「システム論」に対する批判的検討
荒 井 文 昭
序
1.70年代における教育政治学の展開
皿.教育政治学の方法としてのシステム論をめぐる議論 の展開
皿.システム論のもつリアリテa一とその限界 結 論
学の固有性をめぐる議論、特にその中心的方法とされて いるシステム論についての記述には、教育政治学で展開 されている最近の議論が十分考慮されて論じられている とは言えない部分がある。そこで今回は、70年代におけ る教育政治学の展開を概観するにあたり、特にシステム 論をめぐる議論に注目してみた。
序
(1)本論文の課題と構成
「教育と政治の分離」という規範は、1960年代以降ア メリカ合衆国において、深刻に問い直されてきている。
この時期アメリカでは、リベラル派による教育改革をめ ぐって様々な紛争が各地で起こった。アメリカの教育行 政学はこのような60年代にあって「教育と政治の分離」
を規範としてのみ唱えているだけでは現実の教育行政の 動態が捉えられない事態に直面したのである。規範とし ての教育行政学と、現実にある教育行政とのこの分裂を 認識することから、教育政治学は生まれてきた。本論の 課題は、この教育政治学の、70年代における展開を追い ながら、その固有の方法論をさぐるための基礎作業をお こなっていくことにある。まずはじめに教育政治学の70 年代における展開を概観してみる。そこで教育政治学の 独自の課題・方法をめぐって議論が続いていること、そ してその中でシステム論が主要な方法として位置づけら れてきていることを示そうと思う。次に、このシステム 論をめぐる教育政治学での議論を検討する。最後に、教 育政治学にとってのシステム論の意義とその限界を明ら かにして、新たな課題の提示を試みてみたい。
(2)日本における先行研究
これまでのところ、日本における教育政治学に関する 主な先行研究としては、堀和郎の研究など中島直忠を中 心に九州で形成された研究者グループのものが存在する だけである。1これらの研究、特に堀の研究は、教育政治 学研究として見た場合、その基本的性格及び成立の背景 と経過を丹念に追っている点で優れているが、教育政治
1.70年代における教育政治学の展開
50年代の終わり頃アメリカで成立した教育政治学は、
70年代に入ると多様に展開していった。教育政治学は一 つの研究動向として広く認められるようになると共に、
その対象領域を拡大させたのである。まず本章では70年 代において多様に展開した教育政治学を概観してみたい。
(1)70年代における多様な展開
教育政治学において牽引的な役割を果たしている国は アメリカ合衆国である。1970年代を通じて拠点となって きた研究組織としては、教育政治学に関する特別部会(A
Special lnterest Group on the Politics of Education)があ
る。この組織は、現在ではアメリカ教育研究協会
(AERA)の恒常的設置機関になっている。またこの時期 には教育政治学研究の拠点となる大学・研究機関も多数 生まれた。そしてまた教育政治学は、教育行政に携わる 大学院生のカリキュラムに取り入れられ、この領域を研 究する若手研究者が増えてきている。さらに教育政治学 に関する論文が多数掲載される雑誌や図書の出版が続い た。雑誌としては『教育と都市社会』などが、そして図 書としてはレキシントン出版(Lexington)の教育政治学 シリー一ズやマクチャン出版(McCutchan)のものなど、教 育政治学においてこれまで主導的な役割を果たしてきた 研究者たちが編集した論文集や著作が70年代に多数出版 されてきている。2また、スクリブナー編『教育政治学』
(77)、モッシャー編r変化する教育政治学一1980年代へ の展望』(78)などの論文集も相次いで出版された。教育 政治学の内容としても、70年代になると様々な新しい対 象が生まれ、多様な展開を示した。教育財政から初等中 等教育、高等教育に関わる教育政治学研究、地域・州・
連邦それぞれのレベルでの研究、教育評価やカリキュラ ムに関する研究など様々な教育政治学研究が報告される ようになった。
また70年代教育政治学の展開を考える上では、アメリ カ合衆国以外の国への教育政治学の普及を挙げない訳に はいかない。オーストラリアでは70年代に教育政治学が 積極的に紹介され、研究が進められた。ニュージーラン ドでは79年11月はじめてセミナーが開かれ、81年に論文 集が出版されている。そしてイギリスやカナダでも教育 政治学の研究が展開されている。
(2)固有性をめぐる議論の展開
70年代教育政治学の展開を追う上で注目すべきことは、
教育政治学の動向やその評価を扱った論文・著作が70年 代になると多数現れていることである。3そして同時に 70年代に入ると教育政治学の固有性が不明瞭であること が問題として意識されるようになり、その理論の不足が 自覚されはじめるのである。「教育政治学とは何か」「何 をその固有の対象とするものなのか」「何がその固有の 方法なのか」こうした議論が教育政治学で、一貫して続 けられるようになっていく。例えば、79年に教育政治学 のレビュー研究を出版したハーマンは「教育政治学に とっておそらくもっとも深刻な問題は、その分野の固有 の範囲、焦点そして境界について不明瞭な状態が続いて いることである…」と述べている。、そして彼は、70年代 に入って教育政治学は多様に展開し広く認められつつあ るが、同時に重要な問題が残されているとしてその一番 目に、教育政治学にはいまだ固有の課題も方法も確立さ れていない、という問題を掲げているのである。
しかしすでに77年に教育政治学の論文集の編集にあ たったスクリブナーは、教育政治学のこれまでの展開を 論じる中で教育政治学固有の方法が確立されていないこ とは認めつつも、注目すべき分析枠組みが出てきている ことを次のように述べている。
