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帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2010年 4月号

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物を通して見る世界史

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抗生物質としてのペニシリン  人類にとって薬とは

何であろうか。今日、私たちの健康に薬が果たす役割 を疑うことは少ない。しかし、歴史を振り返ってみる と、薬と人間との関係が今日のようなものになったの は、比較的最近のことであることに気づく。その変容 を決定づけたのは、20世紀中葉における抗生物質の登 場である。抗生物質は、一定の病原微生物に対して顕 著な効果を有する「特効薬」であった。抗生物質の登 場によって、かつて人類を悩ませた多くの感染症から 私たちは解放されたのである。

 よく知られたエピソードであるが、英国のフレミン グ(A.Fleming, 1881〜1955)は、細菌の発育を妨げ るカビを偶然に発見し、特定の化学物質が抗菌作用を 持つことを発見した(1929年のことである)。こうし て発見されたペニシリンが、第二次世界大戦中に実用 化され、肺炎などの治療に効果を発揮した。これが抗 生物質の嚆矢であり、その後、結核の治療に大きな役 割を果たしたストレプトマイシンなど多数の抗生物質 が発見・実用化され、様々な感染症の治療に絶大な効 果を発揮した。抗生物質は、特定の病原微生物を叩く という意味で、「魔法の弾丸」と比喩されることにも なった。

薬と人間  しかしながら、かつて薬というものは、 このような「特効薬」ではなかった。植物もしくは鉱 物から抽出された薬物の、疾病に対する効果は穏やか で緩慢なものであった。そして、洋の東西を問わず、 その薬物の多くは、長い年月をかけて経験的に知られ るようになったものであり、人間が能動的に創りだす ようなものではなかった。それに対して、抗生物質の 登場以降、人類は、感染症のみならず、非感染症の克 服に向けて、様々な薬品の開発に邁進するようになっ た。20世紀半ば以降、製薬産業は巨大産業となり、21 世紀にはバイオ産業として経済を牽引する役割まで期 待されている。

「特効薬」としてのキニーネ  ところで、抗生物質 以前に、「特効薬」としての薬が存在しなかったかと

いえば、例外もまた存在する。話は17世紀の前半にま で遡ることになるが、原産地の南アメリカからヨーロ ッパにもたらされたキニーネは、マラリアの治療に顕 著な効果を示した「特効薬」といえる。厳密にいうと、 キニーネとは、キナという植物の樹皮から抽出される 特定のアルカロイドをさし、後に19世紀になって初め て物理化学的に分離され命名されたものである。さて、 キニーネが治療薬として定着していくのにかなりの時 間を要したことに注目すべきである。なぜならば、17 世紀の医学的知識に基づく治療法−いわゆる体液病理 論を基にした瀉血法(血を流させること)など−から かけ離れた、「特効薬」としてのキニーネの効果には 懐疑の眼も免れがたかったからである。

 事実、19世紀においてすらキニーネによる治療法は 定着したとはいえなかった。一例を挙げよう。イギリ ス東インド会社による支配が固まりつつあった19世紀 前半のインドでは、イギリス人統治者たちはマラリア による被害に悩まされていたけれども、キニーネによ る治療は、ある失敗例が災いして19世紀初頭に放棄さ れ、19世紀半ばまで使用されなかったという。その後、 再び処方がなされるようになったが、キニーネは非常 に高価であったためにその使用には限界があった。キ ナ樹皮は南アメリカのアンデス山脈東麓の限られた地 域でしか採取されなかったからである。

キニーネ・帝国主義・薬の「産業化」  だが、ヨー ロッパ人によって、キナの栽培が南アメリカ以外の地 域でも試みられるようになった。19世紀後半に、英領 インドやオランダ領東インド(現インドネシア)でプ ランテーション栽培が行われ、大量に供給されるよう になった。このような経緯は、同時期に、イギリス・ フランスなどのヨーロッパ帝国主義が、アフリカの熱 帯地域への進出を本格化させた過程とほぼ軌を一にし ている。それと同時に、この過程はまた、薬の生産が 「産業化」していく時代の幕開けと位置づけることも 可能である。すでに述べた「魔法の弾丸」としての抗 生物質の登場は、このような薬生産の「産業化」の流 れの中にある。今日私たちは、このような製薬産業の 発展の恩恵を享受しているといえるが、他方で病原微 生物の薬物耐性もまた進行しており、薬と人間をめぐ る歴史を単純な「進歩史観」で割り切ることもできな いように感じられる。

薬の「産業化」

−キニーネとペニシリン

参照

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