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『中支電気事業調査報告書』(昭和13年2月)の一考察

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『中支電気事業調査報告書』

(昭和

年2月)の一考察

目 次 1.はじ 2.構成 めに と概観

戦 「 3.「復 応 「 上 経 4.おわ 前期の上海・江浙電力産業に対 支 事変」による破壊の実相 興」への青写真 急措置段階 楽観」の陥穽 海か? 長興か? 営権掌握に向けて りに―計画の限界― する認識 筆者はこれ の論考をまと (対日協力政権 まで,アジア太平洋戦争下中 めてきた)。一連の論文を通じ ・傀儡政権)支配地域におけ 1.はじめに 国電力産業と日本との関わ てわたくしは,日本による る経済活動の一環として電力 りに焦点をあてたいくつか 占領地,あるいは親日政権 政策を考えた場合,いわ ゆる「支 事 の有する力量 にするため 読は,必要不 本年( 計画」(『立命 従来は未解明 変」段階から「大東亜戦争」 の本質が如実に反映している にも,「支 事変」勃発直後に 可欠な前提であると考えた次 年)初めに発表した拙稿「『支 館経済学』第 巻第5・6号, のままであった「中支電業組 段階への情勢変化の中にこ との中間的展望を持つに到 おいて示された,電力部門の 第である。 事変』直後,日本による 年2月に収録)は,かかる 合調査団」の概要,及びこ そ,昭和前期日本帝国主義 った。この問題をより鮮明 「復旧」計画の詳細な解 華中電力産業の調査と復旧 主題に対する習作であり, れに参加した石川芳次郎・ 辻秀男・竹内 理政策との関 かし,この時 のものが中心 調査団」自 いたものの, 直彦らによる同時代史的証 係性などについて,簡単にま 点で利用できた史料は,いず であり,肝腎の,一定程度は 身による報告書(乃至は復命書 発見・解読するには至ってい 言の分析,「復興事業」と日本 とめておいた(この論文は以 れも「外堀」を埋める程度 国家意思の形成を誘導した )については,かなり早くか なかったのである)。 国内における電力国家管 下,「前稿」と略記する)。し に位置づけられるべき内容 と思われる「中支電業組合 ら存在にこそ気がついて

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しかし,執念 に訪問した東京 時間に,レファ が史料を呼び寄せるとはまさ 都立中央図書館(有栖川公園 レンスにおかれた何冊かの蔵 にこれを指すのだろうか。過 )において,複写物の受取待 書目録をパラパラとながめて 日,別件の調査のため ちをしていたわずかな いると,瞬時,全身が 凍りつくような 年)に収録され 気事業調査報告 の丸にある国立 眼前に提供され 以上に,何故か 小稿において 衝撃が走った。『内閣文庫所 る「工業・工学」の「 書』(昭和 年)」と記されて 公文書館に急ぎ,閲覧を請 た。 年近く探し求めた史料 しら「あっけなさ」が不思議 は,以下この素材についての 蔵 昭和前期刊行図書分類目 電気工学」部分に,「中支電業 いたのである( 頁右)。翌日 求すると,5分もしないうち をようやく手に取った際,よ と実感されたのである。 紹介と初歩的な分析を主軸に 録』(国立公文書館, 組合調査団編『中支電 ,さっそく千代田区北 に, サイズの同書が ろこびや感激の気持ち ,第一に事実関係の確 認作業を進めて 向けた青写真が に註記は最小限 いては,本文中 あるが,大方か いく。その過程において第 内包する問題点について,大 に留め,『中支電気事業調査 で「括弧[頁数]」の形式を らのご批判とご叱正を期待す 2. 二に,「支 事変」直後に日本 まかに論及していきたい。尚 報告書』(以下,『報告書』と略 用いて示しておいた。備忘録 る次第である。 構成と概観 側が描いた「復興」に ,煩雑さを避けるため 記する)からの引用につ ともいうべき仕事では 国立公文書館 「内閣文庫/ 号付)/図書番 「 」という数 で記されている 中心とした写真 「内閣文庫」に保管される / 」であり,表紙右上に極 号 五〇/内閣官房総務課」 が記入されている(図1を参 ので,視察終了から直近に発 史料,また多くの図表も含ま サイズで本文 頁の『報 秘の角印が朱で押印され,表 とのシールが貼られ,左上方 照)。同書の「序言」は昭和 行された史料であることは間 れており,次のような章別構 告書』は,請求番号が 紙には「機密図書(書 部には通し番号らしき ( )年2月 日付 違えない。被害状況を 成となっている。 巻頭 巻頭 写 序 言 第一章 事変前 一,上 図 中支方面主要発電所図 真 閘北水電公司他十二葉 ニ於ケル中支ノ電気事業 海 (第 (第 (第 (第 (第 二,蘇 一章 第一図)上海附近供給 一章 第二図)上海附近三公 一章 第三図)閘北水電公司 一章 第四図)各社電力受授 一章 第五図)中支方面一万 州 区域図 司送電系統図 負荷曲線 関係図 ヴォルト以上送電線路図

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『中支電気事業調査報告

図1

書』(昭和 年2月)の一考察(金

『報告書』の表紙

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三,無 四,常 五,鎮 錫 州 江 六,南 (第 (第 七,蕪 八,杭 (第 (第 京 一章 第六図)南京附近主要 一章 第七図)南京首都電廠 湖 州 一章 第八図)杭州附近主要 一章 第九図)杭州電気公司 線路図 送電系統図 線路図 送電系統図 (第一章 第一表)上海各電 (第一章 第二表)主要都市 (第一章 第三表)事業整備 (第一章 第四表)電気方式 (第一章 第五表)汽機発電 (第一章 第六表)汽罐一覧 (第一章 第七表)主要送電 気事業概況 電気事業概況 並概要 機一覧表 表 線一覧表 第二章 事変後 一,上 二,蘇 三,無 四,常 五,鎮 六,南 ノ現状 海 州 錫 州 江 京 七,蕪 八,杭 第三章 応急措 一,応急修 二,応急ノ 湖 州 置並ニ復旧 理 経営方策 (第三章 第一表)各地別日本人所要人員並ニ配置表 三,復旧費 第四章 将来ノ 一,需要復 想定 (第三章 第二表)復旧所要 (第三章 第三表)所要復旧 発送電計画 旧並ニ増加予想 時日表 費一覧表

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二,将来 三,上海 第 『中支電気事業調査報告 ノ対策 附近発送電計画 一案 書』(昭和 年2月)の一考察(金丸) 第 両 二案 案ノ比較 (第四章 第一表)事変前 (第四章 第二表)閘北汽 (第四章 第三表)需要電 (第四章 第四表)需要電 (第四章 第五表)既設設 最高負荷表 力発電所新増設計画表 力復旧率並ニ増加率予想 力復旧並ニ増加率予想 備 (第四章 第六表)過不足 (第四章 第七表)第一案 (第四章 第八表)第一案 (第四章 第九表)第一案 (第四章 第十表)第一案 (第四章 第十一表)第一 (第四章 第十二表)第二 (第四章 第十三表)第二 電力予想 ニヨル閘北汽力発電所新増設 ニヨル上海附近送電線建設費 ニヨル上海附近送電線建設費 ニヨル閘北汽力発電所及上海 案ニヨル長興汽力発電所一五 案ニヨル長興汽力発電所一五 案ニヨル上海附近送電線建設 建設費 ,変電所建設費ノ部 ,送電線路建設費ノ部 附近送電網建設費概算表 四 送電線関係建設費 四 送電線建設費 費 (第四 (第四 (第四 変電所建設費ノ部 送電線路建設費ノ部 (第四章 第十四表)第二 海附 章 第一図)電灯需要家数電 章 第二図)電力需要家数電 章 第三図)杭州電気公司各 案ニヨル長興汽力発電所並ニ 近送電線網建設費概算書 灯個数増減状況 動機馬力数増減状況 月発電電力量曲線 一五四 送電線及ビ上 (第四 (第四 (第四 (第四 結 語 一,中支 章 第四図)上海附近電線建 章 第五図)上海附近電力潮 章 第六図)長興汽力(一五 章 第七図)第二案ニヨル上 方面ノ経済的重要性 設計画図 流図 四 )送電線建設計画図 海附近電力潮流 上海 支 江蘇 自家 二,電気 三,工業 工業地帯ノ分布状態 棉紡績工場ノ地域的分布 浙江両省電気事業ノ全国的位 用発電設備所有工場数 事業経営権ノ確保 復興ヘノ対応策 置

