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WTO新ラウンドを巡る日本・中国の貿易円滑化とその課題 : 日本/中国を核とする広域圏の貿易取引促進のために

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はじめに

本稿では、WTO 新ラウンドの交渉状況を踏まえつつ、日本企業にとりそ の国際競争力の維持・向上のために不可欠と考えられる「貿易円滑化」を取 上げる。貿易円滑化は、貿易貨物の通関、輸出入手続き、貨物の国境通過、 これらに係る手数料・費用、貿易法令・規則等の公表および透明性の確保、 貿易貨物に係るリスクとその対策、貨物の搬入・搬出および引取の迅速化な どを扱うものである。日本の対外貿易では、世界との貿易において各国との 直接取引に加え、中国を介した、または中国を核とする間接貿易が拡大して いるが、こうした21世紀における新たな貿易形態に対処し、日本企業が国際 競争力を維持・拡大するためには、貿易円滑化の中心的な課題である貿易手 続きの簡素化、および企業サイドからの貨物取扱いの迅速化の要請に対応し ていく必要がある。 このような問題意識の下に、日本にとり最大の貿易相手国となった中国を 巡る貿易円滑化、特に日本と中国の間に横たわるその問題点を検証し、中国 を介して、または中国を核として日本企業のグローバルな貿易機会を確保す るための課題について検討を加え、若干の提案を行うこととする。なお、本 稿執筆においては、WTO の新ラウンド交渉および同交渉の貿易円滑化ワー キンググループに関する諸資料、新ラウンド交渉に関与している政府当局者

WTO 新ラウンドを巡る

日本・中国の貿易円滑化とその課題

日本/中国を核とする広域圏の貿易取引促進のために

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へのヒアリング結果を参考としている。また、中国の通関、リスクマネジメ ントの実情に関しては、中国現地における日系繊維企業の現地調査結果(通 関の実情、貿易貨物の税関管理、リスクマネジメントの現状など)を参考と している。

 新ラウンドと貿易円滑化

1.新ラウンドの挫折 2008年7月21日から行われた WTO 新ラウンド(正式にはドーハ開発ラウ ンド、以下新ラウンドという)閣僚交渉は、10日間に亘る交渉努力にもかか わらず決裂に終わった。新ラウンドは、2003年9月にメキシコの閣僚交渉で 決裂の後、2004年8月のジュネーブ閣僚交渉でようやくテーマの枠組みが合 意されて以来、数次に亘り交渉を重ねているが苦難の連続である。2005年12 月の香港閣僚交渉は決裂、2006年7月に一時交渉を中断、2007年に交渉を本 格再開して2008年7月末までに交渉テーマ全体のモダリティ1)を得る段取り であった。このような合意目標期限は、2008年11月実施の米国大統領選挙前 に全体合意を得る必要があるとする政治的背景、および2008年12月から WTO 次期事務局長の選挙プロセスに入るため、ラミー事務局長の在任期間 中に合意を得たいとする事務的都合との複合要因から来ている。 新ラウンドでは、「農業」、「非農産品市場アクセス2) 」(略称は NAMA)、 「サービス」(主として人の移動など)、「ルール」(アンチダンピングや補助 金に関するルール等)、「貿易円滑化」という5つのテーマ3) が議題となって いる。このうち貿易円滑化は地味ながら、世界の貿易発展のために実効性が あり、かつ先進国と途上国の間で利害の乖離が少なく合意が得やすいテーマ として、早期の合意形成が期待されていた。事実、2007年末までに日本、米 1) WTO 交渉における交渉議題(テーマ)の大枠の合意をモダリティという。 2) 鉱工業品など非農産品(林産品を含む)の関税および非関税障壁の削減・撤廃交渉を 行う。 3) これらのほか、「開発途上国」の貿易上の待遇、行政執行能力の向上等も交渉テーマ である。

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国、EU などの先進国をはじめ中国や途上国の多くからも貿易円滑化に係る ルールの詳細案、および貿易円滑化を実行あらしめるための各種措置に関す る提案が出され、合意寸前のところまで来ていた。それにもかかわらず、貿 易円滑化に関する合意は、引き伸ばしにされてきた。その理由は、WTO 構 成国の変化と、先進国と途上国の利害対立を背景とする新興国の台頭の影響 にある。 2.農業交渉における先進国/途上国の対立とその影響 WTO では、その発足の元となるウルグアイラウンド(198694年)以来、 一括合意方式が定着し、新ラウンドにおいても5つのテーマと開発途上国の 貿易能力向上に関する合意が包括的に成立しなければ全体合意に至らない。 この一括合意方式は、1995年の WTO 発足後も機能し、開発途上国が続々と 加盟してきた現在に至るまで、WTO 協定が「世界貿易に係る基本ルール」 であることを途上国に浸透させてきたという点で特筆すべきである。 しかし、一方でこの方式は、貿易円滑化に関する交渉が実質的な合意水準 にありながら正式な合意を形成しえないという不合理を生んでいる。その最 大の原因は、農業交渉の困難性にある。WTO では開発途上国の新規加盟が 増加し、新ラウンドの交渉開始以来、農業交渉において「先進国と途上国」 の対立が先鋭化した。また、先進国の間では「米国と日本、EU」の立場の 違いが鮮明化した。途上国から見て、先進国、特に米国は農業生産支持のた めに多額の補助金を支出し、それが実質的な輸出価格に反映されて4) 途上国 の農産物輸出を圧迫しているとしており、米国は農産物の国内支持を大幅に 削減すべきとの強い主張がある。一方で、日本や EU は、域内および国内農 家を保護するために保護の対象となる指定重要品目の割合拡大や関税削減の 緩和など柔軟性のある対応を主張し、これに対して米国は、上限関税の設定 4) 米国が同国農家に多額の補助金を支給することによって、農家は補助金相当分だけ輸 出価格を引下げることができ、これは途上国の農産物の輸出機会を著しく歪めている との主張がある。

