一、著者チム・ジャンピーャン
本稿はチベットのカダム派の学僧、ナルタン寺第七代
座主チム・ジャンピーヤン︵日の巨日”・菅目彊︺箇耳騨掲︾或 はgg旨いz四日目自騨.喝”咽﹄届g︲]麗弓︶の﹃倶舎論釈﹄ Iチゞヘットでは通常﹃チムゼー﹄︵胃g§の量鳥貝︾チムの倶舎論︶と略称で呼ばれる。’の第六章を和訳し、兼
ねてチ寺ヘットにおける倶舎学の成果を紹介しようとするものである。よく知られているように、チベットにおい
ては殆どの仏教宗派が、般若、論理、律、阿毘達磨、中
観の五学を顕教の主要科目としている。これらの科目の
学習に便宜をはかるために、各僧院は各分野に互ってそ
れぞれ独自の教科書を編纂した。従って長い歴史の間に
チム・ジャンピーヤンの﹃倶舎論釈﹄
莞六章賢聖品一の和訳
はじめに
は多くの教科書が作られたのであるが、阿毘達磨学の分
野では、チムの手になる﹃倶舎論﹄の註釈害が、宗派を
越えて用いられ、重要視されてきた。ツォンカパ言い。員 唇騨冒国。胃“品唱侭ぃ園︺厨司l匡邑︶は修学時代に師 レンダワ︵この冒冒。”⑦︵一目︵厨︾冒唱言。p匡匡○密,︵︶の︺ ① 畠乞l匡忌︶から﹃倶舎論﹄を学んでいる。レンダワはチ ムの系統をひく人であるから、当然その註釈害を用いて教えたであろう。五種の分野の主要なテクストの殆どに
註釈を施したり研究言を著したツォンカ・︿ほどの希代の碩学が、﹃倶舎論﹄に関しては註釈言も解説書も残して
いないのは、恐らく本書を高く評価してのことであろう
と想像される。更に第一世ダライラマの優れた﹃倶舎論
註﹄は、チムゼーを参照しつつ講説したものと言われて
② いる。 r−1 、 ノ小
谷信千代
29チムゼーは国︺尉冨に対する註釈ではなく、本偶を解
説した謂わば頌疏の形をとっている。チムは註釈に際し
て、国試葛騨は言うに及ばず、称友釈をよく参考にして
おり、随所にその解説が援用されている。称友釈に次い
で満増釈がよく用いられゞている。安慧釈は殆ど用いられていない。時として﹃阿毘達磨集論﹄などが引用される
のは、チベットにおける阿毘達磨学が﹃倶舎論﹄と﹃阿
毘達磨集論﹄とを根本テクストにしていることを反映し
ているのであろうが、その外にも大乗の教義を参照して
いるのは、インドの註釈害と些か趣の異なる所である。 通常用いられるテクストにはチェン︵日。言ご︶と呼ばれる割注が小さな文字で記入されている。割注にはまま誤
解があり、そのまま訳出すると却って読者を混乱させる
恐れがあるので、必要な場合にのみ訳者が補った語を示
す︹︺を附して訳出し、その旨を訳注に記すこととし
た。他の割注は必要に応じて訳注の中に訳しておいた。元のテクストは唖×認。日の枠組の中に表裏各七行で
翻刻されている。葉数はコロホンも入れて四三○葉。そ
の内、賢聖品は四s、騨皀から患いウミまでである。
本書は大谷蔵外文献目録Z。﹂薩囲に相当する。
翻訳に障しては、近年]︺ン屋も国閃z昌崩OC1zシ言の ○局P○⑱1℃PF目日向詞シ臣ご屍両の両幻月向ののぐ9.巴とし て刊行された下記の書を使用する。 、尋Cの胃包鎚s韓冒旦蜘Ca琴︾一一房雪踏詩︾苧ミ号萱畠吻、s︾︽暉責里、邑 雲員詩s︾、ミ萱堕§︽・勺匡匡騎gQgpHの冒品Foの呂品 FごHゆHくめ○昌騨爵口里冒︾胃、、つ. 二、第六章の内容 本章で説かれる内容は光記によれば、 一、総じて道の体性を明かすこと 二、道所証の諦を明かすこと 三、聖道に約して人を弁ずること の三点から成っている。また宝疏もほぼ同様に、 一、道の体性を明かすこと 二、道の所観を明かすこと 三、道に就いて人を弁ずること の三点を挙げている。弓仏教体系﹄倶舎論第四頁2︶他方これから紹介しようとするチムの註釈では、次の
ような五つの項目が立てられている。その五項目をそれ
らを論じている偶の番号と共に挙げると以下のようにな
る。拙訳中に設けた章題及び小見出しは、本来チムの註
釈書には付けられていなかったものであるが、訳者がこ
桜部博士は次のような項目を立てておられる。興味深
いことには、博士が立てられた項目は、チムの第四番目
の項目が二つに分けて立てられたようになっている以外
は、ほぼ同様のものとなっている。一、道についての総論︹第一偶︺
二、諦の説明︹第二’四偶︺
三、三賢、四善根 [第五’一三褐︺ [第一四’二五偶ab︺ 四、見道・修道についての説明 一、︹先の第五章随眠品との︺関連に関する概略的な解 は含まれていないが、便宜上訳者が補ったものである。和訳と共に掲示したサンスクリットの偶頌も元来原典に
の五項目に基づいて新たに付け加えたものである。また
説︹第一偶︺
二、︹道が︺対象とする領域としての諦の解説 ︹第二’四偶︺三、現観の順序︹第五’二五偶ab︺
四、修習する人に関する解説 ︹第二五cd’六五偶ab︺五、現観の道の解説︹第六五cbl七九偶︺
いかなる分野であれ、およそ仏教を学ぶ以上、その正しい 理解のためには倶舎学の素養が必ず要求されることを教えら [第二五cd’三四偶ab︺ [第三四Cdl四三偶︺五、無学道およびそれに関する種々な事項
︷燕型弛れ壷琿癖↑b︺六、諸種の道の説明︹第六五cd’七九侭︺
今倶舎論一。仏典講座肥、頁型︶ 注 ①ツルティムヶサン・小谷信千代共訳﹁アーラヤ識とマナ 識の研究﹄や? ②チム・ジャンピーャンがチム・ナムカータクとも呼ばれ ていること、及びチムの系統などに関しては、井上智之 ﹁チベット撰述のアビダルマ文献﹂︵﹃仏教大学大学院研究 紀要﹄第一六号、昭和六三年︶己誤及びや聡.ロ.囹な どを参照されたい。なお、この論文はサキャ派のガワンチ ェタク︵z魁餉号P侭goの侭凋印︾勗忌l屋と︶の著作、員 忌豊島畠贈喧邑ミに依って﹁チベット仏教教団における 阿毘達磨理解に関する宗派間の論争内容を明らかにしよう とする﹂未開拓な分野での意欲的な研究である。 チベットの阿毘達磨研究に関しては、池田練太郎﹁チ雷ヘ ットにおけるアビダルマ仏教の特色﹂︵﹃東洋学術研究﹄第 二一巻・第二号、一九八二年︶を参照。 〕1れたのは、故山口益先生の授業時間においてであった。