偶発損失計上の論理と 将来支払予測債務拡大の可能性
加 藤 盛 弘
はじめに
蠢 偶発事象の定義と計上の条件 蠡 偶発損失計上条件の個別事象への適用 蠱 偶発損失計上の論理と負債概念 蠶 将来損失計上の受け皿としての論理
おわりに
は じ め に
意思決定有用性理論を理論的基礎とする現代会計の特徴は,現在のところ様々に解釈 する余地をもっている。ある人は資産負債アプローチというその理論構造に焦点をあて て解釈し,ある人は評価主義のもとに展開される金融商品の時価評価に焦点をあて,ま たある人は資産評価論全体に焦点をあてて解釈をする。それらはいずれも一つの指摘さ れるべき側面であるといえる。しかし,私は現代会計の果たす機能からして,もっとも 特筆されるべきは,負債側の拡大による将来損失の早期拡大計上であると考える。すな わち,負債概念を拡大することによっての,近代会計理論では論理化できない認識領域 の拡大である。それは支払時期も金額も不確定な将来の支払を予測される債務の計上で ある。その債務は典型的には損失の計上を伴う。その概念の中心をなすものが偶発債務 であると理解する。偶発債務は近代会計理論では,計上の論理化が困難なものとされて きた。現代会計はこの偶発債務の計上を論理化し,その性質(将来損失事象についての 発生および金額の不確実性)を拡大し,その事象のあるものを別個の会計領域およびそ の基準として独立化している。その典型が環境債務の会計であ
1
る。また,年金会
2
計も資 産除却債務会
3
計も将来支払予測債務の会計であり,その中には偶発事象に係わる不確実
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1 AICPA, Statement of Position 96-1は財務会計基準ステイトメント第5号を主としてスーパーファンド法
によって規制を受ける環境修復債務の会計に適用したものである。加藤盛弘「環境回復負債および費用 の予測計上と開示−AICPAステイトメント・オブ・ポジションによって−」同志社大学『ワールドワ イド・ビジネス・レビュー』第2巻第1号(2001年1月)。同「環境修復負債認識方式の特徴」『會計』
第164巻第2号(2003年8月)。
2 年金会計も独立の基準として設定されているが,その処理手続きの中には多くの偶発的な将来予測要素 を内包している。堤 一浩『現代年金会計論』1991年,森山書店,加藤盛弘『現代の会計原則』第9 章「新年金会計原則」1992年,森山書店。
3 資産除却そのものの発生は確実であるとしても,その測定には不確実な将来予測要素を伴う。加藤 !
(147)147
性が存在しているといえる。
そこで,本稿では偶発損失の計上(主として偶発債務の計上を伴う)基準である財務 会計基準ステイトメント第5号(以下SFAS 5号と略称することも多い)を考察し,そ れがどのような概念と論理によって合理化されるのか,またその基準と内容が持つ将来 支払予測債務拡大の理論的可能性について検討す
4
る。
Ⅰ 偶発事象の定義と計上の条件
1 偶発事象の定義
SFAS 5号では,「偶発事象とは発生の可能性のある利得(以後,偶発利得)または損
失(以後,偶発損失)に関して,一つまたはそれ以上の将来事象が発生するかまたは発 生しないことによって究極的に解消される,不確実性を伴う存在する条件,状況,また は環境のセットであ
5
る」,と定義される。つまり,発生そのものに関して不確実性を伴 う事象(偶発利得はSFAS 5号では対象
6
外)である。そしてその不確実性が解消される 状況になると資産の損傷(減損)または負債の発生の有無が確認され
7
る。しかし,偶発 事象会計はその不確実性が解消される以前の段階で,つまり,発生そのものに不確実性 を伴う段階で,偶発損失事象のあるものを,損失および負債の発生(または資産の減 少)として,会計上認識しようということである。それだけに見積と判断が必然的に伴 うことになる。
2 資産の減損または負債の発生
偶発損失が存在する場合に,将来事象が資産の減損または負債の発生を確認する可能 性には幅がある。SFAS 5号はその幅の中に以下の3つの領域を確認する(par. 3):
(a)probable 将来事象の発生の可能性が高い
(b)reasonably possible 将来事象の発生の可能性はremoteより高いが,likelyほど高 くない
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! 盛弘「FASB長期資産除却債務会計の認識・測定構造とその特徴−金額と支払時期が不確実なキャッシ ュ・アウトフローの認識と測定の枠組み−」『同志社商学』第54巻第1・2・3号(2002年12月)。
4 SFAS 5号を含めた偶発事象会計を考察した研究には,本稿とは異なる視点であるが,山下寿文『偶発
事象会計論』(白桃書房,2002年),同「IASC,米国および日本の引当金会計基準の比較」『會計』第155 巻第6号(1999年6月)がある。
5 Financial Accounting Standards Board,Statement of Financial Accounting Standards No.5, Accounting for Con-
