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戦後復興期の金融構造(1) : 戦後インフレーションとその対策

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.戦後復興期 め金融構造(1)

戦後 インフレ」シ ョンとそめ対策

鈴.未

Postwar

I nf lation

in J apan,

1945-48

Koichi

SUZUKI

Abstract

When the long time of the War was over in 1945, the postwar severe inflation broke out. In February 1946 the Japanese Government enforced the Emergency Finanacial Measures freezing deposits and cash in order to curtail excess purchasing power. But these measures had only a temporary effect on inflation, which soon regained its tempo. In the mid-1948 inflation slowed down its tempo because the recovery of production and the restrictive credit control. However, the real end of inflation depended on the "Dodge Line" in 1949.

Japan experienced the most severe postwar inflation in the major countries. In a result, Japanese people lost the value of financial assets as well as were afflicted with price increasing. Most of Japanese business firms suffered their own capital ratios falling. On the contrary, Japanese Government favored the payment of war--time debt

owing to its real value reducing. After postwar inflation was brought to an end by "D

odge Line", Japanese Government decided her single exchange rate. Though it means new start of Japanese economy, its action was one year behind West Germany.

1.戦 後 イ ン フ レ ー シ..ヨン の 始 ま り 長 い 戦 争 の 終 結 は 、 戦 後 イ ソ フ レ.一シ ョソの始 ま りで あ った 。戦 争 末 期 に な る と、民 需 物 資 は 極 端 な不 崑 を示 して い た が1)、 戦 争 が 終 わ るま 一さは 、.厳 しい 経 済 統 制 と経 済 警 察 に よ っ て 、 曲 が りな りに も配 給 制 度 と公 定 価 格 が 維 持 され て い た 。 しか し戦 争 が敗 戦 と い う形 で終 結 す る と 、 そ う した 政 府 の 統 制 力 は 急 速 に 低 下 した。 そ こ に通 章 の 著 しい 膨 張 が始 ま っ た か ら、 イ.ソフ ー シ.ヨ ソ が顕 在 化 す る の は 当 然 で あ る。.

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通 貨 の 膨 張 は 戦 争 終 結 前 か ら既 に か な りの勢 い で進 行 して い た が、・終 戦 を機 に そ の 勢 い は 一 段 と加 速 した。 当 時 は 、 現 在 の よ うなマ ネ ー ・サ プ ラ イ統 計 は 作 成 され て い な い の で 、 こ こで は通 貨 膨 張 の 状 況 を現 金(銀 行 券 お よび 小 額 紙 幣 ・補 助 貨)発 行 高 と全 国 銀 行 預 金 残 高 に よ って み て み よ う。 まず 現 金 発行 高 を 前年 に 対 比 ず る と、終 戦 まで は2倍 程 度 の 増 加 で あ った もの が 、 終 戦 後 は約3倍 の増 加 に な っ た(表1)。 全 国 銀 行 預 金 残 高 の増 加 は 現 金 ほ ど大 き くは ない が 、 や は り終 戦 後 そ の 増 勢 を 強 め て い る(表2)。 た だ 、急 速 な勢 い で 台 頭 した闇 取 引 の決 済 が 主 と して 現 金 で 行 われ て い た こ と を考 え る と、 当 時 の通 貨 膨 張 の 現 象 は 、 預 金 増 加 よ り もむ しろ現 金 通 貨 の増 大 こそ が重 要 な 意 味 を持 って い た こ と に注 意 す べ き で あ ろ う。 そ れ で は、 終 戦 を機 に な ぜ 通 貨 膨 張 、 と くに現 金 通 貨 の膨 張 が 一 段 と大 き くな った か と い え ば 、 通 貨 需 要 とい う面 で は 、 前 述 の 闇 経 済 の 急 拡 大 が あ り、 通 貨 膨 脹 を 許 した 通 貨 供 給 要 因 と して は 、① 臨 時 軍 事 費 の支 払 い の 急 増 、 ② 連 合 軍 駐 留 費用 の 支 払 い 、③ 銀 行 の 貸 出 増 加 の三 つ が あ った と い う こと が で き る。 まず 臨 時 軍 事 費 で あ る が 、 実 は 終 戦 を機 に そ の 支 払 い が急 増 した の で あ る2)。そ れ は 、 軍 人 に 対 す る退 職 金 の支 払 い と か 、軍 需 品 につ い て の契 約 破 棄 に伴 う処 理 と い った 名 目に よ る もの で あ っ た が 、 そ の 実 態 が か な り杜 撰 な もの で あ った こ と は容 易 に想 像 す る こ とが で き る。 こ う した 臨 時 軍 事 費 支 払 い の 急 増 が大 き な要 因 とな って 、 終 戦 の8月 か ら年 末 まで の5か 月 間 に お け る財 政 資 金対 民 間 収 支 は 、197億 円 の 支 払 超 過 とな っ た。 これ は 、 同年1∼7月 の7か 月 間 の 支 払 超 過 額 (90億 円)の2倍 を超 え る額 で あ る3)。・この よ うに財 政 資 金 対 民 間収 支 が 巨額 の支 払 超 過 を続 け る こ とが で きた の は 、 日本 銀行 の 対 政 府 信 用 供 与 が あ った か らに ほ か な らな い 。 第 二 の 通 貨 増 発 要 因 は 、連 合 軍 の駐 留 経 費 の 支 払 い で あ る。 連 合 軍 の進 駐 が 開 始 され た 際 、 政 (表1)現 金 遥貨 発行高 の 推移 (単位 ・百 万 円) 小 額 紙 幣 各 年 ● 銀 行 券* 補 助 貨 計 前 年 比 増 加 率(%) 昭和16年 5,979 908 6,886 .24.2 17年 7,149 973 8,122 17.9 18年 10,266 1,002 11,268 38.7 19年 17,746 1,195 18,941 68.1 昭和20年 1月 17,114 1,206 18,320 70.5 〃 2月 17,841 1,201 19,042 70.0 〃 3月 20,526 1,186 21,711 80.9 〃 4月 22,129 L186 23,315 87.1 〃 5月 23,207 1,171 24,378 92.2 〃 6月 26,181 1,165 27,346 104.2 〃 7月 28,456 1,180 29,637 115.7 〃 8月 42,300 1,197 43,497T 204.8 〃 9月 41,426 1,198 42,625 187.8 〃 10月 43,188 L210 44,398 185.2 〃 11月 47,749 1,195 48,944 曁σ 198.2 〃 12月 55,441 1,218 56,658 199.1 *朝 鮮銀 行券 、台 湾銀 行券 は含 まない。 (資料)日 本 銀行 統計 局 『戦時 中金 融統計 要 覧』(昭 和22年)、 同 『本 邦経済 統計 』(昭 和21年)よ り作成 。

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(表2) 全国銀行預金残高の推移 (単 位 ・百 万 円) 各 年 o 末 総 預 金 前 年 比 当 座 預 金 前 年 比 増 加 率(%) 増 加 率(%) 昭和16年 37,801 21.2 5,274 22.5 17年 46,569 23.2 6,212 17.8 18年 56,328 2LO 6,666 7.3 19年 77,927 38.3 7,921 18.8 昭和20年 1月 79,229 41.0 7,613 21.6 〃 2月 80,651 40.3 7,902 21.4 〃 3月 84,445 39.3 8,879 19.5 〃 4月 87,985 42.9 8,964 29.9 〃 5月 94,417 48.2 9,405 36.6 〃 6月 97,774 48.9 10,034 43.5 〃 7月 104,743 54.0 10,500 51.3 〃 8月 1U,944 61.0 12,033 68.2 〃 9月 120,665 65。9 12,149 52.6 〃 10月 122,247 66.9 11,467 55.2 〃 11月 122,712 64.3 11,680 54.8 〃 12月 119,829 53.8 10,805 36.4 (資料)前 掲 『戦 時中 金融 統計要 覧』、大蔵 省 ・日本銀行 『財政 経済統 計 年報』(昭 和23年)よ り作 成。 府 は 連 合 軍 に 対 し軍 票 を使 用 しな い よ う要 請 し、 そ の 代 わ り同 軍 が 必 要 とす る資 金 は 日本 円 を も って 提 供 す る 旨 を 申 し入 れ 、 連 合 軍 もそ れ を 了承 した。 しか しそ の た め の 予 算 措 置 が遅 れ た た め 、 と りあ えず 日本 銀 行 が そ れ を 立 替 払 いす る こ と に な った 。 この立 替 払 い は終 戦 の 翌9 月 か ら始 ま り、11月 まで の3か 月 間 に12.6億 円 に達 した 。 この額 は 、 同 期 間 に お け る銀 行 券増 発 額 の2割 に 当 た る。 この 日本 銀 行 の 立 替 払 い は 、 翌21年(1946年)10月 ま で 続 き、 総 額122億 円 の 巨額 に達 した4)。 第 三 の要 因 は 銀 行 の 貸 出 増 加 で あ る。 全 国 銀 行 貸 出 の 推 移 を み る と、終 戦 の 頃 か ら増 勢 を強 め て い る(表3)。 こ う して 銀 行 に よ って 供 給 され た資 金 の 一 部 は 民 需 生 産 の た め に使 わ れ た か も しれ な い が 、 当 時 の社 会 情 勢 か ら 考 えて 、 そ の 多 くは 、 おそ ら く商 品 や 資 材 を 買 溜 め す る た め の 思 惑 資 金 や 従 業 員 の退 職 金 支払 い に 当 て られ た で あ ろ う5)。 そ の 間 、 終 戦 に伴 う人 心 不 安 か ら預 金 の 伸 び は 停 滞 した か ら、市 中 銀 行 の資 金 繰 りは悪 化 し、 そ れ が 日本 銀 行 の 貸 出増 加 に 跳 ね 返 った(表3)。 (表3) 全 国 銀 行 ・日本 銀 行 の 貸 出 状 況 (単 位 ・百 万 円) 昭 和20年 全 国 銀 行 貸 出増加額 日 本 銀 行 貸 出 増 加 額 1月 1,658 970 2月 1,799 1,150 3月 3,758 3,411 4月 3,103 2,005 5月 3,765 1,055 6月 △30 3,459 7月 5,877 2,550 8月 3,531 6,802 9月 8,725 △6,720 10月 2,767 2,570 11月 4,185 3,385 12月 7,169 8,257 (資 料)前 掲 『戦 時 中 金 融 統 計 要 覧 』、 『財 政経 済統 計年 報』 な ど よ り 作成

