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高齢化などの構造要因から見た日本の国際収支問題

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8

高齢化などの構造要因から見た

日本の国際収支問題

チャールズ・ユウジ・ホリオカ

要 旨

最近までは,日本は世界有数の高貯蓄国であり,その高い貯蓄率は日本か ら海外への資本の流出をもたらし,膨大な資本収支の赤字,その裏返しであ る膨大な経常収支の黒字の主たる原因の 1 つだった.ところが,日本では, 世界で類を見ない速度で人口が高齢化しており,日本は近々世界一の(超) 高齢社会になる.それによって,貯蓄,投資,国際収支がいずれも大きく減 少し,内外の経済の構図を大きく変える可能性がある.本稿では,人口の年 齢構成が貯蓄,投資および国際収支に与える影響について理論的にも実証的 にも検証し,人口の急速な高齢化やそれ以外の構造要因によって貯蓄,投資, 国際収支が今後どう変化するかを占う.貯蓄について論じる際,国民貯蓄全 体のうち,今までもっとも大きなシェアを占めてきており,もっとも予測し やすい家計貯蓄に焦点を当てる.

(2)

があり,政府貯蓄が若干増加する可能性があるにもかかわらず,国民貯蓄全 体も今まで以上に減少する.貯蓄が減少すると同時に投資も減少するが,人 口の高齢化による貯蓄の減少幅は人口の高齢化による投資の減少幅を上回る ため,IS バランス(貯蓄投資差額)が減少し,それによって資本収支の赤 字が減少し,その裏返しである経常収支の黒字も減少する.しかし,貯蓄の 減少が投資の減少によってある程度相殺されるため,資本収支の赤字の減少, 経常収支の黒字の減少はそれほど顕著にはならないであろう.しかも,日本 の貯蓄率,資本収支の赤字,経常収支の黒字が減少したとしても,世界全体 で貯蓄が不足していない限り,世界経済に悪影響を与えるとは限らないし, 日本の IS バランス(貯蓄投資差額)が赤字に転じたとしても,貯蓄の不足 分をアジアの高貯蓄国またはそれ以外の国からの資本流入によって補うこと ができ,問題はない.

(3)

1

はじめに

最近までは,日本は世界有数の高貯蓄国であり,たとえば内閣府が作成し ている国民経済計算のデータによると,日本の家計貯蓄率は 1974 年および 1976 年には 23.2%にも上った.日本のそこまで高い貯蓄率は世界中の関心 を引き,マレーシアをはじめ,貯蓄率を高めようとしていた国々は日本から 学ぼうとした.また,その高い貯蓄率は日本から海外への資本の流出をもた らし,膨大な資本収支の赤字,その裏返しである膨大な経常収支の黒字の主 たる原因の 1 つだった.

ところが,日本では,世界で類を見ない速度で人口が高齢化しており,日 本は近々世界一の(超)高齢社会になる.それによって,貯蓄,投資,国際 収支がいずれも大きく減少し,内外の経済の構図を大きく変える可能性があ る.本稿では,人口の年齢構成が貯蓄,投資および国際収支に与える影響に ついて理論的にも実証的にも検証し,人口の急速な高齢化やそれ以外の構造 要因によって貯蓄,投資,国際収支が今後どう変化するかを占う.また,貯 蓄について論じる際,国民貯蓄全体のうち,今までもっとも大きなシェアを 占めてきており,もっとも予測しやすい家計貯蓄に焦点を当てる.

本稿の構成は以下のとおりである.まず,第 2 節では,日本の家計貯蓄率 の実態について外観し,第 3 節では,人口の年齢構成の貯蓄率に与える影響 について理論的考察を行い,第 4 節では,人口の年齢構成の家計(民間)貯 蓄率に与える影響に関する実証研究を展望し,第 5 節では,日本の貯蓄率の 今後の動向を占い,第 6 節では,人口の高齢化の政府貯蓄に与える影響につ いて考察し,第 7 節では,人口の年齢構成の投資と国際収支に与える影響に ついて考察し,第 8 節では,結論と政策的インプリケーションを述べる.

(4)

人口の高齢化などにともなって急落しており,もはや相対的にも絶対的にも 高くはない.人口の高齢化のさらなる進行にともなって,日本の家計(民 間)貯蓄率は今まで以上に減少し,家計貯蓄(民間貯蓄)を下支えする要因 があり,政府貯蓄が若干増加する可能性があるにもかかわらず,国民貯蓄全 体も今まで以上に減少する.貯蓄が減少すると同時に投資も減少するが,人 口の高齢化による貯蓄の減少幅は人口の高齢化による投資の減少幅を上回る ため,IS バランス(貯蓄投資差額)が減少し,それによって資本収支の赤 字が減少し,その裏返しである経常収支の黒字も減少する.しかし,貯蓄の 減少が投資の減少によってある程度相殺されるため,資本収支の赤字の減少, 経常収支の黒字の減少はそれほど顕著にはならないであろう.しかも,日本 の貯蓄率,資本収支の赤字,経常収支の黒字が減少したとしても,世界全体 で貯蓄が不足していない限り,世界経済に悪影響を与えるとは限らないし, 日本の IS バランス(貯蓄投資差額)が赤字に転じたとしても,貯蓄の不足 分をアジアの高貯蓄国またはそれ以外の国からの資本流入によって補うこと ができ,問題はない.

2

日本の家計貯蓄の実態

本節では,国民貯蓄全体のうち,今までもっとも大きなシェアを占めてき ており,もっとも予測しやすい家計貯蓄の実態について概観する.まず,第 2.1 項,第 2.2 項,第 2.3 項では,日本の家計貯蓄率に関するさまざまな データを紹介し,それらのデータについて解説する.第 2.4 項では,家計貯 蓄率の国際比較を行い,第 2.5 項では,日本の家計貯蓄率の決定要因につい て解説し,なぜ日本の家計貯蓄率が過去において高く,なぜその後は減少傾 向を示したかを明らかにする.

2.1 家計貯蓄率に関するデータ

(5)

日本全国の約 9,000 世帯を対象とした「家計調査」からのデータ)を紹介し, 比較する.

国民経済計算の 93SNA ベースのデータ(第 2.3 項で詳しく解説する)によ れば,日本の調整家計貯蓄率は 2.8%にまで落ち込んでいるが,「家計調査」 からのデータによれば,日本の家計貯蓄率(黒字率)は今でも 27%前後の 水準を維持しており,68SNA ベースの国民経済計算のデータによれば,日 本の家計貯蓄率の水準はその中間にある.

