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④製造サプライチェーンにおける供給者の技術基盤の保全について ―技術のコモディティ化の中で生き残るために―

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Ⅰ. 問題の所在

1. 製造サプライチェーンの供給者を巡る法律関係

 製造業における研究開発と量産は、収益の最適化を求め、 国内外に広がる企業間の継続的取引の網目(製造サプライ チェーン)の中で行われることが多い。

 製造サプライチェーンは法的概念ではない。どのような 製造サプライチェーンにより事業を行うかは競争力の源泉 にして経営判断そのものであり、公開を是としない面もあ る。ゆえに客観的指標による分析に馴染み難く、製造サプ ライチェーンを横断的に統計化することは難しいようであ る1)

 現代の製造サプライチェーンはピラミッド型からメッ シュ型に転換したと評されるように2)、系列を超えた複雑

な網目を形成することが多い。以下の図に簡略化して示す と、供給者(サプライヤ。典型的には部品メーカ。)とは、 顧客(ユーザあるいは需要者。典型的にはセットメーカ。) にデバイスを供給する企業であるが、顧客は複数購買を行 うのが通常であるため、顧客にデバイスを供給する企業は 他にも存在し、供給者はこの競合(コンペティタ)との間 の競争に勝ち抜く必要に迫られる。

寄稿4

製造サプライチェーンにおける

供給者の技術基盤の保全について

─技術のコモディティ化の中で生き残るために─

1)日本企業の海外事業の公的調査としては、昭和46年から統計法に基づき経済産業省が実施する海外事業活動基本調査がある。同調査の対象は日本 企業(金融、保険、不動産業を除く)の海外現地法人(対象子会社・孫会社を出資比率により画定)であり、製造サプライチェーンそのものを示すデー タではない。経営学におけるサプライチェーンマネジメントの研究も、個別の企業集団を対象にしたケースタディの形を取ることが多い。 2)石黒憲彦「志本主義のススメ第38回取引関係のメッシュ化」http://web.archive.org/web/20130407214550/http://dndi.jp/00-ishiguro/ishiguro_38.php

抄 録

 製造サプライチェーンの供給者が生き延びるためには、価格競争の消耗戦を回避し、顧客ニーズに即 応できる模倣困難な技術力を特許・ノウハウにより保全することが基礎となる。しかし、技術のコモディ ティ化が進行する市場では新興国の台頭を背景に、シェア獲得に不可欠な特許ポートフォリオの独占力 の低下・喪失によって多数の競合が参入して安値競争が展開され、事業が先細りになっている。他方、 国内外に広がる製造サプライチェーンにおける顧客・競合との力関係により、供給者の知財の取得・活 用が不当に阻害され、供給者の技術基盤が脅かされることは少なくない。本研究では、知財と競争に関 する法制度を技術のコモディティ化による特許の弱体化という経済的視点で考えることにより、製造サ プライチェーンの供給者が知財の取得・活用(知財戦略)によって自社の技術基盤を保全するにはどう すればよいかを検討する。

 本稿は、一般財団法人知的財産研究所において開講されている「IIP 知財塾」での研究成果について、第 6 期生(平 成 24 年度)D グループのメンバーが執筆したものです。本稿において述べられている事項は、メンバーの個人的 見解を調整した上でとりまとめたものであり、知的財産研究所やメンバーの所属する団体等の見解を示すもので はありません。

 また、本稿で紹介されている情報は、原則として「IIP 知財塾 成果報告書」(2013 年 5 月)作成時である 2013 年 3 月末時点のものですが、本寄稿にあたり、この成果報告書の内容に加筆・修正が加えられています。

IIP 知財塾 第 6 期生( 平成 24 年度 )D グループ

相澤 聡,伊藤 玲子,佐久 敬,佐々木 奏,高橋 範行

図1 製造サプライチェーンの概念図

( )

(2)

稿

ら見た独占力を意味する。すなわち、独占力=製品市場に おけるシェア獲得力として理解する。市場シェア獲得力の 主体となる特許は、特許単体ではなく、原則として群(ポー トフォリオ)として扱う。権利範囲が狭く、容易に回避で きる周辺特許は対象にせず、製品製造のために不可欠な特 許に限定する。技術のコモディティ化という概念における 特許の独占力とは、製品製造に不可欠な特許ポートフォリ オの市場シェア獲得力を意味するものである。

(2)製造サプライチェーンの力関係

 顧客は、より有利な取引条件の下での安定的供給を強く 求めるものであり、供給者に対して開発(共同開発を含む) の成果である技術を知財として供給者が取得・活用するこ とを制約する内容の契約条項を求めることはよくみられる ところである。取引継続を望む供給者ならば、製造サプラ イチェーンの存立基盤を崩すような過剰な行動は控え、明 らかに不利と思える条件でもあえて受け入れて取引を続け るという経営判断をする場合が少なくない。

 このことは、継続的取引関係において対等と擬制された 売主買主間の自由な攻防の結果であり、契約自由の原則が 発現した当然の姿に過ぎないとも言い得るが、供給者の立 場からすれば、このような状況を契約自由の名の下に放置 することはできず、顧客のバイイングパワーに抗して自社 の正当な権利と法的利益を保全するため、あらゆる手段を 検討する必要に迫られる。なぜなら、顧客の要求を修正な しに受け入れ続けた場合、供給者は短期的には利益を上げ ることができても、長期的には競争力の源泉となる技術基 盤を失い、単なる下請けとなって淘汰される恐れがあるか らである。

 新興国企業が製造サプライチェーンの顧客・競合として 登場し、日本企業間に存在していた知財に関する暗黙の行 動様式が通用しなくなっていること、近時、我が国の公正 取引委員会が優越的地位の濫用や下請法の規制の運用を活 発化させている事情も、供給者は自社の下請けの動きも含 めて考慮する必要がある。

3. 技術のコモディティ化の光と影

 消費者の目から見れば、そこそこ良い品質の製品が特許 満了技術により安価に作られ、豊富に市場に出回ること自 体は悪いことではない。企業にとっても、技術のコモディティ  製造サプライチェーンの供給者という立場には法律上考

慮すべき特有の要因が多い。供給者が知財戦略(知財の取 得・活用)を進めるにあたっても、製造サプライチェーン 内外の企業相互の関係がどのように影響するかという点を 考える必要がある。

2. 供給者生き残りの条件と直面する難題

 製造サプライチェーンの供給者が生き残るための最も重 要な鍵は、競合の真似できない優れた技術力・技術革新力 にある。供給者が自社の技術基盤を保全するためには、顧 客ニーズに即して研究開発を行い、開発成果について知財 を取得する3)こと、更に、取得した知財を活用して市場シェ アを維持拡大して収益化4)し、得られた利益を研究開発や 生産設備等5)に再投資することにより経済変動に対応する ことが大切である。

