契約論においてもいわゆる専門家責任との関連が指 摘されることがある。その関係で、福祉契約論のなかで介護事故の法的責任が扱われる 場合でも、第2章で述べたように、介護における専門性のあり方が中心的に議論される。
しかし民法上の議論では、むしろこのような専門性の観点ではなく、むしろ単に「高 齢者等を預ける」という側面が中心的に意識されているように思われる24。このこと自 体は、それほど違和感のあることではなく、とくに保育所への入所が、一般的に「子ど もを預ける契約」と考えられていることからすれば、それと同様の発想で介護サービス 契約を「高齢者を預ける契約」と位置づけることは不自然ではない 25 。在宅サービス においても、サービス提供プロセスにおいては「身柄をゆだねる」という側面があるが、
施設入所については特にそうであろう。あくまで比喩であるが、典型契約でいえば、寄 託契約(民法657条以下)に近いとらえ方である。以下ではこれを寄託契約類似性とい う。
もっともこの単に「預ける」という点を正面から位置づける考え方は、とくに介護サ ービスの専門性を重視する福祉領域の論者には受け入れがたいものがあるものと思われ る。すなわち第一に「預ける」といっても対象は物ではなく、人間であり、ましてや介 護サービスを提供する契約においてはその契約当事者であり、第二に、介護行為は一定
の専門性をもったサービス提供であり、「単に預かる」という性格のものではないという 指摘が予想される。
しかしここでは介護サービスを提供する契約に、寄託契約的な側面もある、というこ とを指摘しているに過ぎない。いいかえれば介護サービスを提供する契約には、一定の 専門性を内容とする委任契約的な側面とあわせて、「単に預ける」という寄託契約類似性 が存在していると見ることができる。社会生活におけるもろもろの契約は、必ずしも典 型契約の1つだけに分類されるものではなく、同様に介護サービスを提供する契約につ いても、必ずしも準委任契約の枠内でのみ論じる必要はないはずである。そしてこのよ うな把握を通じて、結果として介護サービスの一定の専門性についても、むしろ純粋に 評価しやすくなるように思われる。
そしてこのように介護サービスを提供する契約の寄託契約類似性を認識することには、
事故における法的責任を考えるに際して重要な意義があると思われる。すなわち預けた もの(この場合は契約者自身)を、「そのままそっくり、きちんと預かり、きちんと返す」
といういわば保管的側面を、介護サービスを提供する契約の事業者側の債務の本旨のひ とつとして位置づけるという発想につながり得る26。
確かに高齢者は、施設であっても自宅であっても転倒を引き起こすことがある27 。し かし同じ「転倒する」といっても、利用者が事業者による介護サービス提供のプロセス 内で転倒した場合と、自宅で不慮の事故として転倒した場合とでは、介護サービス契約 の寄託契約類似性を正面から勘案すれば、法的には異なるものと位置づけることが可能 である28。
③ 法政策的対応に向けた示唆
このように、介護サービスを提供する契約に一定の専門性(委任契約性)の側面と、
寄託契約類似的な側面の2つを並んで位置づけることによって、介護事故への法政策的 対応において、以下の点の示唆が得られる29。
すなわち第一に、介護事故のうちで、サービス提供側の一定の専門性を論拠に過失を 認定すべき類型があり、その部分は職業的な介護事業者・介護従事者が行ったのであれ ば、法的な非難に値するということが示唆される。もっとも専門性・裁量性の中で、努 力を尽くしたにもかかわらず事故が起きた場合には、この種の責任は発生しないと考え
られる。準委任契約という性格からの帰結として、「仕事が完成しなかったこと」自体を 債務不履行とはとらえられないからである。
あわせて第二に、上記の種類の責任が発生しなかった場合でも、介護事故のうちで、
寄託契約類似性を論拠に、法的責任を認めるべき領域があることが示唆される。すなわ ち具体的に不適切な行為等が特定されなくても、それが介護サービスの提供プロセスの 中で発生したという状況的要因と、結果として発生した損害に着目して、一定の法的責 任を認める余地があるように思われる。これは「預かった以上は、事故を起こしてはい けない」という形での保管型の結果責任に近く、もし介護サービス契約の中に、この寄 託契約類似性を位置づけることができれば、実際的には結果回避が困難な領域について も、広い範囲で契約上の債務にもとづく事業者側の賠償責任を認める余地も出てくるだ ろう。
