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密教文化 Vol. 1975 No. 111 003長部 和雄「則天武后時代の密教 P28-52」

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Academic year: 2021

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密 教 文 化

一 西 紀 六 八 四一 七 〇 四 の 則 天 武 后 権 勢 時 代 は、 い わ ば、 唐 代 女 性 上 位 の 異 例 で あ る。 東 洋 史 研 究 の 上 で も、 可 な り 興 味 の あ る 時 代 で あ る に か か わ ら ず、 専 門 家 の 研 究 業 績 が 意 外 に 乏 し い。 そ れ も、 わ ず か に、 女 性 政 権 と 唐 代 貴 族 制 に 関 す る も の に 限 る。 他 に、 わ ず か ば か り、 武 周 新 字 と 書 家 と し て の 武 (1) 后 に 関 す る も の が あ る だ け で あ る。 道 端 博 士 の ﹃ 唐 代 仏 教 史 の 研 究 ﹄ に は、 武 后 時 代 の 国 分 寺 と 仏 教 政 策 や 武 后 時 代 の 敦 燵 写 経 に 関 す る 研 究 は あ る が、 密 教 に 関 す る 研 究 は 勿 論 一 篇 も な い。 武 周 時 代 の 華 厳 仏 教 に 関 し て は、 鎌 田 茂 雄 博 士 の 優 れ た 業 績 が ﹃ 中 国 華 厳 思 想 史 の 研 究 ﹄ と 題 し て 集 大 成 出 版 せ ら れ、 華 厳 と 関 係 が 深 い 遼 代 密 教 に つ い て 一 節 が 設 け ら れ て い る が、 勿 論 こ れ も 天 后 時 代 の 密 教 と は 無 関 係 で あ る。 二 大 村 西 崖 は、 ﹃ 密 教 発 達 志 ﹄ 巻 五 に 附 録 と し て、 ﹁ 経 軌 章 疏 一 覧 ﹂ を 作 成 し、 武 周 時 代 訳 経 の 数 々 を 登 録 し て く れ て い る の で、 こ の 中 か ら、 武 后 時 代 訳 出 の 密 部 経 軌 を 拾 い あ げ て み よ う。 (2) 地 婆 詞 羅 訳、 ﹃ 最 勝 仏 頂 陀 羅 尼 浄 除 業 障 呪 経 ﹄ 一 垂 操 末 年 訳 (3) (4) ・ 司 七 倶 砥 仏 母 心 大 準 提 陀 羅 尼 経 ﹄一 垂 撲 元 年 訳 ・ ﹃ 呪 三 首 (5) 経 ﹄一 垂 挑 末 年 訳。 提 雲 般 若 訳、 ﹃ 智 炬 陀 羅 尼 経 ﹄一 天 授 二 年 (6) 訳 ・ ﹃ 諸 仏 集 会 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 天 授 二 年 訳。 無 行 撰、 ﹃ 在 天 竺 国 致 於 唐 国 書 ﹄ 一 垂 撲 中 撰。 義 浄 訳 撰、 ﹃ 南 海 寄 帰 内 法 伝 ﹄ 一 天 (7) 授 三 年 撰 ・ ﹃ 大 唐 西 域 求 法 高 僧 伝 ﹄ 一 天 授 三 年 撰 ・ ﹃ 善 夜 経 ﹄

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(8) (9) ー 大 足 元 年 訳 ・ ﹃ 荘 厳 王 陀 羅 尼 呪 経 ﹄ 一 大 足 元 年 訳 ・﹃ 曼 殊 室 利 菩 薩 呪 蔵 中 一 字 呪 王 経 ﹄ 一 長 安 三 年 訳。 阿 爾 真 那 ( 宝 思 (10) (11) 惟 ) 訳、 ﹃ 不 空 絹 索 陀 羅 尼 自 在 王 呪 経 ﹄ 一 長 寿 二 年 訳 ・﹃ 随 求 (12) 即 得 大 自 在 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ 一 長 寿 二 年 訳 ・﹃ 大 方 広 菩 薩 蔵 経 (13) 中 文 殊 師 利 根 本 一 字 陀 羅 尼 経 一 長 安 三 年 訳 ・﹃ 観 世 音 菩 薩 如 (12) 意 摩 尼 陀 羅 尼 経 ﹄ 長 寿 二 年 訳。 菩 提 流 志 訳、 ﹃実 相 般 若 波 羅 蜜 (15) 多 経 ﹄ 1 長 寿 二 年 訳 ・ ﹁ 大 乗 金 剛 髪 珠 菩 薩 修 行 分 経 ﹄一 長 寿 (16) (17) 二 年 訳 ・ ﹃ 六 字 神 呪 経 ﹄ 一 長 寿 二 年 訳 ・ ﹃ 護 ・命 法 門 経 ﹄ ー 長 (18) 寿 二 年 訳 ・﹃ 仏 心 経 本 亦 通 大 随 求 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 長 寿 二 年 訳 ・ (19) (20) ﹃ 使 呪 法 経 ﹄一 長 寿 二 年 訳 ・ ﹃ 大 使 呪 法 経 ﹄ 一 長 寿 二 年 訳。 (21) 実 叉 難 陀 訳、 ﹃観 世 音 菩 薩 秘 密 蔵 如 意 輪 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄一 証 聖 (22) (23) 元 年 訳 ・ ﹃ 妙 管 印 憧 陀 羅 尼 経 一 証 聖 元 年 訳 ・ ﹃ 百 千 印 陀 羅 尼 (24) 経 ﹄ 一 証 聖 元 年 訳 ・ ﹃ 救 面 然 餓 鬼 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 証 聖 元 年 訳 ・ (25) (26) ﹃ 地 蔵 菩 薩 本 願 経﹄一 証 聖 元 年 訳 ・ ﹁ 甘 露 陀 羅 尼 経 ﹄一 証 聖 (28) 元 年 訳 ・ ﹃ 華 厳 心 陀 羅 尼 ﹄ i 証 聖 元 年 訳。 李 無 諸 訳、 ﹃ 不 空 羅 (29) 索 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 久 視 元 年 訳。 弥 陀 山 訳、 ﹃ 無 垢 浄 光 陀 羅 尼 経 ﹄ (30) 一 天 后 末 年 訳。 失 訳、 ﹃ 墨 固 大 道 心 駈 策 法 ﹄ 一 天 后 代 訳。 以 上 二 十 九 部 を 大 村 西 崖 は 則 天 武 后 時 代 の 訳 撰 述 と 判 定 し て い る が、 う ち 二 十 六 部 が 密 部 の 経 軌 で あ る。 私 自 身 は 一 つ 一 つ 未 だ 確 認 し て は い な い け れ ど も、 西 崖 居 士 は ﹃ 開 元 録 ﹄ に よ り 作 制 し た の で あ ろ う か ら、 ま ず 間 違 い は な い と 思 う。 三、 ﹃ 開 元 録 ﹄ 巻 九 に よ る と、 密 部 経 軌 の 訳 出 者 で あ る 武 后 時 代 の 密 教 家 に は 地 婆 詞 羅 ( 目 照 ) ・ 戦 陀 般 若 提 婆 ( 慧 智 ) ・ 提 雲 般 若 ( 天 智 ) ・ 実 叉 難 陀 喜 学 ) ・ 李 無 諸 ・ 弥 陀 山 ( 寂 友 ) ・ 阿 爾 真 那 (宝 思 惟 )、 ・ 菩 提 流 志 等 が あ る が 李 無 諮 に 協 力 し た 人 に は 波 喬 と 明 暁 が あ り、 戦 陀 般 若 提 婆 に 協 力 し た 者 に は 道 成 ・ 薄 塵 ・ 嘉 尚 ・ 円 測 ・ 霊 辮 ・ 明 拘 ・ 懐 度 等 が あ る し、 提 雲 般 若 に 協 力 し た 人 人 に は 処 一 ・ 復 礼 ・ 徳 感 ・ 法 明 ・ 弘 景 等 が あ り、 弥 陀 山 に は 法 蔵 が 協 力 し て い る し、 阿 禰 真 那 ( 宝 思 惟 ) に は 李 無 擬 と 尸 利 難 陀 設 が あ り、 義 浄 に 協 力 し た 人 に は 玄 傘 ・ 智 積 ・ 僧 伽 婆 羅 ・ 杜 行 顕 ・ 仏 陀 波 利 等 が あ り、 菩 提 流 志 に 協 力 し た 人 に は 思 玄 ・ 神 英 ・ 孫 辟 ・ 行 感 等 大 勢 の 道 俗、 特 に 俗 人 が 訳 経 に 協 力 し て い る の が 眼 に つ く。 尤 も、 以 上 に 列 挙 し た 協 力 者 は、 ﹃ 開 元 録 ﹄ で は、 同 一 人 が 幾 人 に も 重 複 し て 出 て 来 て い る の で、 私 は、 な る 可 く、 こ れ を 避 け て あ げ て お い た。 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 経 文 の 名 前 だ け に 関 し て は、 武 后 時 代 の 訳 出 と 明 記 さ れ た も の は ﹃ 開 元 録 ﹄ 巻 十 二 に 集 中 掲 出 し て あ る の で、 こ れ に よ る と 便 利 で あ る か ら、 更 め て、 左 に こ れ ら を 示 し て お こ う。 ﹃ 不 空 羅 索 陀 羅 尼 自 在 王 呪 経 ﹄ 三 巻 大 唐 天 后 代 天 竺 三、 蔵 宝 思 惟 訳 ・ ﹃ 不 空 絹 索 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 時 代 北 天 竺 波 羅 門 李 無 詔 訳 ・ ﹃ 観 世 音 菩 薩 秘 密 蔵 神 呪 経 し 一 巻 大 唐 天 后 代 干 關 国 三 蔵 実 叉 難 陀 訳 ・ ﹃ 曼 殊 室 利 菩 薩 呪 蔵 一 字 呪 王 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 三 蔵 義 浄 訳 ・ ﹃ 文 殊 師 利 本 一 字 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 天 竺 三 蔵 宝 思 惟 訳 ・ ﹃ 六 字 神 呪 経 ﹄ ︼ 巻 大 唐 天 后 代 天 竺 三 蔵 菩 提 流 志 訳 ・ ﹃ 妙 管 印 瞳 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 干 闘 三 蔵 実 叉 難 陀 訳 ・ ﹃ 護 命 法 門 神 呪 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 天 竺 三 蔵 菩 提 流 志 訳 ・ ﹃ 無 垢 浄 光 大 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 西 域 沙 門 弥 陀 山 等 訳 ・ ﹃ 智 炬 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 干 關 三 蔵 提 雲 般 若 訳 ・ ﹃ 諸 仏 集 会 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 干 闘 三 蔵 提 雲 般 若 訳 ・ ﹃ 随 求 即 得 大 自 在 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ ︼ 巻 大 唐 天 后 代 北 天 竺 三 蔵 宝 思 惟 訳 ・ ﹃ 百 千 印 陀 羅 尼 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 干 關 三 蔵 実 叉 難 陀 訳 ・ ﹃ 救 面 念 餓 鬼 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 干 聞 三 蔵 実 叉 難 陀 訳 ・ ﹃ 荘 厳 王 陀 羅 尼 呪 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 三 蔵 義 浄 訳 ・ ﹃ 善 夜 経 ﹄ 一 巻 大 唐 天 后 代 三 蔵 義 浄 訳、 以 上 十 七 部 で あ る か ら、 こ れ は 西 崖 居 士 が 登 録 し た 二 十 九 部 に 比 べ て 著 し く 少 な い。 