KANSAI GAIDAI UNIVERSITY
穂谷里山の研究 : 見えぬけれどもあるんだよ
著者
浅野 浅春
雑誌名
研究論集
巻
93
ページ
119-138
発行年
2011-03
URL
http://doi.org/10.18956/00006134
穂谷里 山の研究
見 え ぬ けれ どもあ るん だ よ
浅 野 浅
春
要 旨 里 山 に は 、 人 智 を超 え る事 物 の存 在 が あ り、 目に 見 えな い もの の 循 環 が あ って 、 そ こに 、 人 と 多種 多様 な 動 植 物 が 、 何 らか の つ な が りを も って 、 と もに 生 きて い る 。 この 論 文 で は 、 穂 谷 里 山 に住 ま い して い た 人 た ち の こ と、 現 在 住 ま い して い る 人 の こ と、 里 山 と何 らか の 関 わ りを 持 って 活 動 して い る 人 た ち を 取 り上 げ 、 「見 えぬ け れ ど もあ るん だ よ」 とい う金 子 み す ず の 詩 の 持 つ 大 切 な 意 味 に つ い て 述 べ る。 キ ー ワ ー ド:穂 谷 里 山 、 里 山 の 神 、 共 生 、 循 環 1 は じめ に 穂 谷 ・里 山学 の 中 核 を な す もの は 、 「見 え ぬ けれ ど も、 あ る ん だ よ」(金 子 み す ず 詩 集 よ り) の 世 界 で あ る。 す な わち 、 人 智 を 超 え る里 山の 神 、 人 間 の 能 力 で は 制 御 で きな い 環 境 、 人 と生 物 との つ な が り、 空 気 や 水 を は じめ とす る物 の 循 環 が 学 び の 対 象 とな る。 穂 谷 と三 之 宮 神 社 に は 、 現 在 で も 「水 の 神 」 が 残 る。 竜 王 石 が そ れ を具 象 す る 。 ま た 、 「森 羅 万 象 の 神 」 の 具 象 とい うべ き 巨石 が 鎮 座 す る。 そ の 巨石 は 「屋 形 」 と称 され 、 二 体 、 並 存 す る。 見 掛 け 上(地 下 で は 、 どの よ うに な って い るの か 不 明で あ る)三 角 柱 で 、 切 妻 屋 根 の 形 を して い る。 その 大 き さ は、 三 角 形 の 底辺 が約3.5m、 高 さが 約2m、 三 角 柱 の 長 さが 約5mで あ る。 石 質 は 花 崩 岩 で あ り、 風 化 は 進 ん で は い な い 。 そ の 由来 は 不 明 で あ る。 か つ て の 穂 谷 住 民 と三 之 宮 神 社 との 関 わ りを 知 る こ とは 、 現 在 の 穂 谷 住 民 の 根 に あ るは ず の 文 化 ・伝 統 を 知 る こ とに繋 が る。 里 山を 理 解 す る ため の 、 一 つ の 柱 は 「共 生 」 で あ る。 穂 谷 の 住 民 の 生 活 か ら、 穂 谷 の 生 態 系 を つ くる生 き物 た ち と、 い か な る共 生 を して い るの か 、 見 えな い 微 生 物 との 共 生 を 推 測 して み る。 も う一 つ の 柱 は 循 環 で あ る。 穂 谷 の 人 の 営 み が 、 水 を は じめ とす る物 質 の 状 態 変 化 を 伴 う、 土 中 や 大 気 中 で の 循 環 か ら いか に 影 響 を 受 け て い るか 、 これ に つ い て も推 論 した い 。 気 体 や 水浅 野 浅 春 は 野 や 山、 そ して 、 す べ て の 生 き物 の 身 体 に 入 り循 環 して ゆ く。 どの よ うな 質 の 液 体 や 気 体 が 循 環 し私 た ちの 身 体 を 抜 け て い くの か は 、 生 命 体 に とって 重 要 な 問 題 で あ る。 さ ら に、 穂 谷 とそ の 周 辺 に お け る今 日の 経 済 活 動 と、 廃 れ ゆ く穂 谷 里 山の 伝 統 ・文 化 の 復 活 とい う 「共 生 」 が 現 実 の もの に な らな い の だ ろ うか 。 この 重 要 な 課 題 に つ い て も触 れ る。 Ⅱ 穂 谷 と三 之 宮 神 社(字 屋 形 山 鎮 座) 1 穂 谷 と氷 室 穂 谷 里 山 は標 高100mか ら250mに あ る。 広 い地 域 とは 言 え な い が 多様 な環 境 を も って い る。 枚 方 市 街 に比 べ て気 温 は約3℃ 低 い。 そ の 上 に 、 湿 度 が 高 く霧 が 立 ち やす い地 域 が あ る。 冬 に は 氷 が 張 る池 もあ る。 そ の よ うな 地 域 で 、 北 向 きに 穴 を 掘 り、 氷 を保 存 出来 な い だ ろ うか 。 枚 方 市 史 には 三 之 宮 神 社 所 蔵 文 書 の 記 録 が あ る。 そ れ に よ る と、 氷 室 の 始 ま りは 、 仁徳 天 皇 62年5月 、 額 田大 中 彦 王 子 が 闘 鶏(ツ ゲ)と い う とこ ろに 狩 猟 し、 山に 登 った 時 の こ と、 庵 が 見 えた の で 付 き 人 に見 に 行 か せ た とこ ろ、 窟 が あ って 、 村 人は そ れ を 氷 室 だ とい う。 氷 の保 存 法 を 聞 く と、 村 人 は 、 土 を ひ と丈 余 り掘 って 草 を 葺 き氷 の 周 りに 萱 な どを 厚 く置 い て お く と、 いつ ま で も解 け ず にあ るの で 暑 い月 に も用 い る こ とが 出来 る とい う。 王 子 は 氷 を 仁徳 天 皇 に 差 し上 げ る と、 大 層 喜 ば れ て 、 絶 えず 使 わ れ る よ うに な っ た とい う。 そ うい うこ とが あ って 、 天 長8年(832年)8月 、 氷 室 を穂 谷 よ り、 傍 示 、 杉 、 芝 村 の 全 て に お い た が 、 や が て 、 傍 示 に だ け 残 った 。 そ の よ うな 歴 史を 持 って 、 現 在 の 穂 谷 、 傍 示 、 杉 、 藤 坂 、 芝 、 津 田を 氷 室 郷 と称 して い た 。 だ か ら、 氷 室 郷 は 穂 谷 が 本 庄 な の だ とい う。 2 雨 乞 い 枚 方 市 史の 諸 日記(枚 方 市 史第 九 巻)か ら、 江 戸 時 代 の 五 ヵ村(穂 谷 ・杉 ・尊 延 寺 ・藤 坂 ・ 津 田)の 人 た ち に とって 、 三 之 宮 神 社 が どの よ うな 存 在 で あ った か を み る こ とに す る。 この 記 述 を と う して 、 い か に 、 た び た び 雨 乞 い を した か 、 が 解 か り、 津 田村 の 人 た ち に とっ て は 三 宮 神 社 ま で の 上 りの 道 の り(現 在 の 舗 装 され た道 で も1時 間 半 は か か る)は い か に大 変 で あ った だ ろ うか 、 が 想 像 で き る。 そ して 、 雨 が 降 った 後 の 返 礼 行 事 の 派 手 で 大 仰 で あ った か を 知 る こ とが で き る。 延 享1年(1744年) 6月11日 三 之 宮 へ 雨 乞 26日 三 之 宮 へ 雨 乞 五 ヶ村 立 合 夜 大 雨 降 、 村 中 悦 、 三 之 宮 へ 参 る 27日 三 之 宮 に雨 請 返 礼 、 能 狂 言 上 る
7月5日 雷 を 伴 う大 雨 で 、 津 田川 が 洪 水 を 起 こ し、 い くつ か の 橋 が 落 下 、 下 流 の 田畑 も土 砂 で 埋 ま る。 ふねふな 8,月6日 三 之 宮 雨 乞 返 礼 能 狂 言 、 番 組 三 番 里 、 芦 刈 ・春 日竜 神 ・熊 坂 ・餅 酒 ・宗 論 ・舟 船 ・ 神 鳴(雷)。 明 和6年(1769年) 7月 朔 日 三 之 宮 へ 雨 乞 2日 大 雨 降 る 、 五 ヶ村 皆 皆 悦 ぶ 8月 朔 日 三 之 宮 雨 乞 雨 請 之 返 礼 、 大 般 若 経 読 、 五 ヶ 村 参 詣 す 9日 三 之 宮 へ 雨 乞 11日 雨 降 、 殊 之 外 悦 ぶ 、 返 礼 相 撲 に 上 る 21日 三 之 宮 返 礼 相 撲 、 子 供40人 、 上 村20人 、 津 田 村20人 勤 め 、 の ち 大 相 撲 有 。 享 保14年(1730年) 7月8日 の 三 之 宮 へ の 御 返 礼 で は 、1.踊 2.能 3.御 経 4.神 湯 5.御 千 慶 6.石 燈 籠 、 こ れ に あ か り、7.万 燈 8.絵 馬 9.繰 り を 行 う。 こ れ は 、 五 ヶ村 の 庄 屋 ・年 寄 が 相 談 して 決 め る 。 石 燈 籠 を 壱 対 献 上 す る 。 文 化3年(1806年) 6月3日 11日 13日 19日 20日 27日 7月4日 15日 17日 8月4日 9月24日 五 ヶ村 立 合 いの 雨 乞 、 翌 日降 雨 百 灯 点 じて 、 湯 神 楽 奉 納 五 ヶ村 立 合 いの 雨 乞 大 雨 お 礼 参 りに 、 絵 馬 と提 灯5張 を 奉 納 雨 乞 、 返 礼 は 芝 居 五 ヶ村 立 合 い の 雨 乞 、 夜 に 降 雨 、 返 礼 は 湯 神 楽 雨 乞 大 雨 返 礼 にお 千 度 打 ち 返 礼 能 ― 千 歳 ・三 番 里 ・百 楽 天 ・服 熊 坂 ・春 日竜 神 ・祝 言 加 茂 返 礼 狂 言 ― 靭 猿 ・居 杭 ・悪 太 郎 ・春 日奈 な ど。 雨 乞 い は 切 実 な 願 い で あ るが 、 そ の 行 事 は 、 神 社(神)を 権 威 あ る存 在 と位 置 づ け 、 五 ヵ村 の 人 た ちの 結 束 を 揺 る ぎ無 い もの とし、 有 形 ・無 形 の 文 化 の 共 有 に よ って 、 結束 を 維 持 して い た こ とが 分 か る。 現 在 の よ うな 種 々の 娯 楽 の な い 時 代 、 老 若 男 女 が 打 ち 揃 って 、 能 、 狂 言 、 踊