ただしこの2つの側面を比較すると、明らかに法的責任の度合いには差があり、前者 については重い法的責任とそれに見合う高い賠償額が、後者についてはそれほど重くな い法的責任とそれに見合う低い賠償額が課されるべきであることが示唆される〔図1〕。
〔図1〕 契約の債務と責任
責任の重さ
(委任契約性にもとづく(寄託契約類似性にもとづく 責任を問われる事故) 責任を問われる事故)
事故防止の困難性
(2)保険スキームによるカバー
① 賠償責任保険によるカバー ―― そのとらえ方・位置づけ
第二に、介護事故による損害は、事業者側に過失があれば、賠償責任保険によってカ バーされるという点について述べる30
第7章で述べるように、今日では介護事業者は、都道府県による事業者指定を受ける ために、介護事故に備えて賠償責任保険に加入しているのが一般的である。この場合、
介護事故による損害は、事業者側に過失があれば、賠償責任保険によってカバーされる。
もっともこの点も前述した「契約の先行」と同様に、介護事故における法的責任の評 価とは無関係のものとして位置づけることは可能である。介護事故が発生した場合に、
当該事業者が、たまたま賠償責任保険に加入していたり加入していなかったりするに過 ぎないともいえるからである。事故において事業者側に法的責任があったかどうかの評 価は、事故の損害が賠償責任保険などの保険スキームによってカバーされているかどう かとは独立して行うべきだと考えることにも一定の合理性がある。
しかし自動車損害賠償責任保険(いわゆる自賠責保険)に典型的に見られるように、
保険スキームによりカバーされていることが、事故における責任の議論に影響を与え得 ること自体は否定しがたい。たとえば無過失責任は、保険による事故の損害のカバーを 前提に認められると指摘されている31 。少なくとも保険スキームがまったく存在しない 場合と比べて、法的責任のあり方は異なる可能性がある。
さらにいえば少なくとも今後の政策的選択肢として、保険スキームを前提に、ないし は保険制度をどう設計するかとの見合いで、法政策的な対応を考えることは可能なはず である。
② 法的責任論への影響・対峙関係
このように介護事故による損害は、賠償責任保険に加入している事業者側に過失があ れば、保険からの給付によってカバーされるが、この点が介護事故の法的責任のあり方 に与える影響は、単純ではない。
すなわち第一に、事業者側の過失があれば、介護事故による損害が賠償責任保険によ りカバーされるということは、介護事故の法的責任を広く認める方向に作用しやすい。
第7章で検討するように、事業者側の過失を認定しても、実際の賠償額は保険から給付 されるために、被害者救済の観点から司法判断としても法的責任を比較的容易に認める 方向に傾きやすい。保険スキームの存在は、司法判断を通じて介護事故の損害を社会的 に分散させる論拠となろう32 。
しかし第二に、賠償責任保険であれば、そこではあくまで事業者側の過失の存在が前 提となり、無過失の場合は、損害は補償されない。賠償責任保険の存在とあいまって過 失が認められる範囲が拡張し、補償される領域が拡大する可能性がある分、事故による 損害は明らかに発生しているにもかかわらず、補償が及ばないケースがかえって浮き彫 りになることも考えられる33。
逆に第三に、事業者側のおよそ初歩的なミスや悪質なケースも、職業的な過失や高度 な専門的判断に伴う事故などと同様に賠償責任保険でカバーされることになると、法的 責任を問うことの実質的な意味合いが薄れることから、いわゆるモラルハザードが問題 となる。この点は第7章で詳しく見るように、賠償責任保険の本質的なディレンマとい え、古くから論者により意識されているが、必ずしもこれらへの対応方向が詰められて きているわけではない34。
