54
4.1.6 不均一に変形したときの内包水の低温構造
上述までの結果は、SWCNT全体を均一に変形させたときの結果であった。本研究では、
図 4.1.11 のように、不均一につぶした SWCNT に内包した水の構造についても調べた。
SWCNTをつぶす際は、図4.1.11aのように、2本のSWCNTをクロスさせ、剛体として設定
したグラフェンで挟み、外力を与えた。また、クロスした状態を崩さぬよう、人口の原子
(黄色の丸で表示)を設置した。尚、直径はD = 1.24nm, 1.51nmの2種類で長さは6.60nm とした。図4.1.11bは不均一につぶした時のSWCNTの構造および内包水の計算モデル図で ある。ここで、一番つぶれている部分の短幅をdと呼ぶこととする。300Kから2K/nsで温 度を下げたときの構造について、それぞれのdにおける低温構造を図4.1.12に示す。これ を見ると、D = 1.24nmでd ~ 0.86nmのときは真ん中のリボン状氷にIce-NTが接合した構 造となり、他は真ん中のリボン状氷とアモルファス構造の水が接合した構造となることが 分かった。
図4.1.11 不均一に変形させたSWCNTと内包水の計算モデル。(a) 変形方法のモデル図。
右図の黄色の丸は固定のAr原子。(b) 空のときの構造と水を入れたときのモデル図。
b
a
55
a b
図4.1.12 100Kにおける不均一につぶしたSWCNT内包水の構造。(a) D = 1.24nm、(b) はD = 1.51nmのときの構造である。
56
4.2 SWCNT 内部の水輸送
4.2.1 流速分布と体積流量の解析:モデル①
本節ではモデル①の解析結果について述べる。MD計算結果から各時刻での水分子の速度 と座標を出力し、そのデータを元にSWCNT内の水分子の平均流速 𝑣⃗ = (𝑣𝑥, 𝑣𝑦, 𝑣𝑧)を求めた。
図4.2.1a に、SWCNT円筒の動径方向の流速分布の一例(D = 1.93nm、Pz=100MPa での結 果)を示す。SWCNT円筒の面内方向(x, y軸方向)では、水分子の熱運動のために平均の流 れはほぼゼロ(𝑣𝑥 = 𝑣𝑦 = 0)である。それに対し、圧力差を与えた向きである z 軸方向
(SWCNTチューブ軸方向)には水分子の流れが生じた。Navier-Stokes(N-S)方程式から計 算される流速分布(図中の点線)と比較すると、空洞中心部においてSWCNT内の流れの速 さ(𝑣 ≅ 𝑣𝑧)は5倍程度大きい。また、𝑣𝑧は0 < r < ~0.72nmの範囲でおおよそ一定値であ る。ここで図4.2.1bに、SWCNT動径(r)方向の水分子の個数分布を示す。図より、SWCNT 空洞内における水分子の存在範囲は0< r < ~0.72nm程度であることが分かる。すなわち、
SWCNT空洞の壁近傍において、空洞中心部と同程度の有限の流れが発生し、マクロな流体
力学の”滑りなしの条件”が破綻することを示唆している。そこで、壁近傍での“滑り”を考 慮してN-S方程式とそのパラメータに修正を加えた。壁近傍での“滑り速度”を20m/s、水 の粘性係数η=1.3mPa・sと仮定して計算した結果を、図4.2.1aに破線で示す。このように 修正したN-S方程式の計算値は、𝑣𝑧の振る舞いとおおよそ一致した。このことから、SWCNT 内を流れる水は、見かけ上の粘性がバルク水よりも大きいと考えることもできる。なお、こ のようにメガパスカル単位の圧力差でSWCNT内に水を流したとき、動径方向の流速分布が 一定となり”滑りなしの条件”が破綻することは、先行研究[17]で報告されている傾向と一致 する。
次に、チューブ軸(z軸)に沿って水分子の流速を解析した結果(D = 1.15nm)を図4.2.2 に示す。ここで、図4.2.2aは圧力差一定(Pz=200MPa)での温度による変化を、図4.2.2bは 温度一定(T=300K)での圧力差による変化を示している。図より、Pz > 0のとき水はほぼ 一定の流速𝑣𝑧でSWCNT内を流れること、PzとTが小さいほど𝑣𝑧の値は小さくなることが分 かる。また図4.2.2bに示すように、Pz=0MPaでは水の流れが生じないことも確認された。
なお低圧力差や低温での流速は値が小さいため、現時点ではデータの SN が十分ではない。
そこで現在、さらなるデータ積算・平均化のために、長いシミュレーション時間のMD計算 を行っている。
図4.2.3には、本研究で解析した全ての直径、圧力差、温度での𝑣𝑧をまとめた。各直径に
ついて、図4.2.3aは圧力差一定(Pz=200MPa)での温度依存性、図4.2.3bは温度一定(T=300K)
での圧力依存性を示している。これらのデータを用いて、SWCNT内を流れる水の体積流量 𝑄CNTを次式から求めた。
𝑄CNT= 𝜋𝑟2𝑣𝑧 (4.3)
得られた𝑄CNTの直径依存性を、図4.2.4に示す。図4.2.4aは圧力差一定(Pz=200MPa)での
