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MJ148 08 取材レポート<マーケティング・エクセレンスを求めて 128 世界も注目したマス・カスタマイゼーションの30年 ─ パナソニックサイクルテック株式会社 ─

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世界も注目したマス・カスタマイゼーションの30年 

パナソニック サイクルテック株式会社

慶應義塾大学 商学部 教授

小野 晃典

図表 —— 1 パナソニック サイクルテック本社正門前の巨大看板

著者撮影

1. はじめに

 総合家電メーカーとして世界的に有名なパナ ソニック株式会社が,自転車を作っているとい うことは,あまり知られていない。本稿を執筆 するに際して,試しに,関西圏・首都圏の大学 生男女147名に「自転車のブランドと言えば?」 という質問項目に対して自由回答形式で回答す るように依頼したところ,パナソニックという 企業ブランド名を挙げた回答者は10.2%に過ぎ

なかった。ちなみに,「電池のブランドと言え ば?」と「パソコンのブランドと言えば?」と いう質問に対しては,パナソニック,ないし, パナソニックのもつ個別ブランド(電池につい てはエボルタ,パソコンについてはレッツノー ト)の名を挙げた回答者は,それぞれ84.4%と 50.0%であるから,自転車メーカーとしてのパ ナソニックの想起率が,いかに低いかというこ とに驚かされる。それは,パナソニックが電動 アシスト自転車で世界をリードする企業の地位 にあるにもかかわらずである。

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 しかしながら,自転車事業は,後述するよう に,日本が誇る世界的な総合家電メーカーであ るパナソニックの創設期を語る上で,欠かせな い事業である。同社のカリスマ的な創業者,松 下幸之助氏が,少年期に丁稚奉公をし,店主と その家族から愛情と恩義を受けつつ,商売の仕 方を学んだのは,自転車販売店においてであっ た。また,急速に電化が進む街を見て電器屋に 転身した後にも,かつて奉公していた自転車販 売店に心を割いており,その一つの帰結として, 当時3時間しか持たなかった電球を15時間連続 点灯させることによって,創設期のパナソニッ クを成長させる契機を作った製品が,自転車の ヘッドライトであった。このような経緯から, パナソニックの自転車事業は,松下氏肝煎りの 事業なのである。

 パナソニックが,その後,電気器具のみなら ず,様々な家電カテゴリーにおいて,革新的な 新製品を発表して次々とヒットを飛ばし,グ ローバル企業へと成長を遂げたことは周知のと おりであるが,その一方で,実は,自転車事業 においても,今日「シティサイクル」という一 般名称で知られる,耐久性に優れ誰にでも乗り やすい自転車を供給し,日本を世界有数の自転 車大国に押し上げたのは,パナソニックやその 他の国内メーカー数社の功績であるといっても 大げさではない。

 とはいえ,自転車は,家電に比して相対的に 単純で,技術革新の進度の遅い製品である。そ れゆえ,パナソニックならではの技術力やブラ ンド力を最大限に発揮して競争優位を築くこと が,家電事業部群に比して難しい。事実,台湾・ 中国をはじめとする海外の新興メーカーによっ て生産された安価な自転車が,日本に輸入され

るようになると,多くの消費者はそちらになび いてしまう結果となった。

 そのような苦境の時代を経て,今からおよそ 30 年前の 1987 年,パナソニックの自転車事業 の中興を成したのが,当時の松下電気産業株式 会社(現・パナソニック株式会社)自転車事業 部長,兼,ナショナル自転車工業株式会社(現・ パナソニック サイクルテック株式会社)社長 として,パナソニックの自転車事業を任された 小本 允氏であり,同氏が考案した「パナソニッ ク・オーダー・システム(POS)」であった。 POS は,一言で言えば,今日「マス・カスタ マイゼーション」と呼ばれる生産システムであ り,その先駆であるとも言いうるシステムであ る(cf. Kotha 1996)。

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跨ってレースを戦ったり旅を楽しんだりする顧 客層である。

 スポーツサイクルによるレースやツーリング は,自動車で言えばちょうどスポーツカーによ るそれと同じように,ヨーロッパにおいては, 文化の一部として根付いているが,日本におい ては,ポピュラーとは言いがたかった。しかし ながら,健康志向と嗜好多様化に伴って,スポー ツサイクルに乗るアマチュア愛好家が増加する であろうと見込んで,パナソニックは彼らを新 ターゲットに定めた。

 しかし,スポーツサイクルに乗る高関与消費 者は,シティサイクルに乗る低関与消費者とは 異なり,互いに異なる多様な嗜好を持っており, しかも流行や技術革新に敏感であるから嗜好が 変化しやすいので,画一的な製品を生産しても, 売れ残りの危険性が極めて高い。それゆえ,ス ポーツサイクルは,マス・プロダクションの時 代にあっても,職人の手で一つひとつ製作する のが常識であり,大量生産のラインに乗せる努 力はなされてこなかった。パナソニックは,そ の点に改良の余地ありと見なして目を付け,顧 客ニーズに合わせて製品を一つひとつ製作する 「カスタマイゼーション」システムでありなが ら,革新的な技術に基づいて「マス・プロダク ション」システムに匹敵するスピードと安さを 実現しうるようにした,「マス・カスタマイゼー ション」システムを作り上げた。それが POS である。