したがって、事業者側の過失があれば、介護事故による損害が賠償責任保険によりカ バーされるという点は、過失責任の成立する範囲を拡大させる方向に一般的には作用す るものの、そこではなお、無過失事故の場合は救済されないという問題や、初歩的なミ スや故意に近い悪質な事故の場合も保険で填補されてしまうという問題が残されている といえる。
③ 法政策的対応に向けた示唆
このように賠償責任保険により、事業者側の過失を伴う事故の損害がカバーされるこ とを、介護事故にかかる事業者側の法的責任の評価とのかかわりで考えると、法政策的 対応に関して以下の点が示唆される。
第一に、明確に職業的な過失がある領域では、このように賠償責任保険でカバーする ことで、事業者側の賠償資力を確保しつつ、被害者救済を図るのは合理的な仕組みだと
いえる。第8章で述べるように、高度に発達した社会においては、いわばその代償とし て一定の職業的危険の発生は不可避であり、その際に事故を発生させた側への追及より は、被害者の救済を優先するという考え方で、職業賠償責任保険は組み立てられている。
ただしその場合でも、初歩的なミスや、悪質なケースなどを含め、モラルハザード問題 に留意する必要がある。
第二にしかし、上記のような明確な過失がなかった場合でも、事故により損害が発生 しており、被害者救済の必要性が高い場合はあり得る。これをカバーするためには、賠 償責任保険ではなく、別の定額的な保険スキームを活用することなどが考えられる。
ただしこの2つの側面を比較すると、補償される水準には、差があることが合理的で あろう。具体的には前者は明確に職業的な過失がある以上、矯正的正義の観点からも高 い補償水準が相応しく、また後者は無過失ではあるが、損害自体に着目して特別に事業 者側の負担において救済措置を及ぼすという位置づけからすれば、相対的には低い補償 水準が相応しいことが示唆される〔図2〕。
ちなみに後者のケースでは、このような場合も過失ありとするかどうか自体、議論の 余地がある。後述する通り、「過失あり」として、保険の範囲で賠償責任を負わせること も考えられるし、「過失なし」として、法的責任とは別に補償だけを行うことも考えられ よう35。
〔図2〕 過失の種類と責任
責任の重さ
(職業的過失) (それ以外の事故)
事故防止の困難性
(3)介護保険との関係
① 介護保険の対象であること ―― そのとらえ方・位置づけ
第三に、介護サービスは、今日では広く介護保険の給付対象となっているという点に ついて述べる。
いわゆる「措置から契約へ」の流れの一環として、介護保険制度のもとでは介護サー ビスは契約により提供される形に再構成され、現在提供されている介護サービスは、広 く介護保険の対象となっている。
この点も前述した「契約の先行」、「保険によるカバー」という要素と同様に、介護事 故の法的責任を考えるに当たっては、特段の影響を及ぼすものではないと位置づける考 え方もあり得る。そもそも介護保険が創設される前から、社会では様々な形で介護サー ビスが提供されており、今日でも、たとえば家庭内や、純粋な市場ベース、措置などの 提供形態や、介護保険制度の上乗せ部分・横だし部分等々、介護保険の対象とならない 様々な形で介護サービスが提供されており、その中では同様の事故が起きることはあり 得る。同じ介護サービスであるのに、介護保険の対象となっているサービスだけを別異 に位置づける必要はないようにも思える。
しかし少なくとも介護保険の対象となっているサービスは、政省令等による規制があ り、また価格が介護報酬により法定化されているなど、見かけは同じような介護サービ スの提供であっても、介護保険の対象となっていない場合とは、法的には異なる要素が あることから、事故における法的責任の基準も異なる形で判断する余地はあろう。この 点については、解釈論としては見解が分かれるとしても、少なくとも今後、たとえば過 失の判定において、介護保険の対象となる場合とそうでない場合とを異なるものとして 取り扱っていく方向は、政策的選択肢としてあり得るものである。
② 法的責任論への影響・対峙関係
このように「介護保険の対象となっていること」が、事故が生じた場合の事業者側の 法的責任のあり方に及ぼす影響は、単純ではない。前に述べた「契約の先行」、「保険に