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四,外資電力会社ニ対スル対策 ** (以上) このうち,第 の解読を通じて 次にこれらを鳥 『報告書』に 日までと判明し 各位ノ御高庇」 定したと考えて 二章までの内容は,おおむね 新たに判明した史実,あるい 瞰しておこう。 よって,中支電業組合調査団 た[1頁]。また,活動その によると明記してあるので 良いだろう。 既知の範囲の枠内と読みとれ は細部にわたる理解が可能と の現地視察公式日程は, ものは,「陸海軍部外務省興中 [1頁],復旧作業を指揮した る。しかし,『報告書』 なった部分もあるので, 年1月 日から2月6 公司並ニ現地出先官民 官庁なども,これで確 さらに,これ されていた[2 工学科卒,東信 に転じ副社長に たがって中支電 などの項目は, 後の第一回目の 工学科出身者も までに固めた団員以外に,東 頁]。 年に愛媛県で生ま 電気を経て電力国家管理実施 就任, 年に 歳の生涯 業組合調査団のメンバーは, 既に前稿において分析して 視察だけに,東京帝国大学工 織り交ぜた高度な知識を有す 信電気技師の渡部兼雄が参加 れた渡部兼雄は, 年に京 後は日本発送電に勤務,戦後 を終えた「3世紀を生き抜い 最終的には表1の如く実証さ あるので解説をくりかえすこ 学部電気工学科を主軸に,京 る相当数の専門家を動員した していた新情報も記録 都帝国大学工学部電気 には四国電力株式会社 た電力屋」である)。し れたのであった。経歴 とは避けるが,「破壊」 都帝国大学工学部電気 感がある。 戦前期の しかしながら 海・江浙電力産 と辻秀男には, る傾向があった いなかったので 上海・江浙電力産業に対する より注目すべきは,戦前期 業に対する認識・評価であろ 中国資本に対する「幼稚性」 ことを指摘しておいたが),こ あった。 認識 中国電力産業の中でも最先端 う。前稿における筆者の分析 ,及び建設委員会による「国 れは『報告書』において,必 の位置を占めていた上 では,特に石川芳次郎 家管理貫徹」を強調す ずしも基調を奏でては すなわち,「 様等ヨリ推スル 途上ニアリシモ ノ急増並ニ負荷 (仏租界ヲ供給シ ヲ有スルモノニ り,特に民族系 支 人経営ノモノノミニ就テ トキハ事変前ニ於ケル該地方 ノト想像セラル。斯ル黎明期 率ノ上昇極メテ顕著ニシテ 水道ヲ兼営ス)等ノ如ク,既ニ シテ,是ニ多大ノ将来性ヲ 発電所は「黎明期」ゆえに大 見ルニ,設備ノ更新状態並ニ ハ,此四,五年来漸ク革新ノ ニ在リテハ何レノ国ニ於テモ ,此点外人経営ノ上海電力公 或ル程度ノ飽和期ニ到達シ居 認メラルルモノナリ」[3頁] きな「将来性」があるとの認 最新優秀設備新設ノ模 緒ニ就キ黎明的発展ノ 然ルガ如ク,電気需要 司,法商電車電灯公司 ルモノトハ格段ノ相違 といった総論にある通 識が表明されている。 但し,この と一蹴された外 電所それぞれに される。そして 閘北水電 線ヲ幹線 「将来性」の根拠・基準が問題 資系発電所に対する簡単な ついて戦前段階の様々な考察 ,個別の発電所とその所在都 ……「国民政府ノ最モ力ヲ注 トシ,電気事業ノ統制ニ努力 となるであろう。『報告書』 分析を行った後[3 9頁], を,主に現地残留文献を中心 市・地域に対して,次の観察 ギタルモノニシテ,三三,〇 セシモノナリ。会社ノ電源ハ においては,「飽和期」 占領下各地の民族系発 として実施したと判断 ・評価を記す。 〇〇[ヴォルト]外輪 自己発電ノ外,国民政

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『中支電気事業調査報告書』(昭和 年2月)の一考察(金丸) 表 氏 名 内 藤 熊 喜 団長・日 表 職 本電力副 1 中支電気事業調査 務 社長 年熊本 び,第一期 た後, に際して, も, 年 理として入 て, 年 創立ととも 団の構成 県生まれ 生として 年に実業 職歴を買 に病気辞 社。営業 に日本電 に副総裁 人員一覧表 略 歴 。県費生として東亜同 卒業。同校,及び湖南 界入りする。 年の われ東省実業会社専務 職。翌 年には東 部次長・名古屋支店長 力専務取締役に転身。 となり,北京へ転居し 文書院商 省で教員 東洋拓殖 取締役に 電力に調 ・常務代 年の た。 務科に学 をつとめ 満洲進出 就任する 査部長代 理等を経 華北電業 岡 部 榮 一 団長代理 役 松 根 宗 一 団員・電 団員・九 役 貝 貫 一 ・東京電 力聯盟書 州水力電 灯常務取締 年生ま 水力電気 課長・調査 に就任。後 記長 年生ま を経て電力 業株式会社 気常務取締 年生ま 船・鬼怒川 長・建設課 設 れ。 計係長を 部計画課 に朝鮮・ れ。 聯盟に転 代表取締 れ。 水電を経 長などの 管理部門に転じた。 年に東京帝大電気工学 経て,東京電灯に入社 長・調査部長などをつ 江界水力電気の取締役 年に東京商大卒業後, 身。のちに華北で創立 役に栄転する。 年に東京帝大電気工学 て, 年に九州水力 現場を経て,取締役・ 科卒業後 ( 年 とめ,常 に転ずる 日本興業 された東 科卒業後 電気に入 常務副社 ,猪苗代 ),工務 務取締役 。 銀行勤務 亜電力興 ,三菱造 社。技師 長などの 熊 巳 義 憲 団員・広 関 龍 一 団員・大 島 崎 哲 夫 団員・東 辻 秀 男 団員・宇 島電気取 同電力工 電力荷 治川電気 団員・熊本電気常 締役 年生ま 根電気の 業取締役に 務課長 年に東 重課長 年に東 電気課長 年生ま 電気に入社 もない, となる。 社 れ。広島 長などを 就任した 京帝大電 京帝大電 れ。 ,電気課 年には 務取締役 年生まれ, の名望家出身。広島電 兼務し,「支 事変」 。 気工学科卒。 気工学科卒。 年に京都帝大電気工学 長・工務部長を歴任し 関西配電大阪支社技術 気・広浜 後には東 科卒業後 た。同社 部長兼主 年に東京帝大電気工学科卒業後 鉄道・島 亜電力興 ,宇治川 解散にと 任技術者 に官界入 上 妻 博 津 田 元 男 団員・日 長兼技師 堀 内 弟 助 団員・大 団員・京 本電力調 日本電力 都電灯常 り。大阪逓 本電気常務 査課第二係 不明 常務取締役 年生ま 所長・二本 大日本電力 務取締役 年生ま 電灯・名古 信局電気 取締役に れ。 松電気取 と朝鮮・ れ。 歳 屋電鉄を 時期に同志社普通学 課長・電気局技術課長 天下る。 年に山口高商卒業後, 締役・北海道合同電気 開城鉱業の常務取締役 で東京電灯神田発電所 経て, 年に京都電 などを歴 北海電灯 社長など もつとめ 見習とな 灯技手と 校に編入。三高を経て, 年 任後,熊 秋田事務 を歴任し, る。 り,静岡 なり,同 に京都帝 石川芳次郎 竹 内 直 彦 団員・東 渡 部 兼 雄 団員・東 信電気技 信電気技 (出典) 拙稿「『支 事変』直後,日本によ 大電気工学 務課長・営 務取締役 京福電鉄社 師長 年生ま 鉛鉱業・桂 長などを経 師 年生ま 東信電気・ 社長となる に 科卒業。 業課長・ 就任,後 長となり れ。 川発電所 て,東信 れ。三高 日本発送 。 年 る華中電力産業の調査と復旧計画」(『立命 同年,京都電灯に技師 取締役兼営業部長を経 に副社長となる( , 年没。 年に東京帝大電気工学 ・東京電灯出張所長・ 電気取締役に就任した を経て 年に京都帝 電を経て,戦後は四国 没。 として再 て, 年)。 科卒業後 吾妻川電 。 大電気工 電力に勤 経済学』第 巻第5・6号, 年) 入社,工 年より常 年には ,大阪亜 力電気課 学科卒。 務し,副 頁,及び 頁より作成。ま 四国の名ロータリアン列伝 た,渡部兼雄 」(『 については,『会員氏名録』昭 』 , 和十一年用 年2月, (学士会, 年) 頁,及び 国際ロータリー第 地区)1 太田英章「 頁を参照。 四国は一つ,

