エロス・ロゴス・ノモス : プラトンの人間観
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(2) . 西 岡孝 治: エ ロ ス ・ロ ゴス ・ノ モ スー プラ トン の 人間 観. エ ロ ス ◎ロ ゴス ◎ノ モス. -- プラトンの人間観 --. 西. 岡. 孝. 治. プラトンは, ソクラテスを継いで師の思想を発展させた, と言われる しかし それが真の発展 , . であ っ た の か, そ れ と も, 逸 脱 であ っ た の か, と 問 題 に さ れ る こ と が あ る。 ク ロ ス マ ン と ポ パ ー の. 説をみよう. 「ソクラテスは, その刑死により, 彼が仕えた思想を不死なもの とした。 ソクラテスの伝説は, 理性を信じる人々の霊感となっ た。 しかしながら, 最初に, このソクラテスの信念を定式化して 体系的な哲学に仕立てた人物は, 基本的に師とは異なる人間だっ た. それは, ちょう ど, パウロ がイエスの精神とは奇妙に隔っ た正統派のキリスト教神学を作り上げたのと同様である。 プラト ン と パ ウ ロ, こ の 両 者 と も, 一 つ の 信 念 へ の 転 向 者 であ っ た が, そ の 転 向 と ほ ぼ 同 じほ ど, 師 の. 信念を変更している. そのため, プラ トン哲学の歴史, そしてキリスト教の歴史のどちらにおい ても, 我々は, 師の理想と弟子の理想との間に奇妙な緊張をみるはめになっている。 そこで, 繰 り ,返し繰り返し, 弟子の教説の背後にある師の真の人柄を知ろうとする動きが起こるの である。 この場合, 師とその弟子の両方に忠実 であるのは, 不可能なこと である。」 「ソクラテスとプラトンとは, あらゆる種類の人間と人間の条件に通じているユーモアある一市 民と, アテナイの民主主義を嫌悪する-貴族 であり, 無知の知″ の人と, 権威主義者 であり, 話 ) し好きと, 大作家であり, 生そのものの具現者と, 生の冷た い観察者 である。 1 」 このクロスマンの結論は, こう である, 現代の民主主義社会にお いて, }」 「我 々 が 必 要 と す る の は, ソ ク ラ テ ス であ っ て, プ ラ ト ン では な い2 . \無 知 の 知″ を こ れ こ そ 本 当 の 科 学 精 神 であ る と ポパ ー も, 同 様 な 見 解 であ る. ソ ク ラ テ ス の \ , , ) 言 い, 3. 「ソクラテスの主知主義は, 紛れもない平等主義である 彼は, 誰でも教えられ学ぶ能力がある 。 }」 しかし 「ソクラテスの最も才能ある弟子 「更に, 反権威主義 でもあっ た4 , 。. と 信 じて い た。」. は, まもなく, 少しも師に忠実 ではないことを明かに示すことになった. 彼は, おじ達がしたよ )」 う に, ソ ク ラ テ ス を 裏 切 っ た の で あ る5 ..
(3) . 西 岡 孝 治: エロ ス・ロ ゴ ス・ ノ モ スー プラ トン の 人 間 観. プラトン非難者は, この2人だけではない. プラトンは, 古代の哲学者のうちでも特に民主主義 ) 人間性を受 け容れない で そのために自分自身をさえ救うこ を恐れた道徳的貴族主義者と言われ6 , , 7 ) プ とができなかっ た哲学者とも言われている . 確かに, ラトンの傾向は, 誘導や説得から, 強制に 向 っ て い っ たよ う に み え る. そ れ でい て, 他 方, ソ ク ラ テ ス の 影 響 は 決 定 的 であ っ て, 最 後 ま で残 っ て いる.. ガスリーは, 自然な発展として考えている. 