その ことを先生は御自分の師であるドゥ・ラ・ヴァレー・プーサ ンの言葉として﹁倶舎論の理解に比例して仏教は分かるよう になる﹂というように語られた。当時煩雑なものという印象 しか持ち得なかった倶舎論を自ら学ぼうという勇気を持つに は至らなかったが、先生のその言葉は永らく筆者の耳底に残 った。 筆者が友人たちと共に桜部先生にお願いして倶舎論の輪読 会を開いていただいたのは昭和五十年の初夏の頃であったと 記憶している。第一章から称友釈と共に読み始め、途中から 筆者のわがままな希望で第六章に変更していただいた。その 会は先生が体調を崩されるまで、ほぼ四年ほど続いたのでは なかっただろうか。その後、先生は元気を回復されたが、種 々の都合により会を再開することはできなかった。先生が定 年を待たれずに職を辞されるということを伝え聞いた時、先 生の倶舎学に関する豊かな学識の万分の一をも学び得ていな いことを思うにつけても、早急に会を再開しなければならな いことが痛感された。昭和六十一年、幸い辞職後も非常勤講 師として出校されることが決まり、輪読会も再開されること となった。今回は京都大学や仏教大学など学外からも参加者 を迎えている。会は先生が本論と称友釈を和訳され、各担当 者が安慧釈、順正理論、チムの註釈の和訳を提出して、本論 と称友釈のサンスクリット・テキストの検討を行い、内容を ︻和訳︼ as﹄鰻︶さて第六章は、道︵日脚晶騨︶と︹それを行ずる︺ 人︵冒烏巴騨︶とに関する解説を述べんとするものである が、︹それは以下の五項目に亙ってなされるのである。即 ち︺
㈲︹先の第五章随眠品との︺関連性に関する概略的
な解説と。︹道が︺対象とする領域としての諦︵四聖諦及び
二諦︶の解説と日現観の順序と
卿修習する人の解説と
①㈲現観の道の解説との五︹項目︺である。
考察するという仕方で進められている。 われわれは先生の長年に亙る学恩に対して未だ何の成果も 発表でき得ないで来た。ここに翻訳したチムの註釈は輪読会 で筆者が担当して和訳したものの一部である。将来、筆者が 目下ツルティム氏の協力を得て翻訳を進めている第一章と共 に第六章の全訳を発表し、以て先生の学恩に些かなりとも報 いたいと考えている。︵昭和六三年九月一日︶第一には、もし誰かが〃第五章では﹁結果は原因の名
によって言い表されることがあるから、︹結果である煩
悩の︺断絶が︹その原因である︺遍知の名で呼ばれるの
②である﹂と説かれ、そして︹煩悩を︺断じ対治すること
︵能対治、胃騨§四府騨︶に関しては、﹁これら十と、並びに 三見と︹三見と︺二見とを除いた、七種、七種、八種︹の煩悩︺とを、欲界における苦などを観ずることによって
③順番に断ずる。四つ︹の煩悩︺は修所断である﹂という
④ように﹁諦を観察し観察したことを修習することによっ
て見修所断の煩悩を断じた﹂とか或は﹁断ずる﹂という
ように説かれているが、そういう対治するもの︵能対治︶である見道と修道の二つは、いったい有漏なのか無漏な
煩悩を断ずることが、︹四聖︺諦を観ずることと修習するこ とによることは、︹前章に︺已に述べた。︹その中で︺修道 には︹有漏と無漏の︺二種があるが、他方、見と呼ばれる ︹道︺は無漏︹のみ︺である。 戸]①いいlもHp丘倒口凹Hご動屍画蓋倒汁⑳[糧のP斤冒四︲色色拭いppp︲ず宮画く印回国庁曹 凸ぐ一く]Q巨○ヴロ帥くいロ割i︼ご劉目皿○aゆ目いゅ口騨I勤岸弓罰ゆめ庁ぐゆ口倒のH色︲ ぐ色昏.色︶第一章前章との関連
のか〃と訊ねるかもしれない。︹故に本章第一偶はそれ に対して次のように答えるのである。︺修道には有漏と無漏の二種がある。世間的な修道であ
る有漏の四静盧と無色定とにおいては、漏が随増するか⑤⑥
ら︹有漏︺であり、諦の行相を有し見諦したことを修習
する出世間の修道においては漏が随増するということが
ないから︹無漏︺である。 ⑦見道のほうは無漏のみである。なぜなら、三界︹の有
頂位までを含む全ての見所断の煩悩︺を対治するもので
あり、見所断の上々品などの九種︹の煩悩︺を一挙に断
ずるものであり、︹従って、それは必ず無漏に決まってい る。と言うのは、有漏の︺世間︹道︺にはそういう力が ⑧ 無いからである。第一節四聖諦
諦は四種に説かれる。即ち、苦、集、減、道である。これ ら︹四種の諦︺の順序は、現観︹の順序︺に対応する。 、の庁買脚口尽巨屍計画ロ︺○曾詐ぐ山国邑臣伝斥置pH糧の四忌己ロロゆぐ四m詐四誌彦倒 も ]︺肖○旦岸︺P︲]ゴコH函②洋甘○の割。︺くい詐壷・鋤Pご宮臓湧昌ごPぐ色一.。ご芦詞崗四罠冒ゆぽ. ①ロ。﹄ 、、凸 ︵函︶第二章見道と修道とが対象とする諦
n o O Dの四聖諦の本質第二に、それでは〃諦を観察し
修習することによって︹煩悩を断ずる︺〃と言う場合のそ れらの諦とは何であるのか、と言えば、観察し修習す尋へき諦は四種であると説かれている。どこに説かれている
か、と言えば本書︵﹃倶舎論﹄︶第一章︵世間品︶の﹁無漏 は道諦と﹂︵[面︼P︶という語によって道諦が︹説かれ︺、 ﹁択滅とは拘束を離れることである﹂︵[ふ︺:︶命S台︺巴 という語によって滅諦が︹説かれ︺、﹁苦であり、集であ り、世間であり﹂P、︾・︶という語によってその︹苦と 集との︺二諦が説かれ、経にも︹四聖諦であることが︺ ⑨ 説かれているからである。これら︹四聖諦の︺順番は、第一章に説かれたその通
りであるのかと言うと、そうではない。それではどうか
と言えば、苦、苦の集、減、そして道なる聖諦というの
⑩ がそれら四聖諦の順番である。﹁自註﹄には﹁︹偶︵臼&ゞ この︺即ち︵芹胃鼠︶という語は、︹四︺聖諦自体は第一章に述べたのと全く同じであることを示すため︹に用い
⑪られているの︺である﹂と説明されている。順番をその
ように限定する理由として、﹃自註﹄にはゞ︹四︺念住や ︹九︺次第定︵曾二屋も日ぐ沙︲ぐ三習騨︲の目固冒言︶のように生起 ︹する順序︺に従って原因と結果の順番︹でそれらを列 ⑫ 挙する場合︺と、︹四︺正断︵⑳曽昌鳥︲冒騨冨目︶のように ⑬理解の容易さに従う順序︹で列挙する場合︺と、対象の
