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国内航空運送への一部無過失責任の導入

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国内航空運送への一部無過失責任の導入

著者

小林 貴之

雑誌名

研究論集

112

ページ

193-210

発行年

2020-09

URL

http://doi.org/10.18956/00007936

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国内航空運送への一部無過失責任の導入

小 林 貴 之

要 旨  平成31年商法改正により、航空運送人の責任も、陸上運送人・海上運送人と同様に過失推定責 任を負うとの規定が設けられた。国際航空運送においては、1999年モントリオール条約により、 航空運送人は旅客の死傷に対し128,821SDRsまでの無過失責任を負っているため、突然のタービュ ランスのような不可抗力に起因する事故においても、旅客は上記一部無過失責任までの補償を受 けることができる。一方、過失推定責任の国内航空運送では補償を受けることはできない。羽田-伊丹路線のような国内航空運送であっても、そこには国内線旅客と国際線乗継旅客が混在し、旅 客への責任原則が異なる不公平が生じている。本稿は、国内航空運送への一部無過失責任の導入 は、旅客保護のみならず、航空運送人へのメリットをも与えるものであり、その導入に際して留 意すべき点を条約第17条の責任発生要件の分析を通じて論じるものである。 キーワード:航空運送人、無過失責任、旅客の死傷、1999年モントリオール条約

1.はじめに

 平成31年 4 月 1 日に施行された運送・海商法分野の改正商法において、商法制定当時に存 在していなかった航空運送についても商法の規定に加えられることとなり1)、航空運送人の旅 客に対する責任原則は、陸上運送人・海上運送人と同様に過失推定責任によるものとされた2) 陸・海・空の三つの運送モードの責任原則の整合性を図り、これらの運送モード間の責任原則 に差異を設ける特段の必要性はないとの判断である。  しかしながら、この過失推定責任とは、近代市民社会における基本原則の「過失なければ責 任なし」との過失責任主義に立脚するものである。現代の航空運送人とは、巨大な航空企業で あり、その賠償資力は航空保険によって担保されている。このような現状で、旅客の死傷に対 する航空運送人の責任原則については、国際航空運送において航空運送人に一定の金額までの 無過失責任(以下、一部無過失責任)を課しているところ3)、今般の改正商法が採用した過失 推定責任においては、航空運送人の不可抗力の立証により、被害者たる旅客は一切の補償を受 けられなくなるおそれのある制度設計となっている。  陸上運送・海上運送と比較すると、航空運送における最大の特徴は相次運送によって世界規

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模のネットワークを構築していることである。たとえば、羽田 - 伊丹間のような非常に多くの 国民が搭乗する代表的な国内路線においても、羽田 - 伊丹間だけを搭乗する旅客(以下、国内 線旅客)が存在する一方、海外から国際路線で羽田に到着し、羽田 - 伊丹間の国内路線に乗り 継ぐ旅客や、伊丹 - 羽田間の国内路線に搭乗し、羽田から国際路線に乗り継ぐ旅客(以下双方 を総称して、国際線乗継旅客)が存在している。この羽田 - 伊丹間の航空便に搭乗した国際線 乗継旅客が機内で死傷した場合には、1999年モントリオール条約4)(以下、モントリオール条約) の一部無過失責任による補償が受けられるのに対して5)、同じ航空便で羽田 - 伊丹間のみを搭 乗した国内線旅客が機内で死傷した場合には、航空運送人の過失推定責任の下で不可抗力の抗 弁に晒され、突然のタービュランスに起因した場合など旅客は一切の補償が受けられないおそ れがある。  このように、陸上運送・海上運送と異なり、航空運送はネットワーク産業であることから、 国内二地点間の国内航空運送を行う同一の航空便に、改正商法の過失推定責任の適用を受ける 国内線旅客とモントリオール条約の一部無過失責任の適用を受ける国際線乗継旅客が混在して おり、旅客の間で死傷の場合の保護が大きく異なることとなる。  改正商法の過失推定責任に比べ、モントリオール条約における旅客の死傷の場合の航空運送 人に対する一部無過失責任が、旅客の保護に大いに資することは論を待たない6)。そこで本稿 においては、航空運送人の賠償限度額の変遷の観点からではなく、航空運送人に強制された責 任原則の制度設計の観点から旅客保護法制の流れを考察した上で、今日の航空運送事業の実態 を検討することにより、一部無過失責任を国内航空運送にも導入することの旅客および航空運 送人双方にとっての実務上のメリットを明らかにしようとするものである。さらに、国内航空 運送に一部無過失責任を導入するとすれば、具体的にどのような条件の下で行うべきかについ ても踏み込んで論じるべきであり、そのためには1929年ワルソー条約7)(以下、ワルソー条約) からモントリオール条約まで基本的な制度設計を維持してきた旅客の死傷に関わるこれらの条 約の第17条(以下総称して、条約第17条)の検討を避けて通ることはできない。  

2.統一的責任原則の成立と進展

 第一次世界大戦により、航空機が国際輸送のみならず、偵察や爆弾投下等の兵器としても使 用されたことから、1919年に採択された空域に関するパリ国際航空条約8)において、国家の領 土および領海の上の空域には、領空として国家の排他的主権が及ぶとする領空主権説が採択さ れた。黎明期にあった国際民間航空事業の法的安定を図るため、航空運送人の統一的責任原則 を定める外交会議が1929年にワルシャワで招集され、採択されたのがワルソー条約である。  このワルソー条約は、その後1955年ヘーグ議定書9)(以下、ヘーグ議定書)において、旅客