 ところが供給者がこのサイクルを進めるに当たり直面す る二つの難題がある。

 第一は、技術のコモディティ化である。

 第二は、古くて新しい問題─製造サプライチェーンの力 関係6)である。

(1) 技術のコモディティ化─特許の市場シェア獲得力の低 下・喪失

 コモディティ(commodity)とは日用品、汎用品を意味 するが、技術のコモディティ化とは、製品製造に不可欠な 特許のポートフォリオの市場シェア獲得力が低下・喪失す る現象をいう(詳細は本研究Ⅲ)。コモディティ化した技 術市場においては、大量生産能力に優れた新興国の競合が 市場に参入して安値攻勢を仕掛け、日本企業は赤字覚悟の シェア確保を余儀なくされている。

 知財と競争に関する法制度は、「特許=独占」という法 律上の命題を前提に組み立てられている。そこでいう独占 とは、単体の権利である特許権に法律上付与されている独 占力(差止請求権)を意味するものであり、この意味の独 占力は権利範囲の狭い周辺特許にもそうでない基本特許に も等しく認められ、存続期間満了によって法律上の独占力 は完全に消滅する。

 これに対して、本研究のように、技術のコモディティ化 の文脈で特許の独占力低下を問題にする場合の独占力と は、法律上の権利としての独占力ではなく、経済的観点か

3)我が国特許庁による「事業戦略対応まとめ審査」は、事業単位で特許等の関連知財群の一括取得を援護する画期的試みであり、注意深い制度設計と 運用によって制度本来の趣旨が一層発揮されることになるであろう。

4)特許・ノウハウの保護は収益力の必要条件ではあっても十分条件ではないことは、技術経営論等で再三指摘されているところであるが、この問題は 本研究では取り扱わない。

5)製造の全部・一部を外部委託する選択肢もある。半導体産業のビジネスモデルに倣い、全部委託をファブレス(fabless)、一部委託をファブライト (fab-lite)と呼ぶこともある。

(3)

動して低下した供給者の交渉力をカバーする方法として、 ノウハウ活用、製造サプライチェーン内での供給者技術の 標準化、共同開発・技術ライセンス契約の工夫、独禁法の 優越的地位濫用規制・下請法、特許法、不正競争防止法、 民法の適用の余地、標準化に伴うパテントプール8) NPE(特許不実施主体)9)による特許の集団的利用の効用 とリスクを検討する。

2. 対象─B to B市場における特許・ノウハウ保護

 近時は、我が国の特許情報を基に新興国が研究開発費を 節約して高品質の競合品を量産し、日本国特許の対応特許 のない市場で大量に流通させ、日本企業のシェアを奪う現 象が生じている10)。対応特許があっても新興国ではエン フォースメントが十分でない場合が多いため、権利が画餅 に帰すことになりかねない。一例として、中国では大都市 部は改善傾向にあるものの、地方には地方保護主義的意識 が残り、外国企業が特許等の知財権を有していても司法的 救済や行政的救済を事実上受けられない事態も生じ得る11) その結果、製造サプライチェーン内にキーデバイスを供給 する日本企業(中堅企業や中小企業12)も含む)が技術流出と 化した市場の規模は薄利かもしれないが経営上無視しえな

い大きさを持ち(ヴォリュームゾーン)、このゾーンを対象 として事業を成功させた例も内外に多い。ただし、技術の コモディティ化した市場で求められることは、価格の安さ、 中級のスペック、ブランドイメージの良さではあっても、 新たな技術や高度な技術ではない。ましてや、市場のパラ ダイム転換を生じさせるようなブレイクスルー型革新技術 に対する需要はよほどの外部要因7)でもない限り生じない。  我が国の歴史と立ち位置を考えると、日本の競争力維持 のために製造業が果たす役割は今後も決定的であり続ける と思われるが、仮に、我が国製造業の主要な事業領域が技 術のコモディティ化した市場に限定されるような事態が生 じた場合、次世代を支える技術革新の動機と原資が枯渇し、 優れた技術を生み出す人的物的基盤が国外に流出し、国民 実所得は増えず、良質な雇用が失われ、税収が減って財政 が危機に陥り、巡り巡って国家や社会の存立基盤が確実に 蝕まれていく可能性がある。その意味において技術のコモ ディティ化はイノベーションの阻害要因の一つであると いっても過言ではなく、我が国製造業は技術のコモディティ 化の流れに抗し、技術革新の芽を育て、かつ、新たな需要 を創出する土台を作る必要がある。

Ⅱ. 本研究の目的と対象

1. 目的

 そこで、本研究においては、これらの社会学的事実を踏 まえ、供給者が自社の技術基盤を守るため、技術のコモディ ティ化と製造サプライチェーンの力関係が及ぼす悪影響を どのように回避して自社の知財戦略(知財の取得・活用) を進めるべきかについて考える。

 具体的には、技術のコモディティ化によって供給者の特 許ポートフォリオの市場シェア獲得力が弱まり、それに連

7)本研究Ⅲで述べるネオジム磁石市場の脱・省ジスプロシウム需要がレアアースの調達リスクをヘッジする切迫性から生じたことはその稀有な例である。

8)パテントプールとは、公正取引委員会ガイドライン「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(平成22年1月1日)の定義によれば、「ある技術

に権利を有する複数の者が、それぞれが有する権利又は当該権利についてライセンスをする権利を一定の企業体や組織体(その組織の形態には様々 なものがあり、また、その組織を新たに設立する場合や既存の組織が利用される場合があり得る。)に集中し、当該企業体や組織体を通じてパテン トプールの構成員等が必要なライセンスを受けるもの」を指す。パテントプールという仕組みが標準化における多数の規格特許のライセンス管理を 効率的に行う手段として有用であることは、公正取引委員会ガイドライン「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」 (平成19年9月28日)も指摘するとおりである。

9)NPE(NonPracticingEntity)とは自ら発明を実施することなく特許を保有管理する団体をいう。米国においては特許エンフォースメントのアウトソー スという点に焦点を絞ってPAE(Patent Assertion Entity)という呼び名で扱われることも多い。NPEには大学や研究機関も含みうるが、マイナス の含意で使われる場合は特許の怪物(パテントトロール)を指すこともある。巨大な特許ポートフォリオ(特に情報通信関連特許群)を擁する米国の 有名NPEには、元マイクロソフト役員である科学者が設立者として名を連ねるインテレクチュアル・ベンチャーズ社、パテントトロールからの防衛 と訴訟対策を標榜するRPX社などがある。

