氏 名 関根 優志 博 士 の 専 攻 分 野 の 名 称 博士(医工学) 学 位 記 番 号 医工博甲第389号 学 位 授 与 年 月 日 平成29年3月23日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 人間環境医工学専攻 学 位 論 文 題 目 内燃機関のピストン頭部へ施す遮熱性・放熱性を有する皮膜に関 する研究 論 文 審 査 委 員 主査 教 授 園 家 啓 嗣 教 授 秋 津 哲 也 教 授 中 山 栄 浩 准教授 石 田 和 義 准教授 小 川 和 也 准教授 小 川 覚 美
学位論文内容の要旨
本論文はピストンの製造を主とする企業と共同で,現状の内燃機関の熱損失を低減する ために行った研究について論じている.以下に各章の概要を述べる. 第 1 章「緒論」では,エネルギー供給や人々の生活が有限資源に依存してしまっており, 有限資源をエネルギー生産に使用することによって発生する温暖化,森林破壊という環境 破壊があるという事実を知りながらも,有限資源の使用量を減少させることは困難である. また有限資源の一つである石油を大量に消費しているのは自動車であり,自動車総数は交 通網が未発達である発展途上国を中心に急増していることから,その消費量も増加してい る.それを懸念して電気自動車を代表とするエコカーが開発され,普及を目指しているが, インフラ整備の拡大は難しく,普及が伸び悩んできるのが現状となっている.そんな中, 早急に内燃機関の燃費を向上させることは重要なことであると言える.現在,内燃機関の 燃費向上のために,ピストン頭部にアルマイト皮膜,通称 SiR-PA が施されているものがあ るが,アルマイト皮膜はいくつかの欠点が存在し,同等の性能を持ちながらもその欠点を 克服した手法が求められている.我々が保有する溶射技術は(1)皮膜,基材の材料選択の幅が広い,(2)公害性,有毒性が低い,(3)比較的簡易な設備で行える,といった特徴を 有している.その溶射技術でアルマイト皮膜と同等以上の性能を有しながら,アルマイト 皮膜の欠点を克服した新しい皮膜の開発を目的としてることを説明している. 第 2 章「熱疲労特性に関する研究」では,内燃機関は長期的に見るとエンジン非稼動に よる冷却された状態から,エンジン稼働中の燃料の燃焼により,高温状態にされる.近年 は燃費向上および環境対策のために予混合燃焼という燃焼形態が採用され,燃焼温度が上 昇している.また,短期的に見ると燃焼時に加熱されて新たな燃料混合気によって冷却さ れる温度変化にさらされる.ピストン頭部に施す遮熱皮膜もそれに対して耐性を有してい なければならず,その評価を熱サイクル試験によって評価した.熱サイクル試験後,試験 片を観察すると全ての皮膜で肉眼レベルの欠陥は生じなかった.ミクロレベルで観察を行 うと②ZrO2の皮膜で微小な割れやはく離が確認されるのみであった.しかしミクロレベルで の割れは低熱伝導率を得られる要因にもなり,現にアルマイト処理を施したピストンはミ クロ割れによって良好な遮熱性を獲得している.しかしそのミクロ割れが成長し皮膜全体 のはく離を生じさせる要因にもなりえるので,実機による試験を行う必要があると記載し ている. 第 3 章「皮膜の密着強度に関する研究」では,遮熱溶射皮膜が燃焼室で加えられる荷重 を受けても健全な状態を保てるかを評価した.吸気・圧縮・膨張・排気の 4 サイクル中に 内燃機関内のピストンが加えられる力は,ガス圧力による圧縮の力であるが,吸気・排気 行程では引張の荷重が加えられる.ピストン頭部に施す遮熱皮膜は圧縮によって少しずつ 破壊され,皮膜全体のはく離につながることがあるが,圧縮がはく離の直接的な要因とな ることは少ないので,引張荷重に対しての耐性が重要となる.その評価を従来の引張型ピ ンテストで行った.従来に密着強度の測定方法は,接着剤が皮膜に浸透してしまうなどの 欠点があったが,引張型ピンテストはそれらの欠点を持たない方法である.密着強度の測 定を行った結果,全皮膜が平均で 15MPa 以上の密着強度を有しており,計算上,ピストン は 2.5MPa 程度の引張応力が加わるので,それに対して十分な密着強度であった.②ZrO2皮 膜は溶射方法に HVOF を使用していることから,特に優れた密着強度を有していた. 第 4 章「遮熱・放熱性に関する研究」では,背景としてピストンが燃焼室から熱量を吸 収し,下部に逃がしてしまっている熱量は,蓄積するとエンジンの動作不良につながるの で純粋なエネルギー損失になっていることを説明し,ピストンの温度をガスの燃焼温度に
