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再生産の論理と経済学

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再生産の論理

︸こ

経済学

一 再生産と経済  人間の社会的生活は、物的生活資料すなわち財貨の連続的な消費において維持され展開される。入超は生きて行くため には、食物をたべて行かねばならないし、衣服を着なければならない、住宅も使用して行かねばならない。而も、これら の食物なり、衣類なり、建物なりの財貨はただ↓回消費されるだけでは、われわれの生活ほ維持されるものではなく、そ の蓮続的な消・費が不可欠である。いわゆる衣食住というわれわれの連続的な消費は、われわれの生活を維持する最小限の ものなのである。更に入閥の政治生活、教育生活ないし学問、芸術、宗教を含む精神生活も、それぞれ必要な財貨の連続 的消費なしには展開され得ないことは明らかであろう。  このように平平生活の維持、登展を支える物的生活資料日財貨の連続的消費はその連続的な生産すなわち再生産を前提 とする。されば単寧生活の物的基礎は、物的生活資料の連続的生産即ち再生産にあるといわねばならない。  連続的な消費が生活維持に欠くことの出来ない条件であるという点だけからすれば、一般動物についても同様なことが いわれようが、その連続的な消費のため、物的生活資料が社会的に再生産され、而もその再生産の展開において人間の技      再生産の論理と経濱学       一

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     再生産の論理と経済学       二

       9 術的社会的進歩が媒介されて行くところに、動物とは区別される入閤の経済生活の根本的特色があると考えられるのであ る。  ところで再生産は、当然に生産手段及び労働力の連続的な生産的消費を媒介とするのみでなく、労働力はまたその維持 のため消費財の連続的消費を不可欠とするから、再生産は連続的消費を媒介としこれを含むものということが出来る。再         生産の特徴が﹁消費と生産の規則的な循環﹂にありと見られる所以である。         そしてこの﹁消費と生産との規則的な循環﹂から﹁生産一消費の社会的秩序﹂も生ずると見ることが出来る。更にか かる﹁消費と生産との規則的な循環﹂従って﹁生産一消費の社会的秩序﹂も生産力の発展を媒介として成立し、またこ れを媒介として発展すると考えられるとすれば、右の﹁循環﹂も生産面に重点をおいて再生産として考える方が稔り多い 考え方とい5ことが出来よ5。  ①﹁しかし食料のために、耕作や家畜の馴牧や牧畜が行われるに及んで、始めて再生産の特徴たる滑費と生産の規則的循環なるもの   は可能となる。従ってその限りにおいて、再生産の概念自体は、単なる反復というよりも、.幾分か深い意味をもつたものだと思われ   る。即ちこの概念は銑に社会がある程度まで外界の自然を支配するという意味を含むものである。こ飢を経済学的に言うならは、労   働の生産性が一定の程度に達していることを己咲・するものである﹂ 即ピ唱捲崇び霞3∪ざレ醇訂臼三蹟江8創自国自筆祉ぎ︵Ω霧貰8邑9融   名。島ρ切9<円︶目りbσQQ﹂oQ噸卜。‘ 釜田萱彦、高山洋吉、宗道太訳、 ﹁資本蓄積論﹂︵平凡社版、社会思想全集14︶一〇頁。  ②  ﹁経済とは財の生産及び建網に関する社会的の秩序である﹂中山僧知郎著﹁経済学一般理論﹂一頁  再生産は本来社会的なものである。それは人問が本来社会的な存在であることと深い関係をもつている。  人間はその物的生活資料の再生産において自然に働きかけるぽかりではなく、この再生産を中心に入と入との闘係をと りむすび、相互に一定の社会的関係を形成して行く。入間の自然への働きかけである生産は労働が生産手毅︵叉は生産財︶ と結びつくことによっておこなわれる。生産手段には道具や機械を意味する生産用具も含まれるが原料資源も含んで考え

