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文学部・大学院文学研究科

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Academic year: 2017

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(1)

社会的意思決定の仕組みを探る

大学院文学研究科 教授

亀田

達也

(文学部人文科学科)

専門分野 : 社会心理学,意思決定

研究のキーワード : 心理学,集団,適応,進化,社会的意思決定 HP アドレス : http://lynx.let.hokudai.ac.jp/~kameda/

何を目指しているのですか?

人間は、アリやハチなどの社会性昆虫と並んで、集団を作ることで大きな成功を収めて きた生物種です。もちろん、社会性昆虫と違って、人間の集団は必ずしも血縁関係にある 相手だけから成り立っているわけではありません。血縁関係にない相手との間に大規模な 協力的関係を築くことのできる社会的能力が人間の進化的な成功をもたらしたと考えら れています。こうした協力関係を支える心理的・社会的なメカニズムを明らかにすること は、現在、心理学、認知科学、社会脳科学、人類学などのいくつかの領域を通底する重要 なテーマとなっています。

私はこうしたテーマの中でも、とくに集団の意思決定に焦点を当ててきました。社会生 活では、話し合いやミーティングなどを通じて、互いの合意を作ることが頻繁に求められ ます。興味深いことに、近年の生物学の研究によれば、集団の意思決定とは、ヒトの専売 特許ではありません。例えば我々ヒトが言語という媒体を使う場面で、ハチは「8の字ダ ンス」でメンバーに情報を伝え、適応的な意思決定に成功していることがわかっています。 不確実な情報しかない中でヒト、そして他の生物はどのような方法、プロセスを経て集団 の合意を導いていくのか。他の生物種と人間が社会的意思決定で共有しているメカニズム、 ヒトにユニークなメカニズムとは何か。その仕組みの解明に取り組んでいます。

写真1 ハチの“集団意思決定”: 巣別れの時期にハチは、「8の字ダンス」に よる誘導と各自が独立評価する二段構えで 新しいコロニーを決定している

出身高校:開成高校(東京都)

最終学歴:米国イリノイ大学大学院心理学研究科

こころ

図1 人間の集団意思決定に関するコンピュータ・シミュレーション

文学

(2)

どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?

心理学では、人間を対象とした実験によっ

て研究を進めることがよく行われます。私た ちの研究室にも、集団実験室、ネットワーク 実験室、感覚システム実験室という3つの施 設が備わっています。集団実験室では、互い の 顔 の 見 え る 状 況 で 、 実 験 参 加 者 が コ ン ピュータを通じて相互作用をすることができ ます。上で述べた集団の意思決定の実験は、 この実験室でよく行われます。ネットワーク 実験室では、個別の部屋(ブース)に実験参 加者が配置され、直接対面をしない形で、LANを 通じて相互作用を行うことができます。感覚シス テム実験室では、実験参加者が課題を遂行してい る間の視線の動きをアイトラッカーと呼ばれる装 置を通じて計測したり、末梢における生理的な反 応や、顔筋の動きなどを調べたりします。

次に何を目指しますか?

現代の社会で、合意が必要となる大きな論点の1つに格差をめぐる問題があります。 ニューヨークで起こり世界に拡散した「格差是正デモ」に代表されるように、富の分配を めぐる議論は、人々の大きな関心を集めています。こうした関心の背景にあると思われる、 人々の「分配の正義」についての素朴な感覚や、他者に共感するメカニズムについて、脳 科学者や法哲学者と協力して研究を始めています。実証的な研究を通じて、富の分配をめ ぐる社会的意思決定の仕組みづくりに貢献できたらと願っています。

参考書

(1) 亀田達也・村田光二(共著),『複雑さに挑む社会心理学―適応エージェントしての人 間』(第2版),有斐閣(2010

写真2 集団実験室

写真3 ネットワーク実験室

写真4 表情模倣実験における顔筋の動きの計測

(感覚システム実験室)

文学

(3)

子どもの証言をどう得るか−司法面接の研究

大学院文学研究科 教授

なか

真紀子

(文学部人文科学科)

専門分野 : 認知心理学

研究のキーワード : 記憶,コミュニケーション,裁判,証言,面接法

HP アドレス : http://www.let.hokudai.ac.jp/human-sciences/psychology/staff-list-040.php