10)久慈直登「喧嘩の作法 サムスンとアップルの知財裁判から日本が学ぶ新興勢力を封じる知財戦略」WEDGE 2012 年 11 月号所収 Wedge Infinity: http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2318

11)後谷陽一「中国におけるエンフォースメントについて」特技懇 253 号(2009)4 頁

12)海外で事業を行う中堅・中小企業を対象とする公的支援体制には、特許庁、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)による海外知財プロ デューサー派遣制度、日本貿易振興機構(JETRO)、東京商工会議所、日本政策金融公庫との連携による日弁連中小企業海外展開支援弁護士紹 介制度がある。なお、研究開発におけるアカデミズムの役割は決定的であり、中堅・中小企業がアカデミズムと連携して共同開発をする例も多 いが、特許庁、INPIT による知財プロデューサー派遣制度は、公的資金を受けて先端技術の研究開発事業を行う大学や研究開発コンソーシアム に支援を行うものである。

図2 本研究の目的の概念図

が る 特許 る ェ

技術のコモ ディティ化

が る

特許 し い

的 を を ー る

イ チ をとる の ールとして

コモディティ化 コモディティ化進行

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本特許を してい 製品 の の し

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製造サプライチェーン の 技術の 化 技術ライ ン の

特許 の の

(4)

稿

るためには必須特許(製品製造に不可欠な特許17))の取得 が不可欠である。必須特許は顧客の需要と必須特許取得可 能性の二軸を分析して取得する18)。供給者の必須特許は対 顧客交渉力の源となり、対競合ではクロスライセンスや差 止の手段となる。供給者が必須特許なしに参入する際は必 須特許のライセンスを受けねばならない。

 ところが、最近、新興国の台頭を背景に技術のコモディ ティ化現象が生じ、必須特許の市場シェア独占力を基礎と した従前の知財戦略が適用できないという大きな変化が生 じた。鮫島弁護士は、コモディティ化の時期は客観的に予 測可能であるとの分析に基づき、知財戦略を技術のコモ ディティ化の観点で再構築する必要性を指摘する19)。以下、 同弁護士の分析に基づき説明する。

(1) 技術のコモディティ化の開始時点・到達時点とその予 測可能性

 技術のコモディティ化の兆候は、必須特許の存続期間満 了時点(【図 3】A 点20))において現れる。

 そして、存続期間満了の必須特許技術のみによって作ら れる製品の性能・仕様が市場の求める性能・仕様に合致し た時点(【図 3】B 点)を到達点として完全に技術がコモディ ティ化する。

 技術のコモディティ化は、A 点から B 点までの期間にお いて、存続期間の満了した必須特許技術で作ることのでき る製品レベルと、市場が製品に要求する性能・仕様との間 の相関関係で進行する。

 技術のコモディティ化が始まる時点(【図 3】及び【図 4】 A 点)は、対象製品の必須特許群の出願分布とその満了時 期の分析によって相当程度客観的に予測できるものである。  それは概ね、基本技術の開発段階から量産技術開発の段 市場喪失の憂き目に遭い、技術力ある供給者という重要な

位置を競合に奪われる事態が懸念されている。これらの事 象は特許制度の死角が結果的に我が国に不利に働いた例で あるが、他方においてオープンイノベーションや標準化によ る技術の共有化が新興国との間にも一般化し、日本企業に とっては公開する技術情報と秘匿を旨とするノウハウ13)の切 り分けと管理を適正に行うこと(オープン&クローズ戦略) が正に死命を決するレベルの課題になっている。本研究にお いても特許とノウハウを併せて知財と取り扱う。

 技術がコモディティ化した市場でも、消費者向け市場 (BusinesstoConsumer:BtoC)ではブランド戦略による差 別化が有用とされ、企業向け市場(BusinesstoBusiness:B to B)でもサポートサービス等により競争力を維持する方 法もあるが、本研究は企業向け市場(BtoB)における特許・ ノウハウ保護という点に焦点を絞る。新興国に顕著な、安 値攻勢に加えて国家と企業の共闘による強力なロビイング により、技術のコモディティ化した大規模市場でシェアを 拡大するといった力技的政治手法も扱わない。

Ⅲ. 技術のコモディティ化と供給者の知財戦略

1. 鮫島理論─必須特許ポートフォリオ論、知財経営モ デル、技術のコモディティ化による知財戦略再構築

 技術のコモディティ化が生じていない市場であれば、供 給者は、従来型の知財戦略に基づき知財を取得・活用すれ ばよい。

 鮫島正洋弁護士の理論化14)による必須特許ポートフォ リオ論15)と知財経営モデル16)に基づいて考えると次のよ うになる。製造サプライチェーンの供給者が市場に参入す

13)ノウハウには技術情報のみならず営業的情報も含むが、eコマースとビジネス方法特許のようにビジネス情報自体が情報通信プラットフォームの中 核技術となる例が多く、技術と営業の境界は融合している。

14)鮫島正洋・岩崎洋平「必須特許ポートフォリオ論とこれに基づくM&Aにおけるリスク考察に関して」知財管理vol.58 No.3(2008)375頁、鮫島正洋 「MOTの中で知財戦略をどのように考えるか」電気学会誌130巻7号(2010)422頁

15)必須特許ポートフォリオ論の狙いは、必須特許の独占力による市場シェア確保の観点で知財戦略を再考し、特許を単なるロイヤルティの道具とみな す伝統的認識に変革を迫るところにあった。

16)知財経営モデルとは、必須特許を効率的に取得するためには、顧客需要と必須特許取得可能性の2つの観点で市場を分析した結果を経営に生かす ことが必要であるという考え方である。

17)必須特許ポートフォリオ論でいう必須特許とは、標準化における規格特許とは別概念である。 18)鮫島弁護士はこの必須特許取得方法を二軸マーケティングと呼ぶ。

19)鮫島正洋・溝田宗司「知財に関する理論の適用限界と技術のコモディティ化環境における経営・事業戦略」知財管理vol.62No.4(2012)431頁  鮫島正洋、溝田宗司「ものづくり塾・R&Dコース特許から考える失敗しない研究開発【第1回】有用な特許とは 必須特許は取れるか、市場性はあ

るか」日経ものづくり2012年4月号136頁

 鮫島正洋「ものづくり塾・R&Dコース特許から考える失敗しない研究開発【第2回】必須特許の有効期間 コモディティー化する時期を見定める」 日経ものづくり2012年5月号138頁