勿 論、 西 崖 居 士 が ﹃ 開 元 録 ﹄ 全 巻 か ら 丹 念 に 拾 い 上 げ た 数 字 の 方 が 妥 当 で あ っ て、 そ の 功 を 多 と す べ き で あ ろ う。 以 上、 諸 経 軌 の う ち に は、 私 が 別 途 の 論 題 の 下 に 巳 に 論 述 し た も の も あ る け れ ど も、 そ れ は 武 后 時 代 と い う 角 度 か ら で は な か っ た。 四 則 天 武 后 は、 洛 陽 の 仏 授 記 寺 の 沙 門 明 佳 に 勅 し て、 ﹃ 大 周 刊 定 衆 経 目 録 ﹄ ( 蔵、 五 十 五、 二 一 五 三 号。 ) を 撰 集 さ せ た。 此 の 時 に、に れ に 参 劃 し て い る 密 部 経 文 の 訳 述 者 を ﹃ 開 元 録 ﹄ 巻 九 と 照 合 す る と、 ﹃ 大 周 録 ﹄ 巻 十 五 か ら 判 名 す る の は、 思 言 ・ 徳 感 ・ 波 喬 ・ 復 禮 ・ 弘 景 ・ 神 英 ・ 円 測 ・ 義 浄 ・ 菩 提 流 志 ・ 宝 思 惟 等 で あ る が、 こ れ ら は、 必 ず し も 密 教 専 門 家 に 限 っ て い な い。 そ も そ も、 ﹃ 大 周 録 ﹄ 編 集 の 目 的 は、 彼 等 に そ の 仕 事 を 分 担 せ し め、 経 目 を 真 偽 判 定 の 上、 刊 定 す る に あ っ た と い う。 真 偽 経 文 を 刊 定 す る と い う 意 は、 証 聖 三 年 の 恩 勅 を 奉 じ、 偽 経 と 雑 符 篠 等 を 定 め て、 こ れ ら を 桐 部 に 送 り、 こ れ を 内 進 す る こ と で あ っ た。 何 故 か と い え ば、 偽 経 は す で に、 仏 意 に 違 背 し、 異 端

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を ひ っ ぱ る も の で あ る、 と。 又 聖 暦 二 年 の 勅 に 准 じ、 三 階 教 を 学 ん で、 乞 食 ・ 長 齊 ・ 絶 穀 ・ 持 戒 ・ 坐 禅 な ど な す も の は、 こ れ ら の 行 が 皆 違 法 で あ る か ら、 幸 に も、 明 勅 を 承 け、 往 非 を 革 め さ せ、 妄 り に 編 集 を さ せ な い。 目 録 を こ し ら え る に は、 刊 削 し て、 将 来 を か ん が え た、 と い う。 以 上 が 天 冊 萬 歳 元 年 十 月 二 十 六 日 の 日 付 で 奉 っ た ﹃ 大 周 録 ﹄ 編 集 の 首 旨 で あ る。 そ こ で 此 の 首 旨 に い う 雑 符 鋲 0 し め だ し と は、 言 う ま で も な く、 道 教 関 係 の 経 文 で あ る か ら、 こ の 辺 に、 私 の 提 案 し よ う と す る 問 題 が 存 す る。 つ ま り、(一) 則 天 武 后 時 代 の 密 教 は、 仏 教 優 位 の 政 策 通 り、 道 教 を 閉 め 出 す こ と に 成 功 し た か ど う か。 今 一 つ は、 口 唐 代 の 仏 教 は、 概 ね 西 都 長 安 中 心 の 仏 教 と い う べ き で あ る が、 則 天 武 周 の 仏 教 は、 東 都 洛 陽 に 地 縁 の 深 い 仏 教 で あ る と も 言 え そ う だ が ど う だ ろ う か。 更 に、 今 一 つ は、 日 武 后 時 代 の 洛 陽 中 心 の 密 教 は、 両 部 伝 訳 以 前 の 雑 部 密 教 で あ る に か か わ ら ず、 両 部 も、 皮 肉 に も、 長 安 で な く し て、 洛 陽 に て 訳 出 さ れ て い る か ら、 洛 陽 は、 愈 々 以 て、 密 教 と は 縁 の 深 い 土 地 柄 で あ る、 と い う こ と に な る。 さ て、 私 は、 以 下、 則 天 武 后 時 代 訳 出 の 密 部 経 文 の 実 例 三 つ を と り 上 げ る こ と と す る。 す な わ ち、 ま ず 第 一 に、 脚 注(28) の 李 無 諸 訳﹃ 不 空 羅 索 陀 羅 尼 経 ﹄、 第 二 は 脚 注(30) の﹃ 峯 固 大 道 心 駈 策 法 ﹄、 第 三 は 脚 注(11) の 宝 思 惟 訳 ﹃ 随 求 即 得 大 自 在 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ で あ る。 五 ま ず 初 め に、 李 無 詔 訳 ﹃ 不 空 羅 索 陀 羅 尼 経 ﹄ で あ る。 此 の 経 文 の ﹃ 大 正 蔵 経 ﹄ 巻 二 十 所 収 本 は、 一 〇 九 六 号 麗 本 あ る が、 宋 ・ 元 本 に は、 訳 者 の 名 前 を 唐 天 后 代 北 天 竺 婆 羅 門 大 首 領 李 無 諸 訳 と 明 記 す る か ら、 訳 者 は 俗 人 で あ る 胡 人 の 豪 族 首 長 で (31) あ ろ う。 な お 詳 し く は、 福 寿 寺 の 沙 門 波 岩 の 撰 文 に な る ﹁ 経 序 ﹂ を 読 め ば 分 明 で あ る か ら こ れ に よ っ て 更 に 究 明 し よ う。 波 裾 と い う 人 は、 若 い 時 か ら、 法 門 を 慕 っ て い た 人 で、 長 安 ・ 洛 陽 の 両 都 に 行 き か い、 善 き 友 だ ち を 持 っ て い た ら し く、 此 の こ ろ、 巳 に、 密 教 に 入 門 し て い る。 彼 は、 総 持 を 念 ず る に、 飢 渇 の よ う で あ っ た と い う。 大 周 の 聖 暦 三 年 三 月 七 目、 彼 は、 此 の 経 文 の 梵 本 を 得 て、 あ た か も、 死 者 が 再 生 し た 如 く、 西 京 の 宝 徳 寺 の 僧 恵 月、 そ れ に 常 州 の 正 勤 寺 の 大 徳 恵 琳、 外 に 智 蔵 等 数 人 に 旺 し て、 李 無 詔 に 請 い、 共 力 し て、 此 の 経 文 の 梵 本 一 十 六 品 を 一 巻 に 翻 訳 し、 北 天 竺 迦 湿 弥 曜 国 の 波 羅 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 門 大 徳 迦 弥 多 耀 に つ い て 梵 本 の 勘 定 を と げ た、 と 伝 え る。 久 視 元 年 八 月 十 五 日 に、 勘 会 は ほ ぼ 畢 っ て、 進 上 し よ う と し た。 そ も そ も、 此 の 十 六 品 は 唐 土 に 未 だ 行 れ な か っ た も の、 階 朝 翻 訳 の 別 本 六 十 三 紙 が あ る と 聞 い て い る が、 こ れ も 未 だ 見 た こ と は な い、 と 波 罷 は い っ て い る。 此 の 経 文 の 訳 出 に 参 劃 し た 訳 経 僧 は、 ﹃ 大 周 録 ﹄ 巻 十 五 に 見 え る ﹁ 刊 定 目 録 ﹂ で は、 経 真 偽 僧 と い わ れ る 人 た ち の 中 で、 此 の 波 喬 た だ 一 人 で あ る。 仏 授 記 寺 沙 門 明 佳 等 が、 則 天 武 后 か ら 勅 を 受 け、 ﹃ 衆 経 目 録 ﹄ を 刊 定 し た の は 証 聖 元 年 ( 天 冊 万 歳 元 年 ) 西 紀 六 九 五 年 で あ っ て、 此 の 経 文 が 翻 訳 さ れ た の は 聖 暦 三 年 ( 久 視 元 年 ) 西 紀 七 〇 〇 年 で あ る か ら、 訳 者 李 無 詔 と そ の 協 力 者 は ﹃ 大 周 録 ﹄ 刊 定 の 方 針 で あ る 雑 符 鎮 類 す な わ ち 主 と し て 道 教 風 の 内 容 を 排 除 す る こ と が 決 定 し た 以 後 の こ と で あ っ た。 そ れ で は、 此 の 李 無 諸 訳 ﹃ 不 空 羅 索 陀 羅 尼 経 ﹄ の 内 容 は 如 何 な る も の か。 そ れ を 検 討 し て み よ う。 此 の 経 文 は、 脚 注(28) に 示 し た 通 り、 現 本 は ︼ 巻 十 六 品 よ り 成 り、 ﹃ 大 正 蔵 経 ﹄ の 組 版 で は 十 二 頁 余 の 分 量 で あ っ て、 い う ま で も な く 州 不 空 羅 索 自 在 王 陀 羅 尼 を 明 王 呪 王 と し て 説 い た 経 文 で あ る。 ﹃ 大 周 録 ﹄ に 示 さ れ て い る 刊 定 方 針 で あ る 雑 符 鎮 を 排 し て い る か ど う か。 つ ま り、 道 教 色 が 払 拭 さ れ て い る か ど う か を 見 て み よ う。 こ こ に、 道 教 色 と い っ て も、 そ れ は イ ン ド 密 教 の 内 容 と 全 く 同 質 な も の が 多 い か ら、 議 論 は な か な か む つ か し い。 だ か ら、 実 際 は、 漢 訳 に あ た っ て、 中 国 語 で 道 教 風 に、 そ の 意 を 十 分 に 尽 し て い る か ど う か と い う 点 に あ (32) る。 呪 仙 ・ 諸 仙 衆 ・ 持 呪 之 人 ・ 仙 人 な ど の 名 称 が 重 見 す る け れ ど も、 呪 や 仙 だ け で は、 道 ・ 密 の 区 別 は 全 く 困 難 で あ る。 彼 等 ス ー パー マ ン の 騰 空 ・ 昇 空 ・ 隠 形 な ど 自 在 自 由 の 業 が 持 呪 仙 人 の 位 で あ る と い う け れ ど も、 こ れ も 道 ・ 密 両 方 の 経 文 に 共 通 す る の で、 こ れ で 以 て 其 の 由 来 を 区 別 す る こ と は や は (34) り 無 理 で あ る。 除 ( 不 食 ) 酒 肉 五 辛 を 盛 ん に 言 う け れ ど も、 こ れ と て も、 道 密 の 経 文 に 共 通 に 見 え る の は、 恐 ら く、 両 教 が 各 各 独 自 に 開 拓 し た 不 老 長 命 の 養 生 法 な の で あ る と、 私 は (35) (36) 思 っ て い る。 五 穀 ・ 五 色 等 も 道 ・ 密 を 区 別 す る 規 準 と は な ら ぬ。 一 青 ・ 二 赤 ・ 三 黄 ・ 四 白 ・ 五 黒 は、 い う ま で も な く、 シ ナ 本 来 の 五 色 で あ る の に 対 し、 一 青 ・ 二 黄 ・ 三 赤 ・ 四 白 ・ 五 浅 草 は イ ン ド 風 の 如 く 察 せ ら れ る。 そ う し て、 青 黄 赤 白 黒 等 (38) 五 色 作 五 理 道 と あ る の は、 恐 ら く、 シ ナ 密 教 で の 創 説 で あ ろ う か と 思 う。 次 に、 入 壇 を 説 い て、 於 其 手 上 与 繋 芥 子 井 与 柳