tingencies, March 1975, par. 1. なお,本ステイトメント5号からの引用は,以後,本文中にパラグラフ
数のみを記すことにする。
6 偶発利得の認識は実現以前に収益を認識することになるので勘定に計上されない(SFAS, par. 17.)。 7 Financial Accounting Standards Board,Current Text, Accounting Standards, Vol. 1, Contingencies(Section C
59),par. 101, As of June 1, 2001, John Wily & Sons, Inc.なお,本カレント・テキストからの引用は,以 後,本文中に,CT Text par.と記す。
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(c)remote 将来事象の発生の可能性は低い
このような発生の可能性を持つ将来事象のうち,SFAS 5号は以下の条件を満たすも のについてのみ認識を義務づける。
3 偶発損失計上の条件
偶発損失事象による見積損失は,以下の2つの条件が満たされる場合には,利益に賦 課することによって計上されなければならない:
(a)財務諸表日において資産が減損しているか,負債が発生していることがprobable
(ほぼ確実)であること。この条件の中には,損失の事実を確認する1つまたは それ以上の将来事象の発生がprobableでなければならない,ということが含ま れている。
(b)その損失金額が合理的に見積可能であること。(par. 8)
つまり,発生に不確実性を伴う将来損失事象のうち,発生の可能性が高い場合には認 識対象になる,ということである。それは財務諸表日において資産が減損しているか,
負債が発生していることがprobableだからということである。Kiesoたちによれば,偶 発負債を計上する基準は「負債が発生している可能性が高いかどうか」であるとしてい
8
る。すなわちprobable であることをもって認識条件の1つがクリアーされることにな る。
この,(a)の条件をクリアーした事象にして,さらに(b)の金額を合理的に見積も ることが出来るという条件をクリアーした偶発損失事象について,損失計上が義務づけ られるということである。したがってSFAS 5号適用問題の中心は,
(a)資産の減損または負債の発生がprobable
(b)損失金額の合理的見積可能性
の2つの条件をどのように解釈し,その条件が満たされていると判断しうるか否かとい うことである。
その場合,理論的・概念的な問題の中心は,漓資産の減損がprobable であることを もって資産の減損(減少)として認識すること,および滷負債の発生がprobable であ
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8 Donald E. Kieso, Jerry J. Weygandt, Terry D. Warfield, Intermediate Accounting, 2001, Chapter 13, Current Liabilities and Contingencies, p. 671.
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ることをもって,負債の発生として認識することを,妥当とする理論展開である。すな わち,不確実性を解消する事実が発生する以前に,損失を計上することの理論化の問題 である。SFAS 5号では,漓の資産減損が probableであること(すなわち不確実性が残 る段階)をもって資産の減少とすることを当然のこととしているように思えるが,滷の 負債の発生がprobableであることをもって負債の発生とすることについては,負債概 念との係わりで問題にされていると考える。後に検討する。
4 損失金額の見積可能性
損失計上の条件であるパラ8(b)の,損失金額が合理的に見積可能であるというこ とは,損失金額が単一の金額をもって見積可能であることを意味しないという。FASB
『解釈指針』第14号によると,利用可能な情報によって損失の見積額がある幅の中にあ る場合には,「ある損失金額が発生しており,その損失金額は合理的に見積可能である」
ことを意味しているとい
9
う。例えば,ある企業の将来損失金額は正確に見積もれないと しても,その時点での合理的見積額(reasonable estimate)が300万ドルから900万ドル の幅の中にあると判断されるなら(その幅の中のいずれかの金額が他の金額よりも,よ りよい見積額であると思えない場合には)その幅の中の最小金額である300万ドルの計 上を義務づけ,600万ドルは追加発生可能損失額として,開示することが義務づけられ てい
10
る。このように合理的見積額とは,単一の金額である必要はない。幅のある金額で あってよいということである。
5 開示
パラ8の(a),(b)のいずれか1つ,または両方を満たさないために偶発損失の計上 がなされない場合,あるいは計上した金額を超過する追加損失の危険性が存在する場合 にして,それらの発生に少なくとも合理的可能性(reasonable possibility)が存在する
(すなわち発生の可能性がremoteより大きい)場合には,開示が義務づけられる(par.
