R n の部分多様体の Riesz エネルギーの正則化と球体の特徴づけ
今井 淳 (千葉大学)
概 要
M をRn のm次元コンパクト部分多様体で, m = nまたは∂M = ∅を満たすものとする. C ∋ z 7→
∫
M
∫
M|x − y|zdxdyを解析接続によりC上の有理型関数に拡張すると,留数などからMの幾何的な量が得られ る. また,これからボール,円周, 2次元球面の特徴づけも得られる.
1 部分多様体の Riesz エネルギーの正則化と留数
1.1 Riesz エネルギーの正則化の方法
X を Rnの m 次元閉部分多様体 M, またはコンパクトボディ(有界開集合の閉包)Ω とする. Is(X) =
∫
X×X
|x − y|sdxdy (1.1)
は s > − dim X のとき収束し, X = Ω で −n < s < 0 のとき Ω の Riesz s-エネルギーという. 超関数論で知ら れている方法を用い, 積分が発散するときそれを正則化する(有限の値を取り出す).
(i) 解析接続. 被積分関数の冪 s を複素数と考え, z と書く. C ∋ z 7→
∫
X×X
|x − y|sdxdyは ℜe z > − dim X の とき正則関数になるので, 解析接続で定義域を拡張すると, 後述するようにいくつかの負整数で1位の極のみ を持つ有理型関数 BX(z)が得られる. これを X の (Brylinski の) ベータ関数と呼ぶ. 定義域をどこまで 拡張できるかは, X の滑らかさに依存し, C∞なら C 全体に拡張する.
(ii) Hadamardの正則化. 積分は対角成分 ∆ で発散するので, その ε 近傍を取り除いたところの積分
∫
X×X\∆ε
|x− y|sdxdy, ただし ∆ε= {(x, y) ∈ Rn× Rn : |x − y| ≤ ε},を考え, これを ε で (Laurent) 級数展開し (log 項 も現れ得る), その定数項をとる. これを Hadamard の有限部分といい, Pf.
∫
X×X
|x − y|sdxdy とかく. ベータ関数は, 閉部分多様体に対して m = 1 のとき Brylinski ([B]), m ≥ 2 のとき Fuller-Vemuri ([FV]), コン パクトボディに対しては, O.-Solanes ([OS2]) で研究された. Hadamard 正則化は結び目に対して [O1] で, 曲面で s = −4に対して [AS] でなされた.
正則化は具体的には以下の手順でなされる. まず 1 変数関数の積分の正則化に帰着させる. (1) 閉部分多様体 M に対して:
ψM,x(t) = Vol (M ∩ Bnx(t)) , φM,x(t) = ψM,x′ (t) とおく. ただし Bxn(t)は中心 x 半径 t の n 次元ボールである. すると
∫
M×M
|x − y|zdxdy =
∫ ∞ 0
tz (∫
M
φM,x(t) dx )
dt (1.2)
が ℜe z > −m で成立 ([OS2] Proposition 3.3). M ∩ Bxn(t)は [KP] で extrinsic ball と呼ばれ, ψM,x(t)の級数展 開の最初の 2 項までの係数が計算されている.
(2) コンパクトボディ Ω に対して:
∫
Ω×Ω
|x − y|zdxdy = −1 (z + 2)(z + n)
∫
∂Ω×∂Ω
|x − y|z+2⟨nx, ny⟩ dxdy (1.3)
が ℜe z > −n, z ̸= −2 で成立する ([OS2] Lemma 4.1). ただし nx, nyは x, y における Ω の外向き単位法ベクト ル. そこで
ψν,x(t) =
∫
∂Ω∩Bnx(t)
⟨nx, ny⟩ dy, φν,x(t) = ψ′ν,x(t), とおくと
∫
Ω×Ω
|x − y|zdxdy = −1 (z + 2)(z + n)
∫ ∞ 0
tz+2 (∫
∂Ω
φν,x(t) dx )
dt (1.4)
が ℜe z > −n, z ̸= −2 のとき成立する.
以上のことから, Riesz エネルギーの正則化は ∫0∞tzϕ(t) dtの 1 変数の積分の正則化に帰着されることが分かる. 超関数論の一般論より, Hadamard 正則化と解析接続を用いる方法は次の意味で同じものを与える.
(1) ベータ関数 BX(z)が z = s で極を持たなければ Pf.
∫
X×X
|x − y|sdxdy = BX(s).