彼も, ソクラテスと プラトンとの相違を認めるけれ ども, それは, ソクラテスが提起した倫理的主知主義の問題を, プラトンは, もっと包括的な次元 に 立 っ て 答 え る に ふ さ わ し い 器 であ っ た, と 言 う の で あ る. ソ ク ラ テ ス 問 題 に 対 す る 彼 の 見 解 は, プラ ト ン は, 終 始 ソ ク ラ テ ス を 念 頭 に 置 い て い て, こ れ こ れ に つ い て は, ソ ク ラ テ ス は, こ う 考 え て い た であ ろう と 信 じ て 書 い た の であ っ て, そ の こ と は, 彼 が い わ ゆ る 1 人 称 の 論 文 体 では なく, 8 ) 対 話 体 でも っ て 書 い て い る こ と に も 汲 み 取 れ よ う, と 言 う の であ る( .. それにしても, 誘導や説得から, 強制に重 点が移行していくのを, 発展と言うのも少し解せない と こ ろ があ る. そ こ で, ソ ク ラ テ ス か ら プ ラ ト ン へ の 移 行, つ ま り, プ ラ ト ン の 初 期 か ら 中 期 と 後. ) 」 の理解と, それに基く ポリス改革の 期へ至る過程は, 彼の 「人間的な本性 (dリ のガ”α 御α ) 為の諸方法の探求, の過程 である, と考えるのが, 本論の主旨である.. 1。 ソク ラテス (プラ トンの出発点) ソ ク ラ テ ス に つ い て の 現 存 の 資 料 は, ア リ ス ト パ ネ ス, プ ラ ト ン, ク セ ノ ポ ン, ア リ ス ト テ レ ス,. アイスキネス等のもの である. 各人各様の点もあれば, 共通な点もある. では, どれが真のソクラ テス像か, と言うことになるが, ソクラテスという, もともと複合的な人物は, 一面的に描かれて いるよりも, いろいろな角 度から多面的に描かれていてこそ, よく理解される であろう. ただし, o } そのソクラテスを ソクラテスの哲学的側面は, 同じく哲学者の資料が, 重視されねばなるまいl . 巡る状況は, やはり, 当時の新興知識人であり, 知者を自称していたソピスト達との根本的な対 立 から始まることになろう。 ソクラテスもソ プイ スト達も, 従来の伝統に批判的 であっ た。 従来のま ま の 伝 統 では, 新 し い 時 代 の ポリ ス を 支 え て い く こ と は, でき な く な っ た. では, どう し た ら よ い. この点 で両者は, 根本的に対立することになる. ソピストの相対主義は, 教条主義に対し て有効 ではある が, 極端になると, 知的, 倫理的なアナキ ズムになるご 人間尺度論の極まるところ, 、強い者は よ 一切の権威を否定し, 規範を否定し, 各人の実力のままにまかせるのが自然であり,\ , り多く取る.″ という, 一種の弱肉強食が本来の正義として主張されさえした. ソクラテスは, この のか?. 極端な考え方と対決する. 彼が従来の伝統を批判するのは, もっ とふさわしい, 普遍的なポリスの 基準を目指していたからである. (1) ソクラテスの魂論 このソクラテスが, 常々強調していた魂と, それに関する価値観がある. 古くは, 魂と言えば, 一種の息のようなもの で, 人が死ぬ時に肉体を離れて, 無力な亡霊となるという, ホメロス風な魂 があり, これが, 比較的保守的な当時のアテナイ 市民達の魂観 であっ たと思われる。 その他に, 東 方イオニアの自然学的魂観と; ディ オニ ュ ソスないしピュ タ ゴラス教団にみられる秘儀宗教的な魂 1 } 観 も あ っ た が, ア テ ナ イ 市 民 達 に は, あ ま り 通 用 し 難 い, な じみ の な い も の で あ っ た ら し い1 . 2.
