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法華経解釈に於ける吉蔵の法雲批判 (祖山学院50周年記念号)

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(1)

と﹁昔三たび経疏を出す﹂と述べ、更に法華統略の冒頭には、 昔在二会稽一著一庇経玄文凡二十巻一中層一京兆一録二其要用一裁為一モ軸一但余少弘一画論一未壹専習一二乗一私衆二識将三 百遍但斯経言約義富更有一異聞一撰一録大宗一復為二此三巻一 法華論疏に﹁但だ昔三たび経疏を出だす﹂とあり又法華統略の﹁昔会稽に在りて此の経の玄文凡そ二十巻を著し云 統略が最も遅れる。 斑祥大師吉蔵︵五四九’六二三︶の法華経に関する注疏は、e法華玄論十巻e法華義疏十二巻⑤法華遊意二巻、法華 論疏三巻⑤法華統略六巻が現存するが、その撰述の時期の順序は右の配列の順序の通り義疏・玄諭が股も早く、法華 吉蔵自ら注疏について法華論疏巻上︿正蔵四○珪八︸には ● 余識二斯経文一疏三緬一川二関河叡朗旧宗三依二竜樹提婆一通一経大愈一三採二此論綱領一以釈一法華一但昔三出一羅疏一猫 余識二斯経文一疏三緬一 未し解二論文一今具釈し之

法華経解釈に於ける吉蔵の法雲批判

一、吉蔵の法華諸疏

里見泰穏

(43) 〃

(2)

あらうか。 家の文を、指示して次の如く言ってゐる。 所見を陳ぶ、十三家有り﹂と述べて第一遠師より第十三劉掛壷で十三家を評している。法華遊意は、此の玄論の十三 法華遊意は玄論、義疏の後の製作である。法華玄論巻一凧の﹁第四辨経宗旨﹂の項で﹁答ふ、説者甚だ衆し、略して 々﹂と述べられてあるから、法華玄論法華義疏法華遊意の三疏が法華論疏の前に製作されたことは確かである。 昔在一会稽一撰一釈法華宗旨一凡有二十三家一今略明一即世盛行一有二其三説一

︲l法華遊意巻上酬l

一旧疏本朋一説経因縁一甚広今略明二十門一也

l法華遊意巻上郷l

●●●●● 問喜一有二此十句一近遠亦有二十門一答亦有二十門一如二寿量品文疏已出一し之

l法華遊意巻下那l

●●●●● 又安楽行品辨二於四行一亦示一弘経軌椣一具如二文疏述一 以上三文のうち第一の十三家、指摘の文は法華玄論を指示し、次の三文の﹁旧疏本﹂﹁寿量品文疏已出し之﹂﹁具 如二文疏述この疏本、文疏が法華義疏を意味するとすれば、法華遊意は玄論義疏の後の作である。 次に法華玄論法華義疏は共に法華遊意より早い時代の作であらうが、玄論と義疏との一・ろの疏は何れが早いので 又法華遊意には 申■白一 法華義疏巻四之上郷に、摂邪帰正門載摂異帰同門、引因趣果門の三門を叙し (44) 、

(3)

さきに引用した法華統略の﹁昔、会稽に在りて此の経の玄文、凡そ二十巻を著す﹂との文に於ける玄・文が、法華 玄論︵十巻︶法華義疏︵十二巻︶を意味するとすれば、巻数に多少の不整合があるが﹁凡そ二十巻﹂と言ふ﹁凡そ﹂ に力点を置けば、巻数は一致しているとも見られよう。然しそれに続く、﹁中ごろ京兆に居り其の要用を録して裁し るのではないかと思ふ。 か、今判定し難いが、街 て、前述の法華玄論’一 ●●● 答大乗豪貴騨如二長者一小乗鄙劣如二貧窮除糞之人一著二文疏一已明一庇義一也 とあって、この文疏が法華義疏をさすものとすれば、法華義疏が撰述された後、法華玄論が製作されたことになっ て、前述の法華玄論l法華義疏の順序とは逆であって、矛盾することになる。玄論、義疏の何れが早い撰述である か、今判定し難いが、何れにしても、此の二論疏が、早期のものであり、続いて法華遊意の順となることに断定し得 又同処に 恩はれる。 ●●●●●●● 答下明二菩薩疑一者玄意中巳釈二此義一 と述べられてゐる。﹁玄意﹂﹁玄義﹂が法華玄論を指すと思はれるので、法華玄論が法華義疏の以前に製作されたと 然るに法華玄論巻五却には、 又同じく義疏巻四之上知には ●●● 早日著二文疏一己両兼し之可レ得一墜用一也

●●●●●

此之三門無二教不一し収無二人不一し化斯経対し昔但有一三門一若結二会終始一具二三門一也如一孟義序一し之

l法華義疏巻四上細I

(45)

(4)

