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J.-J.ルソーにおける、自然環境の認識と社会的ジレンマ問題 : 考察序説

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Academic year: 2021

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J.一J.ル

ソ ー に お け る 、 自然 環 境 の 認 識 と

社会 的ジ レンマ問題

考察序説

井 宏 祐

J. -J.

Rousseau,

Nature

Watcher

with

the

compound

and

ref ractive

eyes

of

his

soul

Hirosuke

Arai

This paper elucidat es Rousseau's three-dimensional perception of nature . He first viewed nature with the compound vision of his mind. In this perceptual mode, for example, he not only celebrated the beautiful charm of vegetables,but also perceived their ecological function. Second, he recognized the general characteristics and structure of flowers, but also perceived 'Tordre des choses" in the world, reflecting a perceptual insight into the natural environment. Third, he often drew out social implications from observed natural phenomena, thus perceiving "signs" in the natural world that indicated essential aspects of his thought on the relations between humans and society. Thus, Rousseau viewed nature through the refractive lens of his own soul. It is said that Rousseau used. the term "nature" in many diverse ways. In this paper, I introduce an alternative thesis. Rousseau's wide and deep vision of the natural environment opens the reader to the idea of virtue as a possible solution for social dilemmas we confront in contemporary environmental problems . The will of each individual must be reconciled to the general will which may exist in the . global ecosystem, as Rousseau anticipated in the context of "Discours sur V Ecbnomie Politique", Emile" and "Du Contrat Social".

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は じめ に J.一J。 ル ソ ー(Jean-JacquesRousseau,1712∼1778)は そ の 著 作 の 中 で 、 あ る 言 辞 を し ば し ば 多 義 的 に 用 い る こ と が あ る 。 カ ッ シ ー ラ ー は 「社 会 」 や 「sentiment」 の 「上 重 語 義 に よ く よ く 注 意 し な け れ ば な ら な い 。」(1)と述 べ 、 ま た 恒 藤 武 二 は 「一 般 意 志 と い う語 は ル ソ ー に あ っ て は き わ め て 多 義 的 に 使 用 さ れ て い る 。」(2)と指 摘 し て い る 。 と り わ け 「難 解 な 語 」 と さ れ て い る の ア ン ビ ュ ギ ュ イ テ が 「自然 」 で あ り、 平 岡 昇 は この語 が 「本 来 彼 に独 得 な 両 義 的 思 考 法 の 好 対 象 」(3)では な い か と 言 って い る。 舟 橋 豊 は 、 この 語 義 の 分 析 を試 み 、 ル ソー の 「自然 」 と は、 「神 で あ り、 宇 宙 を 統 べ る整 然 た る法 で あ り、 人 間 界 の 正 に して善 な る 自然 法 で あ り、 崇 高 美 あ ふ れ る アル プ ス の 山 河 で あ り、 さ らに は 生 ま れ な が ら に して 善 な る人 間 の 本 性 で もあ る。」(4)と述 べ て い る。 平 岡 は ま た 、 ル ソー の 「自然 」 は彼 自身 の 「多 様 で 自由 な使 用 法 を通 じて 人 々 の 心 に つ よ く訴 え か け て く る魔 力 」㈲ を持 つ と して い る。 た しか に 厂自然 」 の 語 は 、 「ル ソー 的 デ ィア レ ク テ ィ ック」 と と もに 、 あ た か も 『オ デ ュ ッセ イ アー 』 に あ らわ れ る魔 女 セ イ レー ソの 「甘 く楽 しい 歌 声 」 の よ うに 、 我 々 を 「前 よ り も っ と物 識 りに な りお 帰 り」(6)願うが ご と く、 さ ま ざ ま な声 を も って 語 りか け て くる よ うで あ る。 と もあ れ ル ソー の 「自然 」 の中 に は 、上 記 舟 橋 の 分 析 に も 「ア ル プ スの 山河 」 と あ る通 り、 自 然 環 境 が含 まれ て い る こ とは 明 き らか で あ る。 これ ま で 筆 者 は 、 ル ソー の 自然 環 境 と して の 「自 然 」 認 識 の うち には 、 生 態 作 用 を持 つ 「環 境 」 と して の 「自然 」 認 識 が 含 ま れ て い る こ とな ど を 指 摘 す る と と も に、 これ ら とル ソー の文 明 社 会 批 判 や 「自然 人=エ ミー ル 」 の 「自然 現 象 ・事 物 の教 育」=「 環 境 教 育 」 と の 関 連 な ど に考 察 を 加 え て きた(7)。 本 稿 で は 、 これ らを も と に 、 ル ソー の 自然 環 境 と して の 「自然 」 の 多 義 性 の 特 徴 に つ い て さ らに考 察 と整 理 を試 み る と と も に、 新 た に彼 の 「自然 」.あるい は 「環 境 」 認 識 と 、 そ の政 治 思 想 上 の基 本 概 念 の 一 つ で あ る、 「一 般 意 志 」・「徳 」 や 、 「万 物 の 秩 序 」 と の か か わ りを探 り、 これ らを ふ ま えて 現 在 環 境 問 題 に 関 連 し て注 目 され つ つ あ る 「社 会 的 ジ レ ソマ 」 問 題 と の 関 係 を、 他 の諸 言 説 と と も に一 瞥 す る こ とで 、 ル ソー 思想 の 現 代 的 意 義 の 一 端 に触 れ て み た。 こ れ らは い まだ 試 論 的 段 階 で は あ るが 、 そ の 目的 は 、 こ れ まで の 検 討 に ひ き つ づ き、 ル ソー の 社 会 ・教 育 ・政 治 ・宗 教 ・国 際 平 和 ・文 学 な ど の諸 思 想 ・言 説 と、 「自然 」 あ るい は 「環 境 」 認 識 が い か な る関 連 を有 す る の か を探 索 す る こ と に あ る。 1ル ソ ー に お け る 自 然 環 境 と して の 「自然 」 認 識 と特 徴 の 探 求 『新 エ ロ イ ー ズ 』、 『告 白 』、 『孤 独 な 散 歩 者 の 夢 想 』(以 下 『夢 想 』)、 『人 間 不 平 等 起 源 論 』 (以 下 『不 平 等 論 』)、 『エ ミ ー ル 』 な ど に 見 る ル ソ ー の 自然 環 境 観 察 は 、 き わ め て 複 眼 的 で あ る が 、 こ こ で は と り あ え ず 社 会 学 に お け る 「環 境 」 の 三 区 分(8)(自 然 ・社 会 ・記 号)を 、・環 境= 自然 と読 み か え る こ と で 以 下 の よ う な 整 理 を 試 み る。

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(1)自 然 環 境 と して の 「自然 」 これ は さ らに、 次 の二 つ に細 分 で き る。 ① 水 流 ・山 河 ・動 植 物 な ど個 々 の 自然 界 構 成 物 や そ れ らの物 理 的 な あ り さま で あ る 、 自然 環 境 ② 土 壌 と植 物 間 に お け る エ コ ロ ジ カ ル な作 用 な ど生 態 系 を成 して い る 、 「環 境 」 と して の 自然 環 境 (2)社 会 環 境 と して の 「自然 」 これ は 、 次 の 二 つ に分 別 で き る。 ① 土 地 や 森 林 な ど個 別 の 自然 界 構 成 物 が 、 人 工 の 手 が 加 わ る こ と に よ り、 社 会 の 中 に組 み 込 ま れ る こ とで 、 制 度 環 境 の 一 つ と な る 自然 環 境 ② 都 市 化 や 鉱 工 業 化 な どの社 会 変 動 に よ り、 大 気 汚染 や 職 業 病 な ど人 間 の 生 命 ・健 康 を 全 体 と して 脅 か す 公 衆 衛 生 ・労働 環 境 の一 つ と して の 自然 環 境 (3)記 号 環 境 と して の 「自然 」 い わ ば 、物 理 的 に在 る 自然 環 境 に ル ソー が与 え た 「意 味 づ け」 で 、次 の二 つ に分 け られ る。 ① 植 物 や 島 な どの 個 別 の 自然 界 構 成 物 が ル ソー に よ って 特 別 に 意 味 づ け され る こ とで 、 記 号 的 に扱 わ れ た 自然環 境 ② 自然 界 あ るい は 宇 宙 ・世 界全 体 に関 す る独 自の 意 味 づ け に よ り、 トー タル に記 号 化 され た 自然 環 境 この うち① の 一 部 は 後述 の通 り、 す で に ス タ ロバ ソ ス キー 、 ポ ラ ソ、 中川 久 定 な ど に よ っ て そ の 意 味 づ け に 注 意 が払 わ れ て い る が 、 さ ら に後 に 見 る よ うに 、 よ り多 くの例 示 が可 能 で あ る。 以 上 、三 つ の整 理 区分 を試 み て み た が 、 ル ソー の 「自然 環 境 と して の 自然 」 の 観 察 は 、 お そ ら く これ に尽 き る もの で は な く、 厂そ の 独 自性 の 秘 密 を や す や す と 明 か して は くれ な い 」(9)であ ろ う。 しか しと も あれ そ の 「秘 密 」 の 一 端 を探 るた め 以 下 、(ユ)∼(3)の 特 徴 を や や くわ し く 吟 味 して み る。 (1)自 然 環 境 と して の 「自然 」 ① 個 々 の 自然 界 構 成 物 や そ の あ り さ ま と して の 自然 環 境 この 区 分 に登 場 す る個 別 的 な 自然環 境 の特 徴 の 一 つ は 、 そ の種 類 が 多種 多 様 で あ る こ と で あ ろ う。 筆 者 はす で に触 れ た こ とが あ る の で詳 述 は 避 け るが 、 そ れ は 、例 えば 水 流 、森 林 、 湖 、 島 、 山 岳 、 大 地 、空 気 、 断 崖 、 滝 、 田 園 、牧 場 で あ り、 ま た 、小 鳥 、 鹿 、 犬 、猫 な ど の 動 物 や 多 彩 な植 物 類 で あ る。 さ らに 「人 気 の な い場 所 」 や 「や す らか な 静 け さ」 で あ り、美 しい 景 観 で も あ る。 ル ソー の 「自然 」 が 多 義 的 で あ る よ うに 、 自然 環 境 と して の 「自然 」 も 実 に多 種 多 様 な内 容 と性 格 を持 っ て 登場 して い る。 この 意 味 で 、 ル ソー に と って の 「自然 」 の 一 つ は 、 自然 界 を構 成 す る具 体 的 な 事 物 や現 象 、 雰 囲 気 で あ る こ とに 改 め て 言 及 して お き た い 。 な お つ い で な が ら、 ギ リシ ャ思 想 の 研 究 家 、 ブ チ ャ ー(S.H.Butcher)は 、 ル ソー と ア レ クサ ソ ド リア時 代 の ギ リシ ャ人 の 自然観 照 の態 度 を 比 較 して 、 後 者 は ル ソー よ り も も っ と静 か な 自然 に 美 を感 じて い る と した。 そ して 彼 らに と って 「山 や 寂 しい森 や 怒 濤 の 海 は 、 …恐 怖 や 反 発 や 、 美 と絶 縁 し、 芸 術 と疎 隔 す る力 な ど の 映 像 を 感 ぜ せ しめ る」(10)と述 べ て 、 「こ

