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帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2004年 4月号

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Academic year: 2018

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− 20 − 十分な努力が払われてこなかった。こうしたなかにあ って本書の著者家島氏は、早くからイスラーム世界を 輪切りの歴史でなく、全体史の観点からみていく必要 性を力説し、ネットワーク論を鍵に数々のすぐれた仕 事を精力的に発表されてきた研究者としてよく知られ る。本書は、このような氏の一連の関心、軌跡のなか から出された最新の成果である。

時空を駆けめぐる旅人 本書が取り上げるイブン・バ ットゥータは、イスラーム世界の広さ、まとまりを知 ろうとする者にとって願ってもない人物、対象といっ ていいだろう。四半世紀以上にわたる彼の旅は、マム ルーク朝の首都カイロをネットワーク・センターとす るイスラーム圏がパクス・モンゴリカの世界と結合し てその空間を拡大させた時期になされたが、その足跡 を追うことによって緊密なネットワークで結ばれた当 時の広がりゆくイスラーム世界の状況が生き生きと具 体的に一望のもとにみえてくる。イブン・バットゥー タほど宏大なイスラーム世界の時空を駆けめぐり、そ れを自家薬籠中のものとした人はいないのである。  家島氏はすでに完結・出版された『大旅行記』の訳 注という大業をふまえてその旅の様子を丹念に紹介す る。その手法には世界各地の図書館に収蔵されている 版本、古写本を一点もおろそかにせず徹底的に考証す る厳密な文献学者のまなざしと、文化人類学者も顔負 けの行動力でイブン・バットゥータの旅を追体験し、 その実相に迫ろうとするフィールドワーカーの貪欲さ、 執念とが絶妙なかたちで交叉している。そしてこのよ うな硬軟とりまぜた方法を巧みに駆使して家島氏は、 イスラーム世界にはりめぐらされたさまざまなネット ワークのなかでもとくに移動のインフラとして重要な 交通について浮かびあがらせていくのである。  またメッカ巡礼への発心からはじまる旅を通じてイ

ブン・バットゥータが取り結ぶスンナ派のウラマーや スーフィズムの聖者たちとの関係、さらには異端的で あるがゆえに注目せざるをえなかったシーア派の諸相 など、彼が生きた14世紀における知と行、両面を含む イスラームの複雑にして多様な情報ネットワークのあ り方が豊富なエピソードをまじえながら語られている。 個別具体的な旅のあらすじの紹介に重きがおかれてい るため、専門家でない人にはそれらのつながり、宗教 的な意味を正確にたどることはかなりむずかしいかも しれないが、イスラームの生きた姿をイメージできる という点で貴重である。

ネットワークの連続性 筆者が専門とする19世紀以降 のイスタンブル交易圏を軸とする中東イスラーム世界 の経済史という立場からもっとも興味をひくのは、16 世紀以降、ヨーロッパ資本主義による近代世界システ ムがイスラーム世界にも波及してくることによって従 来の交易ネットワークがどのように変化したかという 点である。これについて家島氏は、アブー・ルゴドの『ヨ ーロッパ覇権以前』に拠りながらその「前期的世界シ ステム論」を紹介し、あわせて近年とみにさかんにな ってきている「アジア交易論」を念頭におきながらイ スラーム世界の側の伝統的な交易ネットワークの強さ、 したたかさを強調している。

 ヨーロッパの参入によってイスラーム世界を含むア ジアの諸地域が簡単には周縁化されなかったという認 識は、現在ではかなり共有されてきている。しかし、 16世紀以前と以後、それぞれのイスラーム世界のネッ トワークがどこでどうつながり、変化したのか、論点 においても実証の面でもまだまだ不十分である。これ をなんとかかみ合わせて近代の経済史の再解釈につな げたいというのが筆者の率直な読後感である。

(慶應義塾大学文学部教授 坂本 勉)

− 20 − 書評 わたしの一冊

平凡社新書 2003 年 (本文 299 ページ 950 円+税)

家島彦一

イブン・バットゥータの

世界大旅行

14 世紀イスラームの時空を生きる

全体史へのまなざし イスラーム世界とは、国家という枠組みより もそれを越えたところにつくられるより広い宗教にもとづく共同体 (ウンマ)というものをつねに意識しながら、人びとの社会的な関係、

統合をつくりあげようとしてきた世界である。こうした理想は、現 実にはとくに近代以降ナショナリズムにもとづく国民国家が力を得 てくるにしたがって脅かされてきているが、それでもなおそこに生 きる人たちはモノ、ヒト、カネ、情報のネットワークをはりめぐら しながらそれを長期的に持続させ、構造、システムにまで高めるこ とによってイスラーム世界という広域的、かつ一体性の強い空間を 保とうとする気概を失ってはいない。

参照

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