 2017年6月,それから30年が経った。本論は, 今一度,パナソニックの POS の再評価を試み るのと同時に,その後の自転車業界における「マ ス・カスタマイゼーション」の動向を概観する ことによって,自転車産業および同産業と境遇

を同じくする全ての産業が今後目指しうる「マ ス・カスタマイゼーション」の方向性に関する 含意の提供を試みたい。

Ⅱ. パナソニックと自転車事業

 パナソニックは,電気器具メーカーとして, ひいては総合家電メーカーとして世界的に有名 であるが,自転車事業は,冒頭において言及し たとおり,カリスマ的な創業者,松下幸之助氏 の想いが詰まった事業である2)。幼少期,松下 氏は,現在の「ミヤタサイクル」の源流の1つ である「五代自転車店」に奉公した。当時の日 本人にとって,自転車は最先端の文明の利器で あり,そうした新しいものを取り扱う仕事に, 松下氏はやりがいを感じて活き活きと働き,そ んな彼を店主夫妻も大いにかわいがったとい う。13 歳の頃,松下氏は,今の感覚になおす と自動車ほどの高価格であった当時の自転車 を,独りで売り込む機会をもらい,見事に売っ た。値引きを迫る客の望みを叶えるために,店 主に値引きを迫る姿に心動かされ,その客は生 涯,松下少年から自転車を買い続けると約束し てくれたのだった。

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昇格した。昇格によって暇ができると,独自に 改良型の電球ソケットの開発に取り組み,その 電球ソケットのアイディアが上司に相手にされ ないのを見て取ると,それをもって7年間の勤 務の末に独立した。「松下電気器具製作所」を 立ち上げて6年ほど経った頃,松下氏は,30時 間の連続点灯が可能な自転車用ランプ「砲弾型 ランプ」を商品化した。その当時,電池式ラン プは3時間ほどの寿命で,故障も多かったため, 風で消える苦労を伴いつつ,ローソクや石油ラ ンプが使われていたわけであるから,このラン プは極めて画期的な製品であった。当初,この 新型ランプは,全く売れなかったため,小売店 に大量のサンプルが配布された。その新型ラン プを新聞販売店の自転車に取り付けて新聞を配 達し終えた後,あえて点灯したまま放置したと ころ,翌朝もなお,点灯したまま配達しに行く ことができたのを見て初めて,新型ランプの革 新性を正しく評価してもらえた,という逸話が 残っている。かくして,パナソニック創業期の

苦しい時期に,自転車用ランプはヒットを飛ば し,パナソニックの成長に貢献した。

 その後,パナソニックが自転車産業に本格参 入したのは,戦後のことであった。1952 年, 松下氏は,自転車用ライトの製造会社,自転車 用タイヤの製造会社,そして,自転車本体の製 造会社を立ち上げて,自転車産業に参入したの であった。自転車本体の製造会社として創設さ れた現パナソニック サイクルテック株式会社 は,ブリヂストンやミヤタサイクルのような競 合他社と切磋琢磨しつつ,上述の新聞配達用自 転車のような業務用から,主婦の買物用,学生 の通学用,児童の遊び用まで,多岐にわたる自 転車を開発・製造して,日本市場を世界有数の 自転車大国に成長させるのに貢献した。現在, 最先端の車種として人気を集める電動アシスト 自転車が誕生した背景にも,脚力のない高齢者 でも走らせることのできる自転車をと着想した 晩年の松下氏の貢献がある。搭載する大容量電 池を自製できるというメリットを活かして,パ

図表 —— 2 砲弾型ランプ

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ナソニックは現在,日本に限らず世界中の,高 齢者に限らず老若男女に対して,先端の電動ア シスト自転車を広く普及させるのに貢献する役 割を担っている。

Ⅲ. POSの着想と特徴

 今でこそ電動アシスト自転車という有望な花 形車種を擁するパナソニックであるが,30 年 前の 1987 年当時,日本市場におけるシティサ イクルの開発・普及はひと通り完了し,自転車 のコモディティ化が進んでいた。しかも,台湾・ 中国を中心とする海外新興国で大量生産された 安価なシティサイクルが輸入され,パナソニッ クの自転車事業は,売上の伸び悩みに苛まれる ようになっていた。そのような時期に,他事業 部から転属する形で自転車事業を任され,世界 的に見ても画期的なマス・カスタマイゼーショ ン・システムを開発することによって再建を果

たしたのが,小本允氏であった3)

 小本氏は,シティサイクル市場というレッド・ オーシャンにおいて,当時の技術で画期的な新 製品を生み出す可能性も乏しいまま新興メー カーと競って低価格化を推し進めることに対し て抵抗感を抱き,むしろ,ブルー・オーシャン を見つけ出すことに専心した。その時に目に留 まったのが,シティサイクルの生産工場の片隅 で,職人がじっくり時間を掛けて手作業で製作 していたスポーツサイクルであった。自転車を 買物に使う主婦,通学に使う学生,遊びに使う 児童は,自転車に対して低関与であるが,それ に対して,余暇のアマチュア・スポーツとして 自転車に乗る愛好家たちは,自転車に対して高 関与である。彼らの嗜好は互いに異なり,しか も,流行や技術革新によって移ろいやすい。そ れゆえに,スポーツサイクルは,量産体制が整 えられたシティサイクルとは対照的に,伝統的 に手工芸品として取り扱われてきたのであっ

