vimalamitra
造 『
聖
般 若 波
羅
蜜
多
心 広
疏 』
研
究
序
説
真偽
問題
・成 立
背 景
・依 用
の『
心 経
』
テ
キ
スト
に
つ いて
大
八
木 隆 祥
は じめ に『般 若 心 経 (以 下、PPH )
』
は キ リス ト教
の バ イ ブル に比 さ れ る程、 広 範な 地 域で流 行 し、 現在
もなお多
くの仏教 徒
に愛
さ れ てい る。 そのPPH
に対 す る註 釈書
もまた多
く作
られ、 そ れ は発 祥 国で ある イ ン ドにおい て も例外
で は ない 。現在、 イ ン ドの 言 語 に よっ て著 さ れ た
PPH
の註 釈 類の原 本や写 本 を 目に する こ とは出来ない が 、他
言 語に翻 訳 され た もの と して い くつ か見る こ とが 可能
で ある。本稿
は、 チベ ッ ト大
蔵 経 所 収のPPH
註 釈 書7
本1)の内、9
世紀 初 頭の インド
僧 Vimalaminra
によっ て著さ れ たArya
−prajfiEpdramitE
−h
τdaya
一面 (『聖般 若波 羅蜜多心広疏』) を取 り上 げ、 研 究した もの で あ る。
特
に今
回は、 本 書の真偽
問題 ・成立背景 ・依用の『
心 経』
テキス トを研
究 し、今後
の本書研 究
の基礎
にす
べく 「
序 説」
という形
で提示す
ること と した。なお、
本書
の著者
Vimalamitra2
)は空 海 と生存
年代が重なっ てお り、 ま た、 両者
と も密教者
で 、 かつ 顕 教 につ い て の学 識 も極め て広い とい う似た特徴を もっ て い る。 そ して何 よ り、 空 海に もPPH
に対 する註 釈 書 とし て『
般 若 心 経 秘 鍵』 という
著作がある。 地 理 的には遠 く離れて い るが、 同 じ時代の密 教 者 がPPH
の註 釈 書 を著 してい る とい う偶然
は看
過 し得
ない 。 このVimalami
− traの註釈 書を研 究 する こ と は、 空海の 『秘鍵』
を研 究 する 上 で も重要な意 味 を持つ と筆
者は考
えてい る。 (153
)智山学報第五十 一輯
諸註釈
の中
の 位置
PPH
の 註釈書
としては、漢訳
と して卍続蔵経
に提 婆
に よる註
と伝
えら れ る もの が収
録さ れてお り3) 、 チベ ッ ト大 蔵 経には 以 下 の7
本 4)が収 録
さ れ て い る5) 。1
.【
ヴィ マ ラ ミ トラ註】
Vimalamitra
:Arya
−prajfiaparamita
−h
τdaya
−Vka
北 京 版 :
NQ5217
、 vol.94
, デル ゲ版 :NQ3818
、197
帙
6)
2
.【
ジ ュ ニ ャ ーナ ミ トラ註】Jfianamitra
:Arya
−prajfifiparamita
−hrdaya
−vyay
且北
京版
:No5218
、 vol.94
, デル ゲ版
:NQ3819
、197帙
3
.【
ヴ ァ ジュ ラパ ー 二 註】
Vajrapfirpi
:Bhagavati
−prajfifipdramit
五一h
τdaya
−ttka
arthapradrpa −nEirna
北京 版 :
NQ5219
、 vol .94
, デ ルゲ版 :NQ3820
、197
帙4
.【
プラ シ ャ ース トラセ ーナ註】PragAstrasena
:Arya
−prajfiapfiramita
−h
τdaya
−
tik
亘北京 版 :
NQ5220
、 vol .94
, デル ゲ版
:NQ3821
、197
帙
5
.【
カマ ラ シーラ註】
KamalaSila
:PrajfiaparamitE
−hrdaya
−nfima −tika
北
京版
:NQ5221
、 vol .94
, デル ゲ版
:欠6
. 【ア テ イー シ ャ註】
Dipalpkara6
司
茄na :〔
Prajfia
−hrdaya
−vyakhy 巨〕
北 京版 :
NQ5222
、 vol .94
, デル ゲ版 :NQ3823
、197
帙
7
.【
シ ュ リー ・マ ハ ー ジ ャ ナ註】
Sn
−Mahaj
ana :Prajfiapai
amita −h
耳dayartha
−panJnana
北
京版
:Na5223
、 vol .94
, デル ゲ版
:NQ3822
、197
帙以 上 の内、 漢 訳
【
提 婆 註】
はPPH
小 本(
以 下、PPH
−S
)
7)に対 す る註 釈で あ り、 チベ ッ ト訳の7
本 はPPH
大 本(
以下 、PPH
−L )
8)に対 する註 釈 で ある。1
〜7
につ い て の 総 合 的研究
と して はD
.S
.LopezJr
.氏の2
つ の 著 作が あ り9) 、 すべ て英訳 さ れてい る 1°) 。 ヴィ マ ラミ トラ註の真偽
問 題Vimalamitra
は後 世、 チベ ッ ト仏 教ニ ンマ 派の 開祖の1
人に数 え
られ る チVimal
itra
造 『聖般若 波羅蜜多心広疏』研 究序説 (大八木) ベ ッ ト仏 教 前伝期
の 重要人物で ある 。 その た め、後
代の 著作 物につ い て もそ の 作 者 として彼に仮託 さ れる もの が多
く、 目録上で の著 者名はあまりアテ に ならない とい える。た とえば、
『
幻
化網
タ ン トラ (Mayajala
−tantra)』に は新 訳と旧訳 が あり
、 旧 訳 の 方の 訳者
はVimalamitra
と」薀nakumara と さ れて い る。 しか し な が ら、松 長 有 慶
氏
に よれば、内
容上、 この 旧 訳 より もRin
chenbzang
po
に よ る新訳の
方
が古
い と され る11)。 つ ま り、旧訳 と呼
ばれ る方は新 しい テキス トの 翻 訳で ある に もか か わ らず、 チベ ッ ト仏 教 黎 明 時の 学僧 Vimalamitra
に仮
託さ れ 、 旧訳 と呼ば れ る よう