(2) ベータ関数 BX(z)が z = s で極を持つとき
∫
X×X\∆ε
|x − y|sdxdy の級数展開は log(1/ε) 項をもち, その 係数と BX(z)の z = s での留数は一致し, 次が成立:
Pf.
∫
X×X
|x − y|sdxdy = lim
z→s
(
BX(z) − Res (BX, s) z − s
)
. (1.5)
以下, 簡単のため (i) の解析接続を用いる方法で記述する. また σdは d 次元単位球面の体積とする.
1.2 ベータ関数の留数
閉部分多様体 M が Ck+1-級 (k ≥ 1) とすると, ある Ck-級関数 φM,x が存在して φM,x(t) = tm−1φM,x(t) と 書け, φM,x(0) = σm−1, φ(2j−1)M,x (0) = 0 (1 ≤ 2j − 1 ≤ k)が成立.
コンパクトボディΩ についても同様で, Ck-級関数 φν,xが存在して φν,x(t) = tn−2φν,x(t)とかけ, φν,x(0) = σn−2, φ(2j−1)ν,x (0) = 0 (1 ≤ 2j − 1 ≤ k)が成立.
公式 (1.2), (1.4) に上を適用すると, Iz(X)は ∫0∞twϕ(t) dtの形の積分に帰着される. [GS] Ch.1, 3.2 の公式
∫ ∞ 0
twϕ(t) dt =
∫ 1 0
tw [
ϕ(t) − ϕ(0) − ϕ′(0)t − · · · −ϕ
(k−1)(0)
(k − 1)! t
k−1
] dt +
∫ ∞ 1
twϕ(t) dt + ∑
1≤j≤k
ϕ(j−1)(0) (j − 1)! (w + j) を考えると, ϕ(t) が Ck-級なら, 右辺第一項の被積分関数が定数倍を除いて tw+kで抑えられるので, 右辺第一項の 積分は ℜe w > −k − 1 で収束する. よって左辺は ℜe w > −k − 1 で有理型になり, w = −1, . . . , −k で一位の極を 持ち, その留数は ϕ(j−1)(0)/(j − 1)!で与えられる. これに, M の場合 w = z + m − 1, j = 2i + 1 を代入し, Ω の 場合 w = z + n, j = 2i + 1 を代入すれば以下が分かる.
(1) M が Rn の Ck+1-級 (k ≥ 1) m 次元閉部分多様体とすると, そのベータ関数 BM(z)は ℜe z > −m − k で 有理型. z = −m − 2i (0 ≤ 2i ≤ k − 1) で 1 位の極を持ち得て, その留数は φ(2i)M,x(0)の M 上の積分により与 えられる. 特に
Res(BM, −m) = σm−1Vol(M ). (1.6) m = 1, 2の場合, C を曲線, κ を曲率, M2を R3の曲面, κ1, κ2を主曲率とすると, 2 番目の留数は,
Res (BC, −3) = 1 4
∫
C
κ(x)2dx, Res (BM, −4) = π 8
∫
M
(κ1− κ2)2dx. (1.7)
(2) Ωを Rnの Ck+1-級 (k ≥ 1) コンパクトボディとすると, そのベータ関数 BΩ(z)は ℜe z > −n − k − 1 で有 理型. z = −n および z = −n − (2i + 1) (1 ≤ 2i + 1 ≤ k) で 1 位の極を持ち得る. z = −n における留数は (1.3)を用いて, z = −n − (2i + 1) での留数は φ(2i)ν,x(t)の ∂Ω 上の積分により与えられる. 特に
Res (BΩ, −n) = σn−1Vol (Ω), Res (BΩ, −n − 1) = −σn−2
n − 1Vol (∂Ω), (1.8)
k1, . . . , kn−1を ∂Ω の主曲率, H = n−11 ∑iki を平均曲率, K = ∑i<jkikj をスカラー曲率とすると,
Res (BΩ, −n − 3) = σn−2 24(n2− 1)
∫
∂Ω
(3(n − 1)2H2− 4K)dx.
注:留数が 0 になることもある.
1.3 Riesz エネルギー (Hadamard の有限部分)
ここでは簡単のため M, Ω は滑らかとする.
1.3.1 閉部分多様体 Mmに対して
• M = Smのとき BSm(z)はベータ関数を用いて
BSm(z) = 2z+m−1σmσm−1B( z + m 2 ,
m 2
) .