て七軸となす﹂との文は、己に学者︵国訳一切経・経疏部・法華義疏の横超慧日氏の解題参照︶の指摘するが如く、 七軸に相当する論疏がなく、法華遊意は上・下二巻であるのにも相当しない。次に﹁大宗を撰録して復た此の三巻と 為す﹂との﹁此の三巻﹂とは法華統略である。統略は上・中・下を各本・末に分けて、現在は六巻であるが、上・中 ・下三巻となってゐたのでもあらうか。統略を﹁此の三巻﹂と呼ぶことは何等不思議はない。 統蔵の法華統略巻三列には﹁大業六年三月一日﹂の文字があり、次頁には﹁六年制文﹂の文字があるので統略の製作 年代の決定に何等かの手がかりになるかも知れない。しかしこれだけでは、その年月が何を意味するか判定し難い。 ︵塩田義遜氏著法華経学史の研究参照︶ 法華玄論、法華義疏を最初期の作とし、法華遊意、法華論疏、法華統略の年代順に撰述されたことは、異論のない ところであらう。般後の法華統略は﹁更に異聞あり大宗を撰録して復た、此の三巻となす﹂と言ひ続いて、﹁其の疏 意を叙するに略して六あり﹂と統略の特質を示す六ケ条をあげてゐる。 一、二本所し無今文方有如一四土之説及七会之文一 二、全廃二旧通一用二今新意一如レ合二大車及火宅之縣一 三、新旧両用可二適し時而説一如一六序及十方便之例一 四、昔言隠昧今則顕明如一釈妙四門索車七意一 五、大宗乃一而転勢不同二本雌し明今須二重述一 六、改一泊分章一依二今科約一如一方便品六墜之例一也 此の六ケ条にだけによっても、統略は、法華玄論、法華義疏等の時代から、考え方に変化があったことが見られ (46)

(5)

次河西道朗対二翻浬樂一其人亦省一︵著?︶法華統略一明下説二法華経一凡有中五意上⋮:・略⋮⋮評日道朗著一連梁疏一世 盛行﹀之其所し解法華理非一謬説一明し常之旨還符二叡公一也 と述べ道朗は、浬樂疏を著はしたほどの人であり又法華の疏を著はしておりその解する所謬説に非ずと述べ、更に道 場の慧観・劉乢・道生の説をあげて援用してゐる。これは法華経に常住を明すことを主張し、法華経は尚無常の経で ないと論じ、続いて、 と僧叡について述べ、 婆日法華論である。 要でもあらう。 る。従って、吉蔵の研究に、玄論・義疏・遊意等と統略との間に区分を設けて見ることも一つの研究方法であり又必 関河の叡朗とは、関中の僧叡と河西の道朗であるが、法華経玄論巻一加に 評日叡公親承二羅什一製二斯序一者即明し常其明証蓋是法華宗本不し得し不し依レ之突 僧叡について述べ、親しく法華の訳経者羅什について承け法華序を製した僧叡であるから、その説に従はざるを得 先にも引用したが法華論巻上︵正蔵・四○珪八︶の次の文が此のことを示してゐる。 余識二斯経文一疏三種一用二関河叡朗旧宗三依二竜樹提婆一通二経大意一三採二此諭綱領一以釈二法華一但背三出二経疏一猫 吉蔵が法華経を解釈するために、依用したのは、吉蔵自らの言ふところによれば、㈲関河叡朗の旧宗口竜樹少提 未し解論文一今具釈し之

二、吉蔵の学系と法雲に対する態度

(47)

(6)

あるとする説を反駁するためである。この反駁のために三証をあげるのであるが、その一証としては、㈲法華前の経 により、二証としては、口法華の文により、それぞれ﹁法華に常を明す﹂ことを論証し、続いて第三証として、日関 河の旧説を引いて法華常の義を説くのである。これによって吉蔵が如何に関河の旧宗を一つの椛威としてこれを援 用しているかを見得る。而も此の三証の次には続いて、法華無常説の光宅法雲を出して、﹁光宅の此の言、文意を識 らず﹂と鋭い批判をあびせてゐるのを見ると、吉蔵は光宅法雲を始め開諜智蔵・荘厳僧畏等、所調梁の三大法師等江 南仏教の学風一世を風朧せるに対抗せんとしたことを伺ふに足ると思ふ。七M蔵は法華玄論巻一“に、これ等三大法師 妥至蕊始一三大法師碩学当時名高一二代一大集一数論一遍釈二衆経一但開韓以二浬桑一騰レ誉荘厳以一十地勝髭一捜し名光宅

法華当時独歩l法華玄諭巻醜l

と述べてゐる。法華に於て当時独歩と言はれる法雲については更に 年至二三十一於二妙音寺一朋一法華浄名二経題一機辨二縦横一道俗歎伏由し之已来法華番顕余流遁一画川一疏記零落 l法華玄諭巻l咄I︲ と述べてゐる。光宅法雲の法華が如何に一世を風廃したかが知られるのである。これ等の法雲・智蔵・僧昊等三大法 師を中心とする江南仏教に対抗することから、関河の旧宗に権威を認めて、之を援用したと忠はれる。先に触れた、 僧叡、道朗の外、慧観については、 作し序覚示二羅什一羅什歎日善男子自レ不雪深入二経蔵一不し能し作二如レ此説一也

l法華玄論巻一恥I

に言及して (48)

(7)

次乎二斉代一有二清信優婆塞劉乱一与二十許名僧一依二傍安林壱遠之例什確融恒之流一撰二録衆師之長一秤為一注法華一也 と注法華の成立を説明し、安・林・壱・遠・什・肇・融・恒等八師等の長を撰録したものとして権威あるものとして 評価してゐる。又江南仏教を批判する武器として、法華論をあげてゐるが法華論を見て﹁余此の文を見て悲喜交々至 れり﹂と感慨を漏らすほどであった。竜樹・提婆に依って経の大意を通じたことは、﹁余少くして四論を弘め﹂とい ふ三論の大成者吉蔵として当然のことであらう。 江南仏教に対する対抗意識は、吉蔵に甚だ強いようである。﹁光宅の此の言文意を識らず﹂と痛論したことは先に 触れたが更に十三家を列ねてその宗旨を論評した中で、僧叡を衆師に冠絶すと称揚し、更に光宅の一門と数条碩異な りと此鮫してゐるなども、吉蔵の光宅に対する態度を示す例である。江南仏教に対立し、従って法華経解釈の上で、 法雲が常に吉蔵の意識にあったのは当然であらう。吉蔵の法華諸疏の中に、峨々光宅の名をあげて批判し、或は有人 の説として光宅の説を取り上げてゐるのを数えあげれば、おびたrしい数にのぼる。 又吉蔵は光宅の学問の系譜を述べて 評日光宅受一羅於印一印真二承於竜一竜為二法華之匠一然此釈以一支義両一推実箇一会経致一 と言ひ、更に法華玄論巻一にも と述べ法華の訳経者羅什によって絶賛されたことを挙げ吉蔵はその権威を証するものとしてゐる。更に劉乢について は 、 答注法華経探二江左安林壱遠河右什確融恒八師要説一

l法難遊憲巻上小I

(49)

