志摩 櫻
はじめに
一般に、学区制とは、「学校を存在させている地域
(区)制をいう」(°》(今橋、1983、221)。公立小・中学校 の場合は、市町村の教育委員会が、「通知において当該 就学予定者の就学すべき小学校または中学校を指定しな ければならない」(学校教育法施行例第5条)。それゆえ、
義務教育段階において子どもたちは、ふつうはこの市町 村教委による就学校指定通知にしたがって、特定の学校 に就学する。公立小・中学校に通う約一千万人の児童・
生徒が、法的拘束力をもつ、この行政処分を受けて就学 している。すなわち、多くの子どもたちが居住地域の学 校に就学するのは、主体的選択の結果としてではない。
現行制度は、一学区一校のいわゆる小学区制であるから である。このことは、一見単純で当然のようにうけとめ られなくもないが、現実にはそのことからさまざまな問 題が生じている。本稿は、このような学区制度の妥当性 を検討しようとするものである。そのことによって、近 年の教育改革論議を吟味し、あるべき改革の方向性を探 るあしがかりを形成したいというのが、筆者のねがいで
ある。
一.問題の所在 1.学校選択権の制限
居住地域にともなう就学校の一方的・機械的な決定は、
子ども・親の意に反している場合がある。この問題は、
とりわけ障害児の強制就学の問題としてとりあげられる ことが多い。障害児が、非科学的・非教育的な就学指導 によって普通学校への就学を不当に拒否されたり、養護 学校への遠距離通学をやむなくされている現実は、切実 な問題だからである。(茂木、1986など参照)
しかし、居住地にともなう就学校の決定の問題は、障 害児のみにかかわるものではない。子どもの成長・発達 を真剣に考える親権者であれば、教育を受ける当人が一 日の生活の大半を過ごす学校が、どのような教育状況に あるのか吟味し、子どもの個性に最もふさわしい学校に 就学させたいと思わずにはいられまい。子ども自身も、
たとえぽ校内暴力がすさまじいような中学校の校区に居 住する小学生などは、進学後の学校生活について不安や
恐怖を感じ、あの学校にだけは行きたくないと考えるこ ともあるだろう。制度上は学校選択の自由が一区一校制 によって制限されていても、子どもや親権者はつねに学 校間の比較を行なっており、すべてにわたって同じ条件 の学校がありえないかぎり、居住地域の学校に機械的に 就学させられることについては多少とも不自由を感じて いるのが当然である。もちろん、居住の自由が憲法で保 障されているため、居住地域の学校へ就学したくなけれ ば転居するという方法はある。しかし、子どもの就学校 決定が、家族全体の居住地決定に際しての最優先条件に なるということは、ふつうは考えにくいだろう。とすれ ば、やはり公立学校へ就学する場合、実質的には学校を 選択できない。いわゆる親の学校選択権は、このようみ ると、たとえ選択したい学校があったとしても、行使で きないことになる。
2.私立学校との関係
全国的にみると私立学校は、小学校では全学校の在学 者数の約0.6%を占めているにすぎない。また中学校で も、小学校に比較すれば多いとはいえ、その比率は約3.