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以 上 の よ うに 、,終戦 後 の膨 大 な:通貨 供 給 は、 結 局 、 日本 銀 行 の信 用 膨 張 に よ って 支 え られ た も の で あ った。 そ の 間 、政 府 の 統 制 力 弱 体 化 の 間 隙 を縫 って 闇市 場 が急 速 に 台 頭 した 。 日本 銀 行 は 、 20年9月 か ら 「東 京 実 際 物 価 調 」 の 名 称 で 闇 価 格 の調 査 を開 始 した が 、 この調 査 に よれ ば 、東 京 に お け る闇 物 価(消 費 財)は 、21年1月 で9月 に比 し70%上 昇 して お り、 これ は公 定 価 格 の約40 倍 とい う高 い 水 準 で あ っ た(表4)。 (表4) 東京闇物価指数 (昭和20年9月=100) 公 定 価 格 昭 和 総 平 均 主 食 品

維 品 燃 料 に 対 す 倍 率 る 20年10月 92 93 121 103 28.7 11月 112 110 153 159 31.8 12月 . 128 124 163 189 29.7 21年 1月 170 175 196 297 40.1 2月 200 213 206 331 39.8 3月 196 224 222 308 23.7 4月 187 214 208 271 21.3 5月 191 220 230 259 15.1 6月 201 234 259 270 20.6 7月 200 229 233 310 14.7 8月 186 208 212 245 13.5 9月 172 157 223 244 9.0 10月 180 141 251 294 8.8 11月 194 138 302 320 7.7 12月 222 155 354 435 8.3 (資料)前 揚 『財 政経 済統計 年 報 』 II.金 融 緊 急 措 置 の 実 施 政 府 や 日本 銀 行 が、 戦 後 イ ソ フ レー シ ョソの 進 行 に頭 を痛 め た こ とは い うま で も ない 。 この こ とは 、 終 戦 後 間 も な く、大 蔵 大 臣 の諮 問 機 関 と して 「戦 後 通 貨 対 策 委 員 会 」 が設 置 され 、 イ ソ フ レ対 策 の 審 議 を 開 始 した こと に も表 れ て い る6)。 しか し政 府 は 、 な か な か 有 効 な イ ソ フ レ対 策 を 打 ち 出 す こ と が て き な か っ た。 ま た昭 和20年(1945年)11月 には 、連 合 軍 総 司 令 部(GHQ)が 日本 政 府 に対 し、 国 債 発 行 につ い て ほGHQの 許 可 を 要 す る こ と を指 令 した7)。 とは い え 、 当 時 の 日本 の 財 政 は 国債 発 行 を避 け うる状 況 で は な か っ た。 実 際 に は 、 そ の 後 も多 額 の 国債 発 行 が続 き、 そ の 大 部 分 は 日本 銀 行 と預 金 部(現 在 の 資 金 運 用 部 の 前 身)に よ って 引 受 け ら れ て い た8)。 こ う して 時 間 が経 過 して い た と き、11月9日 付 『朝 日新 聞 』 が、 新 円 切 換 え が行 わ れ るだ ろ う と い う"NewYorkHeraldTribune"の 報 道 を伝 え た の で 、 これ が 大 き な反 響 を呼 ん だ。 政 府 もま た戦 時利 得 税 や 財 産 税 を実 施 す る こ と、 さ ら に こ う した税 の 徴 収 に 関 連 して 新 様 式 銀 行 券 を

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発 行 して 旧 券 と強 制 交 換 す る とい う方 針 を 発 表 した9)。 こ う して 、 か な り思 い切 った 金 融 財 政 処 理 策 の 具 体 的 な姿 が 明 らか に な る と 、 そ れ が 預 金 の 引 出 し10)や換 物 運 動 を 刺 激 し、 イ ソ フ レー シ ョソ を一 層 加 速 させ る結 果 に な った 。 こ う した状 況 の な か で 、 昭和21年(1946年>2月16日 、政 府 は 「経 済 危機i緊急 対 策」 を発 表 し、 続 い て 翌17日 、 この 方 針 に基 づ い て 緊 急 勅 令 「金 融 緊 急 措 置 令 」 「日本 銀 行 券 預 入 令 」 を公 布 施 行 した 。 これ に よ り、 全 金 融 機 関 の預 貯 金 支 払 い は 原 則 と して停 止 され る と と もに 、 既 発 行 の額 面10円 以 上 の 銀 行 券(後 に5円 券 も追 加)11)は 金 融 機 関 に 預 入 す る こ と を 義 務 づ け られ た(こ れ を封 鎖 預 金 と い う)。 こ の封 鎖 預 金 か らの 払 出 しは 、 生 活 資 金 と して 月 額 、 世 帯 主300円 、世 帯 員1人 に つ き100円 の 合計 額 が認 め られ(事 業 資 金 に つ い て は別 に 定 め られ た)、 そ の 際 、 金 融 機 関 か ら払 出 され る の は新 銀 行 券(い わ ゆ る 「新 円」)に 限 られ た(既 発 行 の5円 以 上 の銀 行 券 は3月2日 を も って 失 効 、 た だ し金 融 機 関 へ の 預 入 は 同 月7日 まで 可 能)。 こ の措 置 に よ って 、 市 中金 融 機 関 の 預 貯 金 が 急 増 した の は い う まで も な い。 市 中 金 融 機 関 は 、 そ れ ま で預 貯 金 の 引 出 し増 加 と貸 出 増 加 に よ る資 金 繰 り悪 化 に 苦 しんで い た か ら、 この 措 置 が 金 融 機 関 の 窮 状 を救 った と い う効 果 は 大 き い。 同 時 に市 中 金融 機 関 に吸 収 され た 銀 行 券 は、 日本 銀 行 へ の借 入 金 返 済 、 国 債 の購 入 とい う形 で 日銀 に還 流 した。 日本 銀 行g)銀 行 券 発 行 高 は、 この 措 置 が発 動 され た2月18日(月)が ピー ク で 、 そ の 後3月 中 旬 まで 減 少 を続 け た。 また 日銀 貸 出 も ほ ぼ 同様 な 動 きを 示 した(表5)。 た だ 、 この 措 置 に よ って 市 中 金 融 機 関 の資 金繰 りが大 幅 に 改 善 され た と い って も、 これ を金 融 機 関 の業 態 別 にみ る と、 そ の程 度 に は かな り大 き な差 が あ っ た。 す な わ ち 、 地 方 銀 行 は 日銀 か らの 借 入 金 の9割 を返 済 した が 、 特 別 銀 行 ・8大 銀 行 の 日銀借 入 れ 依 存 は な お 残 った(表6)。 (表5) 金 融緊 急措 置 に よる影響(市 中金融 ・日銀) 市中預 貯 金(単 位 ・百万 円) 21/2/16 21/3/7 増 加 率(%) 銀行預金 郵便貯金 市町村農業会貯金 市街地信用組合貯金 114,710 41,279 22,641 2,748 143,930 52,369 31,630 3,519 25 27 40 28 計 181,378 231,448 28 日本 銀行 勘定(単 位 ・億 円) 銀 行 券 貸 出 21/2/16(土) 615 18(月) 618 P 2/18(月) 442 P 28(木) 543 3/9(土) 162 3/9(土) 282 12(火) 152 b 16(土) 266 b 30(土) 233 30(土) 286 *pは ピ ー ク 、bは ボ トム を 示 す 。 (資料)日 本 銀 行 調 査 局 「金 融 非 常 措 置 実 施 とそ の 影 響 」(日 本 銀 行 調 査 局 『日本 金 融 史 資 料 昭 和 続 編 』(第9巻)所 収)pp.429∼431よ り作 成

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(表6) 金 融 緊急措置 に伴 う日銀貸 出の 返済状 況 (単 位 ・百 万 円) 昭 和21年2月20日 残 高 同 年3月9日 残 高 返 済 額 特 別 銀 行 5,936 4,950 986 8大 銀 行 25,581 14,197 11,384 地 方 銀 行 2,669 255 2,414 貯 蓄 銀 行 2,668 1,520 1,148 金 庫 359 215 144 閉 鎖 機 関 6,974 6,974 0 そ の 他 213 111 102 計 44,400 28,221 16,179 (注)1.特 別 銀 行 は 日本 興 業 ・横 浜 正 金 ・北 海 道 拓 殖 の3行 。 2.8大 銀 行 は 帝 国 ・三 菱 ・安 田 ・住 友 ・三 和 ・東 海 ・神 戸 ・野 村 の8行 。 3.金 庫 は 農 林 中 央 ・商 工 組 合 中 央 ・庶 民 ・国 民 更 生 の4金 庫 。 4.閉 鎖 機 関 は 戦 時 金 融 金 庫 お よ び資 金 統 合 ・満 州 中 央 ・台 湾 ・朝 鮮 の4行 。 (資料)臼 木 銀 行 百 年 史 編 纂 委 員 会 『日本 銀 行 百 年 史 』(第5巻)p.44 この よ うに 、 金 融 緊 急 措 置 の 実 施 は 、 い うまで もな い こ とで は あ る が 、 金 融 面 で 大 きな 影 響 を 及 ぼ した。 同 時 に物 価 も反 落 した 。 しか し、 こ う した現 象 は 一 時 的 で あ った 。 銀 行 券 発 行 高 は3 月 中 旬 か ら再 び 増 勢 に転 じ、年 末 の発 行 高 は 、 前 年 比7割 弱増 の 高 い水 準 に な った 。 一 方 闇 物 価 は暫 くは:横這 い を続 けて い た が 、 年 末 近 くに な って 上 昇 傾 向 に戻 って しま った(表4)。 翌22年 (1947年)中 の 物 価 は 、 卸 売 物 価 で3.8倍 、 闇 物 価 で2.3倍 の高 い 上 昇 と な っ た12)。 こ う して イ ン フ レー シ ョソは 再 び 高 進 した。 現 金 ・預 貯 金 の 封 鎖 凍 結 とい う極 め て ドラス テ ィ ッ クな措 置 を採 りな が ら、金 融 緊 急 措 置 は な ぜ イ ソ フ レー シ ョソの 収 束 に失 敗 した の か。 前 述 の よ うに 、 この措 置 は、 総 合的 な 「経 済 危 機 緊 急 対 策 」 の 一 環 と して 行 わ れ た もの で あ っ た。 しか しそ の実 態 は 、 金 融 緊 急 措 置 以 外 に実 効 性 の あ る対 策 を含 ん で い な か った。 当時 の混 乱 した 経 済 状態 に あ って 、通 貨 対 策 の み で イ ン フ レー シ ョ ソを収 束 させ よ う とい うの は、 そ もそ もか な りの 無理 が あ った とい うべ きで あ ろ う。 さ らに金 融 緊 急 措 置 そ の もの に も、 イ ソ フ レ対 策 と して は 、 い くつ か の欠 点 が 含 まれ て い た。 そ れ は まず 、 この 措 置 が 個 人 の購 買 力 凍 結 に つ い て は か な り厳 しか った もの の 、企 業 の 事 業 資 金 に つ い て の制 約 は 緩 か った と い う点 で あ る。 と い うの は 、 事 業 資 金 に つ いて は封 鎖 預 金 の ま ま で の 支払 い(封 鎖 支 払 い)を 認 めて い た か ら、 企 業 預 金 は 封 鎖 後 も預 金 通 貨 と して 機 能 して い た と い って よ い。 この こ とは 、 当 時 の経 済 復 興 とい う点 か らみ れ ば プ ラス と もい え る が 、 イ ソ フ レ対 策 とい う点 で は 不 徹 底 さを 含 ん で い た とい わ ざ るを え な い。 第2に は 、 財 政 面 に封 鎖 預 金 を新 円 に転 化 す る要 因 が含 まれ て い た とい う点 で あ る。 とい うの は 、租 税納 付 は封鎖 預 金 か らの 振 替 え(封 鎖 小 切 手) が 多 か った の に対 し、 財 政 支 出 の 面 で は、 封 鎖 小 切 手 に よ る支 払 い が少 な く、新 円 と して 流 出 し て い っ た か らで あ る。 第3に 、個 人 に対 す る封 鎖 預 金 の支 払 い につ い て も、翌22年 に入 る 頃 か ら 次 第 に 引 出 制 限 緩 和 の措 置 が採 られ る よ うに な った 。 そ もそ も、 金 融 緊 急 措 置 は か な り無 理 な 制 限 で あ った か ら、 そ れ が長 期 に な れ ば 国 民 の不 満 は 高 ま る し、 い ろ い ろ矛 盾 が 出 て くる の は 当然