(8)

光宅法師受二学印公之経一而不レ用二印公之択一

l法華玄論巻︾砿l

と述べてゐる、慧竜l僧印I光宅と相承したことを述べながら慧竜の説︵宗旨についての論︶を経致に符会するとし て一応肯定しながら﹁義亦未し允也﹂と批判し、境智を以って宗と為す僧印についても﹁於レ観亦未し尽レ美突﹂と批判 してゐる。光宅が一乗の因果を以って経の宗旨となすについても﹁今以二文我一碓聯愈猶未し允﹂と評破し、慧竜は仏 慧︵果︶を以って宗となし、僧印は竜の説に境を加えて境智を以って宗となし、光宅は印公の釈を川ひず一乗の因果 を以って宗としたと述べて、それぞれ前述の如く評したのである。吉蔵が関河の旧説に対する態度と併せ考えて興味 前述の如く光宅に対する吉蔵の批判は、激しいものがあるが、一方亦吉蔵が光宅の法華解釈に負ふてゐると思われ る点も少くない。今一々、例を挙げられない程である。法雲、智嶺・吉蔵とそれに慈恩の法華に関する注疏の関係は 深く又複雑であるが、攻究を要することである。 吉蔵の法華に関する疏の中で、智頭の名が見えるのは法華義嶺疏巻一猫に﹁蟻禅師一どとして引かれたものが唯一回 だと思われる。吉蔵が智頭を批評することは殆んどなく、寧ろ吉蔵が天台の典鯆で縦碩の批判の対象となってゐる。 今は吉蔵が法雲を批判した点に触れて見たいのである。 がある。 と云ひ又

l法華玄論巻一砿I

(50)

(9)

の一うの説である。この三つの立場について、法華遊意巻上斯にも 問今明一二乗一為し妙与レ旧何異答釈一庇経一者凡有二三説一 と述べてこの三説を批判してゐる。又法華義疏巻十噸にも 法華経に法身の常住を明かすか、此の経の法身は尚無常であるかと言ふ点について、吉蔵は法華経は法身の常住を 説いたと力説し、光宅寺法雲が、法華経は尚常住を明かさず無常を示すものと説くのを批判してゐる。 此の問題について吉蔵は三つの立場があることを述べてゐる。 問何人能信一乗。答有六種人不し能し生し信一者起愛衆生深著二世楽一不し能二信受一⋮中略⋮四者謂二法華教猶是無常一 間し説二常住一不し生二信受一五者謂二於此経覆相明一レ常聞二顕了説一レ常不レ生二信受一六者謂二此経顕了明一レ常執成二常見一 間し説二寂滅之道非常非無常一又不し生し信。l法華義疏巻一・加l この文は一乗を信ずること能はざる六械の人を挙げたのであるが、その第四、第五、第六は法華経に法身の常住を 明すか否かについての三つの立場を述べてゐる。即ち、法華は猶無常を示すのみと主張する立場、次に法華は覆相し て常を明かす立場、第三には法華は常住を明かすと説いて常見に執する立場、即ち 三一 、 、 、 顕覆法 了相華 明明無 常常常

三、法雲の﹁法華無常﹂説の批判

(51)

(10)

ある。 又菩提關支此云二通希一其親翻二地諭一但明二半満一葡支娃地論之宗即知半満有し本而依四宗撫根 と述べてゐるので、先の法華無常、覆相明常、顕了明常の三つの立場を述べるに際して是等の諸師が吉蔵の念頭にあ ったのでであらう。この三つの立場、即H法華無常口覆相明常日賦了明常の立場について、 今総評二此三説一初釈是下根之人次釈是中根之人第三是上根人也所二以然一者初釈為二誇法過甚深一故是下根次説穀呰 少軽秤為二中根一第三乃言究覚而対執成し迷故是上根人也 l法華経遊意巻上獅11 と述べて、第一の法華無常の立場を誇法の過般も深いと批判してゐる。此の立場は吉蔵によれば法要の説に当るので と述べ又玄諭巻三剛に と言ひ、法華玄論巻一一耐には 一あ覆祁明常は四時教に執する者、第三の顕了明常は半満二教を説くものの主張する所と述べてゐるが、法華玄論巻 と説き、批判を述べてゐる。此等の三師のうち第一の立場である法華無常を説くのは五時教を用ひるものであり、第 2()9 に は 釈二此経寿量一凡有一三師一 也三大法師並皆用之 答宋道場寺織観法師著二渥梁序一明三教有二二種二頓教即華厳之流二漸教謂五時之説後人更加二其言後有二無方教一 五時是栽観所製四宗是光統著述 (52)

(11)

