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龍谷大學論集 470 - 004桂 紹隆「仏教における<場所>の概念 : 袴谷憲昭氏へのレスポンス」

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全文

(1)

仏 教

お け

場 所

袴 谷

憲 昭 氏

ン ス

 

稿

昭氏の 近稿思想 論

 

澤 短 期 大学

佛教論

12

2006

10

に対 する対

み で ある。 事の 起こ りは

者が

2004

11

17

日, 畏 友石井公 成 氏の ご依

に よ り, 駒 沢 短期 大 学で 「

谷 ・

本両 氏の

対 する若 干の 異議 申 と題 する公 開 講 演を

い ,

本史

氏の

r

仏教思想 論 田』

 

大蔵出版,

2004 年 4

仏 教 批 判 的

袴谷

昭氏 の 「仏 教想論 争 考

 

期大

教 論 集

10

2004 年

10

を取 り上 げ, い くつ かの 疑 問を 表 明した こ とに ある。

 

「如 来蔵 思想 批

」 や 「

批判 を は じ め

著書

論 考に より過 去

20

年間

日 本の 学界に 大 きな波 紋を呼び起こ し て きた両 氏に して 仏教 学 者とし て一

らか の

を示さなけ れ ば な らない と長

年考

えて い た が, 両 氏の 面 前 で私 見を開 陳す る絶 好の 機会を与え られた こ とになっ た。 講

演後

本 ・

両 氏か ら口

め て

答を頂い て, 恐

した

えが ある。 翌 年, 当 該講 演は若干の加

修正 を経て, 『駒 澤 短期 大 学

佛 教論

集』第

11

2005

10

に公 表さ れ た。 さ らに 一

年後

r

澤 短期 大 学

佛教論集

第12

最終

理 し,

頭に

掲げ

谷 氏の 論 考を 見出 したの で あっ た 。 同氏か らは , 「思 想

論争

多 く

稿

抜刷をお

い た。 こ こ に記 る し て謝 意 を

したい 。

 

論考

は, 花 野 充 道氏の 「本覚 思 想 と

如来蔵

思 想」

 

印度学

学 研究』

54

巻 第

1

号,

2005

12

とと もに前 掲 拙

稿

を取 り上げ, まこ とに

摯な

筆者

々 の

に逐一答 えて い い た もの であっ た。 一

読後

し ぶ り に大 きな知的 快感を覚え, 氏 の 論

に応え る形で 「対 話」 を継 続しなけれ ばな らない と

じたの で

っ た。

本来

な らば,

文書

と して送

されるべ きこ の 「

研究

ノ ー ト」 をあえて 公 開 するの は,

論争

の ル ー

条 と して 「い か なる 発 言 も公の 場で

わ れ るべ こ と」

 

207

頁下

をあ

谷 氏の 主

を と

2

   仏教における 〈場所 〉の概念 (桂 )

(2)

      (1) りあ えず 受 け入 れ た 上で の こ とでる。

自身

は 講

で 述 べ       (2) 論 相 手の 人 格を否 定 するよ うな個人

撃は行 うべ きで は ない 」 とい う

えに

わ りは ない の で

 

「い か なる発 言」 も許される とは考えて はい ない 。 し か し, 「

く論争

し よ う !

自身言葉に忠 実で る た め に もあえ て これを公 開 し,

谷 氏との

今後

の 対話の 継 続を期 待す る もの で ある。

 

袴 谷 氏の 拙論に対 する論

は ,

点に 整 理されよ う。

 

(1

empty  subject に 関する ラ ヅ セ ル ・ス トロ ーソ ン 論 争 とその イ ン ド的 展

   

192

199

 

2

に おける 「場 所 意 味

 

真如

」 と 「

縁起

 

(199

204

 

3

) 仏教 を語る 「」 の 問題

204

 

4)

 

無 (

204

205

 

5

) 論 文 公 開の 姿

勢 (

205

206

 

6) 論

の ル ール と公 開性

206

210

。 もっ とも重

なの は,

二 の論 点である。

者は講演で

谷氏が 批判の 対

と する 「

の 「場 所

意 味

が よくわ か らない 」 とい う

感想

明 したの で あるが, それに対 し て氏は, すで に 「

教 思想論 争 考」

170

頁,

152

162

に お い て, 松

氏の 「

基体 (

locus

」 と 自身の 「場所

topos

い に つ い て説 明し た が, 再

こ の 聞題を扱っ て み よ うと, 丁

え を

理 して く だ さっ た。

 

「仏教 思 想論 争考」 は筆 者の講演の対 象とし た論 文で あるに もかか わ ら

十分

読解

し て い ない 点 をお

び し なけ れ ばな らない 。 まず

袴谷

氏の

説 を引 用す る。 さて,

の 言 うところの 「場

所 (

topos

」 の

璧な

姿

とは , そ の 「場所」 自

が もはや それ 自体を 包

する 他の の を 場所 とは しない よ うな 最

円周か れ る 「 メ ー なの で る。 か か る 「場所」 は, ア リス ト テ レ ス が 「こ の 天

は もは や

の の ちに は 存 在しない

ho

d

 ouranos  ouketi  en  alloi

」 と言 っ て い る 「天

ouranos

」 の ご とき も

ので り, また, 仏 典が 「虚空 は なに か を場 所 とする こ ともな くなに か を

根基

とする こ ともない

そ れ自

が最

的 な場 所 な 〕 の である

akagam

aprat

hitam

 anala 皿

banam

」 と言っ て い る 「虚 空

akaga )」 の ごとき

もの で ある とも見 做し うるが, 『

維摩

経 』は その 「天

」 や 「

空」 に

       

