• 検索結果がありません。

組織学会|組織科学:バックナンバー

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "組織学会|組織科学:バックナンバー"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

:

4

  特集/雇用システムの変化と安定

日本的雇用慣行の趨勢:サーベイ

  神林  龍(一橋大学 経済研究所 教授)

  キーワード

日本的雇用慣行,長期雇用慣行,年功賃金,非正社員

Ⅰ.はじめに

バブル崩壊から 25 年,小泉政権成立から 15 年 を経過してもなお,より流動的な労働市場を実現 しなければならないとする論調が消える気配はな い.しかし,その一方で,日本的雇用慣行はもは や過去のものとなったとの主張も頻繁になされて いる.もし日本的雇用慣行が労働市場の硬直性の 一因なのであれば,明らかにこのふたつの論調は 相互に矛盾し,日本の労働市場はすでに十分流動 的になっているか,日本的雇用慣行は崩れていな いかのどちらかである.日本の労働市場の現状を 理解しようとする人は誰でも,この矛盾に気付 き,困惑すると思われるが,データに基づく中立 的な論考を見つけるのは簡単ではない.本稿で は,とくに後者,すなわち日本的雇用慣行につい て,既存研究を整理・紹介するかたちでまとめ, 現在の日本の労働市場を理解する一助とすること を目的とする1)

日本的雇用慣行という単語は,いくつかの雇用 慣行の総体を意味しており,その全体像自体をデ ータでとらえるのは難しい.したがって,日本的 雇用慣行に関わる実証研究は,データがとらえる 一要素のみに検討対象を絞り,当該要素の変化に ついて議論するのが常である.本稿でも,この方 法にのっとって,日本的雇用慣行の柱である,長 期雇用慣行と年功賃金を取り上げよう.具体的に は, ま ず 第 Ⅱ 節 で 加 藤・ 神 林(2016) お よ び Kambayashi & Kato (2016a)の分析結果を紹介 しながら,1980 年代以降の長期雇用の動向をま とめる.そして続く第Ⅲ節では 1990 年代後半以 降の年功賃金体系の変化に注目する.あらかじめ このふたつの節の結論を述べると次のようにな る.第一に,長期雇用慣行は,一定の勤続を経過 した被用者については,1980 年代以降ほとんど 変化がない.その「ゲート」に到達しない短期勤 続者が増えることによって平均勤続年数が減少 し,長期雇用慣行が衰退しているようにみえたの である.第二に,1990 年代後半には,多くの事 本稿は,日本的雇用慣行に注目した既存研究を紹介し,その 変化について全体像を描くことを目的とする.第一に,長期雇 用慣行は必ずしも全面的に衰退したわけではない.第二に,年 功賃金体系は,2000年代以降,維持と緩和に両極化してき

た.第三に,非正社員の増加と対応したのは自営業の減少であ って,正社員の比率は基本的に1980年代以降安定していた. 1980年代以降の日本の労働市場の基調は常に被用者が増大し

(2)

業所が年功賃金体系を緩和したが,2000 年代以 降も続けて年功度を緩和し続けた事業所は一部に とどまり,2000 年代には年功度を維持した事業 所と平坦化させた事業所に二極化した.少なくと も前者については,年功賃金体系を捨て去るには 至っておらず,一定程度年功賃金体系は維持され ていると考えるべきだろう.このふたつの統計的 事実は,日本的雇用慣行が,少なくとも一部では 強固に残存していることを示唆している.したが って,日本的雇用慣行が全面的に崩壊したと前提 するのは危険が伴う.

もちろん,日本的雇用慣行が衰退していないと しても,その適用範囲は狭くなってきているので はないか,という直感的な疑問が浮かぶだろう. 実際,長期雇用慣行を吟味した部分で指摘した, 一定のゲートをくぐれない被用者が増えたという 言明は,日本的雇用慣行がカバーする範囲が減少 したことを示唆してもおかしくはない.この点に ついて,Kambayashi & Kato (2016b)では,正 社員の数は 1980 年代からほとんど変化していな いことを指摘し,非正社員の増加と対応したのは 自営業の減少だったことを示した.換言すれば, 第Ⅳ節で議論するように,1980 年代以降の日本 の労働市場の特徴は,着々と縮小する自営業セク ターを吸収しながら労働市場が持続的に拡大して きた点に求められ,その拡大した部分を非正社員 が担ったと解釈できる.したがって,「日本的雇 用慣行の適用範囲が狭くなった」という表現より は,むしろ,「日本的雇用慣行の適用範囲が労働 市場の拡大に追随して拡張しなかった」という表 現のほうが,より現実を説明しているだろう.

本稿を通じて強調されるのは,日本的雇用慣行 と呼ばれる労使慣行の強靭さである.この時代認 識を前提に,日本的雇用慣行がすでに存在するセ クターについて,その運用を改善することも必要 ではある.育児休業制度の普及や男女共同参画な ど,すでに具体的政策課題とされているものも多 数あるだろう.こうした制度改革を断行するため には日本的雇用慣行が桎梏となるかどうか,とい った議論はこのセクターにこそ当てはまり,着々 と議論を重ねる必要がある.他方,現実あるいは

将来の日本社会にとってより重要なのは,衰退し た自営業の代わりを担うこととなったが,しかし 日本的雇用慣行を採用しなかったセクターで何が 起きているかを検証することだろう.

Ⅱ.長期雇用慣行の変化

本節では,まず日本的雇用慣行の中核に位置す る,長期雇用慣行について整理しよう.