浅 野 浅 春 り、 芝 居 、 相 撲 を たの しみ 、 交 流 を 深 め て い た 。 水 争 い や 不 作 時 に お け る村 同 士 の 緊 張 は 常 に 起 り得 る中 で 、 これ らの 行 事 が い か に 緩 和 を もた ら した か 、 を 窺 うこ とが で き る。 つ ま り、 地 域 住 民 に とって 約 束 遵 守 を 大 前 提 とし た農 業 に お い て の み な らず 、 生 活 の 核 に つ い て 形 式 ・作 法 の 統 一 を 徹 底 す る とい う意 味 で も、 雨 乞 い とそ の 返 礼 の 行 事 は 大 きな 存 在 で あ り、 三 之 宮 神 社 の 存 在 は 村 人の 核 で あ り、 文 化 を 生 み 、 守 る とこ ろで もあ っ た と考 え られ る。 そ して、 現 在 を 思 う。 この 神 社 で は祭 りも過 去 の 語 り草 とな り、穂 谷 の 人 た ちが 、 そ こに集 っ て 、 演 芸 を し た こ とを 語 れ る 人 も、 や が て い な くな るの で あ ろ うか 。 3.返 礼 行 事 返 礼 行 事 で も っ とも華 や か で あ っ た の は 住 吉 踊(三 之 宮 踊 り)で あ っ た とい う。 どの よ うな もの で あ っ た の か、枚方 市 史(第 三 巻)か らひ ろ っ て み る。 これ は 屋 形 踊 り ともい われ 、 津 田 で 始 ま っ た。13世 紀 後 半 に は 、 中 原 宗 包 に よ って100番 に及 ぶ 踊 り歌 が 作 られ て い たが 、元 和3年(1617年) ご ろ には17番 を 残 す の み で あ っ た。 そ の 後 、 寛 文2年(1662年)の 雨 乞 い に際 し、 津 田村 の 河 崎 清 左 衛 門 、 心 念 寺 浄 誓 、 明善 寺 正 玄 、 三 宅 嘉 兵 衛 ら に よ って 踊 り唄 の 復 興 が 計 か ら れ た。 この こ とにつ い て は 貞 享2年 (1685年)の 「河 州 三 ノ 宮 大 明神 踊 歌 」 にお さめ られ て い る。 安 永6年(1777年)8月 の 唄 本 の 巻 末 に記 され た 住 吉 踊 りの 役 付 は 音 かん こ 表1「 河 州 三 ノ宮 大 明神 踊 歌 」 御 庭 一 さ て も 見事 な お 庭 が か りや 笠 に 木 の 葉 が 散 りか か る 皆 若 竹 で 節 は そ ろわ ね どひ とふ しう と うてみ せ ま し ょ う 屋 形 屋 が た へ 参 りに御 門 を 見 れ ば 柱 は 白が ね の とび ら ふ い た るか や は 板 か ね よ板 が ね よ 御 田 春 た ね お ろ して 皐 月 して 住 吉 御 田へ 参 らば や 連 雀 我 は さ つ ま の れ ん じ ゃ くよ い さや ふ な か た あ きな い し ょ 御 寺 音 に 聞 こへ し宗 善 で ら 宗 善 で らへ参 りて 見れ ば さ て も見 事 な つ つ じ花 あ れ が な一 枝 をち この土 産 に し ょ 商 あ す は 吉 日 し も くだ り お もひ よづ ま の い とま ごい 飛 田 ひ ん 田の 清 水 で 影 見 れ ば 我 身 な が ら も よい お な ご 糸 寄― 糸 よれ ば お 手 が あ れ 候 た な ぼ た か ざ して お手 や す め よの ん 恋― 音 に 聞へ しほ そ 谷河 の 蛍 だ に ごひ とな れ ば 身 を なや す 綾 踊(中 を を ど り也) 大 事 の 綾 を お る所 を だ れ や ら門 の ね ず み な き す る と大 事 もそ らわ ん しん と ろ しん とろ と お るほ どに 後 妻(中 を ど り也)― か ま くらの 御 所 の お庭 に うわ な り う ち が は じま りた うわ な りお ど りは お も し ろ や お も し ろや 花 摘― あ す は お 寺 の 花 つ み よ い ざや わ か い 衆 花 を つ も 鴨 突 お ん だ こわ が 衆 は し ぎつ きの お上 手 で 見 か け た 鴨 は の が しは せ まい い さ さ ら爰 に て し ぎを つ こ 鴨 を つ こつ こ や 鳥 が か か りた 忍 一 い と し姫 子 と しの ぶ夜 は 鳥 も な な い そ 夜 も あ け る か ね も くだ け よ ね もた らぬ 頭 取 、 鉦 打 ち 、 鞠 鼓 打 、 垣 踊 り、 狂 言 、 笠 鉾(い わ ゆ る 風 流)、 笛 、 山 伏(い わ ゆ る 風 流)、 太 しん ほ ち 鼓 打 、 心 発 意(踊 りの 指 揮 者)、 飛 脚(い わ ゆ る風 流)、 花 か さ(い わ ゆ る風 流)、 棒 ふ り、 鼓 とあ る。 続 いて 、 次 の よ うな 内容 の こ とが 書 か れ て い る。 踊 格 式 卯 刻 出勤 す 、 当 社 に て お 庭 掛 り屋 形 一 番 踊 、 そ れ よ り三 之 宮 へ 上 り五 番 踊 、 つ づ い て 、
尊 延 寺 が 三 番 、 穂 谷 村 も三 番 踊 、 未 之 刻 よ り又 当 社 で 五 番 踊 を す る。 これ は 先 例 の 通 りに行 う こ と とす る。 こ こで 当 社 とは 津 田村 の 春 日神 社 で あ り、 夜 明け と ともに 、 春 日神 社 で 一 番 踊 りを し、 三 之 宮 神 社 ま で 登 って 五 番 踊 りを お こな い 、 昼 過 ぎに 春 日神 社 に 帰 って 、 又 、 五 番 踊 りを す る とあ る。 三 之 宮 神 社 へ の 行 列 は 、 袴 上 下 の 杖 突 を 先 頭 に 、 赤 熊棒 振4人 、 袴 上 下 の 役 人 中 、 鞠 鼓4人 、 しんほ ち 本 装 束 の 山伏 、 本 装 束 の 組 頭 中、 装 束 大 臣 出立 の 心 発 意(踊 りの 指 揮 者)、 加 賀 笠 ・ふ く りん 黒 羽 織 の 音 頭 取 、 羅 頭 巾 ・麻 衣 ・野 袴 の 鉦 うち 、 加 賀 笠 ・女 帷 子 ・ぬ きか け 前 垂 の 太 鼓 打 、 は な や か にふ るま う飛 脚 、 加 賀 笠 ・ふ しめ ん 前 垂 女 出立 の 踊 子 が2列 に な って 曲を 奏 し、 踊 りな が らの もの で あ った 。 上 記 、 「河 州 三 ノ宮 大 明神 踊 歌 」 の 唄 本 に は、 御 庭 、 尾 形 、 御 田、 連 雀 、 御 寺 、 商 、 飛 田、 糸 寄 、 恋 、 綾 、 後 妻(う わ な り)、花 摘 、 鴨 突 、忍 、 の14曲 が 収 め られ て い る。 い か な る唄 で あ るの か 各 々の 一 節 の み か ら想 像 す る こ とに す る。 た だ し、 原 文 を 崩 さな い 程 度 で 、 現 代 仮 名 遣 い に改 め て 記 述 す る(表1)。 4.宮 座 上 記 の 祭 を 含 め て 、 神 事 は 宮 座 に よ って 取 り仕 切 られ て い た。 宮 座 とは 祭 神 と特 定 の 縁 故 を もつ 、 あ るい は 有 力 な 家 が 、 独 占的 に 神 事 を 行 うた め に 結 成 した 祭 祀 組 織 で 、 室 町 事 代 の 中 頃 か ら近 畿 以 西 、 中 国 、 九 州 に か け て み られ た とい わ れ て い る。 この 運 営 は 村 落 の 運 営 と重 な り あ うこ とが 多 く、 閉 鎖 的 な 特 権 意 識 に よ って 彩 られ て い た 。 しか し近 世 中 期 以 降 の 社 会 構 造 の 変 質 に よ って 新 興 層 が 進 出す る こ とに よ って 宮 座 は 、 そ の 排 他 性 ・閉 鎖性 を 維 持 す る こ とが で きな くな り、 次 第 に崩 れ て い った 。 か つ て は 三 之 宮 神 社 に も宮 座 が あ り、 祭 が 仕 切 られ て い た が 、 現 在 は 全 く名 残 りもな い。 5.三 之 宮 神 社 の 竜 王 石 五 ケ村 は 、 各 々の 氏 神 で 雨 乞 い を して 効 果 が な い と、 五 ケ 村 立 ち 合 い で 三 ノ宮 神 社 に雨 乞 い を した 。 村 人 た ち は 、 鉦 ・太 鼓 を 打 ち 鳴 ら し、 神 社 に 参 詣 し、 龍 王 社 の 小 さな 祠 を 壊 して 御 神 体 の 竜 王 石 を 取 り出 し、 水 を 張 っ た盥 に つ け 、 榊 を 立 て て 降 雨 を 祈 願 した 。 そ れ で も効 果 が な い と、 そ の 石 を 脇 の 谷 に 落 として は 引 き上 げ 、 繰 り返 して 祈 願 した 。 そ の 石 は 現 在 も谷 を 見 下 ろす 位 置 に安 置 され て い る。 しか し、 そ の 存 在 を 知 る 人は 少 な く、 ま して や 、 そ れ に 手 を 合 わ す 人 は い な い だ ろ う。
浅 野 浅 春
皿 穂谷里山の風物誌