当す

る もの を 「

aprati §

thfi

, apratiSthana

」 と言 う。

200

頁上段

(3)

 

氏は こ の と 『維

経』 の 一引用, そこ に登場 する 「無 住」 を 「

そ れ

自体

こ との と理

して お られ る。 ち な み に 同経の 長尾

訳 を見る と 「

基底

い こ と」 と

され 「どこ に とどま り住 する こ とが ない , 住

する こ とが ない , す なわ ち, よ るべ き基

, 根

が       (4) ない こ と と

した」 と

注記

されて い る。

筆者

は,

谷氏の

複合語解釈

支持す

る もの で あるが,

pratiStha/

pratiSthfina

セこ対 する 「場所」 とい う訳 語は,

とし て は

りえて も,

直訳

の よ うに 「よ るべ

き基底

根底

る い は 「 適 当で あろ う と考え る。 し た が っ て, 「無 住」 は 「寄るべ き基        

を持た ない 拠 り

を持た ない もの 」 と 目下の とこ ろ は 理

して お く。

 

その理 由の ひ とつ は ,

r

ブ リハ ッ ドア ーラ ニ ヤ カ ・ウパ ニ シ ャ ヅ ド』

3

      (6) の ヤ ージ ュ ニ ル キヤ とシ ャ ーカ リヤの 対 話

3

9

19

27

にある 。 こ こ で

きヤ ージ ュ ニ ヴァ ル キ ヤ は 「わ た し は 諸 方 位と

方 位の

神 々 , な らび に そ の 拠 り所

pratis1ha)

を 知 っ てい る」 と宣言 し, 東 西 南北と

天頂

々 の

り所を

h

daya

  (

シ ャ ン カ ラ注に よ ると, 「ア ー マ ン

し, その 心 の拠 り所を 聞かれて 「われわれ 自身 以外の とこ ろ に

る と

え る な」 とシ ーカ リ ヤ に

恫喝

を加える。 さ らに 「あ なた と

あ な

た の

ア ー

b

マ ンは何を 拠 り

とし て い る のか

kasmin

 nu  tvarp catma  ca

pratiSthitau

 stha  

iti

と問われて, ヤ

ュ ニ ャ ヴ ル キヤ は 「気

」 と

え, そ の 気

は 「ア パ ー ナ」, ア パ ーナ は 「ヴ ァ ーナ 」, ヴァ ーナ は

r

ウダ ー ナ , ウダ ーナ は 「サ マ ー 」 を拠 り所とする, と答 え, その

名 な 厂非 ず,

ず」

neti  neti

とい うア ー トマ ンに 言 及 するの で ある。 こ こで 「拠 り 所」 がい かなる

意味

い られて い るの か ,

者に は明らかで はない が, 未だ ア ー トマ ン

規定

して い ない に せ よ,

に 展

する 「ア ー トマ ン ー元

萠芽

を読み

る こ とがで る。

r

摩経 』の 「拠 り所 を持た ない とい うよ うな否 定

的表

現は用い られて い ない が,

 

「X は

y

り所とす る」 とい う思 考パ ー ン

献に 通で ある。

 

袴谷 氏に よ る と, この 「〔そ れ自体は他を〕 場

とする こ との ない もの 」 で ある 「

」 は ア リス トテ レ ス の 「もはや

の もの の うちに は

存在

しない 天

」, ヤ シ ョ ー 引用 す経 典 に か場 所 虚 空 」 と対比される 「最 終の究 極 的

r

場 所』」 である。 こ の 最 終の 究極 的 「場 所」 は, 「」 の メ ージ で表 される。 「その 中に

r

釖 法 』 が次々 と

r

場 所 とされ て い く」

  (

201

頁 上

か らで ある。

 

「『 一切 法 』 は 決して 最

極 的 『場 所』」 を越 える こ えな

201

上段

と言われる。 言い 換 えると,

4

   仏教に お ける 〈場所 〉の概念桂)

(4)

最終究極 的場所」 とは, その 中に 一切 法 包摂 す

」 の うな存 在る と

筆者

は 理

する。 そ れは 「天 球」, さ らに 「

宙」 を連 想させ るが, 事 実, 袴谷 氏 自身,

 

「『

浄 法 界』の

r

とし た

無機的宇

宙 』を イメ ージした もの なの である」

 

191

と 明言されて い る。 これは 明 らか に, 単 一

体 (

locus

」 が 複

の 厂超 基 体

super ・

10cus

」 を生み 出 すとい う

本 氏の 「基

念 とは異 なるもの で ある。

 

以上 の宇 宙に も比 すべ 最 終 究 極 的場

」 は , あ くまで も 「最終の 究 極 的」 場所で あ り,

なる 「場 所」 一説 明 い の 。 こ の 当 然起 こ る疑 問に対し て ,

谷氏は

r

トナ 引用し て 「『

』 とそこ に 入 っ て い る もの との

関係

」 を 明らか に して お られ る

201

頁 下段一

202

頁 下段

。 原

力し, 氏の 和 訳の み を

用する。       (7) また, a に おい て

b

が存 在してい れ ば, 

b

が a の

所 置 (

adheya

であ り

agrita

で ありそこ に 存在 し て い るもの

tad

−vTtti

る とい われ

る。 し か し, a に おい て

b

存在

して い る場

の,  a は

b

の 場所

adhi

karapa

adhara

agraya

る とい われる。

例 えぽ, 容器に お い て果 実が存 在し,

に お い て布が存 在し て い るとい う とき,

果実

とが所

置 (

あるい は能

依)