よるカバー」と同様に、介護保険の対象となっている場合と、それ以外とを比べたとき の、事故が起きた場合の注意義務水準の異同については、いくつかの立論が可能である36。 すなわち一方では、介護保険の対象となっている場合には、公的枠組みでのサービス である以上、高い安全性を具備しているべきだという見方は当然の発想として成り立ち 得る37。
しかし他方では、介護保険の対象となっていないからといって、安全性が低くてよい わけではないという指摘があり得る。同じようなサービス内容でも、たまたま介護保険 の対象となっていれば、事故の際には過失の基準が自動的に高くなるというのも違和感 があり得るものであり、およそ介護サービスである以上、同列に扱うべきだという立論 は可能である38。
このように規範的な議論からは、公的サービスのほうが高い安全性の水準であるべき だという立論と、両者は同じであるべきだという立論が、同様に並び立つように見える。
しかし第4節で詳述するように、安全性の水準は、投下された事故防止コストの多寡に よって、段階的に実現されることを勘案すれば、そのサービスに求められる安全性の水 準は、規範的議論だけではなく、そのサービスの価格も参酌しながら決定されるべきで あろう。つまり事故防止費用を相対的に十分投下しているサービスであれば、安全性の 水準が相対的には高くて当然であり、逆に費用を投下せずに安全性の水準だけ高いもの を求めるのは、現実的ではない。
すなわち介護保険の対象となっていない場合と比べてどうかという点は別として、介 護保険の対象となっているサービスの安全性については、規範的議論とは別に、サービ スの価格に準拠して、規定されるものと考えることが可能である。いいかえれば介護保 険のもとでのサービスに、どの程度の安全性を求めるかは、介護サービスの価格である 介護報酬の水準によって決まるものと考えられる39。
いいかえれば介護保険の給付となるサービスについては、権利擁護の観点からも最低 限の安全性は当然確保すべきであるが、それより高い水準の安全性を確保するかどうか は、サービスの価格決定にかかる政策判断だといえる40。その水準の設定は、ひるがえ って事後的な補償の基準にも反映しよう。すなわちこのことにより、介護保険の対象と なっているサービスについては、高い安全性の水準を備えているべきものとして、事故 に際して法的評価を行うことは、一定の合理性を有するものと考えられる41。
③ 法政策的対応に向けた示唆
このような点から、介護事故が発生した場合の注意義務水準についての法政策的対応 に関して以下の点が示唆される。
第一に、介護保険の対象となっているかどうかにかかわらず、およそ介護サービスの 提供に伴って事故が発生したのであれば、法的責任を認定すべき事故領域があることは 間違いない。
しかし第二に、事故の態様や類型等によっては、介護保険の対象となっているサービ スに限って、その過失を政策的に広く認定する可能性が示唆される〔図3〕。
たとえば家庭内での家族による介護行為について、高い安全性を求め、たとえば介護 を行うものに対して事前に研修を受けることや資格を取得することを義務として課して、
それが実現できなければ介護行為を禁止する、というわけにはいかないだろう。しかし 介護保険の対象となるサービスについては、そのような安全性に関する事前の絞り込み を行うことは可能である。いいかえれば、そのような安全性を確保できない場合には、
保険給付の対象とはしないという政策判断は可能である42。しかも保険料と介護報酬の 設定により、これを価格面から裏付けることができる。
その延長線上で、安全性自体とあわせて、事故が起きた際の事後的な補償のあり方に ついても、介護保険の対象となるサービスについては対象とならないサービスとは別に 考えることで、過失を認定する範囲を広く設定することは可能だと考えられる。
〔図3〕 介護保険と責任
過失あり 介護保険対象であれば 過失ありとする
事故防止の困難性
第4節 安全性と価格
以上の法制度的位相を踏まえて、介護事故における過失の判断基準について改めて検 討する必要があるが、本節ではその前提として介護サービスの安全性と価格との関係に ついて検討する。
(1)安全性と価格の関係