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で あ る。 そ う した 不 満 や 矛 盾 に応 え よ うとす れ ば 、 い き お い 制 限 緩 和 と な るの は い わ ば 自然 の動 きで あ ろ う◎ この よ うに 金融 緊 急 措 置 の 内 容 に はい ろ い ろ な問 題 点 が 含 まれ て い た が 、 よ り基 本 的 な 問 題 と して 、 実 は政 府 自身 が あ の 時 点 で イ ソフ レ要 因 の 根 を絶 つ と い うほ ど強 い 決 意 を持 って い た わ け で は な い とい う事 情 が あ っ た。'もち ろ ん 、 この 措 置 が イ ソ フ レ対 策 で あ る こ とに 疑 い は な い13)。 しか し前 述 の よ う に、 この施 策 が 立 案 さ れ て い た 当時 は 、 財 産 税 ・戦 時 利 得 税 や新 円 発 行 の 構 想 が 預 金 引 出 しや換 物 運 動 を刺 激 し、 そ れ が物 価 上 昇 を一 層 刺 激 し、 また 金 融 機 関 の資 金 繰 りを急 速 に悪 化 させ て い た。 こ う して 政 府 は、 破 局 的 な事 態 を 避 け る た め に ・ 何 らか の手 を 打 た ざ る を え な い 状 況 に 追 い込 まれ て い た とい う こ と が で き る14)。 当 時 ヨー ロ ッパ で は 、 い くつ か の 国 で す で に戦 後 イ ソ フ レー シ ョソ対 策 と して の 通 貨 改 革 を 実 施 して い た か ら15)、 日本 の 政 策 当 局 は そ れ らを 参考 に しな が ら、 急 ぎ金 融 緊 急 措 置 を練 り上 げ た の で あ る。 そ れ が昭 和21年2月 の 「経 済 危 機 緊急 対 策 」 で あ った 。 この よ うに み て くる と 、 金 融 緊 急 措 置 に よ って 戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソが収 束 され る と期 待 す るの は、 そ もそ も無 理 と い うべ きで あ ろ う。 む しろ この措 置 は 、 金 融 機 関 の危 機 的 状 況 を救 い 、 イ ソ フ レー シ ョソの 進 行 を一 時 的 に も止 め た こ と を も って 、 そ の 役 割 を 果 た した とい うべ きか も しれ な い。 な お,こ の金 融 緊急 措 置 に よ って 生 まれ た封 鎖 預 金 は 、 戦 時補 償 の打 切 りに伴 う金 融 機 関 再 建 整 備 の 終 了 を待 っ て 、 昭 和23年(1948年)7月 、 そ の封 鎖 を解 除 され 、 自由預 金 に 移 管 され た。 III.財 政 膨 張 と イ ン フ レ ー シ ョ ン の 高 進 昭和20年(1945年)10月 に発 足 した 幣 原 内 閣(蔵 相 、 渋 沢 敬 三)は 、 金融 緊 急 措 置 を 実 施 す る と と も に 、予 算編 成 で は健 全 財 政 主 義 を堅 持 しよ うと した が 、 そ の幣 原 内 閣 は 翌21年(1946年) 4月 、 退 陣 を表 明 し、 翌5月 、 吉 田(第1次)内 閣 が 発 足 した 。 そ して 当 時 、 積 極 財 政 論 者 と し て知 られ て い た石 橋 湛 山 が大 蔵 大 臣 に就 任 す る と、 前 内 閣 の 財 政 方 針 は 大 き く変 化 した 。 す な わ ち 同 年7月 議 会 に 提 出 され た 昭 和21年 度 改訂 予 算 の規 模 は 、 予 想 を大 き く上 回 る561億 円 に な っ た16)。 石 橋 蔵 相 は 議 会 に お け る財 政 演 説 に お い て 「国 二 失 業 者 ガ ア リ、 遊 休 生 産 要 素 ノ存 ス ル 場 合 ノ財 政 ノ第 一 要 義 ハ 、是 等 ノ遊 休 生 産 要 素 ヲ動 員 シ、是 等 二 生産 活 動 ヲ再 開 セ シ メル コ トニ アル 」 と し、 さ らに 「此 ノ 目的 ヲ遂 行 ス ル 為 ナ ラバ 、 儼 令 財 政 二赤 字 ヲ生 ジ、 為 二通 貨 ノ増 発 ヲ 来 シ テ モ 何 等 差 支 ヘ ハ ナ イ 、 ソ レ ドコ ロ カ 、却 テ 是 コ ソ真 ノ意 味 ノ健 全 財 政 デ ア ル17)」 と述 べ た 。 しか し、 当 時 の 日本経 済 は単 純 な 「不 完 全 雇 用 」 の 状 態 で は な か った 。 各 種 の 生産 資 材 が 不 足 し、 経 済 機 能 は麻 痺 して い た。 そ う した 状 況 の も とで の 大 幅 な 赤 字 財 政 と通 貨 膨 張 は 、生 産 活 動 を刺 激 す る以 上 に イ ソ フ レー シ ョソを刺 激 す る危 険 が 充 分 あ った 。 た だ この 中 に は 、 終 戦 処 理 費(190億 円)、 同 胞 引i揚費(77億 円)な ど、 当 時 の状 況 で は や む を え な い もの が 多 く含 ま れ て い た こ と も否 定 で きな い 。 昭 和21年 度 予 算 は そ の後 しば しば 追 加 計 上 され 、一 般 会 計 の規 模 で 結 局1,191億 円 に 膨 張 して い る(表7)。 も うひ と つ 、石 橋 財 政 の も とで 注 目 され る の は 、復 興 金 融 の 重 視 、 と くに復 興 金 融 金 庫 の 設 立 で あ った 。 も っ と も復 興 金 融 金 庫 の 構 想 はす で に前 内 閣 の も とで 存 在 して い た が 、 昭 和21年6月 に な って 、 政 府 は 、重 要 基 礎 産 業 と生 活 必 需 品 生産 部 門 へ の 融 資 を促 進 す るた め 、 復 興 金 融 資 金 (特別 会 計)を 設 置 す る こ と と し、 そ れ が具 体 化 す る ま で は 、 日本 興 業 銀 行 にそ の融 資 を 担 当 さ せ る方 針 を 明 らか に した。 そ して 、 日本 興 業 銀行(復 興 金融 部)の 特 別 融 資 は8月1日 か ら開 始

