高等学校におけるダンス授業に関する研究 : 熊本
県の高等学校教員を対象とした調査から
著者
山部 優香里, 藤塚 千秋, 坂下 玲子
雑誌名
熊本学園大学論集 『総合科学』
巻
26
号
2
ページ
21-35
発行年
2021-03-25
URL
http://id.nii.ac.jp/1113/00003401/
高等学校におけるダンス授業に関する研究
-熊本県の高等学校教員を対象とした調査から-
山部優香里(熊本学園大学 非常勤講師)
藤塚 千秋(熊本学園大学 准教授)
坂下 玲子(熊本大学 教授)
Ⅰ はじめに
1. 学習指導要領からみた学校におけるダンス教育の変遷
わが国において、ダンスが学校教育に取り入れられたのは明治 10 年頃である(文部省, 1951)。その後幾多の変遷を経て現在に至るが、まず約 10 年毎に改訂されている指導要領お よび本県のダンス教育について振り返り、本研究の課題を明らかにしていく。 ダンスは、第二次世界大戦後の昭和 22 年度学校体育指導要綱(文部省,1947)で初めて児 童生徒の表現遊びや作品を創作する「表現」を主たる内容として確立され、女子を対象とす る独立した種目となった。 昭和 26 年の中学校・高等学校学習指導要領保健体育科体育編(文部省,1951)において も、ダンスは中学校・高等学校で女子の中心教材とされ、内容はステップを中心とする基礎 運動、柔軟度を養う基礎運動、既成作品の表現、作品創作、およびフォークダンスであっ た。一方、中学校および高等学校の男子には選択教材としてフォークダンスのみが示され た。 昭和 31 年の高等学校学習指導要領保健体育編(文部省,1956)でも女子に好ましい種目と して内容を表現とフォークダンスとした。男子においては、フォークダンスのみがレクリ エーション種目の 1 種目として示された。 昭和 33 年の中学校指導要領(文部省,1958)でも女子を対象に、フォークダンスと表現を 内容とし、グループ学習が取り入れられた。昭和 35 年の高等学校学習指導要領(文部省, 1960)においても、女子を対象に内容をフォークダンスと舞踊創作とした。男子にはフォー クダンスのみであった。 昭和 44 年の中学校指導要領(文部省,1969)においても対象を主に女子とし、内容を フォークダンスと、表現から名称を変えた創作ダンスとした。また、昭和 45 年高等学校学The Study of Dance Lesson in High School
- The Survey intended for High School Teacher
in Kumamoto Prefecture -
習指導要領(文部省,1970)でも、ダンスの内容は中学校と同様で、ダンスは選択必修とし て女子を主な対象とし、男子には選択必修の第 2 選択として履修の余地を残した。 昭和 52 年中学校学習指導要領(文部省,1977)では選択制授業が導入され、主として女子 を対象に(創作)ダンスが示され、フォークダンスを含めることができるとした。昭和 53 年度高等学校学習指導要領(文部省,1978)でも中学校と同様の内容である。 平成元年の中学校指導要領(文部省,1989)では、武道またはダンスのうちから一を選択 履修とし、内容は記載順の変更があったが創作ダンスとフォークダンスであった。高等学校 指導要領(文部省,1989)でも同様のことが示され、男子もダンスを履修できるようになっ た。 平成 10 年中学校学習指導要領(文部省,1998)および平成 11 年高等学校指導要領(文部 省,1999)では、「創作ダンス」「フォークダンス」に加えて、新たに創作型学習として「現 代的なリズムのダンス」が導入された。また、地域や学校の実態に応じて社交ダンスなどそ の他のダンスも履修できるようになった。 平成 20(2008)年 3 月告示の学習指導要領で、中学校においては平成 24(2012)年度入 学生からダンスが武道とともに男女必修となり順次施行されるようになった。中学校で男女 必修となった「ダンス」は中学校第3学年との接続を踏まえ、高校入学年次において、「器 械運動」、「陸上競技」、「水泳」と同じまとまりとなり、選択できる 1 領域となった。(文部 科学省,2008)。 平成 29・30 年改訂の新学習指導要領では、内容(創作ダンス、フォークダンス、現代的 なリズムのダンス)および取り扱い(中学・高校の接続)において変化はなかった。「主 体的・対話的で深い学びの実現」を目指して、授業改革が求められた(文部科学省,2017・ 2018)。
