萄子の弁証法的・史的唯物論
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松 尾 幸 弘 Y o s h i h i r o M A T S U O ( 一 九 九 六 年 十 月 三 日 受 理 ) はじめに 中国の思想'と-わけ先秦時代のいわゆる諸子百家の思想を、現 萄子のような特異な大儒を'いたずらに儒家だ法家だと身びいき これまで少なからぬ先達が指摘するように'萄子の唯物論哲学者 -唯物弁証法の諸術語を使ってこそ遺憾な-説明できる。また、そ のようにして顕彰することが'中国思想研究者に課せられた任務で もあるといえるだろう。 ところで'最近'多-の中国思想研究者が'萄子は 「朴素」唯物 論者であるとか 「朴素」弁証法哲学者であると評論しているが'筆 者はその表現法にいささか疑問を感じている。いうところの「素朴」 なという判断が、諸科学の未発達な時代に生きた萄子が'そういう 時代的制約を受ける中で'生産力や生産関係'人間の身体構造ある いは機械器具等に関する言及がない'あっても低級な捉え方に終っ ているという意味なら'むしろそれは言わずもがなのことであろう。 それよ-'「素朴」 なという評価を与えた研究者自身に実は唯物論 哲学が如何なるものであるかの理解が不足していたのでなければよ いがと危倶するのである。 奴隷制から封建制へ移行する大動乱の時期に'なぜ萄子のような鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第48巻(1997) 古今無双の唯物論哲学者が突然変異の如-出現したのであろうか。 いうまでもなく'それは一つには、戦国末期という特殊な時代状況 が演出し現出せしめた現象である。だが何にもましてその最大の理 由は'萄子自身がその激動の時代思潮を批判的に捉え、弁証法的に 摂取し止揚した結果の賜物といわねばなるまい。「非十二子」が象 徴的に示すように'萄子は当時の総じて観念論哲学の所産である諸 思想を否定の法則で捉え'自らの 〟こやし″としながらコペルニク ス的転回を遂げ、唯物論哲学の世界を構築していったのである。 古来、萄子ほど評価の定まらぬt というよ-致誉褒定の激しい思 想家もあるまい。だが考えてみると'それこそ萄子が大物である所 以'観念論的形而上学などではとても料理しきれない大物であった ことの反証ともなっていると言えるのではなかろうか。
一 「正名」をめぐって
「正名」と言えばすぐ念頭に浮かぶのが、孔子の正名論である。 子 路 日 「 衛 君 待 子 而 為 政 ' 子 将 葵 先 。 」 ヽ ヽ ヽ ヽ子
日
'
「
必
也
正
名
乎
。
」
子
路
日
'
「
有
是
哉
、
子
之
迂
也
。
葵
其
正
。
」
子
日
'
「
野
哉
由
也
。
君
子
於
其
所
不
知
'
蓋
開
如
也
。
名
不
正
'
則
言
不
順
。
言
不
順
'
別
事
不
成
。
事
不
成
'
則
礼
楽
不
興
。
礼
楽
不
興
'
則
刑
罰
不
中
。
刑罰不中'則民無所措手足。故君子名之、必可言也。言之、必可
行
也
。
君
子
於
其
言
、
無
所
萄
而
巳
奏
。
」
(
﹃
論
語
﹄
子
路
第
十
三
)
(
傍
点
筆
者
'
以
下
同
じ
)
このころ'衛の国では王位継承をめぐって内紛が続いていた。君 臣・父子の間の名分・秩序が混乱の極に達していたのである。か-に孔子がそういう状態の衛国に招かれて政治を任されることになれ ば'どういうことから改革に着手なさいますかと問う子路に対して、 孔子は 「正名」から始めると答えた。 人 間 の 思 想 ・ 概 念 を 象 徴 L t こ と が ら を 表 現 す る 「 言 ( こ と ば ) 」 。 そのもととなる事物の名称J名」 。孔子はその「言」と「行」を一 致させ'「名を正す」 ことを政治改革の第一の急務とするという。 この思惟方法は'郭志坤氏もいう通りT)'「以名正実(名すなわち 観念を以て現実を正す)」という名実の転倒した考え方、すなわち 観念論である。 「はじめに言葉あり。言葉は神とともにあり。言葉は神なりき(2)。 」 というほど明確な形ではないが'これが観念論の先駆となっている 所以を'実は直弟子の子路がその場で言いあてているのである。 「先生のお考えは何と現実離れしていること (子之迂也)」と。 孔子が基本的に天命論者であることと'「敬鬼神而遠之。(薙也第 六)」や「子不語怪力乱神。(述而第七)」な一どと勘案してへひとま ず孔子を 〟客観的観念論者″と呼ぶことを提案しておこう。 この'名と実の本末転倒した思惟方法は'亜聖孟子に忠実に引き ヽ ヽ ヽ 継がれ'ついに「我亦欲正人心'息邪説'距改行'放淫辞、以承三 聖者(膝文公下(ォ)r」という次元にまで到達する。更にそれは宋 ヽ ヽ ヽ 明儒の「正君志」というスローガンにまで辿-つき'わが国でも.あ る時期その名の下に 「天諌′.」という語と行動が横行したことを以 て銘とすべきであろう。そういうわけで'孟子に対してはここで〟主 観的観念論者″ という呼び方を進呈しておこうと思う。この呼び方 ノ - 月 r - - -ー -・ 書 裏 書 P f n I 粟 d t ー ー ー .↑く ↓ ・ ︰ - F L - -・ -= = -ヾ ' 1 -. ∵ - " -・ 1 小 ヨ t -日 日 ∴ ぐ 一 . 1-が不当でない所以は、前述の子路の発言と同じ-'当時の多-の人 に よ っ て 孟 子 の も の の 考 え 方 が 「 迂 遠 而 閥 於 事 情 ( 史 記 そ の 他 ( * ) ﹄ と評論されている事実からも傍証できることである。 これに対し「.萄子が正名篇第二十二でいうところの「正名」は「正 しい名」すなわち「正当な(使い方を期すべき)名称」の謂である。 正名篇は'当時の公孫龍・恵施・墨笹・宋針の徒が名辞を混乱さ せ、邪説・僻言・奇辞・怪説を振-回して民衆を旺惑していた事態 に鑑み'正当な名辞と弁説によって世の静穏を取-戻そうと図って なされた主張なのである。 萄 子 の 正 名 論 の 基 調 は , 「 約 定 俗 成 ( 約 定 ま り て 俗 に 成 る ( i n ) 」 の語に集約できる。萄子は'「名 (名称・ことば)」というものは' 基本的に人民大衆が約束ごととして使っているうちに'次第に風俗 習慣として出来あがるものと考えていた。従って'「名」は誰かが' ましてや一人の人間が'頭の中からひね-出したものではな-'人 間が現実や物体を前にして'それら事物のちがいを区別し認識する ために「名」を命名し'ことばを創-出したと考えているのである。 ヽヽ 萄 子 は 正 名 篇 で ' 「 名 」 は 王 者 ( 後 述 す る よ う に 「 先 王 」 に 言 い ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 換えてよいであろう)が制定し'後王が成就するものと言っている。 これは恐ら-、行論の便宜上'人民大衆の代表者として王者後王を 担ぎ出したものであろう。何となれば、どれほど有能な人間である として'一㌧ 二の王者な-後王が 「名」を制定した-完成せしめた りすることができるであろうか。第一㌧ それは先の 「約定俗成」 の 基本理念に反する。第二に'それが行論の便宜上の設定であるとい う理由は'萄子は解蔽篇で倉譲が文字を創ったという伝説を引き合 いに出しているが(6),その時同時に,それは倉譲が専心努力した 結果多-の人民の代表者として伝説上の人物になったのだとその出 自を暗示していることからも説明できる。 萄 子 が 正 名 篇 で 説 -「 名 」 と 「 実 」 の 関 係 は ' 「 名 符 其 実 ( 名 を その実態に副わせる)」 ことである。現実・実体が先にあって'人 間はそれを区別して認識するために命名するのである。決して「名」 が先にあ-'「名を正す」 ことによって現実を改変しようなどとい う孔子流の観念論の立場に立っているのではない。 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ --実不瞭然後命'命不瞭然後期、期不瞭然後説'説不瞭然後 ヽ