長期雇用慣行を統計的に検討する際に,よく利 用されてきた統計量は平均勤続年数である.長期 雇用慣行が守られていれば長期勤続者の割合が増 加し,その結果平均勤続年数が長くなると考えれ ば,平均勤続年数を長期雇用慣行の代理指標とす ることに不思議はない.加えて,平均勤続年数は OECD によって各国の統計が整備されており, ウェブサイトからダウンロードできるなど,比較 的簡単に国際比較しやすい.以上の理由で,長期 雇用慣行の強弱を平均勤続年数の長短に代理させ る例は枚挙にいとまがない2)

しかし,加藤・神林(2016)で議論されたよう に,平均勤続年数の長短はその時点で雇用されて いる被用者の平均的な勤続年数の大小を指し,よ り長期勤続被用者を優遇するという長期雇用慣行 とはニュアンスが異なる.たとえば,長期雇用慣 行の重要な要素として,長期勤続者よりも短期勤 続者を優先して雇用調整するというルールがあ る.米国では先任権として知られているこのルー ルは,ある程度勤続していることを条件付けた上 での取り扱いを指すもので,すべての被用者を平 等に取り扱わないことを意味する.このルールに 従って雇用調整が行われ,短期勤続者が退職を迫 られたとすると,平均勤続年数は減少するが,む しろ長期雇用慣行が守られた結果,平均勤続年数 が減少したと解釈することができる.

(3)

勤続階層から失職者が出ているかこそが,長期雇 用慣行のより重要なメルクマールなのである.

以上の理由から,加藤・神林(2016)は,平均 勤続年数よりも,残存率(retention rate)を考 察対象として日本の長期雇用慣行を検証してい る.残存率とは,簡単にいえば,ある時点で定義 された特定集団のなかで,時間を経て同一集団に 残存する割合を算出したものである.特定集団と して,長期勤続者と短期勤続者を分けてそれぞれ 残存率を算出して比較すれば,どの集団から勤続 を失う被用者が出ているかがわかる3)

次の図 1 は,加藤・神林(2016)より,大卒者 のいくつかの年齢コホートについて十年残存率の 推移を図示したものである.使用されたデータは 総務省『就業構造基本調査』(以下,就調)で, 考察した時期は,(I)1982~92 年,(II)1987~97 年,(III)1992~02 年,(IV)1997~07 年,(V)

2002~12 年の 5 つの 10 年間である.第 I 期はバ ブル崩壊以前の 10 年間,第 III 期はバブル崩壊 直後からの 10 年間,第 V 期は小泉内閣成立後の 10 年間にあたり,第 II 期と第 IV 期はこれらの 10 年間をまたいで設定されている.5 つの 10 年 間は,近年の日本経済の変化を網羅していると考 えてよい.また,初期時点の年齢階層については 入職直後の 25 ~ 29 歳を起点にしたコホート,あ る程度の労働市場での経験を積んだ後と思われる 35 ~ 39 歳を起点にしたコホートのみを引用し た.

この図から読み取られる含意は単純である.ま ず,十年残存率はとくに男性では相当高い.パネ ル A は 25~29 歳から数えての 10 年間では 70% 近くが同一企業に勤め続けることを示しており, パネル B によると 35~39 歳以降の 10 年間では その割合は実に 80%にものぼる.Kambayashi & Kato (2016a)では同様の枠組みで日米が比較さ れ,日本での十年残存率が米国におけるよりもお しなべて高いことが報告されている.本稿のよう に,近年動揺していると疑問視されているとはい え,やはり長期雇用慣行は日本に顕著にみられる と考えてよい.

日本的雇用慣行の動揺という本稿の課題とは若 干ずれるが,女性の大卒被用者の十年残存率は, 25~29 歳からの 10 年間の場合 50%に満たず, 男性と大きな差があることも指摘しておきたい. 35~39 歳を起点とした 10 年間の残存率は 60% から 70%と,男性との差は認められるとはいえ 大きくはないことや,25~29 歳から 35~39 歳ま では結婚出産の適齢期にあたることを考慮する と,この年代での女性の就業継続がいかに難しい かを示唆しているといえる.

本稿の関心に話を戻そう.加藤・神林(2016) では,残存率の時系列変化から,リーマン・ショ ックが勤続に及ぼした影響が限定的だったと議論 している.勤続年数は,一度離職すると一足飛び にゼロに戻るという性質があるため,たとえ一時 的にせよ雇用調整が顕著に行われれば,そのコホ

1 大学卒業者の十年残存率(1

注:加藤・神林(2016)図 5 パネル A およびパネル C を加工. 100

90 80 70 60 50 40 30 20

(Ⅰ)1982~92(Ⅱ)1987~97(Ⅲ)1992~02(Ⅳ)1997~07(Ⅴ)2002~12 パネル A:初期時点 25~29 歳

100 90 80 70 60 50 40 30 20

1982~92 1987~97 1992~02 1997~07 2002~12 パネル B:初期時点 35~39 歳

男性

女性

(%) (%)

(4)

ートの残存率は一時に大幅に低落してその後回復 することはない.そのため,一時的な雇用調整は 残存率上では非連続的な低落となって表現される が,図 1 からは,残存率の変化はむしろ連続的と 考えたほうがよい.もちろん,もともと,リーマ ン・ショックは日本経済にとって外生的かつ一時 的な性質が強く,中長期的な雇用慣行には影響を 及ぼさなかったことはたびたび指摘されていた. 残存率という観点からも,既存の知見を確かめる ことができたと解釈できるだろう.

肝心の中長期的な傾向は,実は若年階層で低落 しただけであることがわかる.たとえば,1982~ 92 年と 2002~12 年の間の残存率の低落幅は, 25~29 歳を起点とした 10 年間では男性 13.0%ポ イント,女性 15.7%だったのに対し,35~39 歳 を起点とした 10 年間では男性 4.3%ポイント,女 性 4.0%ポイントに過ぎず,統計的には低落した と結論するには危険が伴う変化幅である.

図 1 は大卒被用者全体についての残存率だが, 計測開始時点で勤続 5 年を超えているかどうかで 集団を分割して各々について十年残存率を計測し た結果が次の図 2 である.