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府ノ意ニ 架空並地 タル道路 反シ上海電力ヨリノ買電ヲ継 中送電線ハ上海市政府附近ノ ニ沿ヒ,架空線ハ鉄柱及コン 続シ居タリト伝ヘラル。三三 道路計画ニ依ル道路或ハ西部 クリート柱,支持碍子ハ大部 ,〇〇〇[ヴォルト] ニ於テハ中山路ノ坦々 分一〇吋懸垂碍子,西 部ニ於テ クラツド 頁] 華商電気 〇[ヴォ 以テ浦東 浦ニ供給 ハ硝子碍子ヲ用ヒ,又途中ノ 」ノ器具ヲ用フル等,近代設 。 ……「同発電所ハ自己発電ノ ルト]配電線ヲ以テ自己ノ区 電気ニ,又中山路変電所ヨリ ス」[ 頁]。 三変電所建物ハ「コンクリー 備ヲ誇リ,相当力ヲ注ギタ 外法商電車電灯並ニ閘北水電 域ニ供給スル外,五,五〇〇 三三,〇〇〇[ヴォルト]ヲ ト」建ニシテ「メタル ルモノアルヲ見ル」[ ヨリ買電シ,五,五〇 [ヴォルト]水底線ヲ 以テ泗 ヲ経テ松江珠 浦東電気 (五,五〇 リタルモ ス。下流 頁]。 華電気 受電ニ依 蘇州電 ……「同社ハ自己発電小量 〇[ヴォルト])下流ニ於テハ ノナリ。同地ハ黄浦江岸碼頭 飯田桟橋対岸方面ハ工業地ト ……「供給区域ハ小ナルモ閘 リ営業ス。成績甚タ良好ナリ 気……「電気事業方面ヨリ見 ニシテ,其大部分ハ,黄浦江 閘北水電(六,六〇〇[ヴォル 倉庫等ヲ全面トシ,後方ニハ シテ将来 人ノ進出スヘキ 北区域ノ住宅密集ノ地ニアリ ト云フ」[ 頁]。 ルトキハ,躍進的計画的価値 上流ニ於テハ華商電気 ト])ヨリ受電営業シ居 支 人ノ下級住宅散在 地域ナラン乎」[ ,専ラ閘北水電ヨリノ ハ認メ難シ。只蘇州, 無錫,常 綿五穀ノ 戚墅堰発 常州ノ間 ル」。そ 各二回線 部分工業 州何レモ大運河(杭州,北京 産出アルヲ以テ,紡績精米製 電所……「本発電所ハ元民営 大運河ニ沿フ。附近工場地 して「仝発電所ノ発電ハ大部 ,常州ヨリ更ニ丹陽,宜興ニ 用電力ナリ」[ 頁]。 間)ニ沿ヒ,飽和セル人口ハ 粉等ノ工業ハ起業シ得ヘシ」 ナリシガ,昭和三年ヨリ国営 ニ適ス。此ノ附近ノ大運河川 分三三,〇〇〇[ヴォルト] 一回線宛延長ス。発電所設備 工人募集ニ宜シク,又 [ 頁]。 ニ移ス。発電所ハ無錫, 幅ハ五〇米位ト目測サ ニ逓昇シ,無錫,常州 ハ斬新ニシテ供給ハ大 武進電気 有限公司 ト]ヲ以 電気廠ハ 給シタル 大照電気 「発電所 ……「常州ハ小都邑ナルモ紡 経営ノ武進城外総発電所ニテ テ受電ス。事変前,常州総負 最大二,〇〇〇[キロワツト モノナリ」[ 頁]。 ……鎮江は「揚子江ニ臨ミタ ハ汽力ニシテ新設汽機三,五 績工場等在リ。同地ハ北城外 供給スル外戚墅堰発電所ヨリ 荷ハ約五,〇〇〇[キロワツ ]一日三〇,〇〇〇[キロワ ル小都邑ナルモ,相当繁栄 〇〇[キロワツト]ノ外ニ三 ニアル武進電気廠股 三三,〇〇〇[ヴォル ト]ニ達シ,其内武進 ツト,アワー]程度供 ノ地ナルガ如シ」。大照 ,〇七〇[キロワツト] ノ旧設備 首都電廠 三年(民 シタリト 〇〇[キ 備ニシテ アリ。計六,五七〇[キロワ ……「同地ノ電気事業ハ元江 国十七年)中央建設委員会ノ 云フモ詳ナラズ)現在発電所二 ロワツト](五,〇〇〇[キロ ,揚子江岸ニアリ。旧設備上 ツト]ナリ」[ 頁]。 蘇省営ナリシモ,南京遷都ト 直轄トナリ,首都電廠ト改ム アリ,何レモ汽力発電所ニシ ワツト]二台一〇,〇〇〇[キ 立方門発電所一,〇〇〇[キロ 共ニ市営トナシ,昭和 。(昨年五月再ビ民営ニ移 テ下関発電所三〇,〇 ロワツト]二台)ハ新設 ワツト]ハ,六〇[サ

