言語教育研究 第2号(2011年度)
南米在住の日系児童生徒の口頭言語能力調査
―日本語語彙データを中心に―
佐々木倫子,島田美幸,竹村徳倫
キーワード
南米 日系児童生徒 口頭言語能力調査 TOAM語彙テスト 日本語コーパス
はじめに
本稿は,ブラジルおよびアルゼンチンにおいて2010年に施行した,日系児童生徒の口頭言語 能力調査の一部を報告するものである。口頭言語能力調査で使用した評価ツールは,TOAM口 頭語彙テスト(1)と,OBC会話テスト(2)である。さらに,かなりの数の保護者に対して学習リ ソースおよび学習環境に関するインタビューをおこなった。しかし,紙幅の関係から本稿では,
TOAM語彙テストに関する調査結果のみを報告する。
1.調査概要
以下は,ブラジルおよびアルゼンチンでの調査概要である。
表1 調査概要
調査地 ブラジル アルゼンチン
調査期間
2010年8
月,9月2010年 4
月対象言語 日本語,ポルトガル語(以下,「ポ語」) 日本語,スペイン語 テスター 佐々木倫子(日本語),平田エリカ(日本
語),モラレス松原レイコ(日本語・ポルト ガル語(以下,「ポ語」)),マシエル・ルカス
(ポ語),福士ジャクリーヌ(ポ語),小笠原 アイコ(ポ語),ラメイラ・マリナ(ポ語)
竹村徳倫(日本語),三井デリア(スペイン 語)
調査
対象者
7
歳2名,8
歳2名,9
歳2
名10歳4
名,11歳 5
名,12歳 6
名,13歳3
名,14歳5名,15歳5
名 計34名(このほかに
5
歳10カ月,17歳, 19歳の各 1
名を調査したが,年齢の点で分析データか ら除外した)9
歳9
名,12歳9名 計18名
(このほか,12歳1名,9歳3名に対し語彙 テストを行ったが,保護者に対して行った 学習リソースおよび学習環境調査の調査票 への記入の不備,未記入が見られたため今 回の分析データからは除外した。)
対象者の
誕生地 日本14名,ブラジル20名 日本
2
名,アルゼンチン16名 男女比 男子22 対 女子12 男子8 対 女子 10
郊に在住し,調査時に何らかの形で,日系人コミュニティによって運営されている学校教育外 の日本語学校に通学中であった。家庭内言語として,少なくとも一部は日本語だという回答が 多い。家庭内言語が日本語のみで,学校も日本語学校だけに通っているケースもある一方,日 本でもブラジル学校に行き,調査時にはブラジルでほぼポルトガル語のみで生活していたケー スもある。往来を繰り返したケース,日本ではブラジル学校から日本の公立学校へ転校したケ ース,転校しても日本の公立学校でほとんど授業に参加できずに過ごしたケースなど,背景は それぞれ異なっている。
一方,アルゼンチンの調査対象者は全員がアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに在住し,
スペイン語,英語,日本語で教育をおこなう日系私立学校の7年生と4年生である。同校では 日本語は必修であり,授業は午前がスペイン語による授業で午後は日本語を含む外国語の授業 となっている(対象者の学年では日本語クラスは週3日間)。竹村(2011)によれば,家庭内言 語については祖父・祖母など親族に日本語話者がいるものの,多くは核家族の子弟であり,ス ペイン語を家庭内言語として使用しているケースがほとんどである。同校は学費の高い私立校 であるため,アルゼンチン社会の中層以上の所得がある家庭の子弟が多く,継承語としての日 本語としてだけでなく,教養のための外国語として身につけさせたいという意見が保護者から 多く聞かれたのも特徴である。日本との往来については,対象者のほとんどに滞日経験がない か,あったとしても乳幼児期の滞在や短期の滞在がほとんどであり,多くがアルゼンチンでの み学校教育を受けている。
以上が調査概要であるが,本報告ではTOAM口頭語彙テストの日本語データのみをとりあ げる。日本語とポルトガル語,日本語とスペイン語との語彙テストの相関,また,OBCテスト については,機会を改めてとりあげたい。
2.先行研究
複数言語環境下にある日系児童生徒の語彙力を中心に先行研究を見ると,中島&ヌナス
(2001)が,国立国語研究所の「外国人年少者の日本語習得・母語保持の縦断的調査」から,ポ ルトガル語話者の小・中学生,男女合わせて242名(小学生220名,中学生22名)を分析し,以 下をまとめている。
・在日のL2日本語は滞在年数,L1ポルトガル語は入国年齢とそれぞれ有意の相関関係が