図表 —— 3 POSのスポーツサイクル(例)

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た。小本氏にイノベーションの可能性が見出さ れたのは,この点であった。

 スポーツサイクルのニーズは読みづらく,し かも一か所に留まりにくいものであるから,見 込み生産を行うわけにはいかない。つまり,「投 機型生産システム」ではなく,「延期型生産シ ス テ ム 」 が 必 要 で あ る(cf. Baligh and Richartz 1967, Ono and Kubo 2018)。しかし, ニーズが確定するまで生産を延期していたら, スポーツサイクルの生産体制は前近代的で,生 産スピードは極めて鈍足であるから,売り逃し の危険がある。逆に言えば,生産スピードさえ 改善すれば,スポーツサイクルのニーズを的確 に満たすことができるのではないかと期待され た。

 自転車の生産というのは,社外の専門メー カーが生産したスチールパイプを切断し,それ が四辺および対角線となるようにダイヤモンド 型に溶接し,しかるのちに塗装を施すことに よって,フレームを製作することを主たる作業 とする。なお,フレームが完成したら,その前 後にタイヤを,上部にハンドルとサドルを取り 付け,また,タイヤを駆動したり制御したりす るコンポと呼ばれる社外品の精密機器を取り付 けて,おおむね完成となるが,このフレームへ の部品の取り付け作業は,メーカーが行う場合 もあれば,ディーラーが行う場合もあるし,ま た,顧客自身が行う場合もある。要するに,ロー ドバイクの生産のポイントは,フレーム製造で ある。

 このフレーム製造のスピードアップを図っ て,パナソニックは,設備と組織のイノベーショ ンを敢行した。スチールパイプの切断・溶接そ れ自体は,熟練の技が発揮される手作業であっ

て,合理化の余地は限られている。しかし,顧 客の身体に合わせたフレームを作るために,ど のくらいの長さにスチールパイプを切断したら よいか,という情報を,小売店から工場へと瞬 時に伝達する仕組みづくりは有用である。POS 導入以前は,特約店で測定された顧客情報は, 流通チャネルをさかのぼり,幾人かの卸売業者 の手を経て,ようやくパナソニックの工場にも たらされていたが,POS導入後,特約店にファッ クスが導入され,自社工場へ直接,受注情報が もたらされるように改善された。

 さらに,受注情報に基づいて切断されたス チールパイプに,バーコードが付けられた。バー コ ー ド を バ ー コ ー ド リ ー ダ で 読 み 取 る と, CAD/CAMシステムによってフレームの設計 図が出力され,どのような角度でスチールパイ プを溶接したらよいかについての計算が自動的 に行われる。それに基づいて熟練した溶接工が 溶接作業を行ったのち,正しく溶接されたか診 断するための測定器にも,バーコードが使われ る。無事に検査が終了したら,塗装のステップ であるが,機械塗装では実現困難な微妙なニュ アンスを伴う上質な塗装を実現するために,熟 練した塗装工による手作業が部分的に維持され た。このようにして,機械化困難な中核的なス テップには手作業を残しつつ,機械化可能なス テップは徹底的に機械化された。この機械化に は,総合電機メーカーであるパナソニックの強 みである,自転車業界の競合他社より優れた特 殊な設備をハードでもソフトでも何でも自社開 発する能力が背景にあったという。

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部品や製品の在庫が大幅に減少し,在庫費用の 削減が実現したと,小本氏は回想している。そ れだけでなく,小本氏は,注文があるまで生産 を延期するに留めず,製品差別化をも延期する ことにした。画一的な製品を作るなら,さらな るスピードアップが図れるかもしれないが,顧 客一人ひとりの体形にジャストフィットなフ レームを製作するために,オーダーを受け付け たのである。そして,デパートの洋服売り場で, 自分だけのための洋服を誂えるというコンセプ トを目にしたり,アメリカでは余暇にサイクリ ングを楽しむ高関与消費者が自宅ガレージで自 らスポーツサイクルを組み立てているという情 報を入手したりしたことに着想を得て,「自分 だけのための自転車を手にすることができる」 ことを,新システムの目玉に据えることが有用 であると判断し,その便益を強調するために, 新システムを「パナソニック・オーダー・シス

テム(POS)」と命名したのであった。  かくして,1987年6月,パナソニックはPOS を導入した。POSが顧客に強調した特徴は,以 下の3つであった。

 第一に挙げられる特徴は,乗り手の体形に ジャストフィットな形状の自転車がオーダーメ イドできるという点である。走る目的に合わせ て選ぶことのできる,フレームの各部を構成す るスチールパイプの種類や長さや溶接角度の異 なる,18 の基本車種が用意された。それだけ でなく,それぞれの車種について,乗り手の体 形に合わせて,10mm刻みで各部のスチールパ イプの長さを変えることができた。スポーツサ イクルのオーダーメイド自体は珍しいことでは ない。前近代的な手作業を採用する零細自転車 工房は,古くから,それを実践してきた。しか し,それでは時間が掛かるので,大企業は,そ れを捨象してきたのも事実である。零細工房で