弁
。
故
期
命
弁
説
也
者
、
用
之
大
文
也
'
而
王
業
之
始
也
。
(
正
名
篇
)
ヽ 人間は現実の事物が人間の頭脳ではっき-認識できない時'それ ヽ ら事物に命名して区別しようとする。事物に命名してもなおはっき -しないところがあるので'次に実体と名称あるいは名称同士を比 ヽ 較照合して整合性を求め、一致することを期す。名称やことばを一 ヽ 致させてもまだはっきりしない場合は説話によって意思疎通を図 ヽ る。それでもまだ不分明な点が残れば弁論を揮ってわかり合おうと するのである。故にこの命・期・説・弁こそは名のはたらきの最大 の文飾ということができ'王者の大業の第一歩ともなるものである。名聞而実聴、名之用也。累而成文'名之麗也。用麗倶得'謂之
知
名
。
名
也
者
'
所
以
期
累
実
也
。
辞
也
者
'
兼
異
英
之
名
'
以
論
一
意
也
。
弁
説
也
者
'
不
具
実
名
、
以
愉
動
静
之
道
也
。
(
同
)
人間が名を聞けば実体がわかるというのは'名の効用である。名 を重ねて文辞を作-上げるというのは'名の麗飾である。この効用 と麗飾とを共に会得した者を真に名を知ったものという。「名」は 多数の実体を比較照合して合致させる基準となるものである。言辞 とは、い-つかの異なる実体の名を兼ね合わせて一つの意味を論ず るものである。弁論・説話なるものは、実と名を遣わせず'相手に ものごとの是非善悪をわからせる手段となるものである。 このように'萄子は名・辞・説・弁と命・期の関係を理路整然と 弁証法的に詳論している。そしてその基底に流れているものは、あ -まで 「名符其実」 の唯物論の思考なのである。 ヽ 補足すれば'萄子は正名篇第一節冒頭で'「後王之威名 (後王が ヽ 名 を 成 就 す る ) 」 と い い 、 同 二 節 冒 頭 で は ' 「 王 者 之 制 名 ( 王 者 が 名 を制定する)」と言っている。いずれにしても'説明の便の為に「後 王」「王者」を持ち出したこと先述した通-である。「名」は古代に 自然発生的に人類の間に出来あが-(王者之制名)、時を経て人民 ヽ ヽ ヽ ヽ 大衆の間でもまれて次第に名実合致した正当な名に完成されていっ た (後王之成名)。萄子はそれを「約定俗成」という語で説明する。 そ の 意 味 で ' こ こ の 「 王 者 」 は 「 先 王 」 に 言 い 換 え 可 能 で あ ・ る が ' なお萄子の思惑を肘度すれば「名」はいつの時代にも新し-発生し 且つ消えてい-ものもあるわけだから、「先王」とのみ限定するに 忍び難かったのであろう。 - 萄子がどれほど論の細部にまで神経 をゆき届かせていたか'この一例を以て証となすことができる。 萄子は、当時の邪説僻言をなす士が窓意的に「名」を弄び'勝手 な論をふり回しているさまを「乱正名(正名を乱している(サ-)」と 表現し'かかる混乱を除去する一方策として'「正しい名」 に対す る認識を深めるべ-論を展開しているので.ある。その論は詳細かつ 多岐に渡-'萄子の博学ぶ-を示して余-あるものがあるが'その 観点は一貫して唯物論の立場であることは疑いえないところであ る。萄子の思想を読み解-側に、萄子の思惟方法に即して徹底した 史的唯物論・弁証法的唯物論の分析手法をとることが要求されてい るといえないだろうか。
二 「先王・後王」をめぐって
萄子の哲学は'万物を変化の相で捉えることから出発する。 天 地 合 而 万 物 生 ' 陰 陽 接 而 変 化 起 。 ( 礼 論 篇 ) 万物が変化する原因は'天地が合し陰陽が接した結果である。 ここで大切なことは'萄子は万物の変化の原因を事物の内部矛盾 の運動として捉え'超自然の精神力が主宰するものではないと考え ていることだ。列星随旋'日月連用'四時代御'陰陽大化'風雨博施、万物各
得其和以生'各得其養以成。不見其事而見其功'夫是之謂神'皆
知
其
所
以
成
'
英
知
其
無
形
'
夫
是
之
謂
天
功
。
(
天
論
篇
)
多-の星は相随ってめぐ-'日月は代る代る照-、春夏秋冬は代 る代る去来Lt 陰陽二気は大いなる変化を起し'風雨は遍-ゆきわ たる。宇宙の万物は各々その自然の調を得て発生し、各々その養育を得て成長する。このように'その働きは目に見えないが'その効 果だけは見てとることができる。これを神(精妙)というのである。 人間はその現象として生成した結果の形を知ることはできるが'そ の現象以前の無形の力を知ることはできない。これを天功すなわち 自然のはたらさと言う。 ここで言う「神」とは'決して超自然的精神を指しているのでは な-、人間の目には結果としてしか見てとることのできない自然の はたらきを指しているのである。つま-'物質自然界内部の変化の 作用・動機を言っていることは明白である。 生じ'好悪喜怒哀楽の情が内蔵されることになる。これを天情すな わち自然の感情という。 萄子のこの 「形具而神生」という表現には'人間の形体と精神の 主従関係、人間の精神が形体を離れて独自には存在しえずかつ形体 に先んじて存在するものではないという唯物論の基本命題が明白に 示されている。老子や荘子のいう「道は天地に先んじて生ず︿8)」 の客観的観念論につきつけたアンチ・テーゼとしての萄子の自然観 の役割がどれほど革新的なものであったか、今更述べるまでもある ま い 。
以
類
行
雑
、
以
一
行
万
。
始
則
終
'
終
則
始
'
若
環
之
無
端
也
。
(
王
制
篇
)
天職既立'天功既成'形具而神生'好悪喜怒哀楽蔵葛'夫是之
謂
天
情
。
(
天
論
篇
)
ヽ ヽ ヽ ヽ天
行
有
常
。
不
為
尭
存
'
不
為
柴
亡
。
応
之
以
理
'
則
吉
。
応
之
以
乱
'
則
凶
。
(
天
論
篇
)
統類によって雑多な諸問題に対処し'根本たる道によって万般の 事象を処理する。始まれば終-、終れば始まって'恰も円い環の端 がないように'無限に物事は進んで行-のである。 萄子の発展観は'形而上学的循環論のそれではない。やは-唯物 論弁証法に言う螺旋状の発展として考えていたとみなければならな い 。 例 え ば 「 学 至 乎 没 而 後 止 也 ( 学 は 没 す る に 至 -て 後 止 む ) ( 勧 学篇)」は、学問修養に終局はない、たとえ聖人になったからとて どこまでも向上の努力を怠ってほならないと言っていると解するの が妥当であろう。 天の職分が確立し天の功業が達成されると'万物悉-発生するの であるが、人間も万物の一としてその形体が具わると精妙な働きが 天の行動には〓疋の法則性と必然性がある。それは聖王尭のため に存在した-'暴君集のために亡失するというようなものではない。 「 天 に は 常 道 が あ -' 地 に は 常 数 ( 〓 疋 不 変 の 筋 道 ) が あ る の だ 。 (天論篇)」 これに対応して人間が平和の理をもって進めば幸福に な-'争乱の道をもって進めば災が降りかかってこよう。 変化の中に常道があるというこの弁証法論理こそ'萄子が多くの 先哲を乗-超えて到達した革新的境地であった。例えば変化には終 点があるという老子の単なる「復帰」論(9)。〝変化〟の面のみを重 視して〟常″の一面を見落している荘子--「方生万死、方死方生。」 或いは 〟常″ のみを強調する孔子--「克己復礼。」また'孟子の 言う「五百年必有王者興 (公孫丑下)。」も平面的変化観を脱しきれ ない単なる循環運動論であった。 対 濁 卯 山 故 山 引 潮 山 郡 山 即 日万物は変化してやまないもの'しかもそれは螺旋状に発展してゆ くものであるが'そこには自ずと一定の法則性もある。萄子のこの 弁証法論理を人間社会にあてはめて考えてみると'時に後退するこ ともあるが'変化蚤展してやまない人間社会の中にあって変らない もの'一貫して流れる法則性とは何だったのだろうか。と-も直さ ヽヽ ず'それこそは入行の常道 〟道″ であ-'具体的には 〟礼″ないし ・ 法 ″ だ っ た の で は な か ろ う か ( S ) 。 韓非は、当然のことながら師萄子の革新的学続を受け継いでいる。 そこで'韓非子の歴史観から逆に萄子のそれを照射してみることに しょう。有名な 「守株待兎」 の出典箇所から探ることにする。