製品やサービスの安全性については、「事故はあってはならない」という言い方がしば しばされることに示されるように、絶対的な価値と位置づけられることが多い。しかし 実際には、どんな製品やサービスであっても、100%の安全性を実現するのは難しく、
いいかえれば「安全かどうか」は必ずしも択一的な問題ではなく、むしろ事故防止のた めにかけたコストとの関係で、安全性の水準が段階的に決まってくるという面がある。
たとえば介護サービスについても、「高くて安全なサービス」から「安くて危ないサービ ス」まで、さまざまな段階のものが分布しうるのである。
もちろん事故防止のためにかけたコストと事故発生確率の関係は、それほど単純では ない。コストをかければかけるほど、一律に事故が減っていくというものではないだろ う。ただ全般的にみれば、コストをかけた場合のほうが、そうでない場合よりは一定の 事故類型を防げる可能性が高くなるということはできる43。
以上の点を介護事故に当てはめてみると、以下で述べるような想定から、安全のため にかけたコストと事故発生確率の関係はおよそ下記のような形状になっているものと考 えられる〔図4〕。
〔図4〕 安全のためにかけたコストと事故発生確率の関係
事故発生確率
防止可能な 事故類型
不可避的な事故類型
A 安全のためにかけたコスト
X軸は、安全のために投入された経営資源の総量である。すなわちハード面(端的に は設備・人員配置)およびソフト面(個々の介護従事者およびそのグループ全体として 尽くすべき努力)をあわせて、いわば質・量含めて果たしている注意義務の総量レベル として位置づけることもできる。
Y軸は、事故の発生確率である。あくまで全体的な確率であり、厳密にはそれぞれの 事故の損害額やその分布が問題となろう。
ハード面で設備・人員を整え、ソフト面でも個々およびグループで努力を尽くしてい くなど、安全のために投入するコストを増やすと、事故発生確率は低下していく。
しかしあるポイントから先は、コストをかけてもあまり事故確率を下げることができ なくなる。ある程度資源を投入しても、どうしても発生してしまう事故類型もあるので ある。そして明確にラインを引けるかどうかは別として、事故確率の低下度合が明らか に逓減してくる変曲点的なポイントが想定される。これは限界効用逓減的な考え方でも あるが、むしろそれぞれの局面で発生する事故類型の違いを反映したものである。
たとえば施設の人員基準だけを取り出してみると、介護サービス提供の際の人員配置 を手厚くすればするほど、介護事故の裁判例に多くあらわれる「ちょっと目を離した間 の事故」を防げる確率は高くなろう。
しかし人員を「もう1人ずつ」増やしていっても、事故発生確率をその下げられる度 合いは、徐々に小さくなってくると思われる。そしてある程度から先は、かなりの人員 を「びっしりと」配置しないと防げない事故、またそれでも防げない事故の類型が残る
と考えられる。
より具体的には、以下の通りである。すなわち要介護高齢者は、24時間、生活してい る中で、程度の差こそあれ事故の危険に直面している。歩いているとき、食事している ときはもちろん、たとえば痰が絡んでの不慮の窒息に至っては、呼吸の仕方が原因とも なることから、事故の危険はまさに24時間にわたる。
その中で、限られた人数・限られた注意義務を振り向ける対象は、まずは事故が発生 しやすい場面に集中されることになるので、最初はそのような人的資源投入の効果が顕 著に出る。たとえば食事や入浴の際には、誤嚥や溺水も起こりやすいので、集中的に注 意が向けられることになる。もちろんそのように注意を尽くしても、完全に事故を防げ るわけではなく、極端にいえば、すぐ横に付き添って、凝視していても、防ぎきれない 事故類型は存在する。しかし注意を向けていることで、事故を減らすことができること は間違いない。
そのうえで、それ以上に事故を防止しようとすれば、次第に事故の頻出度合いがそれ ほど高くない領域にも、人的資源を投入することになる。たとえば就寝中であっても、
利用者が起き上がって転倒したり、ベッドから転落するなどの事故は起こり得るので、