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イクル のよう 設備ハ 『中支電気事業調査報告 ]ニシテ城ノ南郊ニアリ, に評される。すなわち「支 何レモ新シク購入機器亦技術 書』(昭和 年2月)の一考察(金 予備トシテ平常閉鎖ス」。送電 ニ於ケル最高電圧送電線ナ 的先端ヲ行ク。電柱ハ木柱 丸) 技術などについては,次 リ。変電所ハ十余ヶ所アリ。 ヲ相当ニ見受クルモ「コン クリー 奇ヲ避 明遠電 シテ, 乍ラ纏 アリ。 ワツト ト」柱ノ多キコト注目セラル ケ健実ナル経営ヲ要スルモノ 気……蕪湖は「揚子江ニ臨 対岸ニ准南鉄道ノ終点アリ, リタル地区ノ感アリ。同地ハ 六四〇[キロワツト]一台, ]ナリ。他ノ事業者ガ山東炭 。従来ハ拡張工事ニ熱中セ ト思ハル」[ 頁]。 ム小邑ナレドモ,附近農産物 准南炭ヲ搬出ス。電気事業 明遠電気公司ノ経営スルト 一,五三〇[キロワツト] ,開 炭其他ノ雑炭ヲ用フ ルモノノ如キモ,将来ハ新 (米,菜種等)ノ集散地ニ 上ヨリ見ルトキハ,小単位 コロニシテ,汽力発電所一 一台,計二,一七〇[キロ ルニ,当所ハ専ラ淮南炭ヲ 用フ, 杭州電 本拠, トシ, につい ワツト 〇〇 位ナリ 瓲約一二円ナリシト云フ」[ 気……「杭州ハ浙江省第一ノ 風光明媚ノ地ナリ。気候風光 次ギニ無錫―戚墅堰―常州 て「銭塘江岸閘口発電所ハ昭 ]二台,計一五,〇〇〇[ [キロワツト]一台アリ。設備 ト云フ」と報告されている 頁]。 大都ニシテ,銭塘江ニ臨ミ, 共ニ日本人ニ適ス。今後 ノ間,第三ニ杭州蕪湖ノ順序 和五年新設セラレタルモノ キロワツト]。艮山門ハ東北城 古ク現在可能発電能力ハ, [ 頁]。 人口約六十万浙江財閥ノ 人ノ進出ハ上海附近ヲ第一 ヲ可トスルガ如シ」。設備 ニシテ,七,五〇〇[キロ 外ニアリ残余設備二,〇 一,五〇〇[キロワツト] このような おいては,わ 電気, 杭州 人を主体とし 特に,上海 わち「閘北水 実ニ此処ニア 個別の発電所に対する評価は ずか数時間程度の視察から導 電気に対するコメントにあ た「開発」の余地,更に「収 ・閘北水電の営業区域に対し 電区域ハ新市政府滬西電力区 ルモノト考ヘラル。黄浦江下 ,前稿において明らかにし き出されたものである。そ る通り,「将来性」を有すると 益性」を尺度とした評価で ては,以下の如き強い期待 域ヲ包擁シ,最モ将来性ニ 流左右両岸ハ広野ニシテ, た通り,上海以外の地域に して, 閘北水電, 浦東 の認識は,他ならぬ日本 あったといえないか。 感が明言されている。すな 富ミ,日本将来ノ発展モ又 左岸新市政府ヨリ呉淞ニカ ケテハ臨港鉄 建設スベキ 〇銭)ハ企業 日本による 「支 また,『報 道,飯田桟橋等アリ。又当所 絶好ノ拠点ト考ヘラル。同地 家ノ着目スベキ点ナリ」[ 「復興」事業の本質を,見事 事変」による破壊の実相 告書』のもう一つの特色は, 附近ハ租界ノ咽喉ヲ扼スル 方労銀ノ低廉ナルコト(紡績 頁]。 に提示する一文であろう。 「支 事変」による破壊の状 点ニ於テ, 人ノ新上海ヲ 男工一円以下,女工三〇―五 況が,極めて詳細に整理さ れている点に う限られた範 唆している 勘案せねばな さらに興味 値である。概 所在している。その概要を, 囲での観察記録ではあるが, のではなかろうか。無論,「上 らぬ課題である。 深い指摘は,各発電所の営業 算の域を出ない数字であると 表2に整理しておいた。発 各地における戦闘行為の規 海に厚く,地方に薄い」実地 地域内における「需要家数 思われるが,次に紹介して 電所及びその関連施設とい 模・程度を,ある程度は示 調査の在り方は,十分に 」とその「被害程度」の数 おこう。

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表 発 電 所 上海電力公司 「主要部 法商電車電灯 公司 「事変ノ 汽罐は砲 ハ 影 弾 発 電 機 は 表2 発 電 何等損 響殆ン で損傷 一 号 機 は 大 損 ,三号 「支 事変」による発 部 門 傷ヲ受ケズ」。 トナキモノト認ム」。 ,特に第三罐の破損大。 電 淞 , 四 号 機 傷 を 被 る が, 二 号 機 で 電 所設備 変 電 滬路変電 ,上海電 力役 機 の損傷は 供給中。 の破損状況 部 門 供 閘北の 滬西電 以 所の損傷は軽微 市 力 下 力より受電した を日本軍に 線の内 傷が数 , 基 給 地 場は戦禍 への買電 に減少。 の 架 空 前者は支 ,後者に し。 域 を被り, 量は3万 線 ・ 地 中 持物に損 は損傷な 閘北水電公司 軽微。 配電盤・ 難。 母線油入 蓄電池は 主要変圧 の冷却管 要。 発電所は 機・2号 メ 全 な 戦 機 機はガバ されておナり ーター 断器は て取替 器は, どが破 禍を受 はガバ ーとエ ,三菱 華商電気公司 2ヶ月で発電が可 類は,破壊され復旧困 ,ほとんど無傷。 が必要。 製 損し,熔接・乾燥が必 けてはいないが,1号 ナー主要部全て,3号 第 の 盤 し 変 傷 第 器 も 中 い マーゼンシーが取り外 で代品を製造中で,約 一変電所 大半に弾 ・蓄電池 ,建造物 圧 器 で 。 二変電所 ,蓄電池 ,その他 山路変電 損傷のみ 能か。 は,ラジエター 痕があり,配電 は全て新設を要 も修理が必要。 は 1台のみが無 は,配電盤の計 は取替を要する の損傷はなし。 断線箇 真如鎮 も破損 配電線 め大半 て避難 所は,計器に軽 。 松江方 電線の 所 ・ が は が し 面 損 南市の が戦火 「 で は無数に 嘉定県へ 多い。 交戦地で 破損し, ている。 への 傷は軽微 支 人街 焼失し, いため点灯せず。 存在し, の電線に あったた 住民も全 送 。 」は大半 電源がな 1号機・ 社のみな 給が可能 浦東電気公司 従来は受 め,応急 しかし, 機が行方 華電気公司 受電専門 3 ら 。 電 発 直 不 の 蘇州電気公司 約するた蘇州では戦 号機の の何れか ず閘北 に拠っ 電の要 接の戦 明。こ ため自 闘がな に 時 爆撃や炮火の影響 ,2号機の が運転できれば,自 浦東の区域にも電力供 ていたが,閘北・華商の破 あり。 禍は受けていないが,汽機 れは「経営者隠匿セルモノ ら発電せず。「配電区域ハ殆 損 の ナ ド く, 製 を から 時までの定時操業, 運 により不 ガバナー リト云フ 戦禍ヲ被 転中。 はないが,汽罐3罐のホッパーが損傷 可能となったた ,及び補助電動 」。 配電線 度。 電源が 南市の リ居ルモノト推定セラル」 の な 発 。 ただ,貯炭を節 の被害あ 破損は いため点 電再開を 送 電 線 り。 ,主変圧器と油 送 電 線 %程 灯せず, 待つ状況。 に は 相 当 の 被 害 は 戚 墅 堰 電 廠 入 断器 5台の内 母線計器 武 進 電 気 廠 事務所は 発電所に している は , 用 爆 は 。 大照電気公司 鎮江は爆 年 撃 全てド 製 変圧器 撃で廃 被害な を受け 月の負荷 ,深夜 レーングバルブが抜かれ, ,及び 製 も火災のため大修理が必要 墟と化した。 く,自治委員会によって1 更 。 月 たが発電所関係はほとんど が , 月末が 被 に放火の 日以降 害なし。 程度 程度であり,軍の監督保護下で ために主変圧器 は完全に焼失。 少ない 従業員 無錫は を受け が振新 して応 , 時から1時まで最大 。 は 配 て 紗 急 。 年1月 日には,昼 全員逸走 電設備が おり,自 廠自家発 点灯の準 を軍 間 同社従業員が就労中。 している。 相当被害 治委員会 電を利用 備中。 用に供給 ,初夜 首 都 電 廠 下関発電 上立方門発 攻略戦後 日より一 軍用の電 供給し始 明遠電気公司 蕪湖は爆 師団経理 量1日 所 電 , 部 灯 め 撃 部 杭州電気公司 閘口発電 艮山門発 所 電 の配電 所は被 上立方門 点灯。 ・電力 た。九 を受け 管理の は「支 所を軍 年1月3日よ 盤室と屋根が爆撃されたが 害が少ないが,配電線は戦 発電所は東信電気派遣部隊 その後,配電線の修理とあ ・水道用動力として昼間 州水力派遣隊が援助し,軍 たが発電所には被害なし。 下,従業員 名を使役, 。 , 火 が わ 経 兵ノ爆破ニ依リ大破ス」。 経理部の管理下,従業員 名 汽罐・汽 のため損 修理し せ下関発 ,夜 理部が管 年 月 ,苦力 り, 時から0時半まで供給し,最高 機には被害なし。 害が大きい。 , 年 月 電所を応急修理, 間 を 理中。 事変前 大半が 程度。 城外下 電線の 日より軍所要の電気(最高 逃 関 破 負 名を使役して軍用電気を供給 万人の 亡して残 ・中華門 損が激し 荷 中。 負荷は ,拡張は不可能であ 人口は, 留 万人 付近の配 い。 ),発電 る。 (出典)『報告書』 頁より筆者が作成。