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わ くな る よ う な両 側 の 断 崖 」(『 告 白』 上 、 桑 原 武 夫 訳 、P.246、 岩 波 書 店 、1993年)な ど を好 ん だ ル ソー との 間 に 、 「古 代 と近 代 の 世 界 の 二 つ の 典 型 的 な発 想 」 を 見 い 出 そ う と して い る。 ル ソー は後 述 の通 り、 必 ず し も 「静 か な 自然 の 美 」 を好 ま な か った わ け で もな い が 、 と もあ れ 彼 の 多 様 な 自然 観 照 態 度 の形 成 過 程 と、 自然 観 に 関 す る古 典 教 養 との 関 連 を探 る こ と も興 味 が寄 せ られ る と こ ろで あ ろ う。 ② 生 態 作 用 を持 つ 「環 境 」 と して の 自然 環 境 「不 平 等 論 」 原 注(d)に 、 ル ソー は い くつ か の生 態 学 的 知 見 を示 して い る。 こ の 点 もす で に他 で 論 じて い る の で 詳 述 を 控 え るが(11)、彼 は ビ ュ フ ォ ソ の 『博 物 誌 』 に 学 ぶ と と もに 自 ら 「実 験 」 な ど を行 う こ とで 、 森 林 の保 水 作 用 や 土 壌 の 生 態 作 用 の保 持 と植 物 と の 関係 を 理 解 して い た 。 こ の意 味 で は 、 い わ ば ル ソー は 限 定 的 な が ら、 上 記 ① の物 理 的 な 自然 環 境 の 中 に 、 生態 系 と して の 「自然 」が 隠 れ て い る こ と を ビ ュ フ ォ ソ と と もに発 見 して い た とい え よ う。 ビ ュ フ ォ ソの 『博 物 誌 』 は 、 「十 八 世 紀 の 蔵 書 の な か で 『ヌ ー ヴ ェル エ ロ イ ー ズ 』 や 、 『百科 全 書 』 よ り も、 よ り頻 繁 に 見 出 され る」(12)当時 の ベ ス トセ ラー で 、事 実 ル ソー の 蔵 書 等 の 目録 に もそ の書 名 が 見 い 出 さ れ る。(13) 彼 は 『エ ミール 』 の 中 で もそ の一 節 を引 用 して い る(今 野 一 雄 訳 『エ ミー ル』 上 、原 注15、 P.383、 岩 波書 店 、!994年)が 、 ビ ュ フ ォ ン研 究 の 側 で は 「ル ソー は 『博 物 誌 』 を読 み 続 け 、 た え ず 気 を つ け て そ の諸 巻 を入 手 しよ うと した。」 と さ れ て い る。 ビ ュ フ ォ ソの 生 態 学 的 知 識 は 、 ル ソー が 『不 平 等 論 』 原 注(d)で 引 用 した 『博 物 誌 』 の み な らず 『自然 の 諸 時 期 』 の 中 に も豊 富 に示 され て い る。 ビ ュ フ ォ ソは そ こで 、「自然 の 活 力 の 大 少 は 温 度 の 違 い に 依 存 して い る。 す べ て の有 機 体 の 成 長 、発 育 、 生 成 は 、 こ の よ うな 一 般 的 原 因 の個 別 的 結 果 で し か な い 。」 と して い る。 ま た 「草 原 の 広 が る地 方 で は 、 草 を 刈 り取 る 以 前 に は常 に大 量 の 露 が お り、 しば しば 小 雨 も降 るが 、 草 が 除 去 され て しま う とそ れ もす ぐに止 む 。 した が って も しわ れ わ れ の 草 原 が 、 ア メ リカ の サ ヴ ァ ソ ナ の よ うに常 に大 量 の 草 に 覆 わ れ て い た ら、 小 雨 は も っ と頻 繁 に降 り、簡 単 に止 む こ とは ない で あ ろ う。 草 は 減 少 す る ど こ ろ か 、地 上 で 乾 燥 し腐 る草 そ の もの を 肥 料 に して 、 た えず 増 加 し続 け る か らで あ る。」(14)など と指 摘 して い る。 生 態 系 秩 序 の 護 持 に特 別 の 注 意 が払 わ れ て い る現 在 、18世 紀 に お い て そ の存 在 に注 目 し、 文 明 化 が これ を破 壊 しつ つ あ る こ と に 注 意 を促 した ル ソー や ビュ フ ォ ソの 言 説 は 、 も っ と注 目 され て よい の で は な か ろ うか 。 も う一 つ 考 察 さ る べ き研 究 課 題 は 、 こ の両 者 問 の 影 響 関 係 で あ ろ う。 二 人 の 間 に は 同 時 代 人 と して手 紙 の 往 復 や 訪 問 な ど の交 流 が あ り、百 科 全 書 の寄 稿 者 の フ ォ ル メ も 「ル ソー 氏 と ビ ュ フ ォ ソ氏 と は 、 そ れ ぞ れ の ジ ャ ンル で 似 た よ う な立 場 を と っ て い る。」(15)と批 評 した こ とが知 られ て い る。 ビ ュ フ ォ ソ研 究 に よれ ば 、 彼 は 、 「ル ソー の い う 自然 人 は神 話 に す ぎな い」(16)と考 え た と され る な ど相 違 点 も あ る よ うだ が 、 「実 の と こ ろ、 悪 は 自然 と い う よ りは わ れ わ れ か ら生 じる。」 と の彼 の 言 葉 は 、'ルソー の 「テ ー マ とい か に近 い もの で あ る か 」、 ま たrr博 物 誌 』 全 体 に 見 られ る家 畜 に対 す る 人 間 の横 暴 な権 力 と い うテ ー マ」(17)は、 ル ソー の 、動 物 が 人 間 に よ っ て 「無 用 に 虐 待 され な い と い う権 利 」(本 田喜 代 治 ・平 岡 昇 訳 『人 間 不 平 等 起 源 論 』P.32、 岩 波 書 店 、1990年)の 主 張 を 、 さ ら に ビュ フ ォ ソの 「自然 の懐 の 中 に入 り込 め ば 入 り込 む ほ ど ます ま す そ の 創 造 者 に感 嘆 し、 深 い 尊 敬 の 念 を 捧 げ て き た。」(18) と の言 辞 は 、 ル ソ ー の 「自然 と い う書 物 … を読 む こ と に よ って こそ 、 わ た しは そ の 神 聖 な著