図 1 のパネル B からは,35~39 歳からの 10 年 間の残存率が高位に安定的に推移していたことが 示唆されたが,計測開始時点で勤続 5 年以上の被 用者とそれ未満の被用者に分割した図 2 は少々様 相が異なる.すなわち,35~39 歳時点ですでに 5 年以上当該企業に継続して勤続していた被用者 の十年残存率は,どのコホートに着目しても男性 でほぼ 80%,女性で 70~80%で安定している. それに対して,35~39 歳時点で勤続が 5 年に満 たない中途採用者の十年残存率は,とくに男性で 継続的に低落傾向にあるのである.構成比で考え ると,35~39 歳時点で勤続 5 年未満の中途採用 者の占める割合が大きくないのは明らかだろう. したがって両者を合計した図 1 では低落傾向がほ

2 大学卒業者の十年残存率(2

注:加藤・神林(2016)図 6 パネル A およびパネル C,図 7 パネル A およびパネル C を加工. 100

90 80 70 60 50 40 30 20

1982~92 1987~97 1992~02 1997~07 2002~12 パネル A:初期時点,勤続 5 年以上 25~29 歳

100 90 80 70 60 50 40 30 20

1982~92 1987~97 1992~02 1997~07 2002~12 パネル B:初期時点,勤続 5 年以上 35~39 歳

100 90 80 70 60 50 40 30 20

1982~92 1987~97 1992~02 1997~07 2002~12 パネル C:初期時点,勤続 5 年未満 25~29 歳

100 90 80 70 60 50 40 30 20

1982~92 1987~97 1992~02 1997~07 2002~12 パネル D:初期時点,勤続 5 年未満 35~39 歳

(年) (年)

(年) (年)

(%) (%)

(5)

とんど相殺されてしまっているものの,内実はか なり異なることがわかる.

中途採用者の残存率が低落傾向にあることは若 年層男性でも若干みられる.大卒 25~29 歳時点 で勤続 5 年以上となると新卒での採用者が多くを 占めると考えられる.同世代の勤続 5 年未満と比 較すると 1980 年代の十年残存率は両者ともに 70 %程度で差はほとんどなかった.しかし 2000 年 代に入ると前者が 60%後半に対して,後者は 50 %台に低下しており,差が拡大している.若年層 での十年残存率が低下したことは図 1 でも指摘し たが,短期勤続者についてより低落傾向が強いと いう現象も確認できる.

加藤・神林(2016)では,若年層についても追 加的な分析を試みており,若年層における十年残 存率の低下は,コホート人口の増加の影響もある ことを指摘している.すなわち,本稿で紹介した 残存率は年齢コホートを固定したうえで,その中 での離職者の占める割合を算出するわけだが,日 本経済全体からみると,当該年齢コホートの大き さも変わってくる.具体的には,1982 年時点で 25~29 歳だった大卒人口は男性およそ 98.6 万 人,女性およそ 32.9 万人だったが,1997 年時点 での 25~29 歳では男性 117.2 万人,女性 51.8 万 人と増加した後,2012 年時点での 25~29 歳とし て,男性およそ 93.9 万人,女性およそ 70.3 万人 と推移した.とくに女性の大学進学率の上昇が著 しく,若年女性の大卒数は倍増していることがわ か る.1982 年 当 時 の 15 歳 以 上 人 口 が お よ そ 8300 万人,2012 年時点では 1 億 450 万人なの で,全人口からみた 25~29 歳の大卒比率は, 1982 年では男性 1.2%女性 0.4%合計 1.6%だった のに対して,2012 年では合計 1.6%はほとんど変 化がなかったものの,その内訳をみると男性は 0.9%と減少した一方,女性は 0.7%と 1.7 倍とな った.したがって,図 1 に示されたように,大卒 女性の十年残存率が 1980 年代から 2000 年代にか けて 15%ポイントほど減少したとしても,スタ ート地点にたつ大卒女性が増加した分,最終的に 残存した被用者の数はむしろ増加しているのであ る.若年層における残存率の低下傾向は,年齢コ

ホートのシェアや大学進学率の増加などを加味し ながら解釈する必要があることを示している.

以上の十年残存率を用いた分析から示唆される ことは明確だろう.すなわち,長期雇用慣行は若 年層と中途採用層を除いて大きく崩れたとはいえ ない.一度,勤続 5 年というチェックポイントを 過ぎてしまうと,十年残存率はほとんど変化して おらず,勤続年数の変化は専ら 5 年未満の短期勤 続者の増加によって説明されることがわかる.

Ⅲ.年功賃金の変化

次に年功賃金体系の変化をみてみよう.次の図 3 は厚生労働省『賃金構造基本統計調査』(以 下,賃金センサス)の 1993 年と 2012 年のデータ を用いて,いわゆる賃金関数を推定した結果か ら,勤続年数による変化分について図示したもの である.具体的には,その他の要素を一定に保っ たうえで,勤続年数のみを 0 年から 45 年まで動 かした場合の賃金変化を仮に算出して示してい る.推定結果は表 1 としてまとめた.最終学歴を 利用する必要からサンプルはフルタイムに限定 し,両年に関して大卒者の男性と女性とを別々に 推定している.

大まかにいって,勤続と賃金との関係という意 味での年功賃金は,大卒者であれば男女どちらに せよ平坦化する傾向にあったことが示唆される. ただし,男女には少なからずの差がある.大卒女 性の場合には,長期勤続化を反映してか,勤続と 賃金の関係はピークを後ろにずらす形をとりなが ら平坦化しており,全体的に下方にシフトしてい るわけではない.他方,大卒男性の場合には,勤 続と賃金との関係をおしなべて弱くする方向で平 坦化しているといえる.年功賃金体系が調整され ていると考えるならば,それは大卒男性で典型的 に起こっていると考えてよいだろう.

(6)

事業所に長期勤続者が集中していたりしたため, 見かけ上,賃金と勤続の関係が強く推定されてし まったのであり,時間が経過してそのような事業 所が消えていけば,見かけ上の関係は是正され る.別言すれば,同一事業所の短期勤続者と長期 勤続者を比較すれば,その差は実はそれほどでも なかったと解釈できる.重要なのは,事業所固定 効果を用いて同一事業所内の長期勤続者と短期勤 続者の賃金を比較することで賃金と勤続の関係を 推定した場合,1993 年と 2012 年の差はより小さ くなることである4).1993 年と 2012 年の差異の, 推定方法による違いは,年功賃金体系の平坦化は 同一事業所の中ではそれほど進んでいないのかも しれないという疑念を想起させるに十分だろう. そこで,個々の事業所の年功賃金体系の修正に ついて,賃金センサスを用いて追跡的に考察して みよう.まず賃金センサスから,大卒男性の「標 準労働者」を抜き出す.標準労働者とは,学校卒 業直後に就職し,調査時点まで継続して勤続して いる被用者を指し,いわゆる「生え抜き」と同義 である.賃金センサス上では,年齢が勤続年数に 22 を加えた数値に等しい被用者として定義され る.本稿では,大学での留年などを考慮するため に,2 年の幅を許し,年齢が勤続年数に 22,23 または 24 を加えた数値に等しい大卒男性被用者 としよう.