「60年代の終わりに、〔教育政治学の方法について の一引用者〕概念化問題に対する一つの解決策が、普 遍性のある定義として広く受け入れられ始めた。すな わち、価値の権威的配分に影響しそれを形成する、一 連の相互関連として政治を捉える概念は、…一つの分 析枠組みを提供したのである。」5
後にみるように、この政治を捉える概念はイーストン のものである。固有性をめぐって議論が続けられつつも、
60年代後半から一貫して教育政治学に大きな位置を占め てきているのはイーストンの研究であった。1965年の出 版により、一応の完結をみたシステム論は以後教育政治
学に大きな影響を与えつづけたのである。次章ではこの システム論をめぐる議論を検討してみたい。
皿.教育政治学の方法としてのシステム 論をめぐる議論の展開
本章ではまず(1)システム論の構成を概略し、次に(2)シ ステム論を教育政治学の領域で意識的に論じたワート
(Frederick M.Wirt)の研究を検討してみたい。そして次 にこのシステム論に対する教育政治学内での批判を検討 していく。この批判の中には、システム論を改良もしく は相対化させる意図を持った合衆国国内での批判と、シ ステム論そのものを否定し別の方法論を主張する合衆国 外からの批判とがある。
(1)システム論の構成とその特徴
システム論(system theory)は50年代イーストン
(David,Easton)によって提唱された政治学研究の方法に 関する一般理論である。6システム論ではまず、政治が 価値の権威的配分(the authoritative allocation of values)である、と規定される。そして、政治学の分析対 象として「政治体系」(the political system)という概念が 提出される。この「政治体系」は、入・出力を通して環 境と相互作用し、自己をフィードバック・コントロール する解放・適応体系として、次のように図示されている。
環 境 環 境
「要求」
決定と イソプット
@ 支持一
政治体系 アウ
タ施行為
環 境
政治体系の単純化モデル
アウトプット
環 境
D.Easton,A Systems Analysis of Political Life,1965, p.32
(上図は片岡寛光監訳r政治生活の体系分析』上、1980,46頁よ
り転載)。
またこのシステム論は経験的一般理論研究であるとい う点で、従来の政治学「理論」がそうであったような単 一の観点を前提とした包括的なもの(倫理的政治学理論 研究)とは区別される。すなわちシステム論は、調査研 究を促進するための概念構成(conceptual framework)て
あるとされているのである。7こうした構成を持つイー ストソのシステム論が政治学説史上にもつ位置としては まず、それまでのアメリカ政治学研究が「政治」に対す る定義に対して曖昧なままにして進められてきた中に あって、一般理論の必要性を提起し、自らその枠組みを システム論として提示した、その先駆性が挙げられる。
しかしここで問題としている教育政治学研究にとって 注目すべき点は、このイーストンのシステム論が持つリ アリズムである。このリアリズムとは、形式主義的な制 度論から「政治の科学」へと思考を変化させたものと言 えるものである。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、
アメリカでは急速に資本の蓄積が進み労働争議などが噴 出した。そこでは自由な主体としての個人による「社会 契約」によって形成される秩序というような規範的構成 のみの政治論は、現実に対応し得ないものとなった。こ
うした新しい現実に迫ろうとして、科学としての政治学 を求あようとしたアメリカ政治学は、規範論を越えて諸 個人・諸団体の政治的行動を対象に据えてきたのである。
イーストンのシステム論も、この流れの中に位置ついて
いる。8
(2)システム論の教育政治学への適用
ワートはイリノイ大学の政治学者であり、教育政治学 に対して発言を続けている研究者の一人である。そして 彼は60年代後半から80年代にかけて、一貫してシステム 論を教育政治学に適用させることを追求している。
1970年前半の時点で、ワートはカースト(M.W.Kirst)
と共に教育政治学研究の現状を次のように批判している。
1970年時点で学区の数は19300あり、選挙も毎年行われ る。従って大量の資料が毎年調査によって集められてい る。このように大量の調査資料を研究していくには、そ の分析枠組みが必要なのである。しかし、教育雑誌に掲 載されている論文には十分な分析枠組みが存在していな い。すなわち教育雑誌には、教育制度が住民・教育委員 会・教育行政官によって運営された事実の経過のような
ものが記述されているだけである。しかもこの事実経過 の記述は、その記述者自身が考えている一つの規範的な 評価を媒介にして描かれたものにすぎない。従って、そ のような規範的評価を媒介とした経過の記述が最終的に は、事実というものを記述者が考える理想の状態にまで いかにして近づけていくのかという勧告にまでなってい る。このように述べてワートは教育政治学の現状を批判 しているのである。そして彼は次のように結論づけてい る。すなわち現在の教育行政研究には、資料として捉え られた諸現象の原因や関連を説明するような分析枠組み
が存在していない、と。g
ワートは大量の資料を分析するために、教育政治学に おける一般理論の必要性をまず述べた。そして彼はイー ストンのシステム論に注目したのである。彼は次のよう に述べている。