しかも,家計貯蓄率の動向もデータの出所によって大きく異なる.図表 8 1 と図表 8 2 には,国民経済計算ベースの家計貯蓄率の 1955 2006 年の期 間における推移が示されているが,これらの図表からわかるように, 68SNA ベースの国民経済計算のデータによれば,日本の家計貯蓄率は 1955 年時点では 11.9%だったが,1955 年から 1970 年代半ばまでの約 15 年間の 間,上昇傾向を示し,1974 年および 1976 年には 23.2%に達した.しかし, 1970 年代半ばから 1990 年までの約 15 年間の間,減少傾向を示し,1990 年 時点では 12.1%だった.さらに,1990 年か 1998 年までの 8 年間の間,下げ 止まり,12.1%と 13.7%の間で推移した.一方,93SNA の国民経済計算の データ(2000 年の基準改定前と後のデータを含む)によれば,日本の家計 貯蓄率は 1980 年時点では 15.4%であり,1980 年から 2006 年までの 26 年間

0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0

1955 57 59 61 63 65 67 69 71 73 75 77 79 81 83 85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03 (年)

率︵

05 68SNA

93SNA

93SNA(2000年基準改定) 図表 8 1 日本の純家計貯蓄率の推移,1955 2006 年

(6)

の間,減少傾向を示し,2006 年時点では 2.8%にすぎなかった.したがって, 1980 年から 1990 年までの 10 年間の間,2 つの SNA に基づくデータはいず れも減少し,整合的な動きを示したが,1990 年から 1998 年までの 8 年間の 間,2 つの SNA に基づくデータは異なった動きを示し,68SNA に基づく データは下げ止まったのに対し,93SNA に基づくデータは減少傾向を続け た.

また,データは示されていないが,「家計調査」によれば,日本の 2 人以 上の勤労者世帯の家計貯蓄率は 1998 年までは上昇傾向を示し,1998 年には

図表 8 2 日本の純家計貯蓄率の推移,1955 2006 年

暦年 68SNA 93SNA 2000 年基準改定93SNA 暦年 68SNA 93SNA 2000 年基準改定93SNA

1955 11.9 1980 17.9 15.4

1956 12.9 1981 18.4 16.2

1957 12.6 ― ― 1982 16.7 14.9 ―

1958 12.3 1983 16.1 14.3

1959 13.7 1984 15.8 14.3

1960 14.5 1985 15.6 13.7

1961 15.9 1986 15.6 13.0

1962 15.6 ― ― 1987 13.8 11.5 ―

1963 14.9 1988 13.0 11.9

1964 15.4 1989 12.9 12.0

1965 15.8 1990 12.1 12.3

1966 15.0 1991 13.2 13.3

1967 14.1 ― ― 1992 13.1 12.5 ―

1968 16.9 1993 13.4 12.0

1969 17.1 1994 13.3 11.1

1970 17.7 1995 13.7 10.4

1971 17.8 1996 13.4 8.5 9.2

1972 18.2 ― ― 1997 12.6 8.6 8.9

1973 20.4 1998 13.4 9.6 9.8

1974 23.2 1999 9.2 8.6

1975 22.8 2000 8.2 7.4

1976 23.2 2001 5.7 4.3

1977 21.8 ― ― 2002 6.1 4.2

1978 20.8 2003 ― 6.3 3.3

1979 18.2 2004 3.0

2005 3.2

2006 2.8

(7)

28.7%といった脅威的な水準に達し,それ以降は緩やかな減少傾向を示して いるが,依然として高く,2007 年時点で 26.9%だった(「家計調査」にはい くつかの貯蓄率が示されているが,もっとも広い,もっとも国民経済計算の 概念に近いのは「黒字率」であるため,この論文を通して「黒字率」に関す るデータを用いる).したがって,「家計調査」からの家計貯蓄率は,1970 年代半ばまでは国民経済計算の家計貯蓄率と同様の上昇傾向を示し,1970 年代半ばから 1998 年までは国民経済計算の家計貯蓄率とは異なった上昇動 向を示し,1998 年以降は同様の減少傾向を示している.

以上の考察からわかるとおり,データの出所によって日本の家計貯蓄率の 水準も動向も大きく異なる.いったい,どのデータが正しいのだろうか.

2.2 国民経済計算と家計調査との比較

まず,国民経済計算と家計調査との違いについて検証する.2006 年の値 を比較すると,国民経済計算(93SNA)からの調整貯蓄率は 2.8%であるの に対し,「家計調査」からの 2 人以上の勤労者世帯の貯蓄率(黒字率)は 27.5%であり,後者は前者の約 10 倍にも上る.なぜ両者の間にこれだけの 格差があるのだろうか.

これにはいくつかの理由がある.第 1 に,国民経済計算からの家計貯蓄率 は個人企業(自営業者),無職者,退職者などを含むすべての家計を対象と しているのに対し,「家計調査」からの家計貯蓄率は勤労者世帯のみを対象 としている.無職者,退職者の貯蓄率が低いと考えられ,彼らが「家計調 査」の貯蓄率に含まれていないことによって「家計調査」からの家計貯蓄率 が高めになっていると考えられる.

第 2 に,国民経済計算からの家計貯蓄率は持ち家などに対する固定資本減 耗(減価償却)を除いた純貯蓄率であるのに対し,「家計調査」からの家計 貯蓄率は固定資本減耗を含む粗貯蓄率であり,それによっても「家計調査」 からの家計貯蓄率が高めになっている(固定資本減耗は家計資産の価値を減 少させるため,負の貯蓄と見なし,家計貯蓄から差し引くべきである).

(8)

賃は消費にも可処分所得にも含まれておらず,それによっても「家計調査」 からの家計貯蓄率が高めになっている(持ち家世帯は家を自分に貸し,自分 から家賃を貰っていると解釈するべきであるため,持ち家に対する帰属家賃 を消費にも可処分所得にも含むべきである).

しかも,2 つの家計貯蓄率の間にこれ以外にもさまざまな違いがあり,国 民経済計算からの家計貯蓄率と「家計調査」からの家計貯蓄率の乖離のかな りの部分を対象の違い,概念上の違いなどによって説明できる.また,前者 のほうがより網羅的であり,より適切な概念を用いているため,信頼性がよ り高い.したがって,前者が示しているとおり,日本の家計貯蓄率は急落し ており,もはや高くはないようである.

2.3 68SNA と 93SNA との比較

次に,国民経済計算の 2 つの基準(68SNA と 93SNA)との間の違いにつ いて検証する.

日本の国民経済計算のデータは内閣府経済社会総合研究所が作成しており, 国連が作成した国際基準(SNA)に従っている.国連は必要に応じて国際 基準を改訂しており,もっとも最近では 1968 年と 1993 年に改訂している. 日本は 2000 年までは国連の 68SNA に従っていたが,2000 年に 93SNA を 採用し,過去に遡ってデータを改訂した.

両 SNA の家計貯蓄率の概念は近いが 1 つ大きな違いがある.すなわち, 68SNA では,現物社会移転(受取)(現物社会給付と個別的非市場財・サー ビスの移転の和)は消費にも可処分所得にも含まれているのに対し, 93SNA ではいずれにも含まれていない.前者には医療サービス・介護サー ビスの消費額のうち,政府から家計への医療保険給付分および介護保険給付 分が含まれており,後者には政府から家計に移転される教科書購入費,児童 保護費等負担金,対家計民間非営利団体から家計に移転される私立保育園の 経営費,美術館や動物園の運営費などが含まれており,いずれも消費である. したがって,いずれも家計消費にも家計可処分所得にも計上すべきである. 幸い,93SNA においても,「調整(家計)貯蓄率」は現物社会移転(受取) を正しく扱っており,本稿を通してこの概念を用いる.

