〈研究ノート〉英語と日本語の名詞句発話の差異について
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(2) 教養・外国語教育センター紀要. 2.日英比較 本節では日英比較を行うが、まずこれまで行われてきた日本語の名詞句発話に対する研 究を概観しておく。 通常、日本語研究において文は定型動詞が含まれている述語文と動詞を含まない独立語 文とに二分される。後者の独立語文が本稿の考察対象と一部重なるものといえるが、細部 においては異なる点が見られる。日本語の研究では国語学の伝統として言語の形式的特性 よりも解釈および情意的意味が重視される傾向があり、解釈にもとづいて分類されること が多い。独立語文の研究においても次のような分類が示されてきている。 (3) a. さけび: ああ。おう。クソッ。 b. うけこたえ: はい。ああ。うん。いいえ。えっ。ウソ。チガウ。 c. かけごえ: ソレ。 (いち にの)サン、はい。 d. あいさつ: コンバンワ。アリガトウ。オメデトウ。オハヨウゴザイマス。 e. よびかけ: おい。もしもし。 (日本語文法学会編(2014: 449) ) ここでは形式よりも独立語であるという点のみが重視され、その機能にもとづいて分類 が行われていることがわかる。 さらに、国語学・日本語学の分野において、この独立語文と類似するものとして、一語 文と呼ばれるものが想定されている。そして、一語文には以下のような 17 分類が与えら れている。 (4) a. 発見・驚嘆(とら!) b. 存在告知(とら!) c. 希求(水!) d. 要求(水!) e. 受理(とら。 ) f.. 確認・詠嘆(うん、とら。 ). g. 受理的疑問(ん? とら?) h. 問い返し(とら?) i.. 内容告知(とら。 ). j.. 認識表明(とら。 ). k. 同意期待(地震。 ). −114−.
(3) 名詞句発話. l.. 答え(とら。 ). m. 文脈的述語(むこうに何やら動くものが見える。とら(だ) 。 ) n. 疑問(何か動いた。とら?) o. 提示(サークル活動。それは現在の大学では…) p. 時空的状況設定(元禄十五年極月の十四日。大石内蔵助をはじめ赤穂浪士 四十七名は…) q. メモ・列記・表題(OB 訪問・えび。赤貝。こはだ。とろ。 ・歩行者天国) (日本語文法学会編(2014: 21-23) ) 一見して明らかなように、この分類には音調の問題が大きく関与しているが、上でも述べ たように、国語学においては伝統的に機能にもとづいて分類することが重視されるので、 このような分類が示されているのであろう。 ついでながら、これまでの日本語の独立語文の研究においては「感情を伴うことが多 い」という指摘が行われてきており、この点に関しては詳しく議論が行われてきている。 こうした日本語の NP 発話の特徴と関連して、英語においても類似する側面が観察され る。 (1)では感嘆符が付いていることからもわかるように、いずれもある種の感情をとも なっている。つまり、客観的な状況を描写している発話ではなく、聞き手に対してなんら かの主観的な意図を提示している発話であるといえる。 しかし、形式的に平行的であると思われる NP を単純にそのまま日本語で置き換えたと しても、同じような解釈は得られない。例えば、 (5)のような発話では(1)と同じ伝達内 容を表わすことはできない。 (5) a. 狼 ! b. ことば! c. その大きさ! つまり、日本語の NP 発話においては(2)のように判定詞の「だ」や適切な述語動詞など といった要素を付加しなければ英語と完全に並行的な解釈を得ることは難しいことがわか る。したがって、日本語よりも英語は NP 単独で発話として成立する範囲が広いことがわ かる。1 また、日本語における(4)の 17 分類と同様、英語の NP 発話にも多義性が観察され る。 (2)で示したような解釈だけではなく、文脈次第で驚き以外の含みを持った解釈や場 面の想定が可能である。ここでは数例のみ示す。. −115−.
(4) 教養・外国語教育センター紀要. (6) a. Michael s Dad. [uttered while indicating to the addressee a man who has just come into the room] b. Only 22,000 miles. Like new. [uttered by a used car salesman] c. Great haircut. [uttered upon encountering a friend one hasn t seen for a while] d. Water. [uttered by desperately thirsty man staggering toward a watervender] (Carston(2000: 24-25) ) 後の括弧内に示されているように、NP 発話の解釈は文脈依存性が高く場面との結合度が 高い表現ではあるが、様々な文脈で生起可能なものであることがわかる。 3.分析の手法 コーパスデーターを援用するまでもなく、NP 発話の実例は枚挙にいとまがないほど存 在するが、ここでは今後の分析のための道具となると考えられる手法を確認しておく。 まず、必要と考えられるのは解釈をどう処理するかという問題である。2 節でみたよう に、NP 発話は多用な解釈が可能であるが、これは NP の主要部(head)である名詞の多 義性に起因するものではなく、場面・状況に依存するものであると考えられる。つまり、 形態論・統語論・語彙意味論などで処理できる現象とは考えにくいものであり、談話を視 野に含めた理論および語用論的な視点からの考察が中心となるであろう。特に発話状況は 無視できないと考えられる。 また、文脈との相互関係になるが、特定性および指示性も無視できない。例えば、眼前 を一匹の猫が横切った場面において、次の(7a) (7b)の両方の発話が可能である。 (7) a. A cat! b. The cat! 印欧語の特徴であるが、定冠詞と不定冠詞によって存在の同定方法が変わるため(7a)で は見知らぬ猫であることが、 (7b)では既知の猫であることが示されている。日本語では こうした区別が不可能なため、別の手段が必要となるところである。 さらに、 (7)の例から示唆されることは、総称文との関連である。定冠詞と不定冠詞が 総称文の分析において重要な役割を果たすことは広く知られているが、NP 発話では述語 を欠くとはいえ、発話されていない述語を想定したうえで分析することも可能であろう。. −116−.