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(39) 枝 令 持 斉 戒 と あ る 前 半 は、 勿 論 イ ン ド 密 教 風 で あ る が、 後 半 は、 こ れ は、 道 教 風 で あ ろ う。 ま た、 一 切 罪 障 の 悉 く 消 滅 し (40) 得 る を 言 い、 如 忠 孝 子 受 父 教 命 と あ る の は、 道 教 経 文 に 克 く 見 か け る し、 中 国 風 密 教 経 文 に も 共 通 す ゐ 儒 教 風 の、 要 す る に、 中 国 風 の 内 容 と い う べ き で あ ろ う。 以 上 の 如 く、 道 ・ 密 乃 至 道 ・ 儒 ・ 密 に 共 通 す る 内 容 の 中 国 風 の 表 現 の あ る の は、 特 に 則 天 武 后 時 代 の 密 教 経 文 の 特 色 で は な い が、 武 后 時 代 に も、 中 国 風 の 密 教 が 存 在 し て い た と い う 証 拠 と は な る。 そ れ よ り も、 ﹃ 大 周 録 ﹄ を 刊 定 し た 主 旨 で あ る 道 教 排 除 の た め に、 道 教 ・ 密 教 共 通 内 容 の 道 教 風 表 現 の 停 止 は 守 ら れ て は い な い と い う 点 に 注 意 を 促 し た い。 次 は 此 の 経 文 を 供 養 法 の 上 か ら 究 明 し て み よ う。 両 部 伝 訳 あ っ て か ら 以 後 は、 雑 密 経 軌 と 錐 も、 金 剛 頂 経 系 の 内 外 四 供 乃 至 八 供、 胎 蔵 系 の 五 供 乃 至 六 供 を 以 て、 完 全 形 で は な い が (41) 供 養 法 を 示 し た 経 軌 は 決 し て 珍 ら し く な い。 借 て、 両 部 伝 訳 以 前 で あ る 武 后 時 代 の 此 の 経 軌 は ど う だ ろ う か。 そ も そ も、 五 供 の 五 つ の 次 第 は 八 供 の 八 つ の そ れ の 中 に 共 通 に 存 す る も の で あ っ て、 此 の 共 通 次 第 の 一 部 は 両 部 伝 訳 以 前 の 経 軌 に も (42) 発 見 す る 場 合 が あ る。 此 れ ら を } つ 一 つ 検 討 し て み る と、 脚 注(12) の 末 記 に 示 し た 如 く、 則 天 時 代 の 経 軌 で は、 概 ね 五 供 乃 至 六 供 の 未 完 成 形 と 見 な す こ と が 出 来 る。 そ う し て、 そ れ ら は、 灯 と 飲 食 を 欠 く 場 合 が 殆 ん ど 大 部 分 で、 焼 香 と 塗 香 と を 区 別 せ ず、 と も 角、 香 の 類 を 重 複 し て 示 し た 場 合 が 頗 る 多 い。 ま た 八 供 の 中 か ち 量 を 加 え て い る の が 殆 ん ど そ の 全 部 で あ る。 (43) (44) 次 に 此 の 経 文 は、 地 獄 ・ 餓 鬼 ・ 畜 生 の 三 趣 と 閻 羅 王 と を 説 (45) く と 同 時 に、 極 楽 世 界 の 無 量 寿 仏 ・ 阿 弥 陀 仏 国 と 十 方 浄 土 随 (46) 意 往 生 と を 併 せ 説 い て い る。 密 部 経 文 と し て は、 此 れ は 珍 ら し い 方 で あ る け れ ど も、 決 し て 絶 無 で は な い か ら、 之 を 以 て 、 則 天 武 后 時 代 密 部 経 文 の 特 色 だ と は 言 い 切 れ な い が、 や は り、 異 色 と し て、 以 下 論 述 の 資 と し よ う。 (47) (48) 次 に、 此 の 経 文 は 好 ん で 如 意 宝 珠 ・ 摩 尼 宝 珠 を 説 い て い る。 如 意 宝 珠 は、 顕 教 経 文 の 上 に も 珍 ら し く は な い が、 密 部 経 文 (49) で は、 道 教 臭 味 の あ る そ れ に 克 く 見 か け る。 こ れ も 以 下 論 述 の 資 と し よ う。 一 応、 之 を 要 す る に、 此 の 経 文 は、 中 国 風 雑 密 経 文 に 通 じ て 見 ら れ る 内 容 を 備 え て い る け れ ど も、 則 天 武 后 時 代 の 経 文 だ け に 見 ら れ る 特 殊 性 と で も い う べ き も の を 発 見 す る こ と は 困 難 で あ る。 そ れ よ り も、 此 の 経 文 が ﹃ 大 周 録 ﹄ 刊 定 の 首 旨 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 を 無 視 し て、 道 ・ 密 共 通 の 内 容 を 道 教 風 に 表 現 し て い る と い う 点 は 否 定 で き な い。 す な わ ち、 則 天 武 后 政 権 の 文 教 施 政 方 針 で あ る 道 教 色 の 払 拭 が 徹 底 し て い な い と こ ろ を 注 意 し た い。 つ ま り 中 国 風 密 教 形 成 の 主 流 に 対 し て は、 武 周 の 文 教 政 策 は 無 力 で あ っ た と い う こ と で あ る。 史 実 の 上 か ら も、 経 軌 の 上 か ら も、 此 の よ う な こ と が 言 え る と 思 う。 併 し、 上 来 明 か に し た と こ ろ は、 道 教 臭 味 の あ る と い う こ と は、 六 朝 以 来、 中 国 風 密 教 形 成 の 大 勢 で あ っ て、 武 周 朝 の 政 令 と 錐 も、 効 き 目 が な か っ た と い う こ と で あ る。 第 二 に、 失 訳 ﹃ 峯 圖 大 道 心 駈 策 法 ﹄ を 見 よ う。 六 此 の 経 文 の 標 題 中 の 地 蔵 の 二 字 が 則 天 新 字 で 示 さ れ て い る か ら、 こ れ だ け で も、 見 方 に よ れ ば、 こ れ が 則 天 時 代 の 成 立 で あ る こ と を 疑 い 得 な い よ う に 思 う。 此 の 経 文 以 外 に、 武 后 時 代 の そ れ で あ る と 錐 も、 則 天 文 字 を 使 用 し て い る 例 は な い。 (50) つ ら つ ら 惟 う に、 今 目 判 明 し て い る 則 天 文 字 十 七 字 は、 文 献 の 上 に 相 違 あ っ て、 多 少 出 入 が あ る け れ ど も、 峯 ( 地 ) は あ る が、 圏 ( 蔵 ) は な い。 恐 ら く、 圏 ( 蔵 ) の 字 は 此 の 経 文 に 出 て い る の が 唯 一 の 実 例 で あ ろ う と 愚 考 し て い る。 本 来、 内 典 に 不 案 内 な 既 往 の 東 洋 学 者 た ち は、 恐 ら く、 此 れ に 気 が つ か な か っ た の で あ ろ う。 借 て、 此 の 経 文 は、 ﹃ 大 正 蔵 経 ﹄ 巻 二 十 一 所 収 本 で は、 一 一 五 九 号 A で あ っ て、 ﹃ 大 日 本 続 蔵 経 ﹄ 本 を 底 本 と し て い る。 因 み に、 該 本 は 東 寺 三 密 蔵 写 本 を 原 本 と す る 一 一 五 九 号 B﹃ 仏 説 地 蔵 菩 薩 陀 羅 尼 経 ﹄ と は 所 謂 同 本 異 訳 と さ れ て い る。 亦 此 の 両 本 の 外 に、 類 似 の 経 文 と し て、 実 叉 難 陀 訳﹃ 地 蔵 菩 薩 本 願 経 ﹄ 二 巻 と い う の が、 ﹃ 大 正 蔵 経 ﹄ 巻 十 三 に 四 一 二 号 と し て、 大 集 部 に 収 録 せ ら れ て い る。 併 し、 こ れ も 雑 密 地 蔵 法 の 経 文 で あ る け れ ど も、 説 相 は 顕 教 で あ る と、 ﹃ 密 教 大 辞 典 ﹄ で は 解 説 し て あ る。 本 朝 に て 克 く 知 ら れ て い る 彼 の ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ は、 此 の 実 叉 難 陀 訳 に 依 る と さ れ、 ﹃ 杢 固 大 道 心 駈 策 法 ﹄ や ﹃ 地 蔵 菩 薩 陀 羅 尼 経 ﹄ を 原 本 と す る 末 書 で は な い と い わ れ て い る が、 ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ は、 ﹃ 峯 固 大 道 心 駈 策 法 ﹄ と 同 様 に、 明 か に 道 教 風 味 の あ る、 顕 教 説 相 の 経 文 で あ る こ と に 注 意 す べ き で あ ろ う。 但 し、 実 叉 難 陀 訳 ﹃ 地 蔵 菩 薩 本 願 経 ﹄ に は 道 教 風 味 は な い。 そ こ で、 こ の 辺 の 事 情 を 如 何 に 解 す る か。 此 れ が 武 后 時 代 密 教 の 実 態 の 一 端 を 明 か に す る こ と に な る。 ま ず