(9)

動きを示しており,1970 年代半ばまではほぼ一貫して上昇し,それ以降は ほぼ一貫して減少している.

ところが,両 SNA のデータは 1990 年から乖離している.68SNA に基づ くデータによると,日本の家計貯蓄率は 1990 年以降は下げ止まっているの に対し,93SNA に基づくデータによると急落している.

ここでは,93SNA の「調整(家計)貯蓄率」の概念を用いているので, 両 SNA の家計貯蓄率のデータの間の違いは現物社会移転(受取)の扱い方 の違いによるものではない.この違いを除けば,両 SNA の間のもっとも大 きな違いは不良債権の扱い方についてである.68SNA では,金融機関が家 計の不良債権を償却したら,それは金融機関から家計への所得移転と見なさ れ,その分だけ家計貯蓄が増えるが,93SNA では,金融機関が家計の不良 債権を償却したら,それは金融機関のバランスシートにのみ影響を及ぼし, 家計部門のバランスシートには何ら影響を及ぼさない.

1990 年代以降,金融機関は不良債権の償却を進めたので,この要因に よって,1990 年以降の SNA 間の家計貯蓄率の乖離を説明することができる. 人々が合理的であれば,68SNA の場合の不良債権の扱い方のほうが適切で あり,68SNA ベースの家計貯蓄率は 1990 年以降は下げ止まっているので, 日本の家計貯蓄率が最近,本当に急落しているか否かについて疑問の余地が 残る.残念ながら,68SNA ベースの家計貯蓄率のデータは 1998 年までしか 公表されていないため,真相はわからないが,近年の 93SNA ベースの家計 貯蓄率の減少はあまりにも顕著なので,不良債権を正しく扱ったとしても, 減少傾向が見られるに違いない.

2.4 家計貯蓄率の国際比較

次に,家計貯蓄率の国際比較を行う.比較対象としては,データが得られ る経済協力開発機構(OECD)加盟国を用い,貯蓄率の概念としては純貯蓄 率を用いる.粗貯蓄率のデータしか得られない国に関しては筆者が粗貯蓄率 から純貯蓄率を概算した.

(10)

タが得られる 16 の OECD 加盟国のなかで 1 位(22.9%),1980 年と 1985 年にはイタリアに次いで 16 と 17 カ国中 2 位(それぞれ 18.0%,16.5%) だった.

ところが,その後日本は徐々に順位を下げ,1990 年には韓国,オランダ に追い抜かれて 20 カ国中 4 位(13.9%)に下がり,1995 年にはさらにベル ギー,フランスに追い抜かれて 23 カ国中 6 位(11.9%)に下がり,2000 年

図表 8 3 OECD 加盟国の純家計貯蓄率の推移,1985 2007 年

国 1985 1990 1995 2000 2007

オーストラリア 10.8 7 8.2 12 6.4 18 1.8 21 1.8 17

オーストリア 10.5 8 10.3 7 10.9 12 8.4 10 10.1 4

*ベルギー 11.1 6 9.2 10 13.2 4 9.8 5 7.3 7T

カナダ 15.8 3 13.0 6 9.2 14T 4.7 16 1.5 18

チェコ共和国 na na 10.0 13 3.3 19 −0.7 20

*デンマーク na 1.3 19 0.9 22 −1.3 22 −1.9 22

フィンランド 3.4 14 1.9 18 4.1 21 −1.7 23 −3.8 23

フランス 8.9 10 9.4 9 12.8 5 12.0 1 12.7 1

ドイツ 12.1 5 13.7 5 11.0 11 9.2 6 10.9 2T

ハンガリー na na na 8.9 7 7.2 9T

アイルランド na 7.9 13 11.3 10 9.9 4 10.9 2T

イタリア 21.5 1 21.7 2 16.9 2 8.5 9 6.8 11

日本 16.5 2 13.9 4 11.9 6 8.6 8 3.1 14

韓国 14.8 4 22.5 1 17.5 1 10.7 3 2.5 15

オランダ 5.6 13 18.1 3 14.3 3 6.9 14 7.2 9T

ニュージーランド 1.3 16 0.7 20 −3.8 23 −4.1 24 na

ノルウェー −3.3 17 2.7 17 4.8 19 4.3 17 −1.2 21

*ポーランド na na 11.8 7 7.5 12 6.0 12

*ポルトガル na na 9.2 14T 7.1 13 4.5 13

*スペイン 7.8 11 8.6 11 11.5 9 7.8 11 7.3 7T

スウェーデン 2.2 15 3.9 16 8.5 16 4.8 15 8.2 6

スイス na 9.6 8 11.6 8 11.8 2 9.7 5

*イギリス 6.9 12 5.6 15 7.1 17 3.6 18 2.0 16

アメリカ 9.2 9 7.0 14 4.6 20 2.3 20 0.4 19

OECD 諸国平均 9.1 9.5 9.4 6.0 4.9

注) 1.1985 年のデータについては, ,vol. 2003/1,no. 73(2003 年 6 月),別 表 24,1990・1995・2000・2007 年のデータについては,同 vol. 2008/1,no. 83(2008 年 6 月),別 表 23.ただし,アイルランドとニュージーランドの 1990 2000 年のデータについては,同 vol. 2004/2,no. 76(2004 年 12 月),別表 23.

2.左欄の数値は純家計貯蓄率,右欄の数値は各国の順位を示す. T は「同順位であること」, na は「該当情報なし」を示す.

(11)

には 24 カ国中 8 位(8.6%)に下がり,2007 年には一気に 23 カ国中 14 位 (3.1%)にまで下がってしまった.その結果,2007 年時点では日本の家計 貯蓄率はデータが得られる 24 の OECD 加盟国のメディアン(6.0%)も平 均値(4.9%)も大幅に下回ってしまっていた.

したがって,日本の家計貯蓄率は 1980 年代まではほとんど世界一だった が,その後絶対的にも相対的にも減少しており,2000 年以降の減少がとく に顕著だった.そして,その結果,日本の家計貯蓄率はもはや絶対的にも相 対的にも高くはなくなってしまった.

2.5 日本の家計貯蓄率の決定要因

第 2.1 項から第 2.4 項では,日本の家計貯蓄率は以前は絶対的にも相対的 にも高かったものの,1970 年代半ば以降は減少しており,とくに 2000 年以 降の減少が顕著であり,もはや絶対的にも相対的にも高くはないということ がわかった.本項では,日本の家計貯蓄率の決定要因について吟味し,なぜ 日本の家計貯蓄率が以前は高く,なぜ近年は減少し,もはや高くないのかを 明らかにする(日本の家計貯蓄率の決定要因に関するより網羅的な展望論文とし ては,Hayashi[1986,1997],Horioka[1990,1993,2008],ホリオカ[2008a],Campbell [2004]などがある).

