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和気和民さんを偲ぶ~本誌「継続」にご尽力~

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和気和民さんを偲ぶ

~本誌「継続」にご尽力~

鈴木 善次

今年(2019)1月 25日に本会会員の和気和民さんがお亡くなりになった。現在の会員で和 気さんをご存知の方は少ないであろう。北海道大学で生物学を学ばれ、札幌を中心にご活動 (北海道大学、札幌学院大学ご勤務、札幌唯物論研究会会員など)されていた。僕の知る範囲 では本研究会の例会や総会・シンポジウムにときどきお姿を見せてくださっていた。僕が最後 にお目にかかったのは年月日を忘れたが、東大駒場の先端科学技術研で開かれたときだった。 一昨年(2017年)ご他界されたほぼ同じ年齢の長野敬さんとの久しぶりの再会を楽しそうに されていた様子が思い出される。シンポジウムへのご参加といえば、2012年 2月 5日に東京 工業大学で開かれたシンポジウム「ルイセンコ事件再考」(市川浩さん代表の科研費研究班と の合同によるもの。本誌 No.88、pp.1~60、2013、に詳細掲載)のとき、和気さんはご都合 が悪く、代わりに和気さんからご依頼された東京ご在住のご兄弟の方がご出席されていた。も しご本人が会場におられたら当日の議論も「賑わい」を増していたであろう。 ところで、この年、和気さんは、活動の一つの場としておられた「札幌唯物論研究会」の機 関誌で「ルイセンコ主義に関する新しい研究成果に学ぶ」(『札幌 唯物論』56,57合併号、 2012.12.12、pp.60 65)というご論考を載せている。内容は上のシンポジウム報告者のお一人 藤岡毅さんのご著書『ルイセンコ主義はなぜ出現したか:生物学の弁証法化の成果と挫折』 (学術出版会、2010年)の内容紹介と和気さんのコメント。ここでは紙面の都合でこれらにつ いてほとんど言及することができないが、ご論考のはじめに生物学史分科会関西グループと科 学史学会京都支部との合同例会(2003)で藤岡さんが上の著書と同じタイトルでおこなった報 告を指して「これはルイセンコ主義の本格的分析を予見させるものであった」と評価されてい る。またご論考の最後で「補足的にさらなる分析のほしかった問題として「弁証法化」の問題 の隣接科学(物理学や化学など)や生化学での扱われ方がどうであったか、ルイセンコ学説に は、本当の科学論争に転化できる要因はなかったのか」とも述べておられる。今回藤岡さんに 和気さんとのご交流の様子をお聞きしてみた。藤岡さんによれば 2001~2年ごろ大阪で開かれ た本会の研究会での出会いが初めてとのこと。その懇親会でルイセンコ学説のことで話がはず み、以来、本誌での藤岡さんのルイセンコ学説関連のご論考<本誌 No.72、No.73、No.75、 No.76、No.81、No.82掲載>を通して交流が続き、いろいろご論評を頂いたそうである。 さて、僕が和気さんのことを会員の皆さんにお伝えしようと思ったのは本誌の初期からの会 81

[フォーラム]

(2)

員としてご協力いただいたお一人だからである。本誌は 1954年に民主主義科学者協会(「民科」) 生物学部会生物学史研究グループの人々によって生み出された。初めのころ雑誌名は「生物学 史研究ノート」(No.1~No.13)だったが No.14から「生物学史研究」に改題された。その 間、No.8と No.9は民科から独立し、ほぼ同じメンバーによって立ち上げられた「生物学史 研究会」によって編集・発行された。その際の「発行基金」募集の呼びかけ人のお一人(僕を 含め 8名)になってくださった。その後、筑波常治さんのお計らいで No.10から現在まで日 本科学史学会生物学史分科会の機関誌としての役割を果たしてきている。 和気さんは本誌では唯一「オットー・マイヤーホーフ 1884-1951」No.4(pp.28 36、 1956)と題する紹介記事を書いている。これは Myerhofが他界した翌年、彼を偲んで弟子の Ochoa、Nachmannson、Lipmannの 3人が雑誌「Science」(1952)に載せた追悼文を訳出要 約したものとのこと。Myerhofは筋肉の解糖作用(無酸素呼吸の一種)の仕組みを明らかに するなど近代生化学の成立・発展に大きく貢献し、1922年度ノーベル生理学・医学賞を受賞 した人物。僕が関心を持ったのは和気さんがどのような「想い」で、Myerhofの追悼文を本 誌に紹介されたのかということ。そのことを探る意味で本記事の終わりにある和気さんの「付 記」の一部(要約)を紹介するので、そこから和気さんの「想い」を推察していただこう。 「近代生化学の出発点は無生物界と生物界における物質や反応の同一性をめぐる深刻な検討 の中にあるのではないか。ひとたび、物質代謝の普遍的な性格が捉えられると、その一般的な 性格、同一のパターンの追及は大きく生化学者の研究方向を支配。Myerhofなどを一典型と するかかる伝統的生化学の主流のもつポジティブな意義は無生物界に見あたらない生命の基本 的側面をひとまず探りあてたということ。しかし、近代生化学の手なれた方法の一つ、例えば、 invitroで生体の酵素反応を再現する方法をみても判るようにある条件内(生体過程の特殊な 部分的な再現)での有効性を不当に拡張して生命にむしろ卑俗な機械論的な基礎を与える研究 も少なからず存在する。生命現象の一般性と特殊性、その複雑な動的な性格の解明に対して近 代生化学がもつポジティブな面、ネガティブな面はどこにあるのかは極めて興味ある問題。」 ところで、今回の拙文作成過程で上の「要約文」中に取り上げられている Myerhofの 「ChemicalDynamicsofLifePhenomena(1924)」という著書について松永俊男さんが以前 ご研究されていたことを知った(松永俊男「マイエルホ-フと生化学 ChemicalDynamicsof LifePhenomena(1924)について」桃山学院大学創立 20周年記念号「人文科学研究」桃山学 院大学総合研究所編。VOL.15 2、177 188.1979 12.ネットで公開されている)。松永さん はこの著書の内容を考察することにより、当時の生化学の状況を具体的に明らかにし、1952 年以後、生化学の指導者の一人になる Myerhofの背景となったものをみていくと述べている。 生化学および哲学ご出身の松永さんならではのご論考。和気さんの「想い」に何か通じるもの があるように思える。 本誌も間もなく 100号を迎える。その初期から本誌にご関心をもち、ご協力くださった和気 生物学史研究 No.99(2019) 82

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さん。残念ながら、それを読んでいただくことが出来なくなった。謹んで和気さんのご冥福を お祈りする。 最後に、今回の追悼文作成にあたって、情報のご提供、文字の判読などでお世話になった松 永俊男さん、藤岡毅さん、瀬戸口明久さんにお礼を申し上げる。(2019.5.28記) 和気和民さんを偲ぶ~本誌「継続」にご尽力~ 83

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