• 検索結果がありません。

ゼミ2005 山口昌樹研究室

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "ゼミ2005 山口昌樹研究室"

Copied!
23
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

金融研究報告集

山形大学人文学部

総合政策科学科

山口昌樹研究室

2006 2

(2)

米国経常赤字は維持可能か?

03110136 岩崎 絵理

1今問題となっていること

近年、米国の経常赤字は急拡大している。1982年以降米国の経常収支は恒常的に赤 字傾向が続いていたが、02,03年と5000億ドル規模の経常赤字が続いている。0 4年にいたっては6659億ドル、GDP比5.7%と大幅なものになった。これからも この状態が続くとしたら、米国は海外から借金をし続けるか、自国の資産を取り崩すか、 あるいはその両方が起きるので対外純債権が減少し、あるいは対外純債務が拡大していく。 このような状態に陥ってもさらに経常赤字を出し続けていけるのだろうかということが問 題になってくる。

米国の経常収支赤字がこのままの状態で拡大を続けた場合、ドルの下落、長期金利の上 昇がおこり、米景気や株価の大幅調整によるドル離れが進む、といった恐れがあるため、 先行きは米国の政策能力と資本流入の持続性にかかっている。

2.問題を取り巻く現状

☆ 拡大を続ける「双子の赤字」

経常赤字の拡大は、80年代後半にかけてピークをつけたあと、90年代初めには不況 と湾岸戦争の戦費負担の受け取りによる移転収支の改善などにより一時黒字に改善したが、 その後は貿易赤字の拡大とともに悪化の一途をたどっている。

また、1990年代後半に黒字に転じた財政収支は、2000年度に過去最大の黒字とな ったが、2000年度から2001年度にかけて財政黒字が半減し、2002年度には再 び赤字に転じた。財政収支が再び悪化した要因として、2001年のITバブルの崩壊に よる景気後退、減税政策の影響、対テロ戦争に向けた軍事費の拡大が挙げられる。

→図表1参照 経常収支赤字発生のメカニズムをISバランス論から分析すると、

Y=C+I+G・・・(1) この式を変形すると

Y−C−G=I Y−C−G=Sより S=Iとなる。

アメリカでは貯蓄率が低いのに対し海外から多額の投資を受け入れたため貯蓄と投資のバ ランスが崩れてS<Iとなったため経常収支赤字に陥ったのである。

→図表2参照

☆ 対外純債務の増加

経常収支赤字が大幅化している結果、米国の対外純債務も拡大している。2004年の

(3)

対外純債務残高は2.4兆ドル、GDP比21.1%となっている。GDP比20%超の 対外純債務の水準は国際的、歴史的に見てかなり高い水準といえる。1980年代に対外 債務危機に陥った中南米の国々の危機直前の対外純債務は、GDP比20∼30%程度だ ったので、現在の米国の対外純債務は当時の中南米諸国の対外純債務とほぼ同じ水準に達 している。

→図表3参照 3.既存研究の主張

米国の経常収支赤字の維持可能性をめぐって研究者たちは次のように述べている。

<維持不可能派の主張>

★小川英治一橋大教授の見解

「米国の経常収支赤字、国内貯蓄などの時系列的性質から、現在の経常収支赤字は維持可 能な経路にのっていない」と主張。

Mannの見解

・ 経常収支赤字によって海外保有の米国資産が増加するという国際的なポートフォリオ 調整の結果、大幅な金利上昇やドル安が起こる場合、金利上昇は景気後退を通じて輸 入を減少させ、ドル安は輸出を増加させるので経常収支赤字は維持可能ではない。

・ 巨額な純債務に対する利払いや配当の支払いのために消費や投資を大きく削らなけれ ばならないような場合、経常収支赤字自体が経済成長率の低下、輸入の減少をもたら すので経常赤字は維持可能ではないということになる。

<維持可能派の主張>

Cooperハーバード大教授の見解

5000億ドルの赤字と名目5%の経済成長が続いた場合、15∼20年後に純債務残高 の対名目GDP比は45%程度で頂点に達し、その後は縮小していくだろう。急激に米国 経常収支赤字を削減しようとすれば世界的な不況に陥る可能性が高い。

当面維持可能ととれる見方をしている。

★グリーンスパン議長の見解

これまでのところ、弱い通貨に伴う典型的な問題であるインフレは、現状も市場の先行き 見通しも安定的に推移しているし、債券市場における信用度による利回り格差も縮小方向、 株価もグローバルに上昇するなど大きな問題は見られていないとする。そして米国の先行 きには楽観視すべき要素があるとして以下の2点を挙げている。

・世界的にみると外貨建て資産への需要がGDPや貿易よりも高い伸びを続けていること

(4)

このため国境を越えて資金が動きやすくなっており、経常赤字が大きくなっても金利差や 為替がある程度変化すれば資金が入ってくる。このため、以前ほど極端な金利・株価や為 替の変動などの問題が起こりにくくなっているとする。

・ 米国が特別な国であること

米ドルは「支配的な基軸通貨」であり、自国通貨建てで借入れができるため、米国が経常 赤字をファイナンスする余地は他国・地域よりも大きいはず。

グリーンスパン議長のこの意見は、米国の経常収支赤字は当面現状維持は可能であること を示唆している。

4.支持する主張とその根拠

私は米国の経常収支赤字の維持可能性について、当面維持可能という主張を支持する。 そもそも、なぜここまで赤字の規模の拡大が可能になったのかについては、国際貿易の自 由化が進み、財やサービスの移動が活発化する中、米国に比べて他の国や地域の市場が相 対的に閉鎖的なこともあり、米国の貿易赤字が地域的な広がりを持つ一方、米国がそうし た赤字をファイナンスする能力も向上している点が挙げられる。

