仏 教
に
お け
る
〈
場 所
〉
の
概
念
一袴 谷
憲 昭 氏
へ の レ ス ポ ン ス ー桂
紹
隆
本
稿
は袴
谷憲
昭氏の 近稿 「思想 論争
雑考
」(
『駒
澤 短 期 大学佛教論
集』 第12
号
,2006
年
10
月
)
に対 する対話
の試
み で ある。 事の 起こ りは筆
者が2004
年11
月17
日, 畏 友石井公 成 氏の ご依頼
に よ り, 駒 沢 短期 大 学で 「袴
谷 ・松
本両 氏の 仏教
理解
に 対 する若 干の 異議 申し立て」 と題 する公 開 講 演を行
い ,松
本史朗
氏のr
仏教思想 論 田』(
大蔵出版,2004 年 4
月)
の 第一章 「仏 教の 批 判 的考
察」 と 袴谷憲
昭氏 の 「仏 教思想論 争 考」(
『駒澤
短期大
学佛
教 論 集』 第10
号 ,2004 年
10
月)
を取 り上 げ, い くつ かの 疑 問を 表 明した こ とに ある。「如 来蔵 思想 批
判
」 や 「本覚
思想
批判」 を は じ め とす
る多
くの著書
・論 考に より過 去20
年間
日 本の 学界に 大 きな波 紋を呼び起こ し て きた両 氏に 対 して , 仏教 学 者とし て一度
は何
らか の形
で 反応
を示さなけ れ ば な らない と長年考
えて い た が, 両 氏の 面 前 で私 見を開 陳す る絶 好の 機会を与え られた こ とになっ た。 講演後
,松
本 ・袴
谷 両 氏か ら口頭
で極
め て紳
士的
な解
答を頂い て, 恐縮
した覚
えが ある。 翌 年, 当 該講 演は若干の加筆
修正 を経て, 『駒 澤 短期 大 学佛 教論
集』第11
号(
2005
年10
月)
に公 表さ れ た。 さ らに 一年後
r
駒
澤 短期 大 学佛教論集
』第12
号(
最終
号)
を受
理 し,冒
頭に掲げ
た袴
谷 氏の 論 考を 見出 したの で あっ た 。 同氏か らは , 「思 想論争
雑考
」 を含
む多 くの 近稿
抜刷をお送
り頂
い た。 こ こ に記 る し て謝 意 を表
したい 。同
論考
は, 花 野 充 道氏の 「本覚 思 想 と如来蔵
思 想」(
『印度学
仏教
学 研究』第
54
巻 第1
号,2005
年12
月)
とと もに前 掲 拙稿
を取 り上げ, まこ とに真
摯な態
度
で筆者
の種
々 の疑
問に逐一答 えて い ただい た もの であっ た。 一読後
久し ぶ り に大 きな知的 快感を覚え, 氏 の 論考
に応え る形で 「対 話」 を継 続しなけれ ばな らない と感
じたの であ
っ た。本来
な らば,私
的文書
と して送付
されるべ きこ の 「研究
ノ ー ト」 をあえて 公 開 するの は,論争
の ル ール第
一条 と して 「い か なる 発 言 も公の 場で行
わ れ るべ きこ と」(
207
頁下
段)
をあげ
る袴
谷 氏の 主張
を と2
仏教における 〈場所 〉の概念 (桂 )(1) りあ えず 受 け入 れ た 上で の こ とである。
筆
者自身
は 講演
で 述 べ た よ うに 「対 (2) 論 相 手の 人 格を否 定 するよ うな個人攻
撃は行 うべ きで は ない 」 とい う考
えに変
わ りは ない の で,「い か なる発 言」 も許される とは考えて はい ない 。 し か し, 「もっ と楽し
く論争
し よ う !」 とい う私
自身の 言葉に忠 実で ある た め に もあえ て これを公 開 し,袴
谷 氏との今後
の 対話の 継 続を期 待す る もの で ある。袴 谷 氏の 拙論に対 する論
考
は ,次
の数
点に 整 理されよ う。(1
)
empty subject に 関する ラ ヅ セ ル ・ス トロ ーソ ン 論 争 とその イ ン ド的 展開
(
192
−199
頁)
。(
2)
仏教
に おける 「場 所」 の意 味 。「
真如
」 と 「縁起
」(199
−204
頁)
。(
3
) 仏教 を語る 「言葉」 の 問題(
204
頁)
。(
4)
「正 しい 仏
教
」 の 有無 (
204
−205
頁)
。(
5
) 論 文 公 開の 姿勢 (
205
−206
頁)
。(
6) 論争
の ル ール と公 開性(
206
−210
頁)
。 もっ とも重要
なの は,第
二 の論 点である。筆
者は講演で袴
谷氏が 批判の 対象
と する 「場所
仏教
」 の 「場 所の意 味
が よくわ か らない 」 とい う感想
を表
明 したの で あるが, それに対 し て氏は, すで に 「仏
教 思想論 争 考」(
170
頁,152
−162
頁
)
に お い て, 松本
氏の 「基体 (
locus
)
」 と 自身の 「場所(
topos
)
」 の 違い に つ い て説 明し た が, 再度
こ の 聞題を扱っ て み よ うと, 丁寧
に考
え を整
理 して く だ さっ た。「仏教 思 想論 争考」 は筆 者の講演の対 象とし た論 文で あるに もかか わ ら
ず
,十分
に読解
し て い ない 点 をお詫
び し なけ れ ばな らない 。 まず袴谷
氏の解
説 を引 用す る。 さて,私
の 言 うところの 「場所 (
topos)
」 の完
璧な姿
とは , そ の 「場所」 自体
が もはや それ 自体を 包括
する 他の もの を 場所 とは しない よ うな 最終
の 円周で 描か れ る 「円の イメ ージ」 なの で ある。 か か る 「場所」 は, ア リス ト テ レ ス が 「こ の 天界
は もは や他
の もの の うちに は 存 在しない(
ho
d
’ouranos ouketi en alloi
)
」 と言 っ て い る 「天
界
(
ouranos)
」 の ご とき も’
ので あ り, また, 仏 典が 「虚空 は なに か を場 所 とする こ ともな くなに か を
根基
とする こ ともない〔
そ れ自体
が最終
的 な場 所 な 〕 の である(