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の死傷に対する賠償限度額が 2 倍に引き上げられたが、その責任原則は基本的に変更されるこ とはなく、1999年モントリオール条約の成立・発効までの約70年間も強行法規としての命脈を 保ち続けたほど、旅客と航空運送人との間の損害のリスク分担に関する優れた制度設計を有し ていた。 (1)ワルソー条約の基本的構造  ワルソー条約は航空運送人に過失推定責任を課す一方、航空運送人が賠償限度額の援用を行 うことを認めている。過失推定責任を採用したことで、旅客は航空運送人の過失を立証する必 要はなく、自らの損害額の立証のみで補償を受けられることとなる。一方、航空運送人にとっ ては、突然のタービュランスのような航空運送人にとって予測不可能な事象に起因した場合に は、不可抗力によるものとして無過失を立証し、賠償責任そのものを免れることができる。こ のようなワルソー条約の基本的構造の下で、旅客の死傷に対しては125,000金フランの賠償限 度額が定められた10)  この125,000金フランの責任制限が賠償限度額と呼ばれる所以は、たとえば国内法一般にお いて責任制限が運送人の故意または重過失の立証によって破られるのに対して、ワルソー条約 の責任制限は、旅客が航空運送人または履行補助者の故意または故意に相当する過失を立証で きなければ破ることができないからである。すなわち、航空運送人やその履行補助者の客観的 注意義務違反ではなく、それらの者が旅客の死傷発生の高い蓋然性を認識し11)、そのような結 果の発生を容認した上で、敢えて無謀な行動をとり損害を発生させたことの立証を旅客に要求 するからである。その点でワルソー条約上の故意に相当する過失とは、我が国の刑法上の概念 である未必の故意に近いものと考えられる12)。このことから、ワルソー条約上の125,000金フラ ンの責任制限は、旅客にとって破ることが現実的に非常に困難な、まさに賠償限度額としての 性質を有していたこととなる13)  このような旅客と航空運送人の間におけるリスク分配において、旅客が死傷による損害全額 の補償を受けられないおそれのある仕組みを採用し、航空運送人のリスク負担の軽減を図る一 方、旅客がリスク回避の行動を選択する機会を条約上保障している。すなわち、航空運送人が 旅客に交付する航空券に条約上の賠償限度額が適用となる旨の記載をさせることにより14)、旅 客が搭乗を取り止める、またはリスクを承知で搭乗する、さらには自ら損害保険を購入した上 で搭乗するなどの選択が行える機会を保障していた。もし航空運送人がそのような賠償限度額 の通知を怠った場合には、旅客はリスク引受けの判断を行う機会を奪われたとして、航空運送 人に賠償限度額の援用を認めない仕組みを採用した。このような航空券を媒介とした賠償限度 額の通知と旅客のリスクを判断する機会の保障は、モントリオール条約が成立するまでの約70 年間にわたり、航空運送条約の基本的な仕組みとして生き残っていったのである。

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(2)1966年モントリオール航空企業間協定による一部無過失責任の導入  第二次世界大戦後の欧米諸国の経済復興により、ワルソー条約の旅客の死傷に対する賠償 限度額125,000金フランは、これら先進国の経済水準からみて相対的に低い額となっていった。 そこでヘーグに外交会議を招集し、ワルソー条約の賠償限度額を増額する検討を行い、これを 倍額の250,000金フランとする1955年ヘーグ議定書を採択した15)。しかし、もっとも急速な経済 発展を遂げた米国にとっては、たとえ倍額であったとしても賠償限度額としては低すぎるとし て、米国政府は議会におけるヘーグ議定書批准のための承認を得る見通しを立てることができ なかったため16)、ヘーグ議定書を批准しないのみならず、ワルソー条約からも脱退する通告を、 条約の寄託者ポーランド政府に対して行なった。  もし米国がワルソー条約から脱退すれば、米国を離発着する路線は無条約運送となり、航 空運送人は条約上の賠償限度額の援用ができなくなるとともに、米国の特徴的法制である懲 罰的損害賠償(punitive damages)に直接晒されることとなる。これまでは、ワルソー条約第 17条において旅客の死傷に対して航空運送人が責任を負うべき損害は「damages sustained」 と規定されていたことから、航空運送人の負うべき損害は補償的損害賠償(compensatory  damages)であるとして、懲罰的な意味を持つ民事制裁については補償の対象から排除され ていたのである17)。こうして、米国のワルソー条約脱退の発効日が迫るにつれ、米国の国内 法制に直接晒されることとなる航空運送人やその事業者団体である国際航空運送協会(以下、 IATA)の懸念は大きなものとなっていった。  IATA は米国のワルソー条約からの脱退を阻止するために、モントリオールに航空運送人の 会議を招集し、1966年 Montreal Intercarrier Agreement18)(以下、モントリオール航空企業間 協定)を採択した。その主な内容は、米国を出発地、到達地または途中経由地とするワルソー 条約またはヘーグ議定書が適用になる路線については運送約款を改訂し、(1)旅客の死亡ま たは身体の傷害に対する賠償限度額は、訴訟費用を含めて75,000米国ドルに引き上げること19) また(2)上記賠償限度額まではワルソー条約及びヘーグ議定書の定める第20条1項の不可抗 力の抗弁を放棄することを内容とするものであった20)。このモントリオール航空企業間協定は、 米国をワルソー条約に引き留めておくために賠償限度額を大幅に増額したことで知られている が、それ以上に重要なのは、航空運送人の責任原則に関して、賠償限度額までの無過失責任を 初めて導入したことである。この一部無過失責任の導入は、航空運送人の責任原則に飛躍的な 質的変化を与え、そして将来の制度設計の方向性を決定づけたものとなった。  航空運送人に75,000米国ドルまでの無過失責任を課したことにより、少なくともその金額の 損害までは、複雑で長期にわたる事故原因の究明や過失の有無に関する争いを回避し、旅客が 迅速な補償を受けることが可能となる環境が整った。旅客にとって一部無過失責任の最大のメ リットは、このように迅速に補償を受ける仕組みが整うことである。一方航空運送人にとって