現観に従う順番︹で列挙する場合︺との三つが挙げられ
ている。今の場合、これら︹四聖︺諦は、先ず最初にどのよう
⑭ にして現観を行うかということに従う順番で説かれる。見道においては最初に苦の現観などが行われるからであ
る。生起する順番に従って説くとすれば、原因であると いう点で集と道とが最初に説かれるということになってしまうからである。見道においてそのよう︹な順番︺で
現観する時には、恰も馬場を︹予め︺見せられた馬が妨
げられることなく︹自由自在に︺疾走することができる
様に、資糧︹道︺と加行︹道︺において観察した順番に
⑮ 従って︹四聖諦の現観が︺生じるからである。誉えば、病気を観察することによって、その原因と、治癒と、そ
⑯ の手段としての薬を求めるように、先ず初めに、或ることに執着したり、或ることに傷ついたり、また或ること
から解放されたいと願う人は、苦を︹観察し︺、その次に その原因は何かと集を︹観察し︺宙冨︶沙︶、次いで苦の減 とは何であるかと減を︹観察し︺、それを獲得する手段は何かと道を観察する。故に観察の順番は前記のようにな
②聖諦の意味以上、四諦の本質を説き終わった。
それでは語義解釈的には、どうして諦というのであろう
かと言えば、聖者たちの領域︵行境、胃]↑唱○閏幽︶におい ⑱ ては苦などが真実︵諦︶であるからである。、愚者は苦を楽と、集を楽の因と、減を或は寂静ならざること、或は
我の断絶という恐るべきことと、そして道を道にあらざ
る、到達し難い苦の原因なるものとして把握するからで
ある。故に経には 聖者たちが楽と言うことを、他の人々は苦と理解する。 ⑲ 他の人々が楽と言うことを、聖者たちは苦と理解する。と説かれているのである。従って一切の有漏の果が苦で
ある。同じく因となるものが集である。減とは択滅無為
である。道は無漏の有為︹法︺である所の見道と修道と
無学道の三つである。﹃自註﹄には﹁果となった取溌が苦諦である。因となった︹取瀧︺が集諦である。それによ
の、断ず等へきもの、|牙 と説かれているように。 るのである。まさしく﹁宝性論﹄に 病気は知らねばならないもの。病気の原因は断ず今へきもの。 安らかな生活は獲得す尋へきもの。薬は依るべきものである。 同様にして、苦と因とその減とそして道とは、知る今へきも ⑰ の、断ず今へきもの、証悟すべきもの、依る零へきものである。④全ての有漏を苦とする理由もし苦︹つまり不
快︺は受穂の一部であるのに命勗巳、どうして全ての
有漏は苦諦である︹と言われる︺のかと言えば、︹その問 いが第三偶の︺﹁有漏は全ての苦である﹂という語に続い ていくのである。どうして︹全てが苦であるの︺かと言え ば、それぞれ苦苦︵胃標冨︲昏昏冒騨国︶、壊苦︵ぐざ胃冒騨日陰︲ ⑳ 弓︶、行苦︵唾空B牒習・煙︲亀︶の三つと結びつくからである。何が︹三︺苦と結びつくのかと言えば、快の受である楽
と、不快の︹受である︺苦と、その二つ以外の有漏の中
実体上︹違いがあるわけ︺ではない。しかし減と道とは
因と果となるものであるから、名前の上では異なるが、 って苦が集まり起こるからである。それ故それら二つは ⑳実体上も違いがある﹂と説かれているから、毘婆沙師は
最初の二諦を作用の等しいものと考えているのである。第二節特に苦諦について
快と、不快と、それ以外の有漏︹の諸行︺は全て、三苦と それぞれ結びつくが故に、苦である。 。臣固炭ぼゅ⑱苛国ロロ彦院ぽい斤脚1判○四脚。割ゆぽ豈倒封○ぬpH唇抄の①や塑庁ゆぽ︶ 園昌凹己いも四四口︺抄ロ脚も勘小○四汁四。l秒冒目①。p①ぐいの似のHゆく倒伝.︵い︶ q貝 凹 U性︵捨、眉禺私︶の︹受︺とである。 ﹃自註﹄に﹁その︹受の︺力の故に、順楽受などの︹色
⑳⑳
や声などの︺諸行も、〃快″などと名付けられる﹂とあるから、それら︵三受︶の力の故に、それらに相応する心
も︹受︺以外の心所も、相応しない増上縁も、更には所
⑳ 縁縁も〃快″などの名で呼ばれるのである。 ところで、︹偶に︺﹁それぞれ︵冒昏野○盟日︶﹂と言うのは︹次のようなことを考慮してのことである。即ち︺壊
苦と行苦の故の苦とは、それ自体は楽であっても、変壊
する時には苦となり、且つ有漏であるから︹苦なるもの、 つまり快の諸行のことである︺。不快︹の諸行︺は行苦と苦苦の故の苦である。何故なら、有漏であり且つ︹それ
が︺生ずる時に苦として感受されるからである。その二
つ︵快と不快︶以外の有漏の諸行は、ただ行苦のみによ る苦である。というのは、︹それらの諸行は︺業と煩悩に支配されるものであるという点で、聖者に適せず、刹那
⑳ に︹聖者を︺害するからである。 或は﹁それぞれ﹂と言うのは、欲界においては三苦に、第三静盧以下においては︹壊苦と行苦の︺二苦に、第四
⑳ 静慮以上においては行苦のみによって苦しむからである。②道諦が苦でない理由もし無常であるが故に行
苦であるということであれば、道諦も苦であることにな
ろうと言うなら、そうはならない。道は一切の苦が滅し
た楽をもたらす因であり、無漏である。従って聖者に適
合するから苦とは言えない。苦ということの意味は、有
漏であり、且つ無常であり、聖者に適していないことの
⑳ 故に命s︶四︶︹聖者を︺害するから、苦なのである。︹道 以外の︺他の有漏の行は経に﹁無常なるものは苦である﹂ と説かれており、全ての生存︵匡国く鯉︶は解脱に適合しな いものであるという点で、聖者に背くことによって害を ⑳ もたらすから苦であるとされる。故に師︵軌範師、習胃菌︶ は﹁掌の上に一本の腿毛を置いても人々は気づかない。しかし眼の中に入れば苦痛と傷を生ずる。掌にも似た愚
者は行苦という鹿毛に気づかないが、眼に相当する聖者
⑳はそれを極めて恐れる﹂と言う。つまり聖者たちが有頂
︹の穂︺においてさえ苦を感ずる程にすら、愚者たちは ⑳無間地獄の瀬においてさえ苦を感じない、と言うのであ
う︿︾C③全ての有漏を苦であると言うことに対するクマー
ララータの異説とその反論︹有漏が全て苦であると
言うのは正しくない。楽も存在するのであるからと言え
⑳⑫
