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No.70(2017.03.31発行) 兵庫医科大学|会報

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(1)

目   次

1.会長より会員の皆様へ    2

2.病院長就任のご挨拶    4

3.准教授・講師 就任のご挨拶    5

4.第8回緑樹会学術セミナー報告    6

5.支部たより    7

6.同期会だより   14

7.OB会たより   16

8.CircleofH.C.M   19

 9.兵医のこころを後輩に   23

10.親子二代同窓会Story   24

11.医局紹介   26

12.研修医1年目を終えて   29

13.全国私立医科大学同窓会連絡会・

全国会の参加報告   30

  編集後記   38

平成28年度ホームカミングデイ(平成28年11月20日開催)

緑樹会

会報

No.

70

2017.3.31

(2)

1.会長より会員の皆様へ

緑樹会会長

石 藏 礼 一

(昭和57年卒業)

 春草萌えいづる季節となりました。皆 さまにおかれましてはますますご健勝の こととお喜び申し上げます。

 緑樹会会員名簿を4年ぶりに発行いた しました。今回発行された会員名簿には 専門分野や所属医師会などの記載項目を 増やしました。会員の皆様には、同期会 やクラブOB会、支部会などの開催時に ご活用下さい。

 少し残念なのは、増やした項目の空欄 が目立つことです。同窓生の連絡先を把 握することは、同窓生の先輩、同期、後 輩との絆を深める大切な基本となるもの だと思います。今後も皆様のご協力を仰 ぎつつ名簿の充実化を図っていきたいと 考えています。

 皆様の連絡先(勤務先や自宅住所など) や専門分野など変更がありましたら、緑 樹会ホームページから「お問い合わせ(会 員の変更届け)」をクリックして頂きま すと緑樹会事務局へのメールが立ち上が ります。そこに記載して頂き、送信して ください。皆さまの大切な個人情報です から、同窓会では慎重に管理運用してま いります。

 今後、緑樹会では、学年連絡担当制度 を構築していきたいと準備を進めていま す。学年連絡担当制度は他の私学医学部 同窓会でも採用されている制度です。  具体的には各学年に代表者1名と3~ 4名の副代表を置き、緑樹会に登録させ

ていただきます。代表の皆さまにはお手 数ですが、同期会の予定やそこで出た話 題や問題点、人事(同期の先生が開業さ れたり、教授、病院長、医師会長などに 就任された場合など)、母校や緑樹会へ の要望などを緑樹会にお伝えいただきた いと思っております。将来的には学年代 表者で会議ができれば良いと考えていま す。また緑樹会では同期会を行う時など にホームページでお知らせする等、学年 連絡担当の皆様のお手伝いをさせて頂き たく考えています。詳細につきましては ご相談ください。

 昨年は、熊本地震で被災された緑樹会 会員への義援金を募集いたしました。こ の活動に多くの皆様からご協力を頂き、 熊本在住の緑樹会会員に義援金をお渡し することができました。まだ復興のさな かでご苦労のほどが偲ばれますが、会員 の皆様におかれましては被災の程度が比 較的軽いものだったと伺い、幾分救われ る思いです。緑樹会としましては今後も 大きな災害にあたっては被災された緑樹 会会員に連絡をとり、安否の確認と同窓 会として出来る支援を行っていきたいと 思っております。そのためにも、同窓会 名簿へのご協力を引き続きよろしくお願 いいたします。

(3)

300名の皆様からのアンケート回収がで きました。アンケート結果については後 日皆様に緑樹会誌を通してご報告申し上 げます。今後の緑樹会活動の資料にさせ て頂きたいと考えています。

 最後になりますが、年会費について再 度、この紙面を使いお知らせいたします。 緑樹会の運営はご存知の通り皆様の年会 費で運用されています。現在の4,000円 では運営及び存続が困難となり、緑樹会 会員の皆様へのベネフィットまで余裕が 出ない状況となりました。この件に関し まして緑樹会理事会では何度も慎重に検

討を重ね、平成28年緑樹会総会で審議事 案として議題に出しました。採決の結果、 平成29年度年会費から年会費10,000円に 改定することが承認されました。年会費 納付書をお届けする時期は平成29年度中 ごろの見込みです。何とぞ、皆様のご理 解とご協力を賜わりますようお願い致し ます。

 本年も皆様にとりまして素晴らしい年 となりますように。

 今後とも緑樹会へのご協力、ご指導、 ご鞭撻をどうぞよろしくお願い申し上げ ます。

掲示板コーナー

▶平成29年度 土曜日、創立記念日等の診療体制についてのお知らせ

 当院では、地域医療に貢献するため、土曜日、創立記念日等の診療体制を以下 の通り決定いたしました。

休診日:日曜日、祝日(除く「敬老の日」、「成人の日」)、第2・4・5土曜日、 年末年始(12月29日~1月3日)

●平成29年9月18日(月・祝日)敬老の日

→ 平日の診療体制(病院開院日)といたします。

●平成29年11月22日(水)創立記念日

→ 平日の診療体制(病院開院日)といたします。

●平成30年1月8日(月・祝日)成人の日

→ 平日の診療体制(病院開院日)といたします。

●平成29年7月29日、9月30日、平成30年3月31日(第5土曜日)

(4)

   尼崎だいもつ病院病院長に就任して

 兵庫医科大学4期生(昭和56年卒)の 松森良信です。久々に兵庫医大のお膝元 である、尼崎に戻って参りました。  私は県の僻地医療対策委託学生(現在 はやりの地域枠の先駆けです)であった ため、大学卒業後は県立尼崎病院で2年 間、当時まれな全科スーパーローテート 研修を行いました。尼崎は多感な(?) 研修医時代を過ごした大変印象深い地域 です。その後は県北の公立病院、県立が んセンターetc.に勤務。義務年限終了(年 季明け?)の後は神戸大学第3内科で数 年勤務の後、大阪の社会医療法人愛仁会 高槻病院で消化器内科医として約20年過 ごしました。今回“尼崎だいもつ病院” 院長を拝命することになりました。医師 としてスタートした地に還暦になって 帰って来たことは何かめぐり合わせ的な ものを感じています。尼崎は、黒田尼崎 医師会長をはじめとし、伊福緑尼会会長、 大学の同窓の先生方が大変多く活躍され ており、なぜか“ほっと”させられる地 域です。実は愛仁会にも兵庫医大出身者 が多く在籍していることに気づき、先日 (12/22)、愛仁会の兵庫医大出身者同窓 会を初めて開きました。ご多忙中にもか かわらず野口学長をお招きすることがで き、大学の発展ぶりを聞かせて頂きまし た。大変懐かしく、そして、卒業生とし て何らかの協力ができればと思いました。  さて“尼崎だいもつ病院”ですが、県 立尼崎病院の跡地事業として公募され、 社会医療法人愛仁会が指名されました。