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も、たとえ75,000米国ドルまでの無過失責任を負ったとしても、それによりワルソー条約、ヘー グ議定書の立証困難な故意または故意に相当相する過失という責任制限を破る要件が維持で きるならば、航空運送の法的安定性が保たれることとなる。航空機の飛躍的な安全性の向上に よって航空機の墜落・衝突等の重大事故は減少し、たとえ一部無過失責任を運送約款に採用し ても、損害を被る乗客の数には航空機の大きさにより一定の限りがあることから、航空保険の 引受けに重大な支障が生じなかった当時の事業環境にも留意する必要がある。  このようなモントリオール航空企業間協定の成立と航空運送人の運送約款改定により、米国 はワルソー条約脱退通告を撤回し、その後航空運送人は米国路線に限らず、自らが運送を行う すべての国際路線にこの75,000米国ドルまでの無過失責任を拡大していった。  しかし、この一部無過失責任は、旅客と運送約款改定を行った航空運送人との間でしか効力 を生じない。この旅客の保護を実現した一部無過失責任をすべての航空運送人に広げるために は強行法規たる新たな条約の登場を待つしかなく、その機会は 5 年後に訪れることとなった。 (3)1971年グァテマラ議定書による一部無過失責任の導入  国際民間航空機関(以下、ICAO)はモントリオール航空企業間協定の進展を見つつ、ワ ルソー条約の理念である法による航空運送人の責任原則の統一が望ましいと考え、グァテ マラに外交会議を招集し、1971年グァテマラ議定書を採択した21)。この外交会議において検 討のモデルとなったのがモントリオール航空企業間協定であったのは言うまでもない。この 外交会議はモントリオール航空企業間協定の制度設計を踏襲しつつ、その賠償限度額をヘー グ議定書の 6 倍に相当する1,500,000金フラン(1975年モントリオール第三追加議定書により 100,000SDRs に通貨単位を変更22))に増額した。一方、賠償限度額を当時としてはかなりの高 額なレベルにまで引き上げ、これを無過失責任としたことから23)、この賠償限度額を破られる ことのない絶対的なものとしたことにも大きな特色がある24)  航空責任条約の制度設計の観点からは、(1)過失責任とした場合には責任制限を設けない (これは、被害者である旅客に過失の立証責任を課していることから、すでに第一の立証のハー ドルを越えた旅客に対して、さらに責任制限の重荷を課すのは公平ではないとの考えによる)、 (2)過失推定責任とした場合には、責任制限は破られるものとする(過失が存在しないことの 立証責任を航空運送人に課しているため、航空運送人の責任制限を認めつつも、その責任制限 は故意または故意に相当する過失の立証により破られるべきとの考えによる)、そして最後に (3)航空運送人に過失が存在しなくとも政策的に航空運送人に一定の金額までの無過失責任を 負わせる場合には、責任制限は破られないものするのが基本である。  このような条約の制度設計に関する三つの基本的考え方のなかで、これまでのワルソー条約 およびヘーグ議定書は上記(2)の責任原則を採用したが、グァテマラ議定書はより現代的な

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上記(3)の責任原則を採用した。過失責任も過失推定責任も、被害者と加害者のどちらが過 失の立証責任を負うかとの違いに過ぎず、過失なければ責任なしとの近代市民法の大原則を維 持するものであるが、無過失責任は航空運送人が無過失であっても政策的に補償を強制する非 常に現代的な責任原則である。  このように航空運送人に対して政策的見地から過失が存在しなくても補償の責任を負わせ るものであることから、これを絶対的な有限責任とすべきであるとの考え方に従い制度設計を 行ったのがグァテマラ議定書であった。しかし、航空運送人が故意であっても絶対的賠償限度 額を援用できる仕組みは、法の倫理や正義に抵触するおそれがあるものとして、各国の批准は 遅々として進まなかった25)。そのため、1970年代から1990年代にかけて、統一法としての責任 条約であるヘーグ議定書で改正されたワルソー条約が定める250,000金フラン(1975年モントリ オール第二追加議定書で16,600SDRs に通貨単位を変更)を賠償限度額とする過失推定責任と、 IATA 加盟航空運送人の運送約款改定による100,000SDRs を賠償限度額とする無過失責任の二 つの責任原則が併存することとなった。  ただし、どちらにしても、賠償制限額を破るためには、旅客は航空運送人またはその履行補 助者の故意又は故意に相当する過失により旅客の死傷が生じたことを立証しなければならず、 多くの場合、旅客にとっては実際上不可能な証明であった。この問題が顕在化するのは、1985 年に我が国において生じた犠牲者500名を超える航空機墜落事故の補償交渉においてであっ  た26) (4)1992年運送約款改定による賠償限度額撤廃  航空運送の特徴は、相次運送による乗継旅客が多いことである。前述の航空機墜落事故にお いても、墜落したのは国内路線を運航する航空機であったが、旅客のうち29名は国際路線から 国内路線への乗継旅客であった。賠償限度額が存在しない国内法および国内運送約款が適用 となる国内線旅客と、賠償限度額が存在するワルソー条約およびヘーグ議定書や国際運送約款 が適用となる国際線乗継旅客が混在していたことから、同じ航空機に搭乗しながらも、一方は 人身損害の全額の補償を受けられ、他方は賠償限度額がかかるという旅客間の不公平に直面し、 航空運送人の補償交渉は困難を極めることとなった27)  この事故が契機となり、国際航空運送約款で定める100,000SDRs の賠償限度額を撤廃し、国 内航空運送と同様に過失推定責任による青天井の補償を行う案が、学界・官庁・民間の三者で 構成される航空私法研究会・航空運送法研究会において検討され、被害者である旅客に航空運 送人の故意又は故意に相当する過失の立証を求めるべきではないとの結論を得た。しかし、こ こで行われた最も重要な議論は、100,000SDRs までの無過失責任を維持するのか、それとも賠 償限度額を廃止したのであるから国内航空運送と同様に過失推定責任とすべきかであった。