次に,同一事業所内で,20 歳代の標準労働者 の総時間賃金の対数換算値の平均と 50 歳代の標 準労働者の総時間賃金の対数換算値の平均の差を

とり,当該事業所の「年功度」と定義する.さら に,(IVa)1997 年から 2001 年,(Va)2002 年から 2006 年,(Vb)2007 年から 2011 年と,おおむね 景気の頂点から不況期を経て回復期に至る 5 年間 ごとにデータをプールし5),もし同一事業所につ いて複数の観察値がある場合には単純平均値を計 算する.賃金センサスはサンプル調査なので必ず しも同一事業所が毎年調査対象になるわけではな い.同一事業所を追跡するためには,ある程度の 時間を設けて事業所の情報をプールするのが得策 だろう.最後に,同一事業所について,(IVa)か ら(Va)への年功度の変化,(Va)から(Vb)への年 功度の変化を算出する.両者が観察されたのは

1632 事業所だった.

まず上記の手順で算出された大卒男性標準労働 者の年功度の要約統計量をまとめたのが次の表 2 である.

(IVa)における年功度の平均値は,1.066 であ る.対数総時間賃金の差であることを考えると, 20 歳代と 50 歳代とでは 2 倍以上の時間賃金に差 があることがわかる.図 3 パネル B におけるピ ークである,およそ 0.50 という数値とかけ離れ ているようにも見えるが,標準労働者のみに分析 対象を絞ると,加齢効果と勤続効果が識別できず 両者が混在する点に注意されたい.表 1 の賃金関 数の推定結果を見ても明らかなように,一般に加 齢効果は勤続効果よりも小さくないことが知られ ているので,図 3 パネル B のほぼ倍という表 1 の平均水準はそれほど不思議ではない.

3 大卒者の賃金関数の変化

注:後出,表 1 より著者作成. 1.00

0.90 0.80 0.70 0.60 0.50 0.40 0.30 0.20 0.10 0.00 (0.10)

勤続年数 パネル A:OLS 推定

1.00 0.90 0.80 0.70 0.60 0.50 0.40 0.30 0.20 0.10 0.00 (0.10)

勤続年数 パネル B:事業所固定効果推定

男性1982年 男性2012年 女性1982年 女性2012年

(7)

同じ(IVa)における中位点は 1.055 と,平均値 と比較するとそれほど差がない.25%点と 75% 点がそれぞれ 0.912,1.207 と,相当の幅があると はいえ,生え抜き 20 歳代と 50 歳代の総時間賃金 が 2 倍前後開いているという現実は,分析対象と して生き残った事業所では,どの事業所でもおお むね妥当するといえるだろう.

より重要なこととして,観測期間が下るにつれ て,年功度が平均的には減少していることを指摘 したい.ただし,減少幅は(IVa)から(Va)にかけ て,すなわち 1990 年代後半から 2000 年代前半に かけて大きく,(Va)から(Vb)にかけて,すなわ ち 2000 年代に入ってからの調整は比較的小さい とも読み取れる.とくに,分布の右裾にあたる年 功度は,(Va)から(Vb)にかけて減少していない 点は強調しておこう.図 3 から示唆された,年功 賃金体系の平坦化が全体にわたって進行し続けて いるのではないのではないかという疑問は,理由 がないわけではないのである.

この点をより正確に理解するために,同一事業 所における(IVa)から(Va)への変化,および(Va) から(Vb)への変化も表 1 に報告した.やはり平 均的には,前者で 0.033 ポイントの減少,後者で 0.010 ポイントの減少と,平坦化していることは はっきりしているものの,前者から後者にかけ て,その速度は遅くなっている.

同一事業所における年功度の調整パターンをみ るために,(IVa)から(Va)への変化と(Va)から (Vb)への変化の相関関係を図 4 として図示した.

すなわち,横軸に(IVa)から(Va)への年功度の変

2 大卒男性標準労働者の年功度

平均 25%点 中位値 75%点 (IVa)1997 ~ 2001 年平均 1.06 0.912 1.055 1.207 (Va)2002 ~ 2006 年平均 1.033 0.872 1.030 1.185 (Vb)2007 ~ 2011 年平均 1.022 0.857 1.024 1.185 (IVa)から(Va)への変化 -0.033 -0.167 -0.028 0.110 (Va)から(Vb)への変化 -0.010 -0.151 -0.006 0.136 (IVa)から(Vb)への変化 -0.044 -0.201 -0.034 0.115 注:厚生労働省『賃金構造基本統計調査』より著者作成.同一

事業所における 20 歳代と 50 歳代の男性大卒標準労働者の 対数総時間賃金の差.標本事業所数は 1632.

1

 大卒者の賃金関数

1982

2012

男性

女性

男性

女性

係数

標準誤差

係数

標準誤差

係数

標準誤差

係数

標準誤差

係数

標準誤差

係数

標準誤差

係数

標準誤差

係数

標準誤差

年齢

0.062 0.001 0.092 0.001 0.026 0.002 0.048 0.002 0.063 0.001 0.081 0.001 0.038 0.002 0.040 0.002

年齢

2/100 -0.058 0.001 -0.085 0.001 -0.024 0.003 -0.037 0.003 -0.060 0.001 -0.074 0.001 -0.037 0.002 -0.030 0.002

勤続年数

0.037 0.000 0.030 0.000 0.059 0.001 0.045 0.001 0.037 0.000 0.024 0.000 0.053 0.001 0.038 0.001

勤続年数

2 /100 -0.037 0.001 -0.042 0.001 -0.112 0.005 -0.103 0.004 -0.048 0.001 -0.031 0.001 -0.084 0.004 -0.075 0.003