であ り, 容 器 と家とが

能持 (あ

る い は所 依

る とい うが ご とくである。

 

し たが っ て,

谷氏が想定 し て お られる 「場

」 とは, 果

を 入れるこ とが で きる 容器や

が 収め られてい る 家の よ らかの 存在を 収 納する 「場 所 。 氏が引用される

r

ト ナ 一節

と, こ の 「場所」 に存 在 する もの, 上 で 「

依」な ど と呼ばれた もの は,

か に

在してい る

dharma

とも呼ばれる。 同書に は言 及されない が, これに対 して 「所

」 は

dharmin

と呼 ぼれ, 両 者はい わゆる 「属性」 と 「基 体」

 

こ       (8) れ は

本氏 の 言 う 「基 体」 で

関係に 相 当する。 し た が っ て, 袴 谷 氏の 「場

」 は, 「

器」 で あり, 厂

り所」 で あり, 「基 体」 で ある とい うこ とがで きる。 し た が っ て , 冒頭で 問題に した 『

摩経』 の aprat

ha

/ apratisthana の 訳 語の 違い は, 本

的な

い で はない と認めなけれ ば な ら な い 。

 

それで は こ の 「

い う

念は, 袴谷 氏の 主

され る よ う に非仏 教

えで ろ うか。 上に 言及した よ うに 目下 問題にな っ て い る 「 龍谷大 学論集

5

 一

(5)

」 や 「拠 り

」 がイ ン ドに お

概念

dharma

に対 する

dhar

in

基体

に相 当すると理解する な ら

谷 氏の 主張を

に 述べ る よ 条 件 付に せ よ

)筆者

しなけれ ばな らない 思 い 返す と

20

前,

谷氏は大 谷 大 学で 開 催された 印度 学 仏 教 学会で 「『維

経』批判」 と題       (9) する

発表

を された。

者 も拝

し, 見 当違い な質 問まで した こ とを 思い 出す。 あま りに も過 激な表 現に反 発し て, 問題 の本質を真 剣に検討 する こ とな く今日 まで 時 間 が経 過 し た こ とを

谷 氏に は お

び しな けれ ぽ な らない 。

 

ブ ッ ダが

され, 仏

滅後

に 「

結集

」 さ れ た

々 な 「仏

」 を

体系的

に 組織

しよ うとし た

初の みが 「ア ビダル マ るが, その

点は, 宗教 的経

め たわれわ れの 経験 世 界をその 究 極 的

成 要素で ある複

の 厂カ テ ゴ ー 」

dharma

し, そ れ らの カ テ ゴ リ ー

々 の

dharma

複数の 「因 果関係」 を 解 析する こ とに あ っ た と筆 者は 理解して い る 。

 

「五

 

「十二

 

」 な どの カ テ ゴ ー ,

 

「色」

 

 

「想」

 

」 厂

」 な どの サ ブ カ テ ゴ リーは 「仏語 見 出される もの で あるが ,経 験 世

を カ テ ゴ リーに よっ て 分

す る思考方 法そ の もの は ,ア リス トテ レ ス を持ち出す ま で も な く,

 

実体

 

 

 

普遍

 

 

内属」 の

 

「六句義

padartha

」 を 立て る ヴ ァ イ シ ェ ーシ カ学派と共 通 する もの で ある。 こ の こ とは フ ラ ウ ワル ナ ー

士や 梶 山雄一博士 に よっ て つ とに 指

された こ とで あ   る。 ア ビ ダル マ 的 思考が ア リス トテ レス や ヴァ イ シ ェ ー 学派な ど と 異 な る点は, かれ らの カ テ ゴ リーの なか に 諸

dharma

の 「拠 り所 / 基

」        

dharmin

と して の 「

実体

」 を立て ない こ とで ある。 われわれの 「

物質

」 の 観

当 す る 「

の 「

無表

色」 を 別にす れ ば,

 

「五根

眼耳

身)

」 と 「

境 (

香 味

触)

」 を下 位

類とする が,

者は通

イ ン ドで は

実体

性 と

做され るもの であ り, 前 者 も肉 眼 な どで な く 「視

覚機

能」 な ど

性の 部類

るもの で る。

に ,

部を嚆

と して , ア ビ ダル マ に もヴ ァ イ シ ェ ーシ カ 学派 流の 「原 子

」 が

入され, ニ

「四 元素論

共存

してい が, ア ビダル マ の 「法の 体系」 の 中に 必

しもうまく

け込ん だ と は思わ れ ない 。 い ずれにせ よ, 因 果 関係に よっ て 生 じたすべ ての

為法

無常 (

刹那 滅

る と主

する有 部や経 量 部に とっ て , 通 常 「持 続 する

在」 と見做される実 体は観念 的な存在 (仮有

であっ て も, 実在

有)

で は あ りえ ない ので ある。 し た がっ て, わ れ わ れの

験 世

は, い か なる 「拠 り所 /基 体」 も持た ない

dharma

性)

元され るこ とに な る。

有部

量 部ほ ど厳 格な 「

那滅論

た な た 上

座部

も, こ の ような

6

   仏教に おける 場所〉の概念(桂 )

(6)

       

dharma

還 元主義を共 有し て い る 。

 