近づけ,追従性を向上させることで熱損失を低減すると大きく燃費が向上できるとシミュ レーション予測がされていると述べている.追従性を向上させるためには遮熱性・放熱性 が重要である.まず,ヒーターを用いて試験片の皮膜側を加熱し,基材との温度差を遮熱 性として評価する試験を行った結果,①Al2O3,②ZrO2の両セラミック溶射皮膜は高い遮熱 性を有していた.両皮膜は,アルマイト同様の垂直方向のミクロ割れを有していることが 起因していると推測できる.両セラミック溶射皮膜をベースとして付加加工を施し,放熱 性を向上させようと,オキツモ株式会社製の放熱塗料クールテックを両皮膜の試験片に塗 布した.その試験片を加熱し,皮膜の冷却された温度を放熱性として評価を行った結果, 基材側にクールテックを塗布することで,放熱性を向上させることができると判明した. 第 5 章「レーザフラッシュ法による熱伝導率測定」では,第 4 章の平衡状態での遮熱性 ではなく,瞬間的な遮熱性を評価すべくレーザフラッシュ法で熱伝導率を測定した事項に ついて述べた.ピストン頭部に施す遮熱皮膜は長期的な遮熱性と瞬間的な遮熱性の両方が 重要となる.長期的なものはヒーターによる試験で評価を行い,瞬間的なものはレーザフ ラッシュ法と呼ばれるレーザパルスによって短時間で加熱を行う熱物性測定法による熱伝 導率測定で評価を行った.その結果,アルマイトは皮膜のみの熱伝導率の低さは優れてい たが,膜厚を稼げないことから,基材を含めた熱物性値は基材が支配的になることがわか り,①Al2O3,②ZrO2の両セラミック溶射皮膜は基材込みの熱物性ではアルマイトを凌ぐ結 果となり,その中でも②ZrO2は特に優秀な値を示した. 第 6 章「皮膜の総合評価」では,各実験結果およびコスト,生産性を含めた総合的な評 価を行った.各実験結果を総合的にみると②ZrO2が最もピストンへの遮熱皮膜に適している ことが判明した.生産性を考慮すると溶射皮膜の中では②ZrO2が一番高コストであったが, アルマイト皮膜に施すポリシラザンと比較すると,十分に実用的なコストであった.②ZrO2 の溶射皮膜にクールテックの塗布などの放熱性を向上させる付加加工を施すことが最も有 効的であると評価した. 最後の第 7 章「結論」では,以上の各章で得られた知見を述べ,論文全体を総括してい る.
論文審査結果の要旨
学位論文は,ピストン製造企業と共同で,内燃機関の熱損失を低減するため溶射技術を 適用し燃費向上を図った内容について論じている.第 1 章は,ピストン頭部にアルマイト 皮膜が施されているものがある,溶射技術でアルマイト皮膜と同等以上の性能を有しなが ら,アルマイト皮膜の欠点を克服した新しい皮膜の開発を目的としたことを述べている. 第2章の「熱疲労特性に関する研究」では,ピストン頭部に施す遮熱皮膜の耐性につい て熱サイクル試験によって評価した.第3章「皮膜の密着強度に関する研究」では,遮熱 溶射皮膜が燃焼室で加えられる荷重を受けても健全な状態を保てるかを評価した.第4章 「遮熱・放熱性に関する研究」では,皮膜の冷却された温度を放熱性として評価を行った 結果,基材側にクールテックを塗布することで,放熱性を向上させることができると判明 した.第5章の「レーザフラッシュ法による熱伝導率測定」では,第 4 章の平衡状態での 遮熱性ではなく,瞬間的な遮熱性を評価すべくレーザフラッシュ法で熱伝導率を測定した 事項について述べた.第6章では「皮膜の総合評価」を行った.各実験結果およびコスト, 生産性を含めた総合的な評価から ZrO2の溶射皮膜にクールテックの塗布などの放熱性を向 上させる付加加工を施すことが最も有効的であると判断された.第7章は「結論」として 各章で得られた知見を述べ,論文全体を総括している. 審査委員会では,学位論文の内容について下記の指摘を受けて修正した. 内燃機関のピストンに溶射技術を適用することによって燃費向上が図れる見通しを得る ことができた本研究成果が評価された.従って,学位論文は審査により合格と判断された. (1) 熱サイクル実験の項では、本研究で実施した熱サイクル試験が内燃機関のスター トアップ・シャットダウンのサイクルを模擬したものであることを明記する。ま た、溶射試験片作製の箇所で、基材に溶射を実施する前(粗面化処理後)の基材 の表面粗さを記載した方が実験結果を理解しやすくなる。 (2) 引張型ピンテストの結果の項では、本実験から得られた知見をもとに考えられる 密着強度向上の方法も記載した方が実験成果にもなり、ベターである。また、試 験結果の図中の実験値のばらつき(実験数)も説明した方が理解しやすくなる。 (3) 遮熱・放熱性評価の項では、本研究で考案した放熱性評価の手法の根拠を説明し た方が放熱性評価法の内容が理解されやすくなる。 (4) レーザフラッシュ法による熱伝導率測定の項では、レーザフラッシュ法のレーザ 照射時間など、もう少し手順を詳しく説明した方が分かりやすくなる。(5) 本文中の図で目盛りのないものが見られ、また、誤字が少し認められるので、再 度全体を見直す。 最終試験については下記の指摘を受けたが,内燃機関のピストンに本研究結果を適用す ることによって燃費向上が図ることができるので,その成果が評価された.従って,最終 試験は合格と判断された. (1)本研究によって得られると予想される燃費向上の程度が明らかでない. (2)皮膜(クールテック)のガソリンに対する耐性は評価しているが,オイルに対する 耐性の評価も行った方が良かった. (3)溶射条件と溶射皮膜の各種性能(疲労特性、密着強度など)の関係も示してほしか った. (4)皮膜の総合評価は,定性的な評価でなく具体的数値で示した方が理解されやすい. 以上