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や重要品目の撤廃を主張して日本、 EU と対峙している。こうした先進国と 途上国の対立を軸とする農業交渉の困難性が、非農産品市場アクセス、サー ビス、ルール、貿易円滑化などすべての交渉テーマにマイナスの影響を及ぼ し、「農業交渉の合意なくして全体合意なし」という空気が新ラウンド交渉 を行う加盟国全体を覆っている。農業には政治という問題が付きまとうだけ に、それだけ、農業交渉の根は深く、かつ深刻である。 3.新興国の台頭と新ラウンド交渉 最近の世界の貿易の中で注目すべきは、新興国、特に中国をはじめとして BRICs と称される4カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の台頭であ る。WTO の貿易統計によれば、2007年の世界貿易において、中国は輸出で ドイツを抜いて第二位、輸入では日本を上回り第三位となった。2007年通年 の輸出額において首位のドイツと中国の差額は1,090億ドルであり、中国の 対外貿易における輸出の増加ペースから想定すると、 2010年代のはじめには 中国が世界の輸出国の中で第一位の座を占めると予想される。中国の躍進は、 1990年代に基礎的な土台ができた市場経済化、2001年12月の WTO 加盟によ る貿易自由化と中国市場の開放によるところが大きい。 中国をはじめとする BRICs 躍進の現象は、日本の対外貿易でも読み取る ことができる。日本の通関統計によれば、2001年における日本の対 BRICs との貿易額は全体の13.6%であり、米国との貿易額(日本の貿易全体の24.5 %)の半分強にすぎない。これが、2007年には BRICs との貿易額は全体の 20.9%となり、米国(同16.1%)をはるかに上回るところとなった。BRICs との貿易額のうち中国が8割強を占めるため、中国との貿易の増加が実質的 に対 BRICs 貿易増加分の大部分を占めるが、いまや対外貿易においては、 中国をはじめとする新興国(BRICs 等)との貿易拡大が日本の経済発展に とって大きな意味を持つことを指摘することができる。特に中国は、日本と 日本企業にとって従来に増して重要な意味を持つ国となった。なぜならば、 2007年に対中貿易総額は、はじめて米国を上回り、中国は日本にとって最大

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の貿易相手国となったからである。 新ラウンドにおいては、BRICs のこのような経済的成長を背景に、途上 国の代表としてブラジルとインドを中核に、これに中国が加わる形で「途上 国と先進国」の対立が表面化した。その典型は、農産物輸入を巡る特別セー フガードの発動要件の条件緩和問題に現れているが、中国は条件緩和を主張 するインドの強硬姿勢をフォローアップする姿勢を示した。中国の WTO 加 盟で、米国等先進国からの穀物輸入が急増しており、これを抑制したいとい う中国側の事情がこれに絡んでいる。 4.貿易円滑化と競争力の関係 日本と中国との貿易拡大の事実は、同国との貿易円滑化が大きな意味を持 つことを示すものである。貿易円滑化については、具体的措置として各国に おいて貿易関連法規や管理規則の公表、貿易手続き等の簡素化、申告書類等 の標準化、通過貨物の通関に関する迅速化措置、通関等のトラブルに関する 相談窓口の設置等の取組みが行われている。 貿易取引では、貨物の通過や通関に掛かるコストと時間の削減、手続きお よび手続き関係書類等の煩雑性からの解放、貨物の搬出/搬入と貨物引取の 迅速性などが商取引上の競争力を大きく左右する。日本にとって最大の貿易 相手国となった中国との貿易円滑化をウルグアイラウンドの合意レベルから 一層レベルを高めて実施できるかどうかは、日本企業の対中貿易取引のみな らず、中国を介した世界との貿易取引を行う上で、その競争力を左右する重 大な課題である。

 貿易円滑化の意義

貨物の自由な国境移動確保の必要性 WTO の新ラウンド交渉では、5つの交渉議題の一つとして「貿易円滑化」 に関する討議が継続して行われている。新ラウンド交渉で本議題が決定した 背景には、日本などの先進国をはじめとして途上国に及ぶまで貿易と投資を

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通じた企業活動がグローバル化し、世界レベルでの貿易円滑化を図ることな しに、国際貿易の維持・発展を確保することが難しいとの認識が深まったこ とがある。 これを日本に振り返って当てはめれば、日本はこれまで太平洋と日本海に 囲まれ海洋国家として生きてきたために、世界の大陸内に位置する諸国ほど には国境を跨ぐ貨物の自由な移動について十分な関心を払ってこなかったき らいがある。しかし、日本が傍観しているうちに、多数の内陸国家を擁する EU は、海洋に面し外洋港湾を持つ国と内陸国との間を往来する貨物につい て、国境を越えるための貿易・通関手続きや、通過関係国が課す手数料・課 徴金等、その他手続き書類の作成などを通過国ごとに行うことが非関税障壁 となり、あるいはその煩雑性のために自由な貨物の移動が確保されないこと に気付き、包括的かつ全域的な貨物移動のための自由化措置に取組んでいる。 その具体的な方策として、EU は新ラウンド交渉において、①通過貨物の移 動に対する不公平な差別や制限の禁止、②通過貨物に関する法令・手続き・ 手数料等について最恵国待遇を付与する、③通過貨物に掛かる手数料・課徴 金の公表、④通過貨物の移動に関する手続きおよび所要書類の簡素化、貨物 移動手続きに関するシングル・ウインドウ制度の設置などを提案している。 これらの具体的な提案はすべて、EU 内の貨物移動を円滑化し、これによっ て EU 域内および EU に出入りする国際貨物の自由な移動を確保することに よって、EU 域内における貿易の発展を確保することを狙いとしている。 一方、日本も EU と同様に「通過貨物の自由な移動の確保」を図らなけれ ば、日本のグローバルな貿易拡大の展望は描きにくいと言えるであろう。な ぜなら、既にそのような現象が発生しているように、日本の貿易・通関手続 き、港湾・空港手続きは複雑で、かつ高コスト体質であるがために、日本を 通過する貨物は、日本の港湾や空港を通過するのではなく、韓国の釜山(海 上貨物)、仁川(航空貨物)、香港、あるいは上海や深などの中国の港湾・ 空港を通過する傾向が顕在化している。日本企業の事業活動のグローバル化 が進めば進むほど、貨物の移動は二国間、さらには通過国を挟んだ複数国間

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の移動(つまりは国家間を跨ぐような取引としての移動)へと変化していく。 例えば、自動車や民生用の電子機器では、日本から東南アジア諸国や中国に 部品や中間財を供給し、これが製品となって東南アジアの国々あるいは中国 から世界の各地に移動していく。こうした東南アジアや中国を介する貨物移 動の自由を確保することによって、日本企業の国際競争力は強化され、これ が引いては日本のさらなる貿易発展に繋がるものと考える。