ア ピ ダル V 仏 教 主 流

所 /基体

実有

し て は, 言 うま で もな く彼らが 「

我 説」 の立 場 を採用 し た か らである。 ウ パ ニ シ ャ ヅ ド

献 が確 立し, ジ ャ イナ 教な ども

受け

入れた, 一

変化す

る よ に見える人 間存 在の 背後にあ り, 変化 するこ と な く持 続 する 「主

  (

認 識主

行為

廻の 主体

, すなわ ち 「ア ー

 

厂プル シ ャ

 

厂ジ ーヴ ァ」 な ど とよばれる もの こそ, イ ン ド思想に おけ る究 極の 「拠 り所 /基体」 で ある。 こ の人 間 存 在の 究 極の 拠 り

を否 定す る

人無 我 論

老が, すべ て の 存 在に はい か なる

体 的な 拠 り所 も

在しない

諸 法 無 我

とい う形で 「

」 を

拡大

した の は当 然の

結果

で あろ う。

 

した が っ て, ア ビ ダル マ

教の 主流の よ うに, ま た 大 乗

教の主 流が

な く とも

に は

め るよ うに , 厂

我 説」 が ブ ッ ダの 教えで ある とい う

大前提

に立てば,  「拠 り所 /基 体」 や (袴谷氏の 言 うところの ) 「場所」 を実 在 と見

す言

的で ある と言わ なけれぽ な らない 。 換 言

る と, 「

り所 / 基 体」 や 「」 の 否 定が 「」 か ら論理的に帰 結 する か ら,  「無我説」 が 「仏 語」 である とすれば,

 

厂拠 り所 /基 体」や 厂場 所」 を肯 定 する言説は仏 教で はない とい うこ とで る。 上に ,

 

谷氏の主張を

後に 述べ る よ うな条 件 付に せ よ

) 筆

老も

支持

しな け ればな らない と言っ た が, その 「条件」 と は, 「

無我

説が 仏語である」 とい う前提である。 もし もこ の

前提

が 崩れ る な ら,

 

拠 り所 / 基体

肯定

る言説は仏 教で はない と必ずし も主 張で な くなるの である。

 筆者 自身

2004

の駒

澤短期大学

に お ける

講演

で しば し ば 「仏

で す」 と 明言 した が, そ の こ とは冒頭に 言 及 した 「

谷 ・

本両氏の 仏 教理

する若干の 異

議 申

し立て 」 に も記 録され て い る。 とこ ろが, その

, 現 在 日 本の

指導的

初期

究者

る畏

友榎

文雄

氏か ら, 『サ ン ユ ッ タ ・ニ カ         一 』の 一

PTS

vo1 .

4

, 

PP

400

401

を 指

された。 出家 者 ヴ ァ ッ チ ャ ゴ ッ タ に 「ア ー トマ ン は存 在す る か 」 と間われた ブ ッ ダは

2

度に わ た り黙し て

え ない 。

が 去 っ た

, ア ー ナ ン ダに 「ど うし て説 明 た の か 問われて ブ ッ ダは,

 

「ア ー マ ンが存 在する 」 と答 えれ ば, ヴ ァ ッ チ ャ ゴ ッ タ は 「

住論」

sassatavada

に 陥る だろ うし,

 

「ア ー

在しない 答えれば, 「断 滅論」

ucchedavada )に 陥る だろ うか ら, 説 明し な か っ た

無 記

の で あると答えてい る。 両 極論を否

する 「中道」 こそ ブ ッ ダの 真 意 で ろ うとい の が

本 氏の ご意 見であ り, 少 な くと もニ カ ーヤ に 関す 龍谷大学論集    

7

(7)

        り, ブ ッダ が 厂

我 説 明言される こ い と教え られた の で ある。 した がっ て

」 は 厂

仏語

」 である とい う

大前提

は 崩 れ去る こ とに な る か くして, 袴

氏の 主

は , 「

教は

我説で ある」 とい うア ビ ダル マ 以

な仏

教解

釈に 従 うときに の み

立する とい こ とに な るだ ろう。 仏

陀 自身

に とっ て は 「無我 説」 もひ とつ の 極 論で あっ た とい う点に, 今

われわれは も っ と

注意

を払わなけ れば な らない で あろ う。

 

とこ ろ で, 「仏 教は

我 説である」 とい う伝

の 中で, ど うして 袴 谷氏 が 「

批判

」 される よ うな 厂

如来

」 や 「仏性」 とい う 「有 我説」 とも言うべ

義が展 開す る こ とになっ たの であろ うか。 袴

氏は おそ らく土

バ ラ モ ン

の 「ア ー トマ ン 論 が仏 教に浸透 し た か らで ある と言われる で あろ うが

者は        

解を 異に る もの である。 ア ビ ダル マ 仏教の 異

であっ た 「プ ドガ ラ 論」 にその

源を 求め た い と

えて い る。 仏

教 内

部の

最初

も重要な教

義的

対立 は 「プ ドガ ラ 」 と呼 ぼれ , 人間

在の

成 要

る 五

とは 「非 即非

」 の

関係

る と

見做

さ れ,

述不 可

な 「

人格

」 を

め るか否かであ っ た と言 わ れ る 。 プ ドガ ラ論 者達は ブ ッ ダがしぼ しぼ教 説 中に 「人」

puggala )