に なっ た疑い が あるの である。そ こ で、 本 書 につ い て も、 こ れ が本 当に
Vimalamitra
自身
による著 作 なの か 、検討す
る必 要がある。 こ こで は以下の4
つ に よ り本書が真 撰である こ と を確
認し た。デ ン カ ルマ 目録
『
デン カ ル マ 目 録』に は本 書が見 出せ る12) 。 芳 村 修 基 氏に よっ て振 ら れ た番号
に よ れば、529
番である ユ3) 。同 目録の成立
年代
につ い て はいく
つ か説が あるが 、 先行 研 究 か らA
.D
.824
年
成立説14)が 妥 当 と考
えら れ る 。 つ ま り、 少な くとも824
年
まで に は本 書 は 成 立 し、 チベ ッ ト語に翻
訳さ れてい た わけで あるが、 本 書の 成立 を ヴィマ ラ ミ トラの在
蔵期 間(
A
.D
.797
〜810
)
とするロ ペ ス 氏の説15>を承 認 すれ ば年代 は一致 する。『プ トゥ ン 目録
』
時代
は下るが 、 プ トゥ ン は訳 経 論 目録 を作 成 する に際
して 『デ ン カル マ 目録』
を始
め とす
る過 去の 目録類 を参
照 した と され る。 この 『プ トゥ ン仏 教 史 』 第4
章 「
訳経論
目録」
に本 書が見 出せ る 16)。 す なわ ち、 プ トゥ ン はの デ ン カル マ を承認、して い る。
『テプテ ル グ ンポ 情 冊)』
『テ プテ ル グン ポ
』
で は「
先の ヴィ マ ラ ミ トラ」
と「
後
の ヴ ィマ ラ ミ トラ」
との2
人説
を説
き、 この ヴィ マ ラ ミトラ註 を「
先の ヴ ィマ ラ ミ トラ」の著作 (155
)智 山学報 第五十 一輯 と してい る17)。
ただし、 ヴィマ ラ ミ トラ
2
人 説は ア メ リ カのFlemming
Faber
に よ り検
証 され、否定
されて い る 18)の で 、本書
は今
こ こ で 問 題 に してい るVimalamitra
の著作
として問
題 ない 。ア テ イ ーシ ャ註
ア テ ィ ーシ ャ註は ヴィ マ ラ ミ トラ註 を前 提 とし てお
り
、復註
とも呼
ぶべ き 註釈 書で ある 19)。 この 立場はア テ ィ ー シ ャ 自身に よっ て認め ら れ明 言さ れて い る20) 。こ の よ
う
に、『デ ン カル マ 目録
』
におい て既に書名
・作者名
が一致 し て お り、Vimalamitra
の伝記
とあ わせて考 えて み ても年代
的に矛盾
が無
い こ と が分
か っ た。 これは『
プ トゥ ン 目録』
や『
テ プテル グン ポ 情 冊)』
と い っ た後
世の権
威 ある 目録 ・歴史 書によっ て も承 認さ れ、 さ ら にア テ ィ ー シャ 註で も本 書が
Vimalamitra
の 作であるこ とは承 認さ れてい た 。以 上 か ら、 ヴィ マ ラ ミ トラ註は
Vimalamitra
の真作 と考 えられ る。 ヴィ マ ラミ トラ註の成 立背 景こ の ヴィマ ラ ミ トラ註 に対 し て は、 先 行 研 究の 中に
2
つ の 興 味 深い 評価が ある。1
つ はコ ンゼ氏が プラシ ャ ース トラセ ーナ註 を英
訳 し た論文
の序文
に 書い た「
批 判 的」な評 価。 もう
1
つ は ロ ペ ス 氏に よる「
肯 定 的」な評価
で 、 正反対
とも言 う
べ き両 極 端な評価であ る。ま
ず
、 コ ン ゼ氏であるが、 氏は ヴィマ ラ ミ トラ註 を、 「全 く役に立 た ない 」、「
詳細
に論
じす
ぎ、懲 りす
ぎで非体系
的」
、「
仏教 思想の 主流 を説 明しない」
、「
タン トラの素 人」
、「
奇妙
な見解
を伴 う」
と、 酷評 して い る 21) 。一方、ロ ペ ス氏は、
【
Lopez1988 】
で、 ヴ ィマ ラ ミ トラ註 を「
最 も学 識 豊か 22)」 「組織
的な文 体」 と評 し、Vimalamitra
を 「チベ ッ トに訪れ た最 も有 力な イ ン ドの タ ン トラ ヨー ガ行 者の一 人23>」 「当時の 中心 的思想 家ga)」
と評 価 して い る。ま た、
【
Lopez1996
】
で も、 ヴィ マ ラ ミ トラ註 を「
最 も徹底 的
25)」
「大学 匠
Vimalamitra
造 『聖般若 波羅蜜多心 広 疏』研究序 説 (大八木) の仕事
」「
精 緻 な逐 語 釈」 「
経 典 全体
を組織
的に進 む」
「細 部
の水 準
は他
の註
釈 書 を凌駕 してい る26)」とい っ て絶 賛 してい る 。この対照 的 な評価は何を意 味 するの か。
コ ンゼ氏が言 う
「
タ ン トラ の 素人 」 とい う表現は問 題 が ある。Vimalamitra
は、 チベ ッ ト密教
の ニ ンマ派
に おい て、創
生期
の 祖 師の1
人 に数 えられ る重 要 人物である。 ニ ン マ 派の 主 要教 義で あるゾ クチ ェ ン の 伝承 に大
きな位
置 を占
め、 ツ ォ ク シ ン (血脈 画)に も必 ず その姿 を表 す。 し か も その 師は、 イ ン ドにおい て『
大日経』
・『
金 剛頂 経』
をは じめ とする密 教 文献 の註釈 をな したこ とで知 られ る あのBuddhaguhya
で ある。確
か に現在伝
わ る密 教 文 献の 中でVimala
血 traの 翻 訳 ・著作
と伝
承 さ れて い る もの の 内に も、 後 世の 人 間 が著 者 ・訳 者不 明の もの をVimalamitra
に仮 託した可能性
のあ
る もの は見
ら れ る。 しか し、 彼自身
の真作 と考 えられ るも の も存
在 する。また、 本 書は引用 文 献の
多
さが1
つ の特徴 と なっ て い る が、 その中には密 教経 典であ る 『大 日経 』か らの引 用が4
か所 見られる 27)。 こ うい っ た点か ら も、Vimalamitra