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者 を崇 拝 す る こ と を学 ぶ 」(『 エ ミー ル 』 中 、P.207∼208)と い う言 葉 を思 い 出 させ よ う。 と くに ビ ュ フ ォ ソ が示 した生 命体 の 同一 性 と多 様 性 へ の 驚 異 の念 は 、 ル ソー の 生物 種 の多 様 性 や植 物 の 通 有 性 に対 す る 「驚 喜 」 とほ ぼ重 な っ て お り、 こ の二 人 が と もに 、 さ ま ざ ま な生 物 種 が 、 同 一 性 と 多様 性 を持 ち つ つ 生 々 と共 生 して い る、 生 命 感 へ の感 動 を 共 有 して い る こ と が わ か る。 この よ うに 両 者 は 研 究 方 法 、 内 容 と と もに 、 類 似 性 が あ り、 と くに ル ソー の 「環 境 」 と して の 「自然 」 認 識 の 形 成 過 程 を解 明 して い く上 で 、 ル ソー 研 究 の 側 か ら も ビ ュ フ ォ ソ との 関 係 を さ ら に探 る こ とが 重 要 と思 われ る。(19) (2)社 会環 境 と して の 「自然 」 ① 制 度 環 境 と して の 、 個 別 的 な 自然 環 境 ル ソー に と って の 土 地 は 、 そ の 中 に 「植 物 に 適 した物 質 」(lasubstancepropreala veg6tation-0.C.,t.III,P.198)(20)を 含 む 土 壌 で もあ った が 、 同 時 にそ れ は私 有 地 化 に よ っ て 社 会 を 不 平 等 化=・文 明 化 す る制 度 的 、社 会 的 意 味 を持 つ もの で あ っ た。(21)また 彼 が 保 水 作 用 を持 つ と指 摘 した森 林 も 「私 有 が 導 入 され 労 働 が 必要 」 に な る と、 「人 々 の汗 で う る お さ れ な け れ ば な ら な か った 」 「原 野 」 に 変 身 させ られ る。 そ して 原 野 は 「奴 隷 制 と貧 困(la mis6re)と が 芽 生 え 、 生 長 」 す る 舞 台 と して 文 明 社 会 の 中 に 組 み 込 まれ 、 「人 間 を文 明 化 (civilis6)し、人i類を堕 落 させ た …小 麦 」(『 不 平 等 論 』P.96∼97,0.C.,t.III,P171)を 生 み 出す 生 産 資 源 とな る の で あ る。 即 ち 、 ル ソ ー の上 記(1)、 ① の 自然 環 境 を 見 る 眼 は 、 同時 に② の 「環 境 」 と して の 「自然 」 を 見 つ め つ つ 、 か つ 文 明社 会 の 中 に組 み 込 まれ て い く 「自 然 」 を と らえ て い る。 彼 は 、 そ こに 、 「平 等 」 と生 態 作 用 の 破 壊 とい う二 つ の不 吉 な 兆 候 を 見 い 出 し、 これ らを 文 明社 会 批 判 の重 要 な根 拠 と して い く。 もは や 土 地 や 森 林 は多 くの生 命 の魅 力 が 生 態 系 の 中 で 花 咲 く場 所 で は な く、 私 有 地 制 と い う社 会 制 度 の 中 に埋 め込 まれ た存 在 と化 して い く。 そ して ル ソー に と っ て 、 「生 ま れ つ き よい 者 で あ る… 人 々 が悪 くな るの は た だ そ の 制 度 の た め 」(「 マ ル ゼ ル ブ へ の 手 紙 」 『エ ミー ル 』 下 、P.301)な の で あ った 。 』② 生 命 ・健康 に有害 な公 衆衛生 ・労働環 境 としての 自然環境 制 度 的 に社 会 化 され た 自然 環 境 の ほ か にル ソー の 目に映 った もの は、 人 間 の生 命 ・健 康 に 直 結 す る 自然 環境 を 都 市 化(人 口過 密 化)が 悪 化 さ せ 、 人 々 の健 康 を 奪 って い く姿 で あ った 。 パ リの 「汚 い臭 気 に み ち た 狭 い 路 ・・不 潔 と 貧 困 の 雰 囲 気 」(r告 白』 上P.238)、 「集 ま っ た 多 数 の 人 々 の悪 い空 気 の た め に 発 生 す る伝 染 病 」 な どは 、「わ れ わ れ が 自然 の 教 訓 を軽 蔑 し た こ と に対 して 」 「自然 」(1anature)に 支 払 っ た 「高 い 代 価 」(『 不 平 等 論 』 原 注(i)P.150 ∼151)で あ った。 こ こで は 自然 環 境 が公 衆 衛 生 環 境 の 一 つ と して認 識 され て い る。 な お 、 パ リの大 気 汚 染 や 不 潔 、馳悪 臭 な ど の 実態 は 、 メル シ エの 『十 八 世 紀 パ リ生 活 誌 一 タ ブ ロー ・ ド ・パ リー 』 に そ の 惨 状 が詳 述 さ れ て い る。 メル シ エ は 「植 物 に は 、大 気 を衛 生 的 な状 態 に保 ち、 一 切 の腐 敗 を 浄 化 す る 性 質 が あ る 」。 古 代 人 は 公 共 広 場 な どの 緑 化 に努 め て い た の に 「な ぜ 我 々 は 彼 らを模 倣 しな い の だ ろ うか?」 と い っ て い る。㈱ パ リの公 衆 衛 生 規 制 は12世 紀 頃 か ら始 ま って お り、 フ ラ ン ス革 命 期 に も何 度 か 法 規 制 が行 わ れ て い た と伝 え ら れ るが 、 そ の効 果 は十 分 とは 言 え な か っ た もの の よ うで あ る。(23) さ ら にル ソー は 、 鉱 工 業 に よ って 「田園 の 仕 事 の楽 しい 光 景 」 が 、「煙 と 火 の渦 巻 く工 場 」 に と って 代 わ り、 「鉱 山 の 毒 気 に憔 悴 した み じめ な 人 た ち の青 ざめ た顔 」 が 「緑 の 野 や花 、 青 い 空 、 恋 す る牧 人 や 頑 健 な 農 夫 た ち の姿 」(今 野 一 雄 『孤 独 な 散 歩 者 の 夢 想 』P.117、 岩

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波 書 店 、1994年)に 一 変 す る様 子 を 見 て 取 って い る。(24)ここで も草 花 と青 空 に お お わ れ た 美 しい 田 園 で あ る 自然 環 境 は 、 い わ ば 第2次 産 業 化 に 向 う経 済 変 動 に よ って 、 働 く人 々 の 「寿 命 を縮 め た り、体 質 を壊 した りす る」(『 不 平 等 論 』 原 注(i)P.154)職 業 病 の温 床 とな る な ど 、農 業 労働 の た め の 自然 環 境 で あ っ た 田 園=自 然 が 、 人 間 の生 命 ・健 康 に有 害 な鉱 工 業 労 働 の労 働 環 境 と して 認 識 され つ つ あ る こ とが うか が わ れ よ う。 (3)記 号環 境 と して の 「自然 」 ① 記 号 と して の 、 個 々 の 自然 界 構 成 物=自 然 環 境 上 記(1)、 ① の 物 理 的 な 「自然 」 を構 成 す る一 つ 一 つ を見 る ル ソー は 、 そ こに 実 に多 種 多 様 な意 味 づ け を 与 えて い る。 そ の一 例 が す で に ス タ ロバ ソス キー に よ っ て 指 摘 され た 「記 憶 喚 起 用 の記 号(signem61ロoratif)」(25)と して の 植 物 標 本 で あ る。 彼 に よ れ ば ル ソー に と って の 植 物 標 本 は 、 実 際 の植 物 の 記 憶 を喚 起 す る だ け の も の で は な く、 そ れ は ル ソー の 青 春 時 代 の 幸 福 感 を喚 起 す る も の と して の 「記 号 」 で もあ った 。 しか し植 物 に対 す るル ソー の意 味 づ け=記 号化 は これ に とど ま らず 、す で に筆 者 が別稿 で指 摘 した よ うに㈱ 数 多 くあ る。例 えばそれ は ⑦ 「み ん な が花 壇 で み と れ る」 花 が 、実 は ル ソー に と っ て は 本 来 の 、 つ ま り自然 の 「能 力 を 奪 わ れ た怪 物 」 で 、 「この 誤 りは と く に市 民 社 会 に お い て 行 な わ れ て 」㈱ い る も の で も あ っ た 。(ル ソー の 持 論 の顕 現 者 と して の 植 物)。 ④ 「あの 優 雅 な変 化 に富 ん だ形 態 ・・が 植 物 に 付 与 され た の は …乳 鉢 の 中 で す りつ ぶ され るた め に す ぎ な い とい うの か。 あ あ 、 自然 を愛 す る こ とを 知 ろ うで は な い か … 自然 は 私 た ち の 利 益 の た め に身 を飾 った の で は な い。」㈲(実 用 価 値 と は 独 立 の 、 自然 愛 の 対 象 と して 、 ま た 生 命 体 と して 独 自の 生 命 価 値 を 宿 す 植 物)。 ② 「植 物 学 は ど うい う教 育 に お い て も忘 れ られ て い ます が 、 あ な た の 子 供 た ち の 教 育 の も っ と も重 要 な部 門 と な るべ きで す 。」(29)(教材 と して の 植 物)な どが あ げ られ る。 一 方 ポ ラ ソ は、 ル ソー の 政 治 学 を 「孤 独 の 政 治 学 」 と呼 び 、 ル ソー の 著 作 の 中 で 「島 に つ い て の テ ー マ が 繰 り返 され る」 こ と に注 目 した 。 ポ ラ ソ か ら見 る と、 島 こ そ が 「この 自閉 的 孤 独 の 象 徴 で あ り、 … ル ソー に と っ て … そ れ は永 遠 の 郷 愁 な の で あ る。」(30)。しか しル ソー に お い て 島 は これ ら と と も に 、彼 の 心 の 中 の も っ と も深 く激 しい痛 み で あ る と思 わ れ る、 強 者 に よ る弱 者 の 一 方 的 収 奪 を想 起 させ る 自然 界 構 成 物 の 一 つ で もあ った 。 次 の ル ソー の 観 察 を見 よ う。 この 美 しい湖 は 、 … そ の な か に ふ た つ の小 さ な 島 を 囲 ん で い る。 そ の ひ と つ に は 人 が 住 み 耕 地 もあ っ て 、 周 囲 は約 半 里 。 ず っ と小 さい も うひ と つ の ほ うに は 人 も住 まず 、 荒 れ た ま ま で 、 大 きい ほ うの 島 の風 波 に よ り崩 壊 を修 復 す る た め に た え ず そ こか ら土 を削 っ て補 って い ≦酵)で)や.カ1一蔦嬬 琴 を 消 して し ま う こ と だ ろ う。 こ ん な ふ う に 弱 者 の 身 体 は い つ も 強 者 の た め に利 用 され る。(『 夢 想 』 第5の 散 歩P.80)(圏 点 引 用 者) こ の 「大 き い ほ う の 島 」 と 「ず っ と 小 さ い も う 一 つ 」 と の 関 係 の 克 服 こ そ は 、 『社 会 契 約 論 』 や 『エ ミ ー ル 』 で 示 さ れ た ル ソ ー 永 遠 の テ ー マ で あ っ た こ と を 改 め て 指 摘 し た い 。(31) さ ら に 中 川 久 定 は 、 マ ル セ ル ・ レ モ ソ を 引 用 し つ つ ル ソ ー の 植 物 の 「細 部 」 へ の 注 視 が 、 「私 」 を 「全 体 」 の 「観 照 」 へ と誘 い 込 み 、 つ い に 「自 我 を 自 然 全 体 と 融 合 」(32)させ る こ と に 注 意 して い る 。 つ ま り こ こ で は 、 植 物 と い う一 つ の 自 然 界 構 成 物 が 、 自我(個)と 自 然 全 体 へ の 融 合 の 媒 体 と して の 意 味 を 与 え ら れ て い る の で あ る 。 中 州 に よ る と 、 マ ル セ ル ・ レモ