0%であり、全体に対して例外的な位置にあるといって よい。しかし、私立学校数が多く、交通網の発達により 通学の利便がはかられている東京都では、私立中学校の 入学率は、公立小学校卒業者の8.9%にのぼるし、都心 では、女子の私立中学の受験率が7割近くになることも ある(東京都教組・東京総合教育センター、1989)。ま た、私立学校に入学できるのは、相対的に富裕な層であ
り(市川、1978)、私立学校進学が事実上は家庭的背景に よる特権となっている。さらに、進学教育をうりものに した私立学校は、そうした富裕な家庭の子どもに与えら れる、利己的進学要求を充足させる特権的な場となって いるのである。
この点について岡村達雄は、「校区のない(によらな
い)学校」である私立学校が、「校区のある学校」として
の公立学校に対し、歴史的には「例外的であり、あるい
は特権的であり、…エリート的で特別な社会階層と結び
ついてきた」ことと、「校区の学校」とは違うのだという
こと自体のもつ意味付与として、「主体的選択による例
外性の表示行動によって、差別意識や特権性を生み出す 母体であるような意味世界として成り立ってきた」こと を指摘する(1》(岡村1979、7)。
ところで、この問題は、学校選択の自由を特例として 享受している越境入学児童・生徒の問題と重なる部分が あると思われる。もちろん、私立学校を選択することは 法律で保障されている正当な権利であり、その意味で越 境入学と私立学校選択を同列にみるのは誤りであるが、
現実に生じる生徒の感情や教育内容上の問題は、地域を 超えた学校である私立学校の問題としてもみることもで きよう。たとえば、越境入学のもたらす教育上の弊害と して、坂本光男(1977)が指摘した点のうち、次の部分 は、私立学校にも妥当する問題であろう。
まず、指導上の障害としては四点、すなわち、越境の 子どもたちが、「遅刻することが多い。バスや電車の遅 れによるのだが、本人は自分の問題として受取らず平然 としている。忘れ物がある場合も、『遠距離だから』取り に行く意志もない。結局、指導する側は、どこで生活の けじめをつけさせるかに戸惑い、徹底した指導をしかね ている」という点、「放課後もゆっくりしていられない。
だから学級の自治活動や友だちとの遊び、グループ活動 にも、参加の態度があいまいである。したがって、自主 性・集団性の育つ土台がつくられない」という点、また、
「学習においても、それぞれ育ってきた学区に違いがあ るから、小学校低学年などでは、教材・話題を揃えるの に苦労する」点、さらに、「保護者との連絡も家庭訪問も
しにくい」とする点である。
また、子どもの人間性のゆがみとしては、「何ヵ月も たつとその過酷さ(近所の友だちと遊べないことやカバ ンの重さ一引用者)にも麻痺し、無感覚になって妙なエ リート意識をもちrこれでいいんだ。』と自己満足にお ちこんでいる」点と、万引きや映画館へのもぐりこみ、
女生徒の高校生との「奇異な関係」、非行グループとの 接触など、「下校途中の誘惑が多」い点である。
しかし、坂本の研究の最大の特徴は、「越境で子ども に去られてしまう側の学校と子どもたち」の問題を指摘 したことである。そのうち、とりわけ次の点が重大であ ろう。すなわち、「越境していく子どもたちは、比較的成 績上位の者が多い。そのため地元の子どもたちは『おれ たちは残された頭の悪い連中だ』というコンプレックス をもち、教師はこれを払拭させるためにたいへんな苦労 をする。そればかりでなく、いわゆる有名校に合格する ものも少なくなるため、父母が『ダメな学校だ』という 風聞をたてて、ますます越境して行こうとする悪循環を つくり出す」という点である。
この点は、公立小学校卒業後に私立中学に入学する場 合にも、そのままあてはまると考えられる。とりわけ、
居住地域の学校を「ダメな学校だ」とみなすことは、私 立学校の受験熱をエスカレートさせ、その結果、受験に 落ちて公立学校に進学する子どもたちに、かなりの劣等 感をもたせることにつながる。現在都区部などで深刻な のは、越境問題もさることながら、むしろ私立小・中学 校受験の問題であろう。公立学校の選択権を制限しなが
