− − − − はじめに
本校は普通科を含む5学科の総合高校である。 普通科以外の4学科は3年次に世界史Aを履修す るため、実質上1月までしか授業が展開できない。 また、およそ生徒の半数が就職希望、残りの半数 が進学希望である。この進学希望者のほとんどが 推薦入試での大学進学もしくは専門学校への進学 という現状から考えて、全履修科目の中での世界 史Aの比重は決して高いものではない。
また、各学科間の学力差だけではなく、学科内 での学力差も激しく、常に授業のレベルをどの段 階に設定するのか、最終的にどこまで進むのかと いう課題も抱えている。生徒には歴史的事実を通 して、「なぜそう作用するのか」「なぜこのような 結果が出るのか」という疑問を持ち、考えられるよ うになってもらいたい。そこで、授業では「多角的 なものの見方」「客観的な思考力」の二点の育成を 目標としてきた。近い将来、社会に出る高校生に は上記のような思考力や判断力を身につけ、実践 できる能力が求められてくるのではないだろうか。 これらを受けて今回は、『明解新世界史A 新訂 版』(以下、教科書)の「未来への第1章」を年 度初めに扱い、生徒各自が各テーマについて考察 することができる授業に取り組んでみた。本来な ら現代社会で扱うべき内容も多く含み、どちらか というと授業実践報告という色合いが強いが、紹 介させていただきたい。
人権教育の在り方と歴史教育
ロングホームルームで人権教育に取り組む際、 「人権教育」という看板を掲げただけで、構えて
しまう生徒がいる。生徒が構えてしまえば、授業 者もそれを意識してしまい、十分な学習ができな いおそれがある。個人的には本質的な人権教育は
ロングホームルームのような特別な時間だけでは なく、日常の教育活動の中で展開されるべきであ ると考える。
日本史、世界史を問わずに「歴史」という教科 はこの話題に自然とふれることができる便利な教 科である。しかし、「自由」や「平等」がいかに して確立していったか、という権利の拡大の歴 史だけを学ぶのでは、「人権教育」とはいえない。 生徒にとってつかみどころのない「人権」を学ぶ 際にはどうしても身近な視点が重要であり、その ために授業者は適切な題材を設定する必要がある。 概してこれまでの人権教育の中では「差別を しない・許さない」「社会的弱者に対する思いや り」などの観点が比較的重要視されてきたよう に思う。しかし、18歳で社会に出る生徒に対して はうっかりしていると埋もれてしまうような「自 分の人権」を周りに流されることなく、高い意識 を持ち、自分で守っていくという能力や姿勢が求 められるのではないだろうか。つまり、自分で考 え判断する、そして必要に応じて行動するという 問題解決能力が求められていると考える。前述し たように、私の授業の観点は「多角的なものの見 方」「客観的な思考力」の育成にある。世界史の 学習を通して、生徒が知らず知らずのうちに、自 ら考え判断できるようになっており、さらにはそ の判断に伴った言動ができるようになることが理 想である。
年度初めに「未来への第1章」を実施する目的 は、「なぜ世界史を勉強するの?」という問いに 対する答えを暗に示すことができるのではないか、 という狙いもあったからである。
授業の構成
授業を行うに際、多くの先生方同様に授業プリ ントを用意している。
世界史A 再考 指導計画立案のコツ
人権をテーマに考える世界史授業
− − − − 授業プリントを用意するメリットは、①進度の
確保、②授業内容の明確化、③生徒の復習のしや すさ、④板書の容易化などである。以下に示すの が、「未来への第1章」の「1 人間の権利と自由」 のプリント例である。
「未来への第1章」は3節あり、他の2節には
各1時間を当てたが、第1節には2時間あてた。 大まかな授業展開は以下のとおりである。 ① 導入
・今年4月に起こったアメリカ・ヴァージニア 州の大学での銃乱射事件を取り上げ、アメリ カにおいていかに銃犯罪が深刻な問題である かを紹介する。そして、一方で銃規制に反対 する人々が掲げる「武器を持つ『自由』」と いう主張も紹介し、「自由とは何か」につい ての問題提起を行う。
② 展開Ⅰ〜人権拡大の歴史〜
・人類になぜ階級が生じたのかを説明し、下層 階級がどのような扱いを受けてきたかを簡単 に紹介する。