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 本来であれば、国際路線・国内路線とも同じ青天井の過失推定責任一本で構成するのがわか りやすいのであろうが、それではこれまで国際運送約款で定めてきた一部無過失責任を放棄す ることとなる。たとえ事故の原因が航空運送人にとって不可抗力に起因するものであっても旅 客は補償を受けることができた制度を、青天井の過失推定責任の導入と引き替えに放棄してよ いのかという議論が生じた。その検討の結果、無過失責任を今後も維持する必要性が認識され、 青天井の過失推定責任のうち、100,000SDRs までは無過失責任とする今日の二層構造の責任原 則が「国際航空運送人の責任及びその限度額の現状と改善について」との表題で1992年 5 月に 公表され、同年11月に本邦航空運送人は国際運送約款の改定を行い、発効することとなった28) IATA も、この本邦航空運送人の賠償限度額撤廃の動きに賛同し始め、1995年以降 IATA 加 盟航空運送人の運送約款改定へと広がっていくこととなったが29)、そのような運送約款の改定 を行った航空運送人と運送契約を締結した旅客に対してしか効力を生じないところに限界があ り、ワルソー条約が目指した航空運送人の統一的な責任原則としての効果を生じさせるために は、新条約の登場を待つしかなかった。 (5)1999年モントリオール条約成立による一部無過失責任の強行法規化  ICAO は1999年にモントリオールに外交会議を招集し、これまでの航空責任条約の統合条約 たるモントリオール条約を採択した。この条約は2003年に発効後、現在の批准国数は136ヵ国 に及んでいる。旅客の死傷については、すでに IATA 加盟航空運送人の運送約款によって採 用されていた100,000SDRs までの旅客の死傷の損害に対する無過失責任とその損害金額を超え る部分の過失推定責任の二層構造とするものであり、すでに国際航空運送の主流となっていた 責任原則を踏襲する制度設計としたため、絶対的な賠償限度額を導入したグァテマラ議定書の ような問題は起きず、もっとも成功した航空責任条約と評価されている。  運送約款が航空運送人と契約した旅客にのみ適用となるのに対して、モントリオール条約は 第 1 条の規定により、旅客や航空運送人の国籍を問わず、旅客の出発地と到達地の国の条約の 批准により、たとえその間の一部でも航空運送人が運送を行えば、航空運送人の運送約款の定 めに拘わらず自動的に一部無過失責任を課せられることとなる。これは国内の二地点間のみの 運送を行う航空運送人が国際線乗継旅客の運送を引受けたときにも、モントリオール条約上の 一部無過失責任が強制されるということである30)  さらに近年では、国際路線のみならず、国内路線における外国航空運送人とのコード・シェ アが急速に拡大している。コード・シェアは自らの航空機や乗務員を用いることなく営業路線 網を拡大することができることから、他国のハブ空港に乗り入れ、その国の航空運送人の運航 を利用することにより、シカゴ条約第 7 条のカボタージュに抵触することなく、他国の国内航 空市場での営業ネットワークを拡大できるものとして、近年非常に多く利用されるようになっ

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た。この場合、国内の二地点間のみを運航する本邦航空運送人は、旅客との運送契約を締結せ ずに外国航空運送人から運航のみ引き受けていることがあるが、たとえモントリオール条約第 36条の相次運送による一部無過失責任を負うことはなくとも、同条約第40条による実行運送人 としての一部無過失責任を強制されることとなる31)  今般の商法改正では、国際航空運送と国内航空運送とを切り分けて考え、各々別の責任原則 を採用したとしても問題ないと判断されたようであるが、実際に一部無過失責任が相次運送人 の間の連帯責任、そして契約運送人と実行運送人の間の連帯責任により国内路線の運送を行う 航空運送人に対しても一部無過失責任が強制されていることに留意しなければならない。すな わち、羽田 - 伊丹間のような典型的な国内路線においても、国際路線からの乗継旅客やコード・ シェア旅客が存在するため、同じ航空便に搭乗しても、一方は条約の一部無過失責任の保護を  受けることができ、一方は航空運送人の不可抗力の抗弁に晒され一円の補償も受けられないお それがある。航空運送が陸上運送・海上運送と大きく異なる事業上の特徴は、国際路線を主 体としたネットワーク産業であり、そのネットワークは国内路線の隅々まで広がっているため、 陸上運送・海上運送のように責任原則を単純に内際で切り分けることができないことである。

3.国内航空運送に一部無過失責任を導入することの航空運送人のメリット

 一部無過失責任の導入は旅客保護の文脈で提唱されることが多いが、航空運送人にとっても 大きなメリットをもたらすものである。事故により旅客の死傷を生じさせた航空運送人は事業 の継続への影響を最小限なものとするため、旅客との早期和解を目指すのが通常である。航空 運送人の賠償責任は航空保険で担保されており、一部無過失責任が国際航空運送と同様に国内 航空運送でも法により強制されることとなれば、航空運送人としては過失の有無にかかわるこ となく補償金が支払いやすくなる。また、航空運送人は、運航乗務員などの履行補助者の過失 を問う刑事責任の問題と切り離して、民事責任としての補償金を速やかに支払える環境が整う こととなる。これらは、安全を至上命題として社会から要請される航空事業にとって重要な意 味を持つものである。 (1)補償金の一部前払いの容易化  国際航空運送においては航空運送人が一部無過失責任までは補償の前払金を速やかに支払 うことが可能であるのに対して32)、今般の改正商法において採用された過失推定責任の下では、 過失の有無の判断がつくまでは、旅客の死傷の程度や多寡に応じた一部前払金の支払いが困難 となるおそれがある。また、もし前払金を支払った後に、航空運送人が無過失の立証に成功し た場合には、航空運送人は旅客に対して支払った前払金の返還を求めることができるかなどの

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問題も生じうる。  我が国の航空運送人は、これまで事故による旅客の死傷に対して、自発的に数万円から数 百万円規模の一部前払金を支払っている実態があるが、一部無過失責任を導入することにより、 航空運送人は過失の有無にかかわらず、無過失責任を負う金額までの前払金の支払いを速やか に行える環境が整うこととなる。これにより被害者の迅速な救済を実現するのみならず、航空 運送人が後日無過失の立証に成功した場合においても、旅客に支払った前払金には何の影響も 与えないため、その返還を請求できるか否かの問題も生じない。  さらに旅客への前払金の原資となる航空保険金に関して、そもそも航空保険の賠償責任部分 は、航空運送人が法律上の賠償責任を負った場合に初めて保険金支払いの対象となることに留 意しなくてはならない。すなわち、過失推定責任の下では航空運送人の過失が明確なものでは ないかぎり、賠償責任保険の対象とされるか否かは非常に不安定なものとなり、したがって前 払い金の金額も限定的なものとならざるを得ない。もし国内航空運送にも一部無過失責任を導 入すれば、航空運送人は法的支払義務によって補償の一部を行うこととなり、賠償責任保険が 自動的に適用となることから、速やかに旅客への前払金の支払いを行うことが可能となる。 (2)刑事責任と民事責任を切り分けた補償の実現  航空機の墜落や衝突等の事故が生じると、事故原因の究明のため運輸安全委員会の調査が開 始される33)。この運輸安全委員会の調査の目的は、事故が航空機の設計上・製造上の欠陥に起 因したのか、運航乗務員の操縦上の過失に起因したのかなどの事故の原因を究明し、再発防止 のための適切な対応策を講じるよう勧告することにある。一方、我が国においては、このよう な航空機事故が生じると、警察や検察当局によって運航乗務員等の業務上過失致死傷罪などの 刑法上の犯罪の存否を視野に入れた刑事事件捜査手続きとしての事情聴取や証拠押収が、前述 の運輸安全委員会の調査と同時並行で行われるのが通常である34)。航空運送人としてはどちら の調査活動にも全面的に協力することはもちろんのことであるが、運航乗務員の業務上過失致 死傷罪を視野に入れた刑事事件捜査が進行しているなかで、たしかに運航乗務員の刑事責任に おける過失の概念と、航空運送人の民事責任における過失の概念とは同一ではないものの、航 空運送人自らが民事責任における過失を認めたと解されるおそれのある金額規模の補償の一部 前払いを行うことは困難な判断となる可能性があり、被害者たる旅客への補償の遅延を招く要 因となってしまうおそれがある。もし、航空運送人に一部無過失責任を課せば、航空運送人は 民事責任における過失の有無を問題としないですむことから、刑事責任上の過失の有無と切り 離して、迅速に被害者である旅客に対し相応額の補償の一部前払いを行うことができる環境が 整うこととなる。