これまでの道のり

私は鉄腕アトムの育ての親、お茶の水博士にあこがれて科学者になりたいと思ったので した。最初は建築に魅力を感じて美学を志したものの、その入り口にもいたらないまま、 一般教養の心理学の授業に関心をもつようになり、友人の誘いもあって心理学に転科しま した。学問との出会いとは不思議なものです。突如、人の心のメカニズムを探る心理学の 面白さに目覚め、ぐいぐいと引き寄せられて修士課程、博士課程へと進みました。

一口に心理学といってもその内容は様々です。大ざっぱに言えば、心理学は臨床心理学

(カウンセリングや心理療法など個人を対象とする)と実験心理学(認知心理学、発達心 理学、社会心理学など、実験や調査により一般的な規則性を明らかにする)に分けられま す。私は認知・発達心理学を専攻し、発話の理解(例えば「考えとくわ」という発話をど う理解するか)や母子のコミュニケーション(子どもが母親との対話のなかでどのように 語彙を学ぶか)、日常場面での記憶(繰り返し書くとよく覚えられるか)などの研究をし てきました。どれもこれも没頭できる、楽しく面白い研究でした。けれどもいつの頃から か、現実世界とは隔絶した「実験室」にこもりっぱなしで心の世界を構築しているような、 どこかゲームをしているような気持ちになってきたのでした。

そのようなとき、弁護士さんから目撃証言の信用性の検討を依頼されました。ある人が 事件や出来事を目撃する、その体験にもとづいた証言を目撃証言と言います。目撃証言は 事件を解明する上で重要な手がかりとなりますが、その正確性には知覚(どのように見え たか、聞こえたか)、記銘(どのように記憶したのか)、想起(どのように思い出したか) など、認知心理学的な要素がたくさん関わっています。目撃証言の信用性!こんなに重要 で、かつ興味深い研究課題があるとは・・・という驚きによって、私は実験室と現実世界 を行きつ戻りつしながら研究を進める目撃証言

研究のとりこになってしまいました。

現在の取組:子どもの目撃証言

目撃証言に関する研究課題はたくさんありま す。私が今取り組んでいるのは、子どもの目撃 者・被害者からいかに供述(報告)を得るかと いう問題です。いじめ、事故、犯罪など、子ど もから正確に話を聞かなければならないケース

出身高校:東京都立三田高校 最終学歴:お茶の水女子大学大学院

人間文化研究科

こころ

子どもの証言に焦点を当てた模擬裁判。心理学者、法 学者、法の実務家、市民が参加した。

(4)

は少なくありません。

言語能力、記憶能力が十分ではなく、暗示にもかかりやすい子どもからどのように話を 聞けばよいか。精神的負担をかけず、誘導せずに正確な情報を引き出すにはどうすればよ いのか。欧米では1980年代頃より、証拠的価値の高い供述(報告)を得るための面接法(司 法面接)の研究が行われ、現場でも実践的に用いられてきました。しかし、国内での研究 は十分に行われていませんでした。

そこで、実験や調査により、子どもの記憶や言語報告の特徴を調べ、子どもから供述を 得る際の問題点と工夫の可能性を探りました。その成果として、大人はクローズド質問

YESNOで答える質問や選択式の質問「車は 白?黒?」等)をたくさんしがちであること、質問 に含まれる情報(「白、黒」など)は子どもの記憶を 書き換えてしまうおそれがあること、しかし、オー プン質問(「お話ししてください」「それから?」な ど、回答の幅に制約のない質問)ならば誘導となり にくいことなどが確認できました。こういった知見 や、国外での司法面接についての調査を踏まえ、ガ イドラインなどもいくつか翻訳・出版しました。

これからのこと

しかし、研究成果を現実世界に還元するには、情報を提供するだけでなく、実際に使っ てもらう必要があります。そこで近年は、子どもに関わる福祉・司法の専門家、たとえば 児童相談所の職員、警察官、検察官、家裁調査官などを対象に研修を行うようになりまし た。こういった実務家・専門家とのやりとりのなか

で、私たちもさらなる研究課題を見出し、研究への 動機づけを与えられています。

こうした経過のなかで、2011年度、法学者、心理・ 社会科学者、実務家が恊働して研究を行う新しい学 術領域「法と人間科学」プロジェクトが立ち上がり ました。今読んでくださっている皆さんのなかから も、この新しいフィールドに関心をもち、一緒に研 究を進めてくれる人が現れたらいいなぁと強く願っ ています。

