創られた犯罪不安
─ 1970‒80 年代『警察白書』を中心に ─渡 邊 拓 也
は じ め に かつての日本は、諸外国と比べ犯罪の少ない安全な国と言われていたこ とがある。ただ、そうした治安に関する安全神話も近年では少なからず動 揺し、特に都市部においては、街路のような屋外であれ、食料品店の店内 のような屋内であれ、街の至るところに監視カメラが目を光らせている光 景が、今日では当たり前のことになっている。 ところで、現代では社会全体から(見知らぬ人への漠然とした信頼感を含 む)一般的信頼が失われつつあり、またそこからの帰結として監視社会化 が進行しているという指摘は、とりわけ世紀の変わり目頃から、パットナ ム、バウマン、ライアンといった英米圏の著名な社会学者たちによって 次々となされてきた(Putnam 2006 [2000]; Bauman 2001 [2000]; Lyon 2002 [2001])。 犯罪とその被害に焦点を絞るとすれば、監視社会化の進行の背後にあって 正当化の根拠の一つとして用いられたのは、人々の犯罪不安の上昇、すな わち自分が犯罪の被害に遭うかもしれないという不安の高まりである。 「防犯カメラ」と呼ばれることもある監視カメラの設置は、人々の不安を 軽減し、安心・安全な暮らしの維持に貢献すると考えられた1。 犯罪不安の上昇は、このように監視社会化の進行の一要因としてある。 しかしながら、もしこの「人々の犯罪不安が上昇している」という公的機 関ないしマスメディアから発せられるメッセージが、虚構を含んでいると したらどうだろうか。本稿の目的は、この犯罪不安をめぐる言説が内包する「創られた」部分について、ひいては、そうした虚構が紛れ込んだ背景 にはどういった事情があるのかについて、つまびらかにしていくことにあ る。 1 問題への導入 ─ 「安全と安心の乖離問題」と二つの犯罪不安 犯罪不安(fear of crime)という概念は、実は曖昧な概念である。裏返して 言えば、治安面における安心・安全の欠如(または不足)ということになる のだが、そもそも安心(security2)と安全(safety)とは、重なり合う部分も 大きいとはいえ同一の概念ではない。まずはその点について確認しておき たい。 例えば、内閣府政府広報室が行っている 2012 年(平成 24 年)の「治安に 関する特別世論調査」では、最近の 10 年間で日本の治安はよくなったと 思うか、悪くなったと思うかという質問に対して、「どちらかといえば悪 くなったと思う」が 52.6%、「悪くなったと思う」が 28.6%で、小計 81.1% の人が治安悪化を感じているという結果が出ていた3。他方で、『犯罪白 書』(法務省)の統計データを見てみると、日本国内の犯罪認知件数は、確 かに戦後期から上昇を続けてきたものの、2002 年(平成 14 年)をピークと して、それ以降はっきりと減少に転じている。つまり上記の世論調査が実 施された 2012 年前後の段階では、実際の治安は以前よりもよくなってき ていたことになる。 ここには矛盾がある。すなわち、治安が改善され犯罪被害の危険度は下 がってきているはずなのに、人々はなぜか安心できずにいる。この逆説的
な現象は「安全と安心の乖離問題」(assurance gap problem)と呼ばれ(守
山 2014)、犯罪学分野でも近年の研究課題の一つに数えられている。つま
るところ、どうやら犯罪不安の概念が指しているのは、実際の「安全」(犯
罪被害リスクの大小)とはやや位相のずれたところで、人々の「安心」が失 われることなのである。
か、あるいは、犯罪不安はいかなるメカニズムによって上昇してしまうの か、という問いである。これに回答を与える試みはこれまでにもなされて きた。以下ではいくつかの代表的な先行研究を紹介しておきたい。 近年の犯罪学関連分野での犯罪不安に対するアプローチは、およそ次の 二種類に大別されるだろう。一つ目はメディア論やコミュニケーション論 を手掛かりに、(凶悪事件の過熱報道現象など)マスメディアが人々に及ぼす 影響について論じたものである。日本における犯罪不安研究は主にこの路 線を軸に歩んできており、代表的論者は佐藤卓己や浜井浩一となる。『犯 罪不安社会』(浜井・芹沢 2006)や『新・犯罪論』(荻上・浜井 2015)で展開 されたのは、マスメディアが凶悪犯罪の報道をセンセーショナル化させ、 人々の感情を必要以上に り立てることで、犯罪不安の上昇が引き起こさ れるという主張だった。このアプローチは、実証データによる裏付けとい う点ではやや弱点を抱えるものの、非常に興味深く、また説得力のある指 摘をなしたと言える。 二つ目は英米圏を中心に展開されている、地域社会(居住エリア)におけ る犯罪不安に焦点を絞った研究で、代表的論者はインズ、フェラーロ、サ ンプソンとなる(Innes 2014; Ferraro 1995; Sampson 2012)。特にインズ(2014)