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(表7) 財政規模の拡大 (単 位 ・億 円) 予 ・ 算 べ ス 昭 和 歳 入 歳 出 般 会 計 特 別 会 計 一 般 会 計 特 別 会 計 20年 21 22 23 度 〃 〃 〃 292 1,191 2,143 4,731 1,103・ 2,412 4β00 11,975 292 1,191 2,143 4,731 1,058 2,311 4,294 11,006 決 算 べ ス 昭 和 一 般 会 計歳 入 歳 出 特 別 会 計 純 計 一 般 会 計 特 別 会 計 純 計 20年 度 21〃 22〃 23〃 235 1,189 2,145 5,080 829 1,908 4,191 11,443 ○ ● ■ 1,624 4,199 11,168 215 1,152 2,058 4,620 784 1,782 3,725 10,096 ● ■0 1,535 4,060 10,386 (資料)日 本銀 行統 計局 『本邦 経済 統計』(昭 和30年 報) され 、 つ い で 翌22年(1947年)1月 に は 、復 興 金 融 資 金 に 変 え て 、 独 立 の復 興 金 融 金 庫 が設 立 さ れ 、 そ の活 動 を開 始 した 。 日本 興 業 銀 行 復 興 金 融 部 の 融 資 残 高 は 、 同 部 が閉 鎖 され た22年1月 の 時 点 で41億 円 、 また 復 興 金 融 金 庫 の 融 資 残 高 は 、 同 金 庫 が貸 出 の 回 収 に 重 点 を移 す 直 前 の24年 (1949年)3月 末 で1,320億 円 に 達 した 。 前 者 は 、 復 興 金 融 部 が 存 続 して い た期 間 に お け る全 国 銀 行 貸 出純 増 額 の15%、 後 者 は 、 同 時 点 に お け る全 国銀 行 貸 出残 高 の24%に あ た る金額 で あ る18)。 この両 者 が 、 当 時 の 産 業 金 融 に と って 、 い か に重 要 な 存 在 で あ っ た か が 分 か るで あ ろ う しか し問 題 は 、 こ う した融 資 の 大 き さの み に あ るの で は な か っ た。 日本 興 業 銀 行 復 興 金 融 部 の 融 資 も復 興 金 融 金 庫 の 融 資 も、 そ の資 金 源 は 日本 銀 行 に 大 き く依 存 して い た の で あ る,ま ず 、 日 本 興 業 銀 行 復 興 金 融 部 の 融 資 資 金 は 、 原 則 的 に は興 銀 債 発 行 等 に よ っ て調 達 され る こ とに な っ て い た が 、 当 時 は な お興 銀 債 発 行 が難 しい 状 況 で あ っ た か ら、結 局 は興 銀 の 特 別 融 資 手 形 を 担 保 と す る 日銀 融 資 に よ って ほ と ん ど賄 わ れ た(表8)。 ま た 復 興 金 融 金 庫 の融 資 資 金 は当 初 、政 府 出 資 に よ っ て 賄 わ れ る予 定 で あ っ た が 、 財 政 上 の理 由 か ら復 興 金 融 債 券(復 金 債)の 発 行 に大 き く 依 存 せ ざ る を え な か っ た。 昭 和23年 度 末 ま で に発 行 され た 復 金 債 の 総 額 は1 ,680億 円の 巨額 に達 し、 しか もそ の7割 弱 が 日銀 引 受 け に よ る もの で あ った(表9)。 昭 和23年 度 末 の復 金 債 発 行 残 高 は1,091億 円 で あ った が 、 これ は昭 和22∼23両 年 度 に お け る全 国 銀 行 の 預 金 増 加 額 の2割5分 を超 え る。 さ らに 、 昭 和22年 度 予 算 に つ い て も い ろ い ろ問 題 を含 ん で い た 。 昭 和22年 度 の 当初 予 算 は吉 田 内 閣 の手 で 編 成 され 、3月 下 旬 に は成 立 した 。 そ の一 般 会 計 の 規 模 は 前 年 度 補 正 後 予 算 と ほ ぼ 同 額 で あ っ た が 、 そ の後 、22年5月 発 足 の 片 山 内 閣 、翌23年3月 発 足 の 芦 田内 閣 に よ っ て 補 正 が行 わ れ、 最 終 的 な予 算規 模(一 般 会計)は 、 当初 予 算 の1.9倍 に あ た る2,143億 円 に膨 張 した(表7)。 も っ と も一 般 会 計 に つ い て は 、 年 度 当初 に施 行 され た財 政 法 が赤 字 国 債 の発 行 を禁 止 して い る こ

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(表8) 日銀 の興 鈕特 別融 資手 形担保 貸付 の推 移(月 中 増減) (単 位 ・百 万 円) 興 銀 特 別 融 資 日 銀 の 興 銀 特 別 融 資 手 形 担 保 貸 付 昭 和21年8月1 41 6 9月 524 412 10月 657 609 11月 784 800 12月 1,416 1,372 22年1月 733 一2 ,062* *1月25日 復 金 発 足 の 際 、 石 炭 関 係 赤 字 補 填 を 除 き返 済 され た 。 (資 料)大 蔵 省 財 政 史 室 『昭 和 財 政 史 終 戦 か ら講 和 ま で 』(12)p.631 (表9) 復興金 融債 の発 行 ・引受 け状 況 (単 位 ・百 万 円) 発 行 額 引 受 先 日 銀 構 成 比(%) そ の 他 構 成 比(%) 昭 和21年 度 22〃 23〃 3,000 55,900 109,100 2,824 42,463' 70,305 94.1 76.0 64.4 176 13,437 38,795 5。9 24。0 35.6 計 168,000 115,592 68.8 52,408 31。2 (資 料)前 掲 『昭 和 財 政 史 終 戦 か ら講 和 ま で 』(12)p.680 と も あ っ て(財 政 法 第5条)、 収 支 均 衡 の 形 に は な っ て い た が 、 特 別 会 計(歳 入 予 算 、4,800億 円)の 赤 字 は免 れず(決 算 ベ ー スで702億 円)、 そ の赤 字 は 、長 期 国 債(18%)、 借 入 金(24%)、 政 府 短 期 証 券(58%)に よ っ て 賄 わ れ た19)。 前 述 した よ うに 、 昭 和21年 は金 融 緊 急 措 置 の 実 施 に よ っ て 、 戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソが 一 時 的 に小 休 止 した よ うな状 況 に な っ た が 、年 末 頃 か ら再 び 物 価 は騰 勢 に 転 じた。 そ して 、 この 傾 向 は昭 和22年 に 入 って も持 続 し、 年 末 ま で に卸 売 物 価 ・小 売 物 価 と も に3倍 以上 の 上 昇 を示 した 。 も っ と も、 これ に は 「新 物 価 体 系 」 に よ る大 幅 な公 定 価 格 の 引 上 げ に よ る影 響 が含 ま れ て い る が 、 闇物 価(実 際 物 価)の 動 き を み て も、生 産 財 ・消 費財 と も2倍 以 上 の上 昇 と な っ て お り、 当 時 の激 しい イ ソ フ レー シ ョソ進 展 を示 して い る(図1)。 昭和23年(1948年)度 予 算 の編 成 は、 同年3丹 に 内 閣 の 交 代(片 山 内閣 か ら芦 田 内 閣 へ)が あ っ た た め に大 幅 に遅 延 し、 予 算 案 が 国 会 を通 過 した の は7月 に 入 って か ら で あ った。 そ の 一 般 会計 の 規 模 は4,145億 円 で 、 前 年 度 の 最 終 予 算 に比 し、 ほ と ん ど2倍 に近 い 増 加 で あ っ た。 さ らに12 月 に予 算 の 追 加 が 行 わ れ 、 昭和23年 度 一 般 会 計 最 終 予 算 の規 模 は4,731億 円 、 前 年 度 比2.2倍 とい う膨 張 で あ っ た20)。 しか も特 別 会 計 の 膨 張 は も っ と大 き く、財 政 規 模 を 特 別 会 計 を含 め た 純 計 で は11,168憶 円 、 前 年 度 比2.7倍 に な った(決 算 ベ ー ス)(表7)。23年 度予 算 も、 一 般 会 計 で は 一 応 、 均 衡 の 形 を と っ て い た が 、 特 別 会 計 は1,264億 円 と い う膨 大 な赤 字 を計 上 して い た21)。 こ の よ うな状 況 に あ っ た の は 国 の財 政 だ け で は な く、地 方 財 政 もま た深 刻 で あ っ た。 これ を地 方 財 政 全 体 の 歳 出 規 模(決 算 ベ ー ス)で み る と 、昭 和21年 度 で291億 円 、22年 度 は996億 円 、23年 度 は2,792億 円 と膨 張 し、 こ れ に 伴 って 、 地 方 債 発 行 額 もそ れ ぞ れ32億 円 、162億 円 、273億 円 と い う増 加 して い る22)。

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(図1)昭 和22年 中 の銀行 券増発 率 と物価 上昇 率 400 300 200・ 100 1369 各 月 末 (注)昭 和22年1月(末)を100と した 指 数 。 (資 料)日 本 銀 行 百 年 史 編 纂 室 『日本 銀 行 百 年 史 』(第5巻)p.113よ り引 用 。 12 この よ うに み て くる と、 当時 の財 政 が い か に も乱脈 だ っ た よ うにみ え る か も しれ な い。 しか し、 そ れ は 必 ず し もそ うで は な い。 この よ うに財 政 規 模 が膨 張 した 大 き な要 因 の 一 つ は、 終 戦 処 理 費 の存 在 で あ っ た 。 終 戦 処 理 費(予 算:ベー ス)は 、21年 度 に396億 円 で あ っ た もの が 、22年 度 に679 億 円 と な り、23年 度 は1,006億 円 と増 加 した 。 これ を一 般 会 計 歳 出 に 占 め る割 合 で み る と 、 そ れ ぞ れ33%、32%、24%と い う高 率 に な る23)。 しか し、 占領 下 に あ った 当 時 の 日本 に と って 、 こ れ は い か ん と も し難 い 支 出 で あ った 。 財 政 膨 張 の も う一 つ の 要 因 は イ ソ フ レー シ ョ ソで あ る。 つ ま り、 当 時 の 激 しい物 価 水 準 の上 昇 が 、 名 目的 に財 政 規 模 を膨 ら ませ た の で あ る。 そ れ で は 、 当 時 の財 政 支 出 は実 質 的 に ど の程 度 の もの で あ った か 。 こ の こ とを 示 す の が 、 国 民 経 済 計 算 ベ ー ス の 政 府 支 出 額 の 伸 び で あ る(表10)。 こ の数 字 か ら明 ら か な よ うに 、 実 質 ベ ー ス の政 府 支 出 の 前 年 度 比 伸 び 率 は 、22年 度 は か な り高 い が 、23年 度 は10%で あ る。 これ らは 決 して 低 い 数 字 で は な い が 、 前 述 の 終 戦 処 理 費 を は じめ と す る、 終 戦 に 伴 う諸 経 費 の存 在 を考 え れ ば 、 当 時 と して は 止 む を得 な い伸 び と い うべ き か も しれ な い 。 しか し、 当 時 の財 政 が イ ソ フ レー シ ョソ を促 進 した 最 大 の要 因 で あ っ た と い う事 実 は 否 定 で き な い。 そ れ は 、 財 政 規 模 の 拡 大 が大 き か った と い うだ け で は な い 。 す で に み て きた よ うに、 当時 り財 政 は 、 国 も地 方 も、歳 出 の 膨 張 に歳 入 が 追 い つ か ず 、 大 幅 な赤 字 財 政 を続 け て い た 。 こ の こ とが 当 時 の信 用 膨 張 の大 き な要 因 に な っ て い た の で あ る。 さ らに 昭和22年 に入 る と、復 金 債 の 日 銀 引 受 け が これ に加 わ る。 この こ と を端 的 に 示 して い るの が 「日本 銀 行 券 発 行 の経 路」 で あ る。 この統 計 か ら 明 らか な よ うに 、 昭 和21∼23年 度 に お い て 、 各 年 度 の銀 行 券 増 発 は お お む ね1,000