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β ソ は 「恐 ら く これ は 、 心 霊 修 業(霊 操)と して の植 物 学 の発 見 で あ る。」(33)と見 て い る との こ とで あ る。 ま た 中 川 は 、 前 述 の ス タ ロ バ ソス キ ー の 「記 憶 喚 起 用 の 記 号 」 に言 及 しつ つ 、「過 去 と現 在 と の つ な が りの うち で …一 切 を 描 き 出 す … こ うい うル ソー 特 有 の 自伝 の描 き方 … を … 意 識 の 二 重 化 作 用 と呼 ぶ」 と述 べ 、植 物 が この 「作 用 の媒 介 と して の 機 能 を果 た して い る」(鋤と して い る。 これ らはい つ れ も植 物 とい う個 別 の 自然 界 構 成 物 に、 ル ソー が与 え た さま ざ まな 意 味 づ け を 論 じて い る もの と思 わ れ る。 こ こで 、 ル ソー に よ る森 林 の記 号 化 に注 意 して み よ う。 桑 原 武 夫 は 、 ル ソ ー の愛 した 自然 環 境 と して の 「自然 」 は 、 た とえ彼 が 平 野 よ りも山 岳 や 断 崖 、 急 流 、 暗 い 森 な ど を好 ん だ と して も け して 「動 物 的 な い し野 蛮 の 自然 で は な く、 人 間 化 さ れ た 自然 」 で あ る と 同 時 に 、 「空 想 で ふ く らん だ 自然 」 で 、 「ス イ ス や フ ラ ソス の 田園 の や さ しい 自然 が ル ソー の 心 に や きつ け られ 、 理 念 と して の 「自然 」 の 原 型 を つ くった 」(35)と述 べ て い る。 ル ソー は 桑 原 が 引 用 す る よ うに 、 ほ ど遠 か らぬ森 の 中 に 入 っ て 「そ こ に原 始 時 代 の お もか げ を も と め、 見 い だ し… 人 間 の 本 性 を 赤 裸 々 に あ ば き、 … 人 為 の 人 と 自然 人 と を比 較 す る こ とに よ って 、 人 為 の 人 の い わ ゆ る進 歩 改 良 の な か に こそ 、 そ の不 幸 の真 の原 因 が あ る こ と を人 々 に示 そ うと した 。 わ た し の魂 は 、 … 高 め られ 、 神 の 間近 か に まで 飛 翔 した。」(『 告 白』 中 、P.174)と 言 っ て い る。 平 岡 昇 は、 「自然 状 態 、 自然 人 の着 想 の 段 階 で 、社 会 人(市 民)、 社 会 状 態(社 会 契 約) の 直 観 が あ っ た と考 え られ る」(36)と述 べ て い る が、 ル ソー の この 告 白 と平 岡 の分 析 に よれ ば 、 森 林 は彼 に と って過 去(原 始 時 代)と 現 在(進 歩 改 良 の な か の 不 幸)を 同 時 に喚 起 す る 「意 識 の 二 重 化 作 用 」 を 果 す 存 在 で あ る こ と を越 え 、 自然状 態 、 自然 人 の着 想 を通 じて 、 「市 民 」 や 「社 会 契 約 」 とい う将 来 に つ な が る理 念 の原 型 を 直観 させ た もの と理 解 す る こ と もで きよ う。 つ ま り森 林 とい う 自然 界 構 成 物 の一 つ は 、 『告 白』 の 中 で 過 去 ・現 在 ・将 来 を結 び つ け る、 い わ ば 意識 の三 重 化 な い し通 時 化 作 用 を促 す 媒 体 と して意 味 づ け られ て い る とい え よ う。 ② 記 号 体 系 と して の 自然 界 全 体=自 然 環 境 ル ソー の 眼 は よ く知 られ る よ うに 、森 林 や 植 物 な ど個 々 の 自然 界 構 成 物 の み な らず 、 自然 =宇 宙 全 体 に 向 か い 、 そ こに 一 定 の調 和 ない しは秩 序 や 法則 、 存 在 間 の 「内密 の 対応 関 係 … み ご と な 協 力 」(『 エ ミー ル 』 中 、P.!40)が あ る こ と を見 い 出 して 、 「万 物 の秩 序 を あ た え て い る存 在 者 … を わた しは神 と呼 ぶ。」(同 上 、Pl43)と した 。 こ れ が ル ソー の い う 「自然 宗 教 」(laReligiopnaturelle-O.C.,t.IV,P607)だ が 、 そ れ を エ ミー ル に 伝 え る場 所 は 、 下 に ボ ー河 の流 れ が 、 「か な た に は アル プ ス の 山 なみ がそ び え て い る」、 「高 い 丘 の 上 」 が選 ば れ た 。 そ こで は 、「ま る で 自然 は 、 わ た した ち の 目の ま え に そ の壮 麗 な 景 色 を く りひ ろ げ て 、 わ た した ちの 話 の テ キ ス トを提 供 して い る よ うだ った。」(同 上 、P120)と され て い る。 舟 橋 豊 は 、 「この 一 節 に お い て は 、 自然 は神 がみ ず か らの手 で 書 い た聖 書 とみ な され て お り、 自然 の 壮 麗 さ は聖 書 の う るわ しい聖 句 に 対 比 され て い る。」(37)と述 べ て い る。 ル ソー に と っ て 自然 の 景 観 は 、神 の 存 在 を 想 起 させ 、 自然 宗教 とい う独 自の 宗 教 観 を抱 か せ る記 号 と して 意 味 づ け られ た の で あ る。 ま た ル ソー は前 述 の よ うに 、 自然 愛 の 感 情 や動 植 物 な ど多 くの 生 命 の共 生 関 係 、 植 物 に対 す る 人 間 の 実 用 価 値 とは 独 立 の 内 在 価 値 、 そ れ に人 間 に 不 当 に 迫 害 され な い 動 物 の 権 利 な ど を認 め て い た 。 そ して さ らに この ① の 冒 頭 述 べ た よ うに 、個 と全 体 と の有 機 的 関 連 の 存 在 を 強 調 す る ほ か 、 自分(個)が 「万 物 の体 系(1asysternedes6tres)の な か に溶 け こみ 、 自然

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全 体(lanatureenti6re)と 同化 す る と き … 言 い 表 わ しが た い 陶 酔 を感 じ、 恍 惚 を 覚 え る」 (『 夢 想 』P.115,0.C.t.1,P.1066)と 言 っ て い る。 現 代 の 環 境 倫 理 の考 え 方 で は部 分 と全 体 との調 和 、 生 命 間 の共 生 、 生 態 圏 秩 序 な ど を重 視 して い るが 、 これ らは どれ も今 あ げ た よ うな ル ソ ーの 考 え方 と通 底 す る と こ ろが 多 い。 宇 宙 あ るい は 自然 界 全 体 の 諸 相 は彼 を 、 い わ ば 自然 の 環 境 倫 理 的 理 解 に 近 づ け る記 号 体 系 と して 作 用 した と もい え るで あ ろ う。 (4)自 然 環 境 と して の 厂自然 」 認 識 に お け る諸 特 徴 の ま と め 以 上 、 社 会 学 に お け る環 境 区 分 を少 し読 み変 えて 、 ル ソー の 自然 環 境 と して の 「自然 」 認 識 を整 理 して み た。 自然 環 境 を見 つ め るル ソー の 第1の 特 徴 は 、上 記(1)∼(3)の 各 ① で 示 され た よ うな、 山河 や土 地 、 動 植 物 な ど個 別 の 自然 界 構 成 物 、 つ ま り 「ミ ク ロな 自然 」 と と も に 、 同 各 ② で 見 る よ うに 生 態 系 や 大 気 汚 染 、万 物 の 秩 序 を宿 す 自然 界 全 体 、 即 ち 「マ ク ロな 自 然 」 の あ りさ ま の両 方 を と もに と らえ る 「複 眼 」 に あ る と思 わ れ る。 また 第2の 特 徴 は 、 この ミ ク ロな 自然 が 、 マ ク ロな そ れ と緊 密 な つ な が りが あ る こ と を 、 い わ ば 「透 視 」 して い る 点 に あ る。 これ は 、(3)の ① で 見 た よ うに 植 物 の 細 部 へ の注 視 を通 じた 、 自然 全 体 へ の 個 の融 合 に典 型 的 に 見 られ る。 そ して 第3の 特 徴 と思 われ る もの が 、(3)で 見 た よ う な 自然 環 境 の 記 号 的 認 識 、 即 ち意 味 空 間 と して の 「自然 」 の 「立体 的 把 握 」 で あ ろ う。 ル ソー は 、 ミ ク ロ ・マ ク ロ双 方 の 自然 を複 眼 で 見 つ め て そ の関 連 を と ら え つ つ 、 そ こに さ ま ざ ま な意 味 づ け を与 え 、 そ れ を 自 らの 思 索 の 糧 と し、 ま た 自説 主 張 の根 拠 と な して い る。 彼 の 森 林 体 験 は 、 自然 状 態 と 自然 人 の アイ デ ァを育 くみ 、 自然 界 の秩 序 認 識 は 自然 宗 教 を生 み 出 し、 脱 自然 化=・文 明化 は 自 然 の 生 態 系 を 破 壊 す る ば か りか 、 人 間 に と って基 本 的 に重 要 な 生 命 ・健 康 を脅 か す 労 働 ・衛 生 環 境 の悪 化 を もた らす た め 、 批 判 され るべ き対 象 と な っ た の で あ る。 環 境 記 号 論 で は 、 環 境 を 「人 間 と 自然 の イ ソ タ ー フ ェ ィ ス と して の 記 号 」 と して と ら え 、 「自 然 は 人 間 の 前 に 直 接 現 わ れ る も の で は な く… 環 境 と して 現 わ れ る」働 と見 る。 ル ソー が 自 然 を何 らか の 意 味 を持 つ記 号 と して 考 え 、 また は 感 じと る エ ネ ル ギ ー は並 外 れ て 大 き な もの と い え よ うが 、 そ の 方 法 上 の"秘 密"の 一 つ は 自然 の ミク ロ 、 マ ク ロ両 面 の み な らず 、(2)で 述 べ た社 会環 境 と して の 自然 を含 め 、 自然 環 境 を物 理 的 存 在 と して と らえ る と 同時 に 、生 態 系 と して 、 また 社 会 化 され う る もの と して 、 そ して 多 様 に記 号 化 され うる もの と して 把 握 しよ う とす る、"ホ ロ ニ ッ クな立 体 的 透 視 力"に あ る とい って よ い の で は な か ろ うか 。 ル ソー の 『学 問 芸 術 論 』 を生 んだ 「突 然 の霊 感 」 は 、学 問 と芸術 の 復 興 が習 俗 の純 化 に寄 与 しな か っ た こと 、 つ ま り社 会 的 には 「人 間 の 生 まれ な が らの 自 由 をお し ころ」 す な どの マ イ ナ ス 効 果 を及 ぼ す 逆 機 能 と して 作 用 して き た との 独 自の 着 想 を 含 む こ と が 、 「マ ル ゼ ル ブ へ の手 紙 」 に う か が わ れ る(39)。ル ソー の 自然 環 境 を 見 る"ホ ロニ ッ クな立 体 的 透 視 力"は 、 あ るい は この パ ラ ドキ シ バ ネ カル な発 想 の成 功 を 一 つ の発 条 と して 、 そ こか ら発 展 して い っ た もの か も しれ ない 。 と もあ れ社 会 学 や 環 境 記 号論 が 提 起 して い る 「記 号 環 境 」 とい う視 点 は 、 多 様 を き わ め るル ソー の 「自然 」認 識 の 整 理 軸 の一 つ と して 有 効 な と ころ が あ る よ うに思 わ れ る。 ル ソ ー の 自然 ・ 社 会 に関 す る諸 言説 を、 こ の視 点 か ら さ らに体 系 的 に整 理 して み る こ とが 今 後 の 研 究 課 題 の 一 つ で あ ろ う。 な お 、環 境 記 号論 の 、 人 間 に と っ て の 自然 は 「決 して わ れ わ れ に 直接 現 象 す る もの で は な く、 ・イ ソ タ ー フ ェー ス に現 わ れ た環 境 か ら概 念 的 に 構 成 され た もの 」(40)との考 え方 は、 リ ップ マ