三、五時教の次第によって渥梁は第五常住教であり法華経は第四時同帰経であって尚無常であると説く。 史に法華遊意巻上斯にも、此の経を釈するに、法華無常、覆相明常、顕了明常の三税ある中、第一の法華無常の立 場を説明するのに、光宅の名は挙げていないが、寿量品の﹁復倍上数﹂に当たる文と、薬草品の﹁終帰於空﹂の文を 挙げている。続いて此の法華無常の立場を批判する方法について 一用二法華前教一為し難二用二法華正文一責し之三尋二関河旧説一四以レ義推難 尚法華経義疏巻十姉に 寿有二限量一也 と述べてゐる。吉 ゐる。吉 法雲については、直接その名をあげて、法華無常を説いたことを示してゐる。 問此言し妙者仏果為二是常故言レ上妙為下未二是常一故言一レ妙答光宅雲公言猶是無常所二以然一者教有二五時一唯第五浬染 是常住教四時皆無常法華是第四時教是故仏身猶是無常又此経自説二無常一如一下文言一復倍二上数一難二復称一し久終自 有し限故知無常又薬草品云終帰二於空一終帰二於空一者既是無常終入二無余一也

l法蕪玄諭誉姉11

釈一庇経寿還一凡有三師一用五時教者云過去過一座沙︸未来倍二上数一猶是無常終帰二尽滅一故前云二終帰於空一故如来 一、寿晶両 二、薬草詮 を説く、 蔵が法雲の説と称する此の﹁法華無常﹂の立場では次の三つを内容としてゐると云えよう。 ●●●● 寿溌品の﹁我本行菩薩逆所成寿命今猶未尽復倍上数﹂の文によって仏寿に限最ありと説く。 ●●●●●●●●●●●● 薬草嚥品の﹁如来知是一相一味之法所謂解脱相離相滅相究寛浬梁常寂滅相終帰於空﹂の文により仏寿の限最 (53)

(12)

我雌し説二浬染一是亦非二真滅一諸法従本来常自寂滅相 を引いて、此文は今昔大小の二減の真偽を明す文となし、昔の小の滅は真滅でなく、今の大の滅は真滅である。又背 の小の浬梁は真の浬梁でなく、今の大の渥染は典の浬樂である。かくて昔の小の常は真の常でなく、今の大の術こそ 真の常であると説明してゐる。方便品についで轡嶮品の文としては、

但離虚妄名為解脱其実未得一切解脱

を引いて、声聞人は但四住地を断ずるを虚妄を離ると称するが、未だ無明住地を断ぜず、尚無常であるが、今法華の 教では、如来は五住地を断じ、従って常住であると説明して法準明常の典拠としてゐる。 挑草嚥品の﹁終帰於空﹂を法華無常の典拠とするに対しては、法華玄論巻一班に 問薬草嚥品云究党浬梁常寂滅相終帰二於空一豈非下終入二無余一捨中無常身智上耶評日光宅此言不レ識二文意一也 と述べ光宅法雲が﹁終帰於空﹂の文を法華無常の証としたとなし、光宅の此言、文意を識らずと痛論し、続いて、 今明二薬草品一分明有一三究寛一凡挙一両果二者初文云究寛至二於一切種智一此挙二智果究寛一顕舂三乗人智不二究党一也 至一者云究党浬梁常寂滅相終帰二於空一此挙二断究寛一顕三乗人断不二究党一既明一両義一足以前後開一三文一也以三後明一︸ 便品の文としては、

I法華鑿磐上湖11

と述べ、第一に法華の前教として大小の般若及浄名等の経を引いて法身は去来なく、三相を離れ無為常住であると説 き、般若浄名等は法華の前教であるが尚常住を辨じてゐる。法華はこれ等二経の後のものであるのに率ぞ足れ無常な らんやと結んでゐる。第一E法華の正文を以って之を黄むと称して、方便品、僻嶮品、寿爺品の文を引いてゐる。方 (54)

(13)

ゐる。 文を挙げるのみで簡単であるが、法華玄倫巻︽畑には次の如く解釈してゐる。 の文をあげ、更に文処砿だ多く具に引くべからずと結んでゐる。此の﹁附住不滅﹂のが倣品の文について法華遊意は 又設以二復倍上数之言一証二無常一者経有一三文一前文明二寿命無量阿僧祇劫常住不滅一後明二復倍之言一若以二後説一為二 無常一者何故不下以二前証一為上し常問何故前後相違耶答後文挙レ因説し果明下行二菩薩道一時所し得寿命子レ今未レ尽況得二 仏寿命一而可上し尽耶如下在二太子之位一資材猶尚未し喝況登二天子之位一作禄可上し尽耶

l法維要製銅11

法華無常の文処となった﹁復併上数﹂の文については遊意に法華論を引いて此の文は無鮒を伽はすものでないと付 け加えてゐる。法華が巳に附住を明かすとすれば、何故に﹁復倍上数﹂と説くかとの疑難に対して法華論を援用して であると説明している。 と述べ、﹁終帰於空﹂︵ 法華論云復倍上数者示二現如来常命不一し可レ尽故則知此文非二是無常一夷 11法華遊意巻上郡11 尚法華義疏第八蛾に此の終帰於空の一巡の文を釈し﹁以二此文一責二光宅等師一﹂と光宅の名を挙げて批判している。 寿量品の文としては、﹁復倍上数﹂の寿量品の文を法華無常の証とするのに対する反証として 寿命無量阿僧祇劫常住不滅 ぺ、﹁終帰於空﹂の文は仏の無常を示すものでなく、仏の断究党を説いて、二乗人の断の究党せざるを顕はす文 断究寛一故所以淫架空無二諸相一 (55)

(14)