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(表10) 国民 経済 計算 によ る政府 支 出 昭 和 金 額 構 成 比(%) 政 府 最 終 消 費 支 出 公 的 総 資 本 形 成 計 対 前 年 比(%) 政 府 最 終 消 費 支 出 公 的 総 資 本 形 成 名 目 』(十 億 円) 21年 度 22〃 23〃 24〃 55 102 282 394 30 146 258 299 85 248 540 692 一 293.8 217.6 128.2 64.8 41.2 52.2 56.9 35.2 58.8 47.8 43.1 実 質(百 万 円)* 21年 度 22〃 23〃 24〃 1,123 828 1,360 1,619 1,024 1,974 1,732 L478 2,147 2,802 3,092 3,097 } ・130 .5 110.3 100.2' 52.3 29.6 44.0 52.3 47.7 70.4 56.0 47.7 *昭 和9-11年 価 格 (資 料)大 蔵 省 主 計 局 調 査 課 『財 政 統 計 』(昭 和61年 度)pp.327∼328 (表11) 日本 銀 行 券 発 行 の 経 路 (単 位 ・億 円 〉 年 度 銀 行 券 増 (△減) 対 政 府 対 復 金 債 対 民 間 減 政 増 政 証 国(其 __券 債 △ △府 △府 増 政 減 の 増預 減貸雛)他 増)金)上一 期 計 復 金 債 増 (△ 減) 1 証国 減民 増民金代 増其

間2間禦2の

鷸 増預減貸鋸 減他

)期)金)出)) 計 昭和21年 度 第1.四 半期* 第2.四 半期 第3.四 半期 第4.四 半期 % 1941GO 217100 290100 223100 118024△1 01654△4 △105142△32 △5148212△107 % 14173 6630 10436 10145 2511 % 27△634・ ・・ … 1△20100861 70△384△136 92△415△126 5328 150'69 18564 9743 21年 度計掌 9241∞ 5669431△144 41345 253 189△32233・ ・・ … 48652 昭和22年 度 第L四 半期 第2,四 半期 第3.四 半期 第4。四半期 206100 201100 627100 △4100 5944△119 7282△768 △175659918 △5552△137△108 10049 220109 噛'656105 △2476,175 7436 13467 9014 101△2,525 85△2△490△3 △21△50△103219 △94△44△441153 △8327284△14△71 3216 △154△77 △119△19 142△3,550 22年 度計 1,030100 △7434376△74 72971 39939 △114△6988△2△1 △98△10 昭和23年 度 第1.四 半 期 第2.四 半期 第3。四半期 第4.四 半期 118100 315100 932100 △427100 32120△663 △258△321△2 △39731,404△62 △6△71△555△452 208176 375119 1,375148 △1,083254 8975 31 △197△27 500△117 △12925△588△26 △130△6512013△1 △197△4△112△2087 △274△616010265 △179△152 △63△20 △246△26 △156△37 23年 度 計 938100 △161801,165△454 87593 39642 △729△5111112325 △333△36 *『 日本銀 行百 年史』(資 料編)に よ り計 数 の一 部 を修正 した。 (資料)中 山 伊知郎 監修 。経 済企 画庁編 『戦 後 経済 史(3)財 政 金融 編』p.89よ り引用

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億 円程 度 で あ る が、 金 融 緊 急 措 置 が実 施 され た 昭 和21年 度 は別 と して 、 翌22年 度 、 さ ら に23年 度 は いず れ も、 日本 銀 行 の 対 政 府 信 用 と復 金 債 引 受 け の 増 加 は そ れ を上 回 って い る(表11)。 つ ま り、 当時 の 急 速 な銀 行 券 の 膨 張 は 、 日本 銀 行 の対 政 府 信 用 増(復 金 債 引 受 け を含 む)と い うル ー トを通 じて い た ので あ る。 次 節 で 述 べ る よ うに 、 この 間 、 日本 銀 行 は 金 融 面 か らな ん と か イ ソ フ レー シ ョソを 抑 制 し よ うと努 め て 炉 た が 、 これ ま で み て きた よ うに 、 財 政 面 か らの 大 き な イ ソ フ レ要 因 が 続 い て い る状 況 の な かで は 、 そ の 実 効 を上 げ る こ とが で きな か った と して も不 思 議 で は な いQ lV.市 中 銀 行 融 資 の 抽 制 策 終 戦 に よ って 日本 経 済 に何 が起 こ るか と い う点 を め ぐ って 、 当 時 、 一 部 に デ フ レの 発 生 を 警 戒 す べ きだ とす る意 見 もあ っ た が24)、 日本 銀 行 調 査 部 は 戦 争 末 期 か ら戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソの 発 生 を 予 想 して 、 そ の 対 策 を 研 究 して い た25)。 そ れ に も か か わ らず 、終 戦 後 、 約 半 年 間 の イ ソ フ レ対 策 は 極 め て 微 温 的 な もの で 、 そ の効 果 を上 げ る こ とは で きな か った こ と は前 述 の とお りで あ る。 そ れ に は、 敗 戦 とい う未 曾 有 の事 態 を迎 え て 、混 乱 防 止 を まず 優 先 せ ざ るを え な か った と い う事 情 もあ っ た ろ うが 、 結 果 的 にみ る と、 そ の 間 、 戦 後 イ ソ フ レー シ ョンが 次 第 に高 進 し、結 局 、 金 融 緊 急 措 置 と い う ドラ ス テ ィ ッ クな 手 を打 た ざ るを え な くな った 。 前 述 の よ う に、 この 措 置 に よっ て イ ソ フ レー シ ョソは 一 時 、 鎮 静 化 した か に み え た が 、 そ う した状 況 は1年 間 も維 持 で きず 、 政 府 ・日本 銀 行 は再 び イ ソ フ レ対 策 に 取 り組 ま ざ る を え な くな った 。 そ う した イ ソ フ レ対 策 と して の 金 融 措 置 の第 一 は 、 昭 和22年(1947年)の 大 蔵 省 告 示 厂金 融 機i 関 資 金 融 通 準 則 」 に よ る市 中 貸 出規 制 で あ る。 この 規 制 に お い て は、 市 中銀 行 は 、'一方 で 日本 銀 行 の指 導 に よ っ て融 資 残 高 の増 加 限 度 を設 定 す る と と もに 、 他 方 、 資 金 の配 分 に あ た って は 産 業 資 金 貸 出 優 先 順 位 表 に 定 め る優 先 基 準 に従 っ て行 うこ と と され た 。 つ ま り、 この 規 制 は 、 一 方 で 市 中貸 出 を 量 的 に規 制 す る と と もに 、 他 方 で そ の 限 られ た資 金 を重 要 産 業 に配 分 しよ う とい う、 市 中貸 出 に対 す る質 的規 制 の 性 格 を持 つ もので あ っ た。 「安 定 」 と 「復 興 」 へ の 両 面 作 戦 で あ る。 こ う した 市 中 貸 出規 制 と並 行 して 、 日本 銀 行 独 自の 金 融 引 締 め 政 策 も強 化 され た 。 た だ 当 時 の 引 締 め政 策 は、 公 定 歩 合 の 引 上 げ とい う方 法 を と らず 、 高 率 適 用 制 度 の復 活 強 化 と い う方 法 が と られ た26)。 高 率 適 用 制 度 とい うの は 、 日本 銀 行 が市 中 銀 行 に貸 出 を行 う場 合 、 日銀 貸 出 に対 す る依 存 度 の 高 い銀 行 に は 、 公 定 歩 合(最 低 歩 合)よ り高 い 金 利 を適 用 す る もの で 、 戦 前 か ら 日銀 貸 出 へ の 依 存 を抑 制 す る手 段 と して 用 い られ て い た もの で あ る が 、昭 和12年(1937年)に は廃 止 され て い た 。 こ の制 度 は 、 終 戦 後 間 も な く(昭 和20年11月)復 活 され た が 、 翌21年8月 の 「金 融 機 関 経 理 応 急 措 置 法 」27)施 行 に 伴 う混 乱 防 止 の た め 、 一 時 停 止 され て い た 。 日本 銀 行 は 、 昭 和 22年3月 、 これ を復 活 した の で あ る。 戦 前 の高 率 適 用 制 度 は銀 行 の み を対 象 と して い た の に 対 し、 この復 活 した 制 度 で は 、 銀 行 の ほ か 、 信 託 会 社 、 農 林 中 央 金 庫 、 商 工 組 合 中 央 金 庫 を も対 象 に加 え て い た 。 さ らに1か 月 後 の4月 か ら は証 券 会 社 と短 資 会 社 もそ の対 象 に な った 。 また 、 同年8 月 に は 高 率 適 用 制 度 の 強 化(2次 高 率 の復 活)も 行 わ れ た。 公 定 歩 合(商 業 手 形 割 引 歩 合)は 、 昭 和21年(1946年)10月 、11年 振 りに 引 き上 げ られ た が 、 22年 中 は 変 更 さ れ な か っ た。 金融 引 締 め の 手段 と して 、 高 率 適 用 制 度 を活 用 す る とい う方 式 が と られ た の は 、・公 定 歩 合 を引 き上 げ れ ば 、 既 発 国 債 価 格 の 低 下 を通 じて新 発 国 債 利 回 り を上 昇 させ 国債 費 の 増 加 を招 くだ けで は な く、 当 時 の公 定 価 格 が原 価 計 算 を基 礎 に設 定 され て い た た め 、金 利 上 昇 が 公 定 価 格 の 引 上 げ に繋 が る懸 念 が あ る と考 え ら れ た か ら で あ る28)。 しか し この 間 、 市