参考書

(1) 仲真紀子(著)『法と倫理の心理学-心理学の知識を裁判に活かす:目撃証言、記憶 の回復、子どもの証言』,培風館

(2) ブルほか(著)『犯罪心理学-ビギナーズガイド:世界の捜査裁判、矯正の現場から』, 有斐閣

心理学の研究をふ ま え た面接法:負担を低減 し、より正確な情報を得ることを目指す。

専門家を対象とした司法面接の研修。面接の ロールプレイを行いスキルアップを目指す。

(5)

大陸の日本近代史

大学院文学研究科 教授

白木沢

旭児

あ さ ひ こ

(文学部人文科学科)

専門分野 : 日本近現代史

研究のキーワード : 日本史,植民地,経済史

HP アドレス : http://www.let.hokudai.ac.jp/history-area/japanese/staff-list-010.php

「大陸国家」日本

一般に日本史という学問は主に日本列島の歴史のことだと考えられています。しかし、 日本史の範囲が日本列島であるということは決して自明のことではありません。たとえば、 時代をさかのぼれば、北海道が日本の一部であったとは言えない時代にたどり着きます。 反対に、明治以降の近代史においては海の向こうの朝鮮、台湾、満洲(中国東北地方)、 樺太なども日本帝国の一部を構成するという意味で、日本史の対象とするべきものでした。

2007年度には北海道の農民が当時の満洲に移民した事実を追いかけて、中国・寧安市の 鏡泊湖という地域を訪問し、村の古老たちにインタビューを行ないました。当時、子供だっ た彼らは、日本人がたくさん住んでいたことを鮮明に覚えていました。

北海道からは農民だけではなく、北海道庁の技師(農業技術者)なども多数が満洲国へ 渡り、「北海道農法」を伝える努力をしました。当時の「北海道農法」とは、馬に引かせ る犁(すき:プラウ)を用いて、畑を深く掘り起こし(深耕)、雑草を根っこから切断する、 というのが特徴でした。北海道の満洲移民のなかには、自分が使っているプラウや馬と一 緒に満洲に渡った農民もいました。

満洲移民の一般的なイメージは、土地が狭い日本の貧しい農民が、広大な土地を求めて 満洲へ渡る、というものです。事実、長野県や山形県など移民を多数送った地方の事例は このようなものでした。しかし、北 海道から行った移民は、もともと大 規模な農場を経営する篤農家(優れ た農民)が多く、決して土地が狭かっ たから移民したのではありません。 満洲では他の移民たちに「北海道農 法」を教え、自ら模範を示すことが 期待されていたのです。また、「北海 道農法」で用いるプラウを供給する ために札幌、帯広、旭川などから農 機具工場も満洲に移転しました。こ のように、戦争中の日本と大陸との 関わりはとても緊密であったことが わかります。

出身高校:東北学院榴ヶ岡高校(宮城県) 最終学歴:京都大学大学院農学研究科

歴史

かつて、日本人「開拓団」の本部があった場所を案内してくれた寧安 市鏡泊湖の住人。(2007年9月撮影)

(6)

「あの戦争」の歴史の伝え方、語り方

戦争責任や植民地支配をめぐって日本と韓国、日本と中国との間の論争が続いています。 同様のことはヨーロッパでも起きており、これを「歴史問題」とよんでいます。

先にふれた満洲移民についても、日本史では「満洲開拓」という呼び方が一般的ですが、 中国の研究者は「あれは開拓ではない」としてこの言葉を拒否します。実は、日本人移民 が入った村にはあらかじめ畑が用意してあるというケースが一般的だったからです。もち ろんそれらの畑は地元の中国人が開拓し耕作していたものでした。

中国では、日本人移民が来た村の住民からの聞き取り調査を以前から行っており、この ことは常識でした。他方、日本では「満洲開拓」という言葉から、原野を開拓したかのよ うなイメージが持たれています。しかし、日本人の回想・手記を読むと、やはり耕地を割 り当てられていることがわかります。経験者・体験者の歴史認識は日本人だろうと中国人 だろうとそう違わないものだ、という印象を持ちました。

北海道から近代史を考える

「満洲開拓」は開拓ではない、ということは北海道開拓と比べると、非常にわかりやす いと思います。北海道では開拓が始まってから実際に作物が収穫できるまで、実に長い年 月を費やしているからです。満洲移民はわずか数年で悲劇的な最期を迎えることになりま す。かつての「大陸国家」日本の姿を明らかにする作業にとって北海道という場所は最適 なのではないかと思っています。