「システム論の有効性はその発見的(heuristim)なとこ ろにある。すなわちそれは、様々な現象を整理し、そ のことによって、それらの関連を探る機会を提供する、
という点で優れた方法なのである。」10
固有の対象と方法についての統一性がない状況にあっ て、教育政治学研究の一方の担い手であった政治学者が、
当時政治学の領域でその一般理論の必要性を主張してい たイーストンの議論に注目したことは当然の成り行きで あったろう。イーストソによりシステム論が提起された 政治学の状況と教育政治学の状況とが重なりあっている のである。つまり、教育行政学の方に、教育政治学に適 用できる理論の蓄積がなかったのである。このような状 況の中でワートは、イーストンの議論を教育政治学に適 用しようとしていたのである。
しかしながら、このようにして進められる教育政治学 には批判が起こってくる。次にこの批判を検討してみた
い。
(3)合衆国国内でのシステム論に対する批判 政治学者の間には、教育政治学の固有性に対して注意 が払われているとは言えない状況が続いていた。彼らは、
政治学の枠組みで思考を進めるばかりで、教育政治学独 自の方法論の必要性に関する認識が弱かったのである。
また、教育が非政治的な営みであるという規範を壊す目 的の下では、教育の固有性といった議論は充分には展開 されなかったと思われる。こうした状況下で、政治学の 方法をそのまま教育政治学に適用することの是非に関す
る検討がなされないままに、政治学の応用分野としての 教育政治学研究がそこで展開されていく。この状態に対
して次第に批判が起こっていくのである。
A)教育の独自性への注目から生まれるシステム論批判 教育の独自性に注目する観点から、教育政治学におけ るシステム論批判を行っている研究者にボイド(William,
Luice, Boyd)がいる。彼は、システム論では教育政策立 案形成過程の意義が捉えられないこと、つまりシステム 論による分析が教育行政者にとって有効な研究になって おらず静態的なものになっていることを批判する。そし てその原因は、人々による統制の可能な領域をブラック ボックスとして分析せず、別の要因によって教育システ ムを説明していることに求められている。ボイドは次の
ように述べている。
「インプット・アウトプットモデルは実際上の欠点を 持っている。すなわち、一方では早計にも、システム 論のブラック・ボックスに隠されたままになっている 内的要因(我々がコントロールしうる要因)を見逃し て置きながら、外的要因(我々のコントロールを超越 した環境的要因)の中にこのモデルにより発見された ものを位置づけているのである」12
ここには、政策形成過程がブラック・ボックスとして 分析されないために、システムが外的要因によって自動 展開していく静態的なものになってしまうという問題が 述べられているのである。
また、別の角度から教育の独自性を重視してシステム 論批判を行っている研究者もいる。例えばハウリーは
「学校がもし学習のために存在するのであれば、教育政 治学研究はまだ始まったばかりである」というタイトル の論文で次のように述べた。
「コミュニティコントロールや活発な親の参加は、子ど もたちが抱く価値や学校に対する子供たちの態度や成 績に、影響を与えるのであろうか。教育長によって教 育政策形成が支配されている教育システムは、主な発 案が、選出された委員から生まれるような教育システ ムと比べてより効果的であるのかどうか。」13
ここでは、子どもへの影響が検討の対象とされてこな かったという現象が問題点として取り上げられ、アウト プットの内容に研究者が教育の観点を入れて分析してこ なかったことがその原因とされている。すなわちハウ リーは、システム論による分析がこれまで、そのアウト プットの内容に教育学の対象として取り扱うべき項目を 入れてこなかったことを批判し、学校というものが文化 の伝達・発展の場であるのならば、諸政策の予どもへの 影響が検討されなければならない、と主張しているので ある。これはシステム論の改良を目指すものと言えるで
あろう。
これらの批判はいずれも、システム論の適用として進 められてきた政治学者主導の教育政治学に対する、教育 学者からの批判として位置づけられよう。
B)システム論は均衡理論である、という批判
他にシステム論による研究については、そこで現状維 持の研究ぼかりが行われるために変革の視点が失われて いるという批判も提出されている。これはシステム論が 均衡理論であるとする批判であるが、このような批判に は次のようなものがある。 システム分析の主要な関心 は、変化に対してシステムがいかにしてそれ自身を維持 していくのかにあるため、それは必然的に現状維持の方
向に傾いていくのである。システム分析が説明できる唯 一の事は、いかにしてシステムが変化に対抗するのかと いうことであって、システム自身がどのようにして変化
していくのか、ということではない。
しかしこのような批判に対しては、システム論支持者 から 維持にはダイナミックな過程が含まれているので あって、システムの考え方は必ずしも保守的なものでは ないのである、 という反論が出されている。即ち、そ こでは、学校と地域との関連で教育制度を考えていく場 合、単に,一方的な作用の側面だけでなく、反作用の側 面も視野に入れて捉える必要性があり、そのことを含め て、システムの維持という問題を論じるのがシステム論 なのである、と主張されている。
F)システム論に対するこれまでの批判の不十分性 これまで検討してきた批判は、次のようにまとめられ
るように思える。すなわち、これらの批判はそれぞれ教 育政治学の抱える現象面での問題状況を捉えてはいるが、
その原因の分析を十分には行っていないのである。シス テム論による分析が政策形成過程の重要性を軽視してい るために静態的なものに終わっているという問題に対し て、我々は、システム論にブラック・ボックスが存在し ていることを指摘するだけで止まるべきではないだろう。