2. 熊本県の高等学校におけるダンス教育のあゆみ
概ね 10 年ごとに改訂されてきた学習指導要領を反映するように、熊本県高等学校体育連 盟(県高体連)ダンス専門部が主催するダンス発表会もまた変化してきた。県高体連ダンス 専門部は昭和 25(1950)年に全国に先駆けて組織された。当時、体操部との同居を解消し、 競争ではなく、皆が参加して創作した作品を発表、鑑賞し合い資質を高めることを目指し、 昭和 26(1951)年 1 月に第 1 回熊本県高等学校ダンス発表会(県発表会)を開催した。 その後昭和 32(1957)年度頃から、それまでクラブ員の参加がほとんどだった県発表会に 校内発表会を経た授業作品を参加させるようになった。昭和 37(1962)年度頃からは、振り 付け、詩吟舞踊、既成作品に加え、創作ダンス作品が発表された。そして、昭和 45(1970) 年度には地区別発表会が開催されるようになり、創作ダンス作品の発表が中心となった(熊 本県高体連,1979)。昭和 48(1973)年度から昭和 55(1980)年度まで共通テーマが設けられ、 多様な表現が追求された。 昭和 63(1988)年度に日本女子体育連盟が主催して第 1 回全国高等学校・大学ダンスフェ スティバル(全国高大ダンスフェスティバル)が開催され、創作ダンスへの関心の高まりを 受け、翌平成元年度には県発表会でも参加者が一気に 100 名ほど増加した。平成 2(1990)年度には本県からも全国高大ダンスフェスティバルへの出場を目指してコンクール部門が新 設された(熊本県高等学校体育連盟,1998)。男子はダンスの履修が可能になった平成元年度 改訂後の平成 7 年度に初出場した。平成 10(1998)年度には男子のみの作品が発表され、以 降毎年男子が参加するようになった。 近年は授業作品に加え部活動作品も参加するようになった。先述の全国高大ダンスフェス ティバルへの初出場は 2004 年で、以後本県からも継続して出場している。平成 29(2017) 年度には第 68 回発表会を開催し、現在も授業や部活動の成果を発表する場となっている (熊本県高等学校体育連盟,2018)。 また、本県高等学校体育連盟が把握している平成 29(2017)年度のダンス部活動・同好会 は 10 校 256 名(男子は 2 校 25 名)で、10 年前と比較すると増加している。本県同様にダン ス専門部が高体連に加盟しているのは 11 県で、女子 337 校 11,887 人、男子 177 校 943 人が 加入しており、10 年前と比較すると増加している。他の都道府県ではダンスは高体連に加盟 しておらず、また全国高等学校体育連盟にはダンス専門部は存在しない。
3. 熊本県におけるダンス教育の課題と問題点
平成 20(2008)年の学習指導要領改訂において中学校で男女ともに必修になった「ダン ス」は本県中学校においても必修化が浸透し、主に「創作ダンス」と「現代的なリズムのダ ンス」の組み合わせで実施されている(寺本,2017)。今回の指導要領改訂の趣旨である中学 校との接続および本県中学校の状況を踏まえるならば、高等学校ではさらに充実した「ダン ス」の実施状況が望まれるだろう。しかし、県発表会への参加校は昭和 58(1983)年度以降 20 校を超えていたが、平成 27(2015)年度以降は 20 校以下に減少している(熊本県高等学 校体育連盟,1987 ~ 2018)。このことから、今後の高等学校におけるダンス教育と県発表会 のあり方が注目される。 また、ダンスの特徴や学習について、「女子に律動的で優美さと軽快さを養う運動を与え」 (文部省,1947)、「リズミカルな身体の動きで、自分の思想や感情を美意識に基づいて自由に 創作的に表現するものであるから、情操を豊かにし、表現力・創作力・鑑賞力を養うのに効 果的」(文部省,1951)とした。