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イップスを経験した野球選手の心理的成長プロセス [ PDF

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Academic year: 2021

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イップスを経験した野球選手の心理的成長プロセス

キーワード:ナラティブ・アプローチ,危機,転機,SCAT 行動システム専攻 松田 晃二郎 背景と目的 競技スポーツの高度化にともない,競技力向上を主 たる目的とした心理支援だけではなく,選手のスポー ツ参加・継続に伴った心理的な問題についても関心が 向けられるようになっている(Craft et al.,1998;上向, 2001).Papineau(2014,p.304)は「スポーツにおけ る心理的な側面は複数の異なる側面を伴い, スポーツ における業績, 成績を阻害する可能性を秘めている」 と言及している.スポーツ選手のスポーツ参加・継続 に伴った心理的な問題として, 部活動での不適応感, 競 技 意 欲 の 低 下 や 対 人 葛 藤 に お け る ス ト レ ス 等 (Cassmen et al., 1971;中込,2004)が挙げられており, その1つにイップスがある. イップスは「スポーツ場 面において, 身体的な原因がないにもかかわらず,習 得していたはずのプレーが思い通りに出来ない状態が 続く運動障害」と定義されている(佐藤, 2013,p.1203). さらに,イップスについて鈴木(2011,p. 2)は「イッ プスの経験はスポーツ選手としての危機に向かい合う ことになり, 時にはスポーツ選手としての存在意義が 崩壊してしまうこともある」と報告している.これら のことから,イップスの経験はスポーツ選手としての 危機であると言える. イップスに関する先行研究は,その大部分がイップ スの発症原因(Markus,2013;Smith et al.,2003;Stiner et al.,2006)と効果的な対処法(Philippen et al.,2012; Stephen et al.,2012)の検討を主たる目的としたもので ある.これらは長きにわたり検討されてきたが,その 中ではイップスの原因または対処法と心理学的側面と の関与が明らかにされている(永井,2015).そのため, イップスを経験した選手の心理的な側面の深い理解が 必要とされるが,これまでの先行研究においては,イ ップスを経験したスポーツ選手の心理的側面の変容に 着目した研究はほとんどなく, Bawden et al(2001) とPhilippen et al.(2012)の2つの先行研究のみである. 彼らの研究では,質的アプローチその調査・分析の手 法とし,イップスを経験した選手の思考や感情といっ た心理的側面の変容に関する検討が行われた.その結 果,イップスを発症した選手は,イップスの身体的な 症状の現れに伴った,恐れ,怒り,焦りや不安といっ たネガティブな感情の喚起や自信の喪失等が確認され た.これらの研究は,イップス経験者の心理的側面を 理解するのに有益な知見となっているが,イップスを 経験したスポーツ選手のネガティブな心理的側面のみ が検討されている. 一方,イップス,参加動機の危機,怪我やスランプ のようなスポーツにおける継続危機の経験は,選手を ドロップアウトやバーンアウトに追い込む危険性を秘 めていると考えられている(青木,1989;上野ら,2014). 近年, このようなスポーツ選手としての危機とスポー ツ選手の内面的成長,例えば適応的な動機づけへの変 化, 自己受容,他者受容との関係性をみた研究が注目 されている(杉浦, 2001; 竹之内ほか, 2011). Stambulova(2000)は,スポーツにおける継続の危 機はスポーツ選手としての成長における転機となり, 危機によってスポーツ選手の心理的成長が期待できる と示唆している.また,鈴木(2011,p.1)は「イッ プスはスポーツ選手に大きな転機をもたらす経験であ り, 選手にとってこころから一生消えない深い傷にも, 自身の成長のステップにもなる可能性がある」として いる.さらに,鈴木(2011)は,イップスは周囲のサ ポートによってはスポーツ選手としての成長の糧とな る可能性を言及している.これらのことから,スポー ツ選手における危機の経験は,心理的成長の転機とし て捉えることができる可能性が示唆される. 以上のことから,本研究では,我が国において最も 人気のあるスポーツの1 つであることと,国内外にお いてイップスの事例的な報告が多く挙げられている (賀川,2013;Papineau,2014)という理由から野球 のイップスを対象にし,野球選手のイップス発症に対 する対処過程における心理的成長過程について検討す ることを目的とする. 方法 1.対象者 これまでに投球・送球動作においてイップス発症の 経験があり,大学の硬式野球部に所属する男性2 名お よび同部活動を数ヶ月前に引退した男性3 名を対象と した.また,5 名の調査対象者の選定は,量的研究に