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ン の 、 「彼 らが心 の 中 に抱 い て い る世 界 像 」 で あ る 「擬 似 環 境 」 の考 え 方 に近 い。 リ ッ プ 々 ン は さ らに 、 これ が 「思 想 、 感 情 、 行 動 を 決 定 す る一 つ の 要 素 で あ る」(41)とし、 「人 び と の 脳 裏 に あ る もろ も ろ の イ メー ジ、 つ ま り、 頭 の 中 に 思 い 描 く…他 人 … 目的 、関係 のイ メー ジ… あ る い は 集 団 の 名 の下 に 活 動 す る個 人 が 頭 の 中 に 描 くイ メ ー ジ」 を 「世 論 」(Publicopinion)と 呼 ぶ と と もに 、 集 団 全 体 の 「共 通 意 志 」 と の 関 連 を 考 察 して い る吻 。 ル ソー も 「市 民 た ちの 心 の 中 に きざ まれ て い る」 習 俗 や 慣 習 の ほ か 「こ と に世 論 」 を 「す べ て の法 の 中 で も っ と も重 要 な法 」 と し、一 般 意 志 と特 殊 意 志 の 合 致(confomlit6)に よ る社 会 契 約 論 的 世 界 の 習俗 純 化 の た め に も 「人 々 の世 論(lesopinions)を 正 し くせ よ」(桑 原 武 夫 ・ 前 川 貞 次 郎 訳 『社 会 契 約 論 』P.81,P.175、 岩 波 書 店 、1992年)と 述 べ て い る。 世 論 の 問 題 は 現 在 、 政 治 的 意 思 決 定 過 程 と の か か わ りが 議 論 さ れ て い るが 、 ル ソー が 「世 論 」 に 与 え た 政 治 的 、社 会 的 意 味 づ け は、 政 治 と習 俗 との 関 係 が 問 い直 され て い る今 日、 改 め て振 り返 って み る 価 値 を 含 ん で い るの で は な か ろ うか。 2自 然 環 境 と し て のr自 然 」 認 識 と 「一 般 意 志 」 ・ 「徳'」、r万 物 の 秩 序 」 (1)ル ソー の 生 命 論 的 自然 観 と一 般 意 志、 J.一:L.ル セ ル クル は 、 ル ソー が 「た え ず 多 彩 な形 式 の下 に 提 起 す る問 題 は … 個 人 の 権 利 と 集 団 の権 利 との あ い だ の 関係 とい う問題 で あ る」(43>と指 摘 して い る。 ル ソー は 、 この個 と 集 団 との 調 整 問 題 を 、政 治 的 に は 特 殊 意 志 と一 般 意 志 の 合 致(徳 一Vertu .O.C.,t,III、P252)に 求 め た と もい え よ う。R。 ポ ラ ソは 一 般 意 志 の 「:最初 の正 当 化 」 が 「自然 の 生 命 体 との 類 比 に よ って 立 論 され て い る。」(44)こと に注 目 して い る。 そ の根 拠 は 、ル ソーの次 の言葉 であ る。(45) 政 治 体(corpspolitique)は 、 … 人 間 の身 体 に 類 似 した 、生 命 を もつ 一 つ の組 織 体 と考 え る こ と が で き る。 す な わ ち主 権 は 頭 を あ らわす 。 法 と習 慣 は脳 髄 で あ る。 … 人 間 の身 体 と政 治 体 の 生 命 は 、 全 体 に と っ て共 通 の 自我 で あ り、 す べ て の 部 分 の 相 互 感 覚 と内 的 な連 絡 で あ る。 … した が って 政 治 体 は 一 つ の意 志 を もつ 一 個 の精 神 的存 在(un6tremora1)で あ る。 そ して この 一 般 意 志 は 、 常 に全体 お よ び 各 部 分 の 保 存 と安 楽(bien6tre)を め ざす もの で あ る ル ソー の 自然 観 は 、前 章(1)で 見 た 通 りホ ッブ ス な どの よ うな物 理 学 的 な機 械 論 的 自 然 観 で は な く・ む しろ生 物 学 的 な 生 命 論 な い し 目的論 的 な 自然 観 に 属 す る もの で あ っ た。 政 治 体 の 「法律 の 源 泉 を なす 」 一 般 意志 が 、 ポ ラ ソ の注 目す る よ うに 生 命 体 との類 比 に よ っ て 最 初 に正 ・当 化 され て い る こ と は、 そ の発 想 の べ 一 ス の一 つ に 、 ル ソー の この 有 機 体 的 、 生 命 論 的 自然 観 が あ った と も考 え られ よ う。 元 来 、 一 般 意 志 の 語 は デ ィ ド ロが 『百 科 全 書 』の 「自然 法 」の 中 で 、「最 初 に使 用 した も の」(46) と され て い る。 彼 は そ こで 一 般 意 志 を 「生 物 学 的 な 集 団 的 自 己保 存 の 本 能 に 似 た も の と して 説 明 」㈹ して い る との 指 摘 が あ る。 ま た ポ ラ ソ も、 ル ソー の 最 初 の 着 想 で は 「一 般 意 志 の 無 体 の 集 団 的 存 在 に お け るは 、 保 存 本 能 の 〔有 機 体 の 〕 自然 的 存 在 に お け る如 き もの」㈹ と され て い る と解 して い る。 ル ソ ー は 、 一 般 意 志 の 語 を 「デ ィ ドロ か ら学 ん だ。」(49)との こ とで あ る が 、 有 機 体 的 自 然 観 の 持 主 で あ るル ソー は 、 デ ィ ドロの 含 意 を 容 易 に理 解 し、 これ を同 じ 『百 科全

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書』 の 一 部 を な す 、 『政 治 経 済 論 』 にお け る 「一 般 意 志 」 立 論 の 参 考 に した と も推 察 さ れ よ う。 (2)ル ソー の植 物 研 究 と 「徳 」 前 節 で見 た 目的論 的 自然 観 は 、 ア リス トテ レス の 自然 観 で もあ った 。 ル ソー の 蔵 書 等 の 目録 に は 、 『政 治 学 』 と 『ニ コマ コス倫 理 学 』 な ど が 見 られ る㈹ 。 ル ソー と ア リス トテ レス に は 、 自然 研 究 の態 度 ・方 法 に類 似 が あ る よ うで 、 後 者 に 「生 物 観 察 の 膨 大 な デ ー タ」(51)があ る如 く、 前 者 の 著 作 に も植 物 等 の観 察 結 果 が 頻 繁 に あ らわ れ て い る。 また ア リス トテ ヒス は 、 「あ らゆ る 自然物 に必 ず 何 か驚 くべ き もの が あ る 。 … わ れ わ れ は た め ら うこ とな く、 い か な る種 類 の動 物 の 研 究 に も 向 か わ ね ば な らな い。 そ うす れ ばず べ て の もの に 何 か 自然 的 で 美 しい もの が認 め られ るで あ ろ う。 け だ し、 自然 物 に お い て い か な る もの も偶 然 で は な く、 す べ て が 目的 に 向 け られ て い る こ とが きわ め て よ く認 め られ る か らで あ り、 そ れ らの生 成 と結 合 の 目的 は美 しき も の と い う形 を と るか らで あ る。」(52)と述 べ て い る。 ル ソー も また 、植 物 組 織 、 形 態 、 色 彩 、 香 りな どを 観 察 す る こ とで 、 「自然 を 探 求 し、研 究 し、 認 識 す る こ と を知 ろ う。 自然 の 美 しさ に 賛 嘆 す る こ と を 知 ろ う。」(53)'と言 って い る 。 この 両 者 に共 通 す る特 徴 の 一 つ は 、 い つ れ も個 々 ー の 自 然構 成 物(ミ ク ロな 自然)か ら秩 序 と体 系 の あ る 自然 全 体(マ ク ロな 自然)の 「美 」 に迫 ろ う とす る態 度 で あ る こ とが指 摘 され よ う。 この よ うな 、 い わ ば個 か らそ れ を包 含 す る全 体 へ 入 り込 も う とす るル ソー の志 向 を も っ と も よ く伝 えて い る と思 わ れ る発 言 の 一 つ を 次 に あ げ て お きた い 。 草 か ら草 や 、植 物 か ら植 物 へ と さ ま よ い歩 い て 、 そ れ ら を く らべ 、 そ の さ ま ざ ま の 特 徴 を くらべ て み て 、 そ の 異 同 に注 意 を は ら い 、 こ う して植 物 組 織 を観 察 して 、 これ らの 生 け る器 械 の動 き と営 み を 追 及 し、 と きに は そ の一 般 的 法 則 や 、 さ ま ざ まの 構 造 の原 因 と 目的 の 探 求 に成 功 し、 そ うい う楽 しみ の い っ さ い を あ た え て くれ る者 に た い す る感 謝 にみ ち た 驚 嘆 か ら 生 まれ る魅 惑 に 浸 る。(『 夢 想 』P。119) こ こに は ル ソー の 視 線 と心 の 動 き が 、 ミク ロな 自然 か らマ ク ロ な 自然 へ と、 しだ い に段 階 を 追 っ て 移 行 して い く過 程 が あ りあ り と示 され て い る。 ま た彼 は 、「個 別 的 な対 象 」 が 「す べ て か れ の視 界 」 を去 っ た時 、「す べ て を 全 体 の うち に お い て の み 見 、 また 感 じ」 る。 「か れ は甘 美 な陶 酔 を感 じて 、 そ の広 大 な美 しい 体 系 の な か に 消 え失 せ 、 そ れ に 同化 した 自分 を感 じる。」 (『夢 想 』P.111)と 言 う。 ル ソー は 、「す べ て の価 値 を そ れ に 奉 仕 させ よ う と した もの 、 そ れ に よ って の み 人 間 の 本 来 性 が 回 復 され 、 そ こか ら真 の幸 福 を も得 る こ と が で き る と信 じた も の」 を 、 特 殊 意 志 と一 般 意 志 の 合 致 で あ る 「 「徳 」 … の概 念 で 包 括 した 」。(54)彼の植 物 研 究 は 、前 章 で 引 用 した 中 川 久 定 や マ ル セ ル ・レモ ンが 指 摘 す る よ うに 、個 と、 そ れ を含 む全 体 との 同化 の 感 覚 を 彼 に もた ら し て い る。 これ らは 、 自分 を 「す べ て が 喜 び で あ る体 系 の な か に 秩 序 づ け 」(『 エ ミー ル 』 中 、 P.176)る と こ ろ に 、即 ち 「神 の 偏 在 す る宇 宙 的 秩 序 へ の 同化 」 に 「徳 の 一 つ の 極 限 」(55)を見 い 出 す こ と、 特 殊 意 志 は 「一 般 意 思 に従 う こ と に お い て 「徳 」 に 達 す る」(56)こと をル ソー に示 唆 して い た もの と も思 わ れ よ う。 そ して そ の 底 流 に は 、「広 大 な 美 しい 体 系 」 へ の 「同化 」 の 「甘 美 な陶 酔 」、 即 ち 「自然 の 根 源 に つ な が り万 有 と交 感 し、応 和 す る歓 喜 」(57)があ っ た と考 え られ る。 ま た ミ ク ロな 自然 と マ ク ロ な 自然 の 連接 を 見 通 す ル ソー の 「透 視 力 」 は お そ ら く自 然 界 の秩 序 と社 会 の そ れ との 関 連 を 考 え させ た こ とで あ ろ う。 ル ソー は 「自然 の秩 序 は 社 会 の

