4.1 変形 SWCNT 内包水の構造と相転移
3.1.2 節の計算条件で述べたように、本研究ではまず始めに、内包水の挙動に対するシス
テムサイズの影響と温度変化スピードの影響を確認した。結果は、付録(図 5.1、図 5.2、
図5.3)に示す。これらを踏まえて本項では、内包水分子数が一番多く、温度変化スピード
が2K/nsの場合に得られた結果を詳細に述べる。
4.1.1 構造と相転移温度
図4.1.1 に、D = 1.24nm, 1.51nmにおける各γでの内包水の構造を示す。他のγ につい ては付録(図5.4と図5.5)に示す。300KではD、γに依らず内包水は液体的な構造である のに対し、100Kでの構造はDとγに強く依存する。D = 1.24nmのとき、γ < ~ 24%では歪 んだ六員環のIce - NTが形成された一方、γ > ~ 24%では一次元の平面状の新規な氷構造が 形成された。以降、これを「リボン状氷」と呼称する。また、γ ~ 24%では、内包水は低温 まで液体(アモルファス)様の構造である。D = 1.51nmのとき、0 < γ < ~ 7.3%およびγ ~ 40%では液体(アモルファス)様の構造となり、~ 18% < γ < ~ 34%では五員環と六員環の Ice - NTが融合した構造が得られた。また、γ > ~ 43%ではD = 1.24nmのときと同様に、リ ボン状氷が形成された。尚、γ = 0%のときの低温構造が、D ~ 1.24nmでは六員環のIce - NT、
D ≥~ 1.5nmでは液体(アモルファス)様であることは先行研究でも報告されている[5][9]。
図 4.1.2 は、各 γ における系の全ポテンシャルエネルギーの温度依存性である。D =
1.24nmではγ ~ 24%以外の全て、D = 1.51nmではγ ~ 18, 27, 43, 46, 54%において、ポテン シャルエネルギーはある温度で急激に変化している。これは、内包水が液体 (固体) から固 体 (液体) へ急激に相転移していることを示している。特に、D = 1.24nmやD = 1.51nmの
γ ~ 18, 27%では、ポテンシャルカーブがヒステリシスを描いている。これは、内包水の相
転移が一次転移的であることを示唆している。一方、それ以外では温度によるポテンシャ ルエネルギーの急激な変化はない。これは、内包水が低温でも液体(アモルファス)であ ることと矛盾しない。尚、D = 1.24nmのγ ~ 52, 56%におけるポテンシャルエネルギーは、
他のγと比べて大きく逸脱している。これはSWCNTの変形により水と炭素原子の距離が縮 まることで、水分子と炭素原子間のレナード・ジョーンズ相互作用ポテンシャルが急激に 増加するためである。
図4.1.3は、内包水の配位数の温度依存性である。温度変化に伴って急激な液体-固体相転
移が起こるとき、配位数の変化も急激なものとなり、それが一次転移である場合はヒステ リシスを描く。この振る舞いはポテンシャルエネルギーと同様のものである。ポテンシャ ルエネルギーおよび配位数の温度依存性 (図4.1.2, 3) より、内包水の液体-固体相転移温度 Tmを見積もった。ヒステリシスを伴う急激な値の変化が現れたとき、そのヒステリシス両 端における温度の平均値を、相転移温度 𝑇𝑚 として定義した。このとき、ヒステリシスの幅
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を∆𝑇𝑚とすると、𝑇𝑚− ∆𝑇𝑚/2 は降温による凝固が、𝑇𝑚+ ∆𝑇𝑚/2 は昇温による融解が完了す る温度になる。
この方法によって得られた 𝑇𝑚 を用いて作成した、内包水の温度 (T) - 変形 (γ) 相図を図 4.1.4に示す。D = 1.24nmの相図は、γによって2つの領域に区分することができる。すな わち、γ < ~ 24%は歪んだ六員環Ice - NT、γ > ~ 24%はリボン状氷の領域である。どちらの 領域でも、γ ~ 24%に近づくに従って相転移温度が低下する。また、γ ~ 24%では200K以 下まで内包水は液体的である。D = 1.51nmでは、γ = 0%のときは低温まで液体的であるが、
γ ~ 20-30%において融合したIce – NTとなった。また、γ > ~ 40%ではリボン状氷となり、
γの増加に伴って相転移温度は上昇する。このように、内包水の相転移温度は、変形の割合 γ に著しく影響されることが分かった。これは、SWCNTの変形によって、水分子同士の水 素結合における結合角や、水分子がSWCNT壁から受けるファンデルワールス相互作用が変 化し、低温構造の安定性が変わるためであると考えられる。