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おけるランダムサンプリングと対照的に,本研究のリ サーチクエスションに適合した調査対象者を合目的に 選定した.その選定における具体的な基準としては, 次の5 つを定めた. ① イップスあるいはそれに類似した症状の経験が あると本人が自覚していること ② イップスを克服したあるいはイップスの症状は 収束したという自認があること ③ 過去にイップスと思われる症状が最低 1 ヶ月以 上継続した経験(内田,2008)のあること ④ 症状が現れる前は,確実にイップスの症状が現 れている動作や行動ができていたこと(Smith et al., 2000) ⑤ 精神的な疾病で病院への通院,あるいは薬を服 用していない者であること データの収集・分析方法 本研究のデータ収集方法として,フェイスシートや イップスに関する質問を記述してもらう簡 単 な 質 問 紙調査と,インタビュー調査を実施した.質問紙 調査においては,ナラティブ・アプローチを用いた. ナラティブ・アプローチとは,過去から未来における 時間軸を重視した手法,または特定の経験に対する意 味づけ(meaning)を探ることができる手法であるとさ れている(杉浦, 2004;渡邊,2006). 分析方法としては,SCAT(大谷,2008,2011)に 基づいて行われた.SCAT は,「マトリクスの中にセグ メント化したデータを記述し,そのそれぞれに,<1 >データの着手すべき語句,<2>それを言いかえるた めのデータ外の語句,<3>それを説明するための語句 <4>そこから浮き上がるテーマ・構成概念の順にコー ドを考えて付していく4 ステップコーディングと,<4 >のテーマ・構成概念を紡いでストーリーラインを記 述し,そこから理論を記述する手続きとからなる分析 手法である」(大谷,2011,p.155)とされている. 科学性の担保 本研究では,科学性の担保を目的に「研究者のトラ イアンギュレーション」(フリック,2011;髙木,2011) を行い,他の研究者による受容や納得を得た.トライ アンギュレーションとは「質的研究で分析の妥当性を 得るため,異なる種類の手続きで得られたデータをつ き合わせて分析の精度を高めること」(岩壁,2010, p.193)である.また,本研究で用いた研究者のトライ アンギュレーションの具体的な内容としては,著者な らびにスポーツ心理学を専攻する1 名の大学院生の間 でトライアンギュレーションを行い,SCAT の各段階 において,著者の分析を基にカテゴリーの内容につい てお互いの解釈が一致するまで議論を重ねた.なお, スポーツ心理学を専攻する 1 名の大学院生は以前,K 大学の質的研究会に長期にわたり参加して方法論を学 んでいることに加え,自身も質的研究を実際に行なっ た経験のある者である. また,リアリティの確保として,調査対象者となっ た人々の受容・納得を得るために分析終了後あるいは その分析の過程で,改めて調査対象者に30 分程度のイ ンタビューを実施した.その際に,研究結果を開示し, それぞれの調査対象者によって結果が,受容または納 得されるかを探った. 倫理的配慮 本研究は,「九州大学人間環境学研究院健康・スポー ツ科学講座倫理委員会」の承認(201503)を得た上で 実施した研究である. 結果と考察 まず各調査協力者のイップスあるいはスポーツ選手 の心理的成長に関わると思われるような特徴的な語り を抜きだした.その語りを,SCAT(大谷,2008a)を 参考に,意味内容を捉えつつコーディングを行った. そして,各コードのなかで見られる共通点,類似点を 基に,それらを集約してカテゴリー分けし,それぞれ のカテゴリーに命名を行なった.その結果,「イップス の体験」, 「焦り」,「現実逃避」,「不安」,「恐 れ」,「自己の存在意義の喪失」,「やる気の喪失」, 「否定的な考え方」,「否定的な対処行動」,「強制的受 容」「心理的苦痛の緩和」,「ポジションのコンバート」, 「サポート希求」,「適応的な認知の対処」,「適応的な 対処行動」,「自己のイップスの理解」,「内省」,「自己 開示」,「目的の明確化」,「チームの重要性への気づき」, 「イップスの発症者への配慮」,「指導者としての思い」, 「他者への配慮」,「競技特性に対する気づき」,「競技 に対する喜び」,「イップスの受容」,「他者への感謝」, 「対応力の獲得」,「自己受容」,「将来の継続意欲」の 30 のカテゴリーが抽出された.そして,これらのカテ ゴリー間の関連を検討した結果,「イップス体験」,「否 定的感情の顕在化」,「否定的感情への対処」,「肯定的 な対処」,「心理的成長」といった5 つのカテゴリー・ グループを生成した(Fig.1).以下では,それらの生 成されたカテゴリー・グループ及びカテゴリーの内容

