古
来
、「
細
郷
谷
」と
呼
ば
れ
、現
在
は
伏
尾
、吉
田
、東
山
、中
川
原
、古
江
、北
古
江
、
木
部
の
7
地
区
か
ら
な
る
こ
の
地
は
、
東
西
北
の
三
方
が
山
に
囲
ま
れ
た
盆
地
と
な
っ
て
い
ま
す
。夏
は
高
温
多
湿
、
雨
は
多
く
、
冬
の
積
雪
量
は
少
な
く
温
暖
。土
壌
の
排
水
も
よ
く
、
苗
木
の
繁
殖
や
植
木
栽
培
に
適
し
た
土
地
で
あ
る
こ
と
か
ら
、
山
林
用
苗
や
桑
苗
の
栽
培
が
始
ま
り
、
植
木
栽
培
の
中
心
地
と
し
て
名
を
馳
せ
ま
し
た
。
そ
の
起
源
に
つ
い
て
、
確
か
な
定
説
は
存
在
し
ま
せ
ん
が
、
天
文(
1
5
3
2
〜
1
5
5
5
年
・
室
町
時
代
)の
頃
に
は
、
木
部
に
お
い
て
ボ
タ
ン
が
栽
培
さ
れ
て
い
た
と
言
わ
れ
て
い
ま
す
。池
田
に
住
ん
で
い
た
こ
と
で
知
ら
れ
る
室
町
時
代
の
連
歌
師
・
肖
柏
は「
牡
丹
花
」、
「
弄
花
軒
」と
号
し
て
い
ま
し
た
。彼
が
詠
ん
だ
一
句
か
ら
も
、
ボ
タ
ン
栽
培
の
存
在
に
つ
い
て
、
う
か
が
い
知
る
こ
と
が
で
き
ま
す
。
後 世 に 残 し た い 、 池 田 が 誇 る 4 5 0 年 の 伝 統 産 業
本市北部に位置する細河は、埼玉県川口市安行、 愛知県稲沢市、福岡県久留米市とともに日本四大 産地の一つと呼ばれる植木産地です。その歴史は、 遠く室町時代にまでさかのぼることができます。
「
は
る
さ
か
ぬ
花
の
心
や
深
み
草
」
深
み
草
と
は
ボ
タ
ン
の
別
名
で
す
。こ
の
句
が
出
て
か
ら
、
後
世
の
俳
人
は
初
夏
を
表
す
花
と
し
て
、
ボ
タ
ン
を
詠
む
よ
う
に
な
っ
た
と
さ
れ
て
い
ま
す
。正
保
(
1
6
4
5
〜
1
6
4
8
年
・
江
戸
時
代
)
に
は
庭
園
樹
の
栽
培
も
盛
ん
に
な
り
、
多
種
多
品
目
の
苗
木
、
成
木
、
盆
栽
な
ど
も
生
産
。接
ぎ
木
の
名
人
・
六
蔵
(
後
に
橘
兵
衛
の
名
を
賜
る
)の
登
場
に
よ
り
、
接
ぎ
木
を
は
じ
め
と
す
る
高
い
栽
培
技
術
が
細
河
に
根
付
い
て
い
き
ま
し
た
。発
根
の
腐
敗
が
な
い
と
さ
れ
る「
赤
土
」と
い
う
土
壌
も
後
押
し
し
、
元
禄(
1
6
8
8
〜
1
7
0
4
年
)年
中
に
は
そ
の
隆
盛
を
極
め
ま
す
。な
か
で
も
ボ
タ
ン
は
か
な
り
の
人
気
だ
っ
た
よ
う
で
、各
藩
の
大
小
名
に
愛
用
さ
れ
、1
年
に
1
0
0
0
株
の
ボ
タ
ン
を
出
荷
。経
済
的
価
値
も
高
く
、発
展
を
支
え
ま
し
た
。
と
こ
ろ
が
、
贅
沢
を
禁
じ
ら
れ
た「
奢
侈
植
木
生
産
に
好
適
な
環
境
と
高
い
栽
培
技
術
で
発
展
室
町
時
代
か
ら
続
く
、歴
史
あ
る
細
河
の
植
木
産
業
毎
月
1
日
、
そ
れ
ぞ
れ
の
仕
事
を
終
え
た
後
、
細
河
コ
ミ
ュ
ニ
テ
ィ
セ
ン
タ
ー