病院を改装し、平成28年5月1日より開 院しました。199床で運用予定です。病 院の南側には100床のユニット型老健と 60戸のサービス付高齢者住宅を建設中で 平成29年5月開設を目指しています。病 院はリハビリテーションを充実させ、回 復期病棟と地域包括ケア病棟、障害者病 棟を中心に運用しています。さらに通所 リハビリ、デイサービス、訪問リハビリ、 訪問看護、小規模ですが訪問診療も開始 しました。病院のコンセプトは2つで す。基本は、高度急性期機能を充実させ た県立尼崎総合医療センターの後を受け て、良質の回復期医療を提供し地域医療 に貢献することです。もう1つは地域包 括ケア医療を充実させることです。高齢 化社会の到来は皆感じておられる事と思 います。高齢者の方々が、何らかの病気 を持ちながらも住み慣れた地で生き生き と暮らせるよう、地域包括ケア医療を通 じて貢献します。しかし、実現には医療 介護連携が不可欠です。とくに地域でご 活躍の同窓の諸先生方との連携が不可欠 と考えています。今後も一医療機関とし て、また一同窓生としてよろしくお願い 申し上げます。

社会医療法人愛仁会 尼崎だいもつ病院 病院長 松森良信

2.病院長就任のご挨拶

(5)

 平成28年4月より兵庫医科大学ささや ま医療センター 整形外科に勤務してい ます井上真一です。このたび地域総合医 療学 講師を拝命いたしました。私は平 成13年に兵庫医科大学を卒業後、同大学 整形外科教室に入局し整形外科に専念し、 特に脊椎脊髄外科を専門にしております。 平成19年から平成28年3月まで兵庫医大

整形外科脊椎外科班に在籍し研鑽を積ん できました。腰椎疾患(ヘルニア、腰部 脊柱管狭窄症等)、頚椎疾患(頚椎症性 脊髄症、頚椎後縦靭帯骨化症等)、脊柱 変形(特発性側弯症、成人後側弯症等)、 脊髄腫瘍、炎症性脊椎疾患など様々な脊 椎脊髄疾患を経験し、最近は特に患者様 の負担の少ない最小侵襲手術をメインに 行っております。今後は地域医療を中心 としてより良い医療を提供できるように 努力してまいりますので、何卒よろしく お願いいたします。

 平成28年4月1日付けで講師を拝命致 しました。昭和49年和歌山市生まれ、本 学にもOBが多い智辯学園和歌山高校の 出身です。平成11年本学卒業後、第二内 科(垣下榮三先生、濱野照明先生)に入 局し、平成13年兵庫県立淡路病院内科(児 玉和也先生)、平成14~19年国立大阪南 医療センターアレルギー膠原病科(佐伯 行彦先生、片田圭宣先生)を経て、平成

19年6月より当科(佐野統先生)に勤務 しております。本学赴任時、佐野教室は 開講5年でしたが今年で早や15年、私自 身兵庫医大で10年を過ごしました。教室 の発展と共に、私自身にも一定の評価を して頂くことができた10年だったと思い ます。ただ、自身の向上に精一杯の10年 間でもありました。今後は人材育成や有 機的診療体制の構築などの課題に対して 広い視点を持って取り組んで行こうと考 えております。

 引き続きご指導、ご鞭撻の程、何卒よ ろしくお願い致します。

 平成28年4月より兵庫医科大学公衆衛 生学講座、講師を拝命いたしました。私 は平成12年に本学を卒業後、旧第2内科 に入局し故垣下榮三教授のもとで研修 をさせていただきました。臨床研修の後、 大阪医療センター免疫感染症内科(現感

し、大学院に進学しました。感染症には、 研修医の時に日笠聡先生にHIV診療をご 指導いただいたことがきっかけで関わる ようになり、大学院では病原微生物学講 座の奥野壽臣先生の下で、ヘルペスウイ ルスやワクチンに関する研究を行いまし た。その後、再度、大阪医療センター勤 務を経て、公衆衛生学講座にて勤務して おります。現在は島正之先生の下で、ワ クチンの評価に関する研究を主に行って います。至らぬ点も多々ありますが、今後

3.准教授・講師 就任のご挨拶

ささやま医療センター  整形外科 地域総合医療学

講師 井 上 真 一

(平成13年卒業)

内科学 

リウマチ・膠原病科

講師 東   直 人

(平成11年卒業)

公衆衛生学講座

講師 大 谷 成 人

(6)

4.第8回緑樹会学術セミナー報告

呼吸器領域の救急疾患

呼吸器外科 

橋 本 昌 樹

(平成17年卒業)

 平成28年10月15日に第8回緑樹会セミ ナーを担当させていただきましたH17卒 の呼吸器外科の橋本昌樹です。今回のセ ミナーでは「呼吸器領域の救急疾患」と いうテーマのもと咳嗽や呼吸困難などの 症候論から外傷や気道異物などの各論ま で多岐にわたる内容を取り上げました。 咳嗽や喀痰、呼吸苦などの呼吸器症状に 日常臨床で遭遇することは多く、呼吸器 疾患はよく“commondisease”と言われ ます。しかしこれらの呼吸器症状を呈す る疾病の中には膿胸や縦隔炎、気道異物 などの頻度は低いものの重篤な疾患が潜 んでいることがあります。本セミナーで はそのような適切な診断が求められる疾 患については症例提示方式で実際の画像 所見や手術動画などを交えて詳細に解説 いたしました。

 一方、臨床の場では「呼吸器領域の医 師が少ない」という大きな問題がありま す。呼吸器疾患はcommondiseaseである にも関わらず、呼吸器を専門とする医

師は決して“common”とは言えません (むしろrareかも)。実際、兵庫医大の近 隣でも呼吸器を専門とする常勤医が不在 もしくは数名の施設がほとんどです(兵 庫医大が属する阪神南医療圏で“呼吸器 内科医+呼吸器外科医>3名”、は兵庫 医大・県立尼崎総合医療センター・西宮 市立中央病院のみ)。このような呼吸器 領域の医師が不足しているという背景よ り、本セミナーでは高次医療機関へ紹介 すべき疾患や病態、そして紹介のタイミ ングなどにつきましても解説を行いまし た。呼吸器をご専門とされていない先生 方においては、重篤な状態に陥る前に専 門施設へ紹介することは容易ではないか もしれませんが、本セミナーがその一助 になれれば幸いであります。

(7)

5.支部たより

大阪支部会長 

山 本 茂 宏 

(昭和55年卒業)

  平成28年8月6日(土)セントレジ スホテル大阪1階フレンチレストラン・ ビストロ「ルドール」にて開催致しまし た。会長の開会挨拶、石藏礼一同窓会長 挨拶に引き続き野口光一学長から大学や 日本の医療を取り巻く現況のご説明を頂 きました。

 兵庫医科大学超音波センター飯島尋子 教授によります特別講演の第一部は最近 話題の脂肪肝で迂闊に放置しますと発癌 するとあって出席者は一様に息を呑み真 剣に拝聴されていました。第二部は女性 医師が抱える諸問題で当事者としての課 題と兵庫医科大学が取り組む対策につい

てのご説明がありました。

 さて今回参加者の中に奇しくも学生時 代に鉄道研究会に所属した先生が大勢い らっしゃって場は大きな盛り上がりをみ せました。初めて参加された先生からは 卒業以来の苦労話やお子様の悩みをお伺 いしました。そのまま同じ会場で二次会 に入り、膝を詰め歓談は夜遅くまで続き ました。