10)。開示には,偶発事象の性質,可能性のある損失の見積額またはその幅,あるいは そのような見積が出来ない場合には,その出来ないことの説明がなされなければならな い,とされる(par. 10)。
以上がSFAS 5号による偶発損失の計上および開示規定の概要であるが,さらにその
個別事象への適用について考察することによって,「発生が probableである」ことをも って「現実の発生」との間の差異を埋めることにするパラ8の内容の理解を深めてゆこ
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9 FASB Interpretation No. 14, Reasonable Estimation of the Amount of a Loss, an interpretation of FASB State- ment No. 5, September 1976, par. 2.
10 Ibid.,pars. 4 and 5.
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う。
Ⅱ 偶発損失計上条件の個別事象への適用
SFAS 5号は偶発損失事象の例として以下の事象を挙げている(par. 4):
(a)受取債権の回収可能性
(b)製品保証および製品欠陥に係わる債務
(c)火災,爆発あるいはその他の災害による企業財産損失・損壊のリスク
(d)資産収用の恐れ
(e)未解決の訴訟または訴訟の恐れ
(f)現実の,または可能性のある賠償要求および賦課
(g)財産災害損失のリスク,および再保険会社を含む損害保険会社のリスク
(h)他者の債務の保証
(i)「スタンドバイ信用状」による商業銀行の債務
(j)売却受取債権(あるいは関係財産)の買戻し契約
そこで,偶発損失事象のいくつかについて,パラ8の条件に合致するか否かの解釈 と,その計上の可否について考察しよう。
(1)受取債権の回収可能性
利用可能な情報によって,満期になる受取債権の全額を回収できないことがprobable で,したがって,通常の事業過程を通じて回収される財務諸表日の純実現可能価値(net
realizable value)が,受取債権勘定の総額よりも低い場合には,パラ8(a)の計上条件
は満たされている。なぜなら資産が減損していることはprobableだからである(par.
23)。つまり,全額を回収できない可能性がprobableであれば,どの程度の減損かはと にかくとして,減損が生じていることはほぼ確かである,ということである。probable と判断される時点で資産は減損しており,資産の減額が認識されるべきだということで ある。原価(帳簿価額)から離脱する。
損失金額を合理的に見積もれるかどうかは通常,当該企業の経験,それがない場合に は同業他社の経験,個々の債務者の支払能力,現在の経済環境に照らしての受取債権勘 定の評価,その他に依存するという(par. 23, CT Text, par. 129)。その結果損失金額を 合理的に見積もることが出来ない(8 bが満たされない)場合には,原価法その他の方 法が用いられるべきだとしている。
偶発損失計上の論理と将来支払予測債務拡大の可能性(加藤) (151)151
(2)製品保証および製品欠陥に関する債務
Kiesoたちによると,製品保証コストは偶発損失の古典的な例であるとい
11
う。
製品保証(修繕,取替等)の請求がなされるかどうかについては不確実性を伴うがゆ えに,偶発事象の定義にはいる。したがって,パラ8の条件を満たす場合には損失計上 が義務づけられることになる。
利用可能な情報から,売却した財または用役に関して保証請求がなされることがprob- ableであるならば,負債が発生していることがほぼ確実なので,パラ8(a)の条件は 企業の財務諸表日で満たされている(par. 25)。つまり,保証請求がなされることがほ ぼ確実ならば負債が発生していることになる。損失金額の見積については受取債権の見 積損失と同様に,通常企業の経験,それがない場合には同業他社の経験,その他の情報 によることが適切である(par. 25)とされている。
