− 12 − − 13 − 1 はじめに
「フランス革命はどのような革命だったのか?」。 革命から200年以上が経過している今もなおこの 問いは発せられ、多くの人間がフランス革命につ いて論じている。日本でも戦前からマルクス主義 的視点や日本の明治維新との比較史の視点など多 くの学者がこの問いについて論じた。しかし、多 岐に渡る研究の成果がフランス革命の全体像の把 握を一層困難にしている。そのうえ、世界史を教 える我々教員は先述の問いに加えて、非常に複雑 である「フランス革命を高校生にどう教えるか?」 という問題を抱え込むことになる。重要なトピッ クであるがゆえに、教科書の記述も多くなる。教 員はフランス革命をどう教えるかを自分なりに追 求するために多くの本と格闘する。「これは面白 い」とか「この話は生徒にぜひ話したい」という 項目が増えていき、ついつい授業も深入りしてし まう。生徒は何を理解したらよいのかわからず、 結局フランス革命とは何だったのかぼんやりとし たままで終わってしまう。このような授業は、教 員にとっても生徒にとってもお互い不幸である。 大きな流れをつかませることを目標とする世界史 Aの科目特性から、フランス革命をできるだけシ ンプルに授業展開ができたらよいと思う。フラン ス革命〜ナポレオン時代を2時間で内容を取り扱 うことを前提に、「明解世界史図説 エスカリエ 初訂版」の活用場面をいくつか考えてみた。
2 フランス革命編(1時間目)
MQ 1 革命とはどのような現象か?
1)時代の扉を活用する(「エスカリエ」p.128) 導入については、生徒の興味をひき、MメインクエスチョンQまで 導く重要な部分である。私はフランス革命の導入 にはフランスのトランプを使うことにしている。
このトランプはK・Q・J の記号ではなく、R・D・ Vのマークが使われている。 見慣れないトランプなので 生徒の興味をひく。また、 フランス革命直後に作られ たトランプは王や王妃の絵 札が排除され、代わりに「自 由」「平等」「友愛」などの絵札へと変わる。生徒 におなじみのトランプのゲームで「大富豪(地方 によっては大貧民)」と呼ばれるゲームがある。 このゲームには「革命」というルールがあり、ゲ ーム中に同じカードを4枚出すと普段は強い絵札 のカードが弱くなり、強さが逆転する。生徒の中 にはこのルールから、「革命とは弱いものが強く なること」とイメージする者も多い。このイメー ジは間違いではないが、それだけではすべてを説 明できていない。時代の扉では聖職者・貴族・平 民の絵が示されている。革命の変遷で三者の力関 係がどのように変化したのかを理解させることが 重要なことになるだろう。平民だけが石に押しつ ぶされた絵から石を三人で支える絵への変化は、 生徒の持つ「革命」のイメージを変えるものにな る(詳しくはp.10を参照されたい)。
2)ベルサイユのばら(「エスカリエ」p.128) プチのところで紹介され ている『ベルサイユのばら』 を授業で取り扱う。この漫 画は30年以上も前に描かれ た作品であるが、今なお 人々に親しまれている。意 外なことに今の高校生への ウケもよい。テレビアニメ の最終回ではバスティーユ 牢獄襲撃からヴァレンヌ逃
「エスカリエ 初訂版」p.128 「明解世界史図説 エスカリエ」活用例
フランス革命
〜ナポレオン時代をどう教えるか
− 12 − − 13 − 亡事件、ルイ16世とマリ=アントワネットの処刑、 テルミドールのクーデタまでの5年間を回顧する シーンがある。10分程度でフランス革命の大まか な歴史の流れを概観できるので、その部分を授業 で活用する。