akagamaprat
嬉
hitam
anala 皿banam
)
」 と言っ て い る 「虚 空(
akaga )」 の ごときもの で ある とも見 做し うるが, 『
維摩
経 』は その 「天界
」 や 「虚
空」 に相
当す
る もの を 「無
住」(
aprati §thfi
, apratiSthana)
」 と言 う。(
200
頁上段)
袴
谷
氏は こ の あと 『維摩
経』 の 一節を 引用 され, そこ に登場 する 「無 住」 を 「〔
そ れ自体
は他を〕
場所
とするこ との ない もの」 と理解
して お られ る。 ち な み に 同経の 長尾雅
人訳 を見る と 「基底
がない こ と」 と訳
され 「どこ に もとどま り住 する こ とが ない , 住著
する こ とが ない , す なわ ち, よ るべ き基底
, 根底
が (4) ない こ と と解
した」 と注記
されて い る。筆者
は,袴
谷氏の複合語解釈
を支持す
る もの で あるが,pratiStha/
pratiSthfina
セこ対 する 「場所」 とい う訳 語は,意
訳
とし て はあ
りえて も,直訳
は長
尾訳
の よ うに 「よ るべき基底
,根底
」あ
る い は 「拠 り所」 が適 当で あろ う と考え る。 し た が っ て, 「無 住」 は 「寄るべ き基底
を持た ない もの , 拠 り所
を持た ない もの 」 と 目下の とこ ろ は 理解
して お く。その理 由の ひ とつ は ,
r
ブ リハ ッ ドア ーラ ニ ヤ カ ・ウパ ニ シ ャ ヅ ド』第
3
章
(6) の ヤ ージ ュ ニ ャ ヴァ ル キヤ とシ ャ ーカ リヤの 対 話(
3
.9
.19
−27
)
にある 。 こ こ で誇
り高
きヤ ージ ュ ニ ャ ヴァ ル キ ヤ は 「わ た し は 諸 方 位と(
方 位の)
神 々 , な らび に そ の 拠 り所(
pratis1ha)
を 知 っ てい る」 と宣言 し, 東 西 南北と天頂
の神
々 の拠
り所をす
べ て 「心(
h
;daya
)
」(
シ ャ ン カ ラ注に よ ると, 「ア ー トマ ン 」)
に 帰 し, その 心 の拠 り所を 聞かれて 「われわれ 自身 以外の とこ ろ にあ
る と考
え る な」 とシ ャ ーカ リ ヤ に恫喝
を加える。 さ らに 「あ なた と(
あ なた の
)
ア ーb
マ ンは何を 拠 り所
とし て い る のか(
kasmin
nu tvarp catma capratiSthitau
sthaiti
)
」 と問われて, ヤージ ュ ニ ャ ヴァ ル キヤ は 「気
息
」 と答
え, そ の 気息
は 「ア パ ー ナ」, ア パ ーナ は 「ヴ ァ ーナ 」, ヴァ ーナ はr
ウダ ー ナ 」, ウダ ーナ は 「サ マ ーナ 」 を拠 り所とする, と答 え, その後
に有
名 な 厂非 ず,非
ず」(
neti neti)
とい うア ー トマ ンに 言 及 するの で ある。 こ こで 「拠 り 所」 がい かなる意味
で 用い られて い るの か ,筆
者に は明らかで はない が, 未だ ア ー トマ ン を 最終
的な拠 り所 と明確
に規定
して い ない に せ よ,後
に 展開
する 「ア ー トマ ン ー元論
」 の萠芽
を読み取
る こ とがで きる。r
維
摩経 』の 「拠 り所 を持た ない もの 」 とい うよ うな否 定的表
現は用い られて い ない が,「X は
y
を拠
り所とす る」 とい う思 考パ タ ー ン は両文
献に 共通で ある。袴谷 氏に よ る と, この 「〔そ れ自体は他を〕 場
所
とする こ との ない もの 」 で ある 「無
住」 は, ア リス トテ レ ス の 「もはや他
の もの の うちに は存在
しない 天界
」, ヤ シ ョ ー ミ トラが引用 する経 典の 「なに かを場 所 とす るこ との ない 虚 空 」 と対比される 「最 終の究 極 的r
場 所』」 である。 こ の 最 終の 究極 的 「場 所」 は, 「円」 の イ メ ージ で表 される。 「その 中にr
一釖 法 』 が次々 とr
場 所』 とされ て い く」(
201
頁 上段)
か らで ある。「『 一切 法 』 は 決して 最
終
の究
極 的 『場 所』」 を越 える こ とはあ りえない 」(
201
頁上段)
と言われる。 言い 換 えると,4
仏教に お ける 〈場所 〉の概念(桂)「最終の究極 的場所」 とは, その 中に 一切 法を 包摂 する
(
円とい う よ りは)
「球」 の よ うな存 在である と筆者
は 理解
する。 そ れは 「天 球」, さ らに 「宇
宙」 を連 想させ るが, 事 実, 袴谷 氏 自身,「『
清
浄 法 界』のr
深閑
とし た無機的宇
宙 』を イメ ージした もの なの である」(
191
頁)
と 明言されて い る。 これは 明 らか に, 単 一の 「基体 (
locus
)
」 が 複数
の 厂超 基 体(
super ・10cus
)
」 を生み 出 すとい う松
本 氏の 「基体
」 の概
念 とは異 なるもの で ある。以上 の宇 宙に も比 すべ き 「最 終の 究 極 的場
所
」 は , あ くまで も 「最終の 究 極 的」 場所で あ り,単
なる 「場 所」 一般の説 明とはな らない の で は ない か 。 こ の 当 然起 こ る疑 問に対し て ,袴
谷氏は新
ニ ヤ ーヤ学
派のr
ニ ヤ ーヤ ・ラ トナ』 の 一節を 引用し て 「『場所
』 とそこ に 入 っ て い る もの との関係
」 を 明らか に して お られ る(
201
頁 下段一202
頁 下段)
。 原文
は省
力し, 氏の 和 訳の み を引
用する。 (7) また, a に おい てb
が存 在してい れ ば,b
が a の所 置 (
adheya)
であ り能
依
(
agrita)