上古之世、人民少而禽獣衆'人民不勝禽獣虫蛇。有聖人作'揖
木為巣以避群書'而民悦之'使王天下'号日有巣氏。民食果茄蝉
蛤
'
腺
腺
悪
臭
而
傷
害
腹
胃
、
民
多
疾
病
。
有
聖
人
作
'
鎮
燈
取
火
'
以
化
膿
腺
'
而
民
説
之
'
使
王
天
下
'
号
之
日
燈
人
氏
。
中
古
之
世
'
天
下
大
水
'
而
鯨
'
南
決
演
。
近
古
之
世
'
柴
・
村
暴
乱
'
而
湯
'
武
征
伐
。
今
有
揖
木
鉾
爆
於
夏
后
氏
之
世
者
、
必
為
鯨
・
丙
笑
臭
。
有
決
演
於
股
・
周
之
世
者
'
必
為
湯
・
武
笑
奏
。
然
別
今
美
尭
・
舜
・
湯
・
武
'
丙
之
道
於
当
今
之
世
者
、
必為新聖笑臭。是以聖人不期修古'不法常可'論世之事、因為之
傍
。
︹
守
株
待
兎
︺
今
欲
以
先
王
之
政
'
治
当
時
之
民
'
皆
守
株
之
類
也
。
(
﹃
韓
非
子
﹄
五
轟
篇
)
人民はその時代ごとに有能な人物を自分達のリーダーとして推し戴 く。リーダーの中には'時として暗愚暴虐な者が輩出することもあ るが'それな-に 「王」とみなされる。但し'この歴史の発展法則 を忘れて現実を直視せず'徒らに先王の 「古」や「常可」に法ろう とする王は、必ずや新聖つま-後王の笑い者になるだろう。 か-して韓非は'先王賛美に憂き身をやつす儒家思想家を痛烈に 批 判 し て 「 守 株 待 兎 」 の 寓 話 を 引 き 合 い に 出 し 、 「 今 ' 先 王 の 政 で 以て'変化してそぐわな-なった現世の民を治めようとするや-方 は、皆株を守る農夫の類である」としめ--つたのである。 「 修 古 ( 古 代 の 道 ) 」 ' 「 常 可 ( 常 に 可 と す べ き も の ) 」 。 儒 家 に と っ て の そ れ は 、 い わ ゆ る 尭 ・ 舜 ・ 島 な ど 古 聖 王 ( 先 王 ) の 道 で あ -、 三 綱 五 常 ( 君 臣 父 子 夫 婦 ' 仁 義 礼 智 信 ) に 統 括 さ れ る 人 倫 道 徳 ( 礼 ) であろう。これら秀れた歴史的産物や人類普遍の倫理道徳性を常に 念頭に置き参考にしながら治政を進めることは'百王にとっての責 務でさえある。しかし'その時'〟変化″ の観点を忘れ去ってしま うと'「修古を期す」が旧套墨守に'「常可に法る」が融通性のない 金科玉条に変身してしまう。韓非は 「案株待兎」 の寓話で'儒家の この頑迷な保守性と教条主義を榔旅し笑いとばしたのである。 以 下 ' 萄 子 が 「 先 王 」 「 後 王 」 に 言 及 し た 条 文 を と -出 し て 考 察 し て み よ う 。 ﹃ 苛 子 ﹄ の 中 で 、 「 先 王 」 の 語 は 三 十 数 回 ' 「 後 王 」 の 語はその半分以下の十四回ほど出現する。いま'それらを列挙して 概観すると'い-つかの重要な事実が浮き彫-にされて-る。 人間の歴史は'上古之世から中古之世'更に近古之世から当今之 世へと発展的に流れている。当然、生活様式や生産手段も進化する。‖り 2 不 聞 先 王 之 遺 言 ' 不 知 学 問 之 大 也 。 ( 勤 学 篇 ) ゐ げ ん (先王の遺言を聞かざれば'学問の大なることを知らざるな-。) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
今
以
夫
先
王
之
道
'
仁
義
之
続
、
以
相
群
居
'
以
相
持
養
'
以
相
藩
飾
'
7 ヽ ヽ ヽ ヽ 略法先王而不知其続'然而猶材劇志大'閲見雑博'案往旧造 以 相 安 固 邪 。 ( 栄 辱 篇 ) ヽ一 め (今、夫の先王の道'仁義の続を以て'以て相群居し、以て相 持 養 L t 以 て 相 藩 飾 L t 以 て 相 安 固 せ ん か 。 ) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ3
.
況
夫
先
王
之
道
'
仁
義
之
続
、
辞
書
礼
楽
之
分
乎
。
(
同
)
(
況
ん
や
夫
の
先
王
の
道
'
仁
義
の
続
、
詩
書
礼
楽
の
分
を
や
。
)
I 3 彼 固 天 下 之 大 慮 也 。 ( 同 ) ま I J と ( 彼 ' 先 王 の 道 固 に 天 下 の 大 慮 な -。 ) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ4.故先王案為之制札義以分之'使貴賎之等'長幼之差'知賢愚
能
不
能
之
分
。
(
同
)
すなは (故に先王案ち之が為に礼義を制して以て之を分かち、貴賎 の等'長幼の差あらしめ'賢愚・能不能の分を知らしむ。) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ5
.
凡
言
不
合
先
王
'
不
順
礼
義
'
謂
之
姦
言
へ
雄
弁
君
子
不
聴
。
法
先
王
'
ヽ ヽ ヽ 順 礼 義 ' 党 学 者 ' 然 而 不 好 言 ' 不 楽 言 ' 則 必 非 誠 士 也 。 ( 非 相 篇 ) (凡そ言の先王に合せず、礼義に順はざる'之を姦言と謂ひ' 弁なりと錐も君子は聴かざるな-。先王に法り'礼義に順ひ' した 学者に党しみ'然-而して言を好まず、言を楽しまざるは、則 ち必ず誠の士に非ざるな-。) ヽ ヽ ヽ ヽ 6 . 不 法 先 王 ' 不 是 礼 義 ' 而 好 治 怪 説 ' 玩 奇 辞 ' 甚 察 而 不 恵 、 弁 而 無 用 ' 多 事 而 寡 功 ' 不 可 以 為 治 綱 紀 。 ( 非 十 二 子 篇 ) (先王に法らず'礼義を是とせず、好んで怪説を治め'奇辞を 玩び、甚だ察なれども恵ならず'弁なるも用無-'事多くして 功寡-'以て治の綱紀と為す可からず。)説
'
謂
之
五
行
。
(
同
)
一 ま 中 ふ (噺先王に法れども其の︹仁義の︺枕を知らず,然-而して猶 な は材劇にして志は大'閲見雑博'往旧を案じて説を造Lt之を 五 行 と 謂 ふ 。 ) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 8 . 孫 卿 子 日 ' 儒 者 法 先 王 ' 隆 礼 義 ' 謹 乎 臣 子 、 而 致 貴 其 上 者 也 。 ( 儒 致 篇 ) (孫卿子目上儒者は先王に法皇礼義を隆んにLt臣子を謹 ましめ、其の上を貴ぶことを致す者な-。) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ9
.
