FutureBody: 身体性を基盤にした知覚拡張インタフェースに関するメモ
岡本誠*1、秋田純一*2、小松孝徳*3、伊藤清英*1、小野哲雄*4
*1公立はこだて未来大学,*2金沢大学,*3信州大学,*4北海道大学
概要
私たちは空間的な情報を直観的に理解するための幾つもの知覚拡張装置を開発してき た.これらの装置は,単に感覚情報を変換する装置ではなく,人間に新たな知覚を創 造する可能性を持っている.この論文では,人間の知覚を拡張するインタラクション の概念-FutureBody-を示し, 試作した装置と身体性について考察した.
キーワード
知覚拡張装置,感覚代行装置, FutureBody, CyARM, FB.Finger, 空間知覚
1 . はじめに
筆者らは, CyARM([1],[2],[3],[4],図 1) や"FutureBody.Finger(以下 FB.Finger,
[5],図 2)"という視覚以外の感覚を用いた空間を認識するための装置を開発してきた.
これらは,センサで計測した対象物までの距離や物体情報を抽象化した記号(音、振 動)で伝えるのではなく,腕や指を屈伸させる身体の動きに働きかけて,外部の様子 を非接触で直感的に利用者に伝達する装置である.
この装置は,感覚に関わる情報を電子的に変換する単純な装置であるが,視覚障碍 者は物体の形やレイアウトを非接触に理解することができ,また晴眼者は暗闇を探索
することができる.単純な機構だが視覚を用いないで外界をある程度理解できるのは,
人間の知覚のメカニズムと深く関わっているように思われる.人間の知覚を拡張する 装置を考えるためには,様々な知覚に共通する人間的な要素を取り込む必要があると 考えている.
2 . 視覚代行装置とFutureBody
視覚代行装置の研究は,情報出力方式から音信号を使用した装置と触覚信号を使用 した装置とに分けられる.前者は超音波センサにより外界の物体を探知し可聴音波に
変換して利用者に伝える(Tri-Sensor, Kay 他[7].後者は可聴音の代わりに振動のよ
うな触覚信号を出力として利用している(Mini Guide 他).これらは,工学的には知覚
に関わる情報を変換しているだけだが,身体に装置を装着して身体の動きと連動する ことに意味があると考えられる.しかし,どちらの方式も物体への距離を識別するた めに推論のような間接的な認識の技能が必要であり,解釈の負荷の少ないユーザイン タフェースを考案する必要がある.
のコンセプトは,新しい感覚のモダリティを創造することである.しかしこれは,単に 環境からの刺激を視覚や聴覚のモダリティに変換することではないと考えている.
佐々木[6]が,知覚の原点は人間の身体性,特にその中でも身体の動きの中にあると言
うように,人間の知覚に関わる特性と連携してインタラクションを考察する必要があ
る.FutureBody のコンセプトの中心は,新しい感覚装置をデザインするためには,身
体性を中心に考えるという立場である.佐々木は,一般的には各感覚系は、独立であ り,感覚器官相互の非関連性が強調されてきた.感覚モダリティ間には厳然たる仕切 りがあり,それを超えた情報の相互浸透は発想されないという考え方が根強いと指摘
する.更に Neisser(1985)は,各感覚には共通性があり,時間と空間の変化のパタン
(動き)が重要な構造と指摘する.CyARMや FB.Fingerで実現した新しい感覚は,腕
や指の動きによって刺激を受容することだけでなく,対象を探索する為に外界に作用
しようとする体の動き,対象に向けて能動的に「むかう意識」などの連合により,「見
ること」や「触ること」に近い感覚を生むことができると考えている.
図 1. CyARM 図 2. FB. Finger
3 . 腕・指・からだの動きによって空間を感じる
CyARM は,腕の動きで空間を認識する装置である(図 3,図 1).これは,手に持った
装置から一本の紐が出ており,紐の端をベルトに固定して使う.センサで取得した距 離情報をもとに,物体までの距離が近接していれば紐を巻き取り,遠方にあれば紐を 繰り出す簡単な仕組みである。あたかも,手の先に長い棒を持っているような動きと 感覚を再現しようとしたものである。紐の長さによってユーザの腕の動きが制約され 対象物までの距離、物体の形状を直接的に伝達することができる.利用者は,空間を 探索するために CyARM を保持し,自身のからだを動かし,また機器を保持した腕を振 って対象を認識することができる.