          に言 及 する こ と に もとつ い て , 「プ ドガ ラ は 仏語で ある 」 と考え た よ うであ る。 もち ろ ん, ア ビ ダル マ 仏

の 主流は 「二

説」 を

入 して , そ の よ うな教

は世

的 な

理 を説 くもの で っ て , 「プ ド ガ ラ 」 は 五

の 上 に 側 こ

え ら れ た名 前に過 ぎない と批 判 し た の で っ たが, プ ドガ ラ論 者は仏滅

もブ ッ ダ は まっ た くの 非

在となっ た の では な く, た と えぽ 仏舎 利 塔の 中に, われわれ には

え ない で 「

し て い ると考えたの であろ う。 さ らに修

を重ね, 悟 りを開 き, 解 脱 して い く聖者, そ れとは逆に輪 廻を繰 り返し て い く凡 夫に 一

の 「

体性

め た の で あろ う。 その

結果

, 正

バ ラ モ ン

の 「

有我説

」 に限 りな く近い 「プ ド ガ ラ論」 が 登 場する ことになっ たの であろ う。 無論, プ ド ガ ラ

論者達

は, あ くまで も 自説が 正統バ ラモ ン 教の 「実我 説」 と等 置される こ とに 抵 抗 したに

い ない 。 想 像 的に し か議 論を進め られ ない の は , プ ド ガ ラ

者は

・正量

な どので イ ン

教の

まで

表 的 な

派 として

め られてい た に もか かわ らず

た と えば, デ ィ グ ナ ーガ は,チ ベ ッ ト の伝承 で は犢 子部で 出

し た と

え られ る

, その

典籍

は 漢 訳やチ ベ ッ ト

訳で その 一

が残っ て い る だ けで あ り,これ まで主 と して 『倶舎論』 な ど対立 す る 学 派 の 批 判

的資料

とつい て

研究

されて きたか らで ある。 近

の まとまっ た

研究成

果とし て は,

Leonard

 

C

D

C

. 

Priestley

博士 の

Pudgalavada

 

Bnddhism

 

The

 

Realitpa

 of  the 

Jndeterminate

 

Self

Toronto

Centre

 

for

 

South

 

Asian

(8)

Studies

, 

University

 of 

Toronto

1999

をあげて お きたい 。 同

士 はイ ン タ

ー ネ ッ ト上の 「

学百

科辞典

  (

http

:〃www .

iep

.utm .edu

に も その 要約を紹

し て お られる。

 

一方, 近

r

論』

 

我品」 を

中 的に 研

して こ られて , その成

に よっ て昨 年

谷 大 学か ら博士号を授 与された武田

道 氏が指 摘されて い る よ う   に わ が国の

学界

で は

くか ら 「プ ドガ

大乗仏教教義

関連性

さ れて きた よ うで ある。 た とえば, 坂 本

幸男氏

の 「

子 部の

我説 とその 論 難」

  (

『東 洋

要』

 (第 5

巻,

1948

は,

 

厂プ ドガ ラ論」 を 大 乗 仏 教の        

来蔵

思想

連づてい る。 最

如来蔵

思想 研究 成 果で ある,

Michael

Zimmermann

士の ・

4

 

BZtdaha

 

V

lithin

 

Tathagatagarbhasutra

, 

The

Earliest

 

Ex21

・osition  of the 

Bu4aha

Nature

 

Teaching

 

in

 

India

Biblio

− theca  

Philologica

 et 

Philosophica

 

Buddhica

 

6

, 

Tokyo

The

 

International

Research

 

Institute

 

for

 

Advanced

 

Buddhology

444

 

pages

2002

, 同

士 の

HP

で pdf フ イル 取

可能

も,

思 想の 思 想

背景

とし て 「プ ド ガ ラ」 に言及し て お られる。

 

上に 述べ た よ , ブ ッ ダ自身は 「ア ー トマ ン」 の

無に関し て 「

記」 の 立 場を

られた の で るが, それを

けた ア ビ ダル マ 仏教

た ちは,

力 な 厂

我説」 の 立場を取るもの と, 一

る 「プ ドガ ラ論」を取 るもの に 二 された の で あろ う。 一 見 前老が仏教の 正統 説地 位 を獲 得し た よ うに えるが,

後者

統は 「仏

」 や 「

如来

蔵」 とい う形で 生 き残 り,

乗 仏

教教

義の 一

形成

した と

え られる。

前者

が仏

に おけ る 一

リ ズ ム伝 統を 形 成 し, 『般 若経』 やナ ー ュ ナの 「空の 思想」 に受 け 継が れ た とする と, 何 らか の ポ ジ テ ィ ブな

在を認め る

者は 「識 一 」 と も言うべ

識 学 派に受 け 継が れてい っ たの であろ う。 両 者は, 山口益 先 生が

命名

さ れ た よ うに激

な 「

と有 と対 論 し た の であろ うが, 佐々

        閑 氏が部 派仏 教に

して 立証 した よ うに , これ らの

教義

立は必

しも

団 とし て の 「仏 教」 の 枠 組み を破壊 する もの で はなか っ た は

で ある。 両派は互 い に相 手を 「仏教 徒 て 承認し て い た はずであ り, 互 い の思想 的

劣を競 うこ は あっ て も,

手を仏

教徒

で はない と

るこ とはなか っ たの で はな い だ ろ か。 し た が っ て, イ ン ド仏教に は ,

底 的な 「

我説」 の伝 統 と 「プ ドガラ」 に代

される

やか な 「

有我説

」 の

伝統

り, そのい

「仏

」 として認め る こ とがで

るの で は ない だ ろ うか。

袴谷氏

には,

理的

徹底

性に 欠 ける とご批判を受 けるこ とで あろ うが, これが生 来の コ ン フ ォ ー 龍谷大 学論集   

9

(9)