ら、私立学校の選択は認める現行制度において、結果と して富裕な家庭の子どものみが学校選択権を活用してい るという事態に、私学の高額な授業料が関係しているこ とは想像に難くない。けれども、この制度の問題が教育 費の差のみの問題でないことは、国立小・中学校が、数 ある私立学校に劣らないどころかそれ以上に「差別意識 や特権性を産みだす母体」となっている現状をみれば明 らかである。
二.現行制度の根拠とその検討 1.学校選択の権利の重要性
一「教育を選ぶ自由」と学校選択の権利一 それでは、このような問題をひきおこしている制度が、
法解釈上どのように正当化されているのか。
世界人権宣言(1948年)26条によれば、「親は、子に与 える教育の種類を選択する優先的権利を有する」。また、
国連の児童権利宣言(1958年)7条によれば、「児童の教 育および指導について責任を有するものは、児童の最善 の利益をその指導の原則としなければならない。その責 ゆ 任は、まず第一に児童の両親にある」。これらの文言は、
親の教育権こそが国家等の恣意から子どもの成長・発達 を守りうるものであるという立場を示している。という のは、これらが、子どもの学習権・発達権を保障すると いう目的を果たすための手段として、教育の責務をにな う諸々の立場を関係づけるにあたって、第一次的に認め られるべきものが親の教育権であると結論し、そのうえ で親の教育権を「教育を選ぶ自由」として考えようとす るものだからである。ここでは、公教育が私事の組織化 であり、「現代の義務公教育法制は、あくまで私教育の 自由を踏まえており、私教育法制を土台としつつそれを 修正したものにほかならない」(兼子、1978、98)という
ことが、明確に位置づけられている。
このような親の「教育を選ぶ自由」の具体的内容とし て、最高裁学テ判決(1976年)は、「親の教育の自由は、
主として家庭教育など学校外における教育や学校選択の
自由にあらわれる」とする。坂本秀夫によれば、この最
高裁判決は、「子どもの学習権を充足すべき第一の責務
は親にあり、親はその責務をはたすために教育の自由を もち、その一発現として学校選択の自由があるという論 理構成である」。(坂本秀夫、1980、255)
「教育を選ぶ権利」は、学校について、その教育目標
・教育方針など教育内容そのものを直接に規定する要因 や、その設置者の種類(国・地方公共団体・学校法人な ど)や宗教への態度(無宗教も含めて)など教育内容に 深く関わる要因を基準に選択する権利をも含んでいると みてよいだろう。学校という空間で過ごす時間が子ども や青年の生活全体のなかで占める割合や、学校教育が子
どもや青年の発達に果たす役割を思い起こせば、「教育 を選ぶ自由」における学校選択の権利の重要性を意識せ ざるをえない。
2.学校選択の権利を制限する根拠
さて、このように、学校選択の権利は子どもや青年の 発達を国家などの恣意的教育から守るうえでたいへん重 要なものであるととらえられる。にもかかわらず、一で 述べたように、公立小・中学校においては、現行の一区 一校制によって、事実上、学校選択の権利は制限されて
いる。
この通学区制の意義について、兼子仁は、「通学区制 はがんらい、子どもが『ひとしく教育をうける権利』を 公立学校によって保障されるように、教育の機会均等を はかるための措置であるはずであ」(兼子、1978、58)
り、「公立義務教育学校の通学区は、過大学級を防ぎ教 育の機会均等を実現するたあに必須の方途であるととも に、居住地域での学校生活による子どもの人間的成長を 期す趣旨であると考えられる」(365)と述べている。ま た、学区制と学校選択の自由の関連については、「ほん らい公立学校は、地域のすべての子どもの学習権を一斉 に均等な条件で保障しようとする学校制度なので、その ために学校選択の自由が制約ないし否定されることは承 認されなければならない」(208)としている。
なお、ここで兼子が参照している、主に公立高等学校 通学区制を対象とする神田修の論文(1973)(2)によれば、
「この[地方教育行政法第50条の一引用者]通学区制の 定めは、学校を選ぶ親の権利を前提にはしているとして も、積極的に青年の教育を受ける教育を受ける権利を教 育内容的及び制度的な面の両面で保障しようとしたもの
と解すことができる」(神田、1973.23)。