 平成29年大阪緑樹会は8月5日(土) ウエスティン大阪のスイートルームにて 開催致します。

(8)

 平成28年8月27日土曜日、午後7時か ら、仙台市青葉区上杉の勝山館一階、イ タリアンレストラン「パドリーノ デル  ショーザン」にて開催されました。緑樹 会からは、石藏会長に遠いところお出で いただきました。本支部においては、降 矢先生(青森県)、福井先生(仙台市) がご都合が悪く欠席となりました。出席 は、安田先生(宮城県岩沼市)、遠藤先 生(福島県いわき市)、早川先生(福島 県相馬市)、氏家(仙台市)の4名でした。 盛り上がりに欠けるのではと心配しまし たが、逆に、とても楽しい会となりました。  初めに、石藏先生から、大学や緑樹会 の現状についてお話しをしていただきま した。また、早川先生の福島県医師会理 事就任のご報告があり、皆で喜び合いま した。その後は、ビール、ワインを片手に、 思い出話で大いに盛り上がりました。当 支部の場合、お互い普段会うことが殆ど

ありませんし、大学の様子が分かるのも 一年に一回のこの会だけですので時間が 経つのも忘れて話し込んでしまいました。  一次会終了後は、国分町のバーに移動 しました。だいぶ酔いもまわっておりま したので、話の内容に関しては、あまり 記憶にありません。そして、日付けが変 わる頃、来年も元気な姿で会えることを 誓って散会となりました。

 東北支部は会員数が少なく、存続が危 ぶまれます。若い卒業生も何人かおりま すが、今のところ出席されておりません。 しかし、将来的には参加していただける 事を期待して、地道に活動を続けていき たいと思っております。

 最後になりましたが、緑樹会、兵庫医 科大学の更なる発展を祈念しております。

(仙台市若林区一本杉町 

氏家クリニック 氏家裕明)

平成28年度緑樹会東北支部総会

(9)

 平成28年10月15日(土)18時半より、 大分市内のオアシスタワーホテルオー キッドルームにて平成28年緑樹会大分支 部会が開催されました。大分支部会会員 に加え、福岡、北九州、熊本、久留米、 佐賀などからも同窓生が集まりました。 石藏緑樹会会長ならびに藤田医療大学副 学長をお迎えし、総勢15名の盛会となり ました。

大分支部会

藤 島 宣 彦

(昭和56年卒業)

 平成28年10月29日(土)午後4時より 阪急グランドビル関西文化サロン『桜の 間』で28名の先生方にご参加頂き、また 緑樹会から成瀬均先生、大江与喜子先生 にお越し頂いて、第2回緑樹会川西支部 会『緑川会』が開催されました。総会後 の特別講演は、兵庫医科大学循環器内科 心疾患先端治療学講座の特任准教授、峰 隆直先生に『抗凝固剤のエビデンスとリ アルワールド~阪神地区の現状~』とい

うテーマで講演して頂きました。脳卒中 の阪神地区の現状から心房細動の最新治 療までわかり易く日常診療に役立つお話 をして頂きました。

 懇親会は白楽天に移り、中華料理を頂 きながら和やかな雰囲気のもと楽しい一 時を過ごしました。次回からは毎年10月 の第4土曜日に開催予定です。来年(平 成29年)も宜しくお願い致します。

川西支部会

(10)

 平成28年11月12日(土) 緑尼会総会 17回目が都ホテルニューアルカイックに て開かれました。総会後の講演会は、今 回初めての出席をお願いしました第10代 学長の野口光一先生の兵庫医大報告から 始まりました。続いて尼崎中央病院脳外 科部長松本強先生より“脳神経外科から 診た認知症”の演題で、最後に兵庫医大 神経脳卒中科講師笠間周平先生より“認 知症の診断(臨床症状からの鑑別診断)” の演題でご講演がありました。アルツハ イマー型、レビー小体型、血管性認知症 しかしらない小生にとって、認知症薬を 単純に使用していて悪くなって行く患者 さんの中に、別の治療が有効である人が 多数おられる事実を認識しました。講演 会のあとは、記念撮影のあと懇親会へと 移行し、近況を会員と例年のように会談 しました。その中で分かってきたことは、 尼崎市内で新規開業する同窓生は極端に 減少してきた。かわって、病院勤務の先 生が増加傾向にある。そしてこれから国

が目指している在宅医療を個人でやって 行くことは、ほぼ不可能との意見が多数 でてきました。ささやま医療センターが 在宅サービス(ささやま居宅センター) の部門を作り、教育実践での画期的取り 組みへの努力は称賛される事実です。し かし過疎化が進む同地域の現状から採算 を考えると、効率が悪いのではないかと の具体的意見も出てきて、会員は兵庫医 大の経営まで心配する愛校心に満ち溢れ ている仲間であることに感銘させられま した。きっとこんな同窓生に兵庫医大の 将来を引っ張っていっていただけるのだ と逆に勇気づけられました。一方、例年 の緑尼会コンペは今年も11月3日(祝) 芦屋カンツリ-にて開催され、西宮支部 の先生の参加もあり楽しくプレーさせて いただきました。優勝は、連覇した野間 先生ではなく同クラブの理事である立石 先生でした。来年も同日開催です。ふるっ て緑樹会の先生方ご参加ください。お待 ちしております。

尼崎支部―第17回緑尼会総会

(11)

 平成28年12月3日(土)午後7時より 新宿京王プラザホテル「南園」で第15回 兵庫医科大学同窓会関東支部会総会を開 催しました。引き続き、兵庫医科大学肝・

胆・膵内科教授、超音波センター長の飯 島尋子先生(昭和58年卒業)の「超音波 による肝・胆・膵癌の早期発見」につい てご講演いただきました。

関東支部会

(12)

 緑樹会の皆様、お元気 で御活躍のことと存じま す。さて、緑西会では昨年、大江与喜子 会長の命を受け有志による「緑西会実行 委員会」を結成致しました。先輩から後 輩まで序列なく、“ヒエラルキーではな くサークル構造の愛校心!”をモットー として、まず会則の正式制定、野口光一 新学長の特別講演を核とする総会を6月 に開催、続いて、7月に第一回緑西杯ゴ ルフの開催(有馬ロイヤルG.C.)、さら には会員の広告協賛に依る自立型会報誌 「リョクニシLETTERvol.1」を10月に 発行、とこれまで以上に賑やかな一年を 過ごしました。

 リョクニシLETTERの発刊に際して は、緑尼会の伊福先生、児玉先生の御 指導の下、“緑尼通信”誌をお手本とし、 なんとかgoalにこぎつけることが出来ま した。誌面を借りて厚く御礼申し上げま す。今後も年2回発行を予定しています。 両誌とも大学HPから閲覧可能ですので 興味のある先生方は是非、御閲覧くださ い。

http://www.hyo-med.ac.jp/var/rev0/ 0001/1194/vol20.pdf

http://www.hyo-med.ac.jp/var/rev0/ 0001/1193/letter01.pdf

 そして、今年も立ち止まることなく、 更なるpowerupをはかるべく、実行委員 会が厳寒の1月12日、西宮北口の“うを 匠せん”に集結。

1)6月17日(土)