先
王
之
道
'
仁
之
隆
也
、
比
中
而
行
之
。
局
謂
中
。
日
'
礼
義
是
也
。
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 道 者 非 天 之 道 ' 非 地 之 道 、 人 之 所 以 道 也 ' 君 子 之 所 道 也 。 ( 同 ) (先王の道は'仁の隆んなるものな-、中に比して之を行ふ。 局をか中と謂ふ。日-'礼義是な-。道なるものは天の道に非 ず'地の道に非ず'人の道たる所以にして'君子の道とする所 な -。 ) ヽ ヽ ヽ3
4
逢
衣
浅
帯
、
解
果
其
冠
'
略
法
先
王
而
足
乱
世
術
'
鯵
学
雑
挙
'
不
知
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 法 後 王 而 一 制 度 、 不 知 隆 礼 義 而 殺 詩 書 。 ( 同 ) (︹俗儒は︺ 逢衣浅帯へ其の冠を解裸にLt略先王に法れども 世術を乱すに足-'鯵学雑挙Lt後王に法-て制度を一にする さい を知らず'礼義を隆んにして詩書を殺することを知らず。) . 叩 呼 先 王 以 欺 愚 者 ' 而 求 衣 食 葛 。 ( 同 ) (先王を呼び以て愚者を欺きて、衣食を求む。) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 1 1 . 法 先 王 統 礼 義 ' 一 制 度 ' 以 浅 持 博 ' 以 古 持 今 ' 以 一 持 万 。 ( 同 ) (︹大儒は︺ 先王に則って礼義を統一し'制度を〓疋し、浅薄 身近なことをもって博大深遠なことを推知Lt簡明な古代の法をもって現在の複雑な社会を推知Lt一つの根本の道をもって 一切の事物を推知する。) 12.百家之説'不及先王'則不聴也。(同) (どんな思想家の説も'先王の事に言及しなければ'君子は全 く耳を傾けない。) ヽヽヽヽヽ 13.先王悪其乱也、故制札義'以分之'便有貧富貴賎之等'足以 相兼臨者'是養天下之本也。(王制篇) (先王はその混乱を悪むが故に'礼義を制して種々の階級に分 け、貧富貴賎の差等を作って'上位者が下位者に互いに臨むこ とができるようにした。これが天下の人民を生養するための根 本である。) S+故先王聖人為之不然。(富国篇) (故に先王や聖人が治めるや-方はそうではない。) ヽヽヽヽヽLO-r-1故先王明礼義以萱之'致忠信以愛之、尚賢使能以次之'爵服 慶賞以申重之、時其事'経其任'以調斉之、漕然兼覆之、養長 之'如保赤子。(同) S'然別先王以人之所不欲者賞'而以人之所欲者罰邪、乱莫大蔦。 (正論篇) ヽヽヽヽヽ 17.先王悪其乱也'故利札義以分之。(礼論篇) ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ S'故先王聖人'安為之立中制節'一便足以成文理'即舎之奏。 (同) l● 2 I 一 1. 2 2 2 . ゲ 山 ・ 2 2 3 . 2 4 . 5. 2 " 〇 ・ 2 6. 2 7. 2 2 8 . 是 先 王 立 楽 之 方 也 。 ( 同 ) 是 先 王 立 楽 之 術 也 。 ( 二 出 ) ( 同 ) 且楽者先生之所以飾喜也、軍旅鉄鎖者先王之所以飾怒也。(同) 先 王 喜 怒 皆 得 其 斉 葛 。 ( 同 ) 先 王 謹 為 之 文 。 ( 同 ) 先 王 悪 其 乱 也 ' 改 修 其 行 、 正 其 楽 、 而 天 下 順 葛 。 ( 同 ) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 故 先 王 貴 礼 楽 而 賎 邪 音 。 ( 同 ) ヽ ヽ ヽ ヽ
故
先
王
導
之
以
礼
楽
'
而
民
和
睦
。
(
同
)
ヽ ヽ ヽ ヽ天
下
有
中
'
敢
直
其
身
'
先
王
有
道
'
敢
行
其
意
。
(
性
悪
篇
)
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 故 尚 賢 便 能 、 等 貴 賎 ' 分 親 疏 ' 序 長 幼 ' 此 先 王 之 道 也 。 ( 君 子 篇 ) 日 ' 先 王 之 道 、 則 尭 舜 巳 ' 六 式 之 博 ' 則 天 府 巳 。 ( 大 略 篇 ) 8 . 日 H 9 . 1 2 0 . 1 . 2 故 先 王 案 以 此 象 之 也 。 ( 同 ) ヽ ヽ ヽ 先 王 恐 其 不 文 也 。 ( 同 ) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 故先王案為之立文へ尊尊親親之議至奏。(同) ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ先
王
悪
其
乱
也
'
政
利
雅
頒
之
声
'
以
道
之
。
(
楽
論
篇
)
一瞥して分かる事実の一つは、苛子は 「先王」を言うとき同時に ヽヽ 必 ず 「 礼 義 」 ( 或 い は そ れ に 類 す る 文 ' 楽 な ど ) を ' し か も そ れ を 「 制 」 すると言っていることである。従って一般的に言われる 「法先王」 と は ' 具 体 的 に は 「 先 王 」 の 「 制 定 」 し た 「 礼 義 」 に 法 る こ と と 言 い換えてよいであろう。二つには'「先王」と 「聖王」が並挙して あることから'これら二呼称はほぼ等号で結んで考えてよ-'総称 していう「百王」ないし「王者」とは常に区別して判断しなければ ならないことである。 いうまでもな-'「先王」 は以下に挙げる 「後王」と対称される もので'この三者はいわゆる ﹃一分為二﹄ の発想で記述されている と捉えねばならない。即ち'統称(一)としての「百王」と分称(二) としての1先王・後王」の関係としてである(H)。1 ヽヽ
.故千人万人之情'一人之情是也。天地始者'今日是也。百王
ヽヽ之
道
'
後
王
是
也
。
(
不
萄
篇
)
ヽ ヽ ヽ ヽ.
君
子
審
後
王
之
道
'
而
論
於
百
王
之
前
'
若
端
拝
而
議
。
(
同
)
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ.