この赤字のファイナンス能力の向上については、金融市場の透明性が向上したことで、 自国の貯蓄をリスクを恐れることなく他国に投資するという行動が以前に比べて増えてき たため、米国は海外の貯蓄を引き寄せやすくなった。

国際的に資本移動の自由化が進み、金融仲介手段や技術が発達したことも赤字のファイ ナンスを以前より容易にしている。また、最近のアジア中銀などによる自国通貨高回避の ためのドル買い介入や、米国債や政府機関債を連銀や州の中央銀行がたくさん購入してい ることから、赤字のファイナンスが困難になるとは予想できない。よって米国の経常収支 赤字は維持可能だといえる。

しかしながら近年、中国、アルゼンチンなど外貨準備をドルではなく第二の基軸通貨と いわれるユーロにシフトする国も増えつつあり、米国にとっては資金のファイナンスとい う点でこのまま他国に頼ってばかりではいられないというのも事実である。

5.対策とそのメリット・デメリット

・赤字をこのまま続けるとすれば、そのためにはその赤字をファイナンスし続ける必要が ある。各国が海外からの借入れの大部分を外貨(特にドル)で行っているのに対し、米 国の場合は対外債務の大部分が自国通貨建て(ドル建て)という特殊事情があり、債務 返済に苦しくなれば貨幣を増刷しインフレを起こして対外債務を返済することが可能と いうメリットがある。しかし、そのような可能性が少しでも出てくれば海外の投資家は

(5)

米国から一気に資金を引き上げるおそれもある。

・ファイナンスが滞らずに巨額の赤字がある程度持続する結果、財政赤字も残るため、い つかの時点で長期金利が急騰する。それにより住宅・設備がかなりの打撃を受ける中で大 規模な景気後退が起こり、一旦対外赤字を大幅に縮小させるといった調整が行われること も考えられる。

このように見てみると、米国の経常赤字は永続的に維持可能というものではなく、最終 的にはある時点で縮小方向へと向かう調整が必要となってくるようだ。そのために有効な 対策としては財政赤字の縮小が一番望ましいが、ブッシュ政権は今後も長期にわたる減税 政策を予定しているため、当面財政赤字の縮小は困難とみられる。

そうなると次に有効な対策として考えられるのは家計の貯蓄率向上である。家計の赤字 拡大については、住宅ブームが最大の要因である。米国ではより金利の低いローンを借り 替える際に返済負担が増えない範囲で住宅ローンを借り増すキャッシュアウトという手法 で手元資金を増やすことができるため、その分消費に回すことができる。そのため貯蓄の 必要性が薄れ貯蓄率が低下しているのが現状である。

・移民の承認件数減少が住宅ブームを抑制する鍵に

住宅ブームには低金利だけでなく移民の活発な流入も寄与していた。移民は住宅の取得 が優遇されていることもあり、移民比率が高まると経験的に3年後の住宅需要を押し上げ てくる。しかし、2001年の同時多発テロ以降移民承認審査が非常に厳しくなっており、 2002年頃から移民の承認件数が減ってきているため、この影響がこれから顕在化し、 金利上昇を伴わなくても住宅ブームは一巡する可能性がある。こういった形で家計の貯蓄 が改善するメリットが今後期待される。

<参考文献>

河越 正明 [2005] 「米経常赤字削減に必要なこと」『NIKKEI NET景気ウォッチ』 吉川 雅幸 [2004] 「ドルリスク」 日本経済新聞社

滝田 洋一 [2004] 「通貨を読む」 日本経済新聞社

谷内 満 [2005]「国際資本移動の変貌とアジア」『開発金融研究所報』11月号 通商白書 [2005] 「世界経済の成長メカニズムと不均衡問題」

土肥原 晋 [2003] 「ブッシュ減税で再び注目される双子の赤字」 『ニッセイ基礎研REPORT3月号

永田 雅啓 [2004] 「米国の経常赤字の維持可能性」『季刊 国際貿易と投資』56

(6)

ポール・クルーグマン著

長谷川慶太郎訳 [1990] 「予測・90 年代アメリカ経済はどう変わるか?」 TBSブリタニカ

三菱証券 [2005] 「ドル安に依存した米経常赤字の削減は困難」

『国際金融マンスリー』 8月号

図表1.双子の赤字

(7)

図表2.米国の貯蓄と投資

図表3.米国の経常収支と対外純債務

(8)

アジアは共通通貨を実現する条件を満たしているか

03110139 遠藤慎也

1.アジアにおける共通通貨の意義

アジアにおいて、共通通貨が必要な理由は大きく二つある。第一は、通貨危機の再発を 防ぐこと。アジア通貨危機を経験したアジア諸国にとって、通貨安定性の向上、投機に対 する防衛といったことは切実な課題である。第二は、メガコンペティションへの対応に迫 られているという現実である。東欧への拡大をみせる EU や、中南米の国々も含む34カ国 で形成される FTAA(全米自由貿易地域)の設立を目差す NAFTA(北米自由貿易協定)など と、同等かそれ以上の競争条件を得ようというのが目的である。

2.問題を取り巻く現状

ASEAN+3を中心とした東アジア諸国の貿易の拡大、貿易依存度(GDPに占める 輸出及び輸入の合計の割合)の高まり、東アジアにおける域内貿易依存度の高まり(図表 1参照)といった要因や、アジア通貨危機を被ったという共通の問題意識などが、東アジ アにおける経済統合や通貨統合の下地ともなる具体的な取り組みを生んだといえよう。 2000年5月にタイのチェンマイで開かれた「ASEAN+3」財務相会議で発足さ せることとなった通貨スワップアレンジメントと、アジア債券市場構想などはその最たる ものであろう。そして90年代から大きく数を増やしたFTAに参加しないことの不利益 を回避するために、東アジアにおいては90年代後半から、ASEAN以外にもその可能 性が検討され、いくつかのFTAが締結されてきた。