1.手 延 べ そ うめ ん 作 り 穂 谷 の 里 山、 晩 秋 か ら早 春 の5か 月 、 特 別 な 労 働 に 没 頭 す る夫 婦 が い る。 どち らの 一 人 が 欠 け て も 出来 な い仕 事 で あ る。 夫(谷 口 明博 さん)は 高 校 卒 業 と同時 に この 仕 事 を 続 け て きた 。 妻(逸 子 さん)は 育 って きた 環 境 か ら、 結 婚 して もそ の 仕 事 は 続 け る もの と思 って い た 。 この 仕 事 とは 、 太 さ1.3mmの 手 延 べ そ うめ ん造 りで あ る。 第 一 級 の 手 延 べ そ うめ ん を造 るに は い くつ か の 、 み えな い 環 境 が 整 わね ば な らな い 。 谷 口 さん の 庭 は 、 日の 出 と共 に 、 空 気 が 動 き 出す 山の 斜 面 にあ る。 二 人 の 作 業 工 程 を 追 い な が ら、様 々な 環 境 を 推 察 す る。 東 の 山の 最 も南 に寄 っ た とこ ろか ら、 太 陽 が 上 が り、 里 山に 光 を 放 つ 朝6時 「な か だ て 」 が 始 ま る。 里 山を 流 れ る空 気 の 質 を 全 身 で つ か み 、 翌 日の 気 象 を よん で 、 塩 水 を つ くる作 業 で あ る。 そ の 読 み が 塩 の 濃 さ加 減 を 決 め る。 塩:水 が1:7か 、1:8か 、微 妙 な もの だ。 この 塩 水 で 、 吟 味 した 小 麦 を こね る。 「こね ま え 」 で あ る。 これ を 始 め る と中断 で きな い 。 親 の 死 に 目に会 えな い、 と表 現 され る。 小 麦 の 量 も、 次 の 日の 気 象 の よみ に よ って 決 ま る。 次 に 「団 子 踏 み 」 だ。 の し餅 状 の 生 地 が で き る。 しば ら く 「うま し」 す る。 この 「うま し」 す な わ ち熟 成 の 時 間 に、 塩 水 とこね られ た 小 麦 の グル テ ンが 互 い に 手 を 結 び あ う。 この 間 に 二 人 は 朝 食 を済 ま せ る 。 食 事 の あ とは、 「い た ぎ」 だ 。 約60cmの 直 径 の 、 の し餅 状 の 生 地 を、 外辺 か ら渦 巻 を つ くる よ うに 中 心 ま で 帯 状 に 切 って い くの だ 。 こ こま で 、 二 人は 懸 命 な 作 業 の な か で も、 風 の 流 れ 、 昇 って くる太 陽 を 観 察 して い る。 も う 8時 だ 。「い た ぎ」 が 終 り、 巻 か れ た帯 状 の 生 地 は2∼3時 間 うま し され る。 休 む 時 間 は な い。 さ あ、 「か どぽ し」 を しな け れ ば な らな い 。 前 夜 、8時 ご ろ に 「こび き」(後 述)し 、 一 晩 、 「うま し」 して お い た もの を、 流 れ る空 気 と天 日 とで 乾 燥 しな が ら1.3mmの 太 さに な る ま で 延 ば して い く作 業 だ。 この 仕 事 は11時 頃 まで に は 終 わ らな い とい け な い 。 さて 、 前 日の 、 「か どぽ し」 が お わ った11時 頃 に戻 る。 す な わ ち 「い た ぎ」 が 終 わ り、 「うま し」 終 わ っ た時 刻 だ。 「こな し(ほ そ め)」 を は じめ る。 帯 状 の 麺 に よ りを か け 、 乾 燥 を 防 ぐた め に綿 実 油 を塗 りな が ら約2cmの 太 さに な る まで 延 ば す 作 業 だ。 こ う して 、2時 間 うま す 。 こ の 間 に昼 食 を す ま せ る。 午 後1時 、 「こな し(ほ そ め)」 を 始 め る。 ほ そ め 、 ね か せ て うま した もの を 、 約lcmの 太 さに ま で 延 ば す 作 業 だ。 こ こで も、 よ りを い れ 、 乾 燥 を 防 ぎ、 互 い が 付 着 しな い よ うに綿 実 油 を 塗 りな が らの 作 業 だ 。 こな しを 終 った 麺 は この あ と2時 間 の うま しに 入 る。 延 ば され た 向 きに グル テ ンの 分 子 が 並 び 、 そ の 向 きの 結 合 が 強 め られ る。 午 後4時 、 「か け ば 」 を始 め る 。 か け ば とは 、1cmの 太 さ に 「ほ そ め」 され た 麺 を 固定 され た2本 の 丸 棒 に8の 字 を 描 くよ うに して か け て い く作 業 で あ る。 一 対 の 丸棒 に93本 か け て 、 こ れ を80組 つ くる。 そ して 、2時 間 の うま しに 入 る。 この2時 間 が夜 食 の 時 間 とな る。夜 食 を 終 え た 午 後8時 は 「こ び き 」 の 時 間 で あ る 。 一 対 の 棒 に93本 「か け ば 」 さ れ た ひ と組 の 麺 を 約60cmの 長 さ に 延 ば す 作 業 で あ る 。 い ま 、60cmと 書 い た が 、 こ の 長 さ は 、 そ の 日 か ら 翌 日 の 気 象 を よ み 、 最 終1.3mmの 太 さ に す る た め に 、 この 夜 は どの く ら い ま で 延 ば せ ば よ い の か を 考 え た 上 で の 作 業 で あ る 。 一 対 の 棒 の 片 方 の 両 端 を 両 足 で 踏 み つ け 、 も う片 方 を 両 手 で 上 に 引 き 上 げ る の だ 。 決 め た 長 さ に 延 ば す に は 、 こ こ で も 名 人 芸 が 要 求 さ れ る 。 「こ び き 」 さ れ た ひ と組 は 二 本 の 棒 に93本 か け ら れ 、 約60cnlに 延 ば さ れ て い る 。 し た が っ て 、 こ の ひ と組 に 掛 け られ て い る 麺 の 長 さ は 、(93×2)本 ×60cm=11160cm=111.6mに 達 し て い る 。 「こ び き 」 さ れ た 麺 は 一 晩 、 約12時 間 、 「うま し」 さ れ る 。 そ し て 、 これ を 、 翌 早 朝 、 そ の 次 の 日 の た め の 「な か だ て 」 「こね ま え 」 「い た ぎ 」 を 終 え た8時 頃 か ら 「か どぽ し 」 さ れ る こ とに な る 。 か ど ぽ し は 、 「ふ く ら だ し 」 「あ ら わ け 」 「小 わ け 」 「下 わ け(下 ぱ し)」、 す な わ ち70cmか ら 100cm、 さ ら に130cmそ して170cm最 後 に220cmに な る ま で 、 空 気 の 流 れ と天 日に よ る 乾 燥 具 合 を 見 計 ら い な が ら 麺 を 延 ば し 、 し か も 、 麺 が 互 い に 付 着 し な い よ うに 長 ば し 状 の2本 の 棒 を 操 っ て 、 そ れ ら を わ け 、 さ ら に 長 ば し に か か る 麺 の 重 み を 手 に 受 け な が ら 、 全 身 全 霊 で 、 乾 燥 具 合 、 出 来 具 合 を 判 断 す る と い う作 業 で 、 時 間 との 競 争 で も あ る 。 こ の 作 業 の 際 に 、 霧 が 流 れ て き て 、 麺 に 付 着 す る と、 麺 が 互 い に 付 着 し て 決 し て 離 れ な くな る 。 ま た 、 南 風 が 吹 く と、 塩 で か た め た 麺 の 塩 が 融 け て 、 麺 の こ し が き え て し ま う とい う こ とに な る 。 名 人 の 勘 が 空 気 の 質 と流 れ を よ み 、 名 人 の 技 術 が 、 見 え な い 何 か に 「て び ぎ 」 さ れ 、60cmの 長 さ で あ っ た もの が2m20cm、 太 さ1.3mmの 細 麺 に 仕 上 が る こ と と な る 。 こ れ ぞ 神 業 で あ る 。 「こ び き 」 さ れ た 麺 は 、 い ま や(93×2)本 ×2.2m.=409.2mに も な っ て 繋 が っ て い る 。 こ れ が80組 作 ら れ る の で あ る か ら 、 延 ば さ れ た 距 離 は32736m=32.736kmに も な る 。 か ど ぽ し を 終 え る と き 、2m20cmで あ っ た 細 麺 は 、2mに 縮 ん で い る 。 い よ い よ 、 これ を 裁 断 しな け れ ば な ら な い 。 こ の 作 業 は 「こ わ り」 とい わ れ る 、 こ れ も 難 し い 作 業 で あ る 。 こ の よ うな 困 難 な 作 業 は 二 人 の 息 が ぴ っ た り合 わ な い と 出 来 な い 。 どの よ うな 心 身 の 状 態 で あ ろ う と、 ひ と た び 作 業 に 入 れ ば 、 互 い に 頼 り合 い な が ら も 、 一 人 ひ と りが 持 ち 分 を こ な さ な け れ ば 一 級 品 は 出 来 上 が ら な い 。 そ して 、 全 て の 環 境 に 恵 ま れ て 、 商 品 と して の 素 麺 を 作 る こ とが で き る の は ひ と月 に17日 か18日 程 度 だ とい う。 二 人 が い て 、 出 来 上 が る 芸 術 品 と も い うべ き 、 こ の 素 麺 は 、 高 級 料 亭 に は 欠 か せ な い 品 と し て 、 多 く の 方 面 か ら 製 造 を 依 頼 さ れ 続 け て い る 。 し か し 、 谷 口 さ ん 曰 く、 「こ ん な 仕 事 は や る も ん じ ゃ な い 。 身 体 を 壊 す 他 な い 。 雨 の 日は 病 院 通 い だ 。 こ の よ うな や り方 で 、 素 麺 を 造 っ て い る の は 、 日本 で た だ ひ と り だ 。 た だ 、 食 べ て も ら っ た ら違 い が 分 か っ て くれ る と 自 負 し て い る 。 しか し 、 満 足 し て い る わ け で は な い 」 と。 二 人 の 素 麺 に は 、 二 人 の 結 婚 以 来 の 人 生 、 そ の も の が 込 め ら れ て い る 。 こ れ を 解 か りな が ら 食 べ る 人 が 如 何 ほ どい る の だ ろ うか 。 枚 方 市 史 に よ る と、 大 正 期 、 特 産 河 内 素 麺 の 生 産 は 津 田 村 が 中 心 で あ っ た 。 そ の 生 産 量 は 北