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中 貸 出 金 利 は 上 昇 し29)、公 定 歩 合 との 格 差 は拡 大 して い た か ら、 日本 銀 行 は 市 中 銀 行 の 日銀 貸 出 依 存 が 高 ま る こ と を警 戒 した の で あ る30)』 こ の よ5な 高 率 適 用 制 度 に ょ る 揖本 銀 行 の 引 締 め 政 策 は そ の 後 も長 く続 き、高 率 適 用 制 度 が あた か も公 定 歩 合政 策 に代 替 す る よ うな状 況 と な った 。 た だ 当時 は 、 イ ソ フ レー シ ョソの 進 行 を反 映 して 、 市 中 貸 出 金利 もか な り早 い テ ソ ポで 上 昇 して い た か ら 、 公 定 歩 合 との ギ ャ ップ を 高 率 適 用 制 度 だ け で埋 め るの は無 理 で 、 そ の た め 昭 和23年 (1948年)4月 に は 、 公 定 歩 合 そ の もの の 引 上 げ が行 わ れ て い る(年 利3.65%→4.38%)。 この よ うに政 府 ・日本 銀 行 は、 市 中 銀 行 の 融 資 活 動 に 直接 的 に 介 入 し、 ま た市 中 貸 出 金 利 と 日 本 銀 行 金 利 との 乖 離 拡 大 を 避 け よ うと した。 当 時 は 、 生 産 資 材 の価 格 も名 目賃 金 も急 上 昇 して い た か ら、企 業 の 運 転 資 金 需 要 が嵩 む の は 当然 で あ るが 、 そ れ に もか か わ らず 市 中 銀 行 の 信 用 供 与 は 厳 し く抑 え.られ 金 融 逼 迫 現 象 は 著 しか っ た31)。 しか し他 方 で 傾 斜 生 産 方 式(21年 末 、 閣 議 決 定)に よ る生 産 復 興 の努 力 が次 第 に実 を結 び 、 ま た ア メ リカ の経 済 援 助 や貿 易 の 再 開(22年8月) に も助 け られ て 、 実 物 供給 面 の 事 情 は か な り改 善 され た 。 こ う して23年 後 半 に入 る と、 闇 物 価 は か な り落 ち着 い て きた 。反 面 、 卸 売 物 価 や小 売 物 価 は 大 幅 に 上 昇 した が(表12)、 これ は 、 「新 物 価 体 系 」 を 作 る とい う考 え方 の 下 に、 公 定 価 格 の 大 幅 な引 上 げ に よ って 、公 定 価 格 を実 勢 価 格 に近 付 け よ うと した た めで あ り、 戦後 イ ソ フ レー シ ョソの 実態 に は漸 く変 化 がみ られ る よ うに な っ た の で あ る。 も っ と も、 当 時 は な お多 くの 公 定 価 格 が 残 っ て お り、 しか もそ れ らは 価 格 調 整 金 制 度32)に よ って 低 位 に抑 え られ て い た か ら 、 真 に イ ソ フ レー シ ョソ が収 束 に 向 か った と い え る状 況 で は な か った。 結 局 、戦 後 イ ソ フ レー シ ョソの 本格 的 な収 束 は 、翌24年(1949年)3月 に 始 ま っ た ドッジ ・ライ ソ(DodgeLine)を 待 た ね ば な らな か っ た。 (表12) 物 価 上昇率(期 間 中) (単 位 ・%) 卸 売 物 価 小 売 物 価 闇 物 価(東 京) 昭 和 (東 京) (東 京) 消 費 財 生 産 財 21年10∼12月 16.1 26.8 36.2 30.5 22年1∼3月 3.9 9.1 36.9 51.8 4∼6月 37.4 17.5 37.8 40.4 7∼9月 86.6 64.0 14.8 31.2 10∼12月 28.3 65.9 16.0 9.1 23年1∼3月 6.2 11.4 15.8 13.2 4∼6月 5.5 6.8 18.7 1.3 7∼9月 81.9 72.5 △1.6 2.7 10∼12月 14.8 12.1 3.4 1.8 (資料)日 本 銀行 調 査 局 「日本 銀行 特 別経 済 月報 」(日 本 銀行 調 査 局 『日本 金融 史 資料 昭和 続 編』 (第1巻)所 収)よ り作 成

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V.戦 後 イ ン フ レ ー シ ョ ン に つ い て の 暫 定 的 総 括 これ まで み て きた よ うに 、 終 戦 直後 か ら始 ま った 日本 の 戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソは 、 著 しい 社 会 の 混 乱 と生 産 の停 滞 、 そ こに 急 激 な通 貨 膨 張 が生 じた 結 果 で あ っ た。 そ して 、 通 貨 を膨 張 させ た 最 大o要 因は 何 か とい えば 、 そ れ は 財 政 支 出 の 急 拡 大 と、 そ れ に伴 う財 政 資 金 の 対 民 間散 布 で あ っ た 。 そ の 意 味 で 、 日本 の戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソは 、 ま さ に 財 政 イ ン フ レー シ ョ ソで あ っ た とい う こ とが で き る33)。 も っ と も終 戦 か ら金 融 緊 急 措 置 実 施 まで は 、民 間信 用 の 膨 張 も また イ ソ フ レー シ ョソ を加 速 す る一 要 因 で あ っ た が 、 そ れ 以 降 の イ ソ フ レ要 因 は 、 ほ とん ど財 政 面 に あ っ た 。 そ の 間 、 日本 銀 行 は市 中 銀 行 の 融 資 を抑 制 す る こ とに よ っ て 、 な ん と か イ ソ フ レー シ ョン を鎮 静 化 させ よ うと努 め た が、 強 大 な財 政 面 か らの イ ソ フ レ圧 力 に 抗 す る こ と は ほ とん ど 不 可 能 で あ っ た。 しか し昭 和23年 後 半 に な る と、 戦 後 イ ソ フ レー シ ョソ は そ の テ ソポ を か な り緩 め る よ うに な っ た。 これ は、 前 述 の よ うな信 用 抑 制 政 策 の 効 果 が徐 々 に表 れ る一 方 、 生産 の 回 復 と貿 易 の再 開 、 さ らに は ア メ リカの 経 済 援 助 な ど に よ って 、 消 費 財 ・生 産 財 の 需 給 が緩 和 され た た め で あ ろ う。 た だ これ は 、 当 時 の 現 象 面 の観 察 にす ぎな い。 そ こに は な お 、 財 政 面 か らの イ ソ フ レ圧 力 が 続 い て いた し、物 価 も政 府 の 財政 措 置 に よ って 人 為 的 に抑 え られ て い た。 結 局 、 日本 の 戦後 イ ソ フ レー シ ョ ソに ピ リオ ドを打 つ た の は 、 前 述 の よ うに ドッ ジ ・ラ イ ソで あ っ た。 さて 、 戦 後 イ ソフ レー シ ョソ に よ っ て 、 日本 の物 価 水 準 は どの よ うに な つた か。 い ま こ:れを 昭 和20年9月 を基 準 に した23年 末 の 指 数 で み る と、 卸 売 物 価 で60倍 、 小 売 物 価 で70倍 とい う高 さ に な る(図2)。 これ を戦 前(昭 和9∼11年 平 均)基 準 で み る と、 そ の 水 準 は ほぼ140∼150倍 で あ る。 た だ 、 当 時 なお 闇 市 場 が存 在 して い た こ と を考 え る と 、物 価 水 準 の戦 前 対 比 は実 勢 で は さ ら に高 い もの に な る。 い ず れ に して も、 終 戦 と と もに 日本 は激 しい イ ソ フ レー シ ョ ソを経 験 した の で あ る。 戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソは 、 程 度 の 差 は あれ 多 くの 国 を 悩 ま した が 、 主 要 国 の な かで これ ほ どの イ ソ フ レー シ ョソ を経 験 した 国 は な い(表13)。

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(表13) 戦 時 ・戦 後 の イ ンフ レー シ ョンの国際比 較 (基 準 年;1937=100,た卸 売 物 価 お よ び イ タ リア は1938・=100)だ し ドイ ツ の 指 数 1942 1945 1946 1947 1948 日 本 卸 売 物 価 150 270 (100) 1,250 (463) 3,720 (1,378) 9,850 (3,648) 生 計 費 156 543 (100) 1,660 (306) 4,940 (910) 8,640 (1,591) ア メ リ カ 卸 売 物 価 114 123 (100) 140 (114) 176 (143) 191 (155) 生 計 費 113 125 (100) 136 (109) 155 (124) 167 (134) イ ギ リ ス 卸 売 物 価 147 155 (100) 161 (104) 176 (114) 202 (130) 生 計 費 143 152 (100) 154 (101) 163 (107) 174 (114) フ ラ ソ ス 卸 売 物 価* 226 421 (100) 728 (173) 1,110 (264) 1,920 (456) 生 計 費 一 一 一 一 一 一 一 一 1,380 一 ド イ ツ 卸 売 物 価 一 一 一 一 一 一 一 一 158室* (一) イ タ リ ア 卸 売 物 価 152 2,060 (100) 2,850 (138) 5,160 (250) 5,440 (264) 生 計'費 163 2,390 (100) 2,820 (118) 4,580 (192) 4,840 (203) *国 内消 費財**1949年 指 数 (資料)IMF"1毎 翩 ゴα呶ムF挧α%伽1S'読 頭cs"よ り作成 そ れ で は 、 日本 は戦 後 イ ソ フ レの 処 理 を 誤 った の か。 実 は 、 当時 、戦 後 イ ソフ レー シ ョ ソを ど の よ うに収 束 させ るべ き か に つい て は 、 多 くの論 議 が あ った 。 そ の な かで 、最 も激 しレ対 立 とな っ た の は 、 昭 和22年 頃 の 「一 挙 安 定 論 」 と 「中 間 安 定 論 」 との 対 立 で あ った34)。 前 者 は 、 方 法 に は い ろ い ろ あ る と して も、 と に か くイ ソ フ レー シ ョ ソの 収束 を 最 優 先 の政 策 目標 と して まず 経 済 の 安 定 化 を 実 現 す る こ と が、 日本 経 済 を復 興 軌 道 に乗 せ るた め の早 道 で あ る とい う主 張 で あ り、 主 と して学 者 や経 済 評 論 家 が これ を 支 持 した 。 後 者 は 当 時 の 政 府 の立 場 で 、 そ の 内 容 は 、 一 挙 に イ ンフ レー シ ョソの 進 行 を止 め るの は無 理 で あ るか ら、 ア メ リカ の経 済 援 助 や 政 府 の総 合 政 策 に よ って 、 まず 中 間 的 な安 定 を 実 現 しよ う と い う もの で あ っ た。 これ ら両 論 の 当否 を判 断 す る の は 極 め て 難 しい が 、 た だ 当 時 の 混 乱 した社 会 情 勢 を 考 えれ ば 、政 策 目標 を イ ソ フ レー シ ョソ収 束 の 一 点 に 絞 るの は な か な か 難 しか っ た で あ ろ う こ と は理 解 で き る。 た だ 結 果 的 に イ ソ フ レー シ ョソ の収 束 に時 間 が か か り、 大 幅 な物 価 上 昇 を招 い て しま っ た こ とは 事 実 で あ る。