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秩 序 よ り もい つ も重 くみ られ る だ ろ う。」(『 エ ミー ル 」 中 、P.272)と 言 って い る 。 こ う した 中 で 「一 般 意 志 とは 、 人 々 の 関係 下 で 、 全 体 の保 存 を命 ず る 自然 法 の教 え を実 効 力 あ ら しめ る 方 法 と して 提 出 され た 」働 の で は な か ろ うか。 な お前 章(3)で 見 た 、花 壇 の 花 が 、 「自然 の 能 力 を奪 わ れ た怪 物 」 で 、 こ う した 「人 間 が もの の本 来 の姿 」 を歪 め る ㍉ 誤 っ た行 為 は と くに、 「市 民 社 会(lasociet6civi1)」 で お こ な わ れ て い る との ル ソー の 言葉 は 、彼 の植 物 研 究 が、 い わ ば そ の弁 神 論 で あ る 『社 会 契約 論 』 の テ ー マ と も結 び つ い て い る こ と を うか が わ せ る もの が あ ろ う。 (3)「 万 物 の 秩 序 」 の 認 識 と 生 態 学 的 知 見 ル ソー は 、 一 般 意 志 を 「つ ね に 全 体 の 保 存 と 全 体 の 福 祉 と に 向 か う意 志 」 で あ り 、 「自 然 的 に 事 物 の 本 性 に 秩 序 づ け ら れ て い る 。」(59)と考 え た と の 指 摘 が あ る 。 つ ま り 「社 会 的 全 体 の 一 般 意 志 」 は 「万 物 の 秩 序 に 従 っ て い る か ら正 し い 。」(60)とも い え る の で あ ろ う。 こ の 一 般 意 志 が 宿 る政 治 体 を ル ソ ー は 、 本 章(1)で 見 た よ う に 、 人 間 の 生 き た 「身 体 に 類 似 した も の と して 考 え 」、 ど ち ら も そ の 生 命 が 「す べ て の 部 分 の相 互 感 覚 と 内的 交 通(correspondance interne-0.C.,t,III,P.245)に あ り 、こ の 交 渉(Communication)が 止 ま る と 「人 間 は 死 に 、 ま た 国 家 は 瓦 解 す る 。」 と し た 。 こ こ に は 、 組 織 部 分 間 相 互 の 有 機 的 な 交 流 を 重 視 す る ル ソ ー の 姿 勢 が う か が わ れ る 。 こ う した ル ソ ー の 感 性 は 、 『エ ミ ー ル 』 に お け る ル ソー の 「自 然 宗 教 」 の 考 え 方 に も あ ら わ れ て い る 。 彼 の 「自 然 」 の 一 つ は 、 本 稿 冒 頭 で 触 れ た よ う に 、 万 物 の 秩 序 、 神 で あ っ た 。 サ ヴ ォ ワ の 助 任 司 祭 は 、 高 い 丘 の 上 で エ ミ ー ル に 「宇 宙 を 構 成 して い る存 在 が そ れ に よ っ て た が い に 助 け あ っ て い る 内 密 の 対 応 関 係(rintimeCOrreSpOndan.Ce-0.C.,t,III,P578)」 と 厂あ ら ゆ る 存 在 の 調 和 と そ れ ぞ れ の 部 分 が 他 の 部 分 を 維 持 して い こ う と す る み ご と な 協 力(1'admirable concours)」(『 エ ミ ー ル 』 中 、P.139∼140)が あ る と こ ろ に 、 「世 界 の 秩 序 」 の 存 在 を 確 認 す る と 言 う。 そ し て そ れ は 「草 を は む 羊 、 空 を 飛 ぶ 小 鳥 、 … 風 に 吹 か れ て い く木 の 葉 の う ち に も 存 在 す る 」 と 説 明 す る 。 こ れ ら 『政 治 経 済 論 』 と 『エ ミー ル 』 の 両 言 説 に共 通 す る と こ ろ は 、 政 治 体 に も 、 宇 宙 に も 、 そ れ ら を 構 成 す る 各 部 分 間 の 相 互 扶 助 や 対 応 関 係(correspondance)が あ り、 そ こ に そ れ ら を 成 り立 た せ て い る生 命 な い し秩 序 が 宿 っ て い る と し て い る 点 で あ ろ う 。 と こ ろ で ル ソ ー は 、 生 態 系 秩 序 の 存 在 に つ い て 、 前 章1の(1)、 ② で 触 れ た よ う に 、 ビ ュ フ ォ ソ を 次 の よ う に 引 用 し て い る 。 植 物 は そ の養 分 と して 、 土 地 か らよ り も空 気 や 水 か らは る か に多 くの物 質 を ひ き 出 す の で 、 腐 敗 す る に あ た って は 土 地 か ら ひ き出 した よ りも多 くの もの を土 地 に返 す こと が あ る。 な お 、 そ の 上 に 、 森 は水 蒸 気 を ひ き止 め る こ と に よ って 雨 水 を決 定 す る。 こ う して 、人 が 永 く触 れ な い で 保 存 す る よ う な森 林 の な か で は 、 植 物 の た め に 役 立 った地 層(lacouchedeterre)が 非 常 に 増 大 す る だ ろ う。 と ころ が 動 物 は土 地 か らひ き出 す よ り も土 地 に 返 す ほ うが 少 な く、 ま た 人 間 は 火 や そ の他 の 用 途 の た め に木 材 や 草 木 を 多 量 に消 費 す るの で 、 そ の結 果 と して 、 人 の住 む 地 域 の 植 物 地 層 は た え ず 減 少 し、 つ い に は 中 央 ア ラ ビ アや そ の 他 非 常 に 多 くの 近 東 の地 方 の よ うに変 わ って しま わ ね ば な らな い 。 こ の近 東 は事 実 、 も っ と も古 くひ との 住 ま っ た風 土 な の だ が 、 そ こに は塩 と砂 だ け しか 見 出 さ れ な い の だ。 『博 物 誌 』 「地 球 理 論 の証 拠 」 (第七 条)…(『 不 平 等 論 』 原 注(d)P.139QO.C.,t,III,p.ユ98)