浅 野 浅 春 河 内郡 の80%を 占め て い た 。 河 内素 麺 は 手 延 べ が 主 で 、 他 産 地 よ り色 が 白 く、 素 質 も細 か く、 上 等 品 と して 知 られ て い た 。 原 材 料 の 小 麦 粉 は 、 河 内の 北 部 一 帯 、 摂 津 の 東 北 部 、 山 城 や 丹 波 地 方 か ら購 入 され 、 製 品 は 京 都 市 を は じめ 、 近 江 ・丹 波 地 方 の 乾 物 商 に 全 体 の 約8割 を 販 売 し て い た 。 明治41年 に発 足 した 河 内素 麺 同業 組 合に よ って 、 商 標 と品 質 の 等 級 が 統 一 され 決 定 さ れ た 。 商 標 は 、 瑞 穂 の 糸 ・主 基 の 糸 ・河 内の 糸 ・交 野 の 糸 ・御 狩 の 糸 の 五 種 が 登 録 され 、 等 級 は 特 級 以 下 、 一 等 か ら五 等 ま で あ り、 各 々色 分 け され た 紙 で 包 装 され て い た 、 とあ る。 標 章 は 桜 の 花 の 中 心 に 河 の 文 字 が 置 か れ た もの だ。 現 在 も 同 じで あ る。 な に わ の 名 工 として 表 彰 を 受 け て い る、 谷 口 明博 氏 の 製 品 は 、 最 高 ブ ラ ン ド ・瑞 穂 の 糸 の 優 等 品 とあ る。 もち ろん 、 最 高 の 品 で 、 京 都 の 高 級 料 亭 で は 谷 口 さん の 素 麺 を 求 め る客 が 多 く、 谷 口 さん に 製 造 を 求 め る こ と しき り とい わ れ る。 写 真1 手 延 べ そ うめ ん作 り 2 日本 酒 醸 造 穂 谷 里 山 には 重 村 醸 造 店 が あ る。 現 在 の 当 主 で あ る重 村 隆 男 氏 は 、 御 自分 で は 七 代 目だ とい
うが 、 詳 細 は 解 か らな い ら しい 。 枚 方 市 史(第 三 巻)に よ る と、 穂 谷 に お け る酒 造 家 の 存 在 は 元 禄10年(1698年)に 遡 る。 現 在 の 当 主 が 直 系 で あ ろ う とな か ろ う と、 穂 谷 で 、300年 以 上 に 渡 って 日本 酒 が 醸 造 され 続 け て き た とい うこ とが 重 要 で あ る。 日本 酒 の80%を 占め る水 の 質 は 極 め て 重 要 で あ る。 多 様 な 植 物 と土 壌 動 物 、 微 生 物 そ して 、 土 と岩 石 が 長 時 間 か け て 、 カ リ、 マ グネ シ ウム 、 リン酸 な どの ミネ ラル を 溶 か して 作 っ た水 を 、 地 下 の 水 脈 を 通 して 醸 造 家 に与 え続 け た の だ 。 穂 谷 里 山は そ の よ うな 環 境 を 維 持 し続 け て い るの だ 。 重 村 氏 は 酒 造 りの 近 代 化 を よそ に 「見 えぬ け れ どもあ るん だ よ」 の 世 界 を 今 も実 現 して い る。 ひ との 手 が 原 料 に触 れ ず 、 室 内の 空 気 を 冬 の 状 態 、 つ ま り 日本 酒 醸 造 に 最 適 な 温 度 に 管 理 す る こ とが 近 代 化 で あ る。 す な わち 、 連 続 蒸 米機 の 開 発 蒸 米 冷 却機 の 開 発 製 麹機 の 開 発 酒 母 タ ン ク と発 酵 タ ン クの 開発 搾 り機 の 開 発 に よ って 、 作 業 員 は蒸 米 冷 却 の た め 、 手 桶 に蒸 米 を 入 れ て 蔵 の 中 を 走 り、 そ れ を 麻 布 の 上 で 手 入 れ を しな が ら冷 や す とい う辛 い 、 厳 冬 の 早 朝 の 作 業 か ら解 放 され た。 伝 統 的 な 酒 造 りで は 麹 作 りが も っ とも厳 しい 作 業 だ と云 わ れ て い る。 早 朝 、 麹 室 か ら 出来 上 が った 麹 を だ し、 そ の あ とに 蒸 米 を 搬 入 す る。 夜 間 に は 数 回 、 麹 の 温 度 調 整 作 業 を や り、 早 朝 に は麹 を ほ ぐす 、 い わ ゆ る 床 もみ を や る 。24時 間 の 作 業 が続 き、 夕刻 に は 、 麹 蓋 一 枚 一 枚 に 2kgず つ麹 を 計 っ て 入 れ る、 い わ ゆ る盛 り作 業 も あ る。 製 麹 機 の 開 発 は 温 度30℃ で 、 高 湿 度 の 麹 室 か ら作 業 員 は 解 放 され た。 酒 造 りの タ ン クは 、 木 桶 の 時 代 か ら、 ア ル ミ、 ホ ー ロ ー、 ス テ ン レス 、 エ ポ キ シ樹 脂 ラ イニ ン グ と変 遷 した 。 さ らに 、 二 重 ジ ャケ ッ トを と りつ け 、 も ろみ 温 度 を コ ン トロ ール で き る よ うに な り、 さ らに セ ンサ ーや コ ン ピ ュ ー タ ーを 使 って の 温 度 管 理 を す る よ うにな った 。 搾 り機 の 開発 は 、 従 来 の 、 もろ み を 酒 袋(長 さ100cm、 幅30cm程 度)に 、5∼9リ ッ トル ず つ い れ て 、 口を 折 り曲げ て 閉 じ、 揚槽(あ げ ぶ ね)と よば れ る入 れ 物 に 平 行 に 積 み 上 げ 、 上 か ら圧 力 を か け て 圧 搾 し、 酒 を 搾 り終 えた 袋 に 残 った 酒 粕 を 取 り出す 、 とい う重 労働 か ら作 業 員 を 解 放 した。 しか し、 枚 方 で 、 た だ一 軒 の 造 り酒 屋 で あ る重 村 酒 造 は 、 近 代 化 を よそ に 、 部 分 的 に は機 械 を 使 い つ つ も、 昔 な が らの 、 つ ま り、 熟 達 し たひ との 勘 と天 候 を 頼 りに 、 辛 い 労働 を も って 酒 造 りを して い る。 最 終 工 程 の 袋 搾 りで は 、 長 さ80cmあ ま り、 幅30cmの 袋 に 七 分 目ほ どに も ろみ を いれ 、 袋 の 口は く くらな いで 、 二 回 押 し 曲げ る だけ に す る。 この 作 業 は 大 変 難 し く、 これ が で き る よ うにな るの に3∼4年 は か か る とい われ る。 ふ ね に 、 平 行 に7本 、 そ の 上 に 、 隙 間 を 埋 め る よ うに6本 、 ま た その 上 に7本 とい うよ うに して 、30段 、 つ ま り、200袋 ほ どを積 み 上 げ 、 一 日搾 りあ げ る。 翌 日、 ふ くろを 、 ふ ね の 中 心 部 分 に 、 重 ね る段 を 変 えて 並 べ 直 し、 ゆ っ く り と時 間 を か け て 、 搾 って ゆ く。 い わ ゆ る、 「責 め 」 とい う作 業 に よ って 酒 を絞 り出 す 。 こ の 酒 は 混 濁 して い るの で 、滓(お り)引 きを して 、 澄 み 切 っ た清 酒 に す る。
浅 野 浅 春 重 村 隆 男 氏 に、 酒 造 りの 御 苦 労 を 聞 こ う とす る。 多 くは 語 らな い 。 少 しの 語 りか らの 、 わ た しの 理 解 は こ うだ 。 「どの よ うな 酒 が 出来 る か は 仕 上 って 、 味 を み な い とわ か らな い。 ひ とは 麹 菌 と酵 母 菌 の 手 伝 い を して い る よ うな もの 。 そ の 菌 の 一 部 は 、 江 戸 時 代 か ら この 蔵 に棲 み 続 け て 、 重 村 酒 造 の ブ ラ ン ド穂 谷 の 伝 統 の 味 を つ くるの に 一 役 を 担 って い る」 と。 酒 米 と水 と微 生 物 と空 気 とが 神 に よ って 支 配 され る世 界 に 酒 造 りは あ る。 酒 水 の 井 戸 を 見 せ て い た だ く。 井 戸 は 、 立 派 な そ れ 専 用 の 建 物 の な か に あ る。 入 口か ら、 土 足 を脱 い で 階 段 を下 りる。 一 辺 が 約2mの 花崗 岩 の 井 桁 で あ る。 二 枚 の 木 の板 で 蓋 を して い るが 、 井 桁 の 上 に数 本 の 木 を か ま して 、 隙 間 を つ くって い る。 重 村 隆 男 氏 は 語 る 「水 も呼 吸 し な け れ ば な らな い」 と。 水 は どこか 見 えな い 深 い 地 層 か ら押 し 出 され て きて 、 この 井 戸 に 溜 ま り通 過 して い く。 そ の 溜 ま りの 中 に あ る ときに 、 酒 蔵 に 汲 み 上 げ られ 、 酒 米 を 浸 漬 し、 酒 母 を つ くる工 程 で も、 も ろみ を つ くる工 程 に お い て も、 注 ぎ こま れ る この 水 は 、 穂 谷 の 空 気 との 問 で 見 えな い何 か を 通 い合 わせ て 出来 上 が っ た もの だ。 彼 は そ う言 って い るの だ 。 確 か に、 あ の 井 戸 を 守 る館 内 には 特 別 の 、 つ ま り、 人 に は い か よ うに もな らな い もの が 存 在 す るの だ 。 次 に醸 造 工 程 を 見 て お こ う。 どの 時 点 で 水 が 使 わ れ て い るの か を 把 握 す るた め だ 。 日本 酒 の 醸 造 とそ の 工 程 米 と微 生 物 と水 と杜 氏 の 汗 と知 恵 1 皿 ]]1 V 日本 酒 の80%は 水 。 味 、 香 り、 ア ル コ ール は 米 に 由来 。 蒸 米 製 造 工 程 玄 米 → 精 米 → 白米 → 洗 米 と浸 漬(吸 水)→ 冷 却 → 蒸 米 麹 製 造 工程 蒸 米(28℃ の 麹室 で+種 麹)→ 製 麹(40∼45時 間培 養)→ 麹 菌 の増 殖 に よ っ て 発 熱 、 室 の 温 度 管 理 が 必 要 。 酒 母 製 造 工 程(酵 母 を培 養) 麹+水+純 粋 酵 母+醸 造 用 乳 酸 → 水麹 →+冷 却(7∼25 も と ℃)さ れ た蒸 米→ 育 成(約2週 間)→ 酒 母(酒 元) も ろみ 製 造 工 程 (蔵つ きの 酵 母 も入 る) 酒 母+水+麹+蒸 米 → 初 添 → 踊(仕 込 み を 休 む)→ 水+麹+蒸 米→ 仲 添→ も ろみ 管 理(留 添):20∼25日 で ア ル コ ール 分18∼19%→ 醸 造 アル コ ール+糖 類 → 熟 成 も ろみ 熟 成 も ろみ → 上 槽 →(粕)→ お り引 き→ 濾 過 → 新 酒 かひ 麹 菌(黴):ア ミ ラ ー ゼ を 生 産 し 、 澱 粉 を 糖 に 変 え る 。 酵 母:ア ル コ ー ル 発 酵 を 行 う菌 類 の 総 称 酒 母:蒸 米 、 麹 、 水 に よ っ て 培 養 さ れ た 酵 母 の こ と。 酒 造 好 適 米:大 粒 、 心 白 が 軟 質 、 た ん ぱ く質 含 有 量 が 少 な い 。 ま た 、 水 を 吸 い や す く、 糖 化 さ れ や す く麹 菌 の 喰 い こ み が 良 い 。 千 粒 の 重 量 が26g以 上(一 般 米 は20∼22g)。 純 米 酒:白 米ltか ら ア ル コ ー ル 分18.5%の 酒2klと 酒 粕250gが 得 られ る 。