はけっ して「
タ ン トラ の 素 人 」な どで は な く、 む し ろ ロ ペ ス氏が言 うように、 当 時有 数の タ ン トリス トであっ た可 能性の方が高い 。 ゆ えに、 この ような評価はあた ら ない 。 おそらく誤 解か ら生 じた もの と思わ れ、 問題と はな らない 。こ こ で 問題 に な るの は、 こ の ヴ ィマ ラ ミ トラ註 ほ どの
大
きな規模
に よ るPPH
の註釈 を、 「煩 瑣 」と見るか、 「精 緻 」 と見るかで ある。この 問 題の
手
が か りと して 、本書
の 成 立背
景 を考
え、 どうい う意図で本
書 が述 作 されたの かを見て みる こ と にする。ま
ず
、 本 書の 成立 につ い て ロ ペ ス 氏は、Vimalamitra
が チベ ッ トの 僧院
に おい て、PPH
を媒 介 と して仏 教 思 想の 幅 広い 話 題 を提 供 し、 講義
した もの と想定
し28) 、 本 書はその 講 義メモ だ とした 29) 。ロペ ス 氏 も
指
摘 す る ように、 こ の こ とは本 書の colophon か ら推
測でき
る。Tshangs
pa
’i
’byung
gnas
gtsug
lag
khang
gnas
pa
’il
智 山学報 第五十 一輯
ノ
dge
slongdge
’dun
rnamskyi
zhal ngor nil
lshes
rabpha
rolphyin
pa
’i
snyingPo
yi
!1rgya
cherbshad
pa
dri
ma medpas
byasRo
)訳 )
Tshangs
pa
’i
’byung
gnas
寺 に住 する諸
比 丘衆
の維
那の為
に、Prajfiap
巨ramita −hrdaya
の註釈をヴィマ ラ ミ トラが施 した もの である。
Vimalamitra
はKhri
sronglde
brtsan
王に招聘
され チベ ッ トに 入 っ て か ら、い ま だ仏 教の本 格 的
導
入か ら日の浅い チベ ッ ト人僧 達の為
に、 仏 教 思 想概 論 の よ うな講 義を行 っ た。 その た めの教本 と して用い ら れ たのがPPH
で あっ た と考
えられ る。 そこ で 、Virnalamitra
はPPH
の語句
を説 明する 中で、 広 範 な仏 教 思想 を網羅
的に紹介
して い っ たの で ある。実際、
本文
は実
に そう
い っ た雰 囲気
を醸
し出して い る。1
つ の語句
か ら関 連 する仏教思想の 要語や概念
を展 開 し、 そ れ ら を組 織 的 ・体系
的に示 し、 時 に は語義
解釈
に紙 幅を費や し、 ま た時に は他 説 との 比較 を試みて い る。 そして一々 に経 典 ・論 書か らの引 用を施 し証 拠 とする。 こ の 引用 文 献の 中 には密教者
らしく『
大
日経』
も名
を連 ねて い る。 全般的
に中観
・唯識
を中
心 と した大
乗思 想に よ る解釈
が行わ れ る が、 時には説 一切 有 部 や経 量 部 とい っ た部派仏 教や 、 ま た ミ ーマ ー ンサ ー学 派の 認識 論 も引 き合い に出され る念 の 入れ様で ある。 た しか に、 こ の よ うな ヴィ マ ラ ミ ト ラ註は、 た ん にPPH
の 内 容 を理解 す る為 には煩 瑣 に過 ぎる感が無い で はない 。 しか しな が ら、これ を「仏教
概論」
と とる と どうだろ うか ?実に精 緻で 懇切 丁
寧
な印象
を受
け る。こ の よ
う
に、Vimalamitra
を はじめ、 パ ー ラ王 朝 期の イ ン ド人学
匠のう
ち チベ ッ トと関係の あっ た もの た ちが、突然
、次
々 にPPH
に興味
を示 し註釈
書
をあ らわ したの は、 チベ ッ ト とい う仏教の途上 国におい て仏 教 を講 義 する の に、 その テキス トと してPPH
が極めて有 効だ っ た か らで ある とロ ペ ス氏 は指
摘 する。 そ して 、 講義
用テキス トと して のPPH
の有 用 性 と して、氏 はVimalamitra
造 「聖般若 波羅蜜 多心 広疏 』研 究序説 (大八木) 次の4
つ を挙 げる31) 。短
い の で覚
え易い 。基礎 的な仏 教の 教 義 との 関連 を
含
ん でい る。簡潔
ゆえに曖
昧で あ るの で 、各
学 匠が 自分の思想 傾 向に沿っ て解 釈で き た。マ ン トラを含ん でい る の で 、
密
教 に興味
を持
つ チベ ッ ト人 にアピ ール でき
た。ヴ ィマ ラ ミ トラ註は、
PPH
の まさにこ の よう
な特 性 を十 分生 か し て述 作 され た 註釈書 という
ことがで き る。 ヴィ マ ラ ミ トラ註に対 するロ ペ ス氏の 好 意 的 評価は 以 上の ような成立背 景を踏 まえた もの で あ り、逆 に、 コ ンゼ氏の 批 判 的 評価 は こ うい っ た背 景 を踏 まえた もの で はな く、 あ く までPPH
の 註 釈書 と しての評
価であっ た と考
えられ る。結論
と して、 ヴ ィ マ ラ ミ トラ註はVimalamitra
が入 蔵 後にチベ ッ ト僧 達の為
に、PPH
をテ キ ス トと して仏 教 学の 概 論 を講義
した もの であ る とい え、 その内容
は、 こ の よう
な条件 を反映 した もの と なっ て い る。この 為、成 立 年代 は
Vimalamitra
の在
蔵 期 間、 すな わ ちA
.D
.797
〜810
の問 と考
えられる。依
用のPPH
本 書は逐 語釈であるの で 、
本文
の語句
を一 々示 し、 註釈
してい る。 その本 文の 語句をつ な ぎ合わ せ る こ とでVimalamitra
が本 書を述 作 する に あたっ て依 用 したPPH
を再構 成 し再現 する こ とがある 程度
可能
で あ る。そこ で、 この 方法を用い て
Vimalamitra