このような現状を背景に、東アジア共同体の実現を目指す動きが見られ始めた。200 5年12月、クアラルンプールにおいて、第1回の東アジアサミットが開催されたのはそ の現れである。ただし、歴史認識、経済格差、文化的な相違など、クリアしなければなら ない課題は多い。

3.既存研究の主張(研究者の肩書きは関連文章執筆当時のもの)

ⅰ.河合正弘(東京大学社会科学研究所教授)

東アジアにおける経済協調の機運は1997−98年の通貨・金融危機をきっかけに進

(9)

んだが、それは域内経済が市場ベースで事実上統合プロセスにあったことが背後にある。 金融・通貨と貿易・投資・労働が車の両輪となった「経済統合の制度化」は、域内経済の 一層の緊密化に寄与するものであり、かつグローバル化にも貢献する。長期的にはASE AN+3を核とする東アジア共同体の構築を目指すべき。経済的な緊密化とそれに伴う経 済発展は政治的な安定とへ平和につながることから、地域的な経済協力はアメリカの目か ら見た安全保障の枠組みと相反するものではなく、むしろそれを支持するものである。

ⅱ.近藤健彦(立命館大学国際関係学部教授)

国際通貨の価値基準の機能に着目した「APEC共通通貨単位」を提唱。その内容はド ル、円、人民元、韓国ウォン、タイバーツなどのAPEC参加主要国の通貨カクテルで、 各通貨の比率を考慮して組み入れ、対ドル・対円などのレートを発表し、当面の間は資産 としての実体を持たない純粋計算単位として使用し、長期的に緩やかなドル離れとAPE Cにおける共通通貨化を図るということである。

この枠組みを自身で検証するにあたり、河合氏による最適通過圏が有効に機能する条件 を用いている。その条件は(1)財市場の統合(2)生産要素市場の統合(3)経済構造・ 実物ショックの対称性(4)金融市場の統合(5)マクロ経済政策協調である。

この条件の下で検討すると、最適通過圏の理論に照らし、アジア・太平洋地域が共通通 貨制度を採用できないとする理由は見つけがたい、と結論付ける。

ⅲ.劉利剛

政策協調の経験がなく金融インフラの弱い東アジア地域で、EMS(欧州通貨制度)の ような相互ペッグ、変動幅を持つ共同フロートの通貨制度を目指すのは、明らかに時期尚 早。しかし東アジアは、それぞれの通貨がどの程度ドルに対して上昇すべきかという点に ついて、合意に向けた交渉の第一歩を踏み出すべき.地域の金融市場や政策協調メカニズ ムがさらに発展すれば、相互ペッグ、共同フロートの地域通貨制度が中期的に東アジアに 出現することも不可能ではない。

東アジアは、政治対話の場や政策協調を通じて、現在の貿易及び外国直接投資の仕組み を超え、ついには通貨統合に向かう可能性を秘めているといえる。

ⅳ.大西義久(金融情報システムセンター理事・日本日中関係学会評議員)

東アジアの統合に向けた国民的なコンセンサスとこれを背景とした政治的意思の両面と も少なくとも今のところ不十分と言わざるを得ない、というものである。経済通貨統合に 関しても、東アジア諸国の間には、現状、政治・経済・社会・風土・宗教等あらゆる面で

(10)

多様性があるほか、なにより地理的に離れており、「最適通過圏」形成の要素となる生産要 素の自由な移動が欧州に比べて数段困難であるので、当面は長期にわたり各国の金融政策 の自主性を保証した上で、域内の経済情勢の収斂に向けた金融面の取り組みを続けていく べきである、というものである。

ⅴ.渡辺利夫(拓殖大学学長)

NIES、ASEAN諸国、中国、日本を東アジアとするならば、すでにこの地域の経 済統合度は高く、東アジアへの投資国も域内化してきている。しかし、賛成できるのはF TAやEPAなどの機能的な制度的枠組みまでで、それ以上の統合は目指すべきではない。

その第1の理由は、政治体制や安全保障枠組み、価値観、社会理念の相違がもたらすで あろう政治的軋轢。アメリカ中心の安全保障体系の中に組み込まれている国がある一方、 旧社会主義国の同盟関係も厳然として存在する。第2は、ASEAN+3において最大の 経済規模をもつ日中韓3国の政治関係が緊張を孕んでいること。第3は、地域統合(共同 体形成)の背後に中国の地域覇権主義が存在するということである。東アジア共同体形成 に日本を巻き込み日米関係の離間を図ることで、地域覇権掌握の障害となる日米同盟にひ びを入れようというのが中国の国家戦略である。

4.経済統合のメリット・デメリット

今後東アジアの経済・通貨同盟の実体的な条件となる域内共同市場の創出が展望される が、その場合東アジアFTA/EPA→関税同盟→共同市場というステップで行くことが 自然であると考えられる。この前提に立ち、メリット・デメリットをそれぞれ整理する。 通貨・金融と貿易・投資の両面での地域協力の動きを「経済統合の制度化」という視点 から捉えると、そのメリットを五点挙げることが出来る。

第1が、貿易障壁の撤廃及び域内市場の統合・拡大による貿易・直接投資の活性化と域 内経済の発展成長である。第2は、域内各国における経済構造改革の促進とそれを契機と する資源配分の効率化、生産性向上と競争力の強化である。第3に挙げられるのは、域内 における経済制度や市場インフラの同調化、一体化である。第4が、域内における為替レ ートの安定化、通貨危機の回避など金融システムの強化。第5が東アジア地域の政治的安 定性と平和・繁栄の確保である。