 鮫島正洋、溝田宗司「ものづくり塾・R&Dコース特許から考える失敗しない研究開発【第3回】日本製造業の道ヴォリュームゾーンでも技術で真っ 向勝負」日経ものづくり2012年6月号144頁

 鮫島正洋「特許から考える勝つための研究開発技術のコモディティー化を見極める」日経BP社サイトTechOn!(2012)連載全4回  第1回:必須特許にも有効期限がある(2012年11月5日)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20121102/249072/  第2回:なぜ日本はシェアを失ったのか(2012年11月6日)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20121102/249073/  第3回:製品のシェアを分析する(2012年11月7日)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20121102/249074/

 第4回:コモディティー化の時期は予測できる(2012年11月8日)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20121102/249075/

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は脱・省ジスプロシウムという新たな技術課題の解決を求 めた。その結果、再び必須特許の取得可能性が復活、現在 も佐川博士を筆頭に脱・省ジスプロシウム技術の開発・実 用化競争が活発に行われている。

 以上を見るに、期間満了の必須特許技術のみではカバー できない高度な摺合せ技術等を市場が求め続け、あるいは 外部要因により革新技術の需要が発生するなどの例外的事 情がない限り、一部の必須特許の存続期間満了開始ととも に原則として技術のコモディティ化が開始し、必須特許技 術の模倣難易度にもよるが、進行速度の差こそあれ、技術 のコモディティ化は避けられない運命にあるといってよい。

2. 技術のコモディティ化を踏まえた供給者の知財戦略

 供給者の扱うデバイスも必須特許の存続期間満了時が到 来するとともに技術のコモディティ化という運命に否応な 階に移行した時点から 20 年後、換言すれば、最初になさ

れた実用的必須特許の出願時点と出願件数のピークの中間 時点に、特許存続期間の 20 年を加えた時点となる。

(2)技術のコモディティ化は避けられない運命か

 自動車のように高度な摺合せ技術が求められる製品は、 必須特許群の存続期間が満了しても未だ技術のコモディ ティ化を免れている22)

 しかし、【表 1】が示すように、組立型・モジュラー型タ イプの電子製品には技術のコモディティ化が起こり易く、 存続期間が満了した必須特許技術の数が増えるにつれてコ モディティ化の度合いが進行する。液晶ディスプレイや DRAM は、必須特許群の期間満了から 40 年近く経過して 技術が完全にコモディティ化し、ブレイクスルー技術が登 場する見込みは薄く、日本企業が新興国企業にシェアを奪 われ続けている。青色 LED やデジタルカメラの必須特許 群は未だ満了前であり、技術のコモディティ化はまだ始 まっていない。

 市場の新たな需要喚起により技術のコモディティ化が克 服されたレアケースとして、佐川眞人博士23)の発明した ネオジム・鉄・ボロン系磁石(ネオジム磁石)がある。ネ オジム磁石24)の市場は必須特許の存続期間満了によりコ モディティ化していたが、その保磁力向上に不可欠なレア アース(希土類元素)であるジスプロシウム(Dy)の唯一 の産出国が中国であったため、調達リスクを懸念した市場

21)出典(【図3:技術のコモディティ化の概念図】、【図4:DRAMの特許出願分布の変化】ともに):

 鮫島正洋「ものづくり塾・R&Dコース特許から考える失敗しない研究開発【第2回】必須特許の有効期間 コモディティ─化する時期を見定める」日 経ものづくり2012年5月号139頁、鮫島正洋「特許から考える勝つための研究開発 技術のコモディティー化を見極める 第4回:コモディティー化の 時期は予測できる」(2012年11月8日)日経BP社ウェブサイトTechOn!(2012)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20121102/249075/

22)藤本隆宏『能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか』(中央公論新社・2003)

23)ネオジム磁石発明の功績により数々の賞に輝く佐川博士は、富士通、住友特殊金属(現・日立金属)を経て、1988年にインターメタリックス株式会 社を創業、2012年から同社最高技術顧問として磁石の最先端技術の研究開発とコンサルティングに従事されている。

24)ネオジム磁石は「地球上でもっとも強い磁力を誇る」磁石であり、「ハイブリットカーやハードディスク、携帯電話やMRI(磁気共鳴画像装置)などの

ハイテク機器に広く使われ、今や産業界に不可欠な素材」(インターメタリックス株式会社ホームページ)である。

25)注記:「1 巡」とは特許の存続期間 20 年経過したこという。

 出典:鮫島正洋「ものづくり塾・R & D コース特許から考える失敗しない研究開発【第 2 回】必須特許の有効期間コモディティ─化する時期を見 定める」日経ものづくり 2012 年 5 月号 139 頁、鮫島正洋「特許から考える勝つための研究開発 技術のコモディティー化を見極める 第 3 回:製品 のシェアを分析する(2012 年 11 月 7 日)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20121102/249074/

図3 技術のコモディティ化の概念図(太陽光パネルを例

とする)21) 図4 DRAMの特許出願分布の変化

(6)

稿

とそれ自体は正当なビジネス行為であり、当該技術が技術 のコモディティ化が進行した必須特許技術である場合は既 に市場独占力は低下しているため、果たしてどの一線を超 えれば独禁法上問題となるかは曖昧である。供給者として は、公正取引委員会等の判断の射程範囲を十分に見定めた 上で顧客への働きかけを行う必要がある。

 海外が関連する場合は、各国競争法の制度と運用におい て同様の規制と摘発例があるか、域外適用の態様等を確認 することも不可欠である。

Ⅳ. 製造サプライチェーンの力関係と供給者の知

財戦略

1. 問題となる事例

 製造サプライチェーンの力関係により、供給者が自社の 知財の取得・活用を事実上阻害される例には次のようなも のがある。

 第一は、供給者が保有する権利を契約により、又は無断 で(冒認)、顧客に取得されるという状況である。契約が 介在する場合は、顧客に供給者の必須特許を全部譲渡し又 は必須特許技術に関連するノウハウを開示することを求め られる例、発明に関与していない顧客が供給者との共同出 願を要求する例がある。冒認のケースには、顧客が供給者 と共同開発した技術を勝手に公知技術と組み合わせて利用 発明として出願する例、顧客と供給者が共同開発した技術 について顧客が勝手に単独出願する例がある。

 第二は、顧客に対するサブライセンス付きライセンスの 供与、顧客の複数購買の指定先である競合(セカンドベン ダー)に対するライセンス供与(権利不行使という黙示の ライセンスの場合も含む)において供給者にとって戦略上 不利なライセンス内容で契約化され、結果として技術流出 の恐れが生ずる場合である。