と嘆じてゐる程である。四車家︵四乗家︶は、羊車・鹿車・牛車の臨門の三車は、声聞乗、独覚乗、菩薩乗の三乗の 教えに相当するもので大白牛車は仏乗であり、前の三乗は方便の教えであり、後の仏乗は真実の教えであって、仏の 法華玄論巻二畑にも此の法華論の文を引いて、﹁余見二此文一悲喜交至也﹂と感慨を吐露してゐるのを見ると、吉蔵 が晩見の法華論に自説の裏付けを見出して歓喜した様を想像し得ると同時に、反面又、当時﹁法華無常﹂の説が法芸 を始めとして盛に行はれてゐたことを示すものでもあらうか。 第三に関河の旧釈を用いて﹁法華撫常﹂を批判するのであるが、此処では関中の僻叡の法華序と河西の道朗の法華 疏によって法身常住の証に援用してゐる。 第四に﹁用し義難者凡有二十義一﹂として、理論的に﹁法華無常﹂にあらざることを説明してゐる。 かく法華無常を説く法雲を批判し、法華に常住を明すことを力説するが吉蔵は、此の﹁常住﹂に執することを極力 排する。例へば法華遊意巻上郷に 明三此経已辨二常住一此語応し無し簡然但今以二正道一望し之猶未二究党一若執二常住一則計二生死断滅一此乃足断常二見乖二 三車課論紛総由来久 と嘆じてゐる程である。 と述べ、三論の大成者としての面目を発押してゐる。吉蔵の本怠は此処にある。 醤嚥品の火宅の職をめぐって、三車家、四車家の論争が行はれたことは、教学史上有名なことである。吉蔵も 傷中道一

四、法雲の﹁四車﹂説の批判

(56)

(15)

教えには、声聞乗、独覚乗、菩薩乗、仏乗の四つの立場があり、従って、火宅の轡嚥にも、それに応じて、羊車・鹿 車・牛車・大白牛車の四車があると主張した。光宅寺法雲、天台大師智鎖、贋首大師法蔵等は四車家の中心であっ た。これに対して、大白牛車は羊車・鹿車・牛車の三車以外の車ではなく、従って四車ではなく三車だけがあると主 張したのが三車家である。その代表者は、諾祥大師吉蔵と慈恩大師期基であった。法華の一乗︵大白牛車︶を三乗 ︵羊車・鹿車C牛車︶の中の大乗と同じであるとする三車家である吉蔵は、四車家の法雲を批判するが、天台の潅頂 は又吉蔵の三車説を法華文句︵巻五下︶に批判破斥し、窺基は﹁妙法蓮華経玄賛︵巻第四︶に於て、一乗方便、三乗 真実の立場から再び三車説を主張した。此等の諸注家の三車、四車靜論の経緯を見ることは、法華教学の上で興味あ る一問題であるが、今此処に採り上げて見たいのは、吉蔵が此の問題に関して、法雲を如何に反駁したかといふこと である。吉蔵は法華玄論に法雲の説をあげてこれを評し、﹁光宅失し旨也﹂と法雲を責めてゐる。 問経云一子方仏土中唯有一乗法無二亦無三一云何名為二無二無三一耶答有人言無二者無二声聞縁覚三無三者無二偏行 六度菩薩乗一又昔三乗皆是方便今教別有一二大車一異二昔三一也問何以知レ然答経云二仏以方便力示以三乗教一既以﹀三 為二方便一即以レー為一頁実一即会二昔三乗一帰二今一実一也又云一顧賜我等三種宝車︾昔既索し三今使賜レー故索所不し与 与レ所﹀不し索即知別有二大車一塁一昔三小一以二文理一推し之即有二四車一也評日三車詳論紛綿由来久灸了し之即一部可レ通 迷レ之即七軸皆塞今以二八文一徴し之方見一庇釈為一レ謬 11法華玄諭巻四恥l 右の文によると、吉蔵が、法雲の四車説として照介してゐる典拠となる経文は次の三である。 一、十方仏土中唯有一乗法無二亦無三 (57)

(16)

声聞、縁覚.の一産偏行六度菩薩を加えて三乗︵三車︶とし、別に大車があるとすることによって四車を主張しよ うとするのが法雲である。法雲の法華義記巻二弧には、序品の﹁我見彼土恒沙替雌随紘因縁而求仏道﹂以下三 十八行半の偶は他方の大士の修行と他方仏般浬桑及び起塔供養を述べたとなし、此の三十八行半の偶の中初の三十一 行半の偶について、これを、﹁他方大士修行﹂を頌するものとなし 就二三十一行半中一自有二三段一初一偶先総挙三菩薩行二大乗行一作し問也第暮或有行施下有二十三行偶一挙二菩薩要行一 作し問要行者即是六度也第三従二又見仏子定慧具足︸下有二十七行半一広挙し見三祥薩通行二雑行一作し問也今就下第二 十三行明二要行一中上明二六波羅蜜一即為二六段一或有行施下六行明し檀両行明し戒一行明し忍一行明二精進一両行明し禅一

行二明波若一也11法華義記巻二弧I

と述べて菩薩に要行の菩薩と偏行六度の菩薩があることを述べてゐる。此の偏行六度の菩薩は声聞、縁覚と共に三乗 ︵三車︶を成ずるとするのである。更に法雲は昔説きし小乗は方便であること勿論であるが、昔日の三乗中に説かれ た大乗も亦方便であるといふ。法斐は法華義記の中で方便品の偶を釈して次の如く述べてゐる。 を挙げたわけである。 第一の﹁唯一乗の法のみ有り二も無く亦式もなし﹂との文の﹁無二﹂とは、法雲によれば、声聞乗、縁覚乗の二が 無いといふのであり、﹁無三﹂とは偏行六度菩薩乗か無いといふのであって、従って昔の三乗︵羊・鹿・牛の三車︶ は皆方便であって真実の一乗︵大白牛車︶は別にあり、四車有ることになる。故に四車有ることの教証として此の文 三、願賜我等三種宝車 二、仏以方便力示以三乗教 (58)

(17)