ば︺このことに関してクマーララータは楽が少ないこと
⑬ を証明しようとして﹃苦七十論﹄に﹁︹楽は︺苦の因であ
るから、そして多くの苦によってもたらされるものであ
るから、かつまた苦がある時にそれを求めるのであるか
ら、楽は苦であると考えられる﹂と言うが、それは正し
くない。それ︵苦の因︶は集を行相とするものであって、 ︹苦を行相とするものではないという点で間違っているからである。また、それはどうして苦をもたらすのであ
ろうか。もし後者の二つの︵理由の︶様に、と言うので
⑭あれば︺上二界の覗は苦受の因とはならないからそれら
の界に生まれた聖者は穂に苦を感じない、ということに
関して間違いを犯すことになるからである。 ⑮⑳受は苦苦のみであるとするシュリーラータの説
シュリーラータは﹁受は全て苦苦のみである。世尊が
〃およそ感受されるものは何であれ、それはここにおい⑮⑰
ては苦である〃とか、〃楽受は苦と見るゞへきである〃とか、﹁四句分別品四顛倒経﹄の中に〃苦を楽と言うのは
⑱想の顛倒である〃などと説かれた教証があり、更に理証
によっても、楽の因であると考えられている命g︶巳食
物や衣服なども過度に用いれば苦を生ずるから、楽の因
は確定したものではなく、また愚者は︹高々飢えや渇き
⑲ に苦しめられなくなったというような︺苦の治癒︵対治︶に対して楽の知覚が生じるし、肩の荷物を取り除く場合
のように苦が軽減することを楽と捉えるのであるから、世間の人が楽と呼ぶようなものは全て所詮は苦であると
考えられる﹂と言う。それも正しくない。⑤シュリーラータに対する反論まず最初の教証
に関しては、世尊自身︹その経典を︺密意あるものと言
われている。即ち阿難は世尊に﹁世尊は楽と苦と不楽不
苦とのそれら三受をお説きになりました。他方で世尊は
およそ感受されるものは何であれ、それはここにおいては苦である、とも説かれました。一体世尊は何を密意し
て、およそ感受されるものは何であれ、それはここにお
いては苦である、とお説きになったのでしょうか﹂と訊ねた。その時に、世尊は﹁阿難よ、およそ感受されるも
のは何であれ、それはここにおいては苦であるということを、私は諸行が無常であること、諸行が変壊すること
を密意して述べたのである﹂と説かれているからである。 ︹第二の教証の︺楽受を苦と見るべきであるというこ とは、壊苦と行苦に関して説かれたのである・中阿含﹃法楽比丘尼経﹄に﹁楽受はそれが生ずる時も楽であり、持
続する時も楽であるが、変壊する時は苦である。苦受は
⑳それが生ずる時も苦であり、持続する時も苦である﹂と
Q ワ リ イ⑪ 説かれ、﹃分別六処経﹄に﹁無常なるものは苦である﹂と
説かれているからである。それ故、経においても﹁智者
なる仏は、諸行が無常であることと、変壊することとを
⑫ 見そなわして、受を苦と説き給う﹂と述べられている。 ︹第三の教証の︺苦を楽と言うのは想の顛倒であると 言うのは、世間の人々は、︹諸の楽︺受と欲望の対象︵妙 欲、塵&冒回、園日陰︲唱目︶と生存︵諸有、ロg冨蚤︶には苦 も存在するのに、ただただ楽と想う命己.秒︶。それが想 の顛倒である。それらは殆ど苦であるからと言うのが、その場合の密意である。︹その密意を考慮しないで、受
は全て苦苦のみであると言うのは正しくない。︺世尊が
三受や五受根などを説かれたこととも矛盾することにな
⑬ るからである。 ︹理証に関しては次のような反論がなされる。即ち、苦とは何を意味するのか。もし、ものを害し好ましくな
⑭いものが苦であると言うのであれば︺役に立ち好ましい
ものをどうして楽と認めないのか。また苦の少ない場合
などに楽の知覚などが生ずると言うのも正しくない。楽
の少ない場合などに苦の知覚などが生ずるという︹シュリーラータ自身が否定している︺謬見と同じ過ちを犯す
ことになるからである。苦の治癒に対して楽の知覚が生
じると言うのも正しくない。或る場合には楽が︹苦の治
癒と︺なるが、時としては︹不苦不楽の︺中性︹の受︺ が︹苦の治癒と︺なるからである。また、楽の因は︹必ずしも楽を生ずるものと︺確定し
ているわけではないからと言うが、それも正しくない。 食物などの対象物つ、巳、略8国︶だけが楽の因なのではなく、身体や習慣などもそうである。︹これらの楽の因と
なるべきものが、必ずしも楽をもたらさないことは、例
えば︺同一の色︵昌曹︶などが境涯が異なれば、楽ともなり、苦ともなり、中性のものともなることによって︹理
解されると、シュリーラータは考えるのであろう。しか
し︺もし食物などを過度に享受することによって苦が生
ずることだけを根拠にして、楽の因は存在しないと言う
なら、苦の因も確定したものではなくなるであろう。苦
の因も時として楽の因となるからである。 このような︹シュリーラータの︺説は、楽受が実際に経験されるという現実によって退けられるから、︹それ
を理解しようと︺努力する必要はないというのが、過去
の師︵葛]・く勢︲胃即冨︶の説であるから、私もそうしたので ⑮ ある。第三節苦諦と集諦が同一の内容を指すことについて
経量部などは﹁毘婆沙師が、集諦が即ち苦諦でもある、 ⑯と言うのは経に矛盾する。何故なら経には、集諦とは何
かと言えば、何らかのものを喜ぶ欲︵揖騨﹄g︾包呂・冨鴨︶を伴う愛︵閂&息ゞ鳳凰︶であり、喜びを有するもので
あるという様に、愛のみが集︹諦︺であると説かれてい
ることと矛盾するからである﹂と言う。 それに対して毘婆沙師は、その教証は︹愛を集諦中の︺ 最も主要なもの︹として述雫へたもの︺であり、また﹃縁 起経釈﹄にも﹁愛を離れた者を︹輪廻転生における後の︺ ⑰ 生存がもはや無くなった者と言う﹂というように、︵閏P ご生を現前させる因︵目品。ご冒境¥四目層・同︲喝巨︶とし て︹愛が︺説かれているからである。︹或る︺経には﹁業 ⑱ が生の因であり、愛が現前させる因である﹂と説かれ、また﹃分別六処経﹄には﹁業と愛と無明とが後世の諸行
⑲ の因である﹂と説かれているからである。それではそれら三つ全てを集諦として説くべきである