・13世紀のイギリスにおけるマグナ=カルタか ら、17世紀の権利の章典の発布までの権利拡 大の歴史を簡単に紹介し、権利が「富裕層か ら順に」拡大していくことを説明する。しか し、深入りはしない。
・18世紀のアメリカ独立革命、フランス革命時 に出された独立宣言や人権宣言の条文などか ら「自由」「平等」の概念が富裕層だけのも のではなくなりつつあることに気づかせる。 ・18世紀の自然権・社会契約論・啓蒙思想など の思想が人権意識を向上させたことを、思想 の詳しい中身にはふれずに紹介する。 ・19世紀のヨーロッパにおける参政権の拡大に
みる人権の拡大とヨーロッパ諸国の植民地内 での先住民への人権侵害の矛盾はなぜ起こる かを考える時間を設ける。
・20世紀のヴァイマル憲法における社会権の登 場を簡単に紹介する。
・第二次世界大戦後の世界人権宣言においてこ れまでヨーロッパの人々にしか適応されてい なかった人権が旧植民地の人々にも適応され たことを紹介し、宣言の上では全地球人の人 権が保障されていることを説明する。 ③ 展開Ⅱ〜現代の人権問題〜
− − − − ・女性の人権問題として、教科書本文に紹介の
あった「名誉の殺人」を『生きながら火に焼 かれて』の著書を参照しながら説明する。 ・同じく、女性の人権問題としてインドのサティ
ーについて教科書p.127を参照して紹介する。 ・人種差別の現状をおもに生活格差に視点を置
いて簡単に説明する。 ④ 深化
・「あなたは、自分および他の人の権利・自由を 守るためにどのような努力をすべき、または していきたいと考えますか?」という問いを 投げかけ、人権問題が遠い昔、遠い国の話では なく、身近な問題であるという問題提起を行う。 ・この節での①導入の問いかけと④深化での上
記の問いかけおよび、「未来への第1章」の 他の2つの節でも同様に2つずつの問いかけ を行い、すべてあわせた6つのテーマを設定 し、その中から、一つを選び800字以内で自 分の考えを述べる、という課題を夏休み課題 として課す。
①導入から②展開Ⅰまでに1時間、③展開Ⅱか ら④深化までに1時間という時間配分で授業を展 開した。授業における生徒の取り組み態度は概 して積極的であった。これは本校の生徒の特色で あるが、授業に対しては積極的に参加し、反応も よい。授業にて紹介した『生きながら火に焼かれ て』の本を貸してほしいと申し出た生徒がいたり、 自ら購入して読んでいたり、なかには保護者の方 が生徒から話を聞いて、本を購入したというとこ ろもあった。しかし一方でその姿勢が家庭学習に なかなか結びついていかないという問題点もある。 そのため、どの教科も課題を課すことが多いが、 あくまでもその場の課題で終わってしまい、生徒 個人の自発的学習を促すには至っていない。この 点は今後各教科あるいは学校全体で取り組んでい かねばならない大きな課題である。
生徒の反応
前述したように、授業における生徒の反応はよ く、その場で質問したり、感嘆の声を上げたりと
本当に素直かつ率直なものである。しかし、授業 中の反応ではなく、その後生徒自身が「学習内容 をどのように捉え、考察し、行動に結びつけてい くか」、もしくは「自己の考え方の幅を広げてい くのか」ということが「真の生徒の反応」ではな いかと思われる。学習内容の一部を家庭での話題 とし、保護者の方が本を購入した、という事実は 「生徒がその学習内容をしっかりと受け止め、一人 でも多くの人に話すべきだと考え、身近な保護者 に話をするという行動に出た」ととらえることも できる。しかし、このように目に見える行動をす ることは極めてまれであり、ほとんどの生徒は学 習内容に対する復習や考察はできていない。また、 それについて「自分なりに考える」という段階に いたる生徒も決して多くはないだろう。できれば 多くの生徒にそれぞれの感性で考察し、深化して いってほしい。そこで今回は、授業中に考える時 間を設けるだけではなく、夏休みに課題を出すこ とにした。このことで、強制的ではあるが通常に 比べて「自分なりに考える」ことができたのでは ないだろうか。つぎに生徒のレポートから、生徒 の「自分になりに考えた」結果を考察してみたい。
夏休みの課題
1 「武器を持つ『自由』」に対してあなたはどう考え ますか?