と表される ([B, FV]). 極の数は, m が奇数のときには無限, m が偶数のときには m/2 である.
• m = 1, z = −2 のとき BC(−2)は, [O1] で Hadamard 正則化を用いて定義された, 結び目のエネルギーと一 致する ([B]). これは M¨obius 変換で不変となる ([FHW]).
• m = 2, M2⊂ R3のときに (1.5) で得られるエネルギーは M¨obius 変換で不変ではない. これは留数(Hadamard 正則化のときには log 項)がスケール変換でうまく振舞わないためである ([OS2]).
命題 1 ([OS2]) m が奇数ならば BM(−2m)は M¨obius 変換で不変となる. mが偶数ならば BM(−2m)は M¨obius 変換で不変とならないと予想している.
1.3.2 コンパクトボディ Ωn に対して
コンパクトボディのベータ関数は fractional perimeter
∫
Ω×Ωc
|x − y|zdxdy (−n − 1 < ℜe z < n)の正則化とも 考えられる (Ωcは補空間). 以下は特に断らない限り O.-Solanes [OS2] から.
• Ω が 単位球体 Bn の場合は BBn(z)はベータ関数を用いて BBn(z) = 2
z+nσ
n−1σn−2
(n − 1)(z + n)B
( z + n + 1 2 ,
n + 1 2
)
と表される ([HR] など). 極の数は n が奇数のとき (n + 3)/2, n が偶数のとき無限である.
• n = 2, z = −4のとき BΩ(−4)は [OS1] で与えられた平面領域 Ω の M¨obius 不変なエネルギーになる. 定理 2 (1.5) で与えられるエネルギーが M¨obius 変換で不変となるのは, n が偶数で z = −2n のとき, かつそのと きに限る.
• (1.3)または (1.8) から, 体積・面積を与える以下の公式を得る. Vol (Ω) = 1
(n − 2)σn−1
∫
∂Ω×∂Ω
|x − y|2−n⟨nx, ny⟩ dxdy (n > 2),
Area(Ω) = −1 2π
∫
∂Ω×∂Ω
log |x − y| ⟨nx, ny⟩ dxdy (n = 2).
1.4 Riesz エネルギーから得られる量
§§ 1.2, 1.3から分かるように, 積分 (1.1) から M, Ω または ∂Ω に対する幾何学的な量が2種類得られる: (a) §1.1の正則化の方法で述べた二つの方法のうち, (i) の解析接続を用いる場合はベータ関数の留数として, (ii)
の Hadamard 正則化の場合は (log 項もあり得る Laurent) 級数展開の係数として得られる量. § 1.2 でみたよ うに, 曲率など局所的な量の積分として得られる.
(b) (i)の解析接続を用いる場合は (1.5) の右辺または BX(s)そのものとして, (ii) の Hadamard 正則化の場合 は Hadamard 有限部分として得られる量. § 1.3 でみたように, ポテンシャルなど大域的な量の積分として 得られる.
2 ベータ関数・二点間距離分布による球の同定問題
2.1 積分幾何からの準備
r ≥ 0に対し, fX(r) = Vol ({(x, y) ∈ X × X : |x − y| ≤ r})を X の interpoint distance distribution とい う. fX′ の Mellin 変換は (1.1) の積分と一致する:
(MfX′)(s + 1) =
∫ ∞ 0
rsfX′(r) dr =
∫
X×X
|x − y|sdxdy = Is(X). (2.1) コンパクトボディΩ が凸のとき凸体といい, 積分幾何学の主要な研究対象の一つである. このとき r ≥ 0 に対し, gΩ(r) = µ({line ℓ : Length (ℓ ∩ Ω) ≤ r})を Ω の chord length distribution という. ただし, E1は Rnの直 線全体の集合, µ はその上の合同変換不変な測度とする. 積分幾何学の Blaschke-Petkantschin の公式 ([San] (4.2) p.46)により凸体に対しては interpoint distance distribution と chord length distribution は同値である. Crofton の交叉公式より Ω および ∂Ω の体積は定数倍をのぞき, それぞれ chord length distribution を用いて
∫
E1
Length (Ω ∩ ℓ) dµ(ℓ) =
∫ ∞ 0
rg′Ω(r) dr および
∫
E1
χ(Ω ∩ ℓ) dµ(ℓ) =
∫ ∞ 0
g′Ω(r) dr (2.2) で与えられる. ただし χ は Euler 数である ([Fed], 3.2.26).
