• 検索結果がありません。

組織学会|組織科学:バックナンバー

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "組織学会|組織科学:バックナンバー"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

:

31

  特集/雇用システムの変化と安定

なぜ日本の雇用システムは強靱か:制度比較の

観点から

  宮本 光晴(専修大学 経済学部 教授)

  キーワード

雇用ルール,機能的柔軟性,職能ルール,職務ルール

Ⅰ.雇用制度改革の混乱

日本の雇用システムをめぐって喧しい議論が続 いている.議論が錯綜するのは,日本の雇用シス テムがどのように変化したのかという実証面の議 論と,どのように変化すべきかという規範面の議 論が混在することにある.前者の問題は,日本経 済の「失われた 20 年」の結果,日本の雇用シス テムはどのように変化したのかであった.日本企 業の長期の業績低迷に加えて,1990 年代終盤か らの株主重視の方向への企業統治の変化は,日本 の雇用システムの 2 つの骨格,長期雇用と職能賃 金の維持を困難にすると思われた.事実,既存事 業の再編を進める戦略的経営は,雇用リストラを 通じて正社員の比率を急速に引き下げ,昇進選抜 の早期化など既存の人事制度の変革は職能賃金に 代えて成果主義の導入を進めた.しかしこれらの 変化にもかかわらず,現実には長期雇用の方針自 体 は 維 持 さ れ て い る(Kambayashi & Kato,

2012).同じく成果主義の導入も,現実には職能 賃金との接合が図られている(宮本,2014).こ の意味で日本の雇用システムの変化は漸進的とい うものであり,「失われた 20 年」を通じた変化の 圧力にもかかわらず,その制度的強靱性を示して いる.するとなぜそうなのかが改めて問うべき課 題となる.

しかしこの現実から常に繰り出されるのが,全 面的変化の主張となる.曰く,「失われた 20 年」 によっても日本の雇用システムは漸進的にしか変 化しない.そのため日本経済は「失われた 20 年」 どころか,さらなる低迷をさまよっている.障害 となるのは長期雇用の制度であり,これによって 雇用調整は遅れ,日本企業は過剰雇用と低生産性 に陥っている.あるいは雇用の流動化が阻まれ, 産業構造の転換が遅れ,日本経済の再生が進まな い.よって日本経済の再生のためには,日本の雇 用システムの岩盤を打ち破り,雇用の流動化を進 める必要がある――このような主張が成長戦略の たびごとに繰り返された.

(2)

これに加えてもう 1 つ,突如,「職務限定・無 限定」の議論が登場した.曰く,欧米では雇用契 約で職務が明示され確定されるのに対して,日本 では不明確で無限定である.よって日本の従業員 は会社が命じるままにさまざまな仕事に就き,勤 務地も労働時間も会社が命じるままとなる.これ が正社員の働き方であり,ワークライフ・バラン スからは程遠い働き方,専業主婦の支えがなけれ ば維持できない働き方であり,このような働き方 の負担と引き換えに,正社員には安定した雇用と 賃金が与えられてきた.それはしかし,非正規労 働者の雇用の不安定と低賃金の犠牲の上に成り立 つ働き方であり,このような働き方の変革こそが 必要とされている.根本の課題は働き方という岩 盤の制度改革であり,そのためには欧米に倣い, 職務無限定の雇用制度を職務限定の制度に変革す る必要がある.これによって同一労働同一賃金の 職務給が成立し,正規と非正規労働の間の格差も 解消する.このような主張が,その分かりやすさ ゆえに,マスメディアの上で流布している.

果たしてこれは本当か.正規と非正規労働の間 の格差から,長時間労働やワークライフ・バラン スまで,確かに日本の雇用システムはさまざまな 問題を抱えている.ただし,その理由が職務無限 定であるから,というのはあまりに短絡であろ う.あるいは長期雇用が妨げとなり産業構造の転 換が進まない,というのもあまりに一面的であろ う.労働移動に関しては,1997 年と 2013 年の就 業者数を比較すると(就業構造基本調査),建設 業で 150 万人,製造業で 250 万人減少し,医療・ 福祉分野で 350 万人,サービス産業全体で 530 万 人増大している.つまり,雇用があれば人は移動 する.なるほど情報通信業では 50 万人の増大で しかなく,金融・保険業に至っては 30 万人の減 少である.それはしかし,IT と金融分野の日本 企業の競争力の弱さのためであり,その理由は人 材の不足,何よりも経営人材の不足にあるとして も,雇用流動化の不足のためではない.あるいは 日本の産業の低生産性は,中小・サービス分野に 集中するのであり,長期雇用と職能賃金を維持す る製造業大企業では「失われた 20 年」の間も高

い生産性を維持している(深尾,2012). もちろん改革の課題を否定するわけではない. ただし制度改革は,改革すべき既存の制度をどの ように認識し,目標とすべき新たな制度をどのよ うに認識するかにかかっている(寺西,2011). この 2 つにおいて誤るなら,改革が成功すること はない.いやその改革は,多大な災禍をもたらす ことになる.しかるに改革が主題となるや,議論 は根本的改革を競い合うかのようになる.なるほ ど,雇用流動化と職務限定(職務賃金)の働き方 は,既存のシステムの根本的改革と言うにふさわ しい.しかし,根本的や全面的であることが改革 の目標となるわけではない.

改革の理念や目標とはかかわりなく,日本の雇 用システムは変化を進めると同時に,制度として の持続を保持している.変化と持続の両面から制 度が進化するのであれば,「失われた 20 年」を通 じて露わとなったのは,産業や企業ごとの違いで あり,競争劣位の産業では長期雇用と職能賃金か ら離れて競争優位とみなす方向に変化を強めるこ とも当然となる(山内,2013).この意味で日本 の雇用システムは多様な方向に進化する.株主重 視の企業統治やグローバリゼーションなど,変化 を迫る要因は各国ともに同じであるとしても,そ の対応において国ごとの違いだけでなく,国の内 部の違いもまた生まれるわけであり,この意味で 制度の収斂ではなく,日本の雇用システムの進化 と多様性を捉える必要がある.