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られる。この労働力と生産手段は生産諸要因ともいわれる。それ故、生産は生産諸要因の結合によって行われるともいう ことが出来る。社会を構成する人闇の生活は色々な物的生活資料を必要とする。だから社会的生産は単]な財貨の生産で はなく社会が必要とする各種の財貨の生産である。従って、かかる生産のためには夫汝の財貨の生産部面へ、その社会の 総生産要因が配分され、そしてその各颪の生産部面において生産要因の上述の如き結合がなされる筈である。社会的生産 の諸部面への総生産要因の配分は同時に夫々の生産部面における生産要因の結合と相即的でなければならない。同じこと であるが、われわれは生産が生産要因の結合であるという場合、それは社会的には、同時に、生産諸部面への生産諸要因 の配分を媒介していることを忘れてはならない。  ところで生産諸要因の結含の仕方は生産様式であると一応は考えられるが、右に述べたことを考えると、それは、同時 に、生産諸・要因の諸生産部面への社会的配分様式であるという面を含んだものとして考えられねばならない。そして、こ のような生産様式は社会的、経済的であると同時に技術的な面を含んでいると考えらるべきであろう。更に、かかる生産 諸要因の祉会的な西分と結合の仕方が一つの生産様式を形成するということは、かかる配分ないし結合が、再生産の故に 幾度も幾度も繰返して行われるためだといわなければならない。即ち再生産的に形成されるのである。  生産様式は生産諸.要因の歴史的所有関係に深く性格付けられている。生産諸要因が氏族共同体の共有である社会の生産 様式と生産諸要因が労働の主体たる奴隷をも含めて貴族に私有された社会の生産様式を想起し、更に封建的社会の生産様 式から進んで、生産手段が資本家の私有であり、労働力のみが所有的に独立な労働者のものである資本主義社会の生産様       ロ 式を考え合わすならば、前述したことも自明であろう。ところで再生産において、生産手段の所有主体と労働の主体との 間に、また諸生産主体間に生産様式に照応した生産関係が形成されて行く。生産関係は生産様式を媒介とし、生産様式は 生産関係を媒介としつつともに再生産の展開において形成され、また再生産はこれらの生産様式並びに生産関係を媒介と      再生産.の論理と経済学      三

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     再生産の論理と経済学       澄 して展開して行く。  再生産が本来社会的であるということは生産i一消費の﹁規則的循環﹂も一つの社会的過程であるということを意味し ており、従ってここでは決して生産が消費に直結するのではなく、その闇には生産物・の社会的分配が媒介過程として介在 する。されば、再生産において形成される生産関係は、生産諸要因の所有関係を中心としで、その社会的配分ないし結合 の関係を示し、これとの関連において生産物の分配関係を決定するといラことが出来る。またこの生産物の分配関係は次 の再生産にとってσ生産諸要因の配分ないし結合の関係を再生産する。かくてここに財貨の再生産が同時にまた生産関係 の再生産であるといわれる所以がある。  さきに述べた如く生産様式ないし生産関係は生産要因の所有関係によって性格付けられるが、この所有関係従って生産 様式ないし生産関係は、生産力の発展と深い関係がある。  生産要因のうち生産手段に表われる生産技術は、実は再生産の経験における失敗とその克服を媒介として、再生産の有 効な確保のために生成し発達して来たものである。かくの如く再生産において再生産的に形成され、発達して行く技術は 単に道具や機械として生産用具に体化するのみでなく、これとの関係において自然物を資源化し、また耕地、鉱山、港湾 等に見られる如く、自然をも再生産的に改造して行くのである。それは生産技術として、縦に算①房陣くΦに自然を開発す ると共に、交通技術として横に①聲①昌避く①に自然の障碍を克服して再生産圏を社会的にひろげここに右の如き縦と横との 相互媒介性において生産力を増進する。      ,  ところで再生産における生産力の増進が、共同体聞における余剰生産物の交換を促進し、更にその交換を夫汝の共同体 の内部に滲透せしめつつ、母指に私有制度の発達を促して行ったといわれるが、このように生産力の発達は交換と私有制 度を発達せしめつつ、永い歴史的経過のうちに社会的再生産を・次第に私有制度的に分業化せしめ、ここに商霊的再生産体

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制を形成して行く。商品的再生産はまた生産力を愈汝増進せしめるが、やがて近代的技術革命を媒介として、益汝鬼大な 生産手段の資本家的所有と近代的賃銀労働者階級の形成をモメントとする資本・王義的な生産様式ないし生産関係を形成す る。即ち商晶的再生産の拡大とそれに孕まれた生産力の発達は、やがてその旧き外被であった封建的生産関係をやぶって 右の如・き資本主義的生産関係を形成したわけである。ここに資本主義的な再生産体制が.確立される。  かくの如く再生産において生ずる一定の按術的進歩従って生産力の発達を媒介として再生産の社会的諸関係ないし生産 関係が形成されるのであるが、再生産はまた、かかる諸関係を媒介として、生産、流通、分配、消費の社会的な循環過程 を展開する。従って再生産過程はこのような生産、流通、分配、交通、消費の循環過程であるということが出来る。再生、 産が経済循環と老えられる所以である。されば生産過程も、流通過程も、分配過程も、再生産的循環過程の分節的過程に、 外ならない。さらに商品的再生産従って資本主義的再生産においては、その循環過程は貨幣の媒介を不可欠としこれによ って媒介される。従って貨幣ないし貨幣的購売力たる資金の有無相通を媒介する金融過程も上述の再生産的循環過程の中 には含まれる筈のものである。  ところで生産、流通、金融、分配、消費の諸過程を含む再生産的経済循環はその継続において自然にそれに関連する社 会的ないし経済的な秩序従って構成体を形成し、再生産はまたかかる社会的、経済的な秩序ないし構成体を媒介として右 の経済循環過程を展開する。このような社会的、経済的な秩序ないし諸構成体は生産関係と不可分な内的関連を有し、或 は生産関係の社会的な具体化ということも出来る。これらは一定の歴史的段階における再生産の軌道をなしているという ことが出来る。またこれらを総称して経済制度と呼んでもいいし、経済構造と呼ぶことも出来よう。  これまで述べたところがら知られるように、再生産において生ずる技術的進歩は、一方生産力の癸達を来して生産要因 の所有関係の推移を招、来し、他方生産要因の結合ないし配分の仕方を変えることによって、生産様式ないし生産関係の歴      再生産の論理と経洛一掌       丑