⑴人口の年齢構成.図表 8 4 には,主な OECD 加盟国の老年人口割合 (総人口に占める 65 歳以上の人口の割合)に関するデータが示されているが,

この表からわかるように,日本の老年人口比率は,1970 年代までは OECD 加盟国中最下位であり(1975 年時点では韓国のほうが低かったが,当時は 韓国はまだ OECD 加盟国にはなっていなかった),老年人口割合の低さに よって日本の家計貯蓄率が過去において高かったことを説明することができ る.また,日本の人口はその後急速に高齢化しており,2000 年までには日 本の老年人口割合は OECD 加盟国中 3 位(イタリアとスウェーデンの次) に急浮上し,それによって日本の家計貯蓄率の減少を説明することができる (この要因に関する詳細については,第 3 節,第 4 節,第 5 節参照).

(12)

年までは,老齢年金も介護保険も整備されておらず,それによって日本の家 計貯蓄率が 1973 年まで高かったことを説明することができる.

また,1973 年に老齢年金制度が大幅に充実されたことにより,それ以降 の家計貯蓄率の減少を説明することができ,2000 年に介護保険制度が導入 されたことにより,それ以降の家計貯蓄率の急落を説明することができる (日本における老齢年金制度と家計貯蓄率との間の関係については,Horioka and Okui[1999],Wakabayashi[2001],Horioka, Suzuki, and Hatta[2007]などを参照).

⑶家計可処分所得の伸び.所得の伸びが予想以上に速いと,消費水準の調 整が遅れ,所得と消費との間の残差である貯蓄が少なくとも一時的には上昇

図表 8 4 OECD 加盟国の老年人口割合の推移,1975 2025 年

国 1975 2000 2025

オーストラリア 8.7 20T 12.1 20T 19.0 21

オーストリア 14.9 2 15.6 10 22.9 6T

ベルギー 13.9 5 16.9 4 22.9 6T

カナダ 8.5 22 12.6 18 20.9 15

チェコ共和国 12.9 9 13.8 16 22.3 9

デンマーク 13.4 8 14.8 14 20.5 16T

フィンランド 10.6 15 14.9 13 24.2 3

フランス 13.5 7 16.3 7 22.6 8

ドイツ 14.8 3 16.4 6 23.9 4

ハンガリー 12.6 10T 14.7 15 21.3 13T

アイルランド 11.0 13 11.2 23 15.4 24

イタリア 12.0 12 18.2 1 26.4 2

日本 7.9 23 17.2 3 29.1 1

韓国 3.6 24 7.4 24 19.6 20

オランダ 10.8 14 13.6 17 21.4 12

ニュージーランド 8.7 20T 11.9 22 18.8 22

ノルウェー 13.7 6 15.3 11 20.5 16T

ポーランド 9.5 18 12.1 20T 20.5 16T

ポルトガル 9.9 19 16.1 8 22.0 11

スペイン 10.0 17 16.7 5 21.3 13T

スウェーデン 15.1 1 17.3 2 22.1 10

スイス 12.6 10T 15.0 12 23.8 5

イギリス 14.0 4 15.9 9 19.8 19

アメリカ 10.5 16 12.3 19 17.7 23

OECD 諸国平均 12.6 14.5 21.6

注) 1.United Nations, , ‒ (New York, N.Y.: United Nations, 2005)より作成.

(13)

してしまうと考えられる.

日本では,家計可処分所得の伸び率は 1973 年までは高く,それ以降は停 滞しており,それによって家計貯蓄率が 1973 年までは高く,それ以降は減 少していることを説明することができる.

⑷家計資産の水準.第 2 次世界大戦による家屋などの破壊,終戦直後の超 インフレによる金融資産の目減りによって日本の終戦直後の家計資産の水準 が低く,日本人は家計資産を望ましい水準に戻すために貯蓄に励んだと考え られる.また,家計資産が望ましい水準に到達した後は,貯蓄を減らしたと 考えられる.したがって,家計資産の水準によっても家計貯蓄率の推移を説 明することができる.

それ以外の家計貯蓄率の決定要因として,消費者金融制度,マル優制度な どのような税制面の貯蓄優遇措置,貯蓄推進運動が挙げられる.以前は消費 者金融制度が未発達であり,マル優制度のような税制面の貯蓄優遇措置が存 在し,貯蓄推進運動が盛んだったものの,今はこれらの要因が該当しなく なっている.したがって,これらの要因によってもなぜ日本の家計貯蓄率が 以前は高く,近年は減少し,もはや高くないのかを説明することができる. つまり,これらの要因によって今までの日本の家計貯蓄率の水準と推移を 十分説明することができる.

3

人口の年齢構成の貯蓄率に与える影響に関する理論的考察

本節では,人口の年齢構成の貯蓄率に与える影響に関する理論的考察を行 う.

経済学でよく用いられるライフ・サイクル仮説によると,人々は若いとき は,働いて(老後に備えるために)稼いだ所得の一部を貯蓄に回し,歳を 取ったら仕事を辞めて以前貯めた貯蓄を取り崩すことによって生活を賄う (Modigliani and Brumberg[1955]参照).したがって,人口の年齢構成は貯蓄率 に影響を及ぼし,生産年齢人口(15 64 歳の人口)に比べ,老年人口(65 歳 以上の人口)の比率(「老年人口比率」という)が高ければ高いほど貯蓄率 が低くなるはずである.

(14)

年齢人口に比べ,年少人口(0 14 歳の人口)の比率(「年少人口比率」とい う)が高ければ高いほど貯蓄率が低くなるはずである.

4

人口の年齢構成の家計(民間)貯蓄率に与える影響に関する実

証研究の展望

本節では,人口の年齢構成の家計貯蓄率(または家計貯蓄と企業貯蓄の和 からなる民間貯蓄率)に与える影響に関する実証研究を展望する.実証研究 を⑴国別データを用いた分析,⑵個別の国に関する時系列データを用いた分 析,⑶世帯調査からのマイクロ・データを用いた分析,⑷一般均衡モデルを 用いた分析に大別することができるので,それぞれについて順を追って取り 上げる.

4.1 国別データを用いた分析

(15)

4.2 個別の国に関する時系列データを用いた分析

次に,個別の国に関する時系列データを用いた分析に目を向けると,その ような分析も人口の年齢構成が貯蓄率に予想どおりかつ統計的に有意な影響 を与えるといった結果を得ている.たとえば,Horioka[1991,1992,1997]は 日本について,Modigliani and Cao[2004]は中国について,Campbell[2008] は日本とアメリカについて有意な結果を得ている.ただし,Horioka and Wan[2007]は中国について曖昧な結果を得ている.すなわち,老年人口比 率の係数は統計的に有意ではなく,年少人口比率の係数は都市世帯と農村世 帯をプールしたサンプルにおいてのみ符号条件を満たし,統計的に有意であ るといった結果を得ている.