依用 のPPH
を想定 し、 そ れ が現存
するPPH
の サ ン ス ク リッ トテ キス トの 内、 どの系
統に属 する もの か、 ある い は最
も近い の か を考察す
る こと にす
る。な お、 本 書で は
「
他の 写 本 には」とい っ て 、Vimalamitra
が直 接 註 釈 に依 用 したPPH
とは別の テ キス トとの 相 違 点 を挙 げてい る個 所が幾つ かあ り、 これ につ い て も考察
すること にす
る。 (159)智 山学 報第五十 一輯
1
)
チ ベ ッ ト大蔵 経 所収 PPH
との比較
先 ずは チベ ッ ト語 訳のPPH
とVimala
皿itra
依 用のPPH
と を比 較 して み る こ とにする。チベ ッ ト
大蔵
経 所収
のPPH
は大本の みで小 本は無い 32)。 その訳 者はVima
−lamitra
で ある が、 こ れが実 際 にVimalamitra
の手
に よ る もの か どう
か は確 認
でき
ない 。『
デ ン カル マ目録』
には「
’phags
pa
shes rab snyingpa33
)」
とあるが、 訳 者名は無い 。 た だ、
「
28
シ ュ ローカ
(
shloka
nyi shu rtsabrgyad
)
」
と あ るこ とか ら、 大 本で あっ た ことは確か である。デ ル ゲ
版
チベ ッ ト大
蔵経
にはVimalamitra
の 訳と伝 え られ るPPH
が般 若 部 と タン トラ部の2
ヶ所
に収録
されてい る34) 。こ の両
PPH
と数種
の チベ ッ ト語 訳PPH
を詳細
に比較検討
し た研究
成果
が、 シ ル ク氏に よ っ て発 表さ れてい る 35)。シル ク氏 は、 チベ ッ ト語 訳の
PPH
諸 本 をRecension
A
とB
とに分
け、Re
− censionA
を タ ン トラ部系統
のPPH
、Recension
B
を般 若 部 系 統のPPH
と し た36) 。こ の両
系統
のPPH
を比 較 する と細 部に違い が見 ら れ る が、 そ の相
違点
を 見 たとき、 タ ン トラ部系 統のPPH
が 必 ず し も内 容 的に密 教 的で ある という
わけでは ない 。ヴ ィ マ ラ ミ トラ註か ら
復
元 し たPPH
が このRecension
A
とB
の い ずれ に 近い か とい え ば、 下表の通 りで ある 37)。Paragraph
Recension A or B A (Skt
.Utle
) omitsB (Tib,title) omits
C (lnvoca丘on ) om 三ts
D R ension A
E
R
ensionB
Vimalamitra
造 『聖般若波羅蜜多心 広 疏』研究序 説 (大八木)G
Recension
B
H ?1
Recension AJ
Recension
A K △ 北京版は B を とり、デ ルゲ 版は A をと る語 も。L
R
ensionA
M
Recension
A
N ?0
Recension
A
た だし、 B の要素 も僅 かに含 むP
Recension
B
Q
R ension AR
Recension
B 両 者に一致 し ない が、 ど ち ら か とい え ば。 S ,onuts T ?u
△V
Recension
B
W ?X
(End
ti且e) o血 ts Y (Colophon
) ,omlts *Recension A … …タ ン トラ部系 PPHRecension
B
… …般若 部系PPH
(?…語句不足のた め不 明。 △ …両 者の 要素を含む)この 一
覧
に よ りパ ラグラフ単
位で見
た場合
、Recension
A
に相 当
す る もの8
、Recension
B
に相 当 する もの5
、 ヴィ マ ラ ミ トラ註に 無い もの6
、 語句
不足の た め不 明の もの4
、 両者
の要素
を含
む もの2
という結果
となっ た。 つ ま り、 しい てい うな らばRecension
A
に近い とい え る が、 実 質 的には ど ち ら と もい え ない とい うのが結論であ る。 以上 か ら、Vimalamitra
が註釈 に用い たPPH
テ キス トは現行のチベ ッ ト語 (161
)智 山学報第五十一輯 訳
PPH
諸本 と は異な るもの で ある こと が明らか となっ た。 そ こ で 、次
に サ ン ス ク リッ ト諸写本
によ り、Vimalamitra
が依 用 したPPH
を推 定 する。2
)
サ ン ス ク リッ ト諸 写 本との 比較
ヴィマ ラ ミ トラ註で は、 註釈の 中に
「
yi
ge
a ciglas
(あ る写 本か ら)」 と い っ て、Vimalamitra
が用い たPPH
テ キス トと は別のテキ ス トとの相 違 点を 指 摘 してい る個 所が3
つ ある。 まず
は この点
を考察す
る。evarp の
有
無シ ル ク氏の パ ラ グ ラ フ で言え ば
E
の部 分、「
ま た、 その時、 聖観 自在 菩 薩 摩 訶 薩は、 甚 深 なる般 若 波 羅 蜜の行 を照見 し て」の後に、「
evarp (次の ように)」 という
語が 入 るテキス トもある という
。yi
ge
kha
ciglas
’di
ltar
zhes ’byung
ba38
)訳
)あ
る写本
では、 evam という
チベ ッ ト語 訳の
PPH
ではRecension
A
・B
と もに、 こ の 「’di
ltar
」
とい う語 は該 当個 所に存在 し ない 39)。 一方、 サ ン ス ク リ ッ ト写本に依れ ば該 当個 所は次の ようであ る 40) 。1
.慧 運本 (1
,2
)/2
.慧 運 本 (3
)/3
.寛 喜 本 /4
.Feer
本 /5
.支 那本/
6
.Nepal 本
1
.pr
勾
淞 一P5ramit
盃珥 carya 甲evarp vyavalokayati smal ):
2