57
各温度における直径依存性、図4.2.4bは温度一定(T=300K)での各圧力差における直径依 存性である。また、図中にはハーゲン・ポアズイユ(H-P)方程式から予測される体積流量 を点線で示した。ここで、H-P方程式における管の半径𝑅(nm)は、
𝑅 =1
2(𝐷 − 0.34) (4.4)
とした。0.34nmは、SWCNTを構成する炭素原子の大きさである。また水の粘性係数ηは、
バルク水における実験値とした[41]-[43]。このようにして求めた H-P 方程式の予測値と比 較して、𝑄CNTは大きい(図4.2.4)。その増大率𝑄CNT/𝑄H−Pの直径依存性を、図4.2.5 に示す。
図4.2.5aは温度一定(T=300K)での圧力差による変化、図4.2.4bは圧力差一定(Pz=200MPa)
での温度による変化である。図より、D < ~1.1nmにおいて𝑄CNT/𝑄H−Pがとくに著しく増加 することが分かる。またD ~1.2nmでは、PzやTに依存して𝑄CNT/𝑄H−Pに変化が見られる。
すなわち、PzやTを小さくすると、𝑄CNT/𝑄H−Pが著しく減少する。これらの振る舞いは先行 研究のMD計算結果と定性的に一致する。ただし、𝑄CNT/𝑄H−Pの値は必ずしも先行研究とは 一致しない。これには、MD計算に用いた温度制御法、水分子モデル、圧力差の与え方、も しくは H-P 方程式で仮定したパラメータ値の違いなどが原因として考えられる。図 4.2.5a に、先行研究の一例を示す。この先行研究では本研究と同様の手法で水に圧力差を与えてい るが、温度制御はNose-Hoover法、水分子モデルはTIP3Pであり、SWCNTの長さは2.56nm である[44]。
D ~1.2nmにおけるPzやTに依存した𝑄CNT/𝑄H−Pの著しい変化は、以下に述べるように、
CNT内部の水の構造の違いによるものと考えられる。図4.2.6に、代表的な温度、圧力差に おけるSWCNT内部の水の構造を示す。直径の小さいD=0.715nmとD = 0.963nmではそれ ぞれ、1本の水チェーンと乱れた2本の水チェーンのような構造であった。これらの水チェ ーンではともに、Pzや T に依存した構造変化は見られなかった。一方、直径の大きい D=1.93nmと3.02nmでは、水の構造はPzやTに依らず、バルク水に似た液体的な構造で あった。これらに対しD = 1.15nmと1.24nmでは、PzやTに依って水の構造に違いが見ら れた。図4.2.6c, dに示すように、これらの直径のSWCNT内の水の構造は、PzまたはTが大 きいときは液体的であるが、Pz≦100MPaまたはT≦270Kではice-NTである。この構造変 化が起こる温度・圧力差は、𝑄CNT/𝑄H−Pに著しい変化が起こる温度・圧力差と一致している。
すなわち、SWCNT内の水がice-NTのときには、液体のときに比べて𝑄CNT/𝑄H−Pが減少する
(𝑄CNTが減少する)ことが示唆された。SWCNT内の水の構造によって𝑄CNTが減少する原因 には、①SWCNT内部のice-NT(固相)と外部のバルク水(液相)との相境界で流れが妨げ られる、②液体に比べてice-NT では空洞壁と間の“摩擦”が大きい、などの可能性が考え られる。(ここで、“摩擦”とは水分子とSWCNTの炭素原子とのファンデルワールス相互作 用に由来するものを指す。)そこでまず②に着目し、水の構造によって SWCNT 壁との摩擦 がどのように変化するかを調べるために、SWCNTと内包水のみで構成されたモデルを試作 した。その詳細は4.2.2と4.2.3で述べる。
58
図4.2.1 D = 1.93nmにおける解析結果(モデル①)。Pz=100MPa、T=300Kである。 (a)
SWCNT動径方向の流速分布。図中の点線は、N-S方程式から予測される流速分布(粘性
係数は、300K におけるバルク水の値であるη=0.854mPa・sとした)。破線は、N-S 方 程式から求めた流速をシフトさせたもの。η=1.3mPa・sとした。網掛けは水分子の存在 領域。(b) SWCNT動径方向の水分子個数分布。挿入図はSWCNT円筒断面の模式図。
a b
-10 0 10 20 30 40
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
v (m/s)
Pz = 100MPa, T = 300K
N-S : 300K (η=0.854mPa・s)
r (nm) N-S : シフト (η=1.3mPa・s)
vz
vx v
y
0 20 40 60 80 100 120
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
N(1/nm3 ) P
z = 0MPa 100MPa
r (nm)
59
a b
