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風評被害はこうすれば解消できる

「情報の経済学」で買い控え問題を読み解く

安田 洋祐

初出: 2011 年 8 月

3.11の東日本大震災,特に津波によって引き起こされた東京電力福島第一原子 力発電所の事故以来,放射性物質による汚染に関するニュースが後を絶たない.各 地域の詳細な放射線量が次第に明らかになるとともに,最近では農水産物汚染に 関する事実が次々と報道されている.これに伴い,「風評で△△市の観光客が激減 した」「○○産の××が風評被害を受けている」といったように,風評あるいは風 評被害という表現を耳にする機会が急増した.

こうした風評報道に関して,「風評」という言葉の持つ意味や使い方に疑問や違 和感を持つ読者も多いのではないだろうか.そこで,「風評 (被害)」の意味や風評 が生まれる原因,その解決策を経済学的に考えることで,風評を巡る論点を整理 してみたい.

そもそも風評って何だろう?

まずは,風評の意味について確認しておこう.風評とは「うわさ」,特に「事実 と異なるうわさ」や「事実に基づかない (根拠のない) うわさ」を指す.ここでは 風評被害を「事実に基づかないうわさが原因となって生じる (経済的な) 被害」と 定義する.

実際の報道,あるいは日常会話で,風評被害はこの定義に基づいて正しく使わ れているのだろうか?

話を分かりやすくするために,食品に関する風評被害について次の 3 つの状況

本稿は『日経ビジネスオンライン』(2011 年 8 月 22 日)「気鋭の論点」に掲載された記事を転 載したものです.

やすだ・ようすけ — 政策研究大学院大学助教授.2002 年東京大学経済学部卒.2007 年,米プ リンストン大学経済学部博士課程修了 (Ph.D.),同年から現職.専門はゲーム理論とマーケットデ ザイン.編著書に『学校選択制のデザイン ゲーム理論アプローチ』(NTT 出版) がある.Twitter

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を考えてみる.「○○」(地名) は,何らかの汚染被害が既に発生している地域だと イメージしてほしい.

状況 A:「安全基準を満たしている事が明らかな食品 X が○○産というだけで売れ ない」

状況 B:「安全基準の数値を超える汚染量が検出された○○産の食品 X が売れない」

状況 C:「正確な汚染状況について公表されていない○○産の食品 X が売れない」 状況 A が風評被害である一方,状況 B がそうではないことは明らか.問題は, 現実にもしばしば発生する状況 C のような場合.C を風評被害と呼ぶべきかどう かは,上の定義における「事実に基づかない」という部分をどう解釈するかによっ て変わってくるからだ.

事実とは “100%” 確かなもの?

食品 X について「汚染の事実が確実に (100%) 明らかになっていない限り「事 実」と認めるべきではない」という立場であれば C は風評被害になるだろう.既 に○○産の別の食品から汚染被害が見つかっている場合でも,食品 X が汚染され ていることは確定していないのだから,「汚染の『事実』がない」と言える.その 食品を避けることは,根拠のないうわさに踊らされているに過ぎない.

これに対し,はっきりと汚染事実が分からない不確実な状況自体を「事実」と して認めるのであれば,C は必ずしも風評被害にはならない.例えば,食品 X の 汚染状況を誰も正確には把握していないが,「○○産の類似食品の汚染状況などか ら 50% の確率で汚染されていることが推測される」という状況を考えてみよう. 50%の確率で食品が汚染されているという「事実」に基づいて,その危険性を 理解した上で X を買い控えるという行動には,根拠があると考えられる.したがっ て,C は風評被害とはならないのだ.

このように,不確実な状況を事実として認めるか認めないかによって,風評被 害の対象範囲自体が変わってしまう.「風評」表現の使い方,使われ方に対する違 和感は,この両者の違いによって生じているのだ.