有仏子心浄此下三行半偶是第二別出二三乗中大乗之人一教中亦有レニ初有三行半偶一先出二三乗中大乗人教一説一是大 乗教一者是昔日三乗中之大乗非二今日大乗一第一三行偶正開一是方便一自有レニ初我記如是人下一行半略記二成仏一第二 仏知彼心行下半行正開一是方便一仏知二彼心行一為説二三乗中之大乗一也 11法華義記誉一筋ll これは三乗の中の大乗を述べたものでありこれによって四車あることを主張しようとするものである。この法要の 四車説を三車説の立場から吉蔵は批判するのである。吉蔵は法華義疏に偏行六度の人なしと次の如く説いてゐる。 問上具動一三乗之執一生二三乗之疑一故仏以二方便力一示以二三乗教一下文云二菩薩聞是法疑網皆已除一今何故唯二乗生し 疑不レ明二菩薩疑一答以二此文一責二光宅一既明雪一別有二偏行六度菩薩一足一三乗一為し三者何故不し明一菩薩疑一耶若言二略故 不一し説者菩薩正為二偏執之大一何故略し大而存し小耶又下三周中皆明二三根声聞得悟︸不し明一群隣受解一以レ此推し之知し 無一耐行六度之人一也今所﹀明者二乗人昔有二自保究党執一忽醐三非二究覚一延故生し疑所以此中列し之菩薩人無し有一庇 執一足故今文不レ列二菩薩疑一也問若爾何故云一奔薩聞是法疑網皆巳除一耶答下明一群薩疑一者玄意中巳釈二此義一非下是 自執二究党一聞レ非二究意一是故生上し疑但疑一珈来昔何故説し三今何故説−し一以下菩薩疑与一三乗疑一異上間二上略説一疑心

己除故此中否列l法華義疏巻四上知11

昔説かれた小乗を究寛の教であると執している二乗人に対して、その執する教は真の究覚の説ではないと説いて疑 ひを生ぜしめ、やがて真実の大乗に誘引するのであるが偏行六度の菩薩が、声聞・縁覚と共に、三車に擬せられるも ので方便であり、大車︵仏乗︶の真実と合せて四車が成立するものとすれば、二乗と共に菩薩も疑ひを生ずべきであ るのに、経にこれがないのは、偏行六度菩薩がないゆえである。然るに﹁菩薩此の法を聞いて疑網皆已に除りぬ﹂と (59)

(18)

経にあるから菩薩も亦疑ひを生ずるのではないかと思はれようが、此の菩薩の疑ひは二乗人の疑ひとは性格を異にす るものである。二乗人の疑ひは﹁自ら究寛であると執してゐた法は、実は究党でないのだ﹂と聞いて起した疑ひであ り、菩隣の疑ひは﹁如来は昔三と説かれたのに今は何故に一と説かれるのか﹂と疑ふので、二乗の疑とは異なる。故 にこれによって偏行六度の菩薩を立て典、二乗人に加えて三車に擬することはできない。 又三周説法の中に声聞の得悟は明かされてゐるが、菩薩の受解はない。これも偏行六度の菩薩の無い所以である。 以上のように吉蔵は法雲を批判している。尚、法華義疏巻四知にも、同様な批判をし偏行六度の菩薩について批判し てゐる。先づ有人言として法雲の説をあげ↓ 有人言上明二昔説小乗是方便︸今明二昔日三乗中大乗亦是方便︸将欲下会二三乗一帰中一乗上故前明一小乗一今辨二大乗一也 と説明してゐる。前来述べたものと変らないが、これを批判して、、 今謂不睦然前明二小乗一而文辨三小乗為二方便一若昔大乗是方使者亦応丁前列二大乗一次明丙大乗為乙方便甲而文不レ爾直明二 昔日大乗︾不し言二是方便一故知昔小乗是方便昔大非二方便一也又為二偏行六度菩薩一説大乗可二是方便一耳而文云雪仏子 無量諸仏所行一深妙道一非一則是仮名偏行之人︸則知是真実大乗也 l法華義疏巻四下知11 と述べてゐる。又法華玄論巻四に﹁唯一是実余二非真﹂の文を説明して、衆生を引導せんと欲するが故に唯一仏乗に 於て方便して三と説くのであるが、仏乗のみ真であり余二は真ではない。此の場合、三と説くも、二と説くも、同意 であるとして﹁説し三説レニ猶一意耳﹂と述べ会三帰一と云ふも、会二帰一と云ふも三車説の立場に立って言ふ限り同 意となることを示してゐる。吉蔵は引き続いて例を挙げて (60)

(19)

諸設二近嚥︸以況二遠旨一如下父手中唯有一二菜一欲し引二諸子二説二一菓一為中三菜上考レ実而論唯有一二菓一無ニニ菜三文無二

相違︾也以二薑厩明︸会義可鯵傾ゞl法華玄論誉一畑11

と言ひ、父は実際一菜を持ってゐるのでこ菜もなく三菓もないのであるが、諸子を誘引するために三と云ったのであ る。従って﹁無有余乗若二若三﹂の文も﹁唯此一事実余二則非真﹂の文も同意であって、三車説の立場と矛盾しな いと説いてゐる。又法華遊意巻下にも会二帰一を説いてゐるが、智度論の醤を引いて 智度論云於一二仏乗一開為一三分一如下人分三斗米一為中三衆上亦得下合二三聚一為室聚上亦得し言下会一三聚一帰里聚上会三