で ありそこ に 存在 し て い るもの(
tad
−vTtti)
で ある とい われる。 し か し, a に おい て
b
が存在
して い る場合
の, a はb
の 場所(
adhi−
karapa
)
で あ り能
持(
adhara)
で あ り所
依(
agraya)
で ある とい われる。例 えぽ, 容器に お い て果 実が存 在し,
家
に お い て布が存 在し て い るとい う とき,果実
と布
とが所置 (
あるい は能依)
であ り, 容 器 と家とが能持 (あ
る い は所 依)
で ある とい うが ご とくである。し たが っ て,
袴
谷氏が想定 し て お られる 「場所
」 とは, 果実
を 入れるこ とが で きる 容器や布
が 収め られてい る 家の よ うに , 何らかの 他の 存在を 収 納する 「場 所」 である 。 氏が引用されるr
ニ ヤーヤ ・ラ ト ナ 』の 別の 一節を考慮
する と, こ の 「場所」 に存 在 する もの, 上 で 「能
依」な ど と呼ばれた もの は,何
か に存
在してい るdharma
とも呼ばれる。 同書に は言 及されない が, これに対 して 「所依
」 はdharmin
と呼 ぼれ, 両 者はい わゆる 「属性」 と 「基 体」(
こ (8) れ は松
本氏 の 言 う 「基 体」 で は ない)
の 関係に 相 当する。 し た が っ て, 袴 谷 氏の 「場所
」 は, 「容
器」 で あり, 厂拠
り所」 で あり, 「基 体」 で ある とい うこ とがで きる。 し た が っ て , 冒頭で 問題に した 『維
摩経』 の aprat壊
ha
/ apratisthana の 訳 語の 違い は, 本質
的な違
い で はない と認めなけれ ば な ら な い 。それで は こ の 「場
所
」 や 「拠 り所」 とい う概
念は, 袴谷 氏の 主張
され る よ う に非仏 教的
な考
えで あろ うか。 上に 言及した よ うに 目下 問題にな っ て い る 「場 龍谷大 学論集5
一所
」 や 「拠 り所
」 がイ ン ドに おける存
在論
の基
本概念
で あるdharma
(
属
性)
に対 するdhar
皿in
(
基体)
に相 当すると理解する な ら,袴
谷 氏の 主張を(
後
に 述べ る よ うな条 件 付に せ よ)筆者
も支
持 しなけれ ばな らない 。 思 い 返す と20
年
前,袴
谷氏は大 谷 大 学で 開 催された 印度 学 仏 教 学会で 「『維摩
経』批判」 と題 (9) する発表
を された。筆
者 も拝聴
し, 見 当違い な質 問まで した こ とを 思い 出す。 あま りに も過 激な表 現に反 発し て, 問題 の本質を真 剣に検討 する こ とな く今日 まで 時 間 が経 過 し た こ とを袴
谷 氏に は お詫
び しな けれ ぽ な らない 。ブ ッ ダが
残
され, 仏滅後
に 「結集
」 さ れ た様
々 な 「仏語
」 を体系的
に 組織化
しよ うとし た最
初の 試みが 「ア ビダル マ 」 で あるが, その要
点は, 宗教 的経験
を含
め たわれわ れの 経験 世 界をその 究 極 的な構
成 要素で ある複数
の 厂カ テ ゴ リ ー 」(
dharma
)
に 分析
し, そ れ らの カ テ ゴ リ ーに 所属
する個々 のdharma
の 間 の 複数の 「因 果関係」 を 解 析する こ とに あ っ た と筆 者は 理解して い る 。「五
蘊
」「十二
処
」「十八
界
」 な どの カ テ ゴ リー ,「色」
「
受
」「想」
「
行
」 厂識
」 な どの サ ブ カ テ ゴ リーは 「仏語」 中に 見 出される もの で あるが ,経 験 世界
を カ テ ゴ リーに よっ て 分析
す る思考方 法そ の もの は ,ア リス トテ レ ス を持ち出す ま で も な く,「
実体
」「性
質
」厂運
動
」「普遍」
「
特
殊」「内属」 の
「六句義
(
padartha)
」 を 立て る ヴ ァ イ シ ェ ーシ カ学派と共 通 する もの で ある。 こ の こ とは フ ラ ウ ワル ナ ー博
士や 梶 山雄一博士 に よっ て つ とに 指摘
された こ とで あ る。 ア ビ ダル マ 的 思考が ア リス トテ レス や ヴァ イ シ ェ ー シ カ 学派な ど と 異 な る点は, かれ らの カ テ ゴ リーの なか に 諸属
性(
dharma
)
の 「拠 り所 / 基体
」(
dharmin
)
と して の 「実体
」 を立て ない こ とで ある。 われわれの 「物質
」 の 観念
に相
当 す る 「色蘊
」 も,有
部の 「無表
色」 を 別にす れ ば,「五根
(
眼耳鼻
舌身)
」 と 「五境 (
色声
香 味触)
」 を下 位分
類とする が,後
者は通常
イ ン ドで は実体
の属
性 と見
做され るもの であ り, 前 者 も肉 眼 な どで な く 「視覚機
能」 な ど属
性の 部類に属
す るもの で ある。後
に ,有
部を嚆矢
と して , ア ビ ダル マ に もヴ ァ イ シ ェ ーシ カ 学派 流の 「原 子論
」 が導
入され, ニ カーヤ 以来
の 「四 元素論」 と共存
してい くが, ア ビダル マ の 「法の 体系」 の 中に 必ず
しもうまく溶
け込ん だ と は思わ れ ない 。 い ずれにせ よ, 因 果 関係に よっ て 生 じたすべ ての存
在(
有
為法)
は無常 (
刹那 滅)
で ある と主張
する有 部や経 量 部に とっ て , 通 常 「持 続 する存
在」 と見做される実 体は観念 的な存在 (仮有)
であっ て も, 実在(
実有)
で は あ りえ ない ので ある。 し た がっ て, わ れ わ れの経
験 世界
は, い か なる 「拠 り所 /基 体」 も持た ない複
数のdharma
(
属性)
に還
元され るこ とに な る。有部
や経
量 部ほ ど厳 格な 「刹那滅論