は「シグナル犯罪」(signal crime)概念を打ち立てつつ、人々の犯罪不安は、 (遠くで起こった重大な犯罪ケースの報道よりもむしろ)身近な居住エリアでの 小さな出来事によって上昇させられると述べた。例えば、街路の壁に落書 きが現れた、近所でひったくり事件があった等の「小さな違反行動」 (sig-nal disorders)が観測されると、それがリスク解釈というプロセスを経て、 犯罪不安の高まりへとつながっていくのだという(Innes 2014)。インズは これを住民への大規模アンケート調査によって明らかにした。フェラーロ やサンプソンも同様だが、近年の英米圏の研究では統計データによる裏付 けが重視される傾向が強い。 さて、上記二つのアプローチは、同じ「犯罪不安」を取り扱っているよ うに見えるが、両者には大きな相違点がある。それは前者が(日本国内の治
安といった)比較的漠然とした不安を対象としているのに対し、後者は(居 住エリアの治安という)実際に我が身に降りかかるかもしれない犯罪被害リ スクに関する、ごく身近でリアルな不安を念頭に置いているという点であ る4。つまり、ここには二種類の犯罪不安が存在しており、その各々におい て先ほどの「安全と安心の乖離問題」が ─ 一方ではメディアのセンセー ショナリズムによって、他方では観察された「小さな違反行動」と人々の リスク解釈によって ─ 別々に発生していると考えるべきなのである。 この二種類の犯罪不安を、ここではそれぞれ「抽象的犯罪不安」「具体的 犯罪不安」と呼んでおくことにしよう。これらは本来混同されてはならな いはずのものだが、過去の『犯罪白書』や『警察白書』(警察庁)の記述内 容を精査してみても、二つの概念が厳密に区別されている形跡はない。そ してこの混同によって、犯罪不安の上昇が部分的に創出された可能性があ ると筆者は考えている。そのことを示すために以下ではしばらく、上記二 つの『白書』上に現れた地域防犯に関する言説を、データとして紹介しつ つ分析していくことにする。なお、本稿で採用する調査方法は、主に『警 察白書』の記述を対象としたドキュメント分析(言説分析)であり、調査年 代は、すぐ後で述べる理由により 1970 年代と 1980 年代を中心とする。 (年) 0 160 (件) 犯罪白書 1961 -65 1966 -70 1971 -75 1976 -80 1981 -85 1986 -90 1991 -95 1996 -00 2001 -05 2006 -10 2011 -15 120 80 40 警察白書 図1 『犯罪白書』および『警察白書』における「地域社会」使用頻度
上に示したグラフ(図1)は、『犯罪白書』(1960 年=昭和 35 年発刊)およ び『警察白書』(1973 年=昭和 48 年発刊)の PDF または HTML ドキュメント 上で、「地域社会」というキーワードが用いられた回数(ヒット数)をカウ ントし、5年毎にまとめて集計した結果である5。 グラフからは、1980 年代後半と 2000 年代前半に大きく二つの山が形成 されているのが確認できる。先取りして言うならば、これらは警察庁 (1980 年代)および法務省(2000 年代)の側から、地域防犯における「地域 の力」への期待が高まった時期に相当している。 二つ目の山、つまり 2000 年代は、民間の防犯ボランティア団体の NPO 法人化6が進む時期でもある。(メディアの影響を軸とした)日本の犯罪不安 研究で多く取り上げられるのはこの 2000 年代以降の状況、長く見積もっ ても 1990 年代以降のそれである7。逆に言えば、それ以前の時期に関する 研究は非常に手薄となっている。