そして、ダンスは「心身を解き放して、自ら考え工夫する とともに、誰とでも協力して課題を解決していくことを目標とすることが大切」(文部省, 1999)とされ、現在では「心と体を一体として捉える学習」や「豊かな関わり合いの学習」 といった学習指導要領の趣旨に合致する内容として期待される一方、「創作ダンス」につい ては自由で創造的な学習という特性からくる学習内容の設定や指導のむずかしさが依然とし て大きな課題となっている(村田,2010)。 加えて、平成 10(1998)年の指導要領改訂に伴い「現代的なリズムのダンス」が導入さ れ、平成 20(2008)年には中学校で男女ともにダンスが必修となったことで、「現代的なリ ズムのダンス」の学習内容に誤解と混乱が生じている(中村,2013)。それは、「現代的なリ ズムのダンス」が、指導要領解説に示す生徒が自由に動きを創出する学習というより、定形 型の踊り方学習であるため「指導がしやすい」として採択されているということである。本 県中学校を対象にした調査においても寺本(2017)は中村(2013)と同様に、「現代的リズムのダンス」の授業内容では「振り付けたダンスを踊る」、「VTR 等による振り写し」など が多く取り扱われていたことから、「現代的リズムのダンス」について教育的意義を明確に し、望ましい指導方法の検討を示唆している。 さらに、中村(2013)、松本・寺田(2013)、神田ら(2013)および栫・小松(2015)らは ダンス授業の課題として指導者自身の課題(経験と指導力等)があると指摘し、相次いで現 職教員を対象にダンス授業の指導に関する実態調査を行い、ダンス授業実践における課題解 決を目指して研修会等の内容に反映させようとしてきた。このように、他都道府県の状況か ら本県においてもダンス授業のより良い実践に向けて課題を整理し解決方法を模索する必要 があると考えるが、高等学校ならびに特別支援学校高等部を対象とした先行研究は見当たら ない。 そこで本研究では、本県の高等学校ならびに特別支援学校高等部の指導者を対象としたダ ンス授業に関するアンケート調査を行い、他の運動領域とは異なる特性を有するダンスの授 業実践の発展を目指すために基礎的資料を得ることとした。併せて、今後の大学における効 果的な体育授業(ダンス)の実践法を検討するための資料を得ることを目的とした。
Ⅱ 方法
1. 対象および調査時期
調査対象は、熊本県内の高等学校・支援学校(高等部)の現職教員であり、体育主任、ダ ンス担当者、ダンス部顧問、ほか保健体育科教員とした。質問紙は無記名とし、結果は学術 論文・報告書および学会での発表でのみ使用・公表することを書面で説明し、協力を得られ た教員にのみ調査票を返送するよう求めた。調査時期は平成 29(2017)年 2 月であった。2. 調査内容・項目
調査内容・項目は、栫・小松(2015)の先行研究を参考に作成した。 1)対象者の属性 基本的属性として、性別、年齢、担当教科、教員歴、職名、職責などについて回答を求め た。職責については、体育科主任・ダンス担当・ダンス部顧問のいずれかとした。 2)ダンスの経験 小学校から高校までと大学でのダンス授業の受講経験、および授業外でのダンス経験の有 無、授業・部活動でのダンス指導経験の有無とその年数について回答を求めた。 3)ダンスの好嫌度 ①ダンスを踊ること、②ダンスを創ること、③ダンスを観ることについて、「とても好 き、」「まあまあ好き」「ふつう」「あまり好きではない」「嫌い」の 5 件法で回答を求めた。4)ダンスの指導観(好嫌度・自信の有無) ダンスの指導について好嫌度について、「とても好き」「まあまあ好き」「ふつう」「あまり 好きではない」「嫌い」の 5 件法で回答を得た。また、指導の自信について、「とても自信が ある」「まあまあ自信がある」「ふつう」「あまり自信がない」「自信がない」の 5 件法で回答 を得た。 5)中学校との接続およびダンス授業の実施の有無 勤務校でのダンス授業について、中学校との接続および発達の段階に応じた指導内容の整 理を考慮しているか、「考慮している」「考慮していない」「わからない」の 3 件法で回答を 得た。また、ダンス授業を実施していると回答した者に対し、実施の状況について尋ねた。 内容は、学年ごとに必修・選択か、共修・別修か、単元時数、ダンスの種類、発表の内容で あった。 6)ダンス授業に関して感じている問題および要望 問題点を 12 項目、要望 5 項目について、複数回答にて調査した。 7)ダンス授業で生徒に獲得してほしいこと(期待)と獲得したこと(効果) 創作ダンス、現代的なリズムのダンス、フォークダンスについて、最も身につけて(獲得 して)ほしいこと(期待)と最も身につけた(獲得した)と思うこと(効果)を 28 項目か ら 5 項目を選択して回答を得た。