第19回緑西会総会 18時~  酒蔵通り鍊瓦館

2)7月9日(日)

第2回緑西杯ゴルフ(リョクニシ オープン)開催

有馬ロイヤルG.C.9時17分スタート (全6組)

3)リョクニシLETTERvol.2  3月1日 発行(緑西会会員・市内 病院院長)

等を確認しました。1)に関しては緑西 会の皆様、2)については兵庫医大卒業 もしくは、その御友人の方々(どなたで も)も御参加頂けます。2)に参加希望 の方は緑西会ゴルフ部主将・高田恵広 (明和病院放射線科)、もしくは私までご

連絡ください。

 緑西会は現在、会員数137名で構成さ れ、そのうち病院院長など管理医師69名

となっております。上ヶ原病院理事長、 西宮市医師会会長としても力強く発信を 続ける大江与喜子先生、三好病院院長・ 田中恒雄先生、西宮回生病院院長・井上 馨先生、熊野病院院長・熊野好晃先生等、 頼りになる先輩方がバックアップしてく ださっています。そして、母校の大学病 院はいつも砦として聳え立ってくれてい ます。地域医療を通じ、ゆるやかに手を 繋ぎ、ニコヤカに、お互いに協力しなが ら、今後も、持ち前の兵医気質で、皆で 仲良くやっていきたいと思います。これ からも緑西会を宜しくお願い致します!

今年も更に緑西会を盛り上げるための相談をする会

報告(2016.1.12開催)

(13)

左から、木下雅晴(H12卒)、保科幸次(H3卒)、安田雄紀(H3卒)、平川一秀(H2卒)、 小串伊知郎(H2卒)、小生、高田恵広(H11卒)、中尾篤(H9卒)。眼鏡率が高い。

(14)

6.同期会だより

藤 原 由 規

 (昭和60年卒業)

 平成28年10月9日(日曜日)、兵庫医 科大学昭和60年卒業生の同窓会が、神戸 市の第一楼で11:30AMより行われまし た。個人情報保護法の関係で連絡のつか なかった先生方が何名かおられたのと、 医師会等の用事があり出席できなかった 先生方が何名かおられたのが残念でした が、35名の出席者があり、楽しい時間を 過ごすことができました。翌日(体育の 日)には、有志のゴルフコンペが三木ゴ

ルフクラブで行われました。晴天で楽し いゴルフをすることができました。今後、 会の名称をROKUMARU会に変更し、① 1回/ 4年の同窓会の開催、②1回/ 2 年のプチ同窓会の開催、③毎年、10月第 2日曜日の有志のゴルフコンペの開催が 決議されました。可能なら、60年卒業生 全員に連絡を取りたいと思いますので、 勤務先、住所等の変更がありましたらご 連絡をお願いいたします。

(15)

監事

 森 田 正 純 

(昭和58年卒業

)・山 田   博 

(昭和57年卒業)

 還暦前後の年齢となってきました。この機会に同窓会を開こうとの発案が会長とな られた石藏先生からあり、第4期生の同窓会を開く運びとなりました。

 11月26日(土)18時より大阪マリオット都ホテルにて第4期生同窓会を開催しまし た。当日は多数の同期生が集まりました。

(16)

7.OB会たより

福 西 成 男

 (昭和63年卒業)  

 サッカー部OB会は、1期生のキャプ テン 津田三郎先生にOB会長に就任いた だき、遅ればせながら兵庫医大設立40周 年を契機に正式に発足しました。第1回 は津田先生の声掛けで、ノボテル甲子園 ホテルで2012年9月に総会をおこないま した。第1回ということで、特別講演と して当時サッカー日本代表チームのチー ムドクターとして帯同されていた卒業生 で加古川医療センターの柳田博美先生に “サッカー日本代表(ザックJapan)の進 化と未来”という演題でお話ししていた だき、その後久しぶりに会ったチーム メート、先輩、後輩と懇親会を行いました。  そののち総会は回を重ねて第5回とい うことになり、今年は節目の5回という ことで再度第1回に準じて講演を企画 し、16年ぶりにU-20ワールドカップの 出場を達成したU-20サッカー日本代表 の現在チームドクターで大学の整形外科 に所属している諸岡孝俊先生に“U17-20 サッカー日本代表帯同日記 ─5大会ぶり のU20ワールドカップ出場を目指して─” という演題でお話ししていただきました。 その後は例年通り懇親会に移行する予定 でしたが…今年度は嬉しいことにと言い ますか…我々創世記世代には奇跡とも思 えるような出来事として現役サッカー部 が【西医体準優勝】そして全国大会出場 したのちに【全医体優勝】という偉業を 成し遂げた為に急遽、懇親会は全医体優 勝祝賀会と名称を変えて大勢の現役学生 たちと共に喜びを分かち合いました。  OB会からは金一封と記念の横断幕を 作成して部員に贈呈しました。横断幕の

作成にあたっては顧問の坂上教授の取り 計らいで、なんと新家理事長の達筆で兵 庫医大の校歌の一部をとった文面《ここ にあり ここにあり 兵庫医科大学》を 直筆でいただき、それをもとに横断幕を 作成しました。また懇親会にはお忙しい 中を野口学長にも御参加いただき、直々 に学長賞の盾と金一封をいただきました。 祝勝会では、OBからは創部当時の弱小 噺しや兵庫医大にありがちな酒や遊びの 武勇伝の話に花が咲き、英雄となった優 勝メンバーからは試合内容のワクワクす る話をビデオ映像とともに聞かせてもら い、楽しい時間を過ごすことができまし た。祝勝会に参加できなかった遠方の OBの先生方からもたくさんお祝いや喜 びのメールをカンパの振り込みとともに いただきました。ありがとうございまし た。

 せっかくの機会ですので西医体・全医 体の試合結果を報告させていただきます と、西医体は驚異的な徳島の暑さの中の 6日間の連戦で

1 回 戦 vs 神 戸 大 1─0 2 回 戦 vs 岐 阜 大 1─0 3 回 戦 vs 名古屋大 2─0 準々決勝 vs 香 川 大 1─1PK 準 決 勝 vs 三 重 大 1─0 決  勝 vs 高 知 大 1─2  OB会長の津田先生や、卒業したての 若いOB達と一緒に、私も夏休みを利用 して連日徳島まで車を走らせましたが、 どの試合も暑い中を走り勝って接戦をも のにする素晴らしい試合でした。もう一 度自分もこの暑い中でボールを蹴りたい、

(17)

足がつるまで走りたいとの思いが湧き上 がってきました。

 残念ながら学会が重なり全医体は応援 に行くことができませんでしたが

1 回 戦 vs 千葉大学 3─2 決  勝 vs 高知大学 1─1PK  と西医体決勝で敗れた高知大にリベン ジを果たしての優勝でした。野口学長に お聞きしますと、兵庫医大創設以来、団 体競技での全医体優勝は初めてだそうで す。