。pr
勾
舩 一pdramit
P
caryfirp caramtipa eva甲 vyavalokayati sma :3
.prajfia
−pdramita
−caryalp caramanovyavalokayati ,
yad
uta 二4
.跏 adh a一噸y
御vyavalokayati sma :
5
.natnadharma
−paryfiyarp
vyavalokayati sma :
6
.pr
勾觚 一pdramitatp
cary 翫rpavayavalokayati sma :
こ れに よ れ ば、 evam があるの は
1
と2
だけである か ら、 ヴ ィ マ ラ ミ トラ註にい う
「
ある写本」
はこ の1
・2
と同系 統の テ キス トである可 能性 が ある。
Vimalamitra
造 『聖般 若波 羅 蜜多心広 疏』研 究 序説 (大八木 ) が、4
・5
は明らか に文
脈が異
な るの で 、 残る3
・6
に可能 性があるという
こ とに なる。 しか し、3
は2
同様 に caramana とい う語が1
つ多
い 。 こ れ は ヴィマ ラミ トラ註 に は見 られ ない の で、結
果 的に6
が最 も近い と言える。tena の有無
Paragraph
G
の 「甚
深 なる般若波
羅 蜜の行
を行
ずる こ と を望む者は どの よ うに学ぶべ きか」
とい う文につ い て、 ある写 本に は「
望 む者」
の 後に「
彼は (des
/tena>」
が 入 っ てい る という
。yi
ge
kha
ciglas
spyadpar
byed
par
’dod
pa
des
zhes ’byung
ste/41)訳 ) ある写 本で は、
「
行を行 ずる こ と を望む者、 彼は (tena)」 と言 っ て、ち なみ に チベ ッ ト語 訳で は
Recension
A
・B
ともにdes
を含
ん でい る 42> 。サ ン ス ク リッ ト写 本の
該
当個 所は次
の とお りである43)。1
.慧運本 (1
,2
)/2
.慧運本 (3
)/3
.寛喜
本 /4
.Feer
本 /5
.支 那 本 /6
.Nepal
本1
.galpbhif
五y
卸pr
勾丘五一pdramitayarp
2
.ga
甲bhif
巨y
prajfi
巨一pfi
]〔amit員yarP
3
.garpbhi
曲p p
匂箙 一p
血amit 五一cary 互甲4
..garpbhif
亘y
聊praj
fiE
−p
互ramit 盃y2rp
5
.ga
耳Lbhlfaya 耳1prajfiti
−p
翫amitay 査calya 甲 cartu −
kamena
kathalp
Sik
§itavya
り?caryiliP cartu−
k
亘ma り
katha
叩Sik
爭itavya
り? carIu−kamas
tena
katha
叩 cartavya ? va並ta−k
盃mas tenakatha
【p
Sik
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豆mas tena
katha
叩Sik
§itavya
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.ga
耳1bh意 盃y
諭p
pr
勾茄 一pi
虻amit 盃yi
珈 cary醗 cartu−k
巨mas tena
katha
叩 蠢ik
爭itavyaiP
? こ れに よれ ば、 tena が含
まれ るテキス トは3
・4
・5
・6
である。同
様
、4
・5
は文脈上特 異であ るの で 、3
・6
が 「ある写本」
と同 一系 統の もの で智 山学報 第五十一輯 ある可 能性がある。
逆
にVimalamitra
が註釈
に用い た テキス トは1
・2
という
こ とにな る が、 これで はの
結果
と矛 盾 して しまう
。Vimalamitra
の テ キス トが現存
のPPH
サ ン ス ク リッ ト諸 写本 と は異な る未 知の 写 本で あ る と して も、 引 き合い に出 さ れ る「
あ る写 本 」が、 やは り別系
統の ある単 一 の写本で ある の か、 ある い は複 数の 写本に言 及 して い る のか は不 明で ある。navidya (?)の
有無
Paragraph
O
の、 「苦も、 集 も、 滅 も、 道 も無 く、 智 慧 も無 く、 得 る こ とも 無 く、 得ない こ と も無い の で ある」とい う文の中、 「智 慧 も無 く」の後 に、 「無知 も無い の で ある (mi shes
pa
med do /navidyE )」とい う語が付 く写 本がある とい
う
。yi
ge
kha
ciglas
m 量shespa
meddo
zheskyang
’byung
ste44)訳
)
ある写 本では、「
無 知 も無い の で ある」
とも言 っ て チベ ッ ト語 訳で は、Recension
A
・B
ともにこの 語 は入 っ て い ない45)。サ ン ス ク リッ ト写本の
該 当
個所 は次
の とお りであ る46) 。1
.慧 運 本 (1
,2
)/2
.慧 運 本 (3
)/3
.寛
喜本
/4
.Feer
本/5
.支 那本
/6
.Nepal
本
1
. nadubkha
−samudaya −nirodha −mdrga ;, najfiatlalp
naprapti
naprapti.2
.nadu
りkha
− samudaya −nirodha −m …irga
, najfianaTp
napraptir
napraptih ,3
.na・dukha
−samudaya −nirodha −mhrga , najfi
…inam
napraptir
nabhisamayab .4
.nadubkharp
na samudayo na nirodhona mdrgo , na
jfidnam
napr
酉ptir
napraptih .