売却した製品や用役に関しては,製品保証以外の債務,例えば製品欠陥に起因する賠 償要求が生ずるかもしれない。その場合には,賠償要求が生ずることがprobable なら ば,損失の計上は妥当,としている(par. 26)。売却した薬品や玩具について健康や安 全性の問題が発見されるならば,パラ8(a)の条件は満たされる,その結果,負債が 発生していることはprobableと考えられる(CT Text, par.132),としている。この場合 も,経験その他の情報からその薬品または玩具に関する損失の合理的見積が可能になる ならば,パラ8(b)の条件は満たされるであろう,としている(par. 26)。この場合 も,賠償要求がほぼ確実ならば,さらには製品欠陥が発見されるならば,負債の発生が
probableと判断され,損失計上の条件8(a)は満たされ,負債の発生になるというこ
とである。
(3)訴訟,賠償要求,賦課
未解決の訴訟あるいは訴訟の恐れ,現実化している賠償要求あるいは可能性のある賠 償要求,および賦課に関しては,計上または開示,あるいはその両方が義務づけられて いるが,その決定をなすにあたっては,とくに以下の諸要素が考察されなければならな い(par. 33),としている。
(a)訴訟,賠償要求または賦課のもとになる原因が生じた期間
(b)不利な結果の可能性の程度
(c)損失金額の合理的見積可能性
これらの要素は,パラ8の損失計上条件の適用を訴訟や賠償要求等に具体化したもの である。上記の要素(a)は訴訟等のもととなる原因が財務諸表日以前に発生している
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11 Kiesoet al, op. cit.,p. 674.
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べき事象であることを意味し,(b)は訴訟や賠償要求がなされる可能性が高く,その 上,不利な結果となることがprobableでなければならないことを意味している(pars. 37
and 38)。それはパラ8(a)の負債発生が probableという条件の内容をなすというわけ
である。
要素(c)の「損失金額が見積可能」については,『解釈指針』第14号に基づいて,
単一金額であることを要しない。幅のある見積金額のなかの最小金額の計上と,それを 超過する合理的可能性を持つ追加発生可能額の開示が義務づけられる(par. 39)。
このように偶発損失事象については,「負債発生の可能性がprobableである」ことが 負債の計上条件を満たす(負債の認識)ことになるのであるが,実際にはそこには現実 の負債の発生と,相当に大きな違いがあると考えられる。Kiesoたちは次のように述べ ている。
「未解決の訴訟の結果が何らかの確実性をもって予測できることはほとんどな い。そして,貸借対照表日に利用可能な証拠は被告に不利であることを示すとして も,その会社が可能性の高い不利な結果についてのドル見積額を,財務諸表で公表 することを期待するのは,ほとんど合理的でな
12
い。」
現実の実務は一様ではなく判断に左右されるということである。
(4)環境修復負債
スーパーファンド法に代表される環境規制法は有毒廃棄物によって汚染されたサイト の浄化・修復を強制している。したがって,汚染に関係した者は環境修復のための責任 を負うことになる。一般に,汚染サイトの修復には巨額のコストを要し,かつ多様な修 復プロセスを伴い,さらに時には数十年に及ぶほどの長い年月を要するという。
そこには多くの不確実な要素を擁し,事象の発生および金額の双方についての将来予 測および見積を必要とする。環境修復負債についての会計はその将来費用と負債の予測 についての会計である。SECは重要な(significant)不確実性を伴うとしても,そのよ うな負債についての認識を遅らせるべきではないと考えてい