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先ず上海 戸で むと,第二次 『中支電気事業調査報告 から。閘北は需要家が %,浦東は 戸で %と 上海事変による華界の壊滅的 書』(昭和 年2月)の一考察(金 戸で被害程度は %,華商が 記録される[ 頁]。表2と 破壊状況は,一目瞭然であ 丸) 戸で %,滬西は トレースしてこの数値を読 ると思う。 次に江蘇省 うち, %が たとある。 いう記録が残 江浙各地に のの,『報告 であった経緯 ・浙江省に眼を転じると,都 壊滅していた。更に常州では 一方で,蘇州は 戸の る[ 頁]。 おける日本軍の暴行・破壊の 書』がまさに日本を主体とし を鑑みると,あながち不正確 市ごとの差異が著しい。南 戸の %,無錫でも %,鎮江が 戸の %,杭 問題については,既に多く て「復興」を計ることを目的 な数字を列挙するとも思え 京では需要家が 戸の 戸の %が破壊され 州では 戸の5%と の論著が記録してはいるも として編まれた機密資料 ない。これらの数値と他の 定量的・定性 あるがたいへ 応急措 前章におい 的なデータを併せ読む作業 ん重要な課題も,ある程度は 3.「 置段階 て概観した日本軍占領地にお によって,「南京への道」の計 手がかりが得られそうに確 復興」への青写真 ける「破壊」は,単に電灯 量化といった,微妙では 信したのであった。 ・電力のみならず,水道吸 水ポンプの動 の枠組みは, 之ヲ一時軍 置クコトハ軍 担当者ヲ決 より具体的に であるならば 力として,また治安維持の観 「占拠地域内ニ於ケル電気工 一定機関ノ管理下ニ置クヲ, ノ行動上ハ勿論,軍ノ作戦上 定シ之ニ代ハラシメ該地駐屯 は,被害の軽微な場合は軍管 民間事業者の援助を得るが, 点からも復旧が急務と認識 作物並関係現業員ハ,便宜, 最モ適当ナル方法」とするが 支障ナキヲ保シ難キガ故ニ 軍之ヲ保護スルヲ可トス」と 理下で基本的には軍の現業 被害が甚大な場合は軍管理 された。その応急的な措置 過渡期的便法トシテ総テ ,「永ク軍ノ管理ニ放任シ 適当ナル時期ニ於テ速カニ 指摘されている[ 頁]。 人員が修復し,収拾が困難 下で現場を保全した上で, 詳細な調査を そして,優 「軍ノ許可 被害が少ない 電所は約半年 経営的な面 第一に機械 経た後に修理作業に着手する 先順位としては, 「軍必要 ヲ受ケタル住民ノ電灯及電力 汽罐・機器から着手し始め, ,発電所は概ね2年,電線な については,次のような方針 ・電線・石炭・その他の諸材 という方策であった[ 上ノ電灯及電力」, 「公共 」と明確に指示された。発 その回復の程度は需要を僅 どは3年での復旧が目指さ が示された[ 頁]。 料は,基本的に軍から支給 頁]。 場所及必要ナル道路照明」, 電所本体の修復に際しては, かに上回る程度とされ,変 れている[ 頁]。 を受け,不足が生じたら担 当者が調達可 第二に料金 料金は,従来 第三に収支 軍から必要物 第四に人員 能なものを入手する。 は,経営者が中国人を使役し の従量制を当分のあいだ定額 に関しては,固定資金勘定に 資を支給される期間に発生し 配置は,現業部門においては ,あるいは有力な中国人に 制に改める。 該当する性格のものは決し た剰余金は,これを軍に納 「主トシテ支 人ヲ使役ス 請負わせて徴収する。なお て営業支出には計上せず, める。 ベキハ勿論」であるが,管

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表 理・技術部門は となるであろう こうした諸条 電所は個別の破 円と仮定して 必ず日本人の手によって実 。 件によって算出された復旧所 損程度によって推計した数値 計算し,修復の水準は「大体 施する。各地における必要人 要時間と経費は,表3に再整 であるが,電線や引込線など 事変前ノ状態ニ復旧スルモノ 員は,実数で 名程度 理した通りである。発 は需用者1戸あたりを ト想定シテ」算出した ものであった 軍管理から民 の根幹において ばならないだろ か,戦局の展開 [ 頁]。 間管理への移行時期について は,応急処置は軍の主体で実 う。率直に言って,首都・南 を甘く見た計画であると思わ は何ら言及されていないが, 施するとの思惑が明記されて 京の陥落直後というタイミン れるのであった。 少なくとも『報告書』 いる事に注目しなけれ グも影響しているため 地 名 発 電 上 閘 北 一部応急修月 完成 ( 滬 西 海 華 商 一部応急修月 完成 所 理 6ヶ 2年 円) 理 2ヶ 1年 表3 復旧所要時間と 変 電 所 電線 3ヶ月 6ヶ月 ( 円) 一部 月 応じ 4年 復 同上( 円) 同上 同上( 円) 同上 旧所要 路及び屋 応急修理 その他は 復旧し, 後( ( ( 費一覧表 内整備 復旧費合計 2ヶ 需要に 完了は 円) 円 円) 円 円) 円 需要家数 被害程度 戸 % 戸 % 戸 % ( 浦 東 修理の必要 南 京 下関発電所 中 ( 杭 州 閘口発電所完成 2年 ( 円) なし 一部運転 円) ―は1年 円) 蘇 州 一 部 運 転 6ヶ月 ( 中 完 成 円) 同上( 円) 同上 同上( 円) 完了 完了 ( は 年後 ( は3年後 ( 3ヶ月 6ヶ月 ( 円) 完了は3年後 ( 円) 円 円) 円 円) 円 円) 円 戸 % 戸 % 戸 % 戸 % 地 方 無 錫 応 急 修 理完成 1年 ( 常 州 一 部 運 転 6ヶ月 ( 鎭 江 運転中 中 蕪 湖 運転中 その他 ( 6 ヶ 月 円) 完 成 円) 円) 同上( 円) 完了 同上( 円) 同上 完了 完了 は4年後 ( ( は3年後 ( は4年後 ( ( 円) 円 円) 円 円) 円 円 円) 円) 円 戸 % 戸 % 戸 % 総 計 ( (出典) 第三章第二表,及び第 (備考) 復旧費用について, 戚墅堰発電所は無錫 (註)『報告書』における計算 円) 三章第三 閘北は「 に含まれ ミスは修正 ( 円) 表〔 〕より筆者が作 キロ」あたり 円,杭州閘口 ている。 しておいた。 は ( 成。 円とし 円) 円 て算出してある。 戸