次に,例として日本を取り上げる.図表 8 5 には 1955 2005 年の期間にお ける日本の年少人口比率と老年人口比率の推移が示されているが,この図表 からわかるように,年少人口比率は長期的な減少傾向を示しているのに対し, 老年人口比率は長期的な上昇傾向を示している.しかし,1970 年代半ばま では,年少人口比率の減少のほうがより顕著だったため,家計貯蓄率が上昇 傾向を示した.

(年) 年少人口比率 老年人口比率

0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0

1955 60 65 70 75 80 85 90 95 2000 05 (%)

図表 8 5 日本の人口の年齢構成の推移,1955 2005 年

注) 1.総務省統計局編,『国勢調査報告』(財団法人日本統計協会)より作成.

(16)

それに対し,1970 年半ば以降は,老年人口比率の上昇のほうが顕著だっ たため,家計貯蓄率は減少傾向を示している.しかも,老年人口比率の上昇 はこれからも続き,加速すると予想されているため,家計貯蓄率は減少し続 け,数年以内にゼロまたは負になる可能性さえもある(Horioka[1991,1992, 1997]参照).

4.3 世帯調査からのミクロ・データを用いた分析

次に,世帯調査からのミクロ・データを用いた分析に目を向ける.どの国 においても,高齢者,とくに退職後の高齢者はライフ・サイクル仮説が予言 するとおり,貯蓄を取り崩しており,ライフ・サイクル仮説が成り立ってい るようである(展望論文については Hurd[1990]とホリオカ・菅[2009]を参照さ れたい).

先行研究からの結論を再確認するため,最新のデータを用いて,日本にお ける高齢者の貯蓄行動について分析し,ライフ・サイクル仮説の検証を行う (ここで紹介するデータは Horioka[2006a,2006b],ホリオカ・菅[2009]で紹 介しているデータを更新したものである).第 2.1 項,第 2.2 項で述べたと おり,日本では,戦前から総務省統計局(旧総理府統計局)が「家計調査」 を実施しており,家計の消費・貯蓄行動に関するデータを収集・公表してい る.そしてその一環として,黒字率に関するデータを収集・公表している. 黒字率は,可処分所得(税引き後所得)に占める黒字(貯蓄)の割合として 算出されており,経済学者が用いる貯蓄率の概念に近い(「家計調査」の黒字 率のデータの概念上の欠陥については後述する).

「家計調査」は世帯主年齢階級別の黒字率(以下,貯蓄率と呼ぶ)に関す るデータを収集・公表しているが,残念ながらこの調査は,1994 年までは 勤労者世帯(世帯主が勤労者である世帯)についてのみ貯蓄率の収集・公表 をしており,自営業者世帯および無職世帯(退職後の世帯を含む)の貯蓄率 に関するデータの収集・公表はしていなかった.幸い,「家計調査」は 1995 年からは無職(退職後)の高齢者の貯蓄率に関するデータの収集・公表をし ているが,いまだに自営業者世帯の貯蓄率に関するデータは収集・公表して いない.

(17)

蓄率に関するデータが示されている.まず図表 8 6 の第 1 列には,世帯主が 60 歳以上の勤労者世帯の貯蓄率に関するデータが示されているが,この列 からわかるように,世帯主が 60 歳以上の勤労者世帯の貯蓄率は大きく正で あり,8.5%と 22.6%の間で推移している.ただし,世帯主が 60 歳以上の 勤労者世帯の貯蓄率は顕著な減少傾向を示しており,1995 99 年の期間にお いては 21,22%だったのに対し,2005 年には 8.5%まで減少し,その後は 若干持ち直しているものの,2007 年時点でも 11.1%にすぎなかった.

しかし,高齢の勤労者世帯が正の貯蓄をしているからといって,ライフ・ サイクル仮説が成り立っていないとは限らない.ライフ・サイクル仮説が成 り立っているか否かについて判断するためには,無職(退職後)の高齢者の 貯蓄率に関するデータが必要であり,上述のとおり,1995 年からはこのよ うなデータが存在する.

1995 2007 年の期間における「家計調査」からの無職(退職後)の高齢者 の貯蓄率に関するデータは図表 8 6 の第 2 列から第 4 列に示されている.第 2 列には,世帯主が 60 歳以上の無職世帯,第 3 列には,無職の高齢者世帯 (夫 65 歳,または女 60 歳以上から成る世帯で,少なくとも 1 人 65 歳以上の

図表 8 6 日本の高齢者の貯蓄率(黒字率)の推移,1995 2007 年

暦年 世帯主が 60 歳以上の勤労者世帯 世帯主が 60 歳以上の無職世帯 無職の高齢者世帯 無職の高齢夫婦世帯

1995 22.6 −11.5 −9.2 −9.3

1996 21.8 −10.8 −6.0 −5.8

1997 22.4 −9.9 −6.3 −5.1

1998 22.5 −11.3 −6.1 −5.4

1999 21.0 −14.6 −7.4 −6.0

2000 18.4 −16.2 −5.2 −4.0

2001 19.6 −20.4 −14.5 −14.3

2002 14.5 −26.0 −19.6 −18.3

2003 12.8 −24.6 −16.4 −15.7

2004 10.5 −29.2 −22.0 −21.4

2005 8.5 −27.4 −21.0 −17.4

2006 9.0 −26.8 −21.8 −23.0

2007 11.1 −28.8 −25.0 −24.2

注) 1.総務省統計局編,『家計調査年報』(各年)(財団法人日本統計協会)より作成.

(18)

者がいる世帯),第 4 列には,無職の高齢夫婦世帯(夫 65 歳以上,妻 60 歳 以上で構成する夫婦 1 組のみの世帯)の貯蓄率がそれぞれ示されているが, これらの列からわかるように,無職(退職後)の高齢者は貯蓄を大きく取り 崩しているだけではなく,取り崩しの度合は年々より顕著になってきている.

たとえば,世帯主が 60 歳以上の無職世帯の貯蓄率は 1998 年までは, −10%前後だったのに対し,1999 2001 年の期間中は,−15%から−20%ま での間で推移し,2002 年以降は−25%から−29%までの間で推移している. 同様に無職の高齢者世帯の場合は,貯蓄率が 2000 年までは,−5%から −9%までの間で推移したのに対し,2001 06 年の期間中は,−15%から −22%までの間で推移し,2007 年には−25%に(絶対値で見ると)跳ね上 がっている.また無職の高齢夫婦世帯の場合,貯蓄率は 2000 年までは−4% から−9%までの間で推移したのに対し,2001 05 年の期間中は,−14%か ら−21%までの間で推移し,2006 07 年には−23,24%に(絶対値で見る と)跳ね上がっている.

よって日本では,退職後の高齢者はライフ・サイクル仮説が予言するとお り貯蓄を大きく取り崩しており,その傾向が時間と共により顕著になってき ており,ライフ・サイクル仮説が成り立っているように見える.