で ある筆 者の現 在の理解である。 こ の 二 つ の 流れ は, 中 国仏 教, チベ ッ ト仏 教 に も見 られ, 現代の 日本仏教に 至る ま で延々 と続い てい るの で は ない か と想

し て い る。 時に は 一 人の 仏教 老の なか に 両者が共存 して い る の で は ない か と思 わ れ る場

もある。 袴 谷 氏が 「本

思 想」 や 「

如来蔵

思 想」 を 「差 別 思

」 の 源 泉である な ど とい う理 由か ら批 判されるの は結構で あるが, 「

我説」

そ し て,そ れを教理的に根 拠 付 ける 「縁 起 説

相 容れ う理

で は ない 」 と批判 されるの で あ れ ば, 上 に述べ た よ うに必ず しも正 し くない と考 えてい る。

  次

に 「

真如

に入 る前に,

谷 氏が紹 介し て くだ さっ た

r

ニ ヤ ー ト ナ も う

201

触れて お 。 『ニ ヤ ー ・ ラ トナ』は, ニ ヤ ー っ て も 「虚空

akaga

」 が そ れ を

容するい かな る他の 場所も存 在 しない 「最終究極 的場所」 であるこ とを認め て い る。 袴谷         氏がか つ て 厂 を 視化 す る ため にい られ た 凹型 の 曲線は, 「容 器」 と し て の 「

の イ メ ージ と し て

め て

適切

であ り, そ れ が

長 されて全 円を形成 する とき 「最 終 究極 的 場所 虚 空」 の メ ージ に到 達 する の で ある。 とこ ろで 「虚 空」 と漢 訳される aka ξa は , イ ン ドの 標準 的 なカ テ ゴ 提 供する ヴ シ ェ ーシ カ学派に よれ ば, 厂すべ て の もの に 存 在 と 運 動の 場を与 える, 唯 一 ・常 住 っ て 遍 在し, 運 動を

しない

実体

」 で あ   り,音を伝える媒 体で ある こ とか ら 「エ ー の よ うな ものだ と考え られる が, 要

るに

実体

としての 「空 間」 で ある。 イ ン ド仏教の 伝 統で は,

谷氏が 「

思 想論

154

158

に お い て丁

に紹 介される よ うに, 宇宙の 構 造を論 じる際に水 輪 ・地輪 ・風 輪を最

終的

えるもの とし て 「

場する。 有

は それを 「障 礙がない こ とを 自性 とし, その 中で は色が 〔自由         に

動 く」 と定 義され る

無為法

る と し,

はそ の よ うな 「

空」 は

・観 念的 な存 在で る と主

する

か れ らの

完成

さ れ た

存在論

で は,

観念的

在は 常住で あ り, 実 在は刹 那滅な もの である

。 仏教の 宇 宙論に登場 する

空は 「

最終的

り所, 場所」 に

な らない が, 有

空は,

か 仮

か の

い は あ るに せ よ, ヴ ァ イシ ェ ーシ カ学派と同様に 「空 間」 とい う

性格

っ て い る。 そして, もちろ ん 「空 間」 こそすべ ての

在の 「究極 的 場所」に な らない で あろ う。

 

こ の よ うに バ モ ン教 学

仏教

に は 「

空間

最終

究極

る」 とい う共 通の 理

される。 こ の こ とか ら

ちに 「

空 間

」 とい う

極 的な 「場所

 (

で は

論付

10

 仏 教に お 場所 〉念 (桂 )

(10)

け られ るの であろ うか。 「場所

教」 を批

される袴

氏は, 当

その 通 りだ とおえに な るだ ろ う。 しか し,

者は必ずし もそ う考え ない 。 時 間と と もに 空 間は, 人間の 思惟の基 本形

を形成 す る もの で あり, イ ン ドに お い て も, 仏 教 ・非仏 教を間わ

, もの が

在し運

する場

として の空 間 が 措 定された と

え られる。 そ れ は

らか の 因 果作

に よ っ て作 られた もの で は な く

, 神々 に よっ てす ら作 られた もの で は ない , 常住 ・不

の 存 在である。

 

「すべ て の 存 在は

らか の 原 因か ら生 じた もの で ある 」 とい 縁 起 思 想そ 仏 教で ある とするな らば, 空間は非 仏 教的 な存在 として 否 定され るで あろ う。 現に , ナ ーガール ジュ ナ は

r

中論 頌 』

5

で 「虚 空

空 間丿」 の否

開してい る。 一 , 同 じくラ デ ィ カ ル な 「無我説」 に立つ 有部はそ れ を 「無 為法」 と し て 実在 視する の である。 それ こそ ナ ー ュ ナ の 直接 的な 批

で あっ たの で あろ う。

方,

 

「虚空

空 間

」 を観 念 的な

現 代風に言い 換えれ ぽ 思

做した の が経量

る。 か れ らは

験世

有とし て の

dharma

に 「

物質 (

」 の 二 つ の カ テ ゴ リー しか

め なか っ た か らである。 ナ ー ュ ナ の

継 者で ある

中観

派の

論師

た ち も, お そ らく世

的な

存在

と して は 「

て い 。 か く し て,

 

「空間」 に関 して も, そ れ を実

とみ なす 伝 統と仮 有 とみ なす 伝 統が並 行 し て

在し, 論 争が

わ されたの で ある が , そ の い ずれ も 「仏 教」 の

組み の な かで捉 えるこ とがるの で は ない だ ろ うか。 そ もそ も 「空

」 の

観念

を 完 全に排 除 する思想は, ニ ヒ リズム の極 致であっ て も, 仏 教的 とは

価で きな い の で はない だろ うか。

 