一方、デメリットとしては、域内共通関税を設けることによる、一国単位での関税自主 権の放棄、同様に金融政策の放棄などである。

(11)

5.支持する主張とその根拠

河合正弘氏の主張を支持。

すでに述べたとおり、東アジア各国間の貿易上の結びつきは非常に大きく、ヨーロッパ と比べても遜色ない水準にある。特に中所得・高所得ASEAN,日本、韓国、中国が貿 易面での結びつきを高めている。直接投資も域内で活発化しており、実質成長率の相関も 大きい(図表2参照)。

また、ASEANと世界各地域との間の景気循環の連動性についてみると、ASEAN と日本、韓国との相関度が高く、ASEAN地域内でも相関が強くなっている。東アジア とアメリカとの相関はあまり大きくなく、EU諸国やオーストラリア、ニュ−ジーランド、 インドとの連動性もあまり見られない。また、中国との連動性もあまり見られないが、中 国はほかの諸国の景気循環と連動していない。よって、東アジアの諸国が対ドル固定レー ト制を続けてアメリカの金融政策に依存することは得策とはいえない。

最適通貨地域には、今のところ中国や後発ASEAN諸国、アメリカなどは含まれない が、主要ASEAN諸国と、それに日本、韓国を含んだ地域については最適通貨地域に近 い状態になっており、ヨーロッパ並になってきている。

以上から、ASEAN諸国や日本と韓国も、共通通貨を模索してよい状況にあるといえ る。

そして現在、アジア開発銀行によって「アジア通貨単位(ACU)」の公表に向けた準備 がすすめられている。アジア13か国の通貨価値を加重平均で組み込む通貨バスケット方 式で算出するもので、2006年3月にも公表を始める予定である。ACUの算出は欧州 の手法にならうもので、2005年10月に就任した河合正弘氏(地域経済統合室長兼総 裁特別顧問)が中心となって検討している。

当面は参考指標として用いられるが、欧州の様に、将来的にはACU建てのアジア債券 の発行や貿易取引につながる可能性もある。

(12)

参考文献

伊藤和久〔2003〕「アジア通貨危機後の東アジアの国際金融協力」『国際貿易と投資』 第54号

河合正弘〔1997〕「通貨地域の形成と基軸通貨の選択」『経済分析―政策研究の視点シ リーズ8』経済企画庁経済研究所

河合正弘〔2004〕「東アジアにおける経済統合の制度化」mi meo

深川由起子〔2005〕「東アジアの新経済統合戦略―FTAを超えて」『アジア研究』 51号NO.2

青木保、浦田秀次郎、白井早由里、福島安紀子、神保謙〔2005〕『東アジア共同体と日 本の指針』日本放送出版協会

大西義久〔2005〕『アジア共通通貨―実現への道しるべ』蒼蒼社 近藤健彦〔2000〕『アジア太平洋共通通貨論』日本貿易振興会

日本総合研究所調査部環太平洋戦略研究センター、渡辺利夫編〔2005〕『日本の東アジ ア戦略―共同体への期待と不安』東洋経済新報社

原洋之助〔2005〕『東アジア経済戦略―文明の中の経済という視点から』NTT出版

(13)

図表1.域内貿易比率の比較(%)

東アジア NAFTA EU(15) 1980年 33.9 33.6 61.0 輸

出 2003年 50.5 55.4 61.4 1980年 34.8 32.6 56.9 輸

2003年 59.7 39.9 63.5

(出所)東アジア共同評議会、日本経済新聞(2004年11月5日)

図表2.東アジア諸国・地域(中国を除く)の実質GDP成長率の相関

(1972∼2002年) イン ド ネシ ア

日 本 韓 国 マ レ ー シ ア フ ィ リ ピ ン タ イ 台 湾 米 国

イ ン ド ネ シ ア 1.00

日 本 0.50 1.00

韓 国 0.52 0.38 1.00

マ レ ー シ ア 0.77 0.41 0.52 1.00

フ ィ リ ピ ン 0.35 0.22 0.21 0.39 1.00

タ イ 0.74 0.49 0.70 0.67 0.30 1.00

台 湾 0.38 0.69 0.41 0.40 0.22 0.40 1.00

米 国 0.04 0.39 0.24 0.16 ―0.04 0.06 0.66 1.00

(備考)中国については、市場経済化したのが最近のため、除外した。

(出所)渡辺利夫編『東アジア経済連携の時代』。

(14)

人民元は本当に過小評価されているのか

03110239 高橋直樹

1.人民元をめぐる現状

2005 年 7 月 21 日から人民元の対ドル為替レートは、1 ドル 8. 11 元に約 2%切り上げられ た。その要因としては、「中国が競争力に比べ人民元を安く据え置いているから対中赤字が 増える」、「対中輸入が雇用を奪っている」という圧力が、アメリカを中心に中国にかけら れたからとされている。その他にも中国の労働コストの低さが日本では産業の空洞化を生 み出すという問題も指摘されている。

実際に最近の中国の経済成長は国際競争力を強めており、米国向け輸出がここ数年急速 に増加してきた。米国の貿易赤字のうち、対中赤字は全体の 4 分の 1 を占め、一国として は最大である。しかも、米中貿易で中国の輸入は輸出の 5 分の 1 以下で、輸入の比率は極 端に低い。