 これらの事例に対して、供給者は自社の技術基盤を守る ためにどのような方針に基づき、いかなる法的手段を活用 することができるか、更に、現行制度にはどのような問題 があるかを以下順に検討する。

2. 経営の観点から─マネジメントと知財部の連携

 製造サプライチェーンにおける力関係を考えると、実際 問題として、顧客が供給者との交渉により、供給者に有利 しに巻き込まれ、顧客や競合に対して必須特許の独占力を

根拠にした強力な交渉力を発揮できる余地が徐々に狭まっ てくる。供給者は技術のコモディティ化開始時点(A 点) を予測して研究開発と知財戦略を進め、コモディティ化開 始以降はその進行度合いに応じてノウハウ活用も含む手段 を総動員して自己の技術基盤を守る必要に迫られる。

(1)ノウハウの活用

 ノウハウ活用の例としては、製造技術ノウハウの特許化 という方法が考えられる。技術のコモディティ化が生じた 製品市場において、製品の製造技術に関する市場の需要を 新たに喚起し、製造技術市場におけるシェア確保を通じて 間接的に製品市場に影響力を及ぼすという手法である26) 本来ブラックボックスとして守ってきた製造方法を特許化 することは、侵害者に対する十全な権利行使ができなけれ ば却って競合による模倣を招くだけの結果に終わるという 危険を伴い、いわば最後の手段的位置づけであるが、コモ ディティ化した技術市場が供給者の経営上決定的に重要な 意義を持つ場合などにおいて、製造技術により当該市場に おける競合との差別化を図る方法として一定の有用性を 持つ。

 この方法で活路を見出すためには、供給者の虎の子的存 在である製造技術の不必要な流出が起きないように、出願 にあたっては特許化する製造方法の範囲を慎重に画定する ことも必要である。万が一、権利化した製造方法特許の侵 害が発生し、あるいは自社に秘匿した製造方法に関する周 辺ノウハウが流出した際に裁判による救済を求める場合に 備えて、製造方法特許の侵害をどのように立証するかとい う点や問題となる国の知財エンフォースメント体制、ノウ ハウについては関係国の先使用権制度27)の異同等を考慮 しながら対応することが不可欠である。

(2)サプライチェーン内標準を目指す方法

 製造サプライチェーンにおいて供給者主導でサプライ チェーン内標準となるような技術の仕組みを作り、その 中核に自社の必須特許技術を組み込むという方法もある。 仮にその必須特許について技術のコモディティ化が開始 したとしても、チェーン内標準技術の基盤になっていれば、 顧客において供給者との取引継続を希望する強い動機と なる。

 その場合は独禁法上の配慮が必要となるが28)、供給者が 自社の優れた技術を顧客に採用させるように働きかけるこ

26)鮫島・溝田前掲注19

27)フランス特許庁(INPI)にはノウハウ保護政策として「ソロー封筒」制度がある。発明者は明細書や図面を「ソロー封筒」に同封して特許庁に提出、 特許庁が一定期間秘密保管し、先使用権に関して作成日付や非改竄性の公的立証手段として利用できるという制度である。http://www.jpo.go.jp/ shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken_kouhyou/h22_country/fr.pdf

(7)

 供給者が移転登録請求等の法的措置を取らずに事態を放 置する場合、顧客又は顧客からの権利の譲受人に権利が残 るため、冒認された権利が必須特許である場合、顧客又は 譲受人から権利行使を受けて供給者が当該市場からの退場 を余儀なくされる恐れがある。供給者はこのことに留意し て対応を決めるべきであり、開発段階から冒認に備えた立 証準備をしておくことが有益である。

 共同開発をしていないのに共同出願を求めてくる場合、 特許を受ける権利を譲渡する等の形をとれば出願は特許法 上不可能ではないが、特許が顧客と供給者との共有となっ た場合、現行特許法 73 条 3 項の下では供給者のライセン ス事業に顧客の承諾が必要となる事業リスクを考慮して、 受け入れるかどうかを判断する必要がある。

 顧客が供給者と共同開発した技術を勝手に公知技術と組 み合わせて利用発明として出願した場合は、供給者が利用 発明についてライセンスを顧客から受けられない限り(特 許法 72 条)、供給者は利用発明を実施できず製品を他の顧 客に販売できなくなる。このようなケースを平成 23 年改 正特許法の冒認関連規定で救済できないかどうかも検討の 余地がある。

4. 民法、独禁法・下請法の適用について

(1)契約自由の原則と民法一般原則の限界

 製造サプライチェーンの顧客・競合と供給者の関係は基 本的には契約自由の原則に従い規律されると理解するのが 伝統的な見方である。経済的社会学的に弱者であることが はっきりしている労働者を保護する労働法等の社会福祉法 の世界とは異なる。従って、社会的相当性を逸脱したよう な場合に限って、民法一般原則である信義則(民法1条2項) や権利濫用(同 1 条 3 項)、更に、事情変更の原則が適用さ れる余地は有り得るが、これらはあくまで最後の手段とし ての事後的救済措置に過ぎず、象徴的意味は別として、供 給者の事業の直接の支えにはならないものと思われる。

(2) 独禁法の優越的地位の濫用規制・下請法の適用とその リスク

 公正取引委員会ガイドライン「優越的地位の濫用に関す る独占禁止法上の考え方」(平成22年11月30日)第4の2(3) も示すように、供給者が顧客から要求される事項が「取引 に伴い、取引の相手方に著作権、特許権等の権利が発生・ 帰属する場合に、これらの権利が自己との取引の過程で得 られたことを理由に、一方的に、作成の目的たる使用の範 囲を超えて当該権利を自己に譲渡させること」、又は「発 注内容に金型の設計図面を提供することが含まれていない にもかかわらず、取引の相手方に対し、金型の設計図面を 無償で提供させること」に該当する場合は、供給者は、そ のような顧客の要求が、独禁法の定める「不公正な取引方 な条項を受け入れる可能性は相当低く、仮にそのような条

項が設けられても供給者と顧客の力関係が変わる訳ではな いため、実効性に疑問があるという現実がある。また、顧 客は誰が特許権者であるのかということに相当注意を払っ ており、権利者が誰であるかにより同じ特許であっても強 さの感じ方が異なるといわれ、特許がそもそも不確定性を 内包した権利であることも相俟って、供給者の権利行使を 一層難しくしている。このような認識を持つ経営トップで あれば、どのみち行使できない知財であるなら現状のビジ ネスが大切であるという判断の下に、知財部門から技術流 出の恐れが伝えられても、上記のような顧客の要求に修正 なしに応じ、あるいは冒認的に権利が奪われても放置する という経営判断をする可能性は否定できない。