(4) . 西 岡孝 治: エロ ス・ロ ゴス・ ノ モ スー プラ トン の 人間 観. そこへ, ソクラテスが, ほぼ今日の私達が考えるような, 人格や自我, 人間の主体としての魂を, 強調したの である。 「汝自身を知れ」 , と言われているが, 自分, つまり人間とは, 魂のことであろ 2 ) なによりも その魂が できるだけ優れているように 「魂を気遣う1 3 ) う1 」 べ きである, と勧め , , , たのである。 その際, ソクラテスはまた, 次のような価値順位を強調 している. 第1に重要なのは 魂であり, 第2に体, 第3に財産 である。 魂を中 心に して, それに近いほど重要 である。 だから, 例えば, 「魂の徳 (卓越性) を疎かに していては, 財産も仕事もみな醜くて悪いものとなる. 体の美しさ や強さも,(魂の) 臆病や劣悪と結びつくのは, どうみても不似合であり, 本人の人柄を, 益々明 4 〉 かに す る。 1 」. ソクラテスが繰り返して強調したこの考えは, プラトンの対話篇全体にわたっ て, 変奏曲のように 5 ) 出てくる。 最後の作 「ノモイ」 においても, 繰り返 し出てくる1 。 (2) ソクラテスの人柄 i) エロ ス の 人. ソ ク ラ テ ス は, も っ と よ い ポ リ ス ア テ ナイ を 願 っ た。 彼 は, そ の ポリ ス を 愛 し, ポリ ス の 市 民 達. を愛し, 特に, 青年達を愛したからである。 彼を訴えたメレトス達の起訴理由の一つが, 青年達を 腐 敗さ せ た″ か ら, であ っ た こ と も, ソ ク ラ テ ス が 日 頃, 青 年 達 に 近 づ き 親 しく 交 じわ っ て い た こ. とを示している. ソクラテスは, 今日の, いわゆる青少年教育者にと どまらず, それ以上の人だっ た. 彼は, 若々 しい青少年達の肉体の美しさに魅される, しかし, 同時に, 肝心の魂の方も, 美し 6 ) く 立 派 であ る こ と を, 願 わ ず に は い ら れ な い の であ る. 1 7 ) 当 時, 「少 年 愛 (m‘&β節”α) 1 」 が, 一 般 的 に 広 ま っ て い た こ と は, 周 知 の 通 り であ る. 今 日 で. は, このようなエロスは, およそ奇異なものとしか感じられないだろう. しかし, その 「少年愛」 8 } 後 に プラ ト ン が 愛 知 の 精 神 と ま で高 め る こ と に な る ソ ク の 実 態 は, ピン か ら キ リ ま であ っ て1 , , 9 )や ア イ ス キ フ ブ ス の 場 合 が, ど ん な も の であ っ た か は, プ ラ ト ン ばか り では なく て, ク セ ノ ポ ン1. 0 }の断片からも うかがうことができる ソクラテスは 若者達の美しい肉体や容貌に 心ひ ネス2 , , , 。 か れる の だけ れ ども, 常 に, 同 時 に も う 1 つ, 「ほ ん の ち ょ っ と し た こ と (叩‘叩6リ ガ) も, 備 わ っ て いる か どう か を 気遣 っ た。 「こ の 若 者 を, どう 思 い ま す か, ソ ク ラ テ ス, い い 顔 立 を し て い る で し ょ う P」 と, カイレポ. ンがたずねたの で 「並はずれているね。」 と, わたしは答えた。 すると彼は言った, 「しかし, このこが, その気になっ て着物を脱げば, あなたにとっ て, 顔立など問題 ではなく な る筈です。 まあ, それほど非のうちどころのない美しい姿をしていますよ。」. 一緒にいる連中も. 異 口 同 音 に, カイ レ ポン の 説に 賛 成 し た. そ こ で, わ た し は 言 っ た,. 「おやおや !. こ れ は 驚 い た, も しそ の 通 り だ と す る と, カ ルミ デ ス は, 無 敵 では な い か, た だ. し, 1 つ だけ, ほ ん の ち ょ っ と した こ と が, 彼 に 付 け 加 わ っ て い さ え す れ ば ね.」. 「それは, 何 ですか ?」 と, ク リ チ ア ス が 言 っ た. 1 )」 「そ れは, 魂 の 方 も, 生 れ つ き よ い 素 質 を 持 っ て い れ ば, と 言 う こ と だ2 . 3.