会二猶是一義不二相違血11法華遊意巻下那l

と云って会三も会二も共に一義であると述べてゐる。 次にふれて慨き度いのは、﹁無有余乗若二若三﹂の文についての吉蔵の解釈である。 如来但以二一仏乗一故為二衆生一説し法無し有二余乗若二若三一此文次第列二三乗一也但以一仏乗者謂仏乗為二第三也無有 余乗若二若三者無し有下縁覚為二第三声聞為中第三上以二此文一詳レ之即唯有二三車一即執し四為し謬 ・11法華玄論巻四恥11 仏乗、縁覚、声聞をそれぞれ第一・第二・第三となし﹁余乗の若二若三有ることなし﹂といふのは、第二の縁覚、 第三の声聞といふものはないといふ意味であるとする。従って三車であり四車は謬であると主張するのが吉蔵であ る。吉蔵が第一、第二、第三と﹁次第列二三乗一也﹂と見るのは、慈恩大師窺基が梵文を考慮に入れつ上解釈した結果 と符合する。梵文は荻原本によると、 ①冨日のぐ障闘官静号昌圖甚旨牌日野僅匡昌働の画言ぐ餅愚日号閏日四日号蟹箇自身且昼煙日呂且島国当習“日 (61)

(20)

法華経序品に於て、如来が瑞相を現じたので、弥勒及び大衆は﹁何の因縁を以って此の端ある﹂﹁是の仏の光明神通 の相を今当に誰にか問ふぺき﹂と疑念を生じた。そこで弥勒は、自らの疑ひ決し、衆会の心の疑ひを察して、文殊に 問ふことになる。文殊は日月灯明仏の因縁を説き、今の瑞相も過古の日月灯明仏の時と同じであるから、今日の如来 も当に大乗経の妙法蓮華教菩薩法仏所護念と名づくる教えを説きたまふに連ひないと答えた。此の序品の説相は周知 のことであるが、此の瑞相について法雲は此土の六瑞、他土の六瑞、合はせて十二瑞があると経文を解釈した。智頭 も亦此土・他土の六瑞を説くが、吉蔵は、これを三瑞と説いて法雲の十二瑞説を批判するのである。法雲はその著法 梵文は、第二a 一致する。然し吉捧 華経の探究﹂参照︶ 一国幽冨目1.ざQ融凰ご貝園牙笥冒己圏賃凄国冒鼠乱己画日の四目ぐ己冒8−⑩胃弓胃乱簡留﹃ご具国 ・旨胃目鼻鋤烏曾凸億!さ雷一 ︵余は、シャーリⅡプトうよ、唯一の乗物を始めとして、それらのことを生命ある者たちに教え示すのである。 その唯一の乗物こそ、ブッダの乗物である。シャーリⅡプトうよ、第二あるいは第三の乗物は決してないのだ。 シャーリⅡプトラょ、教えの本質はこの十方世界の何処にもあるのだ︶ l岩波文庫版、坂本幸男・岩本裕訳注﹁法華経﹂による1 文は、第二︵号言冒昌︶第三︵日匂色冒︶とあるので、吉蔵が﹁若二若三﹂を第二・第三と解釈するのは梵文と する。然し吉蔵の三車説が梵文法華経と全面的に一致するか否かは、自ら又別の問題である︵紀野一義氏著﹁法

五、﹁此土六瑞・他土六瑞﹂の批判

(62)

(21)

華義記に次の如く述べてゐる。 と此土の六瑞をあげて説明し、他土の六瑞として、 一、因し光見二六道衆一二、因し光見二東方諸仏一三、因し光聞二他二仏説法一 五、因し光見二大乗人修行一六、因し光見二他方仏般浬桑乃至起塔供養一 一、因し光見一二 五、因し光見一ユ 世界尽見彼土﹂以下明し現二瑞相於他地一此両段中各有二六段− ﹁為諸菩薩説大乗経﹂此下寛一君以仏舎利起七宝塔こ是第二瑞相序亦有一両段一第一明し現二相於此土一第二﹁於此 1法華義記巻一塊11 と此土・他地の六瑞ありと明し、此土の六瑞として、 一、説一蕪量義経一二、入一蕪量義定一三、天雨二四華一

四、地六種勤五、大衆歓喜

説二無量義経一 の六をあげてゐる。 吉蔵はこの法雲の説を次のように要約してゐる。 問瑞有二幾種一答光宅云前現二六瑞於此土一次現二六瑞於他方一合十二瑞也現二六瑞於此土一者一説法二入定三雨華四動 地五衆歓喜六放光束二此六瑞一以為二三竣一説経是趣レ機作し教入定是静壌二前理一此動静一婆也上即天雨二四華一下即地 六種動上下一鯉也時会内心歓喜如来外放二光明一内外一製也

I法華総義疏巻一狐l

右の如く法雲の説を要約した後、是れを批判してゐる。﹁為諸菩薩説大乗経﹂より、﹁以仏舎利起七宝塔﹂に至る 六 一 、 、 仏放二勝光明︸ 四、因し光見一三乗人修行一 (63)

(22)