参考書

(1) 宗景正,『開拓民-国策に翻弄された農民-』,高文研(2012

鏡泊湖周辺の田園風景。一面にとうもろこし畑が続いてい る。この広大な耕地は中国人(漢族)が長年にわたって開 拓したものである。(2007年9月撮影)

日本人「開拓団」の分布を示す地図。中央に鏡泊湖が 見えており、周囲には「旭川」、「秋田」、「香川」など日本 の地名が見える。これは「開拓団」が出身地の地名を村 名にしたからである。『満洲開拓史』より。

(7)

西アジアから世界を見る

大学院文学研究科 准教授 守川

もりかわ

知子

(文学部人文科学科)

専門分野 : 西アジア史,イラン社会史

研究のキーワード : 東洋史,聖地巡礼,イスラーム,シーア派,アジア

HP アドレス : http://www.let.hokudai.ac.jp/history-area/asian/staff-list-060.php

「東洋史」って何ですか?

過去にどんなことが起こり、人びとはどのような生活をしていたのでしょうか?彼らは 何を考え、どう行動していたのでしょうか?――このように、むかしの人びとの営みを探 るのが歴史学です。

歴史学のなかでも「東洋史」というと、みなさんにはなじみがないかもしれません。東 洋史とは「アジアの歴史」を対象とする学問です。そして東洋史が対象とする「アジア」 は、主にユーラシア大陸のヨーロッパ以外の地域を指します。つまり、韓国からトルコま でのとても広い地域なのです。あまりにも広い地域を対象としますので、これをもう少し 細かく分けて、中国や朝鮮半島の「東アジア」、インドネシアやタイなどの「東南アジア」、 インド亜大陸を中心とした「南アジア」、そしてイランやトルコなどの「西アジア」、ウズ ベキスタンなど旧ソ連国の地域を「中央アジア」と呼んだりもします。

わたしはこの広い「アジア」の中のイラン 地域の研究をしています。イランはかつては

「ペルシア」とも呼ばれ、イラン人の話すペ ルシア語は、イラン以外の地域でも広く使わ れる公用語でした。そのため、たくさんのペ ルシア語の歴史資料(文献)が西アジアや中 央アジアに残っています。これらの地域では、 ペルシア語のほかにも、アラビア語やトルコ 語が使われており、むかしの人たちが書き残 した数多くの文献が、わたしたちの歴史研究 を支えています。

具体的にはどのような研究をしているのですか?

近世の日本では、お伊勢参りや四国巡礼が盛んだった時期があります。それと同じよう に、19世紀のイランでは、シーア派の偉人や聖者のお墓にお参りすることがブームを迎え ていました。ちなみに、シーア派の聖者のことを「イマーム(指導者)」と呼んでおり、ア リー(661年没)や息子のフサイン(680年没)といった人が広く尊崇されています。彼ら のお墓のあるイラクへ、19世紀後半には年間10万人もの巡礼者がイランから訪れていまし た。巡礼する人びとは、質素な身なりでキャラバンを組み、1ヶ月以上をかけて徒歩で目

出身高校:京都府立北稜高校 最終学歴:京都大学大学院文学研究科

歴史

17世紀末に、イスファハーン(イラン)からアユッタ ヤー(タイ)に行った使節の見聞記。タイの風俗習 慣が詳しく書かれています。

(ペルシア語、大英図書館所蔵)

(8)

的地へ向かいます。そしてイマームのお墓に着くと、お参りをして、熱心に祈りを捧げま す。

このようなシーア派の聖地巡礼から見えてきたものは、巡礼に行く人たちが必ずしも信 仰心だけで行動しているわけではないということです。当時のペルシア語のことわざに、

「参詣(巡礼)も、商売も」というのがありますが、この言葉に象徴されるように、巡礼 者たちは携えてきたものを聖地で売り、土産物を買い、あるいは散策や観光をしたり、知 り合いを訪ねたり、さまざまなかたちで余暇を過ごしています。そして、より重要な点と して、聖俗両面をあわせもった巡礼者たちの行動は、シーア派に限ったことではないとい うことです。お伊勢参りに行く人もまた、お土産を買ったり、お参りのあとに精進落とし をしたりと、信仰心だけでは語りきれない行動をとっています。

歴史学が明らかにできることは、過去の人びとの営みのうちのごくわずかですが、その 先には現代のわたしたちの社会との比較があります。たったひとつの事象であれ、古今東 西、あるいは世界で起きた(起きる)さまざまなことを照射する座標となり得るのです。

これから何を目指しますか?