FB.Finger は,空間情報を指の動きに割り当てた空間知覚拡張装置である(図 4,図
2).対象までの距離情報を装置のレバーの角度に割り当て,レバーに添えた指に距離
感を伝える仕組みである.対象が近接していると指が開き,遠方にある場合は指は閉
界で変化するものと不動のものを理解することができる.
図 4.距離情報を腕の動きに割りあてる方式: CyARM
図 5.距離情報を指の動きに割りあてる方式: FB.Fnger
4 . 1 形状知覚の実験
知覚は,人間の能動的な行為と考えられるが,目的に応じて行為の方略は異なる[8].
例えば,音を聞くために音源の方向に耳の向きを傾けるなど,目的に合わせて感覚器
の動かし方は異なる.打検士は,缶を打検棒で叩き,その音を聞いて缶の中身を知る.
打検士は,聞き分ける技術だけでなく,たたく技術に優れている[8].新しい知覚装置
を作るとき,これと同じように外界への働きかけの方略のようなものがあるのでは無
いだろうか?CyARM の動かし方や探索の方法と認識の関係を調べるための実験を行っ
た[9].
4 . 2 実験の方法
被験者は,アイマスクをした晴眼者10名である.提示刺激は,球体,立方体,直 方体,円柱の4種である.提示刺激はランダムに設置され,一人12試行の探索を行 った.
4 . 3 分析と考察
められなかった.立方体と直方体の正答率が高く,球体と円柱の正答率が低かったの は,立方体のような鋭い縁を持つ形状は認識されやすいことを示唆している.鋭い縁 では,距離が急激に変化するため特徴をつかみやすいものと考えられる.
また,多次元尺度構成法により知覚した形状を分類した.4つの立体は,別々の象 限に分布された.これは,形状を認識する際にアスペクト比と縁の鋭さ(滑らかさ) によって弁別していることを示唆する.
5 . 考察とまとめ
形状知覚の実験で分かるように,被験者は形態の特徴を理解しようと身体を動かし 特徴的な変化を探索している.被験者は,新しい装置の探索経験が少ないので,正答 率は必ずしも高くはないが,縦横の比や縁の変化具合を手がかりに判別しようとして いるのが分かる.視覚的な形態の特徴とは異なり,知覚拡張装置の特性に応じた形態 を弁別方法があるように思う.
身体の動かし方を見てみると,正答率の高かった被験者は,腕や身体を自由に動か すのではなくて,対象に向かう身体の向きや腕の支点になる肩の位置を一定にしよう と身体をコントロールしていた.身体と対象との相対関係を意識することが大切だと 分かる.打検士が,缶を打検棒で叩くのと同じように,被験者は知覚拡張装置を動か してより効果的な探査方法を獲得しようと試みているようである.身体を受容器官と して見るのではなく,働きかける器官として見ることも重要と考える.
知覚拡張装置の開発をいくつか試みたが,改めて知覚にとって身体性の重要性に気 づくことになった.腕や指自体は感覚器官とは呼ばないが,簡単なユーザインタフェ ースと知覚対象に向かう能動的な身体の動きを組み合わせることで,新しい感覚の連 合が生まれる.新しい感覚モダリティを形成するのは、装置の性能だけでなく身体性 が強く関わっていると考えているが,どのような知覚が形成されるのか分からないこ とは多い.身体性を生かしたインタラクティブシステムを開発することで,人間の知 覚能力を創造することに取り組んで行きたい.
[参考文献]
[1] Makoto Okamoto, Junichi Akita, Kiyohide Ito, Tetsuo Ono, Tomohito Takagi, CyARM – Interactive Device for Environment Recognition Using a Non-visual Modality, Lecture Notes in Computer Science, 2004, Volume 3118.
[2] Junichi Akita, Takanori komatsu, Kiyohide Ito, Tetsuo Ono, and Makoto Okamoto, CyARM: Haptic Sensing Device for Spatial Localization on Basis of Exploration by Arms, Volume 2009 (2009), Article ID 901707, 6 pages
[5] 山本 顕剛, 藤本 義治, 清水 鮎穂, 秋田 純一, 小松 孝徳, 伊藤 精英, 小野 哲雄,
岡本 誠, 視覚障碍者用探索拡張装置の開発(1), HCGシンポジウム,電子情報通信学会,
2010.
[6] 佐々木正人, からだ:認識の原点, 東京大学出版会,2008.
[7] Kay, L.A sonar aid enhance spatial perception of the blind: engineering design and evaluation, Radio and Electronic Engineer 44, 11(1974), 605-627.
[8] Reed, E., & Jones, R., “Reasons for Realism”, Lawrence Erlbaum Associates, 1982.