今回の切り上げで人民元をめぐる論争に関心が高まってきている。①為替レートが割安 になっているかどうか、②切り上げはどういうメリットとデメリットがあるか、また行わ れるべきかどうか、③為替調整が行われるとすれば、レートの変更とともに、為替制度そ のものを改めるべきかどうか、またどう改めるべきか、という問題をめぐって展開されて いる。今日では、人民元が経済の実態と比べて大幅に過小評価されていると広く認知され ているが、実際はどうであろうか。ここでは、①の人民元は過小評価されているのかにつ いて取り上げようと思う。

2.既存研究の整理

ⅰ 第一生命経済研究所(嶌峰義清、桂畑誠治、永濱利廣)

94 年 1 月を基準として消費者物価ベースを購買力平価でみた場合、これまでおよそ 18% 程度の実際のレートが購買力平価よりも割安であったと判断される。今回の 2. 1%切り上げ も、購買力平価で比べれば 16%程度割安な水準にとどまっている。

ⅱ バリー・ボズワース上席研究員(ブルッキングス研究所)

現在の人民元レートが購買力平価という基準では過小評価されているが、貯蓄投資(S

‐ I)バランス、外貨準備の増加という基準からは、過小評価が認められないと分析する。

ⅲ 大西義久

国際収支をみると、経常収支黒字基調が続く中で、為替相場では常に人民元高の圧力が かかり、大量の市場介入が行われていること自体、現行水準が均衡為替相場に比べ割安な

(15)

証拠とするのは早計である。購買力平価説、為替市場の動向等の観点から確たる結論は得 られない。

ⅳ 白井早由里(慶應義塾大学総合政策学部助教授)

マクロ経済バランス・アプローチ、購買力平価説、ファンダメンタルズ・アプローチ等 に基づいて分析した結果、人民元が大幅に過小評価されているという見解は絶対的に正し いとは言い切れない。

3.適正レートの算出方法

・ マクロ経済バランス・アプローチ

現行の為替レートが中期的にみて適正レートから大きく乖離している場合、現行の為替 レートは過大評価あるいは過小評価されている可能性が高いと判断できる。それを判断す る一般的な方法がマクロ経済バランス・アプローチである。具体的に持続可能なレベルの 貯蓄・投資バランスをもとに、そのバランスと整合性のある為替レートを推計し、それと 為替レートの実勢値を比較する方法である。まず貯蓄率と投資率が中期的にみて現行の水 準で維持できるのかどうかをみていく必要がある。

・ 購買力平価説

購買力平価(PPP)とは、国際的に取引される貿易財には価格裁定が働き、「一物一価」 が成立することに着目し、A 国とB 国の間で、同一の商品(貿易財)の価格が同一になる よう、長期の為替相場が決定されるという理論である。実際にはデータの制約や技術的な 問題から算出が困難であるため、実務的に簡易な方法として、ある時点で PPP が成立して いたと仮定し、それ以降の A、B 両国の貿易財のインフレ率に価格に見合う形で変動した為 替相場の水準を現在の PPP とする方法(いわば、「相対的 PPP」)が一般的な採られている。 しかし、中国の物価水準の推移においてどの時点に焦点を当てるかによって為替レートの 調整に関する判断は異なる。

・ ファンダメンタルズ・アプローチ

中国にバラッサ=サミュエルソン効果がみられるかどうかで現行為替レートがファンダ メンタルズから乖離しているかが判断できる。これは一般的に、輸出産業が活発化してい る資本受入国では輸出産業を中心とする製造業部門の賃金水準の伸び率が生産性の伸び率 の上昇に比例して上昇し、その製造業部門が他の産業(非貿易財産業)を引っ張って経済 全体の賃金を押し上げる傾向にある。その結果、賃金全体の上昇を反映して非貿易財価格 が上昇し、物価全体を押し上げるため、実質為替レートが増加する現象のことである。こ れがみられた場合、人民元は過小評価の可能性があるといえる。

(16)

4.なぜ過小評価でないと言えるか

①マクロ経済バランス・アプローチ

中国の経常収支は貯蓄超過状態が持続し、経常収支は今後も黒字幅を維持すると考えら れるため、現行の人民元の為替レートは貯蓄・投資ギャップという対内バランスでみると 大きく適正レートから乖離が発生している状態にはない。

図表1より中国は貯蓄率、投資率が世界水準に比べ高いのがわかる。

貯蓄率が高い大きな理由は、貿易・サービスの自由化、国営企業の改革、価格競争の激 化による失業者の増大、不十分なソシアル・セイフティネット、所得格差などによる将来 不安が消費を控え貯蓄に回す動きに出ているからである。

高い投資率については、政府が景気対策として公共投資活動を積極化させたことがその 要因である。

これらのことから、GDP の 40%を超える高い貯蓄率は今後も大きく変化するとは考えら れない。一方、投資の経済成長率への寄与度は低下してきており、すでに過熱気味の現行 の投資がこれ以上増えていくのは限界がある。つまり、現行の経常収支の黒字幅は維持可 能である。

②購買力平価説

発展途上国で自国通貨が過小評価される傾向があるのは、流通費用、包装紙代、賃貸料、 広告代などのサービス価格や賃金の低さに原因がある。一般に発展途上国では非貿易財や サービスの値段は安く、先進国では非貿易財やサービスの値段は高い。こうしたサービス の多くは国際的に取引されていないものが多く、その価格はそれぞれの国で決定されるの で各国間で均等化するわけではない。このことから適正な為替レートは二国の相対価格で 決まるという購買力平価説は成立しない。またどの時期を物価水準の推移の基準にするか において経済発展段階を十分に考慮しなければならないので、一概に計測できない。

③ファンダメンタルズ・アプローチ

中国が大幅に過小評価されていないとする理由のひとつは、中国ではバラッサ=サミュエ ルソン効果がみられないことにある。この現象が起きている場合には、産業間の生産性格 差という構造的な要因により実質為替レートが増加する傾向がある。そのため、実質為替 レートの実勢値がそうした趨勢に追いついていない場合には、自国通貨の名目値の切り上 げによって調整し、実質為替レートの実勢値を修正することが適切であると判断される。