 豆知識ですが、今回対戦はありません でしたが、徳島大学医学部のサッカー部 は昨年まで西医体3連覇、そして正月の 天皇杯サッカーの徳島県代表は徳島大学 の本学や企業のサッカー部ではなく、徳 島大学医学部サッカー部という強豪で す。しかし我々の同世代の徳島大学医学

部サッカー部は当時強くなかったらしく、 学会でお会いする徳島大学のサッカー 部OBの先生方は「後輩たちのおかげで、 今となっては色々な所で強豪校のOBと して扱ってもらえて非常に鼻が高い」と おっしゃっていました。我々も近い将来 そうなれるといいなと思っています。  今回OB会の雑用係としてはお祝いの お金集めや祝勝会、記念品の準備などに 奔走しましたが、本当に嬉しい悲鳴で、 自分たちが現役の時に達成できなかった 事を分けてもらえた喜びが大きかったで す。また来年も大勢の先輩、後輩の先生 方、学生たちと楽しい時間が過ごせれば と思っています。

 喜びに湧くサッカー部OB会便りでし た。

(18)

先 山 尚 美

 (昭和59年卒業)  

 平成28年4月29日(祝日)、第4回目 となる運動部クラブ対抗ゴルフ大会が西 宮高原ゴルフ倶楽部で開催されました。 このクラブ対抗ゴルフ大会は兵庫医大創 立40周年を記念して第一回が開催され、 好評につき毎年開催されることとなりま した。今回は全12の運動部クラブと教職 員チームの計13チーム、総勢56名が集い 熱き闘いを繰り広げました。12のクラブ の内訳はアメフト部、剣道部、硬式テニ ス部、ゴルフ部、山岳部、柔道部、スキー 部、卓球部、軟式テニス部、バスケット 部、ラグビー部、陸上部で、教職員チー ムは中西憲司前学長、岡村春樹特任教授、 元第二内科講師の中島督夫先生で構成さ れ、団体戦は各チーム上位2名のグロス 合計で争いました。少し肌寒い一日では ありましたが、八重桜の桜舞台を楽しみ

ながら、全員が出身クラブの名誉を背負 い全身全霊(?)をかけてプレイを行い ました。その結果、優勝はさすがのゴル フ部で4連覇達成、二位陸上部、三位硬 式テニス部となりました。競技後の表彰 partyには野口光一新学長も駆けつけら れ、今後も本会の盛況、並びに大学と緑 樹会が一体となっての兵庫医大の発展を 祈願する素晴らしいご祝辞を頂き、全員 で記念撮影を行い散会となりました。ゴ ルフの結果はさておき、この会を通じて 幅広い卒業生同志での交流、懇親を深め ることが出来た一日だったと思います。  来年(平成29年)も同日・同倶楽部 にて開催の予定ですので、今回は未参 加だったクラブのOB・OGゴルファーの 方々も、また、打倒ゴルフ部!を目指す クラブの皆様も奮ってご参加ください。

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8.Circle of H.C.M

(会員数珠つなぎ/改め)

竹 谷   哲

 (平成2年卒業)  

 平成25年11月16日、私は森村先生の銅 像の前で一礼をしました。平成2年3月 の卒業式にはこの銅像前で後輩から花束 をもらい、もう二度とここには来ること はないと思いますとご挨拶をした森村像 です。それが息子の推薦入試合格で、再 び先生にご報告となりました。当日、学 園祭が行われており、私が所属した硬式 庭球部も芝生の上でおでん屋玄ちゃんを 営業していました。まったくのデジャブ

です。昨年11月20日学園祭の日にはホー ムカミングデイがありました。この日は おでん屋玄ちゃんはなく、芝生の上には 新しい校舎が建ち始めていました。時代 の動きは早いものです。森村像はそのま まですが、少し近づきにくくなっていま した。母校の発展を祈願しつつ、自分た ちの思い出の場所も残るといいのにと思 いました。次回は平成10年卒業の芝田豊 道先生にお願いします。

橘   良 哉

 (平成2年卒業)  

 平成2年に卒業した橘です。卒後、直 ぐに福井に戻ったため大学にはすっかり ご無沙汰しております。地元では福井医 科大と金沢大学の医局に在籍させていた だき北陸を中心に消化器内科医として研 鑽を積んで、38歳の時に父の体調不良 を受けて橘医院を継承しました。当診療 所のある越前町は越前海岸からその内陸 に位置する山間部にあり、人口2万3千 人のうち約30%強の方が65歳以上の高 齢者であり、全国レベルよりも少子高齢 化が進んでいる地区になります。そのた め、外来に加え、交通手段を持たない高 齢者のため山間の集落を巡る訪問診療も 大事な仕事になっており、診療だけでな

く急速に進む高齢化に対して多職種連携 を図りながら、この地域にあった在宅療 養の体制造りに関わる事も重要な役目に なっています。このように卒後全く兵庫 医大を離れて医療を行っておりました が、3年前の娘の

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木 下 雅 晴

 (平成12年卒業)  

 時がたつのは早いもので、気づけば卒 後17年目…その間、大学病院での勤務も 含めて様々な病院で臨床経験を積ませて いただきました。現在は大学を離れ、大 学近隣の西宮協立脳神経外科病院での勤 務となり、今年度で6年目となりました。 いわゆる急性期病院である当院では、脳 神経外科・整形外科・外科・形成外科の 手術があり、昨年は年間手術件数約1,900

件を数えました。そのうち麻酔科管理症 例は約1,300件、これを麻酔科常勤医は 私を含め2名、それに大学などからの非 常勤医師により日々手術麻酔を行ってお ります。これからも地域の急性期・救急 医療に貢献できるよう努力を続けてまい りますので、皆様のご指導・ご鞭撻のほ どよろしくお願いいたします。

早 川 知 彦

 (平成5年卒業)  

 H5卒、早川です。故郷福島県相馬市 で内科を開業して12年。

 常磐線の踏切が鳴っております。朝 夕は4両、昼は2両編成の単線ですが、 H28暮れ、5年9か月ぶりに相馬から仙 台までのJRが再開しました。仙台まで の50kmを太平洋を眺めながら約70分で 結んでいましたが、3.11の津波で壊滅的 打撃を受け、路線を沿岸部から内陸地へ 移動。駅舎、線路は高架としたので伊丹 空港のモノレールのような感じです。仙

台発最終はなんと22:40。これは田舎に とっては画期的な深夜営業。週末の最終 列車は超満員。思えば3.11後、仙台空港 再開日に兵庫医大の先輩・友人が支援物 資を抱えて相馬へ来てくださいました。 まだ原発も安定せず余震が多少あります が、仙台へおいでの際は相馬まで足を延 ばしてくださいませ。

 震災後母校の支援に感謝しながら診療 の日々です。

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大 類 隼 人

 (平成18年卒業)  