(3)

後者が落ち込む自虐も,視野狭窄に陥るのであ り,ここからは日本の雇用システムの真の姿が見 えてこない.視野狭窄から抜け出るためにも,比 較を通じて自国の制度を正確に知る必要がある. 以上の観点から,本稿ではまず,D. マースデ ンによって示された雇用システムの比較の枠組み から始めよう(Marsden, 1999).比較のために は,個々の現象の吟味だけでなく,それらの共通 性と異質性の双方を捉える理論的枠組みが必要と なる.でなければ,表面的に観察される現象か ら,共通性か異質性のいずれか一方に偏る理解と なりかねない.その概要はすでに宮本(2016)で 示したのであるが,以下の議論の基本的枠組みと して再度提示したうえで,日本の雇用システムの 基本構造を示し,直面する課題を検討したい.

Ⅱ.4 つの雇用ルール

まず雇用制度の本質として,労働の市場取引と 雇用関係の違いを確認しよう.周知のように,コ ース,ウィリアムソンの企業理論は,前者では契 約時に雇用期間や職務内容が決まるのに対して, 後者では雇用期間を未定とし,契約後に職務内容 を決める点に企業の本質があるとした(Coase,

1937;Williamson, 1975).後者は不完備契約と 呼ばれ,これによって企業の側は 1 回ごとの契約 に伴う取引コストを削減し,必要に応じた労働供 給を確保し,事後の変動する環境に適応すること が可能となる.他方,従業員の側もまた,期間を 明示しない契約によって 1 回ごとの雇用でなく雇 用の継続が可能となる.これが正社員の雇用制度 であるのに対して,現在,雇用期間を定めた非正 規雇用が日本の雇用の 4 割弱を占めている.ただ し男性の約 8 割は正規雇用であるように,正社員 の雇用が不可欠であることに変わりはない.パー トや派遣労働に頼る結果,必要に応じて労働を確 保することの困難を最近の事例が教えている.

では,契約後の職務内容はどのように決まるの か.周知のようにサイモンは,「無関心圏」とい う概念を提示し,「ある範囲内」での雇用者の権 限と従業員の受容によって決まるとした(Simon,

1951).つまり,雇用者による職務の決定とその 受容はある意味でルーティン化されている.この 種のルーティンがなければ組織の日常的な運営は 行き詰まる.それはしかし,暗黙の合意というも のであり,「ある範囲」を超えて雇用者の権限が 行使される可能性は排除できない.これを雇用者 の機会主義とすると,同じく暗黙の合意を無視し た従業員の機会主義の可能性もまた排除できな い.

このように考えると,「職務無限定」とは,「無 関心圏」の範囲が無限定であると想定することに 帰着する.しかしこれはありえない.日本の正社 員がどれほど企業忠誠心に溢れているとしても, あるいは「人事権の絶対」に縛られているとして も,そして雇用と賃金の保証を得ているとして も,雇用者の無限定の権限を受け入れることはな い.いや,無限定の権限に頼って職務の遂行が期 待できるわけでなく,人も集まるわけではない. よって雇用関係が成立するには,雇用者と従業員 双方の機会主義が抑制される必要がある.そのた めには「ある範囲内」とする権限の行使とその受 容に関して,企業と従業員が共有するルールがな ければならない.そのようなルールがなければ, 雇用関係ではなく,契約時に職務内容を確定した 市場取引が成立する.これが雇用関係に対するマ ースデンの問題設定であり,そこには 4 つの基本 ルールがあることが示される.

(4)

次のステップとして,効率性と履行可能性の条 件を満たすにはそれぞれ 2 つの方法があることが 示される.この点に著者の巧みなアイデアがあ り,まず職務設計の効率性に関して,1 つは,関 連する仕事をまとめて 1 つの職務とする方法(生 産アプローチ),もう 1 つは,関連する技能をま とめて 1 つの職務とする方法(訓練アプローチ) とする.前者では,職務の要求に人の能力を合わ せるために仕事に即した OJT が制度化され,後 者では,職務の設計の前提として仕事に就く前の 職業訓練が制度化される.次に,職務配分の履行 可能性に関して,1 つは,仕事(task)を確定す ることによって職務に人を配置する方法(仕事優 先アプローチ),もう 1 つは,組織が必要とする 機能に基づいて職務を編成し人を配置する方法 (機能優先アプローチ)とする.前者では仕事と 人を 1 対 1 に対応させることにより,職務の配分 の不透明さは排除される.これに対して後者で は,機能の要請に応じて仕事と人は直接には対応 しない.そこで人に関して,機能が必要とする能 力や技能を定義し,技能の次元でカテゴライズさ れた人に対して職務が配分される.以上のことか ら,職務設計の 2 つの方法,職務配分の 2 つの方 法を組み合わせることにより,表 1 のように 4 つ の雇用ルールが導き出される.

以上の記述は非常に抽象化されたものである が,職務(work post)ルールがアメリカとフラ ンス,職域(job territory)ルールがイギリス, 職能(competence rank)ルールが日本,資格 (qualification)ルールがドイツの雇用制度に対応 づけられる.つまり,個々の企業の生産技術上の 必要に基づいて職務を編成する方式(生産アプロ ーチ)がアメリカとフランスそして日本の内部労 働市場を形成し,そのうえで職務を確定して人を 配置する方式(仕事優先アプローチ)がアメリカ

とフランスの職務ルール,人の能力に応じて職務 を配分する方式(機能優先アプローチ)が日本の 職能ルールとなる.他方,職業訓練が与えるひと まとまりの技能に基づいて職務を編成する方式 (訓練アプローチ)がドイツとイギリスの職業別 労働市場を形成し,そのうえで保有する技能に応 じて職務を配分する方式(仕事優先アプローチ) がイギリスの職域ルール,認定された資格に応じ て職務を配分する方式(機能優先アプローチ)が ドイツの資格ルールとなる.

