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A mathematical study of self-non-self discrimination

佐伯晃一 九州大学大学院システム生命科学府

多種多様な病原体から体を守るために生物は多くの病原体認識分子を持っているが、さらに脊椎動物では 獲得免疫システムを進化させてきた。これはT細胞やB細胞など認識特異性のある免疫細胞を多種・多量に 用意するやり方である。獲得免疫システムの主な特徴として、①高い反応特異性、②免疫記憶の誘導、が挙

げられる(和合 1994.)。しかし、それぞれの免疫細胞自身は自分の体の分子と病原体のものを区別できない。

獲得免疫システムで自己と非自己を区別する仕組みは大きく分けて二つある。一つは免疫細胞が成熟する 前に自分の体を攻撃するものを殺す方法(負の選択)で、もう一つは免疫細胞が実際に働く前に自己に反応 する細胞を抑制する方法である。後者を担うものとして、免疫細胞を抑制するための特殊なT細胞、「制御性 T細胞」が存在する (Sakaguchi 2004.)。しかし、こ

の細胞は病原体からの防御に有益な免疫細胞まで抑 制してしまうので、その適応的意義は明確でない。

本研究では、制御性T細胞が進化するための条件 を数理モデルにより調べた。解析から、制御性T細 胞の抑制機能が局所的に働くことが非常に重要であ ると分かった(Saeki & Iwasa, 2009., Saeki & Iwasa, In

press.)。制御性T細胞が確認されている哺乳類では、

リンパ節が発達しており免疫細胞の局所的な抑制が可能になっていると考えられる。同様にリンパ節のある 鳥類、爬虫類、一部の両生類にも制御性T細胞があるかもしれない。

参考文献:

Saeki K. and Iwasa Y., 2009. Advantage of having regulatory T cells requires localized suppression of immune reactions. J. Theor. Biol. 260, 392-401.

Saeki K. and Iwasa Y., Optimal number of regulatory T cells. J. Theor. Biol. In press.

Sakaguchi S., 2004. Naturally arising CD4(+) regulatory T cells for immunologic self-tolerance and negative control of immune reactions. Annu. Rev. Immunol. 22, 531-562.

和合治久 編著, 1994. 動物免疫学入門 朝倉書店

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広域的害虫防除に関する保全生態学的研究

吉岡明良 東京大学大学院農学生命科学研究科

近年、生物多様性の保全を重視した農業の重要性に対する認識が世界的に高まりつつある。そのような農 法を実行する際の障害となりうるのが、害虫被害による生産性低下である。生産性と生態系保全の両立した 農業を普及・持続させるため、農薬に頼らない新たな理論に基づく害虫防除法の確立が必要である。

保全生態学の分野では限られた生息場所に分布する絶滅危惧種の個体群を存続させるために有効な理論を 発展させてきた。それらの理論は逆に害虫個体群を縮小させるのにも有効なはずである。そのような理論の 中で保全計画立案等にもっとも利用されているものの一つが、Hanskiら(1999)によって構築された空間的現実 性を考慮に入れたメタ個体群理論である。メタ個体群理論では、生息場所が分断化(面積が小さい、または孤 立する)するほど、移動コストが増加することにより、非線形に対象とする生物種の個体群が存続する確率が 低下する現象を扱っている。これは、主要な生息場所を分断化することで害虫の密度を効果的に低下させる ことを通じたランドスケープレベルでの害虫防除の理論としても役立つはずである。

近年、日本の水田で最も猛威をふるっている害虫として、斑点米カメムシ類が挙げられる。中でも、最近 の被害面積の拡大が著しい斑点米カメムシであるアカスジカスミカメ(以下アカスジ)は、イネ科植物の穂を餌 及び産卵場所とし、稲の出穂期という比較的限られた時期に水田に侵入するが、水田ではほとんど繁殖でき ない。このような害虫に対しては従来の圃場レベルでの防除はコストに比して効果がうすい。一方で、ラン ドスケープレベルでアカスジの発生源(主要な生息場所)と考えられている転作地や休耕地においてイネ科な どの草本類を刈り取ることで、農薬にたよることなくその被害を防除できる可能性がある。

減反政策などにより農業ランドスケープに広範に存在するようになった転作地・休耕田を全て管理するこ とはコストの点から必ずしも現実的ではない。Hanski らのメタ個体群理論に基づいて考えれば、効率的な防 除のためにはアカスジにとって特に重要な生息場所を特定し、さらに適切なスケールでその分断化をもたら すことが有効であるはずだ。

環境保全型稲作が先進的に行われている宮城県大崎市田尻において演者らが 2008 年度に行った調査では、

アカスジは外来牧草であるネズミムギ(イタリアンライグラス)の転作牧草地を主要な生息場所とし、かつ、水 田に侵入する直前の時期には周辺 200m程度の範囲内の牧草地面積率が高い地点ほど密度が高くなることが 明らかになった。これらの結果は一定面積の牧草地を刈り取り管理する場合、200m程度のスケールで分断化 の効果をもたらすように刈り取ることの有効性を示唆する。そこで、2009年度はその仮説の実験的な検証を 試みた。

演者らは宮城県大崎市田尻において半径400mの調査区を6区設定し、ネズミムギ牧草地における刈り取り の程度を変えることで、各調査区内の牧草地の分断化の程度を操作した。その結果、操作後のアカスジ密度 は分断化の程度が低い調査区ほど高かった。これらの結果から、保全生態学におけるメタ個体群理論が害虫 の防除にも応用できる可能性が示唆された。

引用文献

Hanski, I. (1999) “Metapopulation ecology.” Oxford University Press.

