82 農村経済研究第33巻第2号2015ff
第3セッション座長解題・総括
中村勝則 (秋田県立大学) まず,セッションのタイトルには「東北農業」 と表 記したが,そこには新潟県も含めて考えていることを 予めお断りしておきたい. さて,農林水産省によれば「担い手」 とは「効率的 かつ安定的な農業経営になっている経営体及びそれを 目指している経営体」とされている. 「効率的かつ安定 的」であるためには「経営感覚に優れた経営体である ことが必要」であり,そのような経営体であれば「労 働時間や所得の面で概ね地域の他産業従事者と遜色の ない水準になっている」 としている(食料・農業・農 村政策審議会企画部会,2014年10月17日配布資料). この認識は1992年の「新政策プラン」以来,基本 的に変わっていない.そこには,地域がおかれた自然 環境や就業機会などの諸条件への考慮あるいは資源管 理との関係性といった視点は希薄である. また,2014年度に農政の目玉としてスタートした農 地中間管理事業では,そうした「担い手の農地利用が 全農地の8割を占める農業構造を実現」することが目 標とされている.北陸や東海地域に比べ,構造変動の 遅れが指摘されてきた東北地域であるが,米価低迷や 昭和一桁世代のリタイヤによる離農等によって,急速 に規模拡大が進みつつある地域も出てきており,数値 的には上記目標に近づくのかもしれないしかしそれ は真の意味で『効率的かつ安定的」な農業経営の生成 を意味するのであろうか. 農村の「現場」を重視する本学会に求められるのは, 東北地域および新潟県のそれぞれの状況にフィットし た担い手像, あるいは今後向き合うべき課題や論点を 提示することである.そこで本セッションでは,水田 農業を主たる対象として実証的研究を行っている, 中 央農業総合研究センターの澤田守氏と,秋田県立大学 の椿真一氏に報告をお願いした. また,両報告に対す るコメントを宇都宮大学の秋山満氏にお願いした. そ れぞれの詳細は,本誌に収録されているそれぞれの原 稿を読んでいただくこととして,以下では座長の見解 に基づいてセッションの概要を報告する. まず澤田報告では,前半においては近年における東 北地域及び新潟県の農業集落及び家族経営の動向及び 特徴を地域性を踏まえて分析がなされ,後半では専業 的な大規模稲作経営に着目して農業センサスの個票デ ータを用いたパネルデータ分析が行われた.特に後半 の分析は,農産物販売金額1,500万円以上の農業経営 体を抽出し,かつその動態を描き出していることや, 特異な構造を有する秋田県大潟村を仕分けて分析した ことで,それらの存在態様の地域性が鮮やかに茨り出 されたことが注目される. こうした分析から,第1に 家族経営の割合が相対的に高いという特徴を踏まえて, それらを維持,発展させるための組織化方策や経営継 承方策が求められること,第2にとりわけ中山間地域 では高齢化と農業労働力の減少が加速してきている中 で,新規就農者の受入れや地域外からの就農を視野に いれることが今後の課題として提起された. 続く椿報告では,集落営農の動向が中心に据えられ た.周知のように,2007年における水田経営所得安定 対策施行に向けて,集落営農が雪崩を打って設立され たのが東北地域であったそれらの多くは「政策対応」 のために作られたものであり,共同化の内実を持たな い,いわゆる「枝番管理型」組織が多く含まれている との指摘もある.報告では, こうした「政策対応」を 契機として出発しながらも,その後の法人化によって 経営発展を遂げた集落営農組織を対象とした詳細な分 析から次の点が指摘された. 第1に,法人化することによって農地集積の受け皿 となり得ること, さらに経営複合化によって地域に雇 用を創出するなどの役割も果たし得ること。 ただし第2に,政策変動によって収益が左右されて しまう脆弱性も孕んでいること.それゆえ,地域の事 情に合わせた拙速すぎない法人化の推進がこれからの 課題として提起された. 秋山満氏からは,両報告を補う重厚なコメントがな された.大きなポイントは二つであった.一つは, こ れまで東北地域の特徴ないし固有の条件とされてきた農村経済研究第33巻第2号2015年 83 低賃金,高単収,高地代は,現在も妥当性を持つのか ということである.いま一つは,経営複合化がどのよ うな形で進んでいくのかということである. これらの 問題提起に対して報告者からは以下のような回答があ った. まず,前者については,基幹部門である稲作に関し ていえば,従来のような価格面あるいは品質面での東 北の優位性は次第に薄れてきており,米価下落に伴い 地代も下落してきている. しかしながら,西日本のよ うな「ゼロ地代」あるいは「マイナス地代」のレベル には当面ならないのではないか.それは第1に,安定 兼業の労働市場が展開してきた西日本と比べて不安定 兼業であった東北地域では年金受給額が少ない(厚生 年金ではなく国民年金が中心)ため,家計費を充足す る上で地代収入にも期待せざるをえないからである. また第2に,農業機械は手放しても,水管理や草刈り ができるうちは農地を手放さず,可能な限り自作を続 ける高齢農業者の行動様式が現場ではまだ見られるか らである. 次に,後者の経営複合化の条件についてである. こ の点については第1に,現在の国内農産物市場の要求 は細分化・高度化してきており,それに応える販売力 と農業技術力を生産サイドが持てるかが市場競争を生 き抜くポイントとなる.稲作の合間に野菜を作るとい ったような片手間あるいは中途半端な複合化ではそれ は容易ではなく,やはり專作化するなり,組織の中で 役割分担を決めるなりして本格的に取り組むことが条 件となるのではないか. 第2に,不作付地の有効活用が経営複合化につなが るが,集落営農の法人化を契機としてそれを進めてい くことがポイントになること. 第3に,正確には経営複合化とは言えないかもしれ ないが, メインクロップである主食用米からの転換と いう観点からは,加工用米や飼料用米などの「米によ る転作」の推進が、東北地域にとっては現実的な選択 肢となるのではないか.およそ以上のような議論がな された この時点で残された時間が殆どなくなり,残念なが らフロアからのコメントは一つだけ頂戴するに留まっ た.それは,現在の農産物価格条件を前提として,担 い手問題を議論することも必要であるが, もう一方で はそもそも再生産ができない農産物価格になっている こと自体を問題として議論する必要があるのではない か.すなわち価格問題に向き合った研究も本学会とし ては必要ではないかという趣旨の発言であった貴重 な問題提起として受け止め,今後の研究大会等の企画 に反映させていく必要があろう. なお,本セッションでは農業経営の担い手を中心に 議論を行ったが, 当然のことながら地域には農作業や 資源の保全管理,農産物の流通.販売などの担い手も 存在する.農業を誰が担うかといった場合,本来であ ればそれらも含めて議論を展開していく必要があるだ ろう.近年における構造変動によって,それらがどの ような影響を受けるのか, またどのような変革を迫ら れるのか。 1980年代半ば以降における経済グローバル化に歩 調をあわせた農業政策が推し進められる中,東北地域 の立地条件や経済的条件等の地域性を踏まえた「現場」 密着型の調査・研究およびそれを通じた問題提起や知 見の発信がますます重要になってきているといえよう