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     再生産の論理と経済学      六

史的推移を来す。ここに、また経済構造の歴史的な推移と再生産の歴典的形態の発展が考えられて来る。再生産の歴史性 がここに明らかとなっている。同時に再生産的に考えて行くことが歴史的に考えて行く所以でもあることが知られる。 二 経済学と再生産の論理  経済を再生産的に考えていくと概略的には上述の如くなるといいえよう。このような再生産的な考え方を再生産の論理 とよぶことにする。それは再生産との関連において経済的諸事象を考えていくことである。即ち再生産との関連において 事象を観察し、問題を提出し、研究して行く考え方である。されば、このような再生産の論理が経済学の研究方法として 重要な意義をもつことは自ら明らかであろう。  ところで、この論理が具体的に経済学の方法として機能を発揮するためには、それぞれの認識目的に従い、またそれぞ れの認識の毅階に応じて合理的に限定され、方法としてそれぞれ戸田体化して行かねばならない。例、兇ば、ケネーの経済表       ? とか、マルクスの再生産表式とか最近においてはW・W・レオンティフの投入・産出分析の塞ぎはかかる限定によって方 法として具体化された有力なものということが出来よう。再生産の論理が、このような限定によって有効な方法的用具に 具体化することは、それ自体経済学研究方法の重要な前進を意味するものでこれを公式化することなく、むしろその方法 的精神に学び、その方法的意義と限界を明らかにすることが出来るならば、こめ方面における再生産的方法の有効な前進 の途を開くことが出来るであろう。  ところで、経済学は、それぞれの認識の目的、、領域ないし性格に基づいて、歴史、政策、理論の遮りの方面をもつてい ると見られる。それは経済生活従って再生産の歴史性、実践性、法則性にもとつくと考えることが出来る。  再生産の論理は、経済史的認識の領域においては、経済生活の中心を再生産と考え、経済生活の諸過程をこの再生産に        ら、

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対する機能的連関において意義付け、この考察を媒介として、それぞれの経済生活の歴史的様式、従ってこの諸過程の展 開と相互媒介的に形成される諸・汝の歴史的社会的な経済的構成体が、一括していえば歴史的な再生産構造ないし経済構造         が如何にして形成し、発展し崩壊していったかを問題にして行くという風に考えていくことになるであろう。          経済政策学の領域では再生産の論理は女の如く問題を提出していくと考えられる。即ち、  e 社会経済的存在は再生産を中核として歴史的に生成し発展するが、この歴史的生成ないし発展自体が、実践的に解   決しなければ現実に危機をもたらす如き矛盾ない・し問題を孕みつつこれを展開して来るという所に、政策樹立l−一従   つて有効な政策樹立のための政策学的認識の要請される根源が見出されるのではないか。従って  ⇔ 政策目標や政策主体の問題も、この存在に孕まれて来る矛盾なり問題なりの性格及びその深さないし広さというも   のと関連して導かれて来るものであり、そこに樹立さるべき政策もここから考えられて来るものではなかろうか。こ   の揚合右のような歴史的現実に孕まれて来た問題が如何なる性格をもつており、如何なる方面に深く連っているか、   この問題の政策的解決の手掛りとなる急所ないし要因は何か。こういうことは再生産との関連において始めてA口理的   に解明され発見されうるのではないかと思う。次に  ⇔ 問題の政策的解決の方途も、おそらくは、なんらかの形においてでもあれ、再生産の拡大均衡ということを中心の   理念としていかざるを得ないのではないか。そして最後に  n㈹ 政策的認識には、政策効果の判完を媒介として、より有効な政策を発見するという課題も考えられるのであるが、   この揚超も=疋の政策の効果は全体的な再生産的経済循環においてでなければ、これを検出し判定することは出来ぬ   のではないかと思われる、この意味でノルウェーにおいてブリッシュ︵脚・司円富げ︶を主として行われた﹁反作用研究﹂          ︵國①篇言彦・。ざロの貯島霧︶は注目すべぎものであろう。      再生産の論理と経済学      七