図表 2 をみると、中国では第二次産業の国民所得に占める割合が大幅に拡大しているの がわかる。中国では多額の外資系企業の進出を受け、貿易財部門が急成長しているので製 造業部門が拡大傾向にある。一方、第一次産業の割合は減少傾向にある。

1978 年∼1999 年の期間における第一次産業、第二次産業、第三次産業それぞれの実質労

(17)

働生産性を算出すると、製造業部門は 6. 7 倍の増加、年平均増加率は 10%に達しているこ とがわかる。第一次産業、建設業、第三次産業の生産性はこの間にそれぞれ 2. 3 倍、2 倍、 1. 7 倍の伸びであったことから、製造業部門の生産性の伸び率は他の産業と比べて際立っ て大きいことがわかる。したがって、産業間の生産性の格差があることは明らかである。

1978∼2001 年の期間における第一次産業、第二次産業、第三次産業における平均賃金を みると、製造業における実質賃金は 1978∼2001 年までに約 3. 4 倍に増加し、平均増加率は 年 5. 5%である。ただし、第一次産業、建設業、第三次産業の賃金指数はこの間に 2. 5 倍、 2. 8 倍、3 倍に増加しており、賃金上昇率は製造業部門が一番大きいとはいえ、産業間で大 きな格差はみられなかった。

こうしたデータから、産業間で生産性格差が存在しているものの、賃金上昇率は産業間 で大きな格差がみられないことがわかる。製造業部門については生産性の伸び率が賃金の 伸び率をはるかに上回っており、バラッサ=サミュエルソン効果が存在していないように 思われる。

以上のことから、人民元が本当に過小評価されているとははっきり言えないことがわか る。

参考文献

大西義久[2003]『円と人民元−日中共存へ向けて』中公出版 白井早由里[2004]『人民元と中国経済』日本経済新聞社 関志雄[2004]『人民元切り上げ論争』東洋経済新報社

滝田洋一[2004]『通貨を読む−ドル・円・ユーロ・元のゆくえ』日経文庫

小川英治[2005]「人民元切り上げと中国為替制度改革」RI ETI 経済産業研究所

桂畑誠治、嶌峰義清、長濱利廣[2005]「人民元バスケット制移行の影響と今後の見通し」 第一生命経済研究所

白井早由里[2005]「人民元の過小評価をめぐる議論の再考」『世界経済評論』3 月号 沈才彬[2005]「人民元切り上げ後の中国経済と日本への影響」『DENARO』10 月号

(18)

図表 1 アジア各国の対GDP比貯蓄率(S)・投資率(I)の推移(%)

1980 年 1990 年 1995 年 1999 年 S I S I S I S I タイ 23 29 34 41 36 43 33 21 インドネシア 38 24 32 31 36 38 32 24 マレーシア 33 30 34 32 37 41 47 22 韓国 24 32 37 38 36 37 34 27 シンガポール 38 46 44 37 51 33 52 33 中国 35 35 38 35 42 40 40 37 香港 34 35 36 27 33 35 31 25 日本 31 32 33 32 31 29 28 26 世界 24 25 24 24 21 23 25 23

(出所)世界銀行 " Wor l d Devel opment I ndi c at or s " , " Wor l d Devel opment Repor t " 図表2 中国の名目GDPの産業別構成の推移

(19)

東アジア諸国に適した為替相場制度

03110296 松田 慎也 1. はじめに

飛躍的な経済成長を遂げてきた東アジア地域は、1997 年の通貨危機の発生により大きな 打撃を受けた。現在の東アジア諸国の GDP は比較的安定している(図表1)が、通貨危機 の経験を踏まえて、東アジア地域における為替相場制度を再検討する動きがある。本稿で は、為替相場制度を選択する際の制約、通貨危機の発生時に東アジア諸国が採用していた 為替相場と、現在の東アジア諸国の経済状況を考え、今後の東アジア地域が通貨危機を発 生させずに安定して経済成長をするためにはどのような為替相場制度を採用すればよいの かを検討する。

2. 「不整合な三角形」という制約

どのような為替相場を選択するかにあたって、国・地域を問わず、すべての開放された 経済が直面する制約として「不整合な三角形」という制約がある。自由な資本移動、為替 レートの安定、独立した金融政策という三つの目標のうち、同時に二つは達成することは できても、三つは同時に達成できないという制約である。つまり、いずれを選択する場合 も、何らかの不自由を受け入れなければならないのである。

一つの選択肢として、独立した金融政策を諦め、為替レートの安定を目標にした場合、 固定相場制度を採用することになる。為替レートの変動要因となる実質金利差を中央銀行 が為替レートの変動に応じて金利を変動させれば、為替レートを維持することができる。 アジアでは香港がこの政策を採用し、為替安定のために独立した金融政策の実施を犠牲に するカレンシー・ボード制を導入した。しかし、この制度は景気過熱時に金融引き締め政 策や、不況期に金融緩和政策による自国の景気を調整することができない。さらに、通貨 をペッグしている相手国の景気にも自国の景気が左右されやすい。

もう一つの選択肢として、為替レートの安定を諦め、独立した金融政策を可能にした場 合、変動相場制を採用することになる。金融政策は景気の調整に使うことができる。しか し、為替レートが安定しないことにより為替リスクが存在し、海外の投資家は長期的な投 資よりも短期的な投資を好むようになる。アジア諸国の発展途上国にとっては、経済開発 に有益な長期的な投資が減少することにより経済成長に打撃を与える可能性もある。 最後の選択肢として、自由な資本移動を諦めた場合、独立した金融政策を可能にし、為 替リスクをなくすことができる。しかし、資本移動を規制することにより、海外からの直 接投資が減少し、自国の経済が成長しにくくなるというデメリットもある。