3. 統計解析
集計は、単純集計およびクロス集計によりパーセンテージを算出した。統計処理は、カテ ゴリー化された項目についてはχ² 検定、実数値については対応のない t 検定を行い、相関 はピアソンの相関係数を算出した。統計ソフトは IBM SPSS Statistic 21 を用いた。Ⅲ 結果および考察
1. 回答状況
本調査の回収率は 58.9%(95 校中 56 校)であった。校種別の回収率は、高等学校 53.3%(77 校中 41 校)、特別支援学校 83.3%(18 校中 15 校)であった。 回答者数は計 136 名であり、高等学校から 100 名、支援学校から 36 名の回答があった。 本研究では、欠損のあるものを除いた高等学校 99 名を分析対象とした。2. 対象校・対象者の特性
性別の内訳は、男性 70.7%、女性 29.3%であり、平均年齢は 39.03 ± 10.49 歳、教員経験の 平均年数は 14.55 ± 10.63 年であった。3. ダンス授業の受講経験および授業外でのダンス経験
1)小学校から高等学校までの受講経験 小学校から高等学校までのダンス授業の経験については、「ある」51.0%、「ない」48.0%、 「わからない」1.0%であった(表 1)。また、経験したダンスの種類は「表現運動・創作ダン ス」が 33.3%と最も多く、次いで「フォークダンス」29.3%、「(現代的な)リズムダンス」 16.2%となっており、学習指導要領に即したものだった(表 2)。さらに、授業の印象につい て「楽しかった」と回答したのは 47.9%とやや少ない結果であった(表 3)。 2)大学での受講経験 大学でのダンス授業経験の有無は、「ある」62.6%、「ない」37.4%と半数以上の者が大学 時代にダンス授業を経験していた(表 4)。また、経験したダンスの種類(表 5)は「表現 運動・創作ダンス」55.6%、次いで「(現代的な)リズムダンス」29.3%、「エアロビクス」 11.1%であった。小学校~高等学校までの受講内容とはやや異なり、「(現代的な)リズムダ ンス」の経験者が増加した。授業の印象については「楽しかった」と回答した割合が 72.6% と高く、小学校~高校までの経験より改善されていた(表 6)。3)授業以外でのダンス経験 授業以外のダンス経験は 20.2%と低く、経験したダンスの種類に大きな差異はなかった (表 7)。 4)授業や部活動でのダンス指導経験 授業でのダンス指導経験年数は、5.45 ± 8.48 年であり、男女別では男性 1.95 ± 3.54 年で あったのに対し、女性は 13.41 ± 10.85 年と指導経験が有意に長かった。部活動でのダンス 指導経験年数は、0.28 ± 2.20 年と非常に浅かった。 また、ダンス授業の受講経験のない男性もダンス授業を担当していた(男性全回答者の 12.8%)。
4. ダンスの指導観(ダンスの好嫌度・ダンス指導に対する自信)
ダンスの好嫌度(表 8)について、「踊ること」「創ること」「観ること」の 3 つの視点で尋 ねた。「とても好き」、「まあまあ好き」の割合は、「観ること」が 18.2%、46.5%(合わせて 64.7%)と最も高く、次いで「踊ること」が 11.1%、34.3%(合わせて 45.4%)となっていた。 「創ること」は 3.0%、22.2%(合わせて 25.2%)と低かった。 男女別にみてみると、「踊ること」については男性で「とても好き」「まあまあ好き」と した割合はそれぞれ 8.6%、27.1%(合わせて 35.7%)であったのに対し、女性は 17.2%、 51.7%(合わせて 68.9%)と有意に高く、女性の方が「踊ること」が好きといえる(表 9)。5. ダンスの好嫌度とダンスの指導観との関連