このように,4 つの雇用ルールは各国の雇用制 度と対応づけられるのであるが,ルールの導出そ のものは,職務の設計と職務の配分に関わる基本 原理の組合せから論理的になされる.それはま た,システムを構造化する分類という操作に関わ っている.つまり,分類によってシステムを構成 する要素は区分され,等級化され,いくつかの同 等の関係に構造化される.すると,仕事優先アプ ローチに基づく雇用システムは仕事を確定するた めに職務の分類を制度化し,他方,機能優先アプ ローチは機能の担い手を確定するために個人の分 類を制度化する.そのうえで,職務の分類におけ る生産アプローチと訓練アプローチの違いが職務 ルール(職務等級の分類)と職域ルール(同職の 分類)に,個人の分類における生産アプローチと 訓練アプローチの違いが職能ルール(企業内の能 力ランクの分類)と資格ルール(社会的に認定さ れた技能資格の分類)に帰着する.

このように共通の枠組みに基づくことにより, 異なるシステムの間の同質性と異質性が共に理解 できる.たとえば雇用システムの比較では,日本 は「人」基準であるのに対して欧米は「仕事」基 準,といった対比がなされる場合が多い.しか し,「人」基準とは能力基準のことであり,職務 の配分を人(能力)基準とする点で日本とドイツ は類似する.他方,職務の設計を仕事基準とする 点で日本とアメリカが類似する.すると,職務の 設計も職務の配分も仕事基準とするのはアメリカ だけであり,人(能力)よりも仕事の定義が先行 する生産組織が,テイラー主義やフォード主義と 呼ばれてきた.では以上の枠組みから,日本の雇

1 雇用ルールの類型

履行可能性の制約 (職務の配分)

(5)

用システムはどのように理解できるのか.

Ⅲ.職務限定・無限定

生産組織の比較研究では,一方に上記のテイラ ー型の組織を置き,それとの比較で「学習する組 織」の在り方が主題となる場合が多い(Lorenz

& Valeyre, 2005).従業員の仕事を通じた学習を 促進する組織,とりわけ問題発見と問題解決の能 力を高める組織であり,そのためには職務の範囲 を広くし,職務の配置や編成の柔軟性を高める必 要がある.つまり,生産組織の機能的柔軟性であ り,それと同時に柔軟性の追求は,雇用者の権限 や機会主義の余地を大きくする.ゆえに柔軟性に 対する従業員の協力や信頼を確保するには,職務 の設計と職務の配分における雇用者の恣意性や機 会主義を制約する必要がある.

この 2 つの課題においてドイツの資格ルールと 日本の職能ルールが優位する.すなわち,ドイツ の資格ルールは,職務の設計を職業訓練制度(デ ュアルシステム)が与える職業資格や技能資格を 基準とすることにより(訓練アプローチ),企業

ごとの独自性や恣意性を排除する1).そのうえ

で,認定された資格に応じて職務の配分と評価を 保証することにより(機能優先アプローチ),資 格に対応した仕事だけでなく,付随する仕事も含 めて職務の範囲を広げることが可能となる.この 点で,保有する技能ごとに仕事を確定する職域ル ールとの違いが生まれる.さらに上位の職務への 昇進も追加的な訓練が与える資格が保証する.こ のように機能的柔軟性に対する従業員の信頼は資 格ルールによって支えられている.

他方,日本の職能ルールは,企業の生産技術上 の必要に応じた職務の設計によって(生産アプロ ーチ),企業ごとに職務の範囲を広くする.その うえで,個々の従業員の技能形成と評価に応じて 具体的な仕事が配分される(機能優先アプロー チ).ただし,能力の評価つまり査定は恣意的と なり,よって欧米の労働者は査定を拒否するのに 対して日本の労働者だけが査定を受け入れる,と いった指摘も根強い.この点に関してマースデン

は,小池和男氏の「仕事表」の概念を参照し(小 池,2005),習得すべき技能と習得した技能の一 覧が公開されることにより,査定にまつわる雇用 者の恣意性がコントロールされることを指摘す る.

このように機能的柔軟性が必要とする能力の形 成と評価の制度を日本は職能資格制度とし,これ によって評価結果を公開し,評価者の恣意性を制 約した.他方,ドイツのデュアルシステムは,実 質的に企業内でなされる技能形成を公式の資格制 度とすることにより,訓練とその結果を公開し, 恣意性の問題を回避した.これに加えて日本とド イツでは,労使協議制や職場レベルの従業員集団 の発言によって,さらにドイツでは企業統治レベ ルの従業員の発言によって,雇用者の権限が制約 される.これによって機能的柔軟性に対する従業 員の協力や信頼を高めることも可能となる.

最初の問題に戻って言えば,このように機能に 基づき職務の範囲を広げ,職務の配分を柔軟にす ることは,従業員の仕事が雇用者の権限によって 一方的に決まることを意味するわけではない.ま してや「職務無限定」のまま,その都度命じられ た仕事に就くわけではない.日本の特徴は職務の 範囲が相対的に広いというだけであり,その中で 複数の仕事をローテーションする,あるいは関連 する職務や職能間を移動する(小池,2005).確 かにこれは企業の機能上の必要に基づいている. これが可能であるのは,それが従業員の技能形成 につながり,能力の評価に応じた処遇がキャリア として制度化されるからであり,このような条件 があって幅広い職務とその機能的柔軟性が成立す る.

(6)

員削減が始まる.それは雇用を失う点で解雇と同 じであるが,ルールに基づくことにより,そして 組合との合意に基づくことにより,雇用維持に対

する裏切りであることから免れる2).他方,ドイ

ツの資格ルールは,その職業資格が企業間の移動 可能性を保証する限り,雇用維持の条件を弱める ことができる.ただし従業員にとって,雇用削減 の事態は同一産業や同一職種内に広がるわけであ り,ゆえに雇用優先の「ワークシェアリング」が ドイツの雇用制度となる.