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﹃ 密 教 発 達 志﹄ の 大 村 西 崖 の 解 説 を 聴 こ う。 因 み に、 此 の 経 文 は、 ﹃ 密 教 大 辞 典 ﹄ で は 補 遺 と し て 経 名 だ け を 載 せ て い る が、 解 説 を 欠 く。 ﹃ 密 教 発 達 志 ﹄ 巻 二 武 周 失 訳 の 項 に、 ﹁ 地 蔵 大 道 心 駈 策 法 一 巻。 不 詳 訳 時 者。 然 題 名 地 蔵 二 字 以 則 天 文 字 記 之。 蓋 当 時 之 作 歎。 頗 可 疑 焉。 地 蔵 菩 薩 於 仏 前 説 呪 及 駈 使 鬼 神 法。 ﹂ と い う。 問 題 は、 則 天 文 字 が 使 用 さ れ て い る か ら だ け で は、 則 天 時 代 と は 限 ら な い と い う 意 で あ る。 な る ほ ど、 現 に、 本 朝 奈 良 時 代 の 正 倉 院 秘 蔵 の 御 物 日 本 人 写 ﹁ 王 勃 詩 集 ﹂ に 匝 ( 月 ) の 字 が 使 用 せ ら れ て い る 実 例 が あ る。 此 れ は、 慶 雲 四 年 の 写 で あ る か ら、 正 に 則 天 武 后 退 位 後 三 年 で あ る。 併 し、 萬 域 で は な く し て 本 朝 で あ る か ら、 武 周 朝 文 化 の 余 韻 は な お 尾 を 引 い て い た 時 代 で あ る。 故 に 武 后 政 権 は 失 墜 し て い て も、 依 然 則 天 文 字 が 使 用 さ れ た 実 例 で あ る。 つ ま り、 此 れ は 奈 良 朝 に 於 て は、 唐 朝 の 政 変 を 知 ら な か っ た た め で あ ろ う。 西 崖 居 士 は 不 詳 訳 時、 頗 可 疑 焉 と 頗 る 誘 る け れ ど も、 唐 朝 で は、 偽 借 王 朝 の 変 体 則 天 文 字 を 依 然 武 后 政 権 崩 壊 後 に 使 用 さ れ た と は 到 底 考 え ら れ な い。 蓋 当 時 之 作 歎 と 西 崖 居 士 の 推 定 の 方 が 正 に 適 切 で あ る と、 私 は 思 っ て い る。 本 朝 で の 則 天 文 字 の 使 用 や 大 仏 建 立 の 事 実 か ら 考 え て、 奈 良 朝 天 平 文 化 が、 同 時 代 の 玄 宗 朝 の 文 化 よ り、 一 時 期 前 の 武 后 朝 の 文 化 の 影 響 の 方 が 大 で あ っ た と い う こ と を 知 る べ き で あ ろ う。 そ れ に し て も、 水 戸 義 公 の 光 囲 の 囲 の 字 が 則 天 文 字 で あ る の を 如 何 に 解 す る か。 日 本 史 専 門 家 か ら の 示 教 を 仰 ぎ た い と こ ろ で あ る。 七 武 周 朝 に お け る 仏 教 優 位 の 政 令 と 密 教 ・ 道 教 と の 関 係、 そ れ と 洛 陽 の 密 教 と 長 安 の 密 教、 此 の 二 つ の 問 題 を 此 の ﹃ 地 蔵 大 道 心 駈 策 法 ﹄ の 上 に 論 究 し、 本 論 の 中 枢 と す る こ と に し よ う。 ﹃ 密 教 発 達 志﹄ 巻 五 ﹁ 経 軌 章 疏 一 覧 ﹂ は、 此 の 経 文 を、 ﹃ 阿 娑 縛 抄 ﹄ の 分 類 に 従 っ て、 地 蔵 法 の 類 に 入 れ て い る。 此 の 経 文 は、 勿 論、 ﹃ 開 元 録 ﹄ に 登 載 せ ら れ て い な い し、 本 朝 請 来 の 時 期 も 人 師 も 共 に 不 詳 で あ る。 現 行 本 は、 平 安 朝 末 期 堀 河 天 皇 の 寛 治 元 年 の 写 本 を 享 保 三 年 に 校 訂 し た も の で あ る か ら、 恐 ら く、 唐 土 で は、 坊 間 に 流 行 し て い た も の を 藤 原 時 代 に 舶 載 し た に 相 違 な い。 こ れ に 似 通 っ た 例 は、 蔵 外 の 経 文 に つ い て 見 れ ば、 い ぐ ら も あ る か ら、 此 の 場 合 も、 や は り、 そ う だ と 思 う。 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 此 の 一 一 五 九 号 A 本 は、 ﹃ 大 正 蔵 経 ﹄ の 組 版 で は 二 頁 余 の 短 篇 で あ る が、 異 本 一 一 五 九 号 B 本 は 五 頁 余 あ る。 い ま 両 本 を 比 較 す る と、 一 一 五 九 号 A 本 は、 著 し く、 道 教 風 で あ る が、 一 一 五 九 号 B 本 も 巻 末 に、 或 事 北 神 九 子 母 神 阿 魔 神 竈 君 社 地 社 神 と あ る の は、 明 か に、 道 教 風 で あ る け れ ど も、 し か し、 あ た か も 之 を 否 定 す る が 如 く、 如 是 邪 見。 我 使 此 人 行 住 不 安。 悪 夢 縦 横。 唯 願 世 尊。 聴 我 受 持。 仏 告。 善 哉 善 哉。 汝 大 慈 無 量。 饒 益 衆 生。 我 助 汝 喜。 と あ る。 こ こ に 如 是 邪 見 と い う の は、 明 か に 武 周 朝 の 道 教 追 放 の 政 令 に 則 る 見 解 で あ る か ら、 A 本 の 内 容 と は 明 か に 相 違 す る。 此 の 様 に、 B 本 に 反 し て、 A 本 の 方 は 全 篇 著 し く 道 教 風 で あ る。 今 一 っ、 此 れ は 本 朝 の 偽 作 と 推 定 さ れ て い る 輸 婆 迦 羅 訳 と 伝 え ら れ て い る ﹃ 地 蔵 菩 薩 儀 軌 ﹄ も 道 教 風 な の で、 こ れ を 参 考 ま で に 紹 介 し よ う。 そ れ は、 若 念 得 五 穀 成 就。 以 稲 実 華 護 摩。 若 念 他 人 福 徳。 取 得 其 家 竈 土 護 摩。 ⋮⋮若 念 生 生 世 世 怨 敵 伏 以 苦 練 ( 棟 = 梶 ) 木 護 魔。 ( 正 蔵、 二 十、 一 一 五 八 号。 六 五 二、 中。 ) と い う の で あ っ て、 此 の 種 の 護 摩 法 は、 明 か に イ ン ド 本 来 の そ れ で は な く し て、 中 国 風 道 教 風 の そ れ で あ る。 因 み に、 此 の 経 文 は、 本 朝 偽 撰 経 と い わ れ て い る が、 唐 朝 に 藍 本 が あ っ た 筈 で、 中 に 普 供 養 印 を 説 い て い る か ら、 胎 蔵 系 の 唐 代 坊 問 流 布 儀 軌 に 相 違 な い と、 私 は 思 っ て い る。 故 に、 此 れ と 同 軌 の 地 蔵 法 が 一 一 五 九 号 A で あ っ て、 両 者 は 同 趣 向 の 経 文 で あ る。 彼 仏 滅 後。 於 像 法 中。 我 住 凡 夫 地。 有 一 仙 人。 在 倶 特 羅 山。 善 解 道 術。 ( 蔵、 二 十、 一 一 五 九 号、 A、 六 五 三、 上。 ) と あ る 中 の 我 と は 在 家 出 家 の 修 行 人 の 意 で、 仙 人 が 道 教 風 に 道 術 を 善 く 解 す る と い い、 而 も 像 法 の 時 代 で あ る と い う に 注 意 を 願 い た い。 次 に、 世 尊 若 行 人 欲 使 促 鬼。 当 朱 沙 書 此 符 後 三 印 呑。 世 ( 帯 ) 九 牧 ( 枚 )。 然 後 作 法。 使 鬼 迅 速 処 処 使 促。 甲旦 畢 無 失。 ( 同 上、 六 五 四、 上。 ) と あ る 促 鬼 法 も、 朱 書 の 符 を 呑 ん だ り、 帯 行 す る な ど、 明 か に 道 教 風 で あ る。 更 に ま た、 及 見 苦 病 患 及 厄 難 者。 書 符 使 飛 千 里 報 酬 死。 経 一 日。 書 符 心 上 者。 便 得 還 活。 ( 上、 六 五 四、 下。 ) と あ る の も、 ま た 若 過 此 日 者。 其 符 失 度。 世 尊。 此 己 上 四 十 道 符 上 二 十 道 修 神 符。 能 除 一 切 衰 患。 若 修 法 人。 療 治 衆 生 病 苦。 書 一 千 枚 符。 書 之 呑 帯 所。 有 悪 病 悪 瘡。 朱 沙 書 符。 向 之 即 差。 ⋮⋮己 符 書 之 即 効。 ( 上、 六 五 五、 上。 ) と あ る の も、 盛 ん に 道 教 風 の 朱 砂 書 の 符 を 説 い て い る。 斯 様 に、 則 天 文 字 に て 標 題 を 示 し た 此 の 経 文 に、 武 周 朝 の 道 教 追 放 の 政 令 に 背 き、 著 し く 道 教 風 味 を 帯 び た 箇 所 が 随 処

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に 発 見 で き る の は、 善 無 畏 訳 と 伝 え る 一 一 五 八 号 本 と 共 に 不 勘 興 味 を 覚 え る。 そ も そ も、 地 蔵 法 に 依 り 悪 鬼 駆 使 を 説 い た と す る 此 の 経 文 の 内 容 は、 実 は、 如 何 な る 目 的 の た め に 説 こ う と し た か。 亦 地 蔵 法 の 内 容 は 何 か と い う 問 題 に 関 連 し て、 結 論 に ま で 追 い 込 ん で 行 き た い と 思 う。 地 蔵 法 の 本 質 に つ い て は、 私 は、 未 だ 権 威 あ る 学 説 を 聞 い た こ と が な い。 本 朝 人 の イ メ ー ジ で は、 地 蔵 菩 薩 は、 地 獄 で の 救 世 主 と い う こ と だ け で あ る が、 此 の 経 文 で は 復 諦 此 呪。 於 須 輿 間。 一 切 地 獄。 受 苦 衆 生。 各 承 蓮 華。 諸 苦 停 息。 ( 上、 六 五 三、 上。 ) い っ て い る だ け で あ る。 地 蔵 菩 薩 の 真 言 は、 南 護 那 羅 三 婆 陀 倶 留 婆 摩 穆 都 満 娑 婆 詞 で あ る が、 ﹃ 大 目 経 ﹄ の ﹁ 密 印 品 ﹂ と ﹁ 真 言 蔵 品 ﹂ に 出 て い る の は、 南 腰 三 漫 多 勃 駄 哺 詞 詞 詞 蘇 ﹂但 奴 渉 詞 で 前 者 と 相 違 す る。 亦、 ﹃ 陀 羅 尼 集 経 ﹄ 巻 六 に も、 地 蔵 菩 薩 法 身 印 呪 と い う の が 出 て い る が、 此 れ と も 相 違 す る。 併 し、 私 に 言 わ し む な ら ば、 ﹃ 地 蔵 駈 策 法 ﹄ は、 何 の こ と は な い、 幾 多 雑 密 経 文 に 見 る 如 く、 イ ン ド の ヴ ェ ー ダ 以 来 三 種 法 の 一 と し て 説 か れ て 来 て い る 除 災 ・ 降 伏 の 二 法 を 説 い た も の に 他 な ら な い の で あ っ て、 地 獄 を い う 外 は、 地 蔵 法 独 自 の 面 目 が 那 辺 に あ る か、 全 く 判 読 に 苦 し む。 惟 う に、 除 災 ・ 降 伏 の 二 法 は、 幾 多 イ ン ド 修 法 の 中 で も、 其 の 内 容 が 道 教 の そ れ と 著 し く 共 通 す る。 こ う い う わ け で あ る か ら、 中 国 風 に 密 教 の 修 法 を 説 く も の は、 此 の 除 災 ・ 降 伏 の 両 法 を 好 ん で 説 く も の が 極 め て 多 い。 凡 そ、 本 来 の 降 伏 法 と 言 え ば、 ヴ ェ ー ダ の 怨 敵 降 伏 で あ る。 怨 敵 と 言 え ば、 そ れ は 国 土 を 侵 犯 す る も の で、 私 的 怨 家 で は な い。 漢 訳 に は、 不 空 訳 ﹁ 擢 魔 怨 敵 法 ﹄ 正 蔵、 二 十、 一 一 五 〇 号、 漿 版。 ) が そ の 実 例 で、 そ の 由 来 は、 極 め て 古 く、 前 述 の 如 く、 仏 教 以 前 の ヴ ェ ー ダ の マ ン ト ラ に 其 の 祖 型 が 索 (51) め ら れ る と い う。 併 し、 ﹃ 駈 策 法 ﹄ の 我 有 神 呪。 能 除 悪 鬼。 若 不 除 降 伏。 須 更 即 死。 ( 蔵、 二 十、 六 五 三、 下。 ) は、 国 敵 で は な く し て、 私 的 な 悪 鬼 の 降 伏 で あ る。 ま た、 我 莞 衆 生 被 諸 悪 所 悩。 如 彼 長 者 家 無 異 也。 我 於 此 時。 作 是 誓 言。 願 遇 知 識。 当 教 降 伏 之 法。 ( 上、 六 五 三、 上。 ) と あ る の を 読 む と、 こ れ も、 明 か に、 相 手 は 私 的 な 衆 生 を 悩 す 悪 鬼 で あ る。 又 一 切 悪 鬼。 並 集 我 所。 依 師 法 教 調 伏。 其 心 令 発 道 嵐。 ( 上、 六 五 三、 上。 ) と あ る 調 伏 圭 切 悪 鬼 の 調 伏 で あ る が、 些 か 観 念 的 な 意 味 も あ る。 若 有 衆 生。 被 水 次 所 災。 成 有 悪 禽 獣 毒 竜 怨 賊 霧 盗。 ( 上、 六 五 四、 上。 ) で も、 如 来 の 立 揚 か ら 見 た 衆 生 の 怨 賊 で あ っ て 国 賊 で は な い。 怨 敵 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 法 に 関 し て は、 私 見 を 公 表 し た も の が あ る し、 怨 ・ 冤 に 関 し て も 一 部 鄙 見 を 開 陳 し た が、 更 め て 起 稿 を 予 定 し て い る の で、 今 回 は 此 れ 以 上 深 入 り し な い こ と と す る が、 降 伏 や 擢 魔 は 当 時 衆 生 か ら 最 も 所 望 さ れ て い た 大 な る 修 法 で あ っ た。 そ こ で、 則 天 武 后 時 代 の こ う い う 風 な 密 教 は、 次 期 玄 宗 時 代 に な る と、 ど の 様 な 発 展 を 遂 げ た か と、 こ れ を 見 と ど け る 必 要 が 起 っ て く る。 つ ま り、 私 の ね ら い は、 イ ン ド 密 教 が、 唐 代 中 国 風 密 教 と し て、 武 后 時 代 か ら 玄 宗 時 代 に か け て、 如 何 に 変 形 変 容 し た か を 見 き わ め た 上 で の 武 后 時 代 密 教 の 位 置 づ け で あ る。 今 少 し く 委 し く い う な ら ば、 則 天 武 后 時 代 す な わ ち 両 部 伝 訳 以 前 の 中 国 密 教 の 形 式 内 容 が、 両 部 伝 訳 時 の 不 (52) 空 時 代 に な る と 如 何 に 変 形 変 容 し た か、 更 に こ れ 以 降 の 唐 代 後 期 に 於 て、 即 ち 徳 宗 朝 以 後 排 仏 時 の 武 宗 朝 ま で に 如 何 に 再 変 形 再 変 容 し た か を 論 究 の 上 で の 武 后 時 代 密 教 の 位 置 づ け で あ る。 此 れ が た め に、 次 に 随 求 陀 羅 尼 に 関 す る 経 軌 を 狙 上 に 載 せ よ う。 八 ま ず 手 始 め に、 不 空 訳. 金 剛 頂 喩 伽 最 勝 秘 密 成 仏 随 求 即 得 神 変 加 持 成 就 陀 羅 尼 儀 軌 ﹄ ( 正 蔵、 二 十、 二 五 五 号、 東 寺 三 密 蔵 本、 元 永 二 年 写。 ) を 見 る こ と に し よ う。 此 の 経 文 は、 尾 題 に、 随 求 即 得 真 言 儀 軌 と 略 示 さ れ、 い う ま で も な く、 随 求 呪 法 を 説 く 所 謂 雑 密 儀 軌 で あ る が、 具 題 の 冒 頭 に 示 さ れ て い る 通 り、 金 剛 頂 経 の 影 響 が 認 め ら れ る。 同 じ く 不 空 訳 で 大 随 求 陀 羅 尼 を 説 く と 称 せ ら れ て い る﹃ 普 遍 光 明 清 浄 熾 盛 如 意 宝 印 心 無 勝 大 明 王 大 随 求 陀 羅 尼 経 ﹄ 二 巻 ( 蔵、 二 十、 一 一 五 三 号、 麗 本、 東 大 梵 本。 ) と い う の が あ る。 以 上 二 本 一 一 五 五 号 と 一 一 五 三 号 本 と は 別 本 で あ っ て、 二 五 三 号 本 と 同 本 異 訳 と い わ れ て い る の が 宝 思 惟 訳. 仏 説 随 求 即 得 大 自 在 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ ( 蔵、 二 十、 一 一 五 四 号、 麗 本。 ) で あ る。 ( 五 三 号 本 は、 宋 本 を 欠 く が、 麗 明 両 本 と 一 部 梵 本 も 現 存 す る。 二 五 四 号 は 麗 ・ 宋 ・ 元 ・ 明 四 本 が 備 り、 一 一 五 三 号 ・ 一 一 五 四 号 両 本 が 共 に 入 蔵 の 経 文 で あ る の に 対 し、 一 一 五 五 号 本 の 方 は、 尾 題 に、 大 唐 青 竜 寺 内 供 奉 沙 門 曇 貞 修 建 真 言 碑 本 七 十 天 真 言 と あ る だ け で、 入 蔵 経 文 で は な い。 想 像 す る に、 此 の 一 一 五 五 号 本 は 内 容 の 上 か ら、 恐 ち く 唐 代 坊 間 に 流 布 伝 承 さ れ て 本 朝 に 渡 来 し た 経 文 で あ ろ う か。 私 に 言 わ し む な ら ば、 此 の 一 一 五 五 号 本 は 民 俗 風 密 教 の 興 味 あ る 経 文 の 一 例 で あ る。 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 と 宝 思 惟 訳 一 一 五 四 号 本 と は 同 本 異 訳 で

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あ る が、 不 空 訳 一 一 五 五 号 本 は 別 本 だ と い う こ と に な っ て い る け れ ど も、 内 容 の 上 か ら は、 勿 論 三 本 の 問 に は 共 通 点 と 相 違 点 と が 三 ツ 巴 に 出 入 り す る。 一 一 五 三 号 ・ 一 一 五 四 号 の 両 本 は、 い わ ば、 阿 闊 梨 が 修 法 の た め の 儀 軌 で あ る が、 一 一 五 五 号 本 の 方 は、 坊 間 に 通 用 し、 士 庶 の 間 に 親 し ま れ、 三 本 共 に 随 求 陀 羅 尼 の 呪 法 に よ る 降 伏 法 を 説 い た 経 文 で あ る 点 は 一 致 し て い る。 借 て、 一 一 五 五 号 本 不 空 訳 ﹃ 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ で は、 滅 悪 趣 菩 薩 を 仕 立 て て、 盧 遮 那 仏 の 大 集 会 中 に 於 て、 当 来 末 法 雑 染 世 界 の 悪 趣 衆 生 の た め、 世 尊 か ら 滅 罪 浄 仏 陀 羅 尼 の 説 法 を 聴 い た こ と に な っ て い る。 ﹃ 地 蔵 大 道 心 駈 策 法 ﹄ で は、 末 法 で は な く し て、 像 法 中 凡 夫 の 地 に 一 仙 人 あ っ て、 善 く 道 術 を 解 し、 衆 生 が 諸 悪 鬼 の 悩 す と こ ろ と な っ て い る の を 降 伏 す る 法 を 教 え た こ と に な っ て い る か ら、 ﹃ 駈 策 法 ﹄ と 一 一 五 五 号 本 と は 同 趣 向 の 内 容 の 経 文 で あ る。 一 一 五 五 号 本 で は 三 密 門 を 修 め、 念 仏 三 昧 を 証 し、 浄 土 に 生 れ る と 説 い て い る。 更 に 死 し て は、 必 ず 極 楽 世 界 に 生 れ、 決 定 生 極 楽 世 界 と い う。 此 の 様 な こ と は 一 一 五 三 号 ・ 一 一 五 四 号 の 両 本 に は 説 か れ て い な い。 次 に 此 の 経 文 は、 両 部 伝 訳 時 代 の 成 立 で あ る か ら、 毘 盧 遮 那 如 来 自 法 界 智 や 毘 盧 遮 那 如 来 心 智 之 中 之 智 心 と い う こ と を 説 い て い る。 同 じ く 地 獄 を 説 き、 悪 鬼 降 伏 を 説 く け れ ど も、 両 部 伝 訳 以 前 の 則 天 武 后 時 代 の. 駈 策 法 ﹄ で は そ の よ う な こ と は な い。 不 空 訳 ﹃ 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ 一 一 五 五 号 本 で は、 右 に 摘 記 し た 如 く、 三 密 門 を 修 め、 念 仏 三 昧 を 証 し た 上 で、 更 に 地 獄 か ら の 抜 済 法 と 抜 苦 法 と を 説 き、 極 楽 世 界 に 生 れ る と 説 く 点 が 純 密 両 部 伝 訳 時 代 と 相 違 す る。 ﹃ 駈 策 法 ﹄ で は、 一 切 の 悪 鬼 に よ る 地 獄 で の 受 苦 の 衆 生 を 調 伏 法 に よ り 救 度 す る こ と を 説 い て い る が、 一 一 五 五 号 本 の よ う に、 未 だ 極 楽 世 界 は 説 い て い な い。 不 空 訳. 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ = 五 五 号 本 で は、 閻 羅 王 宮 に お け る 罪 の 不 可 量 と そ の 算 数 不 可 計 を 言 い、 善 金 札 に は 一 善 も な く、 悪 鉄 札 に は 尽 く 計 る べ か ら ざ る も の あ り と 言 い、 馬 頭 ・ 午 頭 の 獄 卒 が 登 場 す る か ら、 こ れ ら は 道 教 に 共 通 す る 功 過 格 に よ る 算 数 を い う も の で あ る。 ﹃ 駈 策 法 ﹄、 に は、 前 き に 指 摘 し た 通 り、 道 教 風 の 箇 所 が 随 処 に あ る が、 如 上 の 一 一 五 五 号 本 の よ う に 細 説 す る と こ ろ は な い。 ﹃ 駈 策 法 ﹄ は 地 蔵 法 の 儀 軌 で あ る し、 ﹃ 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ 一 一 五 五 号 本 は 随 求 呪 法 を 説 く 儀 軌 で あ る が、 此 の よ う に 内 容 は 極 め て 克 く 似 て い る。 所 謂 雑 密 儀 軌 と い う も の の 内 容 は、 斯 様 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 に、 似 た り よ っ た り の も の な の で あ る。 併 し、 勿 論、 相 違 も 数 々 あ る。 一 一 五 五 号 本 の 方 は、 華 厳 ・ 梵 網 の 教 説 で あ ろ う が、 蓮 華 蔵 世 界 の 諸 仏 菩 薩 ( 蔵、 二 十、 六 四 七、 下。 ) と 毘 盧 遮 那 如 来 心 智 之 中 智 心 ( 同上 ) す な わ ち 仏 の } 切 智 智 と 毘 盧 遮 那 如 来 自 法 界 智 同 上、 六 四 七、 中。 ) を 説 く が、 再 び 繰 り か え す け れ ど も、 ﹃ 駈 策 法 ﹄ で は 勿 論 こ れ を 説 か な い。 不 空 訳 ﹃ 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ 二 一 五 五 号 本 で は 華 厳 の 三 千 大 世 界 を い う け れ ど も、 ﹃ 駈 策 法 ﹄ に は そ れ は な い。 不 空 訳 ﹃ 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ 一 一 五 五 号 本 で は、 不 空 訳 ﹁ 法 華 儀 軌 ﹄ を 示 す か ら、 此 の 経 文 は ﹃ 法 華 儀 軌 ﹄ よ り 新 ら し い 成 立 で あ る こ と が 推 測 で き る。 ﹃ 駈 策 法 ﹄ に は 勿 論 此 の よ う な こ と は な い。 之 を 要 す る に、 ﹃ 駈 策 法 ﹄ は 単 な る 道 教 風 に 調 伏 を 説 く 雑 密 儀 軌 で あ る が、 ﹃ 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ 一 一 五 五 号 の 方 は 華 厳 ・ 梵 網 ・ 法 華 を 取 り 入 れ、 ﹃ 駈 策 法 ﹄ と 同 様、 道 教 風 味 も あ る け れ ど も、 毘 盧 遮 那 智 法 身 ・ 一 切 智 智 ・ 三 密 法 な ど 純 密 の 要 素 も 加 り、 綜 合 的 な 説 相 を 示 す。 此 の 点 は、 同 じ く 道 教 風 と い っ て も、 ﹃ 駈 策 法 ﹄ と 大 相 違 が あ る。 此 の 相 違 が 武 周 時 代 の 密 教 と 不 空 時 代 の そ れ と の 大 相 違 点 で も あ る。 併 し 両 者 に 共 通 す る 道 教 風 な る 箇 所 は、 や が て、 唐 代 後 期 に ま で 持 ち 越 さ れ、 破 地 獄 法 に 及 ん で い る。 破 地 獄 法 の 系 譜 は、 別 途 に、 尊 勝 軌 と 三 種 悉 地 軌 そ の 他 に つ い て 考 察 し な け れ ば な ら ぬ が、 こ れ に (54) 関 し て は、 巳 に 私 に は 発 表 し た 旧 稿 が あ る の で、 こ こ で は 繰 り か え さ な い。 併 し 道 教 風 の 説 相 が 通 し て 流 れ て い る の を、 私 は、 中 国 風 密 教 と 呼 ん で い る の で、 そ の よ う に 理 解 願 い た い。 こ こ で 再 び 武 后 時 代 の 経 文 で あ る 宝 思 惟 訳 ﹃ 随 求 即 得 大 自 在 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ 一 一 五 四 号 本 を 見 よ う。 此 の 経 文 は、 前 き に 注 意 し て お い た 不 空 訳 ﹃ 大 随 求 陀 羅 尼 経 ﹄ ( 二 五 三 号 ) と 同 本 異 訳 の 関 係 に あ り、 不 空 訳 ﹃ 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ ( ( ' 五 五 号 ) と は 別 本 だ と い う こ と に な っ て い る が、 一 一 五 三 号 本 は 上 ・ 下 両 巻 で あ る の に 対 し、 一 一 五 四 号 本 の 方 は 一 巻 で あ る。 一 一 五 四 号 本 を 再 訳 す る に 際 し、 訳 者 は 一 巻 を 両 巻 に ひ ら き、 敷 術 し、 一 一 五 三 号 本 が で き た に 相 違 な い。 一 一 五 三 号 ・ 一 一 五 四 号 の 両 本 と 一 一 五 五 号 本 の 内 容 上 の 相 違 点 は、 一 一 五 三 号 ・ 一 一 五 四 号 に は 道 教 臭 味 は な い が、 一 一 五 五 号 本 に は そ れ が あ る し、 勿 論 三 本 共 に 随 求 陀 羅 尼 の 効 験 を 説 く の が 主 眼 な の で あ る。 問 題 は、 三 本 の 成 立 時 期 に 前 後 が あ る か ら、 叙 上 の 如 く、 内 容 の 上 に、 少 少 異 同 が で き て い る だ け で、 随 求 陀 羅 尼 に 依 っ て 一 切 魔 ・ 怨 敵 を 催 破 し、 地 獄 の 一 切

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苦 か ら の 抜 済 ・ 抜 求 を 説 い た 点 で は 失 訳 ﹃ 駈 策 法 ﹄ を も 含 め て、 す べ て 同 様 で あ る が、 私 の 懸 案 の 問 題 は、 武 后 時 代 の 経 文 で あ る 一 一 五 四 号 本 と ﹃ 駈 策 法 ﹄ と の 類 似 内 容 と 玄 宗 時 代 の 経 文 で あ る 一 一 五 三 号 本 と 一 一 五 五 号 本 と の 関 係 で あ る。 つ ま り、 此 の 両 時 代 の 経 文 の 相 違 の 上 か ら、 武 后 時 代 の 密 教 を ク ロ ー ズ ア ッ プ す る に あ る。 そ こ で、 武 后 時 代 の 一 一 五 四 号 本 と、 そ の 同 本 異 訳 と い わ れ て い る 玄 宗 時 代 の 一 一 五 三 号 本 と、 別 本 と い わ れ て い る 一 一 五 五 号 と の 同 異 を、 今 一 度、 更 め て、 左 に 摘 記 し よ う。 (一) 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 は、 教 主 を 婆 伽 梵 と の み 記 し、 毘 盧 遮 那 と は 明 記 し て い な い の に 対 し、 同 じ く 不 空 一 一 五 五 号 本 で は、 明 か に 毘 盧 遮 那 と 明 記 す る。 両 部 伝 記 時 代 の 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 に 毘 盧 遮 那 を 明 記 し な い の は、 他 の 幾 多 両 部 伝 訳 時 代 成 立 の 経 軌 の 実 例 に 照 合 す る と、 寧 ろ 異 例 に 属 す る が、 此 れ は 同 本 異 訳 と い わ れ て い る 両 部 伝 訳 以 前 の 武 后 時 代 の 宝 思 惟 訳 で み る 一 一 五 四 号 本 に 婆 伽 梵 と あ る の を 踏 襲 し た の で あ ろ う。 (二) 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 に、 一 切 智 智 を 説 く の は、 さ す が に、 此 の 経 文 が 両 部 伝 訳 時 代 の そ れ で あ る か ら で、 両 部 伝 訳 以 前 の 武 后 時 代 の 宝 思 惟 訳 の ( 五 四 号 本 に は こ れ が な い。 (三) 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 で は、 冤 敵 降 伏 ・ 煩 悩 及 怨 敵 擢 破 を 説 く。 冤 と 怨 と は、 本 来 意 味 は 違 う が、 此 の 場 合 の 冤 は 怨 と 同 意 に 用 い ら れ て い る。 趙 宋 時 代 の 天 息 災 訳 な ど は 怨 敵 は 悉 く 冤 敵 に 作 ら れ て、 怨 敵 と い う 字 面 は な い。 そ れ は そ れ と し て、 催 破 怨 敵 を 説 く 経 文 は、 此 の 外 に い く ら も あ る が、 不 空 訳 で は ﹃転 法 輪 菩 薩 擢 魔 怨 敵 法 ﹄ ( 蔵、 二 十、 一 一 五 〇 号、 奨 版。 ) の 如 き は こ れ が 主 題 と な っ て い る 実 例 で あ る。 宝 思 惟 訳 一 一 五 四 号 で も、 怨 儲 の 侵 害 す る 所 を 能 催 し、 一 切 の 怨 敵 を 擢 伏 す る を 説 い て い る の は 全 く 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 で も 同 じ で、 一 一 五 五 号 本 と も 同 様 で あ る。 (四) 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 で は、 末 法 時 に お け る 短 命 ・ 薄 福 無 福 と い う こ と を 説 く が、 宝 思 惟 訳 一 一 五 四 号 本 で は こ れ を 説 か な い。 (五) 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 で は、 阿 鼻 地 獄 の 猛 火 が 随 求 陀 羅 尼 の 威 徳 に よ り、 悉 く 消 滅 し、 焔 魔 の 獄 卒 は、 こ れ を 見 て、 焔 魔 に 告 げ る と い う が、 こ の 主 旨 は、 宝 思 惟 訳 一 一 五 四 号 本 と 全 く 同 様 だ が、 字 面 上 は、 焔 魔 が 閻 羅 王 と な っ て い る だ け の 相 違 で あ る。 焔 魔 と 閻 羅 と の 相 違 は、 単 に 字 面 の そ れ だ け で な く、 密 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 教 本 来 の も の と そ う で な い も の と の 相 違 が あ る の で、 詳 し く は、 拙 稿 ﹁ 唐 代 密 教 に お け る 閻 羅 王 と 太 山 府 君 ﹂ ( 道 教 研 究 ﹄、 第 四 所 収。 を 参 考 願 い た い。 そ れ は と も 角 と し て、 こ こ に 破 地 獄 を 説 い た 善 無 畏 訳 と 伝 え る 破 地 獄 軌 と の 連 関 が 考 え ら れ る の は 前 言 の 通 り で あ る。 因 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 で は、 吉 宿 曜 直 日 を 択 ん で、 此 の 吃 羅 尼 を 書 写 す る こ と を 説 い て い る の に 対 し、 宝 思 惟 訳 一 一 五 四 号 本 で は 星 辰 目 月 を 爵 ら ん で 呪 を 作 せ と い う。 両 者 亦 同 様 の 趣 向 で あ る。 爾 不 空 訳 ( 五 三 号 本 で は、 経 文 の 標 題 中 に、 如 意 宝 印 と 明 示 し、 経 文 中 に 如 意 宝 印 心 無 能 勝 を 説 く が、 そ の 印 呪 は 説 か れ て い な い。 併 し、 武 后 時 代 の 宝 思 惟 訳 一 一 五 四 号 本 で は、 そ の 片 鱗 す ら も 発 見 で き ぬ。 