したがって本稿では、既存研究の弱点を カバーする意味でも、また直近の事例分析だけでは見えてこない隠れた背 景要因を探る意味でも、前者の山である 1980 年代の変化を調査対象とし たい。 2 侵入盗と具体的犯罪不安 ─ 1970 年代 犯罪不安に関して言えば、一貫性のある統計データは残念ながら存在し ない。1973 年より毎年発行されている『警察白書』は、本質からして警察 全体の年次活動報告書であり、そこで紹介される統計データは、前年度に 起こった刑法犯の認知件数の総数や、(窃盗犯、侵入盗など)犯罪種別毎の件 数およびパーセンテージといったものがメインである。 他方で、犯罪不安に関連する統計は、補助的な扱いではあるが不定期に 掲載されることがある。とはいえ引用される調査データの出典は、言わば その都度バラバラであり、言い換えればその調査主体も調査対象も、また アンケート票の質問項目の内容も、少なくとも 1970 年代と 80 年代に『警 察白書』で参照されたものに関して言えば、全く一貫していない。
要するに犯罪不安の上昇と下降については、フォーマットが っていて 通時的な経年比較が容易に行えるような便利なデータが存在していないの である。これは一つには、現在であれば内閣府が実施しているような、治 安に関する継続的な世論調査が行われていなかったためであるが、より根 本的な理由として、犯罪不安という考え方がまだはっきりとは存在してい なかった点が指摘できる。後で見るように、1970 年代から 80 年代という のは、日本における犯罪不安概念の形成期にあたっているのである。 さて、『警察白書』上に初めて犯罪不安関連の統計データが紹介される のは、1974 年(昭和 49 年)版においてである。警視庁(東京)が都内 2,000 世帯を対象に 1973 年(昭和 48 年)に行った調査の結果として、 自分の家が盗難に遭うかもしれないという不安感を持っている者は、 全体の 32%となっており……(『警察白書』(=KH)1974, p. 62)8 と、具体的な数値が示された。翌々年の 1976 年(昭和 51 年)版では、 昭和 50 年5月に総理府が実施した「犯罪や事故に対する不安及び 警察活動に関する世論調査」の結果では、調査対象者の半数近く4 4 4 4が 「家を留守にする場合のどろぼう」を心配しており……(KH 1976, p. 42。 強調引用者) という記述が現れる。1970 年代の特徴を端的にまとめるならば、一つは念 頭に置かれているのが具体的犯罪不安(身近な犯罪)であるという点であり、 もう一つは不安について示される数値が、全体のおよそ3割から5割とい った(後で見る 1980 年代と比べれば)比較的低いゾーンに留まっているとい う点であると言えよう。 なお、この時不安視され「(地域)防犯」の主たるターゲットとなってい た犯罪種別は、件数からしても圧倒的に「侵入盗」(空き巣等)であって、
1977 年(昭和 52 年)版ではついに詳細な侵入盗特集が組まれた。「侵入盗は、 窃盗犯の中でも職業的常習犯人によるものが多く、また、屋内へ侵入する ということから、国民に大きな不安感を与え4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 、その日常生活を脅かしてい る」(KH 1977、強調引用者)9。警察庁は自身の持つデータから、日中の「空 き巣ねらい」であれ夜間の「忍込み」であれ、被害の最大の原因は「(玄関 や窓の)カギのかけ忘れ」であると分析し、「「丈夫なカギを忘れずかける」、 これが家庭の防犯対策の第一歩である」10と結論づけるとともに、地域パ トロール等、警察としても侵入盗対策には重点的に注力すると宣言してい る。 3 二種類の犯罪不安の混在 ─ 1980 年代 次に 1980 年代へと視線を転じよう。1983 年(昭和 58 年)には、犯罪不 安が8割を超えるという、にわかには信じがたいデータが紹介される。 昭和 57 年4月に発表された警視庁の調査によると、日常生活のな4 4 4 4 4 4 かで4 4犯罪の被害に遭うのではないかと心配している者は 85.2%を占め ており、前回調査(51 年)の 82.5%を上回った(KH 1983, p. 130)11。 調査主体は警視庁(東京)で、都内に居住する 15 歳以上の男女 3,585 名 を対象に行われた調査だという。「日常生活のなかで」という表現の曖昧 さも気にかかる部分ではあるが、その点も含めこの数値の急上昇に関する 分析はやや後に回し、まずは足早に 1980 年代の犯罪不安に関する言及箇 所を概観しておこう。 翌 1984 年(昭和 59 年)版に紹介されたデータは、身近な犯罪被害リスク に関するもので、これは前年に、警視庁、大阪府警、科学警察研究所が共 同調査として東京と大阪で合計 1,606 人を対象に行った調査結果だった。 自分たちの居住地域における犯罪の発生感を尋ねた結果は……、