世界には、たくさんの聖地があります。これまでの研究では、キリスト教の聖地はイェ ルサレムやローマ、イスラームはメッカ、仏教はブッダガヤなど、宗教ごとに別々に考え られてきました。ですが、歴史的にみると、どこかの段階で、聖地は人びとによって「つ くり出された」ことがわかります。どのような宗教の名を冠するにせよ、神聖とされる由 来も後付けである場合や、パワースポットのように時代を超えて聖地とみなされつづける 場合が多く見られます。わたしはいま、世界中の聖地を対象に、『聖地の世界史』としてま とめていく作業をしています。特定の宗教に限定せず、人びとが祈りの空間を求め、それ を各地でつくりあげていった過程を明らかにすることが、この本の一番の目的です。

また、近世のシーア派の人びとやイラン人(ペルシア系)の活動に注目することで、西 アジアから、さらには中央アジアや東南アジア、ヨーロッパまで対象を広く捉え、近世の 世界像を明らかにしていきたいと思っています。

参考書

(1) 守川知子,『シーア派聖地参詣の研究』,京都大学学術出版会(2007

左: シーア派の初代イマームのアリー

右: イラ クのナ ジャフ市にあ るアリ ー の墓廟。ナジャフは、アリーのお墓を中 心に、大都市になりました。

(人文学カフェのポスターより) http://ocw.hokudai.ac.jp/OpenLecture/ HumanitiesCafe/2011/IslamicHolyLand/

(9)

北海道の歴史空間から考える世界の“いま”

大学院文学研究科 准教授

谷本

た に も と

あ き

ひ さ

(文学部人文科学科)

専門分野 : 日本近世史

研究のキーワード : 江戸時代,北海道,アイヌ,和人,エスニシティ

HP アドレス : http://www.let.hokudai.ac.jp/history-area/japanese/staff-list-030.php

現在の研究を始めたきっかけは何ですか?

わたしは、小学校6年生から高校1年生までを長崎市で過ごしました。札幌生まれのわ たしは、転校当初、方言をはじめ数々のカルチャーショックを受けたものです。

高校1年生で旭川に戻ったわたしは、不思議な経験をします。長崎からの転校生、とい うことで、級友から「出島」という渾名を頂戴したのです。そういえば、長崎への転校直 後、わたしのことを「屯田兵」という渾名で呼んだ友達もいたような気もします。「出島」 と「屯田兵」。日本のスタンダードからズレた点を取り出して面白がられてしまったわけで すが、何かヘンだと思いませんか。わたしをからかおうとした長崎の小学生も、北海道の 高校生も、自らの拠って立つスタンダードを、等しく京都や東京を中心とした“日本”に 置いていますよね。放った矢は、“日本”から自らに向けられることにもなるのです。

旭川は、アイヌ文化が色濃く伝わる地域のひとつで、わたしの通った高校の近所には、 アイヌ記念館もありました。いきおい、アイヌの歴史や文化にも関心を持つようになりま

した。その際、わたしを介して交わされた“矢” の持つ意味を、北海道の置かれた歴史的・社会的 環境を通して考えてみたいと思うようにもなりま した。この“矢”は、アイヌとしてのエスニシティ を帯びた人びとに、“日本”の社会からより厳しく 向けられてきています。はじめはジャーナリスト として取り組みたいと考えましたが、本質的なと ころは歴史を学ばなければわからない、と思い文 学部へ進学、そのまま研究者の道を歩むことにな りました。

北海道の歴史を、どういう方法で学ぶのですか?