13
る。
AICPAのSOP 96-1はスーパーファンド法に代表される環境法によって強制される潜
在的コストに対する負債計上について,SFAS 5号とは別に規定している。つまり,SOP
96-1はSFAS 5号を環境法によって規定される環境負債に適用するために具体化され
た,別個の会計基準であ
14
る。
────────────
12 Kiesoet al,p. 673.
13 Ibid.,p. 678.
14 環境修復負債会計の内容については,脚注1の前掲2編の拙稿を参照されたい。
偶発損失計上の論理と将来支払予測債務拡大の可能性(加藤) (153)153
しかし,Kiesoたちによると,多くの会社はこれらの潜在的コストに対する負債をま れにしか記録しないという。「会社はその負債を見積もることの出来ない偶発債務であ ると注記する。結果として,可能性のある負債に関する叙述のみが財務諸表で開示され
15
る」と。
ここには注目すべき点が2つある。1つは偶発負債計上拡大の可能性とその状況であ
り,1つはSFAS 5号に包摂されるある領域の別個の基準としての独立化である。それ
はSFAS 5号の偶発事象会計の受け皿としての広さである。
(5)企業財産損失のリスク
火災,爆発,その他の災害による将来の財産損失に対して,財務諸表日において保険 がかけられていない場合がある。この種のリスクによる損失は,パラ1で定義された偶 発事象のケースについて生ずる損失金額と,発生のタイミングについての不確実性を伴 う条件を構成するという。つまり,偶発事象を構成するということである(par. 27)。 しかし,その種の将来損失はパラ8の計上条件に合致しない。なぜなら,その種の偶発 事象はランダムに発生し,その発生以前にはパラ8(a)の計上条件は満たされていな い,つまり財務諸表日時点には財産価値は減少していないからだという(par. 28)。こ の偶発事象については,その発生以前には企業活動との間に何の関係もなく,したがっ て,「発生以前には資産は減損していない」ことになる,というのである。
(6)事業資産の切り下げ
ある場合には処分を予定していない事業用資産の帳簿価額が,物理的な損傷またはそ の恐れがないとしても,その資産の使用による回収可能予想額を超過するかもしれな い。例えば,経済条件の変化から生産施設の帳簿価額の回収可能性に疑問が生ずるかも しれない。このような場合に,資産の帳簿価額を切り下げることが妥当かどうかの問題 は,SFAS 5号の考察対象ではないとしている(par. 31)。つまり,将来の回収によって 確認される資産の減損についての会計は,偶発損失事象と類似の考察を行うとしても,
それは5号の範囲ではない(後に減損会計基準(SFAS 121号)として独立化された)
ということである。
以上,8(a)(b)の個別事例への具体的適用の仕方について考察してきた。そこには
「発生の可能性が probableである」ことと,「現実の発生」との間をつなぐ見積,予 測,判断の問題が存在する。
Ⅲ 偶発損失計上の論理と負債概念
これまで考察してきたように,偶発事象の損失計上は,その損失を確認する将来事象
────────────
15 Kiesoet al.,p. 678.
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の発生の可能性をprobableからremoteの幅の中で判断することから始める(par. 3)の であるから,そこには当然のことながら判断と主観性を伴う。その発生の可能性につい て予測・判断すべき事象には,遠い将来において発生を予測される事象も含まれるので あるから,なおさらである。またその金額を合理的に見積もるにあたって用いられる証 拠には,当該会社の過去の経験,同業他社の経験,技術的な調査,教育された個人の推 量,あるいは個々の事象についての個人的な判断等も含められる(par. 23)。そのよう な発生の不確実性と,予測,見積,判断の主観性を内包する偶発損失が,パラ8の2つ の計上条件を満たすことによって計上を義務づけられる。それでは,その理論的根拠は どこに求められるのであろうか。SFAS 5号は補論 Cにおいて,その検討を行ってい る。
1 偶発損失の計上
第5号の公開草案の回答者たちの中には,偶発損失の計上を,偶発損失の発生による 財務的影響を減少させること,不規則な期間利益の変動をさけること,あるいは安定的 利益を確保すること,のために行うべきものと主張する人たちがいる(pars. 61, 64 and
65)が,FASBの立場はそうではないとしている。
FASBの立場は,偶発損失の計上は何よりも,財務諸表の完全性(integrity)を確保 する(par. 59)ことにあると考えていると思われる。すなわち,財務会計および財務諸 表は,その基礎データである発生した事象についての,基本的に歴史的な情報である