きちんと一人一人を見張っていれば、そのような事故を減らすことはできる。しかしそ れは、ごく稀にしか起こらない事故に対して多くのコストをかけることになり、人的資 源投入の効果は逓減してくる。もちろんそのようにしても、すべての事故を防げるわけ ではない。
加えてとりわけ「自由な移動の機会」や「通常の食事」の提供など、人間らしい生活 を重視した介護を追求すると、転倒や誤嚥の危険は高まるので、一般的には事故防止の コストも大きくなる。
このように考えると、安全のためのコストを追加的にかけることで事故発生確率を引 き下げる度合いは、次第に小さくなってくるものと考えられる。
なおここでの事故発生確率は、本論文で概念規定した法的紛争としての介護事故では なく、むしろ介護にかかる事故全般についての数値である。介護にかかる事故が、法的 紛争になり、さらに裁判に至るプロセスについては、別途多様な要因が介在する。ただ しここで検討した事故発生確率と事故防止のためにかけたコストとの関係自体について は、介護にかかる事故全般と、法的紛争としての介護事故に限定した場合とで大きくは 異ならないものと考えられる。
(2)法政策的対応に向けた示唆
このような価格と安全性の関係を前提とすると、法的責任に関する法政策的な方向性 として、以下の点が示唆される。
すなわち第一に、事業者側は少なくとも事故防止努力の効果が明確に逓減してくる水
準(〔図4〕のAのポイント)まではコストを投入して、相対的に事故防止努力の効果が
大きい領域での事故、すなわち相対的に防止可能な事故類型は、事前の努力により避け ることが望ましい。そのことは逆にいえば、相対的に防止可能な事故類型に属する事故
(イメージ図では相対的に左側の領域で発生する事故)が起きてしまった場合について は、事業者側に重い法的責任を問うべきだといえる。
他方第二に、相対的に事故防止努力の効果が小さい領域での事故、すなわち相対的に 防止困難・不可避的な事故類型(〔図4〕では相対的に右側の領域で発生する事故)につ いては、いたずらに経営資源を投入するよりは、効率性の観点からは、むしろ事後的な 保険による損失分散が志向される。そのことは逆にいえば、相対的に防止困難・不可避 的な事故類型に属する事故が起きた場合にまで、重い法的責任を問うのは相応しくない といえる44。
これらを受けて第三に、これに見合った介護報酬が定められるべきである。すなわち 事業者側が上記の水準(〔図4〕のAのポイント)までは、安全のためのコストを投入で きるような介護報酬を設定するべきであり、重い法的責任を問う領域と、介護報酬との 整合性を確保すべきである。
またこのとき考え方として、介護報酬には一定の(2種類の)保険料のコストも含め るべきである。すなわち防止可能な事故類型については賠償資力を確保するための賠償 責任保険の保険料、不可避的な事故類型については損失分散のための保険に加入するた めの保険料という2種類の保険料相当分をコストとして介護報酬に組み込んで、いわば 社会全体で負担すべきだと考えられる45 。
ところで以上の点は、事故の回避コストとの関係で、高い法的責任を問う領域を画そ うとするものであり、いわゆる「法と経済学」の発想に通じるものがある。
「法と経済学」の一般的な議論ないしはアメリカ法の不法行為の考え方では、「B(回 避コスト)<PL(損害発生の蓋然性×被侵害利益の重大さ)」の場合に過失ありとさ
れ、いわゆるハンドの公式と呼ばれている46。そして本章で投入すべき事故防止コスト の基準を設定しようとしている(〔図4〕のAのポイント)のは、ハンドの公式に即して いえば、事業者側が適切に運営すれば、「B>PL」として「過失なし」となるような事 故防止コストの投下を可能とするような介護報酬の設定の必要性を主張するためのもの である。そしてそのような介護報酬の設定を前提として、これと重い法的責任を問う領 域との整合性をとるべきだという考え方である47。
なお、「法と経済学」的手法との接合により若干補足すれば、以下の通りである。
事故防止努力を尽くしていくと、安全のために投下したコストによる事故防止効果は、
次第に逓減していく。たとえば「もう1人」職員を余計に投入しても、そのことで事故 を防止できる度合いは、前述したように、一般的にはその前の「1 人」よりは逓減する と考えられる。他方、「もう 1 人」の職員を投入するために要するコストは、その前の