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「楽観 かかる「楽 例をあげよ 『中支電気事業調査報告 」の陥穽 観」は,むしろ中長期的な青 う。『報告書』が最も期待をか 書』(昭和 年2月)の一考察(金 写真において如実に反映し けた閘北水電が第一次上海事 丸) ているのかも知れない。一 変における破壊から復旧 した経験に対 ノ大ナル努力 記する[ 頁 しかし,「 後更ニ大ナル が語られる。 民ガ思惟スル して,「三年ニシテ略々復旧 ニモ拘ラズ,五年ヲ経テ略々 ]。 電気需要ノ復旧ニ関シ,閘北 発展ヲナシタルモノト観察セ すなわち,「本事項ハ要スル カニヨリテ決定セラルル問題 」という見解と併せて,「国 六十パーセント程度ノ復旧 水電公司等ノ負荷実績ヨリ見 ラルルアリ」との希望的観 ニ再ビ戦禍ノ巷ト化スルコト ニシテ,有力ナル親日政権 民政府及ビ上海市政府当局 ニ過ギズ」という両論を併 ル時ハ三年ニシテ復旧シ 測に続き,以下の「予測」 ナキヤ否ヤヲ如何ニ地方 ガ樹立シ或ハ我軍ガ相当ノ 兵団ヲ中支ニ シテ,案外 『報告書』は 年後,被害程 ノト想定サレ 年ヲ要スルモ この「読み ある発送電設 駐屯セシメ支 一般民衆ニ居 速カナル復旧ヲ為スニ非ラズ ,「最モ楽観的ニ本事項ヲ考察 度比較的軽微ナル蘇州,杭州 得,南京ノミハ都市ノ性質上 ノト推定セラル」と続くので 」には,大いなる疑問を抱か 備や配電線の問題ではなく, 住ノ安全ヲ徹底セシムルト ヤト推測セラルルモノナリ」 スルトキハ,上海,無錫, ,及ビ鎮江ハ三年後ニ於テ ,仮令復興スルモ精々事変 あった[ 頁]。 ざるを得ない。先ず,何故 需要サイドの負荷「回復」 キハ,支 人ノ国民性ヨリ という見解である。更に 常州及ビ其他ノ小都市ハ四 事変前ノ負荷ニ復帰スルモ 前ノ七割程度ニテ之ニ約三 に供給サイドの「復旧」で がモノサシとされているの か,理解に苦 後には,雨後 備拡張ととも 定後には「銀 が回復したと そして,「 律に5%と机 しむ所以である。特に上海・ の筍の如く群生し始めた華界 に,アメリカ資本たる上海電 恐慌」に苦しめられてはいた いう歴史が全く勘案されてい 需要電力ノ増加率」として, 上において計算される[ 頁 閘北水電の場合,第一次上 地区における小工業の需要 力公司からの大量買電が存 ものの,基本的には「戦時 ない。 上海附近は年に %,杭州が ]。何のための「実地調査」 海事変からの需要回復の背 を満足させるための自社設 在していた。更に,停戦協 」ではなく「平時」の状態 同じく7%,その他が一 であったのか? 「空論」 を回避するた 穽は「支 人 も無批判的に 昧なる楽観的 上海か ともあれ, めの現地調査ではなかったの ノ国民性」という漠然とした 援用した思考回路に所在した 前提によって「立論」されて ? 長興か? たとえ論理構造に欠陥が内 か? 謎は多く残る。だが イメージを,インフラ復旧 と考えられよう。その意味 しまったのである。 包されていたにせよ,『報告書 恐らく,より本質的なる陥 という即物的次元に対して で『報告書』は,二つの曖 』は如上の希望的観測に 基づいた復旧 を想定した需 不変な数値と していること が提案される 上海附 計画の具体策を提起すべき宿 要増加と供給出力のバランス して扱い,そこに前節後半で が即座に計算可能である。そ のであった。それはすなわち 近は,現有設備の復旧によっ 命を負わされていた。表4 を描いた予想図である。事 登場した「需要電力ノ増加 して,基本的にはこの過不 ,以下の状況分析に基づい て2年後までは供給が可能 は, 年先の 年末まで 変直後に使用可能な出力を 率」を,アプリオリに適応 足を解決するためのプラン ている[ 頁]。 であるが,3年目以降は電

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立命館経済学(第 巻・第4号) 表 位 単 ) 末 年 年末 年末 末 末 年 年末 年 末 年 想 予 加 増 の 力 出 給 供 と 末 年末 年末 力 電 年 要 需 。 る す と 要 必 を 4 表 末 年 年末 年末 末 年 。 成 作 が 者 筆 り よ 〕 廠 年 2 は に 旧 復 の 機 1 。 る あ で 計 合 の び び 電 進 武 と 及 , 及 , 別 年 各 力 電 要 需 力 出 給 供 力 電 要 需 力 出 給 供 力 電 要 需 力 出 給 供 常 ・ 州 州 海 力 電 要 需 力 出 給 供 力 電 要 需 力 出 給 供 力 電 要 需 力 出 給 供 力 電 要 需 州 京 江 力 出 給 供 六 第 章 四 第 び 及 , 表 四 表 の 北 閘 , て い つ , は て い つ に 州 常 機 1 所 電 発 堰 墅 戚 計 四 第 ・ 錫 に 海 第 章 上 無 合 杭 南 鎭 錫 無 蘇 上 名 地 ) 典 出 ) 考 備

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『中支電気事業調査報告 図2 長興汽力発 書』(昭和 年2月)の一考察(金 電所からの 高圧送電線計 丸) 画 (出典)『報告書 源と送 無錫・ 機・発 』 頁。 電線容量に不足が生じるため 常州附近は,戚墅堰発電所の 電機・汽罐の予備は,負荷の ,新設が必要である。 復旧によって 年後まで供 増加にともない適宜増設す 給の余力があるものの,汽 る必要がある。 杭州附 間を要 業が完 予備的 南京付 加は必 近は,艮山門発電所の出力が するため,日本国内から適切 了した後には, 年後まで供 設備は増設する必要がある。 近は,首都電廠の復旧により 要である。 既に最高負荷に近く,閘口 な予備設備を移設し,回復 給に余力が存在するが,負 年後まで供給に余力があ 発電所の復旧には相当の時 を急ぐ必要がある。復旧作 荷増加が予測されるので, るものの,予備的設備の増