」 を持た なか っ た 上座部
も, こ の ような6
仏教に おける 〈場所〉の概念(桂 )
dharma
へ の還 元主義を共 有し て い る 。ア ピ ダル V 仏 教の 主 流が 「拠 り
所 /基体
」 を実有
とし て 認めなか っ た 理 由 は, 言 うま で もな く彼らが 「無
我 説」 の立 場 を採用 し た か らである。 ウ パ ニ シ ャ ヅ ド文
献 が確 立し, ジ ャ イナ 教な ども受け
入れた, 一見
刻々 と変化す
る よ う に見える人 間存 在の 背後にあ り, 変化 するこ と な く持 続 する 「主体
」(
認 識主体
,行為
主体
,輪
廻の 主体)
, すなわ ち 「ア ー トマ ン 」厂プル シ ャ」
厂ジ ーヴ ァ」 な ど とよばれる もの こそ, イ ン ド思想に おけ る究 極の 「拠 り所 /基体」 で ある。 こ の人 間 存 在の 究 極の 拠 り
所
を否 定す る(
人無 我 論)
老が, すべ て の 存 在に はい か なる実
体 的な 拠 り所 も存
在しない(
諸 法 無 我)
とい う形で 「無
我説
」 を拡大
した の は当 然の結果
で あろ う。した が っ て, ア ビ ダル マ
仏
教の 主流の よ うに, ま た 大 乗仏
教の主 流が少
な く とも教
理的
に は認
め るよ うに , 厂無
我 説」 が ブ ッ ダの 教えで ある とい う大前提
に立てば, 「拠 り所 /基 体」 や (袴谷氏の 言 うところの ) 「場所」 を実 在 と見倣
す言説
は非
仏教
的で ある と言わ なけれぽ な らない 。 換 言す
る と, 「拠
り所 / 基 体」 や 「場所」 の 否 定が 「無我説」 か ら論理的に帰 結 する か ら, 「無我説」 が 「仏 語」 である とすれば,厂拠 り所 /基 体」や 厂場 所」 を肯 定 する言説は仏 教で はない とい うこ とで ある。 上に ,
「
袴
谷氏の主張を(
後に 述べ る よ うな条 件 付に せ よ) 筆
老も支持
しな け ればな らない 」 と言っ た が, その 「条件」 と は, 「無我
説が 仏語である」 とい う前提である。 もし もこ の前提
が 崩れ る な ら,「拠 り所 / 基体」 や 「場所」 を
肯定
する言説は仏 教で はない と必ずし も主 張で きな くなるの である。筆者 自身
,2004
年
の駒澤短期大学
に お ける講演
で しば し ば 「仏教
は無
我説
で す」 と 明言 した が, そ の こ とは冒頭に 言 及 した 「袴
谷 ・松
本両氏の 仏 教理解
に対
する若干の 異議 申
し立て 」 に も記 録され て い る。 とこ ろが, その後
, 現 在 日 本の指導的
な初期
仏教
研究者
であ
る畏友榎
本文雄
氏か ら, 『サ ン ユ ッ タ ・ニ カ 一ヤ 』の 一経(
PTS
版
vo1 .4
,PP
.400
−401
)
を 指摘
された。 出家 者 ヴ ァ ッ チ ャ ゴ ッ タ に 「ア ー トマ ン は存 在す る か 」 と間われた ブ ッ ダは2
度に わ た り黙し て答
え ない 。彼
が 去 っ た後
, ア ー ナ ン ダに 「ど うし て説 明しなか っ た の か 」 と 問われて ブ ッ ダは,「ア ー トマ ンが存 在する 」 と答 えれ ば, ヴ ァ ッ チ ャ ゴ ッ タ は 「
常
住論」(
sassatavada)
に 陥る だろ うし,「ア ー トマ ン は
存
在しない 」 と 答えれば, 「断 滅論」(
ucchedavada )に 陥る だろ うか ら, 説 明し な か っ た(
無 記)
の で あると答えてい る。 両 極論を否定
する 「中道」 こそ ブ ッ ダの 真 意 で あろ うとい うの が榎
本 氏の ご意 見であ り, 少 な くと もニ カ ーヤ に 関する限 龍谷大学論集7
り, ブ ッダ が 厂
無
我 説」 を明言される こ とはない と教え られた の で ある。 した がっ て , 「無
我説
」 は 厂仏語
」 である とい う大前提
は 崩 れ去る こ とに な る。 か くして, 袴谷
氏の 主張
は , 「仏
教は無
我説で ある」 とい うア ビ ダル マ 以降
の伝
統的
な仏教解
釈に 従 うときに の み成
立する とい うこ とに な るだ ろう。 仏陀 自身
に とっ て は 「無我 説」 もひ とつ の 極 論で あっ た とい う点に, 今後
われわれは も っ と注意
を払わなけ れば な らない で あろ う。とこ ろ で, 「仏 教は
無
我 説である」 とい う伝統
の 中で, ど うして 袴 谷氏 が 「批判
」 される よ うな 厂如来
蔵」 や 「仏性」 とい う 「有 我説」 とも言うべ き教
義が展 開す る こ とになっ たの であろ うか。 袴谷
氏は おそ らく土着
バ ラ モ ン教
の 「ア ー トマ ン 論」 が仏 教に浸透 し た か らで ある と言われる で あろ うが ,筆
者は少
し見
解を 異に する もの である。 ア ビ ダル マ 仏教の 異端
であっ た 「プ ドガ ラ 論」 にその淵
源を 求め た い と考
えて い る。 仏教 内
部の最初
の最
も重要な教義的
対立 は 「プ ドガ ラ 」 と呼 ぼれ , 人間存
在の構
成 要素
で ある 五蘊
とは 「非 即非離
」 の関係
にあ
る と見做
さ れ,記
述不 可能
な 「人格
主体
」 を認
め るか否かであ っ た と言 わ れ る 。 プ ドガ ラ論 者達は ブ ッ ダがしぼ しぼ教 説 中に 「人」(
puggala )
に言 及 する こ と に もとつ い て , 「プ ドガ ラ は 仏語で ある 」 と考え た よ うであ る。 もち ろ ん, ア ビ ダル マ 仏教
の 主流は 「二諦
説」 を導
入 して , そ の よ うな教説
は世俗
的 な真
理 を説 くもの で あっ て , 「プ ド ガ ラ 」 は 五蘊