シンプルな“日本史学”の方法論を用います。一次史料の読解・分析・歴史叙述です。 江戸時代の史料は和紙に墨で書かれた崩し字の古文書ですから、読みこなすには訓練が必 要ですが、異文化が併存することを前提として成り立っていた近世北海道(蝦夷地)の社 会が示す、抑圧や相互依存の構造と折り合いのつけかた等を、個別具体的に知ることの叶 う情報の宝庫です。

フィールド調査も重要です。ここ何年かでいえば、わたしは院生・学生を引率し、北海

写真1 長崎の出島(川原慶賀「唐蘭館絵巻」長崎 歴史文化博物館所蔵)

出身高校:長崎県立長崎南高校(入) 北海道旭川西高校(卒) 最終学歴:学習院大学大学院

人文科学研究科

歴史

(10)

道宗谷管内利尻富士町(幕末~明治の経営史料)と札幌市西区(江戸中期~明治の藩政史 料)の個人所蔵文書や、後志管内余市町(江戸後期~明治の漁業史料)と十勝管内豊頃町

(個人コレクション)の自治体所蔵文書の調査に出かけました。豊頃の調査は、北大・札 幌大・藤女子大のインカレ方式で調査団を組んでの実施です。調査で得られた史料を活用 し、立派な修士論文を作成した学生もおり、なかには調査地の博物館に職を得た学生もで ています。

調査で得られるのは史料だけではなく、土地勘・人脈・皮膚感覚といった点も重要です。 最近わたしは、ロシア・サンクトペテルブルクでの史料調査(18世紀初頭のサハリン・ア イヌの交易帳簿研究)に参加していますが、現地に赴いてこそ得られる情報がなんと多い ことか、と改めて実感しているところです。

いまを生きるわたしたちの基礎体力として

冒頭に述べた“矢”のはなしは、日本社会における北海道という図式にのみ当てはまる ローカルなものではありません。報道で日々伝えられる、世界各地の民族や宗教、あるい は言語や文化に起因した、国家・多数者による紛争や弾圧は、いずれもこの“矢”と同種 のものが根底にあるといえます。私たちひとりひとりの心の中にも、公教育や社会常識に より“矢”は形づくられ、知らず知らずのうちに放ってしまっているのかもしれません。

ずいぶん前からわが国でも、異文化理解や国際理解の必要性が叫ばれています。しかし、 ただ外国語が話せたり短期間の留学を果たしたりするだけでは、そのちからが身につくと は思えません。

まずは最も身近な異文化であるべきアイヌの文化・社会を理解し、その問題点と可能性 を自らの暮らす地である北海道の歴史や現状に照らして個別具体的に考えてみる。一次史 料を読みこなし、こうしたテーマと格闘する仕事は、グローバル化と情報化が急速に進展 するいまを生きるわたしたちにとって、押し寄せる様々なスタンダードにとらわれず自ら の頭で社会を把握することの叶う基礎体力を養うことに通ずると考えます。それは同時に、 自らがいつその立場に置かれてもおかしくない社会的少数者への抑圧の構造へ目を向け、 延いては和解や共生のヒントを考えることにもつながっていくものと信じています。

写真2 サンクトペテルブルクでの古文書調査 写真3 利尻島調査で見出された古文書

(11)

状況を変える言葉の力を様相論理で捉える

大学院文学研究科 教授

山田

と も

ゆ き

(文学部人文科学科)

専門分野 : 言語の哲学,心の哲学,行為の哲学

研究のキーワード : 意味,言語行為,動的義務論理,論理学,コミュニケーション HP アドレス : http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~k15696/home/yamada/yamada.html

何を目指しているのですか

私は、言語行為について研究しています。何かを言うことは、それだけでも行為である と言えますが、何かを言うことは通常の場合同時に、人に何かを約束したり、命令したり、 質問したり、言質を与えたりする効力を持ちます。また、さらにそのことにより、人を安 心させたり、決意させたり、何かを知らせたりすることもできます。

これはありふれた日常的な事柄だと言えますが、そのありふれた事柄に注目が集まった のは、20世紀になってからのことです。それまで哲学者たちは、主として真偽が問題にな る言明や陳述のような、限られた種類の発話について分析してきました。それは、さまざ まな学問が探究する真理の内容を表現するのが、このような発言に使われる文だからです。 しかし、そのような文ばかりに注目することで、言葉の果たす役割、機能の多様性が見失 われ、事実を記述することが言葉の唯一の働きであるかのようにみなす傾向が生まれまし た。この傾向に反旗を翻したのが、オーストリアの哲学者ウィトゲンシュタインであり、 言語行為の多様性を正面からとらえようとする言語行為の理論を創始したのが英国の哲学 者オースティンです。私は、論理学を応用することにより、オースティンの理論を現代的 な形で定式化しなおすことを目指しています。