「1 人」と同様にかかる。したがって、ヨコ軸に事故防止努力をとると、それに要する コストは直線的に増加する一方、これに対応する事故のコストは逓減しつつ減少する曲 線を描く。したがって、事故防止に要するコストの直線と、事故発生確率の曲線とを加 えると、下に凸の曲線になり、一定のポイントで、最小値をとる〔図5〕。
ハンドの公式を「(効用-安全費用)>危険性(損害発生の蓋然性×被侵害利益の重 大さ)」→過失なし」と理解し、安全費用を右辺に移すとすると、過失なしとなる条件は、
「効用>危険性+安全費用」となる。効用を一定の値と考えれば、効用が危険性+安全 費用を上回ることで、この条件が満たされる可能性がもっとも高いのは、危険性+安全 費用の合計値がもっとも小さくなるポイントである。
この危険性+安全費用の合計値は、本章での表現に当てはめれば事故コストと事故防 止コストとの合計額にあたり、それはまた社会的費用といいかえることができる。この 社会的費用の値が最小化するポイントを超えて事故防止コストを投入しても、限界的な 事故防止コストが限界的な事故コストの低下幅を上回る可能性が大きい。しかし逆に、
少なくともこの社会的費用の値が最小化するポイントまでの事故防止努力は、事業者側 は尽くすべきであり、これに達しない場合は、明らかに過失・注意義務違反があるもの として、重い責任を問うべきものと考えられる48。
〔図5〕 事故防止努力と事故コスト、事故防止コストとの関係
事故コスト(頻度×損害額)
費用計(事故防止基準)
事故防止コスト
↑ 事故防止努力 (ここまでの事故防止努力を行うべき)
第5節 注意義務の構造再考
以上の法制度的位相と、前節で見た安全性と価格との関係を踏まえて、本節では介護 事故における過失の判断基準について改めて検討する。
(1)介護事故にかかる法的責任の拡大
通常、介護事故の法的責任の判断枠組みは、事業者側が客観的に求められる注意義務 に違反したかどうかが基準となる。しかしながらこの判断枠組みでは、第2節で述べた とおり、どこまでを注意義務違反とするかの評価について本質的な困難性があり、のち にみるとおり実際の裁判例では被害者救済の観点から、責任の認められる範囲が拡大さ れる傾向にある。
そのなかでこれまで述べてきたような介護事故の法制度的位相、すなわち介護サービ ス契約が先行していること、賠償責任保険によってカバーされていること、介護保険の 対象となっていること等の要素は、事業者側の注意義務の水準を引き上げ、過失の認め られる範囲を一般的には拡大するようにみえる。しかしその拡大の仕方を仔細に見れば、
様相はやや複雑であり、法政策論的には、むしろこれらを2つの異なる段階の責任区分 によって把握するべきではないかということを考察してきた。
これらを踏まえて近時の法的責任の拡大要因を改めて見ると、それは①介護サービス 提供者の「一定の専門性」に根ざす部分と、②介護サービスにおける「場」の提供に根 ざす部分とに分けられるものと考えられる。これらは渾然一体となっているが、異なる 要因であり49、これら2つを明確に分けるとともに、法制度論的な位相を踏まえて法的 責任のあり方もできるだけ区別していく方向が望ましいのではないかと考えられる。
① 介護サービス提供者の「一定の専門性」に根ざした責任の拡大
これは、伝統的な過失概念からいわば拡張された行為規範の領域である。すなわちサ ービス提供者側の一定の専門性に即して、一般の不法行為責任よりも高い注意義務を尽 くして、事故を防止すべき領域である。
事故類型としては、第2節で述べたサービス提供者側の要因・一定の専門性が問われ
る場面に対応しよう。典型的な事例としては、歩行介助に際しての身体の支え方・誘導 の仕方や、食事介助に際しての口に運ぶ量・内容・タイミング等については、基本的な 介護技術として、その適切な方法によってサービスを提供することが当然期待され、そ こで基本的な介護技術を身につけていないために、事故が生じたという場合には、それ が一般人には期待できない介護技術であっても、職業的な介護従事者には当然期待され るものであることから、注意義務違反が認定されよう。あるいはたとえば誤嚥が発生し た場合の救命責任のような、職責に伴う作為義務を果たしていない場合などが挙げられ る。