だ の に、 失 訳 ﹃ 駈 策 法 ﹄ と ﹃ 地 蔵 菩 薩 陀 羅 尼 経 ﹄ と に は、 夫 れ 夫 れ、 如 意 宝 と 如 意 珠 ・ 摩 尼 宝 珠 と を 説 く。 要 す る に、 此 の 両 経 文 不 空 訳 一 一 五 三 号 本 と 宝 思 惟 訳 一 一 五 四 号 本 は、 一 切 の 魔 障 ・ 怨 敵 ・ 地 獄 の 催 破 ・ 降 伏 を 説 い た も の で、 宝 思 惟 訳 一 一 五 四 号 本 は 簡 潔 で あ り、 不 空 訳 = 五 三 号 本 は 敷 術 さ れ て い る。 そ こ に は、 両 部 伝 訳 時 代 の 内 容 の 豊 富 さ を 思 わ す も の が あ る が、 不 空 訳 一 一 五 五 号 本 の よ う に 道 教 臭 味 は 加 っ て い な い。 と こ ろ で、 随 求 陀 羅 尼 を 標 榜 す る 経 文 に、 今 一 本 菩 提 流 志 訳 と 伝 身 る ﹃ 仏 心 経 品 亦 通 大 随 求 陀 羅 尼 ﹄ 二 巻 ( 蔵、 十 九、 九 二 〇 号、 享 和 刊 本。 ) が あ る。 此 の 経 文 は、 到 底 武 后 時 代 の 菩 提 流 志 の 訳 と し て い た だ け な い。 詳 し く は、 拙 著 ﹃ 唐 代 密 教 史 雑 考 ﹄ の ﹁ 不 空 以 前 の 密 教 ﹂ 之 一 の 項 を 参 照 あ り た い が、 此 の 経 文 を 読 ん で み る と、 上 ・ 下 両 巻 を 通 し て、 経 題 の 仏 心 を 弘 く 説 い た も の で あ る。 経 題 に 示 さ れ て あ る 大 随 求 陀 羅 尼 に 関 し て は、 巻 上 に、 随 求 陀 羅 尼 を 代 表 す る 一 切 (55) 仏 心 甲 心 大 陀 羅 尼 を 小 陀 羅 尼 を 以 て 説 ぎ、 以 下 五 印 契 だ け を 説 い て、 真 言 を 欠 い て い る。 詳 し く は 脚 注 を 参 考 あ り た い。 と も 角、 菩 提 流 志 訳 と 伝 え る だ け で 以 て、 経 軌 を 早 速 武 后 時 代 の 密 教 を 窺 え る 資 料 だ と 早 合 点 す る な ら ば、 と ん で も な い 過 誤 を 干 す る こ と に な る か ら、 注 意 肝 要 で あ る。 九 以 上、 之 を 要 す る に ふ 則 天 武 后 時 代 の 密 部 経 軌 に は、 二 種 類 の あ る こ と が 判 明 し た。 一 つ は 失 訳 ﹃ 地 蔵 大 道 心 駈 策 法 ﹄ で、 道 教 の 禁 令 が あ っ た に か か わ ら ず、 そ の 内 容 は 著 し く 道

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教 臭 味 に 満 ち 満 ち て い る。 今 一 つ は、 宝 思 惟 訳 ﹃ 随 求 即 得 陀 羅 尼 経 ﹄ で、 道 教 臭 味 は 殆 ん ど 観 取 で き な い。 併 し、 両 経 文 に 共 通 す る と こ ろ は あ る。 す な わ ち、 降 伏 法 を 説 き、 地 獄 の 受 苦 衆 生 の 救 度 を 説 く も、 両 経 文 共 に、 不 空 訳 ﹃ 随 求 即 得 真 言 儀 軌 ﹄ の よ ヶ に、 末 法 や 念 仏 三 昧 や 極 楽 世 界 浄 土 は 説 い て い な い。 一 言 以 て 之 を 蔽 え ば、 降 伏 と 破 地 獄 の 二 つ が 此 の 武 后 時 代 の 密 部 経 軌 に 共 通 す る と こ ろ で あ る。 巳 に 鄙 見 の 一 部 は 公 表 す み で あ る が、 中 国 風 密 教 の 特 色 と し て の 道 教 臭 味 の 加 味 せ ら れ て い る 点 は、 夙 に 東 晋 失 訳 ﹃ 七 仏 八 菩 薩 所 説 大 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ と ﹁ 潅 頂 経 ﹄ 其 の 他 二 一二 に 其 の 先 例 が あ り、 決 し て 珍 ら し く は な い。 地 蔵 法 に 関 す る 限 り、 漢 訳 初 出 で は、 大 村 西 崖 の ﹃ 密 教 発 達 志 ﹄ 巻 五 に ﹃ 大 乗 大 集 地 蔵 十 輪 経 ﹄ を あ げ て い る。 尤 も こ れ は、 密 部 経 文 で は な く、 道 教 臭 味 も な い。 失 訳 ﹃ 地 蔵 菩 薩 陀 羅 尼 経 ﹄ に な る と、 北 神 九 子 母 神 阿 魔 神 寵 君 社 他 社 神 な ど 道 教 風 格 の 諸 神 が 登 場 し、 些 か 道 教 風 味 が 加 る。 問 題 の 失 訳 ﹃ 地 蔵 大 道 心 駈 策 法 ﹄ に な る と、 其 の 内 容 は 著 し く 道 教 風 に 変 容 し て い る。 そ も そ も、 六 朝 経 文 に 説 (56) か れ て い な い 地 獄 に 閻 羅 王 が 居 て、 地 蔵 菩 薩 が 済 度 す る と い う 説 話 は、 ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ が 克 く 知 ら れ る。 己 に 明 か に な っ て い る 通 り、 此 の 経 文 は 実 叉 難 陀 訳 の ﹃ 地 蔵 菩 薩 本 願 経 ﹄ に 依 っ た も の で あ る と さ れ て い る。 密 部 経 文 で は、 地 蔵 菩 薩 が 登 場 す る の は、 道 教 風 に 説 か れ て い る ﹃ 地 蔵 大 道 心 駈 策 法 ﹄ が 其 の 創 始 で あ る が、 閻 羅 は 出 な い。 ﹃ 地 蔵 菩 薩 陀 羅 尼 経 ﹄ の 上 に も、 か す か に、 道 教 風 の 片 鱗 が う か が わ れ る こ と も、、 前 き に、 私 が 指 摘 し た 通 り で あ る。 そ う し て、 此 の 道 教 風 な る も の は、 唐 代 後 期 の 破 地 獄 軌 に う け つ が れ て 行 く こ と も、 前 き に 道 破 し て お い た。 道 教 風 の 地 蔵 法 を 以 て 全 く 唯 一 の 武 后 時 代 密 教 の 特 色 で あ る と 云 い 切 る こ と は 出 来 な い が、 道 教 風 に 地 蔵 法 を 説 い た 創 始 で あ る こ と は 武 后 時 代 密 教 に 始 る と だ け は 言 い 得 る。 唐 訳 の ﹃ 陀 羅 尼 集 経 ﹄ の 菩 薩 部 に は、 地 蔵 菩 薩 法 が 説 か れ、 そ の 印 呪 も 示 さ れ て い る が、 勿 論 道 教 風 で は な い。 叙 上 の 如 く、 武 后 時 代 の 密 教 に つ い て、 空 前 絶 後 と で も い う べ き 特 色 を 指 示 す る こ と は 不 可 能 で あ る が、 以 上 二 種 類 の 経 軌 に よ り 代 表 さ れ る 内 容 の 密 教 を 武 后 時 代 密 教 と い う こ と が 出 来 る と 思 う。 十 終 結 に 臨 ん で、 こ う い う こ と を 言 っ て お き た い。 武 后 時 代 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 の 密 教 は、 い わ ば、 東 都 洛 陽 の 密 教 で あ り た。 洛 陽 に お け る 密 教 関 係 の 寺 院 の 所 在 地 を、 今 目 地 誌 の 上 か ら、 悉 く 適 確 に 指 定 す る こ と は 困 難 で あ る が、 訳 経 僧 と 住 坊 と 武 后 と の 関 係 は、 ﹃ 関 元 録 ﹄ 巻 九 に 依 り、 概 ね 知 る こ と が 出 来 る か ら、 以 下 可 能 な 範 囲 に て、 之 を 描 き 出 し、 武 后 時 代 の 密 教 の 地 域 的 歴 史 的 性 格 の 一 端 を 明 か に し よ う。, 武 后 と 密 教 と の 関 係 は、 華 厳 の 法 蔵 ど 彼 女 と の 場 合 の よ う な 有 力 な も の は な い が、 当 時 は 純 密 の 時 代 で は な い か ら、 現 世 利 益 追 求 の 呪 術 魔 法 の 密 教 で あ っ た と は い え、 彼 女 と 妖 僧 懐 義 と の 関 係 の よ う な い ま わ し い も の は な か っ た。 此 の 問 の 事 情 に 関 し て は、 顕 教 の 経 文 で は あ る が、 ﹃ 宝 雨 経 ﹄ の 訳 出 に (57) つ い て、 滋 野 井 氏 の 優 れ た 論 文 が 大 い 忙 参 考 に な る。 密 教 に あ っ て、 武 后 に 最 も 親 近 な 人 は、 何 と い っ て も、 菩 提 流 志 で あ る。 彼 の 本 名 は 達 磨 流 支 で あ っ て、 唐 言 で は 法 希 の 意、 天 后 は こ れ を 改 め さ せ て、 菩 提 流 志 と さ せ た。 唐 言 で は 覚 愛 の 意 で あ る。 彼 は 南 イ ン ド の 人 で、 婆 羅 門 種 族、 姓 は 迦 葉 氏、 聡 叡 に し て 絶 倫、 風 神 に し て 爽 異、 生 年 十 二 に て、 外 道 に 於 て 出 家 し、 遂 に 声 明 に 洞 暁 し、 尤 も 数 論 を 習 熟 し た。 陰 陽 ・ 暦 数 ・ 地 理 ・ 天 文 ・ 呪 術 ・ 医 方 は み な 指 掌 の 如 く で あ っ た。 未 だ 五 年 を 越 え ず し て、 三 蔵 に 通 達 す。 天 皇 す な わ ち 高 宗 皇 帝 は、 は る か に 彼 の 雅 誉 を 聞 き、 使 を 遣 し て、 往 っ て 遂 え さ せ た。 使 が 還 え ら ぬ 前 に、 天 后 は 帝 位 に つ き、 長 寿 二 年 に、 彼 は 洛 陽 に 来 た。 彼 の 訳 経 場 は 仏 授 記 寺 で あ る。 次 に 地 婆 詞 羅 ( 日 照 ) も、 天 皇 す な わ ち 高 宗 の 儀 鳳 の 初 年 に 来 て、 天 后 の 垂 撲 の 末 年 に、 洛 陽 の 東 太 原 寺 す な わ ち 大 福 先 寺 に 居 た。 次 に 提 雲 般 若 ( 天 智 ) は、 天 后 の 永 昌 元 年 に、 洛 陽 に 来 て、 帝 に 謁 し、 魏 国 東 寺 す な わ ち 大 周 東 寺 に 居 て、 天 授 二 年 ま で、 翻 経 に あ た っ た。 次 に 慧 智 は、 地 婆 詞 羅 ・ 提 雲 若 那 ・ 宝 思 惟 等 の 訳 経 に 召 さ れ て 協 力 し た 人 で あ る が、 そ の 訳 場 は 仏 授 記 寺 で あ っ た。 次 に 李 無 詔 は、 阿 爾 真 那 ( 宝 思 惟 ) ・ 菩 提 流 志 の 訳 経 に 協 力 し た 人 で あ る が、 そ の 訳 揚 は や は り 仏 授 記 寺 で あ っ た。 次 に 宝 思 惟 の 場 合 も、 や は り、 仏 授 記 寺 を 始 め と し て、 天 宮 寺 ・ 大 福 先 寺 が 訳 揚 で あ っ た。 次 に 義 浄 の 訳 揚 は 東 都 内 道 場 と 大 福 先 寺 で あ っ た。 以 上 洛 陽 の 密 教 と い え ど も、 長 安 の 密 教 と 区 別 し て、 特 筆 で き る 程 の 地 域 的 な 差 別 の 根 拠 も な い け れ ど も、 洛 陽 武 后 時