教員自身のダンスに対する好嫌度とダンスの指導観との間には、正の相関関係が認められ た(表 12)。栫ら(2015)は、ダンスそのものに対する印象が良い教員はダンスの指導にお いても自信を持って取り組めている可能性が高いことを示唆しているが、本研究の結果にお いても同様の傾向を示していた。6. 中学校との接続およびダンス授業の実施の有無
中学校との接続について、「考慮している」31.7%、「考慮していない」46.3%、「わからな い」22.0%であり、接続を考慮していない学校が多かった(表 13)。 ダンス授業の実施については、回答者の勤務校が重複しているため、学校数(41 校)での 次に、ダンス指導の好嫌度(表 10)について「とても好き」「まあまあ好き」を合わせた 割合は 23.3%と少なく、ダンス指導に対する自信(表 11)についても「とても自信がある」 「まあまあ自信がある」を合わせた割合は 7.1%とわずかであった。これらの割合は男女別に みても有意差がみられなかったことから、本県の指導者はダンスがあまり好きではなく、指 導の自信もないことがうかがえた。鹿児島県と比較しても、好きではなく自信がないと回答 していた。この結果の違いは、鹿児島県の調査対象がダンス指導研修会の参加者(全員女 性)であり、本県では男女ともに任意の指導者による回答によるものと考えられる。実施率を求めた。結果、ダンス授業は 85.4%の高校で実施されていた。またダンス授業の担 当者は、全回答者の 36.0%であった。 実施内容の傾向としては、学年が上がるごとに必修での実施率も高くなり、高等学校は男 女別修の割合は 1 年生 80.9%、2 年生 85.0%、3 年生 70%と非常に高かった。また、実施し ているダンスの種類(表 15)について、「創作ダンス」は 1 年生 36.4%、2 年生 53.5%、3 年 生 25.3%、「現代的なリズムのダンス」は 1 年生 41.4%、2 年生 47.5%、3 年生 32.3%だった。 フォークダンスの取り扱いは少なかった。また「創作ダンス」が多くの高校で 2 年生を対象 に行われていることは、県高体連主催の県発表会に出場する生徒がほとんど 2 年生であると いうこととも一致している。 発表の方法は、いずれの学年でも「体育祭・文化祭」の割合が高かった。1 年生は「校内 発表会」11.1%、「授業内発表会」21.2%だった。2 年生はダンス授業を実施している学校も 多く、発表の機会も「校内発表会」26.3%、「授業内発表会」23.2%と多く設けていた。3 年 生は、「体育祭・文化祭」がほとんどだった(表 16)。
7. ダンス授業をとおして生徒に獲得してほしいこと(期待)と獲得したこと(効果)
各校で主に実施されている創作ダンスと現代的なリズムのダンス授業を通して生徒に獲得 してほしいこと(期待)と獲得したこと(効果)について分析した。 1)創作ダンス(表 17) 創作ダンスに対する期待として上位 5 項目にあがったものは、「楽しさ」35.4%、「仲間 との交流」29.3%、「身体全体で大きく動く」27.3%、「コミュニケーション能力」「協調性」 21.2%であった。2)現代的なリズムのダンス(表 18) 現代的なリズムのダンスに対する期待として上位 5 項目にあがったものは「リズム感」 38.4%、「身体全体で大きく動く」27.3%と身体的スキルへの期待が高かった。また、創作ダ ンスとは異なり「恥ずかしがらない(19.2%)」にも期待を寄せていた。 現代的なリズムのダンスの効果としては 5 項目中 4 つが期待の項目と一致しており、リズ ムの特徴に乗って仲間と対応して踊る現代的なリズムのダンス(文部科学省,2009a)の特性 に効果を認めた者が多かった。また、「達成感」に効果を感じていた。 期待と効果が異なった項目は、期待の「恥ずかしがらない」と効果の「達成感」であった。 3)創作ダンスと現代的なリズムのダンスの比較(図 1・2) ダンス授業をとおして生徒に獲得してほしいこと(期待)について、創作ダンスでは、 「個性・独創性」、「感性」、「なりきり(感情移入)」、「仲間との交流」、「コミュニケー ション能力」「自信」の回答が有意に高かった。現代的なリズムのダンスでは「体力」、「リ ズム感」、「ダンスの技術・テクニック」、および「振りの習得」が有意に高かった。つま り、ダンスの種目の特性に応じて獲得させたいスキルが異なった。 創作ダンスの効果としては 5 項目中 4 つが期待の項目と一致しており、概ね指導のねらい (期待)が達成されているといえよう。指導者はイメージの即興表現や作品創作を行う創作 ダンス(文部科学省,2009a)に対して栫ら(2015)と同様に期待・効果とも心理・社会的ス キルの項目を多く挙げていた。 創作ダンスに対する期待と効果が異なった項目は、期待の「身体全体で大きく動く」と効 果の「達成感」であった。