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蘇州・鎮 電効率は 江は,既往の設備で 年後ま 低下するので,鎮江に対して 送電線を延長して融通する。 で供給が可能である。しかし は南京から 送電線を 設備の老朽化により発 ,蘇州へは戚墅堰から ここからも窺 堰・杭州は比較 れていたのであ 増設シ,次ニ其 五万四千[ヴォ 力ヲ以テ聯系シ 導出されたので い知られる通り,「支 事変 的余裕があると判断されたの った。そして結論的に「先ズ 他各地ノ既設々備ノ増大強化 ルト]以上ノ大送電線ヲ以テ ,発送電ノ綜合経営ヲ為スハ ある[ 頁]。 」勃発前において新設備を導 に対して,大都市・上海こそ 第一ニ最モ急ヲ要スルハ上海 ヲ謀リ需要電力ノ復旧並ニ増 上海,無錫附近,南京,杭州 将来ノ画策トス可キモノト思 入していた南京・戚墅 が焦眉の問題と認識さ 附近ノ発送電設備ヲ新 加ニ備フル事トシ,十 等ノ負荷中心地ヲ超電 考セラル」との方針が 上海附近の電 第一案の骨子 三つの新事業を 先ず発電所 矢に, 年に 画であった。新 年に2台, これによって, 力飢餓解決に向けた具体的方 は,上海とりわけ閘北水電の 内容としており,電力消費地 設備本体を拡張する。 1台, 年及 設発電機の合計出力は 年・ 年・ 年・ 年 南市の華商電廠,及び閘北水 策として,以下の二つの案が 出力を増強させる点に所在し 重視の方策といえるだろう 年に 出力の発電機 び 年に同規模のものを各 となり,並行して ・ 年にそれぞれ1台据え 電の一部旧設備は,予備用に 提起される。 ていた。この計画は, [ 頁]。 1台を増設するのを嚆 1台設置するという計 気圧 度の汽罐を 付ける事も示される。 廻されると予想された。 現有の中山 近にこれを 電する方針が示 年落成 海・蘇州・無錫 れは南京・杭州 対する第二案 路 送電線の外輪に, に降圧させる変電所を される。 を目処に長興炭鉱に ・常州に向けて, とも接続され,長江下流域の は,原料たる石炭確保に重点 新たに 高圧送電線を 新設,旧来の閘北・滬西・華 出力の「長興汽力発電所 高圧送電線を用いた電力供給 字型送電網となる。 を置いたプランであり,長興 架設し,大場・真如附 商による供給地域に送 」を建設,ここから上 を行う。将来的に,こ 炭鉱に大出力発電所を 新設し,そこか 電所を落成させ 汽力発電所」か 言する[ 両案ともに, にあるような発 れによって結合 ら各消費地に供給する内容 ,さらに 年及び 年に ら,第一案と同様, 頁]。 長興炭鉱附近の発電所新設を 送電系統が出現するとされた されることとなる。しかし, である。計画によれば, 各 を増設,合計 高圧送電線によって各地に 盛り込んだ内容であり,完成 。上海から南京を結ぶ各都市 鍵となるべき長興炭鉱につい 年に 出力発 で の「長興 電力供給することを提 のあかつきには,図2 ,及び杭州は,ほぼこ ては,ほとんど検討さ れていない事実 ノ結果ニ依ラサ 否ヤ不明ナルモ ていたのであっ ここにわれわ も,同時に指摘しなければ レハ埋蔵量,炭質其他,大規 ,今之ヲ有望ナルモノト仮定 た。 れは,三番目の「楽観」を発 ならぬだろう。すなわち,「長 模汽力発電所用石炭トシテ経 」することが,第一案・第二 見するのである。 興附近ノ炭鉱ハ,調査 済的ニ使用可能ナリヤ 案ともに大前提とされ

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経営権 いうまでも あった。これ 『中支電気事業調査報告 掌握に向けて なく,上海・江浙各地の発電 を如何にして継承するのか 書』(昭和 年2月)の一考察(金 所は,その大半が中国資本 という課題に対しても,『報告 丸) によって経営されるもので 書』は興味深い指摘をお こなう。最後 生産・生活 時に「日支 リ」存在とも 採算ヲ度外視 しかし,か に等しいのも に,これを簡単に検討したい の核心と密接に関わり,「民 提携シテ相互ノ理解ヲ深メ共 認識されていた。そして,「 シ将来ノ発展ニ理想ヲ置」く かる建前とは裏腹に,「提携 『報告書』の特徴であるだろ 。 心ヲ支配スルニ絶大ナル力ヲ 存共栄ノ実ヲ挙ゲンハ之ヲ措 日本ノ勢力ヲ中支方面ニ扶殖 ことが主張されるのであっ 」の相手方である中国側資本 う。 有スル」電気事業は,同 イテ他ニ在ル可ラザルナ スル」ためにも,「当初ノ た[ 頁]。 家に対する配慮は,皆無 電力全般の 従業員」や, との警戒を 接収ニ種々煩 さらに,「 リシヲ以テ之 その背後にあ また,その他 管理は,日本軍の経理部, 親日的な「地方自治委員会 怠らない。その理由は極めて 雑ナル問題ヲ醸成スル虞」を 支 事変」直前に再度民営化 ガ没収ハ当然ナリ」とする った上海銀行団さらに欧米資 の民間資本についても,「買 及び特務部の監督下に置き, 」にも委ねるとするが,「要人 単純であり,「彼等支 人ニ荏 感じ,これを回避するため された首都電廠・戚墅堰電廠 [ 頁]。二つの発電所を運 本は,当然「没収」によっ 収又ハ合 ノ方法ニ拠ルヲ適 「一部ハ直接旧支 人下級 ハ絶対ニ関与セシメス」 苒委ネ置クトキハ後日ノ である[ 頁]。 については,「共ニ国営ナ 営する揚子電気公司,及び て日本側と敵対関係になる。 当」とするが,これに応 じない場合 て「自ラ 人 もっとも, 書』において テハ,皇軍ノ なる計画の根 でも「 人ノ経営手腕並ニ発 ニ靡カシメ得ルモノト信ズ」 かかる強行的な姿勢の背後 も認めるところであった。 恒久的ナル兵力ノ常駐ニ依ル 本を示唆していると言えるだ 達セル技術」,更に既述した と強気である[ 頁]。 には,軍事力による庇護が不 「本事業ノ如キ殊ニ膨大資本ノ 保護ヲ絶対ニ必要トスルモ ろう[ 頁]。 「発送電ノ大計画」によっ 可欠であることは,『報告 固定ヲ要スルモノニ在リ ノナリ」との指摘は,壮大 小稿におい 展開してき の継続といっ 本文中で紹 4.おわ ては専ら,『中支電気事業調 た。一言で総括すれば,これ た局面は,ほとんど加味され 介した各種プランにせよ,あ りに―計画の限界― 査報告書』の内容を吟味する は明らかに「平時」を前提と ていない計画であったと思 るいは「事変」を契機に急 かたちで,若干の私見を した計画であり,「戦時」 われるのである。 激に負荷=販売量を低下さ せつつあった その子会社で に等しい「対 しかし筆者 できるのでは と思う。 とはいえ,アメリカ資本の 越界路地区を営業範囲として 策」においても[ 頁 は,『報告書』に「書かれて ないかと考えている。小稿の 上海電力公司(極東における最 いた中米合弁の滬西電力公 ],これは集約されているだ いない」幾つかの事柄の中に むすびにあたり,その一端 大規模の火力発電所),及び 司に対する,ほぼ「無策」 ろう。 こそ,致命的限界が発見 を簡単に提示しておきたい