すなわち、システム論になぜブラック・ボックスが存在 しているのか、という問題が問われなければならない。
あるいはまた、教育独自の視点、即ち子どもへの影響を 捉えることがこれまでなされてこなかったという問題を、
アウトプットの内容の問題として終わらせるわけにはい かないであろう。すなわち、システム論ではなぜ、子ど もへの影響を扱う観点が欠落してしまうのか、という問 題が問われなければならない。
システム論が均衡理論であるという議論についても、
的確な争点が示されないままに批判と反批判とが平行し ている状態が現在でも続いている、と言えよう。このよ うな批判・反批判の共存状況に対しても、システム論な りの、変化への対応の仕方では何故、その分析が均衡的 で静態的なものに陥ってしまうのか、という点がさらに 追求されなければならない。こうした課題に答えるため には、これまで検討してきたような批判はきわめて不十 分である。この課題に答えるのに有効な批判は、合衆国 から離れた、しかし教育政治学への関心が高まっている ニュージーランドの研究者から提出されているのである。
次にこの批判を検討してみたい。
(4)マルクス主義によるシステム論に対する批判 1979年11月、ニュージーランドにおいても教育政治学 に対する関心が高まり、全国セミナーが初めて開催され
た。そしてそこでの報告が論文集となって1981年に出版 されている。デービス(John, L, Davies)によって書かれ た、その論文集の巻頭論文には、これまで見てきたシス テム論批判とは異質の批判が展開されているのである。
それはマルクス主義の視角から見た、これまでの教育政 治学への批判的検討である。
A)システム論に対する批判
デービスはまず、システム論によって主導されている 教育政治学の現状を次のように批判する。すなわちそれ は、教育政治学が折衷主義に陥っている、というもので ある。現在教育政治学では、システム論の多義的使用に
よって、システム概念の拡散が起こっている。にも関わ らずムードは楽観的で、あいかわらず主要な関心は主流 となっている政治学の議論、すなわちシステム論に熱中 していると、デービスはその状況を描いて見せている。
このような状態に対して彼は、教育政治学の現在抱えて いる問題は深刻なものである、と述べる。すなわち、教 育政治学の存在価値そのものまでをも危うくするほどの 問題が存在している、というのである。現在教育政治学 が抱えている問題は、合衆国国内の批判者たちが述べて いるようなシステム論が不十分であるというようなもの ではなく、このシステム論が、現代の資本主義における 学校教育の政治機能を理解するうえでの障害にまでなっ ている、と彼は述べているのである。
彼はボールズらの研究から示唆を受けながら、システ ム論を次の点で批判する。すなわちそれは、システム論 では、教育における差別と不平等の問題が視野から落と される、ということである。そしてこの不平等問題の欠 落は、システム論による教育政治学が、学校教育の政治 的本質を、アメリカ経済システムとの関連で理解するこ
とに失敗していることを意味している。つまり社会の経 済構造認識の失敗が、不平等と権力の問題を平板で誤っ たものにしていると、彼は述べている。彼の論文は、ア メリカ国内での批判とは異なった、より深刻な問題提起 がなされているという点で重要な位置を教育政治学研究 上に持っていると言えるであろう。
B)異なった方向性の提示と、そこになお残されている 問題
彼はマルクス主義の視角から教育政治学を捉え返す必 要性を主張している。その際に注目すべき先行研究とし て彼が挙げているのは、次の著作である。すなわち、
ボールズらの『アメリカ資本主義と学校教育』とカーノ イらの『教育改革の限界』とである。14かれは、これら の著作が教育の政治経済分析において画期的意義を持つ
ものである、と述べるとともに、通俗的な教育政治学研
究者には無視されてきた研究であるとも述べている。そ してアメリカにおけるリベラリズムによる教育改革が失 敗に終わったのは、資本主義社会における経済的不平等
とその再生産に学校が寄与している事態を捉えなかった からである、というボールズらの研究に彼は特に関心を 寄せる。
しかし、デービスはシステム論の持つ問題を指摘する に止まっていて、ともすると、教育政治学そのものの固 有性をも、無意味なものにしてしまう弱点を持っている
ように筆者には思われる。彼の議論では教育政治学は、
経済分析による教育検討と呼べるものになってしまう。
学校と社会、あるいは教育と政治との関連を問う問題は、
古典的問題でありこれまで様々に論じられてきている。
この古典的問題に教育政治学を通じて取り組んでいく上 で、我々が考えなければならないことは、教育政治学が あくまでも教育の独自性を重視したものでなければなら ないということであろう。このように考えると、システ ム論は「社会構造を見ないで、行為者に関心を集めてし まっている」、5というデービスの指摘は、慎重に扱わな ければならないだろう。すなわち、日々の教育をめぐる 営みの中に構造がどう現われているのか、そしてどのよ
うな矛盾がそこに生まれているのか、という問題に我々 は目をむけなければならないのではないだろうか。この ことは実践の契機をいかにしてつかむのかという問題で もある。あるいは、経済と教育とのリンク構造を分析す るためには、その中での参加の位置づけが重要な焦点に なるという問題でもあろう。
皿.システム論のもつリアリティーとそ
の限界