図 1 指導者からみた、生徒に獲得してほしいスキル(期待)と生徒が獲得したスキル(効果)(%) 図 2 指導者からみた、生徒に獲得してほしいスキル(期待)と生徒が獲得したスキル(効果)(%) ダンス授業をとおして生徒が獲得したこと(効果)についても、創作ダンスでは「仲間 との交流」や「コミュニケーション能力」など、現代的なリズムのダンスでも「リズム感」 「体力」などが有意に高く、期待と同様の結果だった。 ダンス種目の特性によって期待と効果に違いはあるが、共通して高かったのは、「楽し さ」、「達成感」だった。「楽しさ」と「達成感」はスポーツの特性といえよう。
8. ダンス授業に対するつまずき・問題点および要望
ダンス授業に関して困っていることや問題点(表 19)として、最も回答が多かった項目は 「実技経験が乏しく、指導に不安がある」44.4%、「運動技能・表現技法など的確な助言がで きない」34.3%、そして「専門でない教員にはダンス指導は難しい」32.3%だった。つまり、 不安要素を自身の指導力としていた。 また、「生徒の能力・好みの差が大きい」 35.4%、「羞恥心の強い年代の生徒に自己表現を 指導するのは難しい」29.3%と、生徒が抱える課題の指摘もあった。 ダンス授業に対する要望としては、「参考資料(DVD、指導書、音楽など)がほしい」が 48.5%と最も多かった(表 20)。9. ダンス授業を「実施していない」、「実施したくてもできない」理由
ダンス授業を「実施していない」、「実施したくてもできない」理由として、「ダンスの指 導ができる教員がいない」とした割合が 50.0%と最も高く、「ダンスの教材研究は負担が大 きい」の 20.0%と併せると、教員側としての実施の難しさを多く挙げていた。また、「中学 校でのダンスの経験がなく、生徒の興味関心が低い」とした者も 30.0%存在していた(表 21)。Ⅳ まとめ
熊本県の高等学校および支援学校(高等部)の指導者を対象に質問紙調査を行い、本研究 では高等学校におけるダンスに関する現職教員の特性およびダンス授業の実施状況、指導者 からみた生徒に獲得させたいこと(期待)と生徒が獲得したこと(効果)、ダンス授業の指 導に関して現職教員が感じている問題点および要望などについて検討した。結果、以下のこ とが明らかとなった。 ◦ 大学での授業の印象については「楽しかった」と回答した割合が 72.6%と高く、小学校~ 高校までの経験より改善されていた。 ◦ 「踊ること」について、本県において男性教員より女性の方が好きである。 ◦ 本県の指導者はダンスがあまり好きではなく、指導の自信もないことがうかがえた。鹿児 島県と比較しても、好きではなく自信がない。 ◦ 本県の指導者自身のダンスに対する好嫌度とダンスの指導観との間には、正の相関関係が 認められ、ダンスそのものに対する印象が良い教員はダンスの指導においても自信を持っ て取り組めている可能性が高いことを示唆していた。 ◦ ダンス授業の受講経験の有無にかかわらず、男性もダンス授業の担当になっている。 ◦ ダンス授業に関して困っていることや問題点として、指導者自身の実技経験などの専門性 や指導経験、および的確な指導助言の不安を挙げている。また、生徒の能力や好みなど実 態や発達段階の特性に困難を感じている。 ◦ ダンス授業に関する困難や問題点の解決方法として、「参考資料(DVD、指導書、音楽な ど)が欲しい」と要望している。 ◦ ダンス授業で生徒に獲得してほしいこと(期待)と生徒が獲得したこと(効果)には、ダ ンスの種類で違いがある。 ◦ 高校では、創作ダンス授業で生徒に身につけてほしいことは、主に心理的・社会的スキル の獲得に期待し、生徒が身につけたことでも心理的・社会的スキルの獲得に効果を認めて いた。Ⅴ 引用・参考文献
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