図表 —— 4 Kotha(1996)によって描かれたPOSシステムの概念図

顧 客

販 社 / 商 社  

  P O S 取 扱 店

オーダー シート

パナソニックサイクルテック工場(大阪)

ホスト コンピュータ

CAD

CAM チューブ切断機

CAM フロント トライアングル組立機

CAM リア トライアングル組立機

CAM リーマ仕上げ機

CAM 3次元自動測定器

組 み 立 て

Fax

よる注文 オーダーシート

塗 装

フレームの仕上げ

表面の清掃

塗装指示 組立指示

・部品注文 ・生産管理 ・管理番号 ・部品管理

XY

作図装置

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はなく,パナソニックのような大企業が,専用 工場を建設し,顧客一人ひとりの体形に合わせ てカスタマイズされた理想的なフレームを提供 するということは,世界初の試みであり,画期 的なことであったと言える。

 第二に挙げられる特徴は,形だけでなく色に ついても,相当の幅のカラーバリエーションの 中から選んで注文することができるという点で ある。塗り分けパターンと配色の違いで,実に 191通り(POS立ち上げ当時)のカラーバリエー ションを実現したのである。乗り手の身体に ジャストフィットな形状にカスタマイズするの に加えて,これだけのカラーバリエーションの 中から色彩をカスタマイズすることができるわ けであるから,顧客ニーズは充分に満たされる であろう。しかし,パナソニックは,さらに,オー

ナーのネーム等を,フレームの2か所のいずれ かに,6 種類の書体のいずれかを選んで,自由 に書き入れるというサービスを行った。この ネーム入れサービスによって,文字通り「自分 だけのための製品」であることが担保されるよ うに工夫したのである。

 そして,最後に挙げられる特徴は,以上のよ うな組み合わせ方が800万通り(POS立ち上げ 当時)にも及ぶオーダーメイドの自転車をわず か2週間で完成させて,顧客が待つ特約店のも とへ届けるという特徴である。フレームサイズ の微調整を伴うカスタム製品の制作には,それ まで 3 ~ 6 か月も費やしていたというから,2 週間という POS の納期の短さは極めて画期的 であった。これまで論じてきたとおり,オーダー メイド・システムの特徴ではない「速い」とい

図表 —— 5 POSのカラーバリエーション(部分)

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うこの第三の特徴が,実は,上記の第一の特徴 や第二の特徴よりも顕著に POS を特徴づける 点であったと言っても間違いはないであろう4)

Ⅳ. POSの功績

 自転車に限らず,多くの工業製品は,かつて は職人の手によって一つひとつ手作りされてい た。自転車について言えば,本来は,顧客一人 ひとりの体形に合わせてカスタマイズしなけれ ば,強くペダルをこいだり,安全に曲がったり 停まったりすることができない。フレームを構 成する複数のスチールパイプを,顧客の体形に ジャストフィットした長さに切断し,それを バーナーの熱による微妙な変形を勘案しながら 最適な温度でダイヤモンド型に溶接するといっ た作業を,厳格な安全基準を満たし,しかも, 自動車や飛行機と違ってパイプがむき出しであ るからその接合部を美しく仕上げつつ行うに は,極めて高度な技術が必要である。それゆえ に,各社の工房には職人と呼びうるような熟練 工が在籍し,自転車は,彼らの手によって,一 台一台,生み出されてきた。ところが,低関与 な消費者には,そんなカスタマイズ製品は必要 ない。生産や流通の効率化を志向して低価格化 を進めたほうが,彼らのニーズには適合する。 それゆえ,シティサイクルのような,誰でも座 面の高さのみ調整して手軽に乗れるワンサイ ズ・フィット・オールな量産品が,開発される ことになった。

 そのようなマス・プロダクションの時代に あっても,シティサイクルの対極にあるスポー ツサイクルと総称される高級自転車は,高関与 な消費者がターゲットであるから,消費者ニー

ズは互いに異なっており,しかも,一人の消費 者の今年のニーズが昨年のニーズと異なること さえある。それゆえ,量産品を投機的に製造し て販売するマス・プロダクション・システムの 対象にはなりにくい。パナソニックは,しかし, 大きな潜在需要と,それに比して軽微な競争強 度に将来性を見て取って,スポーツサイクル部 門の近代化を敢行した。具体的には,ニーズが 確定するまで生産を延期するために,30 年前 としては画期的な情報システムを駆使しつつ, 製造工程の高速化を図った。品質維持のために 伝統的な職人技を活用し続けつつも,製造工程 上の無駄な時間を極限まで削減したのである。 さらに,高速化の実現を伴って,生産を延期す るだけでなく,製品差別化の延期も図った。す なわち,職人技を活用して,顧客一人ひとりの 身体に合った製品を作り,しかも,そのことを 強調しつつ情緒的な価値を増幅させるために, 豊富なカラーバリエーションとネーム入れサー ビスを用意した。この革新的なシステムは,伝 統の職人技と先端の情報システムを融合させた 量産体制とカスタマイゼーション体制から構成 される,まさに「マス・カスタマイゼーション」, ひいては「ワントゥワン・マーケティング」の 先駆として評されるのである(Kotha 1996)。  注目すべきことに,パナソニックが POS を 実現するために採用した新戦略は,シティサイ クルではなくスポーツサイクルに着目した点で は「 ブ ル ー・ オ ー シ ャ ン 戦 略 」(Kim and Mauborgne 2005),職人技を維持しつつも独自 の情報システムを駆使して生産および製品差別 化を受注まで延期させた点では「延期戦略」 (Lee, Billington, and Carter 1993, Feitzinger