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     再生産の論理と経済掌      八  このように見てくると、歴史的認識においても政策的認識においても、再生産の論理がもつ機能の重要なことがうかが われるが、理論的認識において、それはどういう機能をもつのであろうか。既に述べたところがら知られる如く、歴史的 認識に対しても、それは一定の歴史的再生産様式、従って再生.産構造の生成、発展、崩壊の理論として、.更実的研究を媒 介とすることによって具体化しつつ歴史研究の導きの糸となるのであり、政策的研究においては、政策の要請する存在的 問題の再生産関連的な把握及び政策効果の再生産的循環における検討、比藪ないし有効な方策の発見という点において政 策理論.的機能をになって来る。こうして見るとこれちの領域においても再生産の論理は歴史的理論ないし政策的理論とし て理論的認識の課題と重なって来るように見える。そして、ここに実は、歴史的認識と政策的認識と理論的認識の相互媒        ④ 介的関係が見られるので、この三者は形式的に分離し区別し切ることの出来ないものであることが知られる。  然らば、このほかに狭義な理論的認識の固有な課題はないであろうか。この課題は再生産の論理との関連において如 何様に考えらるべきであるか。それは資本主義の経済に関する限り、価値法則の展開としての七型、貨幣、資本の問題 を再生産との関連において解明し、これを媒介として資本主義的な再生産の諸過程および諸要因の機能的連関ないし秩序 従ってその相互依存関係を法則的に把握し更に之を通じて経済変動を法則的に把握するという点に存すると考えられる。  資本家的再生産は商晶的再生産の最高度に発達したものである。そして物的生活資料の再生産は、同時に、商品的再生 産においては、価値の再生産であり、贅本蒙的再生産においてはそれは同時に、価値及び余剰価値の再生産である。従っ てここでは生産諸要因の各生産部門、各企業への配分、従って各部門、各企業における生産諸要因の結含は、価値法則の 展開としての価格法則を媒介とし、資本従って利潤原理を申心に行われる。このことは資本主義社会においては、社会的 生活を支える物的生活資料の社会的再生産が価値法則ないし資本の運動法則を媒介として展開することを意味している。 一・資本の立場からいえば資本の運動こそが右の如き社会的再生産を避けがたい悪︵冨。。.・。・。ゆ同団。く芝として媒介しているわ

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けであるが。従って、資本家的再生産の分析は使用価値の視点と価値的・資本的視点との二つの視点の統一において取扱 われて来るように見える。これほ次に示すマルクスの再生産表式において、社会的再生産体系が生産手殺の生産部,門と消 費財の生産部門との二大部門から構成されるという揚合に、使用価値的視点が見られ、また、各生産部門への生産要因の 配分と夫妻の部門における結合が使用価値を媒介とし従って技術的顧慮を媒介とすると共に、価値的資本的視点の下に、        資本の有機的構成として表われている所からも知られる。    刷  鼻OOOo戸十HOOOぐド十HOOO旨日11900℃筥    自  いっOOOo博十軌OOくに十朝OO臼㎏且ωOOO同琶     一鐸陪爵唱海餅認護認  ℃邑算陪酵唱彊     ]=艸莇腿母貯醜嶺置 園崔算謎撮理,      o昌ぐド奪ト算讃寿團裳琶○引麟蹟軽鳩刮演擾卦”浄漣剛強      ob診ぐb二臼鴻郷冷々出職駅還㊦引魁踏録℃日簸蹄掛り労帰船協  この場合、生産手段の生産部門、及び消費財の生産部門が単純化のため夫々一の個別資本によって担当されるとすれば 再生産はそれぞれ亥の如き資本の運動として現われる。

  

@一

E台㌣事態・−Ψ・き︵旦丁丁、・蒙ピ讐﹃名、︿皆、

  

@=患∵叉.轄−・⋮−・ビ︵寮訟⋮τ・∴藁ぐ誤⋮へ−・ξ︿辱

上記の再生箋は右の案循巽の夫;言︶簿⑳・び蚕豆藁を式に表わ・たものであ・.塁産の

ためにはこの毒、己︵勺ぎ︶11ご+︿ト,→H郎ドと渇、叉内諺︶”。・,→話+ξなる生産物が販売されその代金で再び夫汝同、・ξ・垂お      再生産の論理と経済学      九