のに、どうして愛のみを︹集諦として︺説いたのであろ
うか。︹この問いに対しては次のように答えよう。即ち︺愛を伴う者だけが、輪廻に生じ相続を捉え身体を確保す
る。それ故、最も主要なものであるという点で︹愛のみ
が説かれたのであるが、だからと言って愛のみが集諦で
あることを意味しているわけではない︺。他のものも集
諦なのである。故に苦諦と集諦は同じ内容を指すと考え
られる。経量部は、阿羅漢の最後の瀧は苦諦であるが、集諦で
はないと考える。﹃阿毘達磨集論﹄にも﹁最後の阿羅漢の 眼︹根︺及び意︹根︺は眼︹根︺及び意︹根、つまり苦諦︺ であって、それらの界︵§弾巨l因︶︹つまり集諦︺ではな い﹂と説かれている・或る者は﹁離欲した細と器世間も苦 ⑳諦であるが集諦ではない﹂と言う。しかし、彼らにおい
ても、苦の因を集諦と呼ぶ限りは、それら︵阿羅漢の最
後の穂や離欲した悪など︶も集諦となるであろう。何故
なら、それらも後には苦となり、それ︵苦︶を生ずる因となるからである。それでも集諦ではないと言うのであれ
ば、愛を伴う悪も集諦ではないという間違った考えに陥
ることになってしまうであろう。議論は尽きたのである。第四節二諦
瓶や水のように、それを破壊したり、或は思惟によって他 のものを除去する場合に、それに対する認識が生じなけれ ば、それは世俗有である。そうでなければ勝義有である。 39世尊は四諦とも説かれたが、また世俗と勝義の二諦と
も説かれている。二︹諦︺にはどういう意味があるので
⑫ あろうか︹と言えば、次のように説明されるであろう︺。或る物事︵法︶を槌などで破壊し、そして思惟によっ
て他のものを除去する時に、その物事に対する認識が生
じない場合や、或るものを破壊することによってはそれ
に対する認識が捨てられなくても、思惟によって他のも
のを除去する時に、その物事に対する認識が生じない場
合︹がある。それらは︺順次、例えば瓶を粉々に破壊す
る時にそれに対する認識が生じないことと、八種の実体
⑬という水などの部分を構成している諸事物を思惟によっ
てそれぞれ除去する時に水の認識が生じない︹ような場
合である。そういう場合にはその認識が生じないから、瓶や水は︺世俗であり、世俗有であると考えられる。部
分を有するからである。ここに二つの例を挙げたのは、打ち砕くことによる破
壊と思惟による破壊の二つ、或は形のある世俗とつP鱒︶ 積聚した世俗の二つ、更にはまた他の世俗に依る︹世俗︺ ぐふ拝Hゆず弓﹄ロロ①口四庁PQ1−︺ロロQ彦胃抄ご]Plいも○岸扁。︸旨ぐぃ○四詐四芹︺ く ⑪ いぼ騨庁PIP員︺一︺巨くい計のP胃固く尉武、四︽い己鼬、Hp員︶倒片津再抄、四Qppぐ煙芹旨凹痙︶ 卜 ⑭と他の実体に依る世俗との二つがあるからである、と註
釈家たちは言う。故に、連続するものであって、粗大な
ものが世俗である。何故なら、破壊したり思惟によって
⑮ ︹他の事物を︺除去する時にそれに対する認識が生じな いからである。とこのように説かれている。勝義有は、それを破壊したり思惟によって他の事物を
除去しても、それに対する認識が生じなくなるというこ
とはなく、それを破壊したり思惟によって他の事物を除
去しても、それに対する認識が生ずるようなもの、つま
り色の極微や刹那などのようなものである。これら︹色
の極微や刹那など︺を、大乗の人々は、東など︹の方位︺や生︹住異滅という有為の四相︺などを思惟によって除
去する時、それらに対する認識は生じないから、世俗に 過ぎず勝義ではないと言う。或る過去の軌範師たちは、出世間智の対象︵行境︶とその後得︹智︺に応じて現れ
た対象は勝義有であるが、世間智の対象として存在する ⑮ものは世俗であると言う。︵未完︶
略号
シ丙国ご弓.勺H⑳自国。良・︾﹄言ミぎき畠ざ旨ミ﹄身誉旦尋︲ 吻忌辱窟葛包琴宝︾弓色岸邑P胃やつ芦 シ園.倶舎論本頌 鈩切屯即邑冨冒&・︾患ミ§ミ葛昌曽ごミR昌軍呉陦§侭寧︾訳注
①目.日蔚冒目印のご胃冨薑旨骨巳喝厨目号H冨国昌冨P ・門口﹄ぬ砿もい︶﹂胃巨﹄ずQの口己ゆずのppQdpい[ごロ”○口も四吋H汁○ぬ印 宅④︶甘己閏昼冠P吟の函○民昌も四℃○︾﹄ぬ色目、N①mHpp討冒も四Hm瞳ぽい的 も四国民ロ﹄︺ぬ○口やpHH庁○ぬのも里︺昌四晨口ごいぼpQd魚. ②シ炭団戸や駕鈩?釣 正しくその離薬が、それぞれの場合において遍知の名で 呼ばれるのである。遍知には智遍知と断遍知の二種がある。 その中で智遍知は無漏智であるが、断遍知は断そのものに 外ならない。︹断遍知という呼び方は、断という︺結果をそ の原因︺である遍知︺の名で言い表したものであるから。 ③シ属国戸や闇P干騨灘 鑑 豐
管と 屋色吟 宝性論 宝疏 婆沙論 、p国営口︼丙①岸四二︺]@画P ﹃阿毘達磨大毘婆沙論﹂︵大月z○.勗急﹄第二七巻︶ ﹁倶舎論疏﹄︵﹃仏教体系﹄倶舎論第四︶ 中村瑞隆﹃蔵和対訳・究莞一乗宝性論研究﹂東京、 一九六七 法宣﹃阿毘達磨倶舎論講義﹂巻之七 本庄良文﹃倶舎論所依阿含全表I﹄京都、一九八四 ﹃倶舎論﹄の世親自身の註釈 普光﹃倶舎論記﹂︵﹃仏教体系﹄倶舎論第四︶ 、§ミ冒旨言蚤冨昏︲ご首寒冒呉尽いき§§震︾宅骨. z○.回心富. ロ.罰ぐ侭冒凹境④①白ゞい、吾昌念’零童尋學﹄g鼠琴急竜言邑ざ員︲ ご篁詞野署息負目○丙買○︾胃④﹃]. ︵第四偶の和訳は省略する。︶それら十随眠が説かれたが、 それらは欲界においては十全てが見苦所断である。それら の中で七は見集所断である。七は見滅所断である︹両者は 共に︺有身見と辺執見と戒禁取見を除く︹七である︺。有身 見と辺執見を除く八は見道所断である。以上これら欲界の 三十二の随眠は、見諦のみによって断ぜられるから、見所 断である。四は修所断であるaゞ色︶。即ち、負欲と瞑志と 慢と無明とである。 因に十随眠は、負︵働唱︶、眼︵目算侭冨︶、慢︵目色ロ。︶、 無明置く国乱︶、有身見︵の胃圃冒︲身各︶、辺執見︵四口国︲ 唱凹旨︲弓︶、邪見︵日詳ご申弓︶、見取︵烏各︲9国日貨題︶、 戒禁取見︵圏ゆく国曾︲恩&日肖$︶、疑︵ぐ冒匡蔚巴である。 ④g①口冨目目。侭g§凋日目。