すなわち、子どもの学習権を保障するための原理とし て「教育の機会均等」「居住地域での学校生活」があげら れ、それらを一斉に均等な条件で保障するためには、学 校を選択する自由が「制約ないし否定されることは承認
されなければならない」、そしてそれこそが「積極的に」
教育を受ける権利を保障することだという論理構成に なっている。ここでは、まず「教育の機会均等」「居住地 域での学校生活」という原理によって学習権が保障され、
その前提のうえでこそ学校選択の権利は、そのそもそも の目的であった学習権保障の方向ではたらくことができ るとされる。いわば学習権保障のための原理論としての
「教育の機会均等」「居住地域での学校生活」と、制度論 としての学校選択の権利の否定という、二段階に論理が 構成されている。したがって、この論理の展開ののちに は、公立小・中学校における学校選択の権利は、文字ど おりの「学校を選ぶ権利」ではなく、「学校教育内容選択 の自由」に解消されることになる。「公立学校の場合に は、学校選択の自由はむしろ、校内での教育選択の自由 や教育要求権、さらに学校の設置・整備にかんする教育 行政への要求権に昇華すべきもので」、そのみちすじで
「教育行政権の課題が浮かび上がる」(兼子、1978、20 8)とされるのである。
ここでは、それ自体学習権保障にとって重要であると される文字どおりの「学校を選ぶ権利」よりも、「教育の 機会均等」「居住地域での学校生活」を優先すべき理由 は、明らかにされていない。「学校を選ぶ権利」が学習権 保障のためのものであるとされることによって、直接に 学校内での「教育内容要求権」に等置され、後者を保障 するための方法が論じられるのみである。
そこで、つぎに、「教育の機会均等」と「居住地域での 学校生活」の、学区制とのかかわりについて、検討を加 えることにする。
三.「教育の機会均等」と学区制 1.学区の変容
学区が通学区としてのみ機能し意味をもつようになっ たのは、教育の機会均等の要請にもとつく行政権の集中 化によるものであった。近代教育制度の成立過程をみれ ば、学区は当初、学校を設置・維持する主体として独立 性を有していたことがわかる。(3)
1872(明治5)年の学制発布時、学区は、「学校設立維
持の費用を調達するよう国から義務づけられた法的主
体」(千葉、1962)であり、中央集権体制を樹立する目的
のためであるとはいえ、一応一般行政単位とは独立の単
位であった。しかし、「自由教育令」といわれる1879(明
治12)年の教育令によって、学区は一般行政単位である
町村に統合された。また、このとき、教育行政の一単位
に一つの学校という原則がくずされ、通学区域・設置区
域は設置主体から分離させられた。ただし、この教育令
および翌年の改正教育令においては、地域の実状に応じ た例外が認められ、④旧村などがひとつの学校の学校設 置主体である場合、すなわち設置主体と設置区域が同一 である場合が多数残り(通学区域は、明治14年に一設置 区域のなかの分校を認められることで、設置区域とは異 なる場合もあった)、大正3年の地方学事通則によって 学区廃止手続きが明示されるにいたって、ようやく通学 区域・設置区域の、設置主体性の喪失が進行する。以後、
学区は、現在にいたるまで、設置主体性および独立性を 喪失した「校区」であり続けることになる。
こうした学区の変容、すなわち設置主体性と独立性の 喪失は、日本においてのみ生じたことではない。岡村達 雄(1979)は、マサチューセッツ州義務教育法成立過程 における学区制をめぐる基本的な問題状況として、教育 自治単位及び教育行政単位としての独立性をもった学区 が、州レベルでの教育行政組織の確立によって単なる学 校設置区域・通学区域を示す「校区」へ変容していく過 程を示したが、その過程において課題とされていたのは、
岡村によれば、ひとつには学区の独立性にともなう教育 保障上の不均等格差の存在であった。すなわち、そこで の学区の変容は、学区間の財政力に関する「機会均等」
の要請を理由にしていたのである。(5)
ところで、日本における学区の変容に関する先行研究 は必ずしも多くはない。しかし、三上和夫(1978)によ れば、神戸市では明治26年の学区再設置以後、教育費は 強制徴収される区費になっていた。そして、それは、区 費として運用されている限りで、学校設置機能と区有財 産管理機能を区に残すものであった。このような学区は、