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ル ソー は こ こで ビ ュ フ ォ ソの 言 葉 を借 りて 、 土 地 、 空 気 、水 、植 物 、 動 物 な ど被 造 物 間 相 互 の生 態 的 な連 関 関係 の 存 在 を語 って い る。 これ らの 生 態 的 な調 和 秩 序 は㍉ 人 間 の消 費 活 動 増 大 の結 果崩 壊 し、 もは や 生 命 の存 在 しな い 「塩 と砂 」 だ け の世 界 に な る。 即 ち 、生 態 系 秩 序 、 つ ま り全 体 を構 成 す る各 部 分 の 厂内的 交 渉 ・交 通 ∫ が止 ま る と、宇 宙 の 一 部 を成 す あ る共 生 群 は 、 そ の 生命 を失 う こ と にル ソー は 注 意 を促 して い るの で あ る。 『不 平 等 論 』 と 『政 治 経 済 論 』 の執 筆 時 期 は 諸 説 が あ っ て 確 定 が 困 難 と の こ と で あ る が 、 R.ド ラ テ は 、 前 者 の 完 成 後 後 者 が 書 か れ た と考 え る の が 「も っ と もナ チ ュ ラル だ と述 べ て い る 。」。㈹ も し これ を 信 ず れ ば 、 ル ソー の 生 態 学 的 知 見 は 、 後 の 『エ ミー ル 』 は 勿 論 の こ と 、 『政 治経 済 論 』 の執 筆 前 に も獲 得 さ れ て い た と見 る こ とが で き よ う。 組 織 体 の有 機 的 な相 互 作 用 の み な らず 、万 物 の 秩 序 に お け る対 応 、 相 互 協 力 ・調 和 関係 の 存 在 を探 求 す るル ソ ー の感 覚 を ま す ます 鋭 く した もの の一 つ に、 彼 が 既 に習 得 して い た 生態 系 秩 序 に つ い て の知 識 を あ げ る こ とが で き るの で は な か ろ うかQ 3ル ソ ー の 「自 然 」 ・ 「環 境 」 認 識 と 「社 会 的 ジ レ ン マ 」 問 題 (1)「 社 会 的 ジ レ ソマ 」 問 題 とル ソー 「社 会 的 ジ レ ソマ 」 問 題 とは 何 で あ ろ うか 。 環 境 社 会 学 の あ る研 究(62)では 、 そ れ を次 の よ う に説 明 して い る。 整 髪 や 殺 虫 等 の ス プ レー 類 に使 用 され て い る フ ロ ンガ ス は 、 オ ゾ ソ ホー ル の 形 成 と か か わ る こ とで 地 球 環 境 の 悪 化 を惹 起 す る こ とが 知 られ て い る。 地 球 環 境 保 護 は 、 全 生 命 に と っ て 望 ま しい こ とで あ る。 一 方 、 ス プ レー使 用 は 環 境 破 壊 に つ な が る こ と が わ か って い て も 、個 人 的 に は 日常 的 に便 利 で 合 理 的 な 行 為 で あ る。 この よ うに社 会 に は、 個 人 の 合理 的 選 択 結 果 か ら生 じ る状 態 よ り も全 社 会 構 成 員 に と って 望 ま しい 状 態 が 存 在 す る た め に 、 「個 人 的 合 理 性 を追 求 す る結 果 、 社 会 的 に非 合 理 な 状 態 に 陥 っ て しま う」 こ と が あ る。 「これ が社 会 的 ジ レソマ で あ る。」 。 そ して 「環 境 問 題 は 、 …社 会 的 ジ レ ソマ の構 造 を持 つ 最 も重 大 な 問 題 」 で あ る が、 ま た他 方 、 この 問 題 は 、 「個 々 人 の 利 害 が 衛 突 す る中 で 、 どの よ うに して秩 序 は形 成 され 、維 持 され る か 」 とい う 「ホ ッブ ス的 な秩 序 の 問 題 」 と も関係 を持 つ と指=摘され て い る。 この 社 会 的 ジ レ ソマ の 解 決 方 向 と して は 「構 造 的 要 因 」 と 「個 人 的 要 因 」 の制 御 が あ るが 、 と も に め ざす と こ ろ は 、「行 為 者 が 意 思 決 定 す る際 の 認 知 構 造 に お い て は 、 もは や 社 会 的 ジ レ ソマ で な い 、 とい う状 況 を 創 り出 す こ と」 だ と い う。 以 上 の説 明 に よれ ば 、 環 境 問 題 に 関 連 した 「社 会 的 ジ レ ソマ論 」 は、 「解 放 され た個 人 の 欲 求 を 前 提 に効 率 を追 求 し よ うと す る シ ス テ ム」 で あ る 「近 代 文 明 の 限 界 を突 破 す る」 方 法 を模 索 しよ う とす る問 題 意 識 に 立 つ もの と理 解 さ れ よ う。 ル ソー も また 周 知 の 通 り、環 境 問 題 の摘 発 を 含 め 、 当時 の 文 明社 会 を批 判 し、 『社 会 契 約 論 』 な ど で 、 私 益 と公 益 の 間 に い わ ば ジ レ ソ マ の ない 、新 しい 社 会 像 を 構 想 しよ うと した 。 この 意 味 で は 、現 代 の環 境 問 題 に か か わ る 「社 会 的 ジ レ ソマ 」 論 と ル ソー の 考 え と は、 時 代 を こえ て ほぼ 同 じよ うな問 題 意 識 に身 を 浸 して い る とい っ て よか ろ う。 この 点 は例 え ば 、 次 の よ うな ル ソー の言 辞 に もあ らわ れ て い る よ うに思 わ れ る。

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.多 侭 木 嫡 人 閘 ÷ 亭一gヰ、.丁?g牲 称 章 志 を も ち、 そ れ は 彼 が 市 民 と して も って い る一 般 意 志 に反 す る 、 あ る い は そ れ と異 な る もの で あ る。彼 の特 殊 な利 益 は 、公 共 の 利 益 と は全 くち が った ふ うに 彼 に 話 しか け る こ と も あ る。(『 社 会 契 約 論 』P。35)(圏 点 引 用 者) こ こで一 般 意 志 は 「公 け の利 益 …共 通 の 利 益 だ け を こ こ ろが け る」 もの と され て い る。 これ らの 言 葉 を前 記 の 「社 会 的 ジ レソマ 」 論 の説 明 と比 べ る と、 あ た か もル ソー は 、例 え て い え ば 、我 々 が地 球 環 境 保 護 な どの共 通 の 利 益'(市 民 と して我 々 が持 つ一 般 意志)の 価 値 を 知 りつ つ、 ス プ レー使 用 の 便 宜 性 追 求 な どの 私 的 利 益(一 般 意 志 に反 す る特 殊 意 志)を 追 求 す る よ うな こ とが あ る こ とを知 って い た か の ご と く思 わ れ よ う。 一 般 意 志 とは前 章 で 見 た よ うに 、 稼 の 生 命 論 的 自然 観 を ベ ー ス と して、 有 機 体 と の ア ナ ロ ジ ィに よ って 得 られ た概 念 で あ っ た。 また ル ソー は 、「特 殊 意 志 の 総 和 で あ る に す ぎ な い」 「全 体 意志(lavolont6detous)と 一 般 意 志 の あ い だ に は 、 時 に は か な り相 違 が あ る も の で あ る。 後 者 は共 通 の 利 益 だ け を こ こ ろ が け る。前 者 は 、 私 の 利 益 を こ ころ が け る。」(『社 会 契 約 論 』P.47)と も言 って い る。 この 言 葉 は 、 前 記 の 言 辞 と と もに 、 彼 が 社 会的 ジ レ ンマ論 で い う、 「個 々人 の合 理 的 選 択 の結 果 と して 生 じ た状 態 よ り も、 全 て の社 会 構 成 員 に と って 望 ま しい状 態 が 存 在 す る」 旨の 認 識 をす で に 有 して い た との 印 象 を与 え よ う。 社 会 的 ジ レ ソマ 論 とル ソー の 「徳 」 は 、 い つ れ も個 と集 団 の調 和 を テ ー マ と して い るの で 、両 者 の 間 に 以 土 の よ う な類 似 性 が あ らわ れ るの で あ ろ う。 と こ ろで ル ソー は 、 前 述 の 通 り、 特 殊 意 志 と一 般 意 志 の 合 致 を 「徳 」.と 呼 ん だ わ け で あ るが 、 この 「徳 」 即 ち 、私 益 と公 益 の一 致 が 実 現 され れ ば 、 個 と共 同体 間 の社 会 的 ジ レソマ は解 消 さ れ る はず で あ る。 そ れ は ど の よ うに して解 消 され る と ル ソー は考 え た で あ ろ うか 。 (2)社 会 的 ジ レ ン マ 解 消 の た め の ル ソ ー の 示 唆 ① 私 益 の 犠 牲 と ル ソ ー の 「自 然 」 認 識 フ ロ ソ ガ ス と オ ゾ ソ ホ ー ル の 関 係 に 立 ち 戻 っ て 考 え る と 、 現 在 我 々 が 進 め て い る こ と の= つ は 、 フ ロ ソ ガ ス ・ス プ レー 使 用 の 禁 止 、 つ ま り公 益 の た め に 私 益 を 犠 牲 に す る こ と で あ る ル ソ ー も ま た 『エ.ミ ー ル 』(下 、P.258)の 中 で 、 有 徳 た る た め の 、 こ の 私 益 の 犠 牲 を 次 の よ う に 説 い て い る 。 自分 の 情 念 を 克 服 して 、 有 徳 な 人 間 に な れ る の だ 。 … 公 共 の 福 祉(1ebienpublic-O.C., t,IV,P.858)は 、 ほ か の す べ て の 者 に と っ て 口 実 と して 使 え る の だ が 、 か れ に と っ て は 現 実 の 動 機 に な る 。 か れ は 自 分 と 戦 い 、 自 分 を 征 服 し 、 自 分 の 利 益 を 共 同 の 利 益(1'interest commun)の 促 進 の た め に 犠 牲 に す る こ と を 学 ぶ 。 こ の公 益 の た め の 私 益 の犠 牲 と、 ル ソー の 「自然 」 認 識 との 関係 が あ らわれ て い る と思 わ れ るの が 、 彼 の 自然 宗 教 観 が示 され る 「サ ヴ ォ ワの 助 任 司 祭 の 告 白」 で あ ろ う。 助 任 司 祭 は 、 共 同 の 利 益 へ の奉 仕 を呼 び か け る 「自然 の感 情 」 と 自己 の利 益 優 先 を語 り『か け る 「理 性 」 の 二 者 択 一 の うち に動 揺 して い た。 そ こ に 「あ らた な 光 りが わ た しの 心 を 照 ら して 」 くれ 、次 の よ うに悟 る。