法
後
王
一
制
度
'
隆
礼
義
而
殺
詩
書
'
(
二
出
)
(
儒
効
篇
)
3 I ● 3 ● 4 タ ● 4 ● 5 I ● 5 一 タ ● 5 ● 6 〟. ● 7 ナ ● 7言
道
徳
之
求
'
不
二
後
王
。
(
同
)
ヽ ヽ ヽ ヽ道
過
三
代
、
謂
之
蕩
'
法
二
後
王
'
謂
之
不
雅
。
(
同
)
ヽ ヽ ヽ王
者
之
制
。
道
不
過
三
代
'
法
不
式
後
王
。
(
王
制
篇
)
道
過
三
代
'
謂
之
蕩
。
法
式
後
王
'
謂
之
不
雅
。
(
同
)
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ後
王
之
成
名
、
刑
名
従
商
'
爵
名
従
周
'
文
名
従
礼
。
(
正
名
篇
)
是
後
王
之
成
名
也
。
(
同
)
後
王
之
成
名
'
不
可
不
察
也
。
(
同
)
ヽ ヽ ヽ ヽ凡
成
瀬
'
耕
法
方
。
至
治
之
極
復
後
王
。
(
成
相
篇
)
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ公
察
善
思
'
論
不
乱
。
以
治
天
下
、
後
世
法
之
成
律
貫
。
(
同
)
故
日
'
欲
観
聖
王
之
跡
'
則
於
其
粂
然
者
奏
'
後
王
是
也
。
(
非
相
篇
)
彼後王者天下之君也。含後王而道上古'誓之是猶含己之君而
を始めとする二分法あるいは ﹃合二而一﹄ の弁証法論理を生み出し ていったのではなかろうか。「議兵論」における「戦略」と「戦術」 の 発 想 ' 「 性 悪 篇 」 に お け る 「 性 」 と 「 偽 」 の 発 想 等 々 ' す べ て こ こにその起点があると言えるだろう。 先王の道とは仁義礼楽の謂であった(ほ)。これに対し「法後王」 という時の法るべき実体は右の挙例で分かる通-'法律制度のこと である。即ち'萄子は仮にそれが悪法であったとしても'先王の礼 法ではな-'現代の世相に最も合致している筈の後王の王の礼法に 従って諸事万端を処置すべきだと考えていたのである(㌘後王は 先王の制定した道即ち礼'その一部分である法を正し-受け継ぎ' 当今の世に最も相応しいあ-方に成就させてい-べき義務を負って いる。萄子の弁証法的・史的唯物論の思考が「法先王・法後王」と いう語に結実しているといえないだろうか。三 「性悪説」をめぐって
事
人
之
君
也
。
(
同
)
げ
.
故
日
'
欲
観
千
歳
'
則
数
今
日
'
欲
知
億
万
'
則
審
二
一
㌧
欲
知
上
世
'
則審周道、欲知周道'則審其入所貴君子。故日'以近知遠'以
一
知
万
'
以
微
知
明
'
此
之
謂
也
。
﹃萄子﹄ の正名篇第二十二と性悪篇第二十三は性説に関して相補 関係をなす。そこで'正名篇の第一節を逐条的に解釈する中で術語 を閣明し、性悪篇のい-つかの文や用語に適用しっつ解明してみよ 、 つ と 田 a J つ . 萄子は目に見えないもの'実体のないもの'総じて観念的なもの を信用しない。反対に、目で 「視」 '耳で 「聴」き'手にとってわ かる実体のあるものをまず確認し'それから類推して知識を広げ認 識を深めていこうとする。7に見るように'身近なはっきりしたも のから一歩一歩未知の世界へ踏み込んで行-姿勢が'「先王'後王」 Ej後王之成名。刑名従商'爵名従周、文明従礼。団散名之加於万 物者'則従諸夏之成俗'曲期遠方異俗之郷、別図之而為通。且散名 之在人者'生之所以然者'謂之性。団性之和所生'精合感応'不事 而 自 然 ' 謂 之 性 。 団 性 之 好 悪 善 怒 哀 楽 謂 之 情 。 E i ] 情 然 而 心 為 之 択 '謂 之 慮 。 E j 心 慮 而 能 為 之 動 ' 謂 之 偽 。 回 慮 積 葛 能 習 葛 ' 而 後 成 ' 謂 之 偽 。 E ] 正 利 而 為 ' 謂 之 事 。 正 義 而 為 ' 謂 之 行 。 E 3 ] 所 以 知 之 在 人 者 ' 謂 之 知 。 知 有 所 合 ' 謂 之 能 。 E j ] 所 以 能 之 在 人 者 t 、 謂 之 能 。 能 有 所 合 ' 謂 之 能 。 E g ] 性 傷 ' 謂 之 病 。 節 遇 ' 謂 之 命 。 国 是 散 名 之 在 人 者 也 。 是 後 王 之 成 名 也 。 正名篇は萄子の思想の出発点であ-終結点である。例えば「正名」 というタイール自体が萄子の唯物論思想を凝縮したものであり' 「後王が名を成す」「王者が名を制す」という表現がそのまま萄子 の史的唯物論思考の反映であることは第二 二章で論述した。 Ej後王之成名。後王がもろもろの事物につけられた名称を成就す る。 第二節冒頭の 「故王者之制名 (王者が名を制定する)」と村をな してお-'先王が事物を弁別するために名を定め'後王がそれらを 引き継いで完成させてい-というのである。ここでの 「後王」な-「王者」な-が'一見「神がことばを作-給うた」という「神」 に 似た表現であるが'実質は似て非なるものであることは前述した。 ヽヽ さて'この文に村する楊傍注は'「後之王者有素定成就之名。謂 旧名可法敗者也。」 である。「旧い名も手本にすることができること を謂う」と言う下文から察すると、上文は'後の王者にはできあがっ た名を素走することがあるという意味のようである。「素定」など という生硬な言い方をしなければならなかったところに'楊注の限 界性を感ずるといえば言いすぎになるだろうか。 刑名従商'爵名従周、文名従礼。もろもろの名称のうち刑罰の名 称は股代のものに、官爵の名称は周代のそれに、礼節威儀の名称は 周代の儀礼の用語を参考にし従う。 S3 「 王 者 の 制 、 道 は 三 代 を 過 ぎ ず ' 法 は 後 王 に 式 わ ず ( 儒 効 篇 ) 」 の言い方とは若干敵齢をきたすが'萄子の'よ-現代にみあった' よ-現実性のあるものを信用する理念に従うかぎ-'この程度のズ レは許容範囲に入れてよいだろう。楊注も'むしろ股の刑罰には妥 当性のあったことを述べている(㌘相対的に言えば、商も夏の後 王になるわけだから。 E]散名之加於万物者'則従諸夏之成俗'曲期遠方異俗之郷'則因 之而為通。万物につけられた個々の名称は、中国の習俗の中で出来 上ったものに従い'遠方の習俗を異にする地方ともこと細かに照合 して一致させ'それによって円滑な意志疎通を図るようにする。 普通名詞の類は'諸夏つま-中国の風俗で使われているものを基 本とするが'田舎の方言などと実体のズレを引き起さないようにし て'即ち名と実のあ-なき一致を追求して'正確な意思伝達に障害 をもたらさないようにしようという主張である。「成俗」「曲期」が ここのキーワードであ-'「約定俗成」 の基本概念になっているわ け だ 。 萄子は名称の成立を時間的空間的観点から追求し「約定俗成」 の 語に集約し代表させた。そして何よ-もその根底には「名符其実」 の精神が横たわっていることを忘れてはならないであろう。 Ej散名之在人者、個々の名称で人間について付けられたもの. 生之所以然者'謂之性。(人間の身体内に) 自然発生しそのまま であるものへ それを性という。