5
.nadUbkha
−samudaya −nirodha −mdrgA , na nUparpna
jfi
…inaTll
napraptir
n蕊
praptih
.6
.nadul
kkharp
na samudayo na nirodhona
m 血
g
亘n五m 翫
gna
, na
rUpa
−
jfiEnarp
naprEptir
napraptih .Vimalamitra
造 『聖般若 波羅蜜 多心広 疏 』研 究 序説 (大八木)とい
う句
は見
出せ ない 。Vimalamitra 当
時に存
在 した未 知の写 本で あろ うか。1
〜4
まで は文
脈上変
わる とこ ろは無い 。3
の最後
が「
napr5ptir
n五bhisama
−yalj
] と なっ てい る が 、 これ は玄 奘に よるPPH
−S
サ ン ス ク リッ トテキ ス トの漢字音写本
にも見 られ る 47)。【
藤田1939A
】
の 註で は 、 nfibhisamaya をnapra
−ptir
の註釈
語 と して い る。4
は単 語の併 記を開い て 一 々 に na を付
しただ け で文脈
上の影 響は無Vい ずれ に しろ、
Vimalamitra
が用い た テキ ス トは 「無 知 も無い の で あ る」 の句
を除い た もの で ある。maha の有 無
ヴィマ ラ ミ トラ註 中に指摘 は無い が、
Vimalamitra
依 用のPPH
テ キス トを推
測す
る 上で有
用 な特
徴 ある語がある。次
にこの 語につ い て考 察 する。Paragraph
R
の4
つ の mantra を説 くとこ ろ におい て、 ヴ ィマ ラ ミ トラ註で は、・
h
・ ・rab ・kyi
・ph
…lt
・phyi
・p
・’i
・ng・g
・ch・np
・48>訳
)般i若波
羅蜜の大 真言 と復 元で きる文
がある。 こ の chenpo
(maha )が問題 とな る。該
当個 所 をサ ン ス ク リッ ト写本、 チ ベ ッ ト訳、 漢訳で 見て み れ ば次の とお りである。ま
ず
、 サ ン ス ク リッ ト諸 写 本 49)を見
て みる 。1
.慧運本 (1
,2
)/2
.慧 運 本 (3
)/3
.寛 喜本
/4
.Feer
本 /5
.支 那 本/6
。Nepal
本
1
.prajfiapai
amita mah …imarPtro
2
.prajfi
乱pa
珪amit 亘 maha amtro3
.Prajfiapilramita
−mahamalptro
4
.prajfi
盃paramita
一皿 antro
5
.prajfiapdramit5
−maiptro6
.prajfiapdramitE
−mantrab智山学報第五十一輯
以上 か ら、
1
〜3
の ように mah 互がある もの と、4
〜6
の よう
に maha が無
い もの との2
つ の系 統
があ
る こ とが わ か る。 当 然 chenpo
(maha )があ
っ たVimalamitra 依用
のPPH
はこ の1
〜3
の系統
に近かっ たこ とが推
測 し得る。次
に チベ ッ ト語 訳 を見て み る と 、Recension
A
・B
と もに こ の chenpo
が無 い こ とが わ かる。shes rab
kyi
pha
roltu
phyin
pa
’isngags50
)こ こ で 問 題 なの は 、 ヴ ィ マ ラ ミ トラ註の
PPH
に は chenpo
が あ り、 チベ ッ ト語訳PPH
−L
にはこれが無
い という点
であ
る。 なぜ な ら、PPH
−L
をチベ ッ ト語
に訳
したのは他
な らぬVimalamitra
だか らで あ る51) 。次に、 漢訳 につ い て見て み れ ば、 漢訳
PPH
−L
5
本の 内、 施護 訳の み 「大」
を欠 く。 「大」
だけで は な く、 こ こ で は 「是廣大
明 ・是無上明 ・是無 等 等 明」
の3
つ の mantra しか説か れて い ない 52)。 すな わ ち、厂
大 」が形 容 すべ きman − traの1
つ が は じめか ら無い の である。 サ ン ス ク リッ ト諸本
・チベ ッ ト語訳 諸 本 に は こ の よう
な3
つ の Inantra を説 く もの は見
られず
、皆
4
つ の mantra で mahE が有
るか無
い かの 問題で ある。一
方
、PPH
−S
を見てみ る と、PPH
−S
サ ン ス クリ ッ ト諸 写 本 には すべ て こ の maha があ り53) 、 また、 敦 煌出 土 のチベ ッ ト語 訳PPH
−S
に もchenpo
があ る。 た だ し、 漢訳2
本
の 内、 玄 奘 訳 に は 「大 (神呪)」
が ある が M )、 鳩摩 羅
什 訳 に は この 「大」
が ない 。「
大 」だけで は な く、 こ こ に は施 護 訳と同様 に3
つ の mantra しか説か れて い ない55) 。つ ま り 、
PPH
に は3
つ の mantra を説 くテ キ ス トと4
つ の mantra を説 くテキス トが あ り、
4
つ の mantra を説 くテ キス ト に は第 1
の ma 皿traに maha を つ ける テ キス トとつ けない テキス トとが ある こ と に な る。 こ の 内、3
つ の mantra しか説
か ない テキス トは鳩 摩 羅什 訳PPH
−S
と施 護 訳PPH
−L
の2
つ だ けで 、 漢 訳だけとい う点 が興 味 深い 。この
3
つ の mantra と4
つ の mantra という
違い が い か なる意
味 を持つ か に つ い ては 、渡
辺章悟
氏に よ り鳩摩羅什
訳 を中
心 とした詳細
な研 究が発表
され てい る56) 。 これ によ れ ば、鳩摩
羅什 訳は玄奘 訳 よ りも後
に成 立 し、 漢訳『
大Vimalamitra 造 『聖般若波羅蜜多心広 疏』研 究序 説 (大八木) 品般 若
』
と玄 奘訳 を底 本に偽 作 さ れ た経典で ある と さ れる 57)。 渡辺氏に よれ ば 、「
般 若 心 経 」 と拡 大 般若
諸 経 との 関係
を見
る と、 前 者がマ ン トラを説 くに対 して
後
者はヴィデ ィヤー を説 くという大
きな違
い が ある。詳
しくいえば、 拡
大
般若
諸経
の 中で も玄奘 訳『
大般 若 経 』の み が「
般若
心経」
に含 ま れ る 「大神呪」maha −mantra を説 き、 その maha −mantra を欠い た 三
つ の 明呪vidya の 形
式
こそ が 、基 本 的には拡 大 般 若 諸 経の 原型 的表
現 と い える の で あ る58) とあり
、鳩摩 羅
什 訳はこ の拡 大 般若
経である 『大
品般若』
を引い た為に3
つ の mantra の形式
となっ た と考
え られる とい う。した が っ て、 鳩 摩 羅 什訳は
偽
撰であり
、真
偽 未確定
の 施 護訳 を 一応 真撰 と考
える ならば、3
つ の mantra し か説か ないPPH
は 施 護 訳PPH
−L
だけという
こ と に な るQVimalamitra
につ い てい え ば、Vimalamitra
に よ る チ ベ ッ ト語 訳PPH
−L
は4
つ の 皿 antra を説
くテ キ ス ト の 内、 第1
の mantra に maha をつ けない テキス トで あ り、 ヴ ィマ ラ ミ トラ
註
で 依 用 さ れ たPPH
−L
は maha をつ け る テ キ ス トであっ た。以 上、
Vimalamitra
が 註釈 に際 して依 用 したPPH
に つ い て、彼 自身
が 示 す 他 本 との 比較を中心 に見て きた わ けで ある が 、 特に註 釈 に用い たPPH
とVi
− mala 血 tra訳 と伝え ら れ る チベ ッ ト語 訳PPH
−L
と を表に して比較 すれ ば次の 通 りである。 evam.