 私は2000年に兵庫医科大学に入学し、卒 後もうすぐ12年が経とうとしています。当 初私は呼吸器外科、救命救急科などで医師 としての経験を積んでおりました。その中 で途上国での災害医療に携わった経験か ら、途上国の現場で住民が医療を受けるこ とのできる環境の提供や医療人材の育成 の必要性を感じ、2011年に現在の認定NPO 法人FutureCodeを神戸発祥の国際医療支 援団体として設立し、国際保健、国際協力 の世界で途上国の医療に生きる覚悟を決 め、2012年に兵庫医科大学を退職し、現在 に至っております。

 途上国で医療が届かない原因は様々で すが、政策に基づいた理論的かつ効果的な マネージメントが必須であり、そのため私は その後英国のリーズ大学院に入学し、新た

にInternationalPublicHealthのマスターを 取得いたしました。

 上記の経験を活かし、現在の私の仕事は 中米 ハイチ、アジア バングラデシュ、西ア フリカブルキナファソで地域住民に寄り 添った支援活動として、結核検診、マラリア 対策、看護師育成、孤児院支援等、また日本 では国際人育成のための学生教育などを 同志らと共に継続的に展開しております。  この活動に兵庫医科大学の学生時代から の友人、先輩、後輩、剣道部OBの先生方はじ め多くの方に現在まで応援いただけるのも、 兵庫医科大学が持つ「人間力の豊かさ」で あると、深い感謝と共に感じております。ま た私も兵庫医科大学の卒業生として、この フィールドで誠実に活動を続け、確かな現場 貢献ができますよう精進して参ります。

岡 本 知 大

 (平成18年卒業)  

 大学院博士課程での研究者生活が終わ りに近づき、気がつけば「サイエンスを 解する眼科医になる」、「とにかくゴキゲ ンに生きる」を信条とする慶應義塾大学 の眼科に魅力を感じて、縁もゆかりもな い東京に単身で上京してから7年目に突 入しようとしています。坪田教授の指導 のもと、この4年間は研究に没頭しまし た。稚拙な内容ながらも、基礎科学で1本、 臨床医学で1本の英語論文を書くことが でき、更に基礎科学で2本の英語論文を 現在執筆中です。学生当時の私は、生理

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李   侑 香

 (平成25年卒業)  

 私は卒後4年目で、兵庫県の養成医と してへき地医療を担うため、卒後からへ き地に指定されている病院に勤務してお り、現在は但馬地域の病院で勤務させて いただいております。

 自分だけの判断では迷うところがあり 苦戦している毎日ですが、親切な先輩方 に教えていただきながら日々切磋琢磨し ております。田舎ならではかもしれませ んが、患者さんは親切な方が多く、長く

診させていただいている方とは良好なラ ポールも形成できており、私が体調を崩 した時に逆に心配していただいたような 関係になっております。都市から遠く不 便なこともありますが、周りの自然も 日々の癒しの一つとなっております。  現在は主に内科をしておりますが将来 的には産婦人科を目指しており、その分 野で貢献したいと思っております。 対する誇りや愛情、これまでに指導を頂

いた母校の先輩方への尊敬の念は持ちな がらも、どんどんと新しい環境に飛び出 していって、自分の新しい可能性を探す ということは非常に大切だと実感する毎

日です。兵庫医科大学出身の若手研究者 がこれからも増えることを期待するとと もに、我らが兵庫医科大学の今後益々の 発展を祈念いたします。

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 平成9年卒の笠原と申します。この3 月で卒業してちょうど20年になります。 私は3年目以降大学で働いたことがなく、 医局にも所属しておりませんので、母校 を離れて18年とすっかり疎遠になってい ます。そんな人間ですので、今回“兵医 のこころ”というテーマをいただき色々 考えました。

 20年を振り返ってみますと、今とは研 修制度が違いますが、まず大学の輸血部 に入局し、3年目から救急医療を身につ けたくて千里救命救急センターで勤務し ました。三次救急にどっぷり漬かるうち に循環器救急に興味を持ち、循環器内科 に転向を決意し、5年目から国立循環器 病研究センター(以下国循)に勤務しま した。3年間レジデントとして循環器疾 患を幅広く学んだ後、シニアレジデン トとしてPCIの研鑽を2年間積みました。 その後、幸いにも常勤医としてCCUの スタッフにしていただき、6年間虚血性 心疾患の診療とPCIに没頭し、今の自分 の土台を作り上げることができました。  私は元々負けず嫌いで、兵医出身とい うことで周りからなめられたくないとい う気持ちがありました。これには、父が 某国立大学医学部出身であることや高校 が進学校で国公立に行く同級生が多かっ たこと、さらには大学時代に汗を流した ラグビー部で、国公立に負けるとOBか ら“頭で勝たれへんのやからラグビーく らい勝てよ”と叱咤激励されたことなど が影響していると思います。気を悪くさ れる方がいらっしゃるかもしれませんが、 正直なところ私は母校にコンプレックス を持っていました。でも、医者になって しまえばその力量に出身大学は関係ない はずと思い、とにかく仕事のできる医者

になりたくて一生懸命働きました。千里 救命や国循でのレジデント時代は辛いと きもありましたが、「艱難汝を玉にす」 と思って仕事に勤しみ、何とか成長する ことができました。もちろん自分の力だ けではなく、多くの素晴らしい指導者や 仲間に巡り合えたことも幸いでした。努 力が認められ、国循のCCUスタッフに なれたときは本当に嬉しかったです。兵 医出身の自分が、国循という日本有数の 施設のスタッフになれたということは、 私にとって大きな誇り、自信となり、今 では胸を張って“兵医出身です”と言え るようになりました。

 勤務医、開業医、臨床家、研究者等、様々 な生き方がありますが、大事なことは、 どのような道に進んでも“兵医出身”と いうことに誇りを持てるような仕事をす ることではないかと思います。ぜひ、“兵 医プライド”を求めて日々励んでくださ い。それが良い仕事につながっていくと 信じています。

 余談ですが、現在勤務している加古川 中央市民病院の循環器内科には私の他に 4人の卒業生がいます。卒業年度はばら ばらですがやはり波長が合うのか、一緒 にいると妙な安心感があります。母校か ら離れているからこそ分かるのかもしれ ませんが、母校の良さを改めて感じるこ とができています。

 最後に、私を兵庫医大に行かせてくれ た父と叔父、そして国循に行くことを快 く許してくださった当時の輸血部の原先 生、甲斐先生、三澤先生に心より感謝を 申し上げ、この文章を閉じたいと思いま す。後輩の先生方の今後の活躍を楽しみ にしています。

9.兵医のこころを後輩に

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10.親子二代同窓会Story

永 尾 尚 子

(昭和58年卒業)

 長男の祐介君は、高校の時、のびのび しすぎて、浪人をしました。テストの結 果以外は、とても高校生活を楽しんだの ではないでしょうか?

