博士論文審査結果の要旨
学位申請者
万 井 弘 基
主論文 1 編
How does the Ca2+-paradox injury induce contracture in the heart? - A combined study of the intracellular Ca2+ dynamics and cell structures in perfused rat hearts -.
Acta Histochemica et Cytochemica 48; 1-8, 2015
審 査 結 果 の 要 旨
カルシウムイオン(以下 Ca2+ )は心臓の興奮収縮連関において要となる細胞内シグナルである が,その細胞内濃度の調節機構が虚血などの心筋傷害により破綻すると,細胞内 Ca2+過負荷が 生じ収縮・拡張障害や興奮伝導異常が惹起される.近年,生きた丸ごとの心臓で Ca2+ の細胞内 動態を可視化できるようになり,様々な病態の Ca2+動態異常とその病理学的意義が解明されて きた.心筋 Ca2+ パラドックスは,心臓を無 Ca2+ 液で短時間灌流した後 Ca2+ を再灌流すると Ca2+ 過負荷と心筋拘縮が生じる虚血・再灌流傷害モデルであるが,これまでは固定標本を用いた解 析に留まり,その経時的変化の観察が困難なことから現在も発症機序は十分に解明されていな い.申請者は,in situ リアルタイム共焦点レーザ顕微鏡を用いて,Ca2+
パラドックス傷害心にお
ける Ca2+過負荷および拘縮の機序を解明することを目的に研究を行った.
Ca2+蛍光指示薬 fluo3/AM を負荷した Wistar ラット心を標準 Tyrode 液でランゲンドルフ灌流
し,fluo3 蛍光を取得し Ca2+
蛍光強度変化の解析を行った.また RH-237 の蛍光画像から個々の
心筋細胞の形態を取得し評価した.Ca2+パラドックスは 37℃下に 10 分間無 Ca2+液を灌流(Ca2+
depletion)し,続いて 1mM Ca2+を含む標準 Tyrode 液を再灌流(Ca2+
repletion)し作成した. Ca2+ depletion では,緩徐な細胞内伝播を示す Ca2+波が散発し,介在板において間隙を生じた.続く Ca2+ repletion では,個々の細胞で非同期性に細胞内を伝播する高頻度の Ca2+波が発生,振動性 収縮も伴い細胞長は短縮していき拘縮に至った.L 型 Ca2+ チャネル阻害や Na+ -Ca2+交換機構阻 害,筋小胞体の Ca2+放出の枯渇などにより拘縮は抑止されなかったが,NiCl 2 は拘縮を抑止し た.saponin により細胞内を Ca2+過負荷におくと,同様の Ca2+波が発生し振動性収縮を示した が,拘縮は生じなかった.また収縮の薬理学的抑制下に Ca2+ を再灌流しても拘縮は生じなかっ た. 以上より心筋細胞間の結合に着目し,収縮蛋白と細胞外基質を連結する β-dystroglycan(以 下β-DG)と細胞間接着分子 cadherin の変化を免疫組織化学で検討した結果,Ca2+ depletion によ り β-DG の発現は有意に減弱しており,介在板においては細胞間隙の開大が確認された.本研 究により,心筋 Ca2+パラドックス傷害は,Ca2+ depletion による細胞間および細胞-細胞外基質 間結合の破綻と,これに引き続く Ca2+ repletion による細胞内への非特異的な Ca2+流入が相俟っ て心筋細胞を拘縮させることが明らかになった. 以上が本論文の要旨であるが,心筋傷害における Ca2+過負荷ならびに拘縮の発生機序を考え る上で重要な知見であり,医学的に価値ある研究と認める. 平成 27 年 3 月 19 日 審査委員 教授