どんな方法で研究しているのですか

オースティンの言語行為の理論では、本気で何かを言う行為を発語行為と呼び、何かを 言うことにより人の考えや行動に実際に影響を与える行為を発語媒介行為と呼びますが、 約束、命令、忠告、勧告、言明、報告、証言等々の、いわば社会的な慣習的効力を持つ行 為は、そのどちらからも区別されて発語内行為と呼ばれます。たとえばある取引を打ち切 るように上役から命令されたにもかかわらず、あなたが取引を続けたとしたら、あなたは 上役の命令に違反したことになります。この時、あなたに取引を打ち切らせること(発語 媒介行為)に上役は失敗したことになりますが、命令(発語内行為)は有効です。もし相 手が従わなかった場合に命令が無効になるとしたら、命令違反という事態は成立しえな かったはずです。命令違反が成立することは、命令が有効であることを示します。しかし 取引の打ち切りを決意させることや取引を打ち切らせることには失敗しているのですから、 この場合命令が有効だと言っても、そもそもどんな効果が達成されているのでしょうか。

それは、発語媒介行為の効果とは違う次元で成立する効果、取引を打ち切ることを義務 づけるという効果とみなすことができます。義務の静的分布は、義務論理という論理体系

出身高校:神奈川県立希望ヶ丘高校 最終学歴:東京大学大学院人文科学研究科

こころ/情報/世界認識

(12)

によってとらえることができます。しかし伝統的な義務論理は、義務の変化を扱うことが できませんでした。20世紀末になって、認識論理という別の種類の論理に、情報伝達のも たらす知識の変化を扱う手法が導入されて動的認識論理が成立しました。私は、同様の手 法を義務論理に取り入れて動的義務論理を定式化しました。次の左の図はこの論理のモデ ルで、pを成り立たせよという上役の指令が状況を変化させる場面を図示したものです。 部下aに対する許容を表す点線の矢印が右ではpの成り立つ状態にだけ届いています。

この動的義務論理をさらに精緻化した体系では、指令と約束という二種類の発語内行為 の効果の違いをとらえることができます。また、同様の手法を他の種類の様相論理の体系 に応用することも可能です。たとえば、主張、譲歩、およびそれらの取り消しを扱うこと のできる動的論理や、命令と依頼行為の違いを捉えることのできる論理などがすでに定式 化できています。これらの成果は上の右の写真の論文集や雑誌で海外に発表されています。

次に何を目指しますか

これまでの研究では、言語行為の成否を左右する様々な条件が満たされていることを仮 定するという、一種の理想化に基づいて、比較的単純な論理体系を基礎にして動的論理を 構築してきました。これらの論理体系については、従来からいくつかの難点が指摘されて いますので、次の目標の一つは、それらの難点を取り除いた、少し複雑な体系を基礎に、 動的論理を構築しなおすことです。もう一つは、このように論理学を応用して再定式化し たオースティンの言語行為の理論から、言語哲学に対してどのようなインパクトがもたら されるのかを探究することです。

参考書

(1) 野本和幸・山田友幸編,『言語哲学を学ぶ人のために』,世界思想社(2002) (2) 山田友幸著,「社会的コミュニケーションの論理的ダイナミクス」,『科学哲学』,第41

巻2号,日本科学哲学会,pp.59-732008

(3)J. L. オースティン著,坂本百大訳,『言語と行為』,大修館書店(1978) (4) ジョン・R・サール著,山田友幸監訳,『表現と意味』,誠信書房(2006

(13)

言語が世界をつくり、ひろげていく

大学院文学研究科 教授

加藤

重広

し げ ひ ろ

(文学部人文科学科)

専門分野 : 言語学,日本語学

研究のキーワード : 語用論,推意,中間世界,言語学,日本語 HP アドレス : http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~f20821

言語を研究する醍醐味とはなんですか

ジョルジュ・ムーナンという言語学者は、「すべての樹木を同じように木としか思わな い人間と、すべての樹木の名前を知っている人間とは、同じ森を見ていてもまったく違っ て見えることだろう」という例えを使って、ことばが世界認識そのものを変えてしまうこ とを述べています。これは、アメリカの二人の言語学者の名前をとってサピア・ウォーフ の仮説と呼ばれている考え方と重なるものです。ことばによって世界は区分され、名づけ られ、体系化されて理解されるので、ことばが違えば身の回りの世界は異なって立ち現れ てくると考えるのです。日本語では手の指、足の指と言って、いずれも「指」と見ていま すが、英語ではfingertoeという異なる単語を使い、狭義のfingerは親指のthumbと も区別して捉えています。もちろん、英語話者にもfingertoeの類似性は理解できます し、日本語話者にも「親指」が他の指と区別されることは理解できるのですが、強く意識 しなければことばに引きずられてしまうわけです。