 日本と中国の貿易貨物・通関管理

中国はリスク重視、企業分類でリスクと通関を管理 1.異なるリスクマネジメントの考え方 日本と中国では、貨物の管理と通過に関する考え方に、現状基本的な相違 がある。日本は、「増大する貿易量に対応するため、リスクの高い貨物に対 して重点的な検査を行う一方、リスクの低い貨物に対しては迅速な通関を確 保する」(財務省)という考え方である。言い換えれば、リスクの高い貨物 に対する検査に留意しつつ、貿易量の拡大と移動の確保を図るということで ある。一方、中国は、「リスクが完全に回避できないことを認識し、人的・ 財的資源をリスクの高いものに集中させ、リスクを最小限に収める」(中国 海関総署)ことを基本としている。つまり、貨物に関わるリスクの除去がま ず前提として問題であり、そのための対策を第一とする。それをクリアした 上で、貨物移動の円滑化を図るという考え方である。 日本では、貨物の移動に関し、貿易量の増大に対処することを具現化する ために、輸入では、輸入業者の過去の輸入実績と情報をデータベースとして 管理するとともに、輸出国の製造者、仕出港/国などのリスク・インディケ ーターを用いてリスクの高い貨物をチェック、排除する一方、実績と情報に 基づいてリスクの低い貨物については輸入通関の迅速化措置を講じている。 また、輸出では、主としてコンプライアンスの高い輸出者、社内の輸出管理 制度が整備されている輸出者に対して輸出通関を円滑化している。 中国がリスク管理に重点を置く背景には、貨物の密輸、関税・増値税の脱

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税または恣意的な税の軽減、増値税の不正還付のための申告などが1990年代 より続いているために、これが対外貿易を歪曲し、国家収入にマイナスの影 響をもたらしているためである。これらの問題に対処するために、中国では、 企業の法令遵守、対象貨物、輸送手段、運転手などをリスク要素として指定 し、輸出入管理を徹底している。日本との大きな相違は、運送手段、運転手 のチェックを通じて密輸を防止すること、企業の法令遵守状況を管理して脱 税や税の不正還付の摘発と防止に注力していることである。これら中国にお ける貨物移動に関する問題は、中国企業や華僑系企業が関係するものが多い。 従って、中国当局による法令遵守やリスク要素による管理が徹底し、現地企 業サイドのコンプライアンスの姿勢が高まれば、中国当局によって「貨物移 動の円滑化を重視する」姿勢が鮮明になろう。 2.日本の貿易貨物通過に係るリスクマネジメント 日本では、貿易貨物の通過、通関に関して「深刻な情勢の不正薬物・銃器、 さらには知的財産権保護、ワシントン条約該当物品の取締りの重要性が一段 と高まっている」(財務省)との認識をプラットフォームとしつつ、リスク の高い貿易貨物に対しては検査の一層の重点化を図るとともに、国際物流の 発達・効率化を背景として貿易手続き・通関の簡素化、迅速化などについて は、貿易円滑化に向けた国際的調和の観点から積極的な取組み5) が行われて いる。 このような貿易貨物に係るリスク管理と貨物の円滑な通過を同時達成する ために、日本における貿易貨物の通関取扱いは、「リスクの高い貨物には重 点的に検査を実施する」一方、「リスクの低い貨物、コンプライアンスの高 い者(企業)には通関の迅速化など優先的取扱いを行う」(同)という方策 が採られている。ここでは、後述の中国のように貿易貨物に係るリスク情報 5) 日本では、貿易円滑化措置として、輸出では包括事前審査制度、輸出予備審査制、輸 入では簡易申告制度、輸入予備審査制、到着即時輸入許可制度などの措置が講じられ てきている。

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をデータベース化して蓄積・利用し、リスク要素から判断してリスクの高い 貨物の輸出入申告は許可しない、さらに貿易企業を「A」∼「D」ランクに格 付けし、「C」・「D」ランクの企業には実質的に貿易活動を認めないという 「リスクありき」の貿易管理ではなく、まず貿易企業に輸出入申告を認め、 申告内容に応じて他法令の承認状況をもチェックしながら、許可または不許 可の判断を下すという個別申告に応じた判断を下す手法が取られている。日 本でも、個別の輸出入申告に対して許可/不許可の判断を下すために、貿易 業者や通関業者の端末とネットワークで結ばれている NACCS6)の情報、お よび他法令関係の監督省庁とインターフェースされている端末からの情報を データベース化して税関に供しているが、その利用は、中国のように密輸、 外為違反7)、税の不正還付等の不正を取締ることを主目的とするのではなく、 輸出入貨物が社会悪物品の国境通過に関係していないかどうか、または、個々 の輸出入申告が関係法令に準拠して行われ、法令違反がないかどうかをチェ ックするためのものである。 日本の貿易貨物通過に係るリスクマネジメントは、リスク管理と貿易円滑 化を両立させようとするところに特徴があり、輸出入申告に係るリスクマネ ジメントの具体的手法は、輸出では、貿易企業の自主的な社内管理、即ち法 令遵守、貿易取引の社内管理制度とその実行、書類保管などが十分に実施さ れているかどうかがチェックされる。 また、輸入では、リスク・インディ ケーター8) に基づき輸出入申告に係る判断情報が税関に提供されている。 3.中国の貿易貨物通過に係るリスクマネジメント 中国では、日本のように輸入と輸出についてリスクマネジメントをそれぞ れ区別して行うような方策はとっていない。それは、まさに、第一義として

6) 通関情報処理システム(Nippon Automated Cargo Clearance System)