3.柿 の れ ん 穂 谷 には 、 一年 に三 週 間 だ け 「柿 の れ ん 」 が で き る。 この 言 葉 は 、 か つ て の 里 山 に は 普 通 に 存 在 した 言 葉 に違 い な い 。 しか し、 今 や 、 柿 の れ ん が 残 る とこ ろ も少 な くな り、 や が て この 言 葉 は 死 ん で い くの だ ろ う。 穂 谷 で は ま だ 残 って い る。 穂 谷 の 前 区 長 の 重 村 庄 一 さん 夫 妻 に よ っ て つ くられ て い る。 約 一 万 個 の 柿 に よ って つ くられ たの れ ん が 鮮 や か な 秋 色 を 呈 して 広 が って い る。 前 庭 で 収 穫 し た渋 柿 一 万 個 の 皮 む きを す る。 想 像 す る だけ で も肩 が こ る。 へ た に 突 き 出た 小 枝 をT型 に残 し、 これ も二 人 で 編 ん だ 縄 に 、 そ れ を 差 し込 む 。 約60個 の 柿 が 差 し込 ま れ た縄 が の れ ん の 一 本 とな る。 三 週 間 ほ ど干 した 柿 は 莚(む しろ)の 上 に 並 べ られ る。 夜 間 は、筵 に 包 まれ る。柿 は まず、鼈 甲色 に変 っ て い く。 つ ぎ に、 二 人 は 柿 を 乗 せ た筵 を 何 度 も揺 す る。 柿 は 莚 に こす られ 、 互 いに 磨 き合 う。 重 村 家 の 筵 とそ れ に棲 ん で い るバ クテ リア が 柿 の 水 分 を 吸 う。 写真2 柿のれ ん 柿 は バ クテ リア に水 と栄 養 を 与 えて 生 か し、 自 らは 乾 燥 して い く。 乾 燥 して 、糖 分 を 結 晶 に し て 表 面 を 覆 う。 す な わ ち 白い 粉 を ふ く。 適 度 な 柔 らか さを 見計 ら って 、 粉 を ふ い て や る。 干 し 柿 に棲 む バ クテ リアは 他 の 微 生 物 を 寄 せ 付 け な い 。 適 度 な 柔 らか さを保 った ま ま の保 存 食 とな る。 つ ま り、 ひ と と太 陽 と空 気 と莚 とバ ク テ リア の協 同作 業 とい え る。 こ こに も、 「見 え ぬ け れ どもあ るん だ よ」 の 世 界 が あ る。 縄 と筵は もち ろん 稲 の わ ら、 稲 と干 柿 とは 、 繋 が って い る。 重 村 さん 夫 妻 は この 干 し柿 を 毎 年 、 お 世 話 に な っ た方 々に 差 し上 げ て い るの だ そ うだ 。 この 秋 も、 穂 谷 里 山で は た だ一 軒 とは い え、 柿 の れ ん が 見 られ るに違 い な い 。
Ⅳ 里山の問題点
日本 の 童 謡 ・唱 歌100選 と い う よ う な 書 物 を み る 。 ど こ か で 春 が ・春 が 来 た ・春 の 小 川 ・め だ か の 学 校 ・お ぼ ろ 月 夜 ・茶 摘 み ・夏 は 来 ぬ ・蛙 の 合 唱 ・案 山 子 ・赤 とん ぼ ・紅 葉 ・里 の 秋 ・ どん ぐ り こ ろ こ ろ ・冬 景 色 な ど、 か つ て の 日本 の ど こ に で も あ る 風 景 ・事 物 を うた っ た も の だ 。 あ る 世 代 の 人 た ち に と っ て は 、 とて も 懐 か し く思 い な が ら 、 ほ ぼ 全 て を 歌 う こ とが で き る の で は な い か 。 今 も 、 こ の 穂 谷 で は こ れ ら の 歌 詞 に あ る 風 景 を そ の 通 りに 見 る こ とが で き る 。 後 で も 書 く こ と に な る が 、 穂 谷 で は メ ダ カ は 当 然 の こ と、 ヤ ブ ドジ ョ ウ が み ら れ,調 査 員 に よ る とチ ョ ウ は 100種 以 上 、 トン ボ は30種 以 上 の 生 息 が 確 認 され 、 オ オ タ カ や ノ ス リの 旋 回 が み られ る 。浅 野 浅 春 この10月(2010年)名 古 屋 で 、 生 物 多 様 性 に関 す る 国 際 会 議COP10が 開 催 され 、 マ ス コ ミの 報 道 も 多い とこ ろか ら、 か な りの 人 が 里 山に つ い て 関 心 を 抱 き、 里 山を 次 の よ うに 理 解 し て い るだ ろ う。 里 山は 、 ひ と と多 種 多 様 な 動 ・植 物 が 共 生 して きた とこ ろで あ る。 ひ とは 生 活 の た め に 必 要 な もの を 全 て とい って よ いほ ど里 山か ら得 て き た。 木 を 伐 採 して 薪 ・炭 に し、樹 木 と竹 を 伐採 して 、 衣 ・食 ・住 に利 用 し、 適 切 な 植 林 を つ づ け る こ とで 、 山を保 全 し、 腐 葉 土 を 得 て 肥 料 に し、 谷 と川 沿 い に 田 ・畑 を つ くって き た。 ま た、 ため 池 を つ く り、 谷 や 川 を保 全 した 。 ひ との 家 屋 と庭 を 含 め て 、 これ ら全 て が 動 ・植 物 の 生 活 領 域 で もあ る。 季 節 に 応 じた ひ との 暮 ら し と 動 ・植 物 の 生 活 輪 廻 とが うま く溶 け 合い 、 両 者 一 体 とな って の 生 態 系 が 出来 上 が って い る と。 しか し、 上 の よ うな 理 解 の な か に 、 そ こで 生 活 す る人 の 苦 労 が 入 って い るだ ろ うか 。 この 文 章 か ら里 山の 農 業 の 大 変 さが 読 み 取 れ るで あ ろ うか 。 そ の 大 変 さは 言 わ ず もが な で あ った 時 代 、 つ ま り農 民 が 占 め る割 合 が 多 か っ た 時 代(1920年 に は 労 働 者 の50%が 農 業 労 働 者 で あ っ た。 2000年 に は5%と な り、2005年 の 農 業 就 業 人 口は 約330万 人 で あ る。 食 料 ・農 業 ・農 村 白書; 農 林 水 産 省2005)は 解 か りあ って い た だ ろ う。 そ の 上 で の 歌 詞 で あ っ たの だ 。 農 業 就 業 者 は 辛 さが 身 に しみ て い た 。 だ か ら、 太 平 洋 戦 争 後 、 新 しい 社 会 形 態 が 生 ま れ 、 工 業 ・商 業 か らの 需 要 が 増 した 時 、 ま ず 農 家 か ら若 者 が 移 動 した 。 農 作 業 の 辛 さか らの 脱 出で 、 これ 幸 い だ った の だ 。 上 で も記 し たが 、 い ま 、 種 の 絶 滅 が 訴 え られ 、 先 進 諸 国 と森 と多様 な 生 物 の 生 態 系 を 有 す る国 々 とが 資 源 の 確保 の 問 題 で 議 論 して い る。 日本 で は、 里 地 ・里 山100選 を 行 な った り、1000の 里 山を 残 す べ く、 こ こ穂 谷 里 山の よ うに 生 態 系 を モ ニ タ ー され る とこ ろ もで きた。 しか し、 そ こで 働 く人 の 苦 労 は 変 わ らな い。 苦 労 して い る 人 は言 う。 「生 態 系 調 査 員 が 入 っ て、 里 山 が 残 るの か 。 誰 が こ こで 農 作 業 を す る の か 。」 あ とで 書 く穂 谷 自然農 園 園 主 上 武 治 巳 さん に関 わ る人 た ち 以 外 に 、 穂 谷 里 山で 農 作 業 を す る若 者 を 見 る こ とは な い 。 宮 崎 駿 氏 は 、 ひ と と里 山 と生 き物 た ち を テ ーマ に 優 れ た ア ニ メ 映 画 を つ く り、 そ れ を 観 た 多 くの 人 た ちは 感 動 し た。 そ の 人 た ち に とって も映 画 の 中 の 話 に 過 ぎな い 。 毎 日、 食 べ 物 として, 動 ・植 物 の 命 を い た だい て い て も 自 らの 日常 性 に 追 わ れ て い る。 とは い え、 コ ン ク リー トジ ャ ン グル に 住 む 人 たち は 、 時 に 里 山に 入 り、 心癒 され る時 間 を 持 つ 。 里 山の 収 穫 祭 には 、 安 くて 新 鮮 な 作 物 に 群 が る。 この よ うな機 会 を 増 や す こ とで 里 山 再 生 は 可 能 だ ろ うか 。 現 時 点 で の 行 政 と民 間 の 施 策 は 効 果 を 発 揮 す るに 至 って は い な い 。 さ ら に、 毎 日、 この 穂 谷 学 舎 に 通 う多 くの 学 生 諸 君 に とって も、 里 山は 関 わ りご ざい ま せ ん の 世 界 で あ る。 彼 らは 、 今の 社 会 に は 欠 か せ な い仕 組 み に な って い る学 生 ア ル バ イ トに 取 り込 まれ 、 彼 ら 流 の 遊 び と外 国 語 の 学 び で 忙 しい の だ 。 しか し、 だか ら こそ 、 学 生 諸 君 が 、 健 康 と食 に つ い て 、 食 文 化 に つ い て 、 自給 率 に つ い て 、 農 業 経 済 と政 策 につ い て 、 農 業 ビ ジネ ス に つ い て 、 熱 帯 雨 林 と種 の 資 源 に つ い て 、 な ど、 い ろ