これに対してアメリカとフランスの職務ルール とイギリスの職域ルールが,「職務限定」型に対 応する.前者は職務の配分のために,仕事(task) を確定する.これによって同一労働同一賃金の職 務給が成立する.ただし職務の設計は企業ごとの 生産アプローチに従う以上,企業間で同一労働同 一賃金が成立するわけではない.また雇用の流動 化が格別進むわけでなく,企業側の解雇自由に対 する労働側の先任権のルールによって,むしろ雇 用保障は強まることになる.他方,後者の職域ル ールは,めいめいが保持する技能と仕事を直接結 び付けることにより,職務領域(縄張り)を確定 する.これによって同職者の間で同一労働同一賃 金が成立し,かつ同職内での移動の制約は除去さ れる.

ただし,職務を確定する結果,職務ルールや職 域ルールは職務編成の硬直性のため,仕事を通じ た能力形成,とりわけ問題発見と問題解決のため の能力形成の障害となる.よって柔軟型への制度 変更がしばしば課題とされた(Kochan, 1985). しかしそれが能力形成につながり,能力評価に基 づく処遇につながることがなければ,そして評価 (査定)に対する信頼がなければ,さらに柔軟性 への協力が雇用の継続を保証するのでなければ, あるいは発言や参加によって雇用者の権限を抑制 するルールがなければ,従業員は職務を特定化 し,仕事量を確定することの安全を選択する.換 言すれば,このジレンマを解決するには職務を定 型的業務とすればよい.よって職務ルールや職域 ルールの下ではテイラー型やフォード型と呼ばれ る伝統的な生産組織が存続することになる.

さらに,職務限定の手段として持ち出されるの が詳細な職務記述書となるのであるが,この点に 関してマースデンは,職務記述書の不完備性を指 摘する.なぜなら仕事を通じた経験的知識や暗黙 知に基づく仕事内容が文章化できないことは明白 であり,これに加えて実際の職務記述書には,但 し書きとして,必要に応じて「その他の職責」が あることが記載されている.変化に対応するには このような形で最低限の柔軟性が必要になるとい うことであるが,これを著者は 1835 年のアメリ カの国務省職員の職務記述書から指摘するのであ るが,同様の但し書きは,笹島(2008)が紹介す る現在のアメリカ企業の職務記述書にも見ること ができる.

誤解なきよう,日本において職務記述がないわ けではない.トヨタに関して小池(2013)や藤本 (2004)が指摘するように,個々の職務に関して 文章主義と見まがうほどの詳細な記述がなされて いる.これによって標準作業を確立すると同時 に,問題発見と問題解決ごとに書き換えられる. つまり,ルーティンを確立すると同時に,ルーテ ィンを改善する.このような現場の柔軟性や自発 性が職能ルールの職務記述であるのに対して,職 務ルールの職務記述に関して,マースデンは,そ れは現場の裁量を定期的に「締め直す」ためにあ ることを指摘する.なぜなら職務記述書の意図は 個人ごとの職責を確定することにある以上,それ を曖昧とする現場の裁量や柔軟性は排除すべきと なる.この硬直性と引き換えに,柔軟性に対する 協力や信頼を不要として,つまりは協力のために かかるコストをかけることなく,生産を可能とす るのが職務ルールの雇用制度だということにな る.それは頑健なシステムであることは間違いな い.その有効性は現在も途上国での普及によって 示されているとしても,高度な生産システムにと って目標とすべき制度からは程遠い.

Ⅳ.雇用制度の多様性

(7)

者を対象としている.ゆえにアメリカの雇用制度 は職務ルールに基づく内部労働市場として説明さ れるのであるが,周知のようにアメリカの大卒ホ ワイトカラーは別種の内部労働市場を構成する (Osterman, 1988).それを生産アプローチの下で の機能優先アプローチとすると,日本と同様,職 能ルールの雇用制度に帰着する.事実,職務の範 囲は広く(ブロードバンディング),能力あるい は業績評価に基づく範囲給(レンジ・レート)が アメリカの大卒ホワイトカラーの雇用制度だとす

ると,それは職能ルールと同等となる3).この意

味で一般に管理職につながる大卒ホワイトカラー に関しては,職能ルールの普遍性が指摘できる. 誤解なきよう,日本のルールの普遍性ではなく, 個々の企業に固有の職務設計(生産アプローチ) と機能に基づく柔軟な職務編成(機能優先アプロ ーチ)から構成された雇用制度の普遍性であり, すると日本に関しては,ブルーカラーもまた職能 ルールに基づくという意味で,周知の小池命題, 「ブルーカラーのホワイトカラー化」が指摘でき

る.

このようにホワイトカラーに関しては,一般に 生産アプローチと機能優先アプローチが優位にな るとしても,もちろん国ごとの違いは大きい.ア メリカでは職務の設計が生産アプローチに基づく 以上,職務の編成が機能優先アプローチに変化す れば,職務ルールは職能ルールに移行する.これ が大卒ホワイトカラーだとすると,現場のホワイ トカラーは,職務の配分を仕事優先アプローチと する限り,職務ルールに留まることなる.

他方,ドイツのホワイトカラーに関しては,大 卒者以外はデュアルシステムに組み込まれる.特 に金融や情報通信の分野では大学入学資格取得の 学力をデュアルシステムの条件とする場合が多 い.この意味でドイツの現場のホワイトカラーは より高度なレベルまで資格ルールの適用となる. これに対して,仕事に就く前の職業訓練制度が衰 退すれば,職務の設計は訓練アプローチではなく 生産アプローチとなる.これがイギリスのケース だとすると,ブルーカラーとホワイトカラーを含 めて,その職域ルールは職務ルールに移行する.