2 自分および他の人の権利・自由を守るためにどのよう な努力をすべき、またはしていきたいと考えますか?
3 関係がこじれてしまえば、異文化異教徒の人々と 理解しあうことはできないのだろうか? 4 「誤解」や「偏見」を克服するために何に取り組む
べきと考えますか?
5 現在繰り広げられている戦闘に対して我々はどの ような関わり方をすべきと考えますか? 6 我々の生命を国家だけに任せるのではなく、我々
も真剣に取り組んでいかねばならない現在、あな たはまず、何に着手しますか?
− 10 − − 11 − 同様の問い方を行った。
6つのレポート課題に対して、生徒が「人間の 権利と自由」を選択した割合は2つあわせると47 %となった。理由の一つとして「2 対立からたが いの理解へ」という異文化理解の問題や「3 と もに生きる世界を築くために」という平和問題よ りも、権利や自由のほうが生徒にとってはより身 近で書きやすい題材であったことが考えられる。 また、初めに扱ったテーマのほうのインパクトが 強かった可能性があり、このテーマだけ2時間扱 ったことから、より理解が深まっていたと考える こともできる。しかし、「1 人間の権利と自由」 を選択した47%の生徒(84人)中、課題番号1の 「武器を持つ『自由』」という具体的な事例に対す る課題のほうを選択した生徒は79%(全体の37%) であった。このことから、生徒各自が「自分なり に考える」なかで、「具体的事例に対する賛否」 を考えることはできても、「どのように行動して いくべきか」という今後自分のとるべき行動への 考察はできていなかった、言いかえると、生徒は 「他人事には意見できるが、自分はどうすべきか わからない状態」と考えることがきできる。これ は、他のレポート課題について生徒が述べたもの においても同様の結果が出た。
課題番号1、2を選択した生徒のレポートから、 「自由とは何か」「今後自分が取るべき行動」に言
及しているものを挙げてみる。
・武器を持つ自由のために、武器を持ち、誤って 人を傷つけたり、殺したりしてしまえば、人の 持つ「自由」を奪うことになり、最終的には刑 務所に入ったり、罪を背負ったりして自分の自 由を奪ってしまうことになるから自由ではない。 ・自分をしっかり理解し、自分がされて嫌なこと
はしない。
・個人がこのこと(自分や他人の権利)について しっかりと考えなければならない。我々にでき ることは、考え、実行し、それを繰り返すこと。 ・相手の立場や自分の立場をわきまえて、自分の
思っていることを相手にわかりやすく伝える。 ・相互理解と対話。
・自由には「責任」が、権利には「義務」がある ことが前提だ。
・いじめられている人を見て助けてあげられるか どうかは自分や人の自由を守ることができるか どうかの試験だ。
上手く表現できていない生徒もいるが、多くの 生徒はまず他人の権利を守ることが大切だと述べ ていた。また、「武器を持つ『自由』」に対しては ほとんどすべての生徒が「反対」であり、その理 由は人の命を奪うような「自由」は認められない というものであった。66人中2人が「武器を持つ 『自由』」に対して賛成であったが、この2人の主 張は武器を持つ自由を認めるが、「銃の所持は免 許制にする」もしくは、「倫理教育を施していく」 などの条件付のものであった。
今回は似たような主張が出てきたが、そこに至 る考察の過程や結果としての行動はそれぞれに違 いが出ることがあってしかるべきである。そして、 様々な異なる主張が出てくることによって、自分 では思い至らなかった視点があること、そしてそ の効果に気づいてほしい。そのために、今後はも う少し学習内容を整理し、多様な意見が出やすい 素地の構築やレポート課題の設定が必要である。 また、生徒のレポートを添削し、精度をあげて一 つの冊子にまとめることで生徒が知識や視点の共 有をできるような取り組みを行っていきたい。
さいごに