(5) 名詞句発話. この点において、白井(1985)および(1991)などで用いられている分析が重要となるか もしれない。 また、いわゆる同語反復文(tautology)との関連性も考察の対象となる可能性がある。 まず(8) (9)を考えてみよう。 (8)は NP 発話、 (9)は同語反復文の例である。 (8) a. 横綱! b. 大統領! c. 社長! (9) a. 横綱は横綱だ。 b. 大統領は大統領だ。 c. 社長は社長だ。 同語反復文は用いられている NP を繰り返すことにより、その NP によって表される指示 対象のもっとも際立った特徴を強調する働きがある。2 もちろん、最終的な解釈は文脈に 依存することになるが、Wierzbicka(1987)で既に論じられているように、言語ごとに特 定の解釈に収まる傾向が存在する。この点において、同語反復文は NP 発話とは異なる領 域に属するものではあるが、両者の異同を適切に整理しておくことは重要な作業となるで あろう。 同様に、次例のような問い返しの発話をどのように処理するかも重要である。 (10)a. テロ行為? b. 狂牛病? (10)は談話の冒頭に現れているものではなく、聞き手の発話を受けての問い返しとして の発話である。実は、NP 発話の多くは談話の冒頭に現れるものが多いが、問い返しとし ての NP 発話には別の伝達機能が備わっている可能性がある。この点に関しても稿を改め て論じる予定であるが、問い返しと非問い返しには前提・焦点に関して差異が存在するこ とが知られており、各言語においてそれらが形式上どのように具現化されているのかを詳 しく調査する必要がある。 また、次の(11) − (13)のような例も関連事象として取り上げる必要があろう。 (11) a. Ouch! b. Oh!. −117−.
(6) 教養・外国語教育センター紀要. (12)a. Liar. b. Bastard. (13)a. Surely.. b. Certainly. それぞれ、 (11)は感嘆詞、 (12)は呼格、 (13)は -ly 副詞が単独で発話されている例であ り、NP 発話とは品詞上では異なる。しかし、これらも伝達機能上はかなり NP 発話と類 似する側面があると考えられる。特に -ly 副詞単独の発話は頻度も高く、様々なジャンル の文章でも多用される傾向があるため、Fillmore(1968)以降研究が進み、中右(1994)な どで整理が行われているモダリティとの関連も含めて考察する必要があると思われる。3 4.結語 本稿では NP 発話を考察し、この現象を解明するために必要と考えられる方向性を示し た。 実は、NP 発話に関しては既に関連性理論(Relevance Theory)における自由拡充 (Free Enrichment)の観点からの分析が Stainton(1994)ならびに Carston(2000)に よって行われている。しかし、そこで展開されている分析は NP 発話の解釈機構の解明に 主眼が置かれており、関連性理論の優位性を示すための考察例として示されているだけで あり、本稿および本稿に続く研究目標とはかなり異なるものである。 本稿は、細かい現象ではあるが、NP 発話を考察することによって省略現象と解釈の仕 組みを明らかにするために必要となる手段および方向性を示すものであり、統語論で用い られるような形式的特性とは縁遠い現象であるが、言語研究一般の対象を拡大する目標へ 近づくための準備作業を示したものである。 今後の作業として、フレーム問題、意味的ネットワーク、プロトタイプ理論などの問題 も視野に含める必要性が生じるかもしれない。それらの問題も含めたより詳細な考察およ び一般化等は今後の課題である。. 注 1.. 特定の言語要素が担う情報量という点において、英語は日本語よりも多くの情報を備 えている場合が散見される。例えば、次に示すように英語の代名詞、動詞などの用法 は日本語では成立しない。英語では代名詞と動詞の持つ意味が日本語より多義である. −118−.
(7) 名詞句発話. と同時に広いからである。 (i) Can you hear me? (* 私が聞こえる?) (ii)John ran to the station. (? ジョンは駅へ走った。 ) (iii)Run to me. (* 私に走ってこい。 ) 日本語の場合、 (i)は「私の言っていること」 、 (ii)は「走っていった」 、 (iii)は「私 のところに」などのように適切な言語要素を補足する必要がある。 2.. このように同語反復文を特徴づけることは極めて自然なことのように思われるが、直 接このことが言及されることは少ない。恐らく、あまりにも自明なことであるために 等閑視されている可能性もあるが、この点に関してより詳細に考察を行うことも重要 であるように思われる。. 3.. 小西(1966)では「節形式によらないもの」 、また Quirk et al.(1985)では“Block Language”という呼称で、それぞれ関連する様々な表現が挙げられている。 参考文献. Carston, R.(2000).“Explicature and Semantics” ,. 12,. 1-46. Fillmore, C. J.(1968).“The Case for Case” , In E. Bach & R. Harms(eds.) , 1-88. New York: Holt, Rinehart & Winston. 小西友七.(1966).『実用高等英文法』.東京.英宝社. 中右実.(1994).『認知意味論の原理』.東京.大修館書店. 日本語文法学会(編).(2014).『日本語文法辞典』.東京.大修館書店. Quirk, R., Greenbaum, S. Leech, G. and Svartvik, J.(1985). . London : Longman. 白井賢一郎.(1985).『形式意味論入門』.東京.産業図書. 白井賢一郎.(1991).『自然言語の意味論』.東京.産業図書. Stainton, R.(1994).“Using Non-sentences: An Application of Relevance Theory” , 2, 269-284. Wierzbicka, A.(1987).“Boys will be boys: Radical Semantics vs. Radical Pragmatics ” , 63, 95-114.. −119−.
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