7) 中国では、輸出等で獲得した外貨を不正輸入申告と虚偽の船積書類を用いて海外に持 ち出す外為違反が後を絶たず、外貨管理を混乱させている。

8) 輸入者、貨物の種類、製造者、輸入価格、仕出港/国、数量などのリスク・インディ ケーター。

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貿易貨物の取扱いや通関に伴って発生するリスクの管理に重点を置いている からである。輸出入貨物の通過は、リスクの管理と除去に係る措置が実行さ れてから、または、当該貨物に係るリスク発生の恐れがないことを確認して から実行される。 中国税関当局の「リスクを最小限に収める」というリスクマネジメントに 関する基本的な考え方は、主として、(1)電子データベースとオンライン ネットワークを活用した規制違反の摘発と不正の防止、および、(2)加工 貿易における企業分類管理制度、の2つによって具体化されている。 1)データベースによるリスク管理 本リスク管理の具体的な目標は、「電子データベースとオンラインネット ワークを結合して、密輸、外為違反、税の不正還付活動を防止すること」 (岩見辰彦2007, 182頁)にある。このリスク管理手法は、中国海関総署お よび各地税関によって、以下の6つの分業管理で実行されている。 ① リスクに関する情報の収集:貿易企業、商品、輸送手段についてリスク に繋がる情報とデータを収集し、それぞれのリスク情報に基づきデータ ベースを作成する。 ② リスクに繋がる原因と特徴の識別:収集したリスク情報を基に、リスク 発生の原因と特徴を識別し、リスク要素を確定する。リスク要素として は、主として企業のコンプライアンス、商品の種類、輸出入先、価格、 輸送手段および運転手を対象とする。 ③ リスクの分析および判定:リスクを税関の経験・情報・分析に照らして、 「高」「中」「低」の3段階のレベルに仕分けする。 ④ リスクに対する措置:税関は、高リスクの貿易貨物に対しては厳しい審 査・検査を実施する一方、低リスクの貨物に対しては迅速な通関措置を 適用する。 ⑤ データベースの更新:リスクがあると判定された貨物の違法性、問題点 などを税関の基準フォームでリスク・マネジメント・データベースに入

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力し、データの蓄積と更新を行う。 ⑥ リスク判断基準の調整、修正:更新されたデータベースおよびリスクマ ネジメント手法によるリスク発生防止効果を分析し、リスク判断基準を 調整、修正する。 最近の中国税関年次報告によれば、このリスクマネジメント手法を用いて、 密輸、外為および税の違反事案が多数摘発され、税金の追徴が実施されたと している。 2)加工貿易における企業分類管理 中国では、地場や台湾系企業の一部に加工貿易制度9)を悪用して、輸入貨 物の脱税や輸入価格の過少申告、免税輸入貨物(原材料、部品・中間製品な ど)の横流し、再輸出すべき製品の国内販売への転用、外為違反(外貨の不 正持ち出し)などの規制違反事案が絶えない。こうした規制違反に対処する ため、加工貿易の保証金台帳制度10)が導入され、税関と関係管理機関および 銀行による総合的な貨物管理と通関管理が行われている。この加工貿易にお ける貨物・通関管理の中核となる制度が、加工貿易企業の分類管理であり、 本制度ではリスクマネジメントの考え方が色濃く反映されている。 企業分類管理では、輸出入を行う貿易企業をA類企業、B類企業、C類企 業、D類企業の4段階に分類し、コンプライアンスが高く過去に法令や納税 の違反等がないA類企業には、優先的な通関を認める一方で、上記の規制違 反、あるいは密輸・脱税等の行為があったC/D類の企業には、貿易審査を 厳しくするか、または税関登録免許そのものを取消す制度を採用している点 に特徴がある。企業分類管理において、 9) 中国では貿易形態を一般貿易、加工貿易などに分類している。このうち中国の対外貿 易で最大の貢献を成しているのは加工貿易である。加工貿易は内外の企業が海外から 原材料・部品等を輸入した後、加工・製品化して輸出する形態で、年間総輸出額のう ち5割弱を占める。 10) 本制度は1995年に導入された。加工貿易企業は指定銀行に加工貿易原材料保証金台帳 を開設し、税関の管理の下、加工した製品を期限内にすべて輸出して、銀行の原材料 台帳を抹消する。

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「A」類企業となる条件は、企業登録後2年を経過し、この間に税関関係 の〔違反行為がない〕こと、輸出入申告書がすべて真実・有効であること、 会計制度が完備し帳簿に不実の記載がないこと、などであり、法令違反、 税関管理への違反がないことが前提である。 「B」類企業は、企業登録後2年未満の法令等の違反がない企業で、「A」 ・「C」・「D」以外の企業。 「C」類企業は、過去1年間に税関違反行為が2回以上、貿易管理が不適 当、または貿易管理に係る行政処分を受けたことがある企業。 「D」類企業は、過去2年以内に50万元以上の密輸・脱税行為、関税の滞 納・虚偽申告、あるいは密輸に関する刑事処分などを受けた企業が該当す る。 この企業分類管理制度は、中国における貿易貨物のリスクマネジメントに おいて有効裡に機能している。「C」類または「D」類にランク付けされた 企業は、実質的に加工貿易への従事から排除される。「C」類企業は、加工 貿易において銀行に規定の保証金を積む必要が生じる上に、輸出入申告を行 う際に「A」・「B」よりも厳しい審査を受ける。これは、中国の税関が「C」 類企業の輸出入申告に対して即時許可となる取扱いを行わず、原則として書 類審査または検査扱いとし、輸出入申告に対して厳重な管理を施すことを意 味する。過去1年間に税関違反行為がある「C」類企業には、輸出申告、輸 入申告の許可がなかなか下りないという事態が生ずることになる。「D」類 企業は、新規の加工貿易登録を認めず、場合によっては税関登録免許を取消 される。「C」・「D」類企業については、貿易取引の実行上さらに厳しい現 実が突きつけられる。中国では、日本と同様に貿易申告は電子化されている が、その仕組みは日本のものと基本的に異なる。日本では、輸出入申告の電 子化が実現している税関官署では原則としてすべての輸出入申告が電子的手 法で行われ、申告内容について個別審査が実施されるが、中国では企業分類 管理制度において電子申告にアクセスするには企業としての資格要件を満た さなければならない11)。電子申告の資格要件は、「貿易企業が法令を遵守し

