「貧困」を生きる人びとのくらしを書く
大学院メディア・コミュニケーション研究院
大学院教育学院 准教授
専門分野 : フィリピン地域研究,サマ・バジャウ研究,貧困研究 研究のキーワード : 経済,文化人類学,くらし,ことば,コミュニケーション
現在の研究に取り組むに至った経緯は何ですか?
フィリピンの地域研究を専門としています。とくに、貧困者及び貧困問題に取り組む現 地の人びとの生き方について民族誌的手法で書くことを仕事としています。大学院では、 アジア諸国を対象に経済発展論や開発経済学を学 びましたが、フィリピンに留学した際に現地の文化 的少数者のうちでも「バジャウ」(自称はサマ)と呼 ばれる人びとにめぐりあったことがいまの研究につ ながっています。これらの人びとは従来、フィリピ ン南部の海域で海に関わる生業をもち、家船(居住 空間を兼ねた船)や沿岸部に建てられた杭上家屋に くらしていました。しかし、他の民族集団とフィリ ピン政府との間の武装紛争などによる治安悪化にと もない、もともとくらしていた地域に住めなくなり、 ほかの地域に難民として移住していきました。
私 が20代 後 半 に 初 め て ダ バ オ 市 に 貧 困 調 査 に 入ったとき、「バジャウ」といえば、「物乞い」の代 名詞でした。たしかにバジャウの人びとは稼げる仕 事もなく、教育も受けておらず、身なりもぼろぼろ でした。ほかの地元住民とは異なり、教会にもモスクにもほとんど通っていませんでした。 こちらが使うことばもあまり通じません。だから最初は、私自身だけでなく、地元出身の 調査助手さえも、「バジャウの人びとは差別されて困っている」から「福祉や援助が必要だ」 と義憤にかられていました。
しかし、自分の眼で見て、自分の考え方(枠組)で判断したことが正しいとは限りません。 ひとつの疑問は、数値で把握される経済的な側面だけ見て文化的な側面は考慮しなくてよ いのか。もうひとつの疑問は、当事者自身がくらしの中で大切にしていることは、異文化 からきた自分には見えないのではないか、というものでした。そこで、経済学の枠組から 越境して文化人類学を学び、生活の諸側面を統合して描く民族誌の手法に向かいました。
どのような方法で研究しているのですか?
「貧困」ときくと「お金がない状態」と思うかもしれません。しかし、もう少し深く考 えてみることもできます。たとえば、インド出身でノーベル賞受賞経済学者のアマルティ
社会
写真1 ダバオ市のサマ集落、満潮時(2002年)
写真2 ダバオ市のサマ集落、干潮時(2002年)
出身高校:神奈川県立湘南高校 最終学歴:東京大学大学院経済学研究科
青山
あおやま
和佳
わ か
― 170 ― ― 171 ―
ア・センは、ひとの生き方を評価するためには、財・所得そのものではなく、そのひとが いかなる「生き方」・「在り方」を達成できるかという観点に立つべきである、と提唱しま した。センは、ひとが行為主体としてもつ自由も重視しています。
センの考え方に刺激を受けながら、私が調査研究を実際に行う上で役立っているは、オ スカー・ルイスの一群の作品 です。ルイスは米国の人類学 者でメキシコの家族の1日を 描いた『貧困の文化』で知ら れていますが、実際には彼は じつに長い時間をかけ、多種 多様なデータを収集しながら、 貧困を生きる人びとの姿を書 きました。私も聴き取りや参 与観察をしながら、当事者が 必ずしも細かく把握していな い日常的な金融活動などにつ いて客観的なデータをとらせ て頂いています。また、継続 的に訪問することにより、2 世代以上に渡るくらしの民族 誌を調査地の人びとと共につ くろうと心がけています。
「貧困」を生きる人びとのくらしを書くことの意義は何ですか?
いまの社会科学において私の研究は、困難な研究対象 に接近したことと、現地調査により精緻な一次資料を収 集したことが評価されています。けれども、グローバル 化した世界において人類共通の課題である「貧困」の緩 和に自分の研究が役に立つかと問われれば、無力である と認めざるをえません。私がやりたいことは、「貧困」と いう概念のもとに人びとのくらしが過度に単純化されて 理解されたり、操作対象とされたりしてしまう危険に抗 して、ひとつの生々しい物語を語り継ぐことです。
参考書
(1) アマルティア・セン著/鈴村興太郎訳,『福祉の経済学―財と潜在能力』,岩波書店(1988) (2) オスカー・ルイス著/高山智博他訳,『貧困の文化―メキシコの5つの家族』,ちくま
学芸文庫(2003)
表1 物乞いでくらすサマの一家の家計(1999年5月~12月)
写真3 外国か らの古着を行商す る サマの少女
― 170 ― ― 171 ―