 しかし、必須特許技術、とりわけ、技術のコモディティ 化が始まっているが未だ市場シェア獲得に一定限度の独占 力が発揮できる必須特許や、関連ノウハウが顧客・競合に 移転する場合は、そのような経営判断は供給者の事業の存 続にとって大きな禍根を残す恐れがある。なぜなら、取引 解消を免れるために顧客の求めに応じて顧客・競合に必須 技術を移転したとしても、結局において、技術流出が発生 して取引を失い、逆に、必須特許を譲り受けた顧客から供 給者に対するライセンス供与を拒否されるなどの事態と なり、長期的に見て供給者が製造サプライチェーンから退 出せざるを得ない立場に追い込まれる可能性があるから である。

 従って、供給者の経営者は、知財部門と連携の上、必須 技術の移転に伴うリスクを正しく認識し、適切な経営判断 をする必要がある。

3. 特許法によりある程度解決可能な事案─冒認、共同 出願違反

(8)

稿

対できないキャッチフレーズの下に、企業間の正当な安定 的取引と商慣習が事後的に覆されることが日常化し、条文 の文言(独禁法 2 条 9 項 5 号)の曖昧さに起因する事前予測 の困難性とも相俟って、企業活動に著しい委縮的効果が及 ぶ危険がある。他方、公正取引委員会の救済を求めること は救済(取引の長期的な継続)に結びつくとは限らない。公 正取引委員会の出動により一旦は取引しても、長期的段階 的に取引を縮小することまでは法規制が難しいからである。  このような「益少なく害多し」という結果を懸念し、優 越的地位の濫用規制を企業間の(B to B)取引や技術ライ センス契約の領域に無限定に拡大することには慎重である べきであるという考え方もある。過剰介入は製造サプライ チェーンの存立基盤を脅かしかねないリスクであるとも言 い得る。

 むしろ、中堅規模の供給者の立場から見れば、優越的地 位の濫用及び下請法の規制は、自社が顧客と交渉する際の 根拠になるというよりも、逆に、供給者が自社の下請けや 取引先、更にはセカンドベンダーである競合とのライセン ス交渉において、供給者が優越的地位を濫用しているとい う指摘を受ける際の根拠として利用される場面の方が多い かもしれない。

 その意味で優越的地位の濫用及び下請法規制は、供給者 にとって両刃の剣的な危うさを秘めている。供給者はこの 点に留意し、一方において製造サプライチェーンの不当な 力関係を是正する根拠として活用する可能性を探りつつ、 同時に自らは独禁コンプライアンスを実践し、更に、必要 とあれば供給者の立場から公正取引委員会にパブリックコ メントの提出等を通じて独禁当局による運用の適正化に 協力し、以て自社の技術基盤の保全に努めることが重要で ある。

 なお、競争法は法の性質上、域外適用の可能性を常に検 討する必要があるため、供給者は、米国・EU の競争法の みならず、中国(中華人民共和国独占禁止法)、韓国(公正 取引法)30)、台湾(公平交易法 Fair Trade Law of 2002) における類似の規制にも留意する必要がある。

5. 顧客・競合へのライセンス契約の問題点─競争者間 における共同開発と特許の共有─

(1)共同開発

 供給者と顧客、供給者と競合のように、競争関係又は潜 在的競争関係にある事業者間において共同研究開発が行わ れる場合、供給者としては、共同研究を進め、その成果の ライセンス交渉を行うに当たり、自社の技術基盤が競争関 係にある事業者によって脅かされないように対応する必要 法」(独禁法 19 条)の一つである優越的地位の濫用行為の

うち、「自己の取引上の地位が相手方に優越していること を利用して、正常な商慣習に照らして不当に」(同 2 条 9 項 5 号柱書)、「継続して取引する相手方に対して、自己のた めに…その他の経済上の利益を提供させること。」(同号ロ) に該当し、排除措置命令(同 20 条)及び課徴金納付命令(同 20 条の 6)の対象となることを理由として、そのような顧 客の要求を拒否する交渉を行うことができる。経営判断が 許せば、公正取引委員会に対して情報提供(申告)(匿名で も可能。)(同 45 条)を行って当局の職権発動を促し、時宜 を見て、裁判所に差止請求(同 24 条)、損害賠償請求(同 25 条 1 項、民法 709 条)、仮処分申立(民事保全法 23 条 2 項) をする選択肢もないわけではない。

 また、供給者と顧客との取引が下請法(下請代金支払遅 延等防止法)にいう親事業者と下請事業者の取引に該当し、 かつ、同法の定める製造委託,修理委託,情報成果物作成 委託,役務提供委託に当たる場合は下請法が適用される。 公正取引委員会は下請法違反行為に対しては独禁法違反行 為のような排除措置命令や課徴金納付命令を発することは できないが、下請法違反の行為を止めるように勧告するこ とができる(下請法 7 条)。勧告には法的拘束力はないもの の、そのすべてが公表される。また、公正取引委員会は、 親事業者や下請事業者に対して取引に関する報告を求め、 その事務所・事業所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を 検査する権限を有し(同法 9 条)、これらを拒んだり妨害す ることは違反者及び法人に対する刑事罰の対象となる(同 法 11 条、12 条)。供給者としては、顧客との取引関係が下 請法の適用範囲に当てはまる限りにおいて、顧客の知財等 の譲渡要求が「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基 準」(平成 15 年事務総長通達第 18 号)が「不当な経済上の 利益の提供要請」の類型として挙げる「7 − 5 親事業者が、 下請事業者に金型の製造を委託しているところ、外国で製 造した方が金型の製造単価が安いことから、下請事業者が 作成した金型の図面、加工データ等を外国の事業者に渡し て、当該金型を製造させるため、下請事業者が作成した図 面、加工データ等を対価を支払わず、提出させる場合」に 該当するときは、下請法を根拠に顧客と交渉することもで きる。上記の優越的地位濫用ガイドラインによれば、優越 的地位の濫用規定と下請法の双方が適用可能な場合は下請 法が優先して適用される取り扱いとなっている。

 なお、優越的地位の濫用規制は、「経済法を社会法とし て位置付ける欧州での発想に基づ」いて日本独自の進化を 遂げた規制と理解されており29)、弱者保護という競争法に とっては異質の要素を本旨とする制度である。国家介入の 匙加減を間違うと、「弱い企業をいじめるな」という誰も反

29)村上政博『独占禁止法[第4版]』(弘文堂・2011)333頁注135

(9)