の 上 に 側 こ与
え ら れ た名 前に過 ぎない と批 判 し た の で あっ たが, プ ドガ ラ論 者は仏滅後
もブ ッ ダ は まっ た くの 非存
在となっ た の では な く, た と えぽ 仏舎 利 塔の 中に, われわれ には見
え ない 形で 「実
在」 し て い ると考えたの であろ う。 さ らに修行
を重ね, 悟 りを開 き, 解 脱 して い く聖者, そ れとは逆に輪 廻を繰 り返し て い く凡 夫に 一種
の 「主体性
」を認
め た の で あろ う。 その結果
, 正統
バ ラ モ ン教
の 「有我説
」 に限 りな く近い 「プ ド ガ ラ論」 が 登 場する ことになっ たの であろ う。 無論, プ ド ガ ラ論者達
は, あ くまで も 自説が 正統バ ラモ ン 教の 「実我 説」 と等 置される こ とに 抵 抗 したに違
い ない 。 想 像 的に し か議 論を進め られ ない の は , プ ド ガ ラ論
者は犢
子部
・正量部
な どの形で イ ン ド仏
教の 最後
まで代
表 的 な部
派 として認
め られてい た に もか かわ らず(
た と えば, デ ィ グ ナ ーガ は,チ ベ ッ ト の伝承 で は犢 子部で 出家
し た と伝
え られ る)
, その典籍
は 漢 訳やチ ベ ッ ト語
訳で その 一部
が残っ て い る だ けで あ り,これ まで主 と して 『倶舎論』 な ど対立 す る 学 派 の 批 判的資料
に もとつい て研究
されて きたか らで ある。 近年
の まとまっ た研究成
果とし て は,
Leonard
C
.D
.C
.Priestley
博士 のPudgalavada
Bnddhism
:
The
Realitpa
of theJndeterminate
Self
.(
Toronto
:Centre
for
South
Asian
Studies
,University
ofToronto
,1999
)
をあげて お きたい 。 同博
士 はイ ン ター ネ ッ ト上の 「
哲
学百科辞典
」(
http
:〃www .iep
.utm .edu/
)
に も その 要約を紹介
し て お られる。一方, 近
年
r
倶舎
論』「
破
我品」 を集
中 的に 研究
して こ られて , その成果
に よっ て昨 年龍
谷 大 学か ら博士号を授 与された武田宏
道 氏が指 摘されて い る よ う に , わ が国の学界
で は早
くか ら 「プ ドガ ラ論」 と大乗仏教教義
との関連性
が指
摘
さ れて きた よ うで ある。 た とえば, 坂 本幸男氏
の 「犢
子 部の有
我説 とその 論 難」(
『東 洋大
学紀
要』(第 5
巻,1948
年)
は,厂プ ドガ ラ論」 を 大 乗 仏 教の
如
来蔵思想
と関
連づけてい る。 最新
の如来蔵
思想 研究 成 果で ある,Michael
Zimmermann
博
士の ・4
BZtdaha
V
[lithin
:Tathagatagarbhasutra
,
The
Earliest
Ex21
・osition of theBu4aha
−Nature
Teaching
in
India
,(
Biblio
− thecaPhilologica
etPhilosophica
Buddhica
6
,
Tokyo
:The
International
Research
Institute
for
Advanced
Buddhology
,444
pages
,2002
, 同博
士 のHP
で pdf フ ァ イル 取得
可能)
も,如
来蔵
思 想の 思 想史
的背景
とし て 「プ ド ガ ラ論」 に言及し て お られる。上に 述べ た よ うに , ブ ッ ダ自身は 「ア ー トマ ン」 の
有
無に関し て 「無
記」 の 立 場を取
られた の で あるが, それを受
けた ア ビ ダル マ 仏教徒
た ちは,強
力 な 厂無
我説」 の 立場を取るもの と, 一種の 「有
我説
」 で ある 「プ ドガ ラ論」を取 るもの に 二 分された の で あろ う。 一 見 前老が仏教の 正統 説の 地 位 を獲 得し た よ うに 見えるが,後者
の伝
統は 「仏性
」 や 「如来
蔵」 とい う形で 生 き残 り,大
乗 仏教教
義の 一部を形成
した と考
え られる。前者
が仏教
に おけ る 一種
の 「ニ ヒ リ ズ ム」 の 伝 統を 形 成 し, 『般 若経』 やナ ーガール ジ ュ ナの 「空の 思想」 に受 け 継が れ た とする と, 何 らか の ポ ジ テ ィ ブな存
在を認め る後
者は 「識 一元論 」 と も言うべ き唯
識 学 派に受 け 継が れてい っ たの であろ う。 両 者は, 山口益 先 生が命名
さ れ た よ うに激烈
な 「無
と有 との対 論」 を交わ し た の であろ うが, 佐々木
閑 氏が部 派仏 教に関
して 立証 した よ うに , これ らの教義
的対
立は必ず
しも教
団 とし て の 「仏 教」 の 枠 組み を破壊 する もの で はなか っ た はず
で ある。 両派は互 い に相 手を 「仏教 徒」 として 承認し て い た はずであ り, 互 い の思想 的優
劣を競 うこ とは あっ て も,相
手を仏教徒
で はない と排
斥す
るこ とはなか っ たの で はな い だ ろ うか。 し た が っ て, イ ン ド仏教に は ,徹
底 的な 「無
我説」 の伝 統 と 「プ ドガラ論」 に代表
される緩
やか な 「有我説
」 の伝統
があ
り, そのいず
れも
「仏教
」 として認め る こ とができ
るの で は ない だ ろ うか。袴谷氏
には,論
理的徹底
性に 欠 ける とご批判を受 けるこ とで あろ うが, これが生 来の コ ン フ ォ ー ミス ト 龍谷大 学論集9