あり,特に日本語の語彙は滞在年数と.621の相関が見られた。
・ 日本語の会話力が語彙,聴解,読解と有意の関係にある。中でも語彙との相関が高い。
・ ポルトガル語の会話力も,語彙,聴解,読解と有意の関係が見られ,語彙との相関が
.801と非常に高い。
ブッシンゲル&田中(2009)は,語彙力テストの結果,言語の優位性の視点から,(1)日本語
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また,語彙力の内容から以下を挙げている。
・学校に関するものは日本語だけで知られている場合が多い。
・両言語の回答において,児童は対象物の名称がわかっても,その細部の名称が分からな い。
・ポルトガル語の語彙力が限られている児童の場合,その中でも知っている語彙は食べ物 に関するものである。
・親にポルトガル語で話しかけていない児童のポルトガル語による動詞の使い方に,状態 を表現するものなのに,命令形で表現する傾向が見られた。
3.研究課題
TOAM口頭語彙テストはわずか55語の単語が,絵を見て即答できるかを測るものである。
所要時間の平均は,ブラジル3分54秒,アルゼンチン3分46秒でひとり4分足らずだが,この 小テストを異なる日系児童生徒集団におこない,両集団間で違う結果が現れるかをとりあげ た。
ブラジル34人とアルゼンチン18人の両集団間の大きな異なりは,日本社会との接触量の違 いである。ブラジルの児童生徒でブラジル育ちと言い切れる子どもは3人のみであり,その3 人も訪日旅行を繰り返したり,家庭内言語は日本語であると回答したりしている。他の子ども たちは少なくとも2年間の滞日経験を持ち,滞日年数がもっとも長いケースは日本生まれで14 年間滞日という,調査時15歳の男子生徒であった。それに対し,アルゼンチンの児童生徒の滞 日経験は,12歳児に5カ月と2年の滞在者が各1名いるのみで,基本的に全員アルゼンチン育 ちである。家庭内言語に日本語のみをあげた生徒は,上述の2年間在日経験のある1人に過ぎ ない。
以上の両集団の特徴をもとに,どのような学習方法で各単語を獲得したのかを軸に仮説を立 てた。仮説1を「テスト語の範囲において,ブラジル・データからは日常生活で接触の多い語 の正答率が高く,アルゼンチン・データからは学校での日本語学習で頻出する語の正答率が高 い」とする。さらに,「自然習得」(3)の主要な要因として社会における接触量を考え,テスト語 の出現件数をとりあげて,「テスト語の正答率と語の一般的出現件数レベルは一致する」を仮
説2として考えた。
4.調査結果 4.1 結果一覧
以下はブラジル,および,アルゼンチンのTOAMの回答結果の平均正答率の順に並べた一覧 である。ブラジルの回答数は34,アルゼンチンは18である。
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4.2 正答率と国別傾向 4.2.1 正答率順
ブラジルとアルゼンチンのデータを正答率順にグラフ化する。両集団の正答率の差は以下の 通りである。
図 両国データの正答率順
これを見ると,(ア)ブラジル・データの正答率がより高いこと,(イ)特に正答率80%以下 で差が顕著なこと,(ウ)アルゼンチン・データには正答ゼロの語が6語あるのに対し,ブラジ ル・データには1語のみであること,が見てとれる。
4.2.2 正答率
ブラジル・データとアルゼンチン・データのそれぞれのデータにおいて,正答率の高い単語 は以下のとおりである。
表 3 正答率 正答率
100%
ブラジル 目,口,手,木アルゼンチン 目,口,手,木,牛乳
/ミルク,ノート /
本正答率
20%
以下ブラジル 歯茎
0,まつげ 11.8,(ドアの)とって /ノブ 14.7,消防士
17.6
アルゼンチン まつげ
0,とって0,消防士0,黒板消し0,看護婦0,(飛
行機の)翼0,歯茎 5.6,(机の)引き出し 5.6,屋根 5.6,つ
め11.1,(牛の)角 11.1,枝 11.1,(ねずみの)ひげ 16.7
つまり,アルゼンチン・データには正答率100%の語として,「牛乳/ミルク」と「ノート/ 本」が加わっている。日本語授業では基礎語彙にあたる語であり,仮説1を支持するとも見ら れる。両データで共通して正答率100%の語は,「目,口,手,木」であり,モーラ数の限られ た基礎語彙で,自然習得にしろ,意識的学習にしろ,定着しやすい語である。