「少ない」と答えた人が 62.0%を占める。しかし、この3年間の犯罪 発生の増減については、「増えた」と感じている人が「減った」と感じ ている人よりも多い(KH 1984, pp. 16‒7) この調査結果では、身近な犯罪は「少ない」との回答が6割を占め、犯 罪不安は急激に 1970 年代の水準まで戻っている。ただしここで問われて いたのが、あくまで具体的犯罪不安であることには注意が必要だろう。そ の証左に、翌々年の 1986 年(昭和 61 年)に紹介された抽象的犯罪不安に関 する調査結果では、再び数値の上昇が見られる。 昭和 59 年 12 月に内閣総理大臣官房広報室が行った「暮らしの意識 に関する世論調査」において、「犯罪や事故の少ない世の中だと感じ ますか」との設問に対する回答の結果は……「あまりそう感じない」 と答えた者が 46.0%、「全然そう感じない」と答えた者が 26.0%で、 合計 72.0%の者が犯罪や事故に対する不安感を感じていることが注目 される(KH 1986, pp. 130‒1) このように犯罪不安は、わずか2年で再び7割へと上昇している。1980 年代の犯罪不安は、数値だけを追うとかなり不安定に乱高下しているよう にも見えるのだが、先に二種類の犯罪不安を区別しておいた我々にとって、 この乱高下現象の分析は容易だろう。つまり、問われているのが具体的犯 罪不安か抽象的犯罪不安かの違いが、この調査結果のギャップを生み出し ているのである。換言すれば、対象エリアが「自分たちの居住地域」(KH 1984)といった具体的なものから、「世の中」(KH 1986)のような漠然とし た領域へと拡大された途端、7割という高い数値への跳躍が起こったと考 えられる12。 なお、これ以降、犯罪不安に関する統計データは、いましがた紹介した ような内閣府の調査(「治安に関する世論調査」等)を用いるのが定着し、ス
タンダード化していく。警視庁を含む各都道府県警がそれぞれ独自に行う ローカルな調査が、しばしば単発の調査に終わってしまうのに対して、政 府が実施する世論調査は、資金面での継続力も高く経年比較が可能であり、 またデータの信頼性も高いと考えられたのだろう。 ただしこの時、日本において「犯罪不安」といえば主に抽象的犯罪不安 のことを指すという、そうした暗黙の了解の形成へと連なる大まかなレー ルも、同時に敷かれてしまったように思われる。日本では犯罪不安概念そ れ自体が、抽象的犯罪不安を軸として形成されていったと言い換えてもよ い。そう考えれば、その後の日本の犯罪不安研究においてマスメディアの 影響が強く論じられる風潮が形成されていったのは、仮に 1990 年代に凄 惨な事件報道が続いたことを差し引いて考えたとしても、自然な流れだっ たと言える。 4 創られる犯罪不安 ─ 統計の魔術 このあたりで、先ほど保留してあった 1983 年(昭和 58 年)の問題へと戻 ろう。70 年代に3割から5割に留まっていた犯罪不安が、急に8割を超え るレベルまで上昇した。ここにはもちろん、上述の具体的犯罪不安と抽象 的犯罪不安の問題が関与しているのだが、もう一つ大きな問題点が指摘で きる。やや仔細に立ち入るが、拡大鏡の倍率を上げ、細部まで丁寧に見て いきたい。 以下に示す図2は、(やや反復になるが)警視庁が 1981 年(昭和 56 年)に 行った調査の結果であり(結果の公表は 1982 年)、『警察白書』上には「日常 生活のなかで犯罪の被害に遭うのではないかと心配している者は 85.2%を 占めており、前回調査(51 年)の 82.5%を上回った」との記述があった (KH 1983, p. 130、再掲)。 ところが表中の数値を見回してみても、85.2%(前回調査時 82.5%)とい う数値の直接的根拠になったであろう数値は見つからない。表は上下二段 に分かれており、上段が前回調査時の結果(1976 年=昭和 51 年)、下段が今