(par. 67)という。そして,パラ8(a)の条件−資産の減損あるいは負債の発生が prob- ableである−は,その考え方と一致している。「ただ,そのパラ8の条件は過去を向い ていないので,損失計上は将来を確認するものの発生,例えば,訴訟の最終的な判決ま たは裁定を待たなければならない。その条件は確認する将来事象の発生がほぼ確実であ ることだけを義務づける(par. 68)」と。
つまり,偶発損失の発生,すなわち資産の損傷または負債の発生は歴史的情報であ り,基礎的なデータとして位置づけられるということである。したがって,それを計上 することによって財務諸表の完全性が確保されるという考え方であろう。このような理 解にたつならば,負債発生がprobableであること,および資産の減損がprobable であ ることをもって,負債の発生および資産の減損であるとする理論づけ(SFAS 5号によ る論理の整理)が問題になろう。
2 負債の概念
偶発損失の計上は,多くの場合において負債の記録をもたらす。したがって,FASB は会計文献(accounting literature)で表明されている負債概念について考察することが
偶発損失計上の論理と将来支払予測債務拡大の可能性(加藤) (155)155
適切である(par. 69)としている。その意味するところは偶発債務が文献上の負債概念 に一致するかどうかを考察する,ということであろう。
SFAS 5号は負債の定義としてAPBステイトメント第4号『企業の財務諸表の基礎に
ある基礎概念および会計原則』パラ58を引き合いに出す。すなわち,企業の経済的債 務とは「将来において他の実体に経済的資源を譲渡するか,用役を提供すべき現在の義 務である」と。そしてこの定義の中で,とりわけ,負債が「現在の義務」であり,「他 の実体への義務」である点が偶発事象に関係することを指摘している。また,このよう なAPBステイトメント第4号の負債についての考え方は,アメリカ会計学会『会社財 務諸表会計および報告基準』およびモーリス・ムーニッツの「負債概念の変化」で表明 されている負債の定義によって支持されている(par. 70),としている。つまり,SFAS 5号の偶発債務は会計文献・基準においても,負債概念としての支持を得ており,負債 として計上することが妥当であることを表明しているのである。ただ,このような「現 在の義務」や「他の実体への資源・用役の譲渡義務」を強調する考え方は,ペイトン・
リトルトン型の近代会計理論に依拠するものではなく,拡大する負債実務を論理化する ための新しく拡大された(FASB財務会計概念ステイトメントの負債概念の先駆とな る)負債概念であっ
16
たのである。SFAS 5号は偶発債務を新しい負債概念によって正当 化しているのである。
3 資産価値の減損
偶発損失の計上は,ある場合には,資産金額の減額記録を伴う。SFAS 5号は,会計 は現在以下のような場合に,資産価値の減額を認識している(par. 74)ことを指摘す る。
(a)ARB第43号第3章「流動資産と流動負債」:市場性ある有価証券で,市場価格 が原価より著しく低く,市場価格の下落がたんなる一時的状況でない場合。
(b)ARB第43号第4章「棚卸資産評価」:棚卸資産の原価評価からの離脱は,その 資産の有用性がその原価ほど大きくなくなったときに義務づけられる。
(c)APBオピニオン第18号「普通株投資についての持分会計法」:投資価値につい ての一時的下落以外の損失は,他の長期資産価値の損失と同様に認識されるべき である。
(d)APBオピニオン第3号「営業成績の報告」:セグメントの廃棄または売却によっ て損失が予測される場合には,その見積損失は測定日に認識されるべきである。
────────────
16 加藤盛弘『現代の会計原則』(森山書店,1992年)第5章「現代負債会計」の2「負債会計実務の拡大」
を参照されたい。
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(e)APBステイトメント第4号パラ183:企業資産が他者によって損傷を受ける場 合,資産金額は回収可能原価にまで切り下げられ,損失が記録される。
また,損失の計上時期については,資産減損がほぼ確実で,その損失金額が合理的に 見積可能になるまでは計上してはならないとされる(par. 75)。
SFAS 5号による資産価値下落の計上根拠についての考察は以上のように,比較的簡
単である。これは,資産の減損はそれがprobableになった時点で生ずることをほぼ自 明のことと見ているか,あるいは偶発損失事象会計の焦点は負債側の論理化にあると見 ていることによるものであろうか。いずれにしても資産減損には考察の力点がおかれて いないと思われる。
4 対応の原則