tena navidya mah 亘
Tib
.PPH
−L
× ○ X × PPH (from Vimala ’s) × × X ○これ で わ か る ように 、 両者は 「
tenaの 有
無」
・「maha の 有 無 」 とい
う
2
つ の 点に おい て一致
し ない 。 これ を どう
考 えるべ きか。 い くつ か 可能 性を考
えて み たい 。 (167
)智 山学報 第五十一輯
1
つ には 、註釈
と翻
訳 とで用い た テキス トが異 なっ てい た可能性
であ
る。作業
の内容か ら推して、 註 釈はVimalamitra 自
身が記憶 して い たPPH
を もと に し物
理 的なテキス トは用 意 し な かっ た可 能性が高 く、 一 方、 翻 訳の方
は何
らかの サ ン ス ク リッ ト写本
を もとに行っ た可 能性が高い 。 その 場 合、 その サ ン ス ク リッ ト写本
が既にチベ ッ ト国内に存在
してい た もの なのか、 それ ともVimalamitra
が 自ら請来
し た ものか は わ か ら ない が、Vimalamitra
が記憶
し日 常 的に暗 誦 して い る もの とその写本 との間に細か い 差 異があっ た可 能性は十分
にある。もう
1
つ の 可 能 性は チベ ッ ト語 訳PPH
−L
のVimalamitra
訳 という
こ と に 対 する疑 問である。ヴィマ ラ ミ トラ註につ い て は前述 した よ
う
に、『
デ ンカ ルマ 目録』
に Vima −lamitra
の作
と して明記
されてい るこ と等
か ら真
撰 と考
え得
る。 しか し、PPH
の方
は、 タ イ トル のみで訳 者 名 が記 されてい るわ けでは ない 。28
シュ ロ ーカ という
とこ ろか ら、『
デ ン カル マ 目録』以前にPPH
−L
が チベ ッ トに存
在 した の は間違い ない が、 訳者
は不 明で ある。 colophon につ い て も、Recension
・A
だ け に見
ら れ るの で あっ てRecension
B
には見
られ ない 。 ま た、 前 述 し た通 りアテ ィーシャ 註に本 書の多
大 な影 響が見
ら れ ることか ら、 本 書は後 伝期 に なっ て も影響力
をもっ て い た とい うこ と に な る。 そう
い っ た後 世へ の影響力
と、前
述の『
幻 化 網 タン トラ』
旧訳の訳者
の問題等
をあわせて考
える と、 こ の チベ ッ ト語 訳PPH
−L
の訳 者
が果 た して本当
にVimalamitra
で あ っ たのか 疑問 である。 これ は後 世、Vimalamitra
に仮 託 さ れ た もの で は ない の か。 そ の 可能性 も1
つ 提 示 して お きたい 。さて、 結 論で ある が 、
Vimalamitra
が註 釈に際 し依 用 した PPH は、 現存
の サ ンス クリッ ト諸写本
の いず
れの系
統に属 するか とい え ば、残念
なが ら一致 する もの は無か っ た。で は、 強い て どれに近い か とい えば、
1
.慧運本 (1
,2
)と2
.慧 運本 (3
) に近
い傾 向
で は有
る。 ただ し、・
問の 矛 盾 等を考えれ ば、 お そ ら く
1
。 慧 運 本 (1
,2
)と2
.慧運本 (3
)の系 統 と近い もの で は あ る が 、 現 存の諸Vimalamitra 造 『聖 般若波 羅 蜜多心広 疏』研 究序 説 (大八木) 写
本
とは また別の テ キス トが存在
してい た と考 えるの が 自然であろ う。 ま と め今
回は ヴ ィマ ラ ミ トラ註の内容 を直接 考 察 する もの で は な く、 真 偽 問題 ・ 成立 問題 ・依
用のPPH
の 問題 とい っ た、 本 書の背後
にある問 題 を研 究
した。真 偽 問題は、 比 較 的
後
代の資料
が多
い 中、推定
さ れ る本 書の成立年
か ら わ ずか20
年 程たっ て成 立 した『
デ ン カル マ 目録』
に、本書
の タ イ トル と著者名
が 明記
されてい ることか ら、 こ れ を真撰
と した。成 立問題 は 主 に colophon に よ り考 察 し た。 先 行 するロ ペ ス 氏の 研 究 もあ り、 結 果、 本 書は
Vimalamitra
が チベ ッ トに 入っ て か ら、PPH
をテ キス トに 用い て チベ ッ ト僧 達に仏 教 概 論 を講 義 した、 その 講義
メ モ ・講義
録の よう
な もの である こ とを推
測 した 。依用
のPPH
の 問題では、 ヴィ マ ラ ミ トラ註に引か れて い るPPH
本 文 を再構
成 する こ とでVimalamitra
が用い たPPH
テ キス トを再 現 し、 これ が現存
す る写 本 類の い ずれの 系統 に属 するか を考察
した。結
果、 ある程度
似 た写本の系統
は指摘
で きる ものの 、完
全に 一致
する もの で は な く、Vimalamitra
が依 用したPPH
は未知の写 本で ある こ と を確 認 した。以 上 は本 書の性 格を知る上 で重 要 な問 題で ある ばか りでな く、
8
世紀
か ら9
世 紀にか けて の イン ド仏 教、 黎 明期の チベ ッ ト仏教 を知る上で も重 要 な問 題で ある。 今 回の研 究では十分考察
で きなか っ た部分
もあり
、 さ らに、 まだ 幾多
の 未解
決の 問 題 を残
して もい る。 これ ら につ い て は別の機 会にさ らに考察
を進め たい Q 注1
) チベ ッ ト大蔵経所収のPPH
註釈書の 内、Kamalasila
の註釈書は北京版の 系統に は 収め られ てい る が、 デ ルゲ版の系 統に は未収で ある。 故に、 北 京版に は7
本が 、 デ ル ゲ版には6
本が収録さ れて い る。 (169)智 山学報第五十 一輯
2
) 本 稿で は、Vimalamitraの伝記は基本 的に deb ther sngonpo
(青 冊)に依っ た。【青冊 (英 )】George N . Roerich THE BLUE
ANIVALS
, (
Part
1
.1949
,Part
2
.1953
)3
) 『註般 若波羅 蜜心経 』(卍 続蔵経新纂第26
巻 、720a
〜723a
)で 、タ イ トル の次に 「中 天 竺 國 沙 門 釈 提婆 註並序」 と あ る。 これ があの 中観 派のArya
−deva
だ と した ら4c
半 とい う 『心 経』の成立年 代 (cf.【渡 辺
1991
】p .80
,lL
4
〜7
)との 関係上矛盾が 生 じ る。 ま た脚注に も 「中等十二字恐後人 所加」とい う (720a