三上によれば、人口増加の区間不均衡にともなって生じ た区間の財政不均衡について、「区による教育費支持と、
区をこえた市域内における教育費負担の均衡論との対抗 を不可避のものとした」(三上、1978、168)。この対抗 は、最終的には学区廃止の結論を導くことになる。(6)三上 は、「学区廃止をもたらした主要な原因は、周辺地域に おける区の財政需要の増大と市によるこれの肩代わり機 能の増大であ」(三上、1978、172)るとしている。すな わち、三上のあげた神戸の事例の中で、教育の機会の不 均等の原因となる学区間の財政力格差の是正は、教育行 財政の集権化によってのみ可能となるとされていた。(7)
つまり、ここでも学区の独立性は教育保障上の不均等 の原因とされ、さらに、「機会均等」が集権化によっての み可能になるとされたことにより、学区はその独立性を 喪失し、行政権を集権化された行政当局によって奪われ ていったのである。
2.集権化とそれにともなう学区の独立性喪 失が教育の質に与えた意味
このように、「機会均等」は歴史的には集権化と結び つけられてきたのであるが、「機会均等」概念の研究は、
この原則がさまざまな意味を担って使われてきたことを 明らかにしている。
周知のとおり、19世紀末からの義務公教育法制は、労 働老階級の要求と運動を前提としながらも、基本的には、
労働対策・社会対策としての大衆教化についての資本家 の要請と、帝国主義段階における「帝国主義的民族」養 成についての国家の要請を主動力として、現実化した
(堀尾、1971、68〜90)。このような義務公教育法制にお いて基本原則とされた「均等な教育機会」は、一方では、
それに対応して、「国家が教育条件整備義務を果たして いこうとする主要な方途」(兼子、1978、93)として義務 教育制が採用され義務公教育の無償化が実現されたこと により、たしかに人種・信条・性別・社会的経済的地位 などによる差別を受けずに、権利としての教育機会への 条件保障を指向するという積極的な側面をもちながら、
他方では、教育についての国家の責任を果たすという名 目で、教育の国家統制へのみちをひらく根拠ともなって きた。すなわち、教育の形式的な画一性・他律性を確保 し、それを基盤にして、一定の教育を普遍化しようとし
たものでもあった。(8》
堀尾輝久の機会均等原則に関する研究は、「自由と平 等の調和が破られた時点」における「機会均等」が、「平 等を形式的平等として媛小化し、形式的平等即機会の平 等(均等)として、従って、むしろ実質的平等の対立物 として、競争の自由と実質的不平等の合理化の原理とし て、その社会的意味を獲得」したと述べている(堀尾、
1971、 219)。
ここで、「機会均等」の要請による集権化にともなっ て教育の質の変容があったとしたら、それは教育の一定 の内容の普遍化ないしは普遍的教育支配、あるいは、実 質的不平等の合理化ないしは「体制それ自体の安定化」
という視点からは、どのようにとらえられるかが検討さ れねばならない。というのは、集権化とそれにともなう 学区の独立性喪失が、教育の支配と結びついていたとす れば、あるいは、集権化された行政組織による学区間の 不均衡是正が学区の形式的な均等化にとどまり、学区間 の実質的不平等を合理化したのだとすれば、まさに「機 会均等」の否定的側面の具現と解されるそれらは、今日 の通学区域・学校設置区域としての学区に妥当するはず だからである。
三上和夫は、戦前京都市内学区が、「居住の同一性と
教育目的組織性を根拠に、一つの歴史的実在的な社会学 的団体性を有していた」ことを示した(1981、41)が、
「集金と配分を不可欠の前提とする学校設置主体性」
(同)の喪失が、住民の「教育目的組織性」に対してど のような影響を与えたのかが問題となろう。
結論的にいえば、集金と配分の範囲の量的拡大は、そ れにかかわる教育行政組織と住民の生活との距離を増大 させると考えられる。三上(1978)も戦前神戸市内の教 育費負担均衡論と、区による教育費支持との対立が、
「教育費運用を住民共同生活に近く設定するのか、それ とも教育費負担の均衡を優先するのかの原則問題」で あったことを指摘していた(168)。
ところで、住民の生活との距離を大きくした教育行政 は、税負担者としての住民の教育費運用過程への関心を、
