人口動態と物価
始めに
生産年齢人口の減少と物価下落が併存している国
は日本だけ!
物価下落の主要因はマクロ的な需要不足
人口動態が物価に影響する経路
生産年齢人口比率と需要ギャップに相関は見られ
ない
生産年齢人口の将来予想が期待を通じて物価上昇
率に影響する可能性
生産年齢人口以外にも経済成長率に寄与する要因
はある
我が国のデフレ基調が続くなか、マクロ的な需給
要因だけでなく、より構造的な要因として、
人口
構成の変化、特に生産年齢人口の減少に着目する
議論が増えている。
例えば、生産年齢人口の減少
が生産年齢世代の旺盛な消費需要の減少に結び付
くこと、また、成長期待の低下を通じて企業の設
備投資需要が減退することから、
生産年齢人口の
減少によってマクロ的な需要不足が長期化し、デ
フレの原因になっているとの指摘がある
。こうし
た点を踏まえ、以下では、デフレと人口構造の変
化の関係について、複数の視点から検討する。
議論の出発点として、生産年齢人口の変化率と物価上昇率の間に、統計的に有意な関係が認められるかどうかを確
認することから始める。その際、我が国だけを議論の対象とするのではなく、国際的な比較を行うことでより一般 的な事実を探るように努める。そうすることにより、我が国の置かれた状況もより明確になることが期待される。
最初に、できるだけ幅広い国が対象となるよう、日本を含む先進国(OECD諸国)と新興国(ブラジル、ロシア、
インド、中国(BRICs)、シンガポール、香港)を対象に、生産年齢人口の変化率と物価上昇率の関係を単純にプ ロットしてみよう。結果を見ると次のような点が指摘できる。(図1-2-8)
まず、90年から2010年にかけて、生産年齢人口の変化率と物価上昇率の間には明確な相関関係は確認できな
い。95年以降、日本のほかに、イタリアやドイツ、ハンガリー等において生産年齢人口の減少が見られたが、同 時に物価下落が生じた国は日本だけである。また、2000~2005年においては、香港でも物価下落が生じて いるが、生産年齢人口はプラスとなっており、生産年齢人口の減少が物価下落の必要条件ということもいえない。 当時の香港では、不動産バブルの崩壊が生じており、資産価格の下落とともに一般物価も下落した。生産年齢人口 といった経済社会構造ではなく、経済状況そのものの変動が物価下落をもたらしたと考えられる。
次に、2005年から2010年における関係を見ると、統計的には有意ではないが、傾向線としては、緩やかな
正の関係、すなわち生産年齢人口の増加率が高い国ほど物価上昇率が高い傾向が観察される。その理由として、 一つは新興国の経済成長率が近年世界的に高まったことが挙げられる。また、そうした高成長の新興国は、先進国 に比べて人口構成が若く、生産年齢人口の増加率は高い。このため、生産年齢人口増加率と経済成長率には若干の 正の相関に近い関係が表れてくると推測できる。ただし、生産年齢人口が減少している日本、ドイツ、エストニア 、ハンガリーについては、物価上昇率はまちまちであり、5%を超える物価上昇率のハンガリーから物価下落の日 本まで相当の幅がある。ここでも、生産年齢人口の減少と物価下落が併存しているのは我が国だけである。
こうした単純な相関関係を見る限り、生産年齢人口が減少しているからといってデフレになるとはいえない。生産
年齢人口の減少が物価下落に結びつくための仲介的な、第三の要因があって初めて、我が国のような生産年齢 人口の減少と物価下落の併存が生じていると考える方がよさそうである
次に、生産年齢人口の変化率と物価変動率の関係について、やや
分析
的に調
べ
てみよう。ここで
は、データの
制約
から対象国を
OECD
諸国に
限定
したうえで、90年から2009年における
全
て
の
観察
データを
活用
し、
パ
ネル
分析
を
試
みる。また、物価変動率を
説
明する変数として、生産年
齢人口の変化率だけでなく、
GDP
ギャップと1年
前
の消費
者
物価上昇率(物価上昇率の
慣
性や期
待物価上昇率の代
理
変数とみな
せ
る)を
加
え、物価
変動
に対する生産年齢人口の相対的
重
要性も
確認する(図1-2-9-1)。
推
計した関係
式
に実
績値
を代
入
して寄与
度分解
すると
、我が国の
場合
、
GDP
ギャップのマイ
ナ
ス
が物価上昇率の低さに最も寄与していることが
分
かる。
生産年齢人口の寄与
度
については、生産
年齢人口が増
加
している国が多いことから、ほと
ん
どの国で物価に対してプラスに寄与している
ものの、我が国やドイツ、ハンガリーにおいて、物価を
押
し下
げ
る
方
向に寄与している。特に、
我が国においては、生産年齢人口の減少幅が
他
国に比較して
大
きくなっていることが特
徴
である。