回の結果(1981 年=昭和 56 年)である。質問項目は「忍び込み、空き巣狙い、 居あき等の屋内の窃盗犯罪」「殺人、強盗、放火、婦女暴行、誘拐等の凶悪 犯罪」「すり、ひったくり、かっぱらい、自転車盗等の屋外の窃盗犯罪」 等々、それぞれの犯罪種別について不安に思っているかどうかを問うたも のだが、ここでは結果的に、身近で具体的な犯罪不安に関する項目と漠然 として抽象的な犯罪不安に関する項目とが、特に区別もなく同居させられ ており、つまりは二つの犯罪不安が混在させられた状態になっている。ま たもう一つ重要なのは、これらは複数選択可の回答方式になっているため、 表中の数値を横に足していったとしても、合計値が 100%にはならない点 である。 では、この表からどうやって 85.2%という数字が導き出されたのだろう 0 10 20 30 40 50 (%) 51年 56年 区 分 年 次 忍 び 込 み 、空 き 巣 狙 い 、居 あ き 等 の 屋 内 の 窃 盗 犯 罪 殺 人 、強 盗 、放 火 、 婦 女 暴 行 、誘 拐 等 の 凶 悪 犯 罪 す り 、 ひ っ た く り 、 か っ ぱ ら い 、 自 転 車 盗 等 の 屋 外 の 窃 盗 犯 罪 押 売 、 つ き ま と い 等 の 迷 惑 犯 罪 暴 行 、 傷 害 、 恐 喝 、 脅 迫 等 の 粗 暴 犯 罪 痴 漢 、 わ い せ つ 行 為 等 の 性 犯 罪 横 領 、 詐 欺 等 の 知 能 犯 罪 内 ゲ バ 事 件 、 爆 弾 事 件 等 の 特 異 犯 罪 そ の 他 の 犯 罪 心 配 し て い な い 51(%) 55.3 34.8 33.7 36.1 23.4 24.6 11.2 15.9 1.2 17.5 56 55.2 41.1 38.1 36.2 24.4 21.9 10.8 8.8 3.6 14.8 図2 不安を抱いている犯罪(昭和 51、56 年) (KH 1983, p. 129 より「図 3‒7」転載)
か。思い当たる数値は一箇所しかない。数表の最も右の列、「心配してい ない」の欄の数値を見ると、前回調査時で 17.5%、今回調査で 14.8%とな っている。これらを「100%」から機械的に減じた数値が、「前回 82.5%、 今回 85.2%」という数値にぴったり一致するのである。 このように 1983 年の犯罪不安8割という数値は、残念ながら、統計デ ータの示し方としては非常に問題のあるやり方で「創られた」数値と考え ざるを得ない。人為的な数値の(見せ方の)操作、いわゆる統計の魔術(マ ジック)により、犯罪不安の急上昇が生み出された形跡があるのだ。ごく 手短かに補足しておくと、第一に、合計値 100%にならないはずのところ で「100%」からの減算を行っている点に、統計学および数学的手続き上 の初歩的な誤 がある。第二に、回答者中の(「心配していない」を積極的に 選択しなかったものの特に心配がある訳でもない)中間層の存在を軽視して、 それを言わば勝手に「心配がある」層へと組み込んでしまっている点に、 統計データの解釈上の大きな誤 がある。 もし仮に、上述の警視庁の調査結果から、犯罪不安に関する数値をより フェアに示そうとするのであれば ─ 1970 年代の『警察白書』がずっとそ うしていたように ─ 「回答者全体のうち 55.2%の人が空き巣等の屋内の 窃盗犯罪を心配しており、また 41.1%の人が殺人等の凶悪犯罪を心配して いる」といった書き方になるだろう。そうした従来通りのスタイルでの記 述を行うことも、十分に可能だったはずなのだ。にもかかわらず、このタ イミングで敢えて書式や見せ方を変更したからには、その背後に何らかの 事情が存在していたはずである。 したがって、次に立ち現れる問いは、1980 年代の『警察白書』(警察庁) はなぜ「人々の犯罪不安が高まっている」と声高に喧伝せねばならなかっ たのかということだ。そこにあったのはある種の危機感だったのだが、以 下ではこの背景部分について見ていくために、1970 年代から 80 年代にか けての『警察白書』をもう一度、これまでとは少し別の視点から読み解い ていくことにしよう。