図4.2.2 チューブ軸(z 軸)に沿って解析した流速分布(モデル①、D = 1.15nm)。(a) Pz=200MPa における温度変化。(b) T=300Kにおける圧力変化。(c)解析範囲を示す模 式図。
c
-20 0 20 40
vz
vx v
y
v (m/s)
T = 300K
SWCNT 0
30
60 v
z
vx v
y T = 350K
SWCNT
v (m/s)
D = 1.15nm, P
z = 200MPa
-20 0 20 40 60
v (m/s)
vz
vx v
y T = 320K
SWCNT
-10 0 10 20
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
vz
vx v
y
z(nm)
v (m/s)
T = 270K
SWCNT
-20 0 20 40
vz
vx v
y
v (m/s)
Pz = 200MPa
SWCNT
D = 1.15nm, T = 300K
-2 0 2 4
vz
vx v
y
v (m/s)
Pz = 50MPa
SWCNT -10
-5 0 5 10 15
vz
vx v
y
v (m/s)
Pz = 100MPa
SWCNT
-4 0 4
vz
vx v
y
v (m/s)
Pz = 20MPa
SWCNT
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
vz
SWCNT vx
v (m/s)
z(nm) vy Pz = 0MPa
60
a b
図4.2.3 チューブ軸(z軸)に沿って解析した流速分布(モデル①)。vzのみを表示した。
(a) Pz=200MPaにおける各直径での温度依存性。(b) T=300Kにおける各直径での圧力 差依存性。
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
350K
SWCNT 270K 300K 320K D = 1.15nm
vz (m/s)
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
200MPa
SWCNT 50MPa 20MPa
100MPa D = 1.15nm
vz (m/s)
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
200MPa
100MPa 50MPa 20MPa SWCNT
D = 1.24nm
vz (m/s) -40
-20 0 20 40 60 80 100 120
SWCNT 300K D = 0.715nm
Pz = 200MPa
vz (m/s)
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
SWCNT
200MPa D = 0.715nm
T = 300K
vz (m/s)
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
350K
270K 250K 200K SWCNT
320K 300K D = 1.24nm
vz (m/s) -40 -20 0 20 40 60 80 100 120
SWCNT 350K v (m/s)z 300K
270K D = 0.963nm
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
SWCNT 200MPa
50MPa D = 0.963nm
vz (m/s)
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
SWCNT 200MPa
50MPa 20MPa 100MPa D = 1.93nm
vz (m/s)
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
SWCNT
350K 300K
270K D = 1.93nm
vz (m/s)
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
z(nm) SWCNT
300K D = 3.02nm
vz (m/s)
-40 -20 0 20 40 60 80 100 120
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
z(nm) SWCNT
200MPa D = 3.02nm
vz (m/s)
61
a b
図 4.2.4 体積流量 QCNTの直径依存性。(a) Pz=200MPa での各温度における直径依存 性。(b)T= 300Kでの各圧力差における直径依存性。点線は、各温度・各圧力差にお けるH-P方程式の予測値。
図4.2.5 体積流量の増大率QCNT/QH-Pの直径依存性。(a) Pz=200MPaでの各温度における 直径依存性。 (b)T= 300Kでの各圧力差における直径依存性。