こ こ で 「真如 縁 起」 の 問 題

者が 「真

」 ・ 「法 性 」 と 「縁起」 を

谷 氏 が

別 され る理

が よく分か らない と言っ た の に対 し て,

袴谷

氏は 以下 の ように お

えに なっ て い る。

しずつ 区

っ て,

私見

えた い 。 こ こ に指摘 されてい る問 題は極め て大 きな問 題であるが, そ れ ゆ えに, 私 は これ まで か な りの い こ とこ の 問題

わ っ て きたの であり, 私な りの

解答

えて

たつ も り 。 従 っ て , こ こで, 右

用の

に簡 単に し か 触れ ない と して も, こ の 問題を私が

々 しく

っ た とは 思わ ない で頂

たい

  (

203

 赤

面の 至 りである。

者は必

しも

谷 氏の諸 論 文の熱心 な読 者で はなか っ た が, 次々 と刊 行され た 大部の

著書

はい ち早 く購入 し, 気に か か る論 文に は眼 龍谷大 学論集 一 11 一

(11)

を通して たは

る。 しか し, 氏が

構築

され た 「仏 教 思

史」 に

する十 分 な理解を得て い なか っ た の で あろ う。 「縁 起と真 如」 とそ れに関 連 する テ ー マ に つ い て, 氏は

1985

の 同

の 論 考 以

来数

多 くの 論

を 公

し て お られる が, その 全

み返し,

評 する こ とは現 時点で は不可

で ある。 し か し, そ の 一部を

め て

ん で

づい た こ とは, 「批 判

仏教

」 と 「場

」 とい う

の ル ーツが デカ ル ト の 「

哲 学 ーコ 「場 所 哲 学」 の 間 の 立軸に っ た とい うこ とで ある。 我が 国で後 老の 伝 統を

け 継い だの が 西 田

幾多郎

り, 中

雄二

で あっ た とされる。

っ て,

袴谷氏

の 「場所」 の

概念

を 正

に把 握 する た め に は, ここま で

っ て きた仏 教や イ ン ド

学の

だ けで は不十

り, これ らの 西 洋哲 学 者の 著 作に眼を通さなけれ ぽ な ら ない こ とに な る。 これは明 らかに

者の

力の限 界を超 えてい ると言わねば な らない た だ逃 げ口上 を言え ば,

者は

教思想の 分

は あ くまで

仏教

伝統

に則っ て, 仏教 用 語を用い て進め てい きた い とい う くらい である。 なお,

に 出版された

r

唯 識の 解釈 学

 

r

解 深密 経 』を読む 』

社,

1994 )

の 「まえ が

」 で は, 「

批判仏教

」 と 「場所 仏教」 が そ れぞれ 「

理 主

」 と 厂

事実

i

義」 とに よっ て 特

づけ られて い る。 こ こ で

1987年

に 書か れ ,

r

批判 仏教 』に 収め られた 「批 判 し て 学 問 末尾 , 当時の 袴谷氏の心情を よ く表し てい る と思 う一文を引用 し て お く。 さて, 本論 評の

を執 り始め て か らず うっ と, 「場所の哲 学」 とい う 「言

葉軽

視の

系譜

」 に

して は,

 

「批 判の

哲学

」 とい う 厂言

重 視の

系 譜

」 に よ っ て 戦っ て い かね ば な らない とい う気持ちで書 き続 けて きた つ もりであ るが, 人 間の 頭に は

脳 と左脳 がある よ うに , い くら前者を否 定し よ うが

者だ けに なっ て し ま うわ けで はない 。 … …

も楽 さ も知る こ との で きる人な ら

故 意に言

を失わせ よ うとする 「

哲 学」 に逃 げる こ と な く, 「批判の 哲 学」 の中で 正 邪を決 すべ きで はない だろ うか。

 

若々 しい意 気 込みに

れた文

る。 自ら

験し た こ とが ない 「瞑 想」や 「修行 , そ の 先に あ る 「悟 り」 や 「

脱」 を研 究主題 とす るこ とを避けて , もっ ば ら

教 認 識論 ・論 理学 とい う 「世

」 の 学を

研究対象

として

筆者 自

身, 共 感す る ところ が ない わけで は ない 。 西 洋哲 学の 伝

の 中で多

と も

勉強

し た とい える分 野 も 「」 で るが , ク ワイ ンを 通 して ラ ヅ セ ル に は じ ま 一

12

一  仏教における 〈場所〉の概念

(12)

る現

論理

, そ して英 米の 分

哲 学の 伝

かれ たの が, 筆 者の 唯 一 西

験で ある。 かつ て京 都大 学の 「哲 学」 の 主流で あっ た カ ン ト ・へ 一ゲ ル らの 「 ドイツ

観念

」 や 「西 田

哲学

」 に は

当時

か ら

和 感を感 じ, まっ た く

勉強す

るこ ともな く, 現 在に至 っ てい る。

論,

論,

PhD

, そし て

に は, そ れぞれ ナ ーガ ー ュ ナ, ダル マ キ ール テ ィ, ア ビ ダル マ

r

成 実

, そ して イ ン ド論理学の 「遍

論」 を選んだ が, い ずれ も

谷氏 の 「判仏 教

1

伝 統に属 する よ うである。 した が っ て,

 

「言

葉軽

視の 仏

」 よ りも 「言 葉 重視 仏教 知 的共 感 , 主 とし て

究し て きた とい え る。 た だ, 仏教に おける 「言 葉」 の 問題に関し て は,

谷 氏の ように二 つ の 仏 教を対 立 的に考 えるの で は な く,

 