い ろの テ ーマ で 学 び 、 考 え、 気 づ き、 自 らが 置 か れ て い る全 て の 環 境 に 、 知 的 好 奇 心 を 寄 せ る 機 会 を わ た しは 作 らな け れ ば な らな い と思 う。 V 里 山 を守 る人 た ち 1.穂 谷 自然 農 園 の こ と 上 武 治 巳 さん は 穂 谷 自然 農 園 を 妻 ・美 由紀 さん と共 に 立 ち 上 げ た。 化 学 肥 料 、 農 薬 、 除 草 剤 を 使 わな い 農 業 で あ る。 目指 す は 自然 循 環 型 地 域 社 会 の 形 成 で あ る。 ま ず 、 多 くの 、 目に は 見 えな い生 物 が 共 生 す る土 造 りか ら始 め る。 落 ち 葉 は 勿 論 、 関 西 外 大 の 食 堂 か らの 生 ごみ 、 コム ギ 、 馬 糞 な ど、堆 肥 を つ くる た め の材 料 集 め を1人 で や る こ とか ら始 め た。WWOOFJapan に も加 入 した 。WWOOFと は 、 World Wide Opportunities on Organic Farmsの 略 で 、 有 機 農 業 ・無 農 薬 ・無 化 学 肥 料 で 農 業 を 営 む 人 たち とそ れ に 賛 同す る 人 たち 、 興 味 を 持 って い る 人 た ち、 有 機 農 業 を 体 験 した い 人 た ち の 出会 い の 場 で あ る。 上 武 さん の 登 録 開 始 日の2009年7月1日 か ら2010年10月26日 まで で 来 園 者 は 延 べ 、1391人 に 達 して い る。 WWOOFで は 、 来 園 者 が1日 に6時 間 働 く と、 ホ ス トか ら三 食 と寝 床 が 提 供 され る とい う 契 約 にな って い る。 来 園 者 を 国 別 に 整 理 す る(表2)。 表2 自然 農 園 来 園 者 国 人数 述べ 人数 平均滞在 日数 国 人数 述べ人数 平均滞在 日数 日本 27 226 9 タ イ 3 31 10 台湾 18 424 24 ド イ ツ 2 22 11 フ ラ ン ス 8 302 38 ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド 2 16 8 香港 21 154 7 オ ー ス ト ラ リ ア 1 14 イ ギ リス 7 82 12 ベ ル ギ ー 1 7 ア メ リカ 6 54 9 中国 1 6 韓 国 3 51 17 シ ン ガ ポ ー ル 1 2 14力 国101名 延 べ1391人(平 均 滞 在 日数14日)と な って い る。 た った1年3カ 月 で これ だ け の 人 た ち が 有機 農 業 を 体 験 す るた め に や って くる。 来 園 者 の 動 機 は 色 々あ る だ ろ う。 単 に 日本 滞 在 の ため の 手 段 に し たか も しれ な い 。 も っ とも 滞 在 日数 が 少 な い人 が2日 、 多 くの ひ とは10日 以 上 滞 在 して い る。1日 の滞 在 人 数 は平 均3名 とな る。 上 武 さん 夫 妻 は 、 毎 日3人 を ホ ーム ス テ イ させ て い る。 しか も、 二 人 は 来 園 者 に 農 業 を 教 え
浅 野 浅 春 な が ら、 自 ら、 朝 か ら夜 ま で 働 い て い る。 何 が この よ うな情 熱 を生 む の か。 二 人 は 、1日 な り とも農 地 か ら離 れ られ な い の だ 。 彼 は 、 「畑 仕 事 が 好 きだか ら」 と、 一 言 で お わ る。 わ た しは 思 う。 見 えな い け れ ど確 実 に 存 在 し、 土 壌 を 育 て て くれ る微 生 物 へ の 感 謝 、 育 て て い る作 物 に対 す る愛 情 、 自然 農 法 に 対 す るあ くな き探 究 心 、 毎 日が 天 候 に よ って 支 配 され るけ れ ども、 そ の 支 配 者 と友 達 で い る遊 び 心 、 そ して 、 有機 農 法 の 理 解 者 で あ り、 明 日へ の 農 業 へ の 情 熱 を 持 つ 若 い 人 た ち の 存 在 な どで あ ろ うか 。 どん どん と拡 大 す る穂 谷 里 山 の 耕 作 放 棄 地 を 上 武 さん た ちは 引 受 け 、 堆 肥 を 入 れ て 土 を つ く り替 え、 収 穫 の 喜 び の 日の た め に 、 土 に 這 い つ くば る。 この 人 たち の お 陰 で や っ と、 里 山は 姿 を保 つ 。 2.穂 谷 森 づ く り委 員 会 組 織 を つ くって い る団 体 は 、 穂 谷 地 区 の 住 人 を は じめ 、 グ リー ン宗 陽(周 辺 住 宅4地 区 の 自治 会 か ら な る)、 枚 方 里 山 の 会 ・氷 室 、NPO法 人 森 林 ボ ラ ンテ ィア 竹 取 物 語 の 会 、 社 団 法 人大 阪 自然 環 境 保 全 協 会 、 モ ニ タ リン グサ イ ト1000・ 穂 谷 (日本 自然 保 護 協 会)、 枚 方 市 ・地 域 政 策 室 、 枚 方 市 ・里 山振 興 課 、 そ して 関 西 外 大 で あ る。 日本 自 然 保 護 協 会 と大 阪 自然 環 境 保 全 協 会 が 密 な 連 絡 を 取 りあ って 、 リー ダ ー的 存 在 に な って い る。 写真3 穂谷 自然農 園 穂 谷 里 山の 生 き物 調 査 社 団 法 人 ・日本 自然 保 護 協 会 が 、 調 査 の 実 施 体 制 を 次 の よ うな 図 で 表 して くれ た 。 調 査 項 目は 、 植 物 相 、 鳥 類 、 中 ・大 型 哺 乳 類 、 水 環 境 、 カヤ ネ ズ ミ、 カエ ル 類 、 チ ョウ類 、 ホ タ ル 類 、 トンボ 類 、 人 為 的 イ ンパ ク ト(相 観 植 生 図 作 成)に 分 か れ て 、 そ れ ぞ れ 、 図 に あ る団 体 と所 属 す る 人た ち に よ って 精 力 的 に 行 われ て い る。 筆 者 は水 環境 を担 当 して い る。 その 結 果、多 くの デ ー タが 得 られ 、 そ の 報 告 会 が 定 期 的 に 行 われ て い る 2008年 度 の 結 果 を み る と、 調 査 サ イ トは145ヶ 所 、 調 査 参 加 者 は 延 べ5009人 、 調 査 日数 は延 べ 1886日 で 、 見 つ か った 種 に つ い て は 、 植 物 相 が
調査の実施体制 ∼穂谷を例に∼
1880種 、 哺 乳 類 は22種(コ ウ モ リ、 ネ ズ ミの 仲 間 は 除 く)、 鳥 類 は142種 、 チ ョ ウ 類 は101種 と な っ て い る 。 こ れ を 、 調 査 結 果 が 出 さ れ て い る 他 の 調 査 地 域 と比 較 す る と、 次 の よ うな こ とが 分 か る 。 植 物 の 種 類 数 は 全 国 で ト ッ プ で あ る 。 鳥 類 の 種 類 数 も 全 国 で5番 目、 近 畿 で ト ッ プ で あ る 。 哺 乳 類 は 全 国 並 み と い う と こ ろ だ が 、 外 来 種 で 、 在 来 の 小 動 物 へ の 捕 食 圧 の 高 い ハ ク ビ シ ン や ア ラ イ グ マ が 存 在 し 、 イ ノ シ シ が 入 っ て き て 、 農 被 害 が 心 配 さ れ て も い る 。 チ ョ ウ 類 も 全 国 で ベ ス ト3に 入 り、 ア カ ガ エ ル の 卵 数 も 近 畿 で 断 然 ト ッ プ で あ る 。 鳥 に つ い て 、 そ の 種 を い くつ か 見 て お こ う。 水 辺 に い る ア オ サ ギ 、 カ ワ セ ミ、 疎 林 に い る キ ジ 、 キ ジ バ ト、 ヤ マ ド リ、 樹 林 に は 多 く、 ジ ュ ウ イ チ 、 ツ ツ ド リ、 ホ ト トギ ス 、 コ マ ド リ、 コ ル リ、 高 い 樹 林 に い る ハ イ タ カ 、 サ シ バ 、 そ し て 、 越 冬 期 や 繁 殖 期 に は 至 る 所 で 見 ら れ る 、 ヒ ヨ ド リ、 メ ジ ロ 、 ウ グ イ ス 、 越 冬 期 の み に 見 ら れ る カ シ ラ ダ カ 、 さ ら に 、 コ ゲ ラ に ホ オ ジ ロ と 多 様 で あ る 。 さ ら に 、 繁 殖 分 布 は 日本 の み で 、 個 体 数 は1000羽 未 満 と さ れ て い る ミ ゾ ゴ イ ま で い る の だ 。 こ れ ら は 、 植 生 や 季 節 に よ っ て 棲 み 分 け て い る 。 こ の こ とは 、 こ の 多 くの 鳥 た ち の 命 を 支 え て い る 多 様 な 環 境 と食 べ 物(虫 、 小 動 物 、 木 の 実 、 植 物 の 種 な ど)が 豊 富 で あ る こ と を 証 明 して い る 。 こ の よ う に 、 穂 谷 里 山 は ま さ に 生 物 多 様 性 を 誇 れ る 里 山 で あ る こ とが 調 査 で 明 ら か に さ れ て き た 。 こ の こ とは 驚 くべ き こ と とい っ て よ い 。 な ぜ な ら 、 里 山 と谷 を 挟 ん で 南 北 に 向 か い 合 う 地 域 に 、 大 規 模 ご み 焼 却 施 設 、 採 石 ・採 土 場 、 廃 棄 物 リサ イ ク ル 場 、 ゴ ル フ 場 な ど、 わ た した ち の 近 代 生 活 の 実 態 を 示 す 場 が あ り、 騒 音 、 振 動 、 砂 塵 を 含 む 空 気 の 流 れ が 常 に あ り、 下 に 写 真4で 示 す よ う に 、 積 み 上 げ ら れ る 廃 棄 加 工 土 砂 の 山 は どん どん 高 くな っ て い る 。 そ の よ うな 場 所 が 隣 接 し な が ら 、 な お 、 里 山 が 残 っ て い る か ら な の だ 。 こ の 写 真 を 、 別 の 観 点 か ら も 見 た 写 真4 2007年(上)と2010年(下)の 廃 棄 土 砂 堆 積 場 の 高 さ と竹 林 の 繁 茂 範 囲の 違 い