5 防犯意識から自主防犯意識へ ─ 1970 年代末期の転換 先に触れたように 1970 年代当時の警察にとって、地域防犯部門の最重 要課題は「侵入盗」への対策だった。警察の直接的な活動としては、巡回 パトロールの強化と、住民の防犯意識を高めるための(講習、映画会、展示 会などの)イベントの強化が二本柱だった13。後者の主軸は戸締り強化の呼 びかけである。 玄関に をかけずに出かけることのある人が都市部にも多く残っていた ような、現代の感覚からすればどこか牧歌的な時代の話だ14。ただ、当時 そのようなことが可能だったのは、ある意味地域防犯が上手く機能してい たからだった。人口移動が少ない(地域コミュニティのメンバーの入れ替えが 少ない)という前提条件に支えられつつ、特に監視カメラを置かずとも 「近所の目」が十分にその機能を果たしていた。 しかし 1970 年代の終わりに差し掛かると、『警察白書』上に突如として 「都市化に伴う地域的連帯感の希薄化」「地域コミュニティそのものが崩 壊」(KH 1978)、「匿名性の増大、享楽的風潮のまん延等が進むなど、社会 に内在していた伝統的な犯罪抑止機能は次第に低下しつつあり……」(KH 1979)といった言葉が踊るようになる15。刑法犯の認知件数の推移を見てみ ると、1970 年(昭和 45 年)から毎年減少が続いていたものの、それが 1973 年(昭和 48 年)で底を打ち、再び増加傾向へと転じていた。つまり 1970 年 代の後半は、数字上では「治安が悪化してきている」時期にあたっていた。 警察にはそうした危機感もあっただろうが、ただしこれは今回は副次的な 要因にすぎない。 ターニングポイントは 1979 年(昭和 54 年)である。このとき警察庁は 《総合的な防犯対策》という新機軸を発表し、地域防犯への積極的な市民 参加を呼びかけるようになる。 都市化の波は、大都市から地方中核都市にまで及び、地域と住民の
結び付きや地域住民相互の連帯意識の希薄化を招いており、……分解 しつつある地域コミュニティを再編成して、近隣住民の自然的、互助 的自衛、警戒という伝統的犯罪抑止機能を強化することが防犯対策上 極めて重要な問題である。 ……諸外国においても、多発する犯罪と効果的に戦うためには警察 独自の活動を強化するだけでは不十分であることが指摘され、市民参 加型の活動を積極的に推進することにより、地域住民の共同体意識と 地域に対する帰属感を高めることが、防犯対策の基本的考え方として 打ち出されている(KH 1979, p. 84) この頃、「自主防犯活動」(初出 KH 1974)、「自主防犯意識」(初出 KH 1979) という新たな術語が『警察白書』上で散見されるようになるのだが、後者 は上記引用にも見られるように、(戸締りなどの)従来の「防犯意識」に、 「地域住民相互の連帯意識」や「地域への帰属感」が追加されたものを指 していた。またそれによって、地域住民が自発的・積極的に地域パトロー ルなどの防犯活動へと参加すること(地域防犯への市民参加)を含意しても いた。 自主防犯という術語の出現は、一見したところ、警察の力だけでは犯罪 増加を食い止められなくなってきたため、民間の力も貸して欲しいという メッセージとも受け取られる。ところがここには奇妙な逆説がある。戦後 史を振り返ってみれば、日本での地域防犯を担ってきたのは、むしろ最初 から民間の側だったからだ。終戦後しばらくは警察が機能せず、1950 年代 に入っても地域社会の治安に心を砕いていたのは自治会・町内会組織だっ た。地域パトロールに関しても、住民たちの側から警察へと熱心な要望が あって、警官による巡回が開始されていったという歴史的経緯がある(KH 1973)。 当時のエピソードを一つ紹介しておこう。名古屋市防犯協会連合会の 『二十年史』という小冊子(1970)に、初代会長・山田泰吉の寄稿した連合