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テムの一側面として,フレーム製造過程の仕掛 品である切断済スチールパイプにバーコードを 付けて情報システムを起動させるようにした点 では「IoT(Internet of Things: モノのインター ネット化)戦略」(Ashton 2009)であると指 摘することができ,それら時代を先取りした 様々な新戦略の点においても,POS の功績を 見いだすことができる。むしろ,「マス・カス タマイゼーション」,ひいては「ワントゥワン・ マーケティング」の先駆としてのPOSの功績は, 実は,これらの新戦略に下支えされて,半ば副 次的に実現したものであったとも評することが できるのである。

 いずれにせよ,パナソニックが考案した最先 端のオーダーシステム POS は,当時,大々的 に報じられ,国内外のメディア・実務家・学者 の注目を浴びた。特筆するべきことに,『タイ ムズ』誌や『ワシントン・ポスト』紙の記事に もなって,世界のトップマネジメントの知ると ころとなり,実際に,デトロイトのジェネラル モータース等の視察団の訪問を受けたりもした (cf. Kotha 1996)。また,ニューヨーク大学ス ターン経営大学院のケース資料としても取り上 げられ,未来のトップマネジメントたちの学習 教 材 と し て も 使 わ れ た(Kotha and Fried, 1993)。現在,パナソニックのPOSに似たマス・ カスタマイゼーション・システムが,数多くの 欧米企業によって導入されており,その実例は 枚挙にいとまがないほどである。例えば POS 導入の 12 年後の 1999 年に登場し,世界で最も 著名なマス・カスタマイゼーション・システム となったナイキ社のNIKEiDは,靴の形状を顧 客一人ひとりの足の形状に合わせてジャスト フィットする仕組みを持ち合わせてはいないも

のの,色について,無限とも思えるカラーバリ エーションの中から選択を行うことができ,し かも,ネーム入れサービスを行って,「自分だ けのための製品」であることを強調している点 において,パナソニックのPOSと類似している。 このように,「マス・カスタマイゼーション」は, 現在,様々な産業において人気を博しているが, その先駆をパナソニックの POS に求めること ができるという点も,POSの功績と言えよう。  一方,パナソニックは,高級自転車カテゴリー における POS 人気を背景にして,世界的な自 転車レースに参戦した。1990年から3年間,チー ムパナソニックのスポンサーとなって機材提供 を行うと,その初年度に,ツール・ド・フラン スにおいてスプリント賞,パリ・ルーベにおい て優勝,世界選手権で個人追い抜き優勝という 輝かしい戦績を飾った。これは日本というより アジア初の快挙であった。そして,続く 1991 年および 1992 年にも,ツール・ド・フランス において,チームパナソニックは2賞を飾って, 世界の自転車愛好家たちに,ヨーロッパの伝統 工房に負けない品質を誇る日本ブランドとして 「パナソニック サイクル」を印象づけたので

あった5)

Ⅴ. POSの減速

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いた自叙伝の中で分析している(小本 2006)。  それによると,まず,POS が供給する自転 車を好む消費者に対して,ひととおりの供給を 完了したということが,POS 減速の要因の一 つとして挙げられるという。スポーツサイクル 市場は元々それほど大きな市場ではなく,しか も,耐久財であるから,ひとたび満たされたら, 買い替え需要はなかなか生じない。それゆえに, POSの売上は減少したというのである。  それに加えて,シティサイクル市場が拡大し た時と同様に,スポーツサイクル市場が拡大す ると必然的に,競合他社が増加した。彼らは, パナソニックのように情報システムの自社開発 能力を持ち合わせていないため,POS に追随 してマス・カスタマイゼーションを行うことが できなかったが,より低価格のレディメイド製 品を取り揃えることはできた。シティサイクル は1 ~ 3万円,スポーツサイクルは10万円以上。 この間の価格帯を狙って,またもや台湾をはじ めとする海外の新興メーカーが参入し,スポー ツサイクル市場の大衆化を引き起こしたのであ る。顧客の一部は,10mm刻みで身体にジャス トフィットした POS 製品より安価な競合製品 に流れることになった。

 それだけでなく,嗜好多様化も生じた。マウ ンテンバイクと呼ばれる新しい形のスポーツサ イクルが欧米から輸入されて人気を博し,それ に伴って,POS が供給するロードバイク型の 需要が下がったという。マウンテンバイクは, ロードバイクとは異なり,フレームが体形に ジャストフィットすることのメリットが小さな 製品であり,しかも,熟練した職人技によるパ イプの溶接部分の処理の美しさも,マウンテン バイクの無骨さのイメージをかえって減退させ