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て経営し、資金・信用に信頼が置け、企業の内部管理が規定に沿って厳格で あること」、かつ「過去半年以内に密輸、法令違反がないこと」を条件とし ている。即ち、中国では電子申告にアクセスできるのは、税関の規定に従い、 電子申告を行う貿易企業としての資格要件を満たした企業に限られ、電子申 告の登録企業でなければペーパーレスの電子申告を行うことはできない。ペ ーパーレスの電子申告を行うことができないということは、実質的に貿易企 業としての資格を中国当局から認められていないことを示す。 3)日/中で異なるリスク管理手法 中国では二重のリスクマネジメントを実施 中国において電子申告を行うには、企業登録の前に税関との協定書を締結 する必要がある。この際に中国税関は貿易企業として適格かどうかの審査を 行うので、中国当局が企業を選別して資格を与えているというのが現状であ る。「D」類企業はもちろんのこと、「C」類企業であっても、現実には電子 申告による貿易手続きを実行し得ないという実情にあり、日本と中国では貿 易手続きにおいてもリスク管理の手法に相違が認められる。 中国では、「A」類企業は、①貿易手続きを管理するコンピュータネット ワークと電子申告制度を利用してペーパーレス申告を行うことができる。② 現場税関の専門窓口において輸出入申告、検査、貨物の搬出手続きを優先的 に取扱われる。③保証金の積立が免除される。④海関総署の承認を経て税関 職員の工場常駐による貨物管理を受けることができる、などの優先的な扱い を受ける。中国に進出した日系企業の最初の関心事は、加工貿易手続きにお いて「A」類企業に認定されるかどうかにある。「A」類企業に指定されれ ば、貿易貨物を円滑に通過させることができ、貿易取引に掛かるコストや時 間の削減、貨物の搬出・搬入および通関など貨物移動の迅速化、貿易手続き の簡素化などのメリットを通じて、国際競争力を維持・確保し貿易機会や販 11) 日本でも電子申告を行うには、NACCS(通関情報処理システム)の利用に関する企 業登録を必要とする。

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売機会の拡大を実現させることができる。 貿易手続きおよび輸出入通関に係る日/中の相違をみると、日本は個別の 輸出入申告の内容に対して審査(許可または不許可)を行う手法を採ってい るのに対し、中国ではデータベースを用いて、まずリスク要素の高い輸出入 案件を排除し、さらには企業分類管理制度を用いて規制違反および法令違反 等の違反行為があった企業を輸出入取引の取扱い対象から除外する「二重の リスクマネジメント」手法を用いている点で大きく異なる。 日本企業が中国との二国間貿易取引、あるいは商取引のグローバル化に伴 って中国を介した国際商取引を行う場合は、中国には違反行為を行う企業を 貿易取引から排除するシステムがあるということを十分に理解しておかなけ ればならない。現実に、中国に進出した日本企業、特に中国で現地生産を行 うメーカー系の企業では、現地生産法人設立の際に加工貿易企業の税関登録 をしなければ中国での加工貿易取引を実行し得ないことから、第一の仕事と して、法人設立時に企業分類管理制度における「B」類企業としての税関登 録を受け、2年後に「A」ランク企業としての格付けを得ることに全力を注 いでいる。「A」類企業としての登録を受けるには、密輸や脱税等の規制違 反行為がないことに加え、輸送手段や運転手をも加えたすべてのリスク要素 について違反行為が生じないよう365日×2 年間に亘って企業内の管理と監 視を続けなければならない。

 新ラウンド「貿易円滑化」交渉における中国の提案

新ラウンドにおける「貿易円滑化」交渉においては、いまだ本議題に係る 全体合意は得られていないが、2008年央までに日本、EU、米国などの先進 国・地域をはじめ、中国などからも貿易円滑化に関し主要項目12)に係る具体 12) 新ラウンドの貿易円滑化交渉は、GATT(関税と貿易に関する一般協定)の貿易円滑 化関連条項である GATT 第5条 「(貨物)通過の自由」、同第8条「輸入・輸出に関す る手数料及び手続き」、同第 10 条「貿易規則の公表および施行」の3か条について、 加盟国が遵守すべき包括的な実施規則を作成することを狙いとして、交渉と各国から の提案が行われている。

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的な提案がすでに行われている。貿易円滑化交渉では、新ラウンド交渉の一 つのセクターとしてワーキンググループが設けられ、ここで関係国等からの 提案を踏まえた合意案作成の作業が行われてきた。 中国は、新ラウンドの多国間貿易交渉に対して、2001年11月に WTO 加盟 を承認された後の交渉であるという事情もあり、非農産品市場アクセスをは じめとして全体の交渉に比較的前向きに取組んでいたが、こと貿易円滑化交 渉では当初、慎重派途上国(コア・グループ)の中の一国と見られていた。 しかし、先進国側の「貿易円滑化は途上国の貿易促進に繋がる」との主張に 次第に傾き始め、2006年以降は中道派に属していると解されている。直近で は、むしろ、貿易円滑化は中国の利益になるとの考え方も覗かせており、ワ ーキンググループにおける貿易円滑化交渉が進捗した2007年以降は、提案国 の一環としての姿勢を見せ始めている。 その具体的な事例として、中国は、2008年7月のジュネーブ閣僚会議を前 に、貿易円滑化ワーキンググループの事務局が取り纏めた合意文書草案13) 中で、貿易円滑化について独自にいくつかの提案を行っている。その中で特 に注目されるのは、貿易手続きや貨物通関等のリスクマネジメントに関連す る項目である「リスク・アセスメント/分析、認定貿易業者」14)において、 「加盟国は、可能な範囲において貨物に係る検査を軽減するためにリスクマ ネジメント手法を採用すべきである。(また)加盟国は、ハイリスクの貨物 には検査を徹底する一方、低リスク貨物の通過を促進し、かつ、コンプライ アンスの高い貿易業者には貿易円滑化措置を適用すべきである」とし、さら に本主張の解説として、「(a)リスクマネジメント手法の適用範囲は、税 関の監督管理手続き、事後調、関税分類、関税評価および税関統計分析など に限られるものではない。(b)貿易業者を選択する(=分類する)際には、 一定基準の中で異なる格付けを行う制度を確立することが望ましい。実行上 13) 本草案は、加盟国の権利を拘束しないテキスト・プロポーザルとしての性格を持つも のである。 14) WTO の貿易円滑化ワーキンググループ事務局が作成したテキスト・プロポーザル (TN / TF / W / 43 / Rev. 15)2123頁掲載。