しかし,今までは「家計調査」からの「黒字率」のデータをそのまま紹介 したが,第 2.3 項で指摘したとおり,この調査で用いられている「黒字率」 の概念は経済学者が用いる貯蓄率の概念に近いものの,いくつかの概念上の 欠陥があり,これらの欠陥によって,黒字率のデータがバイアスを含んでい る恐れがある.

(19)

つのバイアスは互いに相殺し合うため,全体のバイアスがそれほど大きくな い可能性が高い.

よって,「家計調査」からの「黒字率」のデータが含んでいるバイアスを 考慮したとしても,日本では退職後の高齢者はライフ・サイクル仮説が予言 するとおり貯蓄を大きく取り崩しており,ライフ・サイクル仮説が成り立っ ているといった結論は変わらない.

4.4 一般均衡モデルを用いた分析

最後に,一般均衡モデルを用いた分析に目を向ける.Braun, Ikeda, and Joines[2009]は計算可能な一般均衡モデル(computable general equilibrium model)を用いて日本の国民貯蓄率の過去および将来の動向について分析し, 人口の年齢構成の影響は過去においても将来においても大きく,人口の高齢 化(老年人口割合の上昇)によって 1990 年代における日本の国民貯蓄率の 減少の約 3 割を説明することができ,将来も国民貯蓄率を引き下げる方向に 働くといった結果を得ている.それに対し,Faruquee and Muhleisen[2003] は国際通貨基金(IMF)の一般均衡モデルを用いて,人口の高齢化によって 貯蓄率は必ずしも急落しないということを示している.なぜならば,人口の 高齢化は貯蓄率を引き下げる方向に働くが,同時に年少人口割合と平均寿命 が上昇し,これらの要因は逆に貯蓄率を引き上げる方向に働くからである. よって,どの種類の実証分析を見ても,そのほとんどがライフ・サイクル 仮説が成り立っており,人口の年齢構成が貯蓄率に予想どおりの影響を与え, 年少人口比率も老年人口比率も貯蓄率を引き下げる方向に働くといった結果 を得ている.

5

日本の家計(民間)貯蓄率の今後の動向

(20)

計(民間)貯蓄率の今後の動向を占う.

日本の人口は世界で類を見ない速度で高齢化しており,図表 8 4 からわか るように,日本の老年人口割合は 1975 年には 7.9%にすぎなかったが,わ ずか 25 年で 9.3 ポイントも上昇し,2000 年には 17.2%に達した.しかも, 日本の老年人口割合は他国と比較しても大きく伸びた.1975 年時点では, 日本の老年人口割合は OECD 加盟国中最下位だった(1975 年時点では韓国 のほうが低かったが,当時は韓国はまだ OECD 加盟国にはなっていなかっ た)が,わずか 25 年で 3 位に急浮上し,2000 年にはイタリアとスウェーデ ンの次に高かった.さらに,日本は 2005 年までにはスウェーデンを追い越 し,2010 年までにはイタリアを追い越し,世界一の(超)高齢社会になる と予測されている.そして,ライフ・サイクル仮説が予言するとおり,この 急速な人口の高齢化は貯蓄率の長期的な減少傾向をもたらしており,たとえ ば家計貯蓄率は 2006 年にはすでに 2.8%にまで落ち込んだ.

図表 8 4 からわかるように,日本の人口の急速な高齢化は今後さらに進行 し,2000 年から 2025 年までの 25 年間の間に 11.9 ポイントも上昇して 29.1%に達し,日本が世界一の(超)高齢社会の地位を維持すると予測され ている.そして,日本の人口の高齢化がさらに進行するにつれ,日本の家計 (民間)貯蓄率は今まで以上に減少し,数年以内にゼロまたは負になる可能 性が十分ある.Horioka[1989,1991,1992]などの試算によれば,他の要因の 影響を無視し,人口の高齢化の影響に着目すると,日本の家計貯蓄率は 2010 年頃にはゼロまたはマイナスにまで減少してしまう.

(21)

リカに次いで 3 位だった.したがって,日本においては消費者金融の普及度 は安定しており,最近までは G7 中もっとも高かった.

しかし,なかには家計貯蓄率を下支えする要因もある.まず,バブル崩壊 後,資産価格(とくに地価と株価)が下落しており,それによって家計資産 が減少している.バブル期までは家計資産の上昇が消費を刺激し,貯蓄を抑 制したが,バブル崩壊後はいわゆる「逆資産効果」が起きており,家計貯蓄 率を下支えしていると考えられる.

地価と株価の下落の影響を明らかにするために,1990 2005 年の期間にお ける G7(主要先進 7 カ国)の家計の非金融資産(実物資産)に関するデー タを紹介したい(302 ページの図表 8 7 参照).この図表からわかるように, 日本の家計の非金融資産(実物資産)残高の家計可処分所得に対する倍率は 1990 年時点では 6.80 だったが,2005 年までにはその倍率は 3.43 倍にまで 減少し,約半減した.その後,地価はいったん下げ止まる気配を示したもの の,再び下落しているようである.同様に,同じ図表 8 7 からわかるように, 日本の家計の株式残高の家計可処分所得に対する倍率は 1990 年時点では 0.57 だったが,2000 年までにはその倍率は 0.42 にまで減少した.その後日 本の家計の株式残高の家計可処分所得に対する倍率は回復し,2005 年時点 では 1990 年時点の水準を超え,0.76 倍にまで達したが,2008 年には株価が 再び下落した.

したがって,株価,地価などのような資産価格は上昇と下落を繰り返して いるが,現時点ではいずれも下落しており,家計貯蓄率の下支え要因になっ ているようである.

(22)

いる全回答者のうち,年金や保険が十分ではないから心配している回答者の 割合は 64.3%から 71.0%まで上昇し,老後の生活資金のために貯蓄をして いる全回答者の割合は 53.2%から 60.9%まで上昇した.これらの結果は老 後不安・年金不安が過去 10 年間において大きく増大し,それが人々の貯蓄 意欲を高めたことを物語っている.したがって,老後不安・年金不安の増大 が家計貯蓄率を下支えしているようである.

要約すると,地価,株価などのような資産価格の下落も老後不安・年金不 安の増大も家計貯蓄率の下支え要因になっている.しかし,これらの要因が 将来も該当し続けたとしても,人口の急速な高齢化を初め,家計貯蓄率を引 き下げる方向に働く要因の影響のほうがはるかに大きく,上述のとおり,日 本の家計(民間)貯蓄率は今まで以上に減少し,数年以内にゼロまたは負に なる可能性が十分あるという結論は変わらないように思われる.

6

人口の高齢化の政府貯蓄に与える影響

今までは,主として家計貯蓄率(または民間貯蓄率)について論じてきた が,国民貯蓄には政府貯蓄も含まれており,本節では政府貯蓄について考察 したい.