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9      再生産の論理と経済学      一〇 よび丁目曽b・なる生産要因が購入され、結合されねばならない。このことは単純再生産においては、それれぞ司、久勺露︶ 甫ビ︵内窮︶なる生産物の・流通を媒介とする・分配が同時にそのまま生産要因の配分一−結合を意味することを示してい る。  これはまた吹の如くにして証明される。    H きOOoμ十目OOO≦十HOOO日昌11800℃白    麟 b∂OOOob,十αOO謹十αOO旨鴎1100000円唐      ①OOOo 十HαOOぐ 十].αOO臼       ①OOOo11①OOO勺暴    H㎝OO︿十HαOO巨11QQOOO国筐  即ち1部門ではおooの不変資本︵。︶が同価値の℃目に投ぜられ、Hoooの可変資本︵<︶がbに投ぜられ、この二つ の生産要因の結合によって、この投下資本800。日+おOO5の名門HOOOの余剰価値を含むOOOOの価値の勺彰が生産せられ る。この場合国華に投ぜられた不変資本おooは生産物剛琶の価値に不変のまま移転されるに過ぎないが、bに投ぜら れた、可変資本Hoooは労働の余剰価値生産力の故にHoooごのぽかHooo§の余剰価値を生む。この根源は不払労働にあると される。 換言すれば実はじ。oOoの価値を生産する労働力bに対して800ごが労賃として支払われるに過ぎないからだと される。同様なご・とは璽部門にもついてもいわれる。従って右の生産において消費されたさoo9の価値の℃ξとb。ooo8 の価値の弼ξが新生産物⑪ooo勺巨を以て置換えられ、労賃として労働者に、余剰価値として資本家に分配された総貨幣 所得翁OOく+麟8鑑を以てωOOO国日が購買されて、労働者と資本家が再生産される。以上の生産物の流通を媒介とする分 配はそのままここでは新しい再生産のための生産要因の配分,結合でもあり、また資本家的生産関係の再生産でもある。         同じことはW・W・レオンテイフの投入・産出表によって吹の如く表現されうる。この表では下行に投入高の配分関係 を横列に産出高の配分関係を配列する。即ちマルクスの再生産表式の

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産出高の配分関係

i(pm)lg(Krn)1 v [ m i 6000 2000 4000 3000 1500 1seo 1(P皿) 豆(K皿) 1500 500 1500 500 1000 1000

11m

A

1500 1500 300e 6000 計 産出高の投入関係 の列では労働がそれぞれ、1部門及び皿部門に配分される事を意味する。 示すものということが出来よう。  ただレオンテイフ表は、縦行および横列をいくらでも拡張でき、従っていくらでも多くの生産部門簡さらには対外国閤 の再生産関係を表わすことが出来るという点で劃期的な進歩を示すものということが出来よう。周知の如く、この投入・産      再生産の論理と経済学       一一  囲 きoo3+Hooo5+Hooo日昌貸①ooO℃邑は上掲表の一︵勺巳︶の縦行で示され  陶 鱒OOO8+竃Oぎ+凱OOβw誓ω08国筥は同じ表の融︵℃旨︶の十一で示される。  即ちこの表の回︵勺巳および貝困営︶の曲行は、 それぞれ生産財生産部門および消 費財生産部門において、不変資本︵。︶が同︵雪白︶なる生産財生産部門の産出物娼崇に それぞれ投下され、可変資本︵・︶がそれぞれ跨に投ぜられたことを三昧する。そして マルクスの理論では、、資本家的立場からするbへの、の投下は、社会的に見ればぐ、→岳 の生産力をもつトの﹁投入ということになる。この表でく・日をbに含ましめたのはこ の関係を表わさんがためである。更に書論のくは野働者の家計を、 日は資本家の家計 を意味し、これらの家計では、それぞれおoO≦、→㎝oo舌H駐oOぐ及び岩oO葺,轟098”冨Oo8 なる所得を以て消費財を購入し、消費することを意味する。これはマルクスの再生産表 式ではあらわに示されてはいないが、そのうちに含意しているものである。  ところでこの表を横列に見れば、H︵℃琴︶の列では生産財なる産出高①OOOが、再生産 のため、1部門におoO璽部門にb⊃ooo配分されることを示し、閏︵図昌︶の列では、その 消費財なる産出高ωOOOが労働者の家計と資本家の家計に配分されることを意昧し、b       かくてレオンテイフ表は明らかに再生産関係を