会設立当初の思い出話が載っている。1949 年(昭和 24 年)頃、広小路(名 古屋市中区)で進駐軍を相手にキャバレーを経営していたが、近くの「チン ピラ」たちが来店し、「騒いで他の客に迷惑をかけたり、ちょっとしたこ とでいいがかりをつけ、金を払わなかったり、お客に金を要求するばかり でなく、仲間同志の縄張り争いで、毎晩のようにけんかや殺傷沙汰があっ て、商売ができなくなる」ことがあったため、似たような被害を受けてい た同業者が団結して警察と連絡を取るようになったのが、翌 1950 年に名 古屋市の防犯協会連合会が結成される最初のきっかけだったという16。 これは住宅街での地域防犯というよりは、繁華街での商店街組織による (あるいは金融街での銀行間の結束による)業者の「職域防犯」がきっかけとな ったケースではあるが、戦後期の防犯活動が民間主導でスタートしたこと を伝えるエピソードだろう17。 上記のことを小括しつつ本題に戻ろう。1970 年代末期に警察庁が抱い ていた危機感の中心にあったのは、「伝統的な犯罪抑止機能」(KH 1979)の 低下、つまり地域コミュニティの連帯感が希薄化し「近所の目」が機能し なくなってきたことだったと見てまず間違いないだろう。したがって「自 主防犯意識」という術語の登場も、地域防犯パトロール等の地域防犯活動 に関してはそもそも補助的な役割しか果たしていなかった警察が、いつし か主軸を期待されるようになってきたことに対する、リアクション(押し 戻しの動き)の表出と考えることができる。1970 年代末期の「防犯意識か ら自主防犯意識へ」の方針転換、そして《総合的な防犯対策》構想の打ち 出しの背景には、およそこのような事情があった。 結びにかえて ここまで見てきたように、1980 年代『警察白書』上で犯罪不安の急上昇 が発生した背景には、地域コミュニティの連帯感の弱体化と、それによっ て引き起こされるであろう民間側の地域防犯機能の衰退に対する懸念と危 機感があった。当時の『警察白書』は、「地域社会の変質が進むなかで、防
犯協会とその活動への関心が薄れていく傾向が生じており、防犯協会は、 その組織、活動の在り方に再検討を加えるべき時期を迎えている」(KH 1979, p. 85)と、焦りの色を隠さない。 紙幅の関係で今回触れることはできなかったが、警察庁はこの後 1980 年代に、防犯協会(全国の都道府県の防犯協会連合会)の法人化を推進するこ とによって、官民の連携強化を図った。なおかつその計画目標を、1987 年 までという短い期間に設定し、全国 47 都道府県で達成している。犯罪不 安が上昇したという言説およびデータは、その際に民間の理解を得るため の根拠の一つとして用いられた可能性があると筆者は考えている。だがこ の点に関してはさらなる資料による裏付けが必要であり、今後の課題とさ せていただく。 他にも、防犯協会について、また 1980 年代の民活路線(半官半民モデル と民間資本の活用)との関係性についてなど、今回論じ切れなかった部分も 多い。ただ本稿では、日本における犯罪不安の上昇には、先行研究で指摘 されてきたようなメディアの影響等の他に、統計データの恣意的な解釈や、 (具体的・抽象的という)二種類の犯罪不安の混同によって、それが「創り出 された」側面も多分にあったという点を明らかにしたところで、ひとまず 筆を置くことにしたい18。 1 監視カメラの実際の犯罪抑止効果については疑義も多く、また個人の自由やプ ライバシーの観点からの批判も多い。ただし犯行後の捜査に対しては、証拠映像 を提供するなど一定の貢献をなしている。 2 語源はラテン語の se-(∼がない、を意味する接頭辞)と cura(心配・気遣い) とされる。 3 より正確に述べるなら、2006 年(平成 18 年)に行われた同じ調査(前回調査) での否定回答率の小計は 84.3%であり、2012 年調査時には 3.2 ポイントの下降が 見られた。なお、現時点(2019 年9月)の最新データとなる 2017 年(平成 29 年)の同調査結果では、否定回答率の小計は 60.8%まで下降している。 4 暗黙裡に念頭に置かれている罪種も異なり、前者においては殺人・強盗などの 凶悪犯罪や無差別型犯罪が、後者においては侵入盗(空き巣など)やひったくり