「失われた 10 年」においては,政府はたびたび景気対策を実施し,それに よって歳出が増大,歳入は減少し,財政赤字が膨張した(政府貯蓄が急落し た).その結果,国債の累積発行残高の国内総生産(GDP)に占める割合が 先進国のなかでもっとも高くなってしまい,維持不可能である恐れさえもあ る.したがって,政府は現在財政再建を最優先しており,2011 年までに基 礎的財政収支(プライマリー・バランス,国債などの借金を除いた歳入と, 過去の借金の元利払いを除く歳出との間の差)をゼロにする目標を掲げてい る.その結果,政府貯蓄が上昇し,この上昇が家計貯蓄の減少をある程度相 殺することになる可能性がある.

(23)

政府貯蓄が増加しない恐れがある.

しかも,中立命題が成り立っていれば,政府貯蓄が大幅に増加したとして も,人々が利他的であれば,家計は政府貯蓄が増加した分,家計貯蓄を減ら すはずである.なぜならば,政府貯蓄が増え,それによって政府が国債を償 還することができたとしたら,納税者はその分だけ後世が負担しなければな らない税金が減少することに気付き,その分だけ後世に残す遺産を減らそう とし,その分だけ家計貯蓄を減らすからである.

なお,Horioka[2002],ホリオカ[2002,2008b]は,日本では,何らかの見 返り(交換条件)がないかぎり子に遺産を残さない利己的な人と,何の見返 りがなくても子に遺産を残す利他的な人が混在し,どちらも相当いるという ことを示しており,利他的な人が相当いるということは,政府貯蓄の増加が 相当の程度,家計貯蓄の減少によって相殺されることを意味する.

つまり,今後,政府貯蓄は増加すると考えられるが,その増加幅はそれほ ど大きくない可能性が高い上,政府貯蓄の増加は家計貯蓄の減少によって相 当の程度相殺されると考えられるため,政府貯蓄の増加によって国全体の貯 蓄が大幅に増加する可能性はほとんどないと思われる.したがって,人口の 高齢化によって日本の家計貯蓄率,民間貯蓄率のみならず,国民貯蓄率も今 まで以上に減少することは間違いないと思われる.

したがって,日本の人口の高齢化などにともなって日本の貯蓄率が今まで 以上に減少することは間違いなさそうである.しかし,人口の高齢化の投資 に与える影響がわからなければ,人口の高齢化の国際収支に与える影響につ いて断言することができない.そこで,次に人口の年齢構成の投資に与える 影響について検証し,その結果を踏まえて人口の年齢構成の国際収支に与え る影響について考察する.

7

人口の年齢構成の投資と国際収支に与える影響

本節では,人口の年齢構成の投資および国際収支に与える影響について検 証する.

(24)

不足が生じる恐れがあり,労働不足が生じれば賃金が相対的に高くなり,利 潤を最大化する企業であれば,労働を資本で代替するはずであり,投資が増 加する可能性がある.一方,日本の人口は高齢化しているだけではなく,数 年前からほぼ横ばい状態となり,近々減少し始める見込みである.そして, 人口が減少すれば,経済の生産能力を拡大する必要が薄れ,投資が減少する はずである.したがって,人口の高齢化にともなって投資が増加するか減少 するかは理論的には定まらず,実証分析の結果を見なければならない.

すでに紹介した Bosworth and Chodorow-Reich[2006]論文は国別データを 用いて人口の年齢構成の貯蓄および投資に与える影響について吟味しており, どのサンプルを用いるかのよって結果は若干異なるが,人口の年齢構成は貯 蓄にも投資にも統計的に有意な影響を与え,年少人口比率と老年人口比率は いずれも,貯蓄だけではなく,投資も引き下げる方向に働くといった結果を 得ている.したがって,日本の人口が高齢化するにつれて貯蓄も投資も減少 すると考えられる.

しかし,Bosworth and Chodorow-Reich[2006]の結果によれば,人口の年 齢構成は投資よりも貯蓄により大きく影響する傾向がある.したがって,日 本では,人口の高齢化による貯蓄の減少幅は人口の高齢化による投資の減少 幅を上回り,IS バランス(貯蓄投資差額)が減少し,それによって資本収 支の赤字が減少し,その裏返しである経常収支の黒字も減少すると考えられ る.しかし,貯蓄の減少が投資の減少によってある程度相殺されるため,資 本収支の赤字の減少,経常収支の黒字の減少はそれほど顕著にはならないと 考えられる.

8

結論および政策的インプリケーション

本節では,本稿の分析結果を要約し,分析結果の政策的インプリケーショ ンついて考える.

(25)

占めてきており,もっとも予測しやすい家計貯蓄に焦点を当てた.

本稿の主な分析結果を要約すると,以下のとおりである.日本の貯蓄率は 以前は相対的にも絶対的にも高く,ほとんど世界一だった時期もあったが, 人口の高齢化などにともなって急落し,もはや相対的にも絶対的にも高くは ない.人口の高齢化のさらなる進行にともなって,日本の家計(民間)貯蓄 率は今まで以上に減少し,家計貯蓄(民間貯蓄)を下支えする要因があり, 政府貯蓄が若干増加する可能性があるにもかかわらず,国民貯蓄全体も今ま で以上に減少する.貯蓄が減少すると同時に投資も減少するが,人口の高齢 化による貯蓄の減少幅は人口の高齢化による投資の減少幅を上回るため,IS バランス(貯蓄投資差額)が減少し,それによって資本収支の赤字が減少し, その裏返しである経常収支の黒字も減少する.しかし,貯蓄の減少が投資の 減少によってある程度相殺されるため,資本収支の赤字の減少,経常収支の 黒字の減少はそれほど顕著にはならないであろう.

最後に,以上の分析結果の政策的インプリケーションについて考えたい. まず,日本の貯蓄率,とくに家計貯蓄率が今まで以上に減少し,ゼロまたは マイナスになることの意味を考えてみたい.家計貯蓄率がゼロになるという ことは,家計資産が増えたりも減ったりもしないということを意味する.ま た,家計貯蓄率がマイナスになるということは,家計資産が減少するという ことを意味する.