(5) . 西 岡 孝 治: エ ロ ス ・ロ ゴス ・ ノ モ ス ー プラ トン の 人間 観. 「ほかの事には, 無知なわたしだが, 神からわたしは, 誰が誰を愛しているかを, す ぐに見分. 2 }」 け る 力 を 授 か っ て い る ん だ よ2 .. フ リ ー ト レ ン ダー に よ れ ば, こ の ソ ク ラ テ ス の エ ロ ス は, 次 の 3 人 の 言 葉 が 示 し て い る 3つの要 3 ) 素 を, す べ て 持 っ て い る と いう2 .. 「死すべき人間は, 愛する時に, 最も善いものを与える.」. (教える方). ヘルダーリン. 「わ た し た ち は, 愛 す る 人 達 か ら の み, 学 ぶ も の であ る.」. (学 ぶ 方). ゲー テ. 「最も深い洞察は, ただ愛からのみ, 生れ出る.」. (教える方と学ぶ方). ニーチェ. プ ラ ト ン は, こ の ソ ク ラ テ ス の エ ロ ス を, 見 過 せ な か っ た の であ る. i i) ロ ゴ ス の 人. ソクラテスが, アテナイ市民の誰に でも話しかけて, 勇気とは何か, 正義とは, 美とは, 善とは 何か, 等と問いかけて, 相手の思い込みを指摘したことも周知のこと である。 神託をきっ かけに し て, 無知に思い至っ た彼は, そのような指摘によっ て, 他の市民達にも, 無知を自覚してもらい, もっ と本物を探求する意欲を持っ てもらい, 共に ポリスの新しい基準を探求する道を, 歩もうとし た の であ る. も っ と も, 彼 の こ の 意 図 は, プラ ト ン を 始 め, 何 人 か の 弟 子 を 持 つ こ と に よ っ て, い. く らかは成就したけれども, たいてい不首尾に終り, むしろ逆効果させ生み出した, というのは, 鋭い論理でもっ て, 自分の思い込みを, 人々の面前で指摘されると, 誰 でも狼狽し赤面するが, 多 くの者は, その責めを自らに向ける代りに, 指摘したソクラテスに向け, 憎悪したからである. こ の よ う な こ と が, 積 り 積 っ て, 結 局 ソ ク ラ テ ス の刑 死 を招 い た と 思 わ れ る.. ところ で, ソクラテスが, 特に倫理的方面で, ギリシャ の主知主義者と言われているのは, 単に 議論において, 相手をやりこめるうまさ だけによるのではない. 「汝自身を知れ」 , そして, 何より 「 「 誰も 自ら望ん で悪をなす 徳は知なり 」 「 魂を気遣う も 」 ようにと強調したソクラテスはまた, , , 4 )」 と 言 う 命 題 の 主 張 者 と して 有 名 であ る こ れ に つ い て は プ ラ トン だ け では なく に あ ら ず2 , , . ., プ も 我 伝 え て く れて い る ト テ 々 に ポン の 後 の ア リ レ ス も そ して ラ ト ン ス クセ ノ , . , , 5 )」 「正 義 そ の 他 す べ て の 徳 は 知 であ る と, ソ ク ラ テ ス は 言 っ た2 . 「彼 (ピ ュ タ ゴ ラ ス) の 後 に ソ ク ラ テ ス が 出 て き て, も ろ も ろ の 徳 に 関 し て, よ り い っ そ う 立 派 に, 且 つ, よ り い っ そ う 多く 述 べ た が, し か し 彼 も ま た 正 しく は 述 べ な か っ た. な ぜ と い う に 彼 6 )」 は, 徳 を知 識 と し て い た か ら であ る2 .. 「ソクラテ スは言う - - も し 誰 か が 誰 に でも よ い か ら, 〈正 しく あ り た い と 欲 す る か, あ る い は 不正 でありたいと欲するか, そのいずれであるか〉 とたずねるならば, 誰ひとり不正を選ぶ者は 2 7 ) な い であ ろ う , - - と .」. ソクラテスのこの主知主義的な命題力~当時のアテナイ市民達にとっていかに奇妙なバラドック .スであっ たかは,『プロ タ ゴラス』 におけるやりとりや, 上のアリ ストテレ スの言葉から も察 しられる. しかるに, プ 8 ) ラトンは, いく つかの対話篇の中 で, 特に 『ノモイ』 でも, 変 奏曲を, き かせ てく れる2 .. 2. プ ラ ト ン の 人 間 観 ソ ク ラ テ ス は, ア テ ナ イ の た め に 半 生 を 生 き, そ して 死 ん だ. 青 年 達 を 愛 し た エ ロ ス の 人 であ り,. かつ, 鋭い論客 であり, 「徳は知なり」 と言っ たロ ゴスの人ソクラテスは, 保守的なアテナイ市民を 覚醒させ, ともに, 新しい時代にふさわしいポリスの基準を探求しようとしたの であっ た. 4.