「言

を重 視す る」 世 俗の レ ベ

視する 」 あるい は 「

拒 絶する 」 勝 義 レベ 伝 統 的 「二

説」 に よっ て 解 釈 すべ きで ある と考えて い る。

ぎ,

谷氏の ご

見を引 用 する。 か く断わ っ た上で, こ こ で は, 一 とだ け て お る。

 

「真如」 と 「法 性」 とが同義で あるとは私 も思っ てい る こ とで あ り, 従っ て, そ れ らが同置さ れて も私に は全 く異 存はない 。 問題 は, 「法性」 と同 置されて もよい 厂真 如 ,  「縁 起」 との 両者の 関 係なの で ある。 こ の 「

真如

」 と 「

関係 , 直

に 扱っ た

r

ニ ヤ ー

a

を利用 して 言 うとすれば,

前者

の 「

真如 (

tathat2

」 は 最 終の究 極 的場所」 とし ての 「虚 空

aka6a

」 と同置で きる もの で ある の に対 し,

者の 「縁 起

pratltyasamutpada

」 とは前 者の 「場所」 の 中 に

っ て そ の

の 因

果関

係が 「

縁起

」 なの で

る。

203

頁下 段

 

『ニ ラ ト ナ』 が 「虚空

 (

空 間

を最 終 究極 的 「場所 と見な し た こ とはすで に

認し た 。 そ れと

教の 「

真如

」 が 同置され るとい う点 が

者 は 同

で きな い の で ある。 ま た 「

縁起

」 が 「場

」 で

り, 「そ の 法の 因果 関 係」 である と言われる 点 も筆 者の 厂縁 起」 の 理解 とは 異 な る と 言わ ね ぽ な らない 。

pratltyasamutpada

とい う語は, 文 字通 り 「

何か に

依存

して 生じ るこ

意 味

教 的に は 「もろ もろの

dharma

が直 接 因

hetu

助 縁

pratyaya )

に依

し て生 じるこ と」 である。 袴谷 氏の お つ しゃ る 「その 法の 因

果関

係」 に 相 当する。 そ して これは 「諸 法」 とい う 「

象」 (object

に関す る 「記述」 (

description

)で あり, 記 述 対 象で ある 「直 接 龍谷大 学論集 一

13

(13)

因 と補 助縁 とに 依 存し て じる

(Pratltyasamutpanna

)諸 法

とは一 応区 別 さ れ な け れぽな ら ない 。 「空 間」 の 中に 位 置づ け られ るの は 厂諸 法」 で あ り, その 「諸 法」 に 関する 一般 的記 述 縁起 筆 者

し て い る。 対 象その もの

もしくは, それを指示 する

と対 象の

記述

別 され な け ればな らない 。 こ の ような意 味で ,

者は 「諸 法」 と 「縁 起」 と を区 別 するの で る。

諸法

在その もの で あ り, 「縁 起」 はその 諸法の 間に 成 立         す る関 係, すな わ ち 「因果 関 係」 に他な らない 。

 

一方, 「縁

」 は諸法に

する 正 しい 記

とい う意 味で 「

如」

真 実, 真 理

多様

諸法

に共通の 性

とい う意 味で 「

性」 で あ り,

 

厂諸 法の 原理」 の よ うな意 味で 「法 界」 で もあ 。 この ような意 味で, 筆 者は 「

縁起

」 と 「

真如

 

法 性

 

とを

等置

の で あ る。 もっ とも, これ らは諸 法 と 「

概念的

に は 」 区 別され

法を離 れて 別に存 在す る もの で もない 。 そ して べ て の

は因

に よっ て生 じる」 とい う 「縁 起」 の 真理は, それ を

発見

する仏

来)

が こ の れ る か否か に

わ らず

立 して い る

理である。 こ こ ま で は, 袴谷 氏の よ うに ラ デ ィ カ ル な 「無 我説」 の 立場に 立つ 仏 教

に よっ て も 承認され る の で は ない だろ うか 「縁 起」 や 「

如」 は , 我々 の 理

に従え ぽ, 言 語 的 ・観 念 的

存在

最終

の 「

極 的場 所」 (実 体

とし て の 「

間) 等 置され え らい の る。

筆者

が主 張したい こ とは, 厂

真如

 

法性

 

法界

」 などが 仏

初か ら 「究 極 的 な され て い た え な う点 。 以下の

谷 氏の 言 明か らす る と, こ の 点も同

してい た だ け るの で はない か と思 う。 氏は, 引 き続 き次の よ うに言われる。 こ の

桂 :

真如

縁起)

に つ い て , もともとの 仏

は 「縁 起」 とし て の 諸 法を包括 する 「

空」 の ご とき 「

め る し て っ た と思わ れるが, 「

為法」 の容 認 と共に次 第に 「場所」 と しての 厂

如」 を認め る よ うにな り, そこ に

包括

されて い る 「 一

法 (

sarva

dhar

a

と 「

 

tathat

関 係を 「一切法真如

sarva ・

dharmaparP

tathata

て捉 える よ うに な っ た。

203

頁 下段

 袴

も, 「も ともとの

教」 は 「場所」 として の 「真

」 で は な く,

筆者

が 言 うように 「

」 と等 置され る 真理 として の 「真 如」 を 認め て いた が,

縁起

理 に

配されない 「

為 法」 とい う

概念

入 され る と, 厂場

参照

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