ヽ ヽ ヽ ヽ 楊 注 は 「 人 生 善 悪 ' 故 有 必 然 之 理 ' 是 所 受 於 天 之 性 也 。 ( 人 に 善 悪が生ずるのはt もとよ-必然の理がある。これは天に受ける所の 性である)」と観念論形而上学そのものの解釈をしている。いきな り人に善悪が生ず'又は、人が善悪を生み出すといい'それが必然 の理によるものだと「理」なる観念を持ち出し'極めつきは性は「天」 よ-授かったものと'観念論者楊傍の頭で考えた楊備風「性」論を 堂々と開陳しているのである。 萄子は前条で'個々の名称が万物につけ加えられたもの 「散名之 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 加於万物者」といい'ここでは'個々の名称で人間の身体内に存在 ヽ ヽ ヽ するもの 「散名之在人者」といって'これから「性」概念を説明し ていく上でのリード文としているのである。 「生之所以然者」とは'従って'人間の身体内にあって自然発生 的に発生し人為はおろか何らの外的作用も加えられないでそのまま の状態にあるもの'と解きねばならない。「生之」とは存現文構造 としての発言なのである。つけ加えると'萄子の文章はその行論は もとよ-'文構造自体もこのように客観描写性の強い書き方をして いるものが多いのである。 窓意性を介在させず自然のままであるものを言う)。言其天性如此 ヽ ヽ ヽ 也 (其の天性此-の如きを言うな-)。精合、謂若耳目之精霊与見 ヽ ヽ ヽ 聞之物合也 (精合とは'耳目の精霊と見聞した物とが合体するよう ヽヽ なことをいう)。感応'謂外物感心而来応也 (感応とは'外物が心 に感ぜられて来応することをいう)。 ここでも楊傍は楊式形而上学で萄子の 「朴素」弁証法を裁断する という乱暴なことをやっている。「和所生'精合感応」とは右に訳 したように'あ-まで架空の 「性」という場で'下文に出ている好 悪 喜 怒 哀 楽 等 の 「 気 」 が ま じ -合 い 恰 も 陽 電 子 と な っ て ' 「 精 感 」 たる陰電子と互いに反応し合っている状態'つま-〟事物内部の矛 盾 (変化・発展・運動形態)″として捉えなければならないのだ。 他方'形而上学は'〟事物を'不変な'互いに個々別々に引き離 されて存在し'それ自体では運動せず'運動・変化の原因をその内 部に持たないもの″と捉えるから'楊傍のように耳目の精霊とか見 聞した物という「外物」を引き合いに出して説明しなければならな くなるのである。 同性之和所生'精合感応、不事而自然、謂之性。その性の内部に ( 気 ) の 混 合 物 質 が 生 じ ( 」 ) ' 精 感 ( ス ピ リ ッ ツ ) と 合 体 し 反 応 し 合い'しかし意識を介在させないで依然として自然のままの状態に あるもの'それを性というのである。 楊 注 。 和 ' 陰 陽 沖 和 気 也 ( 和 と は ' 陰 陽 の 合 体 し た 気 で あ る ) 。 事 ' 認 使 也 ( 事 と す と は ' 勝 手 に す る 意 ) 。 言 人 之 性 ' 和 気 所 生 ' 精 合 感応'不便而自然 (人の性は、混合した気が生じ'精感と合応Lt ロ性之好・悪・喜・怒・哀・楽'謂之情。自然発生したまま混然 一体となっている物質(気)'仮にそれに命名すれば'好・悪・喜・ 怒・哀・楽などとなるが、それが性の本質で'統括して称すれば「情」 で あ る 。 ここの楊注も'「人性感物之後 (人性が外物と感応した後)'分為 此 六 者 、 謂 之 情 。 」 と 「 情 」 が 「 性 」 内 部 の 矛 盾 運 動 の 結 果 ( S J と し てではなく'外物との感応作用によって生じて-るという見地即ち 形而上学の立場を露わにしている。
萄子は性悪篇の中で'「性」と 「情」をほぼ同一概念語として用 いているが'両者のニュアンスの差はここに求められる。「性者天 之 就 也 。 情 者 性 之 質 也 。 欲 者 情 之 応 也 。 ( 正 名 篇 ) 」 但 し 、 そ の 際 に 留 ヽヽ 意すべきことは'㈲苛子は性の本質としての情の外に'性の原質と して目で物を見る能力「明」と耳で物音を聞-能力「聴」を考えて いることである。「性」 に即日的なこの 「明」と 「聴」は'善悪ど ちらかの語で表現するとすれば'いうまでもな-「善」なるもので ある。もっとも'性論を展開してい-にあたっては'これらは 「喪 失」したものとみなして取-たてて論じないのであるが。㈲「情」 が「欲」との関連で行諭される傾向があるのに対し、「性」は「偽」 と対置して行諭される。人間の性をいわば先天的性の 「性」と後天 的 性 の 「 偽 」 に ﹃ 一 分 為 二 ﹄ し て 考 察 を 進 め る の で あ る が ' そ こ に は 更 に 弁 証 法 の ﹃ 否 定 の 否 定 の 法 則 ﹄ が 働 い て お -( 「 性 」 を 悪 と 判断する、つま-否定的に捉え'もう一度それを否定した 「偽」を 提起し止揚「善なるものへ」を図る)'萄子の面目躍如たるものが あ る 。 「 今 ' 人 之 性 悪 、 必 将 待 聖 王 之 治 ' 礼 義 之 化 ' 然 後 皆 出 干 治 、 合干善也。(性悪篇)」 - か-して人間はたゆまぬ研鐙を積み'終 に は 〟 君 子 ″ に も な る の で あ る 。 「 故 人 知 謹 注 錯 ' 憤 習 俗 ' 大 横 廓 、 則 為 君 子 臭 。 ( 儒 致 篇 ) 」 という)」とある。「無極」などという抽象語を使って人を旺惑する のも観念論者の手の一つである。 □心慮而能為之動、謂之偽。心が思慮選択すると 「能」が動作を する。これを「人為」という。 先 天 的 性 「 性 」 の 自 然 状 態 「 情 」 ' そ の 中 味 は 気 の 混 合 体 で あ っ た 。 そ こ へ 「 心 」 と 「 能 」 の 「 慮 」 「 動 」 が 働 き か け る と ' 意 識 さ れ た 行 動 「 偽 」 ( 後 天 的 性 ) が 発 動 す る 。 「 性 」 と 「 偽 」 の 違 い は 、 従 っ て「自然」と「作為」 の違いであ-'そのきっかけ又は媒介役とな る の が 「 思 慮 と 能 動 」 で あ る 。 世情然而心為之択、謂之慮。「情」がそのような状態であるとこ ろへ 「心」が働いて、どれかを択びとる行動をとる。これを「慮」 という。 ヽヽ 揚注には'「情錐無極'心択可否而行'謂之慮也 (情は極まるこ とのないものであるが'心が可否を選択して行動する。それを思慮 E ] 慮 積 葛 、 能 習 蔦 ' 而 後 成 ' 謂 之 偽 。 思 慮 が 積 み 重 ね ら れ ' 能 動 が--返されると'始めて行為が成就する。これを意識された行動 「 人 為 」 と 呼 ぶ の で あ る 。 苛子の特筆すべき弁証法理論の一つが'﹃この量から質への変化﹄ を説いていることである。 この法則は ﹃萄子﹄ の中の到る処で運用され'論の展開に花を添 え て い る 。 例 え ば 強 国 篇 の 「 積 微 」 。 小 事 を 積 み 重 ね る ( 積 微 ) こ とに堪能な者ほど速やかに大事を完成させることができる。或いは 儒致篇にいう「横顔」 。人間は長期にわたって学習を積み重ねる(横 顔) と君子にもなれる。また王制篇の 「積財物」 。農業生産をうま -や-'大量の財物を積みあげれば'国家も富強となる。更に勧学 篇の多-の文章にみられるように、この論理が最大限に活用されて' 極めて説得力のある文章になっているのである。「真横力久別人' 学至乎没而後止也(着実に長期にわたって学習を積み重ねて行けば'