序品の文を法雲は、此土の六瑞・他土の六瑞にあて典ゐるのであるが、吉蔵は説法瑞、入定瑞に当る文を除き﹁是時 天雨曼陀羅華﹂以下の文を現瑞序とし、 就レ文為し四第一雨華動地瑞第二明二時衆観レ瑞歓喜一第三仏放光瑞第四時衆観二光瑞一 と云って経文を四に分科し、法雲のいふ説法瑞・人定瑞は瑞ではないとし、又衆歓掛瑞は、たr雨華・勤地の二瑞相 を見て大衆が歓喜するに過ぎず瑞相そのものではない。又法雲の他士の六珊に当る﹁於此世界悉見彼土﹂以下の文に は、右の﹁第四時衆観光瑞﹂と科文をつけ、これも瑞相とは見ないのが吉蔵の解釈である。そして此の﹁第四時衆観 光瑞﹂の文を七句ありとして、左の七に分けて論じてゐる。 ㈲には六趣を見る。口には化主を見る。日には教門を聞く。卿には四衆を見る。四には菩薩を見る。 内には浬桑を見る。㈲には塔を起つるを見る。 これは、先にあげた法雲の他土の六瑞に当るものであるが、吉蔵は浬梁と起塔を分けたので七となったのである。 然し法雲ではこれ等が瑞相であったが、吉蔵はこれらを瑞相とは見ないのである。 吉蔵は瑞相を、雨華・動地・放光の三瑞とし、説法・入定・歓喜の三は瑞相に加えず又他土の六瑞も瑞相としな い。説法・入定・歓喜の三を瑞相に非らずとする理由にいって次の如く述べてゐる。 今謂六句之中三句非し瑞何以知レ然釈論云仏入二王三昧一現二七種瑞相一不し数二入定一故知入定非し瑞時衆観レ瑞歓喜如二 大品一時衆観二動地瑞一心生二和悦一故知衆喜亦非レ瑞也説経乃是赴レ縁之教亦不し名し瑞若説経是瑞弥勒何故不し問二説 経意一也入定等亦同二此責一今明六種之中但三是瑞謂雨華動地及放光也

l法華経義疏畑︲I

(64)

(23)

序品に於て、如来の瑞相を見て、弥勒及び大衆は疑念を生じ、弥勒は問ひ発して、文殊に答えんことを請ふたので あるが、その弥勒の言葉として、序品の偶頌の中に次の語がある。 仏子文殊よ、願はくは衆の疑を決したまえ。 H四衆は欣仰して、仁及びわれを暗る。世尊は何が故に、斯の光明を放ちたまうやと。 口仏子よ、時に答えて、疑を決して喜ばしめたまえ。何の饒益する所ありて、斯の光明を波ぺたまうや。 さだ 日仏は道場に坐して、得たまえる所の妙法、為めてこれを説かん欲するや為めて当に授記したもうべきや。 倒諸の仏土の衆宝にて厳浄せらるるを示すと、及び諸仏を見たてまつるとは、これ小縁に非ず。 ︵岩波文庫版﹁法華経﹂坂本幸雄博士訳による︶ これは弥勒が文殊に答を請う言葉の一節であるが、此の㈲口日四の文は、弥勒が文殊の伏雌に対して、これを釈す るものとするのが法要の四極伏難の説である。即ち法雲の謂ふ﹁文殊の伏難﹂の四樋とは、 汝自道一画衆有一レ疑四衆何曾有し疑若有し疑者自当し発し問何労し汝説耶 文殊佃作一第一伏難一言 文殊価復起一第二伏難一言 汝今若言一画衆果有一レ疑者但神通瑞相此事微細我今云何専爾相答汝但侍二仏出定一自応し間し仏也

六、四種伏難の批判

(65)

(24)

弥勒は文殊に問ひ、文殊は心に此の伏難をなしたので、弥勒は、これを察して、先にあげた﹁四衆は欣仰して﹂以 下の偶を述べて、文殊の伏難を釈したといふのが四種伏難の説である。この四種伏雌を、光宅は次法師に受け、次法 師は江北の招法師に受けたもので、名匠の所伝であり、遵奉すべきものと法華義記で注釈つきのものである。智歯も ﹁先賢文外巧思今用し之﹂と云って、四極伏難の説を用ひてゐる。吉蔵はこの四種伏難を次の如く批評してゐる。 光宅云文殊有一画柧伏難一以艦レ諭慈氏釈一四難一以申一疑情︸今謂此四伏難意浅文迂宜応し廃也弥勒逝劣尚可レ驍二衆 疑一文殊徳高何容レ不し達弥勒自疑兼騰二衆惑︸正足会し理何繁一難通一若此文足釈し雌省下身子諦云二時為如実説一亦応 是釈レ難也彼既不し爾今何由然也 と、後の身子の請をあげて、例とし、四種伏難は﹁意浅く文迂なり﹂と鋭く批難してゐるc 以上、﹁法華は常ならずと明す﹂﹁三車・四叩﹂﹁六珊﹂及び﹁四極伏雌﹂の問題について吉蔵が如何に法要を批 若如レ此者自可し得し決二大衆心疑一何用二我答一耶 文殊仙復起二第四伏難一言 汝若欲し令一莪答一者夫瑞相所為実難二定判一汝既是補処菩薩微微下し意共釈二衆疑一那得言専令一我答−此則於レ理不可 文殊価復起二第三伏難一言 五、結 び 11法華義記妬l卵11 (66)

(25)

判しているかを見て来たのであるが、その他にも挙ぺぐきものは多い。例へば特に法雲をあげて批判してはいないが ﹁十如﹂についての解釈の相異、﹁火宅の響﹂に於ける光宅法雲の十醤の釈、信解品に於ける﹁長者窮子の轡﹂に於 ける法雲の九臂の釈﹂、﹁四安楽行﹂についの解釈の相異、﹁宝塔品﹂に於ける法雲の﹁唯為成前﹂の説、更に﹁分 別功徳品﹂に於ける﹁惑品﹂についての問題等、その他細かな点にまで留意すると尚極々の問題がある。これ等につ別功徳品﹂に於ける﹁惑両 いては他日触れて見たい。 統略は全才四拾参套矛一冊 義記は全才四拾弐套矛二冊 義疏は全矛四拾弐套第四冊1才五冊 遊意は全矛四拾弐套矛四冊 玄論は大日本統蔵経矛四拾弐套第参冊 玄論・義疏・遊意・統略・義記等の引用は続蔵のそれぞれの紙数を数字で示した ︵文部省科学研究費による研究の一部︶ (67)

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