浅 野 浅 春 い 。 竹 の 繁 殖 地 域 が 広 が って い るの だ 。 竹 の 繁 殖 地 域 は 至 る所 で 広 が って い る。 穂 谷 里 山 も例 外 で は な い 。 竹 が 多 様 な 生 態 系 を 破 壊 す る要 因 の 一 つ だ 。 そ の 竹 の 伐 採 を は じめ 、 里 山を 守 る ため に 、 上 記 の森 づ く り委 員 会 の 人 た ち は 実 に 精 力 的 に 働 い て い る。 こ こで は 、 紙 面 の 関 係 で 一 つ の 団 体 を 紹 介 す るの み に 留 め る。 3.NPO法 人 竹 取 物 語 の 会 会 員 た ちは 、 里 山の 存 在 とそ の 意 味 を 、 小 学 生 か ら大 学 生 さ らに 一 般 市 民 を 対 象 に して 、 里 山で の 実 体 験 や 種 々の イベ ン トを 通 して 啓 蒙 して い る。 ま た 、 竹 炭 、 竹 和 紙 の 制 作 、 里 山保 全 を し続 け な が ら、 里 山保 全 の た め の リー ダ ーの 養 成 も行 って い る(筆 者 は そ の 講 師 の 一 人 で あ る)。2002年 の 設 立 以 来 、竹 の 間 伐 は2万 本 を超 し、 延 べ1万 人 で 、 ク ヌギ ・コ ナ ラ ・ク リの 植 林 や 里 山の 道 の 整 備 を 行 い 続 け て い る。 さ らに 、 特 筆 す べ き こ との 一 つ は 次 の よ うに 、 里 山 の ベ ース として の 文 化 の 継 承 を し よ う として い るの で あ る。 穂 谷 の 人 た ち に とって の 神 を 祭 る穂 谷 神 社(若 宮 八 幡 宮)が 、 明 治 政 府 の 政 策 で 、 三 之 宮 神 社 に合 祀 とな った 。 そ れ 以 来 、 社 へ の 道 は 完 全 に 草 木 で 閉 ざ され 、 穂 谷 住 民 に も忘 れ 去 られ て しま う とこ ろで あ っ た。 具 体 的 な 風 景 や 事 物 の 喪 失 は 、 住 民 共 通 の 文 化 の 喪 失 を 意 味 す る。 会 員 た ち は、 か つ て の 神 社 の 礎 石 を見 つ け 、 その 場 所 ま で 、 急 勾 配 の 斜 面 に108段 の 階 段 を 作 っ て 、 道 を 復 元 した の で あ る。 そ して 、 そ こに 神 社 あ りぎの 標 を 作 っ たの だ 。 本 学(関 西 外 大 ・穂 谷 学 舎)浅 野 ゼ ミナ ー ルの 取 り組 み 1.目 的 「ロ ー カル か ら グ ロ ーバ ル ヘ ー穂 谷 か ら地 球 規 模 の 問 題 を 探 る視 座 を もつ― 」 「里 山で の 活動 とそ こで の多 国籍 、他 民 族 の 出会 いは世 界規 模 の 問題 意 識 の共 有 に発 展 す る。」 とい う 目標 を も っ て 、 実 体 験 を 通 し て 、 学 び 、 気 づ ぎ を 深 め よ う とす る も の で あ る 。 2.具 体 的 活 動 教 室 で の 学 び 、 気 づ き、 討 論 と ともに 、 以 下 の様 な 実 習 を した 。 ・穂 谷 森 づ く り ・モ ニ タ リン グ1000の 調 査 に 参 加(水 環 境):里 山の 溜 池 の 水 質 調 査 NPO・ 関 西 宇 宙 イニ シア テ ィ ブの 天 体 観 測 活 動(枚 方 市 野 外 活 動 セ ン タ ー)参 加 者 を サ ポ ー トす るポ ラテ ィア 活 動 ・穂 谷 里 山振 興 協 議 会 ・糸 川 英 夫 記 念 館 設 立 準 備 の ボ ラ ンテ ィア 活 動 ・平 山郁 夫 記 念 ポ ラ ンテ ィ アセ ン タ ー ・一 学 一 山運 動 に 参 加(里 山整 備) ・穂 谷 自然 農 園 のWOOFERの サ ポ ー ト:海 外 か らの 入 園 者 の 支 援(通 訳 な ど)
・留 学 生 に対 して の 里 山 ガ イ ド ・穂 谷 収 穫 祭 や 重 村 酒 造 で の ボ ラ ンテ ィア ・大 学 農 園 で の 実 習 稲 作 りや 野 菜 づ く り 3.農 業 の 研 究 とゼ ミナ ー ル の 研 究 発 表 テー マの 多 様 性 4回 生 の 卒 業 研 究 発 表 で は 、 多様 な テ ーマ が 出現 す る。 里 山を知 る こ とか ら始 ま り、 物 の 見 方 が 広 が り一 つ の 知 識 が 、 別 の 知 識 や 事 象 と繋 が り、 線 とな り、 面 とな り、 立 体 とな り、 自 ら が 生 きて い る環 境 は 多 様 な 事 象 に 溢 れ 、 そ れ らが どこか で つ な が り踊 り合 って い る こ とに 気 づ くか らで あ る。 こ こで は 、 農 業 に関 す る発 表 に つ い て の み 、 ご く簡 単 に 記 述 す る。 あ る女 子 学 生 は 、 「農 」 を 生 か す とい うテ ーマ で 、 ① この テ ーマ を 選 ん だ 理 由 ② な ぜ 日 本 の 農 業 は 活 発 で な いの か ③ そ の 結 論 ④ 対 策 と充 実 し た 内容 を 展 開 し ⑤ 終 わ りにで 自 分 た ちで 稲 を 育 て 、 米 を 食 べ る こ とが どれ だ け 幸 せ な こ とで あ るか を 父 か ら教 わ った 。 祖 父 か ら受 け 継 いだ 田を いま も保 ち 続 け る父 に 感 謝 す る。 そ して 、 出来 る限 り、 少 しで も長 く我 が 家 の 田 と畑 が 広 が る、 あ の 風 景 を 守 れ る よ うに 尽 力 した い と結 ん で い る。 別 の 男 子 学 生 は 日本 の 「食 」 と 「農 」 一い ま、 な ぜ 食 育 な の か 一 とい うテ ーマ で 研 究 発 表 を した 。 この 君 の 「最 後 に 」 の 文 を 少 し だけ 抜 ぎ書 ぎす る。 「私 は2007年4月 か ら11月 に か け て 、 ゼ ミの 実 習 園 で 田ん ぼ を つ く り、 米 を 育 て た こ とで さ ま ざま の こ とを 体 験 し、 感 じ、 学 ぶ こ とが 出来 ま し た。 特 に 、 食 を 生 み だ す 苦 労 も 自然 の 恩 恵 も知 らな か った し、 食 へ の 感 謝 も普 段 、 持 って い な か った こ とを 痛 感 させ られ ま した 。 そ の8か 月 の 問 に、 実 際 に 鍬 を 持 って 、 土 を 耕 し、 整 備 し た 田ん ぼ に 穂 谷 の 山 か ら流 れ て く る水 を 湛 え、 泥 の 中 に 手 を 入 れ て 、 服 を 汚 しな が ら苗 を 植 え、 草 刈 り、 水 流 管 理 を しな が ら稲 の 成 長 を 見 守 り、 鎌 で 一 束 一 束 、 稲 を 刈 って 、 天 日で 干 し、 そ れ を 最 後 に 脱穀 して 精 米 に して きま した。 今ま で 、 こん な に農 業 に 触 れ る こ とな どな か った か らで もあ るが 、 農 業 に か け る労 力 と時 間 は 途 方 もな い こ とを 知 りま し た。 ま た、 稲 を を 育 て た こ とで 、 そ の 体 験 以 外 に 、 農 業 の 現 場 を 直 に肌 で 感 じ る こ とが 出来 ま した 。」 4.ゼ ミナ ー ル 生 との 討 論 の た め に 一 南 富蔵 さん の こ と一 以 下 は 討 論 の ため の 資 料 として 、 ゼ ミ生 に 手 紙 を 送 る とい う形 に し た もの で あ る。 『 この 手 紙 を 書 い て い ま す の は9月 末 日、 昨 日は この 大 学 の キ ャ ンパ ス で 、 ま だ ツ ク ツ クボ ウ シが 鳴 いて いま し た。 そ して 暗 くな って か らは 、 虫 の 音 が わ た しの 鼓 膜 を 叩 きつ け ま した 。 これ か ら毎 日虫 の 音 を 楽 しむ こ とが で き ます 。 「あ れ 松 虫 が 鳴 い て い る」 か ら始 ま る文 部 省 唱