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新ラウンド交渉における中国の「貿易円滑化」関連提案(注) 項目 1.輸出入申告手続き、およびデータ/書類作成の要件 (a) 申告手続きおよび要件に係る定期的レビュー: ・加盟国は、貿易申告手続きにつき、関係する新たな情報や商慣行、手法や技術 の適用、国際ビジネス慣行等の採用について一定期間ごとにレビューを行う。 (b) 手続き関係書類の削減等: ・加盟国は、輸出入申告手続きの範囲と煩雑さを最小限に留め、必要とされる輸 出入申告書類を削減し簡素化する。これによって、加盟国は、その行政目的に適 う手続きや書類の要件を定め、貿易を規制しない方法で貿易手続きと書類要件を 決めるべきである。加盟国は、貿易障壁とならないよう貿易手続きと書類要件の 効率化を確保する。 ・現行の貿易手続きや書類要件が環境や行政目的からして相応しくない場合は、 それを維持しない。 (d) 商業的に利用可能な情報やコピー(写)の受領: ・税関および関係国境機関は、貿易管理のために必要な関係書類のみ提出要求を 行うこととし、貿易手続き関係のすべての要求事項は関係法令に沿うことを確保 する。 税関および関係国境機関は、法令および書類要件に適合する貨物について、貿易 関係書類(商業送り状、B/L等)の受領、または多数の行政機関が関係する申 告で一つの行政機関が原本を所持している場合には、原本のコピーを受領するよ うに努める。 ・税関および関係国境機関は、既存の商取引において利用可能な情報(貨物の数 量および商品説明など)、および、申告書類に先行して税関や関係国境機関に提 出された関係情報を利用するように努める。 ・貨物の輸出入申告や関係書類の提出が電子的に行われた上で、電子認証および 手続きが進捗して税関および関係国境機関に申告が受理された場合は、税関およ び関係国境機関は当該申告について一切のオリジナル書類を要求してはならない。 ・税関および関係国境機関は、輸出入申告の審査に必要な場合を除いては、付属 書類(商業送り状やB/L等)の詳細な説明を求めてはならない。 項目 2.貨物移動および通関の迅速化と簡素化 (a) 予備審査制度: ・加盟国は、合法的な通関業務を推進するために、貿易業者が貨物の到着前に提 出する輸入の予備申告書類と関係情報を受領/審査するための、税関および関係 国境機関が行う行政管理手続きとして、予備審査制度を維持または導入する。 本制度に係る手続きの国際的標準化: ・加盟国は、予備審査制度のベースとして、関係する国際的な基準や慣行を利用 する。 ・ただし、リスクマネジメントに関し国境規制が必要な場合は、これらの規定は 何ら加盟国による貨物検査の履行を妨げるものではない。 (注1) 上記の中国からの提案内容は、WTO「貿易円滑化」ワーキンググループの資料のうち、 実際に中国から提案のあった事項のみについて記載しているので、項目はアルファベ ット順(a∼)とはなっていない。また、各提案は他の加盟国との共同提案である。 (注2) これら中国の提案のうち、リスクマネジメントに関する部分は、本文に記載している。 出所:WTO「貿易円滑化」ワーキンググループ資料から抜粋して筆者が作成。

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は、WCO(世界税関機構)のような関係国際機関が開発した基準や手法を 適用すべきである」と提案している。 このような中国の WTO 貿易円滑化交渉における提案は、中国自身が国内 で実施しているリスクマネジメント手法を「中国の経験」として提言してい るものである。まず、貿易貨物に対しては、貨物に固有のリスク要素、また は貨物の取扱いに関連して生じるリスク要素をデータベースに蓄積した情報 を活用して、そのリスクの程度を判断し、リスクの高い貨物に対しては貨物 検査を徹底して輸出入申告の不許可等により国境通過を阻止する一方、リス クの低い貨物については貨物通過の促進を図る。次に、貿易リスクを内包す るものとして貿易業者を挙げ、貿易業者は選別しなければならず、規制違反 や法令違反などを行った貿易業者を貿易取引から排除する一方、違反事例が なく法令遵守等でコンプライアンスの高い貿易業者には貿易手続きや通関等 において取扱いの迅速化措置を適用すべきと提案していると解すことができ る。

 日本と中国の貿易円滑化

1.リスクに敏感な中国 中国が、貿易円滑化ワーキンググループにおいて、上記のように自己の経 験に基づき二段階のリスクマネジメント手法を提唱したことは、日本のビジ ネス関係者が等しく認識すべき事柄である。日本においては、貿易取引の内 容と貨物の実態に応じて、個々の輸出入申告に対し許可/不許可の判断を下 すのに対して、中国では、まず貨物の輸出入申告以前の問題として、密輸、 関税等の脱税あるいは輸入価格の低価申告、虚偽の輸入申告による外貨の不 正持ち出し、虚偽の輸出申告による増値税15)の不正還付、加工貿易において 免税輸入した原材料等の横流しや国内転売、加工貿易において本来輸出すべ 15) 中国では、流通税としてすべての商品(モノ)に対して 17%の一般課税が課せられ る。一種の付加価値税で増値税という。モノの輸出では、流通段階で掛かった増値税 が一定割合で還付されるが、これを狙って不正還付の申請を行う悪質な企業が後を絶 たない。

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き製品の国内転用などの規制違反、法令違反事案が1990年代より絶えること なく生じており、当局がその取締りに頭を悩ましているという実情がある。 途上国が同種の問題を抱えているという一般化を行うことはできないが、 日中間の貿易または中国を介した世界との貿易においては、少なくとも貨物 と貿易業者という2つのセグメントに対して、二段階のリスクマネジメント が行われていることを理解しておかなければならない。貨物と貿易業者にま つわるリスク要素を排除しなければ、税関において個別輸出入申告への許可 /不許可の判断ができないからである。 2.貿易円滑化に対する取組みの方向性は同一 中国では、二段階のリスクマネジメントを有効裡に実行するとともに、貿 易円滑化を通じた貿易拡大の要請に即していくために、コンピュータネット ワークと電子申告制度を用いて貿易手続きを電子化する作業が行われている が、2001年6月からは、税関、経済管理部門(経済貿易管理機関)、港湾部 門が従来独自で管理していたデータを公共データセンターで集中保存し、各 部門の管理の需要に応じて検索、取出しができるようになった。 通称、中国電子口岸(正式名称は口岸電子執法系統、以下、中国電子口岸 または電子口岸という)と称される中国の電子通関制度は、海関総署16)およ び12の行政機関が設立した公共データセンターと税関、各関係行政機関、外 為銀行、貿易企業とをネットワークで結び、輸出入取引に係る情報、資金、 貨物の流れを電子データベース化して、税関と行政機関との情報共有化を図 り、貿易企業が提出する輸出入申告等の貿易手続きをチェック・審査すると ともに、貨物通関の便宜を図る目的で運営されている(岩見辰彦2007)。 この中国の通関情報システムと日本のそれとでは、システムの構成に基本 的な相違点がある。日本の通関情報システムである NACCS では、税関、輸 16) 中国の通関行政を執行する行政機関。日本の財務省関税局のように行政能力を持ち、 かつ、その下に地方税関を擁して全国の通関業務および貨物通過手続き等の事務を執 行している。