るので求められない。つまり,POS が得意と するカスタマイゼーションはおろか,職人技さ え求められないということである。パナソニッ クは,ATB(all terrain bike)の名でマウンテ ンバイクを発売するという対応を行って成功を 収めたが,それと反比例するかのように,ロー ドバイク型の POS バイクは,失速したという のである。

 こうして POS の受注量が減退すると,組織 の意思決定も消極的になったという。スポーツ サイクルの低価格化とマウンテンバイクの流行 の影響を最も大きく受けた欧米において,海外 版 POS で あ る PICS(Panasonic Individual Custom System)は惜しまれつつ撤退するこ とになった。海外にも熱狂的なファンが認めら れたが,競争が激しく受注量の少ない海外市場 を断念して,日本市場の守りに徹すべきとの意 思決定が下されたという6)

 また,当時のパナソニックは,スポーツサイ クルにはパナソニックブランドを,シティサイ クルにはナショナルブランドを使用していたた め,スポーツサイクルへの投資には,シティサ イクルのブランドイメージ向上への波及効果が 期待されなかった。このことも,コストセンター としての POS へ再投資を行おうとすることの 妨げとなったと指摘できるという。

Ⅵ. スポーツサイクルにおける素材革命

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「カーボン」と呼ばれる炭素繊維強化合成樹脂 を素材にして製作された自転車,いわゆる「カー ボンバイク」が登場し,それまでのスチール製 のスポーツサイクルに取って代わったというこ とである。スチール素材には,鉄を主成分とし てクロムやモリブデンを調合した合金,いわゆ る「クロモリ」や,クロモリの最大の欠点であ る重量を克服するために,強度に難があると言 われつつ導入されたアルミ合金など,幾つかの 種類がある。それらの一長一短なスチール素材 と違って,カーボンは,充分な強度と,ある程 度の衝撃吸収性を併せ持ちつつ,圧倒的に軽く, それゆえに速く,あるいは楽に走行できるとい う点において,スチール素材を凌駕したのであ る。

 カーボンには,加工に人手を要し,それゆえ に高価格であるという難点があったが,普及と ともに価格は下がり,プロからセミプロ,セミ プロから一般愛好家へと順に,スチール製のス ポーツサイクルからの乗り換えが生じた。今や,

スチール製のスポーツサイクルに乗るプロレー サーは,クロモリ製でなくてはならないという 厳しい制限が設けられている日本の男子競輪選 手だけであり,アマチュア向けのスポーツサイ クルの店内を覗いてみても,大半がカーボンバ イクで占められているという現状である。  カーボンは,自転車の素材として主流を占め, スチールに取って代わったというだけでなく, 自転車の製造方法を大きく変えた。スチールバ イクは,先述のとおり,スチールパイプを切断・ 溶接してダイヤモンド型のフレームを組み立て るという方法で製作されていた。それとは対照 的に,カーボンバイクは,一般的に,フレーム 大の大規模な金型に板状に織り込まれたカーボ ン素材を張り付けていき,それを熱して固める という方法で製作される。全く異なる方法で製 作されるわけであるから,スチールバイクのパ イプ溶接に関する熟練工の知識と技術は,カー ボンバイクに転換すると不要になってしまうの である。

図表 —— 6 カーボンバイク(例)

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 本論の文脈に関連して注目すべきことに, カーボンバイクは,大規模な金型を用いたモノ コック(一体成型)であるから,金型を一人ひ とりの一般消費者の体形に合わせて作り替える となると,パイプを溶接する場合に比べて大変 なコストが掛かってしまう。それゆえ,スチー ルバイクとは異なり,フレームサイズの微調整 を伴うようなカスタマイゼーションは目下のと ころ全く行われていない。カーボンバイクは, たとえ乗り手の身体にジャストフィットしなく ても我慢しなければならないという弱点をはら んでいるのである。このことを問題視したり, 昔ながらのスチールバイクのことを重量以外の 面で完璧なスポーツサイクルであると評したり して,根強くスチールバイクを選好する顧客も, 一定数存在する。しかし,厳格には体形にフィッ トしていないというデメリットを受け入れても なお,軽量なので速く,あるいは楽に走らせる ことができたり,プロやアマチュアのレースで 常勝する最先端のバイクとしてのイメージが魅 力的であったりするために,カーボンバイクに 乗り換えてしまう顧客が続出している現状であ る。そのような顧客にとって,スチールバイク を選択する理由は,安価であるか,そうでなけ ればノスタルジー以外には,何もないのである。  しかしながら,パナソニックは,スポーツサ イクルの有名ブランドの中にあっては珍しく, スチールバイクからカーボンバイクへの大転換 を実施しなかった7)。その意思決定の背景に存 する最大の理由は,自分だけの製品をオーダー できるというPOSこそが,パナソニックにとっ てのスポーツサイクル部門であり,その POS の理念に対して,フレームサイズをカスタマイ ズできない画一的な一体成型のカーボンバイク