侭合口.前者は見道を 意味し、後者は修道を意味するのであろう。従って修道の 内容は諦を観察したことを修習することとなる。注⑥参照。 ⑤目のロも昌目色目層8口. ⑥gep圃日昏○侭号ロ.﹁見諦したことを修習すること﹂ が修道を説明する語となっていることに注意。注④参照。 ⑦法宣は無漏は四諦観であり、有漏は六行観である、と註 釈する念。態︶。 ③この後に、次のような九種の煩悩を一挙に断ずることに 関してと、見道と修道の区別に関する割注とがあるas︾ 四︾﹃’ず︾函︶O 修所断は堅固であるので有事︵閏ぐ院目冨︶であるが故 に一挙には断ぜられない。見と修とには多くの違いがある。 自性に関しては無漏のみである︵見道︶か、有漏無漏の両 41方である︵修道︶か、所縁に関しては四諦を所縁とする︵見 道︶か、上下の二を所縁とする︵修道︶か、行相に関して は諦︵見道︶か、平安及び鹿大︵修道︶か、自性の違いに 関しては忍と智の二である︵見道︶か、智のみである︵修 道︶か、所断を断ずる仕方に関しては所縁に関する智によ って一挙に断ずる︵見道︶のと、対治を修習することによ って順次に断ずる︵修道︶のと、依止に関しては欲界︵見 道︶と、三界全て︵修道︶と、相続に関しては聖者のみ︵見 道︶と、凡夫と聖者の両方︵修道︶と、生じ方に関しては 一坐で生じるもの︵見道︶と、他生においても生じるもの ︵修道︶とである。 修所断の煩悩が有事であるが故に出世間道によっても一 挙に断ぜられない、という理由の典拠は園pm.弓.臼いら︲ 鴎︶であろう。 ⑨雑阿含十五、三八九︵大正二、や︺9.い︶、施護訳﹁医嚥 経﹂︵大正四、や窓巴、。ハーリ対応経なし。︵本庄o富や目 を参照︶ ⑲この説明の後に光記は婆沙論を援用して虚空無為と非択 滅無為を四詩に入れない理由を説明している︵光記や“。 宝疏は四諦の順番の説明の後令.巴に。 ⑪シ〆切ぼら恥喝ゞ弓.チムゼーに第一章に︵唱騨の§凋冒c とある箇所は切目誤酋では先に令胃ぐ四日.目口ぃ侭胃︶と なっている。 @国儲.は念住と静慮の生起の順序に関して次の様に注釈 している。 身念住が、所縁の粗大さ、或は行相の細粗、或は因果関 係の前後という点から先に生じる。その後に受念住が、次 いで心念住が、︹門旨.訳では、その後に法念住が生ずる︺ というように、これら︹四念住︺は生起︹する順序︺に従 って説かれる。静慮においても同様である。︹四念住や静 盧などと言ったが、その︺〃など″という語は︹八︺解脱や ︹八︺勝処や︹十︺遍処なども生起︹の順序︺に従って説 かれることを︹H旨.訳では、示している。︺念.臼鰐や壁。 光記は、身念住は前に生ずれば前に説く、乃至、法念住 は後に生ずれば後に説く、と言う念・go宝疏は身受心法 は起こる次第に随うと言う言.己。 ﹃婆沙論﹄は生起の次第と、易説の次第と現観の次第との 三種の次第法を示し、生起の次第は四念住・四静盧・四無 色などの場合であり、易説の次第は四正勝︵断︶・四神足・ 五根・五カ.七覚支・八道支などの場合であり、現観の次 第は四聖諦の場合であると言う︵大正、やき躁豆。 ⑬閨鼠.は︹四︺正断の順序に関して次のように註釈してい ︾oo 黒白の二種にそれぞれ已生と未生を区別して弓苛.訳、 説く如くである︺ということである。︹四正断を已生の黒品 の断から説くのは︺已生は︹自答・訳、所化の衆生に︺容易 に理解されるが、未年はそうではないからである。或は黒 品は所化の衆生に容易に理解されるからである。どのよう にしてかと言えば、已生の罪、つまり不善法を断じようと いう意欲を生じ、努力し、勇気を起こし、心を引き締めて 発願する。未生の︹不善法︺が生じないように.⋮:。未生 の善法が生じるように⋮⋮。已生の︹善法︺が持続するよ
うに⋮⋮。つまりは、已に生じたものを断じようという意 欲を先に生じて後に未生のものが生じないように︹意欲を 生ずる︺というようには決まっていない。ではどうなるの かと言えば、先に未生︹の不善法︺が生じないように意欲 を生じ、後に己に生じた︹不善法︺を断じようという︹意欲 を生ずる︺というように、例えて言えば、そういう場合も あるのであるe,臼吟や己︶。 光記は、此の中に決定の理趣なしと言って、次のような 婆沙論︵大正、や色躁三を引用する。 婆沙七十八に云う。四正勝は倶時に有りと雌も、而も説 き易きは、前に断悪を説き後に修善を説く。断悪の中にお いて先に已生の悪を断ずるを説き、後に未生の悪を遮する を説く。修善の中において、先に未生の善を起こすを説き、 後に已生の善を増するを説く。もしこの説をなさぱ、言辞 軽便なり念.e・ 宝疏は、四正勝の如きは但、言の便に随う、と言う言・so 法宣は、言便に随て説き安きように次第を立てる、と言 ﹄フ︵や④こ。 ⑭苦諦を加行位の最初に観察することに関して、闇鼠。は ﹁観察位において、即ち順決択分においてという意味であ る﹂と註釈しているS,留吟賎︶。 光記は、職伽師の現観位の中の先後の次第に随う、と言 い、決択分加行位の中において是の如くに観ずるからであ ると言浩フ令.so ⑮注⑭を参照。馬場を見せられた馬の警えは、○.目oa8: ︽︽弓匡a切目ご餌。際国営鱒一・︾ミミミー切員§首旬§“・菅亘 冒肖.牌鼠、oミミミ、罰。冒圏渇偶目閂.︵詞○冒色︶ら。︶も.g︶罰 にも引用される。 ⑯園鼠.は辱員ご国鳥︲畠首の名を挙げるe・臼凄喝︶。 注⑨を参照。 ⑰﹁宝性論﹂や]$﹄底. ⑬中阿含七、三一、分別聖諦経の末尾︵大正一、も躁急︾。︶ には﹁真諦不虚、不離於如、亦非顛倒。真諦審実、合如是 諦。聖所有、聖所知、聖所見、聖所了、聖所得、聖所等正 覚。是故説苦滅道聖諦﹂とある。 ⑲雑阿含一三、三○八︵大正二、や諾︺・︶、、z誤︶]患 ︵ぐ○].g虐喝︶、︵本庄の富む&函を参照︶。 ⑳炉園田戸や篭騨届l医. ④三苦を法宣は次のように説明する。即ち、一に苦苦の性、 是は其の体が苦なるが故に苦といわるる物柄なり。二に行 苦の性、行は遷流生滅の義なり。是は念念生滅する行法な るが故に苦といわるる物柄なり。三に壊苦の性、是は壊滅 するもので苦といわるる物柄なり令.韻︶。 @国鼠.は受を自性としない色や声などもそれに順ずるが 故に快などの名を得る、と言う含出勗﹄筐l篭︶。 ⑳P属国戸や篭や︸や画 ⑳法宣は、楽受の力で楽受に順ずる相応・倶有等の有漏行 の法を可意と名づけしむ。是は楽受に力で可意と言わせる のなり、というように説明する言.農︶。 ⑳チムの説明に依れば、快︵楽︶は壊苦と行苦とに結びつ くことによって苦となり、不快︵苦︶は行苦と苦苦に、捨 は行苦のみに結びつくことによって苦となる。哩患.の説 4 q全 U