(6) . 西 岡 孝 治: エロ ス ・ロ ゴス ・ ノ モ ス ー プラ トン の 人間 観. 「もし諸君がわた しを死刑にしてしまうならば またほかにこういう人間を見つけることは 容 , , 易 ではないだろう。 わたしは何のことはない, すこし滑稽な言い方になるけれども 神によっ て , こ の ポリ ス に, 付 着 さ せ ら れ て い る も の な の です そ れ は ち ょ う ど こ こ に 一 匹 の 馬 が あ る と し 。 , て, そ れ は 素 性 の よ い 大 き な 馬 な の です が 大 き い た め に か え っ て 普 通 よ り に ぷ い と こ ろ が あ っ , ,. て, 目をさましているのには, 何かあぶのような ものが必要だという そういう場 合に当るの で , す。 つ ま り 神 は, わ た し を ち ょ う どそ の あ ぶ の よ う な も の と し て こ の ポリ ス に 付 着 さ せ た の で , は な い か と, わ た しに は 思 わ れ る つ ま り わ た し は あ な た が た を 目 ざめ さ せ る の に 各 人 1 人 。 , , 1 人に, どこ へ でも つ い て 行 っ て 膝 を ま じ え て 全 日 説 得 し た り 非 難 し た り す る こ と を , , , , ,. 少しもやめないものなのです。 だから, こういう人間を もう1人さがすといっても 諸君よ , , , そう容易に諸君には得られないだろう。 もし諸君に, わたしの言う意味がわかるならば 諸君は , わたしを大切にしておかなければならないことになるだろう しかし諸君は たぶん 眠りかけ , . , て いる と こ ろ を起さ れる 人 た ち のよ う に 腹 を立 て て アニ ュ トス の言に 従 い わた し を叩 い て , , , , 軽 々 に 殺 して しま う で しょ う そ し て そ れ か ら の 一 生 を 眠 り つ づ け る こ と に な る で し ょ う2 9 )」 。 , 。. こ う の べ た ソ ク ラ テ ス が, こ と も あ ろ う に 死刑 に な っ た プ ラ ト ン が受 け た 衝 激 は 大 き か っ た で 。. あろう. 彼は, 政治家になる ことを, ひとまず断念して 行動よりも 行動を基礎づける哲学へと , , 向 っ た の であ る。 ソ ク ラ テ ス の こ と は 常 に 念 頭 に あ り プ ラ ト ン は ソ ク ラ テ ス を も と に し て 考 え , ,. たであろう。 目標はポリスの改革 である 。 更に, 理想を描く ことと, その理想をどうやって少しでも実現化するか ということとは別 であ , る. 晩年のプラトンは, ソクラテ スという人間だけを手掛りとして人間の本性を考え 人間や ポリ , スの在り方を考える のではなく, 多くのソクラテス的でない人間に ついても考慮するようになった と考え ざるをえな い. (1) エ ロ ス プ ラ ト ン は, 『饗 宴』 の 中 で ソ ク ラ テ ス に 対 す る ア ルキ ビ ア デス の エ ロ ス の 様 を 大 変 み ごと に 描 , いて い る の で, プ ラ ト ン 自 信 も ひ ょ っ と し た ら ソ ク ラ テ ス に 対 し て ア ル キ ビ ア デス の よ う に , , ,. 毒蛇に心臓あるいは魂 を咳まれるような エロスの体験をしたのではないか と思われるほどである 確 , 。 かに, プラトンはソクラテスという美しい魂に出会っ たからこそ 彼の哲学を産み出すことができ , たのにち がいない. プラトンの中期の 『饗宴』 と 『パイ ドロス』 では エロ スはもはや地上的なも , , の, 人間達の間に抱かれる感情の1つであるにと どまらずに より高い美 より永続的な美を求め , , てやまず, 究極は, 形而上学的な 「美そのもの」 あるいは 「美のイ デア」 にま で至ろうとする ダイ モンの一種, あるいは不死の魂の情熱とされている 『饗宴』 によれば エロス (恋) とは 動物に 。 , , も人間にもすべ て死すべきものに働きかけて不死を得よう とさせるもの である 不死とは本来 神々 。 , の属性 であるから, たとい人間にせよ人間的な本性 が神的な本性に変らない限り 不死を得ること , はできない。 こう して, 個々の人間的な本性は不死とならなく ても しかし 子孫を残すという方 , , 法によっ て, そして, その方法によっ てのみ, 人間は生命を長らえ いわば神的な不死を得ること , ができる。 それが生殖であり 出産 である 従って 神的なものを求めるこの行為 例えば男女の交 , 。 , 0 ) さて わりは出産 ( 叱o ) であっ て, 神的なこと である3 出産には相手 を必要とするが , 。 , 神 的なものは醜いものとは調和せず, 美しいものと調和 するから 美しい相手を捜し求める これが , , 。 エロスが美を目指す わけ である 更に出産には 二通りあっ て 肉体の上 での出産と魂の上での出産 。 , がある。 前者は人間の子を生ん で育てる通例のもの であり 後者は詩人や立法家その他 文化的な , , もの である。 精神の子の方 が, 肉体の子よりもはるかに 不死性と名声と記憶をもた らしてくれる , 5.