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4.国内航空運送への一部無過失責任導入に際しての留意点

 モントリオール条約第17条は責任発生要件であり、航空運送人が負うべき責任の発生条件を 限定するとともに、その限定の範囲においてのみ航空運送人に128,821SDRs までの無過失責任 を強制するものである。航空運送人が付保する航空保険の賠償責任保険部分も前述の限定の下 で保険機関によって引受けられている。換言すれば、国際航空運送において一部無過失責任の 導入を可能ならしめたものは、この条約第17条の存在といっても過言ではない。  一方、国内航空運送においては、改正商法590条が定める「運送人は、旅客が運送のため に受けた損害を賠償する責任を負う。」とあるのみで、旅客の死傷に対し特段法令上の責任 発生要件を定めてはいない。したがって、もし安易に国内航空運送の過失推定責任のうちの 128,821SDRs までを航空運送人に無過失責任として課してしまうと、責任発生要件で限定され たリスクを負っている国際航空運送と比較し、商法において特段そのような限定がなされてい ない国内航空運送においては、航空運送人に負わせる一部無過失責任の範囲が広がってしまい、 過大なリスクを負わせてしまうことともなりかねない。そこで、国内航空運送に一部無過失責 任を導入する際に一定の条件付けを行うのか、もし行うとすればそれはどのような条件付けか を明らかにする必要がある。  もっとも単純な見解は、モントリオール条約第17条の三つの責任発生要件を、そのまま一部 無過失責任の発生要件とする考え方であるが、その妥当性につき、各々の責任発生要件が一部 無過失責任の発生要件としても適切なものなのか否かを詳細に検討しなくてはならない。そこ で、モントリオール条約第17条における責任発生の三つの要件、すなわち、(1)「航空機上で 生じ又は乗降のための作業中に生じた」、(2)「事故による」、(3)「旅客の死亡又は身体の傷害 の場合における損害」の各々について、これらを国内航空運送における一部無過失責任の発生 要件として設けるべきか否かにつき、各国の判例によって積み上げられてきた解釈に考慮しな がら、検討を行っていくこととする。 (1)旅客への死傷をもたらした事故の場所や旅客行動の範囲を限定すべきか否か。  モントリオール条約において航空運送人に過失推定責任を負わせ、さらに一定額までの無過 失責任を負わせるものは「航空機上で生じ又は乗降のための作業中に生じた35)」事故による旅 客の死傷に対してである。もともとワルソー条約およびヘーグ議定書は、我が国の判例の言葉 を借りれば36)、「旅客を航空機に搭乗させるため諸種の作業によって、航空運送に特殊的な危 険発生の可能性の存する期間」のリスクに対して、航空運送人に過失推定責任の下で一定の責 任制限を認めるものであり、たとえばチェックイン・カウンターなどでの事故に対しては、条 約の排他的適用の対象外であるとして、各国の国内法によって旅客への救済を実現すればよい

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とする制度設計となっている。無過失責任を課す範囲をむやみに広げることは航空運送人に対 して過大なリスクの負担を強いることとなる。モントリオール条約において、このように航空 特有のリスクに対する限定の下で、航空運送人に一定額までの無過失責任を課していることを 考慮すれば、「航空機上で生じ又は乗降のための作業中に生じた」事故に一部無過失責任の対 象を限定すべきであると考える。  わが国の国内航空運送において、運送人の責任発生要件を定める具体的な法令は存在しない が、モントリオール条約と同様の条件付けを行う国内航空運送約款が存在する。すなわち、旅 客の死傷においては、「その損害の原因となった事故又は事件が航空機内で生じ又は乗降のた めの作業中に生じたものであるときは賠償の責に任じます。」として、場所や旅客行動の範囲 を限定している。したがって、無過失責任の適用対象にも、このような限定を加えることによ り、たとえばチェックイン・カウンターの前での旅客の転倒事故のような場合にまで航空運送 人に無過失責任を強制してしまうおそれを解消することができるものと考える。 (2)「事故」に限定し、事件を排除すべきか否か。  モントリオール条約が適用となる航空運送において、航空運送人に賠償責任を生じさせる旅 客の死傷とは事故に起因するものでなければならない37)。したがって、事故の定義は非常に重 要であり、その最も有名なものは Saks v. Air France 事件における米国連邦最高裁判所判決の 事故の定義である38)。すなわち、旅客にとって、(1)予期しない(unexpected)または通常で はない(unusual)、(2)外因的な(external)、(3)出来事(event or happening)の三つの要 件をすべて満たすものが条約第17条の事故であるとの判断である。航空保険もこの事故の概念 の限定の下で保険機関によりリスクが引受けられている。  たしかにグァテマラ議定書は、この責任発生要件を事故(accident)から事実(event)へ と改め、事実は事故よりもより広い範囲の概念を示す文言であることから、航空運送人の責 任発生要件を拡大し、より旅客の保護に資するものを目指したと解されている。しかしながら、 グァテマラ議定書は航空運送人に無過失責任を課し、その責任発生要件も上述のように広げた 一方、航空運送人の責任制限を絶対的なものとして、旅客と航空運送人の利益の均衡を図った ものである。このグァテマラ議定書は今後も発効する目途は立っておらず、その後に成立した モントリオール条約においては、事故の文言が維持され、現在に至っていることを忘れてはな らない。  この事故に関する三つの要件に加えて、さらに(4)「航空機の運航(operation of the  aircraft)」を加えるか否かについては、米国裁判所の判断も分かれ、未だ明確な結論は得られ てはいない39)。この点に関して、航空機の運航における特有のリスクについては、事故の三要 件のうちの(1)「航空機内又は旅客の乗降の作業中に」のなかですでに読み込まれていること