しかしながら、それでも
GDP
ギャップに比
べ
ると物価下落に対する寄与
度
は相対的に
小
さく、生
産年齢人口の減少が物価下落を主
導
している要因とはいえない。この
分析
からは、
生産年齢人口
の減少は物価の基調を
押
し下
げ
ている可能性は指摘できるが、それだけで我が国がデフレになっ
た
わ
けではない
ということになる。
なお、生産年齢人口の変化率と消費
者
物価の変化率について、
全
ての対象国
及
び対象期間の
値
を
プロットすると、
右
上がりの関係が
観察
できる
(
図1-2-9-2
)。ただし、生産年齢人口の
増
加
率が
ゼ
ロあるいは減少している国だけに
限定
すると、生産年齢人口と物価上昇率の相関は統
計的に有意でなくなる。この単純な相関関係から見ても、生産年齢人口の減少が物価下落の主要
因と
捉
えることには
無理
がありそうである。
生産年齢人口の減少と物価下落に単純な相関関係
は見当たらなかった。むし
ろ
、
生産年齢人口の
減少と物価下落が同時に生じている日本が例外
的な存
在
であった。以下では、生産年齢人口の減
少が、実
体
経済の需要
面
と
供
給
面
のど
ち
らにより
大
きく
働
きかけて、物価下落につながる可能性が
あるかという点について検
証
しよう。
最初に、
OECD
諸国を対象に、実
体
経済の需要
面
を
表
す指
標
として
GDP
ギャップ
(
現
実の
GDP
と
潜在
GDP
の
差
を
潜在
GDP
で
除
した指
標
)
、
供
給
面
を
表
す指
標
として
潜在
成長率を
用
いて、生産年齢人口と実
体
経済の需給
両面
の関係を確認する。ただし、
GDP
ギャップは
需給
水準
を
表
す指
標
であるため、これを生産年齢人口比率と比較することとし、
他方
、
潜在
成長率は変化率であるため、生産年齢人口の変化率と比較することとする。
結果を見ると、
生産年齢人口比率と
GDP
ギャップの間に統計的な関係性は見られない
(
第
1-2-10図1)。
生産年齢人口を
現役
世代とみな
せ
ば、
現役
世代比率が低いか
らといって、経済が需要不足の傾向になるという
わ
けではない。
他方
、生産年齢人口の変化率と
潜在
成長率の間には正の相関が確認される(
第
1-2-
10図2)。
潜在
成長率は、経済の
供
給
サ
イド、すな
わち
資本や
労働
の投
入
と
技術
進
歩
など
全
要
素
生産性によって
規定
される経済成長率である。そのため、生産年齢人口が変
動すれば、
労働
投
入量
の変化を通じて
直接
的に
潜在
成長率が変動することになる。生産
関数の想
定
にも
依
存するが、生産要
素
のインプット
量
の増減がア
ウ
トプットの増減に比
例的につながる傾向が確認できる。
我が国に
即
して考えれば、生産年齢人口の減少は
潜在
成長率の
引
下
げ
を通じて、中長期
的な経済の
供
給能
力
を
押
し下
げ
るが、
それが必ずしも需要不足につながるとは
限
らない
ことになる。それでは、生産年齢人口の減少が需要不足につながる
メカニズム
として、
どのようなことが考えられるか。
ここでは、生産年齢人口の減少が、人
々
の期待
形
成を通じて需要の
弱
さにつながる経路を考えてみよ
う。例えば、企業は、将来の需要動向、すな
わち
成長予想に
沿
って設備投資計
画
を
練
ること、価格設
定
においては、将来の需要動向とともに人
々
の物価予想にも
配慮
しつつ、価格設
定
を行うことなどを
想
定
する。将来的に生産年齢人口が減少する見
込
みであれば、こうした経路を通じて
現
実の物価上昇
率も低いものになる可能性がある。
ここでは、将来的な生産年齢人口の見
込
みとして、国
連
による先行き5年間の生産年齢人口変化率の
予想
値
を
使
い、期待成長率と期待物価上昇率には
OECD
による先行き2年間の実
質
GDP
成長率予
測
と物
価上昇率予
測
を
用
いる。これらの相関関係を確認すると、生産年齢人口が将来的に増
加
傾向にあると
考えられる国では、期待成長率と期待物価上昇率はともに
高
まる傾向が認められる(
第
1-2-11
図(1)(2))。
生産年齢人口の増
加
予想と期待成長率の
高
まりに相関があるのであれば、期待
形
成を
仲介
にして、生
産年齢人口の増
加
が物価上昇
圧力
に結びついている可能性が指摘できる
。すな
わち
、生産年齢人口の
増
加
予想が期待成長率を
高
め、それを
受
けて企業が設備投資需要を
拡大
する。
家
計も将来の
所得
増
加
を予想することにより、消費や
住宅
需要が
拡大
する。こうした結果として、
現
実の需給ギャップが
プラス
方
向に変化し、物価上昇
圧力
につながるという経路である。