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     再生産の論理と経済学       一二 出分析は行列代数を中心とする高い数学と電気計算機の利用によって各国における再生産関係の実際的分析を行うまでに 発達している。またレオンテイフ表はヒックスの﹁経済の社会的構造﹂︵鈎蓼匹葵9、害㊦ω。9手心、曇暮≦。昌ート昌ζ雰。含。ご韓        ぎ国8乞巨塞罎お.︶以来、発達して来た社会会計︵ω。。陣碧一ト。8ロご註昌騎︶に表現しなおされ、この逆も可能である。さらに社       会会計は個別会計を媒介とすることが出来、その際、統計的       把握が媒介される。かくて投入・産出分析は個別会計学、社       会会計学、統計学を媒介とし、他方高度の数学と経済理論を       媒介として非常に稔りの多い発達を約束されているというて       も過言ではなかろう。これはわれわれの先に述べた立揚から      A , ’      ところで先に掲げたマルクスの再生産表式は上のような経       済循環図表を以て表現することも出来る。、この図表では労働       者の家計と資本家の家計は﹁括されて表わされている。先ず       一︵℃巨︶部門では前期の産出高国導の売上代金①OOOのうち       HOOO濤は利、潤としてその資本家の所得に帰しαOOOは新生産 ⑳貨幣資本となり、うち心oooβは害ξの購入にあてられ、 Hooo︿[は労働﹀↑の購入に投ぜられ、その結果として薪に ①OOO勺巨が生産される。 これがその次の再生産のため亙部門にはお8℃鰭が璽部門にはb。OOQ℃ξが売却される。竪部門 でも同様に前期の産出額ωOoO国臼の売上代金ωoooのう.ち、αoO旨﹄。はその資本家の所得に帰し、残りト。αOoの貨幣資本か

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らト。ooo8は1部門の産出物剛ξの購入にあてられ、 朝oo舌はb・・の購入にあてられる。、かくして。。ooo只巨の消費財が 生産される。ところで家計の所得合計δoo≦+Hoo9ヨ+切ooぎ+89言11し。oooは右の消費財の購入にあてられてこの再生産的 経済循環は完結する。      ’      ,  このように再生産表式は経済循環図表に表現しなおされる。それはこの図表で総資本と家計の諸循環の相互連関が統一 的経済循環を形成するものとして示される。各個別資本の循環も家計の循環もそれ自体としては決して成立し得ず、再生        へ 産的経済循環を基盤として始めてその成立の根拠が示されうる。これは、資本家的再生産も]定の歴史的形態をとれる社 へ ヘ      ヘ ヘ へ 会的再生産に外ならず、従って資本循環自体がかかる社会的再生産を媒介とすることなしには、成立し得ないことの反映 である。またこの循環図表によって再生産を媒介する貨幣循環も総資本及び家計の諸循環との関連によって示され、貨幣 経済的分析の最初の手がかりが与えられて来る。併しそれはあくまで最初の手がかりにすぎない。というのは、右の図表 は単純再生産ないし静態的経済循環を表わしておるに過ぎないが、貨幣経済ないし金融経済の分析は、むしろ拡大再生産 あるいは総資本の蓄積の動態的過程との関連においてこそ充分な展開が可能だからである。  吹に経済の諸過程である生産、流通、分配、消費の諸過程もこの循環図表においては再生産との機能的連関において統 一的に表示され、従ってその諸過程における諸要因、経済的諸数量の相互依存関係もかかる経済循環を媒介として統一的 に明らかにされる途が開かれて来る。  さきに社会を形成する人爵の生活が物的生活資料の連続的消費において維持展開されるので、かかる生活資料の再生産 こそが入閤生活を再生産するものであると述べた。ところで入間生活の維持、展開は直接的には消費財の獲得従って消費 によって行われ、資本主義社会においては、それは貨幣所得の分配とその消費支出によって行われる。だから実質的にい えば、かようにして家計によって取得される消費財総量が社会の所得であり、従って経済の本質的なものは所得の再生産      再生産の論理と経済学      一三