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上海,及び江 炭や開 炭を原 若干の希望的観 浙各地の発電所は,蕪湖の明 料に電力を生産していた。し 察が記されているのみであり 遠電廠が淮南炭を用いていた かし『報告書』においては, ,原料の安定的確保に向けた 以外,ほぼ全てが山東 長興炭鉱開発について 具体策は,遠方からの 物流を含めてま 見事に重なる状 それにつけて ばかりである。 摘せざるを得な ある。これは恐 記し,拙い小稿 ったく言及されないのである 況判断ではないか。 も,戦前から戦時期に至る 観察の精緻度や水準こそ異 い)。中国認識におけるイメー らく,現代日本の中国認識に を擱筆したいと思う。 。兵站線を軽視したといわれ 「支 視察記」に共通した思い なれ,その将来的展望におい ジの固定化は,対中国政策を も通底する構造ではなかろう る日本軍の在り方と, 込みには,唖然とする ては,「異工同曲」を指 誤導した深刻な要因で か。特に自戒をこめて ) 一連の 史研究の 央研究院 系統的に 時期に如 したが どによっ 研究の出発点は,東京都立大学大 ための「素材」を閲覧すべく,戦 近代史研究所档案館において,戦 保存されていたのは,専ら日中戦 何にして継承されていたかを知る って,文部省科学研究費の交付を て多くの日本語一次史料が保管さ 註 学院修士課程在学中から継続し 前期一次史料を大量に保有・公 時期史料を探索したことに始ま 争以前の時代に関する文書であ には,残念ながら情報量が少な 受けたことを契機として,旧来 れている事を広報していた中華 て進めている中国電力産業 開する中華民国台北市の中 る。しかし,同館において り,戦前期の到達段階が戦 すぎた。 から公開発行された目録な 人民共和国江蘇省南京市の 中国第二 て慎重で 館を再訪 のまぼろ 閲覧でき 日本語史 る討論の しかし 歴史档案館を訪問した。しかし, あり,めぼしい収穫を得ることが した時点においても殆ど改善され し」,『諸君!』 年8月号,文 た限定的史料を元に発表した報告 料をめぐって―『華中水電株式会 ひろば』第 号,汲古書院, ,南京における史料公開のあても 外国語史料とりわけ日本語史料 できなかった。こうした状況に ていない(この点については, 春秋, 年も参照)。かかる が,次の作品である。 拙稿「 社』文書を中心に―」(『近きに 年)。 なく,かといって研究活動を停 の対外公開については極め ついては, 年3月に同 拙稿「『南京図書大略奪』 経緯と,「好意」によって 中国第二歴史档案館所蔵の 在りて―近現代中国をめぐ 滞させるわけにも行かない ので,台 期江南に 來看『通 年)であ や「被強 対的に計 その後 庫などに 財団法人 北の史料,及びこの当時から意識 おける電力産業史のデッサンをま 往南京之路』―」(『中國現代史專 る。急遽招聘された南京大虐殺 姦者数」など,史料的根拠が薄弱 量的なデータを示すことが可能で ,旧来は余り縁がなかった理工系 しばしば足を運び,遅々たるあゆ 日中友好会館交流計画歴史研究支 的に蒐集を開始した日本語二次 とめてみた。これが, 拙稿「 題研究報告』第 輯,中華民國 周年に関する国際会議でのペー な事柄に対するカウントに比し はないかという見通しを提示し 図書館や資料館,さらに電力中 みではあったが,史料蒐集に精 援事業において採択された「戦 史料を用いて,日中戦争初 從破壞到復興?―從經濟史 史料研究中心 台北, パーであるが,「虐殺者数」 て,ハード面においては相 ておいた。 央研究所狛江図書館日発文 励し,その成果については, 前期中国実態調査資料の研 究―興亜 が可能と 雅生・久 に中国経 の批判的 力産業調 年)にお 院を中心として」(研究代表 宇 なった。すなわち, 拙稿「中国 保亨編『興亜院と戦時中国調査』 済史研究のための「素材」を仕入 解読がおろそかになるのではない 査の諸問題」(『近代中国研究彙 いて,史料形成過程に対する分析 都宮大学国際学部教授・内山雅 工業調査―電力産業史の事例か ,岩波書店, 年)である。 れるといった感覚では,史料に かと考えるようになり, 拙稿 報』第 号,財団法人東洋文庫近 の必要性を強調しておいた。 生)においてまとめること ら―」(本庄比佐子・内山 そしてこの頃になると,単 刻印された様々な「個性」 「戦前期日本による中国電 代中国研究委員会,

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さら 日本に 何れに 『中支電気事業調査報告 に,史料作成者についても簡単 よる華中電力産業の調査と復旧 せよ,日本による占領,あるい 書』(昭和 年2月)の一考察(金 な調査を実施してまとめた論文が 計画」(『立命館経済学』第 巻第 は対日協力政権による統治下にあ 丸) , 拙稿「『支 事変』直後, 5・6号, 年)であった。 った戦時中国を分析する際, 日本語 と考え れるこ ) たと 計画 存在に ) 渡部 田英章 タリー 史料を批判的に活用する作業は ている。この点については,上 とを期待する。 えば,中支電業組合調査団の団 (私案)―(中華電業公司設立計画 ついては指摘されていた。 兼雄については,さしあたり『 「四国は一つ,四国の名ロータ 第 地区, 年)を参照し ,われわれ日本を舞台に研究活動 記拙稿の中で幾度となく繰り返し 員による私的報告書である石川芳 )―』(私家版, 年)の緒言 会員氏名録』昭和十一年用(学士 リアン列伝」(『 た。 を遂行する学者の使命である ておいたので,併せて参照さ 次郎『中支ニ於ケル電気事業 部分において,公式報告書の 会, 年) 頁,及び太 』 ,国際ロー ) 前掲 と。 ) 戦前 調査部 4, れる 掲載さ の理系 につい 拙稿「『支 事変』直後,日本に ・戦時期におけるステレオ・タ 『支 抗戦力調査委員会昭和十 奥地経済編1・2,外援編](南 (『支 抗戦力調査報告』,三一書 れた中国論を系統的に整理・閲 出身者の中国観については,正 ては,稿を改めて詳細に論じた よる華中電力産業の調査と復旧 イプ的な調査報告を超剋した研究 四年度総括史料』全9冊[「政治 満洲鉄道株式会社調査部,満鉄 房, 年復刻)。筆者は,いま 覧する作業を進めているが,「合 直なところ唖然とさせられること いと考えている。 計画」 頁を参照のこ として,南満洲鉄道株式会社 編」1・2,「戦時経済編」1 調査部, 年)が良く知ら 工学系雑誌や科学雑誌などに 理的」思考を備えているはず が多い。こうした個別の議論 (附記)現 である 出す内 考えて 未来に 在の危機的な状況下において,田 。特に本年度の経済学部教授会 容であり,今後の教師としての いる。文末ながら,田中先生の 生きることが可能なのであろう 中宏道先生のご勇退を迎えるわ における発言の多くは,「平和と 生き方に対しても,大きな指針を 益々のご健勝を祈念申し上げたい か? たくしの心境は,極めて複雑 民主主義」の本質を鋭く剔り 与えてくれたのではないかと 。われわれは,未来を信じ,

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