が主にイメージされている。 5 筆者作成。なお 1972 年以前は『警察白書』がまだ存在しないため、『犯罪白書』 のみの集計結果となる。 6 e.g. 日本ガーディアン・エンジェルズの NPO 法人化は 1999 年。 7 1990 年代前後の日本で大々的にメディア報道がなされた凶悪犯罪には、女子 高生コンクリート詰め殺人事件(1989)、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件 (1989)、地下鉄サリン事件(1995)、神戸連続児童殺傷事件(1997)、和歌山毒物 カレー事件(1998)、桶川ストーカー殺人事件(1999)、附属池田小事件(2001) などがある。 8 以下本稿中で『警察白書』内の出典を示す際には KH の略号を用いる。 9 KH 1977(HTML 版)、第 2 章‒3、URL: https://www.npa.go.jp/hakusyo/s52/ s520200.html、2019 年9月 13 日閲覧。 10 Ibid. 11 なお 1976 年(昭和 51 年)に実施されたという「前回調査」に関する言及は、 1977 年(昭和 52 年)版およびそれ以降の『警察白書』には見当たらず、この 1983 年版が初出となる。 12 もう一つ補足的に指摘しておくとすれば、当該の質問文自体がいわゆるダブル バーレル質問になっており、犯罪不安と事故への不安の両方を一度に尋ねてしま っている点も、数値上昇の一因となっている。 13 その他間接的な活動としては、街路灯の増設、防犯カメラの設置、警備業の育 成などが挙げられていた(cf. KH 1974; KH 1976; KH 1977)。 14 1972 年(昭和 47 年)に侵入盗の被害に遭ったケース約 36 万件のうち、施錠忘 れは約 44%に上り、そもそも が備え付けられていなかったケースも約5%存 在した(KH 1973)。 15 都市化や人間関係の希薄化といった日本社会のマクロな変化(が犯罪発生にも たらす影響)の問題については、『犯罪白書』(法務省)では発刊年(1960 年=昭 和 35 年)にすでに指摘がなされているのだが、より現場に近い視点での分析を 行う『警察白書』(警察庁)で言及されるのは珍しいことだった。 16 名古屋市防犯協会連合会『二十年史』(愛知県立図書館所蔵)、1970 年、pp. 14‒5。 なお初代会長・山田泰吉は、広小路のキャバレー「赤玉」他複数のナイトクラブ を経営し、名古屋の財界人に広く顔の利く人物だった。 17 警察は、通報のあった(すでに起こった)犯罪の捜査とその犯人の検挙を第一 の職務としている。このことはまた、『警察白書』にふらりと現れる「 検挙は最 大の防犯である。 という伝統的な防犯機能の有効性も、次第に低下しつつある」 という言葉からも伺い知られるだろう(KH 1979)。まだ起こっていない犯罪を未 然に防ぐ「防犯」活動については、むしろ民間の側に主導権があった。 18 なお本稿は、2016 年9月に福岡県立大学で開かれた、日本社会病理学会第 32 回大会での学会報告「創られる 犯罪不安 と地域防犯の民間委譲:1980 年代の 変化」を元に、またその時受けた質問やコメントを参考に加筆・修正し、論考の
形にまとめたものである。
参考文献
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法務省『犯罪白書』、1960‒2018 年(昭和 35∼平成 30 年)、冊子版/web 版(URL: http://www.moj.go.jp/housouken/houso_hakusho2.html)。
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〔河村一郎訳『監視社会』、青土社、2002 年〕 守山正「犯罪不安感に関する一考察:「シグナル犯罪」論を手がかりに」『拓殖大 学紀要 政治・経済・法律研究』、vol. 17、no. 1、pp. 43‒64、2014 年。 名古屋市防犯協会連合会『二十年史』、愛知県立図書館所蔵、1970 年。 荻上チキ・浜井浩一『新・犯罪論 ─ 「犯罪減少社会」でこれからすべきこと』、 現代人文社、2015 年。
Putnam, Robert D., Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Simon & Schuster, 2000.〔柴内康文訳『孤独なボウリング─ 米国コミュニティ の崩壊と再生』、柏書房、2006 年〕
Sampson, Robert J., Great American City. Chicago and the Enduring Neighborhood Effect, The Univ. of Chicago Press, 2012.
(大谷大学准教授 社会学)