(19)

出入承認に関係する省庁、貿易企業、通関業者等でネットワークが構成され ているが、中国電子口岸では、規制違反や法令違反等を取締る交通部17)(輸 送手段による違反の取締り、マニフェスト)、公安部(密輸取締り)、工商行 政管理局(営業許可)、税務総局(関税/増値税/営業税等の徴税・還付、 脱税および不正な税申告の取締り)、外貨管理局(外為管理、不正な外貨持 ち出し規制)、中国人民銀行(資金・金融管理)、対外貿易管理機関(商務部 およびその直属機関:加工貿易管理、輸出入許可証等)などリスクマネジメ ントを実行するための管理監督機関とネットワークされている18)点で日本の システム構成と異なっている。 しかし、日本と中国においては、それぞれの国における対外貿易の促進を 実現するために、「貿易円滑化を図る」という基本的な方向性は変わらない。 中国電子口岸のシステム構築目標は、①データベースとオンラインネットワ ークを結合して、通関手続きを含む申告内容との照合・審査を実行し、密輸、 外為違反、税の不正還付等を防止すること、②貿易企業等の輸出入業務の効 率化を図り、コストダウンと輸出入の便宜性を高めること、にある(岩見辰 彦2007,182頁)。このうち、①はリスクマネジメントを実行することであり、 一方、②は輸出入通関や貨物通過など貿易円滑化を実行するものである。日 本と中国の相違は、中国では貿易円滑化の前提として①のリスクチェックに 重点を置いていることにあり、②に相当する貿易円滑化を実現するという目 標は共通である。

 まとめ

1.日中間の貿易円滑化の実現に向けて 経済産業省の『通商白書』によれば、「東アジアの域内貿易は増加してお り、2002年までの10年間で約2倍に増加している。(中略)東アジア域内で 17) 中国の行政機関のうち、日本の省に相当する機関は「部」で表示される。 18) 日本の通関情報システムである NACCS では、厚生労働省、農林水産省など輸出入承 認に関係する行政機関とインターフェースされている。

(20)

は、原材料から最終製品に至る工程を域内で分担し、これを結ぶ形での貿易 が行われるという意味での工程間分業が広がりつつある。機械分野における 工程間分業の一つの特徴として、中国を〔最終組立国〕とし、他の東アジア 諸国・地域を〔部品供給国〕とする分業形態が形成されている」19)と述べて いる。東アジアにおける貿易形態を生産実態の側面から分析した研究・調査 結果では、通商白書その他で〔日本および他の東アジア諸国が中国に原材料 ・部品を供給し、中国が加工・組み立てて製品化し、これを世界に輸出する 構図が成り立っている〕とする見解が一般的に成立している。これを日本と 中国の貿易関係からみれば、 ① 日本は、世界から輸入した原材料を使用して部品・中間製品を生産し、 これらを中国に輸出している。(注:日本から中国への供給は基幹部品 やコンポーネンツなど高付加価値品が多い) ② 中国は、日本から輸入した部品・中間製品を加工して製品化し、中国か ら(または香港・シンガポール、あるいは日本を経由して)世界に供給 している。 という「中国を核とする世界との貿易関係の構図」が認められる。 このような日中貿易の構図を活性化し、日本企業が中国貿易を通じて対外 貿易の拡大を図るためには、日本企業、中国に進出している現地企業の国際 競争力を維持・向上させることが肝要である。そのためには、国際調達のコ ストを持続的に削減し、調達・生産のリードタイムを短縮し、中国に搬入さ れる貨物(輸入貨物)と中国から搬出される貨物(輸出貨物)の国際的な貨 物移動を確保する必要が生ずる。コスト削減とリードタイムの短縮、貨物移 動の確保を実現するには、貨物の国境移動に係る複雑な貿易・通関手続き、 手数料・課徴金、重複して提出を要求されるまたは膨大な量に上る書類など を合理化、簡素化し、日中間および中国を経由する貨物の国境移動に係るコ ストと手間を削減していかなければならない。 19) 経済産業省(2004)『通商白書 、152 頁。

(21)

日本と中国は、このような貿易円滑化の意義を互いに認め、日本企業と中 国企業(華僑系企業をも含めて)が相互に日中間および中国発着の貨物移動 を円滑に行うことができるよう、貿易・通関手続きの簡素化に取組んで行く 必要があると考える。中でも、貿易手続きや書類の標準化を進めることがそ の第一歩であると強調したい。また、標準化作業においては、WCO(世界 税関機構)などの標準化作業の成果を取り込んでいくことを提案する。国際 的な標準化の成果は、ひとり日本や中国に留まらず、日本と中国が貿易取引 を行う世界の関係国にも採用され、貿易円滑化の輪が広がると考えるからで ある。 2.広域的な貿易円滑化の重要性 日本と中国の相互補完的な貿易関係は、一定程度、日本と韓国の貿易関係 でも成り立っている。日本は、鉄鋼(鋼板類など)や電子部品(コンポーネ ンツを含む)などを韓国に供給し、韓国は日本から輸入した部品やコンポー ネンツを加工・組み立てて製品化し、これを世界に輸出している。また、日 本から供給された部品等は韓国で加工が加えられ、中間製品として中国に輸 出されており、日本と韓国の貿易関係は、両国間の直接的な加工貿易または 韓国を中継点とする間接的な加工貿易の関係にある。 このように見てくると、日本から中国および韓国に供給される部品等は、 一旦両国内に移動した上で加工され、製品化された上で再輸出される、すな わち再び国境を越えて世界の需要国に移動していくという関係が成り立って いる。この日中韓の相互補完的な貿易関係を強化していくためには、日中韓 の3カ国の間を移動する貨物、また日本から中国や韓国に供給された貨物 (部品等)が製品に加工されて中国/韓国から世界各国に再輸出される際の 円滑な国境移動を確保する必要が生ずる。よって、日本は、日本と中国、ま たは日本と韓国との二国間における貿易円滑化を図るとともに、日中韓3カ 国における広域的な貿易円滑化措置を実行できるよう今後の協力関係を緊密 化することが肝要な課題である。