脚 注)。 この こ と か ら 同書は中国で成立 し た もの と も考 えら れ る が、 一方で 、 提婆の作で はな く ともイン ド 人の手によ るもの、との見 解 もある (cf.金 岡秀 友 『般 若 心経 』講 談社 文 庫/1973
、p
.171)
。 筆者は同書に対 する考 察を ま だ十 分に行っ て い ない の で、 今は 一応 イン ド 撰述の註釈 書と して挙 げてお くこ と にする。4
) こ れ ら7
本の註釈 書各々 に対する先行研 究につ い て は、拙 稿を参 照さ れ たい 。cf.【大八 木
2001
】「Vimalamitra
造 prajfiEpfiramita−hrdaya
一晦 和訳研 究 (1)」、『豊山 教学 大会紀要』
29
,pp
.2
〜4
(横 組み) ちなみ にス タイン による敦煌 出土のチベ ッ ト語 文献の 中のNQ122
〜126
が 『心経』の 註釈 書で、 この 内のNQ122
,124
,125
が プラ シャ ース トラ セ ーナ註に、NQ123
,126
が ジュ ニ ャーナ ミ トラ註に そ れ ぞ れ 比定さ れてい る。 cf.東 洋文庫チベ ッ ト研究 委員 会編 『ス タイン蒐 集チベ ッ ト語文献 解題 目録 』vol .2
、 東 洋文庫 (1978
)、pp .47
〜51
5
) この他に Vairocana に よ る註釈 書が チ ベ ッ ト大 蔵 経 中に収め られて い る。 た だし、この註釈 書は中国の成就 者 舘silphaの 略釈に チベ ッ ト僧
vairocana
が真言の 解釈を加 えて テ ィソ ンデツェ ン王 に講義した もので、イン ドにお ける註釈やイ ン ド人に よ る註 釈 とは一線を画す必 要がある。 よっ て、 こ こ では取 り上げな かっ た。Vairocana;sher snying ’grel pa sngags su ’grel pa (『般若心註真言註 』)
大谷
NQ5840
、東北NQ4353
(台北版NQ4358
) この Vairocana 註には和訳研 究が ある。 酒井 紫郎「西 蔵文般 若心経並 に註疏和訳 」、 『文 科』4
−5
・仏 教文化 特輯 号(1939
)6
) デ ルゲ版には、高野 山大学 所蔵デ ル ゲ版か らこれ ら註 釈書の み を謄写 版 と して出 版 した、 榛 葉元水 『西蔵文 般若心経註 釈全集』相模 書房 (1938
)が あ る。 同書は現在 入手困 難である が、 同 じ高野山大学所 蔵デルゲ版のCD
−ROM
や、 デル ゲ版の リプリ ン トで ある台北版で手軽に見る こ と が 可能である。『デルゲ版 西蔵 大蔵 経
CD −ROM 』小林 写真工 業 (
1999
)、論 疏部 DiskNQ13 「台北版 西蔵大 蔵経 』vol .34
、NQ3823
〜NQ3828
7
) 序分 ・流 通 分 を付さ ないPPH
で、漢訳の鳩摩羅什訳 ・玄奘 訳に相 当する。Vimalamitra 造 『聖般若 波羅蜜 多心 広疏 』研究 序説 (大八木)
8
) 序分 ・流 通分を付 すPPH
で、 漢訳の法 月訳 ・般若訳 ・智 慧 輪訳 ・法成訳 ・施 護訳に相 当する。 因に、 大本 ・小本につ い て 、 広 本 ・略本とい う呼び 方 が あ る が、広 略と
い う語は成 立 史上の 前後関係を想 定する と も考え られ る の で、PPH は小本を増広 し て大本が編纂さ れ た とする筆者の 立場で は承認し得 ない 。 よっ て、筆 者は大小 に 用 語 を統一 してい る。
9
)【Lopezl988】
D
.S
.Lepez
,Jr
.,The
Hear
Sutra Exptained ;Indian
αndTibetan
Cemmentaries ,
State
Unversity
of New York Press【Lopez1996 】
D
.S
.Lopez
,Jr
.,Elaborations
on Emptiness ’Uses
ofThe
Heart
Sutra
,Princeton Unversity Press
lO)
【
Lopez1996
】11
) cf.松 長 有 慶 「幻化 網タン トラ の性格 」、 『印仏研』8
−2
(196Q
)、 p .550
松 長有慶 『密教 経典 成立史論』(
1980
)、 『松長有 慶著作 集』第1
巻 、法 蔵館 (1998)、
p
.24012
)北京版西蔵大蔵経
NQ5851
、367a
,1
.4
13
)【芳村
19501
SHYUKI YOSHIMURA :THE DEj>]CtlR− M4, RYUKOKU
UNIVERSITY
、P
.5014
) 芳 村修 基氏 ・山口瑞 鳳氏の 説に よる。cf.【芳村
1950】pp
.9
〜14
山口瑞鳳 「『デ ンカルマ 』八二 四年成立説」、 『成田山仏 教研 究 所紀要』
9
(1985
)15
)【Lopez1988 】
P
.13
,ll.
19
〜21
16
) 西 岡祖秀 「『プ トゥ ン仏 教 史』目録 部索 引」1
、「東京大学 文学 部文 化 交流 研 究施設 研 究紀要』
6
(1983
)、 p .50
(NQ533
)17
)【青冊 (英 )】Part
1
, p .192
18
)He
ing
Faber;Vimalamitra−One
orTwo
?;Studies
in
Central
and East Asian Relig−ions
・2
(1989
),pp
.19
〜20
。 た だ し、本 論文 執筆 時点で筆 者は同論文 未見であ り、【
Lopez
l996】
p
.9
, 脚注7
よっ た。19
) cf.望 月海慧 「a百6a
のPrajfia
−hrdaya
−vy5 ya につ い て」『印仏研 』39
−2
’ (
1991
)【
Lopez1996
】p.8
20
) 【アテ ィーシ ャ註】北京版333b
,L2
21
) “For that we have to turn to the seven lndian commentaries preservedin
the
Tanjur
,though
thefirst
and longest in the list, the Tik互of Vimalamitra (ca800 ), is none too help−
fU1
.Laboured
, over−elaborate and unsystematic ,it
does
not always represent the mainstream of Buddhist thinking. A lay Tantric, with often strange views,