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を説明する. 1.イップスの体験 カテゴリー段階にある「イップスの体験」をそのま まカテゴリー・グループとして位置づけた. ここでは,端的にイップスを発症した際の事象を語 っているのみであり,その場面での各調査対象者の内 面的な側面を読み取ることはできていない.しかしな がら,すべての調査対象者はこの時点を契機に様々な 情動を喚起していることが確認された. 2.否定的な感情の顕在化 「否定的な感情の顕在化」というカテゴリー・グル ープは,「焦り」,「現実逃避」,「不安」,「恐れ」, 「自己の存在意義の喪失」,「やる気の喪失」の6 つ のカテゴリーをまとめることで導きだされた. ここでは,イップスを経験した野球選手はイップス の発症直後において現実を受け止めることができずに, 心理的苦痛を感じていることが明らかになった.この 結果は,先行研究(Bawden et al.,2001;Philippen et al., 2012)における,イップスの発症直後のネガティブな 情動の喚起が見られたという報告を裏付ける内容であ った.また,「やる気の喪失」というカテゴリーは,杉 浦の「参加動機の危機」(1996,2001)にあてはまるも のであると示唆される.これらのことから,イップス の経験は野球選手にとっての危機であることが示唆さ れた. 3.否定的感情への対処 「否定的感情への対処」というカテゴリー・グルー プは,「否定的な考え方」,「否定的な対処行動」,「強制 的受容」「心理的苦痛の緩和」,「ポジションのコンバー ト」といった5 つのカテゴリーから生成された. ここでは,イップスを発症した選手は,避けること のできないあるいは受け入れざるをえない現状の中で, 本来の自身のプレースタイルやポジションを変えたり, 精神的苦痛の緩和をはかったりしていることが明らか になった.また一方で,彼らは直面している問題と向 き合わないといけないことに気がつき,ネガティブな 情動の喚起として表面化していたものを,自己の内面 へと転移させていくといった傾向が示唆された. 4.肯定的な対処 「肯定的な対処」は,「サポート希求」,「適応的な認 知の対処」,「適応的な対処行動」,「自己のイップスの 理解」,「内省」,「自己開示」といった6 つのカテゴリ ーをまとめることで生成され,選手の心理的成長に直 接的につながる,非常に重要なカテゴリーのグループ である. この中の主なカテゴリーである「自己開示」は,自 分自身に関連する情報を特定の他者に伝達することで あるが(安藤,1986),松下(2005)は「ネガティブな 経験を他者に自己開示することによって,抑うつ症状 や身体症状が軽くなる(Cohen&Wills,1985;Pennebaker &Beall,1986),開示した相手に受け止められること で自己価値観が高まる(Sarason,Sarason,&Pierce, 1990)」と言及している.すなわち,自己開示を行うこ とで「否定的感情の顕在化」の「自己の存在意義の喪 失」を回復できる可能性が示唆される.またその他の 主要なカテゴリーとして「内省」がある.「内省」は自 己の内面や過去の経験を振り返ることであるが,豊田 (1999)は「困難を経験している最中に内省を深めな いものはいない」と言及している.また,小井土(2011) はこの内省を「内的作業」と称した上で,内的作業は 「自己受容」や「気づき」に至るための必要な要因で あるとしている. 5.心理的成長 最後に「心理的成長」においては「目的の明確化」, 「チームの重要性への気づき」,「イップスの発症者へ の配慮」,「指導者としての思い」,「他者への配慮」,「競 技特性に対する気づき」,「競技に対する喜び」,「イッ プスの受容」,「他者への感謝」,「対応力の獲得」,「自 己受容」,「将来の継続意欲」といった12 のカテゴリー をまとめることで導き出した. カテゴリーの詳細として,例えば「対応力の獲得」 は,イップスを発症した野球選手はイップスの対処過 程において心理的苦痛に直面し,その苦痛に正面から 向き合う.そしてその際に,試行錯誤を繰り返し,症 状の収束へと至ったという一連のプロセスを通して, スポーツの中で起こりうる問題に対する対応力がつい たというカテゴリーである.渋倉(2010)は運動やス ポーツ活動で経験するスランプや,ケガ,人間関係の 悩みなどの辛く苦しい経験を通してレジリエンス (resilience)が高められることを報告している. また,杉浦(1996)は自分がなぜ,何のためにスポ ーツを行っているのか,その目的を明確にすることで ある「目的の明確化」と,スポーツ選手としての自分 や,現在の自分の能力,成績などを肯定的に受け入れ ることである「自己受容」の2つはスポーツ選手の心