事業所固定効果

NO YES NO YES NO YES NO YES

標本数

216485

25898

223605

33828

決定係数

0.54 0.53 0.35 0.33 0.49 0.48 0.41 0.39

:厚生労働省

『賃金構造基本統計調査』より著者推計

.推定方法は最小二乗法

,被説明変数は総時間賃金

=(決まって支給する月給総額

+前年賞与

12

)/月間総労働時間]その

(8)

化をとり,縦軸に(Va)から(Vb)への年功度の変 化をとった散布図を作成した.さらに,散布図を 要約するために,(IVa)から(Va)の変化を基準に 10 のグループに分け,それぞれのグループの (IVa)から(Va)への変化の中位値および(Va)か

ら(Vb)への変化の中位値を報告している. 図 4 を見ると,同一事業所内の両期間の変化に ついて,明らかに負の相関関係があるのがわか る.すなわち,(IVa)から(Va)にかけて年功度を 下げた事業所は,(Va)から(Vb)にかけては年功 度を下げず,むしろ年功度を上昇させる傾向があ る.実際,両期間にわたって継続的に年功度を下 げ続けた事業所,すなわち第 III 象限に位置する 事業所は 1632 か所のうち 347 か所で,21%に過 ぎない.他方,(IVa)から(Va)にかけて年功度を 下げたものの(Va)から(Vb)にかけて年功度を上 げた第 II 象限に位置する事業所が 561 か所 34 %,逆に第 IV 象限に位置する事業所は 489 か所

30%と,過半が右下がりの対角線の近傍にある. 年功度の平坦化は,1990 年代後半から 2000 年代 にかけて継続的に行われたわけではなく,一時的 に実施されたと思われる事業所が多数を占めるこ とがわかる.

以上のように,同一事業所内部での年功賃金体

系の調整は平均的には小幅にとどまった.しか し,先に指摘したように,継続的に年功度を削減 した事業所が 2 割程度あることもまた事実であ る.こうした事業所の年功度は結局 0.30 ポイン ト前後の下落をみせ6),勤続と賃金の関係がかな り緩和されたことを示唆している.したがって, 年功賃金体系が弱まった事業所があることも否定 するべきではない.その結果,2000 年代後半時 点での年功度の事業所間のばらつきは,1990 年 代後半と比較すると大きくなったことには注意を 払うべきだろう.

もちろん,以上の分析が一般的な現象だったか どうかについてはある程度留保する必要がある. まず賞与や残業を含む総時間賃金を用いているた め,賃金体系のうちボーナス部分の増加という要 素を無視している点がある.この点について考察 を深めるため,所定内時間賃金を用いて同様に集 計した結果を表 3 として採録したので,興味ある 読者には確認していただきたい.

所定内時間賃金でみた年功度の減少の様子は, 総時間賃金でみた場合と異なる.年功度の緩和が 分布のどの部分にもわたり,かつ(Va)から(Vb) にかけての減少幅が前の期間と比較すると緩やか

4 大卒男性標準労働者の年功度の変化

注:厚生労働省『賃金構造基本統計調査』より著者作成.N=1632.要約統計量に ついては表 2 を参照のこと.

1990年代後半から2000年代前半にかけての年功度の変化 1

0.8 0.6 0.4 0.2 0 -0.2 -0.4 -0.6 -0.8 -1

-1 -0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

(9)

になったとはいえ,総時間賃金における減速ほど ではない.表 1 において,2000 年代に入って年 功度を保持したと思われる事業所も,基本給部分 では年功度を緩和し続けたことが示唆されるので ある.つまり,ボーナス比率を引き上げることを 通じて,結果として年功度が維持されたと解釈す るべきかもしれない.ただし,いわゆる基本給の みに年功賃金体系の概念を当てはめ,データから 賃金決定ルールの変化を推測するのもひとつの考 え方だが,人的資本理論などを背景として,結果 として成立している勤続と賃金との関係を重視す る場合には,所定内時間賃金よりも総時間賃金を 用いて,議論を組み立てるほうが適切だといえ る.

また,本節では 1 年 5 万事業所の標本を誇る賃 金センサスにしては,かなり少ない標本で議論を 進めており,強いサンプルセレクションがかかっ ている可能性がある.その理由としては,(IVa) (Va)(Vb)のすべての期間で調査対象となること

が必要なこと,大卒男性標準労働者について 20 歳代と 50 歳代が調査対象となる必要があること などがあげられる.前者の条件からは,賃金セン サスの調査設計上,大規模事業所のほうが頻繁に 調査対象とされやすいことから,規模についての 偏りが生まれている可能性は想像に難くない.し かし,小規模事業所では一般に日本的雇用慣行は 普及していないと考えられており,同慣行の浮沈 を検討するという本稿の目的からは,大きな損失 とはならないだろう.後者の条件は,50 歳代が 雇用調整の対象となった場合に,本分析の対象か

ら抜け落ちやすいという性質をもたらす可能性が 示唆される.しかし,賃金センサスのサンプリン グにかからなくなるまで生え抜き中高年齢層の雇 用調整が行われているとすれば,賃金調整の余地 が十分ではないことによるだろう.その場合,賃 金体系はむしろ保存されると考えたほうがよく, やはり本節の結論には大きな影響を及ぼさないだ ろう.

Ⅳ.非正規雇用増加の背景

第Ⅱ節,第Ⅲ節と,長期雇用慣行と年功賃金体 系の近年の推移について,就調と賃金センサスを 用いて検討してきた.その含意は明らかだろう. すなわち,どちらの慣行も完全に消失したわけで はなく,残存している部分があるということであ る.

しかし,日本的雇用慣行が残存しているのであ れば,巷間喧伝される非正社員の増加は何を意味 しているのだろうか.第Ⅱ節では日本の人口全体 からみると長期雇用慣行の範囲が必ずしも狭まっ ているわけではないことが示唆された.通常非正 社員の増加は,正社員の減少と対として考えられ ており,質・量ともに日本的雇用慣行が保存され ているという見解とは矛盾する.