2.2 球体・球面の特徴づけ
問題 3 BX(z) = BX′(z) (∀z) =⇒ (Rnの合同変換を除いて) X = X′ か?
という問題を考えたい. ただしこのままでは反例がある. Mallows-Clark [MC] が, 凸体は chord length distribu- tionで決まるか, という Blashcke 予想に対する反例として挙げた平面凸多角形のペアが上の問題の反例にもなっ ている. ただ Waksman [W] はこれは例外的で, “generic” な平面凸多角形は chord length distribution で決まる ことを示した. このことから, “generic” な平面凸多角形は interpoint distance distribution で, あるいはベータ関 数で決まることが従う.
一方, 凸という条件をはずすと, Caelli [Ca] は合同でないが interpoint distance distribution が等しい(したがっ てベータ関数も等しい)ような平面の部分集合のペアを(いくらでも)作る方法を与えた. そこで, 弱い問題 問題 4 上の問題で一方がボール・球面だったら正しいか?
を考えてみよう. この問題も凸という条件が付けば既知である. 凸体 Ω とボールのベータ関数が一致すれば, interpoint distance distributionも chord length distribution も一致することになり (2.2) より, 体積と “表面積” も一致する. したがって一般の等周不等式 ([Fed]) より Ω はボールになる. 凸という条件を外したものが次の定理 である.
定理 5 ([O2]) X を Rnの閉部分多様体またはコンパクトボディとする. Rnの合同変換を除き以下が成立する. (1) X が C2-級のコンパクトボディで BX(z) = BBn(r)(z) (∀z ∈ C)ならば X = Bn(r).
(2) X が C3-級で BX(z) = BBn′(r)(z) (∀z ∈ C)ならば n′ = nで X = Bn(r). (3) X が C3-級で BX(z) = BS1(r)(z) (∀z ∈ C)ならば X = S1(r).
(4) X が C4-級で n − dim X ≤ 1 かつ BX(z) = BS2(r)(z) (∀z ∈ C)ならば n = 3 で X = S2(r).
系 6 定理と同じ条件で, ボール, 円周, および 2 次元球面は interpoint distance distribution で特徴付けられる.
参考文献
[AS] D. Auckly, L. Sadun, A family of M¨obius invariant 2-knot energies, Geometric Topology (Athens, GA, 1993), Studies in Advanced Math, AMS, 1997.
[B] J.-L. Brylinski, The beta function of a knot. Internat. J. Math. 10 (1999), 415 – 423.
[Ca] T. Caelli, On generating spatial configurations with identical interpoint distance distributions, in: Com- binatorial Mathematics, VII (Proc. Seventh Australian Conf., Univ. Newcastle, Newcastle, 1979), in: Lecture Notes in Math., vol. 829, Springer, Berlin (1980), 69 – 75.
[Fed] H. Federer, Geometric measure theory. Springer (1969).
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[FV] E. J. Fuller and M.K. Vemuri. The Brylinski Beta Function of a Surface. Geometriae Dedicata 179 (2015), 153 – 160, doi:10.1007/s10711-015-0071-y.
[GS] I.M. Gel’fand and G.E. Shilov, Generalized Functions. Volume I: Properties and Operations, Academic Press, New York and London, 1967.
[HR] J. Hansen and M. Reitzner, Electromagnetic wave propagation and inequalities for moments of chord lengths, Advances in Applied Probability 36, No. 4 (2004), 987 – 995
[KP] L. Karp and M. Pinsky, The volume of a small extrinsic ball in a submanifold, Bull. London Math. Soc., 21 (1989), 87 – 92.
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[O2] J. O’Hara, Characterization of balls by interpoint distance distribution, arxive 1707.02405.
[OS1] J. O’Hara and G. Solanes, M¨obius invariant energies and average linking with circles, Tohoku Math. J. 67(2015), 51 – 82
[OS2] J. O’Hara and G. Solanes, Regularized Riesz energies of submanifolds. preprint, arXiv:1512.07935. [San] L.A. Santal´o, Integral Geometry and Geometric Probability, Addison- Wesley Publishing Company,
1976.
[W] P. Waksman, Polygons and a conjecture of Blaschke’s, Adv. Appl. Prob. 17 (1985), 774 – 793. E-mail: ohara@math.s.chiba-u.ac.jp