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から、敢えて事故の範囲をさらに限定する解釈を加え、旅客への救済の道を狭める必要はない と考える。かつてのワルソー条約やヘーグ議定書における第17条は航空運送人の責任発生要件 としての機能のみであったが、今日のモントリオール条約では旅客の死傷に対して航空運送人 が無過失責任を負う範囲ともなることを考慮しなければならない。もし上記(4)を事故の定 義に含めなければ航空機内における旅客間の細菌感染なども無過失責任の下で航空運送人に 128,821SDRs までの賠償責任を生じさせることとなり、他の運送モードと比較して航空運送人 に過大な負担を課すこととなるとの見解もあるであろうが、そもそも一部無過失責任を導入し たのは、できるだけ迅速に航空運送人による補償を行わせるためであり、航空運送人が争う余 地のある要件を新たに解釈で加えることは、本来の目的であった補償の迅速性を大きく毀損す るおそれがあることから、これを支持することはできない。  一方、我が国における国内航空運送約款においては、「旅客の死亡又は負傷その他の身体の 障害の場合に発生する損害(中略)の原因となった事故又は事件が」とあり、「事件」が航空 運送人の責任発生要件に追加されている。ハイジャックなどは事故とは言えないとして、昭和 50年に「事故又は事件」と改訂されたとのことである40)。ハイジャックにより旅客の死傷が生 じた場合であっても、Saks v. Air France の事故の三つの要件をすべて満たすものと考えられ ることから、事件を加えたことの意義については疑問の残るものの、グァテマラ議定書の事実 (event)よりは狭い概念であろうことから、国内運送約款の事故又は事件の文言を維持したと しても、航空運送人の無過失の抗弁を制限する対象を、国際航空運送と比較して著しく広げた ことにはならず、国内航空運送の航空運送人の一部無過失責任を担保する航空保険の引き受け に際しても、大きな支障とはならないものと考える。 (3)旅客の「死傷」と限定し、純粋な精神的損害を排除すべきか否か。  モントリオール条約第17条は航空運送人が責任を負うべき損害を「旅客の死亡及び身体の 傷害」として、純粋な精神的損害、たとえば墜落の恐れに対する恐怖感情などを排除している。 これは恐怖のような感情のみでは、その発生の有無や程度、さらにそれを金銭で妥当に評価す ることが非常に困難であることから、航空運送人の責任を統一する上で、補償の対象とするこ とに馴染まなかったことも一因であったのだろう。航空機のエンジンすべてが停止し、海上に 不時着する旨を告げられた乗客が恐怖に対する損害賠償を請求した Eastern Airlines v. Floyd 事件において、1991年米国連邦最高裁判所は身体の傷害に該当しないとして、旅客の請求を 認めなかった41)。ただし、旅客の死傷にともなう、または起因する精神的損害については、補 償の対象に含まれると各国の裁判所は解釈しており、排除されているのは死傷をともなわない、 または死傷に起因しない純粋な精神的損害のみであることに留意する必要がある。  一方、我が国の国内法では、非財産的損害、たとえば墜落の恐怖、機内食への異物混入によ

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る不快感、客室乗務員の言動による名誉感情の毀損など、純粋な精神的損害であっても、賠償 の金額の多寡はともかく、賠償請求の範疇から除外されるわけではない42)。したがって、国内 航空運送に一部無過失責任を導入する場合に、旅客の純粋な精神的損害に対しても航空運送人 に無過失責任を負わせるべきか否かを検討する必要がある。我が国における航空運送人の国内 運送約款が「旅客の死亡又は負傷その他の身体の障害の場合に発生する損害については、(中 略)賠償の責に任じます。」として、条約17条と同様に賠償責任の対象を旅客の死亡又は負傷 その他の身体の障害に限定していることを考慮すれば、国内航空運送において航空運送人に課 す一部無過失責任の対象からも純粋な精神的損害を排除することが妥当と考える。

5.おわりに

 旅客の死傷に対する航空運送人の責任の制度設計を賠償限度額の観点から考察するならば、 モントリオール条約の成立と発効によって旅客保護のプロセスは一応完成されたものと評価す ることができる。しかし、もしこの航空運送人の責任の制度設計を責任原則の観点から考察す るならば、未だ我が国の国内航空運送は旅客保護のプロセスの途上に過ぎないことがわかる。  責任原則の制度設計を行う際にもっとも重要なことは、誰にも帰責事由のない損害をどのよ うに関係者に分担させるかである。一方は保険によるリスク回避の手段をほとんど備えていな い旅客であり、一方は航空機の安全性の向上により航空保険料低減のメリットを享受している 巨大航空企業である。この両者の間において、近代市民社会の原則である「過失なければ責任 なし」は、もはや通用させるべきではない。不可抗力に起因する旅客の死傷に対して、航空運 送人に一部無過失責任を課せば、航空運送人の付保する賠償責任保険が発動することとなり、 これにより旅客はすみやかに補償を受けることができる。航空運送人が負担する航空保険料の 増加を懸念する見解もあるかもしれないが、航空保険料の増加をもたらす一番の要因は全世界 レベルでの航空機の重大な機体損害事故の増加である。すでに英国や韓国のように国内法の改 正により国内航空運送にも一部無過失責任を課す国が存在している現状において、たとえ我が 国の国内航空運送に一部無過失責任を導入したとしても、重大事故率が減少している航空保険 市場の現状を考慮すれば、我が国の航空運送人の航空保険料の負担が増加するとは考えにく い。また万一増加し、それが運賃に転嫁されたとしても、それは不可抗力に起因する旅客の死 傷による損害を、航空運送を利用するすべての旅客が負担するということに他ならない。これ は、自らにまったく帰責事由がないにもかかわらず損害を被ることとなった被害者が、国内法 における近代市民ルールの下で救済されないことに対して、すでに国際航空運送で採用されて いる救済の仕組みを国内航空運送においても採用することにより、航空保険を通じて保護され ることに他ならない。