というより,細部を記述する語である,(2)モーラ数が多く発音しにくい,のどちらか,ある いは,両方の性質を示す。これらの語が頻出するような職業領域にでもいれば定着が進むだろ うが,日常生活や学校では定着しにくいものであり,仮説1を否定するものではない。
さらに,正答率の低い語をみるとアルゼンチン・データのほうが20%以下の語,正答率0の
語が13語と多い。しかし,ブラジル・データは4語で正答率0は「歯茎」1語のみである。ブラ
ジルの場合,各人が日本社会での生活を持ったことから,どの語に関しても誰かが知っている という状況があるのではないだろうか。
一方,アルゼンチンは,一私立学校の,学年も学習環境も均一な集団である。テキストにな い単語,授業で導入されない単語については,誰も知らない状況が出現するのではないだろう か。調査時は,許容範囲に該当するような,子どもらしい言い方もあまり見られず,動詞の回 答は「ます形」での答えが見られたこととあわせて,家庭や社会での自然習得ではなく,学校 での学習であることが示唆されている。
4.2.3 諸要因との相関性
限られたデータ量であり,統計的な意味は持たせにくいが,正答率と年齢,滞日期間,帰国 後の年数などの要因との相関をいちおう算出した。ブラジルの児童生徒の日本から帰国後の年 数は,3カ月から7年まで広がっていた。そして,帰国後3カ月の8歳の正答率30.9に対して,
帰国後7年の15歳は87.3であることに象徴されるように,帰国後の年数との相関は.096と低 い。両者とも日本生まれで滞日期間は8年と,誕生地と滞日期間に差はない。帰国後の家庭言 語は前者が日本語,後者がポルトガル語と答え,家庭言語要因は正答率とはむしろ相反する。
したがって,残る要因は年齢差ぐらいである。実際,ブラジル・データ全体において,正答 率ともっとも高い相関を示したのは年齢である。しかし,これも.561に留まっている。滞日年 数はやや高い相関.456を示すが,中島&ヌナスで指摘されたほどの傾向は見られない。よって,
今回のブラジル・データは,個別性が際立つもので,諸要因との相関性は指摘できないと言え よう。無論,34人という,あまりにも少ないデータであるという点から,相関性を見ること自 体が難しいことは確かであり,アルゼンチンはさらに18人の協力者のみである点は断ってお きたい。
アルゼンチン・データは,ブラジル・データよりも正答率が全体的に低い。そんな中で,突 出して正答率が高かったのがNSF9である。日本での滞日年数が2年で,母が日本人であり,家 庭言語に日本語だけを挙げた唯一の生徒である。他の生徒たちとは日本語の接触量が異なって いる。
他は基本的にアルゼンチン育ちの生徒たちなので,滞日期間,帰国後の年数要因は関係して こない。そこで,年齢要因を見ると,12歳の平均正答率が56.0に対して,9歳の平均は54.3で あまり差がない。分布を見ると,12歳は,NSF9の89.1からNSM1の30.9まで散らばり,その
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以上から,仮説1「テスト語の範囲において,ブラジル・データからは日常生活で接触の多 い語の正答率が高く,アルゼンチン・データからは学校での日本語学習で頻出する語の正答率 が高い」は支持されていると考える。
4.3 正答率と出現件数
4.2では,テスト語の範囲において,年齢,滞日期間,帰国後の年数による知識の差が見られ ないことがわかった。主として習得量の差が見られただけである。そこで,4.3では,テスト語 の出現件数を採りあげて,「テスト語の正答率と語の出現件数の高低は一致する」を仮説2とし て考えたい。
4.3.1 出現件数
国立国語研究所と文部科学省科学研究費特定領域研究「日本語コーパス」プロジェクトが共 同で開発した『現代日本語書き言葉均衡コーパス』「少納言」で各語の出現件数を算出した。た だし,そこに収録されたすべての書き言葉データで検索するのではなく,11種のデータ,合計
約1億480万語から以下を削除した。
書籍(1971〜2005年,21,943件,約6,230万語)
白書(1976〜2005年,1,500件,約490万語)
韻文(1980〜2005年,253件,約20万語)
法律(1976〜2005年,346件,約100万語)
国会会議録(1976〜2005年,159件,約510万語)
使用範囲を次のデータに限った理由は,(1)21世紀のデータであること,(2)日常生活で触 れる確率がより高いデータであること,の2点による。
雑誌(2001〜2005年,1,989件,約440万語)