もう 1 つ,職務の配分に関しても,人の分類と して MBA 取得組やキャンパス採用組や特急組な どの区分を明示するアメリカ方式と,この種の区 分を回避する日本方式の違いは大きい.前者は経 営層への特別に早い昇進と特別に広い移動を制度 化し,後者は全員の段階的な評価によって遅い昇 進を制度化する.同じく,小池・猪木(2002)所 収の各論文が示すように,日本以外では現場のホ ワイトカラーと管理職に昇進する大卒ホワイトカ ラーを区別することによって,さらに途中入社か らの管理職昇進を制度化することによって,管理 職への昇進を日本よりも早くする.すると早い昇 進の制度の下で,昇進の機会を逃した者が別の機 会を求めて他企業に転出することも当然となる. この結果,欧米では転職や中途採用の意味での雇

用流動化が進むのに対して4),日本では遅い昇進

の結果,他企業への転出の意欲は抑えられ,ある いはその機会を失うことになる.この機会損失を 埋めるのが職能資格の上での処遇であったと言え る.しかしその余裕はなくなり,この点での修正 が職能等級に代わる役割等級や成果主義の導入と なり,さらには降格の制度化となった(石田・樋 口,2009).

ホワイトカラーに関してはもう 1 つ,専門職の 雇用制度がある.それは訓練アプローチと機能優 先アプローチに基づくという意味で,資格ルール の雇用制度とみなせる.ただしドイツ型の資格ル ール,すなわち認定された資格に応じて仕事が保 証されるわけではない.訓練アプローチが MBA に代表されるような資格を与えるとしても,それ はあくまで入職につながるだけであり,その後の キャリアは個人間の競争に従う.あるいは MBA の価値自体も競争に従う.よって激しい労働,長 時間労働も常態化する.このようなビジネスとし ての専門職がアメリカのもう 1 つの雇用制度とな る.

(8)

が使用する工具によって習得した技能が識別さ れ,これによって同職者としての職域が確定され ることを指摘する.このような職域ルールは,現 在もクラフト職に見ることができると同時に,脳 外科医といった職種においても,使用する器具が メスかカテーテルかによってそれぞれの職域が確 定される.これを専門分化した知識労働者の職域 ルールだとすると,このような領域がアメリカの もう 1 つの雇用制度となる.

するとアメリカは,ホワイトカラーに関して 4 つの雇用ルールを備えることになる.この意味で の多様性にアメリカの強みがあると言うこともで きる.もちろん日本においてもホワイトカラーの 資格ルールや職域ルールを見ることができるとし ても,その領域は限られている.周知のように旧 日経連の「新時代の『日本的経営』」は,雇用ポ ートフォリオとして「高度専門能力活用型」の雇 用の拡大を謳ったのであるが,その期待は裏切ら れ,非正規雇用としての「雇用柔軟型」の拡大だ けに終わった.あるいは特定部門に限定した専任 職や職務をより限定した特定職の導入が,その雇 用ポートフォリオの内容であった.

これに対してアメリカでは,プロジェクトベー スの雇用や「企業の境界を超えた雇用」(Arthur

& Rousseau, 1996)の登場が述べられる.それは 機能的柔軟性を備えた流動的雇用とされ,その典 型としてシリコンバレーやハリウッドがあげられ る.あるいは研究職やクリエーターなど多様な知 識労働者があげられる.つまり,1 つのプロジェ クトごとに多様な専門領域を備えた者たちが集ま り,全体の統括者の下で柔軟にプロジェクトを遂 行する.これが「新しい雇用」(Cappelli, 1999) である理由は,その技能形成とキャリアの形成 が,個人間の競争と淘汰のトーナメントに基づい てのことであり,このダイナミズムがこれまたア メリカの強みと言える.換言すればこの点に,日 本の雇用システムの弱点があるということにな る.

しかし流動性が意味する一時的関係は,企業と 個人の双方の機会主義の可能性を高め,ゆえに柔 軟性を確保したうえで機会主義を阻止するルール

や慣行が必要であることに変わりはない.それが 高度専門職から現場のテクニシャンのレベルまで の資格ルールや職域ルールであるとすると,雇用 流動化はそれぞれに固有の雇用ルールに裏付けら れていることを知るべきである.そうでなけれ ば,流動的雇用は低賃金と不安定雇用だけでな く,雇用者の無限定の権限が支配する 2 次労働市 場に転落する可能性は排除できない.

Ⅴ.成果主義と長期雇用

これまで雇用ルールの観点から各国の雇用シス テムについて検討した.日本の雇用システムの強 みは,個々の企業の必要に応じた職務編成(生産 アプローチ)と機能に基づく職務の柔軟性(機能 優先アプローチ)からなる職能ルールにあるこ と,何よりもこの職能ルールにホワイトカラーだ けでなくブルーカラーも含まれる点にあることを 見た.しかし日本企業の業績悪化に伴い,職能ル ールの信頼は低下し,その変革のために成果主義 の導入が始まった.これに加えて 2000 年前後か らの企業統治の変化は収益重視の経営を強め,正 規雇用に対する非正規雇用の代替が進むことにな った.

このような状況の中で,最大の焦点となるのは 長期雇用のゆくえであった.日本の職能ルール は,機能的柔軟性を長期の技能形成に求める以 上,それを補完する制度として長期雇用が不可欠 となる.あるいは機能的柔軟性に対して,「職務 無限定」といった誤解を生むほどの従業員のコミ ットメントを求める以上,その代償として雇用の 安定が必要となる.しかし成果主義の導入は,短 期の業績評価を強める結果,低業績者の雇用は保 証しないものと思われた.さらに業績悪化や事業 再編に伴う雇用削減は,長期雇用の維持を困難に すると思われた.

(9)

業績悪化に伴う雇用削減はこれまでにも繰り返さ れてきたわけであり,そのルールにも変化はな い.ルールに従うことにより一方では雇用削減が 可能となり,他方ではルールを前提として長期雇 用の制度化が可能となる.この意味で,雇用調整 のルールを破棄してアメリカ型の解雇の自由を求 める日本企業はおそらく存在しないと思われる. これに対して個人の事情に関わる個別解雇に関 しては,企業と従業員の双方が共有するルールは 存在しない.1 つの解決策は成果主義に伴う降格 の制度化であるが,それはしかし容易ではない. そこで「追い出し部屋」などの陰湿な手段が生ま れるのであるが,この限りにおいて解雇の金銭的 解決の提唱も一理ある.ただし希望退職や早期退 職自体が解雇の金銭的解決であり,現実の個別解 雇に関しても,圧倒的多数は労働審判所やその他 の機関の調停によって金銭的に解決されている. この意味で解雇の金銭的解決の法制化の議論は, 「存在しない問題について議論している観」(菅

野,2016)との指摘が的を射ている5).制度改革

をあげるなら,調停の制度を一層拡充し,補償金 を引き上げることに尽きるであろう.