3)フリジア帽(「エスカリエ」p.129⑦・⑭) 革命たるゆえんを考えるためにフランス史家フ ュレの指摘する「政治文化の創造」について扱う。 革命の中で三色旗やフリジア帽など多くのシンボ ルが生まれた。農民に広く普及していたフリジア 帽は、もともと古代の解放奴隷を意味する物だっ たが、革命中に「自由」のシンボルとなった。 1789年8月に人権宣言が発布され、自由と平等が 宣言されたが、それは成人男性だけのものだった。 ベルサイユ行進など女性が革命に大きく貢献する 場面はいくつもあったが、1793年以降は革命の表 舞台から排除された。フリジア帽は男性の帽子で あるが、ドラクロワが描いた「民衆を導く自由の 女神」(「エスカリエ」p.133時代の扉)ではフリ ジア帽をかぶった自由の女神が登場する。フラン ス革命で「自由」を獲得できなかった女性にとっ て、「自由」を獲得する戦いというイメージにも 読み取れる。女性だけではなく、フランスの植民 地に対しても、1794年に奴隷解放宣言がなされた が「自由」な存在ではなかった。このように、フ ランス革命で実現された「自由」が女性や植民地 の人に与えた影響を考えれば、フランス革命の限 界も浮き彫りになってくる。
4)国王の処刑(「エスカリエ」p.129⑧) 授業の後半では国王の処刑からロベスピエール の処刑までを扱う。フランス革命の全体像を理解 する際に、「自由」や「平等」など現代にも通じ る人権思想を生んだ「光」の部分と同時に国王の 処刑から「恐怖政治」に至った「影」の部分を併 せ持つことを生徒に理解させることがフランス革 命を教える中でも重要だと考える。生徒たちに判 断材料を与えて、実際の国王裁判と同じように「国 王は有罪か?」「国会の決定は国民の裁可を受け るべきか?」「どんな刑を科すべきか?」を考え させる。国王ルイ16世の裁判では投票は議員一人
ひとりが口頭で述べる形をとった。「自由と平等 のためには人殺しも仕方がない」という言説はフ ランス革命時に成立したが、この言説が正しいの か生徒に検討させる。生徒はその作業を通じて、 自由や平等などの人権が「恐怖政治の血まみれの 手からの贈り物」であることに気づくことができ るだろう。
3 ナポレオン時代編(2時間目)
MQ 2 ナポレオンはフランス革命の○○者 1)時代の扉を活用する(「エスカリエ」p.130) クーデタによって政権を獲得したナポレオンは 「市民諸君、革命は、開始された当初の原則にお いて固定された。革命は終わったのである」と宣 言した。しかし、クーデタ直後はナポレオン体制 が安定していたとはいいがたい。国内の混乱を収 めても、1792年に開始した革命戦争はまだ続いて いたし、皇帝戴冠の後も対外戦争は続いていった。 革命の申し子であるナポレオンをどう評価するか という観点からナポレオンの業績と同時代人の評 価からナポレオン時代の特質を生徒に考察させる 授業を展開する。
①フランス民衆から見たナポレオン
1804年の皇帝就任の国民投票の結果は357万 2339票対2579票の圧倒的多数の大差であった。フ ランス民衆がナポレオンの成果をどのように評価 したのか。政治家ナポレオンの最大の偉業は革命 の理念を法的に確定させた「ナポレオン法典」で ある。フランス国内だけではなく、ナポレオンに よって支配されたライン左岸地域でも「ナポレオ ン法典」が定着し、そこでは旧体制からの「解放 者」として迎えられた。
②ベートーヴェンとゴヤから見たナポレオン(「エ スカリエ」p.131 more)
− 14 − の戦争を通じて自国民としてのアイデンティティ を意識していった。ドイツ史家のニッパーダイが ドイツの国家形成について「はじめにナポレオン ありき」を述べたが、ドイツ以外でも国民国家の 形成はナポレオンの支配とそれへの反発抜きには 語れない。ゴヤの作品 「1808年5月3日」 も対仏 ナショナリズムを強烈に意識した作品といえる。 ゴヤの作品をどう見るかについては、『世界史の しおり』2009年10月号付録を参照されたい。ベー トーヴェンのエピソードもナポレオンが旧制度か らの 「解放者」 から 「侵略者」 へと変貌したこと を示す例となる。