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と こ ろで 、以 上 の よ うな長 期 か つ激 しい戦 後 イ ソフ レー シ ョソは 、 そ の後 の 日本経 済 に何 を残 した か 。 最 後 に 、 そ う した イ ン フ レニ シ ョ ソの 日本 経 済 に対 す る影 響 を みて お くこ とに した い 。 い うま で もな く、 イ ソ フ レー シ ョソは 所 有 ・所 得 の 分配 を歪 め る。 戦 後 の 混 乱 した状 況 の な かで 、 多 くの 国 民 は生 活 物 資 、 と くに食 糧 の 不 足 と物 価 の 騰 貴 に苦 しん だ 。 そ こに急 速 に肥 大 化 した 闇 市 場 は 、 一 面 に お い て 生 産 ・流 通 を刺 激 す る とい う側 面 を持 って い た と は い え 、 不正 な 取 引 に よ る蓄 財 の 有 力 な手 段 と な って い た。 これ は 、 健 全 な社 会 の あ り方 と して 大 きな 問題 で あ った とい うべ きで あ る。 同 時 に イ ソフ レー シ ョ シは 、 相 対 的 に実 物 資 産 の価 値 を高 め 、反 対 に 金 融 資 産 の 実 質 価 値 を低 下 させ る こ と を通 じて 、 資 産 の 分 配 を変 え て い く。 当 時 の不 備 な統 計 か ら 、 この こ と を正 確 に実 証 す る こ とは 困 難 で あ る が 、 こ こで は、 全 国銀 行 総 預 金 残 高 か ら官 公 預 金 ・当 座 預 金 等 を 差 し引 い た 金 額 と郵 便 貯 金 残 高 を加 え た 合 計 を個 人 預 貯 金残 高 と み な し、 さ ら に そ の額 を 実 質 化 す る こ と に よ って 、 個 人 金 融 資 産 の 実 態 を推 測 して み よ う(表14)。 この 表 か ら 明 らか な よ うに 、 昭 和22年 の1人 当 り預 貯 金残 高 は 、 名 目額 で は戦 前(昭 和9∼ ユ1年)の6倍 、23年 で は 同 じ く12倍 で あ るが 、 そ の 実 質 価 値 は 戦 前 の5%程 度 まで 減 少 して い る。 戦 後 の 個 人 金 融 資 産 は 、 ま さに ゼ ロ か らの 再 出 発 と な っ た の で あ る 。 (表14) 個人 預 貯金額 の実 質価値 昭 和 個 人 預 貯 金 額 民 間 消 費 支 出 デフ レー ター(B) *** 1人 当 り預貯 金 額 の実 質価 値 (円)(A/B) 全 国銀 行預 金 (百万 円)* 郵便 貯金 (百万 円)** 計 (百 万円) 同1人 当 り (円)(A) 9年 10年 11年 6,598 7,319 8,009 3,064 3,232 『3 ,891 9,662 10,551 11,900 142 152 169 0.96 1.01 1.04 147.9 150.5 162.5 21年 22年 23年 '19 ,847 15,002 62,491 53,355 53,524 80,557 73,202 68,526 143,048 1,001 877 1,783 48.4 123.5 207.5 20.5 7.1 8.6 *総 預 金 一 官 公 預 金 一 当座 預 金 一 全 国 銀 行 預 け 金(年 末 計 数) **年 度 末 計 数 ***基 準 年 次:昭 和9∼11年=1 (資 料)全 国 銀 行 預 金:江 見 康 一 、 伊 東 政 吉 、 江 口英 一 『貯 蓄 と通 貨 』(長 期 経 済 統 計5) 郵 便 貯 金:日 本 銀 行 統 計 局 『本 邦 経 済 統 計 』(昭 和30年 報) 民 間 消 費 支 出 デ フ レー タ ー:大 川 一 司 、 高 松 信 清 、 山 本 有 造 『国 民 所 得 』(長 期 経 済 統 計1) 反 対 に 、 金 融 債 務 の 所 有 者 は そ の 実 質 負 担 を軽 減 され る こ と に な る。 そ の 典 型 的 な例 が政 府 で あ る。 近 代 戦 争 は政 府 債 務 を 巨大 にす る。 日本 の場 合 も、 昭 和6年(1931年)の 満 州 事 変 以 来 の 国 債 発 行 に よ っ て 、 終 戦 直 前 の昭 和19年 度 末 の政 府 債 務(外 国 債 を除 く)残 高 は、 そ の年 の 国 民 所 得 の3倍 を超 え て い た 。 戦 時 中 に政 府 債 務 が膨 張 した とい う点 で は 、 戦 勝 国 の ア メ リカ ・イ ギ リスで も同 様 で あ った 。 しか し、 戦 後 イ ソ フ レー シ ョソの進 展 に よ っ て 、政 府 の 実 質 的 債 務 負 担 に 大 きな 差 が生 じた。 す な わ ち 、 イ ソ フ レー シ ョ ソが 比較 的 軽 度 で あ った ア メ リカ ・イ ギ リス で ・ は 、 戦 後 も大 き な政 府 債 務 残 高 を抱 え る こ と に な った の に対 し、 日本 で は 激 しい 戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソの結 果 、 政 府 の 実 質 的 な債 務 負 担 は 著 し く小 さ くな った(表15)。 戦 後 、 ア メ リカ ・イ ギ

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リス に お い て 、 国 債 管 理 政 策(PublicDebtManagement)が 政 府 ・中 央 銀 行 の大 き な 関 心 事 とな った の は この た め で あ り、 これ に対 し 日本 で は そ う した 米 英 流 の国 債 管 理 政 策 に は無 縁 で あ る こ と がで き た。, (表15) 政府債務*の 国際 比較 年 次 政 府 債務(A) 名 目国民 所 得(B) A/B(%) 1944 151.1 45.8 329.9 45 198.6 一 ㎜ 日 本 46 264.5 296.9 89.1 「(十億 円) 47 359.7 917.1 39.2 48 523.5 1,920.0 27.3 1944 232,144 183,838 126.3 45 278,682 182,691 152.5 ア メ リ カ 46 259,487 180,286 143.9 (百 万 ドル) 47 256,981 198,688 129.3 48 252,854 223,466 113。2 1944 18,671 8,310 224.7 45 21,473 8β55 257.0 イ ギ リス 46 23,742 8,715 272.4 (百 万 ポ ソ ド) 47 25,734 9,337 275.6 48 25,722 10,368 248.1 1944 1,674 2,596 64.5 45 1,823 一 一 フ ラ ソ ス 46 1,975 2,476 79.8 (十 億 フ ラ ソ) 47 2,118 3,181 66.6 48 2,451 5,430 45.1 1946 1,059 一 一 イ タ リア 47 1,315 5,178 25.4 (十億 リラ) 48 1,723 5,943 2♀.0 *外 国債 を除 く (資料)日 本 銀行統 計局 『外 国経済 統計 年報 』(1951年 報) 戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソが企 業 に与 え た 影 響 は複 雑 で あ る が 、 明確 な現 象 の ひ とつ は 、 固 定 資 本 に 対 す る償 却 不 足 が生 じた こ とで あ る。 そ の背 後 には 、 企 業 収 益 の不 振 が あ った 。 さ らに イ ソ フ レー シ ョソが 高 進 す る状 況 の な か で 、企 業 は復 興 資 金 や 営 業 資 金 の調 達 を外 部 に依 存 せ ざ る を え な か っ た。 こ う して 日本企 業 の 自 己資 本 比 率 は低 下 した(図3)。 この よ うな財 務 体 質 は 、 戦 前 と比 較 して も 、 ま た海 外 主 要 国 と比 較 して も、戦 後 に お け る 日本 企 業 の 弱 さ を示 す も'のと して 、 そ の 後 しば しば問 題 と され た が、 な か な か是 正 され な か った 。

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10/上11/上12/上13/上14/上15/上16/上17/上18/上20/上21/上 自 己 資 本(株 式 資 本) 自 己 資 本 比 率= ×100 使 用 総 資 本 償 却 率(年 額 換 算) 減 価 償 却 率= ×100 固 定 資 産+償 却 率 一 未 成 工 事 (資 料)三 菱 経 済 研 究 所 『本 邦 事 業 成 績 分 析 自昭 和 二 十 五 年 上 期 至 昭 和 二 十 六 年 上 期 』 前 述 の よ う に、 日本 の 戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ンは 、 昭 和24年(1949年)の ド ッジ ・ラ イ ソに よ っ て漸 く本 格 的 な 収 束 の 段 階 を迎 え た。 そ して 同 年4月 、 単 一 為 替 レー トが設 定 され た 。 同 じ敗 戦 国 の西 ドイ ツで は 、前 年 の48年4月 に 単 一 為 替 レー トが 設 定 され て い る。 仮 に 、終 戦 か らは単 一 為 替 レー トが設 定 さ れ る まで を、 戦 後 の 混 乱 を 収 束 す るた め の助 走 期 間 と考 え 、経 済 が あ る程 度 安 定 し、 単 一 為 替 レー トを 設 定 した時 点 を 、 戦 後 経 済 の 新 しい 出発 点 と考 え る な らば 、 日本 経 済 は そ の 時 す で に 、 西 ドイ ツ経 済 に一 歩 リー ドを 許 した こ とに な る。 (注) 1)ア メ リ カ 戦 略 爆 撃 調 査 団 の 調 査 に よ れ ば 、1944年 の 消 費 水 準 を 戦 前 と 比 較 す る と 、 同 じ敗 戦 国 の ド イ ツ以 上 に 日本 の 低 下 が 著 し い 。 1936∼37年 平 均1940年1942年1944年 日 本1001119978 ドイ ツ1001089585 ア メ リカ100108115122 -J .B.Cohen,"1α 加 喫s8Eco㎜ 丿4観 りzg媚 αプ法〃・云勿 砿 α〆1948 大 内 兵 衛 訳 『戦 時 戦 後 の 日 本 経 済 』(下)岩 波 書 店,1951年,p.126