は整合しないからであろう。この問題が,先述 の,一体成型のバイクに転換するとパイプを切 断して溶接するという既存の技術が持ち腐れに なってしまうという問題と相まって,パナソ ニックを「イノベーションのジレンマ」的状況 (Christensen 1997)に陥いらせて,カーボン バイクへの大転換を阻み,その結果として, POS は,縮小したスチールバイク市場の中の 熱狂的なカスタムバイク・ファン層のニーズを 満たすことに特化したシステムとなって,今日 に至ると考えられるのである。

Ⅶ.  自転車産業における 

カスタマイゼーションの現状

 POS は,この 30 年の間の上述のごとき劇的 な環境変化に伴って,大量生産を特徴とするマ ス・カスタマイゼーション・システムから,職 人技に裏打ちされた伝統的手工芸としての「非 マス」のシステムへとシフトしていったと見な すことができる。それでもなお,パナソニック は,POS を通じて,立ち上げ当初の理念を忘 れず,スチールバイクを愛する顧客一人ひとり のためにカスタマイズされた唯一無二のスポー ツサイクルを市場に供給し続けているし,その 間,POS のイノベーションに驚愕して「自分 だけのための製品を」という理念と実践を学ん だ世界中の実務家たちは,自転車産業内外にお いて,彼らなりのカスタマイゼーション・シス テムを構築してきた。ここでは自転車産業にお ける事例を幾つか概観してみたい8)

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手スポーツサイクル・メーカーは,少数ながら 存在する。例えば,イタリアのブランド「デロー ザ」や「コルナゴ」は,その製品ラインナップ の中に,パナソニックと同じく,スチールバイ クのフレームサイズを数センチ刻みで調整する ことが可能であることを謳ったモデルを含めて いる。しかし,彼らはパナソニックとは異なり, カーボンバイクも製作しているし,より注目す べきことに,カスタマイズ可能なスチールバイ クのモデルに,幾つかの標準サイズを設定して おり,カスタマイゼーションへのニーズを持た ない顧客に,カスタマイゼーションを選択しな い自由を与えることによって,短期納車のメ リットを享受させている。言い換えれば,製品 のカスタマイゼーションだけでなく,いわば『カ スタマイゼーション・システムのカスタマイ ゼーション』を実施しているのである。  新興の自転車メーカーは,零細工房を除いて は,フレームサイズの最適化というポイントと は別のポイントで,顧客にカスタマイゼーショ ンの楽しみを提供している。その典型として考 えられるメーカーは,マウンテンバイクの流行 に乗じて大手メーカーとしての地位を確立した 米国メーカー陣である。例えば米国最大手の「ト レック」は,「ワントゥワン・マーケティング」 の理念でカスタムバイクを提供しようという 「プロジェクト・ワン」において,形状に関し ては,フレームサイズの微調整を断念してフ レームに取り付けるハンドルやサドルによって 大まかに調整するにとどめる一方,色に関して は,パナソニックの POS を凌駕するカスタマ イゼーション・システムを顧客に提供している。 自社ウェブサイト上に自転車の CG 画像とカ ラーパレットを配置し,顧客が画面上で自転車

のパーツ群やロゴの色を変更して,色の組み合 わせを自由に試した上で,注文することのでき るシステムを導入しているのである。このシス テムは,先述のNIKEiDのスニーカーと同様の, 『eカスタマイゼーション・システム』である。

 一方,同じく米国メーカーの「スペシャライ ズド」は,自社のタイヤホイール・ブランド「オ ヴァール」を有している。もともと自転車は, 先述のとおり,フレームの前後にタイヤ,上部 にサドルを取り付け,タイヤを駆動したり制御 したりするコンポと呼ばれる精密機器を各所に 取り付け,さらには,バッグや水筒を取り付け て完成に至る。一般的な自転車メーカーたちは, これらのパーツの取り付け部を互いに共通化す ることによって,高質かつ安価なパーツが社外 のパーツメーカーから供給されるようにした上 で,フレームの開発・製造に注力しているが, 大規模な社外メーカーにパーツ供給を任せきる のではなく,自らパーツを供給することによっ て,自社製品の顧客を他社製品の顧客から差異 化する手段を提供するのと共に,『セルフ・カ スタマイゼーション』の楽しみを提供している のである。

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徴づけられる。しかし,大量生産の結果として 画一的な製品を供給するに留まるのではなく, 大量生産された製品を売りさばくための大きな 自社ブランド専用の店舗において,工場から出 荷された自転車の組立と最終調整を行ったり, また納品後を修理や保全を行ったりするに際し て,個々の顧客に対してカスタマイゼーション を行うのと共に,彼ら一人ひとりのライフスタ イルにあった自転車生活を顧客と一緒に考えて 自転車文化の創造と育成をも担うという,高質 な 店 頭 サ ー ビ ス を 提 供 し て い る(cf. 野 嶋 2012)。消費者とのコンタクトポイントであり 重要なカスタマイゼーション拠点でもある小売 店を徹底管理することによって,『サービスの カスタマイゼーション』の高質化を図っている のである。