討議資料および公開草案に対する回答者の多くは,複数の会計期間にわたって不規則 に発生する偶発事象の見積損失を,その期間の事象または活動と直接結びつけられない としても,会計の対応の手続きによって義務づけられるものと考えている(par. 76)。 しかし,FASB の考え方はそれとは異なるようである。SFAS 5号は,APBステイトメ ント第4号が「対応」という言葉の使用を明らかに避けていることを指摘(par. 77)し たうえで,コストの費用としての認識は,「原因と結果の関連づけ」,「組織的合理的配 分」,「即時認識」の原則によって行われている(par. 78)としている。つまり,費用認 識の方法は個々の事象の性質によって,それぞれに応じた認識方法によって行われるこ との指摘である。このことは,偶発事象による損失の見積認識を,「対応」概念(近代 会計の基本概念)によって論理化することにはとらわれない(あるいはそれに依存しな い)ことの表明であると考えられる。
5 保守主義
ある回答者たちは,利用可能な情報によって資産が減損しているか,負債が発生して いることがprobableであることが示される前に,保守主義を根拠として,偶発損失事 象による見積損失を計上することを支持した(par. 82)。しかし,FASBは保守主義に よって偶発損失の計上を根拠づけることに同意しないことを,以下のように示した。
「パラ8の計上条件は保守主義の会計概念と一致しない。パラ8の条件は,損失 が計上されるためには実質上の確実性(virtual certainty)が要求されるというほ ど,厳格であることを意図していない。それらの条件は,資産が減損しているか,
負債が発生していることがほぼ確実で,かつその損失金額が合理的に見積可能であ
偶発損失計上の論理と将来支払予測債務拡大の可能性(加藤) (157)157
ることを義務づけるだけである。」「審議会は,財務諸表の完全性を損なうような不 確実な金額を計上するよりも,開示の方が望ましいと結論づける。」(par. 84)
この論述の意味するところは,資産・負債を不確実な状況の中で測定する場合に,資 産および利益の測定を過大よりも過小の方向で誤ることを一般に選好するという保守主 義の考え方ではなしに,パラ8はprobable を求めているのであって,その条件を満た さないものは財務諸表の完全性を損なうと考える,ということであろう。
6 根拠のまとめ
以上,SFAS 5号の偶発事象損失計上についての FASBによる根拠づけについて考察 してきた。パラ8(a)(b)の計上条件は,偶発損失を,(a)資産の減損または負債の
発生がprobable な状況の下で,(b)その損失金額の見積可能を条件にして予測計上す
るのであるから,現実の取引または事象が発生した後に計上することとの間には,確実 性の点においても,また見積と判断の点においても差異がある。そこには将来損失の見 積計上が存在する。上述の検討はFASBがそれを近代会計の基本的概念である費用収 益の対応,配分,保守主義によって根拠づけることを排して,資産の減損または負債の
発生がprobableであることをもって偶発損失を計上することが,財務諸表の完全性(in-
tegrity)を維持することになるという立場を取ったことを示している。したがって,偶 発損失の計上に伴って記録される資産の減少または負債の発生(増加)が,資産および 負債の概念に合致することの論理化が必要になる。第5号は負債概念については,その 正当化をAPBステイトメントやムーニッツなどの新しい負債概念によって行ってい る。しかし,資産の減損の認識に係わる考察に関しては簡単であった。
このように,第5号は偶発損失の見積計上の理論化(そのことによる資産の減損,負 債の発生)を,新しい会計概念(思考)によって行っているところに特徴がある。
Ⅳ 将来損失計上の受け皿としての論理
SFAS第5号『偶発事象会計』が会計処理を規定する偶発損失事象は,そのプロジェ クトの当初の名称が『将来損失事象』(Accounting for Future Loss)であった(par. 46)
ことが示すように,まさに将来発生する事象に係わる損失である。パラグラフ1の定義 が示すように,偶発事象が将来において発生するか,しないかによって究極的に解消さ れる不確実性を伴う条件,状況または環境である。不確実性の解消にあたっては資産の 減少または負債の発生を伴う。そのような発生そのものに不確実性を伴う事象に係わる 損失を,その発生が現実化する以前に,予測によって計上するのである。SFAS 5号は
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それを発生の可能性(程度)によって理屈づける。すなわち発生の可能性をprobable
からremoteの3段階にわけて,発生の可能性の高い probableをもって,現実の発生に