「汚染の事実が確実に明らかになっていない限り『事実』と認めるべきではな い」という立場の風評報道を,「はっきりと汚染事実が分からない不確実な状況自 体を『事実』として認める」という立場の視聴者が耳にすると,「なぜ根拠がある ように見える消費者の行動まで風評被害と言うのだろうか?」と疑問を感じ,釈 然としない気分に陥ってしまう,というわけだ.

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生産者と消費者間にある情報量の差

先ほどの例では,食品 X の生産者と (潜在的な) 消費者との間にある,汚染状況 に関する知識や情報の差を考えていなかった.しかし現実には多くの場合,生産者 の方が消費者よりも確かな情報を持っている.経済学では,このように当事者た ちの間で受け取る情報に差がある場合,「情報の非対称性が存在する」と表現する.

この情報の非対称性が引き起こす新たな問題を理解するために,まずは次の状 況を考えてみよう.

状況 D:「食品 X が安全であることを生産者は知っているが,消費者にはその情 報が伝わっていない.そのため○○産の食品 X が売れない」

ここで素直に「食品 X が安全である」ことを事実だと解釈すると,消費者の行 動が事実に基づかないため,冒頭で述べた定義から状況 D は風評被害になる.安 全な食品が売れないのだから,生産者としてはまさに風評被害と言いたくなるだ ろう.

しかし,買い手である消費者にはこの事実が伝わっていない点に注意が必要だ. もしも生産者ではなく,消費者が直面している不確実な状況の方を事実として認 めるならば,C の例で見た「はっきりと汚染事実が分からない不確実な状況自体 を『事実』として認める」という解釈と同様に,D を風評被害と呼ぶことはでき なくなるだろう.

このように,情報の非対称性がある場合には,誰にとっての,誰の視点から見 た状況を事実と解釈するかによって,風評被害の範囲が変わってくる.情報の非 対称性によって,「風評」の解釈がさらに複雑になってしまうのだ.実際の報道で は,生産者から見た状況を事実だと解釈する立場から,状況 D のような現象を風 評被害と呼ぶことが多いように思う.

情報の経済学で風評被害を分析する

さて,ここまでは風評の意味や解釈について考察してきた.次に状況 D のよう に,情報の非対称性がある状況をどうしたら改善できるのかについて,経済学の 知見を生かしながら考えていくことにしよう.情報の非対称性を解決して安全な 食品を売るためには,いったいどうすればよいのだろうか?

情報の非対称性を扱う経済学の分野は「情報の経済学」と呼ばれている.1970 年代から急速に研究が進み,質の高い商品が市場から駆逐されてしまう「アドバー ス・セレクション (逆選択)」現象や,労働市場における学歴の「シグナリング」機 能の発見,最適な「保険契約メニュー」の分析など,様々な興味深い成果が生み 出された.これらの貢献が評価され,2001 年には情報の経済学のパイオニアであ るマイケル・スペンス,ジョージ・アカロフ,ジョゼフ・スティグリッツの 3 氏に

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ノーベル経済学賞が授与されている.

では,情報の経済学を用いると,先ほどの状況 D はどのように分析できるのか. 生産者と消費者の間に横たわる情報の非対称性を解決するには,事実を知って いる生産者が行動を起こす方法と,正確な事実を知らない消費者から先に動く方 法の 2 通りがある.前者をシグナリング,後者をスクリーニングと呼ぶ.

ここでは,生産者が先に行動するシグナリングについて考えてみよう.

シグナリング問題を分析する上でカギを握るのは,(a) 行動を通じてどのような 情報を生産者が消費者に送れるのか,(b) その時にどの程度のコストがかかるのか の 2 点だ.これらの性質によって異なる 4 つの状況 (数理モデル) が考えられる.

生産者が汚染状況を直接立証できる (つまり安全であることを 100% 示すことが できる) 行動を選べる場合,これを情報開示 (Information Disclosure) モデルと呼 ぶ.立証はできないが,何らかの行動を通じて情報を発することができる場合に は,情報発信コストの有無に応じて,(狭義の) シグナリング・モデルおよびチー プトーク・モデルと分類する.