2章では、システム論を土台とした教育政治学の展開 と、それに対するアメリカ国内・国外からの批判を検討 してきた。ここでは、前章の分析を踏まえて、教育政治 学におけるシステム論の功罪について検討してみたい。
そして最後に、教育政治学の新しい課題についての示唆 を、ボールズらの最近の研究から探っていきたい。
(1)システム論のもつリアリティー
教育政治学においてシステム論がもつ基本的意義は、
これがアメリカにおいて、教育行政学を規範論のみの研 究から事実としての研究へと導いていく上での、原動力 になったということにある。イーストンは、彼のシステ ム論を展開する前提として、政治学を次のように捉えて
いた。
「政策の法的な記述が、政策全体の意味を表し尽くして
いるというようなことは、ありえない。それゆえ、政 治学が政策の研究へと方向づけられているといっても、
そのさい私は、その主題を、つい最近まで支配的で あった法学的な構成のようなものと取り違えたりする つもりは全くないのである。むしろ、私が示唆したい のは、法律の形で公式的に表明されているか、あるい は実践の結果のうちに宿っているかを問わず、諸価値 が社会に配分されるすべての方式に、政治学はかかわ りをもっている、ということなのである。」、6
序でも述べたように、もともと教育政治学は「教育の 非政治性」という規範に、現実が矛盾するという事態を 認識することから始まったものであった。すなわち1960 年代、アメリカではリベラル派による教育改革を巡って 様々な紛争が起こっていた。次々と打ち出されてくる改 革プランを巡って、各地の父母住民の間で、あるいは行 政側と住民の間で、あるいはまた、教師と父母の間で、
様々な紛争が起こった。教職員組合が戦闘的になったの もこの時期であった。またそれは、州や連邦の教育への 関与が具体化してくる時期でもあった。このような60年 代にあっては、従来の規範であった教育と政治の分離、
一元的な地域観、中立的な立場と経営実務能力とにより 支えられる専門性の在り方、あるいは、地方統制の理念 などを、規範としてのみ唱えているだけでは、現実の教 育行政の動態が捉えられない事態に教育行政学は直面し たのである。規範としての教育行政学と、現実にある教 育行政とのこの分裂を認識することが、教育政治学の出 発点であり、これがシステム論の出発点とも合致したも のであったのである。システム論は、形式主義的な制度 論から、事実としての制度論へとその関心を移し、さら に「科学としての政治学」を志向していた。教育政治学 も、まさにこのシステム論の、事実として制度を捉える というリアリズムと、科学性とを教育政治学に適用させ ようとしたのである。
システム論が教育行政学を形式主義的な制度論から事 実としての制度論へと導く上で果たした役割は、20世紀 初頭の市政改革期から続いてきた教育行政規範に再検討 を加えていく上で画期的なものであり、この役割は、シ ステム論がもつリアリティーとして評価されるべきもの であろう。
(2)システム論のもつリアリティーの限界 しかし、規範のみの議論から離れてリアルに教育行政 の動態を探るこの営みは、システム論の下では、教育を 諸個人諸団体の利益追求行動の内に捉えるという形を取
らざるを得ない。この点に今度はシステム論のもつリア
リティーの限界が生まれてくるのである。
システム論のように諸個人諸団体の活動に政治の実体 を求める思考は、行動論アプローチと呼ばれているが、
この思考は、イーストンによる「政治」概念の規定と表 裏一体の関係となっている。すなわちイーストンの規定 とは、あい争い合う諸個人諸団体の間で、権威的な価値 の分配が行われている過程を政治と捉えるものであった。
このイーストンによる「政治」概念の規定には、経験 的な妥当性が相当あるように見える。生産力に限界があ
り、かつその拡大のあり方自体にも問題があるとされる 状況、あるいは、競争はいかなる社会形態の下でも暫く はなくなりそうもない、という事態を考えれば、この規 定に反論するには、モラルによる批判しかないように見 えてくる。しかし、このイーストンによる「政治」の規 定、従ってここに措定されているような諸個人諸団体の 在り方の前提に立ってしまうと、政治に登場する諸個人 諸団体の競争過程が、実際には複雑な矛盾を含んだ過程 であるにもかかわらず、単純な過程として措定されてし まうことになる。従って、システム論は競争過程におけ る個人の内的矛盾の分析に道を閉ざすことになるのであ る。このことは言い換えれば、諸個人諸団体の行動、教 育への参加の捉え方の問題が視野から落とされてしまう、
ということである。(そしてこの参加の捉え方について の問題は、前章の最後で触れておいたように、デービス のシステム論批判においても検討されていない問題で
あった)。
前章で述べておいた「システム論なりの、変化への対 応では何故、その分析が均衡的で静態的なものに陥って
しまうのか」という問題は、従ってシステム論に前提さ れている以上のような「政治」概念の規定にまでさかの ぼって考察されるべきなのである。すなわち、この規定 では競争過程における諸個人諸団体が単純に措定されて しまうために、その諸個人諸団体の行動に対する内在的 な分析を不可能にしてしまうのである。すなわち諸個人 諸団体の行動分析を平板なものにしてしまうことによっ て教育政治学研究を平板なものにしてしまった点に、シ ステム論の持つリアリティーの限界があるのである。
また、同じくシステム論に対する批判として前章で示 しておいた、政策形成過程が軽視されてしまうという問 題に対しても、システム論のもつ限界として次のように 答えることができるであろう。すなわち、諸個人や諸団 体の政治的行動から制度を捉えるという内容を持つ行動 論アプローチでは、制度を実際に動かしているのは私的 な利益諸集団であるとされるために、政策決定過程、あ るいは政策立案者の役割は、形式的なものになるのであ