新聞(2001〜2005年,1,479件,約140万語)
教科書(2005〜2007年,412件,約90万語)
広報紙(2008年,354件,約400万語)
Yahoo!知恵袋(2005年,91,445件,約1,030万語)
Yahoo!ブログ(2008年,52,680件,約1,030万語) 計3,130万語
4.3.2 正答率の高低と出現件数
データ中の正答率の高い語と低い語について,算出した出現件数は以下の通りである。各語 について算出基準を定め,概数を出した。したがって,それぞれの数字は,あまりに件数が少 数であるため,すべてを数えた語を除き,概数として見るべきものである。しかし,本稿では 細部の数字は問題ではなく,出現件数が万の単位なのか,千の単位なのか,百の単位なのかに 着目するだけなので,数字の精確さは要求していない。
(1)手 76,694件中16,900件
少納言で漢字の「手」を検索すると76,694件。そのうち「相手」,「選手」,「勝手」,「手ごた え」,「手段」などは当てはまらないため削除する。すると最初の100件から条件に当てはま る「手」を抜き出すと22件となる。多少の誤差を許容範囲内と考え,76,694×0.22は16,873 となる。ひらがなの「て」はあまりに多くの情報が錯綜し,検索不可である。カタカナの
「テ」で「手」を示すデータはない。以上から「手」の語数を16,900件と認定した。
(2)目 51,930件中11,900件
少納言で漢字の「目」検索すると51,930件である。そのうち「項目」,「目安」,「目立つ」,「目 指す」,「一回目」などの「目」を削除する。すると,最初の100件から条件に当てはまる「目」
を抜き出すと23件となる。多少の誤差を許容範囲内として51,930×0.23は11,944件となる。
ひらがなの「め」もカタカナの「メ」も当てはまるデータはゼロである。以上から「目」の語 数を11,900件と認定した。
(3)口 20,673件中3,100件
少納言で漢字の「口」検索すると20,673件である。そのうち「人口」,「窓口」,「入口」や「川 口」「山口」などの人名・地名を削除する。すると最初の100件から条件に当てはまる「口」を 抜き出すと15件となる。20,673×0.15は3,101件となる。ひらがなの「くち」は50件に1件 のため,1572件中31件と換算。カタカナの「クチ」は当てはまる件数ゼロ。以上から「口」
と「くち」の語数を3,100件と認定した。
(4)木 20,025件中3,600件
少納言で漢字の「木」を検索すると20,025件である。そのうち「木(曜)」や「佐々木」,「鈴 木」,「栃木」,「六本木」,などの「木」を削除する。すると最初の100件から条件に当てはま る「木」を抜き出すと18件となる。20,025×0.18は3,605件となる。ひらがなの「き」もカタ カナの「キ」も,該当すると思われるデータはゼロである。以上から「木」の語数を3,600件 と認定した。
一方,正答率20%以下の,「歯茎,まつげ,(ドアの)とって/ノブ,消防士」の出現件数は高 い順に以下のとおりである。
(1)まつげ 231件 (まつげ134+まつ毛83+睫毛14)
(2)とって/ノブ 49件
ノブは検索結果167。そのうち条件に合うノブは49 。「とって」8,597件は「とってもら う」「〜にとっては」「とっても」などが多く,削除。
(3)歯茎 136件 (歯茎114+歯ぐき20+ハグキ2)
(4)消防士 61件
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一部出現件数の算出が不可能であったが,ここで主張したいのは,正答率と出現レベルの一 致が十分見てとれる点である。正答率の高低と,出現件数が明らかに一致しており,千番台以 上で万を超えるものもある高出現語に対して,百番台以下の低出現語と,はっきりした対照が 見られる。
4.3.3 細部名称の習得との対応
TOAM口頭語彙テストには10組を超える細部関係にあるペアが組み込まれている。そのう ち比較的精確な出現件数が算出できる6組の正答率と出現件数の関係は以下の通りである。
表 4 正答率と出現件数の関係 高い 正答率 低い
アルゼンチン+ブラジル 出現件数 目 ― まつげ
100+ 100 ― 0+ 11.8
(慨)11,900 ― 231 口 ― 歯茎100+ 100 ― 5.6
+0 (慨)3,100 ― 136 ドア ― (ドアの)とって/ノブ88.9
+88.2 ― 0