明も同じであるe,臼輿囲l弓︶。しかし声属国戸の説明で は楽受には壊苦による苦があり、苦受には苦苦による苦が あり、不苦不楽受には行苦による苦がある、と言うe也選﹄ ?巴。光記は﹃順正理論﹄を援用して説明するが、趣旨は シ属国戸と同じ。宝疏令.畠︶・法宣e,弓l麗︶も同じ。 例えば、楽受の場合を法宣は次の様に言う。﹁楽受は其の 自性これ楽なるもの故に生ずる時も楽なり。住する時も楽 なり。唯、壊する時は苦なり。未離欲の有情は常に楽を求 める。其の楽の壊滅する位には憂を起こす。故に楽受を壊 苦と名づく。﹂ 少属国ロは少し後の所︵や駕騨ぢ︶で﹁一切の諸行は行 苦としての苦である﹂と言うので、結果的にはチムと同じ ことになる。但し、快、不快に行苦を関係させて説かない ことには﹃順正理論﹂や光記に依れば次のような理由があ つ︵︾O 豈、一切の有漏の行法は、此れに拠って皆、是れ行苦の 性なる容きに不ずや。応に但、非苦楽受と及び彼の資糧︵相 応する諸行など︶とのみを説いて、行苦の性となす尋へから ず。此の理ありと雌も、然も此の中に於いて、不共に依る が故に是の如きの説をなす。謂はく、初︵苦苦︶と後︵壊 苦︶の苦は其の所応の如く、唯、可意と非可意との法にあ り。余の有漏法は唯、是れ行苦のみなり。不共の所依なる が故に、是の説をなせるなり。︵正理、巳&gゞゅ、光記、 ロ届を参照︶ 法宣も後に﹁念念生滅するゆえに苦と名るは余法にも通 ずる。壊滅するのを苦と言うは可意の有漏行に局りて余に 通ぜぬ。そこで可意の有漏行を壊苦と名く﹂と言うe・ge。 ⑳この説明はシ炭団ロにも園鼠.にも光記等にも認められ ない。 ⑳曙院.は、苦を規定して﹁無常にして、聖者たちに適して いない︵胃乱3日目胃房且P目︶もの、それが苦である。 ⋮⋮無常にして聖者たちに適していないものとは何かとい えば、それは有漏のもの︵出の3ぐゅ目ぐぃの目︶である﹂と言 ﹄フ︵や切胃式つl巴。 法宣は、聖者たちに適していないということを、聖者の 意に違逆するのが行苦の相なり、と言う。他方、無漏道は 衆苦尽の浬築を引くゆえに聖者が欣求こそすれ、聖者の心 に違逆せぬ、と言う念.S二。 ⑳この師を光記は経部師の鳩摩羅多としているe,届︶。 ⑳この偶は月称﹃中論註﹄第二四章冒頭部に引用されてい る︵弓○巨のの旨①e︶、曽曽ご富S、邑包員目○ご討○︶忌司、や合つ﹄旨 ︲E︶。この後に﹁行苦は聖者のみが見る﹂の割注ありおS︾ p︺仁︶O ⑳これは法嗣切戸の語令.篭輿屋︶。 @割注に依る。 ⑫この説をクマーララータに帰したのは、園院.に依ったも のか︵倒患.や日興と。﹃婆沙論﹄には諸語中に楽受もある のに、一切の有漏を苦諦と名付けて楽諦と名づけない理由 を三種挙げている。苦多くして楽は少ないからであるとす る理由はその第一に挙げられているもので、有部の正当説 とされている。 於諸瀧中、亦有少楽、以諸瀧中苦多楽少、少従多、故但
名苦穂︵大正、さい。︶ ⑳曙鼠も面目︶届.言○四盲目本では、旨嶌目︲ぬ曾冒昇乱日 とあるが、目号.訳では&揖肩]詞巴目匡ロ・巨冨毎mとあ るので、自伝唇凹︲の騨冒胃颪日と訂正する。 ⑭割注に依る。 ⑮この説をシュリーラータに帰したのは曙患.に依ったも のか︵禺鼠.や日興巴︶。 シュリーラータの説は、注、に挙げた﹃婆沙論﹄の第二説 と第三説を合わせたもののようである。第二説は、楽は存 在しないが、苦が比較的少ない状態を仮に楽と想像して楽 ありと言うだけであるとする。第三説は、世間の施設に依 れば、飢えた時に食を得、渇いた時に飲を得ることを楽と 言い、賢聖の施設によれば、楽無しと説くのであるとする。 ⑯雑阿含一七、四八五︵大正二、や届吟騨︶、、z圏﹄こ﹄ 弓騨p8厨口租︵ぐ9.弓も圏驍︶︵本庄o富やロ﹃参照︶・ @雑阿含一七、四六七︵大正二、ロ巨少P︶、、z患面 ︵ぐ巳自ぐ.9コ︵本庄。冒己ふあ参照︶。 ⑬陽拐巨拝胃四z房母四吟ら.︵本庄o目や口匡︶法宣は七 処三観経であると言う念.ge。 ⑲割注による。 ⑳中阿含二一○︵大正一、や﹃窓﹂・︶、冨昌目四目園冒虐 ︵本庄。gや]・巴、本庄﹁シャマタデーヴァの伝へる﹁大 業分別経﹂と﹁法施比丘尼経上︵﹃仏教文化研究﹄二八号、 一九八三年︶p]g参照。 、雑阿含一七、四七四︵大正二、ご届二。 ⑫シ属国胃や認]︾届︲届.雑阿含一七、四七四︵大正二、 や]巴.四︶、のz鼠︺巨︵本庄ogb&皀望。 、三受と五受根に関する記述はP属国目.や笛]︾瞳l路いい に見られる。園院.や臼P$l認PC ⑭割注を参考にした。 ⑮シュリーラータへの反論に関連してシ属国戸では有部の 楽受を実有とする説が相当詳しく述べられているが、チム ゼーはその註釈を省いている。しかしこの箇所は、有部が 楽受を実有と認めつつそれを好ましくないもの︵非可愛︶観 ずる理由を挙げており、.切皆苦﹂の教義の意味を理解 する上で重要な箇所ではないかと想われる。世親は次のよ うに言う。先ず楽は実在しないという主張が述べられる。 楽は好ましいものであるというのが定説である。しかし 好ましいその同じ物が、聖者が︹欲界から︺雛染する時に 好ましくないものとなるから、︹楽が実体として︺好ましい ものであるということは成立しない。︹以下、有部の反論︺ そうではない。何故なら︹楽を、放逸に耽らせる対象︵放 逸処︶などの行相を以て、つまり︺別の観点から見ること ︵異門、四目胃目︶によって、好ましくないものと︹見られ ることに︺なるからである。およそ自相として︵いく①pP 冨爾目①ロ。︶好ましい受が、後になってその同じ︹自相を 持った︺ままでは決して好ましくないものとなることはな い。聖者たちはそれ︵好ましい受︶を、或る見方を以てす れば︹楽受が︺好ましくないものと︹見えるように︺なる ような、そういう他の見方︵行相、爵閏四︲湧昌閏の窟︶によ って厭うのである。つまりそれを放逸に耽らせる対象であ り、大変な努力によってもたらされるが、変化し易く、無 4 戸 10