で
勉
強
会
を
行
う
細
河
植
木
塾
の
み
な
さ
ん
。2
0
0
2
年
に
認
定
農
業
者
が
「
地
域
の
P
R
拠
点
づ
く
り
」
に
つ
い
て
協
議
し
、
翌
年
に
細
河
植
木
塾
が
結
成
さ
れ
ま
し
た
。そ
の
中
心
事
業
と
な
っ
た
の
が
細
河
見
本
園
の
開
園
。整
地
や
道
路
の
施
工
に
至
る
ま
で
す
べ
て
自
分
た
ち
の
手
で
作
り
上
げ
、
2
0
0
7
年
に
開
業
し
ま
し
た
。さ
ら
に
、
顧
客
の
ニ
ー
ズ
に
常
時
応
え
る
べ
く
、
植
木
の
発
注
が
あ
れ
ば
連
携
し
て
調
達
を
行
う
シ
ス
テ
ム
を
導
入
し
、
一
般
の
方
向
け
の
販
売
が
少
な
い
と
い
う
問
題
解
決
に
尽
力
。「
細
河
に
は
こ
ん
な
特
産
物
が
あ
る
っ
て
こ
と
を
知
っ
て
い
た
だ
き
た
い
で
す
。ぜ
ひ
見
本
園
に
も
遊
び
に
来
て
く
だ
さ
い
」
と
会
長
・
沢
田
英
樹
さ
ん
。毎
年
11
月
に
開
催
さ
れ
る
農
業
祭
で
は
、
多
種
多
様
な
木
を
販
売
。伝
統
を
守
り
継
ぐ
活
動
は
、
こ
れ
か
ら
も
広
が
っ
て
い
き
ま
す
。
見
本
園
を
通
じ
て
植
木
の
魅
力
を
伝
え
る
細
河
植
木
塾
新
た
な
販
売
ス
タ
イ
ル
を
構
築
し
、伝
統
を
守
り
継
ぐ
(上写真)樹形の美しさが特徴のマキ は、古江の生産樹です (下写真)業者 向けに植木市の開催および各種園芸 造園用資材の販売を行う細河園芸セン ター(中川原 448-1、☎751・6839) 「植木ショールーム」としての役割も持つ見本園の樹種は、なんと 150 種
見本園の管理も細河植木塾のみなさ んで行っています。作業中、通りがかった 人に「この花は何?」、「あの木が欲しい」 と話しかけられ、取り扱いのある品種を後 日販売することもあるそうです。
特 集
細河見本園(東山町 607-1、バス停「東山」すぐ)
【開園時間】常時 【休園日】無
※来園は公共交通機関をご利用ください。
【細河植木塾 HP】 http://www.hosokawa-ueki22.com
禁
止
令
」(
1
7
1
6
年
・
享
保
の
頃
)
に
よ
り
、
細
河
の
植
木
栽
培
は
一
時
衰
退
し
て
し
ま
い
ま
す
。そ
れ
で
も
、
江
戸
時
代
中
期
か
ら
明
治
、
大
正
時
代
に
か
け
て
再
び
繁
栄
を
迎
え
、
さ
ら
に
時
代
が
進
ん
で
い
く
に
つ
れ
て
、
細
河
の
植
木
は
販
路
を
拡
大
し
て
い
き
ま
す
。
大
正
初
期
に
は
満
州
・
朝
鮮
半
島
へ
植
木
が
移
出
さ
れ
ま
し
た
。昭
和
初
期
に
な
る
と
、細
河
園
芸
組
合(
池
田
市
細
河
園
芸
農
業
協
同
組
合
の
前
身
)
の
組
合
員
が
中
国
大
陸
、東
南
ア
ジ
ア
、欧
米
諸
国
に
派
遣
さ
れ
、
取
引
を
す
る
ま
で
に
発
展
し
ま
し
た
。し
か
し
、戦
争
の
進
行
と
と
も
に
組
合
の
機
能
も
停
止
。第
二
次
世
界
大
戦
中
は
食
糧
生
産
へ
の
転
換
を
余
儀
な
く
さ
れ
、
植
木
の
生
産
は
途