これらをまとめたのが以下だ.

1. チープトーク

(a) 情報を立証できない (b) 情報伝達コストがタダ 2. (狭義の) シグナリング

(a) 情報を立証できない (b) 正のコストがかかる 3. 情報開示 (1)

(a) 伝えたい情報を立証できる (b) 情報伝達コストがタダ 4. 情報開示 (2)

(a) 伝えたい情報を立証できる (b) 正のコストがかかる

ここでまず,自分の作った食品が汚染されている生産者を「危険な生産者」,汚 染されていない生産者を「安全な生産者」と便宜的に呼ぶことにする.

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チープトーク・モデルでは,安全な生産者も危険な生産者も「うちの商品は安 全です」と言う具合に,口先だけの情報伝達が発生してしまう.正しい情報が消 費者には一切伝わらず,風評被害はなくならない.

シグナリング・モデルでは,正しい情報が間接的に消費者に伝わる可能性が出 てくる.

例えば,生産者が汚染の疑いがある食品を自ら食べてみせる,という行動を考 えてみよう.こうしたパフォーマンスは,直接的に食品の安全性を立証するわけ ではない.しかし,実際に汚染が深刻な場合には (危険な生産者の) 情報発信コス トが高くなるので,こうしたパフォーマンスを行いにくくなる.逆に,安全な生 産者にはコストが生じないので,喜んでパフォーマンスをするだろう.結果的に, 消費者は生産者の行動を通じて,間接的に食品の安全性について学習できる.

情報開示コストが風評被害の解消を左右する

情報開示 (1) の状況では,生産者が自分の持っている情報をタダで立証できる. 安全な生産者はすべて自発的に安全性を立証する一方で,危険な生産者は立証で きないため,情報の非対称性は完全に解消される.

これは汚染状況が安全か危険かの 2 種類ではなく,より細かく分かれている場 合にも成り立つ.

生産者によって汚染数値が異なる状況を考えてみよう.最も低い数値の生産者 は,より数値の高いほかの生産者と自分を差別化したいため,安全性を立証する だろう.低い数値の生産者が情報開示をすると,それより少し数値が高い生産者に も,自分をほかの生産者と差別化するインセンティブ (動機付け) が発生する.情 報を開示しなければ,自分よりも数値の高い生産者と混同されてしまうリスクが あるからだ (自分よりも低い数値の生産者は既に情報開示をしている点に注意).

こうして,ドミノ倒しのように情報開示が自発的に進んでいき,最終的にすべて の非対称情報が解消されることが理論的に示される.この現象は「完全開示 (Full Disclosure)」と呼ばれる.政府などの第 3 者が情報公開を要請または強制しなくて も,すべての情報が生産者によって自発的に公開される点が重要だ.

ところで,生産者は安全性を立証する手段を現実に持っているのだろうか?  現在,日本を脅かしている放射性物質による汚染については,計測器を用いて 汚染数値を客観的に測定することにより,汚染の実体をほぼ正確に立証すること ができる.ただし,計測器を購入・利用するコストが高いため,情報開示 (1) では なく,情報開示 (2) に該当する状況だと考えられる.

このケースでも,コストが一定の水準に収まっていれば,先ほどの完全開示が 実現するが,コストが高すぎる,あるいはそもそも計測器が足りない場合には,不

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のである.

ここで,「情報の経済学」による分析を踏まえると,計測器の利用コストを政府 や自治体が生産者の代わりに負担して,状況を情報開示 (1) に近づけることで,汚 染情報の完全開示を促せることができるのが分かる.

風評被害に苦しむ生産者を救い,消費者の不安を和らげるためにも,計測器の 拡充や配布,計測コストの肩代わりなどを通じた政府・自治体のさらなる支援が 求められる.

参照

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