これを二十世紀初頭ドイツのネオ・フンボルト意味論と呼ばれる研究では、言語が現実 世界と人間のあいだに中間世界を形成すると考えました。言語は現実をそのまま表現する わけでなく、媒介する手段として機能し、話し手の主観を色濃く投影するものなのです。

会話の研究はどのように行われるのですか

私たちの日常の会話では、「今晩、映画でも見に行かないか」と友人に聞かれて、「明日、 言語学の試験があるんだ」と答えるようなやりとりは特に変わったものではありません。 しかし、このやりとりは、yesnoかで答えるべき一般疑問文に対して試験の予定を述べ ており、論理的には対応していないように見えます。それでもやりとりが成立するのは、

「試験がある」こと から「映画を見に行 く時間がない」と推 論をはたらかせて、 誘いに対する断りと 解釈するからです。 ふつうの発話はわか りきったことは言わ ないので、解釈を行

図1 発話解釈の流れ

出身高校:青森県立八戸高校

最終学歴:東京大学大学院人文社会系研究科

ことば

「試験があるんだ」

勧誘への拒絶

発話

表意 一般推意 言語知識 形式文脈 状況文脈

特殊推意

世界知識

力(機能) ことば

(14)

うときには必要な情報を補って形式を整えます。これを表意と言います。発話から引き出 される解釈を推意と言いますが、定義に応じていくつかの種類があります。このようにこ とばの実際の運用のしくみを研究する領域を語用論と呼んでいます。

興味深いのは、「明日、言語学の試験があるんだ」という発話は必ず断りと解釈されるわ けではないことです。続けて「でも、試験勉強は済んでいるから、映画見に行くよ」と答 えれば、誘いに応じることになります。このように推意には取り消し可能という特質があ るのですが、これはことばの使用に柔軟性があり、ことばで表されない情報を推論や知識 で補いながら、合理性のある解釈を重ねていく動的なプロセスが常にあるからだと考えら れるのです。この種の語用論の研究は、音韻論・形態論・文法論・意味論のいずれとも深 く関わり、言語外の要因も関わってくる点で研究領域を拡張していく必要があります。

これからどういう研究に向かいますか

言語の問題は、日々使う日本語でも、かつての日本語でも、誰かのことばづかいでも、 外国語でも、言語となにかの関係でも、言語学のテーマになります。例えば、「海で泳ぐ」 というのに「空を飛ぶ」といい、逆にして「海を泳ぐ」「空で飛ぶ」とすると不自然です。 文法や構造は規則の体系ですから、研究には、まだ誰も気づいていない言語の規則を最初 に発見する楽しみがあります。しかも、その問題や解決のヒントは日常の言語使用のなか に無尽蔵にあるのです。私は、主に日本語を対象にして、文法(統語論)と語用論の双方 に関わる現象を研究しているほか、近代日本語文法理論の形成史、方言の文法・音声や変 化、言語使用者の意識と心理、言語学基礎理論 と言語思想・言語学史などさまざまなことに関 心を持っています。それは、言語学から人類言 語学・社会言語学・心理言語学・言語哲学・音 声学など多様な領域に関わるのですが、研究 テーマは日常生活のなかでふと生じた疑問から 始まります。「空を」と「海で」の格助詞が異な る理由は、紙幅に余裕がないので以下の参考書 をご覧下さい。これは現象としては些細なもの ですが、日本語の動詞の意味と格の意味用法に 関わる本質的なテーマに連なっています。 言語学というと無機質なイメージがあるかもしれませんが、実際は非常に人間的な側面 を持っています。しかも、テーマもヒントも日常生活のなかに無尽蔵にあり、小さな発見 が重要な本質につながっていることがあるのです。

参考書

(1) 加藤重広,『日本語語用論のしくみ』,研究社(2004) (2) 加藤重広,『みんなの日本語教室』,三笠書房(2001

(3) 加藤重広,『日本語修飾構造の語用論的研究』,ひつじ書房(2003

日本語に関わるさまざまな領域を研究

参照

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