 他方、産学共同研究に焦点を当ててこの問題を分析した 最近の研究33)によれば、我が国の大学の多くは原則同意 不要とすることによる技術移転促進に積極的であるもの の、企業の多数は自らライセンスを管理できなくなること を恐れて、同意不要を原則とすることに拒否感が強く、仮 に同意不要が原則となるなら産学連携に消極的となるであ ろうという調査結果となっている。

 以上からすれば、現行特許法 73 条 1 項、3 項を前提とす る限り、供給者は、ライセンスに同意が得られない可能性 のある顧客との間では特許の共有化を可能な限り避け、特 許権は供給者に帰属させつつ、供給者が顧客に対して対価 補償を支払うといった形にできないかを交渉することにな ろう。やむを得ず共有とする場合であっても、包括的な事 前同意の規定を設けるよう試みるか、あるいは共同開発契 約の中に代金分割又は価格賠償による共有特許の分割方法 を定め、共有者の同意を得るための交渉の手掛かりとする ことが考えられる。

 なお、サブライセンスの問題については、特許法 73 条 2 項によれば特許権に係る発明の実施は共有者による同意 を必要としないものの、下請けに委託等する場合には、実 質的に権利者が実施しているとみなされる態様であるかど うかについて留意する必要がある。大審院判例によれば、 ①共有者たる権利者と実施者との間に工賃を支払って製作 する契約が存在し、②原料の購入、製品の販売、品質、模 様等について権利者の指揮監督下で、③全製品が共有者へ 引き渡される場合には、下請業者の実施は共有者の機関と しての実施に過ぎない、と判示され34)(大判昭 13 年 12 月 22 日民集 17 巻 24 号 2700 頁)、この判断は現在の判例にも 生きている。そうであるとすれば、これらのいずれかの要 件を満たさない場合には、共有者の同意を得てライセンス の形式を採っておく必要があるといえるであろう。

(3)セカンドベンダー契約の問題点

 供給者がセカンドベンダー(複数購買における競合とな る供給者)に対してライセンスを供与する際には製造技術 等のノウハウも開示することが多く、供給者としては、独 占禁止法の規制を考慮の上、技術流出のリスクを出来うる 限り少なくするためにライセンス交渉に臨み、例えば、販 売先の制限、指定した販売先以外への供給品についてのロ イヤリティ率に差異を設ける、販売数量制限、販売数量の 上限・下限の指定、部品・材料の調達先の指定、ノウハウ 開示の期限に枠を設ける、ノウハウの流出のペナルティ額 がある。その際には、公正取引委員会ガイドライン「共同

研究開発に関する独占禁止法上の指針」(平成22年1月1日) における白条項(原則として不公正な取引方法に該当しな いもの)、グレー条項(不公正な取引方法に該当する恐れが ある事項)、黒条項(不公正な取引方法に該当するおそれが 強い事項)を一応の目安に契約条項を検討していくことに なる。例えば、共同研究開発の成果の第三者への実施許諾 を制限すること、成果であるノウハウの秘密性を保持する ために必要な場合に合理的な期間に限って成果に基づく製 品の販売先について他の参加者またはその指定する事業者 に制限することは、原則として不公正な取引方法に該当し ないとされるので、供給者はそのような白条項を利用する ことになるが、ガイドラインでグレーや黒とされている事 項であっても、供給者と顧客・競合との具体的な取引の実 情に鑑みればガイドラインの方針が実態に合わない場合も 出てくるものと思われる。供給者はこの点も視野に入れて 顧客や競合とのライセンス交渉に望むことが有益である。

(2)共有特許と供給者のライセンス管理

 供給者が共同開発の成果である特許権を顧客と共有した 場合には、現行法によれば、契約で別段の定めをしない限 り自己実施には共有者である顧客の同意は不要であるが (特許法 73 条 2 項)、供給者が第三者に共有持分を譲渡し 又はライセンスするためには共有者である顧客の同意が必 要となる(同法 73 条 1 項、3 項)31)。従って、顧客の都合 で共有特許の実施品である製品の生産が中止になれば、供 給者にとって当該共有特許権が不良債権化するという問題 がある。とりわけ、供給者が顧客との間で共有する特許を セカンドベンダーとなる競合に対してライセンスする際に は、顧客の意向や都合が優先され、戦略的に事業を進めら れず、結果として供給者の技術基盤が脅かされるというリ スクがある。   

 製造業のアウトソースの実態を直視すれば、共有者が下 請けを補助者として行う実施と共有者が第三者にライセン スすることによる実施とを厳密に区別する合理性は限りな く薄れていること、合併等の一般承継には特許法 73 条 1 項は適用されないこと、原則同意不要とすることにより、 自己実施の有無に拘わらず、共有者が相互に対等の交渉力 を持つことできること等を総合考慮し、米国のように、特 約がない限りにおいて、自己実施のみならず第三者への実 施許諾にも共有者の同意を不要とする仕組みとすることが 合理的であるという考え方も有力である32)

31)商標法は同法35条、意匠法は同法36条、実用新案法は同法26条で特許法73条を準用している。

32)中山一郎「共有に係る特許権の実施許諾に対する他の共有者の同意について─発明の実施形態に中立的な制度設計の視点から─」AIPPI 47巻2号 (2002)10頁

33)財団法人比較法研究センター「平成20年度特許庁産業財産制度問題調査研究報告書 共同研究における特許の取扱いに関する調査研究報告書」(平

(10)

稿

NPE の利用に対する認知度がそれほど進んでいない日本 市場においては、供給者が NPE を利用したこと自体が非 難されるというレピュテーションリスクもある。更に、

NPE が譲り受けた権利を供給者の競合が取得して、供給 者に権利行使する恐れもある。NPE の権利転売について は供給者に交渉の余地はあるかもしれないが、力のある NPE であればその権利の買い集めは約款的な定型契約に より行われる可能性もあるため、供給者が個別に NPE と 交渉できる余地は限定される恐れがある。

 従って、パテントプールや NPE への譲渡は選択肢の一 つにはなろうが、そのリスクも相当あることを認識して経 営判断がなされるべきである。

Ⅴ. 今後に向けて

 平成 25 年 3 月時点においていわゆる六重苦36)のうち過 剰な円高が是正方向に向かっていることに象徴されるよう に、今後の日本経済は上昇気流に乗り、我が国の製造業も 再び活性化するという明るい観測も多い。内閣府の平成 25 年 8 月 15 日付け月例経済報告においては「景気は、着 実に持ち直しており、自律的回復に向けた動きもみられる」 として我が国におけるデフレ脱却に向けた確かな動きも伝 えられている37)