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日本産カマバチ科(ハチ目:セイボウ上科)の分類学的再検討

三田敏治 九州大学 生物資源環境科学府

カマバチ科ハチ類は原始的な有剣ハチ類で,ウンカ・ヨコバイ類の捕食寄生者である.和名のとおり 前脚はカマ状に発達し,寄主の捕獲に用いられる.アジア地域では水稲害虫である水田ウンカ類の天敵 としてよく知られている.しかし,散発的な記録を合わせると日本からは5亜科 11属50種の記録があ るものの,種の多様性の全容は明らかになっていなかった.本研究は,日本から得られたカマバチ類を 用いて形態形質や寄主との対応関係に基づいて包括的な分類学的検討を行いその種多様性を明らかにす ることと,それらの簡便な同定検索システムを構築することを目的とした.詳細な比較形態の結果,日 本のファウナに23未記載種を含む5亜科11属91種を認めた.

本講演では,内容を以下の3点に絞り発表する.1)カマの立体構造:カマ形態は側面観のみ記述され てきたが,爪の保持部位によって大きく4タイプに分けられ,亜科間でその分布が異なることが分かっ た.種分類に関わる例として, Anteon esakiiとその近縁種3種を紹介する.2)頭部側面形態の分類学的

重要性: Aphelopus属の種の定義は不明瞭であったが,頭部側面形態が種特異的な特徴を示すことが明

らかになった.これにより,メスの同定がより容易に行えるようになった.3)無翅分類群の分散に関す る考察:翅を持たない種の移動は制限が多いにもかかわらず,海洋島にも少なからず分布する.ウンカ・

ヨコバイ類はしばしば長距離飛翔することが知られていることから,寄主の長距離飛翔が無翅カマバチ の分散の重要な要因のひとつであると考えられる.

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ギンガショウジョウバエ属(

双翅目:ショウジョウバエ科

)の系統分類学的研究

近藤雅典 九州大学大学院比較社会文化学府

ショウジョウバエ類は,モデル生物として知られているキイロショウジョウバエに代表されるように,細 胞学,発生学,遺伝学など様々な分野の研究の発展に貢献してきた.これまでに南極大陸を除く全世界で約 4000種が記載されているが,色々な環境に適応放散しており,生物の適応や進化を考える上で,非常に優れ た分類群と考えられる.しかしながら,ショウジョウバエ類の進化過程や多様性形成に関する先行研究は多 くあるが,これらの研究の材料の多くはキイロショウジョウバエ種群(Drosophila melanogaster sp.-gr.) や クロショウジョウバエ区(D. virilis section) などの,飼育が容易な分類群に限られており,飼育が困難な,

興味深い分類群に関する研究は立ち遅れている.ショウジョウバエ類は熱帯アジアを中心に現存する主要な 分類群を分化させ,北半球温帯域へと分布を拡大し,さらにその一部はベーリング陸橋を通って新北区へと 進出したと考えられている.熱帯アジアから東シベリアにかけて連なる森林帯(アジア森林帯)には,この ようなショウジョウバエ類の系統進化や分布形成過程を推定する鍵とみなされる重要な分類群が多数分布し ている.

ギンガショウジョウバエ属(Phorticella) は,東・東南アジアを中心に,基 亜属であるギンガ ショウジョウ バエ亜属とニ セギンガショウジョ ウバエ亜属 (Xenophorticella) の2亜属11種がこれまでに記載されている.本属は主に 樹液食者であると考えられ,森林に依存して生活していることから,アジア森 林帯におけるショ ウジョウバエ 類の多様性形 成過程を研究する上 で最も適し た分類群の一つであると考えられる.しかしながら,本ギンガショウジョウバ エ属の系統分類に関する研究はこれまでほとんど行われておらず,属の単系統 性すら検討されていない現状にある.ショウジョウバエ亜科における本属の系 統的位置に関しては,従来,本属は,頭部から胸部にかけて銀白色縦条を持つ

(図 1)という特徴からトゲアシショウジョウバエ属(Zaprionus)(図2) と,

また雄交尾器の特徴から,マメショウジョウバエ属(Scaptodrosophila)との 類縁性が示唆されてきた

1) 2)

.Grimaldi (1990) はショウジョウバエ科のほぼ 全ての属を対象に,形態形質に基づく

属間の分岐分析を行い,本属,およびトゲアシショウジョウバエ属,サモアイア属(Samoaia) の 3 属からな るトゲアシショウジョウバエ属群の設立を提唱した

3)

.しかし,この研究は,解析にあたって,ギンガショウ ジョウバエ属の代表として,他の研究者らによってトゲアシショウジョウバエ属の一種のジュニアシノニム であるとされていた種を用いている

4)

などの問題を含んでおり,Grimaldi (1990) が設立したトゲアシショ ウジョウバエ属群の妥当性を検証する必要がある.また,本属とマメショウジョウバエ属の系統関係の解明 も必要である.

こうした現状にあって,本研究ではギンガショウジョウバエ属の単系統性,および,ショウジョウバエ亜 科内での系統的位置を推定するために,本属,およびその近縁属の合計8 属22種(表1)×雌雄成虫形態43 形質に基づき,最節約法による分岐分析を行った.その結果,350の等価な最節約樹が得られた(樹長 = 128,

2. Zaprionus obscuricornis 1. Phorticella bistriata

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