各選択肢がもつメリット、デメリットを考えたが、東アジア諸国はどの選択肢を選べば よいのだろうか。

90 年代の通貨金融危機を経て、カレンシー・ボード制などの固定相場制度に移行するか、 あるいは変動相場制に移行する国が増えたという事実がある。それと同時に、通貨危機に

(20)

耐えられる維持可能な為替相場制度は、自由変動為替相場制度(フリー・フロート)かカ レンシー・ボードや通貨同盟などの厳格な固定為替相場制度(ハード・ペッグ)のいずれ しかないとい「両極の解」の見方がでてきた。さらに、一般に、先進工業国では資本蓄積 と人口高齢化が進んでいることから、発展途上国のような人口の年齢構成が若い国に向か って先進工業国から資本が動くことは両者にメリットをもたらす。以上の理由から、ここ では自由な資本移動の選択を前提として考える。為替相場を選択するにあたっては、為替 レートの安定、独立した金融政策のどちらを達成するか選択し、変動相場制度かハード・ ペッグの選択となる。

3. 変動相場制度への批判

変動相場制度かハード・ペッグの選択にあたり、結論から言えばどちらも東アジア諸国 に適した為替相場制度ではないと私は考える。以下では、それぞれの為替相場制度が東ア ジア諸国に不適であることを述べたい。

変動相場制度は、日本のような規模の大きい経済に適していると言われている。規模が 大きいということは、多様な産業が存在し、貿易相手国は世界的に分散しており、GDP に 占める対外取引のウェイトは相対的に小さいという特徴をもつことである。為替レートの 変動によって、輸出数量が増え輸入数量が減るという価格メカニズムがよく働き、仮に為 替レートがおかしな水準になっても、対外部門の小ささによってその副作用は小さいと考 えられる。しかし、東アジア諸国のような GDP に対する対外取引のウェイトが大きい国は、 為替相場が変動することによる自国経済に対するダメージが非常に大きく、これらの国は 変動相場制度を採用するのは望ましくないと考える。

4. ハード・ペッグへの批判

ハード・ペッグを採用することにより、変動相場制度のような為替レートの変動による ダメージを受けることはないが、ハード・ペッグを採用していたタイからアジア通貨危機 が発生したという過去がある。さらに、ハード・ペッグを採用するにあたって一般的に言 われていることは、外国為替市場に介入して為替レートの変動を特定の狭い範囲内におさ まるようコントロールしようとする外国為替政策は持続性に欠ける。

5. 代替的な為替相場制度

3, 4 節で、東アジア諸国には変動相場制度と固定相場制度が適さないということを述べ たが、ではそれらに代わる東アジア諸国に適した為替相場制度は何なのか?

変動相場制度、ハード・ペッグ以外の為替相場制度として中間的相場制度がある。どの ような為替相場制度を選択するかにおいて、現在は、資本移動が増えて、「両極の解」以外 のクローリング・ペッグや目標相場圏のような中間的相場制度は、もはや利用できないも のとして捨て去ることが最近の流行である。しかし 1991 年末と 99 年末の各国の為替レー

(21)

ト制度を調べてみると、確かに変動相場制度やハード・ペッグの割合が増えていることに は変わりないが、最大多数の国は依然として中間的な制度をとっている。

「両極の解」を批判し、中間的相場制度を支持しているジェフリー・フランケルは、最 適な為替相場制度は国や時の条件によるものであって、どこにでも当てはまる最適な制度 はないとし、その上で、実際は両極よりも中間の諸制度の方が多くの国においては適当だ ろうという結論を出している。すなわち、「両極の解」の主張は、為替レートの安定か独立 した金融政策のどちらかの放棄を迫っているが、ともに半ば放棄し、半ば独立性と安定性 を維持する選択の道もあるというわけである。そのような為替相場制度の代表例として、 BBC 制がある。

代替的な為替相場制度を構想するうえで最も大切なことは、何を為替政策の目標と考え るか、という点である。東アジア諸国においては、先進国への輸出が経済成長に大きな影 響を与えてきた。この観点からすれば、為替レートの変動により自国の製品が国際競争力 を失うことを防ぐ必要がある。このような要請に応えるものとして、現在、円・ドル・ユ ーロから構成される通貨バスケットを使って各国通貨の為替レートの変動を抑制していく 仕組みが検討されている。通貨バスケットは、自国通貨をある通貨と固定するという点で、 ハード・ペッグと似ているが、通貨バスケットが複数の通貨で固定するということは、ハ ード・ペッグのように対ドルだけで自国通貨を固定させるよりも、自国通貨に対する為替 レートの動きが反対となるような構成通貨を選ぶことによって自国通貨が安定しやすい。 通貨バスケットを中心とする仕組みとして、現在有望視されているメカニズムは、通貨バ スケットに対する為替レートの変動幅をあるバンドにおさめ、そのバンドも中期の変動ト レンドから乖離しないように徐々に変更していくものである。この制度は、その要素であ る通貨バスケット、バンド、クロールの頭文字をとってBBC 制と略称されている。BBC 制 の導入を図る際の主な論点としては、通貨バスケットを構成する通貨の選択、通貨バスケ ットを構成する通貨の割合という二つの論点がある。バンド、クロールについては、現在 のところアジア諸国に適した結論を導きだすことができていないため、以下ではバスケッ トについてのみ論ずる。