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2)終 戦 当 時 、 日本 銀 行調 査 部 に勤 務 して い た 吉 野 俊 彦 は 、 当 時 の 状 況 に つ い て 以 下 の よ うに 回想 して い る。 当 時 、 日本 銀 行 旧 館 中庭 に は 、 陸 海 軍 の マ ー クの つ い た トラ ッ クが充 満 し、 百 円札 の た ば を い れ た 箱 を山 の よ うに 積 み 、そ れ が 中 庭 か ら出 て い く。 それ を三 階 の調 査 部 の窓 か ら じっ と見 て い て 、 日本 の イ ソ フ レー シ ョソ が い ま ま さ に激 化 す るの だ と い う こ とが わ か って い な が らな ぜ黙 って い な け れ ば な ら な い の か一 この よ う ない や な 気 持 ち で軍 用 トラ ックの い きき を な が め て い た こ とを つ い こ の間 の よ うに あ りあ りと私 は 回 想 す る。 吉 野 俊 彦 『戦 後 金融 史 の 思 い 出』 日本経 済 新 聞 社,1975年,p.33 3)日 本 銀 行 百 年 史 編 纂 委 員 会 『日本 銀 行 百 年 史 』(第5巻)日 本 銀 行,1985年,p.18 4)同 上 、pp.20∼22 5)日 本 銀 行 調 査 局 「戦 後 に お け るわ が 国 経 済 の 発 展 過 程 と そ の 問 題 点 」(日 本 銀 行 調 査 局 『日本 金融 史 資 料 昭 和 続 編 』(第7巻)大 蔵 省 印 刷 局 、1980年,所 収)p.3 6)こ の 委 員 会 の 活 動 や討 議 内容 に つ い て は、 大 蔵 省 財 政 史室 『昭和 財 政 史 終 戦 か ら講 和 ま で』(12)東 洋 経 済 新 報 社 、1981年,pp.57∼68 7)AG121.7(24一 一Nov.45) MEMORANDUMFOR:ImperialJapaneseGovernment. THROUGH::CentralLiaisonOf歪ice,Tokyo. SUBJECT:EliminationofWarProfitsandReorganizationofNationalFinances 大 蔵 省 財 政 史 室 『昭 和 財 政 史 終 戦 か ら講 和 まで 』(17)東 洋経 済 新 報 社 、 ユ981年、 所 収pp.517∼518 8)日 本 銀 行 調 査 局 「昭 和 二 十 年 八 月 よ り昭和 二 十 一 年 十 二 月 に 至 る我 国 経 済 事 情 」(日 本 銀 行 調 査 局 『日本 金 融 史 資 料 昭 和 続 編 』(第1巻)大 蔵 省 印刷 局 、1978年,所 収)p.388 9)昭 和20年11月10日 付 『日本 産 業 経 済 』 10)昭 和20年12月 ∼21年1月 の2か 月 間 で 、 全 国 銀 行 の 預 金残 高(特 殊 預 金 を 除 く)は46億 円 減 少(20年11月 末i残高 比4.8%減)し た。 前掲 「昭 和 二 十 年 八 月 よ り昭 和 二 十 一 年 十 二 月 に 至 る我 国 経 済 事 情 」p.390 11)当 初 、5円 券 は封 鎖 預 金 の対 象 に な っ て い な か っ た。 と こ ろ が、 金 融 緊急 措 置 が 発 表 され る と、10円 以 上 の 銀 行 券 を5円 券 に両 替 す る動 き が 激 し くな っ た の で 、 急 遽5円 券 もそ の 、対 象 に加 え る こ と に改 め られ た 。 12)前 掲 「戦 後 に お け るわ が 国経 済 の 発 展 過 程 とそ の 問題 点 」p.4 13)金 融 緊 急 措 置 が 発 表 され た 昭 和21年2月16日(土)の ラ ジオ放 送 で 、 渋 沢 蔵 相 は 、 この 措 置 の 目的 に つ い て 次 の よ うに述 べて い る。 「一旧 二謂 ヘ バ悪 性 イ ソ フ レー シ ョソ トイ フ 、 国 民 トシテ ノ実 二始 末 ノ悪 イ、 重 イ重 イ 生 命 ニ モ カ カ ワル ヤ ウ ナ病 気 ヲナ オ ス為 ノ巳 ム ヲ得 ナ イ 方 法 ナ ノ デ ス。 」 前 掲 『昭 和 財 政 史 終 戦 か ら講 和 まで 』(12>p.99 14)前 掲 「戦後 に お け るわ が 国 経 済 の発 展 過 程 と そ の 問 題 点 」p.4 15)金 融 緊 急 措 置 実 施 以 前 に 、海 外 で 通 貨 改 革 を実 施 した 事 例 と して 、 以 下 の もの が あ る。 ベ ル ギ ー(1944年11月 実 施) フ ラ ソス(〃6月 実 施) オ ラ ソダ(1945年9月 実 施)

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オ ー ス ト リア(〃'12月 実 施) 一 日本 銀 行 調 査 局 「欧 洲 諸 国 二於 ケル 通 貨 整 理 ノ概 況 」(日 本 銀 行 調 査 局 『日本 金 融 史 資 料 昭 和 続 編 』(第9巻)大 蔵 省 印 刷 局,1981年,所 収)pp.473∼475 同 「オ ー ス トリアの 通 貨 改 革 」(同 上)pp.475∼486 16)昭 和21年 度 予 算 は ヤ 議i会の 遅 延 に よ り、 幣 原 内 閣 の も とで 、 と りあ え ず20年 度予 算 を 踏 襲 す る こ と に な っ た。 そ の 後 、大 蔵 省 が 予 算 査 定 作 業 を行 った が 、 そ の 査 定 額 は290億 円 で あ った 。 一 日本 銀 行 調 査 局 「国 内 経 済 調 査(上)昭 和 二 十 年 八 月 ∼ 十 一 月 」(日 本銀 行 調 査 局 『日本 金 融 史 資 料 昭和 続編 』(第2巻)大 蔵 省 印 刷 局,1978年,所 収)pp .71∼72 17)大:蔵 省 印刷 局 『大 蔵 大 臣 財政 演 説 集 』 大 蔵 省 印 刷 局 、1972年 、p.515 18)前 掲 『昭 和 財 政 史 終 戦 か ら講 和 まで 』(12)p.629,p.644 19)日 本 銀 行 調 査 局 「日本 銀行 特 別経 済 月 …報」(昭 和22年3月)'(前 掲 『日本 金 融 史 資 料 昭 和 続 編 』(第1巻)所 収)p.411 20)昭 和23年 度 予 算 に つ い て は 、24年3月 に も補 正 が 行 わ れ た が 、 この 補 正 は 特 別 会 計 に関 す る もので 、 一 般 会 計 の変 更 は な か っ た。 一B本 銀 行 調 査 局 「日本 銀行 特 別 経 済 月報 」(昭 和24年3月)(前 掲 『日本 金 融 史 資 料 昭 和 続 編 』(第1巻)所 収)p.646 21)日 本 銀 行 調 査 局 「日本 銀 行 特 別 経 済 月 報 」(昭 和23年7月)(前 掲 『日本 金 融 史 資 料 昭 和 続 編 』(第1巻)所 収)p.559 22)日 本 銀 行 統 計 局 『本邦 経 済 統 計 』(昭 和30年 報)日 本 銀 行 統 計 局,1956,pp.204∼206 23)前 掲 「日本 銀 行 特 別 経 済 月 報 」(昭 和23年7月)pp.557∼558 24)社 説 「イ ソフ レ発 生 せ ず 、 デ フ レ こそ寧 ろ 必 然 」(『 東 洋 経 済 新報 』 昭 和20年9月22日 号) な お 、 この 社 説 は 、 石 橋 湛 山 が9月2日(日)に 執 筆 した もの で あ る(『 湛 山 日記 一 昭 和20∼22年 』p.51)。 後 に展 開 され る石 橋 積 極 財 政 の 背 後 に あ る考 え 方 と して 注 目 さ れ る。 25)前 掲 『戦 後 金 融 史 の思 い 出』pp.18∼21 26)当 時 の高 率 適 用 制 度 に つ い て は 、 前 掲 『日本 銀 行 百 年 史 』(第5巻)pp.覧96∼97 27)「 金 融 機 関 経 理 応 急 措 置 法 」一 戦 時 補 償 打 切 り に伴 う、 金 融 機 関 の経 理 処 理 を定 め た法 律 。 昭 和21年8月 制 定 。 28)前 掲 「戦 後 に お け る わ が 国経 済 の 発 展 過 程 とそ の 問 題 点 」p .6 29)当 時 の全 国 銀 行 貸 出 実 行 金 利(平 均)の 動 きは 次 の 通 り(年 利 ・%) 21年6月 22年 23年 貸 付 4.90 7.19 9.55 一 前 掲 『本 邦 経 済 統 計 』 30)日 本 銀 行 調 査 局 「日本 銀 行 特 別 経 済 月報 」 和 続 編 』(第1巻)所 収)p.526 31)吉 野 俊 彦 「金 融 逼 迫 とそ の 対 策 」(前 掲 『昭 和 金 融 史 資 料 PP.9∼37 割 引 手 形 5.12 7.14 9.46 (昭 和30年 報)pp.161∼162 (昭 和23年4月) (前掲 『日本 金融史資料 昭 昭 和 続 編 』(第9巻)所 収)

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32)価 格 調 整 金 一 昭 和21年3.月3日 の 物 価 政 策 に よ って実 施 され た もの で 、重 要 物 資 に つ い て 、 生産 費 に適 正 利 潤 を 加 え た生 産 者 価 格 と安 価 な消 費者 価 格 を定 め 、 そ の 差 額 を政 府 が 生 産 者 に 交 付 す る制 度 。 33)石 田定 夫 「戦 後 イ ソ フ レー シ ョソ と ド ッ ジ ・ラ イ ソー 『日本 銀 行 百 年 史 』 第5巻 第3章 に ち な ん で一 」(創 価 大 学 経 営 学 会 『創 価 経 営 論 集 』 第23巻,第2号,1998年11月,所 収)P.9 34)こ の論 争 に つ い て は 、 鈴 木 武 雄 『現 代 日本 財 政 史 』(中 巻)東 京 大 学 出 版 会,1956年, pp.208∼221参 照 。

参照

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