絶
状
態
と
な
り
ま
し
た
。終
戦
後
、植
木
生
産
の
再
興
が
な
さ
れ
、
昭
和
29
年(
1
9
5
4
年
)に
は
常
設
植
木
市
場
が
開
設
さ
れ
ま
し
た
。高
度
経
済
成
長
期
に
は
生
活
水
準
の
向
上
・
建
築
様
式
の
洋
風
化
の
好
影
響
を
受
け
、
需
要
と
と
も
に
生
産
を
拡
大
し
ま
し
た
。
昭
和
48
年
(
1
9
7
3
年
)の
オ
イ
ル
シ
ョ
ッ
ク
以
降
は
生
産
事
業
体
数
や
生
産
面
積
、
栽
培
本
数
と
も
減
少
の
一
途
を
た
ど
り
ま
す
。近
年
の
交
通
網
の
発
達
や
後
継
者
不
足
、産
地
間
の
競
争
、市
場
構
造
の
変
化
も
相
ま
っ
て
、
室
町
時
代
か
ら
続
く
細
河
の
植
木
産
業
も
苦
境
に
立
た
さ
れ
ま
す
。そ
ん
な
な
か
、業
界
の
発
展
と
後
継
者
育
成
、
細
河
の
活
性
化
を
め
ざ
し
て
立
ち
上
が
っ
た
の
が
〝
植
木
の
プ
ロ
集
団
〞
細
河
植
木
塾
で
す
。
植
木
市
場
が
開
設
さ
れ
ま
し
た
。高
度
経
済
成
長
期
に
は
生
活
水
準
の
向
上
・
建
築
様
式
の
洋
風
化
の
好
影
響
を
受
け
、
需
要
と
と
も
に
生
産
を
拡
大
し
ま
し
た
。
昭
和
48
年
(
1
9
7
3
年
)の
オ
イ
ル
シ
ョ
ッ
ク
以
降
は
生
産
事
業
体
数
や
生
産
面
積
、
栽
培
本
数
と
も
減
少
の
一
途
を
た
ど
り
ま
す
。近
年
の
交
通
網
の
発
達
や
後
継
者
不
足
、産
地
間
の
競
争
、市
場
構
造
の
変
化
も
相
ま
っ
て
、
室
町
時
代
か
ら
続
く
細
河
の
植
木
産
業
も
苦
境
に
立
た
さ
れ
ま
す
。そ
ん
な
な
か
、業
界
の
発
展
と
後
継
者
育
成
、
細
河
の
活
性
化
を
め
ざ
し
て
立
ち
上
が
っ
た
の
が
〝
植
木
の
プ
ロ
集
団
〞
細
河
植
木
塾
で
す
。
ほ
そ
ご
う
だ
に
し
ょ
う
は
く
ろ
う
か
け
ん
ぜ
い
た
く
し
ゃ
し
は
あんぎょう
いなざわ く る め
古
来
、「
細
郷
谷
」と
呼
ば
れ
、現
在
は
伏
尾
、吉
田
、東
山
、中
川
原
、古
江
、北
古
江
、
木
部
の
7
地
区
か
ら
な
る
こ
の
地
は
、
東
西
北
の
三
方
が
山
に
囲
ま
れ
た
盆
地
と
な
っ
て
い
ま
す
。夏
は
高
温
多
湿
、
雨
は
多
く
、
冬
の
積
雪
量
は
少
な
く
温
暖
。土
壌
の
排
水
も
よ
く
、
苗
木
の
繁
殖
や
植
木
栽
培
に
適
し
た
土
地
で
あ
る
こ
と
か
ら
、
山
林
用
苗
や
桑
苗
の
栽
培
が
始
ま
り
、
植
木
栽
培
の
中
心
地
と
し
て
名
を
馳
せ
ま
し
た
。
そ
の
起
源
に
つ
い
て
、
確
か
な
定
説
は
存
在
し
ま
せ
ん
が
、
天
文(
1
5
3
2
〜
1
5
5
5
年
・
室
町
時
代
)の
頃
に
は
、
木
部
に
お
い
て
ボ
タ
ン
が
栽
培
さ
れ
て
い
た
と
言
わ
れ
て
い
ま
す
。池
田
に
住
ん
で
い
た
こ
と