で ある筆 者の現 在の理解である。 こ の 二 つ の 流れ は, 中 国仏 教, チベ ッ ト仏 教 に も見 られ, 現代の 日本仏教に 至る ま で延々 と続い てい るの で は ない か と想
像
し て い る。 時に は 一 人の 仏教 老の なか に 両者が共存 して い る の で は ない か と思 わ れ る場合
もある。 袴 谷 氏が 「本覚
思 想」 や 「如来蔵
思 想」 を 「差 別 思想
」 の 源 泉である な ど とい う理 由か ら批 判されるの は結構で あるが, 「無
我説」(
そ し て,そ れを教理的に根 拠 付 ける 「縁 起 説」)
と相 容れない とい う理 由か ら 「仏
教
で は ない 」 と批判 されるの で あ れ ば, 上 に述べ た よ うに必ず しも正 し くない と考 えてい る。次
に 「真如
と縁
起」 の 問題
に入 る前に,袴
谷 氏が紹 介し て くだ さっ たr
ニ ヤ ーヤ ・ラ ト ナ 』 の も う一つ の引
用(
201
頁上段)
に触れて お く 。 『ニ ヤ ーヤ ・ ラ トナ』は, ニ ヤ ーヤ 派に と っ て も 「虚空(
akaga)
」 が そ れ を収
容するい かな る他の 場所も存 在 しない 「最終の 究極 的場所」 であるこ とを認め て い る。 袴谷 氏がか つ て 厂無住」 を 視覚化 す る ため に用い られ た 凹型 の 曲線は, 「容 器」 と し て の 「場所
」一般
の イ メ ージ と し て極
め て適切
であ り, そ れ が延
長 されて全 円を形成 する とき 「最 終の 究極 的 場所」 である 「虚 空」 の イメ ージ に到 達 する の で ある。 とこ ろで 「虚 空」 と漢 訳される aka ξa は , イ ン ドの 標準 的 なカ テ ゴ リー論を提 供する ヴ ァ イ シ ェ ーシ カ学派に よれ ば, 厂すべ て の もの に 存 在 と 運 動の 場を与 える, 唯 一 ・常 住で あ っ て 遍 在し, 運 動を有
しない実体
」 で あ り,音を伝える媒 体で ある こ とか ら 「エ ーテル 」 の よ うな ものだ と考え られる が, 要す
るに実体
としての 「空 間」 で ある。 イ ン ド仏教の 伝 統で は,袴
谷氏が 「仏教
思 想論争
考」(
154
−158
頁)
に お い て丁寧
に紹 介される よ うに, 宇宙の 構 造を論 じる際に水 輪 ・地輪 ・風 輪を最終的
に支
えるもの とし て 「虚
空」 が登 場する。 有部
は それを 「障 礙がない こ とを 自性 とし, その 中で は色が 〔自由 に〕
動 く」 と定 義され る無為法
であ
る と し,経
量部
はそ の よ うな 「虚
空」 は仮
有
・観 念的 な存 在で ある と主張
する(
か れ らの完成
さ れ た存在論
で は,観念的
な存
在は 常住で あ り, 実 在は刹 那滅な もの である)
。 仏教の 宇 宙論に登場 する虚
空は 「最終的
な拠
り所, 場所」 に他
な らない が, 有部
や経
量部
の虚
空は,実
有
か 仮有
か の違
い は あ るに せ よ, ヴ ァ イシ ェ ーシ カ学派と同様に 「空 間」 とい う性格
を持
っ て い る。 そして, もちろ ん 「空 間」 こそすべ ての存
在の 「究極 的 場所」に 他な らない で あろ う。こ の よ うに バ ラ モ ン教 学 と
仏教
教義
の 聞に は 「虚
空(
空間)
は最終
の究極
的 場所
で ある」 とい う共 通の 理解
が見
出される。 こ の こ とか ら直
ちに 「虚
空(
空 間)
」 とい う究
極 的な 「場所」(
拠 り所)
を 認め る の は仏
教で は ない と結論付
一10
一 仏 教に おける 〈場所 〉の概念 (桂 )け られ るの であろ うか。 「場所
仏
教」 を批判
される袴谷
氏は, 当然
その 通 りだ とお答えに な るだ ろ う。 しか し,筆
者は必ずし もそ う考え ない 。 時 間と と もに 空 間は, 人間の 思惟の基 本形式
を形成 す る もの で あり, イ ン ドに お い て も, 仏 教 ・非仏 教を間わず
, もの が存
在し運動
する場所
として の空 間 が 措 定された と考
え られる。 そ れ は何
らか の 因 果作用
に よ っ て作 られた もの で は な く(
無
為)
, 神々 に よっ てす ら作 られた もの で は ない , 常住 ・不変
の 存 在である。「すべ て の 存 在は
何
らか の 原 因か ら生 じた もの で ある 」 とい う 厂縁 起」 思 想こ そ 仏 教で ある とするな らば, 空間は非 仏 教的 な存在 として 否 定され るで あろ う。 現に , ナ ーガール ジュ ナ はr
中論 頌 』第
5
章
で 「虚 空(
空 間丿」 の否定
を展
開してい る。 一方 , 同 じくラ デ ィ カ ル な 「無我説」 に立つ 有部はそ れ を 「無 為法」 と し て 実在 視する の である。 それ こそ ナ ーガール ジ ュ ナ の 直接 的な 批判
対象
で あっ たの で あろ う。他
方,「虚空
(
空 間)
」 を観 念 的な存
在(
現 代風に言い 換えれ ぽ 思考
の 枠組
み)
と見
做した の が経量部
で ある。 か れ らは経
験世界
を構
成す
る実
有とし て のdharma
に 「心」 と 「物質 (
色)
」 の 二 つ の カ テ ゴ リー しか認
め なか っ た か らである。 ナ ーガール ジ ュ ナ の後
継 者で ある中観
派の論師
た ち も, お そ らく世俗
的な存在
と して は 「虚
空(
空間)
」 を認めて い たで あろ う 。 か く し て,「空間」 に関 して も, そ れ を実
有
とみ なす 伝 統と仮 有 とみ なす 伝 統が並 行 し て存
在し, 論 争が交
わ されたの で ある が , そ の い ずれ も 「仏 教」 の枠
組み の な かで捉 えるこ とがで きるの で は ない だ ろ うか。 そ もそ も 「空間