Kambayashi & Kato (2016b)は,就調を用い て,1980 年代から 2000 年代にわたって非正社員 の増加の中長期的背景を考察したところ,いくつ かの興味深い統計的事実を明らかにした.第一 に,日本的雇用慣行の重要な要素である失職確率 や時間賃金,企業が費用を負担する訓練プログラ ムへの参加確率などには,雇用契約期間の有無で はなく,呼称上の正規・非正規が強く相関するこ と.第二に,増加した非正社員は呼称上の非正社 員であり,期限の定めのある労働契約を保持する 被用者ではないこと.第三に,正社員の数は 3300 万人前後でバブル経済の一時期を除き,安 定的に推移していること.そして第四に,増加し た呼称上の非正社員に対応したのは自営業者の減 少だったこと,である.

第一の要点は,従来当然視されてきた労働法の

3 大卒男性標準労働者の年功度(所定内時間賃金) 平均 25%点 中位値 75%点 (IVa)1997 ~ 2001 年平均 0.968 0.838 0.960 1.082 (Va)2002 ~ 2006 年平均 0.941 0.795 0.939 1.080 (Vb)2007 ~ 2011 年平均 0.926 0.780 0.926 1.063 (IVa)から(Va)への変化 -0.027 -0.131 -0.024 0.088 (Va)から(Vb)への変化 -0.015 -0.130 -0.010 0.105 (IVa)から(Vb)への変化 -0.042 -0.169 -0.038 0.094 注:厚生労働省『賃金構造基本統計調査』より著者作成.同一

(10)

影響について疑問を投げかけた.日本の労働法は 労働契約に期限の定めの有無を峻別しており,た とえば解雇に関わる判例法の適用手順も両者を使 い分ける.それゆえ,解雇規制について正社員と 非正社員の間に格差があると認識され,OECD などから是正勧告を受け続けてきた.逆に,被用 者の職場での呼称はまったく考慮の要素とされな い.しかし,Kambayashi & Kato (2016b)によ れば,いったん呼称を条件付けてしまうと,契約 期間の有無による失職確率の差は,呼称上の正 規・非正規の差のわずか 5 分の 1 ほどにとどま り,統計的にゼロと判断するには危険を伴うほど 小さい.つまり,現場レベルで事実上成立してい る解雇ルールは,労働法の扱いにもかかわらず, 契約期間の有無よりも呼称上の正規・非正規の区 別を優先してきたと解釈できるのである.

賃金格差についても同様である.とくに 2000 年代に入ると,呼称上の正規・非正規を条件付け ると,有期の労働契約を持っている場合には,期 限の定めのない被用者よりもむしろ 1.8%ほど高 い時間賃金を受け取っている傾向がある.プロフ ェッショナルな契約社員の利用が拡大してきたこ とと対応しているだろう.約 2 割から 3 割といわ れる正規・非正規の賃金格差は,専ら呼称上の差 と関連するのであって,労働契約期間の有無とは 統計的には関連しないといえる.

さらに,企業が出資する訓練プログラムへの参 加確率に対しても,呼称を条件付けてしまうと, 労働契約期間の有無はもはや統計的に有意な関係 をもたない.これらの事実は,正規・非正規を隔 て日本的雇用慣行の範囲を定める人事管理と,労 働法規制の間には,一般に距離があることを示唆 している.人事管理の区別と密接に関連している のは,第一義的には,労使慣行によって制御され る呼称上の区別であることは再度強調しておこ う.

次に第二,第三そして第四の論点を,図を引用 し な が ら ま と め よ う. 図 5 は Kambayashi &

Kato (2016a)の Figure 1 を作成し直したもの で,18 歳から 70 歳までの日本の全人口を 6 つの グループにわけ,それぞれの比率を 1982 年から

2007 年まで算出したものである.6 つのグルー プとは,呼称上の正規・非正規の区分および労働 契約期間の有無の区分で分割した 4 つのグループ と,家族従業者を含む自営業,そして無業であ る.1982 年と 2007 年については具体的な数値を 人口に対する比率と絶対数を掲示した.

まず第二の論点に関わる非正社員の増加だが, 図 5 では有期契約をもつ呼称非正規(グループ ④)と無期契約をもつ呼称非正規(グループ②) に分けられている.1982 年当時,前者は人口の

5.5%,後者は 2.7%を占めるに過ぎなかったが, 徐々に比率が大きくなってきたことを見て取れ る.実際,2007 年にはグループ④の比率は 7.8 %,グループ②の比率は 12.9%にまで拡大してい る.ただし,急速に拡大したのはグループ②,す なわち労働契約上は無期契約を結んでいるが,呼 称上は正社員と呼ばれていない被用者であり,実 に 10%ポイント以上の増加を示した.実数でい えば,214 万人から 1144 万人へのおよそ 930 万 人の急増である.他方,非正社員という言葉から 通常想起される,グループ④の増加幅は,25 年 間でわずか 2.3%ポイントにとどまる.実数では 438 万人から 688 万人への増加である.グループ ②は 1980 年代にはグループ④の半数程度だった が,四半世紀でちょうど逆転し,2000 年代には グループ②はグループ④に倍する被用者を抱える

5 18歳 か ら70歳 ま で の 日 本 の 人 口 構 成(1982

2007年)

注:Kambayashi & Kato (2016b) Figure 1 を再加工.図中に反 映していないグループ③(臨時日雇・正規)の人口比率と 人口は,1982 年には 0.5% 38 万人,2007 年には 0.2% 16 万 人である.

自営業・家族 従業者(⑤) 100

90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 (%)

1982 1987 1992 1997 2002 2007

21.6 %(1720万人) 11.9 %(1050万人)

40.7 %(3238万人) 38.3 %(3391万人)

7.8 %(688万人)

5.5 % (438万人) 12.9 %(1144万人)

2.7 % (214万人)

臨時日雇・非 正規(④) 臨時日雇・正 規(③) 常雇・非正 規(②) 常雇・正規 (①)

(11)

ようになった.増加した非正社員の多数は,有期 契約社員ではなかったことは明白だろう.また, グループ④の増加は,専ら 1997~2002 年までに 集中しており,この 5 年間で 6.5%から 8.1%に上 昇したあと,2007 年の構成比は 7.8%へと若干減 少すらしている.1997 年にはいわゆる労働者派 遣法の改正が行われ,派遣労働者の増加につなが ったと指摘されており,有期契約非正社員の増加 に一役買ったとしても不思議ではない.