で
知
ら
れ
る
室
町
時
代
の
連
歌
師
・
肖
柏
は「
牡
丹
花
」、
「
弄
花
軒
」と
号
し
て
い
ま
し
た
。彼
が
詠
ん
だ
一
句
か
ら
も
、
ボ
タ
ン
栽
培
の
存
在
に
つ
い
て
、
う
か
が
い
知
る
こ
と
が
で
き
ま
す
。
後 世 に 残 し た い 、 池 田 が 誇 る 4 5 0 年 の 伝 統 産 業
本市北部に位置する細河は、埼玉県川口市安行、 愛知県稲沢市、福岡県久留米市とともに日本四大 産地の一つと呼ばれる植木産地です。その歴史は、 遠く室町時代にまでさかのぼることができます。
「
は
る
さ
か
ぬ
花
の
心
や
深
み
草
」
深
み
草
と
は
ボ
タ
ン
の
別
名
で
す
。こ
の
句
が
出
て
か
ら
、
後
世
の
俳
人
は
初
夏
を
表
す
花
と
し
て
、
ボ
タ
ン
を
詠
む
よ
う
に
な
っ
た
と
さ
れ
て
い
ま
す
。正
保
(
1
6
4
5
〜
1
6
4
8
年
・
江
戸
時
代
)
に
は
庭
園
樹
の
栽
培
も
盛
ん
に
な
り
、
多
種
多
品
目
の
苗
木
、
成
木
、
盆
栽
な
ど
も
生
産
。接
ぎ
木
の
名
人
・
六
蔵
(
後
に
橘
兵
衛
の
名
を
賜
る
)の
登
場
に
よ
り
、
接
ぎ
木
を
は
じ
め
と
す
る
高
い
栽
培
技
術
が
細
河
に
根
付
い
て
い
き
ま
し
た
。発
根
の
腐
敗
が
な
い
と
さ
れ
る「
赤
土
」と
い
う
土
壌
も
後
押
し
し
、
元
禄(
1
6
8
8
〜
1
7
0
4
年
)年
中
に
は
そ
の
隆
盛
を
極
め
ま
す
。な
か
で
も
ボ
タ
ン
は
か
な
り
の
人
気
だ
っ
た
よ
う
で
、各
藩
の
大
小
名
に
愛
用
さ
れ
、1
年
に
1
0
0
0
株
の
ボ
タ
ン
を
出
荷
。経
済
的
価
値
も
高
く
、発
展
を
支
え
ま
し
た
。
と
こ
ろ
が
、
贅
沢
を
禁
じ
ら
れ
た「
奢
侈
植
木
生
産
に
好
適
な
環
境
と
高
い
栽
培
技
術
で
発
展
室
町
時
代
か
ら
続
く
、歴
史
あ
る
細
河
の
植
木
産
業
毎
月
1
日
、
そ
れ
ぞ
れ
の
仕
事
を
終
え
た
後
、
細
河
コ
ミ
ュ
ニ
テ
ィ
セ
ン
タ
ー
で
勉
強
会
を
行
う
細
河
植
木
塾
の
み
な
さ
ん
。2
0
0
2
年
に
認
定
農
業
者
が
「
地
域
の
P
R
拠
点
づ
く
り
」
に
つ
い
て
協
議
し
、
翌
年
に
細
河
植
木
塾
が
結
成
さ
れ
ま
し
た
。そ
の
中
心
事
業
と
な
っ
た
の
が
細
河
見
本
園
の
開
園
。整
地
や
道
路
の
施
工
に
至
る
ま
で
す
べ
て
自
分
た
ち
の
手
で
作
り
上
げ
、
2
0
0
7
年
に
開
業
し
ま
し
た
。さ
ら
に
、
顧
客
の
ニ
ー
ズ
に
常
時
応
え
る
べ
く
、
植
木
の
発
注
が
あ
れ
ば
連
携
し
て
調
達
を
行
う
シ
ス
テ
ム
を
導
入
し
、
一
般
の
方
向
け
の
販
売
が
少
な
い
と
い
う
問
題
解
決
に
尽
力
。「
細
河
に
は
こ
ん
な
特
産
物
が
あ
る
っ
て
こ
と
を
知
っ
て
い
た
だ
き
た
い
で
す
。ぜ
ひ
見
本
園
に
も
遊
び
に
来
て
く
だ
さ