浪人中は、今まで見たことのない姿勢 で勉強をし、はじめのうちは、親の方が 「べ、勉強してるやん。。。」と、戸惑うも

のでした。

 入試発表の日は「あんだけ真面目に1 年間頑張ったのだから、いい結果が出て 欲しい」と強く、切に、願いました。発 表は、自宅で、パソコンから見たのです が、思わず大きな声で「ヤッタ!!」と、 叫んでしまいました。5月の連休が終わ るまで、「仮入学じゃないのかなぁ」と、 大学合格を確信できませんでした。  次男宏之君は、兄の姿を見ていたせい か、高校の1年の時からしっかり勉強し て、推薦を受け、兵庫医大にすらっと入 学しました。とても、頑張り屋さんです。  次男の時は、天満宮(太宰府、京都、 大阪)に、お祈りをしに行き、「彼は、 3年間とても頑張りました。」と報告し、 合格祈願をしました。(長男の入試の時 より、信心深くなっていたのです。)  その次男がよく私に言った事は、 「今の医学生の勉強はとても大変だから、

母さんやったら、絶対にテストに、とお れへん」

 確かに、私の大学時代は、C型肝炎の ウイルスは、見つかっておらず、ノンA ノンB肝炎と言われていたし、「インター フェロンという夢のような抗癌剤が、開 発中だ。」と教わっていたりしました。 何もかもが、進歩し、莫大な知識を身 に付けなければならない医学生は、大変

だなぁ~と思います。子供の言うことは、 確かに当たっているのでしょう、、、 また、私の大学時代は、親に成績や出 席率を送ってくる事はありませんでした。 (ですから、120人ぐらいのクラスですが、

テストの時にしか見たこともない人も、 大勢いました。)

「色々なことを管理されているなぁ~」 「私の時は良かったなぁ~」というのが、

実感です。

 長男は、ゴルフ部少しと、テニス部、 次男は、アメリカンフットボール部に所 属していましたが、それ以外の大学時 代のことは、ほとんど知りません。た だ、彼らの先生が、病理の辻村教授、整 形外科の麩谷教授(当時は、まだ、教授 じゃなかったけれど)と聞くと、「同級 生や!!」と、何故か自慢したりしました。  1977年入学の私は6期生。兵庫医大が、 初めて6学年が揃った年です。それから、 30年以上経ち、「卒業生から教授が輩出 される」という当初の兵庫医大の夢が実 現されています。医師会においても、多 くの卒業生が活躍されています。母校の 事、卒業生の活躍を聞くと、誇らしく思 います。

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河 中 祐 介

(平成22年卒業)

 石藏会長から「親子二代同窓会Story」 の依頼を頂きましたので、僭越ながら書 かせていただきます。平成22年卒業の河 中祐介と申します。

 まず始めにこの依頼を頂いた時に、母 と相談いたしました。「親子二代ならで はの特別な何かはあるか?」と。「まぁ、 ないね」という結論となり、各々がそれ ぞれ好きなことを書こうという方針にな りました。ですので、きっと母も好きな ことを書いているはずです。

 私の学生の時は、2学年から臨床(循 環器、呼吸器、腎臓?)が始まるという、 前倒しの時期でした。ポリクリ期間を長 くとるために4学年までにすべての臨床 を終わらせるといったものでした。母か ら聞くと1、2年は基礎だったらしく、 全く異なるということに驚きでした。さ らに現在は、4学年時の後半からポリク リがスタートしているというのにも衝撃 を受けました。たった7年間でこうも変 わるのかと。学外の実習も自分で病院を 選んで、自分で交渉するといったことも 新しく、より先を見据えているのだと感 じました。

 忙しくはありましたが、私は兵庫医大 での学生生活はとても楽しいものでした。 何より人がやさしく、のんびりとしたと ころが好きでした。この雰囲気の良さは 代々そういうものではないかと思います (今は試験も多く、現在学生ならこんな ことも言っていられないかもしれません が)。最後に兵庫医科大学に入学できた のもひとえに母の力添えであり、6年間 不自由なく過ごさせていただいたことに 私は感謝しています。

 私は母校で、放射線科医として勤務し ています。月日が経つのは本当に早いも ので、卒業してもう7年になります。放 射線科医としては5年目であり、まだま だ駆け出し中ですが、早く一人前になれ るようにより一層邁進していきます。そ して、ご指導いただいた先生方に還元し ていきたいと考えています。

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11.医局紹介

細 谷 友 雅

(平成13年卒業)

スタッフ紹介 主任教授 五味 文 教  授 池田 誠宏 准 教 授 木村 亜紀子

講  師 木村 直樹、石川 裕人 学内講師 細谷 友雅、増田 明子 助  教 田片 将士、中村 由美子、

一色 佳彦、岩見 久司 ほ  か 病院助手4名、レジデント8

名、非常勤25名、院生5名

 眼科はこの4月から大阪大学ご出身の 五味文主任教授をお迎えしました。新し い仲間も3名加わり、出身大学に関係な く、医局員一同力を合わせ、気持ちも新 たに日々の診療、研究、教育に活躍でき るよう、気を引き締めて頑張っておりま す。今後は一層専門外来を充実させ、大 学病院ならではのチーム力で診療にあた れるよう、一同邁進していく所存です。  五味先生が加わって網膜硝子体チーム はよりパワーアップし、神経眼科・斜視 弱視チームも三村特任教授とともに引き 続き多くの患者さんの診療にあたってい ます。医局ホームページも刷新し、専門 外来担当医、取り扱う代表的な疾患につ いても説明しておりますので、ご紹介い ただく際の参考にして

いただけましたら幸い です。緊急の患者さん も随時受け付けており ますので、まずはお電 話を下さい。10月には 外来の改装工事を行い、 診察室を増やし、きれ いになった外来で一層 診療に力を入れていま

す。昨年度の新患率は院内2位で、病院 から表彰されました。これもひとえに先 生方のおかげと感謝し、この場を借りて 御礼申し上げます。

 研究の場では世界に目を向け、常に新 しい知見を情報発信していくべく、体制 の強化を図っています。臨床研究も盛ん に行っており、レーベル氏病については 新聞にも取り上げられました。教育にも 力を入れております。本年度は研修医 ローテータが多く、賑わっており、眼科 に興味をもってくれる若手医師を新たな 仲間として迎えられるよう、細やかな指 導を心がけています。また、医局カンファ レンスを刷新し、皆で情報を共有し、勉 強してゆく体制を整えました。若手医師 には診療技術の習得だけでなく、臨床・ 基礎研究の場も提供し、研鑽を積んで いってもらいます。関連病院に出向中の 若手医師も週1回専門外来に参加する体 制を整え、チームの一員として活躍して もらっています。

 信頼される眼科チームであるべく、医 局員皆で全力を尽くす所存です。今後と もご支援を賜りますようよろしくお願い 致します。

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橋 本 昌 樹

(平成17年卒業)

SYNAPSE VINCENTを導入しました

 緑樹会の会員の皆様、 こ ん に ち は、 呼 吸 器 外 科の橋本です。昨年、当 科で手術を行った患者さ んより医局に対し、まと まった額の寄付金を頂 き、その寄付金を財源として医療用三次 元画像解析システムであるSYNAPSE VINCENT(富士フィルムメディカル株 式会社.東京)を購入しましたので本稿 を借りて報告申し上げます。