 以上のように,自転車メーカー各社のカスタ マイゼーション・システムは,多方面へと深化 を遂げているわけであるが,それらのシステム のいずれもが,創意工夫をもって,よりよく顧 客一人ひとりのニーズを満たすような製品の供 給を実現しようとしている点で,パナソニック の POS と一致しており,POS にこそ,多様化 した現代のカスタマイゼーションの全てにとっ ての源流を見いだすことができるのである。

Ⅷ. 今後のPOSの方向性

 競合メーカー各社が創意工夫をもってカスタ マイゼーションを多方面へと深化させているの と同様に,30周年を迎えたPOS自体にもまた, あらゆる方途への更なる深化の道が開けてい る。かつての「マス」カスタマイゼーションと いうより,小規模ながら「技術」(=クラフト

マンシップ)と「心」(=カスタマイゼーション) を強調したスチール製ロードバイクの製作を継 続した上で,その強調点の持つ価値をより広く 顧客に伝達していくという現在の方針は,工夫 次第で,今や POS バイクと同じくパナソニッ クのブランドを冠し,業界トップの地位を誇る 電動アシスト自転車を筆頭とするシティサイク ル部門に対しても,好ましい影響をもたらすこ とが可能であろう。

 逆に,電動アシスト自転車に対して直接的に, POS の理念を適用することもできる。この点 については,まず,「自分だけのための製品」は, スポーツサイクルの顧客だけでなく,シティサ イクルの顧客に対しても,提供する余地がある と指摘することができる。実際,パナソニック は,POS 導入後,主婦向けのシティサイクル に対して,NAS(National Art System)の名 称で,マス・カスタマイゼーションを試みてい たし,最近においても,パナソニックの主婦向 け電動アシスト自転車の一部を,期間限定で, マス・カスタマイゼーションの対象として取り 扱っている。最近再開したカスタマイゼーショ ンは,色の異なる2つのパーツを注文に応じて 組み合わせるというごく簡単なタイプではある が,POS の枠組を超えたカスタマイゼーショ ンへの再挑戦は,現在のパナソニックにとって は画期的である。

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ツサイクルの電動アシスト自転車,すなわち「e バイク」というカテゴリーの先駆となって,好 評を博している。すぐに訪れるであろう競合製 品の参入と価格の低下という流れにあって,彼 らからの差別化を図るために,この新カテゴ リーにおいて POS に匹敵する高質なカスタム バイクの提供を開始するという展開も,パナソ ニックには可能である。

 新社長片山栄一氏は,30 周年を迎えた POS のテコ入れを明言している9)。パナソニック サ イクルの動向に,今,世界が再び注目している。

1) 本論の執筆に際し,パナソニック サイクルテック 株式会社の金森修一様,橋浦佑基様,および現場の 皆様に多大なご協力を頂いた。東海大学(当時)の 小野豊和先生にもご協力を頂いた。また,本研究の 推進に際し,JSPS 科研費 JP16K03940 の助成を受け た。ここに記して深謝したい。本文中のありうべき 誤謬は,無論のこと,著者の責任に帰するものであ る。また,本論冒頭の簡易サーベイの,関西におけ る実施に際しては,立命館大学経営学部菊盛真衣ゼ ミナール第 1 期生の皆さんにご協力頂いた。謝意を

表したい。

2) この点については,パナソニック・ウェブサイトに 掲載されている社史等を参照されたい(http:// www.panasonic.com/jp/corporate/history/ chronicle.html)(2017 年 12 月 1 日閲覧)。 3) この点については,藤子不二雄Ⓐ(1989)および小

本(2006)を参照されたい。

4) 実際,マス・カスタマイゼーションの先駆として POS に注目するマーケティング研究がある一方で, 平本(1997, 2007)のように,革新的な経営情報シ ステムとして注目する経営学研究もある。

5) 戦績については,POS のカタログ(http://cycle. panasonic.jp/catalog/pos_catalog.pdf)を参照され たい(2017 年 12 月 1 日閲覧)。

6) なお,小本氏の原因分析とは異なり,『パナソニッ ク サイクルテック 60 年史』(非公刊)による原因分 析によると,欧米での需要量の減退は円高のせいで ある。

7) パナソニックは,1990 年という初期段階で,当時と しては世界最軽量のカーボンモノコック・ロード レーサーを新日鉄との共同開発したものの,それを POS のラインナップに加えることはなかった。代わ りに,POS より安価なシリーズ内で,サイズのバリ エーションを数種類に限定したカーボンバイクの提 供を試みたが,それも生産終了となっている。 8) 本節および次節の内容は,パナソニックへの取材と

は独立した,各社公開情報に基づく論説である。 9) 「パナソニックがスポーツサイクル強化へ 電動ア

図表 —— 7 パナソニックのeバイクXM1

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シスト拡大,オーダーシステムもてこ入れ」,『自転 車新聞』(https://cyclist.sanspo.com/337197)(2017 年 12 月 1 日閲覧)。

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小野 晃典(おの あきのり)

慶應義塾大学商学部教授。慶應義塾大学商学部卒業, 同大学院商学研究科修士課程・後期博士課程を修了。 博士(商学)。慶應義塾大学商学部助手,専任講師, 助教授,准教授を経て,2000 年より現職。

遠藤 誠二(えんどう せいじ)

参照

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