このように,成果主義の導入と同時に長期雇用 が維持されているとすると,これによって成果主 義の作用自体が弱められることが考えられる.成 果主義の当初の意図が,短期の業績評価を強めて 個人の仕事意欲を高めることであったとしても, その難点が明らかになるや,業績達成のプロセス の評価や組織全体に対する貢献度の評価など,長 期の評価に向けて修正が加えられた.同じく管理 職に関しても,職能等級に代えて役割等級のうえ での評価を行うとなると,業績達成の次元で定義 された能力評価(コンピテンシー評価)に帰着す る.それは職能ルールの能力評価,すなわち職務 遂行の次元で定義されたコンピタンスの評価と大 差はなくなる6)

要するに,長期雇用の制度が長期の評価を基本 とする以上,現実の成果主義の作用は長期雇用の 論理に従うことになる.これによって長期雇用と 成果主義の両立が図られていると言うこともでき る.ただし成果主義の観点からは,この結果,成

果主義の有効性が削がれることになり,よって長 期雇用の制度を弱めるべき,といった主張もまた 生まれることになる.この点で,個人ごとの短期 の目標達成だけを求める方向と組織全体に対する 長期の貢献を求める方向に,日本企業は分化する と予想することもできる.現在のところ長期の業 績評価の方向に修正された成果主義と長期雇用の 両立が日本企業の多数を占めるとしても,短期の 成果主義と長期雇用の放棄を図る日本企業の登場 は否定できない.このような異質な企業の登場が あってこそ雇用システム間の競争が生まれると言 うこともできる.

ただし,長期雇用を維持したうえで成果主義を 導入するのが多くの日本企業の方向であるとして も,長期雇用が維持されると考える従業員は予想 外に少ない.労働政策研究・研修機構(JILPT) の調査では,長期雇用を維持すると回答する企業 は 2004 年 で 1280 社 の う ち 約 70 %,2008 年 で 923 社のうち約 80%であるのに対して,長期雇 用が維持されると回答する従業員は 2005 年で 2823 人のうち約 40%,2009 年で 8353 人のうち 約 45%にすぎない(宮本,2014).この間の雇用 リストラの様子を見れば,従業員において悲観の 気分が強まることは当然のことかもしれない.そ うだとしても,企業と従業員の間の認識ギャップ は予想外に大きい.ルールや制度によって共通の 認識が形成されるとすると,この意味で長期雇用 の制度は揺らいでいる.それはまた職能ルールの 揺らぎとなるかもしれない.

Ⅵ.非正規雇用問題

もう 1 つ,日本の雇用システムが直面する課題 として,非正規雇用の問題がある.課題は 2 つあ る.1 つは正規と非正規の間の格差の解消であ り,もう 1 つは非正規労働の正規化であり,この 2 つにおいて日本の職能ルールが批判の的とな り,同一労働同一賃金の職務ルールへの転換が主 張されることになる.

(10)

本とドイツの共通性が指摘できる.2 つは従業員 の幅広い技能形成に依存し,そのためのコストも 大きくなる.それを日本は個々の企業が負担する のであるが,ドイツにおいても個々の企業の負担 に基づく点で変わりはない.すると日本では職能 ルールに,ドイツでは資格ルールに包摂されるメ ンバーは限定されることになる.換言すれば,そ れぞれのルールから排除される者が非正規労働と なる(Thelen, 2014).

すると,課題となるのは非正規労働の正社員化 であるが,この点においても多くの研究は日本に おける正規労働への移行の低さをあげている(平 田・勇上,2011).その理由もまた,確かに日本 の職能ルールにある.それが前提とする長期の技 能形成を不要とするのが定型的業務であり,それ を非正規雇用として外部化したことを考えると, これを再度職能ルールに組み込むことは難しい. これに対して,職務ルールは正規化が容易と言え る.その内部労働市場は働き口さえあれば常に外 部に開かれている.ただし小池(2016)が指摘す るように,その最下位のいわゆるプールの労働者 は,実質的に非正規労働者と変わらない.このよ うな理由からか,アメリカでは非正規労働の正規 化といった問題関心自体がないように思われる. そこで次のような考えも生まれてくる.つま り,職能ルールの下での定型的業務が非正規雇用 とされたのであれば,それを職務ルールの雇用と して正規化すればよい.これが「職務限定正社 員」の提唱となる(濱口,2009).ただし,「職務 限定正社員」も「地域限定正社員」もすでに多数 導入されている.後者は勤務地を限定したうえで の職能ルールの適用と理解できるのに対して,前 者はかつては一般職と呼ばれ,現在は特定職と呼 ばれるように,職務を特定化するという意味で職 務ルールの適用となる.すると正規と非正規の賃 金格差はこの部分において捉えるべきとなる.2 つを同じ職務ルールとして制度化すれば格差は解 消し,パート労働の時間限定正社員化も容易とな る7)

もしこのような制度化が進むと,日本の雇用シ ステムは職能ルールと職務ルールの 2 本立てから

構成されることになる.それはまた,コアとノン コア従業員の二重の雇用制度となって現れること が予想される.アメリカの内部労働市場がホワイ トカラーの職能ルールとブルーカラーの職務ルー ルの二重性として構成されるのに対して,日本の 場合はコア従業員の職能ルールとノンコア従業員 の職務ルールの二重性となる.