これらの相図を見ると、どちらの直径のSWCNTにおいても、短幅がd > 𝑑𝑐 ~ 0.9nm のと きに内包水がリボン状氷でなくなることが分かる。この間隔 𝑑𝑐 は、2 枚の疎水性平板の間 に挟まれた二次元氷が1層構造から2層構造に転移する境界 (平板間距離hc ~ 0.7-0.9nm) とおおよそ一致する[12][14]。しかし、本研究の1次元の系においては、dが増加するに従 い、リボン状氷から液体を経て、Ice-NTとなる。この違いは、変形したSWCNT内部におい て、長幅(図3.1.1のy方向)が有限であるためだと考えられる。なお二次元氷とは異なり、
リボン状氷は準一次元の構造である。すなわち、リボン状氷は二次元氷を帯状に切り出し たような構造であるため、その端(エッジ)構造に由来する特異な物性(プロトン輸送特 性、誘電特性など)の発現が期待される。一例として本研究では、リボン状氷の誘電特性 について議論した。詳細は4.1.4節で述べる。
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図4.1.1 D = 1.24nm, 1.51nmでの、各γにおける内包水の構造。赤色の丸は酸素原子、
青色の丸は水素原子を表している。
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図4.1.2 それぞれのD, γにおける内包水のポテンシャルエネルギーの温度依存性。内
挿図は相転移温度 𝑇𝑚 およびヒステリシス幅 ∆𝑇𝑚 の定義を示している。
41
a b
図4.1.4 (a) D = 1.24nmと(b) 1.51nmにおける内包水のT - γ (T - d) 相図。赤丸はポテン シャルエネルギー、青い四角は配位数から得られたデータ点である。エラーバーは、ヒ ステリシス幅 ∆𝑇𝑚 を表している。エラーバーがない転移温度では、ポテンシャルエネル ギーおよび配位数の温度依存性にヒステリシスが表れていない。
図4.1.3 それぞれのD, γにおける内包水の配位数の温度依存性。
42 4.1.2 二体相関関数
内包水の構造を詳細に解析するため、酸素原子間の二体相関関数を計算した。D = 1.24nm, 1.51nmの計算結果が図4.1.5 a, dであり、それぞれ上図は300K, 下図は100Kについて示し ている。
図4.1.5 aより、300Kでは、第2、第3ピークがブロードでありバルク水よりも酸素原子
同士の相関性が弱いことが分かる[39]。また、顕著な第一ピークが出現する 𝑟 ~ 0.275nm は、
水素結合における最近接の酸素原子間距離に対応している。D = 1.24nmの 𝛾 < ~24% とD = 1.51nmの 𝛾 < ~40% では、 𝑟 > 0.3nm においてはっきりしたピークはない。これは、
SWCNTの変形により、水素結合ネットワークの形成が妨げられていることを示唆している。
100Kにおいては、図4.1.5 b, c, e, f に例示された秩序構造に由来する新たなピークが現れ た。D = 1.24nm の 0 < 𝛾 < ~24% におけるピークはIce - NTの構造に由来している。𝛾 = 0%の歪みのないIce - NTによるピーク(図4.1.5 a のa – eでラベル付けされた矢印)は、
それぞれ図4.1.5 b にラベル付けされた酸素原子間距離に由来している。Ice - NT が歪むと、
ピークcとd1はr が小さくなる方向にシフトしたピークと大きくなる方向にシフトしたピ ークに分かれる。ピークd2とeは、Ice - NTのリング状クラスターが軸方向に周期的に重な っていることに由来し、歪みがあるときもその周期性は保たれている。図4.1.5 a において f – iでラベル付けされたピークは、D = 1.24nmでのγ ~ 48%における、リボン状氷の構造
に(図4.1.5 c)由来している。これらから、リボン状氷はひし形とほぼ正方形のリングが交
互に接続した構造であることが分かる。また、𝑟 ≈ 0.5 − 0.6nm のピークを見ると、γ ~ 35%
ではγ ~ 48%に比べて 𝑟 が小さくなる方向にシフトしている。これは、𝛾 ~ 31%, 35% にお いてはリボン状氷の断面がジグザグに波打った構造になっていることに起因している(図 4.1.1 aに31%を図示)。
D = 1.51nmでの100Kにおける二体相関関数を、図4.1.5 d の下図に示している。γ ~ 18%
では、ブロードではあるが識別可能なピークが現れている。これは、内包水の構造が秩序 化していることに由来する。図4.1.5 eに示しているように、γ ~ 18%では、Ice – NTが融合 した構造を形成している。γ > ~ 40%での二体相関関数は、5本の水チェーンをもつリボン 状氷の構造に由来したものとなっており、D = 1.24nmにおけるリボン状氷のときと類似し ている。