(b) 300Kにおける各圧力での直径依存性。
a b
10-20 10-19 10-18 10-17 10-16 10-15
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 Q(m3 /s)
D(nm) 200MPa
100MPa 50MPa 20MPa T = 300K
10-20 10-19 10-18 10-17 10-16 10-15
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 Q (m3 /s)
D (nm) Pz = 200MPa
350K 320K 300K 270K
0 10 20 30 40 50 60 70
0.8 1.2 1.6 2 2.4 2.8 3.2 QCNT/QH-P
D(nm) Pz=200MPa
350K 320K 300K 270K
0 10 20 30 40 50 60 70
0.8 1.2 1.6 2 2.4 2.8 3.2 Q CNT/Q H-P
D(nm) T=300K
MD J.Su et al. 181MPa 200MPa
100MPa 50MPa 20MPa
62
a b
c
d
63
e
図 4.2.6 各温度、圧力差における内包水の構造。(a)D=0.715nm。(b)D=0.963nm。
(c)D=1.15nm。(d)D=1.24nm。(e) D=1.93nm、(f)D=3.02nm。
(b) 300Kにおける各圧力での直径依存性。
f
64 4.2.2 水とSWCNT壁との摩擦の解析:モデル②
水とSWCNT との間の摩擦を直接的に解析するために、SWCNTと内包水のみで構成され
たモデル(モデル②)を作成し、その妥当性を調べた。まず、各時刻での水分子の速度から 運動エネルギーのx、y、z成分を求めた(図4.2.7)。ここで、水分子1個あたりに与えたチ ューブ軸方向の外力の大きさは、F、5F、20F、353.36F である(F = 1.14×10-15 Nとした)。 まず、系の全運動エネルギーはいずれもおよそ4.12×10-18Jで一定値となった。これを温度 に換算すると約300Kであり、系の温度が速度スケーリング法によって設定値(T=300K)
に制御されていることが分かる。一方、x、y、z成分それぞれの運動エネルギーに着目する と、外力の大きさがF、5F、20Fのときはどの成分もおよそ1.38×10-18Jで一定値となった。
しかし、353.36Fのとき、運動エネルギーのx、y成分(SWCNT円筒の面内方向)は0.39×
10-18Jとなり、z成分(SWCNTチューブ軸方向)では3.40×10-18Jとなった。以上より、水 分子に与える外力が大きすぎると、エネルギー等分配側が破綻してしまい、古典力学によっ て計算される本MD計算においては不適切な振る舞いになることが分かった。
図 4.2.8 は、SWCNT 内における動径方向の水分子の個数密度分布について、モデル①と
②を比べたものである。これを見ると、モデル①、②共に外力による分布の変化はない。つ まり、SWCNT内包水の構造は外力に依存しないことが分かる。また、モデル①と②の傾向 はおおよそ一致するものの、0 < r < ~0.4nmの振動構造に違いが見られるほか、r ~ 0.6nm の密度はモデル①の方が低くなった。ここで、本計算で用いたモデル①においてはSWCNT の単位長さあたりの内包水分子数は~59個/nm(L1=2.37nm、内包数Nin ~ 140)であり、モ デル②では~66個/nm(L2 = 4.86nm、Nin = 323)である。この内包密度の違いが密度分布 に影響している可能性がある。
図4.2.9aは、外力ゼロのときの、経過時間ごとにおけるSWCNT軸(z軸)方向の速度で
ある。モデル①の速度は0近傍で一定であった。一方、モデル②はt > 6nsにおいて4m/s 近傍で一定となった。これより、モデル②では外力がゼロであるにもかかわらず、SWCNT 軸方向に流れが発生してしまっていることが分かった。この振る舞いは、内包水が Ice-NT の構造であるときに顕著であった。図4.2.9bは、D = 1.15nmで350Kのときの、外力ゼロ
におけるIce-NTの挙動を表したものである。ここで特定の水分子(水色で図示)に注目し
てみると、Ice-NTが一定方向に並進運動していた。時間5psの間に距離~3.4nm移動してい ることから、並進速度は~680m/s となる。本来、外力がゼロであるときの水分子の運動は 熱振動のみであり、特定の方向に流れが発生してしまうのは熱平衡状態の振る舞いとして は不適である。よって、モデル②を用いて水を流す計算を行うためには、まず外力がゼロで 熱平衡状態になった際に、一定方向の流れが発生しないようにモデルを改善する必要があ る。