 SYNAPSEVINCENTは撮影したCT 画像のデータをもとに3D再構築が容易 にでき、またそれを各人がカスタマイズ することが可能となります。また我々の 領域である呼吸器領域では、肺切除時に おけるシミュレーションや気管支鏡検査 時のナビゲーションとして利用すること が可能で、実臨床においても手術におけ る安全性の向上、気管支鏡検査時におけ る診断精度の向上に役立っています。以 下に活用の具体例を提示します。

1)肺切除解析

 症例は49歳男性で、左上葉肺癌に 対して左上葉切除を予定している症 例です。血管・気管支の走行を3D 再構築するだけでなく、切除体積や 胸膜面からの距離も自動で計測する

ことが可能です(図1)。3D構築す るまでの手順を(図2)に示します。 作成までにかかる時間は約5分です。 2)気管支鏡ナビゲーション

 症例は66歳男性で、胸部異常陰影 を指摘され当科紹介受診となりまし た。胸部CTで右上葉に結節を認め、 診断目的に気管支鏡検査を計画しま した。撮影したCTのデータより気 管支鏡ナビゲーションを作成し、迅 速かつ確実に診断(小細胞癌)を得 ることができました(図3)

 SYNAPSEVINCENTに よ っ て 得 ら れた画像・動画は匿名化のもと容易に iPadなどのタブレットPCにアウトプッ トが可能です。これらの画像を臨床実習 はじめ学生教育にも活用しており、ポリ クリ学生からも理解がしやすいと好評を 得ています。

 昨今、医療周辺技術の進歩が目覚しい ですが、当科としましてもそれらを可能 な限り取り入れ最高レベルの医療を患者 さんに提供できるように努力してまいり ます。どうぞ呼吸器疾患でお困りの患者 さんがおられましたらご相談ください。 また最後になりましたが、多額のご寄付 を頂きましたNTさんにこの場を借りて 御礼申し上げます。

呼吸器外科

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北 野 将 康

(平成11年卒業)

 緑樹会の皆さま、平素 より当科の診療にご支 援・ご協力を賜り誠にあ りがとうございます。  当科は平成14年9月に 内科の一部門として、旧 内科学第2講座免疫グループと旧内科学 第3講座アレルギー・免疫グループの統 合により開設された診療科であり、初代 教授として京都府立医科大学第1内科よ り佐野統(現主任教授)が就任し現在に 至っています。リウマチ・膠原病・アレ ルギー疾患の病態解明と克服を目指し日 夜研究と診療に取り組んでいます。本邦 で当科のようなリウマチ・膠原病の講座 を持つ大学は少なく、特に西日本では数 える程です。リウマチ・膠原病科が担当 する疾患はリウマチ性疾患、膠原病およ び膠原病類縁疾患、アレルギー性疾患な どの免疫異常疾患です。

 近年の医学の進歩は目覚ましく、特に 関節リウマチでは病態解明の進歩によ り、生物学的製剤や低分子化合物をはじ め新規治療戦略の開発が急展開でなされ ており、「寛解」から「治癒」を目指せ るようになりました。当科では、臨床治 験や既存薬剤の適応拡大に関する臨床研 究も積極的に取り組んでおり、従来の治 療に抵抗性の症例に対し、これらの新規 治療を積極的に導入し難治性病態の克服 を目指しています。また関西一円の医療 機関と連携して生物学的製剤の臨床試験 (ABROAD試験:佐野が代表世話人)を 行い、その成果を報告し注目されていま す。そのような診療姿勢を評価して頂い てか、阪神間はもとより、近畿全域から 多くの患者さんが受診されており、外来

患者数は1,722人/月(78人/日)、新患数 は917人/年(60─100人/月)、特に関節リ ウマチ新患数は2009年には兵庫県では第 1位、全国的にもトップレベルであり、 現在も同様の受診状況です。

 今後も医局員が一致団結してリウマチ 性疾患の病態解明や新規治療法の開発を 目標に研究に取り組むとともに、何より 「一人一人の患者様に最適の医療を」を モットーに、大学病院の特性を生かし早 期診断、適正な治療を心がけた診療をさ せて頂く所存です。大学病院のトップブ ランドを目指し診療・研究・教育の更な る向上に邁進していきたいと考えていま す。今後ともより一層のご指導・ご協力 をよろしくお願い申し上げます。

(リウマチ膠原病科 医局長)

・日本リウマチ学会および日本アレル ギー学会認定教育施設

・日本リウマチ学会:指導医5人、専門 医7人

・日本アレルギー学会:指導医1人、専 門医2人

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12.研修医1年目を終えて

佐 浦 龍 太 郎

(平成28年卒業)

 初期研修医1年目の佐 浦龍太郎と申します。平 成28年に兵庫医科大学を 卒業し、昨年4月から西 宮の明和病院で研修医と して日々奮闘しながら勉 強させていただいております。

 4月に入職し早10ヶ月が経ち、あっと いう間の10ヶ月でした。研修当初は本当 に何も分からず、多くの先生方・コメ ディカルの方々に御指導いただき、毎日 奮闘しておりました。今も多くのことを 学んでいる最中ですが、あと3ヶ月もす れば研修2年目を迎えます。時折本当に 成長できているのか、身に付いているの か不安になることがあります。同級生と 会うたびに相手の成長を感じることが多 く、自分も頑張らなければと思い日常業 務に励みますが、そういう時ほど空回り し上手くいかない気がします。そう感じ ていた時に、自分自身の励みになる出来 事がありました。

 先日病棟を歩いていると、「佐浦先生」 と声をかけられ振り向くと一人の患者様 が笑顔で立っておられ、かけ寄って来ら れました。瞬時に自分が研修医になりた てのころに担当させていただいた患者様 であると思い出しました。胸痛を主訴に 救急外来に来られ、急性心筋梗塞と診断 され緊急心臓カテーテルで一命を取り留 められた患者様です。今回は、心臓のス テント評価目的に入院していると聞きま した。仕事終わりにもう一度お話を伺い に行った、その時に患者様から思いもか けないお言葉を頂きました。

 「先生お久しぶりですね。元気さは変

わらないですが4月とは全然雰囲気が違 いますね。本当に頼もしくなられました ね。変わらず1日3回会いに来てくれま すし、言ったとおりクツもボロボロに なっていますね。」そう言われて、ふと 自分のクツが洗ってはいるもののボロボ ロになっていることに気が付きました。 4月に「先生の靴はなんで野球シューズ なのですか」と聞かれ、当時僕は「まだ まだ新米なので必死に走り回り、自分の 足で患者様の話をお聞きして回るのが大 事だと思って、丈夫な野球のシューズを 履いています。今度お会いする時まで にボロボロにしときますね。」といった 事を思い出し、ものすごく恥ずかしかっ たです。しかし4月から当直も奮闘しな がらもなんとかこなし、幸い体調不良等 で休む事も無く過ごせています。患者様 が退院される際に「先生は将来すごい先 生になるそんな気がします。今のまま頑 張ってね」と言っていただけました。  患者様が全てを教えてくれました。こ れからも親身に寄り添いさらに努力し もっと高みを目指そうと思いました。2 年目も「有言実行」を胸に全力で駆け抜 けます。

参照