γ (%) が増加すると、リボン状氷はジグザグに波打つ構造から扁平な構造になっていく。
例えば、D = 1.51nmのとき、γ ~ 46%ではSWCNT軸方向がジグザグな構造であるのに対し、
γ ~ 54%では扁平な構造になっている (図4.1.1a) 。ジグザグに波打つ構造はD = 1.24nmで のリボン状氷にも現れているが、波打つ方向が異なる。D = 1.51nmでは図4.1.5のz方向に 表れるが、D = 1.24nmではy方向に表れる。このようなジグザグな構造が表れる原因とし て、空間がリボンの幅の方向 (図4.1.5のy方向) に制限されていることや、水分子同士の 結合角、SWCNT壁から受ける相互作用ポテンシャルによる影響が考えられる。
43
図4.1.5 300Kと100Kにおける酸素原子間の二体相関関数goo(r) および内包水のスナッ プショット。(a, d) D = 1.24nm, 1,51nmにおける二体相関関数。(b, c) D = 1.24nmでの 100Kにおける、γ = 0%のIce-NTとγ ~ 48%のリボン状氷。(e, f) D = 1.51nmでの100K における、γ ~ 18%の融合Ice-NTとγ ~ 46%のリボン状氷。スナップショットの赤丸は 酸素原子、青丸は水素原子を表しており、SWCNTは省略している。(a)での矢印で示さ れたピーク位置は、(b, c)のスナップショットに図示した酸素原子間距離に対応してい る。
a d
b e
c f
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4.1.3 拡散係数と回転相関時間
内包水のダイナミクスを調べるため、MSDとRCFを解析した。図4.1.6 a, bに、全成分の 内包水のMSDを示す。これを見ると、3成分のうち、z方向(SWCNTの軸方向)の成分が 並進拡散の大半を占めていることが分かる。これは、SWCNTの内部が一次元空洞であるこ とに由来する。また、図4.1.6 c, dはそれぞれのD, γ におけるMSDのz成分を各温度につい て表したものである。これをみると、温度が下がるとMSDの傾きが小さくなり、特に急激 な液体-固体相転移が起こるときは、傾きの変化も急であることが分かる。これらの傾きか ら求めたSWCNT軸方向の自己拡散係数 Dz の温度依存性を図4.1.7に示す。300K以上の高 温では、全てのγ において内包水の並進拡散は速い。温度を下げていくと、D = 1.24nmの γ ~ 24% とD = 1.51nmのγ ~ 0, 40%を除いた全てにおいて、Dzが急激に減少する。これは、
内包水が液体からIce – NTもしくはリボン状氷へ急激に相転移したことを示唆する。一方、
D = 1.24nmのγ ~ 24%やD = 1.51nmのγ ~ 0, 40%においては、Dz の変化は緩やかである。
これは、内包水が低温でも結晶化せず液体的であることを示唆しており、太い直径(D >
1.6nm)の SWCNT や、ZTC の三次元ナノ細孔に内包された水と同様の振る舞いである
[15][40]。図4.1.8a, bに、SWCNT内包水の回転相関関数を示す。それぞれ内挿図に示す回 転1-3に対応している。図4.1.8 aより、回転1ではγ が大きいときの値が時間が経っても 0近傍まで届かず一定となっている。これは、当該方向の回転運動が妨げられていることを 意味している。回転運動が妨げられる原因として、短幅dの方向(図3.1.1のx方向)の空 間的制限が挙げられる。図4.1.8 d, eは図4.1.8 cの方向の回転相関関数から求めた回転相関 時間 τ である。内包水が急激に結晶化するときはτ が急激に増加し、低温でも液体的であ るときは降温によるτ の変化は緩やかである。これは、Dz と同様の傾向である。尚、D = 1.24nmにおいて、γ ~ 35%では300K以上における回転運動が他のγよりも速い。これは、
内包水が高温でもリボン状の構造であり、リボン端の配位数が少ない水分子が速い回転運 動をしている(図4.1.8f)、且つγ ~ 48%と比べて短幅dの方向(図3.1.1のx方向)の空間 的制限が小さいためだと思われる。
a
0 200 400 600 800 1000 1200 1400
0 500 1000 1500 2000 2500 t (ps)
MSDO (Å2)
D = 1.51nm,γ= 0%
T = 350K
Total z-axis
y-axis x-axis