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     再生産の論⋮理と経済学      一四 にあると見ることも出来よう。ここにまた所得雲脚への再生産的考え方からする通路が開かれて来る。併し、クインズの 所得理論は消費支出と投資とが所得を決定するというのであり、所得決定における投資の決定的意義が強調される。而も 投資が聞題になるのは資本蓄積の理論においてであるから、右の論及だけでは充分とはいえないが、右の方法の拡充によ ってこの問題がとかれて行きうる。ところで右に述べた所から知らるる通り、所得決定において、消費とならんで投資が 重要な役割を演ずるという事からも察知せられるように資本主義社会においては所得の再生産が、所得の資本的原理によ       ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ る再生産即ち簡単に所得の資本による再生産という形態をとることを強調しなければならない。所得分析が資本理論とし て始めて完成されると考えられる所以である。  経済学的把握の方法としての再生産論理の考察がここまで進めば、次にこの論理が資・本主義経済発展の理論としての資 本蓄積理論の中核的方法をなすことは総資本の拡大再生産の表式が資本蓄積理論の中心としてマルクス、ローザ・ルクセ ンブルグ以来とられて来たところがらも容易に知られよう。近代経済学においても貯蓄・投資の理論がクインズの一般理 論における劃期的風景を⋮媒介として謂わゆるポスト・クンジァン・エコノミクス ︵剛。。・け囚①看量§国Q昌。日上塗︶において、経         済成長論ないし、はっきり、資本蓄積論として自覚的に形成され、景気変動もこの資本蓄積を中心として説明される傾向        を示して来た。これはシユムペークーにおいて景気循環が経済発展の理論として説明されるのと照応する。か︽て景気変 動は資本蓄積の現実過程として、その動態的過程として解明される筈である。この揚合経済成長或は資本蓄積の均衡的分 析としては、拡大的再生産の均衡条件を計画調美的に求むる考え方も意味はあるであろうが、価格変動を媒介とし、利潤 によって導かれる資本蓄積の動態的過程の分析としては、右のような均衡条件を求める行き方には問題があるといわねば ならない。先きに筆者が固定資本の生産部門をとりいれ、固定資本の建造を申心とする加速度原理と建設期簡及び耐用期 閤を考慮にいれ、更に投資による所得の波及的形成を考えにいれた上で、価格変動を媒介として自動的に展開する再生産

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        表式を構想し、これを以て景気変動を解明せんとしたのも、右の如き反省から出発したのであった。このような再生産表 式には幾多の欠陥もあり問題もあることで・あろうが、併し、この事は再生産的考え方が資本蓄積の動態理論の.構成に対し て有する有効性を否定するのではなく、むしろその前進への捨石たる意味をもつものではないかと思う。  ところで上述の如き資本蓄積を含む再生産の動態的展開においては、これと関連して諸汝の価別資本はその循環過程に おける資本の回牧︵毒、一Ω、、︶と投入︵φ一即くい皆⋮︶との過不足に陥らざるを得ない。        回 薄    ・当︿酔・−・−閣﹁。、        Ω−叉酔⋮・−亀−。、       薄 ﹀      回薄﹀遷﹀算矯除㊦沸謬鱒聾齎O      同=済ハ嚇緯M〆算蹄除㊦認矧吋醐融威しび  かくの如く、再生産の動態的展開は、これに関係する諸汝の個別資本の循環過程に、右のような回牧と投入との過不足 を惹きおこして資金の供給ないし需要をそれぞれ生ぜしめると共に他方家計においても牧支の過不足から同様に資金の供 給、需要を発生せしめ、ここにこれを弾力的に︵信用創造によって︶媒介する金融過程を生ぜしめる。かくの如く金融な る問題は各企業及び各家計が夫汝関係せる再生産の動態的展開の故に、それぞれ牧支の不均衡に陥るところに生ずると共 に再生産の動態的展開はかかる金融を媒介としてのみ可能となる。このように見て来るならば金融理論は動態理論におい てこそ固有の領域をもち、稔り多い展開を来すといわねばならない。されば均衡分析はこの領域においては不均衡把握へ の出発として否定的媒介の契機たる意味を果すと見るべきであろう。  併し、資本蓄積理論は、例えば社会的総計としての趨勢︵日犀窪働︶と景気循環︵O智5 及び両者の関係が解明されるとい      再生産の論理と経済学      一五

