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学校選択制を制度設計の視点から考える

安田 洋祐

初出: 2011 年 2 月

日本で学校選択制が導入されてから 10 年あまりが経過しました.幅広い選択肢 の中から,公立の小・中学校を選ぶことを可能にする学校選択制は,今日もっとも 注目を集めている教育政策の一つと言えるでしょう.筆者は,この学校選択制につ いて,経済学的なアプローチ,特に「制度設計」の視点から過去数年にわたって研 究を行ってきました.学校選択と聞くと,教育学や社会学による分析をイメージ される方が多いかもしれません.本稿では,こうした従来のアプローチとは異な る,制度設計による新しいアプローチとその成果をご紹介したいと思います.な お,より詳しい内容に関しては,拙著『学校選択制のデザイン ゲーム理論アプ ローチ』(NTT 出版,編著,2010)をご覧頂ければ幸いです.

学校選択制の現状

本論に進む前に,まずは簡単に制度的な背景をご紹介しておきましょう.学校 選択制は,1998 年度に三重県紀宝町で最初に導入されました.その後じょじょに 全国の地方自治体へと広がっていき,文部科学省が 2006 年 5 月に行った調査によ ると,導入自治体数は小中学校ともに全体の 14% 前後にまで及んでいます.特に 都市部において採用率が高く,東京 23 区では 19 区ですでに公立中学校の選択制 が導入されています.また,公式には学校選択制を採用していなくても,従来は 厳格であった通学指定校変更の審査を大幅に緩和することによって,実質的に学 校選択制を採用している状況に近いような自治体も数多く存在します.このよう に現在では,「公立学校を選ぶ」ということが決して珍しい現象ではなくなってき ています.

学校選択問題の難しさ

さて,「学校を選べる」とは言っても,生徒が自分の希望する学校を本当に選ぶ ことができるとは限りません.正確に言うと,全ての生徒がそれぞれの第一希望

本稿は『中学校』平成 23 年 2 月号 (No.689) に掲載された記事を転載したものです.

(やすだ・ようすけ — 政策研究大学院大学助教授)

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の学校に確実に入学できるとは限らないのです.なぜなら,各学校には教室数に 応じた物理的なキャパシティが存在し,これを超える数の生徒を受け入れること がそもそもできないからです.現実の制度においても,生徒の希望が集中した学 校については抽選を行い,受け入れ生徒数を制限しています.結果として,抽選 に漏れた生徒は希望を叶えることができません.生徒たち全員の希望を叶えるこ とが不可能な場合には,できるだけ多くの生徒の希望を最大限にくみ取るような 次善の策を考える必要があるでしょう.ここでまさに,制度設計の視点が重要に なってくるのです.

抽選漏れのリスクは,次のような新たな問題も引き起こします.いま仮に,あ る生徒の第一希望の学校が人気校で,抽選の倍率が非常に高くなることが予想さ れるとしましょう.他方で,この生徒の第二希望の学校は抽選なしに入学できると します.このような状況では,自分の一番行きたい学校へ正直に申し込むのでは なく,第二希望の学校へ申し込む方が生徒にとっては得かもしれません.学校選 択制に参加する生徒や保護者は,抽選漏れのリスクとその学校へ入学することの リターンを天秤にかけながら,戦略的に学校を選ばなければならないのです.で は,複雑な意志決定の問題に煩わされることなく次善の結果を実現できるような, 優れた学校選択制の運営方式は存在しないのでしょうか? 実は,制度設計のア プローチは,こうした問いにも答えることができる強力な分析道具なのです.

鍵を握る「制度設計」

学校選択制と一口に言っても,実際の制度の運営方法やルールにはさまざまな ものが考えられます.実際に日本国内においても,自治体ごとに何種類かの異な る運営方式が採用されています.また,現実には実践されていない想像上のもの まで含めると,学校選択制には膨大な数の選択肢が存在するでしょう.そして,運 営方式が異なれば,学校選択制のもたらす効果や影響にも違いが生まれる可能性 があります.現行制度のもとで報告されているいくつかの問題点も,運営方式を 適切に変更することで解決できるかもしれません.そのため,「現行方式による制 度運営が本当に望ましいのか?」「政策効果を高めるためによりふさわしい運営方 式は考えられないのか?」といった,制度をデザインする視点が欠かせないので す.これが,本稿で強調したいもっとも重要なポイントです.