(7) . 西 岡 孝 治: エロ ス・ ロ ゴス ・ ノ モ スー プラ トン の 人間 観. ことは, 肉体の子を生んだ功績によっ て神殿を建ててもらっ た者は, これまで誰もいないことから も わ か る. こ の エ ロ ス は, 肉 体 の 美 か ら 始 ま っ て, 魂 の 美 へ, そ して 究 極 的 な 美 そ の も の へ 至 る. 『パ イ ドロ. ス』 においても, 第1段階は肉体の美から始まるとされている. しかし, 何人がこのエロ スの段階 を頂上近づくほど登ることができようか? (2) ロ ゴス ソクラテスは, ソ プィ スト達の相対主義に反抗して, 非相対主義, つまり一種の不可知論と信念 1 )を 生 み 出 し た の であ る 彼 は 市 民 ief)3 との独特な混合 (aunique mixture ofagnosticism andbel . 達の思い込みを鋭い吟味にかけて, どんな鋭い吟味にも耐えうるよう な倫理的基準を探求する第1 歩を作ろうとした. 彼自身は, 求めるべき基準については常に無知 であると語り, 積極的な教説を 残していない. プラトンはこのソクラテスの後を継い だ. しかし同時に, 法律やモラルは自然的な ものか, それとも元来, 習慣的人為的なものか, 徳は教えうるのか どうか, 精神が先か魂を持た な い自然が先か, 一切の価値は相対的なのか どうか, 弁論術の本性と立場, 存在と非存在,.真知と臆 見, 言葉とその対象 -- プラトンの2世代前の人々 が白熱の議論を戦わせた諸問題に も取り組ん だ. これは, ソクラテスの倫 理的主知主義だけ では手に余り, もっ と包括的な解決, つまり, 形而 上学や人間の魂論, 宇宙論を含めた 全実在の新しい見方を必要とした. プラトンの対話篇は, その 思索の跡 である. それも完全な解決というよりも, 後の哲学に対して, およそ重要で基本的な問題 を提示したという方が正しいかもしれない. いわゆる プラトンのイ デアも, ソクラテスの探求 した 普偏的な基準に答えるため であっ た. このイ デア論もしかし, 人間の頭脳や人間の世界に依存しな いイ デア を, 人 間 が い か に し て 把 握 でき る の か, も し 把 握 でき た と して, どん な も の であ る か, と. いう難問が残る. プラトンも, この点 では, 無知の知を強調 した師の弟子らしく 大変用心深いとこ 2 } 恐らくイ デアは 〈完全にチ醤屋されない限り無意味なもの〉などではなくて, エロスのよう ろがある3 , . に, 探求し続けられる所に 意味があるものかもしれない. プラトンの一貫した動機である現実との 関係を思えば, なおさらそのように考えられる. それにしても, ロ ゴスの 道も険しく, 妨害は小さ く な い.. (3) ノモス 人間がエロスによっ て, 肉体の美から始めて, そこに停滞することなく, より高くより永続的な 美を求めて登り続けられたならば申し分なかっ たろう. また, ロ ゴスの道を妨害もな ○順調にた ど る こ と が でき た ら 申 し 分 な か っ た ろ う. し か し, ソ ク ラ テ ス ほ どの み ご と な エ ロ ス と ロ ゴス の 調 和 の 人 でさ え, 無知 の 知 を 掲 げて い た では な い か. ソ ク ラ テ ス 以 外 の 多く の 人 間 に と っ て は, な お さ ら の こ と, エロ ス の 道 も ロ ゴ ス の 道 も 遠 く て 険 し い だ ろ う. 既 に プラ ト ン は, 上 昇 的 な エ ロ ス だ け 3 } 『国 家』 に お い て も では なく, 下 降 的 な エ ロ ス を の べ て ロ ゴ ス の 道 の 最 大 の 妨 害 物 と し て い た3 , .. エロスは快 楽や欲望と結びついている最大の障害物 である. 例えば, 人間が老年になっ てやっ とお 3 4 } さまっ てく ,れる暴君にたとえられ , あるいは, 過度を避ける思慮とは 無関な最も大きくて激しい 3 5 } 愛欲といわれ , あるいは, 人間が物を学ぶことに没頭することによっ て弱められ潤れることを期 6 ) 魂の中のすべての節度を一掃して狂気でみたす借 主制的な人間の心情とさ 待される欲望とされ3 ,. 7 ) こ の 下 降 的 な エ ロ ス は ソ ク ラ テ ス の 場 合 の よ う に 部 分 的 では なく て 全 人 的 であ り, れ て い た3 , , .. 8 } 官能的 ではあっ ても上昇的なエロスへ と転換の努力がされる 必要があろう3 .. しかし, プラトンは, 理想を少しでも実現しようとした時, 人間の欲望の根深さを更めて思い知 ら さ れ て, エ ロ ス (上 昇 的) でも ロ ゴ ス で も な い, ソ ク ラ テ ス と い う 人 間 と は あ ま り 関 係 の な い ノ モ ス を, 考 慮 し な い わ け に は い か なく な っ た の であ ろ う. 6.