る。そこでは、行政過程が私的な要求の単なる通路とさ れるのである。従ってシステム論では、教育制度は、諸 個人諸団体が行う行動の均衡の中で、公共性を確かめる 手続きを何ら経ないまま運営されていくことになってし まうため、その分析からは、子どもの発達にとっての価 値は見過ごされてしまうのである。
(3)教育政治学における新しい課題
以上のようにシステム論のもつ教育政治学上の利点と その限界を検討してくると、教育政治学を今後発展させ ていく上で考えなければならない課題が生まれてくるの ではないだろうか。システム論を検討してきて新たに生 まれてくる課題の一つは、教育政治学として「参加」を いかにして取り扱うべきかという問題である。もう一つ の課題は、教育政治学において「公共性」をいかにして 取り扱うのかということである。そして、これらの課題 を教育政治学のものとしていくための方法を組み立てて いくことが教育政治学に求められているのではないだろ うか。最後に、ボールズらの最近の研究を検討すること により、これらの課題に迫ってみたい。
経済システムにおいて学校が果たしている機能(不平 等を再生産する構造)についての問題が従来の教育政治 学研究では欠落してきているということは、デービスが 指摘する通りであろう。しかし、ボールズらの研究をヒ
ントにして捉えられる教育政治学の課題は違った角度か らも受け取れる。この角度とは参加の捉え方についての 問題なのである。
A)ボールズらの研究から示唆される、参加をめぐる理 論的問題
1976年に出版されたボールズらの研究は、アメリカの 教育制度がアメリカ資本主義を反映したものとなってお り、経済制度の矛盾が教育制度の矛盾となって現れてい る、という問題を提起したものである。この研究の中で、
教育政治学にとって重要な意味を持つのは、経済制度が 教育制度に転換されてゆくメカニズムを「多元的適合」
の過程として述べた部分であろう。彼らは、次のように 述べていた。
「教育制度が新しい経済的条件に適応してゆくのは、…
一つには、何百万という個人や集団が、地域的な教育 委員会、私立学校の教育サービス市場、その他の分権 的な意志決定の場を仲介として、それぞれ比較的制約 されないで自らの利益を追求するという形でおこなわ れる。この過程を『多元的適合』(pluralist accomod−
ation)と呼ぶことにしよう。」17
「多元的適合の過程は、経済的枠組みのなかにあって、
ほぼ完全に民主主義的政治の場の外部で決められてい くことになるわけである。」18
経済制度が「民主主義的政治」の外部で教育へ導入さ れているという指摘は、政治的活動の分析を通じて教育 行政の動態を探ろうとする教育政治学への決定的な批判 になりうるものである。しかし、この指摘は、教育に対 する「参加」の質を問う研究の必要性を我々に自覚させ るものではないだろうか。すなわち、一方で教育に対す る参加が同化の過程でありつつも、他方では異質な要求 を生む過程としてこの「参加」が存在していることを捉 える必要性を我々に促さないであろうか。ボールズらの 研究の弱点は次の点にある。すなわち、彼らの研究は、
経済の矛盾が教育を規定していることを示した点で優れ ていても、この矛盾の止揚は彼らの研究では十分明らか にされてはいないのである(このことは、教育学の立場 から言えば、彼らが教育の独自性に対する観点を欠落さ せている、とも言えるだろう)。このように、76年段階で のボールズらの研究には、「多元的適合」の過程に存在
しているはずの矛盾への視点が曖昧であった。従って、
教育の独自性をいかに位置づけるかという問題は、残さ れたままになっていたのである。
B)学習と選択の分離
先に見た研究から10年後の1986年に、彼らは『民主主 義と資本主義』という著作を出版している。ここには、
対応理論に対する批判への回答とも読み取れる論述が展 開されている。ボールズらはリベラル派の民主主義論を 次の点から批判している。すなわちその批判とは、学習
と選択とを分離することの問題性を述べたものである。
まず彼らはリベラル派の民主主義論が有している優位点 を、個人の重視という点に見る。個人の行動に関する概 念は、リベラル派の議論に弱点があろうとも民主主義に おける重要な点でありつづけるであろう、と彼らは述べ ている。しかし同時に問題点を次のように挙げている。
リベラル派の民主主義論では、個人の決定と選択が重 視される。そしてそこには、決定主体としての人間が登 場する。しかしそこでは、決定能力の形成についてはな んら語られないのである 。その例として彼らはJ,S.ミル の主張を引用して次のように述べている。すなわちボー ルズらは、ミルが彼の民主主義を展開するにあたっては、
子ども青年そして「野蛮人」を民主主義論の例外として 扱っていること、学習途上の者として別扱いにしている ことを述べているのである。そしてさらに次のように述 べていた。
「市場と投票箱とによって人々は、人々が望むものを 手にいれることができると、リベラル派の議論では主
張される。しかしこの議論では、どのようにして人々 がなりたいものになっていくのかということ、そして 人々が望もうと思うことを望むようになるのかという ことについては、何も語られないのである。」1g こうしたりベラル派の議論に対して彼らが述べるのは
「行為による形成モデル」(becoming by acting model)と 呼ぶものである。彼らはまず次のように述べる。 もし も生徒を学習者と選択者の両側面から捉えないで、学習 者の側面からのみ捉える場合には、学校は、知りたいこ とではなく知らなければならないことを教える場になる。
しかし、もしも生徒が学ぶことと同時に政策選択にも加 わりたい場合どうなるのか。 このように述べて彼らは、