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代 の 密 教 は、 両 部 伝 訳 以 前 の 所 謂 雑 部 密 教 で あ っ た か ら、 此 の 点 が 洛 陽 密 教 の 特 色 で あ る と い え ぼ 言 え な い こ と も な い よ う な 気 も す る。 時 代 は 降 っ て、 純 密 の 双 壁 で あ る 金 ・ 善 二 師 に つ い て 考 え る と、 金 剛 智 は 洛 陽 広 福 寺 に 居 て、 示 寂 し て は、 洛 陽 竜 門 奉 先 寺 に 起 塔 さ れ、 洛 陽 と は 縁 が 深 い。 善 無 畏 に つ い て い う も 毘 盧 遮 那 経 の 翻 訳 場 は 洛 陽 大 福 先 寺 で あ っ た ら し く、 示 寂 し て は、 や は り 洛 陽 竜 門 の 西 山 広 化 寺 に 葬 ら れ た。 唐 代 密 教 が 斯 様 に 洛 陽 に 甚 だ 由 緒 の 深 い も の が あ っ た こ と を、 私 は 未 だ 意 に 留 め て い な かつ た。 唐 代 密 教 に 初 唐 ・ 盛 唐 ・ 中 唐 ・ 晩 唐 の 時 代 の 相 違 を 発 見 で き る こ と は、 已 に 両 拙 著 に 於 て 明 か に し た 如 く、 極 め て 容 易 で あ る が、 地 域 差 を 指 摘 す る こ と は、 禅 の 北 宗 ・ 南 宗 の よ う に、 出 来 そ う も な い。 私 は、 上 来、 武 后 政 権 時 代 の 地 蔵 法 の 二 実 例 と 随 求 陀 羅 尼 法 の 一 実 例、 併 せ て 三 実 例、 こ れ に 孔 雀 王 法 の 一 実 例 を 加 え て、 そ の 代 表 と し て 取 り あ げ た に 過 ぎ な い か ら、 こ れ ら を 以 て 武 后 時 代 密 教 の 全 貌 を 明 か に し 得 た と は 思 っ て い な い。 け れ ど る、 武 后 時 代 の 密 教 と 玄 宗 時 代 不 空 密 教 と、 更 に 降 下 し て 中 ・ 晩 唐 時 代 の そ れ と の 連 繋 を 辿 る こ と が 出 来 て い る の で、 武 后 時 代 の 唐 代 密 教 史 上 の 位 置 づ け も 亦 概 ね 出 来 上 っ た も の と 思 っ て い る。 以 上 は、 拙 著 ﹃ 唐 代 密 教 史 雑 考 ﹄ に て、 ﹁ 不 空 及 不 空 時 代 の 密 教 ﹂ と 対 比 し て ﹁ 不 空 以 前 の 密 教 ﹂ を 論 じ た 際 に、 当 然 こ の 則 天 武 后 時 代 の そ れ に 言 及 し た か っ た の で あ る が、 そ の 時 に は、 終 た し 得 な か っ た 経 緯 も あ っ た の で、 今 回 は こ れ を 叶 え た の で あ る。 ︹ 註 ︺ (1) 外 山 軍 治 著 ﹁ 則 天 武 后 一 女 性 と 権 力 ﹂ ( ﹁ 中 公 新 書 ﹂ 九 九 ) は、 一 般 読 者 を 相 手 に、 平 易 に 書 か れ た ﹁ よ み も の ﹂ で あ る が、 巻 末 に、 内 外 専 門 家 の 著 書 と 論 文 を か か げ て い る。 参 考 に せ ら れ た い。 中 国 学 者 の 研 究 が 五 篇 と 本 邦 学 者 の そ れ が 七 篇、 い ず れ も 基 礎 的 な 研 究 で は な い。 (2) 正 蔵、 十 九、 九 七 〇 号、 麗 本。 外 に 宋 ・ 元 ・ 明 の 三 本 も 備 り、 就 中、 元 本 に は、 唐 天 后 代 中 三 蔵 地 婆 詞 羅 奉 制 訳 と あ る。 ﹁ 尊 勝 陀 羅 尼 経 ﹂ の 第 五 訳 に て、 仏 頂 部 尊 勝 法 を 説 く。 勿 論、 雑 密 の 経 文 で あ る。 (3) 正 蔵、 二 十、 一 〇 七 七 号、 麗 本、 雑 密、 準 提 仏 母 法。 不 空 訳、 一 〇 七 六 号、 麗 本。 金 剛 智 訳 一 〇 七 五 号、 麗 本 は 其 の 類 本 と い わ れ る。 他 に、 善 無 畏 訳、 一 〇 七 八 号、 享 和 刊 本 ・ 一 〇 七 九 号 享 和 刊 本 等 の 倶 砥 関 係 の 経 文 も あ る。 不 空 訳 ・ 金 剛 智 訳 ・ 善 無 畏 訳 に は 揃 っ て 鏡 面 ・ 仙 薬 ・ 仙 道 ・ 楊 柳 枝 等 に 取 材 し た 道 教 風 に 説 か れ た 箇 所 が 随 処 に 見 え、 在 家 ・ 出 家 を 簡 ば ず、 特 に 在 家 則 天 武 后 時 代 の 密 教

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密 教 文 化 法 と し て 説 か れ て い る の が 目 に つ く。 併 し、 地 婆 詞 羅 訳 に は、 著 し く 左 様 な こ と は な い が、 や は り 在 家 法 的 傾 向 は 見 え る。 道 教 風 の 呪 楊 枝 が そ れ で あ る。 (4) 正 蔵、 二 十 一、 一 三 三 八 号、 明 本、 雑 密、 雑 呪 法。 陀 羅 尼 大 輪 金 剛 ・ 日 光 菩 薩 ・ 摩 利 支 天 の 三 首 だ け の 極 短 篇。 (5) 正 蔵、 二 十 ﹄、 一 三 九 七 号、 麗 本、 雑 密、 破 地 獄 法。 施 護 訳、 ﹁ 仏 説 智 光 一 切 業 障 陀 羅 尼 経 ﹂、 一 三 九 八 号 と 同 本 異 訳 と い わ る。 蔵 訳 も あ る。 善 無 畏 訳 の 破 地 獄 軌 が 著 し く 中 国 風 で あ る の に、 こ の 経 文 に は 全 く そ の 風 が な い。 拙 稿、 ﹁ 唐 代 後 期 胎 蔵 系 密 教 学 の 二 流 派 と 三 種 悉 地 法 ﹂ ( 高 野 山 開 創 千 百 五 十 年 記 念 ﹁ 密 教 学 密 教 史 論 文 集 ) ・ ﹁ 漢 訳 三 種 悉 地 法 の 系 譜 ﹂ ( ﹁ 密 教 文 化 ﹂ 七 七 )。 (6) 正 蔵、 二 十 一、 一 三 四 六 号、 麗 本、 雑 密、 擁 護 饒 益 法。 施 護 訳、 ﹁ 息 除 中 天 陀 羅 尼 経 ﹂ 一 三 四 七 号 と は 同 本 異 訳、 此 の 経 文 は、 組 版 で 一 頁、 中 国 風 の 言 辞 は 一 つ も 見 え ぬ。 (7) 正 蔵、 二 十 一、 一 三 六 二 号、 麗 本、 雑 密、 除 障 滅 罪 法。 此 の 経 文 に は、 過 去 七 生 ・ 擁 護 我 某 甲 於 一 切 恐 怖 処 ・ 常 衛 我 某 甲 井 諸 春 属 と あ つ て、 道 教 経 文 と 共 通 な 字 面 が 目 に つ く。 (8) 正 蔵、 二 十 一、 一 三 七 五 号、 麗 本、 雑 密、 擁 護 饒 益 法。 此 の 経 文 は、 組 版 で 一 頁 の 短 篇、 顔 容 端 正 ・ 財 宝 豊 盈 ・ 無 愛 別 離 ・ 怨 憎 会 苦 ・ 無 有 病 苦 ・ 闘 戦 常 勝 ・ 寿 命 延 長 な ど、 こ こ に も 道 教 経 文 と 共 通 の 内 容 と 表 現 が 見 え る。 (9) 正 蔵、 二 十 一、 一 一 八 二 号、 麗 本、 雑 密、 文 殊 一 字 法。 宝 思 惟 訳、 一 一 八 一 号 と 同 本 異 訳 と い わ る。 此 の 経 文 も、 組 版 で、 一 頁 余 の 短 篇。 宝 思 惟 訳 に は、 不 得 近 諸 女 人 及 喫 一 切 五 辛 酒 肉 芸 苔 相 萎 と あ っ て、 道 教 経 文 と 共 通 の 内 容 と 表 現 が あ る が、 此 の 方 は 同 じ 内 容 で も、 応 洗 浴 潔 浄 於 閑 静 処 ・ 常 須 遠 離 悪 人 不 浄 臭 繊 之 処 ・ 不 近 酒 肉 五 辛 で あ つ て、 イ ン ド 風 で、 内 容 は、 西 崖 居 士 が 悪 法、 淫 法 と 罵 つ た 類 の も の で あ る。 此 の 種 の 経 文 に は、 他 に 一 一 八 三 号 ・ 一 一 八 四 号 ・ 一 一 八 五 号 な ど あ っ て、 著 し く 道 教 と 共 通 風 体 の も の も あ る。 詳 し く は 本 文 参 照。 (10) 正 蔵、 二 十 一、 一 〇 九 七 号、 麗 本。 李 無 諮 訳、 一 〇 九 六 号 と 同 本 異 訳 と い わ る。 雑 密、 絹 索 法 を 説 く 経 文 は、 何 と い っ て も、 菩 提 流 志 訳 三 十 巻、 一 〇 九 二 号 が 圧 巻 で あ る。 そ れ は そ れ と し て、 此 の 阿 禰 真 那 ( 宝 思 惟 ) 訳 は 三 巻 本。 通 巻 如 意 宝 珠 を 説 い て い る の が、 此 の 経 文 の 特 色 で あ る。 け れ ど、 道 教 風 体 は 勿 論 の こ と、 中 国 風 と 覚 し き 独 自 の 表 現 も な い。 イ ン ド 風 呪 術 を 卒 直 に 伝 え て い る と 見 る べ き で あ る。 (11) 正 蔵、 二 十、 二 五 四 号、 麗 本。 不 空 訳、 一 一 五 三 号 と 同 本 異 訳。 雑 密、 随 求 呪 法。 こ の 経 文 は、 極 め て 真 言 の 多 い 経 文 で、 一 巻 の 中 半 分 以 上 が 真 言 に て 占 め ら れ て い る。 道 教 と 共 通 す る 閻 羅 地 獄 の 獄 卒 を 描 い て い る が、 全 体 は イ ン ド 風 呪 術 で あ る。 (12) 正 蔵、 二 十、 一 一 八 一 号、 麗 本、 文 殊 一 字 法。 此 の 経 文 は 義 浄 訳 一 一 八 二 号 と 同 本 異 訳。 両 本 共 に 組 版 で は 一 頁 の 短 篇。 五 辛 酒 肉 ・ 芸 苔 胡 婆 を 言 い、 道 教 と 共 通 風 が あ る。 女 人 産 難 の 呪 法 を 説 く。 西 崖 居 士 は 之 を 邪 法 ・ 淫 法 と 罵 る。 イ ン ド 風。 (13) 正 蔵、 二 十、 一 〇 八 三 号、 麗 本。 菩 提 流 志 訳 一 〇 八 〇 号 ・ 実 叉 難 陀 訳 一 〇 八 二 号 と 同 本 異 訳。 雑 密、 如 意 輪 呪 法。 此 の 経 文 は

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