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 今日の国内航空運送においては、同じ航空便に搭乗した旅客でありながら、一方は一部無過 失責任による補償を受けることができ、一方は航空会社の無過失の抗弁に晒され一切の補償を 受けられない可能性がある。航空運送人に青天井の無過失責任を課すべきと言っているわけで はない。国際航空運送で実現されている一部無過失責任による旅客保護を国内航空運送でも実 現するメリットは、旅客のみならず航空運送人にも存在すると論じてきたつもりである。  法を改める者の本来の役割とは、現状を追認することではなく、たとえ困難な道のりであっ たとしても半歩先にある理想を追求することにある。国民にとって本当に公平な制度とはなに かを考え、それを実現することが、航空責任条約の制度設計を行ってきた我々に課された責務 である。本稿において、この理想の実現に向けてのいくつかの検討すべき課題とその解決の方 向性を述べてきたが、これが国内航空運送への一部無過失責任導入にかかわる新たな特別法制 定に向けた議論の契機となることを望むしだいである。   以上 注  1 )改正商法第569条 1 号「運送人 陸上運送、海上運送又は航空運送の引受けをすることを業とする者 をいう。」  2 )改正商法第590条「運送人は、旅客が運送のために受けた損害を賠償する責任を負う。ただし、運送 人が運送に関し注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りではない。」  3 )1999年モントリオール条約成立時の旅客の死傷に対する100,000SDRsまでの航空運送人の無過失責任 は、同条約第24条の定めにより、2009年12月30日に113,100SDRs、2019年12月28日に128,812SDRsへと 引き上げられた。  4 )Convention for the Unification of Certain Rules for International Carriage by Air, done at Montreal  on 28 May 1999. 2020年 4 月現在批准国数は136ヵ国。  5 )相次運送に限らず、近年急速に増加している国内二地点間の外国航空会社とのコード・シェアにおい ても、その国内二地点間の運航を行っている本邦航空運送人がモントリオール条約第39条の実行運送 人として連帯責任を負い、一部無過失責任が適用となる場合がある。  6 )落合誠一 2013年「わが国の航空運送人責任法制のあり方」NBL1006号18頁。  7 )1929年10月12日第二回国際航空私法会議で採択された Convention for the Unification of Certain  Rules relating to International Transportation by Air.  2020年 4 月現在批准国数は137ヵ国。  8 )Convention Relating to the Regulation of Aerial Navigation, adopted on 13 October 1919.    9 )Protocol to amend the Convention for the Unification of Certain Rules relating to International  Carriage by Air signed at Warsaw on 12 October 1929, done at The Hague on 28 September 1955.   ICAO Doc. 7632.

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10)ワルソー条約の賠償限度額の低さを指摘し、黎明期の航空運送人の利益だけを保護したものであると の評価を受けることもあるが、それは第二次世界大戦後の米国を中心とする先進諸国の国民の所得水 準の向上に伴う賠償限度額の見直しが十分に行われなかったことに起因するものであって、ワルソー 条約の制度設計の優秀さを傷つけるものではない。 11)「damage would probably result」と規定されていることから、単に損害が発生するかも知れないとい う可能性の認識では足らず、probablyという文言が表すように、損害発生のかなり高い蓋然性の認識 を必要とする。 12)ワルソー条約で用いられた英米法の概念であるwilful misconductは、大陸法系の国々からわかりにく いとの批判があったため、ヘーグ議定書ではintent to cause damage(故意)またはrecklessly and  with knowledge that the damage would probably result(故意に相当する過失)と書き下されたが、 その意味するところに変化はないものと解されている。 13)1994年名古屋空港における中華航空140便墜落事故に対する名古屋地方裁判所判決は、ヘーグ議定書 第25条の故意に相当する過失を、我が国の刑法上の概念である認識のある過失として捉え、賠償限度 額の援用を認めなかったものと考える。 14)Article 3 paragraph 1 「In respect of the carriage of passengers a ticket shall be delivered containing  : (中略)a notice to the effect, (中略) the Warsaw Convention may be applicable and that the  Convention governs and in the most cases limits the liability of carriers for death or personal injury」   15)Protocol to amend the Convention for the Unification of Certain Rules relating to International  Carriage by Air signed at Warsaw on 12 October 1929. 16)1965年米国上院外交委員会はヘーグ議定書を、同議定書を補完する措置としての 5 万ドルの強制自動 保険(mandatory and automatic insurance)と併せて承認するよう上院に勧告したが、米国政府は議 会による強制自動保険立法が成立不可能と判断した。坂本昭雄・三好㬜「新国際航空法」253頁(1999 年有信堂)。 17)懲罰的損害賠償の排除は以下の米国判例のように確立している。(1) Floyd v. Eastern Airlines, 872  F. 2nd1462 (11th Cir., 1989), (2) Air Disaster at Lockerbie, Scotland on December 21, 1989, 928 F. 2nd  1267 (2nd Cir. 1991), (3) Korean Air Lines Disaster of September 1, 1983, 932 F. 2nd 1475 (D.C. Cir.  1991) 前掲坂本・三好「新国際航空法」223頁、301頁。なお、モントリオール条約第17条においても、 「The carrier is liable for damage sustained in case of death or bodily injury of a passenger」とし てsustainedの文言が維持されているが、締約国の裁判所によってsustained の文言が適切に解釈され ない場合に備えて、注意的に同条約第29条に「In any such action, punitive, exemplary or any other  non-compensatory damages shall not be recoverable.」との規定を追加したものであり、条約第17条 が懲罰的損害賠償請求を排除しているとの解釈に変更を加えるものではない。  18)Agreement CAB 18900, approved by Order E-23680, May 13, 1966 (docket 17325).   正式名称はAgreement Relating to Liability Limitations of the Warsaw Convention and the Hague  Protocol. IATA Essential Documents on International Air Carrier Liability, June 1999, p139. 