相対的には低めることが予想される。今橋盛勝は、戦後 地方自治制度史における最大の改変であり、全国的に紛 争・運動をもたらした町村合併が、地域・住民と学校・
教委の関係に及ぼした影響として、旧村が「広域化した
新市町村の一部地域に変質し」(傍点原文)、「地域・住 民の自治体・議会・教委・学校への法的・事実上の関与 を弱め低め」たことをあげる(1983、330)。この町村合 併後の教育行政は、地教委の任命制化ともあいまって、
民衆の関与力を弱める一方で、教育の支配を強化して いったのであった。
さて、集権化された行政組織による学区間の不均衡是 正は、形式的な均等化にとどまり、実質的不平等を合理 化するものとなるという問題を考えるにあたっては、学 区の区分が依拠する空間的な基準の人為性が考慮されね ばならない。
三上は、義務教育年限の場合の教育機会調整のタイプ としての「入学すべき公立学校が必ず存在する」制度が、
「本来、経済的要因による」「地理的な社会移動」にとも なう社会生活上の変化への対応を、「社会的公共的負担 によって解決しうる」と評価する(三上、1986、232)。
しかし、この限りでは、教育機会は教育財政の面におい て形式的に均等化されたにすぎない。すなわち、岡村が
「部落学校」に「学校が設置された地域…そのものが被 差別の対象とされたということ」が象徴されたと述べた
(岡村、1979、4)ときに着目したような、社会的地位 の地理的偏在、つまり社会的地位の学区間に存在する不 平等の問題は捨象され、そのことによってむしろ合理化
されていると考えられよう。
以上のように、学区間の「機会均等」要請の結論とさ れる集権化が、教育支配の普遍化や実質的不平等の正当 化に結びつきうるとすれば、集権的教育行政を前提とし
た「学区」は「機会均等」を保障するものとして、即座 には肯定的にとらえられない問題となる。
ここで、一歩戻って、「機会均等」がほんらい集権化を 要請するのかを検討しておく必要があろう。
黒崎勲は、「画一的な教育の保障は平等な教育の保障 ではなく、個人にふさわしい十分な教育の保障こそが平 等の教育の保障であるという主張が、1970年代の、…教 育の機会均等論の共通する特徴をなしていた」ことを指 摘する(1982、88)。形式的平等に対して実質的平等を要 求するのではなく、すなわち不平等な社会の改革を前提
とするのではなく、現に達成されるべき教育制度の原理 として定式化される「機会均等」概念(これは「現実主 義の概念」とされている)は、「一人一人にぶさわしい教 育の機会の保障を要請するものとなる」のである。(黒
崎、 1982、 88)(9》
この意味での「機会均等」は、学区間に社会体制にと もなう社会的経済的不平等が存在するときに、学区ごと に保障される教育機会が、「一人一人にふさわしい教育」
となりうるかどうかを問題にする。このとき、行政権力 による学区間の形式的平等をもって「機会均等」の達成 とする論理は、批判の対象に据えられるべきものとなる。
むしろ、「一人一人にふさわしい教育」を真に保障する 手立てとしては、親の主体的教育参加が、重要な役割を 果たすものとして期待されよう。この親による教育への 関与が力を発揮するためには、次章で述べるように、教 育行政は分権化されていることが必要であると考えられ
る。(10)
四.「居住地域での学校生活」と学区制
さて、「居住地域での学校生活」は、現行法が学校選択 を制限する根拠とみなすには、「教育の機会均等」に比 して、妥当性がさらに低いといわざるをえない。なぜな らば、「居住地域での学校生活」は私学選択の自由と整 合しないからである。
私立学校は、地域社会との結合は重視せず、地域を超 えて特殊な教育目標を追求するものである。したがって、
地域住民の教育要求に対しては、一般にそれを尊重しな ければならないという制約をもたない(坂本秀男、1978、
261)。そして、そのような私学が、「長い間に自由につく りあげてきた校風と教育方針が子どもの学習権からの多 様な要求の一端に応えるために重要であるとみられる」
(兼子、1978、208)ことは、誰しも否定しないであろ
う。とりわけ、宗教教育については、私立学校を積極的
に選択していくことは、歴史的に宗教教育こそが私立学
校の教育の自由のそもそもの由来であった(兼子、1978、