7. 通貨の選択

通貨を選択するにあたり、一般的に言われていることは、バスケットを構成する通貨を 発行残高の大きいものを選択するのが良いということである。発効残高が比較的少ない通 過をバスケット構成通貨とする場合、当該通貨による介入資金に限界があることから、通 貨投機に弱い要素を当初からバスケットに取り込むことになり、適当ではない。通貨投機 の動きに対しては、関係国政府が市場に介入する力があるということを示すことが通貨防 衛に繋がるので、バスケットを構成する通貨は、発行残高の大きい国際通貨とすることが 望ましい。さらに、域内国と貿易など経済関係の深い域外国の通貨であるドル、円、ユー ロとすることが望ましい。

(22)

8. 通貨バスケットを構成する通貨の割合

通過バスケットを構成する通貨を円、ドル、ユーロとした場合、これらの通貨の構成割 合を決めるにあたって、一番大事なことは東アジア各国の貿易シェアを考えることである。 東アジア各国の貿易シェアは図表2に示した。さらに、BI S がまとめた外国為替市場等で 用いられた通貨のシェアに関するデータを利用して米国、日本、ユーロ圏に配分し、これ らから通貨バスケットの構成シェアを求めることができる。これは、図表3に示す。

9. おわりに

ジェフリー・フランケルが言うように、最適な為替相場制度は国や時の条件によるもの であって、どこにでも当てはまる最適な制度はないという考えは支持できる。東アジア諸 国も通貨危機などの経験からどの為替相場制度が良いかという問題は議論すべき問題であ る。どの為替相場制度にもメリット、デメリットがあるが、私はその中でも BBC 制が他の 為替相場制度よりも優れていると考える。通貨危機を回避するために、為替相場制度は確 かに重要であるが、それと同時にアジア諸国が抱える自国経済の問題点も同時に改善して いくことが必要である。

図表1 東アジア各国の実質 GDP 成長率

- 15.0 - 10.0 - 5.0 0.0 5.0 10.0 15.0

19 95

19 96

19 97

19 98

19 99

20 00

20 01

20 02

20 03

20 04

インドネシア シンガポール 韓国

タイ 台湾 フィリピン 香港 マレーシア

(出所)ジェトロ“ 海外情報ファイル”

(23)

図表2 東アジア各国の貿易シェア比較

国 対米国 対日本 対ユーロ圏 対その他地域

タイ 15.8 21.6 12.5 50 マレーシア 17.8 18.6 10.1 53.5 シンガポール 17.7 13.4 10 59 インドネシア 13.8 27.2 12.3 46.7 フィリピン 26.1 18.5 10.7 44.7 韓国 23.1 19 9.7 48.3

(出所)梶山[ 2005] 64 ページ

図表3 通貨バスケットの構成通貨シェア 国 ドル 円 ユーロ

タイ 46 34 20

マレーシア 50 32 18 シンガポー

54 23 18

インドネシ ア

42 39 19

フィリピン 53 30 17

韓国 52 31 16

(出所)梶山[ 2005] 67 ページ

(参考文献)

石山嘉秀[ 2004] 『通貨金融危機と国際マクロ経済学』日本評論社

伊藤隆敏・林伴子[ 2003] 『アジア 4 カ国のインフレ・ターゲティングによる金融政策の評 価』開発金融研究所報

小川英治[ 2002] 『国際金融入門』日本経済新聞社 嘉治佐保子[ 2004] 『国際通貨体制の経済学』日本経済新聞社

梶山直己[ 2005] 『東アジアにおける成長のための為替制度は何か』開発金融研究所報 ジョン・ウィリアムソン[ 2005] 『国際通貨制度の選択』岩波書店

福田佳之[ 2003] 『アジア通貨は再び通貨危機の道をたどるのか?』東レ経営研究所 細居俊明[ 2003] 『国際金融のトリレンマ論の陥穽』日本国際経済学会自由論題報告 本多正勝[ 2000] 『アジア通貨危機と外国為替システム』会計検査研究

図表 1  アジア各国の対GDP比貯蓄率(S) ・投資率(I)の推移(%)  1980 年  1990 年 1995 年 1999 年 S  I  S  I S I S I タイ  23  29  34  41 36 43 33 21 インドネシア  38  24  32  31 36 38 32 24 マレーシア  33  30  34  32 37 41 47 22 韓国  24  32  37  38 36 37 34 27 シンガポール  38  46  44  37 51 33 52 33

参照

関連したドキュメント

転倒評価の研究として,堀川らは高齢者の易転倒性の評価 (17) を,今本らは高 齢者の身体的転倒リスクの評価 (18)

すなわち、独立当事者間取引に比肩すると評価される場合には、第三者機関の

○ 交付要綱5(1)に定めるとおり、事業により取得し、又は効用の増加し た財産で価格が単価 50 万円(民間医療機関にあっては

他方、今後も政策要因が物価の上昇を抑制する。2022 年 10 月期の輸入小麦の政府売渡価格 は、物価高対策の一環として、2022 年 4 月期から価格が据え置かれることとなった。また岸田

トリガーを 1%とする、デジタル・オプションの価格設定を算出している。具体的には、クー ポン 1.00%の固定利付債の価格 94 円 83.5 銭に合わせて、パー発行になるように、オプション

 貿易統計は、我が国の輸出入貨物に関する貿易取引を正確に表すデータとして、品目別・地域(国)別に数量・金額等を集計して作成しています。こ

イ ヘッジ手段 燃料価格に関するスワップ ヘッジ対象 燃料購入に係る予定取引の一部 ロ ヘッジ手段 為替予約. ヘッジ対象

イ ヘッジ手段 燃料価格に関するスワップ ヘッジ対象 燃料購入に係る予定取引の一部 ロ ヘッジ手段 為替予約. ヘッジ対象