③母マリア=レティティアから見たナポレオン この絵には戴冠式に欠席
したはずの母親が描かれて いる。欠席の理由には諸説 があるが、母親としてナポ レオンの皇帝就任をどのよ うに見ていたのかを生徒に 考えさせたい。絵には優し く見守る表情の母親が描か
れている。しかし、彼女は一族の栄華がいつまで 続くかわからないという不安を抱いていた。彼女 はナポレオンがくれたお金を使わずに貯金し、「も しあなた方が私を頼りにこの腕に飛び込んでくる ようなことがあれば、そのときはあなた方も私が 今やっていることに感謝するでしょう」 と言った。 実は母親も 「侵略者」 ナポレオンの没落を見抜い ていた人物の一人であった。
2)フランス革命〜ナポレオン時代を総括して 1時間目ではフランス革命の「革命」とはどの ような現象かを学習した。この学習を通じて、人々 が自由や平等の理念を樹立した人権宣言とそれを どのように具現化するかの政治闘争で革命が急進 化し、恐怖政治を生み出したことを確認した。2 時間目では、ナポレオンの業績と同時代から見た ナポレオン評を通じて、ナポレオンの世界史上の 意義を確認した。フランス革命が生んだ理念をナ ポレオンはどう取り扱ったのか。ナポレオンの戴 冠式では「私は権利の平等、政治的および市民的
自由、国有財産売却の不可侵性を尊重し尊重させ ることを…(中略)…フランス国民の利益と幸福 と栄光のためにのみ統治することを誓う」と述べ た。その後ヨーロッパを戦争に巻き込んだとして も、フランス革命の成果を取り入れて近代社会の 基礎を築いたことは覆ることはない。その意味で はナポレオンは革命の「完成者」である。フラン スだけにとどまらず、フランス革命〜ナポレオン の時代は古い社会の崩壊と新しい社会ができつつ ある時代の転換点であり、その新しい社会に住む 我々にも様々な成果を残している。
4 おわりに
今回の拙稿では世界史Aでの授業を前提にフラ ンス革命をできるだけシンプルに取り扱うことに 主眼を置いた。しかし、フランス革命〜ナポレオ ン時代は研究者の間でも統一的な見方がでていな いうえに、研究が細分化されている。それを踏ま え、授業の切り口は多様な視点がある。国民国家 の視点からのフランス革命を見直す授業や、フラ ンス革命期の女性や植民地の人々(ハイチなど)、 ナポレオンの支配地域(ライン左岸)の人々の「自 由」の視点から人権宣言の持つ「人権の範囲の限 界」というテーマ学習も可能であろう。フランス 革命中の事件や人物は非常にドラマ性があり、切 り口によってはいかようにも面白く授業ができる。 それを生徒に提示することで、三国志や幕末維新 期のように、歴史の面白さに目覚めるきっかけを あたえるかもしれない。原稿執筆を引き受けた当 初は、「フランス革命をそんなに時間をかけて教 える必要性があるのだろうか?」と疑問に感じた ときもあったが、本を読めば読むほどいろいろな 切り口で授業をやってみたいという衝動に駆られ てきた。そのくらいフランス革命が魅力に溢れる 時代であることは間違いないと再確認させられた。
<参考文献>
安達正勝『物語 フランス革命』中公新書 2008
安達正勝『ナポレオンを創った女たち』集英社新書 2001 多木浩二『絵で見るフランス革命』岩波新書 1989 遅塚忠躬『フランス革命』岩波ジュニア新書 1997 松浦義弘『フランス革命の社会史』山川出版社 1997
母マリア
ナポレオン
妻ジョゼフィーヌ