(8) . 西 岡 孝 治: エロ ス ・ロ ゴス ・ノ モ スー プラ トン の 人間 観. 9 ) 4 1 0 ) 「無知4 ) 『ノモイ』 にも, ソクラテスの 「徳は知なり3 」 」 などの変奏曲が依 , 「魂・体・富 」 , 然 と して き こ え て い る. し か し, 重 点 は も は や エ ロ ス でも ロ ゴス でも なく ノ モ ス (法 律 習 慣) が , ,. より現実的な (従って次善の) ポリスと, その市民を支配するものとされる ノモスの支配には 二 。 2 ) 3 ) 通 り あ っ て, n脅 し″ (d〃”局4 ) と, n習 慣 づ け″ (おo 4 ) であ る。. リストによれば, 既に 『国家』において, プラトンが真知 ではなくて正しい思い込み (中鋤 防ぎ α) を認めることによっ て,「彼は年を重ねるに従っ て, 大多数の人間にとっ ては 習慣がモラルの鍵 で , 4 ) あ る こ と を 益々 確 信 す る よ う に な っ た 」 と い う4 . 。. 5 ) 『ノ モイ』 に お い て は 一 般 人 の 徳 は 明 か に 知 識 や 正 し い 思 い 込 み に でさ え も なく ドッ ズも4 , , , ,. 一連の条件づけと習慣づけに基づけられている, としている .. 6 ) ノ モ ス の 立 場 は, どう み て も, 「吟 味 の な い 生 は, 人 間 が 生 き る に 値 し な い4 」 と言っ た 彼の 師か. ら は, 思 い も よ ら ぬ こ と であ ろ う コ ン フ ォ ー ドは, ソ ク ラ テ ス が 捕 え ら れ て 第 2 回 目 の 裁 判 に 。 ,. かけられ, 「暁の会議」 で, 議長席のプラトンと対決している場面を想像して思う, 「ソクラテスは, またもや持ち前の限りない自由と自律心とを発揮した が プラトンは 人類に , , と っ て こ れは 耐 え ら れ る も の では な い と 予 測 ず み で あ っ た ,. それでプラトンは, 少数のエリートが, 愚かな多数者の道義心を保持するこの社会を考案したの. 7 )」 であ る4 。. プラトンが, このようなノモスを考え ざるをえなかっ たソクラテス的でない人間の本性の弱さに 対する慨嘆の声は, こう であっ た。 「人間の本性は誰にしても, 人間の ポリ ス 生活にとっ て有益な事柄を認識し その上 で常に最善 , 8 }」 のものを目指し実行するようには できていない4 。 「人間の本性は, 倣慢と不正にみたされずに絶対的な権力者として 人の世の一切をとりしきる ,. 9 )」 こ と が でき る ほ ど, 決 して 十 分 な も の では な い4 。. 「快 楽 と苦 痛 と が, ポリ ス に お い て も, 個 人 の 品 性 に お い て も 問 題 の す べ て を 占 め る と い っ て ,. )」 い い50 .. 1 ) 『ノモイ』 で, 法の 「前文」(叩o o匁のし5 ) を 「本文」 に加えるよう提案されている. 「前文」 は説得の役を持ち, 「本文」 は, 脅しと習慣づけの役を持つ .. 結び. こ れに な ら っ て い え ば, プ ラ ト ン の 思 想 に お い て, エ ロ ス と ロ ゴ ス は 「前 文」 に あ た り ノ モ ス ,. は 「本文」 にあたるといえるかもしれない. ただし, この場合, 「前文」 が 「本文」 に劣るというこ と は でき な い. 王 ). ( 1 ) R,H.S.Crossman,P1 61 at o Today(London.Unwinbooks . ,1973 < 1937>) ,p id 187 2 ( ) ib . , ,p P ie di ty 瀧ー ( 3 ) opper t 112 ) sEnemie s(London ,The 0penSoc , ,1945 ,p 1 1 3 ( 4 ) ibid. . ,p 171 ( 5 ) ibid. , ,p. 6 ) マツキーバー 「自由の抵抗線」 嫉み- ( 1 5 9 0 , 昭和31年) , p. ,6 ( 7 ) マンフォード「人間の条件」(鎌倉書房, 昭和 25年) P.54 , ie fGr ( ) Guthr t i l 8 s o ryo idge 1969 eekPh osophy n頁London,Cambr )p ,A Hi .325-355 9 ( ) Symp 713c .212b .149c ,Tht . ,Lg ,854a. ,. ,. 7.