造 詣 も 深 -な る ) 。 」 「 き 歩 ( 半 歩 ) を 積 ま ざ れ ば 、 以 て 千 里 に 至 る こと無し。小流を積まざれば'以て江海と成ること無し。膜膜も一 お 躍にては十歩なること能はざれども'駕馬も十駕するは'功合かざ る に 在 -。 」 な ど 。 性悪説の文章論理は'これら唯物弁証法の基本法則'即ち ﹃否定 の 否 定 の 法 則 ﹄ ' ﹃ 対 立 物 の 闘 争 と 統 一 の 法 則 ﹄ 、 ﹃ 量 か ら 質 へ の 変 化 の 法 則 ﹄ ' そ れ に 中 国 独 特 の 弁 証 法 と い わ れ る ' ﹃ 一 分 為 二 ﹄ と ﹃ 合 二而一﹄ の法則等が入-交って構成されている。しかも萄子の思考 の基底には'可変化の認識'矛盾を実践で解決する革新の認識が濃 厚に流れてお-'現代唯物論哲学者も顔色なしといえるほど傑出し た唯物論哲学者であったことを伺わせるものがあるのである。 例えば次の文を分析してみよう。 聖人積思慮、習偽故'以生礼義而起法度。然別礼義法度者、是生 於 聖 人 之 偽 、 非 放 生 於 人 之 性 也 。 ( 性 悪 篇 ) 聖人が'と言い始めた途端、それは普通人と対称したいい方であ り'且つそれは凡人でも辿-つける境地の人間で、聖王とか君子に 言い換えてもよい人称名詞であることをまず識別する必要がある。 ( 心 の 発 す る ) 思 慮 を 積 み 重 ね 、 偽 故 ( 能 動 的 作 為 ) を -返 し ( 習 ) ' た (質的変化を遂げて)礼義を生み出し法度を起てる。してみると(人 間 界 普 遍 の 法 則 ) 礼 義 法 度 は ' 聖 人 の 後 天 的 営 為 ( 偽 ) に よ っ て 生 み出されるもので、一般人の先天的性によって生み出されるものな どではないのだ。 - というわけで'一語一語を定義に基いて解釈 Lt一文一文を弁証法論理に照らして分析しなければ'萄子の真意 に到達できないことが分かる。 E]正利而為'謂之事。正義而為'謂之行。正当な利益を得ること し を前提として営為すること'それを「事(為事)」という。正道のも とに行動すること、それを「行(為)」という。 性悪篇冒頭にいう。今'人の性'生れながらにして利を好むこと あ-'是に順ふ、故に争奪生じて辞譲亡ぶ。生れながらにして疾悪 することあ-'是に順ふ'故に残賊生じて忠信亡ぶ、と。つまり' 人間は生れたまま放任すると'感情の赴-まま衝動的行動に走る。 感情的段階 (本性に順った) の行動である。それを理性的段階にま で高め'是非善悪の判断のもとに(師法の化'礼儀の導きのもとに)' 行動するように人為 (偽) を加えねばならない。その理性認識のも し とに営為・_行動することを「(為)事」とか「行(為)」と呼ぶので あ る 。 E]所以知之在人者'謂之知。知有所合'謂之智。事物を認知する 能力で人間に具わっているものへ それを 「知 (覚)」という。知覚 は増加合成される'それを「智 (識)」という。 E]所以能之在人者'謂之能。能有所合'謂之能。ものごとを為し 行う能力で人間に具わっているもの'それを 「(才) 能」という。 才 能 は 融 合 増 大 す る ' そ れ を 「 能 ( 力 ) 」 と い う 。 性 者 本 始 材 朴 也 ' 偽 者 文 理 隆 盛 也 。 ( 礼 論 篇 ) 人 間 の ( 先 天 的 ) 性 は'根本が原始的で材質は素朴なものである。(後天的努力) 偽は 文飾条理が隆盛なものである。 - 先天的本性が (そのようで) な ければ後天的努力の施しょうもなく'後天的努力がなければ人間の 本性は美し-な-ようがない。性と偽が合体して始めて聖人たる名
が完成し'天下一統の功業もここに成就するのである。と続-この 文が端的に示すように'萄子の思考方式はすべから-﹃一分為二﹄ ﹃ 合 二 而 一 ﹄ ﹃ 否 定 の 否 定 の 法 則 ﹄ ﹃ 量 か ら 質 へ の 変 化 ﹄ の 論 理 で 貫 かれている。 人間の本性本能'それはいわば原始的知であ-原始的能である。 / か-にそれらを肯定的に 「善jと認定すれば'当然何らの規制も加 えずに自然のままに放任すればよいということになる。ところがそ の 結 果 は 「 必 ず 争 奪 に 出 で 、 犯 分 乱 理 に 合 し て 暴 に 帰 す ( 性 悪 篇 ) 」 ものである。だから、逆にそれらを否定的に 「悪」と認定し'どの ような手段を講ずれば矯正(再否定)できるかを考えねばならない。 そ の よ う な 場 が 積 み 重 な -( 積 ) 、 -返 さ れ る ( 習 ) と ' 「 知 」 は 1 智 」 に な り 1 能 」 は 1 能 」 ( け ) に 発 展 成 長 し て ' 終 に は 聖 人 の 境 地 I にまで止揚されてい-のである。形式論理的にいえば'性と偽︹二︺ が合して聖人 ︹こ とな-'天下が統 ︹こ されるというわけであ る 。 萄 子 は 「 天 地 合 而 万 物 生 ' 陰 陽 接 而 変 化 起 、 性 偽 合 而 天 下 治 。 ( 礼 論 篇 ) 」 と も 言 っ て い る 。 でチャンスにめぐり合ったものと定義しようとしていることが分か る。逆説的に言えば'あるチャンスに遭遇した時、厳しく要求され けじめ るのはリアルに自己の力量を見据える目 (そういう意味で 〟節″ の語を使っているのではないか) なのである。自己の能力不足を棚 に上げて徒らに高望みした-不遇をかこつ当時の観念論士を痛烈に 指弾したものでもあろう。唯物論者萄子の運命論と孔子の唱えた天 命論との間には、これほどの径庭が横たわっているのである。 また'楊傍が'「節とは時な-。時に当-て遇ふ所、之を命と謂ふ。」 と注しているのは当らずと錐も遠からざる解釈であるが、続けて「命 なる者は天の命ずる所の如-然-。」と注するに至っては'依然と して孔子流天命論観を脱却できない自己の随固ぶ-を端なくも露呈 していると言わざるを得ない。 回 性 傷 ' 謂 之 病 。 節 遇 ' 謂 之 命 。 本 性 が 障 害 を 受 け た 状 態 。 そ れ が 「 病 ( 気 ) 」 で あ る 。 一 人 の 人 間 が 身 に つ け た 「 節 」 ( 智 識 ' 能 力、仕事ぶり、行動力などの総合化計れたもの)が'己れに見合っ た 「時」 に出会うこと、それを「(運)命」という。 「病」はまだしも'「命」がなぜここで人間 (の身体) に具わっ た名称にな-うるのか考えてみると'萄子は人間の運命も (その最 たるものは明君に重用されることであるが)、個人的願望や偶然に よるものでなく'あくまでその個人の能力や身体状況に相応しい形 回是散名之在人者也。是後王之成名也。これが人間につけられて いるい-つかの名称である。これは後王がその名称として完成させ ていくものである。 楊注は'経文よ-注の方が解-に-いという中国伝統の注疏本の あ-ようの典型的な例といえようか。第一節冒頭と全く同じ文で' 最後のしめ---としてあるこの「後王之威名」の楊注はこうで凍 ヽ ヽ ヽ ヽ る。「後王可因襲成就素走之名也。」 - 「後王は前人のや-方を踏 襲しっつ平素よ-定まってきている名称を完成させていかねばなら ない」とでも訳せばよいだろうか。E]の 「素走成就」とどのように 「同異」して解すればよいか、今'筆者の能力を超える。