+14.7 (慨)1,200 ― 49 机 ― (机の)引き出し94.4
+79.4 ― 5.6
+38.2 (慨)580 ―(慨)140 黒板 ― 黒板消し44.4
+67.6 ― 0
+33.376 ― 7
飛行機 ― (飛行機の)翼
77.8
+76.5 ― 0
+35.31,044 ―(慨)38
両データ共に,細部名称の正答率は低い。それは認知情報処理のシステムにそった言語獲得 /保持/喪失の過程とも説明されよう。
しかし,本データから指摘できることは,認知情報処理の上から説明できるTOAM口頭語彙 テストの結果が,同時に,大規模コーパス上からも説明できることである。正答率は大規模な 現代日本語書き言葉データベースの出現件数のレベルとも一致しており,細部名称の語の出現 件数は一貫して低い。複数言語下にある児童生徒は移動時期がバラバラであり,当然,日本語 学習にしても,日本語喪失にしても,その開始時期が低年齢とは限らない。年齢が高ければ高 いほど,言語習得のステージとは関係なく,新たな言語との接触にいきなり社会の一員として 押し出される。自分の生活に必要な観点からの機能的リテラシーが獲得され,また,移動によ って喪失されていくわけで,より社会的見地からデータを見る必要があるのではないか。無論,
今回の調査はあまりに協力者の人数が限られており,確たる結論は大規模調査を待つしかな い。しかし,仮説2「テスト語の正答率と語の出現件数の高低は一致する」は,テスト語の範囲 に限れば支持されている。
おわりに
以上,所要時間が平均わずか4分弱のTOAM口頭語彙テストからだけでも,両集団の異なり の傾向が示唆された。ブラジル・データとアルゼンチン・データの質的異なりは,家庭・学 校・社会での言語発達と継承語との関係を改めて考えさせるものである。継承語話者は言語発
る言語発達過程をたどる。継承語教育を考えるとき,「教育」の前に,まず個々の学習者の過 去・現在・未来の言語環境を把握する姿勢が何よりも望まれることが改めて示唆されたと言え よう。
謝辞
本研究は,次の科学研究費補助金により助成を受けている。
研究種目名:基盤研究(B),課題番号:21320096,研究期間:平成21–23年度,研究課題 名:継承日本語教育に関する文献のデータベース化と専門家養成,研究代表者:中島和子
本調査にあたってご協力いただいたブラジルとアルゼンチンの先生方と生徒さんたちにここ ろから感謝いたします。
注
(1)
Test of Acquisition and Maintenance ̶ 岡崎敏雄筑波大学教授(当時)開発のものをもとに国立国
語研究所で作成。本調査では,55枚の単語カードによる単語レベルの習得・保持を測った。55語 は表2
参照。(2)
Oral Proficiency Test for Bilingual Children 複数言語を持つ子どもの口頭言語能力を測るもの。
カナダ日本語教育振興会(2000),中島ほか(1994)などを参照。
(3)迫田(2005)は,教室習得に対比するものとして「ほとんど教室指導や教科書による指導を受けな いで自然環境の中で日本語を習得する場合」(pp.44 –45)とするが,本稿では「生活環境の中での 無意識的な習得」とする。
引用文献
カナダ日本語教育振興会(2000)『バイリンガル会話能力テスト
OBC
』カナダ日本語教育振興会(CAJLE).
竹村徳倫(2011)『学習リソースからみるアルゼンチン日系子弟の会話能力 ―OBCインタビューをも とに―』2010年度桜美林大学大学院言語教育研究科修士論文
迫田久美子(2005・3)「第二言語習得研究における『自然習得』の位置づけ」『日本語学』24(3) 明治 書院 pp.44 –56
中島和子・桶谷仁美・鈴木美知子(1994)「年少者の会話力テストの開発」『日本語教育』83.40 –58.
中島和子&ヌナス・ロザナ(2001)「日本語獲得と継承語喪失のダイナミクス ―日本の小・中学校の ポルトガル語話者の実態を踏まえて―」ATJ Seminar 2001,Heritage Panel Papers.
(http://www.japaneseteaching.org/ATJseminar/2001/nakajima.html)
引用サイト
http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/search_result(2011年7
月23日検索)
少納言「KOTONOHA現代日本語書き言葉均衡コーパス」国立国語研究所