ただし,特定職という形の職務限定正社員の制 度はすでに存在するにもかかわらず,非正規労働 の正規化はそれほど進んでいるわけではない.な ぜなら特定の職務に限定するとしてもその範囲は 広く,実際には職能ルールとして運営されている からだとすると,これを職務ルールに変更して, 事細かに職務等級化を図る理由はあまりない.こ のように考えると,より現実的な方向は,欧米の 制度に倣って見習い期間や試用期間の制度を採用 することかもしれない.欧米企業ではエグゼンプ ト層であっても見習いの期間が設けられるよう に,1 ~ 2 年の見習いはごく普通の制度のようで ある.そして欧米において,非正規から正規への 移行の可能性が日本よりも高いことは,見習いと しての採用を反映してのことのように思われる. ただしその前提となるのが,現場採用や通年採用 そして経験者採用中心の制度だとすると,これに よって新規学卒者の正規の職の獲得は困難とな る.そこで非正規の職に就いたのち,正規の職に 移行するという「働き方」が生まれるとしても, これを直ちに日本に適用することは難しい.

(11)

の職への登用を明示した非正規採用から始めるこ とが有効と思われる.

Ⅶ.結論と残された課題

本稿では,雇用ルールの比較の観点から日本の 雇用システムの基本構造を検討した.日本の雇用 システムが機能的柔軟性に優れている点は認めた としても,それは日本だけの特異な制度の結果で ある,といった見解は根強い.その典型が,日本 は職務無限定といった議論であるが,そうではな く,職能ルールと表現される日本の雇用ルールは 欧米諸国と共通の枠組みから導出できることを提 示した.これが機能的柔軟性を備えたルールであ ることにより,日本の雇用システムは制度的強靱 性を示すことになる.それと同時に別種の雇用ル ール,とりわけホワイトカラーの資格ルールや職 域ルールにおいて日本の雇用システムの弱点があ ることを見た.

最後に重大な点として,企業統治の問題が残さ れている.先に指摘したように,長期雇用に関す る企業と従業員の間の認識ギャップは予想外に大 きい.あるいは限定正社員の制度が拡大し,コア とノンコア従業員の二重の制度が顕在化すると, この結果,経営と従業員の間の「共働」(小池, 2013)の関係が維持できるのかが問われること になるかもしれない.この点に関して青木(2011) は,企業統治の観点から,株主と経営者の間の 「認知の共有」がアメリカ企業の組織構造である のに対して,経営者と従業員の間の「認知の共 有」が日本企業であるとしたうえで,それが従業 員の全体から,経営レベルで企業業績に貢献する より限定された従業員との関係に変化する可能性 を指摘する.成果主義と同様,この点でもまた, コア従業員との認知の共有の方向と従業員全体と の認知の共有の方向に,日本企業の分化が進むこ とが予想できる.それはまた,藤本(2004)の言 う,モジュラー型の組織構造とインテグラル型の 組織構造の分化に対応することが考えられる.

インテグラル(統合)型の生産組織の機能的柔 軟性に対しては,現場の労働者を含めて従業員全

体のコミットメントが不可欠だとすると,そのた めには経営に対する従業員の発言のメカニズムを 備える必要がある.企業の側の戦略的経営の強化 は不可避である以上,それが従業員の安全を脅か すものではないことを信頼してこそ,機能的柔軟 性に対する企業と従業員の間の「共働」の関係が 成立する.そのためには経営に対する従業員の発 言と情報共有が肝要となる.この点から小池 (2015)は,企業統治に従業員代表を組み込むこ

との必要性を指摘する.

企業統治に関しては,株主利益の観点からの議 論が溢れるのであるが,株主の短期利益の追求か ら企業を守ることが企業統治の課題でもある (Mayer, 2013).そのために長期の株主とともに 長期の従業員の企業統治への関与が提案され,長 期の従業員として部課長層のコア従業員があげら れる場合が多い(伊丹,2000).これに対して小 池(2015)は,企業組織全体の在り方をめぐる企 業統治に対しては,非正規労働者を含めて従業員 の全体を代表する必要があることを指摘する.こ の重要な提言がどのように実現できるかは不明で あるとしても,制度の比較としては,ドイツから 始まり EU レベルでの従業員代表制がある.この

ような改革こそが真の制度改革であるだろう8)

1) デュアルシステムを構成する産業別組合は,自らの交渉力 の基盤として企業ごとの個別性を排除する.この訓練アプ ローチの規制が弱まり生産アプローチに近づくことを Thelen(2014)はドイツシステムの「日本化」と表現す る.

2) 解雇法制では希望退職の募集が解雇の回避義務に含まれ る.よって希望退職の形の人員削減は解雇でないかのよう に受け止められ,日本は解雇が困難といった誤解が生まれ ることになる.

3) ブロードバンド化した職務ルールを,石田・樋口(2009) はアメリカの雇用制度の「脱職務主義化」と呼ぶのである が,事実そこで紹介されるアメリカのホワイトカラーの職 務記述書は,大括りとされた職務に含まれる多数の仕事 (職責)を列挙するだけであり,仕事を確定するという意 味での職務ルールからは程遠い.ただし職責を列挙して個 人の行動を「締め直す」点では,職務ルールを引き継ぐと 言うことができる.

(12)

ムエンジニアなどのジョブタイトルで人を探す点で変わり はない.

5) 同様に「働き方改革」に関しても,在宅勤務やフレックス タイムなど,すでに多くの制度が導入されている.要は企 業と従業員双方が自分たちの問題としてどこまで真剣に取 り組むかにかかっている.

6) 職能資格制度の難点として,能力評価の困難や,それが実 際の仕事と乖離していることがあげられる場合がある.し かし,能力が直接評価されるわけではなく,実際の仕事の 遂行を観察してそれを能力評価に書き換えるわけである. おそらく書き換えの困難のために,それは大まかなもので あった.これに対して書き換えの厳密さを追求した結果, その困難が露呈したのだとすると,それは役割等級のコン ピテンシー評価においても変わらない.