い
」
と
会
長
・
沢
田
英
樹
さ
ん
。毎
年
11
月
に
開
催
さ
れ
る
農
業
祭
で
は
、
多
種
多
様
な
木
を
販
売
。伝
統
を
守
り
継
ぐ
活
動
は
、
こ
れ
か
ら
も
広
が
っ
て
い
き
ま
す
。
見
本
園
を
通
じ
て
植
木
の
魅
力
を
伝
え
る
細
河
植
木
塾
新
た
な
販
売
ス
タ
イ
ル
を
構
築
し
、伝
統
を
守
り
継
ぐ
(上写真)樹形の美しさが特徴のマキ は、古江の生産樹です (下写真)業者 向けに植木市の開催および各種園芸 造園用資材の販売を行う細河園芸セン ター(中川原 448-1、☎751・6839) 「植木ショールーム」としての役割も持つ見本園の樹種は、なんと 150 種
見本園の管理も細河植木塾のみなさ んで行っています。作業中、通りがかった 人に「この花は何?」、「あの木が欲しい」 と話しかけられ、取り扱いのある品種を後 日販売することもあるそうです。
特 集
細河見本園(東山町 607-1、バス停「東山」すぐ)
【開園時間】常時 【休園日】無
※来園は公共交通機関をご利用ください。
【細河植木塾 HP】 http://www.hosokawa-ueki22.com
禁
止
令
」(
1
7
1
6
年
・
享
保
の
頃
)
に
よ
り
、
細
河
の
植
木
栽
培
は
一
時
衰
退
し
て
し
ま
い
ま
す
。そ
れ
で
も
、
江
戸
時
代
中
期
か
ら
明
治
、
大
正
時
代
に
か
け
て
再
び
繁
栄
を
迎
え
、
さ
ら
に
時
代
が
進
ん
で
い
く
に
つ
れ
て
、
細
河
の
植
木
は
販
路
を
拡
大
し
て
い
き
ま
す
。
大
正
初
期
に
は
満
州
・
朝
鮮
半
島
へ
植
木
が
移
出
さ
れ
ま
し
た
。昭
和
初
期
に
な
る
と
、細
河
園
芸
組
合(
池
田
市
細
河
園
芸
農
業
協
同
組
合
の
前
身
)
の
組
合
員
が
中
国
大
陸
、東
南
ア
ジ
ア
、欧
米
諸
国
に
派
遣
さ
れ
、
取
引
を
す
る
ま
で
に
発
展
し
ま
し
た
。し
か
し
、戦
争
の
進
行
と
と
も
に
組
合
の
機
能
も
停
止
。第
二
次
世
界
大
戦
中
は
食
糧
生
産
へ
の
転
換
を
余
儀
な
く
さ
れ
、
植
木
の
生
産
は
途
絶
状
態
と
な
り
ま
し
た
。終
戦
後
、植
木
生
産
の
再
興
が
な
さ
れ
、
昭
和
29
年(
1
9
5
4
年
)に
は
常
設
植
木
市
場
が
開
設
さ
れ
ま
し
た
。高
度
経
済
成
長
期
に
は
生
活
水
準
の
向
上
・
建
築
様
式
の
洋
風
化
の
好
影
響
を
受
け
、
需
要
と
と
も
に
生
産
を
拡
大
し
ま
し
た
。
昭
和
48
年
(
1
9
7
3
年
)の
オ
イ
ル
シ
ョ
ッ
ク
以
降
は
生
産
事
業
体
数
や
生
産
面
積
、
栽
培
本
数
と
も
減
少
の
一
途
を
た
ど
り
ま
す
。近
年
の
交
通
網
の
発
達
や
後
継
者
不
足
、産
地
間
の
競
争
、市
場
構
造
の
変
化
も
相
ま
っ
て
、
室
町
時
代
か
ら
続
く
細
河
の
植
木
産
業
も
苦
境
に
立
た
さ
れ
ま
す
。そ
ん
な
な
か
、業
界
の
発
展
と
後
継
者
育
成
、
細
河
の
活
性
化
を
め
ざ
し
て