常なるものと観ずるのである。︹好ましくないものという︺ 自相を持ったものとして見ること︵のぐ畠農gpp︲騨胃gp︶ によって︹そう観ずるわけ︺ではない。もしそれが、それ 自体︵如く①ロ包騨日色目︶好ましくないものであれば、誰もそ れに対して執着を起こさないであろう。︹しかし現実には 執着を起こすのである。それ故︺それから離負しようとし て、他の見方︵行相︶によって︹好ましい受・楽受を︺過 失を伴うものと観ずるのである。故に、楽受は自相を以て 存在する︵シ属国官や路戸隠と筐.と。 その外に世親は﹁およそ感受されるものは何であれ、そ れはここにおいては苦である﹂など、シュリーラータが苦 受のみが存在すると主張する根拠とした経典は、実は未了 義であって、三受や五受根を説く経典こそ了義なのである とも言う念恥筐産︲圏︶。﹁楽受は苦と見るぺきである﹂と いう経に関して世親は次のように言う。 それ︵楽受︶には二面がある。それ自体は快いものであ るから楽であるが、変化し無常な性質のものであるから、 別の観点からすれば︵冨昌目P3の︶苦である。それを楽と 見る時にはその味をしめるのでそれは束縛するものとなる。 苦と見る時はそれを離れるので解脱が可能となるe,閉]︺ ]↑l胃つ︶O ⑯曙患.や留蝉扇l扇.該当経典不明。或は中阿含七、三一 ︵大正一、己卜露︾gを指すか︵法宣や届巴。︵本庄ogp o目︶。9.艀昌騨耳・冒亀言冒のご︲ミミ冒急自国︾や困醇?式 、シ属国戸や単騎ゞ扇.思息.固画鴎.暗︲ざ.弓、ぐ料o亘.g︾ 亘電松田﹃分別縁起初勝法門経︵Pぐぐg﹄l経量部世 親の縁起説l﹂︵﹃仏教学セミナー﹄第三六号、一九八二 年︶や念。 ⑬琵〆国戸や駕輿ら.昌鼠.や切鵠恥魚.該当経典不明。︵本 庄o冒や。患︶、﹁職伽師地論﹄本地分︵国冨詳P3ご轡本、 や巳Pご︶や﹁分別縁起初勝法門経﹄︵大正一六、や震]﹄ いと︾駕鍔秒︶や勺いく割.o巨・圏・つぬ.などに引用される。 松田﹁縁起にかんする﹁雑阿含﹄の三経典﹂︵﹃仏教研究﹄ 第十四号、一九八四年︶や爵&参照。 ⑨シ観切言や哩聡﹂己︲巨.倒患.や切麗忘曉雑阿含一三、 三三四︵大正二、や富﹄・では有因縁有縛法経と呼ばれて いる︶、︵本庄の冨勺口曽︶、固めぐ制。匡︾密ちふ隣や﹃分 別縁起初勝法門経﹄︵大正一六、や蟹P・鹿困、。︶に引用 される。松田箸﹁縁起﹂や饅l覇、同﹁分別﹂を参照。 ⑳シいや届.こ︲巴︵大正三一、やつ急︾go 、平川索引の正誤表によって廻国g︲胃昏④ぐ鼻を訂正する。 、思胤.はここのこ諦の説明を﹁諦に関する傍論﹂︵、鼻冒︲ 宮口$卦ぬゅ︶と言う︵団鼠.や闇躁巴。 ⑨八種の実体に関しては註③を参照。・自伝、伝い○鴨を ・冒旨の○甥と訂正する。 ②尽息ゞは二種の世俗を次のように説明する。 他の世俗に依る︹世俗︺においては、破壊することもで き他を除去することもできる。他方、他の実体に依る︹世 俗︺においては、他を除去することのみが可能で、破壊する ことはあり得ない。何故なら、八つの実体からなる極微は 部分に分割することはできないからであるe認鍔届i屋︶。 ③世俗有と勝義有に関して目鼠.は次のように言う。
世俗有とは言説としての有︵隠冒ぐ富ぐ呉国H①ロ四m鼻︶で ある。勝義有とは勝義としての有令目四日胃忌のロ四m鼻︶で ある。即ち自相としての有︵のく巴鳥闇口①ロ四m胃︶である ︵も。印画吟]つl昌包︶O 榴鼠.は更に自相としての有をs画く苫出目とも言っている ︵己.、唾浸︾﹄“︶O ⑳この弓目くい︲習倒制たちの説は戸尻国︺・や閉瑳巨l届に 説かれるもの。チムゼーで勝義有︵合口目冒冨儲冒色罵ゞ 己胃四日目目p︲、胃︶とされている語は、シ嵐国蔵.では8口 8日も目ヴ:冒冨﹂冨3日目昏秒︲の昇冒︶である。 第四偶に関する限り、シ属国Fはめ胃を冒口恩﹄印呉箇 をg①巨圃と訳し分けている。チムゼーは、シ属国言の 説明を参照して註釈しているに拘らず、目①口冨︵$罫騨︶ を用いず、全て目&層︵“鼻︶としている。それは偶がの鼻 Qoeになっていることに依るものと考えられる。世親は 第四偶を説くに際してその直前に﹁世尊は四諦をも説き、 また世俗諦と勝義諦の二諦をも説かれた。それら二つはど う規定されるのか﹂と述・へているので、偶の世俗有・勝義 有が世俗諦・勝義諦と同義であることは明らかである。チ ムゼーに]&層のみが用いられ、gの揮冒が用いられて いないことは、チムが餡ごいを、鼻と理解していたこと を示している。 “胃目︵諦︶を⑫胃︵有︶と理解することは、通常よく行 われているようにそれを真理と理解することとは撞着する であろう。閏ごPは真理というよりもむしろ存在するもの を意味する概念であろう。 曙鼠.は勝義諦と世俗諦を註釈して次のように言う。 優れた智慧︵図日日P印冒冒自届叩冒︶の対象︵閏昏騨︶が 勝義︵冨国冒胃目色︶である。その︹対象︺が勝義であり、 実在︵切騨ご色︶であるから勝義諦である。それ以外の世間的 な智によって捉えられるようなものが世俗諦である。世俗 によって、即ち言説によって、つまり染汚あるいは不染汚 の智慧によって捉えられるから、世俗諦であるe,圏吟鴎 lい⑭︶。 従って、勝義諦は聖者の優れた智慧の対象として捉えら れる実在を意味し、世俗諦は世間的な智慧によって捉えら れる実在を意味する。諦を実在と解することは、四詩の場 合の諦の意味にも充てはまる。例えば、苦諦は苦なる真理 を意味するのでなく、有漏法という苦なる実在を意味する からである。 菌鼠・は更に閨○魁。胃四は勝義有と世俗有と実有宣国ぐ葛︲ 、胃︶の三種を立てると言う言.紹鰐鵠︲g︶。 47