いかにして個人的選択の自由と主権が守られ、同時に完 全な選択者として個人が存在するという神話が拒否され るのか、という問題を立てるのである。彼らは「誰が何 を手にするのか」という問題だけでなく「誰が何に何故 なるのか」ということを問わなければならない、と述べ るのである。(従来からのシステム論の適用としての教 育政治学では、もっぱら「誰が何を手にするのか」とい う問題が扱われてきた。従ってシステム論に措定されて いる諸個人諸団体観にも、ボールズらがリベラル派の民 主主義論に対して述べている問題点が当てはまるであろ う。すなわち、システム論には選択者としての人間像し か前提とされていないのである。)
「行為による形成モデル」を考えていく場合に彼らが 問題とするのは、要求を形成させていく行為が行われる 場としての、現在の社会構造である。彼らはこの社会構 造の問題に対して「外に出ていくこと」(exit)と「声を上 げること」(voice)という用語によって迫っている。「外 に出ていくこと」(exit)とは、自らあるものを創造してい くということが断念されていはいるが、その代わりにな るものが豊富に存在しており、かつ、それらを選択する 個人の自由が保障されている状態を意味している。すな わちそれは、様々な選択肢から個人で自由に選べる状態 を意味しているのである。それに対し、「声を上げるこ と」(voice)とは、他者と共に共通の目的を追求する参加 の行動が存在している状態を意味している。この二つの 用語を使ってボールズらは次のように述べている。
「外に出ていくこと」と「声を上げること」とのバラ ンスがとれた中でこそ人間の形成は行われる。しかし、
現在の社会の構造の中では、このバランスが崩されてい る。 すなわち、現在の市場社会では、極端な市場原理 への信頼から「外に出ていくこと」(exit)のみに比重が高 まり、「声を上げること」(voice)つまり参加というもの を難しくしている、と論じているのである。彼らはこの
ことを示す例として次のような場面を描いてみせる。
「近所の公立学校のカリキュラムの不十分性に不満を 持ってそれを修正しようとしている、小学生をもつ親 を考えてみよ。親の意見が無視されれば、彼・彼女は 新しい教育委員を選ぶために、他の人々を組織するこ ともできるし、脅迫することもできる。あるいはまた、
子どもを引き取り、可能な限り出費を切り詰め、そし て子どもをよりましなカリキュラムを持つ私立学校に 送ることもできる。親に開かれている機会は、声を上 げること(voice)と外に出ていくこと(exit)なのであ る。市場は、外に出ていくこと(exit)の多様性を常に示 すことによって参加を閉め出す。従って声を上げるこ と(voice)への関わりを縮小させているのである。」2。
ボールズらが現在の社会構造を市場社会として捉え、
その問題点を提示できたのは、この「行為による形成モ デル」を彼らが提出できたからであろう。そしてこのモ デルは、リベラル派の議論に措定されている人間像を検 討して生まれたものである。つまり彼らが参加の行動に 関心をあてて改めてありうべき人間燥を再検討した結果 なのである。経済構造の民主化という課題を堅持しつつ も、彼らはより具体的実践的な取り組みの在り方として、
参加に注目しはじめているのである。
こうした最近のボールズらの研究から示唆される、教 育政治学にとって引き受けるべき点とはなんであろうか。
それは、学習と選択とを分離しない、という観点を教育 政治学にも適用していくことであろう。この点は、これ まで教育政治学において十分には位置づけられてこな かったが、しかし60年代の参加運動を調査した研究の中 にはその契機があらわれていたものでもある。2、
結 論
(1)70年代における教育政治学の拡散
70年代における教育政治学の展開を一言で言えば、そ れは多様な広がりが拡散と言える状況にまでなってし まっている、ということであろう。しかも、固有の課題 と方法をめぐる議論が繰り返され、これまでシステム論 を中心として展開してきた教育政治学は、国外からのマ ルクス主義研究により70年代後半から深刻な批判を受け つつある。
(2)教育政治学におけるシステム論の限界 システム論の教育政治学への導入には、いくつかの間 題が存在していた。それは、一つには、システム論では 教育の独自性が捉えられない、ということであり、そし てもうひとつは、システム論が経済構造の問題に対処で
きない、むしろこれを覆い隠す役割を果たしているとい う問題である。
(3)教育政治学の新たな課題
教育政治学が持っている基本的意義、つまりシステム 論の持つリアリティーを保持しつつ、その限界を乗り越 えていくことが、教育政治学の今後の新たな課題である。
その場合、重要となるのは、人間の行動を捉える場合に、
選択者としての側面と学習者としての側面とを切り離し て見ない、ということであった。
しかし、こうした点を踏まえた教育政治学がいかなる 固有の課題と方法を持つのかという問題は残されたまま である。あくまでも具体的なものに注目し、矛盾の過程 を諸個人諸団体の行動に捉える方法が必要である。また、
こうした参加の捉え方が公共性の議論にも新たな視野を 提供することになるのではないだろうか。今後は、こう
した方法論の開発、それに基づいた調査が積み重ねられ ていく必要があろう。
注
1)先行研究として次のものがある。中島直忠「教育行 政学の研究方法について」『九州教育学会研究紀要』
第7巻、1979年。同「教育行政と政策学・政治学」伊 藤和衛他編r講座教育行政4巻、教育行政と経営学』
(共同出版、1978年)。同「米国初等中等教育法(1965 年)の制定をめぐる教育政治学的研究について」『九 州大学教育学部紀要(教育学部門)』第16集、1970年。