浅 野 浅 春 歌 「虫 の こ え」 は 明治43年 か らの もの だ と、 岩 波 文 庫 の 日本 唱 歌 集 に あ りま す 。 コオ ロギ だけ で も5種 お り、 約25種 の 虫 が 毎 日美 し く鳴 くの で す 。 そ の よ うな 音 を 人 の 耳 に は い れ な い 虫 は 他 に どれ ほ どの 数 い るの で し ょ う。 これ らの 虫 たち が 、 生 き るに 必 要 な 食 べ も の が 、 穂 谷 には あ るの で す 。 そ して 、 この 虫 を 食 べ もの とす る爬 虫 類 や 鳥 類 が ま た 多 く棲 ん で い るの で す 。 穂 谷 に生 息 す る生 き物 たち は 人の 作 物 も大 好 きで す 。 10月10日 の 収 穫 祭 を 前 に 、 穂 谷 の 里 山の 人 た ち は 困 って い ま す 。 多 くの 人が そ の 祭 に 多 方 面 か ら来 ま す 。 そ の 目的 の ひ とつ は 黒 大 豆 の 枝 豆 を 求 め て で す 。 と こ ろが 、 この 夏 の 高 温 ・ひ で りに 加 えて 、 虫 の 発 生 で 、 枝 豆 の 収 穫 量 は8割 減 だ そ うで す 。 そ の よ うな 状 況 にあ って 、 虫 に 食 べ られ た様 子 もな く見 事 に 枝 豆 が で きて い る畑 もあ ります 。 農 薬 を た くさん 散 布 した か らで は な い の で す 。 この 畑 の 枝 豆 生 産 者 は7月20日 頃 か らひ と月 間 の 大 豆 の 実 が 育 つ も っ とも大 事 な 時 期 に 、 な ん と、 畑 に寝 泊 ま りして 大 豆 を ウサ ギ か ら守 り、 夜 明け と ともに 、 そ の 無 数 とい え る葉 一 枚 一 枚 につ く虫 を退 治 され た とお っ し ゃる の で す 。 そ の方 の 曰 く、 「うさ ぎ と虫 相 手 の 根 競 べ だ っ た 。」 そ の方 とは南 富 蔵 さ ん です 。 そ の 方 の 耕 地 は 里 山の 比 較 的 高 地 に あ り、 四 方 を 広 葉 落 葉 樹 の ア ベ マ キ や コナ ラ群 落 の 山 で 囲 ま れ 、 沢 もあ りま す 。 この8月 で さ え、 夜 明け に は 、 作 物 の す ぐ上 の 高 さ一 帯 に 霧 が か か り、 そ の 畑 に入 る と露 で 衣 服 が 、 び っ し ょ り濡 れ る こ とが あ っ た とお っ し ゃい ま す 。 そ の よ うな 環 境 も、 作 物 の 生 育 に大 い に 関 係 して い るの で し ょ う。 南 さん か らは 、 色 々な こ とを 教 わ りま し た。 黒 大 豆 を 苗 床 か ら畑 に 植 えか え る とき、 彼 は 、 そ の 苗 の 根 を 全 部 切 って や るの だ そ うで す 。 切 られ た 大 豆 は 、 生 き るた め に 切 られ る前 よ り根 を 強 く、 大 き く広 く延 ば す の だそ うで す 。 子 育 て と同 じ、 甘 や か して は い け な い 。 生 き る力 を 発 揮 させ な い とい け な い 。 そ して 愛 情 が な い とい け な い 。 毎 日そ ば で 見て や る。 必 要 な 時 は 手 を 添 え る。 野 菜 作 りも 同 じだ とお っ し ゃ る。 稲 も、 毎 日見 に来 る。 水 の 過 不 足 、 水 温 を み て 、 入 れ た り出 した りす る とお っ し ゃ る。 そ の よ うに して 育 て 、 収 穫 した 米 を い た だ く ときは お い し く炊 か な い とい け な い 。 洗 い 方 、 一 粒 一 粒 の 米 へ の 水 の 浸 透 時 間 、 火 の 加 減 、 わ た しに 「先 生 解 か って ます か 」 と聞 か れ ます 。 炊 飯 器 にお 任 せ の わ た しは 答 えに 窮 しま す 。 彼 は ヒ ン トを くれ ま す 。 米 の 表 面 の 成 分 が 水 に 溶 け て は いけ ま せ ん 。 米 の 芯 と外 側 に 同 じ よ うに 火 が 通 れ ば 米 は うまい で す と。 さて 、穂 谷 祭 の ころに は穂 谷 は 、 そ して 学 舎 とみ な さん は、 どの よ うな色 に な って い る の で し ょ うか 。 も う、 い く どもそ の こ ろを 過 ご して き たの に わ た しは 確 た る想 像 が で き ませ ん 。 そ こ に 向け て 、 あ ち こち で 役 員 さん の 活 躍 が 、 日に 日に 目立 つ よ うに な って い る秋 口で す 。』 南 富 蔵 氏 の 手 にな る もの ば か りで は な く、 里 山の 手 入 れ され た 田畑 は 芸 術 作 品 だ と思 う。 特
に 、 一 枚 一 枚 の 田 の 畔 の 塗 り固 め 方 、 法 面 は 滑 ら か な 曲 線 を 描 き 、 這 入 っ て き た 水 が ゆ っ く り と、 しか し、 淀 む こ とな く、 畔 に そ っ て な が れ て い く こ とが で き る 。 ま た 流 れ 出 て ゆ く と き も 、 畔 と別 れ を 惜 し む か の 如 くで て ゆ く。 さ ら に 、 そ の 畔 の 上 面 や 周 辺 は 、 草 が 刈 ら れ て 、 い つ も 美 しい 。 わ た し も 含 め て 、 農 作 業 の 苦 労 を し ら な い 都 会 人 は 、 あ れ 、 キ キ ョ ウ が 咲 い て い る 、 リ ン ドウ が 咲 い て い る と畔 を 踏 ん で ゆ く こ とは な い だ ろ うか 。 畔 は 勿 論 の こ と、 美 し く歩 き や す く手 入 れ さ れ た 田 畑 の 問 の 小 写 真5 棚 円 の畔 の美 しさ ' 道 は 、 大 切 な 屋 敷 内 な の だ 。 座 敷 に 相 当 す る と こ ろ な の だ 。 わ た し は 、 そ うい う こ と も 南 さ ん か ら 教 わ っ た 。 W 終 わ りに す で に、 「穂 谷 里 山 の 今 日的 価 値 」 と題 す る 拙文 を 発 表 して穂 谷 里 山 の 大 要 を書 い た。 そ し て 、 こ こで も、 里 山か らの 学 び を 著 わ した 。 わた しは 、 関 西 外 大 の 学 生 諸 君 に 、 大 学 の キ ャ ン パ ス は 里 山を 含 め た 全 体 で あ る とい う意 識 を 持 って ほ しい と願 って い る。 里 山 は 日本 文 化 を 象 徴 す る一 つ で あ る。 里 山は 、 学 生 に とって 文 化 的 学 び の 対 象 で あ るの み な らず 、 そ こに は 、 社 会 的 、 経 済 的 な 課 題 が 多 く存 在 す る。 つ ま り、 そ の 課 題 の 解 決 策 を 提 案 す る過 程 で 多 くの 学 び が で き る。 ま た 、 大 学 組 織 全 体 の サ ポ ー トの 仕 方 に よ って 、 里 山が 、 よ り豊 か な もの に な って い く可 能 性 が あ り、 こ こで も、 社 会 発 展 を 実 現 す る関 西 外 大 の 姿 が 見 え る こ とに な る。 さ ら に、 里 山を 形 作 る もの の 風 景 は 、 この 穂 谷 学 舎 に 毎 日通 う学 生 に 、 情 操 的 な 影 響 を か な り与 えて い る。 特 徴 的 な 例 を 挙 げ る。 入 学 前 か ら、 心 身 を 病 み 、 医 師 か らの 薬 を 手 放 せ な か っ た学 生 が 、毎 日、 そ の 風 景 と向 き合 って い る 間 に 、 「自然 は誰 に対 して も平 等 に む ぎあ って く れ る。 だ か ら、 自分 も 自然 の 前 で は素 直 に な れ る。」 こ とに 気 づ き、 や が て 、 自 らの心 の保 ち か た が わ か る。 そ して 、 卒 業 時 に は 、 薬 の 服 用 か ら解 放 され た とい う。 わた しは 、 講 義 で も、 ゼ ミナ ール で も、 里 山を テ ーマ に し、 出来 るだ け 、 学 生 諸 君 を 里 山 散 策 に連 れ 出 した 。 や が て 、 穂 谷 は 里 地 里 山100選 として 有 名 に な り、 外 部 か ら訪 れ る 人 の 数 は 増 えた 。 しか し、 里 山に 足 を 踏 み 入 れ る学 生 の 数 は 多 い とは い えな い 。 一 方 で 、 里 山は 若 い世 代 の 力 を 必 要 として い る。 上 述 し た森 づ く り委 員 会 の 団 体 が 里 山保 全 の ため に努 力 して い る。 私 も微 力 な が ら懸 命 に 里 山保 全 の た め に 時 間 を 使 って きた 。 しか し、 た とえ ば、 「山の 整 備 は海 の 生 態 系 に繋 が る」 と科 学 的 な話 を 唱 え て み て も、 山の 整 備 を 行 う 人 も、 苦 しい 農 業 を す る人 も、 お 金 に な らな い 稲 作 を 行 う人 に 関 して も、 そ の 数 は 増 えは しな
浅 野 浅 春 い 。 繰 り返 す が 、 い ま 関 西 外 大 の 力 が 必 要 な の だ 。 この 状 況 の 中 だか ら こそ 、 忘 れ 去 られ て は い け な い もの 、 穂 谷 里 山の 現 状 、 里 山 は な ぜ に 必 要 な の か 、 な どにつ い て 里 山に あ る大 学 に 勤 め る者 の 義 務 として も記 して お か な け れ ば と思 っ て い る。 しか し、 自分 の 能 力 不 足 で 、 随 分 不 満 足 な もの に な って しま った 。 た だ 一 点 、 読 ん で くだ さ っ た 人 に 、 里 山 は 、 「見 えぬ け れ ど もあ るん だ よ」 の世 界 な の だ と理 解 して い た だ け る こ とを 祈 って い る。 最 後 に 、 色 々 と教 えて くだ さ った 穂 谷 の 方 々に お 礼 申 し上 げ る。 参考文献 1)枚 方 市 史 編 纂 委 員 会 編:「 枚 方 市 史 」 第 三 巻(1984) 2)枚 方 市 史 編 纂 委 員 会 編:「 枚 方 市 史 」 第 六 巻(1975) 3)枚 方 市 史 編 纂 委 員 会 編:「 枚 方 市 史 」 第 九 巻(1981) 4)枚 方 市 史 編 纂 委 員 会 編:「 枚 方 市 史 」 第 十 一 巻(1984) 5)浅 野 浅 春:「 穂 谷 里 山 の 今 日的 価 値 」(2008)関 酉 外 国 語 大 学 研 究 論 集 、 第87号187∼204 6)日 木 農 芸 化 学 会 編:「 お 酒 の は な し」(1994) (あ さの ・あ さは る 国 際 言 語 学 部 教 授)