おわりに 第一章は'「正名」 の読みと意味の違いを利用して'孔子と萄子 の思考方法、ひいては両者の思想の違いを究明した。すなわち'孔 子 の 場 合 は 「 名 を 正 す 」 と 読 み ' 「 名 以 正 美 ( 名 を 以 て 実 を 正 す ) 」 方向であるのに対し'萄子の場合は 「正当な名称」という意味で' 「名以符実 (名を実に合致させる)」方向の唯物論思考である。孔 子の 「正名」が観念論的思考の所産であるのに対し'萄子のそれは 仮に「名を正す」と読んだとしても'名が「約定俗成」して出来上 るという彼の唯物論的思考基底に照らして解きねばならない。同じ 「正名」という語の読みと意味の違いが'端な-も両者の両極端の 思想を象徴するのである。 第二章は、「先王」と 「後王」 の語を抽出することによって、萄 子の史的唯物論思考を究明した。苛子の学続を受け継いでいると思 われる韓非の歴史観を基に、逆照射する形で萄子の発展史観や「先 王 」 「 後 王 」 の 発 想 を 跡 付 け た 。 苛子は歴代の王を通称して 「百王」と呼び'各時代毎に生起する 王を相対的に 「先王」 「後王」と呼んでいる。従ってそれらをある 時代の王に特定してしまうのは必ずしも賢明なや-方ではな-'場 合によっては例えば周王が先王にもな-後王にもなるのである。 自然界であれ人間社会であれ'万物は時空にわたって発展変化し 止まるところを知らない。だがその変化の中に不変の法則が貫いて いることも認めねばならない。自然界のそれは 〟常″ であ-〟数″ である。人間界のそれは 〟道″ であ-'〟礼″ である。この弁証法 的統一の思考こそ'萄子哲学の最大の特徴であ-'同時にそれは諸 子百家思想の集大成者としての最大の功績となっていると言えるだ ろ う 。 第三章は、秀れた弁証法的・史的唯物論の所産である﹃萄子﹄は、 勝れて弁証法的分析手段によってしかその真意に辿-つけないとい うことを究明したものである。 従来'恰も新鮮な大魚を使い古された鈍刀で料理するが如-'革 新的な萄子の思想を伝統的保守思想で解釈し事足れ-とした憾みが なかったであろうか。﹃萄子﹄ 思想の核心とも言える正名篇、その 第一節を弁証法の観点から解釈し直すなかで'観念論的形而上学の 観点から「誤」解している楊傍注を一例として問明した。 晩学の筆者にとって'﹃萄子﹄ 論第二弾の本論はまだほんのその 入口に立ったにすぎない。行論の途中、常に戒めたつも-ではある が'もとより浅学非才の身'知識不足や考え違いが散在しているこ とと思われる。多-の先達のご指数を乞うと共に'筆者自身'﹃萄子﹄ を追究するなかで螺旋状に発展するよう念じてやまないでいること を付け加えてしめ---としたい。
注 1 . ﹃ 萄 子 論 稿 ﹄ 郭 志 坤 著 上 海 三 喉 書 店 刊 二 十 一 ペ ー ジ 2 . ﹃ 新 約 聖 書 ﹄ ヨ ハ ネ 伝 第 一 章 や ひ ふ せ 3.我も亦人心を正し'邪説を息め、披行(曲った行為)を距ぎ'淫辞を放 つ ち ' 三 聖 者 ( 南 ・ 周 公 ・ 孔 子 ) に 承 が ん と 欲 す 。 孟 子 日 ' 我 先 攻 其 邪 心 。 ( 大 略 篇 ) 4.まわ--ど-て現実離れしている'つま-は観念論であるということに なろうか。 5.「約定俗成」は現代の文字改革運動の基本理念にもなっている。 6 . 故 好 書 者 衆 臭 ' 而 倉 譲 独 博 者 萱 也 。 7 二節前半に「乱正名」が三出する。また一節後半に「正利而為、謂之事 (正当な利益のもとに動-'これをはたら-という)」「正義而為'謂之 行(正義のもとで動-'これを行なうという)」とあ-'「正O」という 熟語の「正」が愈注にもある通-「正、正当也」と解して正しいことが 分 か る 。 8 . 有 物 混 成 ' 先 天 地 生 ' 寂 今 参 今 ' 独 立 而 不 改 、 周 行 而 不 殆 ' 可 以 為 天 下 母 ' 吾 不 知 其 名 ' 字 之 日 道 。 ( ﹃ 老 子 ﹄ 第 二 十 五 章 ) 夫 道 ' 有 情 有 信 ' 無 為 無 形 、 可 博 而 不 可 受 ' 可 行 而 不 可 見 。 自 本 臼 根 ' 未 有 天 地 ' 自 古 以 固 存 ' 神 鬼 神 帝 ' 生 天 生 地 。 ( ﹃ 荘 子 ﹄ 大 宗 師 ) 9 . 夫 物 芸 芸 ' 各 復 帰 其 根 ' 帰 根 日 静 。 是 謂 復 命 。 ( ﹃ 老 子 ﹄ 十 六 章 ) 1 q 至 道 大 形 。 隆 礼 至 法 ' 則 国 有 常 。 ( 至 極 の 道 の 大 ま か な 姿 . 礼 を 尊 重 し 法を行きわたらせば'国は〓疋不変の姿を保つことができる) (君道篇) 「 常 」 は 「 天 行 有 常 」 の 「 常 」 の 如 -、 常 行 の 道 の 意 。 ( ﹃ 萄 子 ﹄ 上 ' 藤 井専英著 明治書院三五六ページ) 故 百 王 之 法 不 同 ' 若 是 所 帰 省 一 也 。 ( 玉 覇 篇 ) 1 1 . 他 に 「 聖 人 ・ 君 子 」 は 個 人 と し て の 観 点 か ら の 謂 で あ る が ' 大 き -は 「 先 王・聖王」と括って考えてよいであろう。 ほ . 故 日 ' 仁 義 礼 楽 ' 其 致 一 也 。 -. . . 仁 ・ 義 ・ 礼 ) 三 者 皆 通 、 然 後 道 也 . ( 大 略 篇 ) S ' 故 人 道 莫 不 有 桝 ' 排 莫 大 於 分 、 分 莫 大 於 礼 ' 礼 莫 大 於 聖 王 。 聖 王 有 百 ' 吾 執 法 葛 。 故 日 ' 文 久 而 息 ' 節 族 久 而 絶 。 守 法 教 之 有 司 、 極 礼 而 裾 0 ( 非 相 篇 ) S + 商 之 刑 法 未 聞 。 康 詰 日 ' 「 股 罰 有 倫 」 ' 是 亦 言 股 刑 之 允 当 也 . 爵 名 従 周 ' 謂 五 等 諸 侯 及 三 百 六 十 官 也 。 文 名 ' 謂 節 文 、 威 儀 。 礼 ' 即 周 之 儀 礼 也 。 t 3 + 「 和 」 は 、 「 万 物 各 得 其 和 以 生 ( 天 論 篇 ) 」 と い う 表 現 が 示 す よ う に ' 「 複 数 の も の が 混 然 一 体 と な る 」 こ と 。 一 方 ' 「 合 」 は 、 「 天 地 合 而 万 物 生 ( 礼 論篇)」の言い方に表わされるように'基本的には「二つのものが合体 する」ことである。 S ' 天 職 既 立 ' 天 功 既 成 ' 形 具 而 神 生 ' 好 悪 喜 怒 哀 楽 蔵 幕 ' 夫 是 之 謂 天 情 ( 天 論篇)。(--自然変化の結果として人の形体が形成され'形体が具わる これ と人の精神活動が生じ'好悪喜怒哀楽の ︹情︺は葛に蔵されている。そ れ を 「 天 情 」 と い う 。 ) I EH 知1智と同じような字があればよいのだが'とりあえず能1能としてみ た。 参考文献 ﹃萄子新探」参名春著 文津出版社 ﹃孔孟萄之比較﹄中国孔子基金会編 社会科学文献出版社 ﹃萄子新論﹄方爾加著 中国和平出版社 ﹃萄子の世界﹄村瀬裕也著 日中出版 ﹃中国儒法闘争史話﹄広西師範学院編 広西人民出版社 ﹃唯物弁証法的問題﹄北京大学哲学系編 人民出版社 ﹃ 萄 子 ﹄ 上 ・ 下 藤 井 専 英 著 明 治 書 院 ﹃萄子・韓非子﹄片倉望 西川靖二 角川書店 ﹃萄子﹄杉本達夫訳 徳間書店 ﹃ 苛 子 集 解 ﹄ 上 ・ 下 王 先 謙 撰 中 華 書 局 ﹃ 論 語 ・ 孟 子 ・ 萄 子 ・ 礼 記 ﹄ 中 国 古 典 文 学 大 系 平 凡 社