 しかし、戦前戦後を通じた米欧からの技術移転と自国に おける技術蓄積を背景に目覚ましい戦後復興を遂げた昭 和の高度成長期とは異なり、現在の日本企業を取り巻く情 勢は未だ厳しい。最大の違いは我が国を含む先進国から技 術移転を受けて急速に実力を付けてきた新興国の存在で ある。

 本研究で取り上げた技術のコモディティ化と製造サプラ イチェーンの供給者保護という問題も、この背景事情なく して理解することはできない。高度な技術が新興国も含む 各国の産学官で共同研究され技術革新の源となっている現 代において、国内外に広がる製造サプライチェーンの網目 の中で我が国の供給者企業がキーサプライヤとして生き 残っていくためには、官民一体の努力、すなわち、民にお いては、優れた技術力と技術革新力を知財の保護活用によ り保全することの重要性を踏まえて供給者の総合的な経営 判断がなされていくこと、官においては、適切な金融・為 替政策に加え、知財政策と適正に連動した柔軟な競争政策 が実行されることが重要である。

を多くする、無保証条項(品質・第三者権利侵害・技術支 援等)等が検討事項になろう。

 公正取引委員会が策定する知財関連ガイドラインにおけ る違法性判断基準について、従来はライセンシーの受ける 拘束という観点が前面に出ていたが、ライセンサーの市場 における地位の強化という観点に着目することが重要であ ること、ライセンサーに商品市場や技術市場における支配 力がない場合であっても、ライセンシーに対する拘束とし て違法とすべき場合が有り得るか等の問題点が指摘されて いる35)。技術のコモディティ化により供給者の必須特許の 市場シェア獲得力が低下し、顧客の市場支配力が強い場合 は、セカンドベンダー契約におけるライセンサーとなる供 給者が市場支配力を持たない可能性もあり得るところであ り、そのような場合に現行の独禁法ガイドラインを修正な しに適用することは、市場支配力に劣る供給者の交渉の余 地を必要以上に阻害する結果を招きかねず、適切ではない と思われる。

 なお、セカンドベンダーは顧客主導で決められることが 通常であるが、そのような競合に供給者の特許を侵害する 恐れがある場合、供給者が顧客に対してそのことを伝える 場合には、事後に非侵害が判明し又は特許が無効とされる 可能性も考慮し、不正競争防止法 2 条 1 項 14 号にいう「競 争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告 知し、又は流布する行為」に該当しないように対応する必 要がある。

6. 特許の集団的活用の効用とリスク

 特許の集団的活用方法としてパテントプールや NPE に 譲渡する方法があるが、これにより供給者は製造サプライ チェーンにおける顧客との力関係の呪縛から一旦は逃れ、 譲渡先から一定のロイヤルティを得ることも可能になる。 もっとも、共有特許の場合は共有持分の譲渡に共有者の同 意が必要となるため(特許法 73 条 1 項)、同意が得られな い場合は問題ではある。

 パテントプールへの譲渡の場合は、譲渡対象が規格特許 でなければならない等の制約があるが、譲渡が奏功すれば 標準技術になることにより一定の市場支配力が得られると いうメリットがある。

 NPE への譲渡の場合は規格特許である必要はなく、技 術のコモディティ化により弱体化した特許群であっても譲 渡が成立する可能性がある。ただし、場合によっては独禁 法や濫用的な譲渡の問題となる余地もあり得るし、また、

35)上杉秋則『独禁法国際実務ガイドブック─グローバル経済下の基礎知識』(商事法務・2012)331頁─332頁

36)企業経営者らが諸外国と比べて日本の事業環境が不利な要素としてあげる6項目。一般的には、円高▽高い法人税率▽自由貿易協定への対応の遅れ ▽製造業の派遣禁止などの労働規制▽環境規制の強化▽電力不足(2012-02-14朝日新聞朝刊2経済「キーワード」)

(11)

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(担当講師)

鮫島 正洋

(さめじま まさひろ) 内田・鮫島法律事務所 弁護士・弁理士 1985 年 03 月 東京工業大学金属工学科卒業

1985 年 04 月  藤倉電線株式会社入社(現:株式会社フジク ラ)〜電線材料の開発等に従事

1991 年 11 月 弁理士試験合格

1992 年 03 月  日本アイ・ビー・エム株式会社入社〜知的財 産マネジメントに従事

1996 年 11 月 司法試験合格

1997 年 03 月 同社退職・同年 4 月 司法研修所入所 1999 年 04 月  弁護士登録(51 期)/大場・尾崎法律事務所

入所

2000 年 02 月  松尾綜合法律事務所入所(現:弁護士法人松 尾綜合法律事務所)

2004 年 07 月 内田・鮫島法律事務所開設〜現在に至る

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(メンバー

〈五十音順〉

相澤 聡

(あいざわ さとし) 響国際特許事務所 弁理士 2000 年 北海道大学工学部卒業 2000 年 株式会社構造計画研究所

2004 年 特許庁(特許審査第四部電子商取引) 2009 年 大東文化大学大学院法務研究科修了 2011 年 響国際特許事務所(現在に至る) 2011 年 弁理士登録

伊藤 玲子

(いとう れいこ) ユアサハラ法律特許事務所 弁護士 早稲田大学法学部卒

1998年 最高裁判所司法研修所修了(50期) 1998年 弁護士登録(第二東京弁護士会) 1998年 永島・橋本法律事務所

1999年 小松・狛・西川法律事務所(名称は当時) 2000年 ユアサハラ法律特許事務所(現在に至る) 2005年 米国ニューヨーク大学ロースクール卒

2005年〜 2006年 米国Arent Fox、Greenberg Traurig各法 律事務所

佐久 敬

(さく たかし)

一橋大学大学院国際企業戦略研究科 准教授

2000 年 3 月 東京大学大学院農学生命科学研究科修了 2000 年 4 月 特許庁入庁(審査第四部生命工学) 2009 年 7 月 米国ワシントン大学留学

2013 年 4 月 一橋大学大学院准教授(現在に至る)

佐々木 奏

(ささき すすむ) 森・濱田松本法律事務所 弁護士 2002 年 東京大学法学部卒業

2003 年 最高裁判所司法研修所修了(56 期) 2003 年 弁護士登録(第二東京弁護士会)

2003 年  マックス法律事務所(2005 年森・濱田松本法律事 務所と合併)入所(現在に至る)

高橋 範行

(たかはし のりゆき) ヒロセ電機株式会社 弁理士 1997 年 弘前大学理学部物理学科卒

1997 年 ヒロセ電機株式会社入社(現在に至る) 2012 年 弁理士登録

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