(26)

の総資産(金融資産と非金融資産の和)の残高の家計可処分所得に対する倍 率は 8.72 倍であり,イタリア,イギリスに次いで G7 中 3 位であり,もっ とも広い概念である正味資産(総資産残高から負債残高を差し引いたもの) は同 7.40 倍であり,イタリア,イギリス,フランスに次いで G7 中 4 位 だった.したがって,どの種類の資産について見ても,(近年の実物資産残 高を除けば)日本の家計資産残高は依然として絶対的にも相対的にも高く,

図表 8 7 G7 における家計の資産・

国 1990 1995 2000 2005

カナダ

正味資産 416.5 7 483.7 7 502.2 7 535.0 7

金融正味資産 177.5 5 225.7 5 240.1 5 216.9 5

非金融資産 239.0 6 258.0 6 262.0 6 318.0 6

金融資産 270.4 4 329.1 4 352.7 5 343.7 5

うち株式 49.6 5 66.3 4 84.3 4 82.8 3

総資産 509.4 7 587.1 6 614.7 7 661.7 7

負債 92.9 3 103.4 3 112.6 4 126.8 4

フランス

正味資産 541.8 4 507.7 5 552.9 5 749.8 3

金融正味資産 169.6 6 195.0 6 206.2 6 203.6 6

非金融資産 372.2 5 312.7 4 346.8 5 546.3 2

金融資産 248.3 5 262.9 5 283.0 6 290.5 7

うち株式 114.1 1 89.6 2 84.0 5 81.3 4

総資産 620.5 4 575.6 7 629.8 6 836.8 4

負債 78.7 5 67.9 6 76.8 6 87.0 6

ドイツ

正味資産 535.6 5 496.0 6 547.7 6 587.2 5

金融正味資産 130.8 7 135.4 7 158.4 7 186.7 7

非金融資産 404.8 3 360.6 3 389.3 3 400.5 4

金融資産 200.7 7 236.0 7 272.9 7 293.8 6

うち株式 11.6 7 43.4 7 74.8 6 71.3 6

総資産 605.5 5 596.6 5 662.2 5 694.3 6

負債 70.0 6 100.6 4 114.5 2 107.1 5

イタリア

正味資産 636.9 2 739.4 2 825.6 1 935.3 1

金融正味資産 196.3 4 228.3 4 329.8 4 313.0 2

非金融資産 440.5 2 511.1 1 495.9 1 622.3 1

金融資産 225.4 6 254.6 6 382.2 4 378.1 4

うち株式 46.0 6 46.5 5 97.9 3 84.4 2

総資産 665.9 3 765.7 2 878.1 2 1000.4 1

(27)

マイナスの家計貯蓄率が当面続いたとしても家計資産が底をつく心配はない. 次に,分析結果のマクロ的なインプリケーションについて考えたい.投資 を行うためにはその財源となる貯蓄が必要である.したがって,世界全体で 見ると,投資と貯蓄が等しくなければならない.しかし,各国または各制度 部門において投資と貯蓄が均衡する必要はない.なぜならば,貯蓄が不足し ている制度部門または国が貯蓄が余っている制度部門または国から資金を借 負債残高の推移,1990 2005 年

国 1990 1995 2000 2005

日本

正味資産 947.6 1 757.0 1 747.7 3 740.4 4

金融正味資産 268.0 1 288.9 2 335.7 3 397.2 1

非金融資産 679.6 1 468.1 2 411.9 2 343.2 5

金融資産 398.8 1 426.1 1 470.3 2 529.1 1

うち株式 57.3 3 44.7 6 41.5 7 75.6 5

総資産 1078.4 1 894.2 1 882.2 1 872.3 3

負債 130.8 1 137.2 1 134.6 1 131.9 3

イギリス

正味資産 611.0 3 555.8 3 750.1 2 786.9 2

金融正味資産 214.1 3 285.6 3 372.3 1 286.3 4

非金融資産 396.9 4 270.2 5 377.8 4 500.6 3

金融資産 329.9 3 392.2 3 486.5 1 441.0 2

うち株式 61.2 2 76.2 3 112.6 2 69.2 7

総資産 726.8 2 662.4 3 864.3 3 941.6 2

負債 115.8 2 106.6 2 114.2 3 154.6 1

アメリカ

正味資産 474.5 6 509.3 4 579.0 4 569.5 6

金融正味資産 259.0 2 305.6 1 359.8 2 300.8 3

非金融資産 215.5 7 203.8 7 219.2 7 268.7 7

金融資産 345.6 2 399.3 2 462.7 3 434.9 3

うち株式 52.1 4 97.9 1 151.6 1 106.8 1

総資産 561.1 6 603.1 4 681.9 4 703.6 5

負債 86.6 4 93.8 5 102.8 5 134.1 2

注) 1.1990 年のデータは , vol. 2003/1, no. 73(2003 年 6 月),別表 56;1995 年のデータは同 vol. 2004/2, no. 76(2004 年 12 月),別表 58;2000 年と 2005 年のデータは同 vol. 2008/1, no. 83(June 2008),別表 58 より作成.

(28)

り入れることができるからである.

日本の資本収支の赤字が減少するということは,日本が今までほど海外に 資本を提供できなくなるということを意味する.しかし,2 つの理由で,こ れはそれほど深刻な問題にはならないと思われる.まず第 1 に,上述のとお り,貯蓄率の減少が投資の減少によってある程度相殺されるため,資本収支 の赤字の減少はそれほど顕著にはならないからである.第 2 に,世界全体で 貯蓄が不足していれば,日本が海外に資本を今までほど提供できなくなるこ とは世界経済に悪影響を及ぼすが,世界全体で貯蓄が不足しておらず,他に 資本を提供できる国があれば問題はないからである.Horioka[2010]が指摘 しているとおり,アジアに限っても,中国を初め,東アジア,東南アジアに 多くの高貯蓄国があり,これらの国の人口は日本よりも数十年遅れて高齢化 するため,これらの国はしばらくは高い貯蓄率を維持すると考えられる.た とえば,老年人口割合(総人口に占める 65 歳以上の人口の割合)は日本で は 1990 95 年に 14%に達したが,香港では 2010 15 年まで,韓国とシンガ ポールでは 2015 20 年まで,中国とタイでは 2025 30 年まで,ベトナムでは 2035 40 年まで,マレージアとインドネジアでは 2040 45 年まで,インドと フィリピンでは 2050 55 年までこの水準に達しないと予測されている (Horioka[2010]).

したがって,日本の貯蓄率,資本収支の赤字,経常収支の黒字が減少した としても,世界全体で貯蓄が不足していない限り,世界経済に悪影響を与え るとは限らないし,日本の IS バランス(貯蓄投資差額)が赤字に転じたと しても,貯蓄の不足分をアジアの高貯蓄国またはそれ以外の国からの資本流 入によって補うことができ,問題はない.

たしかに,バブル崩壊後は,日本は海外で資金を調達する際に支払わなけ ればならない金利にはいわゆる「ジャパン・プレミアム」が含まれていたた め,資金調達コストが高くなっていたが,日本経済が順調に回復し,日本政 府が財政再建を実現すれば,「ジャパン・プレミアム」を支払わなくても済 むはずである.

(29)

資本収支の赤字の減少,経常収支の黒字の減少が予想以上に大きくなる可能 性がなきしもあらず,日本の国債の累積発行残高が維持可能ではない可能性 が高いので,日本政府が必要以上に財政赤字(政府貯蓄の取り崩し)を増や したり,その縮小を怠るべきではない.日本経済は一進一退しながらも回復 しつつあるので,日本政府は直ちに財政再建に着手し,財政を均衡させるこ とによって,空前の国債発行残高の対国内総生産(GDP)比を下げるべき である.不況のときに財政再建を行うと,不況が長引き,痛みをともなうの で,好景気のときに行うべきであり,定着しつつある好景気が財政再建の絶 好のチャンスであると思われる.

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参照

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