先立って計上することを論理化するのである。また,損失に関する将来事象の発生が probableであることは,資産の損傷がprobable であるか,負債の発生がprobableであ ることを示しているとする。しかし,probableであることを判断する一般的な基準が存 在するわけではないし,また発生がprobableであることによって認識(計上)の対象 とされる損失事象金額の見積・測定についても,一般的基準が存在するわけでもない。
個々の具体的ケースでの事実を評価する(par. 21)あり方をとる。それらの判断や見積 は企業自身の経験,同業他社の経験,あるいは個人的な推量によって行われ
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る。したが って,事柄の性質として多くの判断を伴うことになり,確実性をもって予測することは 出来なくなる。その結果として,偶発事象の計上および開示は実務上著しく異なり,ま た自己に不利な事象を公表しないことも生ずるとい
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う。
その意味で偶発事象の発生とそれに係わる損失計上を,資産の減損と負債の発生が
probableであるとすることによって理論化する計上基準は,抽象的なものである。ま
た,偶発事象の定義も抽象的なものであり(偶発事象の例示はあっても,それはあくま でも例示であろう),多様な偶発損失事象を内包しうるものとなっている。さらに,新 しい負債概念はそれらのかなりの部分を包摂しうるほどに拡大されたものになってい る。したがって,SFAS 5号は事象発生のprobable,資産減損または負債発生のprobable を論理として,多様な将来損失事象に係わる見積損失を計上することの一般基準として の役割を果たしていると考えられる。
事実,偶発損失計上の基準たるパラ8(a)(b)を満たすと考えられるある事象につ いての会計領域が特定化され,会計処理方法が相対的に具体化されると,別個の会計基 準として具体化される。環境修復の会計処理基準であるAICPAのSOP 96-1はその例 であろうし,SFAS 5号パラ7の「例えば,年金原価の会計,繰延報酬契約,従業員に 発行される株式は,本ステイトメントの範囲から排除される」という表現はそのことを 表しているものと考えられる。それだけにSFAS 5号は将来損失事象(将来支払予測債 務)会計拡大の受け皿としての機能を果たすものであると考えられる。
お わ り に
これまで考察してきたように偶発損失事象に係わる損失計上基準は,パラ8の条件,
すなわち,(a)資産の減損または負債の発生がprobable であること,(b)損失金額が
────────────
17 Kiesoet al. op. cit.,p. 671.
18 Ibid.,pp. 672−673.
偶発損失計上の論理と将来支払予測債務拡大の可能性(加藤) (159)159
合理的に見積可能であることを,満たすことを義務づける。そして(a)には将来事象
の発生がprobableであることが含められる。つまり,偶発損失の見積計上は,その発
生の確率の高さによって理論化されている。この論理を成り立たせる上での重要な要件 は,漓資産が減損していること,または滷負債が発生していることであるが,蠱「偶発 損失計上の論理と負債概念」で考察したように,SFAS 5号では,漓の資産の減損は自 明に近いこととして扱われているのか,きわめて簡単であった。検討の焦点は,負債の
発生がprobable であるということが,認められる負債概念と一致するかどうかであっ
た。そこでは伝統的な近代会計上の負債概念がもっていた誰に支払うのか,いつ支払う のか,いくら支払うのか,といった負債の確定債務的側面は後退させられ,「現在の義 務」「資産または用役の譲渡の義務」という負債概念を拡大しうる新しい側面が強調さ れ,偶発債務の負債たることを論理化することに力点が置かれた。
つまり,偶発事象会計理論化の重要なポイントは,負債としての論理化であり,その ための負債概念の拡大,すなわち新しい負債概念であったことを示している。
SFAS 5号はその負債概念をAPBステイトメントやムーニッツ,AAA 会計基準1957
年版などに求めたのである。第5号の発行は1975年であり,その発効は1975年7月1 日以降に始まる会計年度であった。意思決定有用性理論に依拠する財務会計概念ステイ トメントの第1号が発行されたのが1978年であり,負債を新しい「将来経済便益の犠 牲」と定義した同概念ステイトメント第3号が発行されたのが1980年であった。一般 に認められた会計原則を支える概念として位置づけられた概念ステイトメントの発行以 前に,それと基本的に類似性を持つ負債概念を前提(根拠)として取り入れた会計基準 が公表されたのである。ここには,発展する会計実務とそれを支える会計基準,さらに はそれを支える会計理論および概念ステイトメントの関係が示されている。
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