立
ち
上
が
っ
た
の
が
〝
植
木
の
プ
ロ
集
団
〞
細
河
植
木
塾
で
す
。
植
木
市
場
が
開
設
さ
れ
ま
し
た
。高
度
経
済
成
長
期
に
は
生
活
水
準
の
向
上
・
建
築
様
式
の
洋
風
化
の
好
影
響
を
受
け
、
需
要
と
と
も
に
生
産
を
拡
大
し
ま
し
た
。
昭
和
48
年
(
1
9
7
3
年
)の
オ
イ
ル
シ
ョ
ッ
ク
以
降
は
生
産
事
業
体
数
や
生
産
面
積
、
栽
培
本
数
と
も
減
少
の
一
途
を
た
ど
り
ま
す
。近
年
の
交
通
網
の
発
達
や
後
継
者
不
足
、産
地
間
の
競
争
、市
場
構
造
の
変
化
も
相
ま
っ
て
、
室
町
時
代
か
ら
続
く
細
河
の
植
木
産
業
も
苦
境
に
立
た
さ
れ
ま
す
。そ
ん
な
な
か
、業
界
の
発
展
と
後
継
者
育
成
、
細
河
の
活
性
化
を
め
ざ
し
て
立
ち
上
が
っ
た
の
が
〝
植
木
の
プ
ロ
集
団
〞
細
河
植
木
塾
で
す
。
ほ
そ
ご
う
だ
に
し
ょ
う
は
く
ろ
う
か
け
ん
ぜ
い
た
く
し
ゃ
し
は
あんぎょう
いなざわ く る め
細河植木まっぷ
久安寺
久安寺
伏尾温泉
伏尾温泉 伏尾伏尾
吉田橋 吉田橋
新吉田橋
新吉田橋
吉田橋
吉田橋
消防署
消防署
ローソン
ローソン
細川神社
細川神社
陽松庵
陽松庵
高橋
高橋
光妙寺
光妙寺
慈恩寺
慈恩寺
神明社
神明社
細河コミュニティセンター
細河コミュニティセンター
細河分団(消防)
細河分団(消防)
細河園芸センター
細河園芸センター
細河見本園
細河見本園
圓成寺
圓成寺
東山神社
東山神社
東禅寺
東禅寺
ファミリーマート
ファミリーマート
人権文化交流センター
人権文化交流センター
如来寺
如来寺
松雲寺
松雲寺
JA細河支店
JA細河支店
ファミリーマート
ファミリーマート
楽市
楽市
猪名川
猪名川
ジャパン
ジャパン
古江橋
古江橋
無二寺
無二寺
専行寺
専行寺
松操寺
松操寺
永興寺
永興寺
紀部神宮
紀部神宮
吉田
吉田
東山
伏尾
中川原
中川原
古江
古江
北古江
北古江
木部
木部
余
野
川
余
野
川
423
173
五葉松
サザンカ
ナンテン
モミジ
ウメ
伏尾
東山
中川原
木部
古江
北古江
吉田
土質に恵まれた 環境で、カイヅカ イブキやサザン カなど、多種多様 な木を育成。
斜面が多く日照時 間が短いため、この 条件に適応するサ ツキ・ツツジなど が主な生産樹種。
細 河 園 芸 セ ン ターがある植木 の集散地。ナンテ ンなど、多品種の 苗木を生産。
接ぎ木による新種 育成など、植木栽 培の歴史と伝統が 深い土地。代表的 な木はモミジ。
程良い日照時間 と湿度で、個人庭 園でも見られる クロマツや、ウメ の栽培が盛ん。
日当たり良好で、 400年以上の歴史を 持つ五葉松が有名。 盆栽用小物なども 揃う多様さが特徴。 日当たりの良い丘
陵地帯でフジなど を生産。正月の飾物 となる松竹梅の盆 栽作りでも有名。
久安寺 久安寺
東山 東山
中川原 中川原
木部 木部
伏尾
台から見た細河全域
細河見本園
新吉田橋
細河園芸センター
【見ごろ】 2 月~3 月下旬
【見ごろ】秋ごろ(実)
【見ごろ】年中
【見ごろ】
11 月中旬~12 月上旬 【見ごろ】
10 月中旬~翌年 2 月中旬
阪急バス停
阪急バス停
地区ごとの特色と主な生産は
4