(9) . 西 岡 孝 治: エロ ス・ ロ ゴス ・ ノ モ スー プラ トン の 人 間 観 ie id 328;329 ( 1 の Guthr . ・ ,ib ,p. 8 の 出隆 「ギリシャ人の霊魂観と人間学」(勤草書房, 昭和49年) , P.6 1130c 0 2 ) A1 c . 1 q 3 つ Ap . . ,29ea t 0分 M〆・ ・ ・HP .N丘,372e . . ,313a ,325dー326C AP , ,246decf ,373a chrm.156b ,157a Euthd ,271c ,281a-e Pr 1131 i 29de c . . . ,464a A1 ,47d-48a Grg ,36c Cr 661 0の Lg . . .727-728a ,743e ,84lc ,870ab ,902b ,913b ,631c ,660e , ,662a ,697b ,716a ,729a 154de 6 q ) Chrm. f Qの SymP .636bc ・181c .SymP .192b ,836bc ,839bc ,841d ,184C C ,Lg 1 Y k H & R P b 1 9 6 4 44 i l P N t ・ ) qの Fr ander o( e o r a r e r o w u ed a w p p . . , , i l i 亘6 M b l 2 2 8 2 7 tIV 20 0の Banque r e m o a a w . . , , , ib iades αの A1 c ( 2 1 ) Chrm.154de ( 2 2 ) Ly .128b .204b cf .Symp .177d ,Chrm.15灘,Thg i l i i b d 5 0 ed ande ( 2 3 ) Fr r p .. , 509e t ( 2 4 ) Prt .345d cf .Pr .358ccet .Grg . 1 19 5 ( 2 5 ) Mem.1 . i l to t ( 2 6 ) Ar s e es ,ル凸虹1182a20 i b i d 1 1 8 7 ( 2 7 ) a7 . 2 8 ( ) Lg .689a;731c ,734b ,860d 3 0 3 1 ( 2 9 ) Ap e- a . 鰐の Syα I P .206c ’ fP1 i l l& Rus 67 l to )p cs(New Yo rk s e seu op ] ば l ento a sEth ( 3 1 ) Gould . ,Rus ,1972 ,The Deve 鰯) R.506de t 窮め Phd ・64d ・ ,66bce ( 3 4 ) R.329cd 倦め R.403a ( 3 6 ) R.485d し o dEpの 3 7 ) R.573ad z中αリ ( ’ 0 B i T i )P t M ren ra cP都 r adoxesandthe Greek M丘nd(N.C.・N.C.Pr ( 3 8 ) .1 .1967 .227 . ,228 , heSoc ( ) Lg 3 9 f 28 ) .731c .( ,860dc. ( 4 の c f 1 5 ) .( 阻) Lg ・732b ,863C はめ Lg 2 9 8 a ・ l は 3 ) Lg ・ .663b ,942abca ,655e ,807d ,817e ,841b )pユ47 i は 4 )J opr osandPsyche(Canada‐Un v ・1964 ・ofToront .M.Rist ,Er 212 i l i f i l U i fC )p k dt h 1 T h G t は 5 ) E・R.Dodds rna Pr r er a ona ( nv ee san . .1968 ・o a o , e r ) Ap.38a は 6 iv idge Un )p i i 1 t t ( 4 7 ) F.M.Cornford,The Unwr mコbr osophy(Cz en Ph .67 .1967 .Pr はめ Lg .875a 875b は 9 ) Lg・713c,cf . ( 5 0 ) Lg.636d ( 1 ) Lg.722ecet 5 . (本 学 講師 ・ 函 館 分校). 8.
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