堀和郎『アメリカ現代教育行政学研究』九州大学出版 会、1983年。同「アメリカ公教育と政治文化一『教育 の非政治性』の神話と現実一」『宮崎大学教育学部紀 要(社会科学)』第40号、1976年。同「米国教育政治学の 成立とその理論的構成」r教育学研究』39巻3号、1972 年。石田純「地域の権力構造と教育」河野重男、新井 郁男編r現代教育社会学講座4巻、現代学校の構造』
(東京大学出版会、1976年)。同「アメリカにおける教 育政治学研究の展開一コミュニテa教育政治体系論に ついて」『九州大学教育学部紀要(教育学部門)』第16 集、1970年。
2)教育政治学関連論文が掲載される雑誌で、60年代に 創刊されたものとしては、Educational Administration Quarterly, Education and Urban Society, Urban Education、80年代に創刊された新しい雑誌としては Educational Evaluation and Policy Analysisがある。紙 幅の関係で目録は掲載できないが図書としても多数出 版されてきている〔堀(1983)前掲書を参照〕。
3)1970年代以降に発表された教育政治学の動向やその 評価に関連する論文には次のものがある。〔人名によ
り分類した。一部1960年代の論文も含む〕。
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.(1978) The Changing Politics of Curriculum Policy−Making for American Schools, Revieω of Educationat Research,48no.4.
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4)G.S.Harman(1979)op. cit.,p.56.
5)JD.Scribner, op.cit.,p.22.
6)次の著作が三部作と呼ばれるものである。David Easton, The Political System an inquiry into the state of potitical science(New York:Alfred A Knopf,1953,2nd.(1971)〔山川雄巳訳r政治体系一政 治学の状態への探究一』ぺりかん社、1976年〕;A Frameωork for Politicat Anatysis(Englewood Cliffs,N.J.:Prentice−Hall,1965)〔岡村忠夫訳『政治
分析の基礎』みすず書房、1968念〕 ASystems
Analysis of Politicat Life(New York:Wiley,19−
65)〔片岡寛光監訳『政治生活の体系分析、上・下』
早稲田大学出版、1980年〕。
7)David Easton, A Systems Analysis of potitical 、Life, pp.489−490,〔片岡監訳『政治生活の体系分 析、下』686項〕。
8)加茂利男「現代政治学の課題と展望」木本幸造編 『社会科学概論』日本評論社、1982年、同『現代政 治の思想像一現代政治学批判序説一』日本評論社、
1975年参照。
9)F.M.Wirt and M.W.Kirst,op.cit.(1975),p.11,
10)F,M.Wirtρp,cit,(1977),p.402.
11) Ibid.,pp.402−403.
12)Boyd(1978) The Study of Educational Poiicy and Politics, op.cit.,pp.253−254.
13)Hawley(1977)op.cit.,p327.
14)S.Bowles and H.Gintis, Schooling in Capitalist !監mθrica educational rθformαηd thθCOη彦rαo雌C−
tions of economic tife(New York:Basic Books,1−
976)〔宇沢弘文訳『アメリカ資本主義と学校教育一 教育改革と経済制度の矛盾一、1・ll』岩波書店、
1986年・1987年〕。M.Carnoy and.H.Levin, The Limits of Educationat Reforin(New York:David Mckay,1976)。
15)Davies(1981)op.cit.,p.8.
16)DEaston(1954)op.cit.,p.54,山川訳、前掲書137項。
17)SBowles and H.Gintis(1976)op.cit.,p.236,宇沢訳、前 掲書155〜156項。
18)S.Bowles and H.Gintis(1976>op.cit.,p。237,宇沢訳、前
掲書157項。
19)S.Bowles and H.Gintis, Dernocracy and Capital−
i8m:property,community,and the contradiction8 0f modern sociat thought, (New York:Basic Books,1986),p.125.
20) Ibid.,p.135.
21)拙稿「教育政治学の課題と方法一ギッテルの研究に おける参加観の分析一」(東京都立大学教育学研究 室『教育科学研究』第6号、1987年)参照。
付 記
本論文は前回の紀要論文に続く教育政治学研究の論考 である。今回の論文作成にあたってはコロンビア大学の 教育図書館を利用する上で黒崎勲先生及びWalsh氏に御 世話になりました。