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善 人 は 自分 を全 体 との 関 連 に お いて 秩 序 づ け る が、 悪 人 は す べ て を 自分 に結 び つ け て 秩 序 づ け る。 … す べ て が 善 で あ る体 系 の な か に 自分 は 秩 序 づ け られ て い る と感 じる こ と 以 上 に快 い 境 地 が ど こに あ る とい うの だ 。(『 エ ミー ル』 中 、P.175,P.176) ル ソー の 「自然 」 の 一 つ が 「万 物 の 秩 序 」=神 で あ った こ と、 ま た も う一 つ の 「自然 」 で あ る 自然 環 境 の トー タ ル な体 系 的理 解 が 、 今 で い う環 境 倫 理 の 自然 理 解 に か な り近 い 要 素 を 有 して い た と思 われ る こと は 、 す で に 前 述 した。 上 記 の 助 任 司 祭 の言 葉 に は 、私 益 の 犠 牲 が 万 物 の秩 序 と 自己 と の 同化 な い しそ の 内面 化 に よ って な され う る 旨の メ ッセ ー ジが 含 ま れ て い る と も理 解 で き よ う。 マ ル セ ル ・レモ ソや 中川 久 定 は 、 す で に 見 た よ うに 、植 物 の 細 部 へ の 注視 か ら宇 宙 的 秩 序 へ の没 入 を 説 い て い る。 即 ち ミク ロな 自然 か らマ ク ロな 自然 へ の連 接 を 透視 す る ル ソー の 「自然 」 認 識 は 、 自己犠 牲 的 行 為 を社 会 的 に 合 理 的 な行 為 と して 価 値 づ け る一 要 因 と して の作 用 力 を 持 つ と解 釈 され よ う。 ② ル ソー のr環 境 教 育 」 我 々 が今 な しつ つ あ る も う一 つ の こ とは 、 環 境 教 育 で あ ろ う。 環 境 破 壊 の 原 因 や そ の 対 策 、 グ ロー バル な 国 際協 調 の必 要 性 な どの ほ か 、生 態 学 や 人 間 と 自然 と の諸 関 係(自 然 観)、 環 境 倫 理 学 な どが そ の 内 容 に含 ま れ つ つ あ る。 ル ソー の教 育 思 想 の な か に は 、 す で に 筆 者 が別 稿 で 指 摘 して い る(63)ところ だ が 、 環 境 教 育 思 想 と 見 られ うる もの が あ る。 そ の要 点 を く り か え す と、 エ ミー ル に対 す る カ リキ ュ ラ ム の 一?と して 、 内 容 的 に は 、 自然 現 象 (Ph6nom6nesdelanatureO.C.,t.W,P430)や 事 物 の 教 育 、 博 物 学 、 自然 史 、 宇 宙 誌 な ど が あ る。 また 方 法 と して は 「実 物 ・現 場 学 習」 や い わ ゆ る 「消極 教 育 」 な どが 推 奨 さ れ て い る。 また これ らは》 環 境 問題 の 摘 発 を そ の一 翼 とす る文 明社 会 批 判 に も とつ く、 エ ミール=自 然 人 教 育 の一環 と して 位 置 づ け られ て い る。 その 意 味 で は ル ソー の 「環 境 教 育 」 は 、効 率 優 先 に よ って 環 境 破 壊 を もた ら した近 代 文 明 批 判 を契 機 に 提 唱 され た現 代 環 境 教 育 思想 と、 そ の 誕 生 の機 縁 を 共 有 して い る とい え よ う。 この 「環 境 教 育 」 の発 想 は 、 『エ ミー ル』 な ど に見 る通 り、 彼 の 植 物 観 察 や 自然 環 境 の 中 に 共 生 す る生 物 種 の 多様 性 の 理 解 、 自然 愛 の 感 情 な ど と 密接 に 関 連 して い る。 そ こ には 個 と互 い に共 存 す る共 同体 との 有 機 的 関連 に 大 きな注 意 を払 う、 い わ ば環 境 倫 理 教 育 上 の 「自然 」 認 識 と似 た もの が うか が わ れ る。 環 境 問 題 に関 す る 「社 会 的 ジ レ ソマ」 解 決 を め ざす 現 代 環 境 教 育 へ の 、 ル ソー の示 唆 の 一 つ は、 生 物 種 の 多様 性 を 身 を もっ て感 じ取 れ る 「実 物 ・現 場 学 習 」 に 立 脚 して 、 生 命 間 共 生 関 係 や 、 さ らに進 ん で 「生 態 圏 秩 序 」(万 物 の秩 序)を 感 得 して い くと い う方 法 を重 視 して い くこ と で あ ろ う。 ま た彼 は 、 自然 、社 会 、環 境 に 関 す る独 自の 認 識 か ら、 「環 境 教 育 」 の 目的 、 内 容 、方 法 を引 き 出 して い る。 これ は 、 環 境 問 題 を め ぐ る 「社 会 的 ジ レ ソマ」 とそ の解 消 を 教 え る 教 師 に対 して 、 ま ず 自分 自身 が ど の よ うな 自然 、社 会 、環 境 の認 識 を 持 ち 、 そ こか らい か な る教 育 内 容 を構 想 して い くか とい うア プ ロー チ を 示 唆 す る もの で あ ろ う。 環 境 問 題 に 関 す る ジ レ ソマ な き社 会 を作 り上 げ 、 発 展 さ せ て い く環 境 教 育 とは い か な る もの か 。 ル ソー は そ れ を今 、我 々 に 向 か って 問 い か け た い の で は な か ろ うか。

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③ ル ソー の法 と して の 「世 論 」、 「徳 」 と生 態 圏 秩 序 ル ソー の 「世 論 」 につ い て は 第1章 で も触 れ た が 、 彼 は法 を 「一 般 意 志 の表 明 」(『 社 会 契 約 論 』P.175)と した。 そ の う ち 「も っ と も重 要 な法 」 で 「これ こそ 、 国 家 の 真 の 憲 法 (constitution)を な す もの … 他 の 法 が 老 衰 し、 ま た は 亡 び て ゆ くと きに 、 これ に ふ た た び生 命 を ふ き こみ 、 ま た は これ に と って 代 る もの 」 が 「こ と に世 論 」 で あ っ た。 「現 在 の 政 治 家 た ち に知 られ て い な い 法 の こ の部 分 こそ 、 実 は他 の す べ て の 法 の 成 否 を に ぎ る もの で あ る。」 (『社 会 契 約 論 』P。81∼82)と ル ソー は 言 っ て い る。 現 在 我 々 は 地 球 環 境 保 護 の た め に 国 の 内 外 に わ た り、規 制 を強 化 しよ う と して い る。 オ ゾ ソ層 保 護 条 約 もそ の 一 つ で 、 これ は 「国 際 環 境 外 交 の輝 か しい成 果 」㈹ と.のことで あ る。 し か しオ ゾ ソ層 破 壊 の ス ピー ドは予 想 以 上 に早 く、絶 え ざ る 監視 と規 制 改 定 が必 要 と 見 られ て い る。 「社 会 的 ジ レソ マ問 題 」 解 決 の た め の 「構 造 的 要 因」 の 一 つ と して 、 法 や 条 約 に よ る 規 制 が あ げ られ よ うが 、そ の 改 定 は利 害 関係 が複 雑 で 、地 球 環 境 悪 化 の ス ピー ドの上 昇 に よっ て は 、 事 実 上 十 分 な効 力 を 一 時 的 に しろ 失 な う ケ ー ス も あ り うる で あ ろ う。 こ う した 法 の 「老 衰 」 に あ た っ て 、 そ れ に 「ふ た た び 生 命 を ふ き こみ 、 ま た は これ に と っ て代 る もの」、 そ れ は 「現 在 の政 治 家 た ち に知 られ て い な い」、 「市 民 た ち の 心 に き ざ ま れ て い る」 法 で あ る 「世 論 」 だ とル ソー は 言 うで あ ろ う。 彼 は 、.ともす れ ば迅 速 な 対 応 が遅 れ が ち な 法 的 、 行 政 的 措 置 を 十 分 に 「監 察 」 す る、 生 々 と した 世 論 を 展 開 せ よ と、 我 々 を励 ま して い る よ うで あ る。 また ル ソ ー は 、 「他 のす べ て の 法 の保 障 」 と して 「刑 法 」 を あ げ て い る が 、 彼 は 「徳 」 に つ い て 次 の よ うに 、注 目す べ き こ と を述 べ て い る。(65) 徳 は 、必 ず し もや さ し くは ない の で す 。 徳 は 、悪 に対 して は適 当 な厳 しさ で、 自己 を武 装 す る こ とを知 っ て い ます 。 徳 は 、罪 に 対 して は怒 りに燃 え た つ の で す 。 これ まで の 自然 と人 間 との 関係 を反 省 し、 そ の間 に新 しい 関係 を 築 こ うとす る主 張 の 中 に は 、「自然 契 約 」 の考 え方 、即 ち 人 間 の 自然 へ の 、一 方 的 な 「寄 生 関 係 」 を 排 して 、 自然 と 人 間 の 共 生 関係 を 明確 に す るた め 、 新 た に 「自然 を契 約 の 当事 者 と して 認 め」(66)る「自然 契 約 」 を 結 ぽ うとす る主 張 が あ る。 これ は 『社 会 契 約 論 』 にお け るル ソー の 言 葉 を借 りれ ば 、 「負 担 は 全 くお前 に か か り、利 益 は 全 くわ た しの もの に な る よ うな 、 約 束 」 で あ っ た 、 従 来 の 自然 と人 間 の 関 係 を 、 ル ソご が 不 平 等 な も の と して 批 判 した 、 そ れ まで の社 会 契 約 と 同 じ よ うに破 棄 し、 改 めて 対 等 な 関係 を結 ぽ うとす る もの と理 解 で き る。 「徳 」 と は 、 一 般 意 志 と特 殊 意 志 の合 致 で あ っ た。 今 こ の 合 致 を生 態 圏 秩 序 と私 益 追 求 と の 調 和 と見 れ ば 、 これ が効 率 追 求 に あ ま りに も急 な近 代 文 明 が生 み 出 した 、 環 境 問 題 とい う 「悪 」 に よ っ て破 れ た時 、 どの よ うな怒 りが 我 々 に 迫 って く るの で あ ろ うか。 ル ソー の この 言 葉 は 、 不 吉 な響 き を伴 って い る。 しか し、 彼 は前 述 の通 り、 ビ ュ フ ォ ソ ら と と もに 動植 物 と 、土 壌 間 の 生 態 系 の存 在 に 注 目 した。 今 こ の生 態 系 は 、 グ ロー バ ル な生 態 圏 秩 序 の一 部 を な して い る こ と が判 明 して い る。 ル ソ ー は 、「共 通 の 幸 福 の 総 和 が 各 個 人 の 幸 福 の よ り大 き な 部 分 を提 供 す る こ と に な る」 (『 社 会 契 約 論 』P.132)と 述 べ た。 彼 の 「徳 」=一 般 意 志 と特 殊 意 志 の 合 致 の 要 請 は 、 こ う した 生 態 圏 秩 序 の 制 約 を前 提 と した 「社 会 的 ジ レ ンマ問 題 」 の 解 消 が 求 め られ る現 代 に あ っ

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