では,現実の教育政策を議論する上で,この制度設計の考え方は今までどの程 度取り入れられてきたのでしょうか.残念ながら,日本においてはほとんど考慮 されてこなかったのが実状ではないかと思います.もちろん,学校選択制という 新しい教育制度をめぐっては,日本においても導入当初から活発に討論や研究が 行われてきました.そこで中心的なテーマとして扱われたのは,生徒や保護者の 満足度の改善,個々の学校の特色の変化,生徒数格差や学校の序列化への影響な どです.しかし従来の議論では,運営方式の具体的な内容にまでは立ち入らず,各

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自治体が採用している現行の運営方式を前提とした学校選択制の是非にばかり関 心が寄せられていました.その結果,制度設計・制度変更の視点は完全にぬけ落 ちてしまったのです.

米国での実践例

制度設計のアプローチは日本ではまだ存在感が薄いのですが,学校選択制が 80 年代から導入されていた米国では,早くからこの視点が学校選択制をめぐる政策 論議に持ち込まれていました.こうした中で,経済学者がコンサルタントとして 現実の学校選択制のデザインに携わる,という象徴的な出来事が起こりはじめて います.以下では,学者の提案した制度変更案が実際の教育政策に反映された,ボ ストン市とニューヨーク市の事例を簡単にご紹介しましょう.余談ではあります が,(経済学を含む) 社会科学の分野では,学術的な研究成果がそのままの形で現 実の政策に応用される,というのは極めて珍しいことです.両市で起きた政策変 更は,この意味においてもたいへん大きな注目を集めました.

ボストン市で公立小・中学校の学校選択制が導入されたのは 99 年度のことです. 一方,全米最大規模の公立高校システムを抱えるニューヨーク市では,90 年代か ら市が中央集権的に高校入学プロセスを管理するようになりました.どちらも,数 年間の制度運営を通じて,導入当初は予想していなかったさまざまな問題点に直 面しました.ボストン市では,生徒や保護者が自分たちの好みを戦略的に操作し て市へ報告する「虚偽申告」が,ニューヨーク市では,最終的な入学校が決まら ない「入学未決定者」が,特に大きな問題として教育委員会を苦しめていました. そこで両市は,制度設計のアプローチを用いて望ましい学校選択制の運営方式を 提唱していた経済学者のグループにコンタクトを取り,現実の制度変更を依頼し たのです.

その結果,ボストン市では 2005 年,ニューヨーク市では 2003 年に,経済学者の 助言にもとづいた制度変更が実現することになります.両市で新たに採用された 運営方式は,「ゲール = シャプレー・メカニズム」あるいは「受入保留方式」と呼 ばれるもので,制度設計の分野では古くから望ましいとされてきた仕組みでした. 詳細は前掲書に譲りますが,受入保留方式では,各生徒は行きたい学校の優先順 位をランキングの形で提出します.運営者である教育委員会は,そのランキング と各学校における生徒の優先順位 (たとえば,地元の生徒を優先的に扱うなど) を もとに,あらかじめ決められたルールにしたがって生徒を学校に効率的に割り振っ ていくのです.受入保留方式はこの割り振り方に特徴があり,さきほどボストン 市の抱える問題として挙げた「虚偽申告」の解消など,さまざまな長所を持つこ とが知られています.このように,米国においては,制度設計の視点が現実の教 育政策に生かされているのです.

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結びにかえて

日本の学校選択制では,大多数の自治体において「各生徒に通学指定校の入学 権を確保しつつ,エリア内の学校の中から (希望があれば) 指定校以外の学校を一 つだけ選択させる」という運営方法が採用されています.これは,ボストン市や ニューヨーク市で採用された新制度と異なり,ランキングの提出を通じた幅広い 選択を許していない一方で,たとえ抽選にもれても地元の指定校へは必ず入学で きるという特徴を持っています.この現行制度の性質や問題点を理解し,各自治 体にとってより望ましい結果を達成するためには,制度設計の考え方が必要です. ぜひ日本においても,この新しいアプローチが望ましい学校選択制の実現に役立 てられることを願っています.

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参照

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