73)ことからみても、当然であろう。
こうして、私学教育の自由を否定しないかぎり、「居 住地域での学校生活」は、子どもの学習権の保障にとっ て不可欠なものということはできない。にもかかわらず
「居住地域での学校生活」が重要視されるのは、教育に おいて地域が極あて重大な意味をもつと考えられること によるものであろう。「地域に根ざす教育」ということ ばに象徴される、地域の教育的意義を重視した、すぐれ た教育実践が各地で行なわれ、紹介されているのは周知 のとおりである。
そこで、以下、教育的価値あふれる地域ないし住民の 社会的共同事業として学校をとらえることと、学校選択 権とが整合的に把握されうるかを検討する。
1.住民の社会的共同事業としての学校の可 能性
地域住民と学校とのかかわりを重視するにあたって、
「学校の設置・維持・運営が地域社会・住民の社会的共 同事業であるとする基本認識」(今橋、1983、305)をも とうとするのであれば、その根拠に、住民の租税負担の 事実があげられよう。堀尾(1977)は、「今日の教育が、
住民の租税によって設置・運営されていることは、教育 における住民自治に根拠を与えるものであり、教育を、
父母・住民の、ひとりひとりの手にとりもどすことに よって、…公の本来的意味をとりもどす、否つくりだす ことが可能となる」(92)と述べていた。堀尾は、こうし た視点から、学区制を親の権利の放棄でなく留保である
とした(86)のであった。
三上は、このことに関して、戦前京都における学区存 続・補助請求論が、「学区住民の意志を個別的に取得さ れた限りでの費用において根拠づけるものであ」(1981、
41)り、その限界内での主張であったことにふれ、「こう した歴史の中では、今日の学区住民の、教育の消費過程 や経済一般・財政制度全体の中からの確保についてもつ 関心が、堀尾のいう『留保された権利』の根拠をとらえ なおすことができると考えられる」と述べている(41)。
すなわち、こうした歴史を参照すれば、学区から学校設 置者としての権限を奪った市町村も、学区の住民の「条 件整備要求によって、現実的な権限内容を規定される」
(41)のである。
しふし、現行の機構を前提としたまま、租税負担を根 拠に「留保された権利」をとらえなおすのみでは、教育 行政の単位である市町村の一部地域にすぎない現行の学 区においては、住民の個々の学校への関わりは、直接に はみちびきだせない。むしろ、租税の現行の集金機構に
規定され、市町村単位での教育関与にとどまるおそれが
ある。
ここで、今橋盛勝が、教育条件整備に関する地域教育 運動について述べた、つぎの言葉は示唆的である。すな わち、「自治体当局・教育行政とするどい緊張をもたざ るをえなくなればなるほど、教育条件整備要求は学校教 育内容論的側面を強化し、その側面を前面に立てざるを えない」(1983、256)。そうであるとすれば、集権化され た教育行政による形式的な機会均等を前提とし、そこで の条件整備要求として地域教育運動がなされても、それ は必然的に個々の学校における「学校運営の基本方針・
教育計画への参加権、教育内容全般に関する協議権」
(今橋、1983、311)をもとめていかざるをえないと考え られるからである。こうして、租税負担を根拠とした住 民の教育行政への関与は、条件整備要求に媒介されて、
個々の学校における「参加」「協議」にむすびつきうる。
ところで、学区は、前章でみたように、かつては学校 を設立・維持する主体であった。三上(1985)は、この、
いまや設置主体としての権限を喪失し、設置区域に過ぎ ない学区に存する社会的団体性に着目し、積極的に意味 付与した。すなわち、三上は、学区に法人性が付与され ていない場合でも、学区が「市町村内の土地を区画し、
居住する住民の区分をおこなうのであり、そこに居住す る住民生活のなかに一定の共同の事業の分担を持ちこ む」ことから、教育機能組織単位としての学区の設置区 域の概念が、「教育制度運用と法解釈とにおいて正当な 位置を占めなければならない」としたのであった。それ は、干溝地区の、今日の法制のもとで法人性を認められ ていない学区においても、住民による自主的組織的学校 支持の活動が、「社会的な意志行為をおこなっており、