第三の論点について,グループ①すなわち無期 契約正社員の比率の動きを図 5 で確認すると,そ れはわずかだったことが示されている.具体的に は,1982 年の 40.7%に対して 25 年後の 2007 年 には 38.3%を記録し,2.4%ポイントの下落にと どまる.ちょうどグループ④の増加幅と同じ程度 である.実数にすると,1982 年に 3238 万人に対 し 2007 年には 3391 万人と,若干増加してさえい る.正社員の数の変動は,むしろ 1980 年代後半 のバブル期の上昇と,1990 年代後半の調整とい う短期的急変動に特徴づけられる.1987 年から 1992 年までのバブル期にグループ①の比率は 40.9%から 42.7%に増加した一方,1997 年から 2002 年までの不況期に 42.1%から 37.9%に減少 した.とくに後者の 5 年間の 4.2%ポイントの減 少幅は,他のカテゴリーの動向と比較しても大き く,急激な減少といってもよいだろう.この期間 の急激な減少の印象が強く,正社員が減少したと いう印象をもつ人々が多くなった可能性はある が,中長期的にみると,正社員の増減はバブル期 に拡大した部分を調整したという側面が強いこと がうかがわれる.

したがって,非正社員が増加したことは間違い ないが,正社員が減少したという言明は正しくな い.図 5 をみると,その背後で起こっていたのは グループ⑤,すなわち自営業者・家族従業者の減 少であることが読み取れる.そこでは,1982 年 には人口の 21.6%を占め 1720 万人の就業者がい たセクターが,減少の一途を辿ったことが示され ている.結局のところ,2007 年には 11.9% 1050 万人まで減少し,この間少なくとも約 700 万人が グループ⑤から退出して,人口比を半減させたこ

とになる.興味深いことに,この減少幅はちょう どグループ②の増加幅と対応している.

以上を約すと,1980 年代から 2000 年代の人口 構成をみると,正社員比率は 2%ポイント程度減 少し,それは有期雇用契約非正社員比率の増加幅 と対応していた.他方,無期雇用非正社員比率の 増加幅は 5 倍の 10%ポイントを超えたが,それ はほぼ自営業比率の減少幅と対応していた,とま とめられよう7).一般に非正社員比率が増大した と報道される折には,総務省『労働力調査』より 被用者に占める比率が引用され,自営業者が考慮 されない.図 5 をみても,被用者に限れば非正社 員の比率が高まり正社員の比率が低まることは明 らかだが,人口全体でみれば正社員の比率はほと んど変わっていないのである.

Ⅴ.おわりに

本稿では既存文献の紹介を中心に,日本的雇用 慣行をキーワードに近年の日本の労働市場の変化 をまとめた.主要な観察結果は明快である.ひと つは,長期雇用慣行や年功賃金体系は変化を被っ た部分があることは否定できないが,全体が動 揺・崩壊したとはいえないということ,そしても うひとつは,非正規雇用が増加した背景には自営 業の減少があるということである.

こうした現象の背後にあるメカニズムはいくつ か考えられる.その中で第一に指摘すべきは,日 本の労働市場に強固に存在する労使自治の伝統だ ろう.

(12)

行を経済合理性で解釈した青木昌彦や小池和男の 一連の研究を想起しても十分説明できる.換言す れば,日本的雇用慣行のメカニズムは,第一義的 には労使自治から出発して解釈されるべきで,一 足飛びに法規制や政府の介入の結果として議論さ れるべきではない.その意味で,本稿第Ⅲ節で紹 介した,非正社員の処遇と労働契約の期限の定め の有無との間にある距離は,新しい発見ではな く,研究者が蓄積してきた知識にひとつの実証的 根拠を加えたに過ぎない.

以上の認識をもとに日本的雇用慣行が硬直的な 理由を探すとすれば,「労使ともに,当事者は変 える必要がないと考えている」という点に帰り着 くだろう.このとき,日本的雇用慣行を変える手 段は,労使自治の伝統を捨てるか,労使の選択を 変更するよう促す環境の変化を待つかどちらかに なる.政府による春闘介入や労働基準監督署の積 極的な臨検,総合労働相談コーナーの設置など, すでに当事者以外の第三者が労使に介入する場面 は増えてきている.前者の兆しは見えているとい えるが,全体的な傾向として意識されているわけ ではないだろう.また,「労働市場の硬直性を改 善するためには政府の介入が必要である」という やや逆説的な論理となるため,より注意深く実証 的証拠を重ね,何が起こっているのか論理的にも 考察を重ねる必要があるだろう.

後者については,近年の経営環境の変化として グローバライゼーションや技術革新が指摘される が,こと日本的雇用慣行を作り上げてきた日本企 業の場合には,1960 年代から両者の荒波を受け 続けてきているという事実を見逃すことはできな い.近年のグローバライゼーションが 1960 年代 以降着々と進行した金融自由化や貿易自由化と異 なる点,また近年の IT 革命が 1970 年代に進行 した ME 革命と異なる点は何かを判断したうえ で,そうした近年に特異な要因が雇用慣行に影響 を及ぼすか否かを議論する枠組みが必要だろう. こうした外的環境の変化への対応として,日本的 雇用慣行が生み出されてきたという側面があるか らである.中長期的に眺めたときに,「なぜ(現 時点でもなお)日本的雇用慣行は強固なのか」と

いう問いは,いまだに有効で,確たる回答が得ら れていないといえる.

日本的雇用慣行そのもののメカニズムについて は,上記のように,日本の労働市場が置かれた状 況を冷静に眺望し,過去の研究を十分に参照すれ ば,考察する手掛かりには比較的簡単にたどり着 ける.しかし,こうした方向への考察は,本稿か ら得られるもうひとつのメッセージ,すなわち労 働市場の非正規化が自営業の減少と関連している という解釈とどのように関連するのだろうか.