」 の観念
を 完 全に排 除 する思想は, ニ ヒ リズム の極 致であっ て も, 仏 教的 とは評
価で きな い の で はない だろ うか。こ こ で 「真如 と縁 起」 の 問 題に入る 。
筆
者が 「真如
」 ・ 「法 性 」 と 「縁起」 を袴
谷 氏 が峻
別 され る理由
が よく分か らない と言っ た の に対 し て,袴谷
氏は 以下 の ように お答
えに なっ て い る。少
しずつ 区切
っ て,私見
を加
えた い 。 こ こ に指摘 されてい る問 題は極め て大 きな問 題であるが, そ れ ゆ えに, 私 は これ まで か な りの 長い こ とこ の 問題に関
わ っ て きたの であり, 私な りの解答
を与
えてき
たつ も りで ある 。 従 っ て , こ こで, 右引
用の件
に簡 単に し か 触れ ない と して も, こ の 問題を私が軽
々 しく扱
っ た とは 思わ ない で頂き
たい 。(
203
頁)
赤
面の 至 りである。筆
者は必ず
しも袴
谷 氏の諸 論 文の熱心 な読 者で はなか っ た が, 次々 と刊 行され た 大部の著書
はい ち早 く購入 し, 気に か か る論 文に は眼 龍谷大 学論集 一 11 一を通して きたは
ず
であ
る。 しか し, 氏が構築
され た 「仏 教 思想
史」 に対
する十 分 な理解を得て い なか っ た の で あろ う。 「縁 起と真 如」 とそ れに関 連 する テ ー マ に つ い て, 氏は1985
年
の 同名
の 論 考 以来数
多 くの 論文
を 公表
し て お られる が, その 全体
を読
み返し,論
評 する こ とは現 時点で は不可能
で ある。 し か し, そ の 一部を改
め て読
ん で ,気
づい た こ とは, 「批 判仏教
」 と 「場所
仏教
」 とい う対
立軸
の ル ーツが デカ ル ト の 「批判
の 哲 学」 とヴィ ーコ の 「場 所の 哲 学」 の 間 の 対立軸に あっ た とい うこ とで ある。 我が 国で後 老の 伝 統を受
け 継い だの が 西 田幾多郎
であ
り, 中村
雄二郎
で あっ た とされる。従
っ て,袴谷氏
の 「場所」 の概念
を 正確
に把 握 する た め に は, ここま で行
っ て きた仏 教や イ ン ド哲
学の文
献
だ けで は不十分
で あり, これ らの 西 洋哲 学 者の 著 作に眼を通さなけれ ぽ な ら ない こ とに な る。 これは明 らかに筆
者の能
力の限 界を超 えてい ると言わねば な らない 。 た だ逃 げ口上 を言え ば,筆
者は仏
教思想の 分析
は あ くまで仏教
の伝統
に則っ て, 仏教 用 語を用い て進め てい きた い とい う くらい である。 なお,後
に 出版されたr
唯 識の 解釈 学r
解 深密 経 』を読む 』(
春秋
社,1994 )
の 「まえ がき
」 で は, 「批判仏教
」 と 「場所 仏教」 が そ れぞれ 「論
理 主義
」 と 厂事実
主i
義」 とに よっ て 特微
づけ られて い る。 こ こ で1987年
に 書か れ ,r
批判 仏教 』に 収め られた 「批 判 とし て の 学 問」 の 末尾か ら , 当時の 袴谷氏の心情を よ く表し てい る と思 う一文を引用 し て お く。 さて, 本論 評の筆
を執 り始め て か らず うっ と, 「場所の哲 学」 とい う 「言葉軽
視の系譜
」 に対
して は,「批 判の
哲学
」 とい う 厂言葉
重 視の系 譜
」 に よ っ て 戦っ て い かね ば な らない とい う気持ちで書 き続 けて きた つ もりであ るが, 人 間の 頭に は右
脳 と左脳 がある よ うに , い くら前者を否 定し よ うが後
者だ けに なっ て し ま うわ けで はない 。 … …言葉
を もて る身
の辛
さも楽 し さ も知る こ との で きる人な らば
故 意に言葉
を失わせ よ うとする 「場所
の 哲 学」 に逃 げる こ と な く, 「批判の 哲 学」 の中で 正 邪を決 すべ きで はない だろ うか。若々 しい意 気 込みに
溢
れた文章
で ある。 自ら体
験し た こ とが ない 「瞑 想」や 「修行」 , そ の 先に あ る 「悟 り」 や 「解
脱」 を研 究主題 とす るこ とを避けて , もっ ば ら仏
教 認 識論 ・論 理学 とい う 「世俗
」 の 学を研究対象
としてき
た筆者 自
身, 共 感す る ところ が ない わけで は ない 。 西 洋哲 学の 伝統
の 中で多少
と も勉強
し た とい える分 野 も 「論理学」 で あるが , ク ワイ ンを 通 して ラ ヅ セ ル に は じ ま 一12
一 仏教における 〈場所〉の概念(桂)る現
代
論理学
, そ して英 米の 分析
哲 学の 伝統
に導
かれ たの が, 筆 者の 唯 一の 西 洋哲
学体
験で ある。 かつ て京 都大 学の 「哲 学」 の 主流で あっ た カ ン ト ・へ 一ゲ ル らの 「 ドイツ観念
論」 や 「西 田哲学
」 に は在
学当時
か ら違
和 感を感 じ, まっ た く勉強す
るこ ともな く, 現 在に至 っ てい る。卒
論,修
論,PhD
, そし て博
論
の 主題
に は, そ れぞれ ナ ーガ ール ジ ュ ナ, ダル マ キ ール テ ィ, ア ビ ダル マ(
r
成 実論
』)
, そ して イ ン ド論理学の 「遍充
論」 を選んだ が, い ずれ も袴
谷氏 の 「批判仏 教1
の 伝 統に属 する よ うである。 した が っ て,「言
葉軽
視の 仏教
」 よ りも 「言 葉 重視の 仏教」 に知 的な共 感を覚え , 主 とし て研
究し て きた とい え る。 た だ, 仏教に おける 「言 葉」 の 問題に関し て は,袴
谷 氏の ように二 つ の 仏 教を対 立 的に考 えるの で は な く,「言
葉