7) この,それとして妥当な提案にアメリカモデルの信奉者が 割り込むと,議論は混乱する.職務ルールであればジョブ が無くなれば雇用も無くなる,よって解雇も即座にできる ――これが職務限定正社員の制度にアメリカモデルの信奉 者が飛びつく理由であるが,しかし正社員である限り,解 雇の正当理由と妥当性を求める解雇法制が適用されること に変わりはない.解雇法制の硬直化の是正は必要であると しても,解雇自由のアメリカモデルを実現するには,現在 の法制を破棄して,新たな法制を制定する以外にない. 8) 私自身の提案は,「ステークホルダー会議」の設置である.

日本企業はステークホルダー重視の企業統治であることを 自認するのであるが,それに見合った意思疎通の機関があ るわけではない.この意味で,株主,従業員,取引先,金 融機関,地域社会の代表者と経営の代表者からなる「ステ ークホルダー会議」の設置から始めることが有効と思われ る.

参考文献

青木昌彦著,谷口和弘訳(2011).『コーポレーションの進化多 様性―集合認知・ガバナンス・制度』東京:NTT 出版. Arthur, M., & Rousseau, D. (1996). The boundaryless career.

New York, USA: Oxford University Press.

Cappelli, P. (1999). The new deal at work. Boston, USA: Harvard Business School Press (若山由美訳『雇用の未来』東京: 日本経済新聞社,2001).

Coase, R. H. (1937). The nature of the firm. Economica, 4 (宮沢 健一・後藤晃・藤沢芳文訳『企業・市場・法』東京:東洋 経済新報社,1992).

藤本隆宏(2004).『日本のもの造り哲学』東京:日本経済新聞 社.

深尾京司(2012).『「失われた 20 年」と日本経済』東京:日本 経済新聞出版社.

濱口桂一郎(2009).『新しい労働社会―雇用システムの再構築 へ―』東京:岩波書店.

平田周一・勇上和史(2011).「初期キャリアにおける内部登用 と転職―非正規雇用者の移行に関する国際比較―」JIPPT Discussion Paper 11-02, 1-25.

石田光男・樋口純平(2009).『人事制度の日米比較―成果主義 とアメリカの現実―』京都:ミネルヴァ書房.

伊丹敬之(2000).『日本型コーポレートガバナンス―従業員主

権企業の倫理と改革―』東京:日本経済新聞社. Kambayashi, R., & Kato, T. (2012). Trends in long-term

employ-ment and job security in Japan and the United States: The last twenty-five years. Working Paper Series, 302, Center on Japanese Economy and Business, Columbia University. Kochan, T. (1985). Challenges and choices facing American

la-bor. Cambridge, USA: MIT Press.

小池和男(2005).『仕事の経済学 第 3 版』東京:東洋経済新 報社.

小池和男(2013).『強い現場の誕生―トヨタ争議が生み出した 共働の論理―』東京:日本経済新聞出版社.

小池和男(2015).『なぜ日本企業は強みを捨てるのか』東京: 日本経済新聞出版社.

小池和男(2016).『「非正規労働」を考える―戦後労働史の視角 から―』愛知:名古屋大学出版会.

小池和男・猪木武徳(2002).『ホワイトカラーの人材形成―日 米英独の比較』東京:東洋経済新報社.

小嶌典明(2014).『労働法の「常識」は現場の「非常識」』東 京:中央経済社.

Lorenz, E., & Valeyre, A. (2005). Organizational innovation, hu-man resource hu-management and lobour market structure: A comparison of the EU-15. The Journal of Industrial Re-lations, 47(4), 424-442.

Marsden, D. (1999). A theory of employment systems: Micro -foundations of societal diversity. Oxford, UK: Oxford Uni-versity Press (宮本光晴・久保克行訳『雇用システムの理 論―社会的多様性の比較制度分析―』東京:NTT 出版,

2007).

Mayer, C. (2013). Firm commitment. Oxford, UK: Oxford Uni-versity Press (宮島英昭監訳,清水真人・川西卓弥訳『フ ァーム・コミットメント』東京:NTT 出版,2013). 宮本光晴(2014).『日本の企業統治と雇用制度のゆくえ―ハイ

ブリッド組織の可能性―』京都:ナカニシヤ出版. 宮本光晴(2016).「マースデン『雇用システムの理論―社会的

多様性の比較制度分析』―」『日本労働研究雑誌 2016 年 4 月号』668,64-67.

Osterman, P. (1988). Employment futures: Reorganization, dis-solution, and public policy. New York, USA: Oxford Uni-versity Press.

笹島芳雄(2008).『最新アメリカの賃金・評価制度―日米比較 から学ぶもの―』東京:日本経団連出版.

Simon, H. A. (1951). A formal theory of the employment rela-tionship. Econometrica, 19(3), 293-305.

菅野和夫(2016).『労働法 第 11 版』東京:弘文堂. 寺西重郎(2011).『戦前期日本の金融システム』東京:岩波書

店.

Thelen, K. (2014). Varieties of liberalization and the new politics of social solidarity. New York, USA: Cambridge University Press.

Williamson, O. E. (1975). Markets and hierarchies: Analysis and antitrust implications. New York, USA: Free Press (浅沼 万里・岩崎晃訳『市場と企業組織』東京:日本評論社,

1980).

参照

関連したドキュメント

が成立し、本年七月一日から施行の予定である。労働組合、学者等の強い反対を押し切っての成立であり、多く

私はその様なことは初耳であるし,すでに昨年度入学の時,夜尿症に入用の持物を用

本格的な始動に向け、2022年4月に1,000人規模のグローバルな専任組織を設置しました。市場をクロスインダスト

えて リア 会を設 したのです そして、 リア で 会を開 して、そこに 者を 込 ような仕 けをしました そして 会を必 開 して、オブザーバーにも必 の けをし ます

EUで非原産材料の糸から製織した綿製織物(第 52.08 項)を使用し、英国で生産した 男子用シャツ(第 62.05

1989 年に市民社会組織の設立が開始、2017 年は 54,000 の組織が教会を背景としたいくつ かの強力な組織が活動している。資金構成:公共

具体的な取組の 状況とその効果 に対する評価.

を軌道にのせることができた。最後の2年間 では,本学が他大学に比して遅々としていた