伝統文化 創刊号 2020 -107-
ローマのお茶
関根 淳子 国内の御献茶式には参列させて頂く機会に恵まれておりましたが、海外へ赴き、彼の地の 御献茶式に参列することは、いつしか私の密かな夢となりました。 長女が盛岡の大学病院から京都大学病院に勤務することになり、十年ぶりに京都に戻っ てきた或る日のこと、「弟も妹も大人になったし、六十歳からは海外のお茶会にも参加して みたら?これから楽しいことがたくさんあるんじゃない?」と思いがけず背中を押してく れ、私も素直に「うん。」と頷いておりました。 平成十八年(2006 年)五月二十一日から二十五日まで、イタリア共和国首都ローマにて 「裏千家ヨーロッパのつどい」が開催されました。裏千家茶道の海外布教五十年の歩みを祝 う四度目の国際大会です。家族の理解も得られ、還暦にして初めての海外一人旅が「永遠の 都ローマ」。準備の段階から気持ちが華やいだことを覚えています。ヨーロッパ各国は勿論 ですが、北米・中南米などからは約三百名、日本からは約二百名の参加者があり、映画「ロ ーマの休日」の撮影場所であるブランカッチョ宮殿で結団式がありました。「和の心」が結 ぶ多様な言語が飛び交う交流の賑わいは眩いほどでした。 野尻宗命講師が約四十年かけて築いてこられたチェントロ裏千家にて、この旅初めての 一服。ヨーロッパ各地で作られたお茶盌で味わうひととき、三席の茶室と立礼が行えるサロ ンに設えられた道具組を拝見するにつれ、遠路はるばるイタリアの地にやって来たのだと いう実感がこみ上げました。 重要文化財に指定されている風情漂うプロトモテカ・サロンにて開催された記念式典で は、ベルギーのブリュッセル万国博覧会に茶道使節として渡欧して以来、鵬雲斎大宗匠様が ヨーロッパでの茶道布教の思い出を拝聴し、並々ならぬ茶道行脚の道のりがあったことを 知りました。そして、二十二年ぶり二度目となる聖アンセルモ教会において執り行われた御 献茶式。ステンドグラスから注ぐ陽の輝き、パイプオルガンの荘厳な調べの中、前回は同伴 されていた浄光院様の遺影を胸に臨まれていました。そして、より安らかな平和への祈りが 込められたそのお姿は、それはそれはとても美しい光景でした。キリスト教と茶道の出会い。 教会内の東西の参列者は、大宗匠様の捧げられる一盌に何の違和感もなく引き込まれてい きました。日本では、聞きなれた言葉である「一期一会」「主客一如」が、これなんだと身 体で解かるようでした。 ローマ日本文化会館では大会記念茶会が催され、ローマ協会・ヨーロッパ各協会・UIA(裏 千家インターナショナルアソシエーション)による各席は、いずれも和の美を用いながらも、 そこはかとなく欧州のエッセンス漂う楽しいものでありました。 大会最終日、ヨーロッパ最古の歴史を持ち、世界で二番目の規模と学生数を誇るローマ大 学において、鵬雲斎大宗匠様は名誉博士号を授与されました。絵画でしか見たことがないよ うな式服姿もまたよくお似合いになり、国境を越え他者との調和を尊重する文化交流が確 かに根付いているのだと胸を打たれました。関根 淳子 -108- 学校茶道の指導をさせていただくようになってから二十七年の月日が経ちました。グロ ーバル化に伴い、多くの留学生とも接してきました。言語だけではなく、それぞれの国の習 俗、行動様式も多種多様であること、世代間で認識のずれがあること、伝える難しさなどと 葛藤しながらも共有できる喜び、やりがいを糧に奮闘して参りました。今年に入り、新型コ ロナウィルスの影響によって教育現場も大きな混乱に見舞われました。今も手探りの中、不 立文字の茶の在り様を伝承すべく苦心しております。そんな折、いつも思い出すのは大宗匠 様の大きな御志とあたたかな御人柄、祈りを湛えた御献茶式でのお姿です。「困難が機縁と なり、必ずや豊かな文化の交流の日々が訪れる」と自ら見せて導いて下さる。相(姿)に伝 え、心に伝え、師と弟子が共にする稽古、茶の心の伝播の可能性を諦めずに挑んでいかねば ならないと思うようになりました。学生の皆様にも苦境を乗り越えるための拠り所となり、 心の糧となる体験をたくさん積んで社会に進出して頂きたいと願っております。 (平安女学院大学伝統文化研究センター 客員准教授 茶名:宗孜) <ローマ市庁舎にて> <学位授与式>