組織上の意志行為の主体としての社会的団体性を有し て」いて、しかもそれが「一部地域におけるr教育的価 値に満ちた区域設定』と運営の実績」であるとの判断
(三上、1985、172)による。
このような視点も、現行の教育費の負担と配分の機構 が、個々の学校への住民の関わりを直接にみちびきえな い状況においては、重大な意味をもつ。なぜならば、三 上が指摘したとおり、「今日、市町村における学区をめ ぐる問題の事実関係において論ずべき論点は、学校設置 区域住民の固有の利益を擁護し、これを直接責任原則に そう利益の保障システムが十全に機能しているか否かの 吟味である」というような、住民固有のまとまりへの着
目は、「学校設置区域住民に設置主体性をもたせること
を意味する」、「法人性を付与するとの立法論」を登場さ
せうるからである。
こうして、費用負担を根拠とする教育条件整備要求や、
学校設置区域住民の社会的団体性への着目に、学校を単 位とし、究極的には学区の独立性や主体性を獲得してい
く方向性を見出していくことも可能である。㈹
2.学校選択権と地域の学校
「一人一人にふさわしい教」を保障する手立てとして、
親の主体的教育参加が期待できるとすれば、この「参 加」の単位、すなわち可能性において学校設置・維持・
運営の主体としての社会的団体性を担いうる単位が、居 住の同一性を基盤にすべきかいなかは、地域の教育的意 義をどうみるかにかかっている。つまり、地域の教育的 意義を相対的に軽視するならば、「参加」の単位は地域 を超えて選択された各学校となるのであり、地域の教育 的意義を必要不可欠と考えるならば、空間的に区分され た「校区」ないし市町村が「参加」の単位となる。しか し、後者の場合、親は租税負担者としての地域住民の一 員に埋没する。また、地域の教育的意義が必要不可欠と することによって、地域を超えた私立学校の存在は認め
られえなくなる。
地域の教育的意義を重視し、究極的には「校区」に主 体性と独立性を回復させることも視野にいれながら、国 家による教育の支配の普遍化や学区間の実質的不平等の 正当化に対抗しようとするならば、学校選択権はどのよ
うにあつかわれるべきであろうか。㈹
これを検討する際、つぎの点に留意すべきであろう。
すなわち、学校選択権の保障は、論理的には地域の学校 の否定に直結しない。なぜなら、それは、地域の学校を 創造するための権利も、同時に保障するからである。㈹
こうして、地域ごとの現実に住民が一体となってとりく んでいく過程に教育改革をくみいれていくのか、それと も地域の教育性の観念を前提とするのではなく、学校選 択権の保障によって親義務の共同化を制度として組織し、
そこで地域の教育性を回復するとりくみを進めていくの かという、教育改革の方向性の選択が課題となる。
むすび
従来、学校選択の権利を制限する根拠とされてきた
「機会均等」は、集権化された教育行政のもとで、教育 支配の普遍化や学区間の実質的不平等を正当化する機能 を果たすものでもあった。学区間に社会的地位の偏在な どさまざまな格差が存在するなかで、なお学区制度を積 極的に肯定するのならば、こうした「機会均等」の否定 的側面をどう解決するかを明らかにしなければなるまい。
教育における地域の意義を重視し、学校の設置・維持
・運営を地域ないし住民の社会的共同事業とすることを めざすには、個々の学校について条件整備要求を実現す る過程で教育内容論的側面を深め、あるいは住民の社会 的団体性に着目し、住民のまとまりに法人性をもたせる ことも射程にいれた運動が求められよう。⑩
しかしまた、学校を地域ないし住民の共同事業とみな すことと親が私学を選択する権利を保障することとの整 合性を確立しようとするのであれば、一区一校の学区制 の妥当性は、より慎重に論議されてしかるべきであろう。
私学における学校ごとの親の「参加」は、租税負担者で あることではなく教育の私事性を根拠とする。これは公 立の学校にとって示唆的である。居住地域の学校が独立 性や主体性を確保していくことが求められるにしても、
それは住民の租税負担の事実や現行集金・配分の単位を 自明の前提とすべきではない。住民から区別される存在 としての親が負う、いわゆる親義務の共同化を制度化す る構想が求められるのである。(IT>
本稿は、筆者の87年度卒業論文「公立小・中学校にお ける学区制度に関する一考察」に訂正を加えたものであ
る。