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理的成長の中でも非常に重要であり他の心理的成長の 根本になると言及している.これら2 つの心理的成長 は,本研究のイップスを経験した野球選手の語りにお いても認められた. 本研究は,野球選手の心理成長プロセスとして,「イ ップス体験」⇒「否定的感情の顕在化」⇒「否定的感 情への対処」⇒「肯定的な対処」⇒「心理的成長」を 導きだした.「イップスを経験した野球選手の心理的 成長プロセス」を示した図(Fig.2)からもわかるよ うに,野球選手が心理的成長に至るまでの過程には複 数の要因の関与が考えられる. 諸富(2009,pp.187—188)は,トランスパーソナル 心理学の考え方から「病気,人間関係のトラブル,リ ストラによる失業や配置転換,子どもの不登校や勝て ない暴力….どんな辛いことにも意味がある.私たち に,何かの問いかけ,何かに“気づかせよう”何かを “学ばせよう”としているはずである.つまり,人生 の辛い出来事にはいずれも,私たちにとって“試練” であり,そこから何かを“学び”“気づく”ことで, 私たちの魂が成長していく重要な機会だと考えるので す.」と言及している.すなわち,人生における否定 的な経験は,人間が成長する契機になる可能性を示唆 している.この考えを本研究に置き換えると,イップ スというスポーツ選手として極めて辛い経験をし,そ の対処過程において,自己の内省を深め何かを気づき, 学んだことで心理的成長がもたらされた可能性が考え られる. 一方で,杉浦(2004a,b)は「自分自身や自分の考 え方が大きく変わることになったきっかけ,もしくは 一連の出来事」(杉浦,2004,p,25)である転機の経 験は何かがうまくいかなくなったときに,変わりたい という動機付けが喚起され,それが転機のプロセスを 進めていくと述べている.すなわち,野球選手はイッ プスによってこれまで当たり前にできていた動作がで きなくなり,1 度はネガティブな感情が喚起し,現実 から逃避する.しかし,その対処過 程を通して自己 と向きあい,イップスを改善に努めるのと同時に,ス ポーツ選手としての心理的な成長に対する動機付けが 喚起されたと考えることもできる.さらに,インタビ ューにおいて,イップスの経験を転機としてとらえ, それを機に自己の内面が肯定的に変化したといった語 りが散見された.杉浦(2004c)は,人生の中で遭遇す る負の出来事をきっかけに,自分自身がプラスに変わ ったという語りがなされることを「自己転換の語り」 と称している.そして,この自己転換の語りは,「自 分が変わったという事実の報告ではなく,1 つの解釈 である.その意味で「自己転換の語り」で語られる成 長は主観的なものであり,客観的に見たら実は何も変 わっていないこともありうる.だが,たとえ自分が変 わったということが主観的な,いわば「思い込み」で あったとしても,「自己転換の語り」のような語り方 で自分が成長したとはっきり認識できることは,人の 成長に大きな意味をもつ.」(杉浦,2004c,p,1721) と言及している.このことから,イップスを経験した 野球選手からイップスを転機とした「自己転換の語り」 が語られたということは,何らかの心理的成長につな がっている,あるいは今後成長につながる可能性が示 唆される. 以上のことから,イップスの経験が野球選手にとっ て転機となり,心理的成長を促すことが明らかにされ た.そして,心理的成長には,ネガティブな感情の喚 起や自己の存在の意義の喪失を経験し,それらの精神 的苦痛から逃れるための対処を経るプロセスが確かめ られた. Fig.2 イップスを経験した野球選手の心理的成長プロセス 主な引用文献

Papineau,D.(2015)Choking and the yips.Phenomenology and the Cognitive Sciences,14:295-308.

Stambulova N.B.(2000)Athlete’s crises: A developmental perspective.International Journal of Sport Psychology

31:584-601.

杉浦健(2004a)転機の経験を通したスポーツ選手の心 理的成長プロセスについてのナラティブ研究.スポー ツ心理学研究,31:23-34.

参照

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