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19)訴訟費用を旅客の被った損害額とは別に裁判所が算定する国においては、訴訟費用を除いた部分 の 5 万 8 千ドルが適用となる。 20)ワルソー条約およびヘーグ議定書は、この不可抗力の抗弁について、「The carrier shall not be liable  if he proves that he and his agents have taken all necessary measures to avoid the damage or that  it was impossible for him or them to take such measures.」と具体的に記載している。モントリオー ル条約第21条 2 項においては、「The carrier shall not be liable for damages arising under paragraph  1 of Article 17…if the carrier proves that : a)such damage was not due to the negligence or other  wrongful act or omission of the carrier or its servants or agents; or b)such damage was solely due  to the negligence or other wrongful act or omission of a third party.」 とかなり異なる表現を用いて いるが、ワルソー条約およびヘーグ議定書で要求されていたall necessary measuresをより過失推定責 任の観点から具体的に表現したものであり、我が国の不可抗力の抗弁と趣旨を一にするものと考える。 21)Protocol to amend the Convention for the Unification of Certain Rules relating to International  Carriage by Air signed at Warsaw on 12 October 1929 as amended by the Protocol done at the  Hague on 28 September 1955.  ICAO Doc. 8932.  22)純分1000分の900の金の65.5ミリグラムからなるフランス金フランによる賠償限度額表示を、国際通貨 基金の特別引出権(Special Drawing Rights)による金額表示に変更。 23)グァテマラ議定書改正第20条において、航空運送人の無過失の抗弁の対象から旅客と受託手荷物の損 害を除外することによって、航空運送人に無過失責任を課す構成としている。 24)グァテマラ議定書改正第25条において、「The limit of liability specified in paragraph 2 of Article 22」 として、旅客の死傷に関わるparagraph 1 of Article 22を航空運送人の責任制限を破る要件から排除 している。これが、グァテマラ議定書が旅客の死傷に対して絶対的な賠償限度額を設定したと言われ る所以である。貨物損害に関わるMontreal Protocol No. 4, 1975も同様の条文構成で航空運送人の絶対 的賠償限度額を定めている。  25)2020年 4 月現在批准国数は 7 カ国のみであり、発効要件の30カ国を満たす可能性は今後もない。 26)1985年 8 月12日羽田発伊丹着の日本航空123便の後部圧力隔壁が破損し御巣鷹山に墜落。乗員乗客524 名中520名が死亡。 27)坂本昭雄「甦れ、日本の翼」135頁 2003年有信堂 28)前掲坂本昭雄「甦れ、日本の翼」143頁 29)1995年IATA Intercarrier Agreement on Passenger Liabilityに署名することにより、IATA加盟航空 運送人は二層構造の責任原則を航空運送約款に採用することを約した。1999年 6 月30日時点で署名し た航空運送人は112社に及んだ。 30)ワルソー条約第36条 1 項前段「In case of carriage to be performed by various successive carriers  and falling within the definition set out in paragraph 3 of Article 1, each carrier which accepts  passengers, baggage, or cargo is subject to the rules set out in this Convention」と規定し、国内路 線の航空運送人にも国際線乗継旅客が搭乗する場合には、条約上の一部無過失責任を負わせている。

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さらに、このような国際線乗継旅客に対しては、航空運送人の国内旅客運送約款ではなく、国際旅客 運送約款が適用される。 31)モントリオール条約第40条「If an actual carrier performs the whole or part of carriage which, (中略),  is governed by this Convention, both the contracting carrier and the actual carrier shall, (中略), be  subject to the rules of this Convention,」として、国内二地点間を運航した航空運送人に対しても、コー ド・シェア国際旅客の死傷に対しては実行運送人として条約の一部無過失責任を強制している。 32)モントリオール条約第28条の「In the case aircraft accidents resulting in death or injury of passengers,  the carrier shall, if required by its national law, make advance payments without delay」との前払 金の規定が創設されたのも、条約上一部無過失責任を設けたことにより、旅客の困窮度に応じた前 払金の支払いが容易になったことの証左と考える。また英国航空は内際共に適用となる一般運送約 款(General Conditions of Carriage)第15条d項 6 号においては、「an advance payment shall not  be less than the equivalent of 16,000SDRs (approximately  £13,000) per passenger in the event of  death」との規定を設けている。     33)1971年全日空機雫石衝突事故を契機に1974年に航空事故調査委員会が設立され、2001年の航空・鉄道 事故調査委員会への改組を経て、2008年に国土交通省の外局である運輸安全委員会へと改組され、航 空機事故の原因究明活動を行っている。 34)運輸安全委員会と警察の調査権の競合に関して、航空機事故の再発防止は他の交通機関とは比較にな らないほど重要な国民的責務であるとして、運輸安全委員会に警察よりも強い調査権限を与えるべき であるとの政策的見地もあるが、我が国の法令上困難である。前掲坂本昭雄・三好㬜「新国際航空法」 164頁。 35)ワルソー条約採択の時代においてはタラップを用いて航空機に乗降したことから、この旅客行動の部 分についても航空特有のリスクとして国内法を排除し、条約の排他的適用を認めるものであったが、 近年においてはボーディング・ブリッジが主に用いられており、ボーディング・ゲートから機側まで の動線が乗降の作業中の範疇と考えられる。ただし、近年では行動の基準により旅客保護の対象とな る範囲を広げようとする各国の判決も見受けられる。三宅英次「航空運送条約における『乗降のため の作業中』の解釈についての考察」空法第53号71頁 2012年勁草書房。 36)東京高等裁判所昭和40年 3 月24日判決(判例時報第408号11頁)。 37)条約第17条「The carrier is liable for damage sustained in case of death or bodily injury of a passenger  upon condition only that the accident which caused the death or injury took place」とあるように、 航空運送人の責任発生の要件は、旅客の死傷が事故から生じたものでなくてはならないことを示して いる。 38)Air France v. Saks, 470 U.S. 392 (1985) 39)中島智之「モントリオール条約第17条 1 項をめぐる米国裁判例の最新動向と実務への影響」空法第57 号99頁 2016年勁草書房 40)前掲中島智之 空法第57号122頁。

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41)Eastern Airlines v. Floyd, 499 U.S. 530 (1991)。 42)民法第710条非財産的損害に対する賠償責任。 参考資料 公益社団法人商事法務研究会 平成25年12月「運送法制研究会報告書」 法制審議会商法(運送・海商関係)部会第 1 回~第18回議事録 法制審議会商法(運送・海商関係)部会旅客運送分科会第 1 回~第 7 回議事録  法制審議会 平成28年 1 月12日「商法(運送・海商関係)等の改正に関する要綱」 Principal Instruments of the Warsaw System, 3rd Edition 1991, IATA Essential Documents on International Air Carrier Liability, June 1999, IATA 参考文献 坂本昭雄・三好㬜「新国際航空法」1999年有信堂 坂本昭雄「甦れ、日本の翼」2003年有信堂 藤田勝利編「新航空法講義」2007年信山社   (こばやし・たかゆき 外国語学部教授)

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