本稿第Ⅳ節図 5 から得られた知見を改めて考え てみると,1980 年代以降の日本の労働市場の特 徴は,被用者の数自体が増加し続けたことにある とも言い換えることができる.1982 年には被用 者の数は 3890 万人と 4000 万人を下回っていた が,2007 年には 4923 万人と 5000 万人に届く勢 いとなった.この間,およそ 3 割の増加である. そしてこの増加分がほぼそのまま,グループ②, すなわち無期契約をもつ非正社員だったとまとめ られる.日本的雇用慣行自体が変容していないと しても,日本的雇用慣行を取り巻く日本の労働市 場自体は,低成長期と言われながらも数量的に急 速に拡大してきたことが示唆される.

したがって,本稿から次に続く「なぜ日本的雇 用慣行は強固なのか」という問いは,むしろ「な ぜ日本的雇用慣行は拡大しなかったのか」と裏か ら問い直すほうが適切かもしれない.もちろん, 自営業の衰退とともに,そのビジネス領域に浸透 したのが会社に雇われた非正社員だったかどうか は確かめられておらず,実証研究の蓄積が必要で はある.しかし,仮にそうした変化があったと考 えて,なぜ労働市場の拡大した部分で日本的雇用 慣行に類似した雇用慣行が成立しなかったのか は,問われて然るべきだろう.そして,日本的雇 用慣行が成立しない場合において,労使自治を旨 とする日本の労働市場制度がどのような結論を導 くかという思考実験は,将来の日本の労働市場を 占うのにも役に立つ考察だといえよう.

(13)

と比較して被用者の異動が少ないことは様々な統計で確か められている.その枢要は,世帯調査を用いた労働フロー の測定,事業所調査を用いた入離職率の分析を中心に,失 職者の再就職までの期間や再就職後の賃金減少額を調べる など多岐にわたる.もちろん,これらの研究の共通の課題 として,被用者の異動が企業の境界の定義に依存している ことが指摘されている.日本と諸外国で企業組織の境界の 定義が異なれば,労働異動指標が異なるのは理にかなって おり,とくに諸外国と比較して日本の労働市場の流動性が 低いとするときには注意を要する論点である.しかし,企 業の境界を考慮して労働市場の流動性を示すデータを吟味 した研究は,管見の限り発見できなかった.神林(2016) は厚生労働省のふたつの統計,『雇用動向調査』と『毎月 勤労統計調査』の間の異同を手掛かりに,2000 年代に入 り企業内配置転換による異動が増加していることを指摘 し,労働異動を解釈する際に企業の境界を考慮する必要が あることを指摘している.

2) 平均勤続年数を用いた先行研究については,加藤・神林 (2016)にまとめてある.

3) 残存率は,考え方としては離職率(separation rate)と等 しく,いくつかの仮定を置くと概念的にも等しくなる.通 常,離職率は同一個人を追跡したパネルデータまたは回顧 データを用いて一定期間内に離職する確率として求められ る.1 年間や 3 年間など比較的短期間内での離職に関して は,パネルデータを用いた離職率の算出が優先されるのが 一般的である.これに対して残存率は,脱落する理由を問 わなければ,パネルデータを用いずにクロスセクションデ ータのみから計算できる点に利点がある.日本のように長 期のパネルデータが整備されていない状況では,中長期の 離職行動を観察するには残存率に頼るしかない.また,パ ネルデータが整備される以前でも,クロスセクションデー タがあれば残存率を用いることができる点,便利である. 4) この間,最低定年が 60 歳から 65 歳に引き上げられたこと を考慮すると,定年まで勤め上げたときに勤続から発生す る賃金総額は変わらないかもしれない.実際,表 1 より男

性の事業所固定効果を用いた推定結果を用いて,勤続部分 だけで発生する賃金総額を算出すると,1993 年の推定結 果で 22 歳から 60 歳まで勤め上げた場合の 13.95 は,2012 年の推定結果では 64 歳まで勤めた場合の 13.69 よりも大 きく,65 歳まで勤めた場合の 14.14 よりも小さい. 5) 前節の十年残存率の算出時に用いた期間とあわせた. 6) 図 4 第 III 象限に位置する 347 事業所の(IVa)から(Vb)に

かけての年功度の変化は,平均 -0.317,中位値 -0.284 で, 7 割以上で 0.2 ポイント以上の下落を示している. 7) Kambayashi & Kato (2016b) では,自営業の減少と呼称非

正社員の増加の対応関係がどの産業でも見られ,産業構造 の転換による見かけ上の相関ではないことを示している. 他方,標本数が百万人を超える就調ですら,自営就業から 直接非正規雇用に転換する被用者はほとんど観察されない ことも指摘している.自営就業から退出するのは大部分が 非労働力化する人々で,非正規雇用の新たな就業者は非労 働力化していた人々で,自営就業と非正規雇用との関係が 単純な代替関係ではないことを議論している.

参考文献

神林龍(2016).「人手不足と統計」『日本労働研究雑誌』673, 26-40.

Kambayashi, R. (2016). Declining self-employment in Japan: A short survey, forthcoming in Social Science Journal Japan. Kambayashi, R., & Kato, T. (2016a). Long-term employment

and job security over the past 25 years: A comparative study of Japan and the United States, forthcoming in In-dustrial and Labor Relations Review.

Kambayashi, R., & Kato, T. (2016b). Good jobs, bad jobs in Ja-pan: 1982-2007, June 2016, Center on Japanese Economy and Business, Working Papers, No. 348.

参照

関連したドキュメント

ごみの組成分析調査の結果、家庭系ご み中に生ごみが約 43%含まれており、手

「サステナビリティの取り組み」については、4月にお取引先様を対象に「脱炭素社会に向けた

金沢大学では「金沢大学 グローバル スタン ード( )の取り組みを推進してい る。また、 2016 年 3 からは、 JMOOC (一 法人日本 ープン

2012年11月、再審査期間(新有効成分では 8 年)を 終了した薬剤については、日本医学会加盟の学会の

[r]

1989 年に市民社会組織の設立が開始、2017 年は 54,000 の組織が教会を背景としたいくつ かの強力な組織が活動している。資金構成:公共

平成 28 年度は、上記目的の達成に向けて、27 年度に取り組んでいない分野や特に重点を置

 学年進行による差異については「全てに出席」および「出席重視派」は数ポイント以内の変動で