これは第3節で述べた「契約の先行」との関係では、介護サービス契約の、委任契約 性に由来する法的責任と理解できる。もっともこの一定の専門性の契機は、委任契約に 伴う裁量性という形で、他方では責任の範囲の限界を意識させることもある。
この拡張された行為規範の領域は、日常用語でいえば「やらなければならない」ある いは「やってはならない」という行為規範の基準が妥当する領域である50 。「法と経済 学」的には、コストをかけて当然結果を回避しなければならない領域である。すなわち 介護事業者・介護従事者の一定の専門性に即して、ハード面では費用・資源を投入して 設備・人員を整え、ソフト面でも注意義務を尽くして、事故を防止すべき領域である。
ただ、一定の専門性にかかる高度な注意義務を「尽くすべきだ」といっても、諸状況 によっては実際にはそうできないこともある。すなわちこれらの事故は、現代社会にお ける職業の高度化と対応して、一定程度は避けられない面がある。次に述べる②の類型 との関係もあって、「不可避」という表現を使うことは躊躇われるが、「事故防止努力を 尽くせば防止できる」ものの、「事故防止努力を尽くすこと」の懈怠自体が、一定程度避 けられないのである51 。そこで被害者救済・賠償資力への顧慮もあって、第3節「保険 によるカバー」との関係では、職業賠償責任保険の対象となっていると理解することが できる。
しかしこのように損害額全てを保険でカバーしてしまうことは、いわゆるモラルハザ ード問題を惹起するし、いわゆる矯正的正義の考え方からとしても、注意義務違反に対 して事業者側の実質的な責任を問わないことになるのは問題を残す。したがって、現行 の賠償責任保険のみによる対応には、なお改善の余地があるといえる52。
② 介護サービスの「場」の提供に伴う責任の拡大
これは、いわば介護サービスの「場」の提供に伴う不可避的な事故である。いいかえ れば事故の状況と結果に着目した責任領域である。すなわち介護事業者が、個々の具体 的な介護サービスではなく、高齢者に対して生活の場を提供し、それを管理する局面で 発生した事故である。
事故類型としては、第2節で述べた不作為に伴う事故類型や、安全性をめぐるディレ ンマに起因して発生する事故類型などと重なることが多い。典型的な事例としては、事 業者側が目を離した隙に生じた転倒事故・失踪事故や、利用者同士の喧嘩などである。
介護現場では、実際には原因不明の事故も多い。
第3節で述べた「契約の先行」との関係では、介護サービス契約の債務の本旨におけ る寄託契約類似性に由来する法的責任と理解できる。
この種の責任は、まさに結果さえ発生すれば、無限定に責任の拡大を図る方向で働き やすい。しかしそれは、道徳的非難を伴う責任が生じているというよりは、むしろ事故 防止努力にかかわらず、一定程度は確率的にも「不可避」という側面があり、あまり重 い責任を問うことには逡巡がある。日常用語でいえば、「できればやったほうがよい・や らないほうがよい」という領域である53。
この「場」に着目した責任領域は、「法と経済学」的にみれば、結果を回避するために は膨大なコストを要し、そもそも完全に防止するのは困難である事故についての責任を 問うものであり、紛争の内実からすると、事業者側の責任を追及するというよりは、む しろ保険による損失分散と被害者救済を対応の中心にするべきものと考えられる。
その中でも第3節で述べた「保険によるカバー」との関係では、このような「場」に 着目した責任領域は、賠償責任保険が本来的に想定している領域とは異なるものである ことから、むしろ事故ないし損害自体に着目した保険スキームで損失分散をはかること を対応の中心に据えるべきであろう。
その意味でこの領域は、そもそも事業者側の責任を問うべきかどうかも意見が分かれ ようが、前述した介護サービス契約の寄託契約類似性からは、「それほど重くない」法的 責任を問うべきではないかと考えられる。ただし賠償額は、見舞金レベルの低い額の水 準にとどめ、これを定額保険スキームでカバーすることを基本に考えるべきであろう54 。