(22)

EU は、新ラウンド交渉の貿易円滑化ワーキンググループにおいて、「貨 物通過の自由化」(GATT 第5条関連の貿易円滑化措置)に最大の力点を置 いた具体的提案を行っているが、これは、EU が27カ国に及ぶ加盟国を擁し、 その広域的な域内貿易の活性化に力点を置いているからである。提案の中で は、「通過貨物の移動に対する恣意的もしくは不公平な差別や制限の禁止」、 「通過貨物に対する法令、手続き、手数料等について最恵国待遇を付与する」、 「通過貨物の移動のためのシングル・ウインドウ制度を設置する」20)などが、 EU 域内を通過する貨物の円滑な移動を促進する効果を期待できる提案とし て注目される。 日本は、日本企業の国際ビジネスにおける競争力を向上させるために、ま ずは日中韓3カ国の広域的な貿易円滑化に向けた努力をすべきであると考え る。従来、日本と韓国の間には FTA 交渉が断続的に行われており、また日 中間には研究ベースで日中 FTA を模索する動きも見られるようであるが、 大上段に FTA を構えるよりも、できるところから始める、つまり実務的な 取組みが可能な貿易円滑化に取組むことがより大きな3カ国の経済協力関係 をもたらすものと思料する。 3.中国のリスク管理への協力が第一歩 では、具体的にどのような貿易円滑化措置が必要であるのか、日系繊維企 業の現地調査結果21) から若干の所見を述べることとしたい。 日中の貿易円滑化を推進するには、やはり中国の二段階のリスクマネジメ ントが簡素化されることが第一歩となる。中国当局のリスク要素による管理 が徹底し、現地企業(外資系企業をも含めて)のコンプライアンスの姿勢が 高まれば、中国当局によって「貨物移動の円滑化を重視する」姿勢が鮮明に なろう。日系繊維企業の現地調査結果では、①税関職員の規律に問題があり、 20) WTO 新ラウンドの貿易円滑化ワーキンググループに提出された EU 関係資料による。 21) 中国華東地域で繊維企業を経営する企業関係者が、200506年に中国の通関制度を主 体に現地調査を行ったもの。

(23)

正しい輸出入申告手続きが行われていない、②すべての輸出入申告は、公共 データセンター経由の電子申告を行って審査を受けた後に、現地税関に書面 で申告を行わなければならず、二重の申告制度で手続きが複雑である、③同 じ商品であっても、税関職員の判断によって関税分類や関税評価が異なる、 または相談窓口が不明確である、などが通関上の具体的問題として指摘され ている。こうした中国側のリスク管理の向上のためには、コンプライアンス の高い企業を選別して貿易業務の遂行を図るシステムを徹底することが大事 である。日本企業は、中国との貿易あるいは中国を介した世界との貿易を推 進するためには、自らを律し、コンプライアンスを高めて複雑な貿易申告手 続きが簡素化されるよう日常取引を通じて協力して行くことが肝要である。 こうしたリスク管理に係る問題の緩和を通じて、はじめて中国における申 告制度の簡素化や申告等貿易手続き関係書類の標準化が進んでいくことにな ろう。手続きの簡素化と書類の標準化が進めば、EU が実現しようとしてい るシングル・ウインドウ制度など日中相互の貿易円滑化に向かって歩を進め ることができよう。 日中間の円滑な貨物移動の確保、さらには貿易手続きや通関の自由度が高 まれば、日中間の貿易を通じて日本の貿易業者も、また中国の貿易業者も世 界との貿易を促進し、貿易の遂行に係るコストを低減し、調達・生産から 販売までのリードタイムを短縮することができる。貿易円滑化は、ひとり WTO における問題に留まらず、日本と中国それぞれの企業の一つ一つに関 わる課題であるという認識を深めることが重要と考える。 (筆者は関西学院大学商学部教授) 主な参考文献

WTO Negotiating Group on Trade Facilitation “REPORT BY THE CHAIRMAN OF THE NEGOTIATING GROUP,” July 25, 2007

WTO Negotiating Group on Trade Facilitation “WTO NEGOTIATIONS ON TRADE FACILI-TATION, COMPILATION OF MEMBERS’ TEXTUAL PROPOSALS,” July 25, 2007 WTO Negotiating Group on Trade Facilitation “WTO NEGOTIATIONS ON TRADE

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WTO Negotiating Group on Trade Facilitation “WTO NEGOTIATIONS ON TRADE FACILI-TATION, COMPILATION OF MEMBERS’ TEXTUAL PROPOSALS,” 9 July, 2008 WTO Negotiating Group on Trade Facilitation “WTO NEGOTIATIONS ON TRADE

FACILI-TATION, REPORT BY THE CHAIRMAN OF THE NEGOTIATING GROUP,” 18 July, 2008 岩見辰彦(2007)『最新 中国貿易・税関実務の詳細解説&実践マニュアル』日本能率協会 総合研究所 岩見辰彦(2006)『中国税関実務マニュアル(改訂版)』成山堂書店 経済産業省(2004)『通商白書』 財務省貿易統計(確報値)2001年∼2007年 財務省関税局編(2008)「WTO ドーハラウンドの現状について」 住友倉庫編(2005)「中国の貿易・通関制度について」 美野久志(2004)『国際商取引の「しくみ」と「実際」』同文舘出版 渡邊頼純(2005)「WTO 10年の曲折と WTO 2006年への期待」

参照

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本研究の目的と課題

日中の経済・貿易関係の今後については、日本人では今後も「増加する」との楽観的な見