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     再生産の論理と経済学       一六   ⑭ う風に、或は拡大再生産表式の展開に見られるように、単に数量的な把握に止まると見ることはどうであろうか。現実に おける総資本の蓄積過程はさきに述べた如く景気変動をなしながら展開するが、その中では各個の資本は相五に対立しつ つ、資本の弱肉強食を悉曇し、資本の身中運動を通じて独占資本を形、成し、やがて独占資本主義への構造変動をとげてい く。かかる構造変動への過程が、資本蓄積の動態的展開を媒介した金融との関係から、金融資本によって中心的に媒介さ       ⑫ れることはヒルファーディングによって理論化された如くである。かくて資本主.積の法則は先に述べたような景気変動を 展開し乍ら独占資本主義への構造変動をとげて行くと見らるべく、従って前述の数量的把握を媒介とした構造変動の理論 が資本蓄積理論として展開さるべきであろう。再生産の論理は経済学的把握においてこのような方向に機能しうるのであ る。  ①拙著﹁再生産ζ貨幣経済﹂四八頁  ② 右著 四九頁以下参照  ③挙悶曇。許.露。窮ぎ募乙。ご昌oDε象。ω塑↑9δ..O。塁箋三2虹。塁いト暮胃ざ雪固8昌9託。涛。乱。毛”嘔H冒9H漣○。噛コ︶.ω零iら。慧● 中山伊知   郎著﹁近代経済学の展開﹂一二四一=一五頁  ④拙著﹁再生産と貨幣経済﹂五二頁  ⑤ マルクスの再生産表式については内・嵐鷺鋼∪霧囚鉄面臣じdq.自いψω朝もQb♪o唖・αω悼曙・O一の言く鴇宣σ⊇v切曾午ご一〇αω鴨   邦訳、資本諭、第二巻、第三篇、山田盛太郎著﹁再生産過程表式分析序説﹂  ⑥レオンテイフ表は投入産出表ともいわれその理論は投入産出分析或は産業連関論ともいわれる。これについては司.奢●﹃8馨δや   弓9QQ霞gげ霞oo隔b崔。鼠。餌b闘8藁葺︶♂66−GoPb⇒β創&●冗。毒唄。詳■6窪・名.毛・UΦg曲ざ﹁喬O鼻①鑓”融菖象。ω一b窪Φω育琴ξ苫oh夢Φ   b含。二。欝国。§。ぎざ○臨電倉目り鴇● 已﹃qZ一9ぎ島餌巨魚8蓉鼠。回昌ω註け鼻Φ︵巴’︶謬b暮﹃89鼻罰㊤葺ご望Hり儲ω, 森島通夫著﹁産業連   関論﹂ ︵一九五四年︶、河出版。経済学説全集、第十四巻、第二部産業連関論︵山田勇編︶  ⑦二の点については右経済学説全集、第十四巻、第一、一部第二章﹁投入産出分析とソシアル・アカウンティングとの関係し︵荒憲治郎   執筆︶参照 ^

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r  麟︼︵6自胃ぎ3おレロ国。・確p団げ︼O騒鐸螢巨マ弓げ8幾層。.国080日回oqoq思鼠二噛く〇一■・6︵b窟.ジHOωりy   60毛鶏飾の9∪唄圏塑菖ざ蜀8昌。已ざ9ピoNム09目Φ縣QQ・  国・U●Oo巨胃㌦δ塾営言H国軍塾窃ざ♂国辞oobΩ容釦.叶F寡言三国日同質琴①轟、.国ogo彗①守門塑く。レH恥MZo‘PHOホ﹂   へ自×﹁︶帥塗回05効昌q野昌b︸o唄日。鼻..b営霞ざ導頃Q言9注。国①≦oきく。畑図図図くF宕pHいらミ.   へ命ぎ剛ぎ三〇ヨ亀O帥喜ひ鷺bo自営雲脚自。戸二卜筥。同.ざ9昌霞︵δ50舅ざ騨。≦Φ巧︾<oピ図図賢くH肖りZρ辞Hり躯QQ。  国●自幽聾霞Pへ弓冨勺巳び一〇臼。隔09℃ざ舘卜8口露三塁︻o♪..卜葺。一.ざ程図8口9巳。訂①<冨≦.<9噸図駁×肖図名ρO●冠りらり.  ㌍U.Oo崔彗9詞£oぎ島霞ぎ蜀6℃℃。目¶O一置コ・  国.崔■国。身oJハδ9四賀︼bo薯崔⊆貯氏8彗餌弼ぎ⑳︸.o。。。聰..﹀ヨ2.すp嵩討oo昌。登熟訂ΦゑΦ宅博く。]辱×ロス9昏コ■Hゆ餌9  高田保馬編﹁経済成旦戌の研究﹂ ⑨ 森島通夫著﹁資本主義経済の変動理論﹂一〇〇頁以下参照 ⑩拙著﹁再生産と貨幣経済﹂一六五頁以下参照 ⑪森島氏右著一〇〇頁以下及び︼九五五.年五月京大におげるジョアン・ロビンソン女史の講潰 ⑫頃晶H鳶の鎚ぎ。9一〇器霊琶養ぎ誓芭“。陣。・三口象。き電電ρ冒昌σq界。夢け乱。江3。99のき邑琶ぎ畢ヨ①亭困8ωの  ﹁金融資本論﹂林要訳 ヒルフアーデイソグ ︹あとがき︺ 本稿は経済学的論理としての再生産.論理に麗し、かつて拙著﹁再生産と貨幣経済﹂に論じたところを考え直し、右の 著述でつくし得なかった点を積趣的に展開.したものである。前の著述は難澁だという声を聞いたので本稿では、わかりやすくとい う念願の下に叙述をかなりくだいたQたゾ本稿だけで充分理解のいくようにと思ったので.さきの著述と重復した箇所も敢えて.創 除しなかった。 再生産の論理と経済学 一七

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