を重 視す る」 世 俗の レ ベ ル と 「言葉
を軽
視する 」 あるい は 「言葉
を拒 絶する 」 勝 義の レベ ル とい う伝 統 的な 「二諦
説」 に よっ て 解 釈 すべ きで ある と考えて い る。引
き続
ぎ,袴
谷氏の ご意
見を引 用 する。 か く断わ っ た上で, こ こ で は, 一つ の こ とだ けを取 り上げて お くこ とに す る。「真如」 と 「法 性」 とが同義で あるとは私 も思っ てい る こ とで あ り, 従っ て, そ れ らが同置さ れて も私に は全 く異 存はない 。 問題 は, 「法性」 と同 置されて もよい 厂真 如」 と , 「縁 起」 との 両者の 関 係なの で ある。 こ の 「
真如
」 と 「縁起
」 との 関係に つ い て , 直前
に 扱っ たr
ニ ヤ ーヤ ・ラ ト ナ 』 の(
→
a
の 記述
を利用 して 言 うとすれば,前者
の 「真如 (
tathat2)
」 は 最 終の究 極 的 「場所」 とし ての 「虚 空(
aka6a)
」 と同置で きる もの で ある の に対 し,後
者の 「縁 起(
pratltyasamutpada)
」 とは前 者の 「場所」 の 中 に ある法
で あっ て そ の法
の 因果関
係が 「縁起
」 なの であ
る。(
203
頁下 段)
『ニ ヤ ーヤ ・ラ ト ナ』 が 「虚空」
(
空 間)
を最 終の 究極 的 「場所」 と見な し た こ とはすで に確
認し た 。 そ れと仏
教の 「真如
」 が 同置され るとい う点 が筆
者 は 同意
で きな い の で ある。 ま た 「縁起
」 が 「場所
の中
にあ
る法
」 であ
り, 「そ の 法の 因果 関 係」 である と言われる 点 も筆 者の 厂縁 起」 の 理解 とは 異 な る と 言わ ね ぽ な らない 。pratltyasamutpada
とい う語は, 文 字通 り 「(
何か に)
依存
して 生じ るこ と」 を意 味
し,仏
教 的に は 「もろ もろのdharma
が直 接 因(
hetu
)
や補
助 縁(
pratyaya )
に依存
し て生 じるこ と」 である。 袴谷 氏の お つ しゃ る 「その 法の 因果関
係」 に 相 当する。 そ して これは 「諸 法」 とい う 「対
象」 (object)
に関す る 「記述」 (description
)で あり, 記 述 対 象で ある 「直 接 龍谷大 学論集 一13
一因 と補 助縁 とに 依 存し て 生じる
(Pratltyasamutpanna
)諸 法(
もの)
」 とは一 応区 別 さ れ な け れぽな ら ない 。 「空 間」 の 中に 位 置づ け られ るの は 厂諸 法」 で あ り, その 「諸 法」 に 関する 一般 的な 「記 述」 が 「縁起」 で あると筆 者は理解
し て い る。 対 象その もの(
もしくは, それを指示 する語
)
と対 象の記述
は峻
別 され な け ればな らない 。 こ の ような意 味で ,筆
者は 「諸 法」 と 「縁 起」 と を区 別 するの で ある。諸法
は存
在その もの で あ り, 「縁 起」 はその 諸法の 間に 成 立 す る関 係, すな わ ち 「因果 関 係」 に他な らない 。一方, 「縁
起
」 は諸法に関
する 正 しい 記述
とい う意 味で 「真
如」(
真 実, 真 理)
であ
り,多様
な諸法
に共通の 性質
とい う意 味で 「法
性」 で あ り,厂諸 法の 原理」 の よ うな意 味で 「法 界」 で もある 。 この ような意 味で, 筆 者は 「
縁起
」 と 「真如
」「法 性」
「法
界
」 とを等置
するの で あ る。 もっ とも, これ らは諸 法 と 「概念的
に は 」 区 別され るが ,諸
法を離 れて 別に存 在す る もの で もない 。 そ して , 「すべ て の 存在
は因縁
に よっ て生 じる」 とい う 「縁 起」 の 真理は, それ を発見
する仏(
如来)
が こ の 世に 現れ る か否か に関
わ らず確
立 して い る普
遍的
な真
理である。 こ こ ま で は, 袴谷 氏の よ うに ラ デ ィ カ ル な 「無 我説」 の 立場に 立つ 仏 教徒
に よっ て も 承認され る の で は ない だろ うか 。 「縁 起」 や 「真
如」 は , 我々 の 理解
に従え ぽ, 言 語 的 ・観 念 的な存在
であ り ,最終
の 「究
極 的場 所」 (実 体)
とし て の 「虚空(
空 間)」 と等 置され る とは 考え られない ので あ る。筆者
が主 張したい こ とは, 厂真如
」「
法性
」「
法界
」 などが 仏教
の最
初か ら 「究 極 的な拠 り所」 と見な され て い た とは言え ない とい う点で ある 。 以下の袴
谷 氏の 言 明か らす る と, こ の 点も同意
してい た だ け るの で はない か と思 う。 氏は, 引 き続 き次の よ うに言われる。 こ の 両者
(
桂 :真如
と縁起)
に つ い て , もともとの 仏教
は 「縁 起」 とし て の 諸 法を包括 する 「虚
空」 の ご とき 「場所
」 を認め る こ とは決し て なか っ た と思わ れるが, 「無
為法」 の容 認 と共に次 第に 「場所」 と しての 厂真
如」 を認め る よ うにな り, そこ に包括
されて い る 「 一切法 (
sarva −dhar
皿 a)
」と 「真
如
」(
tathatの
」 との 関 係を 「一切法の 真如(
sarva ・dharmaparP
tathata
)
」 として捉 える よ うに な っ た。(
203
頁 下段)
袴
谷氏
も, 「も ともとの仏
教」 は 「場所」 として の 「真如
」 で は な く,筆者
が 言 うように 「縁
起
」 と等 置され る 真理 として の 「真 如」 を 認め て いた が,「